« 宮崎信行氏問題のメモ。宮崎氏がNIFTYに「送信防止措置請求」したようです。 | トップページ | れんだいこさん、ブログを始めて下さい。>【2011.1.1たすけあい党新年声明】←他何本か。 »

2011年1月 1日 (土)

明けましておめでとうございます。満員盛況の小沢一郎議員新年会(議員120名)by岩上安身動画をご紹介しておきます。

 午前中に、例年同様隅田川遊歩道を散歩してきました。後で写真を整理したらアップします。

 去年末の政局は、政治の方はネオコン、国民の敵、菅直人の迷走で政権交代への失望が広がっています。

 「国民の生活が第一」主権者国民派にとっては正念場の年になるでしょう。SOBAドメインは、ひなたぼっこ、雑談日記を先鋒とし、さらにはBBSやTwitterとも連携してこれからも奮闘する決意です。(小沢さんと菅の新年会関連記事各紙の元旦社説

 本年もよろしくお願いします。

※小沢さんの新年会の動画が手に入ったので、元の表題「明けましておめでとうございます。今年は日本の真の独立に向け正念場です。さらに奮闘する決意です。」から変えました。

 

※参考:れんだいこさんの分析、【民主党内シオニスタン一覧表】などもあります。
【民主党代表選に於ける国会議員の旗印考】
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/seitoron/minsyutoron/kanseikenco/9.14daihyosenco.html

関連:去年正月のエントリー
明けましておめでとうございます。愛、主権者BBSに7・11最終決戦参院選バナーはりました。&鳩山氏Twitter開始す。


 以下、資料として採録。

小沢一郎議員新年会 2011年1月1日
http://117.120.50.78/archives/5341

110101小沢一郎議員新年会 from iwakamiyasumi on Vimeo.

 小沢氏の挨拶と乾杯が終了するまで、撮影が許可されました。

 

小沢氏側120人、菅首相は50人=別々に新年会、亀裂鮮明【時事】
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2011010100125

 菅直人首相と民主党の小沢一郎元代表は1日午後、党所属議員を招いて別々に新年会を開いた。小沢氏の新年会には120人が出席、50人近くにとどまった首相側を上回ったが、160人超を集めた幹事長当時の昨年より少なかった。首相と小沢氏は、小沢氏の衆院政治倫理審査会出席をめぐり駆け引きを続けており、元日から党内対立の深刻さを露呈した形だ。
 首相が首相公邸で開いた新年会には、仙谷由人官房長官や鉢呂吉雄国対委員長ら閣僚・党役員、首相支持派の若手らが三々五々駆け付けた。首相は小沢氏を意識してか、「多少ハレーション(あつれき)が起こることを覚悟で、自分のやりたいことを伝えていきたい」とあいさつ。「今年も権力を掌握していい仕事をしよう」と、政権維持に強い決意を示した。焦点の内閣改造には触れなかった。
 一方、小沢氏の新年会は元日恒例で、東京・深沢の私邸に山岡賢次副代表や細野豪志前幹事長代理、衆参の当選1回議員らが集まった。
 小沢氏は「ねじれ国会だから仕方ないという理屈は通用しない」と、国会運営に苦しむ執行部を批判。「政府・与党が互いに力を合わせて協力していかなくてはならない大事な大事な年だ」と、挙党態勢の必要性を強調した。自らの政治資金問題に関しては「私自身、皆さんに迷惑ばかり掛けている」と述べるにとどめた。 
 首相の新年会に出席した江田五月前参院議長は記者団に、「こっちは首相だから、向こうが対抗しているのではないか」とコメント。小沢氏の会合に参加した原口一博前総務相は「仲間と小沢さんがこんなことになっているのでは、改革の力が弱まる」と語り、対立激化に懸念を示した。(2011/01/01-20:21)

 

菅vs小沢新年会も第一声も同時スタート
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20110101-719912.html

 対立が深まる一方の菅直人首相、小沢一郎元民主党代表両氏が、新年会と「第一声」で11年を同時にスタートさせる。今日1月1日、菅首相は公邸で新年のあいさつを受ける会を開き、小沢氏は東京都世田谷区の自宅で新年会を行う。また、4日には菅首相が年頭の記者会見に臨む一方、小沢氏も民放の報道番組の収録を予定している。偶然とはいえ、本格始動のタイミングがぴったり重なった2人。特に、会見や番組出演では、小沢氏の国会招致問題や通常国会の展望について何を語るか、さや当てはあるのか注目される。

 [2011年1月1日8時37分 紙面から]

 

公邸開きで菅首相「張り合わない」
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20101229-718869.html

 菅直人首相は28日の閣僚懇談会で、来年元日の「公邸開き」と小沢一郎元代表が都内の私邸で開いている恒例の新年会に言及し「世田谷(に私邸のある小沢氏)と張り合うつもりはない。地元対応を優先してもいい」と述べた。公邸訪問を無理強いしない配慮だが、逆に小沢氏への強い意識が表れた格好だ。今年の元日に開かれた小沢氏の新年会には副総理兼国家戦略担当相だった首相も出席したほか、民主党などの議員が166人集まり、小沢氏が権勢をアピールする形となった。「公邸開き」で受け付ける来客は閣僚や与党議員、首相の知人らにとどまる見通し。

 [2010年12月29日8時30分 紙面から]

 

小沢・民主元代表:私邸新年会、参加人数にヤキモキ 離党圧力、かわしたいが…
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20101230ddm002010041000c.html

 ◇新人議員「レッテル貼られたくない」

 民主党の小沢一郎元代表=似顔絵=は11年の元日午後に、東京都世田谷区の私邸で毎年恒例の新年会を開く。現職幹事長だった10年の元日には党所属議員165人が参加し、菅直人首相(当時は副総理兼国家戦略担当相)も出席した。離党圧力をかわすのに勢力を誇示したい小沢氏だけに、参加人数が焦点になりそうだ。【葛西大博、青木純】

 10年の新年会は2部構成だったが、11年は1部構成。出席者が激減するような事態になれば、小沢氏の求心力低下が露呈するだけに、小沢氏は小沢系議員への配慮に余念がない。小沢氏が28日に衆院政治倫理審査会(政倫審)出席を表明したのも「正月に地元を回った議員が批判されないように考慮したため」(側近)という。小沢氏に近い党関係者によると、新年会で政倫審出席を表明する案も検討されたという。

 しかし、選挙基盤の弱い新人議員の間では、「小沢グループというレッテルを貼られたくない」との空気もあり、刑事被告人ながら、8年間、私邸での新年会に大勢の客が参加した故田中角栄元首相のケースのようにはいかないとみられる。
 ◇首相は公邸で年始会

 一方、菅首相も元日午後に首相公邸で、親しい地元関係者や国会議員らの年始のあいさつを受ける。首相は一時、森喜朗政権以前の歴代政権が元日に公邸の庭で行っていた「公邸開き」の復活を検討したが、小沢氏の新年会と対比されることを周辺が懸念したため断念した。野党時代から行っている私邸での年始の会を公邸で行う方針で、準備に官邸職員は使わない。28日の閣僚懇談会で首相は「(小沢氏の新年会と)数を競うつもりはない。地元、後援会を優先してください」と呼び掛けた。
【関連記事】

    * 小沢邸新年会:参加人数にヤキモキ…離党圧力かわしたいが
    * 小沢元代表:政倫審出席 離党圧力で方針転換
    * 小沢元代表:離党可能性に「返答しようがない」
    * 幸福実現党:大江参院議員が離党
    * 仙谷官房長官:小沢氏の離党勧告も視野 強制起訴後に

毎日新聞 2010年12月30日 東京朝刊

 

