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2014年8月23日 (土)

辺見庸 (日録1)私事片々 2013/12/28~と、(日録2)から全保存 雑談日記Archive

 辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで。※

※なお、辺見さんが毎日「エベレスト」を意識するのは、単にからだのリハビリだけではなく見当識が失われて来てないか確認する事でもあったようです(←頁内ジャンプ、言及している部分)。たとえば、認知症になると見当識が失われて来ます。

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。

 

 以下、日録の2と1。

2014年01月14日
日録2

私事片々
 
2014/01/05~2014/01/11 
http://yo-hemmi.net/article/385141206.html

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股についての嘘.JPG

・風邪。けふ「インターフォンをスマホ連動式にする超大人気アプリ!3週間無料お試しキャンペーン!」てのを発見、反射的に申しこんでしまった。外出先でもベッドでも海外でも、携帯で即インターフォンに対応でき、モニター画面もバッチシ…というスグレモノ。早速セット。記念すべき第1件目の訪問客は、トイレで大排泄中にきた。ピンポーン。樹木希林似のおばさん。「新年明けましておめでとうございま―す!民生委員のオオタニと申しますが、現在のご家族構成と緊急連絡先をおしえていただきたくて参上いたしました」。わたし「ぼくと出っ歯の犬だけです。緊急連絡先ないです」。樹木「紙に記入していただきたいのですが、お部屋にお邪魔してもいいですか?」。わたし「いやだね。帰れよババア」。希林「ドボジデだめなのですか?」。わたし「クソしてるんだよ」。樹木「じゃあクソ終わるまでお待ちしますけん、お願ひしまふ」。わたし「民生とか委員とか、きらいなんだよ。帰れ、クソババア!」。樹木「オーッホッホッホ…いままさにクソ中のひとにクソと呼ばれるゆかしさよ ねびゆかむさまゆかしきひとかな…あなた、源氏よ、若紫よ」。わたし「…」。希林「念のために言うておきますけんど、ここはマルホランドDR.じゃなくて、ただしくは、マルキランドDR.よ。ブログ訂正しときなさひよ。ほな、あばよ、クソッタレ!」。▼マルキ?むかしのセンスだと、「マルキ」の意味はいくつかある。①キ×ガイ②警察機動隊③マルキ・ド・サドのMarquis(侯爵)――なんだか、懐かしい。たぶん①だろうな。それが自然だ。③でもいいけど。サドには、なんとか娼館事件で「肛門性交の罪」その他のかどで死刑判決がくだされた。『美徳の不幸』と『ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え』の著者を捕まえるよう命じたのは、だれあらう、ナポレオン・ボナパルトだった。サドは裁判なしに投獄され、19世紀初頭にシャラントン精神病院に強制入院させれられて、死ぬまでそこでくらした。なんでそんなことを憶えているんだろう?東武東上線で「自殺」した佐藤昭憲はサド全集をみんなもっていて、わたしは借りてみんな読んだ。マルクスより夢中になったな。トイレにてアプリ即解約す。▼マルキランドDR.に、年賀状転送されてくる。にしても、もうろくジジイともうろくババアてのは、ドボジデそんなにも集まりたがるものなのだらうか。年賀状いわく。「『マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや』と寺山が詠んだその年、唐牛憲太郎は新しき前衛めざしてブント結成大会のため、津軽海峡をわたった」。ジャジャーン、安っぽい講談調。で、3月に唐牛没後30年記念講演会をやるから集まりませんか、だと。戦中、南方で人肉食をやらかした元日本兵も、戦後、集まって、焼き肉だかスキヤキだかを食って、おもひでをかたらったらしい。中国・山西省で中国人生体解剖をやってのけた元軍医、看護師らも戦後、「同期会」をやっていた。できることなら解明されるべき不可思議な人間心理ではある。むかしブントでその後、内ゲバ殺人にかんけいしておきながら、口をぬぐうボケ老人ども。元ブントで社長や労務担当役員になってリストラと組合つぶしに狂奔した恥知らずども。見ろ、このザマを!マルクス主義を度外れた楽天主義と誤解していた脳みその足りないおまえたち、黙ってひとりで死ねないのか。憲政記念館でモウロク集団自殺でもしたらどうだ。▼昼、神戸屋のジャムパン1個食す。まずひ!それでも、犬がやってきて、「おんちゃん、そのジャムパン、けんちょ!わだすにも、お願ひ、ごしょうです、ひときれ、けんちょ!」と跳びはねる。われ、うれひ顔にて、ジャムパンの、添加物まみれで、とんでもなくまずひイチゴジャム付着部分を、犬にいやいやあたえる。▼外出せず。エベレストにのぼらず。口がにがひ。▼ファシズムの時代でも、スターリン主義の時代でも、戦争の時代でも、時代のべつなく、いわゆる善人はおおむね善人、いわゆる裏切り体質はおおむね裏切り者、悪党はおおむね悪党、まじめはまじめ、ふまじめはふまじめ、ただのおしゃべりはただのおしゃべり、無口は無口なのだなあ…と、いまさらのやうにおもふ。(2014/01/05)

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1月6日の樹.JPG

・エベレストにのぼることができた。一昨日の眠りからであったか、ずっと泥か鉛の海を泳いでいるのとまったくかわらぬ感覚があり、脳および四肢にさらに乱れが生じているとおもっていたので、けふのエベレスト登攀は格別に新鮮で、うれしかった。このところ、記憶を失いつつあるひとのことをあれやこれやとおもいどおしである。けふはMがやってきてラ・ストラーダ・ヴェルデ(LSV)をあるきながら、記憶をなくしていくひとには、回想の回廊もなくなるだろうから、悲しみも消えるのか、喪失の悲しみもないのか、いや、あるのではないか…という話になった。記憶喪失者を外側からだけでなく、喪失者の内側からみたら、どういった風景、模様、色合いが浮かんでいるのか。なにがみえているのか。そもそも「関係」は記憶喪失者を媒介したときに、どう変化するのか。喪失者にとって「関係」とはなにか。記憶喪失とともに残される感情とはなにか。憎しみ、侮蔑、愛、慈しみ、誇り、悦び、味覚、死の概念…はどう変容するのか。話しても話しても尽きることはない。なぜならば、記憶喪失者という総称にはほとんど意味がなく、記憶喪失者Aから同Zまで、ひとりびとり、いちじるしい個体差があるらしいから。Mの母親は、回想の回廊がじょじょにうすれてゆきはじめのころ、「暗い洞窟に入っていくような」恐怖と孤独を口にしていたという。それらを口にしなくなった現在は、では、恐怖も孤独も悲しみもないのか、と言えば、どうもちがう気もする。言語化(対象化)不能の状態は、ただちに内面が無感情化しているのとはことなるだろう。はっきり言えるのは、記憶喪失者の泳ぐ苦しい海が、わたしの入り江にもつながっていることだ。▼またまた『鏡』をみる。なんどみても「未見」のシーンがでてくるのは、こちらの記憶装置がイカレてきているからなのか。マルガリータ・テレホワはときどき狂者の顔になる。(2014/01/06)

