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2007年7月 2日 (月)

7月2日の地方紙:沖縄タイムス、琉球新報、東京新聞、河北新報、京都新聞 主要紙:朝日、毎日、読売、産経、日経の社説&コラムです。

 来る参院選は、これからの日本の運命を決定付けてしまう重大な選挙だと思います。

 「日本の9・11」衆院・郵政選挙では、特に朝日新聞(系列TVも含む)に見られた小泉政権へのすり寄りはひどいものでした。まさか産経と朝日が同じ論調になるとは思いもよらない事態でした。

 参院選投票日までに、これからどのようなマスコミをわれわれは目撃することになるのかここに資料として保存します。(資料保存スタート時の考え

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【沖縄タイムス・社説】(2007年7月2日朝刊)

[久間防衛相発言]被爆者の心忘れたのか

 久間章生防衛相が、米国の原爆投下について「長崎に落とされて悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている」と発言した。大学での講演の中である。

 米国が原爆を投下したのは、旧ソ連の日本への参戦を食い止めるための側面があるとの見方を示したものだ。

 だとしても、それで、米国の原爆投下が正当化され得るものでは決してないはずである。一定評価されるものでもない。

 政府は、久間発言について米国の当時の考え方を紹介しただけで、問題はないと早速火消しにかかっている。久間防衛相も、原爆投下を止められなかった当時の日本政府への批判が真意だと釈明している。

 政治家による放言、暴言の類は、それこそ枚挙にいとまはないが、それにしても防衛省を率いる大臣の発言がこんなに軽く、見識に欠けるものでいいのだろうか。

 相手が大学生だから軽くと考えたのであれば大間違いで、むしろ自らの底の浅さを露呈したというしかない。

 今年の八月九日、長崎は被爆から六十二年の原爆の日を迎える。

 去る四月、凶弾に倒れた長崎市の伊藤一長前市長は昨年のこの日、「人間はいったい何をしているのか。長崎では怒りといら立ちの声が渦巻いています」と、核軍縮が一向に進まない世界情勢に怒りを示す平和宣言をした。

 被爆者の記憶をしっかりと語り継ぎ、国際社会に強いメッセージを放ち続けなければ、核廃絶は実現しないという被爆地の危機感を率直に表したものである。

 防衛相は長崎県出身だ。長崎の悲劇を知らないはずはなく、記憶の風化へ立ち向かうべき立場の人だろう。

 だが、「しょうがない」という発言からは、二度とあの悲劇を繰り返してはならないという決意が、みじんも感じられない。

 言うまでもないが、政治家にとって「言葉」は自らの政治信条や立場を示す要諦だ。大臣であればなおさらのこと。いかなるときでもその発言には責任が伴う。

 広島の被爆者も、長崎の被爆者も、世界でまれな体験を持つ者として、原爆の恐ろしさを語り続けている。

 唯一の被爆国の大臣として、その経験を国際社会に語り継いでいく責任があることに、なぜ気付かないのだろうか。

 発言は、被爆者への気持ちに思いをはせることもなく、思いやる心をも欠いたものと言わざるを得ない。

[熱中症]猛暑には万全の対策で

 梅雨明けとともに沖縄地方の気温は上がり、連日三〇度を超える暑さが続いている。ここ数日も最高気温が三三度近くに達し、猛暑の夏、長い夏に突入したといっていい。

 沖縄は周囲を海に囲まれた離島県のせいか、常に風が吹いている。木陰に入れば心地いいが、それでもこの暑さを考えれば熱中症の対策には万全を期さなければならない。

 県によると、六月の半ばから熱中症の症状を訴える人が増えつつあるという。

 熱中症は、脳の体温調節機能がうまく働かなくなって起こる。

 高温多湿下の労働や運動で、体内の水分や塩分が過度に失われることが要因となり、めまいや吐き気、けいれんなどを引き起こすのだから怖い。ひどいときには意識障害にもつながる。

 熱射病で体温が四〇度を超すと、致死率は76%以上になるという報告もある。対策としては、定期的に水分や塩分をしっかり取る。日よけや帽子で直射日光を避けることも重要だ。

 海辺では、反射熱で四〇度近くまで上がることもある。頭痛やだるさなど体に異変を感じたら、風通しのいい木陰に移り、水分を補給することだ。

 症状がでた人には、体の熱を冷水で冷やすことも忘れてはなるまい。

 厚生労働省のデータによると、熱中症による死亡事故は平均して二十人前後で推移している。六月から九月にかけて多く、特に七、八月に集中。時間帯は午後二時から四時の間が最も多いという。

 大人の場合、屋外での建設作業中に風通しが悪い場所で被害に遭うケースが目に付く。

 小中高校生は、グラウンドなど炎天下で部活動をしているときが多いようだ。もちろん体育館など室内に居ても熱中症にはかかる。指導者はその点に留意し、子どもたちの体調管理に気を配る必要があろう。

 沖縄の夏はこれからが本番だ。何よりも健康に留意し、楽しく乗り切っていきたい。

【沖縄タイムス・大弦小弦】(2007年7月2日 朝刊 1面)

 高校で使用される歴史教科書の「集団自決(強制集団死)」をめぐる問題で、県議会が検定撤回を求める意見書を可決して以来、吹っ切れない思いを抱いている。もちろん、全会一致で撤回を国に突きつけたことは評価していい。

 気になるのは意見書が、「集団自決」は「日本軍による関与なしに起こり得なかった」とする点だ。果たして「関与」という言葉だけで、あの悲惨な事実を説明できるだろうか。

 言葉がさまざまに評価され解釈されるのは、憲法九条を説明するまでもない。「関与」もしかり。直接的関与か間接的関与か。あいまいな言葉がひとり歩きし、動かざる史実が暗闇の中でふわふわ浮いているような不安感に襲われる。

 先日の県議会代表質問で、仲里全輝副知事は「広い意味での関与があった」と答弁した。意見書を可決して間もないだけに、表現が後退した感は否めず、微妙なずれを招いた。「関与」をめぐるさまざまな解釈を予感させる発言だった。

 「関与」だけでは、「強制」というニュアンスは伝わらない。とりわけ沖縄戦の中でも、苛烈な事実である「集団自決」の本質―日本軍が主体的な役割を果たしたこと―を表したことにはなるまい。

 「日本兵から手榴弾を手渡された」などと証言する多くの体験者。一方で、なお酷い体験から沈黙せざるを得ない人たち。彼らの無念に報いるためにも意見書の真の意味を補う運動を広げていく必要がある。(平良哲)


【琉球新報・社説】

原爆投下「是認」 被爆者を踏みにじる暴言/内閣のレベルが問われる

 久間章生防衛相が先の大戦での米国の原爆投下について「しょうがない」と発言し、大きな波紋を広げている。原爆投下は、広島と長崎で多くの市民の命を奪い、今なお多くの生存被爆者を苦しめる残虐行為である。世界で唯一その惨状を経験した国の閣僚として、あまりに無神経かつ非常識で、被爆者の気持ちを踏みにじる暴言と言わざるを得ない。
 久間氏は率直に非を認め、発言を正式に撤回すると同時に、被爆者に対して直接謝罪すべきだ。久間氏起用の責任がある安倍晋三首相も、事の重大さを受け止め、責任の取り方も含めて適切な対応を被爆者や国民が納得する形で示してもらいたい。

批判集中の防衛相

 第二次世界大戦末期の1945年8月6日、米国のB29爆撃機は広島市の上空でウラン型原子爆弾を投下した。市中心部の広島県産業奨励館(原爆ドーム)近くの病院上空約600メートルで爆発。爆心地の地表温度は4000度に達し、大量の放射線が発生した。市内の建物の90%以上が焼失または全半壊し、同年末までに推定約14万人が死亡した。
 一方、長崎市には、広島被爆から3日後の9日、B29爆撃機からプルトニウム型原子爆弾が投下された。市の上空約500メートルで爆発、熱線や爆風、放射線で同年末までに約7万4000人が死亡した。翌年以降に亡くなった被爆者も数万人規模に上り、生存する被爆者の多くは、がんなど放射線が原因の健康障害に苦しんでいる。
 今回の久間氏の発言に対し、広島や長崎の被爆者たちからは「地獄絵図だった原爆を正当化するのか」「被爆者の気持ちをまったく理解していない」などと怒りの声が上がった。久間氏は長崎選出の衆院議員で、防衛庁の省への格上げで初代大臣に就任したが「こんな人が政府要人では被爆者救済は難しい」との失望の声もあった。憤りは当然だろう。
 久間氏は発言直後、原爆投下を止められなかった当時の日本政府への批判が真意だと釈明した。しかし、その説明は苦しい。久間氏は講演の中で、原爆投下とソ連参戦の関係などに触れ「長崎に落とされ悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている。それに対して米国を恨むつもりはない」と述べている。日本政府への批判が真意と言われても、分かりづらい。
 その後も、引責辞任や発言の撤回、訂正を行う考えはないことを強調していたが、批判が収まらないことを受け、あらためて記者会見し「被爆者を軽く見ているかのような印象に取られたとすれば申し訳なかった」と初めて陳謝、発言を事実上撤回した。ただ、一連の対応を見ると、不本意ながら渋々といった印象は否めない。