【激突ふたたび】首相は闘争心に火「まだまだ公邸で」 政界再編へ胎動活発化 (1/2ページ)
2010.12.29 22:56
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/101229/stt1012292301007-n1.htm

 菅直人首相は29日昼、自らが率いる民主党グループ「国のかたち研究会」所属の約30人とともに忘年会を開き、来年の政権運営に自信を見せた。一方、今春に自民党を離党したたちあがれ日本の与謝野馨共同代表と無所属の鳩山邦夫元総務相は都内で会談した。小沢一郎民主党元代表の国会招致をめぐる民主党の内紛は越年することになったが、政界再編に向けた胎動はかえって活発化している。

 29日昼の首相公邸。首相は上機嫌だった。盟友の江田五月前参院議長、荒井聡前国家戦略担当相らが顔をそろえたことがよほど心強かったようだ。伸子夫人が国会周辺のイチョウから取ったギンナンを天ぷらにした「永田町揚げ」を振る舞い、ビールをあおり、こう宣言した。

 「衆院政治倫理審査会の議決は来年の通常国会の召集前にやるぞ!」

 沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件などで心身とも疲れ果てていた首相も、小沢氏との対決を通じ、闘争心に火が付いたようだ。その言葉には、政治とカネの問題を通常国会に絶対に持ち込まないという強い決意がにじんだ。

 首相は年末年始に外国訪問するのが恒例だが、これも見送った。年末年始は公邸に籠もり、内閣改造、そしてその後の国会運営の構想を練る腹づもりのようだ。元日には東京・世田谷の私邸で新年会を開く小沢氏に対抗するように知人らを公邸に招く。もはや「脱小沢」路線は止まらない。

 「首相になると警備の都合で飲み屋に行くのも大変だ。出前でラーメンを取ろうと思ったら『3時間前に言ってくれ』と言われる。それじゃ、ラーメンのびちゃうよ。でも公邸は結構住み心地がいいんだ…」

 忘年会で首相はこう語り、「来年も大変だけどよろしく」と結んだ。「まだまだ公邸に住み続けるぞ」。そんなメッセージを込めたようだ。

(2/2ページ)
 民主党内には休戦ムードが広がる。連日のように会合を開き、気勢を上げてきた小沢氏を支持する議員の多くは28日中に地元に戻った。

 ところが、小沢氏は29日も永田町に姿を見せた。午後4時ごろ、国会内の事務所に入ると側近の岡島一正、川島智太郎両衆院議員が慌ただしく出入りした。1時間20分後、事務所を出た小沢氏は記者団に軽口をたたいた。

 「また悪口でも書きに来たのか?」

 与謝野、鳩山両氏が会談したのは都内の与謝野氏の事務所だった。将来の政界再編をにらむ両氏だが、路線の違いは徐々に表面化している。

 会談で与謝野氏は、27日に破談となった民主党とたちあがれ日本の連立について経緯を説明。「平沼(赳夫代表)も連立入りにOKと言ったんだが、断ってしまった。だからこの話はもうない」と打ち明けたが、なお自民党を含む大連立への未練を残す。

 一方、鳩山氏は「今の政権は左翼政権だ」と断じ、協力には首相交代が条件だとの考えを強調した。鳩山氏は兄の鳩山由紀夫前首相とも連携を強めるとともに保守色の強い民主党議員と親交を重ねる。28日夜には小沢氏に近く、保守色の強い民主党の松原仁、小宮山泰子両衆院議員らと会合した。つまり目指すは「平成の保守合同」なのだ。

 ただ、両氏で意見が一致したことがあった。鳩山氏が「菅さんは案外粘り腰かもしれない」とつぶやくと与謝野氏はこう応じた。

 「きれいなビルが突然崩れることはあるが、ボロボロのボロ屋は案外倒れないもんだ…」

(加納宏幸、今堀守通)

 

1年前は仲良しだったのに…菅&小沢 昨年の新年会ツーショットがあった【産経】
2011.1.13 01:30
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/110113/plc1101130131003-n1.htm

20100101plc1101130131003p1 昨年1月の小沢邸新年会での記念撮影。前列は左から、森裕子参院議員、蓮舫氏、小沢氏、菅副総理(当時)、谷岡郁子参院議員。後列は左から、室井秀子、大石尚子、青木愛、太田和美、小宮山泰子、小原舞各氏

 1年前はこんなに仲良しだったのに…。民主党の小沢一郎元代表の私邸で昨年元日に開かれた新年会で撮影された写真を産経新聞が12日、入手した。当時副総理・国家戦略担当相で政権ナンバー2だった菅直人首相と小沢氏、さらに女性議員がズラリと並んでいる。

 小沢氏は当時、民主党幹事長として辣腕(らつわん)を振るっており、新年会には衆院当選1回生の「小沢チルドレン」を中心に166人の衆参国会議員が集結。「次期首相」の座を狙っていた菅首相も新年会に駆けつけ、小沢氏の前で乾杯の音頭を取っていた。

 写真を見ると、菅首相は小沢氏の隣で穏やかな表情で、小沢氏も笑みを浮かべている。小沢氏の左隣には昨年6月に行政刷新担当相に就任した蓮舫参院議員の姿もみえる。

 12日の両院議員総会では小沢グループから批判を浴びた菅首相だが、「小沢切り」に突き進む姿勢に変わりはなく、1年前は、遠い昔のことのようだ。


 以下、マスゴミ各紙の社説を資料として採録。

2011年1月1日(土)付
今年こそ改革を—与野党の妥協しかない【朝日、社説】
http://www.asahi.com/paper/editorial20110101.html

 なんとも気の重い年明けである。

 民主党が歴史的な政権交代を成し遂げてから、わずか1年4カ月。政治がこんな混迷に陥るとは、いったいだれが想像しただろうか。

 長い経済不振のなかで、少子高齢化と財政危機が進む。先進国の苦境を尻目に新興国は成長軌道へ戻り、日本周辺の安全保障環境が変化しだした。政治はこれらの難問に真剣に取り組むどころか、党利党略に堕している。そんなやりきれなさが社会を覆っている。

 

■人類史で初の体験

 危機から脱出するにはどうするか。迷走する政治に、あれもこれもは望めまい。税制と社会保障の一体改革、それに自由貿易を進める環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加。この二つを進められるかどうか。日本の命運はその点にかかっている。

 危機の現状を見てみよう。

 日本の人口は2005年から減少傾向に転じた。現役世代に限ると、減少はすでに1990年代の半ばから始まっていた。この働き消費し納税する現役世代が減り始めたことが、日本経済の長期低迷の根底にある。

 代わって急増するのが引退世代。現在は現役3人弱で引退世代1人を支えているが、20年後には2人弱で1人を支える。そのとき、現役世代は1400万人以上も減っている——。

 人類の歴史で初めて体験する厳しい事態といっていい。

 現在の年金も健康保険も、制度の基本は高度成長の時代につくられた。団塊を先頭とする戦後世代が続々と働き手になる時代だった。それが、いまや低成長に変わって現役世代が減少し、その負担がどんどん増す。来年からは団塊が引退世代へ入り始める。

 正反対への変化を見つめれば、社会保障の仕組みを根本から立て直さないと維持できないことは明らかだ。

 

■もう財政がもたない

 そこに、先進国で最悪の財政赤字が立ちはだかる。社会保障や公共事業を数十年間も国債に頼ってきた結果である。財政は崖っぷちに立っている。

 赤字を食い止めながら、社会保障の財源をつくり、制度を組み替える。つらい話ではあるが、早く取りかかるほど改革の痛みは少なくてすむ。

 一方の自由貿易の強化は、貿易立国で生きる日本にとって要である。

 中国をはじめ、アジアの国々が豊かさへ向け突き進んでいる。近くにお得意さんが急増するのだからチャンスではないか。貿易の壁を取り払い、アジアの活力を吸収しない手はない。それが若者に活躍の場も提供する。

