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2014年8月24日 (日)

辺見庸 (日録17)私事片々 2014/05/14~と、(日録18) 雑談日記Archive

 辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。

 

 以下、日録の18と17。

2014年05月21日
日録18

私事片々
 
2014/05/21~2014/05/27 
http://yo-hemmi.net/article/397538220.html

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グラスと水.JPG

・敵か味方かわからない。アホか利口かわからない。悪意か善意か無意識かたんなる習慣かわからない。ボケかボケたふりかわからない。本気か冗談かわからない。新聞がなんのために発行されているのかわからない。狂っているのか狂っていないのか、両者の区別もなくなったのかわからない。怒っているのか怒ったふりか、じゃれているのか、わからない。戦争をやる気か、戦争に反対なのか、どちらでももうかればいいのか、わからない。未来に展望があるとおもっているのか、おもっていないのかわからない。いわゆる右翼か左翼かわからない。いわゆる左翼くずれか公安の手先かわからない。クッカジョンボウォンの協力者なのかMossadの内通者かわからない。新聞記者か警察の手先かわからない。NHK幹部か内調の手先かわからない。真犯人か偽犯人かわからない。オチンチンか腐ったゴボウかわからない。警察かナンチャッテ警察かわからない。耳かグローブかわからない。目なのかケツのアナなのかわからない。口なのか蓋のひらいた赤いマンホールなのかわからない。いわゆるビラビラなのか干からびたアカガイなのかわからない。グオチアアンチュアンブ―のスパイか友好事業者かわからない。首相がきわめつきの低脳ウルトラナショナリストか、ただの能なしナショナリストか、フツーのバカかわからない。「きわめつきの」と「ただの」の区別がわかっているのか、わからない。副首相がサルだかヒトだかわからない。見わけにくい。防衛大臣の目がもうイッチャッテルのか、まだ最後まではイッチャッテナイのか、これからア、ア、イッチャウのか、わからない。卑しいと卑しくないの差がわからない。暴力団員か国会議員かわからない。いまどき保田輿重郎をかばう新左翼くずれの老人の真意がわからない。保田輿重郎の文章をつらぬく天皇制イデオロギーの美化を、平野謙はなぜ軽蔑できなかったか、なぜ「なにかしらこわかった」のか、わかるようでわからない。コビトがわからない。二股膏薬がわからない。なにをしたいのか、なにが見えているのかわからない。これがいつまでつづくかわからない。いまが譬えようもなく異常な時代なのに、みながそうではないそぶりをしているのは、わかる。わたしもそう遠くないさきに、視界が濃霧の海原のようにかすむだろうこともわかる。きのう、ニュージーランドのシカのひずめ1個(800円)がとどき、犬がしゃぶりつき、近づくとウーウー唸って威嚇したわけも、とりあげて冷蔵庫にいれたら、犬があっさりあきらめたわけも、なんとなくわかる。けふ、コビトとデータをもらいに病院に行った。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/21)

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スカイ.JPG

・「人格権」……人間存在やその尊厳とわかちがたい諸権利の概念であり、憲法13条後段の「幸福追求権」からもみちびかれる基本的人権のひとつである。人格権は本来、私法上の権利だというけれども、「生存権」とともに、私法、公法のべつない普遍的概念であるべきだ。福井地裁判決は画期的というよりも、しごく「まっとう」なのである。たまにまっとうなことを言うと、びっくりされ、大騒ぎになり、わざわざ画期的と称されるほどに、この世はあまりにもまっとうではない。判決の要諦は、原発の根本的不可能性の指摘にある。しかし、トルコとUAEへの原発輸出を可能にする原子力協定が、自民、公明、民主各党の賛成多数で承認されたばかり。政府は原発を「重要なベースロード電源」と位置づけ再稼働路線を鮮明にしている。この国の権力者は、自国だけでなく他国の住民の人格権までおかすのをなんら恥じていない。エベレストにのぼらなかった。ブルーノ・シュルツ「ネムロド」。(2014/05/22)

