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2007年6月17日 (日)

6月17日の地方紙:沖縄タイムス、琉球新報、東京新聞、河北新報、京都新聞 主要紙:朝日、毎日、読売、産経、日経の社説&コラムです。

 来る参院選は、これからの日本の運命を決定付けてしまう重大な選挙だと思います。

 「日本の9・11」衆院・郵政選挙では、特に朝日新聞(系列TVも含む)に見られた小泉政権へのすり寄りはひどいものでした。まさか産経と朝日が同じ論調になるとは思いもよらない事態でした。

 参院選投票日までに、これからどのようなマスコミをわれわれは目撃することになるのかここに資料として保存します。(資料保存スタート時の考え

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【沖縄タイムス・社説】

(2007年6月17日朝刊)

[安倍首相の発言]追悼式で真意を聞きたい

 「沖縄戦は大変な悲惨な戦いだった。地域の住民を巻き込んだ激戦があった中、そういう気持ちになることについてよく理解できる」

 教科書検定で高校日本史の教科書から「集団自決(強制集団死)」に旧日本軍が関与したとされる文言が削除されたことについて安倍晋三首相はこう答えている。

 それにしても「そういう気持ちになる」とは、一体何を指すのだろうか。

 「自分たちで自決したとは考えたくなくて、軍命があったと思い込もうとしている」とでも言いたいのだろうか。この表現からは、どうしてもそういう空気が伝わってくる。

 もし、言葉の背後に「戦争中のことであり、戦後生まれの自分には関係ない」という気持ちが隠されているとしたら、一国の首相としてその歴史認識を疑わざるを得ない。

 検定問題が発覚した三月には「教科書検定の個々のケースについては知らないが、検定制度にのっとって適切に行われていると思う」と述べていた。

 だが、ここにきて文科省が教科用図書検定調査審議会に、沖縄戦の「集団自決」から旧日本軍の関与を示す記述の削除を求める意見書を提出していたことが明らかになっている。

 これは検定制度が適切に行われていなかったことの証しであり、そのことをどう受け止めるか国民の前にきちんと示す責任があるのではないか。

 さらに言えば、先の大戦で最後の激戦地になった沖縄の実態をどの程度認識しているのかも県民が知りたいことの一つといっていい。

 沖縄全域が軍部の下に組み込まれ、軍隊と「共死共生」の異常な状況に置かれたことしかり。そのことが持つ意味を理解しているのかどうか。これは「戦後生まれだから分からない」で済まされる問題ではあるまい。

 歴史認識について首相はよく「歴史家に任せればいい」と言う。だが、一国を担う総理大臣にはその任に伴う歴史認識と哲学が必要だろう。

 国民には「一人一人が頂く宰相」の思想的スタンスを知る権利があり、首相にはそれを明らかにする義務があると思うがどうか。

 首相が進める「美しい国」づくりのための教育再生の根幹にあるのは何なのか。首相が言う「愛国心」とは何を指すのか。沖縄戦の惨劇から県民がつかみ取った「命どぅ宝」という理念との整合性はあるのかどうか。

 二十三日には沖縄全戦没者追悼式が糸満市である。首相にはぜひ出席していただき、沖縄戦の知識、「集団自決」への認識を県民に示してもらいたい。

[6・16県民大会]生産者の叫びに耳傾けよ

 奥武山公園に集まった農業生産者の声を国はどう受け止めるのだろうか。

 世界貿易機関(WTO)や経済連携協定(EPA)による砂糖、牛肉など重要農産物の関税撤廃に反対する「食と農と暮らしを守る6・16沖縄県民大会」で強調されたのは、まず「地域を守る国際貿易ルールの確立」「沖縄の産業・農業を守る」ということだ。

 農水省の試算では、大豆やトウモロコシを含む重要農産物への課税が撤廃された場合、関連産業などへの波及額は一兆六千億円に上るという。

 沖縄の場合は基幹作物であるサトウキビが六百十三億円、パイナップルは二十六億円の損失だ。

 ただ、全損失額七百八十一億円の約八割をこの二品目で占めるのだから、影響の大きさは甚大だ。酪農しかり。これらの品目を生産する農家への打撃は計り知れない。

 消費者からすれば、関税撤廃で価格が安くなる利点は確かにある。だが、それとて「安全」「安心」に疑問が残るのであれば、単純に輸入増を喜ぶわけにはいくまい。

 しかも、日本の食料自給率はカロリーベースで50%を割り込み約40%しかない。オーストラリア230%、フランス130%、米国119%、ドイツの91%、英国74%と比べれば明らかなように先進国では最下位に近い。

 新たに関税が撤廃されたらさらに低下し、30%になるというのだから不安は極まる。

 自給率低下は農政を窮地に陥れる政策と言っても過言ではない。政府がなぜそのことに言及し、早急に打開策を講じないのか不思議でならない。

 関税撤廃はグローバル化した国際社会の大きな流れだろう。だが、であればなおさらのこと国際競争力に負けない農家をつくるための施策は急務のはずだ。国策としてそれがなされているのかどうか、どうしても疑問がわく。

 WTO交渉やEPAによって地域の基幹作物を壊滅させてはならず、厳しい状況下にある生産者の叫びに耳を傾けるのは政府の務めである。

【沖縄タイムス・大弦小弦】(2007年6月17日 朝刊 1面)

 マグマが山頂を突き上げ、噴出した火砕流は黒煙を上げながら民家を一気にのみ込んだ。当時の映像は生々しく、恐怖があらためて伝わった。

 先日、長崎県の雲仙・普賢岳を訪れた。犠牲者四十三人を出した惨事から十六年。雲仙岳災害記念館には当時の映像が映し出され、焼け焦げた電柱や電話ボックスなどが展示されている。

 噴火による火砕流の恐れはないという。だが地震が起きたら、大規模な陥落が起きる危険性はあり、監視活動は怠ってはいない。依然、災害は身近だ。

 災害は重い教訓を残した。避難など災害対策、被災者支援の在り方、また十六人の報道関係者が犠牲者になったため、過熱報道が問われた。災害報道の「原点」が普賢岳にあるとされる。行政も、マスコミも自然の猛威を謙虚に受け止めるべきだという指摘には説得力があった。

 島原市は着実な復興を遂げているが、災害を後世にどう継承するか、新たな課題があるという。十一月、島原市で火山都市国際会議が開かれる。これは住民と行政が一体となって復興を進めたことが評価されたからだ。事務局は「災害で学んだ教訓、全国から受けた温かい支援をきちんと発信したい」と話す。

 大災害はどこでも起こり得るのであり、対岸の火事にしてはならない。中城村や那覇市の土砂災害は一年たったが、いまなお避難生活をする住民がいる。災害の教訓を生かすことが、災害を防ぐことにつながる。(銘苅達夫)


