中日新聞の守屋関連、「蜜月の終焉」シリーズを中心にして資料として採録。
「守屋関連、東京新聞(紙)に出てるけど、Webになくて中日新聞にあったりとか、蜜月シリーズでWebで抜けてるのがあったりとか。」で書いたように、Web版では「蜜月の終焉」シリーズの2、3、7、8が出てきません。
「守屋の米への対抗心」の源が幼少期育った塩釜での、「米軍占領下」体験(※)の話しとか、MD導入時の話しとか、「ゴマすり」小泉政権で頭角を現し秘書飯島との関係とか、辺野古移設で地元恫喝の話しとか、なかなか興味深い記事なので、時間があれば「読んdeココ」で読み取り→テキスト化したいと思ってます。。
※塩釜隣接の多賀城村には1945年に上陸してから1957年に撤退するまで米進駐軍がいて、ガラガラ音を立てて町中を走る姿を守屋少年は見て育ったと言う。
※守屋との対比で、従米ケツなめのマダム寿司・小池が浮上なんてことならまさに漫画。
podcast:「マダム寿司」と記者のお愛想笑い
【関連】策めぐらし君臨、転落 不祥事使い“焼け太り” 自分の手で定年延長【東京新聞】
2007年11月29日 朝刊
収賄容疑で東京地検特捜部に逮捕された前防衛事務次官の守屋武昌容疑者は、「省」昇格前の防衛庁をめぐる不祥事を巧みに利用し、“焼け太り”した。権力の階段を上るきっかけとなったのは、一九九八年に明るみに出た調達実施本部の背任事件だった。
当時、守屋容疑者は防衛施設庁施設部長。事件で更迭された官房長の後釜に指名され、周囲から「三階級特進だ」と驚きの目でみられたが、布石は打っていた。
九六年、内閣審議官として沖縄特別行動委員会(SACO)にかかわり、沖縄振興策をまとめて建設利権に強い当時の自民党橋本派に食い込んだ。官房長への抜てきは橋本派の防衛庁長官だった額賀福志郎氏(現財務相)の“引っ張り”といわれた。
二〇〇二年に発覚した情報公開請求者の個人情報リストの作成問題。「この責任は誰がとるんだ」。防衛局長になっていた守屋容疑者は会議で、国会混乱の責任は官房長の柳沢協二氏(現内閣官房副長官補)にあると主張した。
柳沢氏は更迭され次官レースから消えた。「守屋はずばり本質を突く。誰も逆らえなかった」と防衛庁OB。
柳沢氏の部下だった課長は、後に守屋派と呼ばれる人物。必要な情報は柳沢氏に上がらなかった。
翌年、事務次官だった伊藤康成氏の勇退を前に地震が発生。対策会議に防衛施設庁長官だった嶋口武彦氏が酒に酔って出席した事実が週刊誌に書かれたことを理由に、首相官邸は伊藤氏が推す嶋口氏の次官就任を認めなかった。
この晩、守屋容疑者は防衛庁近くの料亭でやはり酒を飲んで会議に出席したが、腹心の部下が週刊誌に話したのは嶋口氏の飲酒だけだった。
次々にライバルを蹴(け)落とし、守屋容疑者は〇三年、事務次官に就任。二年後、防衛施設庁長官の山中昭栄氏の次官就任が確実視されていた。ところが、沖縄の米軍普天間飛行場移設問題をめぐり、意見の合わない山中氏を次官室に呼び出した守屋容疑者は「大臣(大野功統防衛庁長官)の意向だ。辞めてくれ」と通告した。
今年三月の定年退官前には、「では、誰が次官をやるんだ」と繰り返し、定年延長を実現させた。
謀略の果てに次官になり、延命工作が効いた四年間の長期政権。今年一月には省への昇格が実現した。
首相官邸で開かれた最初の全省庁次官会議で、守屋容疑者は末席から省にふさわしい上席に移った。「防衛省の事務次官」。入庁以来の夢は晩年になって果たされた。
(編集委員・半田滋)
幸子容疑者 夫を『坊や』扱い
夫とともに、収賄の身分なき共犯の疑いで逮捕された守屋幸子容疑者は、旧防衛庁で事務次官の秘書をしていた時、守屋容疑者に見初められ結婚した。守屋容疑者を「坊や」と呼ぶこともあったといい、“剛腕次官”といわれた夫に劣らぬ存在感があった。
