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2010年9月 3日 (金)

れんだいこのカンテラ時評を採録(個別URLをふる、最強検索利用のため)

 右サイドのお散歩先でご紹介している「れんだいこの左往来人生学院問う論場2」の記事です。ブログと違い掲示板形式で個別URLが振られないので、URLを振って保存したいのと、ココログ最強検索が利用できるファイルにしたいので採録しておきます。

Re::れんだいこのカンテラ時評798 れんだいこ 2010/09/03 19:55

 【民主党代表選の序盤考】

 9.1日の民主党代表選の幕が開くや、早速に菅のネガティブキャンペーンが始まった。それが却って顰蹙を買いつつある。マスコミは、「国民の声を聞け」をうたい文句にして、菅続投をエールしまくって来たが、「ここは一つ小沢にやらせた方が却ってすっきりする」と云う最新の国民の声を報ずることができるのだろうか。公正報道を旨とするマスコミメディアの報道責任が問われるが、今度はどういう詭弁に転じるのだろう。

 ところで、朝日新聞の例の社説士の口は塞がっただろうか。依然として空いたままだろうかと考えると可笑しい。そろそろテレビに出てきて、書いたのは私だが「それが何か」と、とぼけた顔を見せるべきだろう。れんだいこは、今現在の口のあき具合を見たいと思う。まだ「開いた口がふさがらない」のかどうか確かめたい。

 それはともかく、民主党代表選のお陰で、菅が西郷隆盛を嘲笑し、その後の明治政府を高く評価すると云う歴史観を持っていることが分かった。西郷、大久保亡きあとの政府を指導した伊藤博文派以来の政治を是認していることになるが、こういう観点でどうやって官僚制批判ができるのだろう。れんだいこには解せない。菅の西郷論、明治維新論をもっと聞いてみたい気がする。菅は、政権取るまでは官僚批判で飯を食い、政権取った今は官僚のイエスマンぶりを発揮している。どちらの菅が本当の菅なのだろう。いずれにせよ菅が予想以上に右派系思考の持主であることが判明した。社民連系市民運動上がり故に多少左派的な面が有るかと思ってきたが、トンだ期待外れだった。

 そう云えば、菅の出自である岡山民主党系の江田が菅派の選対本部長を務め、子飼いの津村と柚木がサブで走り回っている。岡山民主党系では姫井だけが反旗を翻し小沢派に陣取っているようである。それもその筈で、津村はゴリゴリの改憲派であり、江田、菅はいつの間にか改憲派に転じている。姫井は護憲派である。護憲派が小沢を押し、改憲派が菅を押していることになる。これが、江田—菅の現在的な政治的位置である。イメージとは随分違うことになる。

 マスコミは、新世論に棹さすように、小沢の失言を引き出そうとあの手この手で挑んでいる。今や映像社会なので誰が何を云ったのか、言葉だけでなく当人の顔ごと我々の記憶に焼きつけられることになる。この際、しっかり確認しておこう。してみれば国際金融資本の御用聞き稼業も楽ではない時代になりつつあると云うことか。とはいえ、この連中は今までウマ飯を食わせてもらっているので、今更ヤメタができないのだろう。そういう訳で、哀れな立ち回りを見せられるばかりとなる。

 日本記者クラブ主催の民主党代表候補公開討論会で、小沢候補に「政治とカネ」でいちゃもんをつけていた4人組が明らかになった。「悪徳ペンタゴン4人衆」と規定すべきか「国際金融資本4人組」と云うべきかの詮議は別にして、これを確認する。1・原田亮介(日本経済新聞編集局次長。ワシントン帰り)、2・倉重篤郎(毎日新聞論説副委員長)、3・橋本五郎(読売新聞論説委員、渡邉恒雄の腹心)、4・星浩(朝日新聞編集委員、ワシントン帰り)とのことである。

 この4人組は、「野中証言」によって暴露された内閣機密費貰いの「言論とカネ問題」に頬かむりしたまま何食わぬ顔をして「政治とカネ問題」を追及していることになる。それができる厚顔の持主であることを晒している。しかしながら、せっかくの追及も小沢候補に見事に肩すかしを食わされたのがお笑いである。れんだいこは、こういう手あいが年収ン千万円を取り、ぬくぬくしている世の中を変えねばならぬと思う。分不相応の高給が売文売弁不善を為す原因と思わるので、次回の給与から世の為人の為になるようカンパするよう要請する。どうせ馬の耳に念仏だろうが。 

