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2011年5月16日 (月)

今長崎、今日買い物の帰りNHKラジオで菅谷昭さんの放送「どういかす? チェルノブイリの教訓」を聴きました。

 15時頃、似顔絵@nigaoe と二人、松山町方面へ散歩を兼ねてヤマダ電機まで買い物に出かけ、帰りは浦上川沿いを歩いて帰ってきましたが、あと10分ほどで西友長崎駅店に着こうかと言うあたりから菅谷昭さんのラジオ放送を偶然聴くことが出来ました。

 西友で買い物をする前に、忘れないようにと名前を紙切れにメモし、ホテルの部屋に帰ってから、インターネットで番組名と出演者が菅谷昭さんであることなどを確認、それ以外色々調べました。以下、その時のデータです。関連で探した下記2011年3月22日松本市長記者会見のYouTubeは必聴、テキスト起こしは必読です。この記者会見で話した内容を、あるていど要約したのがNHKラジオで菅谷さんが話していた事と言えるからです。

 

チェルノブイリで5年半の医療従事経験の松本市長菅谷昭氏「政府はきちんと内部被爆のことを伝えるべき」

菅谷昭(すげのやあきら)氏(Wikipediaより

菅谷 昭(すげのや あきら、1943年11月22日 - )は、現松本市長(13代)、NPO法人チェルノブイリ医療基金理事長、医師。千曲市出身。有賀正前市長とは対照的にソフト事業に積極的。

チェルノブイリ原発事故の際に、放射能汚染により甲状腺癌患者が急増していたベラルーシで医療活動をした過去があり、NHKのプロジェクトXでも紹介された。当初はロシア語も上手くなかったが、患者には常に笑顔を絶やさなかったという。現地の放射能汚染のため、その後、胃がんになっていると話す。

 

 最初に、長野県松本市の

(以下転載始め)
市長記者会見2011年3月22日[動画版・テキスト版]
[ 2011年3月23日 更新]
http://www.city.matsumoto.nagano.jp/aramasi/sityo/kaiken/teirei20110322/index.html
Internet Archive

市長記者会見の内容を動画でご覧ください。各ファイルは58Kbps(Windows Media Player用) です。
サーバ負荷軽減のためファイルを分割してあります。

市長記者会見1 58Kbps(Windows Media Player用)

市長記者会見2 58Kbps(Windows Media Player用)

市長記者会見3 58Kbps(Windows Media Player用) ←ここから

市長記者会見4 58Kbps(Windows Media Player用)

市長記者会見5 58Kbps(Windows Media Player用)

 

【テキスト版】

(略)

松本市長 菅谷昭氏 2011/3/22 定例記者会見 内部被爆に関するコメント 1/2
HeartsBones
http://youtu.be/GDorB4NBnNg

【記者】
 東京電力福島第1原子力発電所の事故に起因する、放射能汚染というのが、ほうれん草であるとかクキナであるとかそういったものを出荷停止というような確か報道だったと思いますけれども、そういったようなことも現実的におきてきて、市長が以前お話になっていた土壌汚染というのが現実的なものとなってきたのですが、実際にですね、果たして内部被曝というようなことも市長おっしゃってたのですけれども。
 そういったものをですね、はたして食べても安全なのかどうなのかというところが少し心配になってくるのですけれども、市長のチェルノブイリで医療支援活動された経験から、その辺のご見解をもう一度伺えればいいなと思ったのですが。

