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2009年1月18日 (日)

大阪市中央卸売市場でできたのに、営業しながら築地市場を現在地で再整備、出来ない訳ないよな。本音は超一等地の土地ってか?

 14地点でベンゼンやシアンなど有害物質が環境基準の千倍以上、土壌から検出、汚染されている豊洲移転をかくも執拗にやろうとしているのは、外資つながりで「約23ha」の超一等地が狙いと言うのが隠れた本音かも知れないなぁ、、。

※1ha(ヘクタール)=100m×100m=10000平米。
阪神甲子園球場のグラウンド面積が約13000平米(両翼96m、中堅120m、左右中間119m)、サッカーグラウンドの国際規格が105m×68m=7140平米なので、ちょうど阪神甲子園球場のグラウンドと国際規格サッカーグラウンドの中間の広さが1haって感じかな。

※ちなみに、築地市場の面積はその1haが23個分で約23ha(Wikipediaから、ただし敷地面積か延べ床面積かは不明)、移転を強行しようとしている有毒物質で汚染されている豊洲が約40.7ha(東京都の専門家会議報告書中、2.検討の背景(1/2) 2.1 豊洲新市場予定地の概要より)。

 以下、大阪市中央卸売市場で実際に営業しながらの再整備工事がされた例。

 「中央区を、子育て日本一の区へ」 小児科医 & 中央区議 小坂和輝のblog の下記エントリー、(1)の方で詳しい。

築地市場を現在地で再整備を実現するために(1)
http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/6befe9b8abf30b2453bf0a34ee6a11f2

築地市場を現在地で再整備を実現するために(2)
http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/6416bc24a04830a7bebd1bce07211532

 以下その部分。

(転載はじめ)

 築地市場は、開場から50年経ったころから「老朽化、狭隘(きょうあい)化」などを理由に再整備の話が出始めました。
 先の6/17都議会代表質問への回答の中で、主に教育庁など教育畑で経験を長くして平成18年(2006年)就任した比留間英人市場長は、「現在地再整備につきましては、敷地のほぼすべてが利用されており、再整備工事に不可欠な種地が確保できないこと、敷地が狭隘なため、品質管理の高度化や新たな顧客ニーズに対応する各種施設を整備する余地がないこと、アスベスト対策を含め、営業しながらの長期間で困難な工事となるため、顧客離れなど市場業者の経営に深刻な影響を与えることなどから、築地市場の再整備は不可能でございます。」と答弁しております。
 果たしてそうでしょうか?
 比留間氏の言う課題を克服し、現在地での再整備を成し遂げた市場があります。昭和6年(1931年)開場の大阪市中央卸売市場(本場)です。私は6/17現地視察に伺いこの目で、確かめて参りました。現在地再整備は、十分可能なのです。
 大阪市中央卸売市場では、昭和62年(1987年)9月に本場整備促進協議会が発足、昭和63年(1988年)に「本場整備基本計画」をまとめられました。これは、後で述べます築地市場の再整備計画と軌を一にしています。敷地面積12.6ヘクタール、現在18ヘクタールの土地で、平成元年(1989年)事業費644億円、工期9年で着工、その後完成の予定に見直しが入り事業費1027億円となりましたが、本場開設70周年記念にあわせて平成14年(2002年)11月、新市場施設はオープンとなりました。約15年間で再整備を成し遂げたのです。市場棟は、地下1階、地上5階の合計17万㎡、1階は水産売場、三階は青果売場、2階と4階はそれぞれ仲卸の事務所。工事は三期に分けて行われました
 平成19年度(2007年度)の統計で、水産物一日平均647トン、5億円7千万円。年間17万7千トン、1557億円。規模は、築地市場の3割強の取扱量です。
(築地市場 水産物は、平成18年で一日当たり2090トン、17億9千万円。年間57万3千トン、4898億円。)
 市場関係者にお話をお伺いいたしましたが、約15年間の工事でも、客足が遠のくことはなかったといいます。

(転載終わり)

土壌汚染の豊洲への築地市場の移転反対バナー 土壌汚染の豊洲への築地市場の移転反対バナー

石原都知事 ~ 築地移転について
http://jp.youtube.com/watch?v=Gw1U-Q5Toks

関連
築地の東卸青年部の方々が主催した勉強会に行き、伊藤宏之理事長と「市場を考える会」山崎治雄代表幹事の話しを聞いてきました。


 以下、築地市場について。(Wikipediaより)

築地市場(つきじしじょう)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AF%89%E5%9C%B0%E5%B8%82%E5%A0%B4