【琉球新報・社説】

北朝鮮資金移管 今度は約束を果たす番だ

 マカオの銀行バンコ・デルタ・アジア(BDA)に凍結されていた北朝鮮関連口座資金2500万ドル(約30億円)を移管するための送金手続きが始まった。
 2月の6カ国協議の共同文書採択から約4カ月。北朝鮮資金の返還問題は事実上決着した。核放棄に向けた「初期段階措置」の着手を拒む理由はなくなった。また国際原子力機関(IAEA)による査察受け入れの条件も整うことになる。
 今度は北朝鮮が誠意をみせ約束を果たす番だ。これ以上の遅延は許されない。寧辺の核施設の稼働停止や封印など、共同文書に盛り込んだ初期段階措置の履行に直ちに踏み出すべきだ。
 6カ国の合意事項である初期段階の行動内容は、北朝鮮は60日以内に寧辺の核施設の活動を停止して封印し、その見返りに重油5万トン相当のエネルギー支援を開始するというものだった。
 国交正常化に向けた日朝協議や米朝協議の開始も盛り込まれるなど、北朝鮮にとって決して悪くはない内容のはずである。
 なのに履行期限が約2カ月引き延ばされた。米国の金融制裁措置に北朝鮮が反発したためだ。米国はBDAに対し、北朝鮮による米ドル札偽造などに絡むマネーロンダリング(資金洗浄)の主要懸念先に指定。これを受けてマカオ当局が北朝鮮関連の52口座を凍結した。
 その後の協議で米国が全面譲歩してBDAの資金凍結が解除されたものの、北朝鮮側は資金を現金で受け取るのではなく、他の銀行に送金させる方法に固執したため、ここでも長引いた。背景には国際金融取引への復帰をもくろむ北朝鮮の思惑があった。
 最終的に資金移管で米国が編み出したのは、米連邦準備制度理事会(FRB)傘下のニューヨーク連邦準備銀行からロシア中央銀行経由でロシアの民間銀行に移管するという異例の方法である。米国は自らが科した金融制裁を突破するため、禁を犯し、超法規的な対応を取らざるを得なかった。
 なりふり構わぬ米国の対応が北朝鮮に誤ったメッセージとして伝わらないか、気になる点だ。
 もしも北朝鮮が米国の足元を見て要求のつり上げを狙い、初期段階の措置の履行をさらに遅らせる意図があるとすれば、問題を後戻りさせるだけである。
 こそくな手段は、何の益ももたらさないことを北朝鮮は自覚するべきであろう。
 言うまでもなく初期段階措置の履行は当然の義務だ。しかしもっと重要なのは、核施設の無力化など次へのステップだ。6カ国協議の再開を含め、関係国は全力を尽くしてほしい。

(6/17 10:07)

年金不信 信頼回復の道筋を優先に

 年金記録の不備問題に端を発した国民の年金不信が、列島を覆い尽くしている。鎮まるどころの騒ぎではない。不信と不安はいよいよ沸点に達しつつある様相だ。
 年金問題の対応に追われる政府は社会保険庁改革関連法案とは別に、2つの組織を立ち上げて問題を乗り切ろうとしている。
 1つは、年金記録問題検証委員会で、文字通り年金記録不備問題の原因と責任の所在を明らかにするのが役割だ。
 記録管理をオンライン化した前後の社保庁の人員態勢や事務作業量などのデータ分析を通じ、ずさんな管理はなぜ起きたのか、などを調べる。このほか全国の社会保険事務所などを実地調査して5000万件の記録不備を解明する。
 信じ難いミスの発生原因について徹底的に検証してほしい。そして分かった事実はすべて詳細に公表する必要がある。原因究明は再発防止に不可欠だ。
 もう1つの組織は、領収書など証拠がないケースの年金支給の是非を審査する第三者委員会だ。弁護士や社会保険労務士、税理士などに委員を任命し、全国50の出先機関に設置される。
 第三者委には加入者や受給者の権利を優先するとともに、受給漏れなどの可能性がある被害者に対しては最大限に救済していく姿勢を貫くよう望みたい。失墜した年金への信頼を取り戻せなければ社会保障制度は立ち行かない。
 それにしても、次々と明るみに出る失態はどうしたものか。コンピューターへの未入力記録が1430万件。サンプル調査では100件に1件の割合で入力ミスが起きていた。一括して納めた特例納付の記録は消えていたといった具合だ。不始末のオンパレードには怒りを通り越して、あきれ返るしかない。
 国会にも注文がある。近づく参院選と絡めて与野党対決の道具にされては困る。責任をなすり付け合っている場合ではない。
 政治全体の問題として綿密に議論を重ね、年金不信を払拭(ふっしょく)する責務がある。

(6/17 10:06)

【琉球新報・金口木舌】

 復帰前のAサイン時代、センター通り、ゲート通りからロックバンドの紫やコンディショングリーンなどが誕生し、彼らの活躍でコザは「ロックの街」として全国に知れ渡った
▼バンド誕生時、観客は米兵だっただけに、歌詞はほとんどが英語。「英語の歌詞にいかに魂を込めるかが勝負だった」と紫のメンバー、宮永英一さんは言う
▼そもそもロック音楽自体が欧米から入って来たもの。だから「日本語は合わない」は当時のバンドマンの常識だった
▼現在はどうか。ほとんどの若手ミュージシャンは日本語で歌う。一曲丸ごと英語で歌うのは少数派で、日本語の歌詞にいかに自分たちのメッセージを込めるかで勝負する。ジャンルの幅も広がった
▼ベテランのバンドマンたちは、時代の流れを傍観しているだけではない。自らの常識を変えようと、若手のライブを見て回る者も多い。一方、ベテランの円熟したステージパフォーマンスや演奏技術を盗もうと、積極的に競演に挑む若手もいる
▼来月27日にはコザミュージックタウンがオープンする。コザにはベテランと若手が共に刺激し合い、進化しようという土壌がある。それが「音楽の街」を目指す最大の武器となるに違いない。

(6/20 9:47)


【東京新聞・社説】

週のはじめに考える お上の時代と裁判員制度

2007年6月17日

 日当上限一万円などの細則が決められ、裁判員制度は待ったなしですが「この忙しいのになぜ」がなお大方の国民の本音のよう。で誰(た)がための制度なのか、再び-。

 森鴎外の短編に十六歳の娘・いちを主人公にした「最後の一句」があります。

 三日間の曝(さら)しの上の斬罪(ざんざい)が決まった船乗業の父親を救うために、いちら五人の子供が身代わりになることを奉行所に願い出る物語ですが、話は、親子の情愛の深さや子供たちの健気(けなげ)さといったものでなく、長女・いちが言い放つ最後の一句に収れんしていきます。
最後の一句が問うもの

 城代や奉行、与力が居並ぶお白州の上での取り調べで、娘いちが冷ややかに言い足した最後の詞(ことば)は「お上(かみ)の事には間違いはございますまいから」の一句でした。

 鴎外は、奉行の心の中に、氷のように冷ややかに、刃(やいば)のように鋭い最後の一句が反響したとし、献身の中に潜む反抗の鋒(ほこさき)はいちと語を交えた奉行のみではなく、役人一同の胸をも刺した、とも記述しています。

 いちの言葉は江戸・徳川の司法行政から人が人を裁くことの是非の根源にまで及んだというのでしょう。

 裁判員制度は、この娘いちの問いかけに近似しています。お上の事に本当に間違いはないのか、裁判は職業裁判官だけに任せておけばいいのか、の問題です。

 東西冷戦の世界だったということもあるのでしょう。廃墟(はいきょ)から再出発した戦後の日本は世界第二位の経済大国にまで成長しました。官僚を軸に構築されたこの社会経済体制の成功体験がわれわれの内なるお上依存体質を温存させてしまったのかもしれません。

 しかし、社会保険庁の「消えた五千万件の年金記録」問題や独立行政法人・緑資源機構の官製談合事件が明らかにしているのは、国民の目の届かないところでは、官がいかに無責任で堕落するか、この国を食い物にしてしまうか、でした。

 裁判員制度導入にはお上まかせへの反省が込められています。戦後憲法は主権在民をうたい、国民一人一人が主役となって国政に参画し、行政を司法を監視・監督することを期待しました。やはり傍観者であってはならないのです。司法もまた国民の手にというのが正論でしょう。
裁きへの躊躇は健全

 もっとも裁判員制度は、国民に国の統治政策のお先棒を担がせるものとの懸念や根強い反対があるのは確かです。

 弁護士の高山俊吉氏は著書「裁判員制度はいらない」(講談社)で「法の施行に真っ向から反対する」と宣言し、同書には映画監督の崔洋一氏やシンガー・ソングライターのさだまさし氏ら五氏の特別寄稿が掲載されています。

 作家の嵐山光三郎氏は「人を裁くのは神の仕事だ。その恐るべきことを敢(あ)えてやるのがプロの裁判官だと思う」と述べ、劇作家で女優の渡辺えり子氏は「一番心配なのは裁判がショーになってしまうこと」「みんな裁判員になるのをいやがっているのは、裁判を軽視しているからじゃなく、裁判は重要なことだと思うからこそ自分たちがやるべきではないと考える」とも書いています。寄稿での五氏の主張はそれぞれにもっともで、国民の声が集約されているように映ります。

