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2010年10月16日 (土)

検察審査会が平均年齢とかあんまりなんで、あらためて「起訴相当」議決翌日10月5日の社説等徹底的に集めてみました。

※追記:2部構成にする事にしました。こんなひどい状況をまともな人なら黙っているはずもないので、
1、「起訴相当」議決直後のマスコミ記事を具体的に批評したフリージャーナリストなどの記事。(順次追加していきます)
2、「起訴相当」議決翌日10月5日の社説等

 今目の前に起きている事は何なのか、名前をつけるならファシズムでしょう。

 何千万という有権者に選ばれ政権交代をした政党の実力者、小沢一郎氏が正体不明の(平均年齢が二転三転し、しかも年齢が30代前後と確率的には二度も三度もは絶対に起こりえない年齢構成だ)いわゆるマスゴミが国民目線だの、国民の声だの、市民感覚だの天にも上がるように持ち上げる幽霊のような存在に政治生命を断たれようとしている。

 しかも、昨日時点の国会質疑によれば、会議録を出せないと言うではないか。民主党川内博史氏の「会議を公開出来ないとしても、名前をふせてで良いから会議録を開示して欲しい」と言う質疑に対して、法務省の西川刑事局長は「会議録を公開しないと定めた規程はありません」と答弁したが、法相の柳田は次の様に答えています。

(柳田法務大臣答弁始め)
「そもそも検察審査会議が非公開とされている趣旨は」
1、検察審査会の審査が起訴前の手続きであるため被疑者その他の関係人の名誉の保護にとりわけ意を用いる必要がある事、
2、捜査の延長としての側面もあるため捜査の秘密を保護する必要があること、
3、審査を公開すると自由な討論が妨げられ、あるいは他から不当な影響を受ける恐れがある事、
等と言う理由が有る事に基づいております。審査会議自体を非公開としても会議録が公開されると今述べたような審査会議の非公開の趣旨が損なわれる事から会議録の公開は検察審査会法第26条の趣旨から許されないという風に解しております。ただ川内議員の考えも色々考えさせるところがありますので、個人的にはしっかりと考えていきたいとそう思っております。
(柳田法務大臣答弁終わり)

※SOBA:柳田法相の答弁は木で鼻を括ったような官僚受け売りの答弁。10月6日の読売の記事(記事採録済み)、審査補助員を務めた吉田繁実弁護士が暴力団を例に出して検察審査員に説明したと同レベルの答弁である。憲法第50条(不逮捕特権)で国会議員が保護されているのは何の為か、それ以前に憲法第 31条(法の適正な手続き=due process of law)を知らないとは言わせない。普通の市民でさえ法の適正な手続きが保証されているし、更にそれ以上に選挙で国民の負託を受けた国会議員は国家権力からの不当な弾圧を受けないように保護されている。これなくしてなんの三権分立か。

 

 検察審査会糾弾特大バナー作りました。まず、じっくり見られるように、。

↓クリックすると拡大します。二つは静止コマです。

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 以下、2コマ組み合わせた完成版です。

↓クリックすると拡大します。(歌は、吉田拓郎のファイト、長渕剛のmyself
規制改革要望書司法改革と検察審査会議事録非公開糾弾バナーバナー


 以下、資料として採録。「起訴相当」議決直後のマスコミ記事を具体的に批評したフリージャーナリストなどの記事です。(最初に戻る

 

天声人語「村木さん同様、小沢氏も酷い目にあうべき」と主張
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/postseven-20101017-3314/1.htm
2010年10月17日(日)10時0分配信

 マスメディアは検察からのリーク情報をもとに、小沢一郎元民主党代表に「政治とカネ」の問題があると書き続けてきた。だが、小沢氏が仮に無罪となれば、「グレー」ではなく「白」である。そのとき、記者クラブメディアがいい続けてきた「政治とカネ」の問題は、膨大な誤報の山であったということになる。

 もしそうなったら、テレビ・新聞は、一体どう責任をとるつもりなのか。ジャーナリスト、上杉隆氏が、「天声人語」の論理矛盾を取り上げる。

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 10月6日の朝日新聞「天声人語」は、自己矛盾にさらに自己矛盾を重ねるものだった。いわく、「郵便不正事件で不当逮捕された村木厚子さんは、5カ月も自由を奪われ、復職までの1年3か月を無駄にした。立法という究極の公務に携わる小沢氏も、『政治休職』するのが筋だ」

 呆れるほかはない。朝日は村木さんが検察の“犯罪”によって自由を奪われ、休職を余儀なくされたことを引き合いに出し、小沢氏に同等の基本的人権を無視した不当休職を求める理屈になってしまっている。これでは、「村木さんが酷い目にあったのだから、小沢氏も酷い目にあうべきだ」というに等しい。

 朝日新聞は村木さんの悲劇を繰り返さないために、検察批判をしてきたのではないのか。ところが相手が小沢氏になった途端「政治休職」させる、すなわち議員辞職させるために全く逆の論理をふりかざしてしまっている。「天声人語」は、自ら論理破綻の検証をして、訂正文を載せた方がよいのではないか。

※週刊ポスト2010年10月22日号

 

上杉隆氏「小沢氏推定無罪で辞職を迫る新聞社説は支離滅裂」
2010.10.14 17:00
http://www.news-postseven.com/archives/20101014_3305.html

 強制起訴となる小沢一郎氏の出処進退について、不思議なことに、新聞各紙の主張は「議員辞職すべし」で足並みが揃っていた。 ジャーナリスト、上杉隆氏はそうした主張は、あまりに自己矛盾に陥っていると指摘する。

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 10月5日の紙面では、「自ら議員辞職の決断を」と朝日が社説で宣言すれば、「潔く議員辞職すべきだ」と産経も足並みを揃える。ふだんは政治的主張が正反対の朝日・産経ですらこれだ。読売・毎日の内容もほぼ同じで、新聞は「反小沢」になるといきなり固い結束を見せる。

 ところが、小沢氏に議員辞職を求める彼らのそうした主張は、残念ながら自己矛盾に陥ってしまっている。

「これまでの政治的かつ道義的責任に加え、刑事責任も問われる。小沢氏本人は『裁判の場で無実が必ず明らかになる』と語ったが、今こそ自ら進んで責任を認め、潔く議員辞職し、政治生活にピリオドを打つべきだろう」

 と産経は書いた。では、同じく公職にあって、起訴された村木さんのときはどうだったのか。彼女も起訴された時点で、厚生労働省を辞めるべきと、どの新聞がいったのか。

「確かに有罪が確定しない限り、『推定無罪』の原則が働く。しかし、そのことと、政治的な責任とはまったく別問題である」「その業績の歴史的意義をこれ以上損なわないためにも、ここは身を引くべきである」(朝日)

 もはや支離滅裂だ。「推定無罪」だとすれば、小沢氏のどこに「政治的な責任」があるというのか。朝日は小沢氏に「政治とカネ」の問題があるとの前提で書いているが、その前提を示す具体的な証拠は何一つ提示されていない。

※週刊ポスト2010年10月22日号


 以下、資料として採録。「起訴相当」議決が作成された=地裁掲示板に掲示された10月4日翌日、10月5日のマスコミ各社の社説やコラムです(一部10月5日より後の日付のものもあります)。一斉に同じような論調で恐くなるくらいです。嫌な記事だからと保存しておかないのは馬鹿げています。後世の人々に2010年がどんな民主主義の状況だったか伝えるための保存です。最後に赤旗の主張も採録しておきました。(最初に戻る

 

小沢氏起訴へ―自ら議員辞職の決断を【朝日、社説】
http://www.asahi.com/paper/editorial20101005.html#Edit1

 小沢一郎・元民主党代表は今こそ、自ら議員辞職を決断すべきである。

 小沢氏の資金管理団体の土地取引事件で、東京第五検察審査会は、小沢氏を政治資金規正法違反の罪で起訴すべきだと議決した。

 この20年近く、常に政治変動の中心にいた小沢氏は、近い将来、検察官役を務める弁護士によって起訴され、法廷で有罪・無罪を争うことになる。

 審査会は議決の要旨で、秘書に任せており一切かかわっていないとする小沢氏の説明について、「到底信用することができない」と述べた。

 疑惑発覚後、世の中の疑問に正面から答えようとせず、知らぬ存ぜぬで正面突破しようとした小沢氏の思惑は、まさに「世の中」の代表である審査員によって退けられたといえよう。

 今回の議決は、検察が不起訴とした事件について国民は裁判所の判断を仰ぐ「権利」があると書くなど、制度の趣旨に照らして首をかしげる部分も見受けられる。だが、検察官から起訴に踏み切る際の基準について説明を受けたうえで、その基準に照らしても不起訴処分はうなずけないと結論づけた。その判断を重く受け止めたい。