関係者の話では、幸子容疑者はかなりのゴルフの腕前で守屋容疑者以上に熱心だったという。明るく快活な性格で、ゴルフ接待の際に使ったという偽名「松本明子」は、「明るい人だから」との理由で宮崎容疑者が名付けたとされる。
宮崎容疑者はこうした妻の存在に早くから着目。ゴルフや飲食の接待に加え、海外土産などの贈り物攻勢で信頼を得て夫妻を取り込んでいった。
十月の衆院証人喚問で守屋容疑者は、宮崎容疑者から妻の分も合わせてゴルフセットをもらっていたと証言。「赤坂のカラオケクラブに連れて行かれたと言っていた」と述べ、妻への接待があったことも認めた。
防衛省幹部職員の妻たちでつくる親睦(しんぼく)団体「美鳩会(みはとかい)」でも、次官の妻として取り仕切っていたという。
【防衛利権 蜜月の構図】 “焼け太り”豪腕転落 逮捕の守屋前防衛次官【中日新聞】
2007年11月29日
写真 PK2007112902168380_size0.jpg
東京地検の取り調べに向かう、前防衛事務次官の守屋武昌容疑者(右奥)=28日午前10時5分、東京都新宿区で
写真
防衛省を去ってわずか3カ月、大物次官が転落した。東京地検特捜部は28日、収賄容疑で守屋武昌前事務次官(63)と妻幸子容疑者(56)を逮捕した。ライバルをけ落とし、防衛省に長年君臨した守屋容疑者。「女次官」と呼ばれ、省内でも存在感を示した幸子容疑者。「裏切りだ」「がっかりした」。山田洋行の元専務宮崎元伸容疑者(69)による夫婦丸抱えのゴルフ接待に、防衛省内からは怒りの声が上がった。巨大な防衛利権をめぐり何が行われていたのか。解明を目指し、政界への波及もにらんだ捜査が本格化する。
前防衛事務次官の守屋武昌容疑者は「省」昇格前の防衛庁をめぐる不祥事を巧みに利用し、“焼け太り”した。権力の階段を上るきっかけとなったのは、1998年に明るみに出た調達実施本部の背任事件だった。
東北大を卒業後、71年に旧防衛庁に入庁した守屋容疑者は当時、防衛施設庁施設部長。事件で更迭された官房長の後任に指名され、「3階級特進だ」と驚きの目で見られたが、布石は打っていた。
96年、内閣審議官として沖縄特別行動委員会(SACO)にかかわり、沖縄振興策をまとめて建設利権に強い当時の自民党橋本派に食い込んだ。官房長への抜てきは橋本派の防衛庁長官だった額賀福志郎氏(現財務相)の「引っ張り」といわれた。
「この責任は誰がとるんだ」。2002年に発覚した情報公開請求者の個人情報リストの作成問題。防衛局長になっていた守屋容疑者は会議で国会混乱の責任は官房長の柳沢協二氏(現内閣官房副長官補)にあると主張。
柳沢氏は更迭され、次官レースから消えた。「守屋はずばり本質を突く。誰も逆らえなかった」と防衛庁OB。柳沢氏の部下だった課長は、後に守屋派と呼ばれる人物。必要な情報は柳沢氏に上がらなかった。
翌年、事務次官だった伊藤康成氏の勇退を前に地震が発生した。対策会議に防衛施設庁長官だった嶋口武彦氏が酒に酔って出席した事実が週刊誌に書かれたことを理由に、首相官邸は伊藤氏が推す嶋口氏の次官就任を認めなかった。
この晩、守屋容疑者は防衛庁近くの料亭でやはり酒を飲んで会議に出席したが、腹心の部下が週刊誌に話したのは嶋口氏の飲酒だけだった。
次々にライバルをけ落とし、守屋容疑者は03年、事務次官に就任。2年後、防衛施設庁長官の山中昭栄氏の次官就任が確実視されていた。ところが、沖縄の米軍普天間飛行場移設問題をめぐり、意見の合わない山中氏を次官室に呼び出した守屋容疑者は「大臣(大野功統防衛庁長官)の意向だ。辞めてくれ」と通告した。
今年3月の定年退官前には「では、誰が次官をやるんだ」と繰り返し、定年延長を実現させた。延命工作が効いた4年間の長期政権。今年1月には省への昇格が実現した。
首相官邸で開かれた最初の全省庁次官会議で、守屋容疑者は末席から省にふさわしい上席に移った。「防衛省の事務次官」。入庁以来の夢は晩年になって果たされた。
(編集委員・半田滋)
【防衛利権 蜜月の構図】 <蜜月の終焉>1 前次官逮捕 「ミライズを」異様な執着【中日新聞】
