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2009年10月17日 (土)

秋だからか、尚更さびしいね、曲を聴くと思い出すよあの頃。合掌加藤和彦さん、そしてイムジン河。

 以下、2017/08/27に何カ所か動画を入れ替えたり記事を追加したりしてます。

 

イムジン河 フォーク・クルセイダーズ
avantconsent
https://www.youtube.com/watch?v=1-eJDL3zLCQ&fmt=18

2007/04/19 に公開

ザ・フォーク・クルセダーズがテレビで歌ったイムジン河
左から、加藤和彦、はしだのりひこ、北山修。

「イムジン河」
http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=22077

作詞:朴世永・訳詞:松山猛
作曲:高宗漢・加藤和彦

イムジン河 水清く とうとうと流る
水鳥 自由にむらがり 飛び交うよ
我が祖国 南の地 想いははるか
イムジン河 水清く とうとうと流る

北の大地から 南の空へ
飛び行く鳥よ 自由の使者よ
誰が祖国を 二つに分けてしまったの
誰が祖国を 分けてしまったの

(間奏)

イムジン河 空遠く 虹よかかっておくれ
河よ 想いを伝えておくれ
ふるさとを いつまでも忘れはしない
イムジン河 水清く とうとうと流る

 

↓途中から子供たちが合唱に参加。↑昔のバージョンとはまた違った味、和風な楽器の使い方が素敵です。世界中どの国の人もふるさとを思う気持ちはおなじと言うこと、その思いがノンビリしたメロディラインと子供達の合唱にのり、不思議なくらい強烈にせまり、感じさせてくれます。いいパフォーマンスを残してくれてただただ感謝、ありがとうの一言です。哀悼、そして合掌、加藤和彦。

イムジン河 2006年3月23日
Lill
https://www.youtube.com/watch?v=nA89a0xepMI&fmt=18

2016/06/21 に公開

NHK総合『音楽・夢くらぶ』2006年3月23日最終回(23:15~23:45)での加藤和彦(右)と坂崎幸之助(左)。坂崎はTHE ALFEEの初期リーダーでありメンバー。また多彩な楽器を自在に弾きこなすマルチプレイヤー。2002年、フォークル新結成時にはザ・フォーク・クルセダーズの大ファンであった坂崎幸之助が、はしだのりひこに代わるメンバーとして参加している。

子供たちの合唱は#t=1m52s 1分52秒から。末尾でこの歌とはしだのりひことのエピソードの記事を採録(←頁内ジャンプ)。

 

 言わば完全版。よくぞ残してくれたと思う。

イムジン河
himekou43e
https://www.youtube.com/watch?v=W23kSbY2Zus

2009/08/08 に公開

左から、北山修、坂崎幸之助、加藤和彦。

2002年11月17日NHKホール
フォーククルセダーズ新結成記念解散音楽會

※アルフィーの坂崎幸之助がはしだのりひこと二人で歌ったイムジン河も後ろで採録(←頁内ジャンプ)

 

「イムジン河」伝説 (驚きももの木 20世紀)
再投稿
お散歩
http://www.dailymotion.com/video/x6090m1

「イムジン河」伝説 (驚きももの木 20世紀) 投稿者 osanpodeonigiri

驚きももの木 20世紀 朝日放送制作
1994.04.29放送 「イムジン河」伝説(ザ・フォーク・クルセダーズ)

21秒の所で「ナレーター:加川良」の字幕。(加川良関連

  

あの素晴らしい愛をもう一度
himekou43e
https://www.youtube.com/watch?v=CAtHvMP0QFw

2009/08/08 に公開

左から、北山修、坂崎幸之助、加藤和彦。

2002年11月17日NHKホール
フォーククルセダーズ新結成記念解散音楽會

 

「悲しくてやりきれない」加藤和彦、坂崎幸之助
Love Folksong
https://www.youtube.com/watch?v=CM1N70jmiRU

2017/01/03 に公開

 

2002年11月17日NHKホール
フォーククルセダーズ新結成記念解散音楽會
toshiyasu nakano
https://www.youtube.com/watch?v=2dsmSwo15lo