築地市場(つきじしじょう)とは、東京都中央区築地にある公設の卸売市場。日本最大の魚市場。 東京都内に11か所ある東京都中央卸売市場のひとつだが、その規模は世界最大であり、東京のみならず日本を代表する卸売市場である。この項では外郭に存在する築地場外市場商店街(通称:場外、場外市場、築地場外、築地場外市場)についても記述する。
目次
[非表示]

    * 1 歴史
    * 2 構造
    * 3 観光地としての市場
    * 4 市場移転問題
    * 5 交通
    * 6 脚注
    * 7 関連項目
          o 7.1 関連著名人
    * 8 参考文献
    * 9 外部リンク

[編集] 歴史

江戸時代から東京の食品流通を担ってきた日本橋魚河岸をはじめとする市場群が、1923年(大正12年)9月に起きた関東大震災で壊滅したのを受け、12月、隅田川や汐留駅といった水運、陸運に恵まれていた旧外国人居留地(築地居留地)の海軍省所有地を借り受けて臨時の東京市設魚市場を開設したのが、築地市場の始まりである。

    * 1935年(昭和10年)に現在の位置(京橋区築地)に東京市中央卸売市場が開設された。
    * 1954年にビキニ環礁での米国の水爆実験(キャッスル作戦ブラボー実験)により被曝した、第五福竜丸の水揚げ水産物であるマグロやヨシキリザメが同年3月15日築地市場へ入荷、これらは強い放射能を有し市場は混乱状態に。セリは中断され、残った水産物も軒並み相場は値つかずとなった。行政は被曝水産物を場内の地中に埋めるよう指示し、埋めた地点に「原爆マグロ」の塚を建立、現世にその災禍を伝えている(2006年現在、市場再整備等により一時的に夢の島第五福竜丸展示館に移設)。現在は市場の外壁に記念プレートが掲げられている。通行の支障を考慮してプレートになったという。
    * 1995年、都営地下鉄大江戸線(当時都営12号線)築地市場駅の工事に伴い市場地下を調査することとなり、これらの骸が発掘されるのではないかとマスメディアを賑わせたが、何らの骸も発掘されることはなかった。
    * 1995年3月20日、地下鉄サリン事件が発生。最寄り駅(当時)の築地駅で最多の被害者が出たこと、付近の聖路加国際病院が救急患者を多数受け入れたことから、終日混乱した。
    * 2000年(平成12年)12月12日、築地市場駅が都営地下鉄大江戸線全線開通と同時に開業(敷地内に出入り口がある)。

[編集] 構造
第五福竜丸のプレート

築地六丁目にある駐車場の一部を除き、築地市場の所在地は「東京都中央区築地五丁目2番1号」。

築地市場は、面積約23ヘクタール。この中で、8の卸売業者と約1000(うち水産約820)の仲卸業者によってせりが行われる。2005年の取扱数量は、全品目合計で約916,866トン(一日当たり水産物2,167トン、青果1,170トン)、金額にして約5657億円(一日当たり水産物1,768百万円、青果320百万円)になる[1]。

現在築地市場で取り扱う品目は水産物(取扱量日本最大)のほか、青果(野菜・果物、東京では大田市場に次ぐ第二位)・鳥卵(鶏肉および鶏卵)・漬物・各種加工品(豆腐・もやし・冷凍食品等)がある。

競り場や仲卸がある主な建物は、弧を描いている。これは国鉄東京市場駅が存在した事が大きな要因となっている。線路がこれらの建物に平行して存在しており、これを利用した鮮魚貨物列車などが入線していた。しかし生鮮食品でも貨物運送が貨物列車からトラックに徐々に移行し、その影響で冷凍車や活魚車などの貨車や鮮魚貨物列車なども廃止され、駅も廃止された。路線は市場内外でも撤去されている。市場の青果門付近から旧汐留駅跡に伸びる細い舗装道路が線路跡としてのこっている。その歩道には踏切の警報機も残されている。