 人を裁くことを躊躇(ちゅうちょ)する国民の態度・姿勢こそ「むしろ健全だ」と評価しているのが裁判員制度推進役の一人の但木敬一検事総長です。

 「職業裁判官も悩みながら裁いている。国民の真面目(まじめ)さこそ裁判員に必要な資質。国民の協力で裁判員制度は定着していくと確信している」というのです。

 裁判員制度は選任された市民だけで有罪・無罪を決める欧米の陪審制とは違って、職業裁判官三人と市民裁判員六人で構成され、専門家と素人のそれぞれの長所をいかし、短所は互いに補い合うように制度設計された独自のシステムです。

 延命治療を中止した医師が殺人罪に問われる尊厳死事件の問題などは素人も玄人もないみんなで考えるこの裁判員制度にふさわしい現代的テーマといえるかもしれません。
過重な負担は避けたい

 裁判員制度は、二年後の二〇〇九年五月までに施行されることになっていますが、来年十月には選挙人名簿から抽選で全国約三十六万人の裁判員候補者選びが始まり、時間が残されているとはいえないのです。

 国民が自ら進んで参加してもらえるように関係省庁の連携協力が義務付けられていますが、大企業はともかく、中小、零細企業では、経営者も従業員も裁判員に選ばれること自体が過重な負担になってしまうことが心配されています。

 裁判員に選ばれることが苦役とならないような裁判員制度であり、社会づくりが進められるべきです。

 生類憐(あわれ)みの令や禁酒法のように善かれと思った法令が天下の悪法になってしまう例だってあります。制度を生かすのも殺すのも、国民の協力と覚悟次第です。

※森鴎外の鴎は、旧字体

【東京新聞・筆洗】2007年6月17日

 二人の娘の父親だった詩人の萩原朔太郎には「父は永遠に悲壮である」との警句がある。詩作に生きて家庭をほとんど顧みなかったという朔太郎の人生を思わず想像してしまう▼今日は「父の日」。アサヒビールが全国の男女約千五百人を対象に行ったインターネット調査では、理想の父親像として「いざという時頼れる」と「家族思いで優しい」が複数回答で50%前後に上った。自分の父親の採点では平均点が六十七点で、八十点台の回答は全体の約20%。今の父親は評価されている方ではないか▼朔太郎も実は理想の父親像に近かったのかもしれない。長女の故萩原葉子さんは「言葉を交わすことは、まったくないのだが、大きな愛は感じるので、いざという時は救ってくれると、思った」と書き残している▼朔太郎に幸いしたのは、自宅で執筆していたことだ。葉子さんはその姿を見ることで文学の厳しさを感じ、父親を尊敬するようになったという。凡人に朔太郎のまねはできないが、働く姿を子どもに見せることは大事らしい▼<おとうさんが湯から/あがってきた/ぼくがそのあとに入った/底板をとったら/すこし砂があった/ぼくたちのために/はたらいたからだ>。児童文学作家の故灰谷健次郎さんが「子どもの詩に見る父の像」と題した随筆の中で紹介した小学六年男児の詩だ▼灰谷さんは「子どもは親の生活が、自分にしっかりつながってあるということを自覚したとき、この上なく優しい」と断言する。悲壮であるかないかは、ひとえに父親次第なのだろう。


【河北新報・社説】

教員採用/教育力の弱化を防ぐには

 矢継ぎ早に打ち出される教育改革をよそに、教育力弱体化の波が、教育現場の足元を洗い始めている。
 教員採用数が限りなくゼロに近づく地方と1000人規模の大都市圏に二極化、教師集団の年齢構成が極端にゆがみ、学校運営が著しく困難になる懸念が強まっているからだ。

 2008年度の募集要項に則して、象徴的な秋田県の小学校のケースを示そう。
 採用予定者は、県内全体でわずかに7人。前年度の採用者数も15人だったが、ついに一けたに落ち込んだ。

 児童数の減少や退職者の補充という原則を踏まえれば、避けられないことなのだろう。ただ、機械的な採用減は先輩教師から後輩へ引き継がれる「経験」や「教育技術」の断絶を意味し、深刻に受け止める必要がある。
 若い教師同士が、悩みを共有し、励まし、刺激し合う機会に恵まれないため、伸び悩むことも心配だ。

 秋田県の教員数は4230人(06年度)で、20代の教師は数えるほど。300校近い小学校の大半で、若い教師に出会うことはほとんどない。
 寺田典城知事は、中学校を含め4人程度の別枠採用を指示したが、財政が厳しく、独自基準による採用は難しいのが現状だ。結果、層は薄くなり、将来、学校が機能不全に陥りかねない。
 東北の他県も似た状況にある。福島県の06年度以降の採用(予定者)数は90人、60人、35人と減り続ける。

 一方、東京、愛知、大阪を中心とする三大都市圏では、退職者が大幅に増え、補充のための大量採用が続く。採用試験の競争倍率は3倍前後で、不適格教員を排除できるぎりぎりの水準とされる2倍に近づく。

 08年度、1100人の採用を予定する東京都。景気の回復に伴い、優秀な学生の採用をめぐって民間企業との競争が激しさを増し、危機感は募る。東北では従来の仙台市に加え、盛岡市でも採用説明会を開き、受験を呼び掛けた。
 人数を確保できても、経験の浅い若手が多くを占め、学校運営は心もとない。大阪府では近い将来、30代前半の教員を教頭などの管理職に据えないと、組織が成り立たない事態も想定されるという。

 教育現場が抱える「裏表的な課題」に対応するため、連携が考えられないか。
 例えば、比較的厚みのある地方の中堅層を一定期間、研修含みで大都市圏に派遣する仕組みをつくるのも一案だ。
 その分、地方に採用枠が広がり、大都市圏の学校も安定感を増す。就労機会の提供は、若者の地方定住につながり、多少は人口減対策にも資するだろう。

 海外にある日本人学校への派遣制度を、国内にも導入すると考えれば、不可能ではあるまい。強制すべきものではないが、東京などの大学に通う子どもと一緒に住むことになれば、経済的なメリットもあるはずだ。
 教育力の劣化阻止へ、こうした現場の実態を踏まえた改革も見落としてはならない。
2007年06月17日日曜日

【河北新報・河北春秋】

 何かと話題の多い日米の野球界。記録もその一つ。大リーグとプロ野球で「最」と「長」が付く記録が相次いで生まれた。中年世代なら知っておいて損はない。ことし39歳の苦労人2人がつくった▼一人は念願だったメジャーのマウンドに立った桑田真澄投手。日本人投手で「最年長」のデビューとなった

 ▼ エースで活躍した巨人を追われるように退団し渡米した。右ひじの手術を乗り越えた不屈の精神は変わらない。春先に足首を痛めながらも、はい上がってきた。初登板で一発を浴びた後のコメントがいい。「引き続き努力する。それが僕のスタイルだから」▼もう1人は5月の月間MVPに選ばれた東北楽天の山崎武司選手だ。何と10年11カ月ぶり2度目の受賞で、こちらはブランク期間の「最長」記録。先日はプロ21年目で1500試合出場を達成。これもスローモー記録に入りそうだ

 ▼山あり谷ありの野球人生を地でいく。3年前、オリックスから「くび」を通告された。リストラからはい上がった男が目下、リーグの本塁打と打点の両部門でトップを走る▼輝く「中年の星」二つ。息切れしそうになるお父さんたちにはどう映るか。山崎選手は「1年を通して旬を保ちたい」と意気込む。そうなればAクラス入りも。間違いなく期待と希望の星だ。