 TPPへの参加検討を菅直人首相は打ち出したが、「農業をつぶす」と反対されフラついている。だが手厚い保護のもと農業は衰退した。守るだけでは守れない。農政を転換し、輸出もできる強い農業をめざすべきだ。

 日本だけ悩んでいるわけではない。成熟社会で社会保障と成長をいかに保つか。先進国に共通の課題だ。これまで欧州各国は試行錯誤を重ねつつ、高福祉・高負担の社会を築いてきた。いまも財政危機のなかで、福祉の水準を切り下げるべきか揺れている。

 だが実際のところ、論争が派手に見える割には、現実にとり得る選択肢の幅は広くない。あっと驚くような妙案など、どこにもないのだ。

 それなのに、選挙になると各政党は違いを誇張し演出したがる。違いを訴えないと選挙戦にならないからだが、それが人々に期待を抱かせ、次に失望を与える。そんな病弊も、先進国に共通して生じている。

 日本もそうだったのだろう。

 ムダ退治と予算の組み替えで、財源はいくらでも出てくる。そう言ってあれもこれもの公約を掲げ、民主党は政権交代を実現したが、財源が空手形だったことは隠しようもない。甘い公約は疑い、苦い現実を直視することが大切であることを、国民も学んだ。

 

■民主は公約を白紙に

 思えば一体改革も自由貿易も、もとは自民党政権が試みてきた政策だ。選挙で負けるのが怖くて、ずるずる先送りしてきたにすぎない。民主党政権がいま検討している内容も、前政権とさして変わらない。どちらも10年がかりで進めるべき息の長い改革だ。

 だとすれば、政権交代の可能性のある両党が協調する以外には、とるべき道がないではないか。

 自民党は早期解散へ追い込むという。だが、自民党への支持はさっぱり戻っていない。このまま総選挙になれば、投票先を失った選挙難民が路頭に迷うであろう。それを恐れる。

 たとえ政権を奪還したところで、野党の協力を得られなければ、やはり息の長い改革は実行していけない。

 菅首相は野党との協議を求めるならば、たとえば公約を白紙に戻し、予算案も大幅に組み替える。そうした大胆な妥協へ踏み出すことが、与野党ともに必要だ。覚悟が問われる。

 日本の輸出力はまだまだ強い。技術もブランド力も評価が高い。経済が停滞していても社会は安定を保ち、豊かな自然に恵まれている。政治が課題の解決へ動き出せば、前途に立ちふさがる霧も晴れてくるにちがいない。

 お正月。離れて暮らす家族や親類が集まることも多いだろう。どうしたら孫や子にこれ以上ツケを回さず、豊かな日本を残せるか。そんな将来へ思いをめぐらす機会にもしたいものだ。

 

世界の荒波にひるまぬニッポンを 大胆な開国で農業改革を急ごう(1月1日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20101231-OYT1T00503.htm

 四海の波は高く、今にも嵐が襲来する恐れがあるというのに、ニッポン丸の舵(かじ)取りは甚だ心もとない。このままでは漂流どころか、沈没の危険すらある。いったい、我々はどこへ行くのか。

 菅首相率いる民主党主導の日本の政治には、こんな不安がつきまとう。

 新しい年に希望をふくらませ、日本人であることに自信と誇りを持てるニッポンをどう築くのか。この問いに答える、強靱(きょうじん)な政治指導力が求められている。

 ◆日米同盟の強化が必須◆

 一昨年9月の歴史的な政権交代から1年3か月余り。その間、3党連立政権の崩壊から鳩山前首相退陣、菅後継内閣へと、民主党政権の表紙は替わったものの、政治の機能不全が続いている。

 懸念すべき政治現象の一つが、日本の存立にかかわる外交力の劣化と安全保障の弱体化である。

 それを如実に示したのが、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件と、メドベージェフ露大統領の北方領土視察だ。

 日米同盟の亀裂を見透かした中露両国の露骨な揺さぶりに、「主権」をないがしろにされた菅政権は、非をただすどころか、ただ波風を立てることを恐れ、軟弱な対応に終始した。

 「戦略的互恵」「善隣友好」という表層的な外交標語に隠れて、一時を糊塗(こと)したに過ぎない。

 それもこれも外交・安全保障の基軸である、日米同盟をおろそかにしたからである。

 日本を抜きつつある経済力を背景に、軍事力を増強する「膨張中国」。海洋資源・権益と海上交通路の確保を目指し、外洋への海軍展開を進めている。

 国内のナショナリズム台頭をにらんで、不法に占拠した北方4島の領有を誇示するロシア。

 「強盛大国」を掲げ、権力継承の不安定な過渡期に、危険な挑発を繰り返す北朝鮮。

 人権尊重、法の支配、民主主義という国際的な規範を無視し、あるいは軽視する、これらの「異質」な周辺国からの圧力や脅威に対抗するには、強固な日米同盟が不可欠だ。

 自国の安全は自らが守る決意と、それを裏付ける防衛力の整備という自助努力の上で、日米同盟関係を堅持し、強固にする。菅首相はこの基本をきちんと認識しなければならない。

 同盟強化のためには、沖縄県にある米軍普天間飛行場の移設問題を、できるだけ早く解決しなければなるまい。

 再選された仲井真弘多(なかいまひろかず)知事の理解と協力を得るには、米軍施設の跡地利用、地域振興の具体策とともに、沖縄の過重な基地負担を軽減する方策を示す必要がある。菅首相自ら先頭に立って知事と県民を説得しなければならない。

 日米関係と同様、日本の浮沈を左右するのが、米国やオーストラリア、シンガポールなどアジア・太平洋の9か国が年内合意を目指して交渉中の環太平洋経済連携協定(TPP)の取り扱いだ。

 ◆経済連携参加を急げ◆

 TPPの狙いは、参加国の間で原則として関税を撤廃し、貿易や投資の自由化を進め、互いに経済的利益を享受することにある。

 日本が交渉に乗り遅れれば、自由貿易市場の枠組みから締め出されてしまう。

 後追いでは、先行諸国に比べ不利な条件をのまざるを得なくなる。だからこそ早期の交渉参加が必要なのだ。

 菅首相は、いったんは交渉参加の意向を明らかにしたが、民主党内の反対論に押されて腰が引けてしまった。

 関税が撤廃されると海外の安い農産品が流入し、日本の農業が壊滅するという農水省や農業団体、農業関係議員らの圧力からだ。

 これでは困る。

 自由化反対派の象徴的農産物がコメである。

 コメは778%の高関税、減反政策などの手厚い保護政策で守られてきた。しかし、コメの国内需要は減り続けている。

 一方で稲作農家の高齢化、先細りは進み、国際競争力をつけるための大規模化は遅れている。

 高い関税と補助金に依存してきた日本の農業が、その足腰を鍛えるには、思い切った開国と改革が欠かせない。

 日本の農業総産出額は8兆円余り。その中でもコメは1・8兆円で、国内総生産(GDP)の0・4%に過ぎない。

 食糧安全保障の観点から、主要農産物の自給を確保することは重要だが、農業が開国を妨げ、日本経済の足を引っ張るようでは本末転倒になる。

 ◆消費税率上げは不可避◆

 自民党が提示した「消費税率10%」に飛びついた揚げ句、昨年7月の参院選で大敗した菅首相。その後、消費税論議には口をつぐんだままだ。無責任のそしりを免れない。

 年金・医療・介護といった国民生活の安心に直結する社会保障を充実させるには、安定した財源の確保が大きな問題だ。

 巨額の国債を発行し、借金の繰り返しでまかない続ければ、早晩、日本の財政は破綻してしまう。

 消費税率を引き上げる以外に、もはや財源確保の道がないことは誰の目にも明らかだ。

 だからこそ、痛みを伴うはずの消費税率引き上げに賛成する国民が、各種世論調査でも多数派を占めているのではないか。

 もちろん、徹底的な行政の無駄減らしも避けて通れない。とは言っても、民主党政権が鳴り物入りで実施した事業仕分けで捻出できたカネは微々たるものだ。

 しかも、そのカネは借金の返済ではなく、子ども手当や高速道路の一部無料化、農家の戸別所得補償など、結果的にバラマキ政策の費用の一部に充てられた。

 国民の多くが、社会保障充実のための増税もやむなし、と腹をくくっているときに、大衆迎合的な人気取り政策に固執するのは、愚の骨頂である。

 菅首相は、政権公約(マニフェスト)を撤回し、バラマキ政策の見直しを約束した上で、消費税率の引き上げを野党側に提示し、速やかな合意を得るよう汗をかかなければならない。