正門
    新大橋通りに面している築地市場の門。警視庁築地警察署中央市場交番、築地市場駅A1出口がある。道を隔てて国立がんセンター中央病院、朝日新聞東京本社がある。
青果門(せいかもん)
    青果を扱うせり場付近にあることから命名された門。青果を運ぶトラックの往来が多い。
勝鬨門(かちどきもん)
    勝鬨橋に隣接する築地市場の門。付近には、市場の敷地内に「おさかな普及センター資料館」、「築地市場厚生会館 」、そして敷地外には勝鬨橋とその資料を集めて公開している「かちどき橋の資料館」、晴海通りをはさんでニチレイ本社がある。
海幸橋門(かいこうばしもん)
    波除神社に隣接した築地市場の門。名前は築地川の支川に架かるアーチ橋の海幸橋があったことに由来している。支川は、現在は埋め立てられ駐輪場として中央区が管理運営している。橋の構造物は橋桁と欄干を除き撤去されている。
市場橋門(いちばばしもん)
    新大橋通りに面する門のうち最も東(あるいは北)にある門。付近に市場橋があったことからの命名。通路は狭く裏門的な状況で築地市場から退場方向に一方通行である。
関連事業者営業所

市場の主幹業務を補完する関連事業者物品販売業と飲食業が軒を並べる場所。このエリアは、海苔屋、お茶屋、本屋、乾物屋、包丁屋という具合に取り扱い品目が規定されており市場ならではの妻物屋などが存在している。飲食業については「飲食店」としか規定されておらず、近年、喫茶店が商売替えをしたり、IT関連企業が定食屋を買収するなどにより、観光客を標的とした寿司屋が増えている。

時計塔
    東京都の建物の屋上に存在したが、現在は撤去されている。目の前の通路の名称に時計塔通りとして残っている。
買荷保管所(かいにほかんじょ)
    仲卸などで購入した商品を預かって貰う場所。場内数箇所に「特」「東」「西」「新」の異なる呼び名で存在する。集積された荷物を横付けされた自動車などに積み込み商店や飲食店に配達される。「潮待茶屋」あるいは単に「茶屋」と呼ばれている。これは魚河岸が日本橋にあった頃、魚は東京市市内に張り巡らされた河川・運河などの水路を使って船で配達しており、満潮を待って仕事をしていたことに由来する。茶屋を使用するには契約が必要である。
東京都市場衛生検査所
    検査所に所属する食品衛生監視員が市場内に流通する食品の監視、検査と事業者に対する衛生指導を行っている。東京都福祉保健局が管轄しており、足立市場と大田市場に支所がある。
築地場外市場商店街
    築地市場の周辺にも買出人を相手とする店舗が多数あり、「場外」と呼ばれる商店街を形成している。これに対して築地市場は「場内」と呼ばれる。場外は場内に比べ一般客や観光客が比較的多い。
波除神社(なみよけじんじゃ)
    築地市場の海幸橋門(かいこうばしもん)に隣接している神社。埋立地の別称である築地の地名からも解かる通り、この付近一帯は埋立地である。江戸時代初期、万治元年(1658年)に築地本願寺からこの付近にかけて埋め立てが開始されたが、次々と波に洗われて工事は難航していた。しかし海中から発見された稲荷神の像を祀ったところ、風波が和らぎ工事が完了したとされている。これが「波除」の由来で、厄除けや航海安全の神として信仰されている。また、築地市場に隣接していることから「海老塚」「すし塚」「玉子塚」などの水産物や食品に関わる霊を祀る塚がある。

[編集] 観光地としての市場
築地市場
勝鬨橋前の入口にある「おさかな普及センター資料館」

築地市場の扱う生鮮品の良さや食堂棟のグルメがマスコミに頻繁に取り上げられるようになったこと、築地市場の売り上げの減少により業者以外の入場規制の解除を行い観光客の誘致を働きかけるようになり、一般の見学客や購買客が大勢訪れるようになった。現在は東京の観光ガイド本はもちろん、外国人向けガイドブックにも築地が取り上げられ、日本の観光地の一つとなっている。

また、築地市場の別称である場内市場と、築地市場に隣接した商店街である場外市場とがあり、市場敷地内は東京都管轄の卸・仲卸・関連事業者と呼ばれる業者販売を前提とした店であるが、場外市場は通常の商店街と同じで一般客や観光客を相手にした店が多い。新大橋通りと晴海通りとの交差点から市場にかけての地域がそれにあたる。

    * 場内は休市日はほとんどの店が営業していない(場外もおよそそれに倣う)。
    * 場内は午前中でほとんどの店が閉店する。
    * 日曜日・祝日は基本的に休市。
    * 日曜日を除いて祝日を含めた月2回ほど不定期で休市が設定されており、平日の休市は水曜日となっている(休市日の魚屋や飲食店の商品は前日仕入れの場合がある)。
    * 年末年始とお盆を除き原則的に3連休はない(2連休以下になるように開市される)。

