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2009年1月 2日 (金)

元旦の昨夜、派遣村を見てきました。一人突然倒れた若者がいたけれど、その後どうなっただろう、。

 どんな事でも厳しい時間、状態の時を見ないと実状を実感を持って分からないと思っています。昼間の暖かさがまるで嘘のように昨晩は本当に冷気が地面からしんしんと伝わってくる感じで寒かったです。まるで足もとから自分が凍りついてしまうかのようなです。

 もともとの公園に野宿していたホームレスの方々も食事を摂りにかなり来ている感じでしたね。「俺のところは暖かさはとにかくあるよ」とか"我が家"自慢をしている方の会話が聞こえたりも、。

 霞門から日比谷野外音楽堂に行く直前の道路が派遣村の場所です。一番手前道路左側にテントが二張りあって、最初がスタッフ詰所のような感じ、その倍くらいの方が医療や生活相談のテント、その先、予定表のたて看板で 左に曲がったところに食糧配給所のテーブルが左右、その先突き当りの小さなテントが食料等集積所、左に曲がらず最初のテント二張りの並びの先が大きな入村 者休息所です。他にテントはなかったので、ここが寝るところでもあるようです。入村者休息所の中がビニールの幕越しに見え、向かって左に大きなテレビ、か なりの人が中で車座になったり、横になったりしてました。布団や毛布類も見えましたが人数分はとても足りているようには見えなかったです。普通の建物でも 建てつけが悪かったりするとストーブの近く以外は寒かったりします。大きなテントでストーブがあったところでそれがどれほどの効果があるものかちょっとで も想像力のある人ならその厳しさは分かると思います。

※その後、同行した妻の話しでは食料等集積所のさらに後ろの方に丸いキャンプ用のような大きめのテントがいくつも連なって見えたようです。すでに暗くなっていたのでほとんど見えなくなってはいましたが、。

 予定表のたて看板には、夜の7時から交流会とありました。ただし、手伝って る方に聞いても、良く分かる方はいなくて。「トークの時間かな」とか言ってましたね。時間になってもなにも始まらなくて、ただ人の輪がいくつかできている だけ。情報交換の交流と言うことでしょうか?最初音楽でもやるのかとちょっと予想したのですが、寒いのと暗いのとでとてもじゃないがそんなことをやる雰囲 気じゃない。もしやってもテントの中の人はほとんど出てこないのじゃないでしょうか。

 何も始まらないので帰ろうとしたら、立っていた後ろの方で突然人が倒れたらしく気がついた女性スタッフの助けを求める悲鳴。振り返ってみると、フードつ きジャンパーを着ている男性でした。年の頃は20代か30代くらいか、。背中を丸めるようにして横向きに倒れていて、毛布をもってかけつける女性スタッフの姿があ りました。ちょうどスタッフ詰所のようなテントと医療や生活相談のテントから見て狭い道路をはさんだ反対側、植え込み側へ少し入ったへこんだところ日比谷野外大音楽堂の入口アーチ型表示に続く坂道入口のところでし た(4日夜に行き、村民集会の場所でもあり確認できました。元日の夜は暗くてよく見えなかった)。騒ぎが起きる前に中腰でしゃがんでいる人を何人か見ていたので医療や生活相談の順番を待っていた方のようです。HPの案内では相談活動:12/31(水)~1/4(日)13:00~18:00となっていたのですが、時間が過ぎても時折まだ相談が終わらない順番待ちの方の名 前が呼ばれて相談活動がやられていました。

 なお、入村者休息所のやや手前、道路の右側では年配の飴細工職人が数人の囲む方と修業時代の苦労話などを会話しながら飴を作っていました。ホームレスのような方からはお金は取らずふるまっているようでした。料金は一切取らず、払うと言う人に関しては「派遣村スタッフテントのところでカンパするように言っている」とのことでした。(4日夜に再度行き確認。)

 また、腕章をした報道陣のような感じのカメラを持った人が2、3人。背の高い普通の恰好の外人で盛んにカメラを写していた人が一人いました(ただしこの人はすぐに帰った)。

 途中、停電になってスタッフ詰所のようなテントと医療や生活相談のテントのところが真っ暗。明かりが消えると、それだけで寒さが増す感じです。ずいぶん長い間明かりが消えている感じがしましたが、実際は5分くらいかもしれません。

(クリックすると拡大。元の画面に戻るには写真右上の×。ブラウザの戻るは他の画面になったりで要注意。ココログの仕様変更(苦笑))
Dscn1258 ←最初に書いた、一番手前左側にテントが二張りの間にある「年越し派遣村のポスター」


 カメラを持って行ったのですが、写したのは到着後すぐに写したこの一枚だけ。写した直後に、年配のスタッフのような方がすぐに寄ってきて「ここでは写真は原則禁止です」と言われたので撮りませんでした。