 これまで指摘してきた重要案件を処理するためには、政局の安定が必須である。ところが菅首相の政権基盤はきわめて脆弱(ぜいじゃく)だ。

 ◆懸案解決へ政界再編を◆

 政権の地盤沈下に拍車をかけるのが、小沢元代表を支持する勢力との党内抗争だ。小沢氏の国会招致問題は峠を越したかに見えたがなお尾を引いている。TPP問題などの火種も依然として残る。

 党内抗争の内憂に加えて、外患になっているのが社民党との提携である。

 2011年度予算関連法案や重要法案を再議決により成立させるには、衆院で3分の2以上の議席を要する。そのために、連立を組む国民新党に加え、社民党を与党陣営に引き込まざるを得ない。

 こうした近視眼的な打算から菅首相は社民党にひざまずいた。

 武器輸出3原則見直しの先送りに見られるように、小党が重要政策の生殺与奪の決定権を握る、危険なキャスチングボート政治の再現である。これでは日本の政治が一段と混迷を深めてしまう。

 結局のところ、普天間移設、TPP、消費税率引き上げといった緊急かつ重要な課題を解決するには、安定した強力な政権を誕生させるしか道はあるまい。

 本来なら、衆院解散・総選挙を断行した上で、単独にせよ連立にせよ、衆参ねじれ現象の政治的矛盾を解く新政権をつくるのが筋だろう。

 しかし現状では、支持率低下により次期総選挙敗北必至と見られる菅首相が、衆院解散に打って出る可能性はきわめて小さい。

 だとすれば、次善の策として、懸案処理のための政治休戦と、暫定的な連立政権の構築を模索すべきではないか。

 昨年末に浮上した、たちあがれ日本との連立構想は頓挫したが、従来の枠組みを超えた良識ある勢力結集の試みなら歓迎できる。

 連立は理念・政策優先で、しかも「衆参ねじれ現象」を解消できる規模が望ましい。1年、ないしは2年の期限を切った、非常時の「救国連立政権」とし、懸案処理後に、衆院解散・総選挙で国民の審判を問えばいいのだ。

 国のあり方を大きく変える、いわば「平成の改新」を実現するための、党派性を超えた構想力と大胆な行動力が、今の政治に求められている。
(2011年1月1日00時41分  読売新聞)

 

国を開き 道を拓く(1) 世界でもまれて競争力磨く志を再び【日経、社説】
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE0E2EBE2E2E0E4E2E2E3E2E3E0E2E3E38297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D
    2011/1/1付

 めでたいとは言い難い年明けだ。

 日本経済はリーマン・ショックを何とか克服したものの、本格的な回復への手掛かりをつかめないままに年を越した。この20年の名目経済成長率は年平均でわずか約0.5%。公的な借金残高は3.3倍に増え、先進国で最悪だ。経済の地位低下が安全保障も脅かす悪夢を、日本人は尖閣諸島問題などでみた。

 この停滞は放っておいて自然に解消するものではない。

過信もあきらめも捨て

 来年は「団塊の世代」の一番上が65歳を迎え、社会保障支出が急増し始める。働く人が年に0.7%程度減り、経済成長を抑える。経済が拡大せずに公的債務が膨らめば、遠からず国は破綻の危機を迎える。

 それを避けるには経済と財政、社会保障の改革を急ぐしかない。本格的な高齢化を2~3年後に控えて、これから1~2年は日本再生への最後の機会となるだろう。経済の長期停滞の原因を、ひとつひとつ解きほぐしていかなければならない。

 大きいのは指導層の意識の問題だ。1990年代前半から、冷戦の終結や新興国の台頭で「世界大競争」が始まった。韓国が日本をしのぐ性能の電機・エレクトロニクス製品をつくるようになり、中国は低コストの工業品を量産し始めた。

 ところが政治家や経営者の間では「日本は大国で簡単には負けない。改革、改革と叫ぶのは大げさ」という向きが多い。時代錯誤である。

 国内総生産(GDP)で中国に並ばれ、日本はアジアでも経済超大国ではない。しかも近未来の経済の姿を示す指標で日本は劣る。

 経営開発国際研究所(IMD)によれば、国・地域の競争力は世界1位がシンガポール、2位が香港。日本は台湾(8位)や中国(18位)、韓国(23位)にも及ばず27位だ。

 経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査では15歳の読解力で日本は8位と、上海(1位)、韓国(2位)、香港(4位)などの下。また、物理と化学の専門論文の発表数で日本は中国を下回っている。

 一方で、長期停滞のなかで育った若い世代には「努力しても、そんなに豊かにはなれない」というあきらめもあるようだ。そこそこの生活ができれば、あくせく競うのは避けたいという気持ちもあるのだろう。

 アジア諸国に追われてはいるが、日本は技術に強い工業国。各国と競いながら腕を磨けば成長の余地はある。それを怠れば国の財政破綻などを通じ今の豊かさはやがて消える。過信もあきらめも捨てて、自らを鍛える志こそが大事ではないか。

 そう考えれば、なすべきことが見える。外国に学ぶ。貿易自由化で外の成長力を取り込む。伸びない産業よりも成長産業を後押しする。世界で通用する人材を育む……。総じていえば、経済開国と国内の改革。それはまさに明治期の人が挑み、なし遂げたものだ。国を開き道を拓(ひら)いた明治人の気概に学びたい。

 とりわけ急がれるのは、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を中心とする貿易の自由化である。

 日本は貿易立国のはずだが、GDPに占める輸出の割合は10%台と、30%台のドイツ、40%台の韓国に比べ今やかなり低い。

 貿易の自由化を遅らせれば、韓国勢などに押されるだけでなく、日本企業は生産拠点を貿易自由化の進んだ国へさらに移すだろう。

八方美人の政治は有害

 TPP参加のためにも農業の改革が欠かせない。生産効率を高め競争力を強める方向で、農政は大きくかじを切らなければならない。

 グローバルに活躍できる人材を育てるには、公教育や職業訓練制度の抜本改革も避けられない。

 シンガポールのように外国の有為な人材を好条件で招くことも、大競争の時代には重要になる。

 経済再生への機会をいかせるかどうかは多分に政治家しだいだ。

 外科手術が必要なのに、痛み止めを与える。そんな政策を民主党政権は自民党政権と同様、続けている。八方美人の政策は有害でしかない。嫌われても嫌われても、必要な政策を断行するキャメロン英首相(44)の勇気に倣うべきだ。

 日本再生のもう一方の主役は企業経営者。技術力はあるのに、アップル、グーグルなど米企業に新製品や新サービスで先を越されている。また、何社もがひしめき、大型の研究開発や投資で外国勢に後れを取る業界も多い。保守的な経営が働き手の潜在力を殺してはいないか。

