« 明けましておめでとうございます。満員盛況の小沢一郎議員新年会(議員120名)by岩上安身動画をご紹介しておきます。 | トップページ | TBS勝ち抜き時事川柳「しがみつき タスキ渡す気 ない総理」四街道市 小林修さん。 »

2011年1月 2日 (日)

れんだいこさん、ブログを始めて下さい。>【2011.1.1たすけあい党新年声明】←他何本か。

 なかなか、洞察鋭い論考を書かれているのに勿体ないです。現状のままならネット戦線全体から見てマイナスです。

れんだいこの左往来人生学院問う論場2 さんへの提案。

 もっと機能的なBBSに変更する。出来ればブログに移行する。あるいはBBSとブログと併行して運用する。

 現状の問題点。

1、れんだいこさんが現在使っているlivedoorのBBSでは個別投稿の固定URLが取得出来ていない。(僕が管理している、teacup.com の「主権者は私たち」BBSでも、rocketbbs.com の【遊撃版】「愛、そして生きる 主権者は私たち」BBSでも、過去ログに回った投稿も含めて固定のURLがふられます。

2、れんだいこさんのlivedoorのBBSでは、訳の分からないアラシ広告が目立っている。管理がし辛いのかな。僕管理のteacup.com BBSでも、rocketbbs.com のBBSでも、管理メンテが楽です。

3、れんだいこさんのlivedoorのBBSでは、訂正を返信投稿でやっているが、僕管理のteacup.com BBSや、rocketbbs.com のBBSでは、設定で投稿後編集・訂正させられるように出来る。

4、れんだいこさんのlivedoorのBBSでは、サイト内検索で過去投稿のデータを探し再活用する点で甚だ不便です。僕管理のteacup.com BBSや、rocketbbs.com のBBSでは非常に強力な検索があります。

※もし僕が提案した事を取り入れて頂けるならば、スタート時の技術的なサポートをお約束します。


 以下、資料として再活用出来るように、雑談日記で採録しておきます。なかなか参考になる論考です。

2432 Re::れんだいこのカンテラ時評878 れんだいこ 2010/12/31 11:22
【2011.1.1たすけあい党新年声明】

 2011年、明けましておめでとうございます。本年を如何なる年にすべきかメッセージさせていただきます。結論から述べると、二代続いたマニュフェスト改竄政治と決別し、三番手政権としてマニュフェスト実践派政権誕生の年にしたいと思います。政権交代の日の目を見るには見ましたが、我々はまだその果実を味わっておりません。民主党二代政権はマニュフェストを裏切る「上からの反革命政権」でしかありませんでした。これに対し民主党内が二分化しているのは衆知の通りです。マニュフェスト改竄派の政権はもう良いでせう、今度はマニュフェスト実践派の出番です。かく永続革命させて行くべきです。

 実現すれば日本の戦後政治史上久しぶりのハト派政権の登場になります。戦後日本を有能に舵取りし、世界の奇跡と云われた戦後復興、続く高度経済成長時代の政治を再興せねばなりません。この成功事例を再検証し現代版で焼き直すことこそが待ち望まれております。皆さん、力を合わせて頑張りませう。たすけあい党は未だ微力ですが、目下は理論の力により、ゆくゆくは数の力によっても日本政治史上に枢要な役割を果たそうと決意しております。今年もご声援宜しくお願い申し上げます。

 鳩山政権、菅政権は我々の期待を大きく裏切りました。2009衆院選で掲げたマニュフェストのうち、郵政再改革法案、有料高速道路無料化法案等の日本再生の為に有効な処方箋は殆どが手つかずのままです。これは意図的故意のサボタージュとしか考えられません。こうなると政権交代政権は公約詐欺政権と云うことになります。これほど露骨に公約詐欺するのであれば2009年衆院選そのものが無効と云うことになりはすまいか。そういう裁判が可能かどうかは分かりませんが公約詐欺選挙であったことは確かです。政治の信義を云うなら、これこそが一等肝要な信義ではないでせうか。

 この信に欠ける者が、「政治とカネ問題」で小沢どん政治訴追している姿は二重の政治詐欺です。小沢どん側はマニュフェスト履行派であり、不履行派が履行派を政治訴追するのは政治ペテンです。この観点をしっかり据えることが重要です。今頻りに小沢どん政治を貶す評論が流されつつあります。人民大衆を誑(たぶら)かす悪意の逆宣伝です。我々は言論選でも堂々と勝利せねばなりません。日本政治に何が問われているのか。売国政治か自律自存の政治かの二股の道です。小沢政治は自律自存の道であり、逆であるかのように説くペテン評論に騙されてはなりません。

 振りかえって見るに、鳩山政権は八方美人型の優柔不断政治により転びました。云う事がころころと替わり、坊ちゃん的遊び人政治に食傷させられました。ところが、後継した菅政権は、その鳩山政権以上に悪質な政権になっております。れんだいこ自身、菅首相がこれほどイカレているとは考えておりませんでした。菅政治は小泉政治の再来です。民主党政権になって、こういう政治が立ち現われることは驚きでした。菅は小泉同様にネオシオニズム系の秘密結社の一員の可能性があります。こう考えないと理解できないオカシナことが随所で立ち現われております。

 小泉は首相在任時に、イスラエルを詣でた際にユダヤ教徒の正装で参拝しております。これは決定的な首相犯罪です。靖国神社の公式参拝に対して議論が生まれましたが、この愚挙に対して何の咎めも受けておりません。政倫審、証人喚問に値すると考えますが、こういう愚挙が見過ごされ、小沢どんに対しては執拗に仕掛けられております。これは意図的故意の政治操作です。粉砕あるのみです。

 鳩山政権時にはまだしも挙党態勢を維持しておりました。要職を自派で固めるのは当然としても、党内に政見の異なる色々なグループが存在することを踏まえ全体として党内バランスを図り挙党態勢を敷いておりました。これが大人の政治であり政治の知恵です。ところが、菅政権になると自派一色で組閣し、そういう片肺政権で政治を私物化しております。その菅政権下で、仙石官房長官が第二首相化しております。先の法相辞任騒動の結果、法相をも兼任しました。かくて官房長官権限が異常に膨らんでおります。菅政権のお粗末さと背後勢力の指示を窺うべきです。

 そういう粗脳政権の下で異常な「小沢どんバッシング」が押し進められております。菅政権の小沢どん追撃論法は明らかに日共的な民主集中制と云う名の党中央集権政治です。小泉時代の刺客騒動を思い出しますが、独裁的な官邸政治の手法と相まって恐ろしく子供じみた政治になっております。現在、菅政権は、「党中央の云うことはその通り」式恭順を党内に強要しつつあります。政治の日共化であり厳しく叱責すべきです。日共の悪影響については別途論じて見たいと思います。

 菅政権は、組閣の稚拙さに相応しい政権運営ぶりを発揮しております。政治は「ワシントン云いなり」です。その裏腹で政局騒動に耽っております。菅首相の「政局好き」が上手く利用されていることが分かります。それだけの脳でしかないと云うことが明らかになっております。菅政権の政策は、政権交代時マニュフェストを意図的故意の反故、執拗な「小沢パージ」、国策不況化政策、財政悪化政策、自給政策の放棄等々で悪事を重ねております。結論として誰の目にも明らかな逆走政治を続けております。

 これらにより政権交代効果はすっかり色褪せてしまいました。これは武運つたなく生まれた過ちではありません。現代世界を牛耳る国際金融資本帝国主義の指令に基づき、ワザと日本を破産させるよう御用聞きしていると看做す必要があります。見返りに地位保全と大臣ポストを主とする登用機会が与えられ、これに喜々としている貧相な生態が見えてまいります。これを見抜いたところから人民大衆の失望が怒りに転化しつつあります。

 この政治事象を疑惑すべきです。漫然と批判するのではなく、国際金融資本帝国主義のシナリオを御用聞きしているのではないかと疑ってみる必要があります。菅政権の醜態を偶然的事象と捉えるようでは歴史の真実が見えてまいりません。鳩山政権然り、菅政権は鳩山政権以上に御用聞きに忠勤していると捉えるべきです。こういう輩をシオニスタンと命名しています。今や日本の政界はシオニスタンに籠絡されています。自公政治もそうでしたが民主党連合政権になっても相変わらずのシオニスタン政治が続いていることになります。共産も社民もその他諸新党も同じ穴のムジナです。してみれば、国際金融資本帝国主義の支配力が与野党、右派左派問わず及んでいることが分かります。そろそろシオニスタンどもを一網打尽に追放せねばなりません。

