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2007年6月23日 (土)

6月23日の地方紙:沖縄タイムス、琉球新報、東京新聞、河北新報、京都新聞 主要紙:朝日、毎日、読売、産経、日経の社説&コラムです。

 来る参院選は、これからの日本の運命を決定付けてしまう重大な選挙だと思います。

 「日本の9・11」衆院・郵政選挙では、特に朝日新聞(系列TVも含む)に見られた小泉政権へのすり寄りはひどいものでした。まさか産経と朝日が同じ論調になるとは思いもよらない事態でした。

 参院選投票日までに、これからどのようなマスコミをわれわれは目撃することになるのかここに資料として保存します。(資料保存スタート時の考え

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【沖縄タイムス・社説】(2007年6月23日朝刊)

[慰霊の日]検定撤回は県民の総意

軍官民共生共死の論理

 文部科学省の教科書検定で、高校用歴史教科書の沖縄戦「集団自決(強制集団死)」をめぐる記述から日本軍の関与を示す記述が削除された。県民の間に沖縄戦の歴史歪曲への強い懸念が広がる中で、「慰霊の日」を迎えることになったのは残念である。

 沖縄戦では「軍官民共生共死」の論理の下で多くの非戦闘員が死に追い込まれた。各地で住民証言が収集され、「集団自決」は軍による強制・強要・命令・誘導等によって引き起こされたというのが戦後蓄積されてきた沖縄戦研究の成果である。

 なぜ今になって日本軍の関与が削除されるのか、私たちは沖縄戦の実相を踏まえ、考えなくてはならない。

 「集団自決」は県内の激戦地で起きた。渡嘉敷島、座間味島、慶留間島では住民が肉親に手をかけた。手りゅう弾やカミソリ、かま、棍棒などが使われ、阿鼻叫喚の地獄絵が広がった。多くの子供たちも犠牲になった。

 渡嘉敷島での「集団自決」で両親と弟妹を失い、生き残った金城重明さんは、「母親たちは嗚咽しながら、迫りくる非業の死について、子供たちに諭すかのように語り聞かせていました。恐ろしい死を目前にしながら、髪を整え、死の身支度をしていた婦人たちの様子が忘れられません」(「『集団自決』を心に刻んで」、高文研)と、犠牲者らの最後の姿を伝えている。

 沖縄戦から六十二年。世代交代が着実に進み、沖縄戦の体験者も年々減少していく。後世に生きる人々が沖縄戦の記憶をどう継承していくかが重い課題として浮上している。こうした問いに正面から向き合うことなしに沖縄の将来を切り開くことはできない。

 県議会は「慰霊の日」の前日、検定意見を撤回し記述を元に戻すよう国に求める「教科書検定に関する意見書」を全会一致で採択し、文部科学省などへの要請行動を展開した。

 「『集団自決』が、日本軍による関与なしに起こり得なかったことは紛れもない事実であり、今回の削除・修正は体験者による多くの証言を否定しようとするもの」という批判は、与野党を超えた県民の総意である。政府は県民の声を重く受け止めるべきだ。

日本軍の残虐性薄める

 沖縄戦に関する教科書検定の経緯を振り返ると、政府にとって都合の悪い沖縄戦関連の記述を歴史教科書から消し去りたいかのようだ。研究者らが同様に指摘するのは、日本軍の残虐性を薄める方向での修正の動きである。

 一九八二年度の教科書検定で、沖縄戦での日本軍による住民殺害の記述が削除された。しかし、県民の抗議の高まりなどを受けて記述が復活した。

 そして今回は「集団自決」に関する記述について「沖縄戦の実態について誤解する恐れがある表現」として、日本軍による命令・強制・誘導等の表現を削除・修正するよう指示した。

 文部科学省が、教科書を審査する教科用図書検定調査審議会に対し、日本軍の関与を示す記述の削除を求める意見書を提出していたことも判明した。

 伊吹文明文部科学相は「軍の関与があったことは認めている。ただ、すべての集団自決について軍が関与したという記述は必ずしもそうじゃないんじゃないか」と述べ、大臣として検定には介入しない考えを示している。

 文科省の審議官は検定調査審議会の中立性を強調し、今回の削除・修正は審議会の判断だとしている。

 軍の関与は認めつつ、軍関与を示す記述の削除についても理解を示す。これは一体どういうことなのか。

首相の歴史認識を問う

 安倍晋三首相は「戦後体制からの脱却」を掲げ、憲法改正、教育問題を重視してきた。「愛国心」重視の教育基本法を改正し、従軍慰安婦問題で「狭義の強制性」を否定した。靖国問題など首相の歴史認識が問われている。

 今回の検定で「軍の関与」が削除されれば、住民は自発的に死を選んだという意味合いになる。そこには審議会による判断だという説明だけでは済まない大きな論理の転換がある。

 沖縄戦研究者は政府は「集団自決」という言葉に靖国思想を意味する「殉国死」のニュアンスを込めていると指摘する。「今回の検定には文部科学省だけでなく政府筋の介入を感じる」という声さえ出始めている。

 沖縄戦の記憶は今試練にさらされている。「慰霊の日」に犠牲者を追悼していくために、今回の検定問題を契機に沖縄戦の実相を究明し、沖縄戦についての認識をさらに深めていきたい。

【沖縄タイムス・大弦小弦】(2007年6月23日 朝刊 1面)

 鎮魂の願いが島を覆う。沖縄で平和を考えるときどうにも虚無感が付きまとう。

 サイパンが玉砕し、勝機がない中で米軍の本土進攻を遅らせるために沖縄が捨て石にされた。戦後の日本は経済成長を優先させ、安保政策は沖縄で基地を提供してきた。いまも続くこの構図は捨て石の延長ともいえよう。

 ソ連封じ込めなど米国の冷戦政策を設計した外交官ジョージ・ケナンが一九四八年来日し、マッカーサー極東軍司令官と沖縄について協議した。「十分な兵力を沖縄に置けば本土に基地は必要ない」。司令官は本土の非武装化と沖縄の戦略拠点化を主張。

 さらに「住民は単純でお人よし。基地開発でかなりの金を得て比較的幸せな生活を送るだろう」と吹き込んだ。ケナンは「米国による沖縄の戦略的支配を恒久化する」との報告書をまとめた。基地建設と経済振興策で「沖縄人も満足するだろう」と見通した。

 日本に戦争放棄を誓わせて、沖縄に米軍基地を保持することが日米同盟の基盤を成している。皮肉だが、日本国憲法の平和主義は沖縄の米軍基地を担保に可能となっている。そしてお人よしの沖縄人に我慢させるため、振興策という鎮痛剤を打ち込む。

 戦後レジームを変えるという安倍晋三首相にマッカーサーの呪縛から沖縄を解き放つ力はあるだろうか。集団的自衛権の行使が対米追従では沖縄基地がさらに恒久化する。首相は沖縄の慰霊祭でどう平和を誓うか。(屋良朝博)


【琉球新報・社説】

慰霊の日 沖縄戦の記憶は“平和の砦”

 きょうは「慰霊の日」。鎮魂の思いを込め「沖縄忌」とも呼ばれる。六十二年前、二十万人余が犠牲になった沖縄戦が、事実上終結した日とされる。戦後沖縄の原点となるこの日に、戦争と平和について考えたみたい。
 きのう午後、県議会は、文部科学省の高校教科書検定で沖縄戦の「集団自決」への日本軍の強制などの記述が修正・削除された問題で、検定意見の撤回を求める「意見書」案を、全会一致で可決した。
 「慰霊の日の前に、可決されて本当によかった」と、安堵(あんど)の声が上がったのは、直前まで揺れた県議会の対応があった。
 「軍命の有無が検証されていない」との声が、県議の中から出て、全会一致どころか、決議自体が危ぶまれていた。
 県議会の内輪もめをよそに、県内四十一市町村中、三十六市町村議会が検定意見撤回を求める意見書を可決している。二十八日までには全議会が可決の見込みだ。

