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2011年7月25日 (月)

BBSの歌変更、6歳の時、プリピャチで被爆したナターシャ・グジーさんの「いつも何度でも」(千と千尋の神隠しより)

 「主権者は私たち国民」BBSのバナー左上リンクでご紹介している歌を変更しました。

 なお、後ろの方で、たねまきジャーナル出演時「原発事故が故郷を奪った!」のYouTube(mp3)もご紹介しておきます。

(クリックすると拡大します)
156ウクライナの民族楽器バンドゥーラの音色にあわせて歌うナターシャ・グジーさん。歌唱力が素晴らしいですね。


 

いつも何度でも -Nataliya Gudziy-
hanaokajiltuta
http://www.youtube.com/watch?v=6JiOQ1UBkzU&fmt=18

 

いつも何度でも(千と千尋の神隠しより)

作詞:覚 和歌子
作曲:木村 弓

呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも心躍る 夢を見たい

かなしみは 数え切れないけれど
その向こうできっと あなたに会える

繰り返すあやまちの そのたびひとは
ただ青い空の 青さを知る
果てしなく道は続いて見えるけれど
この両手は光を抱ける

さよならの時の静かな胸
ゼロになるからだが 耳をすませる

生きている不思議 死んでいく不思議
花も風も街も みんな同じ

(ラララ、ホホホ、ルルル、フフフでスキャット)

呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも何度でも 夢を描こう

かなしみの数を 言い尽くすより
同じくちびるでそっと歌おう

閉じていく思い出の その中にいつも
忘れたくない ささやきを聞く
こなごなに砕かれた 鏡の上にも
新しい景色が 映される

はじまりの朝の 静かな窓
ゼロになるからだ 充たされてゆけ

(以下略)

20110721 [1/2]たね蒔き「原発事故が故郷を奪った!」音楽家ナターシャさん(6歳の時、チェルノブイリ原発事故から3kmのプリピャチで被爆)
tacc77
http://www.youtube.com/watch?v=M4kIg3Ly2g8

 

(以下転載始め)
今日のゲスト、ナターシャ・グジーさん(31)は6歳の時にチェルノブイリ原発から3・5キロの自宅で被曝し、厳しい避難生活を余儀なくされました。ウクライナの民族楽器?バンドゥーラ奏者として活躍、チェルノブイリ子ども基金の招きで来日したことなどから、この10年間は日本を中心に演奏活動を行っています。今月には福島県など東日本大震?災の被災地でもチャリティーコンサートを開く予定です。「ウクライナの歌姫」ともいわれるナターシャさんに「原発事故で奪われた故郷への思い」「悲劇の経験者として福島原?発事故被災者に何を伝えたいのか」、お話を聴きます。スタジオでの生演奏もあります。
(以上転載終り)

 

20110721 [2/2]たね蒔き「原発事故が故郷を奪った!」音楽家ナターシャさん
tacc77
http://www.youtube.com/watch?v=tcuTobP1pes

 

ナターシャ・グジー
Nataliya Gudziy
Наталія Гудзій
(以下Wikipediaより

ウクライナのドニエプロペトロフスク州(現ドニプロペトロウシク州)の村に生まれた。その後、家族とともにチェルノブイリ原子力発電所に近いプリピャチに移住した。1986年4月26日のチェルノブイリ原子力発電所爆発事故によって被曝、キエフに避難した。

ウクライナの民族楽器バンドゥーラの音色に魅せられ、8歳より音楽学校で学ぶ。チェルノブイリ原発事故で被災した少年少女を中心に結成された民族音楽団「チェルボナ・カリーナ」(赤いカリーナ)のメンバーとして、1996年、1998年に来日し、全国で救援コンサートを行う。

2000年からは日本語を学びながら日本での本格的な活動を開始。その透明で美しい水晶の歌声とバンドゥーラの可憐な響きは多くの聴衆のこころを惹きつけている。

1999年、2000年には、「消えた故郷」「消えた故郷2」(チェルノブイリ子ども基金)を救援CDとして発売。2002年には井上鑑プロデュースの「セルツェ(こころ)」(音楽センター)を発表。2004年12月来日5周年記念アルバム「Nataliya(ナタリア)」とクリスマスアルバム「Merry Christmas」(ともにオフィスジルカ)を同時発売。2006年1月には、チェルノブイリ20年救援アルバム「こころに咲く花」(音楽センター)を発表。11月には、ウクライナの故郷や家族への想い、チェルノブイリ原発事故の体験、日本での音楽活動などについて日本語で綴った著作に5曲入りCDをセットにした初のCDブック「ふるさと~伝えたい想い~」を発売した。

2005年7月のウクライナ大統領ヴィクトル・ユシチェンコ来日の際には、首相官邸での小泉首相主催の夕食会に招かれ、演奏を披露。チェルノブイリ救援コンサートのほか、テレビ、ラジオ、音楽教室や学校での国際理解教室など多方面で活躍している。

 

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※原発関連で3冊:

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件 佐藤 栄佐久 (著)

原子炉時限爆弾 広瀬 隆 (著)

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著)

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