【市長】
 はい、それでは今の(みやざわ)記者のご質問ですけれど、私ずっと常々というか最初からこの件に関しては、報道の皆さんにも場合によっては社が違う場合かもしれませんけれども、私の言葉として表現されているのは、とにかく核の事故という、放射線の事故というのは最初からある意味では最悪の事態を想定したかたちで先手、先手として手を打っていく事が大事じゃないかといことは、私が5年半の経験をもとに日本に帰ってきてからそう思っておりました。
 しかしそういう中でまさかこういう状況になると思っておりませんでした。
 それは私、皆様のご質問に対しては、一つは20キロの避難ですけれど、できれば30キロまで広げたほうがいいのではないのかなということを申し上げ、あわせて予防的に無機のいわゆるヨード剤を投与しておいたほうがいいんではないのかなということも申し上げましたし、場合によっては避難ではないのですけれど、やはり50キロ位、チェルノブイリの場合だと30キロゾーンは人が住めないわけですけれど、チェルノブイリと同じにしてはいけないのですけれど、そしてできれば50キロ位までの範囲っていうのは注意したほうがいいのではないかなと。それくらいやはりいわゆる大気汚染が広がるよということを申し上げたとこでございます。
 それからまた特に乳幼児とか妊産婦に対してはヨード剤の予防投与ということは、これはまさに内部被曝の問題なんですよということを申し上げきたんですね。
 どうしても政府を含めて皆さん方は外部被曝のことだけを取り上げているので、そうではなくて皆さん3つの点に注意してください。
 一つはマスクをしてください。なぜマスクをするかというと、汚染されていて、これに浮遊している放射性の降下物が鼻から気道ですね、気管をとおして肺に入ってそれが吸収されて血液の中入って体に蓄積されるということですね。
 それから二つ目は肌は露出してはいけないということ。これは皮膚からですよね。いわゆる吸収されて体の中に入ちゃいけない。
 もう一つは口から入るっていうこと、この三つなんですね。
 ですから経気道的、経皮、皮膚ですね、それからもう一つは経口的なんですよ。この三つが経路になっているんです。
 ですからできるだけここに取り込まないようにってことを言っているのです。
 取り込まれたらどうなるかっていうと、その放射性物質が放射性ヨードであり、セシウムであり、ストロンチウムであり、プルトニウムであって、それらが入ると大変なことになりますよ。
 これは今じゃなくって5年、10年、30年セシュウムとかストロンチウムの半減期が30年ですから、放射性ヨードの半減期は1週間ですけれども、そういうようにですね、取り込まないようにって言っているにもかかわらず、今回のようにですねほうれん草ならほうれん草に、今度はシーベルトからベクレルってキュリーです。
 皆さん良く知っているキュリー夫人のキュリーです。いわゆる放射能の強さを表すのですけれども、今回のほうれん草の場合でも日本の基準で2000ベクレル/キロですよね。/リッタ―という事でいうと倍になっていて、そういうなかでもってそれを要するに食べてもいいかって言われたら、語弊がありますが、できるだけ口にしないほうがいいだろうっていうのは、これは現地行った者としては、本当に言いたいのは子ども達やあるいは妊産婦、胎児の命を守るという意味でいったら5年とか10年、チェルノブイリでもって甲状腺がんの子どもが増えたのが5年後なんですよね。
 5年後から出てきているんですよね急激に。そしてその事故前の時の子どもの発症率というのは100万人に1人か2人でこれはチェルノブイリのとこも同じなんですよ。
 それが汚染地になるとそれが100倍になったり、ひどい時には130倍ですね、ゴメリ市なんか。