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テントウムシ.JPG

・マルホランドDR.で一匹のテントウムシに逢った。ナミテントウかマクガタテントウかわからない。しかしだ、テントウムシにとって、そんなことは結局どうでもよいのだ。テントウムシじしんとしては、かりにテントウムシではなく、テントウマムシと呼ばれたってべつになにも困りはしない。マルホランドDR.の脇の暗く冷たい秘密地下隧道をとおってダフネ1号店に行く。放射状になったこの隧道をあるくのが、鯨の臓器のなかを巡っているやうで好きだ。隧道の階段をのぼって、裏口から店に入る。コビトとひいちゃんモバQがいたので、どうも気になり、小川さんとファクしなかった。ひいちゃんによくおもわれたい、というある種の見栄がはたらいたにちがいない。小川さかゑさんはファクしなひと知るや、にわかにとり乱し「などてかくはかなき宿りはとりつるぞ、おまはん、などてショートファクせんのや、あやまれ、クソジジイ、ここで土下座せんかい、われぇ!」と、客の耳もはばからずにわめきちらし、わたしをなじった。わたしは堪えた。さかゑさんにペコペコ詫びた。ひいちゃんたちの目を気にして、トイレで密かに土下座した。さかゑさんは這いつくばるわたしを跨ぎ、赤いスカートをまくりあげて、オシッコをかけようとした。わたしがファクしないだけでなく、コビト夫婦に遠慮していることが、よほどしゃくにさわったのだ。その心理はわからないでもない。ハエのように手を擦りなんどもお願ひすぃて、今回はオヒッコかけを免除してもらう。「ジジイ、つぎは飲ませるからな……」。さかゑさんが声をひそめてすごみ、口の端をゆがめて残酷に笑った。身障老人はじっと堪えるしかない。生きるとはそういふことだ。さかゑさんにだって言い分はあるのだ。とまれ、下品で乱暴なことは嫌ひだ。かへり、隧道をでると、陽がさんさんとふりそそぎ、葉っぱのうえのテントウマムシが消えていた。わたすぃは静かにエベレストにのぼった。ペインクリニックに行くことを決める。「生活と自治」の連載原稿を送った。(2014/05/23)