 7時半ころ帰途につきました。

※行きも帰りもチャリンコでした。行きの時には、霞門を目指して広い日比谷公園の周り、正月のせいでしょう人通りもほとんどなく明かりもどちらかと言うと暗い歩道を急ぎました。どうもそれらしいものも見えず、人の気配も感じられず焦りました。霞門が近付きそれらしき気配が、。霞門を入ったすぐの所に派遣村のたて看板でホッとひと安心。帰宅時、行きの時には急いでいて気がつかなかったのですが、霞門をすぐ出たところの反対側の道路に大きな機動隊のバスが3台。その時には「何だこれ」と思ったのですが、どう考えても派遣村を対象とした機動隊のバスってことなんでしょうね。これ完全に税金の無駄ですね。

YouTube映像(リクエストによる埋め込み無効なのでリンクだけ)
年越し派遣村・ボランティアの声 2008年12月31日
http://jp.youtube.com/watch?v=FRdUC8NyJsQ

関連
冷え込む中、厚労省前で1時間50分も待ってしまった。(汗)⇒都内4カ所500人分の宿泊場所確保 年越し派遣村関連

夜9時の村民集会に出、地べたに座り、周りの派遣切りにあった若者たちの熱気を体いっぱいに感じてきました。

炊き出し旧ホームレス勢がイキイキ参加、救世軍的博愛も大事だが、新規ホームレス化防止派遣切り失業者への重点フォローが大事。

 

2009/01/05
12/31-1/5「年越し派遣村」開設~年越しの相談
http://www.moyai.net/modules/weblog/details.php?blog_id=444
カテゴリ: 野宿者問題 :
執筆者: Moyai (1:50 pm)
仕事と住まいを奪われる「派遣切り」被害者の労働相談、住居相談、生活相談の窓口を開設します。

「年越し派遣村」
●日程:12/31(水)~1/5(月)
●場所:霞ヶ関、日比谷周辺

活動:
(1)相談活動(労働相談・住居相談・生活相談…)
(2)食事対策(朝・昼・晩の炊き出し)
(3)住居対策(ハローワークが開く1/5までの簡易宿泊)

開村式 :12/31(水)10:00(予定)
相談活動:12/31(水)~1/4(日)13:00~18:00

主催:「派遣村」実行委員会
事務局:全国ユニオン03-5371-5202

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コメント

おけましておめでとうございます。

tbありがとうございました。
日比谷の派遣村の様子がよく伝わってきました。

国民が主人公の政治を目指して今年も頑張りましょう。

投稿: 大津留公彦 | 2009年1月 3日 (土) 16時57分

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

>国民が主人公の政治を目指して

まったくもって同意です。

一応自分の得意分野のバナー等画像系を大いに活用してこれからもやりますが、今年はそれにプラスしてなるべくカメラを持って外へ出るようにもしたいと思います。

何だか市民ジャーナリストのような感じです。これも、マスコミがしっかりしてくれれば私のようなおじさんがそんなことをする必要もないし、やりたくもないのですが、。(汗)

投稿: SOBA | 2009年1月 3日 (土) 19時27分

わたしは31日早朝から5日までボランティアをしていました、確かにホームレスのブルーハウス組は31日から20名ほど来ていました。それらの人はモヤイの湯浅さんを手伝うべくやってきたボランティアでした。入村者ではないです。それらの人々に入村を勧めましたが、適当に仕事はあるし仲間も居ると言う逞しき人達です。ホームレスの人が大量に押しかけたのは4日でホームレス村での炊き出しが終了したから話の種に見学に来ました。それらの人に入村を勧めるも尽く断られました。それまでに生活保護を受け悪徳NGOの餌食にされた苦い経験があるからで、行政のやる事を信じては居ません。4日の夜にはそれらブルーハウスからの人は帰っていきました。私とコンビを組んだりしたボランティアも実はブルーハウスの人でした。身なりもきちんとしているし人は見かけでは判らない物。たしかに派遣村には殆ど泊まらずいつも地下鉄乗らず歩いてやって来ていました。後は数名の路上生活者が居ました.この人らはは救済しないと生命の危機になるので入村させました。その一人は64歳の男性60歳まで東京郊外でタクシーの運転手を正社員としてやっていました。その後はアルバイトで生計を立てていましたが、ついに病気などにより住む所を無くし昨年夏より路上生活者に成ったそうで、その人は入村手続きも取っていなかったのでそれらの手続きを行いました。派遣切りで茨城県から徒歩でやって来た青年、派遣先の事故で足を悪くして交通費が品川までしたないのでそこから足を引きずり杖をつき8時のかけてやってきた人も居ました。膝は腫上りズボンを脱がせるのも困難なほどでした。日比谷公園にたどり着き倒れた青年ネットカフェ暮らしで所持金を無くし3日間睡眠も食事も取っていませんでした。一時は重篤な状態で谷川医師もつきそい寝ずの看病で回復しました。

投稿: 山本さゆり | 2009年1月 9日 (金) 19時05分

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