2007年11月29日(東京新聞紙では『蜜月の終焉1 前次官逮捕 「随契」異様な執着 代理店変更で"協力"』
「一人を以(もっ)て国興り、一人を以て国滅ぶ」。この言葉を座右の銘とした防衛省の前事務次官守屋武昌容疑者(63)が二十八日、妻の幸子容疑者(56)とともに収賄容疑で逮捕された。「永田町の寝業師」「ミスター防衛省」…。さまざまな異名を持つ官僚トップは、防衛専門商社「山田洋行」の元専務宮崎元伸容疑者(69)による夫婦丸抱えのゴルフ接待にまみれていた。大物次官の腐敗に切り込んだ東京地検特捜部。巨額の資金が動く防衛利権の「闇」にどこまで迫れるか。
「おれと宮崎の関係をいろいろ言うやつがいる。でも、やましいことは何もないから」。今年三月、防衛事務次官の守屋武昌が唐突に言い放った言葉に、防衛省幹部は戸惑った。
航空自衛隊次期輸送機(CX)の機体メーカーやエンジン製造元の米ゼネラル・エレクトリック(GE)、防衛省の担当者らが集まる会議に、宮崎元伸が設立した日本ミライズの社員が出席していたことが判明。経緯を調査した幹部が守屋に説明した時だった。
当時のエンジン販売代理店は山田洋行。部外者であるミライズの出席を問題視する報告に、守屋は反発した。守屋と宮崎の癒着が明るみに出たのは、それから約七カ月後。「関係」を弁明し、ミライズをかばう守屋に幹部は異様さを感じた。
「これは何かある。まずい」
■ ■
既に守屋は宮崎に「協力」していた。昨年十二月、宮崎が連れてきたGE本社の軍需部門最高責任者と約五十分間にわたって次官室で面談した。「通常の表敬訪問なら十五分程度。かなり異常だ」と同省関係者は驚く。
山田洋行から十五億円超の損害賠償訴訟を起こされ、銀行からの融資の保証もないミライズにとってGEとの代理店契約獲得は至上命令だった。
「次官とこんなに仲がいいんだ、とGEに見せつける効果があったのでは。守屋もそれに協力したということ」と同省の元幹部は語る。GEが山田洋行からミライズへの代理店変更を決めたのは、そのすぐ後だった。
■ ■
代理店移行がGEから正式に伝えられた今年四月、省内は揺れた。ミライズは高額の入札に参加できない「Dランク」企業だったからだ。だが、守屋はミライズとの随意契約に固執した。一般競争入札を原則とする調達制度への変更を説明する担当者に「なぜ随契じゃだめなんだ」と何度も声を荒らげた。
見かねたある幹部は、大臣、事務次官、局長らが集まる定例会議で「CXのエンジン契約は法律順守、契約順守、手続き順守の三原則でやっていく」と発言した。“超法規的”にミライズとの随意契約を迫る守屋に対してクギを刺したのだ。
その幹部は言う。「次官しか意味が分からなかったはずだ。彼はひと言も話さなかった」
当時の防衛相久間章生が、商社抜きの調達を検討するよう担当者に指示したことを聞くと「大臣に従ってそんなことをする必要があるのか」と激怒。しかし、やがて「おれはこの件には関与しない。淡々と進めるように」と突き放したという。
■ ■
このころ一部報道で山田洋行とミライズの“内紛”が取り上げられた。競争入札に納得し、大臣の指示への反発を撤回したのは「ミライズ寄りと見られた姿勢を打ち消したかったのでは」と同省の元幹部は推測する。
その時、すでに特捜部は内偵捜査を開始。次官の後任人事をめぐり、守屋が元防衛相小池百合子と激しく対立した八月には、両社の社員の聴取に踏み切った。
「日の出」(サンライズ)の意を込めた「日本ミライズ」。宮崎と守屋の蜜月は終焉(しゅうえん)した。深い闇の中から、夜明けを見ることはなかった。(文中呼称略)
※守屋との対比で、従米ケツなめのマダム寿司・小池が浮上なんてことならまさに漫画。
podcast:「マダム寿司」と記者のお愛想笑い
<蜜月の終焉> 残された重い再編負担【中日新聞】
2007年12月3日(東京新聞紙では12月2日付けで『蜜月の終焉4 前次官逮捕 米軍のため「財源」残す』
