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2006年7月21日 (金)

安倍、麻生はA級戦犯合祀の靖国に陛下を参拝させようとしていた。(天皇靖国参拝、麻生外相「検討を」【朝日】)

 (天皇靖国参拝、麻生外相「検討を」【朝日】)は2006/01/30のエントリー「麻生や安倍、なんだか天皇陛下を政治的に利用する下心がみえみえでいやらしいことはなはだしい。」参照してください。

 今回のメモを元にコマを追加してバナーをリニューアルしてみました。

麻生や安倍、天皇陛下を利用するのかバナー 麻生や安倍、天皇陛下を利用するのかバナー

 左が今回リニューアルしたバナー、右が以前からサイドエリアにはっていたバナーです。

 ただし、分祀したからといって神道という1宗教施設に日本国の象徴と言われるお方が参拝するのは疑問です。

※なお、阿修羅などでの論調を見ると「昭和天皇こそが第一の戦犯だ」と言うようなのが多い。言わんとすることは分からんでもないが、天皇自体が戦争マシーンに組み込まれてしまった部品のような気もしますし、かりにその時やったとしてもどれほどのことができたかは疑問。左派路線で突っ走るのもいいが、国民の多くの共感は得られないでしょう。その点、常に保守層にも目配せすることを忘れない「お玉おばさんでもわかる政治のお話」は勉強になります。彼我の政治的な力関係を判断しながらその時の最適な戦術を判断することが必要なのであって、なんでもかんでも勇ましい左派路線で突っ走れば良いならこんな楽なことはない。以前書いた「左翼は馬鹿が多い」と言うのはこのことでもあります。(ほとんどの組織は、工作員にやられていると思ってます。過激派なんてのもそんなのが多いのではないですか。)

 以下は、今回のメモ関連記事。


昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモ【日経】

 昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日本経済新聞が入手した富田氏のメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。昭和天皇の闘病生活などに関する記述もあり、史料としての歴史的価値も高い。  (07:00)

昭和天皇「私はあれ以来参拝していない」 A級戦犯合祀【朝日】

2006年07月20日11時12分

 昭和天皇が死去前年の1988年、靖国神社にA級戦犯が合祀(ごうし)されたことについて、「私はあれ以来参拝していない それが私の心だ」などと発言したメモが残されていることが分かった。当時の富田朝彦宮内庁長官(故人)が発言をメモに記し、家族が保管していた。昭和天皇は靖国神社に戦後8回参拝。78年のA級戦犯合祀以降は一度も参拝していなかった。A級戦犯合祀後に昭和天皇が靖国参拝をしなかったことをめぐっては、合祀当時の側近が昭和天皇が不快感を抱いていた、と証言しており、今回のメモでその思いが裏付けられた格好だ。
写真

昭和天皇(88年)
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天皇陛下の病状について発表する富田朝彦宮内庁長官(当時、左)=1987年9月21日、宮内庁で
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20060720 昭和天皇の発言を記したメモ

 メモは88年4月28日付。それによると、昭和天皇の発言として「私は 或(あ)る時に、A級(戦犯)が合祀され その上 松岡、白取(原文のまま)までもが 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」と記されている。

 これらの個人名は、日独伊三国同盟を推進し、A級戦犯として合祀された松岡洋右元外相、白鳥敏夫元駐伊大使、66年に旧厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取ったが合祀していなかった筑波藤麿・靖国神社宮司を指しているとみられる。

 メモではさらに、「松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々(やすやす)と 松平は平和に強い考(え)があったと思うのに 親の心子知らずと思っている」と続けられている。終戦直後当時の松平慶民・宮内大臣と、合祀に踏み切った、その長男の松平永芳・靖国神社宮司について触れられたとみられる。

 昭和天皇は続けて「だから私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」と述べた、と記されている。

 昭和天皇は戦後8回参拝したが、75年11月の参拝が最後で、78年のA級戦犯合祀以降は一度も参拝しなかった。

 靖国神社の広報課は20日、報道された内容について「コメントは差し控えたい」とだけ話した。

    ◇

 《「昭和天皇独白録」の出版にたずさわった作家半藤一利さんの話》メモや日記の一部を見ましたが、メモは手帳にびっしり張ってあった。天皇の目の前で書いたものかは分からないが、だいぶ時間がたってから書いたものではないことが分かる。昭和天皇の肉声に近いものだと思う。終戦直後の肉声として「独白録」があるが、最晩年の肉声として、本当に貴重な史料だ。後から勝手に作ったものではないと思う。