 政治家と経営者は、日本経済のこの大転換期に極めて重大な責任を負っていることを自覚してほしい。

 

社説:2011 扉を開こう 底力に自信持ち挑戦を【毎日、社説】
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20110101k0000m070070000c.html

 写楽や歌麿なかりせば、浮世絵は世界的な広がりをもつ強力な日本ブランドになっていただろうか。

 2011年、卯(う)年の新年である。元気をなくしているといわれる日本の底力について考えてみよう。

 謎の絵師といわれる東洲斎写楽が鮮烈なデビューを果たしたのは1794(寛政6)年だった。歌舞伎の夏興行に合わせ役者絵28枚が一挙発売されるという破格の扱い。役者の表情を強烈に描いた「大首絵(おおくびえ)」に江戸っ子は仰天したらしい。大首絵は2年前から喜多川歌麿が美人画で採用し大人気を博していたものだ。
 ◇写楽、歌麿で再起の勝負

 その2人の絵師の登場を仕掛けたのが蔦屋(つたや)重三郎(じゅうざぶろう)(1750~1797)、蔦重(つたじゅう)と呼ばれた版元だった。江戸の遊郭・吉原の貸本屋から身を起こし24歳で書店を構える。33歳で出版業の中心、日本橋に出店。大田南畝(なんぽ)、山東京伝(さんとうきょうでん)、曲亭馬琴、葛飾北斎ら名だたる狂歌師、戯作者(げさくしゃ)、絵師を起用して大当たりする。今でいうポップ(大衆)カルチャー、クール(かっこいい)ジャパンの元祖である。研究者は蔦重を名プロデューサー、伯楽というだけでなく希代の商売人、起業家とみる。

 だが、寛政の改革下の出版統制でとがめを受け、財産の半分を没収されてしまう。蔦重の面白いのはその翌年に歌麿の美人画で再起の勝負をかけたことだ。それが大成功したことが写楽の登場につながる。

 蔦重の不屈の起業家精神がなかったら、日本の浮世絵は随分寂しいものになっていただろう。ゴッホはじめ印象派の画家たちがあれほど影響を受けたかどうかも分からない。

 昨年、東京・六本木のサントリー美術館で「歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎」と題した展覧会が開かれた。裏方のはずの版元を主人公にした展覧会は前代未聞といえる(この紹介も同展図録、鈴木俊幸氏の解説などによる)。

 日本が元気をなくしている。日本人が内向きになっているといわれる。若者が留学や海外勤務を避けたがるという話もよく聞く。日本の人々が縮こまってしまい、本来の力を発揮できていないようだ。

 だが、あきらめるのは早い。プロ野球、日本ハムファイターズに入団した斎藤佑樹投手の言にならえば、私たちは何かを持っている。それは長い時間をかけて蓄積された潜在的な力といっていい。明治の急速な近代化も、戦後の奇跡的な復興も、広く世界に目を向けて底力を発揮したことによる。私たちはもっと自信を持っていい。先に紹介した蔦重の挑戦も江戸の人々の教養の高さや社会の成熟があってこそできたものだ。

 日本を元気にするために、次の課題について一刻も早く道筋をつける必要がある。

 (1)経済の再生と地方の活性化。日本の創造性と魅力(ソフトパワー)を鍛えること。

 (2)安全保障と通商の基盤の確立。日米同盟を揺るぎなくする一方で日中関係を改善すること。

 (3)少子高齢化による人口減の打撃を最小限化する対策。子育てにも若者にも最大限の支援をすること。

 (4)消費税増税を含めた財政再建、社会保障、高齢者介護の立て直し。

 (5)人材育成と教育の再建。創造的で人間的な力のある若者を育て科学技術や文化の振興をはかること。
 ◇元気を引き出す仕掛け

 本シリーズの次回以降で詳述するが、ほとんどが自民党主体の政権時代から早急な解決が求められていた課題である。消費税や財政再建など選挙での敗北を恐れて封印し続けてきた問題も多い。菅政権はこれらの難題の扉を開けて本気で取り組む必要がある。できないのであれば違う政権に期待するしかない。

 もちろん、私たち国民自身が問題をきちんと理解して立ち向かうことが必要である。できるかどうかはまさに日本の人々の底力にかかる。

 昨年秋、羽田空港の国際定期便が復活した。その効果もあり日本を訪れる外国人が増えているという。

 新国際線ターミナルで人気を呼んでいるのは江戸の町並みに似せたショッピングモール「江戸小路」だ。歌舞伎小屋「中村座」の建物で日本土産の風呂敷や手ぬぐいを売っている。江戸を見せる小テーマパークになっているのだ。1階上にはハローキティやスタジオジブリのキャラクター雑貨など「かわいい」ものをそろえた「東京ポップタウン」がある。世界に通じる日本の魅力としてこれらが選ばれたのだろう。

 軍事力や経済力のハードパワーに対してソフトパワーの基本は人々を魅了するところにある。文化や価値観、社会のあり方などの魅力により観光や留学、就業などの形で外国人を引き寄せる。それが外交や安全保障、経済再生にもつながる。

 ポップカルチャーを中心とした日本ブランドの文化が注目されて久しい。昨年7月にフランスのパリ郊外で開かれた「ジャパン・エキスポ」は4日間で17万人が来場する大盛況だった。政府も「クールジャパン」支援策を練りはじめている。

 だがソフトパワーの領域に限らない。重要なのは蔦重のように人々の元気と底力を引き出す仕掛け人を生み育てていくことだ。

英訳
【関連記事】

    * 遊ナビ:美術 /東京
    * 草刈民代:遊女役で舞台初挑戦 安田顕「指先動かすだけで伝わる」と絶賛 「宮城野」公開けいこ
    * 杏:筋金入りの“歴女”ぶりでナビゲーターに 熱愛報道には言及せず WOWOW「幻の写楽 発見!」
    * @展覧会:歌麿・写楽の仕掛け人、その名は蔦屋重三郎 江戸文化の華と粋を演出

毎日新聞 2011年1月1日 2時30分

 

※産経は元旦社説なし。

 

社説 自治もっと前へ(1) 希望を見つける年に(1月1日)【北海道新聞】
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/266766.html

 政治も経済も元気なく立ちすくんでいる。

 閉塞(へいそく)感を打ち破るため登場したはずの民主党政権は、進むべき道を見失ってしまったかのように、迷走を重ねている。

 国政への期待が急速にしぼむ中で、身近な行政と向き合う統一地方選の年を迎えた。時の巡り合わせの妙であろう。

 人任せにしない「自治」の精神をバネに世直しに挑みたい。

 あの政権交代はなんだったのかと、いら立ちと失望が北海道内でも広がっている。日本が、希望と活力を取り戻す兆しが一向に見えないからだ。

 性急に成果を求めすぎているかもしれない。しかし、道内は長年にわたって景気低迷から抜け出せずにいる。地域の疲弊が進行していて、このまま立ち止まってはいられないのだ。

 にもかかわらず、政治の劣化は目を覆うばかり。場当たり的な対応と課題の先送りの連続で、明日が見えない。立場が入れ替わった与野党は、政策論議を置き去りにして、非難の応酬をしている。