2007年06月17日日曜日


【京都新聞・社説】

裁判員制度  市民の不安解消が先決

 「裁判員制度」にあなたは関心を持っていますか-。
 市民から選ばれた裁判員が裁判官と一緒に、殺人など重大事件の刑事裁判を審理する同制度は、二〇〇九年五月までに実施される。
 制度のおおよその仕組みは知っていても、遠い先のことと感じている人や、自分が選ばれる可能性は少ないと考える人もいるかもしれない。一方で「選ばれたら仕事や育児介護はどうなるのか」「知識がないので自信がない」などと不安に思っている人も多いはずだ。
 内閣府が昨年十二月に行った世論調査では、「参加したくない」と考えている人が約八割にも上った。制度のスタートまでに、市民の抱く不安や負担をできる限り軽減しなければならない。
 最高裁は先日、裁判員が具体的にどのような手順で選ばれるかを盛り込んだ規則を決めた。大まかな流れはこうだ。
 裁判員は選挙権を持つ人の中から選ばれる。選挙人名簿からくじなどによって二段階で「候補者」がしぼられ、裁判が始まる約六週間前に呼び出し状が届く。
 裁判当日に裁判所に出向き、呼び出しを受けた全員が裁判長から質問を受けたあと、その中から裁判員六人と数人の補充裁判員が決まる。
 裁判員に選ばれる確率は、一年間で有権者約三千五百人に一人と想定されている。しかし候補者名簿への登載などを含めれば、何らかの形でこの制度にかかわる確率はもっと高くなる。
 気になるのは「どんな理由なら辞退が認められるか」だろう。名簿登載時などに送られてくる調査票の回答や、呼び出し時の裁判長への返答で辞退が認められる場合もある。
 東京地裁が先ごろ企業の協力で行った模擬裁判では、妻の出産予定日と重なる人や、海外の会議に急きょ出席が決まった人などの辞退が認められた一方、裁判の一カ月後に海外留学を控えた人や、大学非常勤講師として当日に授業があるものの別の日の補講で対応できる人は、辞退が認められなかった。
 このほかに病気や仕事、育児、介護などさまざまなケースが考えられるが、どの程度なら認められるのか、線引きは明確でない。より多くの市民が司法参加するのが制度の目的だが、できる限り個々の事情にも配慮し、柔軟に運用することが望ましい。
 専門知識に乏しい市民にとって刑事裁判に参加することへの不安をぬぐい去るのは簡単ではない。これまでの模擬裁判でも、自分の判断が被告人の人生を左右することへの責任の重さを感じると感想を述べる人が多かった。難しい裁判用語に戸惑ったり、被告人側の逆恨みなどを心配する声も多い。
 制度のスタートまで二年あるが、もう二年しかないともいえる。最高裁は市民の声を十分に聞き、市民の目線で、参加しやすい環境整備を急いでほしい。

[京都新聞 2007年06月17日掲載]

北朝鮮核放棄  初期措置の履行を急げ

 北朝鮮が核放棄へ踏み出す前提として米朝で合意しながら、遅れていた資金移送問題がやっと解決に近づいた。
 マカオの銀行バンコ・デルタ・アジア(BDA)にあった北朝鮮関連口座の資金約二千五百万ドルは、同行を離れニューヨーク連邦準備銀行などを経てロシア極東の民間銀行に移された。
 朝鮮中央通信によると、資金移管は「解決段階」にあることが確認された、という。
 北朝鮮は、ことし二月の六カ国協議で後日のエネルギー支援などを条件に、六十日以内に寧辺にある核施設の停止・封印を行い、国際原子力機関(IAEA)の査察官を迎え入れること(初期段階措置)で合意している。
 当初の履行期限からすでに二カ月が過ぎた。送金が完了すれば、米朝合意での前提条件は取り払われる。遅らせる理由がなくなる以上、北朝鮮は直ちに初期段階措置を履行すべきだ。
 資金移送は、六カ国協議とは別枠で北朝鮮が米国に要求した。本来は、先に初期段階措置に移るべきところを、ことし一月の米朝協議でひそかに資金移管に合意していた経緯がある。
 BDAに置かれた資金は、にせ札づくりや覚せい剤取引など違法な手段でつくられたとみられ、洗浄(ロンダリング)目的が濃厚だった。
 米国は、これら違法な資金を扱う銀行と、米国の銀行との取引を停止する金融制裁によって、核放棄に向け北朝鮮に圧力をかける戦術に出ていた。
 ブッシュ政権が今回、米連銀まで使いあえて違法な資金の移動を許す「超法規的措置」をとったのは、イラクの混乱やイランの核開発問題で、北朝鮮に対応する余裕を失っているからだ。
 決着を急ぐあまり、制裁が骨抜きになったといっても過言ではない。米議会から強い批判が出たのは当然だった。
 北朝鮮は、ブッシュ政権の残り任期と支持率低下、政権批判の高まりなど国内事情を見極めているところだろう。
 初期段階措置の前に、テロ支援国家指定の解除や、資金移転を全面的に認めることなどを米国に要求する可能性は十分考えられる。
 新たな条件持ち出しや時間稼ぎを、これ以上許してはなるまい。米国が軟化すればするほど、既存核施設の無能力化など、核廃棄の二段階目に進むのにも大幅な遅れが出てしまう。
 米朝二国間協議は排除して、いまは六カ国協議の枠組みで初期段階措置の履行を迫ることに全力をあげるべきだ。
 拉致問題を抱える日本にとって、送金完了は一つの節目だろう。「拉致が解決しない限りエネルギー支援などにも応じない」立場は、他の六カ国協議参加国とは大きく異なる。事態が進むにつれ孤立化しないよう、各国とのいっそう綿密な事前調整が求められる。

[京都新聞 2007年06月17日掲載]

【京都新聞・凡語】

こんにゃくゼリー

 人気菓子のこんにゃくゼリーが「流通させるべきではなかった」と訴えられた▼訴訟は初めてではないが、今回は七歳の長男がかみ切れずにのどに詰まらせて死亡した三重県の両親が、愛知県の菓子メーカーなどを相手に賠償を求めた。母親は「こんな悲しい事故は二度とおきてほしくない」と嘆く▼主成分のこんにゃくに果物の味をつけ、ちいさなカップに入れて販売されるこの商品、“ツルリン”とした食感が好評で各メーカーが市場に出している。だがその食感ゆえにかみ切りにくく、口の中ではなかなか溶けない▼あごの力の弱い子ども、お年寄りがのどに詰まらせるケースが後を絶たず、国民生活センターの調べでは、一九九五年以降で死亡事故が十三件も起こっている。喜んで口に入れたとたん、凶器と化して命を奪われることがあるとは恐ろしい▼国民生活センターは早くから警鐘を鳴らし、業界も注意書きを添えるなどしたが腰が引けているようだ。訴訟では「よくかんでください」などの注意書きは、少なくとも子どもが食べないよう明確な警告表示をすべきだったと指摘する▼欧州連合(EU)はゼリー菓子へのこんにゃく使用は禁止だし、米国はこんにゃくゼリーを見掛けたら通報を、と呼びかける。食の安全・安心を掲げる政府が具体的対応を欠いていては海外からも消費者無視といわれかねない。

[京都新聞 2007年06月17日掲載]


【朝日・社説】2007年06月17日(日曜日)付

自治体の財政―住民がチェックしよう

 地方自治体財政健全化法が成立した。北海道夕張市の教訓を生かし、破綻(はたん)を早めに食い止めようという法律だ。自治体の財政再建制度を一新するのは、半世紀ぶりのことである。

 新しい仕組みの特徴は二つある。

 ひとつは、自治体の本体だけでなく、公営企業や公社、第三セクターまでを総合した財政状態をチェックしようということだ。企業でいえば、子会社を含めた連結決算主義である。

 もうひとつが、地方自治の尊重だ。政府が指図するのではなく、住民が自ら財政を監視し、できるだけ自主的に財政の悪化を防ぐようにした。

 住民が財政状態を判断するため、四つの指標が用意された。財政規模に占める毎年の赤字の比率が、本体と連結で2種類ある。同じように過去の借金の重みを示す指標が2種類ある。指標や決算書類はいつでも住民がチェックできる状態にするように定められた。

 指標が一つでも基準より悪化したら、健全化計画をつくらなければならない。第三者の監査も受けつつ、内容は自主的に決める。いわばイエローカードだ。

 さらに悪化したときにはレッドカードが出る。財政再生団体となり、政府の管理下で厳しい再生路線を歩む。

 イエローとレッドの基準は政府が定め、来年度決算から実施される。

 指標の一つである連結実質赤字比率を朝日新聞社が試算したところ、全国で100以上の市町村が赤字だった。赤字比率が20%以上の市町村が24もある。

 レッドになるのか、イエローか。赤字の自治体は戦々恐々としている。

 全国一律の基準を定めるのはいささか乱暴だが、少なくとも政府管理となる再生団体は、きわめて深刻な市町村に限るように基準をつくった方がいい。健全化団体として自主再建を進めるのが原則であることを忘れてはいけない。