「米企業と比べて不利にならないでしょうか」。今年8月2日、東京都港区の会議場で開かれた米海兵隊のグアム移転事業説明会。ゼネコンや商社、銀行など受注を狙う270社が防衛省の説明を聞いた。海外での実績のない業者も出席し、質問が飛んだ。
日米両国は昨年5月、米軍再編に最終合意した。目玉の一つが、沖縄に駐留する米海兵隊員約8000人と家族約9000人分のグアムへの移転だ。日本政府の「思いやり予算」で米軍施設を建設するほか、約3500戸の住宅地を、政府と民間が共同出資する事業主体で建設、運営する。
総額60億9000万ドル(7300億円)。防衛省が初めて建設する「海外の米軍基地」は、同省最大の公共事業でもある。米軍再編の指揮を執ったのは、事務次官だった守屋武昌(63)=収賄容疑で逮捕=だ。仕事ぶりが気に入らない幹部は更迭し、側近に対米交渉を任せた。
守屋流の米軍再編は成功したのか。
米軍は、米国の準州であるグアムをアジア・太平洋の「要石」と位置づけ、空軍、海軍を中心に軍事拠点化を進めている。海兵隊についても太平洋軍司令部が作成した「グアム統合軍事開発計画」(GIMDP)には、沖縄から移転する司令部や補給部隊だけでなく、いずれ実戦部隊が配備される将来像が描かれている。
在日米軍の再編が、米軍のグアム拠点化計画と重なり、日本が財源として便利に利用された可能性は否定できないのだ。
米軍再編の合意文書には、米側が強く求めた「沖縄の再編は一つのパッケージ」の一文がある。防衛省がグアムの基地建設を進めても、難航する普天間移設が足踏みすれば、グアム移転も頓挫せざるを得ない。
その場合、米軍はグアムと沖縄という2カ所の拠点を手に入れ、都合よく使い分けることが可能になる。そうなれば米軍再編のスローガンだった「基地負担の軽減」は実現しない。
グアム移転事業は、守屋への贈賄容疑で再逮捕された宮崎元伸(69)が社長を務めた防衛商社「日本ミライズ」も参入を希望した。昨年9月まで宮崎が専務だった同「山田洋行」も説明会に参加している。
守屋が残した米軍再編という巨大プロジェクトの日本側負担は、米側の試算で3兆円にもなる。これを来年度から最終年度の2014年度までの7年間で割ると、防衛費からの支出は毎年4000億円以上。米軍のための防衛費になりかねない。 (文中呼称略)
【防衛利権 蜜月の構図】 <蜜月の終焉> アメをなめムチを使う【中日新聞】
2007年12月4日(東京新聞紙では12月3日付けで『蜜月の終焉5 前次官逮捕 アメとムチ報道も規制』)
防衛省は先月22日、米軍再編によって負担が増える自治体に支払われる米軍再編交付金の総額が46億円に上ると発表した。根拠は、収賄容疑で逮捕された守屋武昌(63)が事務次官当時、国会で成立した米軍再編推進法。支払われるのは基地受け入れを了承した自治体だけで、反対した自治体へは1円も交付しない。
あからさまな「アメとムチ」に、守屋の個性が表れている。
陸上自衛隊のイラク派遣を目前にした2004年1月13日、防衛庁(当時)は陸海空幕僚長による定例会見を廃止すると主要新聞・通信、テレビ各社が加盟する防衛記者会に通告した。
イラクでの武器使用基準や派遣日程が報道されたことに、首相官邸から対応を求められた守屋が、情報漏れの犯人を制服組と決めつけた“見せしめ”だった。
「庁内で対応を考えているころ、僕は中国に行っていた」。守屋は人ごとのように話したが、この日午前、次官室に陸海空幕僚長を呼んで会見廃止を伝えたのは、ほかならぬ守屋だった。
会見廃止の理由に挙げた「(記者から)質問が出ない」は、でたらめと暴かれ、翌日には会見廃止を撤回したが、今度は約5000万円かけて、庁内の主要部署に記者が出入りできないようインターホン付きのドアを設置した。
自分が知らないところで暴露記事が出ることは許さなかった。記者との面会内容を文書で提出させる“犯人捜し”は日常的。その一方で、情報を頻繁にリークし、メディアを通じて自身の進めたい防衛政策の既成事実化を画策した。