改ざんに手を貸す政府

 県議会は意見書で「沖縄戦における『集団自決』が、日本軍の関与なしに起こり得なかったことは紛れもない事実」と指摘し、「今回の削除・修正は体験者による数多くの証言を否定しようとするものである」と強く批判している。
 県議会の意見書可決で、名実ともに県民世論は「検定意見の撤回」の要求を政府に突きつけた。
 だが、政府の壁は依然として厚い。意見書への見解を求められた久間章生防衛相は二十二日、「防衛省は日本軍のことを引き継いだ訳でなく、防衛省が答える話ではない」と、どこ吹く風だ。軍命の有無にも「そんな昔のことは私は知りません」と、はねつけている。
 久間防衛相は、自衛隊と「日本軍」は異なる。そう言いたいのであろうか。だが、自衛隊はまぎれもなく「日本の軍隊」である。日本軍と違うと強調することで、過去の日本軍の犯した過ちを、忘れようとしている。歴史に学ばない軍の責任者は、また過ちを繰り返しかねない。見識を問いたい。
 十五年ほど前、東京で沖縄戦を指揮した第三二軍の高官・神直道航空参謀に会った。なぜ、住民を巻き添えにしたのか。なぜ軍は住民を守らなかったのか。その問いに「軍隊は敵のせん滅と戦争遂行が役目。住民を守るという命令は無かった」と、淡々と語った。
 「軍は民を守らない」。沖縄戦で生き残った多くの県民が経験で学んだ教訓である。
 戦後六十二年を経て、ことし五月、沖縄では大砲を備えた海上自衛隊の掃海母艦が、米軍基地建設の支援のため、沖縄に派遣された。国民を守るべき自衛隊は、基地建設に反対する市民と対峙(たいじ)し、「民を威圧する行為」との批判を受けた。

体験者の声を聞こう

 自衛隊情報保全隊による「国民監視」の実態も明らかになった。 「軍は民を守らない」との沖縄戦が残した教訓を超える「軍の論理」がそこにある。
 沖縄戦は遠い昔の話ではない。山積する戦後処理問題は、戦争の傷がいまだ癒えない沖縄の現実を冗舌なまでに物語っている。
 沖縄戦での直接の犠牲者のうち、ことし三月末までに十八万三千九百三十五柱が収集された。しかし、四千柱を超える遺骨が、地中深く、あるいは野ざらしになり、収集を待っている。
 県内では二〇〇六年度だけでも八百七十六件もの不発弾処理が行われている。だが、毎年三十㌧を超える処理を続けても、今なお地中には二千㌧を超える不発弾が残る。
 一方で、遺族年金の受給者はこの十年で九千五人(一九九六年)から約四千人(〇六年)と半減している。沖繩戦の実相を知り、戦争体験を語り継いできた「語り部」たちがこの世を去っていく。
 「歴史の目撃者」たちが少なくなり、新たな歴史観による教科書の書き換えが進む。教科書検定問題で「集団自決」での軍命の有無を争点にしているが、本質はまぎれもなく存在する政府の開戦責任も含めた「戦争責任」である。
 歴史の見直しを理由に、政府に都合のいい教科書を書き上げることを考える前に、歴史に何を学ぶかを考えるべきであろう。
 沖縄には、文科省の検定を受けない゛生きた教科書゛たちが、まだまだ健在だ。沖縄戦の体験を直接聞ける。慰霊の日を、戦争と平和を考え、歴史と向き合う節目の日としたい。

(6/23 9:49)

【琉球新報・金口木舌】

 一歩踏み入れると、そこは、ひんやりしていた。が、かび臭く、間もなく額にじんわりと汗がにじんだ
▼公開されている陸軍病院南風原壕。第32軍(沖縄守備軍)の常設病院壕で、日本軍が摩文仁へ撤退するまでの約2カ月間、激戦で多くの死傷者が出る中、軍医や看護婦、ひめゆり学徒らが懸命に看護を続けた場所だ
▼約30に上る手掘りの横穴壕があるが、比較的保存状態の良い20号壕が一般公開された。長さ70メートル、高さと床幅は1・8メートルと狭く、息苦しさも感じる
▼2月、長野市松代町の「松代大本営」を訪ねた。案内してくれた縣(あがた)重夫さん(松代大本営の保存をすすめる会代表)は1991年に松代大本営に来たひめゆり学徒たちが「ここに来て沖縄戦が何のために、誰のために戦われたのか分かった思い、と話していた」と紹介してくれた
▼大本営とは、戦時や事変に対応する最高統帥機関。「国体の護持」を目的に地下壕の総延長は約6キロ。象山地下壕を歩いたが、複数人が横列で歩けるほどで、南風原病院壕の息苦しさとだいぶ違う
▼戦争体験者も高齢となり次代に実相が伝えにくくなっている。教科書から集団自決の軍命削除はその流れに拍車を掛ける。「戦争遺跡」が史実を語る。

(6/23 9:43)


【東京新聞・社説】2007年6月23日

延長国会 問答無用で押し通すな

 国会の会期延長が与党の賛成多数で議決された。重要法案をじっくり審議するのならともかく、時間がきたら強行採決では困る。与党は「数」にものをいわせ、問答無用の運営をすべきでない。

 安倍晋三首相は自民党内の消極論にもかかわらず会期延長を決めた理由について、参院選の勝利より「国民のために何をすべきか考えた」という。ならば、一度、頭を冷やして、いま押し通そうとしている法案が本当に国民のためになるのか考え直してはどうか。

 与党は年金時効撤廃特例法案と社会保険庁改革関連法案を二十九日に成立させ、天下り規制を柱にした国家公務員法改正案の早期成立も目指す。いずれも野党は反対だから、強行採決方針が透けて見える。

 “消えた年金”問題では、関連法案が衆院通過した後、該当者不明の約五千万件の納付記録とは別に、千四百万件の未入力の記録が見つかった。首相は年金などの個人情報を一元管理する社会保障番号の導入検討まで踏み込んだ。法案の想定を超えた事態だ。

 首相は「昨年暮れから今年初めにかけて問題があることを知り、よく調査するよう指示していた」とも語っている。ならば、会期延長までしてバタバタするのはどうしたことか。本気なら仕切り直すのが筋だ。

 首相が成立にこだわる天下り規制の法案も疑問が消えない。

 政府案は各省庁による押し付け的な天下りを根絶するため、内閣府に「官民人材交流センター」(新人材バンク)を設置し、再就職の斡旋(あっせん)を一元化するのが柱だ。しかし、新人材バンクへの各省庁の影響をどう排除するかなど、肝心のところがはっきりしない。十分な説明がないまま法案を成立させても、逆風を静める“得点”になるとは限らない。

 与党は資金管理団体に限り、五万円以上の経常経費に領収書の添付を義務づける政治資金規正法改正案も成立させる方針だ。資金管理団体以外の政治団体に付け替えたり、五万円未満に小分けすれば、報告義務を免れる。こんな「ザル法」を強行採決するなら国民の反発を買おう。

 参院は「再考の府」といわれる。衆院での審議を補い、必要なら修正して衆院に差し戻す。これが二院制の意義である。「最後のしわ寄せが(参院に)来て、落ち着いて審議できない。大変不本意だ」という扇千景参院議長の苦言はもっともだ。

 衆院の審議時間の七割を消化したら、有無を言わせず可決する。そんなことが定着すると、国会の形がい化が一段と進むことになる。

慰霊の日 沖縄県民の怒りに耳を

 基地の島、沖縄には国際的な軍事情勢を映し出す現実がある。軍と住民との間の不幸な過去がある。県民の怒りに耳を傾け、軍事組織を国民の目で厳しく監視し、統御する重要性を確認したい。

 沖縄は二十三日、戦没者を悼む慰霊の日を迎えた。太平洋戦争末期の一九四五年三月二十六日、米軍の慶良間(けらま)諸島上陸で始まった沖縄戦は、六十二年前のこの日、日本軍が組織的抵抗をやめたことで終結した。

 この戦いは女子学生も含むほとんどの住民が動員され、激しい地上戦に巻き込まれた。二十万人の日本側死者の七割近くが住民である。

 その傷がまだ癒えきっていないのに、沖縄県民にとっては傷口に塩をすり込まれるような出来事が相次いだ。高校の歴史教科書検定で、集団自決の記述が修正させられ「軍の強制」が消されたのは代表例だ。

 軍の関与、強制についてはたくさんの証言がある。事実を無視する文部科学省に対し県民の怒りと不信の声があがったのは当然だろう。

 それだけではない。政府は、米軍普天間飛行場を移設する予定海域の調査に、住民の反対行動に備えて海上自衛隊を出動させた。自衛隊が市民運動や報道陣の取材活動を「反自衛隊活動」と敵視し情報収集していたことも明るみに出た。