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まだ花のないサルスベリ.JPG

・廃屋の庭にある地下隧道入り口が、けふは封鎖されていた。なにかあったのだらうか。その問いじしんがおかしひ。地下隧道ではなんでもある。自殺、暗殺、レイプ、集団リンチ、逃亡、尾行……。そのための地下隧道である。ヒトといふ種の主体意識は、すでにボロボロに解体され、守るべき規範など、権力者はあるかのように言うけれども、すでにまったくどこにもないことは、クソのやうな脳みその権力者だって承知している。ヒトはたんに現象でありもはや本質ではなひ。まがりなりにもまともな脳みそというものをもった者は、とうに狂っているか、いわゆる正気よりも、狂気を肯定している。そうでなければ、歴史と資本のあられもない暴走に堪えることなどできはしなひ。暑いけれども、上をあるくしかない。カメがコトコトとついてくる。背甲の色が褐色がかり、薄茶の格子のあるヘルマンリクガメが、わたしのあとを、のろのろとついてくる。サルスベリが鬱蒼としげっている。花はまだだ。狂気の花の爆発。それをずっと満をじして待っているのだ。ダフネの1号店にするか2号店にするか少し迷ったが、昨日のこと(土下座)が胸に尾をひいていて、吸いこまれるようにして1号店に入る。カメも店に入る。メニューに「初夏のお勧め!滋養強壮と物忘れに、カプリチョーザのトマトにんにくパスタ・活タマホコリカビまぶし(1日20皿限定)税抜¥850」とあり、写真をみると、ただのトマトにんにくパスタであり、どこに活タマホコリカビがまぶしてあるのかわからない。首をかしげていると、けふはライトブルーのワンピースの小川さかゑさん――いささか宗教的事情もこれあり、これまでさかゑさんの容貌にふれたことがなかったが、頬骨がたかく、はっきり言って小川知子似である。カラオケボックスで「ゆうべの秘密」をさかゑさんがうたうと小川知子とまったく区別がつかなくなる――がやってきて、テーブルの角に股のあたりをつよく押しつけ、「‘活タマホコリカビまぶし’がわからなひと言ふんでしょ?知りたひ?」と問う。トイレで1発ジャストショートファク、オイドからしばいてくれはったら教えたげる、というので、幸いなことに、コビト夫婦もいなひことだし、ふたりしてトヒレ直行、ノーパンだったので、ケツから速攻ショートファクしばく。「なんかワヒセツなこつ言うてぇ!はよ、ヒワヒなこつ言うてぇ!」とせがまれるも、心ならずもただクソ長く、じつにくっだらなひズィンセイ(人生)をここまで徒におくってきたのである、たいていのこつはしゃべりつくし、よほどのナンセンスもすでにほとほとやり飽きているので、出し入れ(抽送…死語か?)しながらのおもいつきで、「活キンタマホコリカビ××コまぶしだ、さかゑのばかやろう!」とさけぶや、さかゑさん、わりとかんたんに昇天。「身障高齢者(但し要介護2以上)割引き適用+さかゑさんの個人的ご好意により1500円にまけてもらふ。すっきり。トイレをでたら、「カプリチョーザのトマトにんにくパスタ・活タマホコリカビまぶし」がきた。まぶすもなにも、タマホコリカビってやつがさっぱり見へない。味も、こりゃただのトマトにんにくパスタじゃあなひですか。ライトブルーのワンピのさかゑさん、わたすぃとパスタを見おろし、いやにしんみりと言ふ。「ヒトの感覚スケールでは、あたすぃの陰核やあなたの痔核は見へても、タマホコリカビという原核は見へなひのよ……」。原核生物はnm、真核生物はμm以上で、光学顕微鏡の分解能がおおむね2μmであるからして、光学顕微鏡で見られるものは真核なのだとか。陰核、痔核、原核、真核……。ううう、わからなくなる。タマホコリカビは、栄養が豊かにあれば単独で行動し、食いもんがなくなると集合して群生し、まるでひとつの生命体のやうにふるまう。そのことが「まことに身勝手」だとか、「短絡」だとか「血も涙もない」などと言えるだろうか、いや、言へなひ。つまり「これはたったひとつであるのとどうじに、多数のものというわけなのよ。タマホコリカビって、植物でもあり動物でもあり、胞子から発芽もすれば、またあるときには、エッチつうか有性生殖もこなすし、〈自己〉でありながら〈他者〉でもあるのよ……」。おもふに、それはすなわち、死と生の界も、有と無の境界も曖昧で不分明なのではなかろうか。いまや無残に解体された人間主体のやうに。したがって、宇宙でこれしかない真性で純粋で唯一無二のタマホコリカビを想定し、そうであると決定することじたいが不可能で無意味あることをしめすのであるのだな……とおもふうち、わたしは勝手に感に堪へなくなり、再びムラムラとしてきたので、さかゑさんにこのさい、もう一発、有性生殖ぶちかましまへんかぁと申しむけると、かのじょ「ほいきたちょうさん、まってたほい!2発目以降はただでよかとよ。ほなら、やったれ、いてまへ、いてまへ!」とか応じるさま、いとあさまし。このたびは便座を活用した座位にて、はげしくバコバコし、そのさなかにわたひコビト夫婦の悪口をさけびたくなりつるを、さかゑさんにかるくたしなめられ、「語るにあたひせずよ」と耳打ちするさま、いとただ者にはあらざりけるにや。「それよっか、いく(come)ときは〈すめらぎいやさか、ばんざい、ばんざい、ばんばんざーい!〉て、いっしょに心をこめておもいっきりさけびましょうね。けふはなかだしOKよ」と提案されたため、ふたりして、腰うちふり「すめらぎいやさか、ばんざい、ばんざい、ばんばんざ――い!」と3回さけんで3発果てたのであった。あ。さかゑさんは、よくかんがへれば、とっくに×ンスあがっているのだから、とくにありがたがることもなかったのではあるが、とまれ、いやさか、めでたかった。エベレストにのぼった。足下を見たらカメが亀頭をのばしてわたしを見あげている。そのとき、さかゑさんからメール。「グッド・ファクありがと!そのリクガメはジョジョ♂というの。かわひがってね!」。帰宅するなり、犬がジョジョを見て大興奮。たちまち友だちになる。1個96円のクリームパンを食す。ジョジョにコマツナ。かつて侏儒がつかったこともある端の部屋をジョジョの居室とする。青いソファと机は業者にひきとってもらう。両方あわせて5000円。ジョン・ルイスのバッハはおそろしく安っぽく、くだらなかった。BGMには、まあ、よひ。(2014/05/24)