 皮肉ではなく、特効薬などやはりないのだと学んだことが、政権交代で得た目下の最大の果実かもしれない。

 国政はこの惨状である。国頼みでは、問題がなかなか解決しないのは自明だろう。

 誰もが、5年、10年後の夢を語り合える社会にしたい。そのために自治体や住民が何をすべきか、何ができるか。考え、前に踏み出さねばならない。

 ノーベル化学賞を受けた鈴木章・北大名誉教授の言葉が、わたしたちの背中を押してくれる。

 昨年秋の受賞決定後の北海道新聞のインタビューで、「今の若者に伝えたいこと」を問われて鈴木さんは、こう答えている。

 「自分がやりたいことは何かを考えてほしい」

 「希望や理想は、決して人から与えられるものではなく、自分で考えて見つけ出していくものなのです」

 わたしたちは、どのような希望に向かって進むべきか。

 市場万能主義の小泉改革路線で生まれた格差の拡大、貧困、弱者切り捨てなどの傷は癒やされていない。こうした現状にあっては、まず、人を大切にする地域社会を築くことを柱に据えたい。

 急がねばならないのは「無縁社会」を解消する取り組みだ。

 NPOを中心に、地域の人の結びつきで血縁に代わる絆をつくる動きが、各地に芽生えている。着実に根付かせるには、NPO間の連携や、行政との協働が不可欠だろう。

 「貧困の連鎖」を断ち切るために、経済的に恵まれない子供たちへの教育支援にも、目を向けるべきだ。親の経済力で子供の将来が決められてはならないからだ。

 学資面に加えて、生活保護世帯の子供の学力を上げるため、無料の勉強会を放課後に開くなどの学習支援を広げてはどうか。

 就職難が続く。企業は、安い労働力や有力な市場を求めて生産拠点の海外移転を進めている。

 道が核になって地元雇用の機会を広げる施策が求められている。職業技能訓練や、企業との求人・求職情報の共有は十分だろうか。もっと知恵が要る。

 1次産業の担い手を育てるのも喫緊の課題だ。

 人を育て人を活(い)かすためにエネルギーを注ぐ。それが北海道が元気と魅力を増す出発点になる。

 北海道の人口が、2040年には現在より25%も減って414万人になるという推計がある。

 すでに過疎、少子高齢時代は色濃く影を落としている。道内は、人口に占める15歳未満の子供の割合が全国で3番目に低い。若者の姿が消え、お年寄りが寄り添うように暮らす集落もある。

 身近な商店街の店がシャッターを閉じ、買い物弱者が増えている。地域医療も揺らいでいる。

 日常の暮らしを守れなくては、地域の衰退は防ぎようもない。いますぐに自治体と住民、NPOが協力して、支え合う仕組みを築く必要がある。

 道内経済の将来も、中央の判断を待つ受け身の姿勢では描きようがない。

 新年度の北海道開発予算はピーク時の4割にまで落ち込んだ。必要な事業が実施できない時代に入るのかもしれない。政府が参加を検討している環太平洋連携協定(TPP)は、基幹産業の農業への大きな打撃が懸念される。

 抱える課題は多く重い。役割と責任を分かち合う覚悟が、わたしたち道民に要る。「自治」をもっと進める年にしよう。

 

【社説】年のはじめに考える 歴史の知恵 平和の糧に【東京新聞】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011010102000044.html
2011年1月1日

 新しい年を迎えました。希望や期待に胸躍るより、先行きへの不透明感や不安が込み上げてくるのは、日本を取り巻く内外環境が厳しいからでしょうか。

 北朝鮮が韓国を砲撃した朝鮮半島の緊張は解けません。日本を抜き世界二位の経済大国となった中国は海洋進出を強めています。

 政権交代で誕生した民主党の鳩山政権は、経済の国境がなくなるグローバリゼーションの果てに「東アジア共同体」を創成する夢を語りました。しかし、成長する中国やインドなど新興国は軍拡を進めナショナリズムが高まり、主権や領土の主張を強めています。
◆主権と領土の覇権競う

 菅政権が昨年末、発表した今後十年の防衛力整備の方向を決める新防衛大綱は中国の動きを「懸念材料」と名指ししました。世論調査でも中国に親しみを感じる人は史上最低を記録、隣国にとげとげしい視線が向けられています。

 アジアの状況は既成の大国や新興国が、主権と領土をめぐり覇を競った二十世紀初頭にも似てきたように見えます。ただし、当時、勢力図を塗り替える台風の目だったのは日本にほかなりません。

 明治維新を成し遂げ富国強兵に励んだ日本はアジアで、いち早く近代化に成功しました。朝鮮半島の覇を争った日清戦争、南下するロシアと対決した日露戦争に勝った日本は「坂の上の雲」(司馬遼太郎氏)を目指す新興国でした。

 当時、米国で学んでいた若い歴史学者の朝河貫一(一八七三〜一九四八)は、日露戦争を韓国、満州を支配し外国を締め出そうとするロシアと、領土を保全し市場開放を目指す日本の戦いと描き、日本に対する支持を訴えました。

 米国は表向き中立を守りましたが、同じ新興国としてセオドア・ルーズベルト大統領をはじめ日本に支援を惜しみませんでした。
◆対外進出を促した怒り

 中国の「門戸開放」が、列強の中国分割に立ち遅れた米国の利益であるとともに、米外交の理想にもかなっていたからです。米国で日本に支持を訴えた朝河にとって、日露戦争の目的は領土や賠償であってはなりませんでした。

 しかし、対ロ講和のポーツマス条約で賠償はなく、得られた領土は樺太南半分にとどまったことに国民は日比谷焼き打ち事件(一九〇五年)を起こし不満を爆発させました。日本はこの怒りに突き動かされるように、韓国併合や対華二十一カ条要求など強引な対外進出に突き進んでいきます。

 祖国の危険な兆候を見た朝河は日露終戦から四年後に「日本の禍機(かき)」(講談社学術文庫所収)を著し、東洋の平和と進歩を目指した日本が、それをかき乱し世界の憎悪を浴びる危険を訴えました。

 そして「日本もし不幸にして清国と戦い」「米国と争うならば」「文明の敵として戦う」ことになると警告しました。このとき、朝河は既に日本の三十二年後の運命を見通していたようです。朝河は日本人として初めて米国で社会科学の大学教授になりましたが、帰国せず米国で客死しました。

 二十一世紀のアジアで経済発展が軍備拡大とナショナリズムの台頭を招き、米欧や周辺国と摩擦を強めているのは中国です。

 中国が世界が共有する人権や自由などの価値を受け入れず、自らも、その被害者だった力による外交を強めるなら、世界の反発を招くことになりかねません。

 旧ソ連に対し北海道へ自衛力を集め戦車を並べた時代と違い中国の海洋進出が強まる今、重点を南西に移し潜水艦部隊などを充実させるのは当然です。

 しかし、中国に懸念を表すだけで対話や協力を求めるのを怠れば、中国は軍拡で対抗するでしょう。ましてや、中国に対するナショナリズムをあおるなど感情的な対応は百害あって一利なしです。

 むしろ、世界の潮流に背き国の破滅を招いた痛苦な体験を持つ「先輩」の日本が中国に助言できることは少なくないはずです。

 日本は第二次世界大戦の惨禍から学んだ人類の知恵ともいえる「戦争放棄」を盛り込んだ憲法九条を擁し「核なき世界」を先取りする「非核三原則」、紛争国に武器を輸出しないと宣言した「武器輸出三原則」を掲げてきました。
◆貴重な外交資産生かせ

 これらは今後、国際社会に日本が貢献する際の足かせではなく、平和を目指す外交の貴重な資産です。紛争国に武器を与えない日本だからこそ自衛隊の国連平和維持活動参加が歓迎されるのです。

 脅威や懸念には米国など同盟国、周辺国と連携し現実的に対応しながらも、平和国家の理想を高く掲げ決しておろそかにしない。

 そうした国の在り方こそ、世界第二位の経済大国の座を中国に譲っても、日本が世界から尊重され続ける道ではないでしょうか。

 

新年を迎えて  「分かち合い」の再構築を【京都新聞、社説】
http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20110101.html