2017/05/09 に公開

最初〜、開演の口上で向かって右から、市川猿之助、加藤和彦、坂崎幸之助、北山修の順。
10m49s〜、紀元弐阡年。
13m12s〜、グァンタナメラ
16m43s〜、コキリコの唄(富山県民謡)
19m40s〜、「きょうの料理」テーマ
21m48s〜、山羊さんゆうびん
24m18s〜、巌流島
26m0s〜、きつね
29m54s〜、戦争は知らない
ここから坂崎幸之助
33m30s〜、何のために
36m42s〜、花のかおりに
40m34s〜、北山修しゃべり
ここから北山修
42m25s〜、42m31s〜風(はしだ のりひこ 本名:端田 宣彦、1945年1月7日 -  作曲)
47m0s〜、戦争を知らない子供たち
50m2s〜、北山トーク。
ここから加藤和彦
52m20s〜、大統領殿
56m13s〜、11月3日(雨ニモマケズ)
ここから加藤と坂崎で
1h0m3s〜、白い色は恋人の色
1h2m47s〜、感謝

1h6m21s〜、ここから北山、坂崎、加藤三人による唄の前に、加藤から坂崎へギターのプレゼント、北山から坂崎へ第2期クルセダーズが解散した時に作ったLP(300枚限定制作の内の1枚)のプレゼント
1h8m7s〜、悲しみは言葉にならない
1h12m0s〜、沖縄から来たネーネーズの紹介、太鼓も同行。
1h12m20s〜、花はどこへ行った
1h17m56s〜、伴奏者の紹介。
1h18m18s〜、花(すべての人の心に花を)
1h22m45s〜、伴奏者の紹介。
1h24m1s〜、悲しくてやりきれない
1h27m10s〜、イムジン河
1h30m19s〜、あの素晴らしい愛をもう一度
アンコールか、緞帳の前で歌う。
1h33m41s〜、
緞帳が右に開き、泉谷しげるが三人と合流し歌う
1h36m23s〜、
中島啓江が参加し歌う
1h38m37s〜、帰って来たヨッパライ
泉谷、中島が下がったあと、北山、坂崎、加藤三人による唄。
1h40m10s〜、イムジン河 作詞:朴世永、作曲:高宗漢 、日本語詞:松山猛、北山修、加藤和彦、編作曲:加藤和彦 最初加藤和彦がハングルで唄った後、
1h40m50s〜北山修の語りで、「今や、イムジン河には色んな歌手が日本語で歌える。その事がフォークルのイムジン河だけが禁止される理由がなくなったと言う情況を作りだし、我らの友人松山猛が35年前に作った独創的な訳詞のままで発売可能になったのだと思います。ただ今頂いたのはハングル語の歌詞で、松山猛の2番の部分を訳して頂いたものです。その原詩にとらわれないオリジナルな歌詞を今回ぜひコリアンの方々にご理解して頂こうと思いハングル語に翻訳して頂きました。翻訳はもちろん在日コリアンの方々にお願い致しました。この歌は今も現実を歌い上げています。そしてイムジン河の朝鮮半島に流れる河ですが、日本と半島の間にも、また世界のどこにでも、そして今日私たちの間にでも流れている河と言えそうです。それらのこう言う情況を踏まえて新たな歌詞を作ってもいいかと思い、考えてとても夢のある新しい歌詞をつけました。先ほどのハングル語を1番として歌い、松山猛の作詞の2番を2番として歌い、最後の3番をこのたび作りました加藤和彦、松山猛、北山修作詞の、いや訳詞と言った方がいいのかな、訳詞の新たな歌詞で歌わせて頂きます。(1h42m39s〜)恐らくこれが最後のフォーク・クルセダーズの最後のイムジン河となると思います」。
1h45m28s〜、平和について
1h46m47s〜、北山が挨拶し帰る、「さくら」を歌い帰る。

 

加藤和彦を思うコンサート 2013.03.09 渋谷公会堂 NHKのBSプレミアム『きたやまおさむの加藤和彦音楽会』を4本

フォークル・アマチュア時代 きたやまおさむ 坂崎幸之助
http://www.dailymotion.com/video/x666sb8

投稿者 osanpodeonigiri
公開日:2017/10/26 期間:17:19
 

瞳みのる 松山猛  きたやまおさむ 坂崎幸之助 ザ・フォーク・クルセダーズ

◎1965フォークル結成、花はどこへ行った。1967松山猛、イムジン河。ファニーズ⇒タイガースの瞳みのる。1967帰ってきた…

 