 新制度がきちんと機能するためには、自治体が自主的に財政を運営できる条件が欠かせない。それは税源と裁量権である。政府は補助金を廃止し、税源と仕事をセットで自治体に渡していかなければならない。

 法律が積み残したことがある。自治体が破綻したときに債務を減免し、融資元の金融機関にも責任を負わせるかどうか。総務省の研究会で検討中だ。自治体は破綻しても、なくなることはないので、企業と同列には扱えない。

 だが、返済が減免されるとなれば、金融機関はむやみに貸さなくなり、財政の拡大への歯止めになる。まずは公営事業や第三セクターのような事業性の強い部門から導入を考えたらどうか。これらの部門の借金を自治体が実質的に債務保証し、財政悪化を招く例が多いからだ。

 法律を先取りし、指標を使って住民が市町村をチェックする試みが各地で始まっている。新しい制度を自治の力を高める機会にしたい。

残留孤児支援―拉致被害者と同じように

 戦後の混乱の中で、中国の旧満州に置き去りにされた日本人孤児らは、帰国したものの、経済的に自立できない人が多く、6割が生活保護を受けている。

 そうした中国残留孤児らに対する国の生活支援をいかに広げるべきか。厚生労働省から諮問された有識者会議の報告書がまとまった。

 残留孤児らは長い間中国で生活せざるをえなかったため、日本語が不自由だ。帰国が遅れたため、経済復興の恩恵を受けないまま高齢になってしまった。

 この二つの残留孤児らの特殊な事情を挙げて、有識者会議は次のように提言した。

 いまは月に約2万2000円の国庫負担分しか受け取れない基礎年金について、満額の約6万6000円を支給する。生活や住宅、医療、介護で不足する分は生活保護ではなく、給付金として上乗せする。

 戦争が終わって、62年になる。孤児らはいずれも年金を受け取る年齢になったが、その年金は十分なものではない。保険料を払いたくても、中国にいた間は払えなかったからだ。

 その意味で、有識者会議が基礎年金の満額に加え、給付金を出すことを提言したのを評価したい。国策の犠牲になったうえに、やっとの思いで帰国した孤児らの声に理解を示したといえる。

 だが、有識者会議は給付金の額については示さなかった。具体的な金額は政府・与党の協議にゆだねられた。

 残留孤児らは、いま受け取っている約2万2000円の年金を除いて、1人あたり月17万円の支給を求めている。配偶者がいる場合は7万円を加算してもらいたいという。

 これは同じ世代の日本人の平均消費支出のほか、北朝鮮による拉致被害者への給付金をもとにしたものだ。

 私たちはこれまで社説で、孤児たちが安心して老後を暮らせる給付金制度をつくるように求めてきた。

 孤児らのこれまでの苦難の道を考えれば、拉致被害者並みにという要求は不当なものではあるまい。この水準を下回らないように制度をつくる必要がある。

 気になるのは、報告書で給付金について「生活保護制度に準拠」としていることだ。生活保護のような制度では役所に監視され、制約が多い、と孤児らは反発している。ここは生活保護の延長ではなく、新たな給付金制度とはっきり位置づけた方がいい。

 戦前、満州には約150万人の日本人が送り込まれた。残留孤児となり、日本に帰って暮らす人は約2500人だ。

 そのうちの9割が国を相手取って起こした集団訴訟では、次々に敗れている。つい先日も札幌、高知両地裁で孤児側敗訴となり、通算1勝7敗となった。もはや司法による救済は難しい状況だ。

 支援策の拡充を自ら指示した安倍首相の責任は重い。孤児らが望む「人間らしい生活」の実現を急いでもらいたい。

【朝日・天声人語】2007年06月17日(日曜日)付

 サッカー仏代表のジダンは、ワールド杯決勝でイタリア選手に頭突きし、退場になった。その瞬間を腕の汗まで鮮明にとらえた写真がある。動画では「物語」に埋もれていた細部を、止まった時が見せてくれる。ジダンは右手を握りしめ、目を閉じている。

 50回目となる世界報道写真展がきのう、東京都写真美術館で始まった(8月5日まで)。「ジダンの退場」など、06年にメディアをにぎわせた素材が、時を止めて並ぶ。

 約8万点から選ばれた大賞は、紛争の中の日常を切り取った一枚。イスラエル軍に爆撃されたベイルート市街を、赤いオープンカーで走り抜けるレバノンの若者たちだ。この赤い車は数秒、頭突きは1秒の出来事だった。報道写真は偶然に左右される。

 46年前の同じ写真展で大賞をとり、日本人初のピュリツァー賞に輝いた作品もそうだった。60年10月12日午後3時4分、日比谷公会堂で撮られた「右翼少年に刺殺される浅沼社会党委員長」だ。

 毎日新聞の長尾靖さんが戦後史の瞬間を刻めたのは、ずぼらの功用だという(沢木耕太郎『テロルの決算』)。報道陣の多くは、浅沼の演説をやじる客席左側の右翼を気にしていたが、長尾さんは舞台下の記者席を動かず、右手から駆け上がった少年を新型カメラで追えた。最後の一コマだった。

 優れた報道写真は時に、動画より多弁になる。前に起きていたこと、後に起きたであろうこと、裏に隠されていることまで考えさせる力があるからだ。無論、強運を絵に残せる腕と機材があっての話である。


【毎日・社説】

社説:視点 参院選 「安倍政治」問うなら、いっそ同日選を=論説委員・与良正男

 国会の会期は延長されるのだろうか。延長幅によっては7月22日に予定されていた参院選がずれ込む。異例の政治状況である。

 国会を様変わりさせたのはもちろん年金支給漏れ問題だ。安倍晋三首相と与党は大慌てとなり、野党は勢いづく。参院選の争点はもっぱら年金になりそうな情勢だ。だが、それだけでよいのか。少し異論を唱えてみたい。

 今度の参院選は安倍首相が初めて臨む全国規模の国政選挙だ。安倍内閣が続くのを是とするのか、反対なのか。それが問われる。自民党の獲得議席次第では安倍内閣退陣もあり得る。実際、自民党が惨敗した1989年と98年の参院選では時の首相が退陣した。

 ただ、忘れてならないのは自民党は惨敗後の衆院選を何とかしのぎ政権を維持したことだ。今回は前回04年の参院選と似てきた。与野党幹部の年金未納発覚で、確かに前回も年金が大争点となり民主党の獲得議席は自民党を上回った。民主党は当時も厚生年金と国民年金などすべての一元化を公約に掲げていた。ところが選挙で示された民意を尊重して、その後、そう進んだか。答えはノーだ。

 政権にお灸(きゅう)をすえる効果はあったろう。しかし、政権与党が交代しないと容易に政策は大きく転換しないことも私たちは知っておく必要がある。今度も有権者が怒りをぶつけるだけで終わらないか。仮に首相が交代しても恐らく与党は世間のほとぼりが冷めるまで衆院選はしないだろうからだ。

 政界には「一か八かで首相は衆院を解散し、衆参同日選に踏み切るのでは」との観測がある。「同日選なら自民党組織をフル活用できる」といった動機はほめられたものでない。同日選は憲法上疑義があるとの意見もある。だが、ここは同日選こそ望ましいのではないかとあえて言ってみたいのだ。

 小泉内閣から安倍内閣に代わったのは自民党総裁任期という党の事情による。「政権は衆院選で有権者が選択する」という考え方にのっとれば、安倍内閣発足直後に衆院を解散し、信を問うべきだったのだ。ここで審判を仰ぐのは何ら差し支えはない。

 政権選択選挙となれば、年金は当然のこと、憲法や日米関係、アジア外交、消費税率引き上げなど一段と多様なテーマで、どの政権がよいかを争うことになる。首相も年金のみに論戦が集中し、憲法改正など「安倍政治」が問えなくなるのは本意でないはずだ。