 菅派が、今後も政治を論ぜず一つ覚えの「政治とカネ問題」を繰り出すなら、そろそろ誰かが質問せねばならない。「菅さん、あなたが小沢候補がされたような捜査を東京地検特捜部から受けた場合、不起訴を勝ち取る自信が有りますか。あなたの政治資金収支報告書を見せてください」。菅はお口をどう廻すのだろうか。まさか領収書の要らない企業、団体から闇献金を受けていながら何食わぬ顔しているのではあるまいな。こう問えば、菅派は総崩れになるではなかろうか。それを思えば卑怯な追及派でしかない。

 さて、選挙戦は後10日ばかりとなる。論戦はますます小沢有利に推移すると見るが、アンダーグラウンドでは何が起きているのか分からない。今は拮抗しているようなので大丈夫だが、形勢不利となるや国際金融資本派は何をしでかすか分からない。次にどういう技に転じるのだろう。この辺りが見どころになりつつある。

 2010.9.3日 れんだいこ拝

 

Re::れんだいこのカンテラ時評797 れんだいこ 2010/09/02 21:50

【2010.9.14民主党代表選の争点考その3、「菅の西郷論、歴史観」のお粗末考】

 れんだいこは、「小沢起つ」を西南の役の「西郷起つ」になぞらえて賛辞している。興味深いことに、菅が同じく「小沢起つ」を西南の役の「西郷起つ」に例えているようなので確認しておく。サイト「ライジング・サン」の2010.9.2日付けブログ「菅直人とはこういう男である」によれば、菅首相は、公式に出馬声明した9.1日の夜、野田財務相グループの会合に出席し、次のように述べたと云う。「明治維新には西郷隆盛の力が必要だったが、西郷さんはああいう(西南戦争で敗れて自決する)末路をたどった。西南戦争があって、本格的な明治政府ができた」。

 れんだいこは、菅のこの発言は、由々しき悪しき歴史観、処世観を披歴しており、菅の首相職失格を証左して余りあると考える。これをコメントしておく。

 これによれば、「西南戦争があって、本格的な明治政府ができた」として、西郷なき後の明治政府を好評価していることが分かる。れんだいこは、聞き捨てならない歴史観だと思う。今日、幕末ブームであり坂本竜馬の歴史的偉業が見直されつつあるが、西郷隆盛はその坂本竜馬の盟友であり、幕末維新の立役者であった。内戦回避の江戸城無血開城の英断が高く評価されている。明治維新後の奉公もその無私の精神ゆえに未だに慕われている。

 通説では征韓論を唱えていたとして論断されているが、本当の史実では西郷式征韓論は成立しない。西郷は、西欧列強の世界の植民地化に抗する為に日本、朝鮮、中国(当時の清国)との友那的アジア主義を唱え、その説得に出向こうとして権限を与えるよう談判し、これが聞き入れられず、その他その他新政府の政治的手法を廻って幕末維新永続革命派が一斉に下野した。これが、征韓論争の真実である。下野した側にこそ有能な士が見て取れる。

 彼らは各地で「士族の反乱」を起したが、個別分散的な抵抗であった為に鎮圧された。その最期の大戦争となったのが西南の役である。「政府に訊問の筋あり」とのノボリを翻して鹿児島を起った。この反乱は、西欧れ今日のテコ入れもあり奮戦むなしく鎮圧された。菅の弁によると、こうした履歴を持つ西郷が何の惜しみもなく否定され、用済みとされている。してみれば、彼の歴史観では、坂本竜馬も同様に用済み末路を辿っただけのことになるのではなかろうか。

 菅は、前段で、「明治維新には西郷隆盛の力が必要だったが、西郷さんはああいう(西南戦争で敗れて自決する)末路をたどった」と述べている。あたかも「政権交代には小沢一郎の力が必要だったが、小沢さんはああいう末路をたどった」と言いたげではなかろうか。ここに、菅のゲスな処世観が見て取れないだろうか。人を駒として使い捨てにすることを何ら意に介しない冷利な機会主義者の臭いを嗅ぐことができるのではなかろうか。こうなると政治の信以前の人間的な信の問題になる。

