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2007年7月19日 (木)

7月19日の地方紙:沖縄タイムス、琉球新報、東京新聞、河北新報、京都新聞 主要紙:朝日、毎日、読売、産経、日経の社説&コラムです。

 来る参院選は、これからの日本の運命を決定付けてしまう重大な選挙だと思います。

 「日本の9・11」衆院・郵政選挙では、特に朝日新聞(系列TVも含む)に見られた小泉政権へのすり寄りはひどいものでした。まさか産経と朝日が同じ論調になるとは思いもよらない事態でした。

 参院選投票日までに、これからどのようなマスコミをわれわれは目撃することになるのかここに資料として保存します。(資料保存スタート時の考え

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【沖縄タイムス・社説】(2007年7月19日朝刊)

[地震と原発]安全管理に万全を期せ

 新潟県中越沖地震で被害を受けた東京電力柏崎刈羽原発で、地震の揺れの強さを示す加速度が一部原子炉の耐震設計値を上回っていたという。

 人体に影響ないとはいえ放射性物質を含む水が漏れた。低レベル放射性廃棄物入りドラム缶が倒れ、火災も起こっている。七基の原子炉すべてで確認されたトラブルは五十件だ。

 柏崎市は消防法に基づいて同原発に停止命令を出したが、安全性の確認を優先するためにも当然の処置といっていいのではないか。

 国内には五十五基の原子炉がある。中には老朽化したのもあるはずだ。その耐震性はどうなのか。各電力会社は検証を急ぐ必要がある。

 地震について東電広報部は、「原発の設計時には今回の規模の地震は想定していなかった。余震分布をみて、断層が原発の直下にあることを認識した」と説明している。

 地震後に、原発施設内では複数の隆起や陥没が見つかったことを考えれば、「想定していなかった」で済まされる問題ではない。一つ間違えれば被爆の恐れもあるからだ。

 柏崎刈羽原発は、未知の活断層による直下型地震を考慮して設計し、最大マグニチュード(M)は6・5を想定していたという。

 だが、今回の地震はM6・8で、想定した数値よりも0・3ポイント上回っている。

 Mが0・2ポイント違えばエネルギーが約二倍に跳ね上がるという。設計時の数値設定が甘かったのは明らかであり、その点で東電と数値を容認した国は責任を問われてしかるべきだろう。

 同原発の1号機設置許可をめぐっては、周辺住民が国の許可処分取り消しを求めた控訴審で東京高裁が、活断層が周辺に存在するとの原告側の主張に「活断層はそれ自体、断層ですらないもので、地震の原因にならない」とし、訴えを退けている。

 国の安全審査も同様だが、司法もまた自然の力を甘く見ていたと言わざるを得ない。

 原発は「安全性」が命だ。にもかかわらず、漏れてはいけない水が海にまで流れ出し、微量だが排気筒フィルターからも放射能が検出された。

 火事の消火に二時間を要したのは、何よりも安全管理に問題があったからだ。

 日本は世界でも有数の地震大国だ。被爆の恐れがわずかでもあれば、安全性に万全を期すのは国や企業の最大の責務と言っていい。今回の地震を教訓に耐震性の確認を急ぎ、安全管理の徹底を図ってもらいたい。

[全国並み失業率]険しい目標実現への道

 経済を前面に打ち出して登場した稲嶺恵一前知事の時代から今日に至るまで、全国一厳しい失業率の改善は県政の最重要課題の一つとしてかなりの力が注がれている。仲井真弘多知事も失業率の全国並み実現を公約に掲げたが、そのハードルはかなり高そうだ。

 十七日の南西地域産業活性化センター(NIAC)調査研究成果報告会で、講演した富川盛武沖国大教授は二〇〇五年失業率を基礎数値として、県内失業率を全国並みの四・四%にする場合、今年から一〇年までに三万一千人余の就業者を誘発する必要があるとの試算を発表した。産業別では観光業二万三千人余、情報通信産業六千人余、企業誘致千人などとはじき、観光を主体にした生産増加を通して失業率全国並みの実現は可能だとした。

 ぜひそうなってほしい—とは、県民が等しく思うところだろう。だが、この問題の難しさは、就業者の増加が失業率改善に直結しない点にある。

 就業者数が増えても、労働力人口が同様に増えれば失業率はなかなか改善されない。実際、稲嶺前県政の時代も就業者数が約四万人増えながら失業率はほとんど変わらなかった。

 近年はブームに乗って沖縄に移住する人も多い。人口増加は、民間消費の観点では県経済に好材料となるが、雇用問題の数値的側面から見ればプラスに作用しない。NIACが昨年発表した中期経済見通しでも、一五年度までの就業者と労働力人口の増加数は拮抗し、失業率は緩やかなペースの改善にとどまるとの見方が示されていた。

 沖縄の特徴は、労働市場への新規参入などによる「摩擦的失業」や、労働需給のミスマッチによる「構造的失業」の多さにある。失業率全国並みは可能だとした富川教授も、前提条件として、高止まり状態にある摩擦的・構造的失業の解消を挙げた。

 とはいえ、労働力人口が増え、求職側・求人側の溝が埋まらない現実は、景気拡大による労働需要増加で解決する単純な問題ではない。全国並み失業率の実現はやはり相当な難業になる。

【沖縄タイムス・大弦小弦】(2007年7月19日 朝刊 1面)

 芥川龍之介の妻・文が、等身大の人間芥川を追想に遺している。大正十二年九月一日、お昼時の一家のだんらんに大地が大きく揺らいだ。

 主は「早く外に出るように」と門外へ飛び出した。文はあわてて二階に駆け、寝ていた二男を抱え倒れた建具を必死でよけながら外に出た。「自分ばかり先に逃げるとはどんな考えですか」と怒る妻。子煩悩で知られた主は「人間最後になると自分のことしか考えないものだ」とひっそり言ったという。

 地球は生きている。太古から脈々と続く自然の営みに人間はいかにも無力である。それは時と場所を選ばない。新潟県中越沖地震で、被害を受けた人たちの恐怖はいかばかりだったろうか。

 去年、先の中越地震で半壊した長岡市の旅館を訪ねた。震災から一年半が過ぎても復旧の道半ばで、従業員総出で片付けに汗し、主人は金策に奔走していた。労苦の末、今春再開したばかり。今回、損傷は免れたが痛みを共有する。

 被災者の苦難は始まったばかり。余震にも備えねばならず、不便な避難先で、これからのことを考える余裕はないかもしれない。財政的な不安、何よりも心的ショックから立ち直る道は険しい。

 童謡「かなりや」で知られる西条八十も芥川同様、被災した。絶望にあえぐ避難地で、ある少年が口にしたハーモニカの音に「生」への力をもらったという(唄の自叙伝)。真に必要とされる物は何か。聞き耳を立てたい。(石川達也)


【琉球新報・社説】

原発の安全性 耐震指針の早急な見直しを

 震度6強を観測した新潟県中越沖地震で、東京電力柏崎刈羽原発で確認されたトラブルは原子炉7基で計50件に達したことが分かった。
 微量の放射性物質を含む水が海に放出されたほか、排気筒フィルターから微量の放射能の検出、低レベル放射性廃棄物入りのドラム缶の転倒など、地震による原発への被害としてはかつてない深刻な事態である。
 これらのトラブルの公表はあまりにも遅く、事態の重大さを東電が深刻に受け止めているのか、疑わざるを得ない。安倍晋三首相は「(国への)報告が遅かった。厳しく反省してもらわないといけない」と強く批判している。
 核分裂反応が連続的に起きる「臨界」の可能性のある事故の非公表などで問題になったトラブル隠しの体質は改まっているのだろうか。
 3号機のタービン建屋外の変圧器火災では、消火施設の不具合で鎮火するまで約2時間も黒煙が上がった。
 原発の十分な耐震性確保や震災時の対応など、周辺住民の安全を確保する上で最も重視されなければならない重要な部分が、ないがしろにされてはいないか。
 マグニチュード(M)6・8を引き起こした断層は、柏崎刈羽原発の直下にかかる可能性があることが指摘されている。同原発は活断層による直下型の地震も考慮し設計しているが、想定は最大M6・5である。Mが0・2違えば、エネルギーは約2倍といわれ、設計時の前提が崩れたことになる。
 それでも国の安全審査をクリアしており、国の耐震指針に甘さがあったことは否定できない。
 東電は当初、放射能漏れはないとしていたが、16日深夜に修正。18日には海中に流れた放射性物質を含む水は少なく算定されていたことが発覚した。
 東電は「単純な計算ミス」としたが、国民の安全にかかわる重大事項で単純ミスを犯すことに、危機意識の欠如を感じる。
 国の原子力安全・保安院は計算ミスに基づいた東電の報告が「妥当であることを確認した」と発表していた。報告をそのまま追認しただけとの疑念もわく。
 東電の責任は重大であるが、併せて国にも大きな責任があると言わざるを得ない。
 今回の地震は、原発施設の安全性が保たれる耐震設計の基準である「限界地震」の設計値273ガルを大幅に上回る680ガルを計測。全国の原発で想定されている最大加速度を上回った。
 国の原発耐震指針は昨年、25年ぶりに改定されたが、今回の地震も考慮する必要がある。新指針が安全を適切に確保できるのかを早急な見直しを求めたい。