 いったんは検察が不起訴とした事件であり、公判がどのように推移するかは予断を許さない。

 小沢氏は先月の民主党代表選の際、強制起訴されても「離党したり、(議員)辞職したりする必要はない」と語った。確かに有罪が確定しない限り、「推定無罪」の原則が働く。

 しかし、そのことと、政治的な責任とはまったく別問題である。

 小沢氏は党幹事長だった6月、当時の鳩山由紀夫首相とともに、政治とカネの問題の責任を取り「ダブル辞任」した。刑事責任の有無は別にして、「クリーンな政治を取り戻す」(鳩山氏)ためには、それが避けられないという判断だったはずである。

 わずか3カ月後に代表選に出馬し、民意の厳しい批判にさらされたのは、政治責任に対する小沢氏のいい加減な姿勢が問われたからにほかならない。

 小沢氏が今回、けじめをつけなければ、政権交代に「新しい政治」を期待した有権者を再び裏切ることになる。

 離党したとしても「数の力」で党外から影響力をふるうなら同じことだ。

 小沢氏の師、田中角栄元首相はロッキード事件で逮捕され離党した後も、「闇将軍」として大きな権力をふるった。師の轍(てつ)を踏んではならない。

 小沢氏は政治改革の主唱者の一人でありつつ、「古い政治」の典型的な体現者でもあるという二面性を持つ。ただ、民主党を鍛え、政権交代を実現させた功労者であることは間違いない。

 であればこそ、その業績の歴史的意義をこれ以上損なわないためにも、ここは身を引くべきである。

 

2010年10月6日(水)付【天声人語】
http://www.asahi.com/paper/column20101006.html

 起訴される小沢一郎氏は涙した、と報じられた。「これは権力闘争だ」と。だが、起訴を決めたのは権力とは無縁の、氏が言う素人である。公開の法廷で決着させたいという素朴な感覚に、〈闘争〉の計画性やねちっこさはない▼国会での説明を避けてきた小沢氏は自業自得だろう。堂々と証人喚問に応じていれば、「素人」の心証も違ったはずだ。いやしくも政治家なら、お白州の前に赤じゅうたんの上で説明責任を果たしてはどうか▼立つ瀬がないのは検察だ。郵便不正事件では、無理を重ねて無実の民を起訴した愚を問われた。こんどは不起訴の判断を、平均31歳の検察審査会に「有罪の可能性があるのに不当」とやられた。幹部は「好きにやってくれ」と、やけのやんぱちである▼推定無罪とはいうが、一般公務員は起訴されたら休職となる。郵便不正事件で不当逮捕された村木厚子さんは、5カ月も自由を奪われ、復職までの1年3カ月を無駄にした。立法という究極の公務に携わる小沢氏も、「政治休職」するのが筋だ▼昨日の各紙社説は、本紙と産経が議員辞職を求めたほか、毎日が「自ら身を引け」、日経が「最低でも離党を」、読売も「政治責任は重い」と氏に辛い。マスコミだけが世論とは言わないが、今さら「闘争」でもなかろう。この日本にそんな余裕はない▼思えば、民主党の代表と首相になりそこねたのは、国民にとっても小沢氏にとっても幸いだった。景気に予算、対中関係、ねじれ国会。このうえ裁判対策ときては、国も体も持つまい。潮時である。

 

社説:検審「起訴議決」 小沢氏は自ら身を引け【毎日、社説】
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/archive/news/20101005ddm005070194000c.html

 小沢一郎・民主党元代表の資金管理団体「陸山会」をめぐる事件が、再び政界を揺るがす事態に発展した。東京第5検察審査会が2回目の審査で小沢氏を「起訴すべきだ」と議決したのである。

 昨年5月に改正検察審査会法が施行され、強制起訴の制度が始まった。政治家への適用は初めてだ。小沢氏は、裁判所が指定する検察官役の弁護士に起訴され、被告として法廷に立つ。小沢氏は「裁判の場で無実であることが明らかになる」とのコメントを出したが、少なくとも刑事裁判が政治活動の大きな障害になるのは間違いない。
 ◇「市民」の疑問の表れ

 事件では、石川知裕衆院議員ら元秘書3人が、陸山会の土地購入に際して小沢氏から4億円を借り入れながら政治資金収支報告書に記載しなかったとして起訴された。

 小沢氏の関与が最大の焦点になったが、東京地検は今年2月、容疑不十分で小沢氏を不起訴にした。これに対し、同審査会は4月、全員一致で「起訴相当」を議決したが、東京地検は再び不起訴処分にした。同審査会は、11人のメンバー全員が入れ替わって2回目の審査をし、再度検察の判断を覆したというのが、今回の経過だ。

 議決のポイントの第一は、関係者の供述の評価だ。収支報告書提出前、小沢氏に報告や相談をしたという石川議員の供述が再捜査後も維持された点、逆に4億円の出所について小沢氏の説明が変化していることが「不合理で、到底信用できない」と判断した点などが強調された。

 さらに、07年の小沢氏の会見で公表した土地の所有者についての確認書は「偽装」したと指摘し、小沢氏の報告書の不記載への関与をうかがわせる状況証拠と位置づけた。

 従来の起訴基準に照らしても起訴すべきだとの認識を示したうえで、「検察官だけの判断で有罪になる高度の見込みがないと思って起訴しないのは不当だ」と疑問を呈した。要するに市民感覚として小沢氏の不起訴は納得できないということだ。

 検察にとっては、従来の基準と異なるとの言い分はあろう。

 ただし、「国民は裁判所によって無罪なのか有罪なのかを判断してもらう権利がある。公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけようとする制度だ」との議決の指摘は、市民感覚を刑事訴追に反映させようという制度改正の目的と重なり合うものだ。

 また、今回の議決書からは、審査員らが供述調書などの証拠を丁寧に読み込み、結論を導いた様子がうかがえる。今後、公判維持に当たる検察官役の指定弁護士の役割が重要になる。検察は、補充捜査の要請があれば、真摯(しんし)に協力すべきである。

 もちろん、小沢氏は裁判の入り口に立ったに過ぎず、「推定無罪」という刑事裁判の大原則が今後もはたらくのは言うまでもない。

 また、審査について、一切、説明がないのは疑問だ。審査員の会見実施を含め、審査過程の一定の情報公開を改めて求めたい。

 小沢氏の強制起訴に伴う国政への影響は重大だ。さきの民主党代表選で小沢氏は菅直人首相に敗れたとはいえ、国会議員票でほぼ半数の200票を得ており、最大勢力の「小沢グループ」を率いる。菅改造内閣では「脱小沢」路線が維持された。だが、小沢氏の動向次第では政権運営や政界再編も含めた政治の動きに大きく影響しかねない。
 ◇党の自浄能力問われる

 小沢氏に私たちは国会での説明責任を果たすよう、これまで何度も主張してきた。議決でも指摘されたように、土地購入の原資をめぐる説明が転々とするなど、疑問をぬぐえなかったためだ。

 ところが、小沢氏は進んでその責任を果たさず、民主党も事態の打開に動かなかった。小沢氏の起訴議決を受け、公判への影響などを理由に小沢氏の国会での説明になお慎重論があることは理解に苦しむ。今国会で速やかに証人喚問などの実施を急がねばならない。

 仮に代表選で小沢氏が勝利し首相として強制起訴されれば、国政を担いつつ法廷での闘争にあたる極めて異常な状況に突入するおそれすらあった。「カネまみれの政治からの脱却」を代表選で訴えた首相の決意が本物か、党の自浄能力が今度こそ試される。

 小沢氏の政治的責任が一層、問われることも当然だ。民主党では小沢氏の事件で起訴された石川議員が離党、北海道教職員組合の不正献金事件では幹部らが有罪判決を受けた責任を取り、小林千代美前衆院議員が議員を辞職した。そもそも鳩山由紀夫前首相が退陣した際、一連の問題の責任を取り、小沢氏は前首相と共に幹事長を辞任したはずだ。

 小沢氏は代表選の際、仮に起訴されても「離党したり、辞職する必要はない」と表明している。だが、与野党から議員辞職や離党などを求める声が強まることは避けられまい。「古い体質」を象徴する政治とカネの問題を抱える小沢氏が与党の実力者として影響力を保ち続けることは問題がある。国会での究明と同時に、出処進退について、自らけじめをつけるべきである。
【関連記事】

    * 余録:小沢元幹事長の強制起訴
    * 陸山会事件:小沢氏の影響力低下必至
    * 陸山会事件:弁護士が検察官役 起訴まで長期化も
    * 陸山会事件:毎日新聞社が号外 新宿など5カ所

毎日新聞 2010年10月5日 東京朝刊

 

検察審再議決 小沢氏「起訴」の結論は重い(10月5日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20101004-OYT1T01281.htm