 これらの事実で、避難した壕(ごう)から軍人に追い出されたり、方言を使ってスパイ扱いされた経験を想起した県民もいる。自衛隊の行動が、味方のはずの軍から銃を向けられ、軍事優先の意味を身をもって知らされた体験と重なって見えたのだ。

 日本の復興、発展の陰に、沖縄におけるそうした厳粛な事実があったことを、いまなお過重な負担を沖縄に強いていることを、多くの日本人が忘れかけていないだろうか。

 国土面積の0・6%しかない県内に在日米軍施設・区域の75%が集中し、県面積の10%は米軍施設だ。自衛隊の基地、施設も多い。憲法改定が声高に語られ、自衛隊の海外派遣が常態化し、日米の軍事一体化が進む中で、沖縄は太平洋の“要石”として前面に立たされている。

 他方、日本社会の世代交代に伴って、戦争体験の風化が指摘され、戦争の悲惨さに対する想像力の欠如が目立つ。半世紀以上も続いた平和を持続できるか、不安も語られる昨今である。

 いまこそ、最後の激戦地、摩文仁(まぶに)の丘に並ぶ平和の礎(いしじ)に名前を刻まれた犠牲者の無念を胸に刻み、沖縄県民と怒りをともにしたい。沖縄戦の歴史と、沖縄のおかれた現実に正面から向き合いたい。

【東京新聞・筆洗】2007年6月23日

 梅雨空の銀座をぶらついて、書店で面白い本を見つけた。田中長徳著『晴れたらライカ、雨ならデジカメ』(岩波書店)▼ページを繰るうち「デジタルの海に銀塩の船が浮かぶ」といわれるこの十年ほどの写真をめぐる革命的変化を思い知る。最近は「フィルムカメラ」を「銀塩カメラ」というのがおしゃれらしい▼写真家でエッセイストの田中さんは、女性向けのカメラ隔月刊誌『PHaT(ファット) PHOTO(フォト)』で、「女子ライカ部」というコラムを担当している。普通の女性が普通に高級骨董(こっとう)のライカを買い「ついでに写真も撮影する」というムーブメントに注目。これら「女性ライカ使い」を青鞜派(せいとうは)以来の「女子民権カメラ運動」と位置づける▼本のタイトルは、この女性たちが部の結成パーティーで、持参のデジカメで記念写真を撮影したことに着想を得た。女性たちは「こういう暗い場所はライカで撮影するのはもったいない、デジカメで十分」と言った。ライカ党の男性カメラマンたちにはない発想で、デジカメに押されっぱなしだった銀塩カメラ復権と、コンパクトカメラも合わせた共存の可能性を開くと田中さんはみる▼手ぶれ防止技術や解像力の驚異的進歩、画像保存や通信手段の革命的変化に、自身もコンパクトカメラを重用、プリンターは使わないという田中さんの懇切なデジカメの技術解説が初心者にもわかりやすい▼国会図書館によれば、五百年単位で古記録の保存を考えれば「和紙に墨書き」がベストとか。銀塩フィルム再評価の動きが、オールドファンにはうれしい。


【河北新報・社説】

自民の道州制報告/説得力に乏しくはないか

 都道府県に代わる新たな広域自治体とされる道州制の骨格を検討してきた自民党道州制調査会(杉浦正健会長)が、導入に向けて中間報告をまとめた。
 政府が3年以内につくる道州制ビジョンと道州制推進基本法の制定などを経て、8―10年後をめどに「完全に道州制に移行する」としている。自民党はこれを参院選公約に反映させる。

 支持率下降にあえぐ安倍内閣がこれで地方の支持を何とかつなぎ留めたい気持ちは分かる。しかし、中間報告には不自然で理解できない点が幾つかある。
 一つは国の役割についてだ。報告は、国が外交など「国家の存立」や資源エネルギー対策など「国家戦略」にかかわる機能を担い、内政は道州に任せると明記したが、なぜか「国土保全」も国の役割に加えている。

 国土保全と言えば、確かに全国的な震災対策や国土計画など国が関与すべきものはあるが、国道や一級河川、重要港湾の管理・建設など道州に移した方がいい権限にまで国の口出しを認めるということなのだろうか。
 国土交通省の応援団を任ずる「族議員」が動いたとしか思えない。この際、古い自民党の復活は霞が関の中央省庁の抵抗とともに、地方分権の最大障壁であることを忘れないでほしい。

 二つ目は市町村の合併についてだ。報告は「(市町村は)一定の人口・財政規模を有するものに移行すべきだ」として、さらなる合併推進を求めている。
 報告は市町村の数や人口規模の明記は避けたが、党道州制調査会内部では、市町村数を現在の約1800から300に改編する案が検討された経緯がある。

 しかし、一つの自治体の人口が20万以上と試算される300自治体への改編は、適正人口も地域の歴史や経済力も異なる市町村の機械的組み替えを意味する。「平成の大合併」を経て、合併の余力がある市町村など残っていないのも現状で、これ以上の合併は無理というものだ。

 三つ目は、デリケートながら、早急に議論を始めなければならないテーマを参院選対策として軒並み先送りしたことだ。
 まずは道州の区割りと州都。区割りでは政府の地方制度調査会が既に全国を9、11、13に分ける三案を示しているが、案によって東北や九州が一つにまとまったり南北に分割されたりして、伝統ある地方ブロックの再編論議が余儀なくされる。

 州都も既に、各ブロックの中枢都市を中心に県庁所在市間で州都指定に向け水面下の綱引きが始まっているケースもある。
 こうしたテーマに深入りすれば参院選で反発を招きかねないとしても、自民党としては区割りや州都選定の基本的考え方ぐらいは示すべきではなかったか。責任ある政権公約にするならなおさらだ。

 税源が一極集中する東京都の在り方も先送りされた。これは地方税収の格差是正という問題をはらむテーマだ。参院選で東京の大都市票も改選定数1人区の地方票もほしい同党としては「触らぬ神に…」の選択となったわけだが、そんな逃げ腰、及び腰はとてもいただけない。
2007年06月23日土曜日

【河北新報・河北春秋】

 あの世とは、こんな場所かと思われるほど、荒涼とした風景が広がる。むき出しになった岩肌。硫黄孔からは水蒸気が噴き出し、線香のようにたちこめる。本州最北端の霊場、むつ市の恐山▼年に一度の例大祭は7月20日に始まる。名物は死者の霊魂を呼び寄せるとされるイタコの「口寄せ」だ。数が減り、現在では20人足らずというが、例大祭には必ず集まる

 ▼ イタコは、よろず相談に応じるカウンセラーでもある。最近目立つのが病気に関する相談だという。青森県立保健大の藤井博英教授のグループが県内の慢性疾患患者670人を対象に調査したところ、約35%がイタコを訪れていた▼今の大病院は3時間待ちの3分医療。これではとても患者とのコミュニケーションは図れない。その点、イタコは医師が受け止めてくれない患者の訴えに、じっくりと耳を傾けてくれる

 ▼調査では「病院で治らないものが治る」といった霊力を信じる人はわずかで、大半は「心が癒やされる」「苦悩や苦痛から逃れたい」とメンタルヘルス面での癒やし効果を期待していた▼東北は医師不足が深刻。公立病院の統合が進み、規模を縮小する病院も相次いでいる。患者と医師との心の距離は遠くなるばかり。年老いたイタコたちも、まだまだ引退するわけにはいかない。