帰って来たヨッパライ きたやまおさむ
http://www.dailymotion.com/video/x666u6a

投稿者 osanpodeonigiri
公開日:2017/10/26 期間:19:41
 

きたやまおさむ 坂崎幸之助 平沼義男 松山猛

◎1967帰ってきたヨッパライ。5分25秒〜、1967.10.01フォークルさよならコンサートのビデオ。プロになるのを断った平沼義男。席を交換してサンフランシスコ・ベイ・ブルース(1963年)。元ラジオ関西ディレクター高梨美津子さん。はしだのりひこ加入。花のかおりに。1968年10月解散。

 

手と手 手と手 きたやまおさむ 坂崎幸之助
http://www.dailymotion.com/video/x666uxg

投稿者 osanpodeonigiri
公開日:2017/10/26 期間:07:52
 

きたやまおさむ 坂崎幸之助 加藤和彦

◎2007手と手 手と手。あの素晴らしい愛をもう一度、平沼義男・松山猛・坂崎・北山・南こうせつ・瞳みのる。

 

人生という劇場 きたやまおさむ 坂崎幸之助
http://www.dailymotion.com/video/x666vh9

投稿者 osanpodeonigiri
公開日:2017/10/26 期間:11:13
 

◎2008人生という劇場。5分57秒〜、2枚の写真の紹介。2009年10月16日、加藤和彦の部屋に唯一残っていた写真。それはビデオで紹介していた1967.10.01フォークルさよならコンサートでの、サンフランシスコ・ベイ・ブルース(1963年)アマチュア時解散の時の写真だった。もう一枚は同じ日に撮った北山修が唯一飾っていた写真(こちらはアンコールがありグループのユニフォームでなく私服に着替えている)。最後の曲、ライク加藤和彦(2013)。

5分57秒〜の写真は、左から平沼義男・北山修・加藤和彦

 

きたやまおさむ、九州大学、定年退職を記念して
2010年3月21日(日)さよならコンサート

七色の光の中で きたやまおさむ 坂崎幸之助
arihiko2013
https://www.youtube.com/watch?v=LVykQ9s_1eg

2013/07/01 に公開

日時 2010年3月21日(日)
開場 15:30~ 開演 16:00~
場所 九州大学医学部 百年講堂大ホール
 (福岡市東区馬出3-1-1 九州大学病院地区内)
地図:http://www.med.kyushu-u.ac.jp/100ko-do/
出演 坂崎幸之助(THE ALFEE) きたやまおさむ 他
プログラム
 きたやまおさむ レクチャー
 伊都キャンパス 「嚶鳴天空広場」イメージソング発表
 坂崎幸之助 きたやまおさむ歌う

 主催 九州大学さよならコンサート実行委員会
 共催 九州大学

 

 関連で、。

風 はしだのりひことシューベルツ
丸山勝
https://www.youtube.com/watch?v=ugtGClQLUdQ

2013/02/23 に公開

昭和44年のヒット曲 左から杉田二郎、越智友嗣、井上博、はしだのりひこ。

歌手:はしだのりひことシューベルツ
作詞:北山修
作曲:端田宣彦

  

イムジン河/はしだのりひこ&坂崎幸之助
https://www.youtube.com/watch?v=A7AQZHvH6JY
akinolemmon

2009/10/29 に公開

ノイズ有り。 はじめて聴いたのがこのはしだバージョン。 加藤和彦ばかりに傾倒していたけどこのひとを忘れてはいけなかった。

 

 韓国の映像作家、シンガーソングライターでもある、イ・ランによる手話をやりながら日本語で歌うイムジン河。

[MV] 이랑 イ・ラン - 임진강 イムジン河
lang lee
https://www.youtube.com/watch?v=qhBQinebAp0

2018/01/01 に公開

関連記事:イ・ランの『イムジン河』――ボーダーを、言葉を越えて、幾重にも折り重なった意味に思いを馳せる

 

戦争は知らない/はしだのりひこ&坂崎幸之助
akinolemmon
https://www.youtube.com/watch?v=BJeeGkKd0Es

2009/10/29 に公開

フォークルのレパートリーのひとつ。 晩年の加藤和彦のレパートリーとしても知られるが 70年代にははしだのりひこもクライマックス名義でリリースする予定だった。

 