防衛庁の省昇格条件として廃止した防衛施設庁に替わり、「防衛装備庁」を新設する“焼け太り”もひそかに計画したが、制服組の反対で失敗に終わった。
記者会との緊張関係は、最近まで続いていた。「不退転の決意でやる」という守屋の意向で、防衛省は記者会を庁舎10階から1階に移転させようとした。10階は背広組の内局があり、防衛大臣室や次官室にも近い。報道陣の締め出しが狙いとみられた。
「あれはもういいや」。今年6月、守屋は突然、記者会の移転案を放り出した。東京地検特捜部による内偵捜査の開始が防衛省に伝わったころだ。
8月30日の退任会見。防衛専門商社「山田洋行」の元専務宮崎元伸(69)=贈賄容疑で再逮捕=とのゴルフを質問され、回答に詰まった。ゴルフ、宴会、北海道や九州の旅行。宮崎の差し出した「アメ」をしゃぶりつくし、「ムチ」は省内で存分に使った。(文中呼称略)
【防衛利権 蜜月の構図】 「ゴルフ代払わず」供述 守屋容疑者、偽証の疑い【中日新聞】
2007年12月4日
前防衛次官汚職事件で、収賄容疑で逮捕された守屋武昌容疑者(63)が、防衛専門商社「山田洋行」元専務の宮崎元伸容疑者(69)=贈賄容疑で再逮捕=から受けたゴルフ接待について、東京地検特捜部の調べに対し、「1万円のプレー代は支払っていなかった」と供述していることが、関係者の話で明らかになった。
特捜部は12回に上る丸抱えのゴルフ接待旅行(約389万円相当)を収賄容疑で立件したが、時効にかからない5年間の日帰りのゴルフ接待についても、わいろと認定する方針を固めたもようだ。
守屋容疑者は10月29日の衆院証人喚問で、宮崎容疑者からのゴルフ接待について▽11年前の旧防衛庁防衛政策課長時代から始まった▽妻の幸子容疑者(56)が同行することもあった-などと証言。その上で「宮崎さんから社員は1万円でプレーができるので、あなたも1万円でいいと言われ、毎回1万円を支払った」と説明していた。
関係者によると、守屋容疑者は、プレーを始めた当初は支払った時期はあったものの、最近は自分で1万円を渡すことはなく、自己負担はなかったという内容の供述をしているという。「毎回のプレー代として1万円を払っていた」とした証人喚問の証言と明らかに矛盾しており、偽証の疑いが濃厚になってきた。
山田洋行の米津佳彦社長は11月15日の参考人招致で、ゴルフ接待が最近8年間で300回を超え、費用は1組当たりの合計で1500万円以上にのぼると指摘。守屋容疑者からの支払いを示す記録は残っていなかったとも証言していた。
守屋容疑者が証人喚問で「1万円を払った」と証言していたため、特捜部はわいろの趣旨が薄まると判断、先月28日、収賄容疑として立件しやすい丸抱えのゴルフ旅行12回分に絞って、収賄容疑で守屋容疑者夫妻を逮捕していた。
守屋容疑者からの支払いがなかったことで、百数十回に及ぶとみられる日帰りのゴルフ接待もわいろとして認定する方針を固め、関係者から事情聴取を進めている。
【防衛利権 蜜月の構図】 <蜜月の終焉> 「鶴の一声」ヘリ購入【中日新聞】
2007年12月5日(東京新聞紙では12月4日付で『蜜月の終焉6 前次官逮捕 100億円ヘリ独断で選定』
収賄容疑で逮捕された前防衛事務次官の守屋武昌(63)は「防衛省の天皇」と呼ばれた。絶大な権力ゆえに、行動をいさめる部下はいなかった。
今年の夏、次期輸送機(CX)のエンジン納入疑惑が報道されたころ、防衛省で政府専用ヘリコプター「スーパーピューマ」の後継機選定疑惑が再びささやかれた。
政府専用ヘリは、1986年の東京サミットを前にフランスから3機購入され、陸上自衛隊の特別輸送隊が要人輸送に使用している。
2004年11月、天皇、皇后両陛下が新潟県中越地震の見舞いの際に搭乗された。「騒音がひどい。ドアが小さく、陛下が頭を下げて乗り降りした」との話が広がり、防衛庁(当時)は“皇室への配慮”からも新しい機体の購入を決める。