 菅は、9.1日の共同記者会見の席上でも、小沢の首相資質、能力問題を問うた。一言一句は再現できないが、「俺は今現に首相である。お前にその能力が有るのか。『成りたい』のなら能力を実証せよ」と云う意味合いの傲慢な問いかけだったように思う。その後で、予算委員会に座り続ける小沢が想像できないと揶揄していたと記憶する。小沢は苦笑しながら、「私は二十年前に閣僚経験がある。あなたにそういう心配をお掛けするには及ばない」と返答していた。小沢は大人しく述べていたが、「失礼な質し」そのものであった。「暫く蟄居しておれ、それが国家の為にも党の為にも自身の為でもある」に続く尊大非礼な云い方ではなかろうか。

 こうして見ると、菅は、小泉とハーモニーしており、小泉に続く人格的に何か大きな欠陥を持つ権力パラノイアではなかろうか。且つ西郷論、明治維新論に見られるように低俗な歴史観、歴史眼の持主であることが判明した。こういう人格、能力者に日本丸の舵取りを任せては危ない、一刻も早く政界から退場させるべきであるとすべきではなかろうか。

 至らないながらも至ろうとするのならまだしも、先の参院選指揮の如く「あらぬ采配」を平気で振るう御仁であり、その責任を取る意思も能力もない御仁であることが判明している。菅には唯一、愛嬌が有ることで辛うじて許せるが、断じて首相職に就けさせるような人物ではない。現に首相であることは由々しき国家的一大事である。鳩山以下である。こう確認すべきではなかろうか。これが云いたかった。

  2010.9.2日 れんだいこ拝

 

Re::れんだいこのカンテラ時評796 れんだいこ 2010/09/02 20:52

【2010.9.14民主党代表選の争点考その2、「菅派の角栄的なるもの政治弾劾」の愚見考】

 民主党代表選は二週間の日程で争われる。この選挙戦で何が争点なのか。マスコミメディアの解説は「為にする小沢批判の見地からの菅続投プロパガンダ報道」に流されると思われるので、我々の目線で確認しておく。れんだいこが、菅式論理論法の詭弁を俎上に乗せ、逐一晒して見ようと思う。

 第一に確認すべきは、既に先の投稿で明らかにしたように、菅首相自身が持ちだしたことでも分かるように、ロッキード事件を廻り、これを契機として始まった「角栄的なるもの政治」を政治訴追し、その政治の後継者である小沢政治批判に結び付けて行くのか、「角栄的なるもの政治」の是の面を再検証し、歴史見直しして行くのかの争点である。

 多くの人民大衆の意識は既にロッキード事件を風化させている。故に、菅首相が出馬声明に於いて敢えてロッキード事件を持ちだし「私の政治の原点」と強調したことの意味が分からないであろう。しかし、れんだいこ史観によれば、これこそまさしく真の政治闘争軸であり、その限りで菅首相がロッキード事件を持ちだしたことの意義は大きい。もっとも、菅首相は、政治とカネ問題に纏わる政治糾弾の原点としてのみロッキード事件を捉え、ネガティブキャンペーンに利用しようとしているようで、同事件の持つ複合的な政治的意味を矮小化させている。つまり、菅の意図に反して菅の政治能力のお粗末さを晒している。とはいえ、ロッキード事件自体を持ちだしたことの意義の方を評価すべきであろう。

 れんだいこに云わせれば、ロッキード事件は、戦後日本政治を廻る在地土着派による自主自律政治を掣肘し、現代世界を牛耳る国際金融資本の御用聞き政治へ水路を開いた一大政治謀略事件であり国策捜査事件であった。現在50代以上の者は記憶しているであろうが、当時、現在の小沢パッシングなぞ比ではない、けたたましい角栄パッシングが連日続けられた。それも、御用評論家は云わずもがなとして与党自民党のみならず野党諸党をも巻き込んで、否それどころではない右翼から左翼、労組まで、否それどころではない検察から裁判所の最高機関まで巻き込んで角栄包囲の政治訴追運動が展開された。日共の宮顕、不破、上耕の異常な出張り、こともあろうに社共、労組が御用提灯を提げて目白邸を包囲すると云うバカ騒ぎが演ぜられた。一体、この狂気を誰が画策したのだろうか。