 日本列島が厳しい風雪に見舞われるなか、新しい年を迎えた。
 ことし一年、どんな年になるのやら。世の中に漂う不安がよけいに募りそうな年明けだが、正月から案じるのはよそう。
 穏やかに普通に暮らせれば、それでいい。大方の願いはつつましいものだ。自分一人が良ければというのではなく、互いに助け合い、この小さな願いを大切にする。そんな社会にできないだろうか。
 〈目出度(めでた)さもちう位也(くらいなり)おらが春〉
 ごぞんじ江戸時代の俳人、小林一茶の正月の一句。詩人の宗左近さんによれば、「ちう位」とは大中小の「中」ではないそうだ。一茶の故郷、信州・柏原あたりの方言で「いい加減」という意味があり、投げやりな感じがこもっているという。
 バブル崩壊前の「一億総中流」の頃には「中くらい」の春がぴったりだったが、今日の貧困が広がる格差社会では投げやりな気分の方が合いそうだ。
 といっても、この一句にはどこかしぶとさがあるように思える。
 一茶が生きた時代の空気を、江戸落語から感じる取ることができる。たとえば「長屋の花見」は貧乏長屋の住人が酒の代わりに番茶、卵焼きの代わりにたくあんを持って花見に繰り出す話だが、軽妙に貧乏を笑い飛ばしている。
 江戸の貧乏咄(ばなし)が一番好きだという解剖学者で京都国際マンガミュージアム館長の養老孟司さんは「貧乏でも明るく楽しく暮らせる社会が江戸だった」(「江戸の智恵」PHP研究所)と話す。
 「貧乏で暮らせない社会に日本が変わりつつあります」という養老さんの指摘を実感する今日だ。

「ひとりじゃないよ」

 昨年、全国で100歳を超える高齢者の所在不明が次から次と発覚した。親がわが子を虐待死させる事件も後を絶たない。自殺者は13年連続で3万人を超えそうだ。
 背景に深刻な貧困の広がりがあるだろうが、それだけではないような気がする。
 家族や隣近所、地域、職場とのつながりが切れた「無縁社会」。江戸の貧乏長屋のように身を寄せ合う場を失い、孤立を深める人たちが増えているのだ。
 そんな乾き切った社会でも希望を見つけようというのが本紙連載「ひとりじゃないよ」だ。第1部で紹介した京都市伏見区の醍醐南市営住宅はほぼ半数が70歳以上の独居世帯。自治会長の宮田光雄さん(71)を中心に住人の孤独死をなくす見守り活動を続けている。
 山科区で銭湯を経営する平野弘和さん(55)は昨年から高齢者の送迎を始めた。「できる範囲でやってます」と平野さんが話すように、それぞれが手を差し出せば希望は広がるはずだ。
 ここで注意すべきは、市民の自助や共助を称揚して、行政が財政難を理由に福祉や社会保障をサボることだ。
 国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、これからは核家族でさえ減り続け、単独世帯が2030年で4割近くに増える。その多くが高齢者だ。
 国に危機感はあるだろうか。

「三方良し」を新たに

 日本が40年以上維持してきた国内総生産(GDP)世界第2位の座を、昨年中に中国に奪われたのは確実だといわれる。
 自信をなくすことはない。むしろ「GDP信仰」から解放され、成長よりも成熟社会へ思い切って転換する時ととらえるべきだ。
 成熟社会とは大人の振るまいと分かち合いを大切にする社会だ。
 お手本はすでに江戸時代の教えにある。「売り手良し・買い手良し・世間良し」の近江商人の「三方良し」は、地縁・血縁のない行商先で信頼されるための心得であった。無縁社会に思い出したい「お互いさま」の知恵だ。
 行き過ぎた市場主義経済は一部の勝者の陰で、多くの格差をもたらした。経済は豊かなのに幸せを実感できない仕組みは変えたいものだ。
 GDPに代わる物差しがほしいなら、国連開発計画の人間開発指数(HDI)がある。所得だけでなく保健や教育、女性の地位などで国民生活の質の良さを計る。昨年の日本は世界11位。上をめざすかいがあるではないか。

「大国」と違った道を

 日本の近代化は、欧米に並ぶ「大国」をめざす歩みと挫折といえる。軍事大国が破綻し、戦後は経済大国として再生を果たしたが、人口減少社会の到来とともに先行きは見通せなくなっている。ここで立ち止まって、これから歩むべき道を考える時かもしれない。
 明治維新政府の岩倉使節団による欧米視察は、近代統一国家の選択肢を探るのが目的だった。一行が関心を示したのは英米など「大国」だけでなく、オランダやデンマークなどの「小国」であったと歴史学者の田中彰氏が指摘している(「小国主義」岩波新書)。
 「大国」に対する独立を保つために、「小国」に必要なのは国民の気力や兵士の強さであると一行は強調し、実理的な教育や高い文化水準に目をみはったという。
 結局、日本は「小国」への道を選ばなかったのだが、岩倉ら使節団が「小国」に向けた目差しを思い起こしてもよいのではないか。
 経済、軍事両面で大国化する中国に、日本はどう向き合うのか。多極化する世界に日本が果たすべき役割とは何だろうか。
 そう考える時、岩倉使節団が見た「小国」の在り方を今日の日本に重ねてみたくなる。もはや大国主義は時代遅れだ。「小国」が連携し、知恵を働かすことで平和を守る道を探りたい。日本の新しい選択肢ではないだろうか。

[京都新聞 2011年01月01日掲載]

 

[こんな夢をみた]沖縄を平和の公共財に【沖縄タイムズ、社説】
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-01-01_13330/
2011年1月1日 09時35分

 ソファに寝転がって中江兆民の『三酔人経綸問答』を読んでいるうちに、うとうと寝入ってしまった。

 こんな夢をみた。

 琉球・沖縄史の傑物3人が、時空を超えて一堂に会し、熱い議論を交わしている。

 薩摩の琉球侵攻に抵抗し、1611年に斬首された三司官・謝名親方利山。琉球救国運動のため清に渡り、1880年、志半ばにして北京で自ら命を絶った王府高官・林成功。沖縄の将来を憂えながら終戦直後の1947年、東京で亡くなった沖縄学の父・伊波普猷。

 岐路に立つ郷土沖縄のために少しでも参考になればと伊波が先輩2人に呼びかけ、最初で最後の歴史的な座談会が実現した。

 「沖縄はこの精神を手放してはならない。ここに沖縄の生きる道が示されている」と、のっけから核心にふれたのは謝名利山。彼が取り上げたのは「平和の礎(いしじ)」と「沖縄平和賞」と「世界のウチナーンチュ大会」の三つだった。

 「この三つに共通するのは、いずれも国境を超えた、一国の利害にとらわれないトランス・ナショナルな試みだということ。経済や文化の国境を超えたつながりは深まるばかりであり、安全保障を軍事力や地政学だけで考えるのはもはや時代遅れだ」

 「平和の礎」には国籍に関係なく戦没者の名前が刻まれている。平和賞は、世界の紛争地域や貧困地域などで医療や保健支援活動などに従事し、「人間の安全保障」を実践してきた団体が受賞している。

 10月に開かれる「第5回世界のウチナーンチュ大会」には世界各地から県系人が集い、交流を深める。

 この三つの事業にはもう一つ共通点がある。他人を思いやり、共に支え合って生きることを大切にする―その精神が脈打っている点だ。

 謝名は「肝心(ちむぐくる)を忘れたら世も末だ。肝心こそ沖縄が次代に継ぐべき大事な資産、沖縄のソフト・パワーなのだ」と慷慨(こうがい)家らしい口ぶりで力説した。

 伊波は「肝心」のほかに、「気概」という言葉を付け加えた。

 生前、「深く掘れ、己の胸中の泉、余所たよて水や汲まぬごとに」と自立を促す琉歌を詠んだのは伊波普猷である。他人の力をあてにしてはいけない。自分で考え、自分で工夫し、自分の足で立って歩きなさい、という意味だ。