SOBA:辺見さんが上記言及している『鏡』を末尾でアップ

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1月8日の銅の蓋.JPG

・けふはエベレストにのぼらなかった。毎日、なにがしかエベレストのことを意識する。意識することで、見当識がまだ失われてはいない、とかくにんする。だが、書斎にもどるや、エベレストがどの方向にあるか、たちまちわからなくなる。それでもさほどにあわてはしない。ぼくは脳出血で倒れるはるか以前から、ひどい方向音痴で、嘘つきで、とても非常識な人間であったから、なんでもかんでも病気のせいにはしない。脳血管障害の病棟には、言われるがままに、2か月以上いたことがある。毎日、身体的リハビリ以外に、「記銘」のテストとリハビリがあった。それがいちばん腹立たしく、なにか屈辱的で、不快だった。人間であることの個別性、例外性、意外性が前提されておらず、人間がすでに解明済みの物体のようにあつかわれている…とぼくは反発した。たぶん、米国方式の、機械的な覚え込み学習システムだったのだろう、マニュアルとチャートがすべてできあがっていて、回答結果がすぐに数値化されて、たとえば、ふつう→すこしバカ→一般的バカ→かなりバカ→重度のバカ…といったぐあいに判定されていく。ぼくは退院当時も、一般的バカ段階にとどまっていたようにおもう。認知症や進行性多巣性白質脳症でも、見当識はじょじょにに失われていくというが、見当識という概念が病理だけで定義できるものか、以前から疑いをもつ。存在論的疑惑。「おれはな、まえから必然的に狂人なんだよ。クルクルパー。わかるか?狂人でないことは、ひとつのほかのかたちにおいて狂人であることになるほど、それほどにも必然的に狂人なんだよ…」と、大学をでたてのセラピストのきれいな姉ちゃんに、まわらぬ呂律で告白し、てか、姉ちゃんをからかい、「で、あんた、どうおもう?」と問うたら、そこは狭い個室だったこともあり、美人セラピストはただ怯えてふるえていたっけ。じっさいには経験していないことを、体験したとまちがえて話す「作話」についても、コルサコフ症候群によくみられる症状で、本人は追想の誤りであるという自覚がないというけれども、ぼくは子どものころから作話が大好きで、言いながら嘘かほんとうかじぶんでもわからなくなっていく質だった。「人は、やましいところがないと信じておこなうときほど、存分に、また楽しんで、悪をおこなうことはない」ともパスカルは言うが、これだって、人間というのは本源的に失見当識の傾向があるということではないのか。「人は、やましいところがないと信じておこなうときほど、存分に、また楽しんで、悪をおこなうことはない」とは、過去および現在のファシズムに共通する特徴でもある。ファシストたちとマスコミは連日「作話」を連発し、日々「意味の偽造」「歴史のねつ造」にいそしんでいる。おそらく、悪意さえない、重度のバカたちなのだ。くらべれば、といってもくらべられないが、Mのお母さんは、1個の人間存在として、壊れていけばいくほどに、やはり、いとおしい。(2014/01/07)

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2014年01月08日の壁.JPG

・エベレストにけふ、右ルートと左ルートから2回のぼった。純喫茶・朝路で組織会議。コーヒーとナポリタン。トイレ際の席にすわったら、青学の陽子ちゃんが放つオシッコの、長くはげしい雨音が、壁ごしに聞こえてきた。感動。トタン屋根にふりそそぐ驟雨のようなその音について、組織会議で率直に「すばらしい!」と発言したら、全員からきびしく非難され、あげく自己批判を迫られて、落ちこむ。帰宅後、お茶を飲もうと、有機ティーバックを裂き、中身をゴミ籠に捨て、袋を残す、錯誤。また、落ちこむ。朝路でけふづけの新聞をみたことをおもひだす。秘密保護法成立後、新聞は恥ずかしくて発行を停止してるのだとばかりおもっていたら、平気で発行しているのだった。なんだかおどろいた。(2014/01/08)

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1月9日のサバノアール.JPG

・風邪気味のため、エベレスト登頂をサボり、ふらふらとカフェ「あらえびす」に入ったら、タバコの煙で店内は客の顔もみえないほどかすんでいる。ミサ曲 ロ短調 (BWV 232) がかかっている。ということは、この煙のなかに味山がいて、食事もとらずに、梯明秀を繰っているにちがいない。たぶん、『物質の哲学的概念』を、なんどもなめるように読んでいるのではないだろうか。なめるようにくりかえし読むことくらい大事なことはない。わからなければ、かんがえかんがえ、わかるようになるまで、わかったような気がしてくるまで、わかったと錯覚するまで、くりかえし読むしかない。目的はない。なにかわかりたいという本然があるだけだ。または、わかろうとしたが、ついにわからなかったという軌跡をなぞりたいのである。ぼくは2階の端に席をとり、本におおいかぶさり、本を隠すようにして、『閾から閾へ』を読む。飯吉光夫の名訳。飯吉先生がたとえどんなかたであっても、名訳は永遠に名訳なのだ。「夜ごとゆがむ/花たちの唇。/さしかわし、いりくむ/唐檜の幹…」。「世界は温暖になる、/そして死者たちが/芽ぶき花咲く」。あらえびすにはトイレのちかくに黒板と白いチョークがある。リクエスト曲を書くのだ。ぼくはおずおずと、ヴァイオリンソナタ第1番「雨の歌」 ト長調 op.78 、ヴァイオリンソナタ第2番 イ長調 op.100、ヴァイオリンソナタ第3番 ニ短調 op.108と書く。だれかみていないか、後ろをふりかえる。これらの選曲が、なんだか恥ずかしいのだ。ここは会話厳禁である。手話ならかまわないが。みんな黙ってタバコを喫っている。2階席も、地下席も、真っ青な顔をした死者たちで満席だった。白い煙のかげで、青い顔たちがときどき瞬いている。ブルー・シェル、ブルー・ドナウ、ブルー・ワルツの死に顔。青い顔の赤い口からプカリプカリと気持ちよさそうに煙をふきだしている。父らしい顔もみえた。知らぬふり、見えなかったふりをする。このぶんでは、ぼくのリクエスト曲がかかるのは夕刻になるだろう。(2014/01/09)