 こうして、日頃は政治的ポジションが大きく異なるにも拘わらず、「角栄の政治訴追、政界追放」と云う一点で野合した醜悪な共同戦線運動が繰り広げられた。当時は、今日のようにインターネットがなかったので、これを不快に思う人民大衆の声は公にされず、故に一方的な角栄パッシングとなった。これに対して新左翼系がさほど動かなかったのは僥倖の見識であった。れんだいこは、そのように理解している。

 菅首相はこたび、この時の喧争を是として、「私の政治の原点」とのたまわった。結構、結構。ならば、これを逆手に取り、ロッキード事件とは一体何だったのか、「角栄的なるもの政治」の本質とは一体どのように捉えられるべきものであったのか、「政治とカネ問題」とは如何なる政治制度の宿アなのか、今後如何に合理的なものにすべきなのか、これを問う絶好の機会にしたいと思う。但し、これを述べればかなりの紙数を費やすので、この概要を知りたければ、自薦ながられんだいこサイトの「角栄論」で確認すれば良かろう。角栄政治の何たるか、ロッキード事件の闇についてそれなりに言及している。

 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/

 菅首相に問いたいのだが、菅がロッキード事件を「私の政治の原点」として、角栄の政治訴追、政界追放を是認するのは勝手だとしても、「角栄的なるもの」を政界追放した結果として、その後の日本政治は果たして良くなったのか逆なのか、これに応えねばなるまい。

 れんだいこの見立てによれば、「角栄的なるもの」が機能していた日本政治は国内的には世界が羨む史上未曽有の経済成長を遂げ、対外的にも日米安保同盟下の制限を受けつつも戦後憲法の掲げる国際協調と平和創造に向けて大きな役割を果たしていた。何より政治の裏表がはっきりしていた。政権奪取前に掲げた政策課題は政権発足後直ちに着手され実行に移された。「政治とカネ問題」では今日的基準では色々不首尾な面があったが、大きく見れば必要経費のようなものであった。何より、そういう面を埋め合わせても政治の実効による成果の方が大きかった。これを評価すべきではなかろうか。現下の政治尺度は、この仕事の功績を見ずに、「政治とカネ問題」に対する異常執着している気がしてならない。

 特徴的なことは、国債が発行されていない善政であったことであろう。それまでは、憲法憲法第7章の諸規定、戦後財政法のいわゆる健全財政主義原則の諸規定に従い、国債発行禁止を遵守していた。1960年代末までの田中蔵相時代まではこの原則を守り、高度経済成長路線を稼働させ歯車が噛み合っていた。この原則を破り禁じ手の国債発行に踏み切ったのが佐藤政権下の福田蔵相であり、大量発行に向かったのか三木政権であり中曽根政権であり、以降の歴代政権の慣わしとなった。今日の天文学的な異常累積債務はこうして積み上げられたのは衆知の通りである。

 菅は、これをどう考えるのだろうか。国債発行をせずして高度経済成長していた良き時代が有るのであるが、これを是とするべきではないのか。逆に云うと、国債発行してなお且つ低成長にあえいでいるのはどういう訳なのか。菅が角栄批判に酔うのは勝手だが、角栄批判に興じるのなら、この辺りを政治責任に於いて説明せねばなるまい。

 角栄時代までの政治に特徴的なその二は、消費税が導入されていないことである。それまでは、全国的に法人活動を活性化させ、その営業利益から法人税を取ると云う直接税方式を基調にしていた。景気下支えとしての公共事業振興により法人活動を活性化させ、その好循環の中で雇用が確保され、社員の正規雇用が当然視され、各々が受け取る給与から相応の所得税を支払った。この方式で国庫収入が増えて行った。今にして思えば、この直接税徴税手法こそ正当で範とすべきではなかろうか。

 間接税式の消費税導入はこの経済循環をズタズタにさせた。企業は、利益が上がろうが上がるまいが売上に対して一定料率の消費税が課税されることにより、途端に経営を苦しくさせられることになった。その他その他経営環境を圧迫させるばかりの諸施策が講ぜられることになった。企業は、それらの対応策として正規雇用を打ち切り、臨時雇用社員に切り替えるなどして利益の確保に努めざるを得ないことになった。大企業は無理難題を下請企業に皺寄せすることになった。そのようにして生みだされた利益がハゲタカファンドにさらわれると云うケッタイなことになった。