 だから将来のことを考えれば、これは本当に申し訳ないけれど、作っている方々に。しかしこれはそんな事を言っても色々ありますけれど、風評ではなくて事実として、これはやはり押さえておかなければいけないと私は思って、パニックでなくて国民も冷静に聞いてくれて、そして今の時期は食も少しひかえてもらうということ、そのためにも早くに放射性ヨードをやらないと、もう入ってしまったら終わりなのです。
 私はですから前から予防適応しておいた方がいいですよって、みんな今政府においては後手後手ですよね。
 避難している人たちも放射性ヨードっていうけれど、もう避難しているわけですから、避難中に被曝して入ってしまえばいくら後でやっても遅いのです。
 そういう事がちっともわかっていないってことが、きわめて残念だってことを申し上げたいですね。
 ですから原発のあそこの今の状況は、是非ともこれは国をあげ、それから海外の力を借りてあそこをとにかく消火する。
 外に放射性物質を出さないってことは最大限やってほしいのだけれど、私はもう一つもう一番最悪であった土壌汚染ということは、これまさに環境汚染。水も汚染ですしそれから食物も汚染、これ出てしまったんですね。 
 ですから次は経路汚染、経口的になるからだから取り込まないようにするってことは当たり前のことなんですけれど、それが抜けちゃっていることで「安心、安心」って放射線1回浴びることは、そんな問題ではないですよね。
 あれは外部被曝なんですよね。皆さんだって検査された時にエックス線浴びるわけですよね。それは1回だけですよね。そうじゃないんです。入ったものは沈着して抜けない、そして今やこれからのことは、いわゆる放射能沈着という表現しますけれども、放射線降下物、フォールアウトですから、今舞っているのが下に降りますから、落ちると土壌が汚染されます。
 当然土壌とそれから水だって汚染されます。一方で葉物ですよね。葉っぱの上にやはり降下するわけじゃないですか放射性物質が。で、それを牛や羊が食べるわけじゃないですか。そうするとそれが放射性物質が今度はお乳の中にでるわけですよね。
 そのお乳を人間が飲むわけですよ。これがいわゆる食物連鎖というわけですよね。
 またその土壌の中に落ちたというようになると、そういう食べた牛やヤギが糞とかおしっこを出します。ここに放射性物質が溜まりますから、それがまた地面、土壌を汚染するこれ悪循環、これ食物連鎖やってるわけです。
 また汚染された土壌からは今度はセシウムのような物がですね。今度は葉物じゃなくてようするに根菜類ですかね。根からまた吸収されますから、特にセシウムなどは消化管からほとんどが吸収されるってこともわかっているわけですから、それから放射線なら甲状腺に集まってしまうわけですから、ですからそういうことが事実としてとらえてですね、やはり報道していくのは国からもいかないと、単に「冷静に行動してください」とか、なんと言いますかね数的なもので被曝がこうでじゃなくて5年、10年日本でやはり、だからもし将来ですね、わかりませんけれど悪性の新生物が日本で増えてきたような状況の時にはいったい誰が責任とるんでしょうかね。
 だからそういう意味で今言ったように、できるだけ放射性物質を体に取り込まないような注意をお互いにしていったほうがいいのではないかな、というようなことであります。
 そういう意味でも今後全国でも食品に対しては多分汚染の状況をチェックしてくださいという言葉がいろいろ出てくる思います。
 心配ないものは本当に食べていいです。私自身は汚染地でジャガイモを食べたり人参食べたり玉ねぎ食べたりやってきていますけれども、できれば大人はまだいいですけれども、これから生まれてくる子どもや、あるいは小さい子供というのはそういうことの無いようなことをしてあげなければいけない。