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1月10日の錆びた鉄の壁.JPG

・この世の中は、いろいろ問題はあるけれども、まあなんとかけふもまわっているではないですか。明るい日差しもみえるのだから、そんなに悲観ばかりしていないで、まえをむいて進もうじゃないですか。と言われると、生まれつき気が弱いものだから、やはり、じぶんの目にくもりがあるのか、みえていない光があるのかと、つい反省しないでもない。他方、いまの世はファシズムだ、おそかれはやかれ、戦争状況がやってくるだろう、とじぶんで言い、また、他人にそう言われると、結局、言っていても言われてもなのだが、どうもなにかがちがうな、しっくりしないなとかんじる。この国のファシズムというのは、論理整合性をこえた、土着のものがありはしないか。言いかえれば、「根生(なお)いのもの」があるなあ、「根生いの感情」があるのだなあ、それはじぶんのからだにも漂っているなあ、と察しながら、しかし、その根生いの感情や心意がなんなのか、うまく説明できないでいる。テクノロジーがどれほど発展しようと、ニッポン独特の根生いのセンチメントは、ずっと生きのこってきたし、これからも残るのだろう、とおもう。ながいあいだ天皇という超論理的「中心」に、自己のも他者のも、心身をなつきつかせることを、連綿とやってきたこの癖は、一朝一夕でなおせるものではない。みなが踊れば、われも踊る。みなが泣けば、われも泣く。みなが笑えばわれも笑う。累代それをやってきた。その脈絡もあり、江戸時代におこった伊勢神宮への集団参詣「おかげ参り」に関心がある。数百万人規模のものが、60年周期に3回おこった、といわれるあの現象はいったいなんだったのだろう。根生いの感情となにかのかんけいはないのか。昔日の人口規模からかんがえたって、宝永のおかげ参り→明和のおかげ参り→文政のおかげ参りのさすまじさといったらない。そして19世紀中葉の「ええじゃないか」の狂乱デモ。「日本国の世直りええじゃないか」、「ことしは世直りええじゃないか」、「おまこに紙はれ、へげたらまたはれ、ええじゃないか」…。いまふうの「おかげ参り」や「ええじゃないか」の先頭には、安倍や石破がいる。憲法改定ええじゃないか。秘密保護法ええじゃないか。中韓とドンパチええじゃないか。東京五輪ええじゃないか。これに全メディアが悪のりしている。そして、まつろわない者たちをすべて〈なつきつかせる〉気だ。▼エベレストにのぼった。歯医者に行った。コビトが椅子に立って、歯科助手をしていたので、おどろいた。ミスドで担々麺を食った。うまかった。ミスドのコーヒーを3杯飲んだ。帰宅して、ベッドにすわり、左手で足の爪を切った。そろそろかな、とおもふ。固定電話の修理屋がきた。無愛想。犬がすこし吠えた。修理屋はいちども犬に視線をやらなかった。文庫本を1冊Amazonに注文。歯が疼く。そろそろだな、とおもふ。(2014/01/10)

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1月11日に使用した去年の電車内の写真.JPG

その赤いランプのようなものを、鉄柵のこちらがわから、ぼんやりと眺めた。どのような関心もなく。その赤いものは信号灯なのかもしれなかった。信号灯でなくてもいっこうにかまわなかった。鉄柵のこちらがわには、乗りすてられた銀色の、いち台の自転車があって、昼下がりの陽を反射していた。鉄柵のこちらがわの高さは、鉄柵のむこうに見える駅のホームとほぼおなじであろう。その赤いものは、つまり、鉄柵のこちらがわの路面とあちらのホームによってつくられる谷間の、かなりこちらがわよりにあった。赤いランプのようなものは灯されてはいない。なぜかはわからない。わかろうともしない。それは鋼鉄の支柱にしっかりとくくりつけられていた。そのものが赤い信号灯であるとして、その下には拡声器のようなもの、あるいは、なにかの噴出口のような黒っぽく煤けたものも見える。あれはなんだろう、とぼくはおもわなかった。あれらはあれらとして、たんにあそこに、在っただけである。あれが仮に信号灯であるとして、その下の拡声器または噴出口のようなものの下には、相当量のバラストがあった。さらにその先には下り線のレールがある。下り線のホームにはひとが疎らだ。上り線のホームにはいくにんかのひとがいる。そのなかに、知りあいもいるかもしれない。いや、しりあいはもう電車に乗って、どこかに行ってしまったのかもしれない。としたら、知りあいはあのホームにはもういない。知りあいはじぶんの定位をしっているだろうか。たぶん、よくはしらないのではないか。だれも、じぶんの定位をしらない。在るべき位置。わたしもしらない。だからこそ、あの赤い信号灯のようなものがあそこにあるのではなかろうか。あの赤いものにそうやってじぶんや他人のことを仮託することくらいは、いくらなんでも許されるだろう(それくらいは許してほしいものだ)。あの赤いランタンのようなもの、はそうすると、自己方位測定器ということになるのだろうか。そう言っても許されるだろうか。赤い自己方位測定器。もしもそうであるならば、あの信号灯のようなものは、なるべく雨に濡れたほうがよい。「サンティアーゴに雨が降る」みたいに。街は雨に煙ったほうがよい。レールもバラストも濡れたほうがよい。雨でも、雪でも、みぞれでも、血でもよいが。しとどに濡れたほうがよい。そうしたら、「お前の海の 灰と影とを…」と、わたしもうたえるかもしれない。そぼふる雨か雪か血に滲み、かすかに点滅する、その赤いものを、わたしは胸骨に埋めこむことだってできるだろうに。いまはすっかりなにもかもが乾いている。ホームにはヨシいっぽん生えてやしない。ヨシキリいっぴき飛んでやしない。だれひとり谷間の赤い自己方位測定器を見ようともしない。ツユクサ類イネ目イネ科のヨシは、ほんとうはアシだ。なんということだろう。アシと言ってはまずかろうと、アシなのにヨシと言わせる。ほんとうに古来インチキなクニだ、アシハラノナカツクニは。楽園アアルは、ヨシではなく、アシがしげる満目の原野なのだ。ホームにいるのはアシでもヨシでもない、ただの枯れ穂の影だ。あの赤いものを、鉄柵のこちらがわから、ぼんやりと眺めた。▼エベレストにのぼらなかった。エベレストにはのぼれるのにのぼらず、けふもまた歯医者に行った。犬をバックに隠してつれていった。犬は吠えなかったので、気づかれなかった。喋るのがひどく億劫だった。わたしは必死で話そうとはしていないじぶんに気がついていた。わたしは鎮痛剤をのんだ。胃薬をのんだ。降圧剤をのんだ。精神安定剤をのんだ。ドラッグストアで安い手袋を買った。左手で冷えきった鉄の手すりにつかまるための、大きな灰色の手袋。歯医者の診察券をなくしてしまった。熱心に探しはしなかった。ミスドにいかなかった。ダフネにもいかなかった。夜、いつかの腰椎麻酔のこと(溶暗)と、これからするかもしれない旅のことを、すこしかんがえた。スイセンがまた灯油のようににおった。(2014/01/11)

 