 こう読み解くことで、次の政治課題が見えてまいります。一刻も早く三番手政権を登場させ、自律自存の政治を取り戻し、2009衆院選の政権交代の意義に添った政治を実現させるべきです。その為にもう一度政権交代が必要です。この結論が見えてきたのが2010年の政治教訓だったと考えます。問題の所在が明らかになったと云うことは半ば解決したも同然です。後は如何に実現するかです。

 当然、国際金融資本帝国主義側は、そうはさせじとして反動的対応に出てまいります。これが「小沢どんパッシング」の政治的背景です。小沢どんは政権交代派のドンとして位置づけられており、それ故に叩き続けられております。マスコミメディア一斉の「小沢どんパッシング」はこれに起因していると考えるべきです。菅政権下の「小沢どんパッシング」は菅政権の単なる延命策ではありません。国際金融資本帝国主義の指令に基づく御用聞きと考えるべきです。

 こう考えないと、政財官学報司軍の国家権力中枢八者機関の一斉砲撃の構図が見えてまいりません。その昔、ハト派政治のドンたる田中角栄も、この手でやられました。菅政権は今、民主党内を分裂させ、その分裂騒動により党への期待をすっかり褪せた状態に追い込み、その上での衆院解散を画策しつつあります。国際金融資本帝国主義にとって、2009衆院選の結果としての300議席を越える民主党議席がよほど邪魔になっていると云うことです。菅政権は、この思惑に基づくいわば民主党潰しの請負政権と化していることになります。

 こう捉えると自然に対応策も出てまいります。菅政権が小沢派の追い出しをすればするほど、出て行くのは手前たちであると云い渡すことです。マニュフェスト履行派こそが正統な民主党であり、これをサボタージュする側が出て行くのが筋です。これによると、民主党内から出て行くのは小沢派ではなく菅派シオニスタンであるべきです。そういう意味で、菅派による小沢派パッシングの不正を糾弾し、菅派シオニスタンどもをこそ放逐するべきです。菅派は、こうまで正体を露わにした以上、もはや民主党内に居残ることは許されません。目下、大臣ポストを餌にしながら自公やその他諸政党との連立を図ろうとしておりますが醜態と云うべきです。惨めな末路しか残されておりません。仕舞いには誰からも相手にされなくなるでせう、自業自得です。

 歴史の流れは、民主党正統派による三番手政権の創出を不可避としています。次の政権交代は小沢派連合によって切り開かれるでせう。どうせそうなるのなら早いのに越したことはありません。菅政権が日延べするほど一日一日国益を失います。思い返すに、世界史的称賛に値する戦後日本の奇跡の復興と発展は、政治上は自民党のハト派政権の能力によってもたらされてきたものです。しかしながら、その政治能力はロッキード事件を境に掣肘され、1980年代初頭の中曽根政権誕生と共にタカ派政権が日本政治を牛耳り始め、それと同時に世界史的侮蔑に値する日本凋落が始まり、今日に至っていると考えるべきです。

 以来、30余年にもわたる悪政により、もはや日本にはかっての国富がありません。国家財政もとみに悪化させられており、待ったなしの局面に至っていると考えるべきです。日本政治史上1980年代初頭に終焉して以来長らく地下に押し込められてきているハト派政治を復権する以外、日本再生の方法はないと考えます。わが党はこのことを強く訴え、ハト派政治の再興に尽力いたします。

 ここ二年余続いている小沢パッシング運動に対して、我が党の観点を明らかにしております。「真の政治とカネ」問題とは、収支報告書に克明に記載した者が、記載した故にあれこれと「天の声」まで精査され訴追されるべきではありません。まずは収支報告書に記載しなかった側が裁かれるべきです。史上の政治疑獄はこの種のものです。但し、このところ冤罪も増えており、検察的正義に眉つばせねばならぬことは言うまでもありません。現下のように収支報告書に記載しなかった側が免責された上で、小沢パッシング運動に陰謀を凝らしている姿は正視に耐えません。

 菅首相が、執拗に小沢どんを政治訴追し続けるのなら、その論拠論法を我が身に当てて潔白を証してから論ずるのが筋です。こう問う時、菅首相自身に纏わる杜撰な政治資金趣旨報告書問題があります。菅首相はまずは自身の政治資金団体の収支報告書不正記載問題を釈明すべきです。この物差しは、当然他の小沢パッシング派にも適用されます。目下の小沢パッシング運動は党利党略、私利私略のものでしかありません。

 日共流の「政治とカネ問題論」も不正です。その論理論法に従えば、政治家は井戸塀政治家になるかカスミを食って生きる仙人政治家になるしかありません。常に自身を正義であるかのように吹聴し、吹聴しただけで責任を果たしたかの観点から「政治とカネ問題論」を説き続けていますが有害理論です。「政治とカネ問題論」は代議員制政治に纏いつく宿アのようなものであり、政治活動に必要な資金が豊潤に集められ、それが有効に使われるシステム構築こそが本来の「政治とカネ問題論」となるべきです。少数党にして且つ云うだけで事足れりの政治論の政党が、「政治とカネ問題論」如意棒で、ハト派政治家に特化して叩きまくる政治主義の背景こそが胡散臭いと云うべきです。そろそろ日共の悪質さに気づくべきです。

 2010年は、東京地検特捜部の政治主義的な立ち働きが露呈する年になりました。震源地は大阪地検特捜部でしたが、証拠捏造で現役3検事がイモヅル式に逮捕されると云う前代未聞の事件が発生しました。但し、関係者全員不起訴と云う事態になりました。この悪事に報道管制が敷かれているかの如くまともな報道が為されませんでした。先進言論の誉れを持つネットでもそれほど問題にされていないのは奇妙なことです。昔のことならともかく、今現に起きていることをそれとして評論するのはジャーナリズムの第一歩です。大阪地検特捜部の体質は東京地検特捜部のそれを真似したものに過ぎません。そう云う意味で、検察正義の虚構が露わになったことの政治的意味は大きかったと考えます。

 以下、「2010.1.1たすけあい党新年声明」を書き直し復唱しておきます。

 日本は、太古の昔から今日に至るまで、世界史上稀なる「なんだかんだ云っても割合と良い社会、国」であった。他国との相対的な比較に於いてですが、まずかく認識する必要があるように考えております。この点で、左翼は早急に半身構えの悪い癖を直さねばなりません。日本は良い国と思うべきです。否定をすれば賢いと思うのは青年期特有のものです。全体として日本は世界的に稀な豊かな助け合い精神で世の中を創って来た「良い国」と認識し直すべきです。ここを間違う故に、闘争対象があらぬ方向へ行ってしまうことになります。これが、れんだいこの学生運動検証の果実です。

 更に云えば、戦後日本は、大東亜戦争の敗戦を通じて、歴史の僥倖か必然かは定かではありませんが結果的に、戦後憲法秩序に体現されたプレ社会主義的体制を獲得していたと窺うべきです。ソ連邦の解体後もマルクス主義の魅力が踏みとどまり得ているのは、「実はソ連邦、中国、東欧等々の社会主義は社会主義ではなかった。戦後日本が具現したものこそ社会主義であった」とする知見によってです。戦後日本はそれほど魅力的な社会だったと考えるべきです。その「割合と良い社会、国」が次第に、中曽根−小泉政権以来急速に破壊されつつある、故に闘わねばならないと考えております。この時代に、中曽根−小泉政権的構造改革路線と親和するような動きを見せた日本左翼運動内の党派、自称インテリ左派が居たとすれば論外として放逐、自己批判を迫らねばならないと考えております。