重い政府の責任

 首相も首相だ。これだけ批判を浴びている久間氏の発言を「米国の(当時の)考え方について紹介したと承知している」とし、問題はないとの認識を示した。そうであれば、補足した首相の「核を廃絶していくのが日本の使命」という言葉が薄っぺらに聞こえる。
 久間氏の“放言癖”を見識と見る向きもあるが、そうだろうか。最近の年金記録不備問題では
「首相に責任はない。気の毒だ」と述べ、認識不足を露呈している。安倍政権で資質を疑われた閣僚はほかにもいるが、今回は一閣僚の力量的な資質というよりも、内閣のレベルそのものが問われそうだ。
 原爆投下を是認するかのような発言は、適当に謝って済む話ではないだろう。被爆者の気持ちを踏みにじった「罪」は重い。日本は戦後、被爆国として世界に核廃絶を訴えてきた経緯もある。
 昨年夏の「原爆の日」平和宣言で、秋葉忠利広島市長は「人類は今、すべての国が核兵器の奴隷となるか、自由となるかの岐路に立たされている」と指摘。核保有国に対し、核軍縮に向けた「誠実な交渉義務」を果たすよう訴えた。長崎市の伊藤一長市長(当時)も平和宣言で、核軍縮が一向に進まない世界情勢に怒りを示し、核兵器廃絶に向けた「再出発の年」にする決意を表明した。
 未曾有の惨禍を人類の教訓にしたいという広島や長崎の誓いに、水を差してはいけない。被爆国として引き続き国際社会で主導的な役割を果たしていくためにも、政府は今回の問題に明確なけじめをつける必要がある。

(7/2 10:16)

【琉球新報・金口木舌】

 サンテグジュペリの名作「星の王子さま」の新訳「ちいさな王子」は、版権消失に伴い出版された。簡潔な文体に引き込まれる
▼今年の琉球新報児童文学賞の短編児童小説部門を受賞した与那嶺愛子さんの作品は、数字が反乱を起こすという着想が独創的。創作昔ばなし部門受賞の玉山広子さんは戦争の愚かさを描いた
▼子どもたちを取り巻く社会環境は悪化するばかりだ。警察庁によると、昨年1年間に全国で摘発された児童虐待事件は297件で、59人の子どもが死亡した。自殺者のうち、学生・生徒は過去最多。小学生は前年の2倍
▼「子供たちにとってますます生きづらくなってきていることに対する危機感」が「(児童文学の)作者たちの背中を強く押しているような気がする」。昨年8月に他界した岡本恵徳さんの絶筆となった、新報児童文学賞総評の一文を思い出す
▼「ちいさな王子」の中にキツネが王子に秘密を教える場面がある。「心で見なくちゃ、ものはよく見えない。大切なものは、目に見えないんだよ」
▼サンテグジュペリはこの作品を、ちいさな子どもだったころの大人にささげる、と書いている。夢と希望をはぐくむ児童文学を大人にも読んでもらいたい。

(7/2 9:52)


【東京新聞・社説】

原爆容認は無知の露呈 防衛相発言

2007年7月2日

 どのような意図であれ核兵器使用は許されない、というのが被爆国日本の立場のはずだ。「国際法違反」との司法判断もある。原爆投下を「しょうがない」という政治家に自衛隊はゆだねられない。

 広島、長崎に平和の祈りが満ちる盛夏を前にして、原爆の犠牲者を追悼し、核兵器廃絶を願う人々の心を踏みにじる発言が飛び出した。

 久間章生防衛相が講演で、先の大戦における米国の原爆投下を「しょうがない」と語ったのである。

 防衛相は、勝利が確定的なのに米国があえて原爆を使ったことへの疑念や、被爆者への同情を示しながらも、当時の国際情勢からみて「しょうがないなと思っている」「選択肢としてはあり得るのかな、ということも頭に入れながら考えなければいけない」と話した。

 投下した米側の論理そのものであり、被爆者や広島、長崎の市民などから悲しみ、憤る声が上がったのは当然である。二つの原爆では二十数万人の命が奪われ、いまなお二十万人以上が苦しんでいる。久間氏はそれらの人の墓前、面前でも「しょうがない」と言えるのだろうか。

 核兵器の残虐さを身をもって知る日本人には、核廃絶を求める国際世論の先頭に立つ責務がある。幅広い市民が被爆者とともに「どんな理由があっても核兵器は許されない」との思いで努力してきた。

 被爆国閣僚の今度のような発言はこうした核廃絶運動の足を引っ張りかねない。ただでさえ米国追随が指摘される中での原爆投下容認は、国際社会で「なにもそこまで」と冷笑されるのではないか。

 そもそも「しょうがない」「選択肢としてはあり得る」という認識自体が無知をさらけ出している。国際司法裁判所は一九九六年、「核兵器による威嚇とその使用は一般的に国際法に違反する」という勧告的意見をまとめている。

 その際、日本政府は「核兵器使用は人道主義に反する」とはっきり述べた。こんな基本的事実も久間氏は知らないようだ。

 事実上の国会閉幕で気が緩んだためという見方もできるが、軍事を司(つかさど)る人物だけに見過ごせない。防衛相が原爆を受け入れる考えでは、日本の国是である非核三原則も国際的に信用されまい。

 久間氏をかばって、問題を直視しない安倍晋三首相の政治感覚は国民のそれから遊離している。内閣としてけじめをつけるべきであり、最低限、本人のきちんとした陳謝、大臣辞任が求められる。一日に行われた記者会見は単なる言い逃れだ。

普通選挙、実現のとき 香港返還10年

2007年7月2日

 英国植民地だった香港が中国に復帰して一日で十年。経済は試練が続いたが、好調な中国経済に支えられ回復した。しかし、返還当時、目標とされた行政長官などの普通選挙は実現していない。

 返還前に「香港の死」と題した特集を組んだ米経済誌もあった。返還直後にアジア金融危機が襲い、香港株式市場は半値以下に下落した。

 二〇〇三年には新型肺炎(SARS)で経済が大打撃を受け、その後もデフレが続き不動産価格は三分の一に。不吉な予言が当たったかに見えた香港を救ったのは中国だった。

 香港と自由貿易協定を結んで経済を事実上、一体化し、本土から人や、資金、モノの流れが激増した。大手国有企業が次々と香港で上場。株価は返還当時を上回り、不動産価格も十年前の水準を回復した。

 貧富の拡大や大気汚染など代償もあるが、香港は輝きを取り戻した。

 一方、中国化が急速に進み、香港証券取引所の時価総額の過半数は中国企業が占める。人民元の対ドルレートは香港ドルを上回った。政治面でも中国の存在感は増した。

 返還当時制定された香港基本法は香港が五十年間、本土と異なる「一国二制度」の下で「高度な自治」を保つことを定めた。その保証に香港のトップ、行政長官や立法会議員は各種団体の代表が選ぶ間接選挙から次第に直接選挙枠を拡大。普通選挙を最終目標に〇七年以降は選出方法を改めることができるとした。

 しかし、民主派が主導権を握ることを恐れた中国は基本法の解釈権は全国人民代表大会にあるとして普選への移行を事実上、先延ばしした。

 最近でも呉邦国・全人代常務委員長は「中央政府が香港に与える権利を決める」とけん制している。

 香港では三月の選挙で再選された曽蔭権行政長官も含め、普選実現を求める声が日増しに強くなっているが、中国の対応は予断を許さない。

 しかし、中国が一国二制度を守り共産党批判を含む言論の自由を香港に認めても、この十年、中国の政治的安定が揺らぐことはなかった。

 普選を実施したからといって香港が中国が心配する「政府転覆の基地」となるとは思えない。歴史を振り返っても、中国が文化大革命の動乱に見舞われる中で香港は資本主義の下、繁栄を続けた。それが〓小平氏らが市場経済を評価することにつながり改革・開放への転換を促した。