2014年01月14日
日録1

私事片々 
2013/12/28~2014/01/04 
http://yo-hemmi.net/article/385141068.html

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緑色の電話.JPG

・ドゥシャンベに行ったことがある。なにをしにか、憶えていない。膝を立てて、いつもあおむいていた。バスでサンタフェに行った。フェニックスに行った。なにをしににか、さいしょから、なにも、わからなかった。膝を立てて、モーテルで、いつもあおむいていた。1978年、ラサに行った。シアメンに行った。なにしにか、忘れた。1979年、ピンシアンにも行った。肝炎にかかった。両手に小石をにぎって、ノグソした。小石をにぎってゲリしまくり。ホテルなんかなかった。夜、走った。走った。なにをしにか、すこし憶えてるけれども、だいたい、ほとんど忘れた。アオメンにも行った気がするが、アオメンって、どこかわからない、アオメン。帰りたかった。どこに。ずっといつも帰りたかったんだよ、ルーリン。おれはそのむかし、アオメンに行った。とおもうのだ。しかし、アオメンってなんだ?忘れた。しかたがない、大辞典でアオメンをしらべます。書棚の最上段から、大辞典をとりだすのに5分。大辞典をお股にはさみ、箱からだすのに3分。おれの、よくつかいこんだ股ぐら。愛知大学の中国語大辞典。第2版。デスクからルーペをとりだすのに2分。ao-menの頁をめくるのに3分。アオメン。ない。わたしのもとめるアオメンがない。ふたたびルーペあてる。ない。なかった。あまりにも、ひどいじゃないですか。左手で、その大辞典を、股にはさんだ箱に入れるのに、頁が折れてしまい、すごくてまどり、てか、股どり、はい、また6分。つかいこまれた、ぼくの股ぐら。なにをしにか、忘れた。お股ぐら。お客様、お時間、またすぎました。ご延長しますかぁ?箱に入れた大辞典を、書棚の最上段にもどすのに、また5分。すぎてゆく。かすめてゆく。すぎてゆきました。すべってゆきました。とけちゃいました。アオメンに行ったはずなのに、アオメンがない。アオメン。ルーリン、いつまちがえたのか。ぼくはなにをまちがえているのだろう。スペインのような白い壁。白い石畳。湿気った空気。潮のかおり。ハマグリのスープ。肩まで長髪だったぼく。戦争なのに、敵も味方も意味も言葉も色も区別もよくわからない、熱い、ドロ餡の闇。蛆人。国境。骨までわれた傷。うごめく蛆。蛆人。蛆池。蛆湖。蛆5湖。にもかかわらず、たった1分で勃起する、サングラスをかけたバカ男。前歯でサイダーの栓を、スパンスパン、あけていた、あほんだら。なにをしにか、なんのためか、忘れた。大脳古皮質の割れ目ちゃん。ツポレフに乗った。トライデントに乗った。アントノフに乗った。不時着。コークの栓も歯であけた。プシュー。たしか、ぼく、アオメンに行ったはずなのに、いま、アオメンがない。歯もない。毛もない。記憶もない。ノボシビルスクにも行った。スージョウにもいった。フホホトにも行った。なにしににか、なに死か、忘れた。たぶん、クソしに行った。おおかたそうだ。タリンにも行った、ルーリン。チャールストンにも。なにしにか、なに死か、忘れた。帰りに、帰るために、おそらく、行った。どこにか、わからない。レニングラード。いつも、どこでも、しゃがんで大便。立って小便。大排泄に小排泄のくりかえし。食っちゃ、だし、食っちゃ、だし。ダナン。フエ。なにしに、どぼじで、うごいていたのか。とんと憶えていない。死に海馬。なにをしにアオメンに行ったのか。いつ、アオメンに行ったのか。アオメンてなにか。憶えてない。国境でセンザンコウを食った。丸焼きでした。パチパチ。拍手した。ディンハオ!ハラショー!便所でセンザンコウ的便をした。甲羅1枚もろた。帰りたかった。どこかに。樟脳。蛆。蚊柱。無人の小学校。ヤモリ。氷。おれの血を吸うシマダラカ。その蚊を食う蛾。その蛾を食うヤモリ。さかって鳴くヤモリ。天井を這う、蛾をくわえたヤモリ。首まで口の裂けたヤモリ。ワニの真似をするヤモリ。天井からパラパラと糞をこぼす、ヤモリ。膝を立てて、汗かいて、ヤモリの糞あびて、いつもあおむいていた。なにしに行った?なーんにもわからなかった。ピーチストリートで電話をした。だれに?忘れました。受話器が壊されて、中身がえぐられていて、耳が受話器の穴に挟まって、困った。当惑した。帰りたくたって、そんなもんだ。困るのだ。当惑しちゃうのだ。お客さん、なに死に、なのですか。またご延長なのですね。水瓶に落ちてくる、蛾を食いすぎた、アオメンの、太ったヤモリ。ポシャーン。やさしい着水の音。波紋。アオメンの、停電の夜の、黒い水瓶。ヤモリたちが、ワニみたいに、ぬるぬると、宇宙を泳いでいたのだ。男の顔がひとつ、映っていた。(2013/12/29午前)

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マルホランドDR.の霜柱

・マルホランドDR.で霜柱を見た。この冬はじめてではない。見たのははじめてではないのだが、霜柱を目玉のなかに立てたのははじめて。帰るまでには溶けているのだろう。とおもってあるき、帰ったら、まだ溶けずにいた。歯が痛い。肩が痛い。いてえ。いててて。手が痛い。ジンジンする。右手が、つっぱって、鶏の足みたいじゃないか。歯と肩と右手に、霜柱を立てる。知覚過敏が激化し、痛いのか、なんだかわからなくなる。ズキンズキンする。自転車屋のまえで、素っ裸の黒ラブを見た。黒ラブが好きだ。黒ラブを好きだ。倒れなかったら、黒ラブといたはずだ。と言ったら、ガガがかわいそうだから、言わない。ガガは最高だ。人格者だ。犬はなんでも好きだ。大バカでも利口でもマヌケでもスカトロでも。ネコも好きだ。気が狂った、毛のボサボサの、狡くて、気性の荒い、なつかないノラネコが大好きだ。ブラブラあるいていて、とつぜんたちどまり、ふりかえり、またあるきだす、あの思考の間と、懈怠の流れにうっとり見とれる。アオメンをおもいだした。午前3時半に。澳門だ。なーんだ、つまらない。フェリーに乗って、カップ麺を食った。きっとどこかでクソしただろう。1日1回クソしつつ、70年生きたとしたら、一生で最少でも25550回クソすることとなる。意外に少ないよな。1日2回で70年なら、51100回、つうか、51100本。だいたい、そんなとこだろう。内モンゴル自治区のどこかで真冬の夜、クソした。屋外にしかトイレ、じゃなく、厠所(ツースオ)がない。電灯もない。しゃがんで懐中電灯で板敷き2枚の下をてらしたら、3メートルも下で糞便がカチンカチンに凍っていた。逆さに落ちたら、クソにぶつかり脳挫傷になっていただろう。じぶんのクソとともに凍りついて、春まで溶けずにいたかもしれない。さがしていたのはアオメンでなかったとしたら、どこなのだろう。わからなくなってきた。内モンゴル自治区に行ったのは1977年か。なにをまちがえられたか、わたしは「閣下(グーシア)」と呼ばれた。「閣下、われわれ人民の厠所は非常に暗く深ひのであります。ゆへに、落下しなひやうに、くれぐれもご注意くださひませ!」て言われた。閣下は枯れた草原でクソばかりしていた。華國鋒政権のころ。そうだ。冬のビリュニスにも行った。クソをしに。大したことはなにも憶えていない。ホテルで、テレビをつけっぱなしにして、シュト―とかツェロバーチとか、わけのわからない言葉を聞くともなく聞きながら、ひとりでクソしたことだけはたしかである。パジャールスタ!アオメンでなかったとしたら、どこを探していたのか。たしかなことは、何十年も毎日クソばかりしてきた事実だけである。けふ、エベレストにも霜柱が立っていた。右側の登攀ルートは滑るか、ぬかるかして危険だ。左の尾根からアタックして、2度失敗し、3度目に登頂成功。もういちど『鏡』を見ることにした。(2013/12/29夕)