『風』 杉田二郎 & 坂崎幸之助
http://www.dailymotion.com/video/x68catr

投稿者 osanpodeonigiri
2017/11/09 に公開 時間03:50

14秒まで無音。

「風」(1969年) 歌:杉田二郎 & 坂崎幸之助 作詞:北山修 作曲:端田宣彦 " は、はしだのりひことシューベルツ " をカバーしたもの。

 

↓Twitter中の記事は、2017年4月23日(日)開催された「KBS京都創立65周年記念 京都フォーク・デイズ・ライブ きたやまおさむと京都フォークの世界」の記事。

https://twitter.com/orikasareiko/status/871008102128115712

 

 ↑Twitterで紹介されていた↓2017年4月23日(日)京都フォークデイズ・ライブ きたやまおさむと京都フォークの世界。

京都フォークデイズ・ライブ 「はしだのりひこ・北山修」
https://www.youtube.com/watch?v=mLCSM9lQo9s

2017/08/14 に公開

52秒(#t=52s)から、車イスに乗ったはしだのりひこ登場。冗談で客席を笑わせたあと、はしだのりひこが1969年(昭和44年)に作曲&リリースした「風」をはしだ、北山修、杉田二郎、皆で合唱

↑は↓の22分14秒(#t=22m14s)の所から33分1秒まで(#t=33m01s)。↓以下完全版の33分1秒から続きを聴くことが出来ます。

京都フォークデイズ・ライブ 「完全版」
https://www.youtube.com/watch?v=He1USGbEjjs

2017/08/12 にアップロード

きたやま おさむと、京都フォークの世界🎸 2017年4月23日、KBS京都ホールにて。

当初予定にはなかった、はしだのりひこ氏が サプライズで登場し、会場を沸かせました❗

 

2002年1月31日のサンスポ。

ザ・フォーククルセダーズの「イムジン河」34年ぶり発売
http://www.sanspo.com/geino/top/gt200201/g_top2002013101.html
Internet Archive 

02013101folk_mt131130 「イムジン河」のジャケット


 昭和43年に発売直前になって急遽(きゅうきょ)、発売が中止されたザ・フォーククルセダーズの幻の名曲「イムジン河」が、3月21日に発売されることが30日、分かった。同曲は、昨年のNHK「紅白歌合戦」でもキム・ヨンジャが歌うなど、紆余(うよ)曲折を経ながらさまざまな形で歌い継がれてきた。34年の時を経てよみがえる今、発売を機に“フォークル”再結成の話も急浮上している。〔写真:幻の名曲「イムジン河」のジャケット。左から加藤和彦、北山修、はしだのりひこ〕



 幻の名曲「イムジン河」(発売元アゲント・コンシピオ)が34年の時を経て、ようやく日の目をみることになった。

 同曲は、「帰って来たヨッパライ」を大ヒットさせた「ザ・フォーククルセダーズ」(加藤和彦、北山修、端田宣彦=その後、はしだのりひこ)の第2弾シングルとして昭和43年2月21日に発売される予定だった。原曲は、韓国と北朝鮮の統一を願う叙情歌。3人にとっては、アマチュア時代から歌っていた思い入れのある曲だった。

 ところが、発売直前に北朝鮮系の朝鮮総連から「歌詞が原詩と違い、正しい意味を伝えていない」「(作者不詳とされていたが)北朝鮮の歌であり、れっきとした作者もいるので、明記するように」とクレームがつき、諸般の事情から発売が中止された。

 それから30有余年。長い月日が流れ、昨年の大みそかにはNHK「紅白歌合戦」で韓国人歌手、キム・ヨンジャが熱唱するなど同曲を取り巻く情勢は大きく変化。朝鮮総連も、ザ・フォーククルセダーズの「イムジン河」発売に理解を示し、GOサインが出た。

 発売に当たっては、当時の音源のまま、デジタル処理で音をより鮮明にするリマスタリングで、懐かしの歌声をよみがえらせている。カップリング曲には当時、代替曲として録音され、大ヒットした「悲しくてやりきれない」が収録される。

 発売決定に、加藤和彦は「やっと出るのかという感じ。『紅白』で(キム・ヨンジャが歌うのを)聴いて、国内では認知されていることを実感した」と感慨深げ。また、関係者によると、発売を機にグループ再結成の話も急浮上しているが、これには「そーなんですか? エリザベス女王戴冠50周年記念式典に招待でもされたら、やってもいいかな」と、ジョークを交えながら前向きだ。