 香港で、いち早く普選に基づく民主化を実現することは中国の政治改革に道を開く可能性もある。中国も、むしろ積極的に対応すべきだ。

【東京新聞・筆洗】2007年7月2日

 先の大戦で米国を指揮したトルーマン大統領の日記には、スティムソン陸軍長官との間で原爆の標的について「純粋に軍事的目標とすることで一致している」という趣旨の記述がある。現実が著しく異なることは誰もが知っている。二人は「しょうがないな」とでも思ったのだろうか▼終戦の過程を検証した著書のある在米の歴史学者、長谷川毅さんは原爆投下に関し米国は反省する必要があると思っている。なぜなら戦争を終わらせる手段がほかにあったかもしれないからだ。政治には常に可能性を追い求める責任がある▼久間章生防衛相が原爆投下を「しょうがないなと思っている」と発言した。長崎市内も選挙区にする政治家で、広島と長崎で数十万の死傷者を出し、今も多くの人が原爆症などで苦しんでいることを知っている。なぜ米国の論理を代弁するような発言をしたのだろう▼ イラク戦争に批判的な発言をしたことで、米国との関係が一時ぎくしゃくした。初代の防衛相として日米同盟を強化するには、米国と同じ歴史認識を持つ必要があるとでも思ったのだろうか▼軍事評論家の前田哲男さんは原爆投下に象徴される「空からの皆殺し思想」はナチス空軍によるゲルニカ爆撃に始まり、日本軍の重慶爆撃も含めて世界各地での戦いに脈々と受け継がれているという。イラク戦争も例外ではない▼久間氏の発言もこの潮流に沿っているように聞こえる。憲法九条を持つ国の政治家には地獄と化す地上のことを想像してほしい。原爆投下を「しょうがない」とは言えないはずだ。


【河北新報・社説】

買収防衛で決定/ファンド、経営双方に釘刺す

 バランスの取れた妥当な決定と言えるのではないか。
 東京地裁は、米系投資ファンドのスティール・パートナーズ・ジャパン・ストラジテック・ファンドがブルドックソースの買収防衛策差し止めを求めた仮処分申請で、スティール側の申請を却下した。新株予約権を活用した防衛策を認める初の司法判断だが、スティールは即時抗告した。

 攻防劇は、日本企業約40社の株を大量に取得しているとみられるスティールが、ブルドックの全株取得を目指して、敵対的な株式公開買い付け(TOB)を仕掛けたのが始まりだ。議決権比率で10.52%まで達した、という。
 ブルドックはこれに対抗、先月開いた株主総会で、新株予約権を使う防衛策の議案を提出、出席株主の88.7%の賛同を得て「特別決議」で承認された。

 防衛策は、株主に一株当たり3個の新株予約権を無償で割り当てる。一般株主は予約権と引き換えに普通株を取得するが、スティールは株の代わりに現金を受け取る仕組みだ。新株予約権が発行されると、スティール側は議決権比率で2.86%まで下がることになる。

 スティール側は「株主平等の原則に反する」などとして、差し止めを求める仮処分を申請していたわけだ。
 東京地裁の決定で特筆すべきは、買収、経営双方に、釘(くぎ)を刺したことではないだろうか。

 決定は、(1)株主総会は株式会社の最高の意思決定機関である(2)ブルドックの防衛策は、買収側への適正な対価を支払っており、株主平等の原則に違反しない―などと判断。

 その上で、スティール側に対し「株式全部の取得を目指しているのに、経営権取得後の経営方針や投下資本の回収方針を明らかにしない」と注文を付け、ブルドックの防衛策について「対抗手段を必要とした株主総会の判断が合理性を欠くものとは認められない」と是認した。

 地裁の決定は、ただ、やみくもに買収に走ることに警鐘を鳴らしたものと言えよう。以前にもこの欄で述べたが、株主提案に当たっては企業の理念、目標、長期戦略について、きちんと提示した上、従業員の継続雇用などに配慮することが必要だ。それがなければ信用されない。

 一方で、決定は「株主総会の特別決議であっても、既存株主に与える不利益の有無と程度などを総合的に考慮して、相当性を判断すべきだ」とし、経営陣に過剰防衛を認めないことを明示している。

 経営陣は保身に走らず、企業価値を高めて、株主に報いる必要性を説いたものだろう。
 地裁の決定を機に、経営陣、株主、従業員は緊張感を持って、企業の活力を養ってほしい。
2007年07月02日月曜日

久間防衛相発言/無神経にもほどがある

 思わず耳を疑った。なぜ、こうも無神経な発言が飛び出るのか。
 「長崎に落とされ悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている。それに対して米国を恨むつもりはない」

 久間章生防衛相(衆院長崎2区)は、千葉県柏市内の講演で、先の大戦で米国が原爆投下したことについて、こう語った。原爆投下を部分的に肯定するとも受け取られる発言だ。

 日本が世界で唯一、惨憺(さんたん)たる体験をした被爆国であり、しかも自身が被爆地・長崎県出身の国会議員だということを忘れてしまったのだろうか。

 講演では、旧ソ連が当時、対日参戦の準備を進めており、米国がソ連の参戦を食い止めるため原爆を投下した側面があると指摘。

 「日本が負けると分かっているのにあえて原爆を広島と長崎に落とし、終戦になった」

 「長崎に落とすことによって日本も降参するだろうと。そうすればソ連の参戦を止めることができると(原爆投下を)やった」

 久間氏は当時の米国の考え方について推察した上、「勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうか」としながらも、「そういうことも選択としてはあり得るのか」とも述べている。

 発言が、事情によっては原爆投下も仕方がないとも受け取られ内容で、非常識なものと言わざるを得ない。

 核兵器の使用は、無防備な一般市民を、無差別に、大量に虐殺するものであり、どんな事情があっても絶対に許されるべきではない。

 その破壊力、殺傷力はすさまじく、広島では約14万人、長崎では約7万人が死亡、今なお、全国で約26万人に上る生存被爆者が後遺症に苦しむ。

 発言は、被爆者に対する心遣い、思いやりを忘れ、被爆者の心をずたずたにしてしまった。

 さすがの久間氏も1日昼、「被爆者を軽く見ているかのような印象に取られたとすれば申し訳なかった。これから先は講演で言ったような話はしない」と陳謝し、発言を事実上撤回した。参院選への影響もあって与党幹部から相次いで批判を受けたため、軌道修正したのだろう。

 被爆国としてのわが国は、非核三原則を堅持し、世界の核廃絶を訴え続け、リードしていかなければならない。核をめぐる発言、とりわけ閣僚の発言は殊更慎重を期す必要がある。世界の信用を勝ち得なければ、前進しないからだ。

 振り返れば、今年1月には、柳沢伯夫厚生労働相が「女性は産む機械」と失言した。また同じ轍(てつ)を踏んだのは、内閣のたがが緩んでいる証拠か。
2007年07月02日月曜日

【河北新報・河北春秋】

 秋田県北の森吉山(1、454メートル)がにぎわい始めた。ブナの原生林をたどり、かれんな高山植物との出会いを求める人々が、全国から足を運ぶ▼登山客の多くはJR秋田新幹線角館駅で、第三セクターの秋田内陸縦貫鉄道に乗り換え、登山口に向かう。緑の谷間を走る2両列車は今、山のファンにはなくてはならない存在だ

 ▼ だが、この鉄道も経営は厳しい。通学生の減少で、20年前には100万人を超えていた年間乗客数が、昨年度は約50万人に減った。秋田県と沿線自治体が年間約2億6000万円の赤字を補てんし、運行が維持されている▼さらに、ここ数年で必要となる線路やトンネルの補修費が9億円と見込まれる。財政難の自治体からは悲鳴が上がる。秋田県は7月から、存続の可能性を見極める調査に乗り出す