 我々が今闘う基点は、日本が悠久の歴史を通じて培ってきた共生共存の思想、仕組み、共同体の護持だと考えます。故に、この基盤を壊す者たち、制度、手法と対決せねばなりません。このことをしっかりと踏まえなければなりません。日本が悠久の歴史を通じて培ってきた共生共存の思想、仕組み、共同体の擁護と発展を目指すのが是の流れであり、これを壊す流れを邪と分別すべきです。これを論証するのは別の機会に譲りますが、世界史上に於ける日本の位置づけをかく確認すべきです。この認識に至らない自称インテリばかりを輩出しておりますが、根本のところが分かっていない無知蒙昧な輩でしかありません。

 それもその筈で巷に溢れているのは邪道テキストばかりであり、それ故に下手に学問すると学んで余計にバカになります。そういうバカな自称インテリが大量生産され、その一部がマスコミの寵児となって日ごとに我々を説教し続けております。現代日本を牛耳っている政財官学報司警軍の八者機関の上層部は、こういう連中ばかりで占められております。そういう日本にされている訳です。我々はまず、この構図を打破せねばなりません。その為に各戦線に於いて有益な学問テキストを創出しなければなりません。その見分けをどうすべきか。これを簡単に申せば、我々の脳のシワを増すような学問に営為せよ、脳を骨粗鬆するような学問を唾棄せよ、云い伝えされてきているところの年齢に応じた季節感のある寿命の費やし方を工夫せよ、規制強化による生きた屍的生活化への謀りごとと闘え、著作権フェチ糞喰らえ云々と云うことになります。この観点から、各自が営為努力すれば宜しかろうと云うことになります。

 れんだいこは、階級闘争論を拝戴致しません。ああいうものの見方は思想の通過点として反面教師的に学ぶべきです。学ばないより学ぶ方が良いのですが、学んで咀嚼すべきです。生硬な階級闘争論は害にはなっても役に立ちません。もっとも、学ばずして排撃するばかりの手合いに対しては、階級闘争論の値打ちを語り反駁したいとも考えております。しかしながら、階級闘争論はそのままでは使えない、もっと練らねばならないと考えております。世の中の生業をを事業と考え、生産管理、職場管理の思想を打ち出し磨くべきです。労農階級は歴史の主人公足る能力を身につけ、その大道へ歩を進めるべきです。

 我々は、「外治より内治優先、軍需費より公共事業優先、軍事産業ではなく平和環境産業の育成、中小零細企業まで活性化する経済成長政策による税収の自然増、国民の生活と諸権利擁護、消費税の利率アップどころか悪税の廃止、公務員の天下りに伴う高給制度の廃止、公務員給与の適正化、国際友好親善協調政策への取り組み」等々を掲げて、これと真っ向から敵対するシオニスタン政治と闘わねばなりません。

 思い描くべきは、戦後日本の国土復興から高度経済成長時代の在りし日の日本の姿です。軍事予算はGNPの1%枠に閉じ込められ、消費税などなく、雇用・年金・医療制度が確立していました。必要な公共事業が次々と着手され社会資本基盤が整備され続けました。あの頃の日本は、世界史上のお手本的な善政であったように思います。これを論証するのは別の機会に譲りますが、かの時代の日本をかく確認すべきです。その時代のコンピューター付きブルドーザーが角栄であったのは云われる通りです。れんだいこが角栄を信奉する所以です。

 その時代は、ロッキード事件勃発、続く1980年代初頭の中曽根政権の登場とともに壊されました。「あれから40年」、日本はかくも惨めな国に転じてしまいました。国債の累積債務は天文学的です。遂に国庫収入が新規国債発行額を下回ると云う異常事態に陥ってしまいました。2010年は更に事態を悪化させました。一体、誰がこんな時代を呼び水したのか、憤りなしには認められません。

 とはいえもはやあれこれ云ってもキリがありません。後悔よりもこれからが大事です。2011年は2010年に引き続き、失われた日本の値打ちを認め、再興すべき新時代の年とすべきです。れんだいことたすけあい党は不惜身命、歴史に身を預けたいと思います。本年も熱い支持と御カンパよろしくお願い申し上げます。党員志願者の続々入党頼みます。

 2011.1.1日 たすけあい党首れんだいこ拝

 

2427 返信 Re::れんだいこのカンテラ時評877 れんだいこ 2010/12/26 23:43
【日共さん、それはないよ】

 2010.12.24日、最高検は、大阪地検特捜部による証拠の改ざん、隠ぺいが行われた郵便料金不正事件に関わる前田元検事他関係者に対する捜査結果として「関係者全員の不起訴処分決定」を打ち出した。世論を見るに、催眠術に掛けられているのかどうか、これに対する批判が弱過ぎる。ここでは、それについては問わない。問うのは、日共の論評である。何と一言のコメントもない。

 これを確認するのに、12.25日付け赤旗「最高検が検証結果公表 可視化への姿勢に疑問」(森近茂樹)、12.26日付け赤旗主張「最高検報告 まだ全面可視化を拒むのか」の二本の記事を載せてはいる。但し、あれこれ通りいっぺんの検察批判をしているものの、肝心の「関係者全員不起訴処分決定」の暴挙について一言も言及していない。いわゆるブル新なら有り得ることとしてあきらめもつくが、共産党がかくまで同じ穴のムジナぶりを晒す時代になったかと思うと言葉を失う。この党は既に完全にオワっていると思う。日共がとうとう行き着くところまで来た感がするのは、れんだいこだけだろうか。

 これに似た例はゴマンとあるから驚きはしない。例えば、首切り問題が議論されている時に残業問題をとうとうと述べすり替える。反米運動盛んな時に国内問題のあれこれを持ち出し、内閣打倒が宴たけなわの時に反米運動を呼び掛けすり替える。60年安保闘争盛り上げで第一次ブント系全学連運動が情況をこじあけつつあった時、全自連を立ちあげ全学連を分裂させる。新日本文学運動、原水禁運動、部落解放運動、日中友好協会、労働運動等、戦闘的大衆団体に介入しては分裂を策し、その後の運動に甚大な悪影響を与える。いずれも宮顕−野坂系党中央になって以来の専売特許手法である。その定向進化として、「最高検の証拠物改竄事件に関する前田元検事他関係者全員の不起訴処分決定」に対するダンマリまで行き着いたということであろう。この罪は大きいと考える。

 日共は今や何食わぬ顔で自公共体制を敷き、反角栄−反小沢政治包囲網形成に率先太郎している。反角栄反小沢を至上目的として政治主義的に立ち回り、こたびのように重大政治情報さえ隠蔽する等、私物化した赤旗を自在に操っている。戦後直後の共産党を指導した徳球−伊藤律系党中央なら有り得ない事態である。宮廷革命で党中央をさん奪した野坂−宮顕党中央、その後継としての不破−志位党中央は平素の主張はともかくも、いざ肝心な時にはこういう馬脚を露わにする。

 正義の味方=共産党なる考えに浸っている者は今、この現場で、現下の共産党のどこに共産党らしさがあるのか見極めねばならない。そういう党中央に宮仕えして来た党員は党中央を突き上げねばならない。筈なのだが、長い野坂−宮顕−不破−志位系党中央の洗脳刷りこみにより最も従順な子羊にされているので疑問を湧かす能力もないのだろう。党員が真っ当なら、今や烈火の怒りで党中央を叩き潰すべしである。こういう党には用がないではないか。

 「表向き味方、実は裏切り」を手法とするカメレオン型政治屋が今や政界を跋扈し過ぎていよう。れんだいこには気持が悪くてしようがない。こういう悪影響は直ぐに伝染する。菅政権も日共流政治手法を学び、政治の私物化に耽っている。菅首相、仙谷官房長官、岡田幹事長、他に前原、枝野、北澤、レンボウその他その他の有象無象のシオニスタンが遮二無二、小沢どんの政倫審出席、証人喚問、離党勧告、除名、議員辞職、政界追放の行程表に基づき策を弄している。その論理論法に耳を傾ければ、まがうことなき日共流の民主集中制である。民主と冠されているが実体は党中央権限礼賛であり「党中央集中制」でしかない。この「排除の論理」に基づき党内反対派狩りに精出している。現代版魔女狩りに隠微な悦びを見出している。