 現在、加藤は市川猿之助のスーパー歌舞伎の音楽監督などを中心に活動中、北山は九州大学で神経科の医師、はしだは京都で充電中だ。グループは、わずか1年足らずで解散しただけに、復活に涙する人は多そうだ。

 CDの問い合わせはアゲント・コンシピオ(電話03・5560・7005)へ。

★幻の名盤で中古レコードは30万円以上

 「イムジン河」は13万枚がプレスされ、発売中止決定とともに回収措置が取られたが、3万枚が未回収。メンバーも所持しない「幻の名盤」で、中古レコード市場では「30万円以上の価値」とされている。

 その後、同曲はザ・フォーシュリークという学生グループが、朝鮮総連と交渉して、指定の歌詞で歌うことを条件に「リムジン江」のタイトルで発売した。しかし、今度は民放連から、放送自主規制の「要注意歌謡曲」に指定された。

 最近では、奄美大島の民謡歌手RIKKIがアルバムに収録。桑田佳祐も平成10年にオールナイトリクエストショーACT AGAINST AIDSで歌っている。

■イムジン河 朝鮮半島38度線付近を流れる「臨津江」のこと。歌は、川の流れや北から南へ飛ぶ鳥に託して南北分断を歌っている。原曲の作詞は、北朝鮮の国歌「愛国歌」を書いた朴世永(パク・セヨン)氏、作曲は高宗漢(コ・ジョンハン)氏。

 日本語の詞はエッセイストの松山猛氏が書いた。美しいメロディーを在日朝鮮人の少年から教わった同氏が、アマチュア時代のザ・フォーククルセダーズに伝えた。原詩を書いた一番だけでは短いため、2、3番を書いたが、その詞が物議をかもすことになった。

■ザ・フォーククルセダーズ 加藤和彦をリーダーに北山修、端田宣彦が昭和40年に結成。アマチュアとして関西地域で活動後、42年12月に東芝から「帰って来たヨッパライ」でデビュー。288万枚の大ヒットを記録する。続いて出した「悲しくてやりきれない」「水虫の唄」も連続ヒットさせるが、43年9月、北山の学業への専念を理由に、10月いっぱいでの解散を発表した。

  

 イムジン河について報じる朝日の記事。テキスト起こししておきました。

(↓クリックすると拡大)スクロールして見るなら
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追記(2017/08/27):イムジン河は1968年3月(発売中止)になり2002年3月21日に再リリースされたので、再リリース後の記事。リード部分に(寺田憲二)とあり朝日の記事らしい。記事の日時は不明。記事中「日韓共催のW杯も始まった」とあり、開催期間は2002年5月31日から6月30日にかけてだったので朝日の縮刷版で2002年5月31日以降を探せば見つかるかも。

追記(2017/08/29):その後、都立中央図書館で朝日縮刷版の2002年5月31日〜同年7月10日までを調べるも見つからなかった。寺田憲二氏は箕面市人材データバンクに登録しているので記事掲載は朝日の関西版だったのかも。

 

(以下、記事のテキスト起こし)

イムジン河 空遠く 虹よかかっておくれ
祖国統一 悲願に共感 34年ぶりCD はしださんに聞く

 朝鮮半島の南北軍事境界線近くを流れる川の名で、祖国統一を願って朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)で作られた歌「イムジン河」。68年にザ・フォーク・クルセダーズ(フォークル)が歌い、復刻版として34年ぶりに発売されたCDの売れ行きが好調だ。3月下旬のリリース以来、すでに10万枚を超えたという。日韓共催のW杯も始まった。コンサートなどで歌い続けてきたシンガー・ソングライター、はしだのりひこさん(57)に歌への思いを聞いた。(寺田 憲二)

 ベトナム反戦や沖縄奪還で学生運動が盛り上がった67年、2倍速回転の早口で歌う「オラは死んじまっただ」のメロディーが、全国のラジオから流れた。京都の大学生だったはしださんと北山修さん、加藤和彦さんの3人で結成したフォークルの衝撃的なデビュー曲だ。この「帰ってきたヨッパライ」は280万枚が売れた。