SOBA:辺見さんが上記言及している『鏡』を末尾でアップ

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・冬のイルクーツクに行ったおぼろげな記憶がある。だが、それがなんだというのか。わたしがどこかに行った経験は、どこにも行かなかった無経験と、大した差はない。いまとなっては、厚顔の経験者たちより、無経験の水面のほうに惹かれたりする。『鏡』をまた見た。なんど見ても、目が冷たい井戸水に洗われて、まるではじめて目にするようにドキドキするのはなぜなのか。映像と言葉と音楽――の想像と深まりゆく無経験。「状況」にいらだち怒ることによって、愚かな「状況」からついひきよせてしまう下品な浸透圧。結局、内面の愚劣度数は「状況」とじょじょに拮抗し似てくるのだ。『鏡』を静かに見ることによって、汚らしい「状況」の浸透圧を押しかえす。秘密保護法に反対するのなら、新聞はーーそこではたらく個人たちは、という意味だけれどもーーストライキをすべきだった。少なくも、それを目指すべきであった。白紙の新聞、記事の載っていない新聞をだしたらよかったのに…。ぼくはそうおもったし、いまもそうおもう。安倍政権はきわめて危険である。ほんきで倒さなければならない。むろん、ストライキなどおもいもつかず、ロバの屁のような社説でお茶をにごし、きょうもそしらぬ顔で「ニュース」なるものを生産、偽造しつづける、個人のいない新聞と、それら下品な浸透圧の犠牲となる読者たち。困ったことです。そう言いつつ、秘密保護法下の状況を不作為によって支えるひとびと。批判者たちの、アジビラていどの語法とボキャブラリー。下品な浸透圧は、反ファッショの側からも生まれている。いまは権力の実相がきもちわるいだけではない。反権力を自称する者らの立ち居ふるまい、目つき、腰つきも、なにやら怪しい。戦端は、ひとだのみにするのでなく、「個」がいま、みずからひらけばよい。惨めになんどでも負ければよい。『鏡』のなかでは、できごと、あるいはエピソードが、大状況であれ些事であれ、記憶と意識の襞に、きっとそうでしかありえないだろう「個」の濃い翳りと不思議な逆説性をおびた風景として埋めこまれ、見るわたしを「下品な浸透圧」からいっとき解放してくれる。とくと安心して、反状況の下意識の流れに、身をまかせることができる。ぼくは冬のクリリスクにいたことがある。ロシア製の猟銃を撃った。デコイでおびきよせ、カモを撃ち殺した。とても恥じた。悲しんだ。うしろむきにかしいだカモの、にこ毛の飛び散りを、まだ憶えている。海辺で化石をひろった。カモを煮て食った。しかし、それがいったいどうしたというのだ。経験の総量が、認識の深化をたすけるというのは、とても幼稚な経験主義にすぎない。経験はかならずしも認識を深めてくれるものではない。ぼくはどこかに帰りたいだけだったし、いまでもそうだ。エベレストにのぼった。コビトが九州から電話をくれた。ウィンナワルツとイタチの話をした。(2013/12/30)

SOBA:辺見さんが上記言及している『鏡』を末尾でアップ

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・中国とソ連はかつて全面戦争をしかねない緊迫した情勢にあった。核戦争を。そのことを、まったくそんな映画ではないのに、『鏡』をみていて鮮やかにおもいだした。できごとと個の意識、できごとと個の認識、できごとと個の記憶、できごとと個の忘却、できごとと個の無関心、できごとと個の誤解、できごとと個の無関係そして「通念」というもの…について。ダマンスキー島事件。文革の100万人デモ。まことに尋常ならざる風景を、実時間では、ただおもしろがってながめていたりしたのだから、人間集団とは、というより、わたしはけだし度しがたい。戦争は目前にありえたし、こんごもありえる。戦争は、それが戦争とも意識されずに、ある日、ふと気がついたら、はじまっているだろう。『鏡』に挿入されたドキュメント映像は、どうしてあんなにもリアルなのだろうか。タルコフスキーじしんの恐怖の目がはりついている。あのころ、わたしは中国語の講師をしていて、テキストに『毛主席語録』をつかっていた。クレージーとはとくにかんじていなかった。その記憶に、いまごろひどく傷つく。戦争はありうる。人間はさいきん突然変異してばかになったのではない。はるかむかしから一貫してばかでありつつけている。新聞各紙が、安倍首相夫人のなんとかさんをほめちぎっている。夫人も靖国を参拝したと報じ批判したのは韓国紙だけだった。▼マルホランドDR.をあるいていたら、ハンドルが長く前輪が後輪より大きな自転車にのった2人組の外国人に呼びとめられた。2人とも、ダークスーツに細いネクタイをしている。そっくりだ。双子だろうか。かたほうが「あんたのメジェットはどこにいるのか?」とアイダホ訛りの米語で問うてきた。メジェットがよく聞きとれず「はあ?」と首をかしげると、very little ladyと言いなおす。ああmidget か。このへんには4、5人いるけど、どれがどれやらわからんね、ととぼけた。すると「おかっぱで、嘘つきのコビト…」というので、ぴんときた。クララだ。クララはやはり狙われているらしい。昨夜の電話も盗聴されていたし。わたしは「このへんにゃ嘘つきのコビトなんかひとりもいねえよ」と言いきり、「おまえらはモルモン教徒か?酒のまんのか?blow jobせんのか?じゃあ、カクテルのblow jobも知らんのか?」と意地わるく質問した。すると、2人組が急に怒りだし、なんだか失礼なことを言うので、「バカヤロウ、失せろ、オバマのケツの穴でも舐めてやがれ、fuck you!」と言いかえしていて、はっと気がついた。fuck you!が、やはりと言うべきか、コビトと犬以外に話した、ことしさいごの言葉なのであった。▼エベレストに2回のぼった。▼『サクリファイス』をまたみる。▼コビトから電話がきた。双子のモルモン教徒の話をつたえると、異常に興奮して「やつら、かならずまたくるはずよ!」と念波で言う。かれらが乗っていた自転車の特徴をよく知っていた。コビトは認知症の母親の世話をしている。(2013/12/31)

SOBA:辺見さんが上記言及している『』と『サクリファイス』を末尾でアップ。

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冬花.JPG

・北京の友誼商店では、むかし、黒竜江省産の、黒緑色に光るそれはみごとなキャビアを、ジャム用のガラス瓶いっぱいに入れて、イチゴジャムていどの値段で売っていた。そのキャビアを納豆でもかけるみたいにご飯にぶっかけて食っていた、なんとなくのどかな時期があった。あたりまえだとおもっていた。未来はよめない▼スーパーもダフネも休み。マックかミスドしかなひ、となると、東口のミスド。アライグマのような新人女店員がイト・カワユス。ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリンそっくりの口ひげの客がひとり座って、ニマニマ笑いながらスマホをやってる。よひ!いかにも亡命者と難民と世捨て人の街だ。ここでは全員がガイジンで、全員がどこかしら壊れていて、全員がたがいをだれか知らないし、知ろうとしない。ううう、コーヒーがいつもよりまずひ!にがひ。がまんするしかなひ。九州のコビトからメールがきた。認知症の母親が急に不機嫌になり、「うるさい、帰れ!」と罵られたという。かわいそうに。相手が認知症とわかっていても、感情表現の突変には、身内ほどかえってついてゆけないものらしい。少しずつ壊れゆくひとびと。最後に残る感情のようなもの。ヴァルラーム・シャラーモフが書いていた。最後までかれに残ったものは、憎しみだった、と。条件も本質もまったくちがうのだが、コビトのお母さんの話を聞くと、シャラーモフの「憎しみ」をおもってしまう。メールでコビトに返事を打っていると、店の奥のピザパイ屋から男の客の怒鳴り声。「パガヤロー!ガネガエセーッ!」。どこの国の出身かわからない男がすごい剣幕で怒っている。店中が凍りつくが、さすがスターリン、ふりむきもせずにスマホを見てニマニマ笑いつづけている。▼店をでて、ストラーダ・ヴェルデにいく。緑地のむこうから、すぐに歌だか奇声だかが聞こえてくる。「キエメーロ・オッチョン・ジギム・ホエッ・ホエッ・ホエーッ!」。ここにくると、ほぼかならずであう不本意発声者たち。大きな声ほどに顔はなにも悦んではいないのだ。逆に、苦悩にうち沈んだ面差しをしている。「キエメーロ・オッチョン・ジギム・ホエッ・ホエッ・ホエーッ!」。介護の青年がイエス・キリストのような表情で、声を発する猫背の若者の背をやさしくさすっている。じぶんの意思に反し声を発っしてしまふ若者は、ぜったいにわたしと目を合わせはしない。なぜか、ぜったいに。なぜか、わからないが、わかるやふな気もする。わたひらはたぶん、よく似ているのだ。ホームレスの新顔を見た。やや太り気味の女性だ。西太后みたいな顔。「ああ慈禧太后(ツーシー・タイホウ)、お労しい、こんなところにおられましたか…」とつぶやくと、かのじょ、わたしを悪戯っぽく見返して、ペロリと舌をだし、アキニレの陰にかくれた。あちらのオヒョウの陰からは、双子のモルモン教徒が、けふも細いネクタイをつけ、白ワイシャツにダークスーツ姿で、わたしの動静をうかがっている。わたしは一瞬、ここがあの「アオメン」なのかとおもってしまう。▼ミスドにいくまへに、エベレストに2回のぼった。▼夜、コビトから電話。明らかに疲れてきている。いちばん親しい肉親の短絡を連日一身にうけているものだから、みずからも悩乱し、葛藤している。かわいそうだ。▼また『サクリファイス』。なにか、あの日本趣味のようなもの、尺八(法竹?)の音色も、どうも気に障る。なぜだろう?(2014/01/01)