 勿論、その司令塔は国際金融資本帝国主義ネオシオニズムである。この当局奥の院の地下指令が世界各国の政財官学報司警軍の八者機関を操り、表向き主権を与えつつ裏でコントロールしている。各国の富を絞れるだけ絞り取り挙句の果てに用済みとしたり、ハワイのように併合することを得手としている。菅政権の露骨な日共化は国際金融資本の指令に呼応するものであり、その従順度は小泉政権以来である。底なしの御用聞きぶりを見せており恐ろしい政権と化している。

 一々政策を挙げないが要するに、日本を国策不況で更に痛めつけ、日本の財政事情を更に悪化させ、安逸な消費税増税その他で更に景気循環を悪くさせ、果実として有望企業や技術を安く買い取り、自衛隊を恒常的に海外派兵させ、職場のない青年が必然的に軍隊志願を余儀なくされるよう仕掛けている。日本人をアジア人、アラブ人と闘わせるシナリオが作られている。

 その御用聞きする限りで政治家も政権も御身安泰、出世が保証され、逆は逆でパッシングされ続ける。今やこういう社会状況にあると共認すべきだろう。この種の策動が白昼公然とされているが、よほど人民大衆をなめているのか粗脳故か余裕を失っているのかのどちらかであろう。今年も後わずかであるが、こういう悪事は必ず次々とバレて情況を悪くする。これに対して正義は次第に力を増して行くことになる。この流れがいつ逆転するのかが見物となっている。

 もとへ。れんだいこは、「最高検の証拠物改竄事件に関する前田元検事他関係者全員の不起訴処分決定」に対してダンマリし、おざなりの検察批判でお茶を濁している。これは意図的故意にしか考えられない。最高検決定の暴挙もさることながら日共のすり替え批判も許し難い。れんだいこは、こたびの日共の不正に対して、日共の解党が日程化したと読む。もはや、左から人民大衆の利益を欺く日共は既に存在そのものが害悪になっている。日共の解党は早晩そうなるので今始末しても同じことである。エセ正義を聞かされない分、精神衛生上に良い。れんだいこ的には、こったら党中央に道理や人倫の道を聞かされるのは甚だ不愉快である。

 社会から左バネを失う時、人民大衆は倍加して痛い目に遭わされる。そういう意味で、新たな人民大衆党創出への決起を呼びかけたい。早いに越したことはない。今後は全て共同戦線による共闘で行こうや。 

 2010.12.26日 れんだいこ拝

 

2426 返信 Re::れんだいこのカンテラ時評876 れんだいこ 2010/12/26 10:35
【戸川猪佐武の政治眼力考】

 れんだいこが戸川猪佐武を確認したくなったのは、2010年現在の政治評論家の余りもな粗脳評論による。政治評論家と云うものがいつの世にもかくも粗脳であったとは思えない。その証として戸川に着目した次第である。

 戸川の概略履歴を確認しておく。1923年、神奈川県平塚市出身。父親は小説家で後に元平塚市市長となる戸川貞雄、弟は小説家の菊村到。旧制湘南中学を経て早稲田大学政治経済学部へ入学。戦時中は徴兵検査で病気が発覚し、 回復後に再召集されたが直後に終戦を迎え、早大に復学して卒業。1947年、読売新聞へ入社。政治部記者として活躍。一時期は特派員としてモスクワにも滞在していた。「戸川は読売新聞記者時代、官邸クラブキャップとして後輩、ナベツネをこき使っていた」(「永田町異聞」)ある。

1955年、河野謙三から父親の戸川貞雄を平塚市長選挙への出馬説得を依頼され仲介役となり、父親を当選させることに成功している。1962年、読売新聞を退社。政治評論家に転じる。評論活動の傍ら同年10月からスタートされたTBSのニュースワイド「JNNニュースコープ」においてメインキャスターを務める。1963.11月、第30回衆議院議員総選挙に地元の旧神奈川3区から無所属で立候補し、得票19871で落選、供託金没収の憂き目に遭う。その後、作家活動に重点を置くようになる。

 1971年、田中角栄政権誕生と共に次から次へと数多くの田中角栄ものを著作している。主なものに「総理田中角栄-この日本をどうする」(講談社、1972)、「田中角栄伝 その土着と大衆性の軌跡」(鶴書房)、「田中角栄猛語録」(昭文社)、「巷談・田中角栄 」(鶴書房)が確認できる。それは何も今時の官房機密費目当ての御用評論ではなく、戸川政論のメガネに叶う故に角栄政治擁護し抜いたのではなかろうか。

 1976年のロッキード事件が勃発すると、立花隆流、日共流の角栄パッシングが喧伝される中での多くの評論家の臆病さを尻目に、政治訴追包囲網下の田中角栄を擁護し、田中政治の善政ぶりを孤軍奮闘力説した。「君は田中角栄になれるか」(山手書房、1980年)、吉田茂から鈴木善幸に至るまでの戦後自民党史の権力闘争を描いた実録政治小説「小説吉田学校」(全8巻、角川文庫、1980年)を著し、角栄の有能偉才ぶり、角栄政治を称賛している。 「小説吉田学校」はベストセラーとなり戸川の政治評論家としての地位を確立させた。後に「小説吉田茂」、「小説三木武吉」(角川文庫、1983年)を執筆し更に掘り下げている。

 1982年、ホテルニュージャパン火災が発生した時にはホテルに事務所を構えており、集団補償交渉について中心的役割を担った。1983..3.18日、ロッキード事件により政治的絞殺される田中角栄の才能を惜しみ支援活動に勤しんでいた最中、映画化された「小説吉田学校」の試写会や竹下登のパーティなどに参加した直後、翌日未明に急逝した(享年59歳)。戸川の通夜に当時の首相である中曽根康弘が駆けつけている。田中角栄も葬儀に参列し死を惜しんだ。

 死因について憶測がある。当時の報道によると、事務所を構えていたホテルに戻ったあと急に気分が悪くなり、同室の女性が救急通報を行ない隊員が駆けつけて蘇生措置を行ったが、そのまま回復せず亡くなってしまったと伝えられている。当初、死因は脳出血と伝えられ、後に持病の不整脈が原因による急性心不全と発表された。戸川の唯一の弟子といわれた牧太郎氏によると、戸川は試写会後にホテルで腹上死したのだとも云う。仮に腹上死だとするとワナを仕掛けられた可能性も強い。なぜなら、「恥多き死に方の強制」はネオシオニスト特有の政治殺人の際の常套手段であるからである。

 もとへ。れんだいこは、戸川猪佐武亡き後、日本の政治評論家の能力が格段と落ちていることに義噴を覚えている。それと云うのも、今日マスコミに登場する政治評論家の殆どが角栄の政治訴追に加担した連中であり、その系の者ばかりであることによると思われる。この系の者を百人束ねようとも解はお粗末至極な角栄批判駄弁の饒舌パレードにしかならない。れんだいこは、手前の出世の為に大事なものを売る手合いの売文、売弁に食傷し過ぎている。

 戸川猪佐武亡き後、角栄政治を擁護した政治評論家として角栄元秘書の早坂茂三が居た。元全学連闘士にして且つ徳球系の武装闘争派履歴を持つている。卒業後ブンヤであったところ、或る機会に角栄と意気投合し秘書になり長年忠勤した。秘書を辞めて後、数多くの角栄ものを著し、角栄政治の質の高さを称賛し続けた。2004年逝去している。角栄政治を擁護した政治学者として小室直樹が居た。戦後日本秩序を蓮華国家と評する独特の政治論の観点から、その蓮華国家の舵取りに効能を見せ続けた角栄政治の質の高さを評価し続けた。その小室も今年逝去した。他にもそれなりの角栄擁護派の文士が居るが、角栄パッシング政治包囲網下では日の目を見ていない。この流れが、ロッキード事件以来既に30年有余、定式化している。

 この流れがいつ逆転するのか、政治評論界の暗闘は今も続いている。思うに、角栄パッシング政治包囲網派の政治、経済、評論が行き詰まるに反比例して、否応なく角栄政治再評価派の識見が見直されることになるのではなかろうか。問題は何事も時機を失してはいけないことにある。小沢バッシング喧騒下の今、小沢政治の源流たる角栄政治の検証に向かうことが望まれているのではなかろうか。菅政権の小泉以来の堂々たる売国政治、地方切り捨て政治が腐敗を放っている今、かく目線を向けるべきではなかろうか。角栄が大綱を示し凝縮させた「日本列島改造論」は日本政治のバイブルである。今日今なお通用する先見の明が再確認される日が近づきつつあるようにも思われる。