 ▼十数年前、この春に廃線となった栗原市のくりはら田園鉄道の幹部から、こんな話を聞いた。「沿線に観光地があれば、まちとまちを結ぶ線路ならば、工夫の余地はある」。言葉通りなら、内陸線はまだ頑張れそうだ▼北秋田市の青年会議所が4月に行った署名活動には1万7000人が応じた。2割が県外から。存続を求める声は広がりつつある。それをどう利用増に結びつけるか。同会議所は秋にフォーラムを開く。知恵を集め、駆けつけたい。

2007年07月02日月曜日


【京都新聞・社説】

英国の新政権  米政権との距離に注目

 英国の新首相に、労働党のブラウン前財務相が選ばれ、新政権が発足した。
 ブレア前首相の任期途中退陣を受けてだが、満を持して登場した新首相が対米関係を含め、英政治にどんな変革をもたらすか注目したい。
 一九九七年以来、十年間政権の座にあったブレア首相は「ニューレーバー」を旗印に、中道寄り政策を推進した。ブラウン氏は政権ナンバー2として、その経済、財政政策を一貫して担い、高い経済成長率持続と5%前後の失業率というフランスやドイツをしのぐ好結果を英国にもたらした。
 一方で、経済成長の恩恵が低所得層まで行き渡らず、格差拡大を招いたのも事実だ。ブレア氏がつまずいたイラク政策はもとより、近年の不正融資疑惑では、国民の不信は労働党政権そのものに向けられていよう。ブレア氏の残した「負の遺産」をいかに克服できるかが、新首相の課題だ。
 ブラウン新首相は、就任後初の演説で「すべての人にチャンスのある社会を。この国を変革していく」と訴えた。「変革」を新たな旗印に、ブレア時代とは異なる労働党政権像を打ち出せるかが問われよう。
 内政面の「変革」としては、経済格差の是正や医療制度改革、教育改革の見直しなどが問われる。新政権では若手や女性の登用も目立ち、党の一体的再生をアピールするが、グローバル経済のもとで競争と社会的公正とのバランスをいかにとるかが注目される。
 各国が直面する共通の課題でもあるだけに、ブラウン政権の政策は、わが国にとっても参考になるだろう。
 外交面で注目されるのは、何と言っても対米関係だ。米英関係は、他国とは異なる太いきずなで結ばれているだけに、基本的な信頼関係は崩れない。
 それでも、イラク政策では米ブッシュ政権と明確に距離を置く必要に迫られよう。新外相にイラク参戦には批判的だったといわれる若手のホープ、ミリバンド前環境・食糧・農村相を任命したのも、その表れと思われる。イラクからの撤退の道筋をどうつけるかが、新政権の直面する課題だ。
 フランス、ドイツも含め、イラク開戦時の欧州主要国トップはこれで総替わりとなった。サルコジ仏大統領は対米協調を強め、メルケル独首相はEU(欧州連合)の結束に腐心している。新たな米欧関係の中で、ブラウン首相には米とEUの協調を推進する橋渡し役を期待する。
 ブレア政権は、地球温暖化や環境対策では成果を上げた。ブラウン政権もこの路線は継承している。温暖化問題は来年七月の北海道・洞爺湖サミット(主要国首脳会議)の主要議題でもある。安倍晋三政権としては、この面でも英やEUとの連携を強め、対米一極外交から多極外交に視野を広げる必要がある。

[京都新聞 2007年07月02日掲載]

防衛相発言  「原爆容認」は許されぬ

 不用意な失言では済まされまい。ましてや防衛大臣である。それが、原爆投下は「しょうがない」というのだからあきれ果てる。
 久間章生防衛相が、千葉県で先月三十日に行った講演で第二次大戦での米国の原爆投下を容認するとも取れる発言をした。
 長崎、広島では今も多くの被爆者が苦しんでいる。長崎選出の久間氏がそれを知らぬはずがない。被爆者の心を深く傷つけるもので、被爆者団体や関係者が怒るのは当然だ。
 唯一の被爆国として、核兵器廃絶を訴えているわが国のこれまでの取り組みさえも反古(ほご)にしかねない。閣僚、防衛相として許されない発言だ。
 久間氏は一日昼になって釈明会見したものの、午前中のテレビ番組では発言の撤回や訂正の考えはない、と強調していた。
 反響の大きさと参院選への影響も考え釈明となったようだが、「私の言い方にもまずい点があった」「これから先は講演でやったような話はしない」というのが本当に謝罪と発言撤回になるのか。
 誤解があるというのなら、あらためて国民に説明するべきだ。
 理解に苦しむのは安倍晋三首相の反応で、「米国の(当時の)考え方について紹介したと承知している」として問題はないとの認識を示したのだ。
 与党内でも批判があるというのに首相は、事の重大さが分かっていないとしか思えない。指導力が問われよう。
 久間氏は今年一月には「米国のイラク開戦の判断は間違っていた」との発言でその後に来日したチェイニー米副大統領から会見を「拒絶」させられた。
 今回の発言では、それが頭をかすめたのではないか、との指摘もある。
 米の核戦略に理解を示したかったというわけだが、もしそうだとすると、考え違いといわざるを得ない。
 核兵器の使用について、国際司法裁判所は「国家滅亡の危機のような極端な状況」での判断は回避したものの「国際法や人道的な原則には一般的に違反する」との勧告的意見を出している。
 それにもかかわらず、米国内には「原爆が戦争を早く終結させた」する肯定論が根強くある。
 本来なら、肯定論の誤りをたださなくてはならないのに、久間氏の発言は、逆に勢いづかせる恐れもあるのだ。
 昨年には、日本の核保有の必要性を示唆したとも取れる麻生太郎外相らの発言が問題になった。
 こんなことが続くようでは、核兵器廃絶をめざす日本の主張も、国際社会から信頼が得られないだろう。
 もうすぐ六十二回目の「原爆の日」を迎える広島、長崎では、ことしも慰霊と平和祈念式が催される。
 核兵器のない平和な世界を-。国民の悲願をないがしろにしてはならない。

[京都新聞 2007年07月02日掲載]

【京都新聞・凡語】

わざゼミ

 仏像の良さは足の指を見ればわかる。若き日に仏師修業した経験のある彫刻家から聞いた話だ。人の目が行きにくいところにも、彫りの神経が行き届いているか。それが大切というわけだ▼職人の仕事も同じことだ。京都の優れた工芸、美術品を生み出す技には、長年の修練で鍛え上げられた腕と経験、知恵、工夫がはたらいている。道具や材料ひとつにも、ものづくりの心が見えないところにも積まれてきた▼美術や工芸の文化が蓄積した京都には、知恵の入った引き出しが残っている。現代の造形表現に取り組む作家が、制作の道具や素材で困ったあげくに京都でようやく解決できたということは今も多い▼京都芸術センターが昨年から始めた「わざゼミ」は、新進の美術家たちが京都の伝統の技にふれ、創作に生かす機会にしてもらおうという事業。六人が、組みひもや、刺しゅう、京鹿(か)の子(こ)絞りなどの伝統のわざを体験した▼その報告展が京都市中京区の芸術センター大広間で十二日まで開かれている。女性作家が今の感覚に伝統の技術を織り込もうとした作品、その道のプロの誇りが凝縮した品々、双方が展示されている▼始まったばかりの試み。厳しさを教えられたという作家の声や、受け入れ側の戸惑いもあった。「わざゼミ」の実践には、すぐには見えない可能性にも配慮する京都の文化の奥深さを感じる。

[京都新聞 2007年07月02日掲載]


【朝日・社説】2007年07月02日(月曜日)付

さあ参院選へ―暑い夏に熱い論戦を

 2大政党のトップである安倍首相と小沢民主党代表がきのう、学者や経済人でつくる民間団体の討論会で相まみえた。来週公示される参院選挙に向けて、いよいよ本格的な論戦の火ぶたを切った。

 討論会で最大の論点になったのは、やはり「宙に浮いたり、消えたり」の年金問題だった。小沢氏が政府の責任に切り込み、首相が「私はできることしか申し上げられない」と突っぱねる。

 この問題を長い時間かけて発掘し、国会の場で明らかにした民主党にとって、強い追い風を意識するのは当然だろう。

 これに対して首相は、守勢に立たざるを得ない。相次いで打ち出した対策を懸命に説明し、信頼してほしいと訴えたが、それで果たして国民の不安や怒りに応えられるかどうか。これが今後の論戦の大きな見どころだ。