松本市長 菅谷昭氏 2011/3/22 定例記者会見 内部被爆に関するコメント 2/2
http://youtu.be/rmtagrqu13o

 そこで放射能の許容レベルは、先ほど(みやざわ)記者が言われたように、これは許容レベルというのはあるんですけれども。
 例えば事故の時にポーランドでは、事故から4日目なんですけれども、国の命令ですよね。
 それで乳牛に新鮮な牧草を与えることを全国的に禁止しているんですよね。
 それから100ベクレル/リッターということは100ベクレル/キログラム以上の汚染ミルクを子どもやあるいはまた妊娠、授乳中の子どもが飲むことを禁止しているとか、4歳以下の子供は原則として粉ミルクを飲ませる。
 この時は急きょ粉ミルク不足の分はオランダから緊急輸入をしている。
 それから子どもや妊娠、授乳中の女性はできるだけ新鮮な葉菜類、葉物は摂取を控えるように指示している。こういうふうに対策をとったんですね。
 ですから今回の場合に、これが1000ベクレルですから、ほうれん草なんか4000ベクレルですから、そういう意味では、やはり残念だけれども、特に生産者は本当に気の毒ですけれども、子どもたちの命、将来のことを考えれば、この場は政府が最大限に保証してあげるということで、しばらく汚染の状況が安全のところまで行くまでは、それはミルクもそうですね。
 これは1987年ということで、1986年が原発の年ですけれど(1986年4月26日チェルノブイリ原発事故)、1987年ヨーロッパの食品の放射能の限度というか安全許容量を出しているのが、有名なネイチャーという雑誌に出ているんですけれども、これは乳製品だと、これはバターとかミルクとかチーズとかアイスクリームとかはセシウムは1000なんですね。ヨウ素が500なんです。ストロンチウムが500、プルトニュウムが20ベクレル/キロです。
 乳製品以外の食品というものがありまして、これはそれ以外のものですね。これがセシウムが1250、ヨウ素が3000、ストロンチウムが3000、プルトニウムが80。
 それから飲料水がセシウムが800、ヨウ素が400、ストロンチウムが400、プルトニウムが10ということで。
 また家畜の飼料は、セシウムが2500と、このように一応基準は設けてあります。
 多分これに準じて日本の場合もこうやってあるんだろうと思いますが、きちっとしたものは無いんですけれどね。
 各国違います。しかし大体この一つの基準というのはあるわけで、どれがいい、どれが悪いんじゃなくて、ご承知の通りチェルノブイリだってあそこの30キロゾーンでなくて100キロ以上離れたところで、ホットスポットって言いまして、ある場合には雨の状況で、日本は雪ですけれど、それによってはフォールアウトが、ある所に集中的にポンポンと点状に落ちる。だからそういう所で生産されたものというのは当然汚染されるわけです。
 そういう意味で今回私も意外だったのは、茨城の方で高濃度って何故かって、これは当然大気汚染であちこちに汚染された大気があるわけですから、その中に雨が降って雨の粒の中に、私が前に言ったように「雨とか雪は注意した方がいいですよ」と言ったら、雪が降ってしまいましたけれど、そういうのはやはり放射性降下物も含まれて落ちるわけですから。
 そういう所、残念ですけれど、そういう所の場合は可能性はあるということを、一応私は、皆さんをパニックではなくて「こういう事実がありますよ」ということを知っておいてもらった上でもって冷静に対応してもらうって、こういう表現をしていかないと、ただ単にエックス線で当てて1回でこうだとか、そういう外部被曝のことを言われるので、これは私は、もしかしたら菅総理大臣が自ら国民に向かって「こうなんだ」って、とにかく子ども達や、あるいは妊産婦を含め胎児たちの命を守るんだと、将来のことを考えて、ということを言わないと、私はいけないと思っております。
 これは誤解なきように、皆さん方ある言葉だけを出されますから誤解されて、私いつも言われてしまうんですけれど、そうではなくて、もし心配だったら全部出してください。
 そうでなかったら出さないでください。それくらいの私は皆さんに今、私自身がチェルノブイリで経験したことをお話ししているわけですから、決して政府を批判ではないんですけれど、事実としてとらえてほしい、しかも国民の皆さんは落ち着いてくださいと、こういう事があるけれども、安心なものは食べていいですからということで私は申し上げております。
 私自身も5年も汚染地で向こうの人と同じものを食べてきたわけです。
 だから、実際に言えるのは甲状腺のがんに関して放射性ヨウ素がこんなに高いのに、昨日の長野県の、今日の報道を見ていますと、その4000ベクレルじゃないですけれども「ほうれん草を洗わないで500グラム食べても安全だ」というそういう県からもしメッセージを出しているようでしたら、報道を見た限りですけれど、これが事実であれば大変な事を言っているなということで、やはり相談にのる人も慎重な答をしていかないと、安心安全と言っても新聞の社説によっては、安心安全冷静ということは、もっと具体的に出してもらわないと私わかりませんよというのは、私はあの通りだと思うんです。
 内部被曝の問題は一切出してないし、食物連鎖の話も一切出してないです。
 しかも5年10年先のこと出してないですね。
 私はそういうことも出していかないと、国民がうんと不安に思うから、敢えて今日は申しあげたところでございます。
 是非とも報道の皆さんも、ある意味では刺激的なタイトルで出す。それはやめてください。私は事実を申し上げただけでございます。
 皆さん、全部出してください。出さないから、そこだけ取っちゃうから読んだ市民が非常に不安になるから、今日お願いしたいのは書けないんだったら出さないでほしいということ、皆さんの中でご理解いただきたいとこのように思っております。以上です。

【広報国際課長】
 他にあるでしょうか。よろしいですか。以上で記者会見を終了させていただきます。

【市長】
 ありがとうございました。

 

※この内容については、重複した言葉遣いや、明らかな言い直しがあったものなどを整理したうえで作成しています。

 

問い合わせ先

[部課名] 政策部 広報国際課

[連絡先] 電話 0263-34-3000 内線1142 ファックス 0263-36-6839
(以上転載終り)

 

 以下、調べた番組データです。

(以下転載始め)
私もひと言!夕方ニュース R1NHKラジオ第1(毎週月〜金曜日 午後5時〜6時50分)
http://www.nhk.or.jp/hitokoto/index.html