 民主党も、いずれ大きな政治テーマとなる憲法問題を党内がまとまらないとの理由で避けてはいられない。05年の衆院選で刺客騒動に関心が集まり、「争点は郵政だけでない」と反発していたのは民主党だ。まさか準備不足だからではあるまい。政権奪取を目指すというなら、なぜ自ら衆院解散を求めないのか。私にはその方が不思議に思えるほどだ。

毎日新聞 2007年6月17日 東京朝刊

社説:地球温暖化対策 小さな積み重ねも大切だ

 夜の地球儀、というのがある。

 人工衛星から、夜間の地球を1カ月間観測し、明るさの分布を地球儀に描いたものだ。照明による電力消費が一目でわかる。

 日本は首都圏から福岡にかけて光の帯が見える。お隣の韓国はほぼ全域が光り、日本に劣らぬ明るさだ。北朝鮮は真っ暗である。

 世界で一番明るい地域は、米東海岸か欧州大陸だ。ナイル川は沿岸に経済活動が集中し、川の形が光ってみえる。地球上での人の活動範囲は意外に狭いが、場所ごとのエネルギー消費は強烈である。

 電力消費などの人間活動で、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスが排出される。その結果、地球温暖化が促進される。

 日本は、温室効果ガスの排出量を1990年比で6%減らすよう、京都議定書で義務づけられた。しかし、2005年の排出量は同7・8%の増加。CO2の排出量で特に増えているのが、▽(オフィスなど)業務その他44・6%増▽家庭36・7%増▽運輸18・1%増--である。全体に占める排出割合も三つで計57%と大きい。

 90年比で減少している産業部門もさらなる削減が必要だが、私たちも家庭やオフィスでエネルギーを浪費していないか、一人一人が足元から見直す必要がある。

 節約という点では、買ったものを長く使うのが基本である。しかし、家電などの家庭機器には必ずしも当てはまらない。

 今年の「環境白書」によると、家庭機器における省エネ技術が近年、急速に進んできている。例えば、冷蔵庫の消費電力量は、ここ数年で3割以上低下したという。

 試算によると、40代夫婦と子ども2人の4人家族が、ほぼ更新時期を迎えたガスコンロ、給湯器、洗濯機など10種類の機器を省エネ型の新品に替えた場合、一家のCO2排出は44%減る。白熱電球に比べ電力消費が約4分の1ですむ電球型蛍光ランプや、高断熱の複層ガラス、ハイブリッド自動車などもCO2削減に効果があると、白書は指摘している。

 経済的な負担が大きく、すべての家庭に適用できるわけではないが、省エネの一つの選択肢として検討してみる価値はあるだろう。

 ただし、省エネ製品の導入に際しても、一人一人の「心」が何より大切である。自動車の燃費やエアコンの効率が改善されても、より大きな車を購入し、エアコンの設置台数が増えれば、全体のエネルギー消費は増えていくからだ。

 「もったいない」という意識を持ち、電源をこまめに切ったり、エアコンの設定温度を1度上げたりする、ちょっとした心遣いが重要である。今夏は水不足が懸念されるが、蛇口をきちんと閉め、水を浪費しないよう心がけたい。

 6月は環境月間。夏至の22日から24日にかけて、環境イベントの「100万人のキャンドルナイト」が各地で実施される。

 「一人一人の市民の行動で、私たちの未来を変えることができるのです」。ワンガリ・マータイさんの言葉を心に刻みたい。

毎日新聞 2007年6月17日 東京朝刊

【毎日・余禄】

余録:20世紀最大の調査報道になった…

 20世紀最大の調査報道になった「ウォーターゲート事件」は、1972年の今日、ウォーターゲートビルに侵入して盗聴器を仕掛けようとした男たちが逮捕されたことに始まる。米国史上初めての、スキャンダルによる現職大統領の辞任につながった▲政治権力とジャーナリズムは仲が悪い。監視される側と監視する側なのだから当たり前だ。仲が良いようなら、本当に民主主義社会なのかと疑われる。逆にいうと、普通選挙制度が敷かれ、司法、立法、行政の三権が分立していても、それだけでは民主主義とはいえない。報道の自由が必要だ▲そして、この報道に従事する個人や組織は、必ず民間でなければならない。公務員では、権力を監視できない。報道人や報道機関は、市場の論理が支配する経済社会で自立して生きていることが求められる▲ということで、報道人や報道機関は、権力の恣意(しい)的な行使や、逆に怠慢などを警戒する成熟した社会の支持がなければ存続できない。いろいろ問題はあっても、民主主義とは成熟した社会でのみ可能な制度なのだ▲世界を見ると、報道人、報道機関の苦闘が続いている。ロシアではプーチン大統領のチェチェン政策を批判し続けた女性記者が殺された。ベネズエラではチャベス大統領が、政権に批判的な放送局を閉鎖した。韓国でも報道機関と政権が対立している▲他方で、権力との対立ではなく市場の論理で、メディアの世界的再編が続く。しかし、メディアの再編で報道の自由が失われたら、民主主義も失われかねない。市場に根ざして権力を監視する報道を支える力学は微妙だが、権力はその微妙さに鈍感だ。そういえば、新聞記者を追い出した故佐藤栄作首相の引退会見も1972年の今日だった。

毎日新聞 2007年6月17日 東京朝刊


【読売・社説】

社会保障番号 超党派で前向きに議論しては(6月17日付・読売社説)

 自分がどれだけの負担をし、どれほどの恩恵を受けているのかが、見えにくい。国民が社会保障制度に不信や不満を抱く一因は、そこにある。

 安倍首相は、年金や医療、介護などの負担と給付の記録を一元的に管理する「社会保障番号」の導入を急ぐ方針を表明した。

 まだ健康で年金受給年齢にも遠い世代は、社会保障制度から“利益”をあまり得ていない。年金や健康保険の保険料徴収率が低い要因だ。

 この状況を改善し、社会保障制度の信頼を培うため、一元的な番号制度の導入は大いに検討に値する。

 各制度の保険料をこれまでにいくら納付し、医療などの公的サービスをどれだけ受けてきたか、年金は将来いくら受け取れるのか、といった情報が個人単位でまとめられる。

 現状では、次々と保険料を徴収され、窓口負担を負わされている印象ばかりが強い。これまでの収支や将来の受益見通しの情報がきちんと提供されれば、社会保障制度への理解は深まるだろう。

 利点はまだある。結婚や転職などの届け出は、年金、医療など各制度に反映され、事務も簡素化されるため、年金の支給漏れのようなことは起こりにくい。

 社会保障番号は、政府がかねて導入を検討してきた。だが、個人情報保護の観点から、多岐にわたる記録を集約することに慎重論が根強く、足踏みを続けていた。個人情報の適切な保護策を講じるのは、当然であろう。

 安倍首相が改めて導入を表明するきっかけとなった年金記録の不始末を引き起こした原因は、何よりもまず、社会保険庁の組織体質上の欠陥にある。これについては、総務省に設置された検証委員会が、原因と責任の追及に当たる。

 だが、中途半端な形で基礎年金番号制度が作られたことも見逃せない。法律ではなく省令で導入されたうえ、年金制度に限った番号であるため、受給年齢が近づくまで関心のない人も多かった。

 最初から包括的な社会保障番号制度としていれば、医療や介護、雇用など他の保険情報とともに年金記録も速やかに集約され、今日のような混乱は避けられたかも知れない。

 公明党は、基礎年金番号を発展させた「総合社会保障口座」を提言している。民主党も「年金通帳」や納税者番号制度の創設を主張しており、社会保障番号の考え方と通じるものがある。

 年金をはじめ、社会保障制度への不信感を払拭(ふっしょく)するために、与野党で本格的に議論を進めてはどうか。
(2007年6月17日1時57分  読売新聞)

農地制度改革 規模拡大の足かせを取り除け(6月17日付・読売社説)