 強制起訴により、法廷に立たされる民主党の小沢一郎元代表の政治的責任は極めて重大だ。小沢氏にけじめを求める声が強まるのは確実で、民主党の自浄能力も問われよう。

 小沢氏の資金管理団体「陸山会」をめぐる政治資金規正法違反事件で、東京第5検察審査会は、小沢氏について2度目の「起訴すべき」との議決を出した。裁判所の指定する弁護士が今後、小沢氏を強制起訴する。

 小沢氏は、「裁判の場で私が無実であることが必ず明らかになると確信している」との談話を発表し、公判で争う意向を示した。

 ◆検察の捜査は「不十分」◆

 事件では、小沢氏と、既に起訴された石川知裕衆院議員ら元秘書との間で、政治資金収支報告書への虚偽記入について共謀が成立するかどうかがポイントだった。

 石川議員は捜査段階で、虚偽記入の方針を小沢氏に報告し、了承を得たと供述した。だが、検察は供述調書に具体性や迫真性が欠けると判断し、有罪を立証するには不十分だと結論づけていた。

 これに対し、第5検察審は「不自然なところはない」として、石川供述の信用性を認めた。陸山会の土地取引に関する小沢氏の説明の変遷にも言及し、「不合理で信用できない」とした。

 小沢氏らに対する検察の再捜査についても、「形式的な取り調べの域を出ていない」と不十分さを批判した。

 「有罪の可能性があるのに、検察官だけの判断で起訴しないのは不当で、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけるべきだ」とする検察審の指摘を、検察は重く受け止めなければならない。

 裁判では、検察は自らの不起訴の判断に拘泥せず、検察官役の弁護士に協力する必要がある。

 小沢氏は、9月の民主党代表選に出馬した際、検察審が「強制起訴」を議決した場合の対応について、「何もやましいこともないので、離党したり、辞職したりする必要はない」と語っていた。

 国会議員といえども、公判で無罪を主張する権利は無論、否定されるものではない。

 だが、小沢氏は鳩山前政権で民主党幹事長を務め、強大な権力を保持していた。先の代表選では敗北したが、今も、政府・与党内で影響力を持っている。

 小沢氏が刑事被告人になりながら、従来と同様に政治活動を続ければ、国民の政治不信は増幅されよう。刑事責任の有無とは別に、その政治的・道義的な責任は重いと言わざるを得ない。

 自民党の谷垣総裁は、小沢氏について「議員辞職すべきだ」と表明した。石川議員も民主党を自主的に離党しており、小沢氏は今後、与野党から、様々な形で政治的けじめを促されるだろう。

 ◆説明責任も果たさず◆

 小沢氏は今年1月の石川議員らの逮捕以来、事件への関与について国会で1度も説明してこなかった。5月には一時、衆院政治倫理審査会に出席する意向を示したが、6月に幹事長を辞任した後は、一切応じようとしていない。

 小沢氏が説明責任を果たさないことへの国民の批判は強い。9月上旬の読売新聞の世論調査でも「検察の捜査で不正はなかったことが明らかになった」とする小沢氏の説明について、85%が「納得できない」と回答している。

 この問題に関する政府・与党の反応は鈍い。

 仙谷官房長官は、「刑事訴訟手続きの一つのプロセスだから、コメントは差し控えたい」と述べるにとどめた。菅首相も従来、幹事長辞任で区切りをつけたという理屈で、小沢氏の国会招致に否定的な見解を繰り返してきた。

 民主党内では、小沢氏の事件でも、鳩山前首相の資金管理団体の虚偽献金事件でも、2人の責任を問う声がほとんど出なかった。政治とカネの問題に対する民主党の自浄能力には、大きな疑問符が付いている。

 ◆民主の自浄能力に疑問◆

 自民党など野党側は、小沢氏の辞職勧告決議案の国会提出や証人喚問要求を検討している。民主党は、早期に対処方針を決めることを迫られる。

 民主党内では、検察審査会制度の見直しを求める声が根強くある。小沢氏自身も一時、「素人の人がいいとか悪いとかいう仕組みがいいのか」と発言した。

 だが、2度目の議決をした審査員11人は、1度目の議決時のメンバーと全員が入れ替わっている。法律的な助言を与える弁護士も交代しており、慎重な審議が行われたと言えよう。

 大阪地検特捜部検事による証拠改ざん事件が検察審の審査に与える影響も懸念されたが、「強制起訴」議決は改ざん疑惑が発覚する前の先月14日だった。無責任な検察審批判は慎むべきだろう。
(2010年10月5日01時41分  読売新聞)

 

10月5日付 よみうり寸評
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/column2/news/20101005-OYT1T00626.htm

 〈唯我独尊〉——自分だけが偉い、正しいとうぬぼれる。小沢一郎氏と検察は、形も質もまるで違うが、これに似た共通点がある◆検察審査会の2度目の「起訴議決」は、小沢氏にも検察にも、双方に対し「仏様でもあるまいに、それは違うよ」とノーを突きつけた。そんな印象がある◆小沢氏は長く検察と対決しながら、ひとたび「不起訴」と決まると、プロの検察が認めたのだから無実だと言い続けた。「嫌疑不十分」などはおくびにも出さず、青天白日という主張だ ◆その一点張りで、土地購入資金4億円の出所がころころ変わったなど多くの疑問に全く答えていない。説明責任を果たさないつけが回ってきたという評もある ◆嫌疑不十分の不起訴は「シロ」ではない。「検察の起訴基準に照らしても起訴は可能だ。有罪の可能性があるのに、検察官の判断だけで起訴しないのは不当」。そう判断しての「起訴議決」◆検察審査会は検察の判断を追認するだけのお飾りではない。チェック機関であることを強く表明した。
(2010年10月5日14時08分  読売新聞)

 

10月5日付 編集手帳
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/column1/news/20101004-OYT1T01303.htm

 江戸期の雑俳に〈女房は晴明ほどにあてるなり〉とある。亭主の浮気を嗅(か)ぎつける女房の鼻は鋭くて、呪術(じゅじゅつ)の権威である陰陽師(おんみょうじ)・安倍晴明(あべのせいめい)にも劣らぬ、と◆専門知識をもつプロの判断よりも、常識をもとに「変だわね」と感じる素人の鼻がまさるときもある。今回の判断はどうか。検察審査会の議決により、小沢一郎氏が政治資金規正法違反で強制起訴されることになった◆政府の顔色を見て被疑者を釈放したり、証拠を改竄(かいざん)したり、プロである検察の信頼が揺らいでいるとき、「刑事訴訟の素人が…」と侮ることは誰にもできまい◆問題の土地購入に充てた4億円の出どころをめぐる発言が「政治資金—銀行融資—個人資金」と二転三転したのはなぜか。自己資金があったのなら、年間数百万円の金利を支払う融資申込書に署名・押印したのはなぜか。審査会の指摘した「変だわね」は、いちいちもっともである。口をつぐんできた小沢氏も、法廷では語ってくれるだろう◆刑事被告人となるその人を、ついこの間、首相に担ぎ上げようとした国会議員が200人もいた。素人の鼻には民主党も「変だわね」である。
(2010年10月5日01時35分  読売新聞)

 

代表選当日の小沢氏審査、「議論煮詰まり」議決【読売】
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101006-OYT1T00087.htm

 東京第5検察審査会が小沢氏を「起訴すべきだ」と議決するまでの経緯が、審査会関係者の話で明らかになった。

 関係者によると、11人の審査員たちは、お盆休みのある8月中は隔週でしか集まれなかったが、9月に入ってからは、平日に頻繁に集まり審査を行った。

  9月上旬には、「起訴議決」を出す場合に義務付けられている検察官の意見聴取を行った。意見聴取では、東京地検特捜部の斎藤隆博副部長が1時間以上にわ たって説明。斎藤副部長は「元秘書らの供述だけでは、小沢氏と元秘書らとの共謀の成立を認めるのは難しい。有罪を取るには、慎重に証拠を検討することが必 要です」などと、審査員らに訴えたという。

 審査員に法律的な助言をする審査補助員を務めた吉田繁実弁護士は、暴力団内部の共謀の成否が争点となった判例や、犯罪の実行行為者でなくても謀議に参加すれば共犯として有罪になるなどと認定した1958年の最高裁大法廷判決を審査員に示し、「暴力団や政治家という違いは考えずに、上下関係で判断して下さい」と説明した。

  起訴議決が出たのは、民主党代表選当日の9月14日。第5審査会の定例の審査日は毎週火曜日で、この日は偶然、審査日にあたっていた。ただ、この日に議決 を出すことが予定されていたわけではなく、議長役を務める審査会長が審査中に「議決を取りますか。それとも先に延ばしますか」と提案したところ、審査員ら から「議論は煮詰まった」との声が上がり、議決を出すことになった。