 伊波の憂いは、生前そうであった以上に、深い。「戦後の基地依存、復帰後の財政依存。沖縄の人たちに染みついてしまった依存体質は、今もウチナーンチュをむしばんでいる。気概が感じられない。なぜ、そうなったのか」

 今年は依存体質脱却の方途について明確な答えを出すときだ。

 伊波は2人の前で、絶筆になった『沖縄歴史物語』の一節を読み上げた。「地球上で帝国主義が終りを告げる時、沖縄人は『にが世』から解放されて、『あま世』を楽しみ、十分にその個性を生かして、世界の文化に貢献することが出来る」

 林成功は「帝国主義も植民地主義も覇権主義も沖縄に幸せをもたらさない」と言い切った。

 「政治・経済・軍事のあらゆる面で中国が台頭し、東アジアは大きな転換期を迎えている。非常に流動的で、危険な要素もあるが、軍事力を強化することによって対抗する勢力均衡政策は愚策だ。問題解決につながらないどころか、問題を複雑にするだけである」

 経済、文化の各面で相互依存関係が深まっているにもかかわらず、東アジアでは、信頼の絆が深まっていない。いや、個人や団体のつながりは、驚くほど深くなっていると言うべきだろう。にもかかわらず、歴史問題や領土ナショナリズムが活火山のように火を噴き、そのたびに、絆を弱めてしまうのだ。

 だからこそ、と謝名利山、林成功、伊波普猷の3人が口をそろえて言った。

 「沖縄を平和の国際公共財として世界に認知させ、沖縄から積極的に発信すること。それは決して夢物語ではないし、東アジアの中で沖縄が担うべき役割だ」

 

新年を迎えて/「豊かな沖縄」づくり元年 「発展の鍵」は県民の手に【琉球新報、社説】
2011年1月1日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-171810-storytopic-11.html

 2011年。沖縄の未来を決める「転機の年」を迎えた。
 21世紀も10年が経過したものの、沖縄には「戦争の世紀」とも呼ばれた20世紀の残滓(ざんし)や垢(あか)が、いまだにこびりついている。
 その残滓や垢を落とし、新世紀にふさわしい夢と希望、活力にあふれる「豊かな沖縄」づくりに挑む。その始動の年としたい。
 リーマン・ショック以降続く世界的な不況にも新興国を中心に改善の兆しが出始めている。昨年末の県内の失業率も6%台まで改善している。
 景気回復の流れを加速させ、豊かで活力あふれる沖縄をどう描き、実現するか。県を挙げて英知を絞り実りと成果を手にしたい。

転機を好機に
 昨年は、普天間飛行場返還・移設問題を中心に、迷走する政治に翻弄(ほんろう)された沖縄だった。
 ことしは沖縄振興の基本となる沖縄振興計画が大きな節目を迎える。現計画は次年度が最終年度。現計画に代わる新計画をどう構築するか。高率補助制度や一括計上方式の見直し、新たな一括交付金制度の導入、軌道系交通の北伸など10年、20年先を見据えた新たな沖縄振興ビジョンの策定がヤマ場を迎える。
 転機は好機だ。敗戦と占領の残滓となる広大な米軍基地を整理縮小し、生まれる真っ白なキャンバスに沖縄の未来図を存分に描く。基地の返還促進は、大きく重い課題であると同時に、その跡地利用は県経済の活性化と地域振興の最大のチャンスともなる。
 沖縄経済は長く「基地依存経済」と言われてきた。しかし、いまでは基地から得られる利益や配分、経済効果は、すでにフェンスの外側の民間経済に比べ大きく劣化している。
 実際に過去の基地返還跡地の経済波及効果は、基地時代に比べ那覇新都心(米軍牧港住宅地区)で12倍、小禄金城地区(那覇空軍・海軍補助施設)で30倍、北谷桑江・北前地区(ハンビー飛行場など)では208倍に上る。
 県内の米軍基地が全面返還された場合は、経済波及効果は2・2倍。沖縄経済の規模が倍増するとの県議会試算も公表されている。その中身を本紙(20、21面)で詳細に紹介、分析している。
 今、沖縄経済は、米軍基地に支配された「20世紀の呪縛」を解き、沖縄が持つ豊かな土地、資源、労働力を民間でフルに活用し、「豊かな沖縄」を実現する時を迎えている。
 復帰前の日本政府の沖縄振興策の基本方針など一連の動きをまとめた「沖縄の産業・経済報告集」(1970年、南方同胞援護会編)の巻頭で、総指揮に当たった大浜信泉氏は「豊かな沖縄をつくろう。これは佐藤総理によって提唱された沖縄の経済開発についての標語である。日本にはそれをなしうるだけの十分な力があり、沖縄にはそうなりうる諸条件が潜在している」と述べている。

整備から利活用へ
 それなのに、なぜ「豊かな沖縄」の実現に向け政府が4次、40年にわたり実施してきた沖縄振興計画の「格差是正」と「経済自立」の目標は、未達成のままか。
 「報告集」にある68年の日本政府沖縄経済視察団の報告は、「早晩横這(ば)いないし漸減」する基地関係収入や日米両政府の財政援助に依存する「沖縄の経済の体質改善」を強く求めている。
 そしてその具体的な改善策として政府は「世界における貿易の自由化の趨勢(すうせい)に伴う国際競争の激化に対処し、関係産業の合理化、生産性向上による製品コストの引き下げ、品質の改善、海外市場の開拓などにより国際競争力を強化する」ことなどを挙げている。
 42年も前に政府が自ら指摘した課題と改善策が、いまに当てはまるところが歴史の皮肉だ。
 大浜氏は「豊かな沖縄」の実現について、「問題は可能かどうかにあるのではなく、むしろそれを可能にする知恵と意思があるかないかにある」と強調した。
 「政府依存、政府任せの沖振計の限界」が指摘される中、地方主権を先取りする知恵と意思、構想力が県民に求められている。
 復帰40年を前に、すでに県内には多くの優れた社会・産業資本が整備されている。課題はその利活用。整備重視から県経済の「成長のエンジン」となる資本をいかに始動・発進し活用するか。「発展の鍵」は県民が握っている。


 あとで、写真整理後、まとめてアップします。


 

雑談日記は良質な情報への中継点
と、人気blogランキングバナー に参戦中。

(↓クリックすると拡大)
自民党は自Endバナー 自民党は自Endバナー の猫ちゃんつながりブログを倭国大乱を記録するブログの数々として見つける毎に適宜追加。但し結構忘れてます(汗)

 ココログ利用で、即行で以下のTBPライブリンクをサイドエリアへはりたければ⇒一輪のバラをクリック。

 以下、登録・スタートさせたトラックバック・ピープルです。
主権者は私たち国民自民党政治民主党政治社民党や共産党にトラックバックしてます。

 

|

« 宮崎信行氏問題のメモ。宮崎氏がNIFTYに「送信防止措置請求」したようです。 | トップページ | れんだいこさん、ブログを始めて下さい。>【2011.1.1たすけあい党新年声明】←他何本か。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 明けましておめでとうございます。満員盛況の小沢一郎議員新年会(議員120名)by岩上安身動画をご紹介しておきます。:

« 宮崎信行氏問題のメモ。宮崎氏がNIFTYに「送信防止措置請求」したようです。 | トップページ | れんだいこさん、ブログを始めて下さい。>【2011.1.1たすけあい党新年声明】←他何本か。 »