 農業の生産性向上には農地の流動化と集約が肝要だ――。

 政府の経済財政諮問会議が、農政改革の提言をまとめた。農地制度に焦点を当て、細切れで利用効率の悪い農地の現状に、大胆なメスを入れるよう求めている。

 農林水産省も農地制度の改革を議論しており、共通点が少なくない。政府内で調整して早急に具体案をまとめ、実施に移すべきである。

 農業について言及することが少なかった諮問会議が、このような提言を出すのは異例である。

 競争力の弱い国内農業の保護を優先すれば、世界各国が取り組む経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)の締結競争で、日本だけが立ち遅れてしまう。農業の足腰の強化が、市場開放の促進に欠かせない――。そんな危機感が背景にある。

 提言は、農地所有者に対する“アメとムチ”からなる。まず、“アメ”として定期借地権制度の創設を盛り込んだ。

 現在、農地の賃貸期間は平均6年程度に過ぎない。長期間貸し出すと、返却されないのではないかとの懸念が貸す側にあるからだ。これでは、借りる側も腰を据えて耕作に取り組めない。

 そこで、契約満了後は必ず返却される定期借地権制度に着目した。契約期間は20年間を想定している。制度が導入されれば、貸し手、借り手双方の利益に合致する。前向きに検討していい内容だ。

 現在、株式会社は原則として農地の所有を許されていないが、これを認め、購入代金の代わりに、その会社の株式を提供できるようにする。受け取った株式にかかる相続税を優遇することで、農地の売却を促す手法も提案している。

 一方、“ムチ”はこうだ。

 日本には埼玉県の面積に相当する39万ヘクタールもの耕作放棄地がある。遠隔地に引っ越したり、後継者がいなくなったりして、見捨てられた農地だ。固定資産税は、住宅地などよりはるかに低い。

 提言は、耕作しない農地については、優遇税制を見直すべきだとしている。そうすれば税負担が重くなり、賃貸・売却する動きも出よう。農地流動化の決め手になり得るだろう。

 農地を貸したい、借りたいといった情報を収集し、提供する組織の新設も求めている。この組織に、農地の集約化を促す機能も併せて持たせる構想だ。

 諮問会議は、そうした組織を国レベルに一つ、各都道府県にも一か所ずつ設置してはどうかと提案している。その気になれば、こうした組織の整備に、さほど時間はかかるまい。
(2007年6月17日1時57分  読売新聞)

【読売・編集手帳】6月17日付

 「駆け込み乗車はおやめ下さい」という鉄道駅の放送は、いつごろから始まったのだろうか。日々連呼しても駆け込みはなくならない。身に覚えがある人も多いだろう◆発車寸前の電車に乗ることができた人は満足だろうが、いったん閉まりかけたドアが再び開くなどして、わずかとはいえ発車が遅れることがある。一人の行動が、電車に乗っている大勢の人に迷惑を及ぼしていることになる◆首都圏で、手やベビーカーがドアに挟まれたまま電車が動き出す事故が続いて起きた。駆け込み乗車しようとした女性が、閉じかけたドアに紙袋を差し込んだため電車が急停車し、車内の乗客が転倒してけがをする事故もあった◆駅ではホームに設置したカメラのモニター画面で安全を確認している。ドアに物が挟まれると自動的に開くセンサーもあるという。しかし、完全を期すのは容易でないし、一概に駅の側だけを責められない◆発車のベルが鳴りやんだら乗車は認めないなど、鉄道共通の決まりはないようだ。ベルが鳴りやんでもすぐ発車しないことがあるから、瞬間的に乗ろうか乗るまいか迷うことがある◆法令で規定する交通信号のルールのように、ベルなどで黄色と赤色の段階を明確に分けるのも一案だろう。他の乗客の目を気にする人が増えれば、電車もより安全で快適になる。
(2007年6月17日1時53分  読売新聞)


【産経・社説】

【主張】パレスチナ分裂 両派和解以外に道はない

 イスラエルとの和平問題を抱えるパレスチナ自治区が、内部の主要2派の抗争から、それぞれが支配するガザ地区とヨルダン川西岸地区に事実上分裂した。このままではパレスチナ国家を建設し、イスラエルとの共存を目指す中東和平構想は根本から揺らぐことになる。

 両派が自ら、まず和解への努力を始めるとともに、国連やアラブ連盟を含む国際社会が両派の和解へ向け仲介に動くことが急務である。

 パレスチナの内部分裂は、自治政府にとって、パレスチナの自治が決まった1993年のオスロ合意以来最大の危機といえる。

 今回の分裂は、パレスチナの評議会(議会)の多数を握ったイスラム原理主義組織ハマスが、長年パレスチナ解放を主導してきた穏健派ファタハの治安権限に挑み、ガザ地区を武力制圧したことから生じた。

 それを受け、ファタハを率いるアッバス自治政府議長(大統領に相当)が非常事態を宣言、ハマス最高幹部のハニヤ自治政府首相の解任と両派による統一内閣の罷免を発表した。しかし、ハマス側がこれを拒否したため、3月に発足したばかりの“挙国一致”政府は崩壊、分裂に陥った。

 今回の事態に対し、米国がいちはやくアッバス議長支持を表明したのに続き、米欧露と国連による中東和平4者会合(通称カルテット)もアッバス議長支持を打ち出した。

 ハマスは選挙により評議会の多数を握ったとはいえ、和平交渉の前提となるイスラエル承認を拒否し、今回は武力でガザを制圧したとあっては、国際社会の支持を得られるはずがない。日本政府もアッバス議長支持だ。

 ハマス支配のガザ地区に対してはイスラエルが早くも封鎖の動きに出た。国際社会からの経済支援も得られない状況では、同地区は早晩、経済的に行き詰まることが必至である。

 今回のガザでの戦闘による死者は1週間で100人を超えたといわれる。両派の和解は容易ではないだろうが、ファタハ側もこの事態を招いた原因を徹底的に反省し、報復ではなく和解へ向けた努力を開始すべきだ。

 日本がパレスチナで計画する「平和と繁栄の回廊」構想など国際社会からの支援も現状では進められない。

(2007/06/17 05:03)

【主張】欧州ウナギ 「食の安全保障」の意識を

 オランダのハーグで開かれていたワシントン条約の締約国会議で、ヨーロッパウナギがその対象種となった。

 ワシントン条約は、絶滅の恐れのある野生動植物の国際取引を規制するための取り決めだ。ヨーロッパウナギの輸出は今後、制限されることになり、日本のスーパーなどで売られるかば焼きの供給にも影響することになるだろう。

 ヨーロッパウナギは、欧州全域の川や池で暮らす。彼らは大西洋のバミューダ諸島に近いサルガッソー海で産卵し、楊枝(ようじ)サイズの稚魚が沿岸河口部に戻ってくる。それを大量に捕獲して、淡水養殖業がさかんな中国に輸出する。中国では成魚にまで育て、かば焼きに加工して日本に輸出する。

 1990年ごろから、このビジネスが始まるとヨーロッパウナギは急激に減っていき、70年代のわずか1~2%という資源量に落ち込んだ。この事態がワシントン条約への提案につながった。稚魚の乱獲に加えて、河川の汚染や開発も影響している。

 今年の夏から輸入ウナギのかば焼きは、値上がりするのだろうか。

 水産庁によると、2005年の日本国内のウナギの総供給量は約10万トンで、うち約6万トンが中国からの輸入である。ヨーロッパウナギはそのうちの2割前後なので、種苗の輸出制限が始まっても、価格がうなぎ上りになることはなさそうだ。

 そのうえ養殖ウナギは出荷までに3年かかるので、今夏から高くなれば、それは便乗値上げにほかならない。

 ウナギは人工孵化(ふか)から成魚の段階まで育てる養殖業が確立していない。ニホンウナギの国内生産も天然種苗の採取に依存しており、資源の枯渇に注意しなければならないのは同様だ。

 他魚種ではマグロ類の資源減少が国際問題になっている。ウナギもマグロも世界的な高級食材だ。欧米では健康志向の高まりで、中国では経済発展に伴う食の水準向上で、魚類への需要が急速に増している。

 ヨーロッパウナギの問題は、この流れの中に置いて考えるべきだろう。将来的な「食の安全保障」の一端が全体に先行する形で顕在化したものと意識したい。今年の「水産白書」も「水産物奪いあいの時代」の到来を予見した内容だ。

(2007/06/17 05:02)