 当時、朝日新聞が珍しく次のように誉めている。今日の朝日の「空いた口が塞がらない士」に煎じ薬で飲ませてみたいとも思う。「産業の構造変化が弊害を引き起こしている。都市の過密と地方の過疎だ。今まではバラバラな対症療法しかなかった。初めて20年後の都市化の姿を描き、問題の解決をただの理論ではなくて政策にまとめた点で、この大綱は高く評価されていい」、「アメリカの未来学者であるハーマン・カーンが官邸を訪れ、『これは、大変立派な計画だ。日本が軍事大国にならずに、むしろ平和大国となるための壮大なビジョンである』と激賞している。もし時代状況がよければ、道路網なり、新幹線網なりの整備が急速に進み、間違いなく地方が活性化されただろう」。

 2010.12.26日 れんだいこ拝

 

2424 返信 Re::れんだいこのカンテラ時評875 れんだいこ 2010/12/25 13:20
【前田元検事以下関係者全員不起訴決定の暴挙を弾劾せよ】

 2010.12.24日、最高検は、「前田元検事他関係者全員を容疑不十分で不起訴処分」と云う素敵なクリスマスイブプレゼントを大盤振る舞いしてくれた。これにより前代未聞の「大山鳴動、ネズミ一匹も出ず」の結果となった。誰か、怒らんか。

これをそれとして伝えたのが産経ニュースのみで他社のそれは確認できない。なぜ他社が黙殺し産経ニュースのみが報道し得たのかの理由は分からないが、この痴態は日本のマスコミがほぼ完全に報道管制下にあることを如実に示していよう。平素喧騒好きのマスコミは、他のどうでも良い例えば海老像事件なぞには嫌になるほど取り上げているのに、前代未聞の「現役三検事逮捕事件」に対しては一貫して無報道と云う異常事態を続けていた。そういう訳で、こうなることは予見できたが、それにしても腐りきったマスコミの生態ではある。

 本日の新聞紙面で確認したが、普通なら1面トップに「前田元検事他関係者全員不起訴処分」の見出しが躍るところ、眼を凝らして見ればコソッと記事にしている。明白な誤魔化しであるが、これは偶然ではあるまい。歴然とした意図的故意の情報操作である。共に怒ろう。れんだいこは先に地元新聞一紙を残して購読を中止したが多少不便でも清々しい。こういう報道管制下の新聞を読まないのが正義だと思う。追って官公庁各部局の新聞購読を税金の無駄遣いとして槍玉に挙げ、オンブズマンに活動して貰おうと思う。全国集計すれば相当の打撃になる筈である。こういう圧力でも掛けねば報道の不正は直るまい。眼を覚まさせる良い機会となろう。

 マスコミが報道したのは内部検証結果の報告書の方であった。これを確認する。最高検は、この間、18名からなる検証チームを組織し約130人から聞き取りし、元裁判官ら3名の外部有識者の意見を踏まえて検証結果を公表した。最高検が個別事件の検証結果を公表するのは、今年4月の足利事件に続き4件目とのことである。報告書は24日に開かれた外部有識者からなる法相の私的諮問機関「検察の在り方検討会議」にも提出された。検討会議は来年3月をめどに提言をまとめる予定とのことである。どうせ出来レースで、ろくなものにはなるまい。

 報告書公表に当たり、最高検の伊藤鉄男・次長検事が会見発表した。郵便不正事件と押収資料改竄(かいざん)・犯人隠避事件について、「証拠上の問題点を解決しないまま村木元局長を起訴した判断は誤り」と総括した上で、地検、大阪高検、最高検のチェック体制が不十分だったとして組織的な問題を事実上認めた。再発防止策として、特捜部の担当事件について取り調べの一部録音・録画(可視化)の導入を盛り込んだ。前田検事による証拠改ざんが地検内部で発覚した後も裁判を続けたことについて、「徹底した調査をしていれば、公訴取り消しや、有罪を求める論告をしないことも検討できた」と指摘した。大林宏検事総長の引責辞任にまで発展した検察史上最悪の不祥事に対して、「すべての検察官が自己の問題として受け止めることなくして、国民の検察に対する信頼を回復することはできない」と型通りの表明をした。

 前田被告は、「村木元局長について『有罪を得るのは困難』との認識は持っておらず、犯罪の構成要件に当たらない」とされた。「有罪を得るのは困難」だから証拠改竄したのだろうがバカタレ。関係者の取り調べメモを廃棄したとして証拠隠滅容疑などで告発された大阪地検検事(当時)ら6名、犯人隠避容疑で告発された樋渡利秋・前検事総長ら10名についても全員を容疑なしで不起訴処分とした。前田被告らは、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)をめぐる詐欺事件の公判での偽証罪でも刑事告発されていたが嫌疑なしで不起訴とした。シオニスタン派が巻き返し完全勝利したということになる。

 「前田元検事他関係者全員容疑不十分で不起訴処分顛末」をどう窺うべきだろうか。れんだいこは、法の正義を満展開して「天の声」まで精査する小沢キード事件と対照的な法の不正義の二枚舌ぶりを嗤う。こういう結果になったことに対して、ロッキード事件以来の検察の不遜な歪みが病膏肓に達していると読む。日本が、国際的な大きな力に政治の従属のみならず司法も従属していることが改めて実証されたと読む。思えば、先の「柳田法相辞任、仙石官房長官の法相兼任」が辺りが転機で、あの辺りからこういう結果をもたらすことが確定したのではなかろうか。どうせ官邸は否定しようが、これを采配した菅政権の罪状が又一つ重ねられたと受け取る。

 それにしても報道機関の偏向ぶりも改めて浮き彫りになった。「前田元検事以下関係者全員不起訴決定」の暴挙を隠して報告書のチマチマした片言隻句を懇切丁寧に解説するなどとは、どういう神経だろうか。我々をコケにするのもほどがあろう。世の中はどんどん進化しつつあり、そういうメディアの腐敗をよそに否腐敗故に他の媒体が隆盛しつつある。小沢どんが政治家の中で逸早く注目し利用し始めていることを先見の明ありとして慶祝すべきだろう。

 2010年は至るところで、日本を覆う政財官学報司警軍の八者機関のワルを炙り出す年となった。来年はこれらを退治して日本一新の年になりそうである。決戦の日が近づきつつあると窺うべきであろう。守旧派シオニスタンを一掃し、日本人民大衆の底力を見せつけよう。本物がニセモノを掣肘する正しき世の中に戻そう。長いニセモノ時代に辟易し過ぎたのだろう、地霊が至るところで本物を湧出し始めており、この流れが新しい時代を創ると思う。

 2010.12.25日 れんだいこ拝

 

2421 返信 Re::れんだいこのカンテラ時評874 れんだいこ 2010/12/23 19:00
【2010れんだいこの天皇制考】

 2010.12.23日、今日は平成天皇誕生日である。第125代の今上天皇は、1933(昭和8).12.23日に生まれた。今年は77歳即ち喜寿の誕生日となる。御名は明仁(あきひと)、幼名は継宮(つぐのみや)、父は昭和天皇、母は香淳皇后である。この日を記念して、以下、れんだいこの思う天皇制論を書き付けておく。

 天皇制の学問的考察は「戦後天皇制=「天皇象徴制」の位置付けについて」で確認したつもりである。ここでは、天皇制の歴史的総括として「れんだいこの天皇制論」をしておこうと思う。
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/seitoron/sengotaiseiron/seidoron/kenporon/tennoseironco.html

 「戦後天皇制=「天皇象徴制」の位置付けについて」が理論的理論編、これから述べる「れんだいこの天皇制論」が実践的理論編になる。してみれば、理論も更に理論と実践に分かれると云うことになる。理論を単に理論と実践と云う構図上で捉えるのではなく、理論にも理論的理論と実践的理論の二種類あると云う面が確認されねばならないのではなかろうか。実践的理論は、理論的理論を踏まえて且つどういう了解をして、具体的にどういう指針を打ち出すのかと云う更に高次な分野になる。