2011年5月16日「どういかす? チェルノブイリの教訓」 [新着]
https://cgi2.nhk.or.jp/hitokoto/bbs/form2.cgi?cid=1&pid=7546
魚拓 

東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、「計画的避難区域」に設定された福島県飯舘村の全域と川俣町の一部の地区では、小さな子どもや妊娠中の女性がいる世帯の避難が始まりました。
計画的避難区域は、飯舘村全域、葛尾村の大部分と、南相馬市、浪江町、川俣町のそれぞれ一部が対象です。きのうは第1陣として、合わせて18世帯が福島市内に移り住みました。
きのうから始まったこの計画的避難は、乳幼児などがいる世帯に続いて、18歳未満の子どもがいる世帯や、飯舘村では放射線量の高い地域に住む世帯から、順次、避難してもらうことにしています。

そこできょうは、心配される放射線被ばくから身体、特に影響が心配される子どもたちを守るにはどうすればいいのかを、チェルノブイリ原発事故の教訓から考えます。

▽きのうから始まった計画的避難についてどう思いますか?
▽子どもへの放射線の影響、どんな不安がありますか?
▽私たちはこれからどう対処していけばいいのでしょうか?

 きょうも皆さんからの一言をお待ちしています。

ゲスト:菅谷 昭さん(松本市長 / チェルノブイリでの被災者医療に長年従事)

記事ID:7546
(以上転載終り)

 

プロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷 奇跡のメス
http://youtu.be/cJu-rU4-Xyk
リクエストによる埋め込み無効
NEPYOU さんが 2010/11/22 にアップロード

「プロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷 奇跡のメス」
1986年4月26日。旧ソ連ウクライナで人類史上最悪の事故が発生した。チェルノブ­イリ原子力発電所4号炉の爆発。大量の放射性物質が発生、その多くが風下に位置したベ­ラルーシに流れ、間もなく悲劇が始まった。子供たちに甲状腺ガンが多発し始めたのであ­る。現地の病院で手術を受けた子供たちの首筋には、一生消えない大きな傷がついた。そ­の時、一人の日本人医師が立ち上がった。信州大学医学部の外科医、菅谷昭。父は、夜の­往診も厭わない町医者。もっと患者と向き合いたい、そんな思いを抱き続けていた菅谷は­、大学教授の座を辞し、ベラルーシに渡ることを決意する。ベラルーシでの菅谷のたった­一人での闘いが始まった。やがて菅谷の高い手術技術や、患者との交流に心打たれていく­若い現地医師たち。いつしか菅谷のアパートに集まり、勉強会が開かれるようになった。­菅谷は、彼らに自分の手術技術の全てを伝えた。さらに菅谷は、手術後もガン再発の不安­を抱える患者達の家を一軒一軒訪ね、診察を繰り返した。脳裏には父の姿がよぎっていた­。そんな菅谷の活動に共感し、菅谷を支えようと奮闘する一人の男がいた。28歳の若手­医師、ゲンナジー・トゥールだった。二人は訪問診療を黙々と続けていた。やがて菅谷た­ちの努力は、ある一つの奇跡を産んだ・・・。人類史上最悪の事故と対峙した、日本人医­師と現地の医師たちの5年半に及ぶ闘いを描く。

 

 上記YouTubeを見るときの、要所の時間メモ。

菅谷昭さん(現松本市長、チェルノブイリで5年半医療従事)

4分25秒
廃村、400の人が済んでいない村。

5分5秒
物語は昭和31年から始まる。菅谷医院菅谷保之三代続く町医者、菅谷昭氏はその三男。

昭和61年、評判を呼ぶ専門チームがあった。信州大学第二外科、専門は甲状腺ガン。

7分55秒
その頃ウクライナで大事故が起きた。

8分
炉心の温度が急上昇、大爆発が起きた。

9分20秒
ある朝出勤前菅谷氏はTVのニュースに釘付けになった。「ハッとした」日本のボランティア団体チェルノブイリ連帯基金が現地に入り白血病の調査を行ったという。白血病が増えているなら、甲状腺ガンも増えているに違いない。チェルノブイリ連帯基金に電話を入れた。大学に2週間の休みをもらうと現地に飛んだ。