観光客・一般客の急増に伴い、本来は立ち入り禁止区域の入所も黙認していたが、市場のルールやマナーに反する観光客・一般客が増え、市場本来の業務に支障を来すなどの問題も起きており、対策として2008年4月から、卸売場への立ち入りを原則禁止、冷凍マグロの競り場にロープで区切った観光客用の見学エリア設置・時間限定(午前5時-午前6時15分)で容認、注意事項パンフレット(5ヶ国語)の用意、等が講じられた[2][3]。しかし、改善の兆しがあまり見受けられないことから規制を強化、観光客・一般客は2008年12月15日から2009年1月17日までの予定でマグロなどの水産物や青果の競りを行う区域を立入禁止とした[3][4]。

一般客・観光客として市場を訪れる場合は以下のことに留意されたい。

    * 自動車やターレなどが頻繁に通行するため、必ず通路の端を歩く。
    * 集団で歩く際や食堂棟で行列を作る際には、通行や隣接店舗の邪魔にならないようにする。
    * 路面が荒れていること、濡れていることから、かかとの高い靴では訪れない。
    * 水産物を扱うことから、水に濡れても構わない服装が好ましい。
    * 周囲に注意し、重たい荷物を抱えた者や、急いでいる者には道を譲る。
    * 連休前は非常に混雑するので控える。

混雑する場内の寿司屋

場内の見学や休市日については、都の公式サイト[5]を参照

中央卸売市場として集荷分配・価格決定をする公共市場としての性格が強く、もともと業者(小規模店、飲食店、料亭など)向けの卸売価格で販売されていることが多く、上野のアメヤ横丁などと異なり過度の値引き交渉を前提とした価格設定は基本的にされていない。観光客や一般客を前提とした店舗もあり、商品の購入自体は小口買いの業者も多いことから一般消費者だからといって断られることはないが、アメ横などと混同すると断られる場合も多い。

[編集] 市場移転問題

築地市場は、当初、列車輸送が想定されていたためトラック駐車スペースは狭小であった。

築地市場が、取り扱い数量の拡大(2005年に2140トンで日本最高)により施設が手狭になったことや1935年開場の施設の老朽化、銀座などに近い築地という立地条件の良さなどに鑑み、2012年をめどに東京都江東区の東京ガスの工場跡地の豊洲新市場への移転が検討された。東京都は、築地市場の移転先を豊洲にすることは元々は反対の立場で築地市場の再整備を考えていたが、当初の計画通りに工事を進めることが困難なことから賛成へと変化し、2001年に豊洲に移転することを決定した。東京都側と築地市場業界との協議機関として、新市場建設協議会が設置されており、2004年7月、「豊洲新市場基本計画」[6]が策定された。

東京都知事・石原慎太郎は「築地は古くて清潔でない。都民や消費者の利益を考えれば、市場を維持するわけにはいかない。ほかに適地はない」と示したこと、2007年の都知事選挙において当選の会見を行った石原が、築地市場には大量のアスベストが存在しており移転は必要との発言、かつてこの場所が海軍省所有地であったことに関連して艦底の貝付着防止剤に含まれていた有毒塗料成分が検出されていること[7]、過去地中に埋められた「原爆マグロ」(前述)、など築地市場が抱える不具合点の解消も目指している。

しかし、移転先の場所が、かつて東京ガスの施設があったことによる土壌汚染が判明した(東京ガスから東京都側にはそのことの説明が行われており、東京都は承知していた)。東京都などは、移転先の用地の土の上に4.5メートルの汚染されていない土壌を重ね、アスファルトを敷くことから問題はないとして移転計画を推進しているが、一方で"豊洲は汚染されている"とした移転反対運動がある。これを裏付けるように、都が2007年10月6日に発表した調査結果で地下水はベンゼン、シアン化合物、鉛、ヒ素が環境基準を、土壌はベンゼン、シアン化合物、ヒ素が環境基準を上回る汚染が明らかになった。これと共に東京湾の環境問題も注目され、そこで獲れる魚介類の汚染も浮き彫りになっている[8]。

移転後の築地市場跡地の活用方法として、招致活動を行っている2016年東京オリンピックのメディアセンターとする構想を明らかにしていた[9]が、2008年10月31日の定例記者会見で石原は、これを断念し東京ビッグサイトにメディアセンターを設置する方針を表明した。

また、石原は2006年9月8日の定例記者会見において築地市場跡地に「NHKが移転する」発言し波紋を広げたが、NHKは「そんな計画はない」と完全否定している[10]。


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