 議決の後、「こんな日になっちゃったね」と漏らす審査員もいたという。多数決の結果、起訴議決が出たのは午後3時頃。代表選で開票の結果、小沢氏の落選が決まったのは、その約30分後だった。
(2010年10月6日03時06分  読売新聞)

 

【主張】小沢氏強制起訴へ 潔く議員辞職すべきだ【産経】
2010.10.5 04:54
このニュースのトピックス:小沢一郎
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/101005/crm1010050455004-n1.htm

 ■「形式捜査」検察はどう応える

 与党の最高実力者と目され、9月の民主党代表選に出馬して首相の座も目指そうとしていた小沢一郎元幹事長が、刑事訴追を受ける立場に置かれた。

 これまでの政治的かつ道義的責任に加え、刑事責任も問われる。小沢氏本人は「裁判の場で無実が必ず明らかになる」と語ったが、今こそ自ら進んで責任を認め、潔く議員辞職し、政治生活にピリオドを打つべきだろう。

 小沢氏の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件で、東京第5検察審査会が2度目の審査で「起訴議決」の判断を示したことに伴い、小沢氏は裁判所が指定した検察官役の弁護士により、強制起訴される。

 ◆重い「国民」の判断

 「秘書に任せていた」と責任逃れの政治家に対し、国民から選ばれた検察審査員11人中8人以上が厳しい批判を向け、刑事責任を認めた極めて重い判断だ。疑惑を十分説明せず、潔白を主張し、開き直った小沢氏の対応は、検察審査会制度の前では通じなかった。

 注目したいのは、国民の判断によって政治家が起訴される事態が初めて現実になったことだ。

 第5検審が「起訴議決」をした理由は、状況証拠もふまえ客観的に判断したものだ。虚偽記載について小沢氏に報告したとする元秘書らの供述を信用できるとし、小沢氏と元秘書は「強い上下関係がある」と認定した。

 また、議決書では「土地取得の経緯や資金をマスコミなどに追及されないようにするための偽装工作をしている」とも指摘した。

 年間450万円もの利息がかかる借金(債務負担行為)をわざわざしたことに「原資を隠すための偽装工作」の可能性をかぎ取った論旨は極めて明快である。

 議決は政治家を追及しきれなかった特捜部の再捜査を「形式的な取り調べの域を出ておらず十分な再捜査が行われたとは言い難い」と批判した。

 第1検審が「追及不足」としたのに続く検察の存在意義を問う厳しい指摘だ。特捜部は真摯(しんし)に受け止め、捜査資料提出などに協力してもらいたい。

 小沢氏は政治活動にかかわるカネを「すべて公表している」などと透明さを強調してきた。にもかかわらず、検察の捜査が及ぶと検察批判をし、いったん不起訴となると「潔白が証明された」と態度を翻した。記載期日がずれただけだなどとし、秘書に虚偽記載を指示した証拠はないなどと責任転嫁の弁明だけが目立つ。

 この事件では土地購入原資にゼネコンからの裏金が使われたとされる疑惑など未解明な点が多い。公判では国民が納得できるよう全容を解明し、政治とカネをめぐる不信をぬぐってもらいたい。

 ◆民主党は自浄努力を

 今年1月、元秘書ら3人が逮捕された後も、当時の鳩山由紀夫首相(党代表)は小沢氏に幹事長職を続けさせた。

 7月の参院選を控え、鳩山氏は小沢氏ともども辞任したが、政府と与党の両責任者が政治とカネの問題を引き起こし、民主党政権に対する不信を招いたという認識が、あまりにも希薄だった。

 後任の菅直人首相は首相に就任した後、「脱小沢」路線にハンドルを切る構えも見せたが、「辞職は大きなけじめ」との判断を繰り返し、小沢氏に説明責任を果たすよう促すことはしなかった。小沢氏と争った先の代表選でも、当初は「カネにまみれた政治文化を変えたい」と訴えながら、途中でトーンダウンしてしまった。

 民主党執行部は、野党による小沢氏の証人喚問要求などを拒み続けた。強制起訴が決まったことについて、ベルギー訪問中の菅首相は「状況を把握していないのでコメントを控える」と述べた。岡田克也幹事長も「本人の考えが示されるのが第一だ」と語った。いずれもコメントを避け、今後の対応について明確な姿勢を示そうとしないのは、理解しがたい。

 民主党内からも小沢氏の議員辞職を求める意見が出ているのは当然だ。小沢氏が従わない場合は、除名処分や離党勧告などを行うのは最低限必要だ。

 議決は検察審査会の役割に触れ、「国民の責任において法廷で黒白をつける」と強調した。検察の不十分な捜査に加え、国会の自浄能力の欠落が明白になったことを重く受け止めてほしい。

 

【産経抄】10月5日
2010.10.5 04:56
このニュースのトピックス:産経抄
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/101005/trl1010050457000-n1.htm

 京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授が、ノーベル賞を受賞する吉報を待っていたら、もうひとつの大きなニュースが飛び込んできた。小沢一郎・元民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地取引事件で、東京第5検察審査会は、小沢氏を強制的に起訴する議決書を公表した。

 ▼その瞬間、「検察3連敗」の言葉が思い浮かんだ。1敗目は言うまでもない。厚生労働省の村木厚子さんの無罪が確定した郵便不正事件である。大阪地検の主任検事、前田恒彦容疑者(43)の証拠改竄(かいざん)が発覚して、特捜部の存在意義まで問われる事態となった。

 ▼2敗目は、尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件への対応だ。中国人船長を処分保留にした理由を、那覇地検の次席検事はこう語った。「今後の日中関係を考慮する」。検察が外交問題を理由に、法を超えた政治判断を行うあしき前例を作ってしまった。政府の圧力をあてこすった発言と、評価する声が一部にあるにしろ。

 ▼今回の議決書を、3敗目と決めつけるのは早計かもしれない。小沢氏を不起訴とした検察の判断の是非は、公判で明らかになるからだ。それでも、起訴すべきでない人を起訴した郵便不正事件とは逆に、起訴すべきだったのに、起訴しなかった、との検察審査会の判断は重い。

 ▼弁護士が検事役となる公判を、検察はただ見守る。そんな屈辱に耐える日々が続く。前田検事の証拠改竄を隠した容疑で逮捕した、大阪地検の前特捜部長らとの、血みどろの戦いを続けながら、である。

 ▼もっとも、小沢氏にとっても政治生命がかかった戦いだ。「脱小沢」ではあるものの、「政治とカネ」の問題にいまだ決着をつけていない菅政権も無傷ではいられない。

 

政治家の特別扱い疑った検察審査会【日経、社説】
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE3E7E5EBE0E7E4E2E2E7E3E2E0E2E3E28297EAE2E2E3?n_cid=DSANY001
    2010/10/5付

 小沢一郎元民主党幹事長が検察審査会で2度目の起訴相当の議決を受け、強制起訴される。

 資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡る政治資金規正法違反(収支報告書の虚偽記入)事件で起訴された元秘書ら3人の共犯として小沢氏を起訴できる、と一般国民から選ばれた検察審査員は考えたのである。事件への関与を否定する小沢氏を裁く、強制起訴後の裁判は、嫌疑不十分で小沢氏を不起訴にした検察の判断の当否を問う場ともなる。

 議決要旨を読むと、検察の姿勢に審査員は不信を抱いたように思える。4月に検察審査会が1回目の起訴相当議決をしたのを受けて、東京地検特捜部が行った再捜査を「形式的な域を出ず、十分な再捜査が行われたとは言い難い」と批判したところに、まずそれがうかがえた。

 1回目の議決は「次の各点に再捜査を求める」と具体的に注文をつけ、特に小沢氏の取り調べは「回数が少なく追及不足の印象を免れない」と指摘し、もっと詳しく調べるよう要求した。1回目とは入れ替わった審査員たちによる今回の議決も、小沢氏の弁明とりわけ土地購入資金の出所に関する説明を「著しく不合理で到底信用できない」「極めて不合理・不自然」と断じた。2度の議決とも、検察は不合理、不自然なところを突き真相を糾明する捜査を尽くしていない、とみたようだ。

 検察審査会は、1948年に戦後の民主化政策のひとつとして生まれた、検察権力を規制する仕組みだ。起訴するかしないかを決める権限を原則独占する検察が、本来起訴すべき容疑者を政治的配慮や自らの組織を守るためなど恣意(しい)的な理由から不起訴にすることがないようけん制するのである。

 2度の起訴相当議決で起訴を強制するようにした制度改正以前の案件も含め、検察の不起訴に異議を唱えた例では、政治家が容疑者の事件と、大企業の幹部を容疑者とする業務上過失致死傷事件が目に付く。

 前者は無罪になった場合の政治からの反撃が検察には心配であり、後者は立証が大変に難しく起訴のハードルを高くしがちである。そうした検察の慎重な姿勢は、一般国民の目には、社会的な地位がある容疑者を特別扱いするように映る。

