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2009年1月 5日 (月)

夜9時の村民集会に出、地べたに座り、周りの派遣切りにあった若者たちの熱気を体いっぱいに感じてきました。

 昨晩、いつものように、チャリンコで夕方5時40分頃に派遣村到着。既に暗くなってました。ただし、元旦の時と違ってやや寒さも緩んだ感じでした。元旦の時にはもし凍死者が出てもさもありなんと言う感じでしたから、。

 今回で3回目の派遣村訪問です。最初が元旦、2度目が3日でお昼過ぎだったので箱根駅伝の雑踏に巻き込まれかけ、抜けるのに大変でした。3度目が最後の派遣村の夜になる昨日4日です。

 時間帯的には最初に行った元旦と同じですが、全体の様子がまったく違っていました。とにかく人が多い。

Dscn1259 最初にご紹介するのは炊き出しを待つ人の列です。暗いですが、拡大してみていただくと、休息所のテントから長い列ができているのがお分かり頂けるでしょう。(休息所のところで右に曲がった所が炊き出しのサービス場所です。


 ボランティアの人もかなり慣れたようにサービス場所で10人単位くらいづつ誘導していました。また、長い列を先頭から後尾の方まで、「多くの方に食事してもらうために、2回目はしないでください」と叫びながら行き来するボランティアの姿もありました。(もっとも、最後には余ったようで、さっきと同じボランティアの方が「お代わりしたい方はありますので、お代わりしてください」と叫んでました(笑))

 ふと見ると、元旦の夜にお会いしたけれど、3日昼間にはおられなかった飴細工職人さんにまたお会いしました。前回あまり具体的に聞かなかったのでいくつか質問しました。おじさんの話しによると、ここへ店を出すのは元旦の夜から4日間連続、具体的な料金に関して聞いたら「ここで料金は取れないでしょう」「でも、いいから、お金払うよ、と言う人もいるのでは?」「その時には派遣村スタッフテントのところでカンパするように言っている」とのことでした。「もし買うと、こういう飴細工って今はいくらぐらいなんですか?」「普通のが500円、高いので1000円だね」。「おじさん、メニューの写真を撮ってもいいですか?」「ああいいよ、メニューなんて言わないで俺を撮ってくれよ。他の人はみんな撮ってるよ」でパチリしたのが以下の写真。

Dsc_1110 前面にメニューが


Dsc_1110_2 おじさんのレパートリーのメニュー。


Dsc_1112 元旦から、4日まで毎日夜に飴細工を無料で提供し続けた方です。うっかり名前を聞くのを忘れてしまいました。


 その後6時40分頃、派遣村村長湯浅氏が団子状になりながら、出て行きました。厚生省に行くのだろうとついて行った時のレポートと写真は下記で、

冷え込む中、厚労省前で1時間50分も待ってしまった。(汗)⇒都内4カ所500人分の宿泊場所確保 年越し派遣村関連

 厚労省から帰ったあと、

Dsc_1093 21時から派遣村村民集会。霞門から入って一番近い所にある日比谷野外大音楽堂の入口アーチ型表示の下のところ。冷たいコンクリートにじかに胡坐で座って いる人達。上りの坂なので正直座り辛いです。僕も最初中腰でいましたが、くたびれたので同じくじかにコンクリートに、(笑)。コンクリートの冷たさが身に 沁みました。しかし、それにも関わらず座って真剣に聞く大勢の人たち。周りを見ると4、50代の人もいましたが、若い人も多く熱気が伝わってくる感じでした。3日の昼食炊き出しのレポートの時には大勢のホームレス風の方がいた感じでしたが、この派遣村村民集会の時にはみな顔つきも引き締まっている人たちで、まさに派遣切りにあった人たちなんだなと実感させられました。

※元日の夜に、医療生活相談待ちらしい若者が突然倒れたのはこの相談テントの真向かいにある日比谷野外大音楽堂の入口アーチ型表示に続く坂道入口のところでした。その時は暗くて分からなかったのですが、今回は報道陣の照明などがあってかなり見えました。

21時20分ころ村民集会の終わった後の演壇場所に(演壇と言っても日比谷野外大音楽堂入口看板の下の路上)、大村秀章副大臣が再度湯浅さん達実行委員会が記者会見しているところに来る。


Dsc_1100 21時32分大村秀章副大臣が帰るところをスピードライトをたいてパチリ。右にいるのは厚労省の方のようです。大村副大臣が人懐こそうな顔で「オッ」と言う感じで近寄ってきたので、思わず「頑張って(色々)やって下さいね」と。まさかそれが雑談日記のSOBAとは気がつかなかったでしょうが、(笑)。 暗いですが拡大してよく見ていただくと、医療生活相談のテントや、派遣村休息所のテントなどが後ろの方に見えます。