(7/19 9:48)

ゲートウェイ構想 願ってもないチャンスだ

 政府のアジア・ゲートウェイ構想で沖縄が主要な役割を担うことを目指し、県はその拠点形成に向けた取り組み方針を決定した。
 沖縄振興計画では沖縄を「アジア・太平洋地域における各種の結節機能を育成・強化する」と明記しており、政府構想に沖縄を取り込むことはその計画にも合致する。政府が県方針を積極的に構想に採用することを望みたい。
 政府構想はアジアの成長と活力を日本に取り込み、新たな「創造と成長」を実現することなどを目的に掲げている。重点項目は、県が取り組む各種施策と一致するものが多く、沖縄の自立的発展の大きな原動力になる可能性がある。県としても実現に向け、万全な態勢をつくる必要がある。
 沖縄は本土と中国大陸、東南アジア諸国の中心に位置する。以前からその地理的優位性を生かすことが求められている。沖縄振興計画などに基づき、取り組まれてきたが、現状は地理的優位性を生かしきったとは言い難い。
 アジア・ゲートウェイ構想は沖縄にとって地理的優位性を最大限に発揮し、自立的発展へとつなげる大きなチャンスである。県勢発展の追い風にするよう県を挙げて強力に取り組む必要がある。
 県方針は重点プロジェクトとして国際航空・航路ネットワーク拠点の形成、金融特区へのアジア金融センター(仮称)創設などを盛り込んだ。
 県と全日空(ANA)は2009年をめどに那覇空港に国際貨物輸送の中継基地(ハブ)を設置するANAの計画実現に向けて協力していくことで基本合意している。
 それには那覇空港の拡張、貨物ターミナルの整備などの課題をクリアしなければならない。政府の後押しが必要だ。
 沖縄振興計画では「アジア・太平洋地域における人、物、情報の結節点として必要な交通アクセスの拡充等の環境整備を図る」とし、那覇空港の必要な整備を図るとともに、貨物ターミナルの整備拡充を図ることを掲げている。
 その実現は沖縄振興計画を策定した政府の責任でもある。

(7/19 9:47)

【琉球新報・金口木舌】

 都内各地で演じられるエイサーのゆかりの地といえば中野区。1970年に沖縄出身の若者が集う「沖縄郷土の家」ができ、JR中野駅の北口広場はエイサーの練習場となった。今や50は下らないという都内のエイサー団体にとっては“聖地”といったところだ
▼16日、北口広場や商店街で、エイサー主体の「中野チャンプルーフェスタ2007」が開催された。三線と大太鼓が駅周辺で響き渡り、沖縄ムードが広がった
▼ところでこの北口広場、区の再開発事業で将来姿を消すことになりそうだ。区の計画によると駅構内から連続する歩行者優先の広場へと生まれ変わる
▼「まだ計画段階。事業着手は先の話」と区は話すが、エイサー団体は「中野からエイサーが消えてしまうのでは」と気をもんでいる
▼「チャンプルーフェスタ」もエイサー存続を模索した取り組み。「30年の歴史をもつ中野エイサーを絶やしてはならない。子供たちに継いでいくため、今やれることを考えたい」と実行委員会事務局長の高見幸明さん
▼フェスタ会場で配られたパンフレットは「中野で生まれた沖縄の鼓動」と表紙で記す。エイサーを守ろうという心意気が、北口広場から聞こえてくる「沖縄の鼓動」をはぐくむ。

(7/19 9:38)


【東京新聞・社説】

学力テスト 『子供のため』はどこに

2007年7月19日

 東京都足立区が独自に行っている学力テストで一部の学校が不正をしていた。教育とは懸け離れた本末転倒の行為だ。子供のことを忘れたら、この問題は復活した国の学力テストでも起こり得る。

 足立区では区立の全小中学校で全児童生徒を対象に二〇〇五年度から学力テストを実施している。不正は昨年四月のテストで起きていた。

 ある小学校で校長と教諭が誤答部分を指さして児童に気づかせたり、禁止されている前年度の問題をコピーし、テスト前に利用していた。

 採点では情緒不安定や多動などの一部児童を除くことまで行っていた。前年度問題を使った練習はほかの学校でも判明した。学校ぐるみの不正行為であり、問題の根は深い。

 こんなことをしたのは、学校としての成績を上げたかったからだろう。実際、この小学校は〇五年度は区内七十二校中で四十四位だったが、〇六年度は一位に躍進した。

 足立区はホームページで学校ごとの成績と順位を実名で公表しており、前年度からの伸び率も掲載している。学校選択制が取り入れられ、成績上位校は入学希望者が増える傾向にある。成績と伸び率は高い予算配分への判断材料にもなっている。

 テストは子供の学力向上と地域間の格差是正の資料として導入されたはずだ。子供が置き去りにされ、テストが本来の目的と教育から懸け離れてしまった。区が進めてきた競争原理の負の側面に、学校側がはまり込んでしまったといえる。

 ことが足立区だけの問題として済まされないのは、全国学力テストが復活したからだ。かつては結果を求めて地域間競争が激化し、成績の悪い子を休ませたり、指さし指導が行われる事態を招き、一九六六年度を最後に中止となった経緯がある。

 本年度のテストはすでに実施された。中止に至った過去の反省から、公表は都道府県単位にとどめられる方針だ。学校関係者には結果が告げられることになるだろうが、扱いには細心の注意を払うべきだ。

 教育再生会議の二次報告は「全国学力調査の結果を検証し、学力不振校には改善計画書を出させ、国や教育委員会は予算などで特別の支援を行う」と提言する。いたずらに競争をあおるべきではなく、予算を重点配分するなら成績下位校の方ではないだろうか。

 参院選の本紙世論調査では教育問題は年金、景気対策に次いで関心が高い。学力とは何かや、子供が学力をどう身につけていくかなどを含め、実のある教育論議も選挙戦で展開してほしい。

宮本氏死去 激動の党史を生きた

2007年7月19日

 戦前・戦後の共産党を育て、率いてきた宮本顕治氏が亡くなった。東西冷戦の終結などのあおりを受けて、党勢は長い間の低迷を続ける中、激動の時代だった昭和史の生き証人がまた一人消えた。

 共産党の一番いい時代をつくった指導者といっていいだろう。

 宮本氏が政治の表舞台から姿を消して久しい。不破哲三元議長から志位和夫委員長へと指導体制は世代交代している。

 党規約から「前衛党」「社会主義革命」の文字を消し、綱領も改定し「資本主義の枠内での民主的改革」を目指す柔軟路線に変えた。

 宮本氏の死去が現路線に影響を与えることはないが、長い間の共産党の顔だったのは間違いない。

 「戦前・戦後の三分の二世紀にわたる長い期間、党指導の先頭に立っての活動であり、党とその事業への貢献は大変大きなものがある」

 一九九七年九月の党大会で宮本氏が名誉議長に就任、事実上引退した時、党は最大限の賛辞を贈った。

 五八年に書記長になって以来、委員長、議長を歴任し、四十年近く最高指導者であり続けた。

 この間、旧ソ連、中国の両共産党からの「自主独立路線」を確立する。さらには、「プロレタリア独裁」から「科学的社会主義」へ、極左主義から議会重視の平和革命路線への切り替えを図り、自らも七七年から十二年間、参議院議員を務めた。