 検察は、審査会の議決をもとに行う再捜査が形式的に堕していないか見直すとともに、不起訴判断にあたって「国民が持っている、裁判所に無罪か有罪かを判断してもらう権利」(今回の議決要旨から)を侵していないか、省みなければならない。

 

「小沢政治」に決別の時だ【日経、社説】
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE3E7E5EBE0E7EBE2E2E7E3E2E0E2E3E28297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D
    2010/10/5付

 ある程度予想された展開とはいえ、民主党の小沢一郎元幹事長の強制起訴が決まったことは、政界に衝撃を与えている。小沢氏の政治的影響力の低下は必至で、民主党内で最大勢力の小沢グループが流動化する可能性もある。

 潔白を主張する小沢氏が裁判で争う姿勢を示すのは当然だが、刑事被告人の立場になる以上、小沢氏は最低でも離党するのが筋である。

 小沢氏は9月の代表選で、強制起訴された場合に、離党や議員辞職をしない意向を示していた。小沢氏が離党しないなら、民主党執行部は離党勧告や除名をすべきだ。

 自民党などは小沢氏の議員辞職を求めている。議員辞職勧告決議案の扱いが、今国会の与野党攻防の焦点に浮上する可能性も出てきた。

 強制起訴されるからといって、国会での説明責任を逃れる理由にはならない。民主党は野党側が求めている小沢氏の証人喚問などに応じ、今国会中に実現させる責任がある。

 いま振り返ると、小沢氏が代表選に出馬して、党所属国会議員の半分近い支持を得たことの異様さが改めて浮き彫りになる。

 すでに小沢氏の元秘書ら3人は政治資金規正法違反事件で起訴されており、小沢氏の政治的、道義的責任は免れなかった。代表選に勝って「小沢首相」が実現していれば、強制起訴の結論が出て、国政は大混乱に陥っていただろう。「政治とカネ」の問題に対する民主党の感度の鈍さは驚くばかりである。

 小沢氏が政治資金規正法の虚偽記入の共犯に当たるかどうかは裁判の結果を待つしかない。しかし今回の事件の捜査で浮かび上がったのは、公共事業への影響力を背景に、小沢氏側がゼネコンから巧みに政治資金を集めていた姿だった。小沢氏が師事した田中角栄元首相ら「古い自民党」の典型的なカネ集めである。

 党の資金を含めて、自分のグループの議員に手厚く選挙資金を配り、手勢を増やす小沢氏の手法は、かつての自民党の派閥をほうふつさせる。そうした「小沢政治」とはもう決別する時である。「親小沢」と「反小沢」という不毛な対立軸で、国政をこれ以上停滞させぬよう、小沢氏は静かに身を引いた方がいい。

 

強制起訴議決 小沢氏は真実語らねば(10月5日)【北海道新聞】
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/254172.html

 民主党の小沢一郎元幹事長が法廷で刑事責任を問われることになった。

 小沢氏の政治資金管理団体「陸山会」による土地取引事件をめぐって、東京第5検察審査会は同氏を「起訴すべきだ」と9月14日付で議決し、きのう公表した。

 今回は4月に続いて2回目の起訴議決となった。小沢氏は裁判所が指定する弁護士によって近く政治資金規正法違反の罪で強制起訴される。

 議決は、政界の実力者をめぐる事件の解明と責任の所在を公開の場で明らかにするよう求めたといえる。小沢氏は真実を語らねばならない。

 陸山会の土地購入資金に充てた4億円は小沢氏が提供した。元秘書3人はそれを隠す目的で資金報告書を虚偽記入したとして起訴された。

 検察は小沢氏を不起訴処分としたが、検察審査会は元秘書の証言から同氏の関与が推認できるとして4月に「起訴相当」と議決した。

 これを受けて検察は捜査をやり直したが、関与を示す証拠がないとして再び不起訴にした。この判断について審査会は今回「秘書の供述などから検察官が不起訴としたことに疑問がある」と結論づけた。

 小沢氏はこれまで検察当局が不起訴としたことで「潔白が証明された」と主張してきた。会計処理や報告書は秘書にすべて任せていたとし、自らの関与を否定していた。

 だが審査会は収支報告書の提出前に小沢氏に報告したとする元秘書の供述を「信用できる」と重視した。

 議決書は「土地購入に充てた4億円の出どころについての小沢氏の説明は著しく不合理」「到底信用できず、虚偽記入する動機があった」などと厳しく指摘した。

 検察審査会は一般市民で構成されており、司法に市民感覚を吹き込むことが狙いだ。ただ今回の「起訴議決」の判断には法曹の専門家の間にも賛否の声がある。審査会のあり方をめぐる論議も必要だろう。

 小沢氏はきのう「裁判の場で無実であることが明らかになると確信する」との談話を発表した。

 もとより裁判が決着するまでは「推定無罪」が原則だ。小沢氏はかねて起訴された場合でも「議員辞職も離党もしない」と語ってきた。

 しかし法廷で争い続ける一方で、法律をつくる立場の国会議員を務めることに信頼は得られるだろうか。国民の声を真摯(しんし)に受け止め、進退を含めて自らの政治的、道義的責任を明確にすべきである。

 小沢氏はこれまで国会で事件について一度も説明してこなかった。「潔白」と言うのであれば開会中の臨時国会で、自ら事件の真相や経緯を丁寧に説明することが欠かせない。

 

小沢氏強制起訴 法廷判断を求めた市民【東京新聞、社説】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2010100502000062.html

2010年10月5日

 小沢一郎民主党元幹事長が刑事被告人となる。検察審査会が「強制起訴」の結論を出したからだ。法廷判断を求めた市民の決断は重い。小沢氏は裁判所と国会で分かりやすく自らの主張を述べよ。

 十一人の市民で構成する検察審が「起訴相当」とした議決は、衝撃的だ。現在、押収資料改ざん事件という、検察史上にない不祥事が起きていることも見逃せない。今回の議決にも、検察への信頼が揺らいでいることが表れていないだろうか。

 実際に「国民は裁判所によって、本当に無罪なのか、有罪なのかを判断してもらう権利がある」と議決書に明記された。市民の感覚は、小沢氏の政治資金問題について、不起訴とした検察の判断よりも、法廷で“白黒”を決着させることを選択したと考えてよい。

 むろん「起訴=黒」ではない。あくまで小沢氏は被告人となるのであり、犯人視すべきでない。推定無罪の大原則で考えることが、国民には求められる。

 しかし、市民が「起訴相当」とした理由にも耳を傾けざるを得ない。大きな根拠は二つある。一つは収支報告書の提出前に、元秘書が小沢氏に報告し、了承を得たとの供述に信頼性を認めていることだ。小沢氏を「師として仰いでいた」秘書が、「師」を罪に陥れるために、虚偽の供述をするはずがないと判断したわけだ。

 もう一つは、問題となった土地取引での小沢氏の関与だ。多額の資金の出所について、小沢氏の説明が二転三転していることを「著しく不合理」と指摘した。銀行融資そのものを「偽装工作」「隠蔽(いんぺい)工作」とも受け止めた。

 四月に検察審は全員一致で「起訴相当」の議決を出したが、今回は別の構成メンバーで議論され、同じ結論に至ったことは重大だ。小沢氏は検察審について「素人が良い、悪いと言う仕組みが果たしていいのか」と制度を疑問視する発言もした。市民の目線を軽く考えてはいないか。今夏の参院選で下された「政治とカネ」への厳しい審判を受け止めてほしい。

 今回の検察審は、検察の再捜査についても「形式的な取り調べの域を出ていない」と批判した。ここにも検察不信が表れている。押収資料改ざん事件で逮捕された検事は、小沢氏の元秘書の取り調べにあたった。

 元秘書は公判で無罪主張する方針だという。この取り調べが適正であったかどうかも検察は検証すべきだ。

 

筆洗
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2010100502000018.html
2010年10月5日

 <正しく見るためには二度見よ。美しく見るためには一度しか見るな>。十九世紀のスイスの哲学者アミエルが日記に残した言葉だ。正しく判断するためには、繰り返し見つめる必要があるが、見たくない醜さも視野に入る。それを正視したくないなら、二度見る必要はないというのだ▼個人の美学の問題なら、見たくないものは目をふさげばいい。しかし、公の立場の人物の政治生命も左右する判断なら、目を覆っているわけにはいかない▼民主党の小沢一郎元幹事長の資金管理団体の土地購入をめぐる事件で、東京第五検察審査会が出した結論は「起訴議決」。審査会のメンバーが、提出された証拠をさまざまな角度から慎重に吟味、判断した結果だと思う▼今後、小沢氏は強制起訴されることになる。刑事責任の有無を法廷ではっきりさせてほしいという審査会の思いを、裁判所は正面から受け止めてほしい▼二度の不起訴処分をそれぞれ覆される異例の事態を招いたのは、小沢氏の刑事責任を問える確たる見通しもないまま、捜査に着手した東京地検特捜部の失態だ。大阪地検特捜部の押収資料改ざん事件と次元は違うが、検察の劣化を象徴している▼起訴イコール有罪ではなく、「推定無罪」の原則は、尊重されなくてはならない。ただ、刑事責任と政治責任は別である。小沢氏には国会の場で釈明してもらいたい。