SOBA:辺見さんが上記言及している『サクリファイス』を末尾でアップ

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うろうろ.JPG

・この国は、ヒロシマ、ナガサキがあるために、ずいぶんかいかぶられてきた。絶大な経験はひとの認識を深める、とかんがえるひとびとにより、もともと深い精神性をもつ日本の思想文化は、ヒロシマ、ナガサキの空前絶後の体験によって、かならずや、さらに深淵なものになっているはずである、とかいかぶられてきた。誤解である、善意の。この国の思想文化は、残念ながらヒロシマ、ナガサキの経験をほとんどすこしも血肉とはしていない。かつても、いまも、おそらく、未来も。アラン・レネ、ロラン・バルト、そしてタルコフスキー、ボードリヤールにさえ、日本への好意的誤解があった。誤解はなんらかれらの罪ではなく、かれらの自由であり、勝手である。罪というなら、ヒロシマ、ナガサキの経験をほぼ消費しつくして、観光的表象(というより“商標”)だけを残して、反核反戦の思想と魂の基地をつくることがついにできなかったこちら側にある。経験は、いつもかならず自動的に、認識を深めるというものではない。フクシマについても。とくに、この国の社会なきセケン(世間)とゴロツキ政治においては。侵略戦争のかぞえきれないほどの加害責任を、東京大空襲とヒロシマ、ナガサキのホロコーストで、ご都合主義的に相殺する、チャラにすることで、いちどとして激烈な内省をしなかっただけでなく、ヒロシマ、ナガサキの責任追及をあっさり放棄し、天皇制ファシズムの歴史的検証もネグレクトし、いまや侵略戦争そのものとそれに付随したおびただしい犯罪を正当化するまでにいたっている。日本が今後、憲法を改定する公算は論なく大である。徴兵制ないし準徴兵制にふみきる可能性もあるだろう。45年に廃止された治安維持法(実質的に再生しているけれども)が、新しい装いで復活する可能性もつよい。将来的核武装化の可能性はもはや絶無ではなくなった。『サクリファイス』をみながら、例によって、茫々と妄想にふけった。経験は直線的に認識を深めることはない。とりわけ、テクストとされた集合的経験と記憶は危うい。経験と認識は、権力にゆだねるものではなく、あくまでも「個」の向自的作業であるべきだ。たしかこんなセリフがあった。「わたしはこの時を待っていたのだ…」。じっとじぶんに耳を澄ますと、わたしにも待っている気配がある。平和やそのための「犠牲」となることではなく、全面的核戦争でも大震災でも巨大隕石の落下でもなんでもよい、徹底的な全的破滅をどこか待っている心もちがある。それまでの一瞬になにを見て、なにをかんがえるか…だけがテーマである。▼犬がベランダに糞をしたので、心静かに、ゆっくりとかたづけた。午後3時半すぎ、東口のミスドとストラーダ・ヴェルデをめざしアパートをでるも、寒風意外にきびしく、目標をきゅうきょ下方修正し、マックに行ったら満員。しかたなく、なんだか形式的にエベレストにのぼってお茶をにごす。▼かへりみち、郵便屋オットーの言葉をおもいだした。「いままでの人生は本物ではなく、ずっと永いあいだ本物の人生を待ってたにすぎないのだ…」。言外に、本物の人生なんかない、ただ死を待つだけ、とかたっている。このしゅの人生論はなかなかおもしろそうで、じつはとてもつまらない。人生論はどうやってもつまらないものなのだ。『サラバンド』の80をとうにこした老人が吐きすてる、じぶんの人生など「クソだったよ…」のほうが、すっきりしていてよほど好きだ。▼コビトからメールあり。マルコを散歩させていると。▼きのふ撮った写真。よく見ると、きったない肛門みたいだ。どうしてこんなものを撮ってしまうのか。でも、この穴のなかに、ハッキリしないが、なにかが見えるのだ。(2014/01/02)