 今回の参院選は、昨年9月に小泉前首相から政権を引き継いだ安倍首相にとって、初めて迎える有権者の審判だ。政権選択を争う衆院選挙とは違うが、与党が参院での多数を失うことになれば、首相の座が揺らぐことにもなりかねない。

 実際、98年の参院選では自民党が過半数を割り、橋本首相が退陣に追い込まれた。このところの支持率の急落を思えば、初の審判にして政権の命運が問われる正念場を迎えたと言えるだろう。

 一方、最大野党の民主党も、昨年4月に小沢代表の体制になってから初の本格的な国政選挙だ。与党を過半数割れに追い込み、早期の衆院解散・総選挙で政権交代へというのが青写真だろうが、思惑通りに導火線に火がつくかどうか。

 年金問題でこれだけ優位に立っているのに過半数割れを実現できなければ、小沢氏の進退に直結する。

 論議の中で、首相は民主党が提案する政策の財源問題で小沢氏に切り返した。「基礎年金を消費税でまかなうなら16兆円、子ども手当の創設では6兆円、高校の無償化では9兆円……。あわせて35兆円も新たな支出が必要になる」

 小沢氏は「行政の仕組みを根本的に変え、ムダを省くことで15兆円の財源は生み出せる」などと反論したが、なお漠然とした印象はぬぐえなかった。

 こうした具体的な論争は大歓迎だ。さらに掘り下げた議論を期待したい。

 首相がかねて「参院選の争点に」と意気込んできた憲法改正の問題は、この日はテーマにならなかった。憲法の問題は年金不信の陰に隠れがちだが、いずれ両党首の真正面からの論戦を聞きたい。

 参院は第二院とはいえ、予算と条約などを除いて衆院と同等の権能を持つ。与野党逆転という事態になれば、衆院で与党が3分の2の勢力を持っていても政治のありようは一変する。

 この9カ月の安倍政治をよしとするのか。待ったをかけて小沢民主党など野党に期待を託すか。有権者に問われるものは重い。暑い夏に繰り広げられる熱い論戦に、しっかりと耳を傾けよう。

久間発言―思慮のなさにあきれる

 広島、長崎で合わせて20万人を超す人々が原爆の犠牲になった。いまも後遺症に苦しむ人がいる。その原爆が使われたことを「しょうがない」と言い放つ無神経さには、あいた口がふさがらない。

 久間章生防衛相の発言だ。米国が第2次世界大戦末期に広島、長崎に原爆を投下したことについて「あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないなと思っている」と述べた。

 「国際情勢とか戦後の占領状態からいくと、そういうこと(原爆投下)も選択肢としてはありうる」とも語った。

 生き地獄を経験し、肉親を失った人にとっては、今も忘れられない記憶である。元広島平和記念資料館長の高橋昭博さんは「怒りを通り越してあざ笑うしかない。自分が被爆しても同じ発言ができるでしょうか」と批判している。

 過去の核使用を「しょうがない」と容認するのは、必要があれば核を使ってもよいということになる。戦後日本が一貫して訴えてきた「核廃絶」の取り組みに、正面から冷や水を浴びせるものだ。

 まして久間氏は被爆地の長崎県出身であり、日本の防衛をあずかる立場でもある。そのことを一体どう考えたのか。

 原爆投下については、残念ながら他国の認識とは溝があるのは事実だ。

 広島出身の詩人、栗原貞子さんに「ヒロシマというとき」という作品がある。

 〈ヒロシマ〉というとき/〈ああヒロシマ〉と/やさしくこたえてくれるだろうか/〈ヒロシマ〉といえば〈パール・ハーバー〉/〈ヒロシマ〉といえば〈南京虐殺〉……〈ヒロシマ〉といえば/血と炎のこだまが 返ってくるのだ

 被爆を訴える日本の姿勢は、米国やアジア諸国の批判にさらされてきた。日本が始めた戦争だ、原爆のおかげでようやく戦争が終わったのではないか、と。

 ここに簡単な答えはない。しかし、私たちが始めた戦争だという加害責任を認めながらも、無防備な市民に対する無差別殺戮(さつりく)は許されないと主張することが、日本の立場であるべきだ。

 そして、戦勝国、敗戦国の壁を越えて痛みを共有する方向を目指す。日本の政治家にはそういう仕事に取り組んでほしい。「しょうがない」と言い捨てる態度は、歴史の忘却、米国の原爆正当化への追随でしかない。

 日本は米国の核の傘に守ってもらっている以上、政府の立場からすると核使用を完全には否定しきれない。そういう現実の壁があるのは確かだろう。

 しかし、それでも政府見解は「核兵器の使用は実定国際法に違反するとまでは言えないが、国際法の基盤にある人道主義の精神に合致しない」ということだった。久間発言は明らかな逸脱だ。

 久間氏は昨日、「被爆者を軽く見ているかのような印象に取られたとすれば、大変申し訳なかった」と弁明したが、印象や説明の仕方の話ではない。認識そのものが問題なのである。

【朝日・天声人語】2007年07月02日(月曜日)付

 喜怒哀楽のうち、表情や動作で示しにくいのは「怒」かもしれない。だから人はそれを語り、書く。詐欺で捕まる元公安調査庁長官、原爆投下を「しょうがない」と表現する現職防衛相。とろける日本社会に憤りの文字が並んだ6月の言葉から。

 牛ミンチ偽装のミートホープ社は「悪知恵のデパート」の様相。「どの社も品質保持をぎりぎりのコストでやっている。肉をごまかすという安易な手段に強い怒りを感じる」と、取引をやめたアスカフーズ(秋田県横手市)の営業部長。

 「女の子なので、たとえこんなことになるとしても、きれいな顔で見送ってやりたかった」。東京・渋谷の繁華街近くで温泉施設が爆発。娘の遺体と対面した千財信行さんは言葉を失った。

 山口県光市の母子殺害事件で差し戻し後の控訴審集中審理。被告の元少年は改めて殺意を否認し、遺体を押し入れに入れた理由を「ドラえもんが何とかしてくれると思った」。妻子を殺された本村洋さんは「聞くに堪えない3日間だった」

 6月から上がった住民税に問い合わせが殺到。大阪市城東区役所を訪れた無職の女性(79)は「もう食べていけない。なんで年寄りからこんなに取るのか」

 無理を重ねた「強行国会」の終幕にふさわしく、与党だけの賛成で重要法案が次々と成立した。「延長してその結果、混乱が阻止できれば意味があるが、延長でも混乱だと意味がない」(扇千景参院議長)。

 政治に抱く喜怒哀楽については、行動で示す場が国民に等しく用意されている。投票まであと27日。


【毎日・社説】

社説:首相対小沢氏 なぜか議論が深まらない

 与野党が実質、参院選(12日公示、29日投票)の戦いに突入する中、新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)が主催して1日、安倍晋三首相と小沢一郎民主党代表との党首討論が行われた。今国会での党首討論はわずか2回。選挙前に学者や経済人らで組織する民間団体がこうした場を設けた意味は大きい。だが、議論の中身には不満が残った。

 総じて言えば、安倍首相が守勢に回っていることを改めて印象づけた討論だった。首相は冒頭、今度の参院選で訴えたい課題を3点挙げるよう求められ、年金問題と教育の再生、主張する外交の三つを示した。当初、最も重視したかったはずの「新憲法制定の推進」を外したところに、年金記録漏れ問題で情勢が一変した首相の苦しい立場が表れている。

 また、小沢氏がこの日最初に久間章生防衛相の米国の原爆投下に関する発言を追及したように、首相には新たな火種も加わった。

 しかし、その後は国会での過去2回の討論と同じ内容の質疑が目立った。小沢氏は年金記録漏れは国に責任があり、年金記録が見つからない人に対しては原則、年金を支払う姿勢が必要だと主張し、首相は申し出た人の説明がつじつまが合うかどうか、第三者委員会が判断すると繰り返した。ただ、このやり取りは5月30日の討論でも時間を費やしたものだ。

 記録漏れ問題に対する首相の最大の責任は今国会冒頭から民主党が指摘していたにもかかわらず、5月末、内閣支持率が急落するまで事の重大性に気づかなかった点にある。小沢氏がなぜそれを追及しなかったのか疑問だ。