 大村秀章副大臣を撮った後、今夜で終わる派遣村をしっかり映像に記録しておこうと、何枚か撮りました。以下ご紹介。

Dsc_1103 休息所の正面玄関。


Dsc_1107 左から、各部分をそれぞれ。

実際の温度以上に人々の心をあたためただろうストーブ。


Dsc_1101 テント左部分の書き込み。


Dsc_1101_2 そのまた右部分、出入り口のすぐ左側にある注意書きなど。


Dsc_1105 医療・生活相談テントの右サイドにあった予定表のたて看板と同じく書き込み。


Dsc_1105_2 予定表をアップで。


Dsc_1105_3 予定表の右の書き込み。


Dsc_1105_4 衣類配布のお知らせ。


 その後、シンガーソング・ギター弾き語りの若い女性に写真撮影を乞い、写真を撮ってから少し話しました。(もっとも、写真の方は、どう言う使い方をしますか?と聞かれたのですが、「ブログに載せるかも知れません」と言うと「なんと言うブログですか」と聞かれました。当然の質問だと思います。ただし、今まで雑談日記をやっていますなんて誰にも言ったことはないし。特に雑談日記の場合はかなり目立つ政治的な情報発信をしていることもあって神経質になってます。特に女房が心配してます(笑)。写真を使うことは断念、彼女の目の前で消しました)。

 その後、弾き語りの若い女性と話すところにボランティアの若者がストーブを持ってきてくれ、そこに地方紙・J新聞の若いS記者、高卒だけれど派遣をやりながらプログラムを覚えたと言う派遣切りされた社員兼ボランティアの若者、物資を差し入れに府中からきた20代前半くらいの若者と話し込みました。みな礼儀正しくて、自分の意見を持ちながら同時にとても繊細な感覚が感じられて、そしてまた親切で、小生のようなおじさんの話し相手をよくぞしてくれたと言う思いでした。確か32歳と言っていたJ新聞のS記者は契約社員で働いていたことがあるようです。派遣社員の問題はご自分の体験とも重なるところがあって力を入れて取材しているようでした。名刺をくれたこのS記者の10年後が楽しみです。もっとも僕がまだ生きていたらの話しですけれどね。紆余曲折、色々人生経験も積んでいるようですし、写真も好きなようなので何らかの形で本など出版するような名記者になっている気がしてます。

 22歳、とてもチャーミングな弾き語りの若い女性は、かつて派遣を経験し現在はコンビニだったかなアルバイトをしているようです。派遣の時には正社員と同じ仕事をしていたのに半分くらいの給料だったと言っていた。どう見てもこんなの変だよね。

 それにしても、この女性だけでなく、派遣切りされた社員兼ボランティアの親切な若者、物資を差し入れに府中からきた20代前半くらいの若者、そして地方紙・J新聞の若いS記者、どの若者もしっかりしていた。こう言う若者がいる限りまだまだ日本も捨てたものじゃないと思うと同時に、そんな若者たちに夢を与え、その能力を発揮する場を与える事が出来ないとはなんて政治なんだろうとも思った。こんな政治は一刻も早く変えなきゃだめだと感じながら、結局食事もとらず水分も取らず11時15分くらいまで派遣村にいました。夜も更けすきっ腹に寒気がいささか堪えましたが、チャリンコで帰宅の途につきました。しばらくペダルをこぐとそのうち体全体がホンワカ暖かくなりました。そのホンワカは必ずしも体を動かしたからだけではなくて、ついさっきまでの気持ちの良い会話の効き目だったと思います。人通りのほとんど絶えたまだ正月休みの銀座を、一路帰宅を急ぎながら幸せそうにチャリンコをこぐおじさんの姿が、、、。

※小生も、かなりハチャメチャな再チャレンジの人生行路を話したりしました。コース外れまくりでしたが、なんとか帳尻を合わせるべくまあ楽しいサラリーマン生活を送らせていただきました。今の若い人が一度コースを外れると、二度と這いあがれないなんてのは結局は国の活力を削いでいくのじゃないだろうか。こんな政治・社会の仕組みは変えなきゃだめだ。書いた記事が目につき認められて、地方紙編集長に「来ないか」と誘われたと言うJ新聞の若いS記者の例などはレアケースだろう。もっと普通に再チャレンジできる仕組み作りが必要だし、そのためには各企業に社会的な責任をもっと自覚させる必要がある。小生が務めた会社(日本でも有数の大企業だが)では、少し前までは中途採用が結構ありましたよ。キャリアとかでなく普通の社員でもね。

関連
元旦の昨夜、派遣村を見てきました。一人突然倒れた若者がいたけれど、その後どうなっただろう、。

今日の関連お勧め記事は、植草さんの
2009年を「セーフティネット元年」にしよう

※今回、弾き語り女性をスピードライトでパチリしたら、垣根の向こうかなりはなれたストーブの一団の男に怒鳴られました。まあ、怪しそうなおっさんなんでやむを得ないです(笑)。青い目の女性が年配のボランティアスタッフに案内され写真を撮りまくっていたのや、同じく報道陣ではない外人の男性がパチリパチリ撮していたのに比べると、やはり純日本人のおっさんではハンディがありますネ(笑)。一応許可証もらってやる事になってるのですけれど外人の男性はなかったですね、僕もでしたが、(^^;。

 歌は、「空と君のあいだに(中島みゆき)
http://www.youtube.com/watch?v=hZwHh43SLOc&fmt=18

 

倭国大乱を記録するブログの数々♪ブログリストとイメージソングその1その2その3。人生の扉 春よ、来い 宙船(そらふね)です。支持率急落、不支持率急増でビビリまくり、逃げまくり、アホー太郎は解散もしない。政治空白続ければ自民党がつぶれる前に国民生活がボロボロだ。ヘタレ自民は消えろ!自End!
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