SOBA:辺見さんが上記言及している『サクリファイス』を末尾でアップ

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青い水.JPG

・エベレストに1回のぼってから、マルホランドDR.をぬけて東口のミスドにいったら、正月の特別キャンペーンなのだろうか、人間の店員が総入れ替えされていて、全員犬になっていた。ダックスフントのピコちゃんが店長で、ミックスのエスタ、同ポチコたちが副店長、その他、名前不詳のセットランドシープ、ポインターのピーター、柴系ミックスのモックなどがいて、そろいのベージュのキャップをかぶり、シマシマのTシャツを着て、鼻で押す花柄の美しいワゴンでドーナッツやコーヒーを忙しく運んでいた。すこし犬くさいけれども、気になるほどではない。他の客もなんら違和感がないらしく、犬店員に話しかけたり触ったりしている。文庫本を読んでいたら、エスタに「お客様、コーヒーをおかわりなさいますか?」ときかれ、昨日まではたんに「おかわりしますか?」であり、それでじゅうぶん満足していたのに、それ以上の接客サービスをねらっているんだな、とおどろきつつ、明るいきもちになった。西口のマックには犬店員制がなく、不良高校生とボケ老人たちのたまり場になって荒れ放題であり、これではミスドの楽勝だな。▼ミスドをでて、ラ・ストラーダ・ヴェルデに歩を進めたら、とおりすがりの離脱性アカシジアの婦人に声をかけられた。やんわりぼくの内心をとがめているようだ。「ラ・ストラーダ・ヴェルデって、なんだかひびきが大げさよ。犬の糞だらけじゃないの。ケンフンドウと呼ぶべきよ。Sange is the glamorized expression that refers to Japanese soldiers dying in battle…」。飛躍である。だが、そうなのだ。ひとは大したこともないものに、大げさな名前をつけたがる。わるいことを美化する。flowery wordsってやつだ。「散華」か。ひどい言葉じゃないか。責任とれよ。トウネズミモチの樹の近くのベンチに、クララのお母さんが髪ふりみだして、ひとりで座っていた。かわいそうにこの寒いのに裸足だ。おもわず声をかけた。年始のあいさつもせずに。「お母さん、どうされましたか?先日、美容院にいらっしゃったばかりでしょう?」。クララのお母さんが答えた。「逃げてきたのよ。あの美容院たら、北極みたいに寒いのよ。わざと暖房をとめて、わたしを凍死させようとするの」。クララはどうしたのですかと聞いた。すると、あの娘はいいときはそりゃあすばらしいのだけれど、わるいときはねえ、根っからの嘘つきだし、心にいちいち棘があってねぇ、父親と組んでわたしを虐待するのよ…と嘆くので、コビトとしてはずいぶんよいほうじゃないですか、とクララをかばった。かばっているうちに、じぶんもなにか愚痴を言いたくなり、①元旦からずっとミスド通いであること②この9年、ひとに爪を切ってもらったことがないこと③じぶんで目薬を入れることができないこと――などをくどくどと嘆いて同情をさそった。お母さんは目に涙をためて、すぐにわたしの手をとり「かわいそうに。左手の爪が切れないのでしょう…」と呟きながら、ゾーリンゲンのすばらしい銀製の爪切りで、両手の爪をきれいに切ってくれ、「さあ、お顔をあおむいて」とおっしゃって、両目に目薬を2滴ずつ垂らしてくれた。じつに手際がよい。目を2、3回しばたたいて、おどろいた。白内障がなおっている。20メートルもはなれた大樹につけられた札に「ニセアカシアRobinia pseudoacacia」と書いてあるのが見えるのだ。わたしはなんどもお礼を言い、こんど虐待があったら、かならず連絡をください、と告げて、携帯の番号をおしえた。しばらくあるくと、サルスベリのまえにベンチがあり、マックスが見知らぬ女性と座っていたので、「はじめまして!長いこと連絡不行き届きで、すみません!」とお詫びした。マックスは「まあまあ、そんなにかたくならないで…」と手でわたしを制し、ところで、いつごろくるのかと聞くので、年内にはおうかがいしますと答えた。マックスは、でもワンちゃんはどうするの?と心配してくれたので、わたしは正直に「それだけが気がかりで…」とこぼした。マックスは、いっしょにきなさいよ、いいとこだよ。公園広いし。温泉もあるし。そうだ、みんなでオイチョカブしようよ、と言って笑った。トウカエデのまえのベンチには中平さんと南がいて、2人でスパスパ、タバコをすっていた。南が「ハーイ!ミンヘー、元気なの?」と言ってたちあがり、タバコをもったままわたしをハグしてくれた。南のからだは紙のようにペラペラしていた。中平さんは「いままさに、ユーフォリアですよね、ユーフォリア。根拠ゼロ…」と言い、e・u・p・h・o・r・i・aとスペルをひとつひとつ口にしてみせるのであった。わたしが、同感、同感、オータドーカンと応じたら、トウカエデの陰から突然、ぼっこちゃん、中川君、ほんちゃん、細田さんたちも次々に登場して、みんなで大笑いした。マグノリアの下で、たしかに見覚えはあるのだが、名前といっちしない女性たちが、じつに幸せそうにビールマンスピンやイナバウアーをしていた。それは自己満足のためではなく、相互理解と自己確認のためなのだ、とだれかいいかげんなやつが説明をしてくれたが、わたしはむろん信じはしなかった。だれがそんなことを信じるというのだ。かのじょたちがじつは、それぞれの陰核に小さな剃刀をはさんでいる、という嘘であるならば、心から信じることができるのに、なにか救われるのに、相互理解とか自己確認なんて、おお、いやだ、ウンコ以外のなにものでもなひ。ぼくはきのう見た、くだらなひ映画の、それだけはベストのセリフをおもひだした。「わたしたち愚かだったわ。よかった、愚かだとわかって…」(2014/01/03)

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ミルクの海.JPG

・エベレストにのぼった。麓のベンチで防犯監視員のじいさんが着ぶくれてあおむき、眠るか脳溢血死するか凍死するかしていた。通報せず。強風下、勇を鼓してマルホランドDR.を1周す。だれにも逢わなかった。ウクライナ人の性転換者(♂→♀)にも、チェコ人のオカマにも、双子のモルモン教徒にも。パトカーがきたので、こちらから近づいてゆき、窓際で、都公認の第2級ヨイヨイあるきをいつもよりもはげしくやってみせた。『メリーに首ったけ』の要領で。パトカー去る。アパートにかへったら、志位和夫様と市田忠義様ご連名の年賀状がきていた。どのくらいの枚数を配っているもんなのだろうか。15日から26回党大会なんやて。「自共対決」時代の本格的はじまりにふさわしい政治、組織方針をきめるんやて。さよか。駅で買うたクリームパン(105円)を立ったまま食ふ。クリームがおもったより少のうて、われ、いとどしく不満なれども、犬、下からみあげて「わちきにもひときれおくんなまし!ね、そこの若だんな、おくんなましな!」と、ブルブルふるへてせがむので、「君には、志位さんの気持ちがわかっとんのか、チェコ人のオカマの心がわかってんのか?テンノーヘーカのお気持ちがわかるんか、わかろうともしてないんやろ?」と咎めると、「なにゆうてますのん。ほんなもん、犬かてよーくわかってまんがな」と言うたので、ひときれあげるまえに、恒例の廊下ラン7回やっていただく。ひときれあげると、「あっ、クリームぜんぜんついてへんえ!これ詐欺ですやん、虐待や!」とさわぐので、ご近所のてまえもあり、クリームがわずかに付着した状態のひときれをまた食べていただく。▼結局ぼくは『サクリファイス』を、慎重に3度もみて、3度目に、いっしょにみていた犬も呆れるほど、声をだして笑ってしまった。笑ろた。白けましてん。犬は大まじめな性格やさかい、お笑らひにならんかってんけども。お狂いになったアレクサンドルがまとう和服らしき衣類(背中に太極マーク!浅草仲見世のみやげもの屋=プラスチックの寿司も売ってる=で買うたか?)、尺八(「法竹」とかいう)らしい和音階そして、きわめつきはあの「日本の木」なるものに力なく笑ろた。失笑。“奇跡の松”でしたっけね、あれのさきどりになるのでしょうかね、あのアホらしさに鼻白んじゃったわけね。なんていうんでしだっけ、スタジオジブリとかいふの、あれっぽくて、つまりどすね、毒にも薬にもならん、現状の批判的肯定てのか、しいて市民運動のレベルでいえば、せいぜいがんばっても国会を人間の鎖で平和的にかこむていどの、かへって手のつけられない、自己満足になってるんですもん、あかんですわ。核戦争のリアリティを、夢だとか魔女だとか「日本の木」だとかでごまかさんでほしひわ。ベルイマンの『恥』、クリス・マルケルの『ラ・ジュテ』のほうがまだマシ。タルちゃんてひょっとしたら、かなりのオプティミストだったんかもね。エンディング・クレジットはなんだっけ、えーと、そう、「希望と確信をもって」だった。なかなか言えるもんやおまへんでぇ。やれやれ。(2014/01/04)