 こうした下手くそな政治のツケが廻り回って社会保障費の異常増大を促すと云う悪循環に陥っているのではないのか。その備縫策として補助金制、補償金制等々で対応しているが、これでは財源が幾らあっても足りなくなるであろう。その他方で、軍事防衛費が増大し、思いやり予算が計上され、今や至れり尽くせり予算化へと向かいつつある。普天間基地移転問題でも、グアム移転費、辺野古移設費がどれほど計上されようとしているのか、菅政権はこれを明らかにせねばならない。あれこれ思えば、消費税がない時代の政治の方を是とすべきではないのか。逆に云うと、消費税を導入してなお財政が逼塞し、消費税増税中毒に陥っているのはどういう訳なのか。菅が角栄批判に酔うのは勝手だが、この辺りを説明せねばなるまい。

 時代は、消費税増税を要請しているのではなく、消費税廃止を促しているのではなかろうか。この地平に立って財政のムダを省き、真に景気浮揚に功のある諸施策を手当てし、もって税収の自然増へと導くべきではないのか。ここに政治家の能力が期待されているのではなかろうか。この点で、菅政治の対応は全く逆走している。こういう政治をやる為に命を賭けるなどと云われると、小泉政治の再来ではないかと危惧するのは、れんだいこだけだろうか。迷惑な意気がりでしかない。

 その他云いたいことは山ほどあるが省略する。結論は、菅がロッキード事件を政治の原点として政界に入り今日に至っていることを勝手であり、愛想上は慶祝するにしても、その政治活動を通して日本が一体良くなったのか良くなりつつあるのか逆なのか、これを説明せねばなるまい。国債と消費税について云えば、これに依拠することなく経済発展を指導した「角栄的なるもの政治」と、これに依拠しつつ経済失速し続け、それどころか日本経済破綻へと指導する「反角栄的なるもの政治」のどちらが望ましいのか説明せねばなるまい。軍配は自明ではなかろうか。

 菅は、小沢の政治履歴上の親角栄性をもって弾劾するネガティブキャンペーンに乗り出しつつあるがエエ加減にするべきではなかろうか。無知と恥の上塗りなのではなかろうか。反角栄プロパガンダには何の根拠もない。むしろデタラメであり、今こそ角栄政治の有能性を検証するべきである。これが云いたかった。菅派が繰り広げ始めている「角栄筋の小沢批判キャンペーン」に対して、それがどしたと反撃しておきたかった。今や長い迷妄から醒める時である。これが本稿の意義である。

 2010.9.2日 れんだいこ拝

 

Re::れんだいこのカンテラ時評795 れんだいこ 2010/09/02 19:55

 【2010.9.14民主党代表選の争点考その1、「菅派のネガティブキャンペーン」の卑劣考】

 9.1日、民主党代表選のゴングが鳴り、明けて9.2日、公開討論会が行われた。菅首相は早くも激烈なネガティブキャンペーンを開始している。菅自身が如何に金権と無縁なのか、自身の政治資金収支報告書を明らかにして記載漏れのないこと、記載内容が「天の声献金」とも無縁なことを比較的に論ずるのならともかく、マスコミの小沢パッシングに悪乗りする形で小沢前幹事長の政治とカネ問題を取り上げ誹謗し、「お金にまみれた政治、政治文化を変えなければならない。クリーンでオープンな政治を目指していきたい」と吠え続けようとしている。

 小沢前幹事長は、ロッキード裁判を欠かすことなく傍聴し、こういう時に備えて収支報告書に落ち度のないよう、むしろ手本の如くにガラス張りにしている。そういう小沢に対して菅が一方的に攻撃を続けるのなら、自身の政治資金収支報告書を公開して比較的に論ずるのが公平正義と云うものだろう。まともな報道機関なら、そこを問うべきなのだが、それを期待するのは野暮と云うものだろうか。

 「菅式ネガティブキャンペーン」はまもなく食傷されよう。なぜなら、政治的抱負や実績を述べて政治能力を競うのではなく、相手の弱点を激しく突く手法は国際金融資本帝国主義者の常用するネオシオニズム政治の特徴であり日本的感性に馴染まないからである。。菅が平気でこれを繰り出していることは、菅が身も心も脳も籠絡されているネオシオニストの徒党であることを物語っていよう。我々は、その惨めさを見て取るベきではなかろうか。小沢は政治信条において「百術は一誠に如かず」を座右の銘にしている。菅は、煎じ薬にして味わうべきではなかろうか。