 

小沢氏強制起訴へ  「国民の意思」示された【京都新聞、社説】
http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20101005.html

 自身の資金管理団体の土地購入をめぐる収支報告書虚偽記入事件で、民主党の小沢一郎元幹事長の刑事責任が法廷で争われることになった。
 2004年〜05年分の報告書分について、東京地検特捜部が不起訴を決めたのに対し、東京第5検察審査会は4月の「起訴相当」の議決に続き、強制起訴すべきとした。
 東京地裁指定の弁護士が検察官役になり、政治資金規正法違反罪で起訴の手続きに入る。
 小沢氏は「裁判の場で無実であることが必ず明らかになる」としており、全面対決になるのは必至だ。
 事実は公判で明らかにされようが、剛腕と呼ばれ、自民党時代から政界のキーパーソンであり続けた小沢氏の政治生命にかかわるのは間違いない。代表選で親小沢、反小沢勢力の拮抗(きっこう)があらわになった与党内の力学にも変化を生じさせずには置かないだろう。
 議決では「再捜査は形式的な取り調べの域を出ておらず、十分とは言い難い」としたうえで、「秘書らの供述から、検察官が不起訴処分としたことに疑問がある」と結論づけている。
 「やましいことはしていない」というだけの小沢氏の説明に納得できずにいた国民の多くは、同じような思いを抱いたのではないか。
 その一方で、明石花火大会事故などと違い、「政治とカネについて国民の目が厳しい中、世論やイメージが先行し、政治的判断にならないか」との指摘があったのも確かだ。
 刑事司法のプロの判断を覆す結果になったわけだが、最初の議決時から審査員全員が入れ替わったにもかかわらず、11人中8人以上が強制起訴すべきとした意味は重い。
 起訴権限の独占に対しては以前から「検察が正しいとするおごりはなかったか」との批判がある。内容は異なるものの、大阪地検特捜部の主任検事による証拠改ざんと犯人隠避容疑が問題になっている折でもある。今回の議決に真摯(しんし)に向き合ってほしい。
 検察や検察審査会の判断とは別に、政治や政治家の責任は重い。
 小沢氏は国会で説明責任を果たすことがなく、与党内からもそれを促す強い声があがらなかった。責任放棄といわれても仕方がない。
 07年分の報告書を対象とした東京第1検察審査会の議決は2回とも「不起訴不当」で不起訴となったが、付言で「政治資金規正法は政治家に都合のよい抜け道が多くある」と指摘、法改正の例も示している。
 与野党を問わず、やるべきことは政治資金規正法の改正案を早急にまとめ国会で成立させることだ。政治とカネの問題で、自浄作用を発揮できないようでは政治に対する国民の信頼をいつまでたっても取り戻せはしない。

[京都新聞 2010年10月05日掲載]

 

普通の感覚【京都新聞、凡語】
http://www.kyoto-np.co.jp/info/bongo/20101007.html

 米国で活動する予定の他国工作員を指導していた英国情報部員チャーリーが、試しに歴代米大統領の名前を尋ねたところ、完ぺきな答えが返ってきた。ところが彼の判定は「落第」だった▼工作員が成り済ますのは米国で暮らす一般市民である。研究者でもないのに昔の大統領の名前を知っているわけがない−がその理由。英作家フリーマントル氏の作品で読んだと記憶する▼何事も普通の人の感覚で対処した方がよいということだ。小沢一郎民主党元代表の資金管理団体をめぐる事件で、くじで選ばれた国民による検察審査会が、小沢氏を起訴すべきと議決した。ここにも普通の感覚が色濃く反映されている▼事件では収支報告書への虚偽記入などが問われている。すでに起訴された元秘書は「小沢氏に報告し、了解を得た」と供述した。が、東京地検はこれだけでは具体性に欠けると判断し、同氏を不起訴とした▼これに対して検察審は「5年後に捜査して細かい記憶が残っている方が不自然だ」と指摘した。供述調書に頼りすぎとの検察批判が渦巻く中で、あまりの供述重視に首をかしげる人もいよう。しかし率直で、われわれにも共感できる▼小沢氏は、検察審について「素人がいいとか悪いとかいう仕組みがいいのか」とばかり言っておれまい。自分のウェブサイトで「常識の政治で普通の国・日本を実現する」と、基本理念を語っているのだから。

[京都新聞 2010年10月07日掲載]

 

[小沢氏強制起訴へ]市民常識が示した判断【沖縄タイムズ】
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-10-05_10855/
2010年10月5日 09時55分

 民主党の小沢一郎元幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる収支報告書虚偽記入事件で、東京第5検察審査会は東京地検特捜部が不起訴とした小沢氏を起訴すべきだと議決した。

 捜査のプロが立件を見送った事件について、裁判員と同様に一般市民の中からくじで選ばれた審査員が起訴を決めた。政治家が被告となる刑事事件としては初のケースで、政界の大物が起訴されることの影響は計り知れない。

 今回の決定に対する評価は分かれる。小沢氏は一貫して虚偽記載への関与を否定し、裁判でも争う構えだ。検察が証拠不十分とした事件を裁判所が有罪にできるかという疑問の声がある。裁判の結果、無罪となっても被告が被る損失は大きい。

 他方、「政治とカネ」の問題をめぐる政治への不信感は根深く、こうした国民の不満が今回の決定に結びついたとの見方がある。政治家のカネにまつわる疑惑を国民目線で問うことができるようになれば、政治浄化は進むだろう。

 「秘書がやったこと」と言い逃れはもはや許されないことが今回の強制起訴によって示された。多額の政治資金を秘書が勝手に処理したと小沢氏が言い張っていることが市民感覚とあまりにもかけ離れている。

 評論家の立花隆さんは「(審査員を決める)くじ引きの結果が世論調査と同じになるのは当然」とみている。国会の証人喚問に応じず、説明責任が不十分だと指摘されてもそっぽを向く小沢氏の態度は傲慢(ごうまん)に映った。

 検察審査会は「有罪の可能性があるときに検察官だけの判断で起訴しないのは不当」「国民は裁判所によって本当に無罪なのか有罪なのかを判断してもらう権利がある」とした。

 「陸山会」の都内での土地購入をめぐる2004~05年分の収支報告書で、小沢氏からの借入金4億円を虚偽記載したなどの疑いで、元秘書の石川知裕衆院議員ら3人が逮捕され、後に起訴された。

 4億円の出所や虚偽記載の目的は何か、小沢氏が知らないうちに大金が動くことはあり得るのか。小沢氏は当初検察と対決姿勢だったが、地検が不起訴を決めると捜査機関のお墨付きを得たとばかりの言いぶりだ。

 「政治とカネ」の問題で国会は自浄機能を発揮できず、司法もメスを入れることが難しい状況があまりにも長く続いた。クリアな政治の実現を要求する有権者の訴えが検察審査会の背景にあることを政治家は認識すべきだ。

 小沢氏の政治資金をめぐる政治のごたごた、民主党内の権力抗争はもういいかげん終わりにしてもらいたい、と誰もが思っている。

 とはいえ、先月の民主党代表選で見られた露骨な小沢バッシングには違和感を禁じ得なかった。政界では早くも小沢氏の進退論が浮上している。自身の秘書が逮捕されながら説明責任を果たしてこなかったことの報いだろう。

 「政治とカネ」の問題を終わらせる抜本策を断行すべきときだ。

 

2010年10月8日 09時55分【沖縄タイムズ、大弦小弦】
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-10-08_10944/

 昨日、テレビの国会中継を背中で聞きながらインターネットで小沢一郎元民主党代表の記者会見を見た。代表選時の歯切れのよさはなく、疲れたような表情で「残念」という言葉を繰り返していた

 ▼氏にしてみれば、東京地検特捜部が総力を挙げても起訴できなかったものを、一般市民らで構成された検察審査会に強制起訴され、政治生命を奪われかねない事態に追い込まれたわけで、想定されていたとはいえ、衝撃は大きかったようだ

 ▼一部報道に議員辞職を求める声もあるが、冷静になってほしい。特捜部が断念したぐらいだから有罪になる可能性が高いとはいえず、元秘書ら3人も全面的に争う構えだからだ

 ▼簡単に言うと事件は、今年あった土地取引を翌年の収支報告書に記載し、小沢氏はその〝虚偽記入〟の報告を受けて了承していた、というものだ

 ▼「政治とカネ」をただすのは結構だが、「官僚とカネ」も問うべきだろう。不祥事続きの検察だけでなく、外務省は高級ワイン貯蔵など無駄遣いが多い割に最近の外交には疑問符がつくし、各省の天下りは温存されている