放送「自粛」歌に

 翌年、2枚目のシングルとしてプレスされたのが、「イムジン河」だった。友人の松山猛さんが聞き覚えていた曲をもとに作詞し、加藤さんが採譜した。一時はラジオでも放送された。だが、作曲者名が明記されていないことなどを理由に、レコード会社が発売を見合わせ、民放連も放送を自主規制、「要注意歌謡曲」とされた。
 「あのころは、番組出演やコンサートで睡眠もろくに取れないほど超多忙でした。販売自粛と聞かされても、これが正しいのか悪いのか、考える時間も余裕もなかったのが実情でした」
 フォークルは8カ月で解散。はしださんは別のグループを結成し、「風」「花嫁」などのヒット曲を出す。「引き裂かれた民族が統一を願うメッセージはレコードや放送がだめでも、ステージなら伝えることができる。なるべく歌い続けるようにしてきました」

「みんな涙流す」

 88年8月、京都市右京区の京都朝鮮第二初中等学校で開かれた「解放日」の祭りに招待された。日本の終戦記念日は、北朝鮮や韓国では解放祈念日。屋台が並び、大勢の人々が集まっていた。
 「風」などを歌い終え、はしださんが舞台を降りようとした時だった。だれかから「イムジン河を歌ってくれ」と声がかかり、あちこちから「イムジン河」「イムジン河」と声がわきあがったという。「バンドの人とはキーを打ち合わせただけで歌いました。すると、肩を抱き合うグループが校庭中にでき、よく見ると、みんな体を震わせながら涙を流しているんです」
 「3番は長く伸ばして歌うフリーバラード。『イムジン河空遠く虹よかかっておくれ』『思いを伝えておくれ』と感情を込めて歌うと、チマ・チョゴリの女性が『アボジー(父さん)、オモニー(母さん)』と号泣しながら、こぶしを振り上げました」

「僕でも一緒に」

 はしださんには、鮮明に残る記憶がある。小学3、4年のころ、友人と自宅近くの高校へ野球の試合を見に行った。その試合中、校庭に近くの在日韓国・朝鮮人の集落から豚が逃げ出してくる騒ぎがあった。試合は間もなく再開されたが、すみで試合を見ていたグループめがけて、「チョーセンは野球見るな、帰れ」と声があがった。
 そのとき、白いチマ・チョゴリを着た女性がグラウンドに進み出て、「朝鮮人をばかにするな」と叫びながらこぶしを振り上げた。石が飛んできたが、女性はひるまず、観客席の方をにらみすえていた。
 「子ども心にも、そのおばさんが神々しく見えました。その姿と88年のコンサートが重なっています。あの舞台で、この歌への意識が変わりました。僕のような平凡な日本人でも一緒に涙を流すことができる。イデオロギーなどではなく、民族を分断された悲しみは北も南も一緒だということです」

57歳 本当に歌える年齢に

 復刻版CDを買っていくのは、ほとんどが50代という。34年前、ラジオで曲を聴きながら、レコードを手にすることができなかった年代だ。
 「あのころ、僕らは澄んだいい声をしていたと改めて思いました。でもいま、本当の『イムジン河』を歌えるだけの年齢になったと思っています。日韓併合以来90年にわたって彼らを虐待し、差別してきた『日本人』の一人として、歌い続けたい」

(以上、記事のテキスト起こし終り)

 

時代と音楽そして人生 「イムジン河」訳詞者の松山猛氏に聞く
2002/09/12
https://www.kobe-np.co.jp/rensai/cul/033.html
Internet Archive 

 ザ・フォーク・クルセイダーズ(フォークル)の「イムジン河」が今春、三十四年ぶりにCD発売されて話題になった。朝鮮半島の統一を願う歌詞が、原詞に忠実ではないなどと問題になり、発禁になっていた“幻の名曲”だ。フォークルをはじめ、かつて社会へのメッセージを熱く歌ったフォークシンガーが近年、再び動き出している。団塊の世代とも呼ばれる彼らは今、何を訴えようとしているのか。「イムジン河」の訳詞者で、現在はファッションやグルメ、環境問題に広く物申すフリーライター松山猛氏に、時代と音楽、人生について聞いた。 (平松正子)

考えざるを得なかった「団塊の世代」/音楽が再び日本を変える

 ―最初に「イムジン河」が発表されたのは一九六六年。まだ十代の若者に、あの詞を書かせた時代とは?