 以上が結論であり、以下、「ネガティブ・キャンペーンとは何か」につき確認しておく。「ウィキペディアのネガティブ・キャンペーン(Negative campaigning)」その他を参照する。

 「ネガティブ・キャンペーン」とは、要するに次のようなものである。「選挙戦術の一つで、相手の政策上の欠点や人格上の問題点を批判して信頼を失わせる弁舌手法を云う。マスコミの広告媒体を使っての、人物や組織のウィークポイントを集中的に攻撃する手法もネガティブ・キャンペーンと呼ばれる。根拠のなない中傷である場合もあるが、事実に基づいた批判もネガティブ・キャンペーンの範疇に含まれる。いずれにせよ、相手の信用を失わせることで、自分を相対的に高めることを目的としている。この他、あえて自分にとって不利になる話題を取り上げて、自分への注目を集める行為もネガティブ・キャンペーンと呼ばれることがある」。

 れんだいこが思うに、この手法は一般的なものではない。日本政治史上に於いては、厳しく戒められていた外道政治手法である。特に、徳治主義を旨とし、切腹と云う責任の取り方を課せられていたサムライ政治の倫理に於いては内省なき他者批判はご法度であった。こうした政治手法は、国際金融資本帝国主義の影響下にあるところで多用されている。特に米国で常用されていることが、これを証左する。

 政治学上、ナチスのゲッペルス宣伝相の「ウソも百万篇費やせば真実になる」弁が引用されるが、濡れ衣に近い。正しくは、こういう政治手法の本家本元はネオシオニズムであり、ゲッペルス宣伝相が同様の言を述べたとしたら、対抗上の失弁であったと思われる。ネオシオニズムのネガティブ・キャンペーン術磨きの歴史は古い。つまり筋金入りのものである。イエスがパリサイ派との論争で反駁したのも、このパリサイ派の思考回路であった。その選民主義、金貨蓄財主義、報復主義的論理と共に激しく弁難したものである。

 最近の政治家は、ネオシオニズム・テキストで学習するせいか、こういうネガティブ・キャンペーンを習熟するのが政治能力の向上と勘違いしている風がある。本来の政治能力を磨くより、この邪道スキルの習熟に励む傾向がある。政局男として名をなす菅式弁舌は、この典型であろう。菅の政治歴三十年は、これを習得しただけのように思われる。

 日本政治の能力は、この種の政治家の跋扈と共に歪められ、政治課題に向けての真摯な取り組み、事態打開と云う本来の能力を磨かず、政治を商売にする口先政治家、政治家の身分を現代貴族にさせた上での貴族主義的な遊び人風政治家を増産しつつある。こたびの民主党代表選はくどいほど菅の口からネガティブキャンペーンを聞かされることになろう。番外編の楽しみとすべきかも知れない。これぐらいの説明で良かろうか。

 2010.9.2日 れんだいこ拝

 

Re::れんだいこのカンテラ時評794 れんだいこ 2010/09/01 21:57

【「2010.8.31民主党代表選ゴングの裏話」考】

 「2010.8.31民主党代表選ゴングの裏話」を確認しておく。民主党代表選が遂に一騎討ちとなることが確定したのを見届け、この間伝書鳩としてパシリを務めた鳩山前首相が思わずつぶやいた言葉が「ボクはいったい、何だったんでしょうね」だった。一見滑稽なのだが、裏舞台が見えてくると滑稽だけでは済まされない事情があるので、これを確認する。役職は煩雑なので呼び捨てにする。

 そもそも伝書鳩パシリがいつから始まったのか。確実なのは、8.24日の小沢出馬直前の動き辺りからである。小沢は、翌8.25日の「小沢一郎政治塾」での講演後、出馬表明する予定であったと思われる。これを阻止するべく鳩山が動き、8.24日夜、都内のホテルで小沢前幹事長と会談し、代表選への対応を協議している。当然、菅の要請を受けてのものである。この時、人事的配慮を媚薬にして「翌日の出馬声明」を思いとどまらせた風がある。小沢は渋々同意した。