 これに伴い、「すべての民主党派、無党派も団結を」と呼び掛け、五八年当時三万人だった党員は四十万人近くに増えた。振り返れば、このころが党の最盛期だった。

 こうした現実・柔軟路線への大転換を可能にしたのは、宮本氏のカリスマ性だ。三一年に東京大学を卒業した直後、共産党に入党、三三年に「スパイ査問事件」で特高警察に逮捕されたが、終戦までの十二年間転向を拒否した。「不屈の闘士」という経歴が、戦後の党内の激しい主導権争いを勝ち抜く原動力になった。

 いま、共産党にかつての勢いはない。一時は衆院で三十議席を超えたが、現有議席は九にとどまっている。冷戦終結、小政党に不利な小選挙区制の導入が大きく響いているのだろう。

 それに「真の革新」「唯一の革新」を掲げながらも、自民党政権に対する国民の不信の受け皿になっていない。イデオロギー偏重、組織の閉鎖性、党は過ちを犯さないという無謬(むびゅう)性、いまだに残る党の体質への国民の厳しい目も原因だろう。

 時代を見据えて広範な国民の要請に応える転換を図れるか。宮本氏の死はあらためて問うている。

【東京新聞・筆洗】2007年7月19日

 大地震は被害の詳細が明らかになるにつれ、そのつど被害と対策の盲点を突きつける。一九七八年の宮城県沖地震ではブロック塀倒壊とマンション修理と区分所有の問題。二〇〇四年の新潟県中越地震では、避難生活が引き起こすエコノミークラス症候群だった▼今回の中越沖地震では、瓦屋根の古い木造家屋の倒壊で、老人に死者が集中したが、なんといっても東京電力柏崎刈羽原発の被害の深刻さだろう。火災は建屋外だったが、運転中の四基で炉が緊急停止した。柏崎市長は消防法に基づき、安全が確認されるまで運転しないよう使用停止命令を出した▼気象庁によれば、本震に続いた余震の発生域分布の解析から、震源に連なる活断層が同原発の下に差し掛かっている可能性が強まった。直下の断層を想定外とする東電の設計時の前提が崩れたことになる▼刈羽1号機については、活断層の存在を理由に許可処分取り消しを求めた住民訴訟の〇五年控訴審判決で、東京高裁は「断層ですらない」と退けていたが、この訴訟はどうなるのか▼どうやら日本列島は地震の活動期に入ったようだ。となれば、原発の安全運用には慎重の上にも慎重を期し、総点検を迫られるのは確かだ。天変地異の最たるものは火山の噴火と地震だが、人災の最悪は核兵器だ▼その核を平和利用に限定する非核三原則の国で、原発の安全運用は至上命令である。ヒロシマ・ナガサキの被爆体験を「しょうがない」と言って辞任した防衛相がいたが、今回の地震は、そんな核意識のゆるみへの警告にも見える。


【河北新報・社説】

07参院選を問う 農政/「所得補償」の在り方で論戦を

 農水省が「戦後農政を根本から見直すもの」と位置付ける品目横断的経営安定対策が本年度始動した。農家に対する初の本格的な所得補償制度である。

 いわば「所得補償導入元年」に行われる参院選。農業政策が主要争点に挙がっている。「1人区」の勝敗が政治決戦の行方を左右するという状況はあるにしても、東北は食料供給基地を自任するだけに、展望を開く論戦を期待したい。

 主要政党の公約・マニフェストでも柱に据えるのは所得補償制度だ。農家の収入を支える政策で、生産費と販売価格との差額を所得補償として農家に直接支払う仕組み。対象の農家をどうするか、品目は何か—などで各党それぞれの特色がある。

 自民、公明の与党は経営安定対策の推進をうたう。対象は4ヘクタール以上の認定農業者と20ヘクタール以上の集落営農組織という大規模経営体が基本。コメ、麦、大豆を含む5品目について支払う。

 野党第一党の民主党は貿易自由化促進を念頭に「戸別所得補償制度」の創設を約束。対象をすべての販売農家に拡大。品目もコメ、麦、大豆に雑穀、菜種、飼料作物などを加える。

 農家の見方はどうか。河北新報社が実施した東北の農業者アンケートの結果が示唆に富む。

 経営安定対策について評価する声は3分の一足らず。小規模農家切り捨てに対する不満の強さが見て取れる。戸別所得補償制度を評価する農家は40%弱。支払いが手厚い分、好感されたとはいえる。が、1兆円とされる財源確保への疑問とともに、「ばらまき」に対しアレルギーがあることをうかがわせる。

 国内農業は農家の高齢化が一層進み、耕作放棄地の増加にも歯止めがかからず、基盤は弱体化するばかりだ。一方、世界的には人口増やアジアの所得向上に伴う食料需要とバイオ燃料増産による穀物需要が競合し食料情勢が不安定化しつつある。

 「40%」にとどまる食料自給率の向上は食糧安全保障の点からも重要性を増している。市場開放圧力がさらに強まる中で競争力を付けるためにも、構造改革は避けて通れない課題だ。

 政府・与党は経営安定対策をテコに大規模経営体の育成を目指す。今秋まとめる農地改革案には農地の「所有」と「利用」の分離促進、民間企業のリース容認が盛り込まれる方向で、新規参入を含め大規模な「担い手」に農地の集積を図る算段だ。

 だが、大規模化だけで総合的な自給力向上が図られるのか。営農継続に意欲的な小規模農家は少なくなく、消費者と手を携え自給に貢献する地産地消や安心・安全な農産物流通の拡大にも取り組んでいる。「選別」への批判は根強い。農村が疲弊しているからこそ改革には細かな目配りも必要だ。

 「直接支払い」ともいわれる所得補償制度を軸に農業の再生を議論する土俵は整った。各国の制度を見れば、わが国が実施中の中山間地直接支払い(条件不利地域援助)に加え構造調整援助や環境施策のメニューもある。参院選は消費者も交え「所得補償」の在り方を議論する格好の機会だ。
2007年07月19日木曜日

【河北新報・河北春秋】

 かつて、竹下内閣は消費税の導入で、橋本内閣は増税発言の揺れでつぶれた。目下の参院選で気になるのは住民税増税と定率減税廃止の不満という不気味な沈殿物だ。税は政治的破壊力を秘める。扱いを誤れば怖い▼21年前、隣の仙台市との合併の是非を問う旧泉市の住民投票で反対票が賛成票に肉薄し、仙台市幹部が青ざめた。合併で市民税が数円上がるのが主因だった。税には住民生活そのものがにじむ

 ▼ 宮城県の村井嘉浩知事は一定規模以上の県内企業が納める法人事業税に「みやぎ発展税」を上乗せする方針を決め、9月議会に提案する。税収は企業誘致などの財源に充てるというが、要は180億円を超える財源不足の穴埋め策▼個人県民税などに上乗せする「みやぎ環境税」も考えていたが、こちらは反発係数が高いためか当面は見送った。取りやすいところから取るのが課税当局の鉄則らしい

 ▼新税を導入するなら、行政トップは住民の信を問い、説明を尽くせと言いたい。まずは次の知事選で県民に審判を仰ぐのがルールだ。導入を急ぐとしても、住民や企業への説明と意見集約の期間を最低1年ぐらいは取るのが筋だ▼庁内の税制研究会が新税の知恵を出したらしいが、知事の政治生命まで考えたわけではあるまい。税を甘く見ないでほしい。