2007年06月23日土曜日


【京都新聞・社説】

沖縄戦  歴史と真摯に向き合え

 「日本軍による関与なしに起こりえなかったことは紛れもない事実だ」。これが沖縄県民の総意といっても差し支えあるまい。
 第二次大戦中の沖縄戦で、日本軍が住民に「集団自決」を強制したとの記述を削除した教科書検定について、沖縄県議会が、検定意見を撤回して記述を元に戻すよう国に求める意見書を可決した。
 一部に慎重論もあった自民党を含め、地元の県議会が一致して可決した意味は大きい。多くの住民の悲惨な戦争体験の記憶があればこそだ。
 県内の大半の市町村議会も同様の意見書を可決、署名は十万人分にのぼる。
 国は県民の思いを正面から受け止め、沖縄戦の歴史と真摯(しんし)に向き合うべきだ。
 確かに、自決の軍命令があったかどうかは研究者らの間で解釈が異なるが、軍から捕虜になるくらいなら自決せよ、と手りゅう弾を渡されたと数多くの住民が証言しているのも、また事実だ。
 検定による削除・修正は、こうした証言を否定するもので、筆舌に尽くしがたい犠牲を強いられた県民にとっては到底容認できない、と意見書で反発しているのは当然だろう。
 撤回は「沖縄戦の実相を正しく伝え、悲惨な戦争を再び起こさないようにするため」なのだ。
 この春の検定後、文部科学省は、検定意見は教科用図書検定審議会の判断と説明してきた。
 ところが、実際には同省の調査官が、記述の修正を求める「調査意見書」を審議会に提出していた。削除は文科省の意向ということになる。
 前年までの方針を文科省が変えたのは「戦後体制からの脱却」を掲げる安倍晋三首相の思いと無縁ではないだろう。
 従軍慰安婦問題での首相や閣僚、自民党幹部の発言と合わせ、安倍政権の歴史認識に、どこか危うさを感じる人は少なくないのではないか。
 沖縄県民の戦争犠牲を償うため戦後、国が適用を拡大してきた戦傷病者戦没者遺族等援護法との関係も気になる。
 非戦闘員への適用は軍令など、軍の関与を国として認定したケースだけだ。
 軍の強制を削除した今回の検定に対し「援護法の適用は調査に基づいており、教科書検定に左右されることは今後もない」というのが厚生労働省援護課の立場とされる。
 いわば「二重基準」を抱えたことになるわけで、それをどう説明するのか。
 意見書、つまりは沖縄が問うているのは国の歴史観だ。同じように、私たち国民一人一人にも問いかけている。
 きょう二十三日は、沖縄戦が終結した「沖縄慰霊の日」だ。
 幼子も含め、多くの住民がなぜ集団自決しなければならなかったのか。静かに考える一日としたい。

[京都新聞 2007年06月23日掲載]

ヒル氏訪朝  北朝鮮のペースに懸念

 北朝鮮の核開発をめぐる六カ国協議の米首席代表、ヒル国務次官補が電撃的に北朝鮮を初訪問、協議の進展へ本格的な動きが始まった。
 ヒル次官補は帰路、日韓両国にも会談結果を報告、マカオの資金送金問題による遅れを「取り戻したい」と張り切るが、外交的成果を焦るあまり北朝鮮のペースにはまり込む懸念がぬぐえない。
 二月の六カ国協議で北朝鮮は核放棄の初期段階措置として寧辺の核施設停止・封印と国際原子力機関(IAEA)の査察受け入れなどで合意していた。六十日以内に実施する期限付きで、誠実に実行することは北朝鮮の国際公約だ。
 ところが三月の協議で資金の凍結解除要求を持ち出し、約束を守らなかった。北朝鮮にとって金融制裁がいかに死活的問題か、を如実に示すものだ。にもかかわらず米国は自ら制裁を骨抜きにする形で資金を返してしまった。
 米国の内情を見極めた北朝鮮はIAEAを招請、初期段階措置の履行に取り組む姿勢をみせて、すかさずヒル次官補の訪朝を促した。六カ国協議と金融制裁解除をからめた北朝鮮の高等戦術にまんまと乗せられたともいえよう。
 米政府高官の訪朝は約五年ぶりで、ブッシュ政権が敵視政策から米朝の信頼醸成へ対話路線に転換したことの証しだ。米朝直接交渉を熱望していた北朝鮮にとって大きな外交得点である。
 イラク情勢やイランの核開発問題などブッシュ政権の外交政策は行き詰まっている。任期が残り少なくなり、せめて北朝鮮の核問題で外交的成果を上げたいとの焦りがあるのではないか。
 対話路線はライス国務長官の主導だ。一九九四年のカーター元大統領訪朝による米朝合意以来、オルブライト国務長官らも訪朝したが、すべてほごにされて核開発を見逃した苦い過去がある。一筋縄でいかない北朝鮮を相手に結果を急げば思うつぼにはまるだけだ。
 ヒル次官補は北朝鮮の外相や六カ国協議首席代表と会談して「あらゆる問題」を討議、北朝鮮は合意の履行と「次の段階」の準備を再確認したという。
 六カ国協議の内容は多岐にわたり、参加国の立場と思惑にも違いがある。協議が早期に再開されるのは望ましいが、いま一度北朝鮮を除く五カ国の結束を確認しておく必要がある。
 いざ協議が始まれば北朝鮮が前言を翻し、無茶な要求をすることは多い。曲がりなりにも北朝鮮が初期段階措置の合意と実行に前向きの姿勢をみせたのは国際社会の圧力を無視できないからだ。特に日本は拉致問題の解決が不可欠である。五カ国は北朝鮮の分断作戦に乗じるすきを与えてはなるまい。
 米朝交渉もあくまで六カ国協議の基本的な枠組み内で行うべきだ。でなければ最終的な目的である核放棄を北朝鮮に決断させることはできないだろう。

[京都新聞 2007年06月23日掲載]

【京都新聞・凡語】

イラクの現実

 遠い日の「大本営発表」が、現在も。読後感を一言で表せばこうなろうか。「イラク占領-戦争と抵抗」(緑風出版刊)を読んだ率直な感想である▼著者は英インディペンデント紙の特派員P・コバーン氏。もう三十年近くもイラクで現地取材を続けている国際ジャーナリストだ。彼の目に映ったイラクの現実は、為政者たちの説明とは全く異なる▼バグダッドでの記者会見は、要塞(ようさい)化したグリーンゾーン(安全地帯)内で行われる。米当局者による会見は、占領直後から一貫して「勝利は常に地平の、すぐ向こうにあった」▼だが、そのグリーンゾーンですら、もはや安全とは言えない状況に。昨年四月、マリキ首相が誕生した当日などはグリーンゾーン内のイラク国防省には「迫撃砲弾が雨のように降り注ぎ、イラク人七人が死亡した」という▼宗派・民族対立、国際テロリストの暗躍…無法状態が続く中で、住民の間に外国軍への反感は強まるばかりという著者の指摘は重い。反感は当然、多国籍軍全体に向いていよう▼国会でイラク特措法が改正され航空自衛隊派遣の二年延長が可能となった。だがバグダッドに乗り入れている空自の活動実態や危険の程度について政府の説明は乏しい。隊員の危険とひきかえにイラク国民に感謝されるどころか、その反対なら…。「大本営発表」に懲りた歴史を繰り返したくない。

[京都新聞 2007年06月23日掲載]


【朝日・社説】2007年06月23日(土曜日)付

沖縄慰霊の日―集団自決に見る軍の非情

 沖縄は23日、「慰霊の日」を迎えた。太平洋戦争末期の沖縄戦で、日本軍の組織的な抵抗が終わった日である。

 今年の慰霊の日は、昨年までとは趣が異なる。沖縄戦で犠牲になった人たちを悼むことにとどまらない。沖縄戦とは何だったのかを改めて考えようという動きが広がっているのだ。

 きっかけは、「集団自決」についての教科書検定である。文部科学省が「日本軍に強いられた」という趣旨の記述を削らせた。軍の強制を否定する資料が出てきたというのだ。

 沖縄では一斉に反発が起きた。各地の市町村議会に続き、県議会でも検定の撤回を求める意見書が全会一致で可決された。意見書は「日本軍による関与なしに起こり得なかった」と主張する。

 保守、革新を問わず、憤ったのはなぜか。集団自決が日本軍に強いられたものであることは、沖縄では疑いようのない事実とされてきたからだろう。

 集団自決が主に起きたのは、米軍が最初に上陸した慶良間(けらま)諸島だ。慶良間諸島だけで犠牲者は700人にのぼる。

 多くの悲惨な証言がある。例えば、元沖縄キリスト教短大学長の金城重明さん(78)は集団自決の現場で、手投げ弾が配られるのを見た。手投げ弾は自分にまで回ってこず、母と弟妹を自ら手にかけて殺した。「手投げ弾は自決命令を現実化したものだ」と語る。

