アッ、あれ?きのうの「きっこの日記」で話題になっていた日テレの映像。恐るべしなんみょうパワーか?(笑)
昨日、きっこの日記に下記の記事がありました。
「日本テレビの真実の姿」です。
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2006/08/post_a849.html
きっこの日記には珍しく短いエントリーで、You Tubeの映像が紹介されていた。内容は、8月27日(日)の日本TV『24時間テレビ29 愛は地球を救う「絆」』で、アンガールズがマラソンをしているシーンで、沿道のおばあさんが軽く手を伸ばしたのに対して、後からついてきたスタッフと思われる黄色のシャツを着た男がそのおばあさんを怒鳴りつけているシーンだった。1分弱の短い映像だったが怒鳴る瞬間男は首を突き出して威嚇しているのがはっきり分かる映像だった。どう見ても過剰な対応である。
きっこさんはそれを評して、「なんみょうまみれのTV番組スタッフの暴力団まがいの恫喝」と言うような内容で紹介していた。
日テレの番組の方は、日曜日に少しだけ見ていて、その演出過剰の押し付け似非ヒューマニズムに辟易していたので、「これはマスゴミの体質を象徴する映像だ。You Tubeは最近削除されるのが多いので(たとえば安倍関連は片っ端から削除されてる)保存しておこう」と思ってアニメGIFにしておいた。
さて、もう一度記事を確認しようと今朝再度行ってみたら、「きっこの日記」の方の記事も、記事で紹介されていたYou Tubeの方の映像も消えてしまっている。今までYou Tubeでの映像削除は何度か見ているけれど、こんなにソッコーで消えたのは始めてである。で、早速その保存しておいたアニメGIFです。ビデオ映像に比べると迫力がないですが、黄色のシャツを着た男が恫喝まがいに怒鳴りつけているのは確認できるでしょう。(笑)
(クリックすると拡大、コマ送りします)
で、ついでにマスゴミ関連でもあるお勧め記事。(笑)
追記:夕刊フジ、日刊現代でも取り上げましたね。
2006.8.28(その1)
森田実の言わねばならぬ[300]
質問に答えます――私が小沢民主党政権を期待する理由(その1)
政権交代・小沢民主党政権の樹立以外に日本再建の道なし
「疾風に勁草を知る」(『後漢書』王覇伝)
[激しい風の吹くことによってはじめて、風にも吹き折れぬ強い草が見分けられる]
いまの日本は、最悪の状況にある。モラルは崩壊、政界は無気力集団と化し、民放テレビは真面目さを失い幼児・青少年の心を荒廃させる低劣な番組を垂れ流している。大新聞の記者たちは理念と信念と正義感と社会的責任感を失い、政治権力の手先となって操られている。小泉首相のデタラメ政治を批判する者を排除するなど、大愚行を行っている。
福井日銀総裁に見られるように、モラルなき恥知らず的人物が高い地位にしがみついている。日本の指導的地位にいる人間たちのモラルは崩壊してしまっている。
自民党総裁選は日本の政治の堕落と低迷を如実に示している。自民党総裁選への立候補を正式には表明していない、政見も明らかにしていない実力未知数の安倍晋三官房長官にたいして「猫も杓子も…」のごとく、すり寄り、先を争うかのように支持表明をしている自民党幹部の姿は浅ましく、醜悪である。窮極のポピュリズムである。谷垣禎一財務相、麻生太郎外相の二人をそれぞれ支持する少数の国会議員以外の大多数の自民党国会議員は、勝ち馬に乗り遅れるな、寄らば大樹の陰とばかりに、安倍氏のマスコミ人気の前にひれ伏している。
この5年4カ月に及ぶ小泉首相の行為は、ほとんど狂気に等しいものであるにもかかわらず、これを新聞すら賛美しているのは、まことに驚くべきことである。
民主党代表選が行われた2006年4月7日以前の民主党は、崩壊寸前の危機にあった。4月7日の代表選で、民主党は立ち直りのきっかけを掴んだ。日本の政治が崩壊寸前の状況になっていたときに小沢一郎氏が登場してきた。小沢一郎の復活である。ここで、われわれが重視すべきは、復活した小沢一郎氏は過去の小沢氏と同じ政治家ではなく、「ニュー小沢」だということである。
小沢氏はこの十数年間の逆境の時代に、己との戦いに勝って自己改造を成し遂げた。人格を磨き、倫理的に卓越した指導者としての資質を身につけた。
代表に就任した小沢氏は、まず民主党の体質改善に着手し、指導部を団結させた。
小沢氏はすぐれた戦略家である。戦略目標は次の衆院選に勝利し小沢民主党政権を樹立すること。そのための第一歩として2007年夏の参院選(同日選もありうる)で自公連立与党の議席数を過半数割れに追い込む(衆院選と同時なら政権を取る)。
政権交代-小沢民主党政権の樹立は、長い間の自民党政権、とくに最近の小泉政権によって破壊された日本を再建する第一歩である。
小沢一郎氏は日本の救世主になる使命をもって政治家として復活してきたと私は思う。
小沢氏は勁草(強い草、節操・意志の堅固な人物)である。いま日本が必要としているのは、小沢氏のような高い理想と確固たる信念をもった強い政治指導者である。
日本国民は、小沢氏を支持し、小沢氏とともに進み、小沢民主党政権を樹立することによって、小泉自民党政治によって破壊された日本を再建することが可能となる――との希望をもつことができる。「小沢一郎」の名は、日本国民の未来への希望である、と私は思うのである。これが、私が小沢民主党政権を期待する第一の理由である 小沢一郎氏は、今日の日本において、最もすぐれた政治家であると私は思っている。