【産経抄】

 栗が淡い花をつけ始めている。その独特の強い香りをかいでいて、小林秀雄に『栗の樹』という短いエッセーがあったことを思い出した。52歳のころ、朝日新聞に書き、同名の随筆集に収められている。小林には珍しく「身内」が出てくる。

 ▼信州生まれの夫人が、故郷の栗の樹を見に帰りたいと言い出す。夫人は「人通りもまれな一里余りの道」を毎日歩いて小学校に通っていた。途中に栗の大木があり、そこまでくると「あと半分」といつも思うのだった。その木をもう一度見たくなったというのである。

 ▼「ちゃんと生えていた」と上機嫌で帰宅した夫人を見て、小林は「さて私の栗の樹は何処にあるのか」とつぶやく。エッセーでは「自分の血を売るようななりわいが、つくづくいやになる事がある」とも書いている。どこかで「あと半分」の励ましがほしくなったのかもしれない。

 ▼文学の世界で教祖と言われた人でさえこうである。どんなにつらい仕事でも道程を示す「栗の樹」が見えていれば耐えていける。マラソンなどでもそうだろう。しかし逆にそれが見あたらなければ、半ば絶望的な気持ちで続けていくしかないのだ。

 ▼今、世界のあちこちでも「栗の樹」が見失われている。パレスチナはイスラエルとの和平どころか、ファタハとハマスとで真っ二つに分裂してしまった。いつになったら平和に暮らせる日がくるのか、見当もつかない。脱北者が続く北朝鮮も出口の見えない道を歩んでいる。

 ▼難問解決に当たってそのプロセスをきちんと示せるのが指導者である。日本でも年金問題ばかりでなく、安倍首相がかかげる憲法改正や教育改革までどこが「あと半分」なのか、知りたいという国民も多い。そのことも忘れないでほしい。

(2007/06/17 05:01)


【日経・社説】

社説1 「石原」銀行は早期に幕引きすべきだ(6/17)

 東京都が1000億円を出資して設立した新銀行東京の経営が悪化し、経営陣を刷新して再スタートする。経営戦略を見直し、審査体制の強化と資産や経費の圧縮で早期黒字化を目指す。経営危機に陥る前に手を打つのは当然だろうが、大手金融機関などが中小企業向け融資を強化するなかで、「石原」銀行が本当に必要なのか疑問といわざるを得ない。

 同行の2007年3月期決算はさんざんな内容だった。中小企業向けの融資・保証残高は計画の6割にとどまる一方で、不良債権の処理額が膨らんで547億円の最終赤字になった。累積赤字は849億円と都の出資金に迫る水準だ。

 責任を取ってトヨタ自動車出身の仁司泰正代表執行役は退任し、りそな銀行出身の森田徹氏を後任に迎える。決算に併せて公表した新中期経営計画によると、今後3年で融資などの総資産を3割強圧縮し、人員や店舗も削減する。縮小均衡路線で10年3月期の黒字転換を目指す。

 新銀行の設立は03年4月の都知事選で石原慎太郎氏が公約に掲げ、その後2年で開業にこぎ着けた。債務超過や担保不足の中小企業でも現金収支や技術力に着目して「無担保・第三者保証なし」で融資する計画だった。しかし、企業の財務情報から機械的に返済能力を判断する審査モデルに依存したことで貸出先の焦げ付きが相次いだ。準備不足とずさんな審査体制を露呈した格好だ。

 「貸し渋りに苦しむ中小企業を救済する」という設立理念は結構だが、現状をみる限りでは銀行経営の健全化との両立は難しい。体力を回復した大手行や地域金融機関が中小企業金融に力を入れるなかで、石原銀行の存在意義は失われつつある。

 都庁内では銀行設立に関して当初から懐疑的な声があった。貸し渋り対策ならば、信用保証協会などと連携して制度融資を質、量の両面で拡充することである程度対応できる。民業圧迫のおそれもあった。それでも突き進んだのは石原知事のメンツとそれに追従した一部幹部の責任である。このありさまでは「武家の商法」といわれても仕方あるまい。

 都は今回、銀行設立を陣頭指揮した前副知事の大塚俊郎氏ら数人を派遣する。人的支援というが、営業や審査の経験があるわけではない。

 都議会ではすでに抜本的な対策を求める声が出ている。カネ余り状況のなかで金融機関は激しい融資競争を展開しており、東京はその最大の激戦地だ。金融環境の変化を踏まえれば、他行に事業譲渡し、早期に撤退するのが妥当であろう。

社説2 金正日氏は高笑いか(6/17)

 健康不安説がとりざたされる北朝鮮の金正日総書記も、この知らせには高笑いしたのではないだろうか。マカオのバンコ・デルタ・アジア(BDA)にある総額約2500万ドル(約30億円)の北朝鮮関連資金は、ニューヨーク連邦準備銀行、ロシア中央銀行経由で北朝鮮側に渡ることになった。

 2月13日の6カ国協議の共同声明は、北朝鮮の核問題解決に向けた初期段階の措置とそのための条件を示し、60日後に措置がとられるとしているが、BDA問題にはまったく触れていない。北朝鮮は合意にない問題を初期段階措置を実施する条件として要求し、米政府は中央銀行を関与させる異例の措置をとり、これを受け入れた。

 私たちはこれまで「米国は北朝鮮政策の基本原則を崩すな」「北朝鮮のペースに陥るな」などの社説を通じ、米政府の融和姿勢に疑問を示してきた。今回の決定は、北朝鮮ペースに陥ったと判断せざるを得ない。資金の送金によって核問題が解決に向かうと考える楽観論には加われないが、北朝鮮が米側の「誠意」に応えるよう希望する。

 北朝鮮は核実験の成果をかみ締めているだろう。これからも新たな要求を掲げ、時間稼ぎをすれば、最終的には米政府は譲歩するとの確信を強めたろう。そう考えれば、問題の解決に向けてむしろ負の効果しかなかったとの見方も成り立ちうる。

 私たちは、2月13日の共同声明に明記された合意を「北朝鮮の全面的な核廃棄に向けた第一歩にすぎない」と限定的評価にとどめていた。とりわけ共同声明にある「すべての核計画の一覧表」をめぐる協議は簡単ではない。北朝鮮が時間稼ぎをできる余地がある。全面的な核廃棄を目指す立場からすれば、共同声明には抜け穴があまりに多いからだ。

 北朝鮮は資金移管が最終段階にあるとして国際原子力機関(IAEA)代表団を招請。移管完了後に査察官を招く流れだが、査察官にどの程度の行動の自由が認められるのか問題になる。日本には米政府の北朝鮮政策に疑問と不信感がある。今回の決定はそれを増幅したのではないだろうか。北朝鮮が誠意を見せなければ、米政府は再び政策転換を迫られる。

【日経・春秋】(6/17)

 きょう父の日に何ももらえなかったお父さん、落胆しないでください。日経MJがゴールデンウイーク中に行った事前調査では「実父に贈り物をする予定」の人は27%で「贈るつもりはない」の半分。もらえない方が多数派なのだ。

▼東京の百貨店を数店回っても、父の日ギフトの商品案内を小冊子にしていたのは1店しかなく、ある店で「すみません、こんな簡単なもので」と手渡されたのはA4判のチラシ1枚だった。エプロン、包丁、1人用コーヒーサイホン――もらったとしたら、その意味が気になるに違いない、お薦め品も散見された。

▼「古歌に父を扱った例は乏しい」のに「現代歌人は驚くべき熱心さで、解禁されたテーマのように、父を描いている」。『岩波現代短歌辞典』の父の項にそうある。〈悪霊となりたる父の来ん夜か馬鈴薯くさりつつ芽ぐむ冬〉など虚実を取り混ぜて「父の歌」を多く残した寺山修司は熱心な現代歌人の代表だろう。

▼寺山は「母の歌」もたくさん詠んだので、父母どちらに肩入れするか気になるが、これは明らかに母だ。〈そら豆の殻一せいに鳴る夕母につながるわれのソネット〉悪霊とされる父と、悲しいまでの差がある。冒頭のMJの記事も「母の日に比べるとまだまだ地味なイベントのようだ」と父の負けを言い渡している。


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