 ▼税で贅(ぜい)を尽くす官僚天国にメスを入れ、政治主導・地域主権を進めようとしたのが小沢氏だった。法廷や国会で事件の背景、真実が明らかになるなら、決して残念なことではないはずだ。(平良秀明)

 

小沢氏起訴へ 法廷、国会で徹底解明を2010年10月5日【琉球新報、社説】
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-168427-storytopic-11.html

 「政治とカネ」をめぐり、大きな動きがあった。東京第5検察審査会は、資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる2004年〜05年分の収支報告書虚偽記入事件で、小沢一郎民主党元幹事長を強制起訴すべきだと議決した。
 政界の表裏で大きな影響力を持つ実力者は、市民感覚を取り入れることを目指した新たな司法制度の下で起訴され、刑事責任が法廷で問われる。
 東京地検特捜部が2度、不起訴処分にした経緯があり、小沢氏はこれまで通り全面否認するとみられるが、法廷のみならず、国会でも徹底的に真実を解明してもらいたい。無罪を争うにしても、強制起訴の事態を厳粛に受け止め、小沢氏自身も国会に出向き、説明を尽くす政治責任を果たすべきだ。
 小沢氏の政治資金をめぐっては、同氏が用意した4億円を充てた土地購入費について収支報告書にうその記載をしたとして、東京地検特捜部が石川知裕衆院議員ら元秘書3人を政治資金規正法違反で起訴した。一方で、小沢氏本人の嫌疑は不十分として不起訴と判断した。
 地検の処分の妥当性を審査していた検察審査会が2度目の「起訴議決」を出し、4日に公表した。
 議決は、土地購入に充てた原資に関する小沢氏の説明について「到底信用することはできない」と批判した上で、小沢氏と元秘書の強い上下関係を挙げて、「小沢氏に無断で隠ぺい工作をする必要はない」と指摘した。
 検審の審査中に新たに加わった証拠はないが、「状況証拠」から小沢氏の関与があったと断じた。不起訴処分を重ねた地検と正反対の議決となった。
 裁判員制度とともに、司法に市民感覚を反映させることを狙い、09年5月、検察審査会の議決に法的拘束力を持たせる「強制起訴制度」が導入された。検察官が独占してきた起訴権に風穴を開ける司法改革の一環である。
 ただ、今回の議決に関しては冷静な見方も必要だ。小沢氏の政治とカネに対する厳しい世論など、予断として作用しかねない要素は排除できたのか。過去3件の強制起訴に対して「市民感覚ではなく、市民感情が優先された」という批判もある。
 裁判が始まると見えてくるものがあるはずだ。司法制度改革の意義を再確認する一方で、じっくりとその課題も見極めたい。

 

金口木舌
http://ryukyushimpo.jp/variety/storyid-168533-storytopic-12.html
2010年10月8日

 市民感覚とプロのせめぎ合い。そんな構図が思い浮かぶ。検察の判断に異論を呈した検察審査会の議決や名古屋市議会や鹿児島県阿久根市長に対するリコール運動を見てのことだ
▼検事が下した不起訴処分に対し、市民で構成される検察審査会が起訴相当の議決で応じる。市民感覚に照らし法律のプロの判断を覆す。政治、行政のプロたる市長、議員も市民感覚に翻弄(ほんろう)される
▼検察審査会に対しては「膨大な捜査資料を素人が読み込めるのか。検察判断を市民感覚にさらすのは危険だ」という疑問の声を耳にする。リコール運動に衆愚政治や扇動のにおいをかぎ取る向きもある
▼これらの批判にうなずける部分はあろう。それでも問題とされるべきは市民感覚から遊離したプロの実態だ。大阪地検特捜部の不祥事はとどまるところを知らない。市民から離反した行政は市民感覚によって正されるのは当然だ
▼市民感覚とプロは必ずしも対立するものではないし、市民の支持あってこそプロはその技量を発揮できるはず。プロを射る市民の目線がさえわたる一方で、市民に注がれるプロの目線が濁りを増したということか
▼ノーベル化学賞の日本人ダブル受賞の快挙に市民から尊ばれるプロの技を見る。複雑怪奇な犯罪捜査や政治行政の世界でも市民感覚に応えるようなプロの仕事を見たい。

 

小沢氏強制起訴へ/法廷でなら説明聞ける【河北新報、社説】
http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2010/10/20101005s01.htm

 不起訴と決めた検察の判断はおかしい。起訴すべきだ。11人の市民がそろってそう決定したのは今年4月。その11人が全員入れ替わって再び、「起訴相当」の結論が出た。
 政治資金規正法違反容疑で告発された小沢一郎民主党元幹事長を起訴すべきだと議決したと、東京第5検察審査会がきのう公表した。2度目の起訴議決により強制起訴の手続きが始まる。小沢氏が法廷に立つ。
 東京地検の捜査に対し小沢氏は「断固として戦っていく」と述べ、周辺も不当捜査と声高に叫んだ。自身が不起訴になると、今度は「公平公正な捜査の結果」と潔白の根拠に挙げた。
 「秘書に任せていた」という言い分に対する有権者の反発は強かった。それでも元秘書の衆院議員石川知裕被告ら3人が起訴された後も、国会で説明することを避け続けた。
 法廷でなら十分な説明が聞ける。検察の捜査、不起訴の妥当性を判断する材料も出てくる。もどかしさが解消できる場がやっとできた。そう考えたい。
 強制起訴されるのは、資金管理団体「陸山会」の収支報告書への虚偽記入容疑。2004年に土地を購入した際の4億円の入出金を記載しなかった疑いが持たれている。
 きのうの議決は、この4億円の出所への疑問を重視し、不記載の動機を読み取ろうとしている。「自分の手持ち資金から出した」という説明だけでは不合理・不自然だと指摘した。
 「『秘書に任せていた』と言えば政治家の責任は問われなくていいのか」。1回目の議決は、有権者の憤りを代弁するようにそんな文言を盛り込んだ。
 秘書だった石川被告はいったん小沢氏に報告・相談したと供述している。「小沢氏を尊敬する秘書が、小沢氏を罪に陥れるための虚偽の供述をするとは考えられない」。きのうの議決は、そんな前提で石川被告の供述の信用性を評価した。
 起訴議決は審査員の8人以上が同意したことを意味する。今回は賛否の内訳が公表されていないが、1回目の全員一致に続く起訴相当の結論は十分重い。
 それでも小沢氏や周辺からは、政治家としての進退の判断も含めて今後もさまざまな反論が出てくるだろう。法廷は恐らく全面対決になる。
 議決が認めた秘書供述の信用性も公判での攻防にさらされる可能性が大きい。大阪地検特捜部の押収資料改ざん事件を思えば、検事調書を軽々に評価するわけにはいかなくなった。
 小沢氏自身が「一般の素人の人」が判断する仕組みに疑問を投げ掛けたように、検察審査会の功罪をめぐる論争も高まるかもしれない。
 それでも、検察が多くを語らず、本人は事実無根と言い続け、国会は糾明しないという見飽きた悪循環はひとまず終わる。
 「国民は裁判所によって無罪なのか有罪なのかを判断してもらう権利がある」。きのうの議決はそう書き込んだ。刑事法廷に持ち込まなければならないのは有権者の不幸だとしても、解明は一歩進むと受け止めよう。

2010年10月05日火曜日

 

小沢氏の進退/民意に照らせば結論は自明【河北新報、社説】
http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2010/10/20101010s01.htm