SOBA:辺見さんが上記言及している『サクリファイス』と、『』と、『ラ・ジュテ』を以下でアップ。

 

辺見庸さんが私事片々(2014/01/06)、(2013/12/29夕)、(2013/12/30)、(2013/12/31)で言及していたアンドレイ・タルコフスキー監督『鏡』(原題:Zerkalo)です。

鏡(1975) 1/6〜6/6(日本語字幕
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9863922

埋め込みタグがないので1〜6を一つにしたのを
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 辺見庸さんが私事片々(2014/01/02)、(2014/01/04)で言及していたアンドレイ・タルコフスキー監督の『サクリファイス』(原題:Offret)です。

タルコフスキーのサクリファイス 1/8〜8/8(日本語字幕
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2026762

英語タイトルと配役、長いクレジットが出た後、始まるのは5分40秒から

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 辺見さんが(2014/01/04)で言及していたイングマール・ベルイマン監督の『恥』(原題:Skammen)です。僕は、字幕をオン、設定で字幕「英語」にし、字幕が読みやすいようにパソコン画面をフルにして見ました。ipadではPCよりももっと簡単。右下に3個のアイコン、漫画の吹き出しのような(形は角丸四角)の「字幕選択」「動画フロート」、斜め→←の「全画面」があるので、全画面にしてから字幕選択で(自動、スペイン語、フランス語、英語)選択する。

ipadの画面(↓クリックすると拡大)
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Skammen, 1968 [Multi Subs]
Wagner Sanford Channel
https://youtu.be/bZv9X8Y-aD8

2014/02/09 に公開

Embedded subtitles in English, Português, Español & Français.
_____________________________________
Original title: Skammen
Movie director: Ingmar Bergman
Synopsis:
Ingmar Bergman's psychological study of how humans react in a situation of war. The film takes place on Gotland, where invasion forces arrives.

 

 辺見庸さんが私事片々(2014/01/04)で言及していた、クリス・マルケル監督の『ラ・ジュテ』です。上映時間29分の短編SF映画、英語のナレーションが時々入りますが、仮にそれがなくても画像イメージだけで感じ取るべき映画と思います。

"La jetée" by Chris Marker
from www
https://vimeo.com/46620661

"La jetée" by Chris Marker from www on Vimeo.

ラ・ジュテ

(Wikiより)『ラ・ジュテ』(原題:La Jetée)は、1962年のフランス映画であり、監督クリス・マルケルによる時間と記憶をモチーフにしたSF映画。

近未来の廃墟になったパリで少年時代の記憶に取り憑かれた男の時間と記憶を、「フォトロマン」と呼ばれるモノクロ写真を連続し映す手法で描く、上映時間29分の短編映画。SFであるが、SF的な美術などは見られない。

1963年、トリエステSF国際映画祭グランプリ受賞。ジャン・ヴィゴ賞受賞。

 

 ついでに私事片々で辺見さんが言及していたアンドレイ・タルコフスキー監督の関連作品を以下4本アップしておきます。最初に僕の村は戦場だった

Ivan's Childhood (1962) pt. 1(英語字幕版
karimberdi
http://www.dailymotion.com/video/xz9vod_

Ivan's Childhood (1962) pt. 1 投稿者 karimberdi
公開日: 2013年04月24日
期間: 59:00

 

Ivan's Childhood (1962) pt. 2
karimberdi
http://www.dailymotion.com/video/xzblm9_

Ivan's Childhood (1962) pt. 2 投稿者 karimberdi
公開日: 2013年04月25日
期間: 31:57

(Wikiより)『僕の村は戦場だった』(ぼくのむらはせんじょうだった、原題: Иваново детство、Ivanovo detstvo、「イヴァンの子供時代」の意)は、1962年制作のソ連映画。アンドレイ・タルコフスキー監督の長編第1作である。1962年のヴェネツィア国際映画祭サン・マルコ金獅子賞受賞。表現の問題を巡ってイタリアの作家アルベルト・モラヴィアが批判を加え、フランスの哲学者サルトルが弁護をするなど話題を呼んだ。日本では、ATG映画 として公開された。

1と2を一つにまとめたのを、
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 アンドレイ・タルコフスキー監督の1977年惑星ソラリス

惑星ソラリス(日本語字幕版) 1/10から10/10まで
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2202085 

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SOBA:最初、小さすぎる様な画面で出て来ますが、40秒の所でロシア語映画表題『Солярис=惑星ソラリス』と始まり、長いクレジットが続き、2分46秒の所で再度映画表題が表示され映画が始まります。画面は横長、6分47秒の所で最初の日本語の字幕が出ます。 字は大きくて読みやすい。

(Wikiより)『惑星ソラリス』(わくせいソラリス、原題ロシア語:Солярисサリャーリス;英語:Solaris)は、アンドレイ・タルコフスキーの監督による、1972年の旧ソ連の映画である。ポーランドのSF作家、スタニスワフ・レムの小説『ソラリス』(早川書房版での邦題は、『ソラリスの陽のもとに』) を原作としているが、映画自体はレムの原作にはない概念が持ち込まれており、また構成も大きく異なっている。1972年カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞。1978年、第9回星雲賞映画演劇部門賞受賞。

 

 アンドレイ・タルコフスキー監督の1979年ストーカー

タルコフスキーのストーカー(日本語字幕版)1/8から8/8
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1840924

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(Wikiより)ストーカー(ロシア語: Сталкер、英語: Stalker)は、1979年のソビエト映画。ストルガツキー兄弟による小説『路傍のピクニック』を原作とし、アンドレイ・タルコフスキーが監督した作品である。

人間の本性と欲望、信仰や愛を通じての魂の救済を描く。『惑星ソラリス』に続くSF映画であるが、未来的な描写や派手な演出は全くと言っていいほどない。実際、この映画においてSF的設定と言えるのは、冒頭の“ノーベル賞受賞者ウォーレス博士がRAI記者に語った言葉”を示す短い字幕だけである。これは、タルコフスキーが最初に原作に注目し、副収入を得るべく“他の監督のために”脚本化してもいいと考えた1973年初めから、彼自身にとって“最も調和のとれた形式をとりうる”構想と見なし始め、“合法的に超越的なものに触れる可能性”を見出し始めた74年末から75年初め、そして2度の撮影を経て最終的なヴァージョンに至るまでの間に、タルコフスキー自身の構想自体が大きく変わった結果である。

 

 アンドレイ・タルコフスキー監督の1983年ノスタルジア

Nostalghia(日本語字幕版) 1/6から6/6
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9864730

埋め込みタグがないので1〜6を一つにしたのを
Sサーバーにアップ ←MediaFireに保存。MediaFireはPCでは使い辛くなったのでipadを推奨。ipadで左記リンクをタップするとSafariの別頁が開き「Download(…MB)」の表示が出るのでタップする。黒い画面に変わり20秒から40秒待つと再生開始(時間帯、夜間は回線が混むので駄目

ipad ←ipadの他、カバー等も AMAZON

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(Wikiより)『ノスタルジア』(Nostalghia)は、ロシアの映画監督アンドレイ・タルコフスキーが1983年にイタリアで製作したイタリア、ソ連合作映画。第36回カンヌ国際映画祭創造大賞。

タルコフスキー監督はこの映画の制作においてソ連から出国し、完成後に亡命した。主人公のアンドレイ・ゴルチャコフはタルコフスキー自身と解釈されている。

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