2007年07月19日木曜日


【京都新聞・社説】

防衛白書   文民統制の基本大切に

 二〇〇七年版防衛白書が公表された。防衛省になって初めての白書で、昇格は旧防衛庁の悲願だっただけに「省昇格」に丸々、一章をあてた。
 白書で書き込んでほしかったのは外務省や財務省などと対等になった防衛省が、今後どんな国防政策をとろうとしているかだが、十分とはいえない。
 省昇格と同時に、自衛隊の海外派遣が本来任務化した。だが、その体制整備や防衛政策の企画立案機能、緊急事態への対処体制強化などは示されているが、どれも具体的でない。
 白書は防衛政策の基本として、日米安保体制の堅持を掲げる。しかし在日米軍再編は、受け入れ予定の自治体の反発や海外移転の巨額費用から実質的には足踏み状態だ。これらをどう打開するのか、白書からは具体的な道筋は、いまひとつ見えない。
 その一方で、ミサイル整備に関して日米安保体制の最高機密といえるイージス艦の情報がもれたことで米側から強い不信感をかった。
 白書は負の部分は消極的にしか触れないが、透明性を高めるためにも可能な限り書き込むべきだ。国民に分かりやすく伝えるのは文民統制(シビリアンコントロール)の基本であることを、忘れてはならない。
 海外情勢の分析では中国の軍事近代化に踏み込み、目的が防衛範囲を逸脱して拡大している可能性に初めて言及した。
 核、ミサイル開発を続ける北朝鮮には「東アジアの不安定要因」と強い懸念を表明した。
 安倍晋三首相は昨年、冷え込んだ中国との関係を戦略的互恵関係として改善したが、白書は、台湾との軍事バランスが崩れることへの憂慮を反映したとも言えそうだ。
 白書は中国の軍事近代化を、「より遠方の海域で作戦を遂行する能力、より前方での航空戦闘能力の構築を目指している」とした。
 近代的な潜水艦のロシアからの導入や新型国産潜水艦の建造など、潜水艦戦力の増強を進めているとしている。
 日本近海にも原潜などが再三出没しており、資源探査だけが目的とはいえそうもない。
 今年一月の地上ミサイルによる人工衛星の破壊実験は、宇宙の軍拡競争を引き起こすと非難もされた。
 台湾問題については二年前に採択した反国家分裂法で、非平和的方式も辞さずに国家主権、領土を守ることもあるとする。
 台湾海峡に有事はあってはならない。日本はあらゆる機会をとらえて中国との対話を深めてもらいたい。
 白書にあるように、防衛力は国民の強い信頼による支えが何よりも欠かせない。常に国民や国会に対し説明責任を果たすことを肝に銘じてもらいたい。

[京都新聞 2007年07月19日掲載]

米のイラク政策  撤退決断で新局面開け

 ブッシュ政権に対する「イラク撤退圧力」が急速に高まってきた。
 米下院本会議は今月、主要部隊を来年四月までに撤退させる法案を可決した。大統領は、拒否権を行使する構えだが、今度は共和党長老らが年内の撤退着手を柱とした法案を、近く上院に提出するという。
 イラクは宗派間の対立が解けず、内戦状態が収まらない。マリキ首相の政府は内部抗争で閣僚十二人が職を離れたまま機能不全に陥っている。
 マリキ政権に協力する形で二月から始まったブッシュ政権の部隊増派で、米軍総兵力は約十六万人に膨れあがった。それにもかかわらず、イラクのほぼ全域で治安回復の兆しは見られない。
 混迷を脱し、イラク情勢を安定に導くためには、もはや紛争の根を断ち切る思い切った政策で政治的、軍事的な新局面を開く以外にあるまい。
 米軍撤退は最も有効な選択だ。イラクから最大最強の外国軍が去るインパクトは大きい。米国の国益を考えるうえでもブッシュ大統領は決断すべきだ。
 米軍部隊増派の政策が行き詰まったことは、米政府自身が今月になって議会に示したイラク情勢中間報告に、はっきり表れている。
 報告は、治安部隊養成など米政府がイラク政府に課した十八項目の課題がどの程度、進んでいるかを評価した。
 「バグダッドの治安回復」など八項目は進展したものの、「宗派間の和解」や「石油法制定」など八項目では進展不十分とされた。
 対立するシーア派とスンニ派の融和を図る宗派和解は、イラク安定の絶対条件だ。石油法は国産の石油を「宗派や民族間でどう公平に分けるか」の問題であり宗派和解と同程度に重要といえる。
 最大課題に進展が見られなかったのはマリキ政権の無力というだけでなく、それを支えてきた米政権の政策に欠陥があったという証拠だろう。
 ブッシュ大統領は、中間報告に続く九月のイラク情勢最終報告がまとまるまでは、撤退や部隊増強の判断は行わないとしている。
 そんな時間的余裕があるのか。最近の米国内世論調査では、大統領のイラク政策を支持しない人は70%近くに達する。議会の反応も合わせ、大統領は決断の時期が来たことに気づいてほしい。
 米軍撤退は、いずれ通る道であり、それはイラクに生じる軍事力の空白を埋める作業と重なる。障害は多くとも、近隣イスラム諸国を中心に、多国間協議の枠組みをつくるのが現実的な方法ではないか。
 米政府はことし五月、イラク情勢をめぐりイランとの直接協議に乗り出した。これをさらに進め、多国間による「撤退後」の協議に発展させるのも、米国の役割となろう。

[京都新聞 2007年07月19日掲載]

【京都新聞・凡語】

初の京都出身者 直木賞受賞

 祇園で生まれ育った松井今朝子さんが、直木賞に輝いた。候補に名を連ねて三度目の正直。京都出身者の直木賞受賞は初めてという。意外な気もする▼受賞作の「吉原手引草」(幻冬舎)は、江戸時代の吉原を舞台に、売れっ子の花魁(おいらん)がこつぜんと姿を消した謎をめぐる長編。証言者の一人語りをつなげたユニークな構成で、往事の華やかな表の世界と裏側を描いている▼静かに受賞の喜びをかみしめながら「もともと文芸に無関心だったので賞の重みがよく分からないんです」。小説を書き始めて十年になるが、それまでは歌舞伎の企画や制作に長くかかわってきた▼実家は南座に近い。歌舞伎俳優の坂田藤十郎さんとも親類という。幼いころから歌舞伎の空気に触れて育った。十返舎一九の生涯をつづった「そろそろ旅に」(今年一月十八日まで本紙夕刊連載)をはじめ、歌舞伎や芝居の知識を生かした時代小説が多いのもうなずける▼それにしても今回の直木賞レースは“京都勢”が目立った。京都市在住の森見登美彦さん、京都大出身の万城目学さんも、最終選考まで残った。芥川賞では二〇〇四年に紫野高出身の綿矢りささんが史上最年少受賞で話題を呼んだ▼短歌や詩でも最近、有望新人が京都から続出している。伝統文化の厚みが新たな才能をはぐくむ土壌になっているのだろう。たんなる偶然ではあるまい。

[京都新聞 2007年07月19日掲載]


【朝日・社説】2007年07月19日(木曜日)付

元公安長官起訴—異例ずくめの展開だ

 東京地検が在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)を詐欺の被害者だとしているのに、当の朝鮮総連は「だまされたという認識はない」と否定する。そんな奇妙なずれが埋まらないまま、事件は一つの区切りを迎えた。

 朝鮮総連の中央本部売買をめぐり、元公安調査庁長官の緒方重威弁護士らが詐欺罪で起訴されるとともに、新たな詐欺容疑で東京地検に再逮捕されたのだ。

 本部の土地と建物について架空の購入話を総連側に持ちかけて、登記簿の所有権を移転させたというのが起訴の内容だ。さらに交渉の過程で約4億8000万円をだまし取ったというのが、新たな逮捕容疑である。

 だが、一連の経過を振り返ると、なおも謎と疑問が消えない。ぜひ法廷で事件の全容を解明してもらいたい。

 元長官らは競売逃れのために、総連側と共謀して偽装売買を図ったのではないか。それが異例の早さで捜査に乗り出した地検の当初の見立てだった。

 ところが、元長官らを最初に逮捕したとき、容疑は偽装売買ではなく、詐欺になった。総連は元長官らにだまされたという構図に変わった。

 総連が偽装売買にかかわった証拠が集まらない中で、新たな犯罪容疑をなんとか見つけ出した。それが内情だろう。

 ところが、地検にとって都合の悪いことが起きる。総連幹部が記者会見で「だまされたという認識はない」と述べたのだ。「取引が不当であるかのように報道されて破綻(はたん)した」とも語った。これは加害者とされた元長官の弁明と同じだ。