 集団自決に直接かかわった人たちだけではない。沖縄の人たちが「集団自決は日本軍に強いられたものだ」と口をそろえるには理由がある。

 沖縄の日本軍は1944年11月、「軍官民共生共死の一体化」の方針を出した。足腰さえ立てば住民を一人残らず動員し、生死を共にさせようというのだ。

 子どもから老人まで駆り出された住民は、食糧や弾薬の運搬などだけでなく、戦闘員として敵に突入を命じられた。

 陣地の構築にも動員されたため、住民は軍事機密である日本軍の配置まで知ることになった。そこで日本軍は住民が捕虜になることを許さず、「敵に投降するものはスパイとみなして射殺する」と警告し、実行していった。

 一方で、「鬼畜米英」軍に捕らえられたら、女性は辱めを受け、男性は残忍な方法で殺される。日本軍はそう住民に信じ込ませた。

 迫りくる「鬼畜」の敵軍。背後には投降を許さない日本軍。そうした異常な状態が集団自決をもたらしたのだ。

 沖縄戦の3カ月の犠牲者は20万人を超える。本土から来た兵士より住民の犠牲の方が多かった。日本軍の任務は本土決戦の時間をかせぐため、米軍をできるだけ長く沖縄に足止めすることだった。

 沖縄の人たちは「捨て石」にされ、根こそぎ動員されて日本軍と一緒に戦い、そこで集団自決が起きた。いまさら「日本軍は無関係」と言うのなら、それは沖縄をもう一度裏切ることになる。

米代表の訪朝―北朝鮮の行動を注視する

 6者協議の米国代表、ヒル国務次官補が北朝鮮を訪れた。米政府高官の訪朝は約5年ぶりだ。来月には中国外相も訪朝する。北朝鮮をめぐる外交がにわかに慌ただしくなってきた。

 引き金になったのは、マカオの銀行口座に凍結されていた北朝鮮の資金の国外への送金だ。訪日中だったヒル氏は北朝鮮の招きに応じて、急きょ、韓国を経由して米軍機で平壌へ飛んだ。

 きのうソウルに戻ったヒル氏によると、北朝鮮は2月の6者合意に沿って、核施設をすみやかに停止する意思を明らかにした。ヒル氏は「これから非核化という本題に戻るときだ」と語った。本当に合意を実行するかどうか、北朝鮮の行動を注視したい。

 原子炉などの停止・封印の手順を話し合うため、来週には国際原子力機関(IAEA)の係官が訪朝することになっている。これが予定通り実現するかどうかが最初の試金石だ。

 そのうえで、早急に核施設の稼働を止めることだ。6者合意が期限とした4月中旬から、すでに2カ月も遅れている。その間も原子炉は動きつづけ、核爆弾の原料となるプルトニウムが生成されていたとすれば、一刻も早くストップしなければならない。

 北朝鮮は新たな条件をつけたりせず、今度こそ誠実に約束を果たすべきだ。

 ヒル氏によれば、北朝鮮は次の段階である「無能力化」、つまり原子炉などを再び稼働できないようにする措置もとる準備があると語ったという。

 停止・封印後はただちにこの段階に進めるよう、6者協議の関係国は対応を急いでもらいたい。

 5年ほど前、米高官が訪朝した際には、米側が北朝鮮にウラン濃縮による核開発の疑惑をぶつけ、いまに至る核危機の出発点ともなった。その危機を平和的に解決しようと4年前に始まったのが6者協議である。

 一昨年には北朝鮮の核放棄と米朝・日朝の関係正常化という最終目標を描いた共同声明をまとめた。だが、その後は米朝対話がもつれ、核実験を強行するまで事態は悪くなった。

 それが再び米高官の訪朝までこぎつけたのは、意義のある進展である。とはいえ、この間に進んでしまった北朝鮮の核開発や交渉の長い停滞を考えると、痛恨の思いも禁じ得ない。

 北朝鮮が動くならば、米国や日本など他の国も動かねばならない。今回、北朝鮮が合意を再確認したからといって、これから順調に行くとは楽観できない。けれど、この動きに弾みをつけるためにも、エネルギー支援や国交正常化へ向けての作業を始動する必要がある。

 日本には、核問題の進展に対して「拉致問題が置き去りになる」との懸念が聞かれるが、それはあたらない。「核」が進めば「拉致」も解決への環境ができていくのではないか。

【朝日・天声人語】2007年06月23日(土曜日)付

 沖縄戦の激戦地となった本島南端に、20万人余の死者の名を刻んだ「平和の礎(いしじ)」がある。青い海へまっすぐ伸びる中央の園路に立つと、円錐(えんすい)のモニュメントが見える。その突端から、「慰霊の日」である6月23日の太陽は昇ってくる。

 この日の太陽が沈む方位に向けて、宜野湾市にある佐喜真美術館が立っている。屋上のコンクリート壁に20センチ四方ほどの「窓」が開けてある。そこへ、東シナ海に没する夕日が正面から差し込む設計だ。きょうは沖縄にとって、重い一日である。

 美術館にはいま、約400人もの、おじい、おばあの顔写真が張り巡らされている。沖縄の方言である「島クトゥバ(言葉)」で、悲惨な地上戦の証言を残したお年寄りたちだ。

 証言する姿を、字幕つきの映像で見ることもできる。弾雨の中の逃避行、累々たる死者、集団自決……。つらい回想である。だが使い慣れた島の言葉で話すと、心を許し、表情まで豊かになるようだ。伝えたいという「熱」が、画面から感じられる。

 写真も映像も、地元の写真家比嘉豊光さん(57)が手がけてきた。80代や90代なら、伝聞ではなく体験をじかに語れる。残り時間と競争しながら、とにかく、とりあえず聞いてきた。「一人の声はか細くても、集まれば確固とした全体像が見えてくる」という。

 比嘉さんだけではない。多くの研究者や志ある人々が、「沖縄戦の実相」を営々と積み上げてきた。悲惨な歴史から見えてくる教訓は何か。沖縄の重い一日を沖縄だけのものとせず、考えをめぐらせたい。


【毎日・社説】

社説:ヒル氏訪朝 非核化へ日米の連携崩すな

 「私たちはみな、あなたを待っていました」という李根(リグン)・米州局長の言葉に、北朝鮮側の満足感が表れている。李氏が出迎えたヒル米国務次官補(6カ国協議首席代表)も北朝鮮を離れる際、「いい話し合いを持った」と語った。北朝鮮は核施設の稼働停止・封印などの「初期段階措置」を実行する意思を示したという。とりあえず歓迎したいが、言葉より行動が大切である。

 02年10月のケリー国務次官補(当時)以来の米高官の訪朝だった。ヒル氏の電撃訪朝の直前には、「バンコ・デルタ・アジア(BDA)」の北朝鮮関連資金の送金作業が完了している。BDA問題で「ゴネ得」を通した上に、初期段階措置も履行しないまま本国に米高官を迎える。北朝鮮にすれば、この上ない成果だろう。

 ヒル氏は北朝鮮の金桂冠(キムゲグァン)外務次官、朴宜春(パクウィチュン)外相と会談した。訪朝後、ソウルで記者会見したヒル氏によると、北朝鮮側は初期段階措置の履行に加え、次のステップである寧辺の核施設の無能力化についても準備ができていると語ったという。

 だが、BDA問題が一応片づいた以上、先の6カ国協議の合意(初期段階措置)を履行するのは当然だ。それよりヒル氏が北朝鮮の非核化について、可能だと思うが時間がかかるとの認識を示したことが気になる。ブッシュ政権下で北朝鮮の核問題を解決するのは無理だと言いたいのか。また、北朝鮮非核化のためには核計画の全体を知る必要があるが、「包括的リスト」の提出についてどんな協議をしたのか、詳しく説明しなかった。この点にも不満が残る。

 そもそも、北朝鮮に譲歩を重ねる米国の姿に危うさを感じる。ブッシュ政権はイラクの泥沼で身動きできない。だから北朝鮮に柔軟姿勢を示し、外交的なポイントを稼ごうとしている、という見方もあながち的外れではあるまい。

 麻生太郎外相はヒル氏の訪朝に関して、焦って安易な譲歩をしないよう、米国に厳しい調子で注文した。日米のすきま風を感じさせる異例の発言だ。00年にオルブライト国務長官(当時)が訪朝した時のように、日本が置き去りにされた印象があるのか。北朝鮮の非核化という最終目標に向けて、日米は拉致問題も含めた率直な意見調整を行い、強い連携を保つ必要があるのではないか。