 一方、安倍首相は、民主党が厚生年金や国民年金などすべてを一元化し、基礎年金部分は全額消費税を充てる案を示していることに対し、「消費税率を上げないと不可能だ」と反論。このほか、子供手当や高等教育の無料化、農家への戸別所得補償制度など民主党の公約は財源があいまいで実現性に乏しいと指摘した。

 これも基本的には繰り返しだ。小沢氏は「統治の仕組みを変える」などと力説したが、財源をどうするか、民主党は今後、より具体的な説明が求められよう。

 首相も小沢氏も一番の争点に掲げたように、参院選は確かに年金問題を中心に争われることになるだろう。しかし、せっかく与党と野党の第1党の党首が長時間、討論したのだ。安倍首相の掲げる「美しい国」路線に対し、民主党がどんな国づくりを進めるのか。そうした骨太の議論ももっとしてほしかった。参院選に向けて大きな課題が残った。

 党首討論に先立ち、各種団体やシンクタンクによる各党の公約の検証もこの日行われた。相次いだのは政策の実現性や達成時期、財源などの記載について自民、民主両党ともこれまでの公約より後退しているとの指摘だ。まだ時間はある。有権者が政策を比較して投票するマニフェスト型選挙を定着させるため、各党とも一段と精緻(せいち)なものに練り直す必要がある。

毎日新聞 2007年7月2日 東京朝刊

社説:久間防衛相 何と軽率で不見識な発言か

 久間章生防衛相から耳を疑うような発言が飛び出した。先月30日の講演で「米国はソ連が日本を占領しないよう原爆を落とした。無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったという頭の整理で、今しょうがないなと思っている」と語ったのだ。

 米国が広島、長崎に原爆を投下したことによって終戦を早め、ソ連の日本占領を阻止し、より多くの犠牲者を出さずに済んだという認識に基づくものである。「しょうがない」には、状況によっては原爆使用も容認できるという意味が含まれる。

 核兵器使用による惨劇は広島、長崎で最後にしようと日本は国をあげて核兵器廃絶に取り組んできた。その意味でも久間氏の発言は国の基本方針に反し、核廃絶の努力に冷水を浴びせる軽率で不見識なものだ。安全保障を担当する閣僚だけになおさら責任は重い。

 核兵器は住民に対して無差別攻撃をするもので、後遺症も深刻な絶対悪の存在である。96年に国際司法裁判所は「核兵器による脅しや使用は人道の原則に反している」と勧告している。「しょうがない」で済まされない兵器なのだ。

 日本は非核三原則のもと核拡散防止条約(NPT)の重要性を訴え、国連では94年から毎年、核軍縮決議案を提出し採択されてきた。それは言うまでもなく広島、長崎での被爆が原点だ。

 昨年、自民党幹部らが核保有について議論をする必要性に言及し「日本は核兵器を持ちたいのか」という疑心を国際社会に与えた。久間氏の発言もまた日本の核廃絶の主張に対する信頼性を損なう可能性がある。

 日本はミサイル発射・核保有問題で北朝鮮と厳しく対峙(たいじ)している。久間氏の発言で北朝鮮から「米国の核兵器使用はしょうがないのか」と切り返され、核保有の口実にされかねない。

 「しょうがない」と言われて筆舌に尽くしがたい苦しみを味わってきた被爆者がどんな気持ちになるか。そのことに対する想像力が及ばない政治家は失格だ。

 これまでも久間氏には不用意な発言が目立った。日本のイラク開戦支持表明は「非公式だった」と誤って発言し、後に撤回した。普天間飛行場移設問題では日米で合意した計画について修正に言及し米国の反発を買った。最近では武器輸出三原則について緩和すべきだとの持論を展開し、官邸サイドが戸惑う場面もあった。さらに今回の発言とあっては閣僚としての資質が疑われても仕方あるまい。

 久間氏は1日の記者会見で「大変申し訳なかった」と陳謝し事実上、発言を撤回した。参院選への影響を懸念する与党の意向もあったのだろうが、それで済まされる問題ではない。

 安倍晋三首相の対応も不十分だ。久間氏が陳謝して初めて「誤解を与える発言は慎むべきだ」と語った。発言当初は問題視しない姿勢を見せていたのだ。本来なら進退を問われる発言だ。首相自らが発言の真意をただし、厳しく叱責(しっせき)すべきである。

毎日新聞 2007年7月2日 東京朝刊

【毎日・余禄】

余録:米中央情報局(CIA)が先週…

 米中央情報局(CIA)が先週、キューバのフィデル・カストロ国家評議会議長の毒殺計画を公表したことに驚かされた。マフィアを使おうとした具体的手口や、実行者が最終的におじけづいたというのも興味深い▲80歳になったカストロ議長はいま病床で死と懸命に闘っている。ソ連崩壊などの危機を乗り越え、「生ける伝説」ともいわれる存在だが、ハリウッドの社会派、オリバー・ストーン監督が02年に長時間インタビューした映画「コマンダンテ(司令官)」(東京、大阪で公開中)は見応えがある▲「死を避けたいか」と問われて「避けられない」と即答。「人生を二度過ごせたらいいと思うか」と聞かれ、「そんな考えを自分は持たないし、また持つべきではない」。独裁者が陥りがちな生への執着からは遠く、知性とユーモアに満ちていた▲今春、現地を訪ねると、広告看板はなく、50年代の米車が走り、時が止まったような街並みは意外と心地よかった。医療と教育は無償で、日本大使館員は「うちの家政婦さんもフロイト流の夢分析をするほど人々の教育レベルは高い。貧しさの問題はあっても、トップは腐っていない」と語っていた▲カストロ議長に象徴されるキューバ社会の生命力は、実際にその地の空気を吸わなくてはわからない。後継者によってキューバは混乱するのではないかという外部の見方に「国民の政治的成熟を信頼している。この点では心配していない」と強調するカストロ議長の姿が印象的だ▲米国が流すキューバ社会のイメージと異なるせいかこの映画は米国内で上映禁止だそうだ。懐の深いはずの国がどうしてと不思議でならないが、そのことが情報は権力によって意図的に偏向されている現実を教えてくれる。

毎日新聞 2007年7月2日 東京朝刊


【読売・社説】

社保庁改革法 組織刷新の核心は非公務員化だ(7月2日付・読売社説)

 ようやく社会保険庁の改革が緒に就く。

 数々の不祥事が発覚し、現在の社保庁ではどうにもならぬ、ということが明白になったのは2004年である。以来、社保庁改革法が成立するまで、3年の長きを費やした。

 社保庁の年金部門は、非公務員型の公法人「日本年金機構」に移行する。信頼に足る組織の構築を着実に進めなければならない。これは、不完全な年金記録の解消と同時に取り組むべきものだ。

 野党は、年金記録漏れが発生した原因の検証を待って新組織の在り方を検討し直すべきだ、と主張してきた。

 だが、記録漏れを含む社保庁不祥事の根本的な原因は、この3年間、複数の有識者会議をはじめ多くの場で、すでに論じ尽くされている。

 厚生官僚の腰掛けに過ぎなかった上層部、やりたい放題に実務を牛耳ってきた生え抜きのノンキャリア、組合運動を通じて作ったぬるま湯の労働慣行に浸りきってきた地方職員――。社保庁に染みついた“お上意識”と“組合意識”が今日の状況を招いたのである。

 この体質を打破する処方箋(せん)が「非公務員化」だ。記録漏れ問題の発覚で処方が書き変わるものではなく、むしろ一層はっきりしたと言えよう。

 日本年金機構は2010年1月に発足する。社保庁職員はいったん全員解雇され、第三者機関の審査を経て、新機構にふさわしい人材のみが再雇用される。

 ぬるま湯体質が抜けない職員は必要ない。民営化した旧国鉄は、同様の方式でJRに移行し、役所体質と決別した組織に生まれ変わった。

 直面する年金記録の確認作業は、困難で単調な仕事だが、やる気のある人物を見極める良い機会でもある。

 膨大な作業量が予想されるだけに、外部に任せ得る仕事は積極的に委託していかねばならない。新機構が目指す業務の大胆な外部委託路線のレールを、前倒しで敷く必要がある。

 社保庁改革法とともに、年金受給に関して時効を撤廃する特例法が成立した。年金記録を確認する第三者委員会も始動した。政府は約1億人の年金受給者・加入者全員に、過去の納付履歴の詳細を送る方針だ。記録漏れ問題の善後策は整いつつある。