 「小沢一郎は田中角栄から、政治の原点は『民衆の心』にあることを教わる。同時に人間の自立と自制が民主政治の必需品であることを、田中を反面教師として理解していった」
 民主党の小沢一郎元幹事長の側近として仕えた平野貞夫元参院議員が、自著『虚像に囚(とら)われた政治家小沢一郎の真実』で興味深い分析をしている。
 田中氏は「今太閤(たいこう)」ともてはやされながら、金脈問題で首相の座を追われた。喝采(かっさい)も批判も同じ民意である。民衆の支持なくして政治が成り立たないことを、小沢氏は政治の師である田中氏の後ろ姿を通して学んだ、というのが平野氏の見立てだ。
 資金管理団体の収支報告書虚偽記入事件で強制起訴の議決を受けた小沢氏の進退問題が、臨時国会の焦点になっている。小沢氏は7日、「淡々と政治活動を続ける」と語り、離党や議員辞職を否定した。
 わたしたちはかねて「国会の場で説明を」と訴えてきた。民意がどこにあるのか、小沢氏は思いを巡らす時だ。証人喚問に応ずることは最低限の務めだろう。平野氏の言を借りるなら、「自制」こそが与党の実力者にふさわしい振る舞いである。
 民主党執行部は小沢氏への対応に苦慮している。野党時代にはスキャンダルを起こした議員の辞職を求めてきた経緯があり、本音では小沢氏の離党を実現したいところだ。
 小沢問題が長引けば、補正予算など国会審議に影響が及ぶのは必至。「脱小沢」路線で回復傾向にあった内閣支持率にも、陰りが見える。
 他方で離党勧告や除名処分など強硬手段に出れば小沢グループの反発を招き、やはり政権基盤が揺らぐ。だが、事は民主党内の力学や国会対策レベルの問題ではない。菅首相は腹をくくらねばなるまい。
 無論、強制起訴されても「推定無罪」の原則が当てはまる。小沢氏が法廷で無実の主張をすることに、何ら異論はない。
 気になるのは、小沢氏が検察審査会の議決について「素人が(不起訴にした検察の判断を)いいとか悪いとかいう今の仕組みが果たしていいのか」と疑問を呈している点だ。
 「市民の目線」を反映させる制度の趣旨は文字通り、素人(民衆)の心を司法に通わせることだ。「門外漢は黙っていろ」。小沢氏はそう言っているようにも聞こえる。
 証人喚問や衆院政治倫理審査会での弁明については「国会の決定に従う」とする一方で、「司法の場に移っている」と消極的な姿勢をにじませた。
 西松巨額献金事件で、小沢氏の公設第1秘書が逮捕された昨年3月以降、わが国の政治は小沢氏の政治資金をめぐる与野党の攻防に費やされてきた。不毛な時間が流れたと言わねばならない。
 小沢氏は今後、裁判闘争に傾注せざるを得ず、政治的影響力は確実に減退していこう。政治生命を維持する最後の手段は、民意に即し国会で説明する以外にない。その逆説に思いが至らないのなら、議員辞職に値する。

2010年10月10日日曜日

 

2010年10月5日(火)「しんぶん赤旗」
主張
小沢氏強制起訴 国民参加した検審の重い判断
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik10/2010-10-05/2010100501_05_1.html

 検察が起訴しなかった事件でも、国民が参加する検察審査会が2回起訴すべきだと決めれば裁判にかけることができる—国民参加が強められた検察審査会の制度を使って、政治資金規正法違反の疑いがもたれた小沢一郎民主党元幹事長の起訴が決まりました。国民が参加した司法の手続きの重い判断です。

 法廷の場で追及されることになった小沢氏には、検察が起訴しなかったから「潔白だ」などという言い逃れは、もはや通用しません。小沢氏の疑惑を調査してこなかった、民主党の責任も重大です。
疑惑にこたえる責任

 「司法改革」の一環で、従来起訴するかどうかの権利を独占してきた検察がたとえ不起訴と決めても、一般の有権者が参加する検察審査会が「起訴相当」と判断し、それでも検察が起訴しない場合は検察審査会が再度「起訴相当」と決めれば起訴できることになりました。昨年5月の施行以来、これまでに兵庫県明石市の歩道橋事故やJR福知山線の脱線事故で検察審査会の決定により起訴が決まっていますが、小沢氏の起訴は国民の関心の高さからいっても、きわめて重要な意義を持ちます。

 小沢氏が起訴されたのは、小沢氏がみずからの資金管理団体「陸山会」の名義で土地を購入したさい、実際には資金は小沢氏から出ていたのに、政治資金収支報告書では「銀行からの借金」などと偽った事件です。すでに政治資金収支報告書作成に携わった、現職の国会議員を含む元秘書3人が起訴され、裁判を受けています。

 東京地検特捜部は小沢氏を「嫌疑不十分」で不起訴としたため、東京第5検察審査会はことし4月「起訴相当」と議決しました。特捜部はそれでも起訴しなかったため、メンバーを一新した審査会が再度、起訴を決めたものです。検察は、元秘書の供述では小沢氏の「共謀」を立証することが困難としましたが、検察審査会は元秘書らの供述の「信用性が認められる」と判断し、「共謀」を認めました。犯罪の疑いがある場合、公開の裁判で有罪か無罪か決めるべきだという検察審査会の決定は、国民からみて当然の立場です。

 小沢氏の嫌疑は、政治資金収支報告書虚偽記載の問題にとどまりません。疑惑の核心は、みずから提供したといわれる購入資金が一体どこから出たかです。検察審査会は、資金の出所を明らかにしない小沢氏の供述を、「虚偽記載の動機があったことを示している」と批判しました。小沢氏の裁判は裁判所が指名する弁護士が検察官役を務めますが、小沢事務所が深くかかわったといわれる公共事業の発注やゼネコンなどからの献金疑惑に、正面から切り込むべきです。
政治的道義的責任を

 検察審査会で起訴が決まった以上、小沢氏が裁判を待つまでもなくみずからの疑惑にこたえ、政治的道義的責任を明確にするのは当然です。国会の政治倫理綱領では、疑惑を抱かれた議員はみずから疑惑にこたえ、国民の前に説明するよう求めています。にもかかわらず小沢氏は、みずからにかかわるこの事件について、一度も国会で説明したことがありません。

 まだ逃げ回るなら、小沢氏も小沢氏が所属する民主党も、国民に決定的に追い詰められるのを免れません。

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 以下、参考記事。

首相「不起訴相当」…検察審査会議決の要旨【読売】
特集 激震民主
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100426-OYT1T01497.htm

 鳩山首相の資金管理団体「友愛政経懇話会」の偽装献金事件で、首相の不起訴を「相当」とした東京第4検察審査会の議決(26日公表)の要旨は次の通り。

 【勝場啓二元公設第1秘書の供述調書】

 鳩山(首相)は、事務所の経理にはほとんど興味はなく、自分からも鳩山に政治資金収支報告書を見せたことはない。ごくまれに政治資金に関する不祥事が報道された際などに、「うちは大丈夫か」と聞かれ、「ご安心下さい」などと答えていた。

 虚偽の収支報告書を作成したのは2000年からで、政治資金規正法が改正され、同年1月から会社、労働組合からの寄付が禁止され、収入が減って資金繰りが苦しくなり、鳩山個人からの資金の持ち出しが多くなった。鳩山からは、いつも自分を頼るんじゃなくて、ちゃんと資金を集めてもらいたい旨の苦言を言われていたことから、これ以上鳩山に頼みにくくなり、個人献金やパーティー収入の水増しなどの虚偽の記入を始めるに至った。

 【虚偽記入の容疑】

 関係者の供述は、収支報告書の虚偽記入は元公設第1秘書以外の者は知らず、鳩山首相は一切関与していないということで一致している。首相自身が虚偽の記入に積極的に加担しなければならない動機も見いだしがたく、他の証拠を検討してもこれを否定あるいは覆すに足りる証拠はない。

 なお、虚偽記入には直接関係しないが、一連の証拠によれば、2002年頃から09年5月まで、首相の政治団体には、首相の母から毎月1500万円、1年間で1億8000万円が拠出されており、母からの資金が入金されるようになってから、首相個人が政治団体に拠出する資金が極端に減少し、さらに年々減少してきている事実が認められる。それにもかかわらず、首相は、虚偽記載の事実を知らなかっただけでなく、母からの莫大(ばくだい)な資金が使われていることも全く知らなかったという。しかし、当審査会としては、素朴な国民感情として、このようなことは考えがたいとし、首相自身に対して検察官の取り調べがなされなかったことも相まって、首相の一方的な言い分にすぎない上申書の内容そのものに疑問を投げかける声が少なからずあったことを付言する。

 【会計責任者の選任及び監督について相当の注意を怠った容疑】

 会計責任者だった元政策秘書は首相の側近として長年にわたって重要なポストについており、首相からの信頼が相当厚いことが推測される。人柄、能力といった面において問題がある人物だとは考えられず、首相が元政策秘書を会計責任者として選任したことについて相当の注意義務を怠ったということはできない。

 政治団体の代表者が政治資金規正法25条2項の適用を受けるのは、代表者が会計責任者の選任及び監督について相当の注意を怠ったときである。「選任及び監督」の「及び」とは、選任と監督のどちらか一方の要件を充足すればよいということではなく、両方を充足しない限り責任を問うことはできない。選任において問題がないとの結論に至った以上、監督面について検討するまでもなく、刑事責任を問うことはできない。

 なお、当検察審査会の審査においては、「この要件は、政治家に都合のよい規定になっている。選任さえ問題がなければ監督が不十分でも刑事責任に問われないというのは、監督責任だけで会社の上司等が責任を取らされている世間一般の常識に合致していないので、本条項は改正されるべきである」との意見が強く主張されたので付言する。
(2010年4月27日00時08分  読売新聞)

 

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