これって、現代版小泉糾弾演歌(明治時代に政治メッセージとして歌われたもの)なのかもね。
こう言う歌ってラップ?ヘンリー・オーツさんあたりになら分かるのだろうか、。こう言う歌って権力者にとっては嫌かもネ。小理屈だけじゃ若者の心をつかめないだろうし(例えば社共の先細りを見よ)、こう言う感性の部分で権力批判の若者を掘り起こすのも大事かも知れない(ポドキャスティングでも放送しておきます)。
以下、リズミカルで思わず笑ってしまった「ゴミズミの過去(レイプ事件等)を暴くビデオ」
ゴーヤンのぼやき日記で紹介されていた、「ゴミズミの過去(レイプ事件等)を暴くビデオ」です。
結構人物の好き嫌いがあって、小泉ブームとかで騒がれていた頃から、小泉は胡散臭くて「なんだこいつ」と思っていた。竹中なんてのもそう。
反面、植草一秀氏はマスゴミがミラーマンとか騒げば騒ぐほど、そんなこたぁねえだろと思っていました。そのずっと前にいくつも植草氏のは読んでましたしね。プレスリー・パフォーマンスの小泉よりこういう論文を書く植草氏の方がよほど信頼するにたると思っています。
※今日のお勧めは「オランウータンと言うのはマレー語で「森の人」とか「森の番人」と言う意味らしいよね。福田「森の人」「森の番人」か、、。(笑)」のエントリー中でご紹介した「政治権力に支配された司法とメディアの偽装―辻井喬、田中森一、植草一秀の新著は共通の問題を訴えている―(H19.9.18)」です。
「小泉」(http://www.youtube.com/watch?v=bkZN-nvNo8E)
創生期
もともと「演歌」と称される歌は自由民権運動の産物だった。藩閥政治への批判を歌に託した政治主張・宣伝の手段である。つまり、政治を風刺する歌で、演説に関する取締りが厳しくなった19世紀末に、演説の代わりに歌を歌うようになったのが「演歌」という名称のはじまりといわれる。これ以前にも政治を風刺する歌はあったが、これ以後、「演歌」という名称が定着する。明治後半から、心情を主題にした社会風刺的な歌が演歌師によって歌われるようにもなり、次第に演説代用から音楽分野へとシフトするようになった。
大正になると演歌師の中から洋楽の手法を使って作曲する者も現われた。鳥取春陽の登場である。彼の作曲である『籠の鳥』は一世を風靡した。ただしこのような歌は「はやり唄」と呼ばれ、通常「演歌」には入れない。
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