 翌8.25日、小沢は、「小沢一郎政治塾講演」で「下世話な政局話をする場ではない」と述べ、出馬表明を見送った。この頃、菅が挙党体制論に転じ、小沢派に対するポストの冷遇をしないとする約束がアングラ情報として伝えられていた。小沢の出馬声明見送りは、これにハーモニーしている。

 「小沢の出馬表明見送り」を確認するや、その8.25日夕刻、鳩山が首相官邸を訪れ、前日の人事媚薬の裏取りを始めた。ところが、「小沢の出馬表明見送り」後の菅は強気に転じていた。いろいろ理屈を並べて渋り始めた。要請されているのは最高度の政治的密約であり、菅にはその度量がなかったとも読める。この辺りは市民運動上がりのキレイゴト云い師の限界かも知れない。こうして、鳩山周旋は「事実上の決裂」となった。

 8.26日朝、小沢は、東京都内で鳩山と会談し、話が違うではないかと事情を質した。鳩山は、前日夕の菅会談の内容を伝えた。小沢は「よし分かった」と述べ、恨み節を云うでもなく出馬の意思を伝えた。菅に頼まれて周旋したのにコケにされた鳩山は同調し、小沢支持を約束した。鳩山の顔を立てた小沢とメンツを潰した菅と云う温度差によったものと思われる。小沢は直ちに記者団に向けて不退転の出馬表明した。鳩山も、小沢支持を言明し、小沢発言を裏付けた。これにより、民主党代表選は菅首相対小沢前幹事長の対決構図が確定した。本来であれば、鳩山の伝書鳩パシリはこれでお仕舞いであった。鳩山はその後、確か息子の所用でモスクワへ向かった。

 問題はここからである。モスクワまで出向いている鳩山に度々匿電が鳴った。一体、誰が鳴らしたのか。又しても菅である。或いは菅派の別要人も鳴らしていたのかも知れない。こうして、モスクワからの帰国後、鳩山の再度の伝書鳩パシリが始まった。鳩山のこの行為は軽薄と云えば軽薄であるが宇宙人的感性の賜物であろう。なぜなら、一度コケにされた者は二度目は受けないのが普通だから。それとも、受けざるを得ない筋がらの要請もあったのだろうか。

 8.29日、鳩山が帰国する。仙谷官房長官が東京都内のホテルで面会を求め、「ギリギリまで妥協点を探りたい。争わずに一つにまとまる方向を追求すべきだ」との考えを伝えている。こうして、鳩山の伝書鳩パシリが再開した。鳩山がその後、菅と小沢の間を何往復したのか分からない。稲盛和夫・京セラ名誉会長(内閣特別顧問)とも会食している。他の誰それとも、ひっきりなしに会っただろうと思われる。

 確かなことは、8.30日夜、菅と鳩山が首相公邸で約1時間10分間にわたって会談していることである。両者は「トロイカ体制」の構築で一致した。鳩山は、会談後、記者団に対し次のように述べている。「(鳩山、小沢、菅の3氏に輿石東参院議員会長を加えた)『トロイカ+1』で行こうではないかという思いを首相からいただいたので、明日、私が責任を持って小沢先生に伝え、首相と会談していただく」。この日、小沢の意を受けた輿石が菅に「本当に受け入れる腹はあるのか」と詰め寄り、菅は「ある」と応じているともある。

 「トロイカ+1」を廻って、菅派、小沢派の派内でそれぞれ悶着した。対決回避の楽観論が広がる中、 主戦論と様子見論が二分した。菅・鳩山会談後の深夜、小沢側近は、「不出馬の可能性もある。相当高いポストでの処遇ということかもしれない」と語り、ポスト次第で小沢の出馬見送りアリ説を披歴している。但し、小沢派内では依然として「鳩山氏の調整には応じず、小沢氏は出馬するべきだ」とする声も根強かった。

 そして、運命の「歴史その時」を迎える。8.31日、鳩山のお膳立てで小沢と輿石が招かれ、菅が来るのを待ち受けた。ところが、菅が一人で行くことを嫌がった。鳩山が何度かアポしている。菅は、前原らとの相談の結果、小沢とのサシ勝負なら応ずると述べ、二者直接会談に切り替えた。菅は、如何なる話の展開になろうとも菅一任を取り付けて出向いた。夕刻、菅—小沢会談がセットされた。会談は30分に及んだが両者の人事談合はなく、代表選を闘う上での申し合わせに費やした。こうして、両者の代表選出馬表明へと雪崩れ込んだ。