第一に、小沢氏は大変純粋な精神の持ち主である。ここでいう純粋な精神とは、政治家としての純粋な精神という意味である。常に「公」を考え、国民を心配し、将来を考えている。小沢氏はいい意味でプロの政治家である。
10年ほど前に私が、友人の政治家から頼まれて、「政治に関する10の格言」を作成したことがある。以下のとおり。
一、政は正なり(孔子『論語』)
二、政(まつりごと)は民を養うに在り(『書経』)
三、政(まつりごと)の興る所は民の心に順うに在り。政の廃する所は民の心に逆らう に在り(管子)
四、政(まつりごと)を為すは人にあり(孔子『中庸』)
五、政事乱るるは則ち冢宰(ちょうさい)の罪なり(荀子)
六、政(まつりごと)を為すは猶(なお)沐(もく)するがごとし(韓非子)
七、政治の目的は善が為し易く悪の為し難い社会をつくること(グラッドストーン、イ ギリスの政治家)
八、無用の長物たる政府こそ最良である(フンボルト、ドイツの政治家)
九、すべての権力は崩れ去る。絶対的権力は絶対的に崩壊する(アクトン、イギリスの 歴史家)
十、政治は科学ではなく術である(ビスマルク)
ここに記した10項目は、普通の政治家ならすべて知っていることである。問題は、それぞれの政治家が、これらの言葉をどう扱ってきたか、という点である。これを若い時代から自分自身の生き方、実践の基準にしてきたか、それとも単なる知識としてしか考えなかったか、ここで大きな違いが出てくる。小沢氏は上記の格言の精神を掴んでいる。政治のあり方も「術」も心得ている。
小沢一郎氏は、これを自分の政治家の日常生活のなかに取り入れてきた。小沢氏は常に「公」を第一に考えてきた。小沢氏には「私」がないのである。これが私の言う「政治家としての純粋さ」である。
第二は、小沢氏は若いときから政治指導者としての強い自覚をもって政治生活を送ってきた。若いときは、小沢氏は純粋すぎた上、強い自覚が過剰になって同僚やライバルたちとの無用のトラブルを起こしたこともあったが、長ずるにつれて角が取れ、いまや熟達の境地にある。人間は若いときはときに過度の闘争心によって過ちをすることもあるが、成長期には諸々の躓きもある。それを教訓として成長すればよいのである。
第三に、小沢氏は社会に対する強い責任感の持ち主である。強烈な社会的責任感をもっているがゆえに、苦難にぶつかっても耐えることができる。小沢氏はこの15年間、戦い抜いてきた。成功の回数より失敗の回数のほうがはるかに多かったが、へこたれることはなかった。へこたれないのは、小沢氏がきわめて強い社会的責任感の持ち主だからである。
小選挙区導入から12年経ったが、その間選挙による政権交代は実現しなかった。しかし小沢氏はあきらめない。ついに小沢氏は、次の選挙で雌雄を決するところまできたのである。小沢氏の小選挙区制による政権交代が可能となる政治体制づくりの執念が結実したのである。
最近の自民党はひどすぎる。自民党は9月下旬に総裁選挙を行う。ポスト小泉の本命は安倍晋三氏と見られているが、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三とつづく岸信介直系の自民党タカ派に政権をゆだねてつづけていいのか、と自民党国会議員に問いたい。安倍氏の政策・公約すら発表されていない段階から、先を争うかのように安倍支持を表明するゴマスラーに日本の政治をゆだねているのは、おそろしいことである。しかも安倍氏には批判勢力すらほとんどいない。これでは 1930年代のファシズム、ナチズム、日本の大政翼賛政治と同じではないか。
これは自民党の堕落である。ひどい堕落である。もはや自民党内に自己変革の力はない。こうなった以上、政権交代による小沢民主党政権の樹立しか日本再建の手段はないと思う。
自民党には、事実上、反小泉派が存在しなくなった。自民党内での政権交代は不可能になった。
この閉塞状況を打破する力をもつ政治家は、いまの政界には小沢氏一人しかいない。
以上が、小沢一郎氏を支持する第一の理由である。【つづく】
2006.8.24(その1)
森田実の言わねばならぬ[293]
質問に答えます――「森田さん、あなたはどうして日本のマスコミをきびしく批判しているのか」(その1)
「人間を蔑視する者たちは自分を偉人だと思いこんでいる」(ヴォーヴナルグ『省察と箴言』、1746年)
2006.8.25(その1)
森田実の言わねばならぬ[295]
質問に答えます――「森田さん、あなたはどうして日本のマスコミをきびしく批判しているのか」(その2)
「風にそよぐ葦」(新約聖書)
「編集者:わずかな金で懐柔され易い人物」(ピアス『悪魔の辞典』)
2006.8.26(その1)
森田実の言わねばならぬ[297]
質問に答えます――「森田さん、あなたはどうして日本のマスコミをきびしく批判しているのか」(その3)戦争を煽るマスコミは、平和と言論の自由の敵である
「言論の自由を殺すのは、真理を殺すことである」(ミルトン、イギリスの詩人、1608-74)
追記:このエントリーを書いたのが29日早朝6時過ぎで、その日の夕方地下鉄のキオスクで目が釘付け。もう今やブログが先行していてマスコミは後追いですね。
(クリックすると拡大します)
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