 地検は頭を抱えただろう。詐欺罪は被害届がなくても立件できるが、被害者と目された人が「だまされていない」と言っているのに、起訴するのは異例だ。

 なぜ、異例の起訴をしたのか。一つ考えられるのは、身内に甘いと批判されないためだ。

 総連の調査を担う機関のトップを務めたOBの疑惑だけに、検察は逆風にさらされた。その逆風をやわらげるために、身内の不祥事を自らの手で決着させたいということだろう。警察当局の手で捜査されたくないというメンツもあったのではないか。

 だが、事件が検察の描く構図通りだとしても、元長官らが何を狙ったのかはっきりしない。元長官らが購入代金を払わなければ、だましたことは総連にすぐにばれる。どうするつもりだったのか。

 一連の問題は北朝鮮が外交舞台で取り上げている。整理回収機構が総連本部の競売手続きを進めていることについて、国連大使が「主権の侵害行為だ」とする書簡を事務総長らに出した。国際世論を味方につけたいのだろう。

 しかし、総連が債務と認めた借金は返さなければならない。結果として中央本部を手放すことになっても、総連の機能が奪われるわけではない。総連の機能と施設を分けて、冷静に論じるべきだ。

共産党—宮本時代を超えるには

 あるていどの年配なら、感慨を覚える人が多いのではないか。長く共産党の最高指導者として君臨した宮本顕治・前名誉議長が98歳の生涯を閉じた。病に倒れ、党の主導的な立場を去ってから10年の長い時間をへての死去である。

 戦前、共産党が非合法とされていた時代に入党し、12年に及ぶ獄中生活で非転向を貫いたカリスマ性。戦後、理論と組織の両面で党を率いた強固な指導力。とりわけ、議会重視の「民主主義革命」路線を確立したことは、党にとって不動の功績だったといえよう。

 ソ連・東欧の社会主義の崩壊で、世界の社会主義政党は窮地に立たされた。宮本時代が終わりに近づいたころだ。議長引退からこの10年、後継者として党を率いてきた不破哲三・前議長、そして宮本氏が抜擢(ばってき)した志位和夫委員長は、その波に大きく揺さぶられた。

 そんななかでも、浮き沈みはあっても共産党は国会で一定の議席を維持してきた。党が自負する通り、他党が離合集散するなかで、筋を通そうとする宮本氏以来の姿勢と無縁ではあるまい。

 だが、ともすれば硬直的になりがちなその姿勢が、共産党を小さく、閉鎖的にしてきた要因だったのではないか。

 社会主義政権ではなく、いまの憲法のもとで民主的な改革をめざす政党や政治勢力を結集する。それが宮本時代に打ち出した「民主連合政府」構想だ。

 なのに、一度として共産党は政権に加わることはなかった。それどころか、現在は「たしかな野党」を看板に、在野で生き残りを画さざるを得ない状況だ。

 不破時代の00年には党規約から「前衛政党」「社会主義革命」などの言葉を削り、さらに04年の綱領改定で象徴天皇制や自衛隊の存続を容認した。柔軟路線に少しずつかじを切ってきたのは事実だ。

 しかし、閉鎖性の象徴とされる民主集中制は規約に残したままだ。宮本氏から2代後のリーダーの時代になっても、なお「負の遺産」から抜け出せないということなのだろうか。柔軟路線はまだまだ道半ばの感である。

 自衛隊の国民監視活動をあばくなどの調査活動。政治腐敗や首相の靖国参拝を批判する論理の鋭さ。いまの共産党が、独自の存在感をもっていることは間違いない。だからこそ、もっと開かれた党になる努力をすべきではないか。社民主義政党への脱皮や党名の変更など、本格的な改革を求める党内の声に耳を傾けるべきだろう。

 共産党は民主党を「自民党と同じ」などと批判し、この参院選挙後の連携を否定している。社民党との足並みもそろわない。党員の高齢化が進み、党勢拡大の展望は見えない。いまのままの共産党が「21世紀の早い時期に民主連合政府を実現する」と言っても、現実味を感じる人がどれほどいるだろうか。

 共産党が宮本時代を乗り越えるには、さらに思い切った変身が欠かせない。

【朝日・天声人語】2007年07月19日(木曜日)付

 報道官を待つホワイトハウスの会見場に、予告なく大統領本人が現れた。97年春、けがで松葉づえ姿だったクリントン氏だ。重大発表かと身構える記者団に、重々しく「報道官も階段で転んだ」。4月1日の冗談と気づき、沸いた会場に松葉づえの報道官が笑顔で出てくる趣向だった。

 連休明けの赤城農水相は、左のほおと額にガーゼや絆創膏(ばんそうこう)をはって現れた。会見での質問には「大したことはない」「ご心配には及ばない」「何でもない」の三言だけだった。

 実家の事務所費の件もあり、これだけ拒まれると勘ぐりたくもなる。空気を察してか、後から「肌が弱いので、かぶれたのかもしれない」とコメントを出した。それなら会見で言えば済んだ話だろう。

 閣僚であれば、記者会見は大切にしたほうがいい。機転と愛想で「絆創膏疑惑」を軽くさばけば、世評は動いたかもしれないのに、赤城氏は意固地で内向きな印象を深めてしまった。説明責任というより、政治家としての反射神経や器量の問題である。

 農水相は2枚だけだったが、大量のガーゼが必要となるような災害現場は、政治と社会の底力を試す。中越沖地震の被災地では、数千人が避難所で3日目の夜を過ごした。仮設住宅が整い始めるのは8月という。

 猛暑の中で、家の解体費用などを案ずるのはつらかろう。足元の苦境と闘う人々の気力は、明日への展望から生じる。まさに、政治家の器量が問われる局面だ。行政が今日の生活を支えるなら、将来を聞き、語り、動かすのが政治の仕事なのだから。


【毎日・社説】

社説:’07参院選 政治とカネ 今さら「内規で」と言われても

 今回の参院選は政治とカネも大きなテーマだ。それが改めてクローズアップされるきっかけとなったのは、もちろん公示直前に発覚した赤城徳彦農相の不明朗な事務所経費問題だ。

 この問題は農相の関係政治団体である「赤城徳彦後援会」が、茨城県にある父親の自宅を団体の所在地として届け、05年までの10年間に約9045万円の経常経費を政治資金収支報告書に計上していたというものだ。当初、父親らは事務所は活動実態がないと証言していたが、その後撤回。農相も「経費を一つ一つ積み上げた数字。経費の付け替えとか架空経費はない」との説明を繰り返している。

 だが、父親らの証言撤回を不自然と感じている人は多いはずだ。農相も架空経費はないというのなら、裏付けとなる領収書などを公開して説明すれば済む話だ。ところが、それを求められると公開するルールになっていないと拒む。自殺した松岡利勝前農相と同じパターンだ。

 安倍晋三首相は「月800円の光熱水費で農相辞任を要求するのか」と細かく数字を挙げて野党などの批判に反論している。ただ「月800円」は、農相の後援会が過去10年間に報告した経常経費のうち2番目に少なかった05年分を月割りした額だ。その説明だけでは9045万円が適正なのかどうかは判断できない。

 この問題が深刻なのは、先の国会で成立した改正政治資金規正法がザル法だったことが早々と分かった点にもある。

 自民、公明両党の賛成で成立した改正法は、政治家1人に1団体認められる資金管理団体にだけ限定して5万円以上の経常経費支出(人件費を除く)に領収書添付を義務付けるという内容だ。今度の農相の後援会のような他の政治団体は規制外なのである。

 赤城農相は領収書公開を拒む理由を「与党も野党も合意したルールでやるのが重要だ」とも語っているが、これは事実関係そのものが間違っていると指摘しておく。

 例えば民主党が提案していたのは、すべての政治団体の1万円超の経常経費に領収書添付を義務づけるというものだ。一時は全政治団体でなく国会議員やその候補者らが関係する政治団体に絞るとの妥協案を与党に示したが、それも自民党は拒否した。「野党も合意したルール」ではない。