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薔薇クローム.JPG

・ジョジョとエベレストにのぼった。麓のベンチに、伊藤律(1913~ 1989)さんに鼻筋といい横顔といいそっくりの老人がひとりすわっていて、ゆったりとタバコをくゆらせていた。濃いサングラスをかけ補聴器をしている。わたしは隣にすわり、おもいきって声をかけてみた。「人間ってなんですか?」。老人は、おほほほほほ……と、顔をハナミズキのほうにむけたまま、口にかるく手をあてて、かん高い声で笑った。おかしくてしようがないという笑い。北京で耳にしたのとおなじ声だった。あのとき、なんとはなしにお公家さんのようだな、とかんじた声。老人はまだ艶をうしなっていない声音で答えた。「ムシではないですか。虫……。おほほほ」。三船留吉や今井藤一郎をまだおぼえているか、問うた。はい、おぼえております、と老人はすぐに答えた。共産党入党を誘い推薦したのも、官憲に逮捕の手引きをしたのも、両人だとものの本で読んだことがある。2人はもともと特高のスパイだったのだ。文化大革命後の1979年、中国は喬石・元共産党中央政治局常務委員の決断で伊藤律の釈放を決定したが、わたしの中国からの国外退去処分も、指示したのは喬石だったという。かつて北京機関が存在した当時、日本側との窓口になっていた日本語のたっしゃな趙安博が「野坂参三や袴田里見から伊藤律を殺すよう依頼された」と、1998年になってから告白したときには、ほんとうに仰天したものだ。歴史は煮こごりのように崩れている。スパイ、二重スパイ、裏切り者、変節漢、卑劣漢、内通者、転向者、二股膏薬だらけですね、とわたしは言った。老人は「虫ですから……」とつぶやいた。杉浦明平は記憶にあるか訊くと「はい、一高の同期でした」と言う。杉浦明平の日本浪漫派罵倒は胸がすく、とても痛快だ、とわたしは本音を告げた。吉本隆明よりもよほど明快だと。杉浦は日本浪漫派こそ「東洋的ファシスト」「ペテン師」「詐欺師」「たいこ持ち」「オベンチャラ」「帝国主義その断末魔の刹那のチンドン屋」と言いはなった。そのとおり!いま、その子孫たちが、いい調子でうかれている。杉浦は書いた。「われわれは自分たちの力、自分たちの手で、大は保田(輿重郎)とか、浅野とかいう参謀本部お抱えの公娼をはじめ、そこらで笑を売っている雑魚どもを捕らえ、それぞれ正しく裁き、しかして或るものは他の分野におけるミリタリストや国民の敵たちと一緒に、宮城前の松の木の一本一本に吊し柿のように吊してやる」。死刑反対ですけど、これ、好きなんですよ、ぼく。いまも首相官邸お抱えの公娼(記者、作家、学者、評論家、芸能タレント)だらけですから……。ぶつぶつと言っていたら、いつの間にか、伊藤律さんは、おほほほほほ……の笑い声だけを残してベンチから消えていた。伊藤さんのいた場所には、ヘルマンリクガメのジョジョがいて頭をもたげていた。あ。さかゑさんとファクしなかった。虫って、シデムシ(埋葬虫)のことだらうか。(2014/05/25)