 これはなかなか難しいが、指導者とは、これを為す能力において器量が定められるのではなかろうか。実践的理論に支えられない指導は盲滅法のものであり匹夫の蛮勇と云われる。更に低次の指導となると、理論的理論と何ら結びつかない或いは正反対の実践的理論を打ち出して恥じないことにある。実際には、こういう手合いの指導が多い。警戒すべきである。批判を逞しゅうすべきである。

 日本左派運動内に於いては恐らく今も天皇制打倒が常識である。れんだいこの子供時代の戦後教育の過程で、天皇を「天ちゃん」と呼ぶ教師が現われ戦後民主主義の風潮下で概ね好評価されてきたように思う。が、これは決して自慢できることではない。むしろ教師の通俗さを示していると思うようになった。もとより戦前張りの「国民は陛下の赤子」的絶対主義的天皇制へ回帰せよとか賛美しようと云うのではない。日本で、天皇制が、血統的にはともかくも制度的に連綿と続いている謂れを知って「天ちゃん」と親しく呼ぶのなら構わないと思うが、侮蔑的意味合いで呼ぶべきではないと思うようになった。まず、このことを述べておきたい。

 ところで、明治天皇、昭和天皇、平成天皇の誕生日は祝日になっているのに大正天皇だけが外されているのを奇異に思わないだろうか。いわゆる右翼が天皇制絶対護持を説く割には大正天皇に対して不敬な扱いをしているのに疑問を沸かさないのはどうしたことだろうか。右翼的天皇制絶対護持は、右翼の眼鏡にかなう天皇制である限り称え、逆の場合には無視すると云うことになるが、そうなるとかなり恣意的な天皇制護持論と云うべきではなかろうか。その論は、制度護持ではなく、お気に入りの天皇護持と云う人治主義的天皇制論に傾いていることになる。

 大正天皇についてもう少し触れておきたい.大正天皇につき、幼少時より病弱、粗脳故に天皇在位後の任に堪えぬことから「押し込め」られ、後に昭和天皇になる皇太子の摂政政治に切り替えられた云々と云う通説が罷り通っている。この観点に於いては何と左派系の政治学者もそのままこの俗説を受け入れている。ところが、れんだいこの調査では全く違う。大正天皇こそ、幕末の孝明天皇以来の英明な天皇であり、明治天皇、昭和天皇なぞは卑俗な役回りを演じた役者に過ぎない。

 真に日本的天皇制の伝統的意義を踏まえ、その役回りに忠実足らんとしたのは大正天皇であり、和歌であれ各所詣でであれ日朝皇室友好であれ至るところで有能ぶりを証している。今日の皇室の良き伝統は大正天皇がひな型を作っている。何と大正天皇はそれ故に「押し込め」られたのが真相であるように思われる。大正天皇について、もう少し詳しく知りたければ「大正天皇論」に記しているので確認すれば良かろう。大正天皇にせよ田中角栄にせよ、史上稀有の逸材が悪しざまに云われるのは耐え難い。

 もとへ。右翼が天皇制護持とは云うものの、大正天皇不敬ではっきりするように実際には天皇制を自らの主義に基づき政治利用をしているだけであり、日本歴史に連綿と続いてきた天皇制そのものの護持ではない。そういうことに気づくべきではなかろうか。もとより、大正天皇を粗脳視して「押し込め」を当然視する左派的天皇制論の粗脳も同時に確認せねば片手落ちだろう。してみれば、天皇制は右からも左からも揺さぶられながら維持されていることになる。それにしても何故にこう天皇制が弄ばれ、サカサマな天皇論がはびこるのだろうか。こういうところを疑惑しなければ本当の意味での学問にはならない。目下は通説の天皇論、天皇制論ばかりが喧伝され或いは天皇制の意義そのものが風化されつつある。

 付言しておけば、平成天皇を明治天皇、大正天皇、昭和天皇と比較した時、何となく大正天皇に近い気がする。ここに平成天皇受難の相が見える。現在、小泉系シオニスタンの宮内庁潜入によって皇室が蹂躙されており、我々には情報が開示されないが、宮内庁内部ではかなりの政変過程にあると見て良い。こういう観点から天皇制及び宮内庁の「構造改革」のサマを見ておく必要があろう。そういう眼で今日の新聞に目を通すと、天皇誕生日だと云うのに各社の記事が冷淡である。そう云う風に誘導する背後の意思を窺うべきではなかろうか。

 それはともかく、天皇制とは何なのかを確認しておく。れんだいこ史観によれば、日本的天皇制の起源は実に古く、記紀神話以前にこの国を統べていた出雲王朝御代の命(ミコト)的大王制時代に発しているように思われる。かの時既に日本古神道に基づく祭政一致型の政治制度として様式が確立され、記紀神話上の国譲り後の大和王朝御代になっても継承され、その後の悠久二千年の歴史の風雪に耐え連綿と続いている政治制度であるように思われる。

 どこに特徴が認められるのかと云えば、一言でいえば神人和楽的和合政治の粋の型であろう。その内実は、部族連合国家の頭(カシラ)が神として集い、合議制により命又は尊(ミコト)を選任し祀り上げる。祀り上げられた上(カミ)が下々の釜の煙ののぼりを見て生活を気遣い、下々もお上の善政を感謝すると云う思いやりの型も認められる。勢力間の政治的対立を最終的に「和をもって尊し」とする政治理念の下に仕舞いをつけるよう垂示している。これにより、諸外国で見られるような民族皆殺し根絶やしにまで追い込まない手打ち政治の作風が確立されている。この日本政治の型が武家の時代になっても護持され、究極の政治権力として機能しているように思われる。天皇の平素は、命(ミコト)的大王制時代に確立された言霊祈願により天下泰平を祈念している。或いは象徴的権威として諸般全般に皇室活動を続けている。ここに皇室が畏敬され尊崇されて来た謂われが認められるのではなかろうか。

 こういう政治制度はいわば民族の知恵であり、こういう伝統と歴史を持つ日本的天皇制の今日的価値は高いように思われる。と云うのも、民族統合の象徴としての存在が、諸外国列強の植民地化に抗するイデオロギーの源泉とも成り得ているからである。日本史上、幕末の黒船来航以降の政治史において、この役割が強固に作用したのは衆知の通りである。これを日本的天皇制の是の面として認めるべきではなかろうか。然るに、左派圏で何故に天皇制打倒が根強いのだろうか。これを愚考する。

 現在、左派的人士が為す天皇制打倒は、明治以来の近代天皇制批判でもって有史以来の天皇制批判にすり替えられている形跡が認められる。つまり、批判者は、有史以来の天皇制について殆ど無知蒙昧なままに近代的天皇制の絶対主義的支配性、軍国主義性、海外侵略性を批判して、その論法でそのまま天皇制打倒理論に興じている傾向が認められる。その背後には、西欧近代史を彩る市民革命による各国王朝打倒史是認論がある。逐一上げないがフランス市民革命のブルボン王朝打倒、ロシア革命のロマノフ王朝打倒なぞが代表例である。この延長上で日本革命における天皇制打倒が指針されてきた経緯がある。

 しかしながら、近代天皇制批判でもって天皇制打倒まで導くのは早計ではなかろうか。近代天皇制こそ日本の伝統的天皇制に対する異質なものだったと看做して、近代天皇制の淵源をこそ徹底究明し批判すべきではなかったか。その生成過程の論証は、かなり複雑なベクトルが働いている故に一概に述べる訳には行かないが、結果としての絶対主義的天皇制、軍国主義的天皇制、海外侵略的天皇制は明治新政府の伊藤政治以降に政策的に造られたものであり、それまでの伝統的天皇制に対する蹂躙冒涜以外の何ものでもなかった。

 これを後押ししたのが国際金融資本帝国主義であり、国際金融資本帝国主義は近代天皇制を通じて日本コントロール、侵略の道を敷設して行った形跡が認められる。その途上において、大正天皇の内治主義的政治が邪魔になり「押し込め」を指令し、当時のシオニスタンがこれを請け負った形跡が認められる。戦前の好戦政策の背後には国際金融資本の金融コントロールが厳然としてあった。これを認めるべきではなかろうか。かく認識しておれば、戦前の共産党員が思想検事との問答において釈伏させられることもなかつただろう。