10分37秒
降り立ったのはチェルノブイリの北、ベラルーシだった。風下のため大量の放射線物質が降り注いだ。

11分
立ち尽くした、病院には甲状腺ガン患者で溢れていた。しかもほとんどが子供だった。

13分40秒
1996年1月、大学に辞表を出した菅谷氏は単身ベラルーシの首都、ミンスクに飛んだ。(その時53歳)

14分
癌患者の集まる、ミンスク国立ガンセンターに行き院長に頼み無休で雇ってもらった。

15分54秒
1996年2月、ミンスク国立ガンセンター、ミンスクに来てから1か月後、助手として手術に立ち会っていた。患者は14歳の少女、手術前気丈に笑っていたが、執刀する時一筋の涙が流れた。

17分
独立したばかりのベラルーシ、天然資源も産業もなかった。若い医師達は研鑽する余裕もなく劣悪な条件下で働いていた。経済はどん底、若い医師達の給料は安く、仕事の後ドライバーのアルバイトをする者もいた。

18分35秒
ついに菅谷氏に執刀許可がおりた。

19分
首に1本の線を描いた。その線、首筋の線にそってメスを入れた。

19分45秒
ミンスク国立ガンセンターの若手医師、ゲンナジー・トゥール、学術書をみると、甲状腺ガンの項目にドクター菅谷の名前があった。

20分15秒
エカテリーナ・バイコワ(カーチャ)が入院してきた。16歳だった。首都ミンスクから300km離れたゴメリ出身、ゴメリは放射能汚染が最もひどい地域だった。カーチャは5歳の時家の前で遊んでいて被爆した。11年後ガンが見つかり入院した。手術が行われた。カーチャは傷口を見て驚いた、細い線があるだけだった。

22分18秒
もう一人ゴメリで被爆した少女がいた。スベトラーナ・ジャルン、16歳。

23分8秒
若手医師達は菅谷氏の手術を見ていた。その一人、ヴィクトル・コンドラトヴィチ(ヴィクター)。

菅谷氏が執刀の時には進んで助手になった。現地医師達のわができていた。

1998年、ベラルーシにやってきて2年、100例以上の手術をやり遂げ、思う所あり首都ミンスクを離れ汚染が一番ひどいゴメリに向かうことにした。その気持ちを聞いた、若手医師の一人ゲンナジー、電話機をとると、菅谷氏を受け入れてくれる病院を手配し始めた。

 

 番組データ。

2003年5月13日「プロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷 奇跡のメス 」
http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B10002200090305140030126/

プロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷■奇跡のメス

放送日
    2003年5月13日
チャンネル
    総合

主な出演者
    国井雅比古
    膳場貴子

番組内容紹介

該当データがありません。

 

ETV2001
シリーズ 国際ボランティア奮闘記 第1回チェルノブイリ診療記
http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B10002200090105140130230/

放送日
    2001年5月14日
チャンネル
    教育

主な出演者
    菅谷昭(すげのやあきら)

番組内容紹介

チェルノブイリに隣接し原発事故の大きな被害を受けたベラルーシ共和国
の甲状腺がんセンターで働く菅谷昭医師(57歳)は、医療支援のために
50歳を越えてただ一人現地に飛び込み、以来、放射能被害による甲状腺
がん患者の医療支援に当たってきた。菅谷医師へのインタビューに、現地
での支援活動の模様や、患者家族との交流の様子など、5年前の映像をも
織り込みつつ、一人の医師の実践を通して、国際ボランティア活動の課題
と実状を紹介する。
 語り 石井麻油子アナウンサー
 参考 日曜スペシャル「チェルノブイリ診療日記」
 (1997年7月20日 衛星1)

 

講演録「チェルノブイリで子供たちに何が起きたのか!」小児甲状腺がんの現状
http://www.kisnet.or.jp/net/sugenoya.htm
魚拓

菅谷(すげのや)昭先生元信州大学医学部第二外科助教授
1999年8月1日午後二時~新潟県柏崎市ワークプラザ大会議室にて
主催プルサーマルを考える医師歯科医師の会プルサーマルを考える柏崎刈羽市民ネットワーク
講演録作成(有)ユメディア

(略)

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