 北朝鮮問題で米国が主導的役割を担うのは確かだが、独走は禁物だ。超大国が譲歩を重ねれば、北朝鮮も柔軟姿勢を見せるだろう。だが、それは一時しのぎというものだ。北朝鮮の核問題が解決しない限り、米朝の永続的和解はありえない。今は日本が北朝鮮の直接的な脅威を受けているが、北の核・ミサイル開発の最終的な標的は米国である。

 中国の楊潔〓(ようけつち)外相は来月初めに訪朝する。米朝外相会談が実現する可能性もある。日本をはじめとする関係国は、国際原子力機関(IAEA)による査察や6カ国協議の再開に向けて連携し、核廃棄への動きに弾みをつけるべきだ。

毎日新聞 2007年6月23日 東京朝刊

社説:視点 沖縄戦 捨て石の無念と不信は今も消えない=論説委員・玉木研二

 沖縄は23日「慰霊の日」を迎える。1945年のこの日、沖縄は組織的戦闘が終結した。9万人とも10万人以上ともいわれる住民を犠牲にした戦いは、今なお癒やせぬ傷を残す。それを改めて示したのが教科書書き換え問題である。

 沖縄県議会は22日、集団自決をめぐる高校日本史教科書の検定意見撤回と記述回復を求める意見書を全会一致で可決した。

 文部科学省の検定意見は「軍の命令があったかどうか明らかでない」とし、教科書会社は「日本軍から集団自決を強制された人もある」などとしていた記述を削除・修正した。これに対し意見書は「軍の関与なしに起こり得ない」と反論し、「沖縄戦の実相を正しく」伝えることを求める。反対意見書は既に県内の大半の自治体議会でも可決し、署名運動も広がった。何が人々を動かしたのか。

 公開中の映画「ひめゆり」を見た。13年をかけた長編ドキュメンタリーである。野戦病院に動員されたひめゆり学徒隊の数少ない生存者たちが戦跡に立ち、極限の体験や亡き友を語る。

 当時10代の彼女たちは45年4月の米軍沖縄本島上陸前から軍に組み込まれ、南部への後退も軍と行動を共にした。そして6月18日、突然軍に「解散」を命じられる。

 「この壕(ごう)を出て行け、と言われても全部アメリカ軍に包囲されている。どこに行けという指示もない。こんなことってあるか、と本当に悔しい思いがしました」「目の前が真っ暗になり、へなへなと座り込みました」「捕虜になることは国賊、非国民と呼ばれ、誰からも相手にされない恐ろしいことでした。兵隊たちが『米軍は男は虐殺し、女は辱めを受けた後、戦車でひき殺されるぞ』と言ったのを信じ込んでいました」……。

 ひめゆりの犠牲者は解散命令後に急激に増えた。手投げ弾による集団自決も含まれている。投降はあり得ぬ選択だった。戦闘終了まで数日という時期に少女たちは死地に追いやられた。敗走兵らに壕を追われた一般住民も同様だ。

 日本軍にとって沖縄は米軍を引きつけて消耗させ、本土決戦の準備時間を稼ぐ島だった。一方水面下では政府や重臣、宮中の中に「和平」を模索する動きがあった。だが中央の要人たちは互いに顔色をうかがい、特に軍部を恐れ、優柔不断のまま時を空費する。

 国の中央がかじ取りを失ったような無責任の連鎖状態の中で、沖縄は文字通り「捨て石」として放棄された。現地でも軍には住民の保護、安全確保という発想や態勢が極めて乏しかった。

 62年前に沖縄の人々が味わった絶望と孤立無援の恐怖、死地へ押し出される無念。それを想像、実感することはたやすくないが、今生きる私たちがそれに鈍感であってはならない。23日の式典に参列する安倍晋三首相はそのことを霊と県民に語りかけてほしい。

毎日新聞 2007年6月23日 東京朝刊

【毎日・余禄】

余録:「紛らかす」「だまかす」といった言い方は…

 「紛らかす」「だまかす」といった言い方は最近あまり使われないが、「ごまかす」は健在だ。その昔、弘法大師がたいた護摩の灰なるものを売り歩く押し売りがあったが、その「護摩」に「紛らかす」などの語尾をつけて「ごまかす」になったというのが「大言海」の説だ▲なるほど灰では、弘法大師がたいたとも、きのうのたき火の灰とも見分けがつかない。いや灰ばかりではない。ミンチにして混ぜれば牛肉も豚肉も、豚の心臓も見分けがつかないと考えたのが北海道の食品加工卸会社ミートホープの社長だ▲「羊頭狗肉(くにく)」という言葉があるから、この社長にすれば今さら牛ミンチに豚肉を混ぜる「牛頭豚肉」程度で驚くなということかもしれない。ミンチのごまかしは7、8年前から始められ、製品は大手食品会社の加工食品や、学校給食でも使われた▲ごまかしは偽装発覚後の社長の説明にまで及ぶ。当初は事故のように装ったかと思えば、次に部下に責任を押しつけ、結局は会見の席で自分の指示だと白状せざるを得なくなる成り行きは、ごまかしが招く自滅の典型例として企業コンプライアンス(法令順守)の教科書にのりそうだ▲気になるのは、偽装ミンチの内部告発を農林水産省が昨年2月には受けながら、調査に踏み出していなかったことだ。北海道との間の連携ミスのように説明されているが、食の安全に影響するかもしれない告発がお役所の間で中ぶらりんになるようでは困る▲売りつけられるのが灰なら、はなからいかがわしいと分かる。ただ本物とまがいものの見分けがつかなくなれば、当の食品全体の信用も文字通り灰と化そう。行政も業界も消費者の安心を揺るがす食のごまかしには、いささかも甘い顔をみせてはいけない。

毎日新聞 2007年6月23日 東京朝刊


【読売・社説】

国会会期延長 年金記録漏れだけが争点なのか(6月23日付・読売社説)

 重要な課題があれば、会期を延長してでも処理するのは、政治の責任である。

 国会の会期が7月5日まで12日間延長された。この結果、参院選は7月29日投票となる。

 与野党対立のあおりで、国会には、社会保険庁改革関連法案、年金時効撤廃特例法案、国家公務員法改正案などが、積み残しとなっている。

 社保庁改革法案は、社保庁の廃止・解体、非公務員化によって、“お役所”体質の払拭(ふっしょく)と転換を図るものだ。

 一般常識とかけ離れた長年の労働慣行の下で、5000万件余もの年金記録漏れの問題や、職員の不祥事などが相次いで起きたことを考えれば、速やかに成立させ、改革を急がねばならない。

 民主党は、国税庁と社保庁を一体化した「歳入庁」構想を主張しているが、事実上、公務員労組を温存しようとするものだ。これでは、問題の根本的な解決にはなるまい。

 年金時効撤廃特例法案も、年金記録漏れの点検と、正確な納付記録に基づく年金支給の作業を進めるための基本的な前提条件を整えるものだ。これも、早期成立が必要だ。

 民主党など野党は、参院選に向けて、年金問題を争点に政府・与党を追い込もうとしている。安倍首相の側にも、年金問題で内閣支持率が急落しているため、社保庁改革法案などの成立で巻き返す意図がうかがえる。

 だが、年金問題は、国民生活の基本にかかわる。いたずらに政争の具にするのではなく、問題解決のための建設的な議論が必要だ。

 この間、与野党の応酬は、年金記録漏れに集中した。肝心の年金制度改革の論議はどこへ行ったのか。政治の本来の責務を忘れたものと言わざるを得ない。

 ただ、安倍首相が今国会中の成立に執心し、会期延長を決意したとされる国家公務員法改正案には、やはり疑問がぬぐえない。

 天下りを根絶するために官民人材交流センター(新・人材バンク)を作るという。だが、早期勧奨退職の慣行の見直しや、スタッフ制の創設、定年延長などがないままで、新・人材バンクが円滑に機能するとは思えない。

 野党は、「延長してもなお審議時間は足りない」とし、法案の時間切れ、廃案に追い込む姿勢だ。内閣不信任決議案提出のタイミングもうかがっている。延長国会では与野党対決が強まるだろう。

 大事なのは、参院選に向け、重要政策の選択肢を示す論戦だ。いたずらに混乱劇を演じてはならない。
(2007年6月23日1時47分  読売新聞)

ヒル次官補訪朝 核廃棄へ「北」の具体的行動迫れ(6月23日付・読売社説)