 敗戦の結果導入された戦後憲法の象徴天皇制は、天皇制史上、伝統的な型に回帰しているように思われる。象徴天皇制、国事行為の制限は天皇制的に見ても理想的であるように思われる。昭和天皇の戦後の在り方は、表向きは戦後の象徴天皇制の地位に甘んじて来たように思われる。目下の平成天皇も伝統的天皇制の在り方に基軸を置いているように見える。ならば、日本政治の相対的ながら善政的質の証として戦後型天皇制を護持することは一向に構わないのではなかろうか。願うらくは、天皇の国事行為のうち政治的関与を薄め、外交的文化的精神的皇室活動の方にもっと期待しても良いのではなかろうかと思われる。

 この状況でなお且つ天皇制打倒を叫ぶ者は、それが右からであれ左からであれ、良からぬ企みに加担しているかよほど粗脳かのどちらかであるように思われる。今日的には目下の皇室の危機は却って危ない。天皇制が日本の伝統的な在り方の枠内で護持され国民統合の象徴として在る方が賢明ではなかろうか。

 2010.12.23日、天皇陛下の77歳の誕生日を祝う一般参賀が皇居であり約2万6300人が訪れた。陛下は「皆さんの祝意に深く感謝します」と語り、笑顔で手を振った。陛下は皇后、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻とともに3回、宮殿のベランダに立ってあいさつした。陛下は「今年は経済情勢が厳しいなか、多くの地域で猛暑が続きました。苦労の多い日々を過ごした人も多いのではないかと案じています」と述べたうえで、「今年もあとわずかになりました。どうかくれぐれも体に気をつけ、元気に新年を迎えられるよう願っています」と続けた。こういう言葉を戴くのは良いことではなかろうか。

 2010.12.23日 れんだいこ拝

 

2420 返信 Re::れんだいこのカンテラ時評873 れんだいこ 2010/12/22 13:14
【「2010.12.20菅首相−小沢元代表直接会談」考】

 「2010.12.20菅首相−小沢元代表直接会談」の様子が漏れつつある。菅首相の粗脳ぶりが如何なく露呈した首相資質失格事変足り得ていることが判明したので確認しておく。

 会談は「激しい応酬」となった模様である。「一説によれば怒鳴り声が部屋の外にまで聞こえてきたそうだ」とある。互いの主張は噛み合わぬまま物別れに終わった。両者間には政権奪取前のトロイカ体制時まではキープされていた同志的絆は見る影もない。漏れ伝わる会談内容は次の通りである。

 会談は、20日午前11時過ぎ官邸5階の執務室で始まり1時間半に及んだ。会談が民主党本部ではなく首相官邸で行われたのは首相の希望だった。小沢どんもこれを受け入れたとのことである。会談冒頭、菅首相は単刀直入に「政倫審に自ら出てもらいたい」と切り出した。小沢どんは、子供をあやすようにおもむろに茶封筒から2枚のペーパーを取り出し、「裁判を今後行うことが確定している私が、政倫審に自ら出席しなければならない合理的な理由はない」との文面を読み上げた。

 その後、菅首相は小沢どんの論拠潰しにかかった。小沢どんが「(政倫審に)出ると言ったのは起訴議決前の話だ」と主張すると、菅首相は秘書官を呼び、起訴議決公表後3日後の10月7日に小沢どんが記者団に「国会で決めた決定に私はいつでも従う」と語っていた発言記録を示した。小沢どんが「司法手続きに入っているから、出席できない」というと、菅首相は「加藤紘一自民党幹事長は鉄骨加工会社共和からのヤミ献金事件の捜査中に政倫審に出ている」などと過去の事例を示して反論した。

 判明することは、菅首相が用意周到に遣り取りを想定し、応酬話法シナリオを作って臨んでいる様子である。推理するのに、菅首相は事前に1・腰を落ち着けて腹を割った話をしない、2・妥協しない、3・言い負かされない、4・攻めまくることの4点を云いきかされ、このレクチャー通りに菅流喧嘩腰殺法で押しまくったと云うことになる。菅の政治キャリアはこういうところのみ磨いてきたと云うことであろう。

 小沢どんは、「国会運営や選挙への影響は、『政治とカネ』以外の影響が大きい」として、この間の地方選挙での連戦連敗を取り上げて民主党の危機を訴え、挙党一致体制を求めた。これに対し、菅首相は、鳩山政権時代以来の戦績表を持ち出し、選挙戦での相次ぐ敗北は今に始まったことではないと反論した。小沢どんが、「仙谷氏の問責決議はどうするんだ。この問題を先に解決すべきではないか」と述べたところ、菅首相は「小沢氏の政治とカネの問題もマイナスだ」、「国会の決議なんていっぱいある。問責もその一つに過ぎない」と述べた。続いて予算可決を見通す国会対策にも話が及んだと思われる。菅首相は最後に、「政倫審に出ないなら、次の手段を取らせてもらう」と言い捨てて席を立ったという。

 こういうやり取りだった模様である。結果的に小沢どんが何をどう云っても、端から聞く耳を持たない姿勢で臨んでいる菅首相には通じなかった。聞く耳を意図的故意に持たない菅首相の様子が透けて見えてくる。問題は、誰がそのように指示しているのかにある。菅首相は振り付け通りに振る舞うピエロ役者の役割を果たしているに過ぎない。こうなると、カルト宗教にでも入っているとしか考えられない。 

 もっとも、これだけでは90分間の会談にはならない。間にいろんなやり取りが為されている筈である。これを知りたいと思うので、いっそのこと「2010.12.20菅首相−小沢元代表直接会談」テープの公開が望まれる。官邸側は、会談テープが存在するのかしないのか明らかにしなければならない。会談テープが存在しないのなら、なぜ記録しなかったのかを釈明させなければならない。存在するのなら両者の意思を確認し公開させねばならない。小沢が可とするなら、菅が可としない理由を釈明させねばならない。己の痴態を晒すのが恥ずかしいのならカラ元気せぬことだがもう遅い。こたびの会談で、こういう新たな政治問題が発生したと思う。マスコミメディアが健全であれば衝くべきであるが、こういうメディアは居ないのだろうか。

 会談後、菅首相は、やや上気した興奮調で記者会見に臨み、言い負かされなかったこと、小沢どんを政治訴追で追い詰めたことを誇った。5人組の周囲も「よくヤッタ」との評価を下した模様である。しかし、れんだいこの受け取り方は違う。菅首相がレクチャー通りに話を進め喧嘩腰で押しまくった結果、却って稀代のお粗末首相ぶりを晒した場になったと解する。テープが公開されれば、子供が駄々をこねるかの如く一方的に述べまくる菅首相の余りのお粗末ぶりが判明しよう。とても越年させる訳には行かないと云うことになるものと思われる。

 こうして、シオニスタン側の小沢どん政界排除の魂胆のみが透けて見えて来ているが、情況は今後ますます菅派の空回りを示しだすことになるだろう。相変わらず国策不況政策を舵取りし続け、他方で軍事防衛予算を垂れ流す菅政権の正体が次々と露呈し、小沢退治に狂奔する狂態が総スカンを喰らうことになるだろう。この政権は既にゾンビであり態を為していない。

 会談終了後、小沢どんは関係各方面に報告している。多少意訳するが、鳩山前首相に対しては「首相は感情的だった。離党勧告どころか、証人喚問の勢いを示して吠えまくった」云々。鳩山前首相もあきれ果て、「ともかく冷静に臨みませう」と感情的にならぬよう助言した。輿石東参院議員会長には「同じ話を何度も繰り返され閉口した、話にも何もならなかった」云々。輿石氏は、「首相の話は壊れたテープレコーダーみたいでしょう」と同調。「(首相側は)困ったものだ。『脱小沢』をやって、支持率を上げようとしている」とも述べた。別の議員への報告では、「会談での首相の顔つきは厳しかった。野党の証人喚問要求に応じる魂胆が見え見え、離党を迫ってくる勢いだった」云々。