 個人的な悪口などを言わない昭和天皇が、かなり強く、A級戦犯合祀(ごうし)に反対の意思を表明しているのに驚いた。昭和天皇が靖国神社に行かなくなったこととA級戦犯合祀が関係していることはこれまでも推測されてはいたが、それが裏付けられたということになる。私にとってはやっぱりという思いだが、「合祀とは関係ない」という主張をしてきた人にとってはショックだろう。

    ◇

 靖国神社への戦犯の合祀(ごうし)は1959年、まずBC級戦犯から始まった。A級戦犯は78年に合祀された。

 大きな国際問題になったのは、戦後40年の85年。中曽根康弘首相(当時)が8月15日の終戦記念日に初めて公式参拝したことを受け、中国、韓国を始めとするアジア諸国から「侵略戦争を正当化している」という激しい批判が起こった。とりわけ、中国はA級戦犯の合祀を問題視した。結局、中曽根氏は関係悪化を防ぐために1回で参拝を打ち切った。だが、A級戦犯の合祀問題はその後も日中間を中心に続いている。

 昭和天皇は、戦前は年2回程度、主に新たな戦死者を祭る臨時大祭の際に靖国に参拝していた。戦後も8回にわたって参拝の記録があるが、連合国軍総司令部が45年12月、神道への国の保護の中止などを命じた「神道指令」を出した後、占領が終わるまでの約6年半は一度も参拝しなかった。52年10月に参拝を再開するが、その後、75年11月を最後に参拝は途絶えた。今の天皇は89年の即位後、一度も参拝したことがない。

 首相の靖国参拝を定着させることで、天皇「ご親拝」の復活に道を開きたいという考えの人たちもいる。

 自民党内では、首相の靖国参拝が問題視されないよう、A級戦犯の分祀(ぶんし)が検討されてきた。いったん合祀された霊を分け、一部を別の場所に移すという考え方で、遺族側に自発的な合祀取り下げが打診されたこともあるが、動きは止まっている。靖国神社側も、「いったん神として祭った霊を分けることはできない」と拒んでいる。

 ただ、分祀論は折に触れて浮上している。99年には小渕内閣の野中広務官房長官(当時)が靖国神社を宗教法人から特殊法人とする案とともに、分祀の検討を表明した。日本遺族会会長の古賀誠・元自民党幹事長も今年5月、A級戦犯の分祀を検討するよう提案。けじめをつけるため、兼務していた靖国神社の崇敬者総代を先月中旬に辞任している。

    ◇

《靖国神社に合祀された東京裁判のA級戦犯14人》

【絞首刑】(肩書は戦時、以下同じ)

東条英機(陸軍大将、首相)

板垣征四郎(陸軍大将)

土肥原賢二(陸軍大将)

松井石根(陸軍大将)

木村兵太郎(陸軍大将)

武藤章(陸軍中将)

広田弘毅(首相、外相)

【終身刑、獄死】

平沼騏一郎(首相)

小磯国昭(陸軍大将、首相)

白鳥敏夫(駐イタリア大使)

梅津美治郎(陸軍大将)

【禁固20年、獄死】

東郷茂徳(外相)

【判決前に病死】

松岡洋右(外相)

永野修身(海軍大将)


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コメント

でも考えてみたら、仮に合祀が実現しなかったら、かの大元帥・昭和天皇が靖国に参拝する光景が今でも続いたことになるんですよね。靖国に祀られることのない「賊軍」の子孫が靖国神社の祭祀を司っている現実と併せて考えてみると、単純に昭和天皇の肩を持つ気にはなれないのですが、これってウヨク?

投稿: 杉山真大 | 2006年7月22日 (土) 00時35分

おっと、昭和天皇は故人だった(汗)

でも政治家のコメントでも昭和天皇の戦争責任と絡めて述べたのは終ぞ聞きませんでした。自分がフォローしていないのかも知れませんけど・・・・・

投稿: 杉山真大 | 2006年7月22日 (土) 00時37分

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