 この経緯からすれば、鳩山は完全にダシにされたことになる。少なくとも、8.26日早朝の小沢の出馬声明時点で役目を終えていた筈である。それを再度引きずり出された挙句、何の効もなかったことを思えば、鳩山が、「ボクはいったい、何だったんでしょうね」と述べた言葉は滑稽であるが的を射ている。要するに、前首相ともあろう者がかくも安易に使われ、結果的にコケにされたことになる。宇宙人の鳩山ならではのトボケで済んでいるが、他の者では烈火となって怒るところであろう。れんだいこは、これが云いたかった。

 もう一つ云いたいことがある。板垣 英憲氏の「マスコミに出ない政治経済の裏話」の8.31日付けブログ「菅首相の伸子夫人が夫に与えた『潔く討ち死にしなさい』の叱咤から、小沢一郎前幹事長との一騎打ちに突入へ」が興味深い裏話を伝えている。

 それによると、「トロイカ+1」で決着せんとしていた8.30日当夜のことであろう、伸子夫人が「トロイカ+1決着」に異を唱え、談合ではなく討ち死に覚悟の決選勝負をけしかけたと云う。本文は、「これまで支持してくれた仙谷さんや前原さん、枝野さんたち仲間を裏切って、小沢さんに付いてはいけない。妥協してよいことはない。ここは格好よく討ち死にしなさい。これは、代表選なんですよ。負けて意地を通しなさい」と述べたとある。修飾句を取れば要するに談合解決を否定したことになる。「夫人の言葉に目が覚めた菅首相は、31日午前、周辺に『討ち死に覚悟で代表選を戦う。勝敗は時の運だ』と決意を披瀝した」とある。板垣ブログではその他いろいろ評しているが、「伸子夫人の一言働き」を紹介しているところに値打ちがある。

 れんだいこは、この話が本当だとして初めて、鳩山の「ボクはいったい、何だったんでしょうね」が得心できた。要は、菅が盟友の鳩山よりも夫人の言を採り入れたと云うことである。こういうもので歴史が作られるのかどうかは分からないが、滑稽でもある。これによれば、「鳩山よ、あきらめろ。妻は強かった」と云うことになる。まさに歴史は夜つくられるを地で行く話である。この逸話は後世に残るであろう。これを伝えた板垣ブログの価値も高い。

 れんだいこは、「伸子夫人の一言働き」を喝采する。伸子夫人よ、あなたはやはり偉かった。サスガと褒めたい。なぜなら、小沢が鳩山周旋に乗ったとすると、それは釣り針付きの疑似餌だったのであり危なかったと思うからである。恐らく、「トロイカ+1決着」は、民主党選に小沢を起たさない為の鳩山、菅をも操る政治マジシャンのシナリオであり姦計であった。そう気がつかせないよう、いろんな役者を使って政界を催眠術にかけながら用意周到に事が運ばれていた。結果的に、「伸子夫人の一言働き」が、これを突き崩したことになる。その言に従った菅は、政治的能力のない政局男でしかないが、憎めない奴と云うことになる。これが、れんだいこが初めて菅を好意的に評する言である。伸子夫人は、主人である菅も、その政敵である小沢も救った。

 確認すべきは、「小沢起つ」がそれほど嫌がられていると云うことであろう。小沢を嫌がる勢力は、これまで検察を使って小沢を金縛りにし、マスコミメディアの言論大砲を使ってパッシング大包囲網をつくり、何が何でも小沢を起たさないよう、あの手この手で策動してきた。しかし、その手が利かなかった。9.1日、両者の民主党代表選の立候補届け出が粛々と行われ、夕刻、共同記者会見が催された。今後も菅の口からは否応なく日本政界をワシ掴みにしている黒い魔手の囁きが聞かされることになるだろう。小沢の口からは否応なく日本の在るべき別の道が説かれることになるだろう。これと共に日本政治を蝕んでいる催眠術が解け始めるであろう。これが「9.14民主党代表選の裏意味」である。

 2010.9.1日 れんだいこ拝

 

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