 年金の組織不信も制度不信も、迅速に確実に解消することが重要だ。この点は与野党が対立する話ではなかろう。

 戦わせるべきは、消費税を含む財源や社会保障番号の必要性など、制度の抜本的見直しにつながる議論である。
(2007年7月2日1時35分  読売新聞)

参院選論戦 もっと党首討論をしたらよい(7月2日付・読売社説)

 事実上スタートした参院選で重要なのは、やはり政策を競うことだ。

 最も分かりやすいのは、自民党と野党第1党の党首が直接、対峙(たいじ)した政策論争だろう。

 自民党総裁である安倍首相と民主党の小沢代表が、民間有識者で作る「新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)」が主催した党首討論で、論戦を交わした。テーマは、年金記録漏れ問題への対策や、年金制度改革と財源問題、農業政策などである。

 年金制度改革と財源問題については、民主党は、消費税の全額を年金の基礎部分の財源に充て、消費税率は現行の5%を維持するとしている。

 これについて、安倍首相は、「新たに16兆円必要になる。消費税率を引き上げずに出来るのか」と疑問を投げた。消費税のうち地方に5兆8000億円が配分されていることも指摘し、地方財政に及ぼす問題への懸念も示した。

 小沢代表は、地方への補助金の廃止や中央、地方を通じた歳出削減で可能との認識を示し、数字を列挙したが、具体的な積算根拠は示されなかった。

 自民党の公約にしても、消費税率の引き上げなど、年金制度改革に当たっての財源論に、具体的な構想を示しているわけではない。

 どんな政策も財源の裏付けがないのでは、無責任なお題目になってしまう。より深めた論議を展開すべきだ。

 農家に市場価格と生産費との差額を補償する民主党の「戸別所得補償制度」には、バラマキ政策との批判もある、安倍首相は、これも俎上(そじょう)に載せた。

 安倍首相は、「努力しなくても補償するのでは、だれも努力しなくなる」と指摘した。小沢代表は、市場価格が生産費を下回った時の「安全弁」として作っておく必要がある、と反論した。

 安倍首相は、民主党の公約に目立つ財政負担につながる可能性のある政策を“弱点”と見たのだろう。

 小沢代表は、討論の冒頭、久間防衛相の原爆投下に関する発言や、年金記録漏れ問題を取り上げた。こうした問題も、単なる批判にとどまらず、政策論争に発展させることが大事だ。

 国会以外の場で、首相と野党第1党党首が一対一で討論したのは初めてだ。例えば、日本記者クラブ主催で国政選挙の度に行われる各党党首による討論とは一味違った活発なものとなった。

 他にも重要なテーマが多いが、1回の党首討論で論じることは出来ない。有権者も、活発な討論を聞きたいはずだ。もっと頻繁に実施すればよい。
(2007年7月2日1時35分  読売新聞)

【読売・編集手帳】7月2日付 編集手帳

 先週、国際原子力機関(IAEA)の実務代表団が北朝鮮の寧辺にある核施設を訪れた。北朝鮮は6か国協議で核施設の運転を停止し封印することを約束した。その監視方法を協議したという◆寧辺は、平壌から北へ80キロほど。古くから交通の要衝として知られている。朝鮮戦争では、この付近で、敗走する北朝鮮軍を追撃中の韓国軍と米国軍が初めて中国軍と遭遇した◆1950年10月、「寧辺の町でささやかれている噂(うわさ)が耳に入った。『山に中国兵がいる』」。まさかと思った中国軍の介入を自ら捕虜を尋問して真っ先に確認したと、韓国軍第一師団長だった白善ヨプ(ペク・ソンヨプ)将軍の回想にある◆核施設を見下ろす近くの山の中腹に、当時の中国軍戦死者を追悼する碑が立っているという。中国は同じ共産体制の北朝鮮を命をかけて守り、以来、両国関係は「唇と歯」のように密接だと喧伝(けんでん)してきた◆唇を失えば歯は外気にさらされる。北朝鮮という緩衝地があるおかげで、中国は米国の勢力圏と直接向き合わなくてすんでいる。だが、核兵器をもてあそびやりたい放題の「唇」に安定路線を脅かされ、さぞかし頭が痛かろう◆中国外相が今日、平壌入りする。6か国協議の議長国として、北朝鮮に速やかに合意を履行するよう強く迫ってもらいたい。歯で唇をかまねばならないときもある。

 (「白善ヨプ将軍」のヨプは火へんに「華」)
(2007年7月2日2時15分  読売新聞)


【産経・社説】

【主張】壁画搬出終了 文化財保存の徹底議論を

 「飛鳥美人」など国宝の壁画を保存するための高松塚古墳石室解体が床石を除いて終了、壁画はすべて搬出された。心配された壁画の剥落(はくらく)や破損は全くなく、作業そのものは完璧(かんぺき)だったといえる。

 文化庁の担当者や、実際に作業に当たった民間の建設業者らのチームプレーが解体を成功させたといえる。特にボルトの締めつけ具合ひとつで剥落の危険もある難しい作業を、献身的にこなした建設業者の人たちには拍手を送りたい。今後、保存施設で行われる修復作業の成功も祈りたい。

 しかしその一方で、今回の石室解体に至った過程は、文化財保存の上で大きな問題を残したといえる。

 ひとつは言うまでもなく、優雅な極彩色壁画が発見後三十数年でなぜこれほど劣化したかである。

 これまで文化庁によるさまざまなミスや、発掘の専門家にも相談せず、独断的に保存策を立ててきた独りよがりな姿勢などが指摘されている。そのことは解体を急ぐあまり、十分な検証がされているとはいえない。解体がほぼ終わった今こそ、何が良くなかったのか、責任はどこにあるのかなどを問い直すべきだろう。

 もっと大きな問題は「飛鳥美人」のような壁画を「美術品」と見るのか、「歴史的遺品」と見るかが、あいまいなままであることだ。

 高松塚古墳の壁画は美術的には極めて高い水準にあるとされる。そうであるなら、これ以上の劣化を防ぎ、修復の上で多くの国民が鑑賞できるようにするには、今回のような石室解体もやむを得ないということになる。

 しかし、歴史的遺品であり、壁画も被葬者のために描かれたものと見るなら、発掘調査後は元通りに密封するか、たとえ劣化しても現地にそのまま残すべきだといえる。搬出後に壁画の修復が終わっても、もう一度古墳内に戻すのはほぼ不可能といわれるだけに、こうした意見も根強い。

 今回は、劣化が進行している状況から、こうした議論もほとんど行われないままに解体方針が決定した。

 だが、大和地方にはまだ極彩色壁画がある可能性のある古墳が幾つか残っているという。そうした古墳が発掘されるときのためにも、このさい徹底的に議論しておくべきだろう。

(2007/07/02 05:10)

【主張】4カ国会合 「6者」の枠組みを崩すな

 6カ国協議の米首席代表を務めるヒル次官補が、朝鮮半島の恒久和平体制を協議する米、北朝鮮、中国、韓国による4カ国会合開催を提唱したことで日本政府内に懸念が広がっている。

 国務省の公式会見でヒル次官補が表明した構想によれば、「寧辺の核施設の無能力化が始まれば、米朝中韓による和平協議を開始できる」とし、これと並行して6カ国協議の全参加国による「北東アジア安全保障対話機構」の創設も呼びかけるという。

 朝鮮戦争は、1953年の休戦協定で止まったまま現在に至っている。これに代わる和平協定を実現する主な責務が戦争当事国にあることは否定しない。だが、この半世紀間に朝鮮半島の国際環境が大きく変わった現実も無視すべきではない。

 恒久和平体制は、北朝鮮の核廃棄と朝鮮半島非核化の先に位置づけるべきもので、6カ国協議もそのために行われている。危険な核兵器を全廃しなければ、恒久和平を語っても意味がないからだ。4カ国会合で片付くほど恒久和平の問題は単純ではない。

 寧辺の核施設の無能力化はその入り口にすぎない。北朝鮮が明言を避けているウラン濃縮計画や、既存の核兵器関連物質の完全廃棄と査察検証などはその手順も時期も定まっていない。

 ところがヒル構想には無能力化が始まった段階で4カ国会合を立ち上げ、拉致問題で行き詰まった日朝関係などについては別の「北東アジア安全保障対話機構」に仕分けする意図も感じられる。4カ国会合が一方的に動き出せば核問題の最終処理や拉致問題などが置き去りにされ、北朝鮮が狙う「日本外し」につながる恐れもある。日本政府が懸念するのはまさにこの点だ。