 核廃棄の義務履行へ、北朝鮮に具体的な行動をとらせることはできるのか。

 6か国協議で米国首席代表を務めるヒル国務次官補が訪朝し北朝鮮外相らと会談した。

 北朝鮮は、2月の6か国協議で「60日以内」と約束した「初期段階の措置」を、今もって実施していない。

 次官補は「失われた時間を取り戻したい」として核廃棄プロセスの進展を図る意向を伝え、北朝鮮は核施設の運転停止など合意実施の意思を示したという。

 北朝鮮は先週、国際原子力機関(IAEA)代表団を受け入れると発表した。米国は、2月の合意の見返りに、マカオの銀行で凍結された北朝鮮資金の返還に応じた。その送金作業がようやく実行に移されたことを受けてのことだった。

 北朝鮮に、義務の早期履行を求めるのは当然だ。問題は、北朝鮮がどこまで核廃棄へ動くのかという点にある。

 初期段階に続く「次の段階」で、北朝鮮は「すべての核計画の申告」と「既存の核施設の無能力化」を実行しなければならない。だが、肝心の核兵器や保有プルトニウムの廃棄をめぐっては、まだ何の協議も行われていない。

 「次の段階」をめぐる交渉でも、北朝鮮がすんなり濃縮ウラン計画を認めたり、核施設の解体に応じるとは考えにくい。核を自国の安全のための唯一、最大のカードとしているからだ。軽水炉の提供など法外な要求を持ち出し、できるだけの見返りを得ようとするだろう。

 初期段階の措置を履行すれば、6か国協議の再開や、6か国外相会議の開催など、関係国間の外交は活発化する。

 問題は、日米中韓露の5か国が一致した行動をとれるかどうかだ。各国の対応にずれが出て、北朝鮮につけいる隙(すき)を与えてはならない。

 日本としては、米国との緊密な関係を維持することが重要だ。

 2月の合意で、米国はテロ支援国指定から北朝鮮を解除する作業に着手することを約束した。北朝鮮は、米国による敵視政策の撤廃が核廃棄の前提として、指定解除を要求している。だが、拉致問題に進展がない現状で解除することは、日本としては認めがたい。

 ヒル次官補の訪朝に先立ち、麻生外相はライス国務長官との電話会談で、北朝鮮に、拉致問題を含む日朝関係に正面から取り組むよう働きかけることを要請した。次官補は北朝鮮に、拉致問題について日本と話し合うよう促したという。

 日本は、核と拉致、ミサイルの包括的解決という立場を堅持して対処しなければならない。
(2007年6月23日1時48分  読売新聞)

【読売・編集手帳】6月23日付

 夏目漱石の「虞美人草(ぐびじんそう)」に、「蛾(が)は燈(ひ)に集まり、人は電光に集まる」とある。主人公が東京・上野の勧業博覧会に出かけた場面である◆博覧会が開かれたのは1907年(明治40年)のことで、電灯3万5000個を用いた光の装飾が人々をあっと驚かせた。漱石は書いている。「文明に麻痺(まひ)したる文明の民は、あっと驚く時、始めて生きて居るなと気が付く」のだと◆それから100年、光に満ち満ちた夜も現代人にはもはや当たり前となり、絶佳の夜景を目にするのでもない限り、あっと驚くことは稀(まれ)になった。漱石の言う「文明の麻痺」は度が進んだようである◆昨夜から三夜の予定で今年も、環境省などによる催し「100万人のキャンドルナイト」がはじまった。夜景の名所や商業施設が一定の時間、照明を消す。5年目の今年は約6万の施設が参加するという◆消灯は家庭でもできる。資源を節約するぞ、地球環境を考えるぞと、ことさら肩に力を入れることもない。子供の昔、ろうそくの明かりに家族が顔を寄せ合った停電の夜を思い起こすだけでも、「麻痺」にはささやかな薬だろう◆詩人の杉山平一さんに「闇」という作品があった。「ルームライトを消す/スタンドランプを 消す/そうして/悲しみに灯を入れる」。明かりを消し、遠い記憶に灯を入れるのもいい。
(2007年6月23日1時47分  読売新聞)


【産経・社説】

【主張】JR混乱 事後対応にも万全の策を

 朝の通勤通学客でごった返す首都圏のJR線で架線の切断・停電事故が発生、ダイヤがほぼ終日混乱して19万人近くが影響を受けた。

 幸いけが人は報告されていないが、一部の乗客は雨の中を最寄り駅まで線路上を歩かされたほか、最長で4時間半も冷房が切れた電車内に閉じこめられて気分が悪くなり、救急車で病院に運ばれる乗客も少なくなかった。

 路線が複雑に入り組み、過密ダイヤで乗客数も多い首都圏の鉄道は、ちょっとしたトラブルが思いがけぬ大事故につながりかねない。運行停止が長びけば、社会生活にも甚大な影響を及ぼすことになる。

 JR東日本には、原因の徹底解明はもちろんだが、トラブル発生時の迅速、適切な振り替え輸送など、混乱を最小限に抑える乗客対応策に問題がなかったか、再点検を求めたい。

 首都圏のJR線では、乗客10万人以上が影響を受ける運行トラブルが昨年だけで少なくとも6件あった。ことし3月にも、ATC(列車自動制御装置)の故障から京浜東北線が3時間あまりストップし、乗客27万5000人が影響を受ける事故があった。

 この中には、地震や落雷といった自然災害によるものもあるが、工事ミスによる線路の沈下や隆起といった人為的原因も目につく。今回の事故についても、電車が本来停止すべきでない場所で停止したことによる架線ショートの疑いも指摘されている。同種事故の再発防止の観点からも、原因の徹底解明が急がれる。

 鉄道をはじめ公共交通機関にまず求められるのは安全第一の思想だ。危険性がある場合は躊躇(ちゅうちょ)なく運行を停止し、安全確認に努めることは当然である。その結果、乗客の側も多少の不便は受忍すべきこともあろう。

 同時に運行者側は、乗客の混乱を避けるためにもトラブルの現状、見通しなどについて、適時、適切に情報を提供していくことが重要である。

 代替輸送機関への振り替えについては、JRと他の民間鉄道、バス会社など関連輸送機関が日ごろから連携を密にしておく必要がある。相手側からの要請を待つのではなく、トラブル発生には相互に情報を共有し、独自で速やかな受け入れ態勢を構築すべきだ。

(2007/06/23 05:15)

【主張】沖縄戦集団自決 文科省は検定方針を貫け

 沖縄県議会で、教科書の沖縄戦集団自決に関する記述に付けられた検定意見の撤回を求める意見書が、全会一致で採択された。県議会で与党最大会派の自民党までもが国の検定方針に異を唱えたことは残念であり、沖縄県の特異な政治状況をうかがわせる。

 意見書は「集団自決は日本軍の関与なしに起こり得なかった」「教科書記述の削除・修正は体験者による数多くの証言を否定しようとするものだ」などとしている。

 しかし、文科省の検定意見は、日本軍の命令によって住民が集団自決を強いられたとする誤った記述に対して付けられたものだ。軍の関与や体験者の証言を否定しようとはしていない。

 集団自決は昭和20年3月下旬、米軍の第1陣が沖縄本島西の渡嘉敷、座間味島などに上陸したときに起きた悲劇的な出来事である。軍命令説は、昭和25年に発刊された沖縄タイムス社の沖縄戦記『鉄の暴風』に書かれ、大江健三郎氏の『沖縄ノート』などの本に孫引きされた。多くの教科書もこの軍命令説に基づいて書かれていた。

 しかし、作家の曽野綾子さんが『鉄の暴風』の記述に疑問を提起したノンフィクション『ある神話の背景』を出したのをはじめ、学者らによる実証的な研究が進められた結果、軍命令説は信憑(しんぴょう)性を失った。また、集団自決当時の女子青年団員や沖縄の元援護担当者らから、軍命令はなかったという証言が相次いでいる。

 文科省の検定は、こうした最近の研究や証言に基づいて行われたもので、当然の措置といえる。沖縄県議会の意見書に限らず、さまざまな抗議運動が起きているが、検定はこうした政治的な動きに左右されるべきではない。

 この問題をめぐり、文科省で教科書検定を担当する企画官を外郭団体に異動させようという動きが伝えられた。検定への抗議運動に対する配慮だとすれば、禍根を残すことになろう。