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・げんざいの権力というものには、暴力の中心(核)があり、アベやイシバのように、個別人格的なものなのであろうか。権力が個別人格なら、個別人格を撃てばよい。だが、おそらくそうではないであろう。権力の様態はいま、非人格的で非人称的なのであり、固定した実体的司令部=センターはあるようにみえて、ない。言うならば、権力とは、とくにいまの権力は、「巨大な海綿のようなもの」ではなかろうか。「すべての倫理、すべての正義を手軽に吸収し、音もなく存在している巨大な海綿のようなもの」とは、敗戦後間もない1948年に武田泰淳が「滅亡」についてかんがえたときに浮かんだ形象らしい。が、この滅亡の心的形象は、反転させると、見事なまでに権力の本質となる。「すべての人間の生死を、まるで無神経に眺めている神の皮肉な笑いのようなもの」とも武田は書いた。海綿のようなものは、アベやイシバのように、外側にいるチンケで「危険な他者」として容易にかたづけることのできない、自己に内在するどこまでもapatheticで、もろもろに腐ったスポンジのような心性にもかさなる。第3次大戦はむろんあるだろう。その根拠は、事前ではなく事後に説かれるのだ。さももっともらしく。「何のための、どこへ上るとも知れないリフトが、忙しく上下する。町があるのではなく、町が走っている。なにひとつ、とどまっていない」(「四月、ある愛の物語」)。街だけでない、歴史もそうだ。歴史があるのではなく、歴史がしきりに走っている。理由はとくにない。なにひとつ、とどまっていない。どこかで金属の焼けこげるにおいがする。クレーンがゆっくりとたえまなく上下している。戦争がくるのではない。それはもうはじまっている。歯医者→純喫茶・朝路(オムライス+コーヒー、陽子ちゃんお休み)→エベレストにのぼった。病院の向井君(お母さんつきそい)から電話。ジョジョにセロリ。犬とクリームパン食う。ヤルゼルスキ氏に会ったときのことをおもいだす。老いてゆく空気のにおい。窓のそとの街の音。まどろみ。(2014/05/26)

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・「ファシズムはいまだ『新秩序』を約束するのをやめていない」と、1972年に記したプリーモ・レーヴィは、どうじに、「この怪物を産みだした子宮(ゲベーアムッター Gebärmutter)は、いまだ健在である」というブレヒトの言葉を引用してみせたけれども、これは大戦終了後だけではなく、70年代当時も有効で、いまはおそらく、もっとも至当な警句である。ただし、注意しなければならない。「怪物」とは、ゲベーアムッターの肉色の闇にあったときから先天的に怪物なのではなく、後天的にそのようになる、ごくふつうの者なのであり、ごくふつうの者こそが、ただごくふつうであるがゆえに、ファシズムを熟成させてゆく。フランスだけでなく、世界各地で極右・ナショナリスト政党が勢力をのばしている。ここ、豊葦原の千五百秋のみずほの国においても事情はおなじ。民族排外主義もおなじ。いつの間にやら戦闘モード。あまつさえ、空自パイロットOBを予備自衛官にするのだという。きたるべき有事に招集するためだ。ほーら、やっぱり、きたきた、いよいよ予備役組織だ。予備自衛官に任命された者は、宣誓書に署名捺印をすることが義務づけられる。宣誓書は言う。「私は、予備自衛官たるの責務を自覚し、常に徳操を養い、心身を鍛え、訓練招集に応じては専心訓練に励み、防衛招集、国民保護等招集及び災害招集に応じては自衛官として責務の完遂に努めることを誓います」。ファシズムはアメフラシのように無意識である。ファシズムは雌雄同体であり、無数の個体がつながって交尾する。世界的な「連鎖交尾」である。ダフネ1号店にいく。さかゑさんお休み。ファクもお休み。帰り、エベレストにいくも、幼稚園児らに占拠されていたため、登攀断念。ジョジョ、犬とクリームパン。夜、フォー屋。肩痛。(2014/05/27)

 