 安倍首相は世論の批判が収まらないのを気にしてか、ここにきて自民党国会議員の政治資金を資金管理団体に一本化する内規を検討するよう党に指示したという。なぜ、こうも後手後手に回るのか。しかも内規でどれだけ実効性が担保されるか、疑う人の方が多いのではなかろうか。

 巨額の税金が政党に交付されている今、政治資金の入りと出をきちんと公開するのは、従来以上に政治家の責務である。これに対する各党の姿勢も有権者の判断材料となるだろう。

毎日新聞 2007年7月19日 東京朝刊

社説:原発停止命令 徹底調査し説明責任果たせ

 新潟県中越沖地震で火災が起きた東京電力柏崎刈羽原発に対し、柏崎市長が消防法に基づく緊急使用停止命令を出した。地震の影響により、施設の安全性が確認されていないとの判断に基づく命令だ。

 原発に対し、こうした停止命令が出されるのは異例の事態である。7基ある原発は地震後にすべて停止しているが、事の重要性や地元住民の不安を考えると、当然の措置と考えられる。

 原発施設は、敷地周辺で起きた過去の地震や、地震を起こす可能性のある活断層などを考慮し、耐震設計されている。地震が起きても問題が生じない、というのが大前提だ。にもかかわらず、今回の地震では多数のトラブルが起き、その前提が崩れた。

 トラブルの中には、放射性のヨウ素やコバルトの大気中への放出も含まれている。使用済み核燃料を貯蔵するプールからは、放射性物質を含む水が漏れ、海中に出てしまった。いずれも微量というが、地震で放射性物質が外部に漏れるようでは、地元の人々は安心していられない。

 消火用の配管が損傷したことも不安材料だ。今回は、地震で原発に火災が起きるケースがあることが現実の問題として明らかになった。消火用配管は耐震上の重要度が低いが、それでだいじょうぶなのか、見直しが必要だ。

 さらに気になるのは、今回の地震を起こした断層が、原発の直下まで延びている可能性があることだ。気象庁などが余震の分布を分析した結果、断層の様子がわかってきた。東電は、断層の徹底した調査と原発施設の耐震性の再評価を早急に行い、地元などに説明しなくてはならない。

 原発の建設にあたっては、敷地周辺を十分に調査し、断層を見つけることになっている。直下の断層を見逃したのだとすると、事前の調査の妥当性も問題になる。

 活断層の見落としや、耐震設計の想定を上回る地震の発生は、他の原発でも問題になってきた。06年には見落とされていた活断層が島根原発の近くで確認されている。05年8月の宮城県沖地震では女川原発で、今年3月の能登半島地震では志賀原発で、それぞれ設計時の想定を上回る揺れが観測されている。

 原発の耐震基準を定める国の指針は昨年9月に改定されている。現在、各電力会社が新指針に基づく原発の再評価を実施しているが、計画ではすべての原発の評価が終わるまでに数年かかる。

 柏崎刈羽原発で地震によるトラブルの多発が明らかになった以上、計画を早め、全国の原発で徹底した調査を急ぐべきだ。その結果をわかりやすく住民などに説明することも欠かせない。必要な耐震補強も急務だ。

 国際原子力機関のエルバラダイ事務局長は、今回の事態について、日本が原子炉について全面的な調査を実施する必要があると述べている。外国メディアの関心も高い。原発の安全性は国内だけの問題でないことを肝に銘じたい。

毎日新聞 2007年7月19日 東京朝刊

【毎日・余禄】

余録:西天竺にいる龍樹菩薩のところに中天竺の提婆菩薩が…

 西天竺(てんじく)にいる龍樹菩薩(ぼさつ)のところに中天竺の提婆(だいば)菩薩が訪れた。「今昔物語」にあるお話である。龍樹が小さな箱に水を入れて提婆に渡すと、提婆はそこに小さな針を入れて返した。龍樹は「これぞまことの知者」と提婆を最高の礼を尽くして迎え入れる▲龍樹は弟子に説明した。「わが知恵は小さな箱の水のようなものだが、あなたの万里の知恵をこの箱で示してほしいと求めた。すると、わが知恵は小さな針ほどだが、あなたの大海のような知恵の底を極めたいと返ってきた」。菩薩同士となれば、お互いの謙遜(けんそん)もいやみなほど壮大だ▲さて菩薩の中でもとくに深い知恵の持ち主である文殊から名をとった高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏出があったのは12年前だ。人知の思い上がりを知らされたこの事故だが、それ以来という地元自治体による原発の緊急使用停止命令が出た▲新潟県中越沖地震で計53件に及ぶトラブルが続出した東京電力柏崎刈羽原発である。なかには微量ながら海中や大気への放射能漏れがあり、放射性廃棄物のドラム缶転倒や2時間に及ぶ火災も起こった。住民の不安と不信を思えば、柏崎市長が出した使用停止命令は当然の措置だろう▲地震の揺れは原発の想定の2倍を超え、さらに気象庁の解析で地震を起こした断層は原発の直下まで延びている可能性が指摘された。どだい人の地震についての知見は小箱の水どころか中の小針ほどもなかったのだ。原発はその針の上に建っている▲まことの知者は自分の知恵の乏しさを知る者だというのは天竺だけの真理ではない。今までの原発で地震の危険が過小評価されたのは明らかだ。むしろ大事故に至らなかったのを菩薩か何かの加護と感謝し、地震対策を一から見直すことだ。

毎日新聞 2007年7月19日 東京朝刊


【読売・社説】

原発の耐震性 最新の知見で安全を確認せよ(7月19日付・読売社説)

 原子炉は地震を感知して自動停止した。安全性を脅かす重大な損傷は見つかっておらず、直ちに危険な訳ではない。政府には、実態をきちんと理解してもらう努力が要る。

 新潟県中越沖地震で、東京電力の柏崎刈羽原子力発電所が激しい揺れに襲われた。東電は早急に安全対策をまとめ、説明すべきだ。政府も、的確な対応を求め安全性を確認しなくてはならない。

 東電の初期対応は、とても合格とは言えない。地震に伴う火災では消火に手間取った。基準値以下だが、放射能を帯びた微量の水が発電所外に漏れ、その確認と政府などへの報告が遅れた。

 他の原発の備えは大丈夫か。電力各社は点検を急ぐ必要がある。

 とりわけ懸念されているのが、耐震設計だ。柏崎刈羽発電所では、所内の地震計が、設計値の約2・5倍に達する激しい揺れを記録した。

 設計時には、直下の地震発生も考慮している。それでも地震は自然現象だ。すべてを予見できない。だから、原発の耐震強度は十分な余裕を見込んでいる。

 今回の揺れが、機器や建物に致命的な影響を及ぼすものだったかどうかも、今後、点検と検証が欠かせない。

 とはいえ、これほど想定を上回るとは東電も、政府も考えていなかった。

 今回ほどではないが、設計値を超える揺れは、2005年8月の東北電力女川原発、今年3月の北陸電力志賀原発でも観測されている。「想定外」が、このまま続発すれば不安は拡大する。

 原発の耐震性については、政府の原子力安全委員会が昨秋、新指針をまとめている。旧指針が1981年にできてから断層に関する知見が増え、耐震建築の技術も進んだことを踏まえている。

 新指針では、敷地周辺の活断層を最新技術で綿密に調べるよう定めている。揺れの予測も、きめ細かくした。

 政府は、既存の原発が新指針に適合するか、電力各社に対して点検を指示している。必要なら、補修による耐震強化も実施させる。ただ、完了まで3年もかかる見通しだ。あまりにも遅すぎる。可能な限り、対応を急がせるべきだ。

 政府と地元の柏崎市は、安全性が確認されるまで、柏崎刈羽発電所の運転再開を認めない方針だ。東電のこの夏の電力供給は、かなり厳しくなる。省エネルギーに努めるほか、火力発電所などを総動員して乗り切るしかない。

 原子力は地球温暖化対策に加え、エネルギー安全保障上も大切だ。政府は、こうした意義についても、分かりやすく情報提供していかねばならない。
(2007年7月19日1時37分  読売新聞)

宮本元議長 共産党を支えたカリスマの死(7月19日付・読売社説)