 「中学三年のとき、朝鮮中高級学校で偶然に原曲を聴き、胸をつかれた。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への帰還運動の中、親友が次々に帰国し、動乱後の分断をいたたまれなく感じていた時期だった。高校卒業後にフォークルと知り合い、あの詞を書いた。ベトナム戦争への反戦運動が世界中で巻き起こっていた。特別な政治思想もなかった僕さえ、反戦デモに参加した。若者の多くが世の中に疑問を抱いていた。ごく普通の若者をも怒らせた時代、多くのことを考えざるを得ない時代だった」

 ―そんな若者たちの主張が当時、フォークソングという形で表された

 「元来、音楽は思いを伝えやすい。僕自身は中・高校時代、モダンジャズに夢中になり、そこからアメリカの公民権運動に関心を持った。音楽が世界の動きにつながっていた。特にあのころのフォークは、ビジネス化された歌謡界と無縁で、ギター一本で誰でも歌えた。僕が手伝った先輩のライブでは、ベトナム側から撮った戦争の映像をバックで上映したりした。怒れる学生たちのパワーがフォークと結びつき、全国で同時多発的に動き出していった」

 ―その担い手は、第一次ベビーブーム時代に生まれた団塊の世代

 「僕らの世代はとにかく人数が多いから、勉強でもスポーツでも、ちょっとやそっとじゃ飛び抜けられない。何か目立つことをやらなきゃ。だから世の中に怒ってるんだけど、政治家になったヤツは少ない。圧倒的な数の論理の中で、自分の意志など埋もれてしまうことを本能的に知ってしまっていた。それで政治以外の表現を志したのだろう」

 ―その“目立ちたがり”精神が、現在の幅広い執筆活動にも影響を?

 「例えば、僕が機械式腕時計に興味を持ち、研究し始めたのが七〇年代半ば。高度成長の中、正確な時間を刻むクオーツ時計を大量生産し、多くの機能を付加するのに躍起になっていた時代だ。ようやく最近になって、スローライフという考え方も理解されてきた。世の中全部が『右向け右』の状態のとき、ポツンと残った中にこそ、見るべきものがある。それらを拾い上げて伝えるのが、僕の役目だと思っている」

 ―そして今、フォークルやアリス、かぐや姫が相次ぎ再結成。フォーク音楽が再び見直されている

 「三十年前より今の方が、平和で豊かで、いい時代には違いない。でも元気がない。一方、大流行してビッグビジネスになっていたフォークも一段落して、本来の美しい響きを取り戻してきた。こんな時代だから、音楽がまた何かの役に立つのではないか。決して昔を懐かしむだけじゃなく、日本を変える力になり得る。皆が持っている力を目いっぱいに使えば、できないことなんてないと信じている。僕らの世代はいつも前向きだ」

 まつやま・たけし 1946年、京都市生まれ。グラフィックデザインの仕事の傍ら、「帰ってきたヨッパライ」などを作詞。現在はフリーライター、編集者として世界各国を取材する。主著に「ワーズワースの庭で」「松山趣味」「少年Mのイムジン河」など。

参考:
2002/11/29
松山猛さん(作家) 僕らの周りには渡れない「イムジン河」がたくさんある
http://www.jinken.ne.jp/flat_now/kyousei/2002/11/29/1621.html

2014-08-31(ブログ 日日平安part2)
フォーク・クルセダーズはやはりすごかったんだなぁと今になって思う
http://tomii23.hatenablog.com/entry/2014/08/31/114657

2006年08月20日(ブログ 美里のセーラー服日記)
ザ・フォーク・クルセダース①
http://blog.livedoor.jp/iruka50/archives/50785124.html

2006年09月24日(ブログ 美里のセーラー服日記)
ザ・フォーク・クルセダーズ②
http://blog.livedoor.jp/iruka50/archives/50810739.html

 

関連エントリ:
哀悼 はしだのりひこさん告別式 600人で「風」を合唱 記事と、フォークル シューベルツ その後の動画など。

2010年3月21日(日)北山修、九州大学定年退職記念さよならコンサート。

You Tubeで、グループ名で検索すれば出てくるけれど、曲名で検索すると出てこない不思議な歌。それにしても名曲だなぁ、。

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