2014年05月12日
日録17

私事片々
 
2014/05/14~2014/05/20 
http://yo-hemmi.net/article/396858354.html

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絶壁3.JPG

・自明とされ、だれもがよく見なれた現象=〈いま〉を、根もとからくつがえす視力なしに、集団的自衛権行使容認のプロセスを断つことはできない。自明とされ、よく見なれた現象とは、よくよくかんがえれば、〈わたし〉じしんでもあり、それぞれが〈わたし〉を転覆する持続的意思なしには、この流れを阻むのはむずかしいだろう。多くの者は、このうごきに、ほとんどあらがわずして諦め、あらかじめ断念している。石原吉郎もよくつかった「断念」は、だが、おもえばずいぶん怪しい言葉じゃないか。「断念」は、抵抗よりも、この国の湿土に受けいれられやすい。そうこうするうちにも、新たな戦前がきている。新たとはいっても、「総力戦」が戦われた1940年代への過程とどこか相似する点でも、「現在の戦前」は、ひょっとしたら、「かつての戦前」から途絶えずにつづいている黒い川の流れではないかとさえおもう。断絶はあるようでいて、結局、なにもなかったのだ。憲法第9条がいよいよますます死文化させられる。政権は憲法第9条を笑いものにしている。土足で蹴飛ばしてヘラヘラ笑っている。断念どころではない。飄逸どころではない。「知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリストの転向からはじまる。/テーマは改憲問題」(丸山眞男『自己内対話』[1956年の手帖より])。これも、もう過去形で語られなければならない。これまでいくたび引用してきたことか。引用のたびごとに、警告が重みをなくしていった。転向、知識人、新聞記者、ジャーナリスト……という言葉は、すでに、なにごとも意味しなくなった。干からびた犬のクソ。「よろこばしい破滅を待っているかのような、不安に満ちた賑わいがあった」(「蜘蛛の巣」池内紀・訳」)。エベレストにのぼった。(2014/05/14)

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・「すべてはわかっている。言うまでもない。……小さな、笑うべきひとことに世界がある」。からだが攣っている。8月2日の講演を中止することにした。主催者に電話でお詫びした。ひどい日だ。さやかに見えたものが、けふは曖昧な腰つきになり、どろっとくぐもっている。じぶんには責任がないとだれもがおもっている。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/15)

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・「はっきりとした意識をもつようになるまで、かれらは決して反逆しない。そしてまた、反逆してはじめて、かれらは意識をもつようになる」。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/16)

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・Mは言う。「在るから問題なのではない、じつはなにもないのだ。なにもないものを覗くぐらい怖いことはない」。ひと呼吸して語をつないだ。「だから、だれも、ないものを覗かない…」。聴きながらおもう。それは、なにもしない者が、おのれを無意識にかばう言い訳じゃないのか。nobody、nothingのせいにするなよ。過日講演を要請してきた(わたしはいったんはひきうけ、なにか気になり、結果的に断ったが)団体が主催する催し物を、県教育委員会も産経新聞も、もちろん朝日新聞も後援しているのだそうだ。たしかに、じつはなにもないのだ。労働歌や反戦歌をうたった同じ口で、キミガヨをうたってきた戦後の、これが摩擦なき平仄。からっぽの階調。恥なき和合。「戦争は平和なり/自由は隷従なり/無知は力なり」はいま、ますます真理である。LSV→オンブルヴェール。エベレストにのぼらなかった。視床痛。(2014/05/17)

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マロー.JPG

・ダフネ1号店で「ペンネとイモムシのなんちゃってトマトソース」(不味い!)を食べていたら、すぐよこのカウンターにいた小川さんからメール。「トイレでサクッとショートファクしませう さかゑ」。大排泄ブースで待つことしばし。シンクロナイズドスイミング用のピンクのノーズクリップをしたさかゑさんがあらわれ、「せっかくだから大漁唄い込みうたいながらしましょ」と、ビイビイ鼻声で言うので、とくに逆らわず、エンヤードット、エンヤードット、トコドッコイ、スットコドッコイ、アコリャコリャ……とたがいに間の手入れあいながら、した。ピンクのノーズクリップがポチャンと便器に落ちた。身障割引で2000円。要介護2にしちゃ大したもんだわ、とほめられる。気をよくし、エベレストにのぼった。(2014/05/18)