 沖縄では、集団自決の後、住民を巻き込んだ地上戦が展開され、軍民合わせて18万8000人が戦死した。このうち、沖縄県民の犠牲者は12万人を超える。戦後も27年間、米国の施政権下に置かれた。きょう23日は沖縄慰霊の日。沖縄県民の苦難の歴史を改めて思い起こしたい。

(2007/06/23 05:14)

【産経抄】

 昨年3月、合併によりその名が消えた奄美大島の旧名瀬(なぜ)市で、長い間「論争」が続いた。名瀬は「なぜ」と読むのか「なせ」なのかをめぐってだった。市議会で「なぜナセをナゼと言うのか」と、大まじめで質問する議員もいたという。

 ▼地元の人にとって、地名はその読み方にもこだわりがあるということだろう。地名の読み方といえば、小笠原諸島にある「硫黄島」がこれまでの「いおうじま」から「いおうとう」にと変更された。国土地理院と海上保安庁が、小笠原村の要望を受け入れて決めたという。

 ▼先の大戦での激戦の島である。最近では、日米の映画にもなった。戦前まで地元での読み方は「いおうとう」だった。当時から一部では「いおうじま」という人もいたらしいが、戦後20年以上、この島を占領していた米軍がこう呼んだことから定着したという。

 ▼地元にとって、ようやく「戦後」や「占領」が終わったということかもしれない。ところがこの呼称変更に米国社会がクレームをつけている。米国でも「イオウジマ」だったからだ。どこまで本気かわからないが、あるテレビ局は「日本が歴史を書き換えた」と伝えたそうだ。

 ▼米国にとって「イオウジマ」は、大戦での輝かしい勝利を象徴する地名である。それだけ旧軍人を中心に不満が多いという。勝利に誇りを持つのは当然だ。だがそのことで島を奪われた地元民の気持ちをくめないというのなら、日本流に言えば「傲慢」である。

 ▼戦後、日本を占領した米国は日本人に歴史観を押しつけた。大戦の名称も「大東亜戦争」を「太平洋戦争」に変えさせた。「硫黄島」への反応や慰安婦問題をめぐる対日批判決議の動きを見ると、まだ占領軍のつもりかと問いただしたくなる。

(2007/06/23 05:44)


【日経・社説】

社説1 和解を成立させ道路公害対策を急げ(6/23)

 東京都内のぜんそく患者らが、自動車排ガスによる大気汚染が病気の原因だとして国と都、首都高速道路会社、自動車メーカーに損害賠償などを求めた訴訟で、東京高裁が和解案を出した。

 係属中の第1次訴訟控訴審だけでなく、第2―6次訴訟の一括解決を目指している。関係者は和解を成立させ、和解条件にある、医療費助成制度と道路公害対策の拡充を速やかに実行に移してほしい。

 医療費を助成する制度は、1次訴訟一審判決で国と共に賠償責任を負わされた東京都が提案した。年間約40億円を被告4者で分担する計画だ。メーカーに続き、国が応分の資金を都へ拠出する方針を表明し、この助成制度は実現のメドが立った。

 過去の大気汚染訴訟では、国は和解のために資金を出すのを拒んできたから、従来のかたくなな姿勢を転換したと評価できる。

 ただしぜんそく患者には、1974年施行の公害健康被害補償法で公害病と認定すれば、医療費を助成してきたことを忘れてはいけない。この公害病認定は 88年に打ち切ったが、それ以降も大気汚染による被害を訴える患者は現れ、東京訴訟でも原告患者計522人のうち37%は同法による認定を得られなかった人たちだ。今回の助成制度は同法による助成を復活させる格好だ。国は88年の打ち切りが正しい判断だったか検証する必要があろう。

 自動車メーカーは1次訴訟一審判決では賠償を命じられなかった。国の排ガス規制に適合する車を開発・販売してきたこと、幹線道路に自動車が集中するのを防ぐ権限はメーカーにないことなどが理由だ。控訴審でも判決になれば一審の判断が支持される可能性は高いとみられるので、メーカー各社が解決一時金の支払いに抵抗を感じるのは無理からぬところがある。

 しかし和解案が指摘するとおり「自動車排ガスが一つの要因となって大気が汚染され、環境に好ましからざる影響が生じている事実」は否定しようがなく、その環境汚染が住民の健康被害につながる。環境基本法は環境を保全するための対策を講じる義務を国、地方自治体と並んで事業者にも課し、特に事業者には事業活動から生じる公害の防止を図る責務を負わせている。

 和解が成立すれば、現に健康被害が発生している幹線道路周辺の大気汚染を軽減する国や都の対策が早く実施できる。解決一時金の支払いに応じ和解を成立させる決断が企業の社会的責任を果たす道である。

社説2 現実見すえた宇宙基本法に(6/23)

 自民、公明両党が議員立法を目指して衆院に宇宙基本法案を提出した。安全保障の観点から偵察衛星など防衛目的の宇宙利用を進めやすくするとともに、関連産業の振興の趣旨も織り込んだ。利用範囲の拡大など宇宙開発の自由度を高め、技術力を高めるのに異論はないが、宇宙利用や産業強化には熟考しておくべき点が多い。法案審議では現実をしっかり見据え日本の宇宙開発のあるべき姿を徹底議論するよう求めたい。

 日本は1969年の国会決議で宇宙開発を「平和利用」に限定している。趣旨説明で「平和利用」を「非軍事」としたことから、自衛隊の宇宙利用にも制約がかかっている。政府は商業利用が一般化している宇宙技術、衛星は「非軍事」と解釈し、情報収集衛星も導入したが、性能は商業衛星並みだ。今後、防衛省が高性能の偵察衛星を保有しようとしても、拡大解釈には限界がある。

 国際情勢を考えれば、安全保障に絡む宇宙利用をいつまでもタブー視はできない。ただ、筋を通すなら国会で真っ正面から議論し決議をやり直すべきではなかったか。便法として立法措置で「平和利用」を定義し直すにしても、利用の範囲は明確にせざるを得まい。中国が衛星破壊実験を行うなどの動きもあり、定義にあいまいさを残すと宇宙軍拡に巻き込まれる恐れがあるからだ。安全保障と宇宙開発の透明性確保との兼ね合いも考えておく必要があろう。

 法案は産業強化もうたっている。だが、防衛省が高性能の偵察衛星を持てるようになったら国内調達とは限るまい。同盟国の米国からの調達もあり得るだろう。日本はかつて米国から商業衛星調達の圧力がかかり、衛星産業を育成できなかった。産業強化には強い意志がいる。宇宙関係者には基本法で宇宙予算の拡大という期待も強い。だが、財政状況を考えれば皮算用ではないのか。

 基本法は日本の宇宙開発のあり方を決める。成立に際しては民主党など野党も含めて超党派での合意が望ましい。法案はいいことずくめという幻想にとらわれずに、問題点を掘り下げて審議するよう期待したい。日本の宇宙開発は総花的な戦略、官需頼みの傾向が強い。法案審議はそれを考え直すよい機会でもある。

【日経・春秋】(6/23)

 何年か前の夏のある日。不思議な光景に出合った。雨が上がり家を出ると、道行く人が皆同じ方角を見上げて携帯電話をかざしている。その全員が嬉(うれ)しそうに笑っている。何事かと空を仰ぐと、大きな虹がかかっていた。しかも二重に。

▼東京でこれほど見事な虹を見る機会はめったにない。古代人なら思わずひれ伏したに違いない。そんな圧倒的な色彩だった。写真に収める通勤人がいる。電話をかける主婦がいる。幸運を分かち合いたい「誰か」が一人ひとりの携帯の向こう側にいる。姿は見えない人々の笑顔を、あたりの空間の中にふと感じた。

▼虹は7色とはかぎらない。東南アジアやイスラム圏には4色と見る地域がある。色は光の波長の違いであり、その光とは電磁波のほんの一部にすぎない。赤の外側には赤外線と様々な電波が無限に続く。紫の下方に行けば、紫外線、X線、さらにガンマ線が連なる。人間が数える色の数など、実はちっぽけな話だ。

▼米欧とインド、ブラジルの4者によるWTO交渉が決裂した。だが他の国々の声はどうなのか。4者会合や主要7カ国など、自由貿易の恵みはわずかな国だけで分け合うものではあるまい。世界には“目に見えない”国々が無数にある。4色でも7色でも、儚(はかな)く消える前に虹の周りにも目を凝らし、耳を澄ませたい。


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