「守屋さんが言い出した。誰も口を出せなかった」(幹部)
しかし、わずか3カ月前の同年8月には機体を修理して使い続けることが決まり、翌年度の概算要求書に改修費を計上していた。それが守屋の「鶴の一声」で方針変更されたことになる。
補正予算で1機購入することとなり、政府専用ヘリと同じ仏ユーロコプター社の「EC225」と、伊アグスタ社「EH101」、米シコルスキー社「S92」の3機種が候補に挙がった。
しかし、緊急性を要する“買い替え”であることを理由に、事務次官だった守屋を議長とする航空機機種選定会議は1度も開かれないまま、「EC225」に決定した。3機とも買い替えられ、合計100億円もするヘリが正式な手続きを経ずに導入された。
「EC225」は、愛称こそ旧型機と同じスーパーピューマだが、中身はまったく違う高性能機。「(海上自衛隊の掃海ヘリである)EH101にすれば、隊員教育などで経費削減が図れたのに…」と選定を疑問視する声が上がったが、うやむやに終わった。
防衛省の隊舎の一角に民間業者が経営する食堂がある。
守屋の部下だった人物の知り合いが経営者とされる。昼食時の混雑が一段落するころ、黒塗りの公用車で守屋が乗り付ける。一人でトンカツ定食やみそラーメンを食べ、迎えの公用車で次官室へ戻る。わずか300メートルの距離を歩かない。
防衛施設庁の施設部長だった1998年、庁舎の新宿移転が決まっていたにもかかわらず、2階の自室まで廊下や階段のじゅうたんを敷き直させた。「天皇」と呼ばれた独裁者のエピソードは事欠かない。 (文中呼称略)
「自Endポスターバナー作戦」遂行中!
代表的な検索エンジン8個で「自民党政治」と検索してみたら、TBP「自民党政治」がすべて1位か3位、つまりトップ頁で出てきました。
「自Endポスターバナー作戦」7作目「胡散臭いKY国対大島と国会喚問前タイミング守屋防衛省元事務次官を塀の中隔離、トカゲの尻尾切りいい子ちゃん自民イメージアップ
作戦進行中⇒粉砕」バナーです。
「自Endポスターバナー作戦」1作目、自End!:民主を励まし、クリンチ作戦・連立デマ謀略の自民を嗤うバナーです。
5作目、「2005・9・11小泉郵政詐術選挙の337議席、2代続けて負託(衆院選)なし、強行採決やりたい放題?公明党、池田大作の責任は大きい」バナーです。今、創価・公明党へのピンポイント攻撃が必要だと考えます。(笑)
※雑談日記SOBA制作と明示して頂けるとうれしいです。
開票(電子投票システム)急ぐより、選挙(衆院選)を急げ!
らんきーブログさん。
命落とすな、自公を落とせ!
わんばらんすさん。
政権交代は、あらゆる改革につながる本丸
村野瀬玲奈の秘書課広報室さん。
「確かな野党」から「確かな連立」へ!
らんきーブログさん。
「新聞テレビは『95%の小さな真実』の報道で『5%の大嘘』を目くらましする」
喜八ログさんのオリジナル「新聞テレビは『95%の小さな真実』を報道し『5%の大嘘』を正当化する」の「正当化する」を「目くらましする」とし、リメークしました。この場合は、漢語での簡潔な表現より、大和言葉の方がスッと腑に落ちる気がしたからです。
このエントリーは、トラックバック・ピープルの
自民党政治と
野党共闘にトラックバックしています。(各バナーとも、クリックでスタート記事に飛びます)また政治全般、自民党にもTBす。
↓政治部門でリベラル系大幅進出を確認したければクリック。
| 固定リンク
« 守屋関連、東京新聞(紙)に出てるけど、Webになくて中日新聞にあったりとか、蜜月シリーズでWebで抜けてるのがあったりとか。 | トップページ | お待たせ、これが東京新聞「蜜月の終焉」シリーズ中Webに出ていない記事、守屋前次官の「米への対抗心持ち続け」その他。 »
この記事へのコメントは終了しました。
コメント