 共産党の宮本顕治・元中央委議長が死去した。98歳。1997年に議長を辞任するまで、40年近くにわたり、党の最高指導者として君臨していた。

 宮本氏は、東京大学在学中の29年、雑誌「改造」の懸賞論文で第1席を獲得、さっそうと文壇に登場した。第2席が、後に日本を代表する評論家となった小林秀雄だった。

 31年入党、33年には中央委員として最高指導部入りした。しかし、同年末には逮捕され、いわゆるスパイ査問死事件などで、無期懲役の判決を受けた。

 戦後、釈放されて、党中枢での活動を再開、58年に書記長となり、以来、民主集中制というマルクス・レーニン主義政党特有の鉄の規律の下に、最高指導者の地位を維持した。

 「宮本共産党」には、この間、60年代末から70年代初めにかけて、大きな路線転換があった。

 68年には、まだ、「プロレタリアート独裁」の堅持を強調、言論・出版・集会・結社の自由などを「ブルジョア民主主義」と攻撃していた。複数政党制を容認する、と言い始めたのは、69年ごろからである。やがて、プロレタリアート独裁の用語も廃止した。

 しかし、党勢は一進一退のまま、90年代初めには、東欧・ソ連社会主義体制の崩壊に伴い、「科学的社会主義」なるものの“威信”が世界規模で失われる苦境に陥った。

 ソ連共産党の解体に際し、「もろ手を挙げて歓迎」と言って見せた宮本氏も、実は、社会主義ソ連の末路を目撃したくはなかったのではないだろうか。

 宮本氏が党綱領の基本を策定した当時、「ソ連を先頭とする社会主義陣営」は、「レーニンの精神を創造的に適用したものとして、大きな普遍的意義を持っている」はずだったのだから。

 60年代からソ連との関係がギクシャクし始めたとはいえ、80年代半ばまではソ連の指導者を「同志」と呼んだり、「レーニンに次ぐ平和の戦士」とたたえたりしていた。

 そのソ連を、宮本氏が「歴史的巨悪」と位置づけることになったのは、歴史の皮肉と言うほかない。

 ただ、こうした世界史的な激変にもかかわらず、日本の共産党が統一を維持できたのは、宮本氏のカリスマ性があってこそ、との見方も少なくない。

 共産党はその後、党規約から「前衛」という言葉を削除するなど、さらなる転換を図り、綱領も改定した。

 しかし、党勢は、低迷から脱しきれず、後継指導部の苦闘が続いている。
(2007年7月19日1時37分  読売新聞)

【読売・編集手帳】7月19日付 編集手帳

 終戦の翌日、ひろ子は網走の刑務所にいる夫重吉に手紙を書く。一行、それだけ書けば心は足りる。「いつお帰りになるのでせう。書きたい言葉はその一行である」◆宮本百合子の小説「播州平野」である。夫の重吉は政治犯として12年間、獄中で転向を拒みつづけた。のちに委員長や議長として戦後の共産党を指導する宮本顕治氏である◆東大在学中に書いた評論「『敗北』の文学」は小林秀雄の「様々なる意匠」を抑え、雑誌「改造」が募集した懸賞の第1席に選ばれている。文名の頂点から獄中へ、中央政界へ、振幅の激しい昭和という時代を映した生涯であろう◆宮本氏が98歳で亡くなった。風雪の刻まれた厳しい風貌(ふうぼう)が印象に残っている。主義や主張を是とするにせよ、非とするにせよ、昭和の「顔」のひとりに数えることには、おそらく誰にも異存はあるまい◆ 共産党の顔はソフトな微笑の不破哲三氏から、実直な勤め人を思わせる志位和夫氏に引き継がれたが、党勢はいまだ低迷のなかにある。去りゆく人には心残りであったろう◆百合子が獄中に宛(あ)てた手紙に、「だんだん自分の身が細まって矢になるような心持ちよ」とある。矢になって網走に飛んでいきたい、と(顕治・百合子「十二年の手紙」、筑摩書房)。百合子が世を去って56年、遠い時を隔てての再会である。
(2007年7月19日1時36分  読売新聞)


【産経・社説】

【主張】地震と柏崎原発 災いを転じて教訓と成せ

 新潟県中越沖地震で東京電力・柏崎刈羽原子力発電所の被災状況が次々、判明している。主排気筒のフィルターから数種の放射性物質が見つかったのをはじめ、ダクトがずれたり、変圧器を固定しているボルトが折れて油漏れが起きたりしている。

 こうしたトラブルは50件を超えた。そのうえ、地震を起こした海底の活断層が、発電所の真下まで延びている可能性が明らかになってきた。

 地元の柏崎市は東電に対し、同原発を停止させる命令を出した。地元の住民や、原発を擁する国内各地の人々が不安感を抱くのは理解できるし、当然だろう。

 しかし、ここは冷静に考えることが必要だ。地震発生時、3基の原子炉が運転中で1基が起動中だった。いずれも揺れを感知して自動停止している。これは、原子炉の安全性が保たれたことを意味している。原子炉や格納容器など中枢部分についての異常は、今のところ報告されていない。

 観測された地震動の最大加速度は、設計時の想定を超えているが、主要施設は持ちこたえた。安全度に余裕を持たせているためだ。火災などの損傷を受けたのは、周辺施設にとどまっていることを認識しておくべきだろう。

 日本は世界屈指の地震大国である。そこに55基の原子炉が立地し、稼働している。国内の原子力発電所は地震の揺れに耐えるように綿密に設計され、建設されている。

 今回の地震は原子力発電所の近くで発生し、軽微ではあるが、施設に多様な損傷を与えた。見方を変えれば、原発の耐震工学上、きわめて貴重なデータが得られたことになる。

 国が原子力発電所に対して定める耐震設計審査指針は、新知見を取り入れることになっている。ぜひ、今回の地震と揺れの関係を指針に反映し、原発の安全性向上に生かしてほしい。

 東電は、使用済み燃料プールからの水漏れなどの原因解明を急ぐとともに、透明性のある事実を積極的に発表していくべきだ。震災で得た教訓を、国内の電力会社で共有すれば、原子力発電の安全性向上に貢献できる。

 原発は電力供給だけでなく、地球温暖化防止においても有力な手段である。この現実を忘れてはならない。

(2007/07/19 05:16)

【主張】07参院選 政治資金 透明化への方策競う好機

 事務所経費問題を厳しく問われた人物の後任でありながら、赤城徳彦農水相がその二の舞いを演じている姿は、政治資金のいい加減な処理が、自民党を中心とした国会議員に蔓延(まんえん)しているのではないか、という印象を有権者に与えてしまった。

 多くのまじめな議員には迷惑な話だろうが、こうなると新たなルール作りが不可欠だ。党首間の議論でその兆しがみられるのは歓迎したい。

 さきの国会で成立した改正政治資金規正法は、政治家が指定する資金管理団体に対し、5万円以上の経費について、領収書添付を義務付けた。

 野党側は、そのほかの政治団体も法律でしばらないと、ザル法になると主張し、赤城氏の問題も、そのほかの政治団体の経費だったことから、改正法の不備が浮き彫りになった。

 自民党はメンツを気にしているためか、再改正に消極的だ。安倍晋三首相は「党の内規」で資金の出入りを資金管理団体に集中させたいという。

 しかし、法的拘束力のない内輪の申し合わせのようなものでは、政治資金の透明化に向けた熱意を、有権者が感じとることは難しいだろう。

 7万にも及ぶという政治団体すべてに網をかけるのが困難だというなら、公明党がいうように「政治家が100%かかわっている団体」を区別する方法も工夫したらよい。

 事務所経費問題をとらえて、民主党は「全部公表、公開するのがいちばんいい方法だ」(小沢一郎代表)と鼻息が荒いが、ちょっと待ってほしい。

 改正法には、小沢氏の資金管理団体が10億円相当以上の不動産を購入していたことを契機に、資金管理団体による不動産取得禁止規定がおかれた。

 小沢氏は法改正後に不動産を処分すると明言していたが、具体的な処分方法などの説明はまだない。

 民主党では、朝鮮総連系団体からの献金疑惑を指摘された角田義一前参院副議長が、何ら説明を行わないまま、改選を機に引退しようとしている。

 輿石東参院議員会長も、自らを支援した山梨県教組の関係者が政治資金規正法違反(虚偽記載)で摘発されながら、自身は責任をとっていない。

 この2人の問題についても、民主党は全部公表、公開してほしい。

(2007/07/19 05:15)