 そうした配慮もみられないままに、同盟国の米国から性急とも言える提案が出てきたのはきわめて遺憾である。現段階で恒久和平を話し合うならば、6カ国協議の枠内で分科会を設ける手もあるはずだ。北東アジアの平和に共通の利害を持つ6カ国にとって開かれた場とする必要がある。

 米紙からも「ヒル次官補は一方的譲歩を重ねすぎる」という批判がある。北朝鮮の核廃棄は長く、困難な道だ。功を急いで前のめりに陥ったり、逆の手順に迷い込んではならない。

(2007/07/02 05:10)

【産経抄】

 久間章生防衛相といえば、イラク戦争は間違いだったと発言した人物である。普天間基地の移設に関して、「アメリカは沖縄の声を聞かない」と批判もした。日米の同盟関係に波風を立てた“前科”がある。

 ▼まさか、その埋め合わせとして、米国政府のご機嫌を取ったわけではあるまいが。6月30日に行った講演のなかで、この長崎出身の閣僚は、米国による原爆投下について「しょうがない」と語った。

 ▼もっとも久間氏は、「原爆を落とすのを是認したように受け取られたのは残念だ」と記者団に弁明している。本当に「しょうがない」人ではあるが、いわゆる原爆投下容認論者ではないらしい。

 ▼ たとえば、本島等元長崎市長は、「日本はアジアに謝罪する必要がある。原爆は仕方なかった」などと各地の講演会で説いたものだ。こうした考え方の原点をたどれば、広島市の平和記念公園にある原爆慰霊碑の碑文に行き着く。「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」。

 ▼ 雑賀忠義広島大学教授の考案によるこの碑文は、昭和27年の碑建立当時から、「主語」をめぐって論議を呼んできた。素直に読めば、原爆投下は、日本人に責任があるということになる。この碑文をありがたがる人たちに、久間発言を非難する資格はない。それにしても、広島と長崎になぜ原爆が投下されたのか。

 ▼ 英国駐在のころ、ロンドン大学の歴史学者に、日本が白人国家ではなかったから、との見方について問いただしたことがある。その学者は「原爆があと1年早く開発されていたら米国はドイツに投下していたはず」と否定した。それでも、小欄は疑念を捨てきれない。原爆投下の背景には、やはり人種差別思想があったのではないか、と。

(2007/07/02 05:09)


【日経・社説】

社説1 党首討論で参院選争点が明確になった(7/2)

 7月5日までの会期を残して今国会は事実上幕を閉じ、与野党は7月29日投票の参院選に向けて本格的に動き出した。安倍晋三首相と小沢一郎民主党代表は「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)主催の党首討論に臨んだ。年金問題などを巡る舌戦で、参院選の争点はかなり明確になった。政策論争のさらなる深まりを期待したい。

 1日の党首討論の冒頭、首相は参院選で重視する政策として「信頼できる年金制度の構築」「教育再生」「主張する外交」の3点を挙げた。最大の争点に浮上した年金の記録漏れ問題について「必ず解決していく」と強調するとともに、教育基本法の改正など政権の実績を訴えた。

 小沢氏は参院選を「年金信任選挙」と命名した。そのうえで「国や政府は国民にとって信じるに足りるのか。信じられないなら国民は政府を代えるしかない」と述べ、政権交代実現に向けた決意を示した。

 この後、交互に質問する形で討論が進んだ。小沢氏は年金問題に多くの時間を割いた。記録漏れは国に責任があるとして、申し出た国民には原則として年金を払うよう主張した。首相は年金記録確認のための第三者委員会による検証作業は必要との見解を改めて示した。

 首相が追及したのは、民主党が掲げる政策の財源のあいまいさだ。現行の消費税率のまま基礎年金の財源をすべて消費税で賄うという民主党案について、首相は「新たに16兆円必要になる。消費税率を上げずにできるはずがない」と批判。新たな子ども手当や農家への個別所得補償制度の創設などにかかる費用も具体的に列挙して「全部合わせると35兆円の新たな財源が必要」と指摘し、政策の実現性に疑念を示した。

 小沢氏は個別の補助金を廃止して、地方への一括交付金に改めることなどで行政経費の無駄を省き、財源を捻出(ねんしゅつ)できると説明したが、首相は「根本的に(仕組みを)変えていけばいいという答えしかいただけない。大変残念だ」と皮肉った。

 首相の方が入念に準備した形跡がうかがえた。データも具体的で、話に説得力があった。民主党は財源の裏付けなどをもっとていねいに示す必要がある。

 今回の党首討論は90分間で、国会での党首討論の2倍の時間をとった。国会では野党の党首が首相に質問する形が定着しているが、対等な立場で攻め合う論戦は聞き応えがあった。今後の国政選挙でもこの党首討論が続くよう要望したい。

社説2 またも立場忘れた久間発言(7/2)

 久間章生防衛相の発言がまたも問題になっている。個人としての発言には言論の自由があるが、閣僚、しかも防衛相の立場では言動に自己抑制が働かなければ、内外で混乱をまねく。久間氏はどうやら過去の学習効果がなかったようであり、閣僚としての適格性に疑問符がつく。安倍政権には一層の打撃となる。

 今回の発言は、千葉県柏市の麗沢大での講演の一部である。質問に答え、米国の原爆投下に関し「長崎に落とされ、悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている。それに対して米国を恨むつもりはない」と述べたとされる。

 講演後に「原爆とか核兵器はやはり人類として絶対に使ってはいけないということを皆肝に銘じて反省すべきだという思いは非常に強い」「今思えば米国の選択はしょうがなかったのだろうと思う。ただ米国が原爆を落とすのを是認したように受け取られたのは残念だ」と釈明したが、「被爆国日本の核廃絶の主張と矛盾してくる」(菅直人民主党代表代行)との批判が強まっている。小沢一郎民主党代表も1日の党首討論で最初にこれについて質問した。

 久間氏はことし1月にも「(イラク戦争に踏み切った)ブッシュ米大統領の判断が間違っていた」と発言し、塩崎恭久官房長官が「米国に誤ったメッセージを与えかねない」と注意した。直後に米軍普天間基地の名護市への移設をめぐり「(米国は)あまり偉そうなことを言ってくれるな」と語り、米側が不快感を非公式に伝えた経緯がある。

 いずれも信念や歴史観からの発言かもしれないが、釈明を迫られる発言を繰り返す久間氏に自衛隊という実力組織を束ねる信頼感を期待できるだろうか。仮に自衛隊内部に防衛相の言動を軽んじる空気が強まれば、政治家による軍事組織の統制という文民統制(シビリアンコントロール)の観点からも問題となる。

 国の安全保障・危機管理のうえで防衛相の職責は重い。久間氏には既に何枚かのイエローカードが出ている。今回の件でも安倍晋三首相は擁護の姿勢を示しているが、久間氏が自ら進退を判断するのが政治家の作法ではないだろうか。

【日経・春秋】(7/2)

 車を運転すると人格が変わる人がいる。普段は温厚なのに、ひとたびハンドルを握ると、スピードは出す。クラクションは鳴らす。悪態はつく。顔つきまで変わった友人に恐れをなし、助手席で身をすくめた経験がある方は多いだろう。

▼人間は自動車ほど速く走れない。重い荷物も運べないし、大きな音も出せない。生身の肉体を超えた物理的な能力を得ると、人はどう変わるか。力が増した分だけ、理性のタガが緩むのかもしれない。人間に使われる側であるはずの道具が、いつの間にか主人を支配している。人の心に作用する機械の魔性である。

▼自転車の対人事故が増えていると聞き、さもありなんと思う。自転車に乗る人は、自分が路上の「強者」であるという自覚を持ちにくいからだ。全国の警察が 5月に道交法違反で検挙した自転車は102件。昨年の3倍に増えた。罰金など行政処分の対象となり、違反歴も残る。捕まった人は心外だったに違いない。

▼強力なマシンである自動車やバイクと比べれば「弱者」だが、歩行者に対しては時に危険な加害者になる。それでも、乗る人の意識は限りなく歩行者に近い。自転車は機械と人の中間的な存在なのだろう。風を切ってペダルをこぐのが心地よい季節になった。その快感には、機械の魔性がちょっぴり混じっている。


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