 翌日の新聞論調が各社一斉に小沢パッシングの号砲を挙げたことは衆知の通りである。例の日共さんは早くも「証人喚問しか道はない 民主党は決断すべきだ」と証人喚問の動きを見せている。相も変わらず「国会には真相解明と政治的・道義的責任を明らかにする責務がある。司法は司法で、国会は国会でそれぞれ任務を果たしてこそ事態の解決にすすむ。司法の場でやるから国会には出なくて良いという言い分は成り立たない」と述べ、「権力が首根っ子を抑えている間に急所を蹴り上げる」なる、どこかで聞いたセリフを繰り返している。

 れんだいこが何度も指摘しているが、日共の証人喚問好きは困ったものである。やがてブーメランが舞い戻り、例の宮顕査問リンチ致死事件でお立ち台に立たされることになろう。宮顕査問致死事件の概要説明は省くが、日共は、この問題で、査問リンチ殺人に手を染めた者を長らく公党の最高責任者としていたことの責任、そういう履歴の者を国会議員にさせていたことの責任、党中央が宮顕弁明をそのままオウム返しにしてきたことの責任が問われている。そういう疑惑を持つ党が手前の党の不祥事を棚に挙げたまま、有能政治家を掴まえては次々と証人喚問要請の急先鋒を務めていることになる。

 社民党の福島党首も菅派シナリオに乗りつつある。どの党も裏でコントロールされていることになる。この局面で我々は何をすべきか。それはそれとして菅派の自転びも十分考えられる。年末までの局面が面白そうだ。

 2010.12.22日 れんだいこ拝

 

2417 返信 Re::れんだいこのカンテラ時評872 れんだいこ 2010/12/20 21:35
【政局催眠術と手品解析】

 案の定、2010.12.20日の菅首相と小沢どん会談は決裂した。但し、二人は首相官邸で約90分間会談している。90分はかなり長い。一体、何をやり取りしていたのだろうか。漏れ伝わるところでは、菅首相が政倫審への出席を求めたのに対し、小沢どんが「刑事裁判の中で潔白を証明していきたい。出席しなければならない合理的理由がない」。菅首相が「『国会で決めれば協力する』と言っていたではないか」と述べたのに対し、小沢どんが「そのときは強制起訴の手続きに入っていなかった。自分が出ることで国会がうまくいくなら別だが、閣僚の問責決議の問題が打開される見通しはあるのか」などと述べ、会談は決裂し物別れに終わったと云う次第である。

 こんな会話なら5分で終わる。しかも想定されていた話でしかない。何しろ90分も会談しているのだからして、それ以外の会話の中身が気になろう。まさか囲碁を一局していたのではあるまい。そうであれば実に痛快なのだけれども、会談後の菅首相の表情からして有り得ない。してみればどういうやり取りしていたのかが気になる。これは「国家機密」になりそうである。

 これを受けての民主党の役員会も締まらない。「政治倫理審査会での議決に向けて自民党や公明党の協力を求めるべきだ」、「本人が政倫審に出ないなら、喚問ということもある」という意見も出されたが、小沢氏に近い輿石東参院議員会長の「政倫審に野党も本人も出ないのに、議決したら滑稽だ」との反対意見もあり、引き続き調整することになった。岡田幹事長は、相変わらず「国会に出ないという選択肢はないと思う」と一本槍の構えを見せている。

 さて、今後どうなるかを推理する。闇勢力指令は、衆院解散である。とにかく2009衆院選の民主党勢力の300議席超の議席が煩わしくて仕方ない。これを料理する為の戦略戦術が仕掛けられている。故に、衆院解散に向けて誘導しながら、その前に徹底的に民主党にダメージを与えるよう細工することになる。菅派には小沢どんパージを指令を云い渡している。政治倫理審査会の次は証人喚問であり、次から次へ揺さぶるよう指示している。極力小沢派が出て行くよう誘導するようにと云い渡している。こうして内分裂策動を仕掛けさせる。これは党内ダメージ戦略である。

 次に政策ダメージ戦略の手を打つ。消費税増税により日本経済を最終的に失速させるのが狙いである。その環境づくりとして国策不況と放漫財政、税収不足の又裂け政策に向かわせている。軍事防衛費は引き続き出費させ続ける。これは先だって「思いやり予算5年継続」で示されたところである。この線からマニュフェストを検討し、国策不況と放漫財政、税収不足に繋がるものを施行し、逆のものを後回しにするか政策転換させ骨抜きにする。そう云い渡しているからそうなる。

 国民の愛想が尽き果てたところを見計らって衆院解散に打って出る。菅派は、この対日アジェンダシナリオに乗らない限り明日でも放逐されるケッタイな政権になっている。それでも政権にしがみつくうまみがどこにあるのか分からないが、何かあるのだろう。それともカルト宗教に入っているのだろうか。そう思える節もある。

 それにしても民主党議員の能力が低過ぎる。既に問題が意図的故意の「内輪もめ演出」と御用聞きシオニスタン政治にあることがはっきりしているのに、指をくわえて見守っているのは幼稚園児のそれでしかない。現に進行中の連戦連敗の責任問題こそ由々しきことで議論対象とするべきではないか。日共のように落選してもやれ投票数は伸びていただの、逆風だったの、僅か1名の当選議員は順位5位だから大健闘しただのと総括して勝った気分になれるのなら良いが、気持ち悪い。

 そういう意味で目下の、連戦連敗中の菅派がかって連戦連勝の小沢どんの首切りに首ったけな姿ほどアホらしい話はない。会社で云えば、業績悪化社長派が責任取るのではなく、よりによってそういう連中が、かっての好業績派の役員、社員一同を駆逐している姿になる。政界以外のどこの世界にそったらことが通用するだろう。そったらモンに国を任すなどと云うことが有り得てたまるか。変な犯罪が増える筈である。

 2010.12.20日 れんだいこ拝


雑談日記は良質な情報への中継点
と、人気blogランキングバナー に参戦中。

(↓クリックすると拡大)
自民党は自Endバナー 自民党は自Endバナー の猫ちゃんつながりブログを倭国大乱を記録するブログの数々として見つける毎に適宜追加。但し結構忘れてます(汗)

 ココログ利用で、即行で以下のTBPライブリンクをサイドエリアへはりたければ⇒一輪のバラをクリック。

 以下、登録・スタートさせたトラックバック・ピープルです。
主権者は私たち国民自民党政治民主党政治社民党や共産党にトラックバックしてます。

 

|

« 明けましておめでとうございます。満員盛況の小沢一郎議員新年会(議員120名)by岩上安身動画をご紹介しておきます。 | トップページ | TBS勝ち抜き時事川柳「しがみつき タスキ渡す気 ない総理」四街道市 小林修さん。 »

コメント

 SOBAさんちわぁです。れんだいこ文のご紹介有り難うございます。今年も元気いっぱい発信し続けてまいりますのでよろしくお願い申し上げます。

 お陰さまで今、ブログ登録できました。御礼と報告させていただきます。さぁて、これをどう運転するかですね。

 2011.1.5日 れんだいこ拝

投稿: れんだいこ | 2011年1月 5日 (水) 15時46分

 SOBAさんちわぁ。れんだいこ文のご紹介有り難う。今年は更に頑張りますので宜しくお願い申し上げます。

 れんだいこブログの登録ができました。御指導有り難うございました。このご恩忘れず参りたいと思います。今後ともよろしく。

投稿: れんだいこ | 2011年1月 5日 (水) 15時58分

SOBAさんちわぁ。今ニフティー登録できたようです。ip番号取得メールが入りました。カウンター、モバゲー、ツイッタ―機能については分かりませんが、れんだいこブログができたようです。早速、即興で開設の弁を書きました。これもひとえにSOBAさんのお陰です。このご恩を忘れず2011れんだいこのネット中央への進出を図りたいと思います。まずは御礼です。有り難うございました。

 2011.1.5日 れんだいこ拝

投稿: れんだいこ | 2011年1月 5日 (水) 16時06分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: れんだいこさん、ブログを始めて下さい。>【2011.1.1たすけあい党新年声明】←他何本か。:

« 明けましておめでとうございます。満員盛況の小沢一郎議員新年会(議員120名)by岩上安身動画をご紹介しておきます。 | トップページ | TBS勝ち抜き時事川柳「しがみつき タスキ渡す気 ない総理」四街道市 小林修さん。 »