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テーブル.JPG

・文芸評論家の阿部浪子さんからメール。「日録16」の5月6日付で、小林多喜二は小林秀雄がこの講演をした前年に官憲の手で虐殺されたのだった……というくだりは、小林秀雄の「大東亜文学者大会」における講演が1943年8月で、多喜二が虐殺されたのは1933年2月だから、10年ちがいますよ、というご指摘。まったくそのとおり。訂正する。わざわざ「小林多喜二(1903-1933)」と記しておきながらなぜこうしたまちがいをしたか、すぐにはおもいあたらず、ただ絶句、赤面。脳出血後、時間感覚がおかしくなった、という自覚はあるものの、錯誤のありよう、原因ははっきりせず、ああ、えらいボケたもんだな、ひょっとしてニンチかな、進退ここにきわまれりだな、の感いとどし。脳出血で倒れたときも、あれは2004年だったのに、なぜか2002年とばかり頑固におもいこんでいた。そのころから、いや、もっと前から、頭がどうもおかしいのである。コビトに言わせれば、わたしの記憶には奇妙な点がすくなくないが、とくに時系列にいちじるしい乱れがあるよし。もはや否定のしようもない。阿部さんのメール(語調やさしく、すくわれる)には、わたすぃとダフネ1号店の小川さかゑさんとの「交友」ぶり、犬や「コビトさん」のことも読んでいるとあり、じぶんが書いたことなのに、いまさらあわてる。このブログは、わたひといふ頭のイカれた男の一方的譫言であり、である以上、読者がだれか、読者がどれほどいるのかをまったく承知していない。ので、反応もほとんどない。ときどき、コビトやオオタニさんやさかゑさん、バフェラ女史(ダフネ2号店・新店長)らから、主として抗議や軽蔑表明、絶交宣言の連絡があるていど。それらもほとんど無視して譫言をつづけてきた。こんごともその方針でゆきます。けふ、デイケアセンターの資料を見ていたら、「当センターは①人権を守ります②否定語をつかいません③指示語をつかいません」の「3つの誓い」ってのがあり、口あんぐり。行くのをやめる。コビトが「薄気味のわるい世の中」と言っていたのはこれかとおもふ。で、すぐさま「5つの誓い」を妄想する。「当センターは①人権を守ります②否定語をつかいません③指示語をつかいません④利用者様の生爪を剥ぎません⑤利用者様をぶん殴りません」。犬、トリマーさんへ。帰ってから、いっしょにクリームパンを食う。エベレストにのぼった。夜、とつぜん、右のキンタマ(コーギャン)の皮がヒリヒリ痛くなる。タマなし犬が寝そべったまま、「あなた、タマ痛ひの?」と訊くので、「右側のタマの皮が痛むのです」と答えたら、犬、オーバーに首をかしげた。橋川文三『日本浪漫派批判序説』再読。学生のときは、わかったふりをしていたが、よくわかっていなかったことが、わかった。ケーシー・タカミネの漫談を聴いて声だしてわろた。犬が露骨にいやな顔をした。(2014/05/19)

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・集団的自衛権行使容認のうごきをめぐり、「だれが愛国者か、救国者か、棄国者か見きわめよう」という、昔日も聞いたことのあるようなバカな議論が一部にあるよし。でてきたか、やっぱり。だれが愛国者か、救国者か、棄国者か……の問題のたてかたじたいが、おそろしく怪しい。危ない。集団的自衛権行使容認と9条死文化を、各人が各所でどのように拒み阻むかという問いと、それに沿うた身ぶり、発声のありようこそが、省察にあたいする。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/20)

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完全版 1★9★3★7 イクミナ (上) (角川文庫)
完全版 1★9★3★7 イクミナ (下) (角川文庫)です。


  

辺見庸さんの『増補版1★9★3★7』と、
堀田善衛さんの『時間』(岩波現代文庫)です。 


  

辺見さんの『1★9★3★7』(イクミナ)です。 


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