【産経抄】

 日本共産党の暗い歴史を刻んできた元議長、宮本顕治もとうとう98歳で力尽きた。この党の指導者は、権力闘争の浮き沈みがあっても、長生きする人が多い。党の創立に参加した元議長の野坂参三は101歳だった。野坂は伊藤律をスパイとして査問し、その野坂を宮本が除名する。

 ▼宮本はそれ以前にも、徳田球一、袴田里見ら「昨日の同志」を次々に除名して、共産党の宿命を体現してきた。宮本は党内の権力闘争を勝ち抜き、「党の決定は、無条件に実行しなくてはならない」という民主集中制をつくり上げた張本人だ。いまはこれを柔軟に解釈している。

 ▼日本共産党の活動家には、良心的で熱意あふれる人々が多い。小紙と共産党はかつて、意見広告の扱いをめぐる言論裁判を争い、小紙の勝訴で終わる。それでも県委員会によっては、市議、県議が取材拒否にまでは至らず、寛容だったと記憶する。

 ▼ところが、党の幹部はどういうわけか東大卒の理論家が多く、頭でっかちであるような気がする。宮本はじめ元議長の不破哲三氏、そして現委員長の志位和夫氏もそうだ。賢いようで、実は庶民が見えないとの論評がついて回るのだ。

 ▼宮本は長く、大学卒業の翌年にだされた「天皇制を打倒せよ」とする国際共産主義運動組織コミンテルンの「32年テーゼ」に引きずられてきたようだ。しかし、宮本の真骨頂は、その時々で党に都合のよい論理を展開する変わり身にある。

 ▼各国の共産党は党名を変更し、特有の「民主集中制」を放棄してきた。日本共産党だけがそのいずれをも堅持するのは、宮本の存在ぬきには語れない。ミヤケン死んで、共産党がその膝下(しっか)からはい出ることができるのか否か。参院選がその最初のテストだ。

(2007/07/19 05:14)


【日経・社説】

社説1 メディアの将来占う米DJの買収(7/19)

 米新聞大手、ダウ・ジョーンズ(DJ)の取締役会が米メディア大手、ニューズ・コーポレーションの買収提案を受け入れた。DJの株主が了解すれば、米新聞第2位のナイト・リッダー、同3位のトリビューンに続き、1年余りの間に米大手新聞の経営が3社も替わる。デジタル技術の進展に伴うメディアの再編は今後も続く見通しで、改めて報道機関の経営のあり方が問われている。

 DJは経済紙「ウォールストリート・ジャーナル」の発行元で、ニューズは今年秋に始める経済専門チャンネルにDJの優れた経済情報を活用するのが狙いだ。1株60ドル、日本円にして6000億円も投じるのは、米国の株高を受け、経済情報に対する需要の高まりが背景にある。今年春にカナダのトムソンが英ロイターを買収したのもそのためだ。

 米国では10年ほど前にもメディアの再編があった。通信と放送の融合を促す1996年の通信法改正を受け、通信会社と放送会社などが手を組む垂直統合型の合併が相次いだ。これに対し、最近の再編は高速ネット環境の広がりに対応し、インフラの拡充よりも、情報の発信力を高めようとするメディア同士の水平統合に特徴がある。

 デジタル技術活用の動きはメディア各社の経営者の若返りとも無縁ではない。トムソンの創業家の3代目、デビッド・トムソン会長と、弁護士出身のロイターのトム・グローサー最高経営責任者(CEO)はともに40歳代。ニューズの買収提案を受け入れたDJのリチャード・ザニーノCEOも同世代だ。グローサー氏とザニーノ氏は異業種から来ているという点でも共通している。

 広告収入の比重が紙からデジタルに移るなかで、ザニーノ氏は「数年以内にデジタル関連の売上比率を半分にする」と表明しており、ニューズの買収はその流れを加速するだろう。今回の買収交渉では編集権の独立が焦点となった。デジタル技術の活用が過剰な商業主義を招き、報道機関としての信頼性を損ねる危険性も秘めているとの心配からだ。

 日本では楽天とTBSの提携交渉が株主の同意に基づく買収防衛策によって事実上頓挫した。しかし、デジタル技術の進展に見合ったメディアの融合を求める動きが消えたわけではない。

 ニューズによるDJ買収はデジタル時代の日本のメディアや報道機関のあり方を占う試金石ともいえる。デジタル技術は日本でも多くの産業の姿を変えたが、メディア業界もその例外ではない。

社説2 警察白書が語る暴力団の侵蝕(7/19)

 「暴力団の資金獲得活動は我が国の経済社会活動の根本を侵蝕(しんしょく)しかねない」——「暴力団の資金獲得活動との対決」を特集した警察白書はこんな言葉を使って、企業や国民に危機感を訴えた。

 覚せい剤の密売や恐喝など、あからさまな犯罪行為を資金源にしていた暴力団は、警察が取り締まりを強めた昭和40年代後半以降、手口を「多様化・巧妙化」させ、違法行為が簡単に表に出ない方法でカネを稼ぐようになり「最近では、証券取引の分野にまで介入するようになった」と白書は指摘する。

 暴力団が正当な経済活動を装って利益を得ようとするところには「暴力団と共生する者」がおり、特に証券取引の分野では市場の知識を悪用する不正行為実行グループと暴力団の間に「人的なネットワークが構築されている」疑いがあるという。暴力団と共生する者とは「暴力団との関係を隠しながら暴力団の威力、情報力、資金力を利用し自らの利益拡大を図る者」を指し、例として暴力団関係企業や仕手筋などをあげる。

 昨年暮れに日本証券業協会や東京証券取引所などは警察との連絡協議会を設け、暴力団や「暴力団と共生する者」を市場から排除する話し合いを始めた。個人の金融資産が貯蓄から投資に向かいつつある今、市場を反社会勢力から守ることは緊急かつ重要な課題である。

 白書は警察庁が建設業者を対象に行ったアンケート調査の結果を紹介している。

 「暴力団等と関係を有する建設業者の存在を聞いた」が34%、「建設業者が暗黙の了解の下、慣習として暴力団等に資金を提供していると聞いた」が 14%、「下請けに入れろと強要するなどの不当要求を経験した」が34%など、白書が言う「経済社会の一角に入り込んだ、企業活動を仮装・悪用した資金獲得活動」がかなり広がっている、と心配になる数字が並ぶ。

 企業は警察から求められるまでもなく、暴力団からの脅し・要求をはねつけるのは無論のこと、正体を秘した「暴力団と共生する者」を見分けて徹底的に排除しなければならない。これは法令順守以前の、社会の一員としての責務だ。

【日経・春秋】(7/19)

 ミヤケンと聞いて亡くなった宮本顕治・日本共産党元議長が思い浮かぶのはどれくらいから上の世代だろうか。より年長だと、共産党指導者として強い印象を残すのはトッキュウこと徳田球一氏かもしれないが、ある世代には宮本氏こそ共産党と一体の存在だ。

▼1929年に雑誌の懸賞で、芥川龍之介の文学を論評した『敗北の文学』が第一席入選して宮本氏は世に出た。第二席は小林秀雄の『様々なる意匠』だった。そのころを振り返って「私は、まだプロレタリア前衛として全生活を革命運動に投げ込むには至っていなかった」と戦後に書いている。

▼もう一つ宮本氏の名が世間に知られる契機になった、9歳年上の作家・中条百合子との結婚のときには「お互いの運命が党と労働者階級の波瀾(はらん)と苦難にみちた道にむすびつけられていることを覚悟していた」(『百合子追想』)。政治信条で結ばれた夫婦の愛情物語は共産主義のこわもてのイメージを随分和らげた。

▼東西冷戦下、日本の左右両翼が対決した時代、宮本氏が一方の旗頭だった時代は過ぎ去って遠い。それとともに「『犠牲』というものはそれを義務感以上の理性と感情をもって遂行することを当然と考え、そのように努力してきた」(同)と自己の行動について言い切れる政治家も過去のものになっていくようだ。


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