辺見庸 (日録19)私事片々 2014/05/28~と、(日録20) 雑談日記Archive
辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで。
以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。
以下、日録の20と19。
2014年06月03日
日録20
私事片々
2014/06/04~2014/06/11
http://yo-hemmi.net/article/398605864.html
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・レニ・リーフェンシュタールがすごい長生きだったことは知っていたが、101歳まで生きていたとは!1902年生まれだから、20世紀のほぼ全期間を生きた。また「意志の勝利」みる。問題は、かかって、実際の時間に生起したできごとを、そのときにどう見つめ、どうかかわるか、かかわらないか、なのだ。あと知恵でかたるのでなく、実時間の完全包囲下で、どんな発声をし、立ち居ふるまいをするか、なにを予感するのか。ロート「蜘蛛の巣」(1923年)の他と比較しようもないほどの圧倒的なすごみはそれだった。わたしたち(わたし、犬、コビト、ジョジョ)は、ソファに大きい順に一列にならんで「意志の勝利」をみた。犬とジョジョは10分ほど居眠り。ニュルンベルクで1934年9月4日から6日間行われた国家社会主義ドイツ労働者(ナチ)党第6回全国大会の映像は、20世紀のおびただしい有名ホラー映像のなかで、〈屍体を写していない部門〉のかなり上位に入るだろう(byコビト)という。たしかに、と言うのもおかしいが、1935年のベネチア・ビエンナーレで金メダル、1937年のパリ万博でグランプリを受賞。実時間とはかくのごとしだ。「意志の勝利」を、当時の公認文化エリートたちはむろん「ホラー」とはみていなかったのである。満州事変(1931年)を小林秀雄ら日本の大半の知的エリートたちがまったく異常とはみなさなかったように。しかし、こうしてあらためてしげしげと「意志の勝利」を眺めていると、ひとそのものが、わけもなく不気味にみえる。ホラーだ。ひとというのは、ほんらい、すさまじく不気味な生き物なのだ。皇居前広場だって似たようなものじゃないか。天安門広場だって、ピョンヤンの集会だって。甲子園だって。ワールドカップのサッカーだって。くもりない目がゾッとする。はじける笑顔がきもちわるい。ひとはザックザックと行進したいのだ。バンザイ、バンザイと唱和したくなるのだ。声をそろえてうたいたいのだ。優越感にひたりたい。叫びたいのだ。讃えたいのだ。罵りたいのだ。貶めたい。侮蔑したい。だれかをきびしくはげしく罰したいのだ。わけもなく集まりたいのだ。興奮したいのだ。怒りたい。決めつけたい。断定したい。糾弾したい。排斥したい。ボコボコに殴りたい。抱きあいたい。泣きたい。酔いたい。なんだかイッチャイたいのである。無意識に死にたがっているのだ。奇妙な幻想。「意志の勝利」の演説者、行進者、群衆が、こともあろうに、みなネットの闇社会から飛びだしてきたモッブみたいに見えてくる。「……われわれを不安にさせることは、全体主義運動が知的エリットや芸術的エリットに疑う余地のない魅力を揮うことである。われわれの時代に重きをなしている人々の驚くべき多数が、全体主義運動の共感者もしくは正式のメンバーであるか、あるいは生涯の一時期にそうであった前歴を持つかしているということは、彼らの世間知らずとか純真さとかで説明のつくものではない」(『全体主義の起源』大久保和郎・大島かおり訳)と、アーレントがしごくもっともなことを書いたのは第二次大戦後だ。わたしはひとびとの顔を見る。ひとつひとつの表情。飽きない。ヒトラーの顔、ヒムラーの顔、ゲッペルスの顔、ヘスの顔、行進者たちの顔、群衆の顔、顔、顔……。それらはかならずしも、ほとんど、あるいはまったく、「アブノーマル」ではないのである。「アブノーマル」はあと知恵である。醒めて見れば、それらはフツウである。ヒトラーの顔なんざ、ヤーパンの「戦争ごっこ大臣」Oのように、どこからどう見ても、いかにも小物っぽい。安っぽい。しかし、フツーで小物っぽい男ほど怖いものはない。瞬時にしてホラーの主人公になる。モッブにとってはひたすら「絶対感情」が大事なので、絶対感情をよせる権力者や象徴が、大物か小物か、アホか利口か、屑かお宝かなど、どうでもよいのである。ともあれ、「第二次世界大戦後のヨーロッパの状況は第一次世界大戦後と本質的には変わっていない」(アーレント)。恐るべき反復である。ロートはユダヤ人作家のなかでもずいぶん例外的な、人間と歴史の自明性をまったく信じない、つよい視力をもっていた。21世紀は20世紀よりもはるかに多くのひとを殺すだろう。20世紀が19世紀よりも、あきれるほどそうだったように。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/04)
SOBA:辺見さんが『ロート「蜘蛛の巣」(1923年)』と書いているのはヨーゼフ・ロートのDas Spinnennetz (1923)(『蜘蛛の巣』)。上記、辺見さんが言及している「意志の勝利」を末尾に採録(クリックで頁内ジャンプ)
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・「それは一九二六年八月二十七日午後四時のことだった。……彼ほど余計な人間はこの世にいなかった」。と、書いたひとがいた。そのことは、「それは二〇一四年六月五日午後四時のことだった。……彼ほど余計な人間はこの世にいなかった」ということとはまったくちがうことであるだろうに、目眩がするほどおなじことにおもわれるのは、「彼ほど余計な人間はこの世にいなかった」という時空をこえた言いきりかたに、ストンとじぶんをかさねることができるからだろう。「彼(じぶん)ほど余計な人間はこの世にいない」とかんじる以上に本質的な存在感覚はない。無用者の絶望的矜持。探すともなく求めている言葉と情景は、こんりんざいないのではなく、たぶん、神さまのような作用によって、じぶんのなかかじぶんの外の、どこかにうまいこと隠されていて、すぐに見つかることもあれば、死んでさえ出逢えないこともあるのだろう。どうにもいたしかたのないことだ。どんなに熱したにせよ、すべて渙散しないものはない。消散しつくしたかにみえても、またぞろ集合し爆発的に熱するものもある。これからは後者の反復にちがいない。西口ミスドに行った。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/05)
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・「歴史的瞬間」(historical moment)という、ずいぶん巨きい言葉をしばしばもちいた。だが、あまり本意ではない。そのようなmomentがほんとうにあるものか、ぼんやり疑ってもいる。ハナ・アーレントの母マルタが娘に、「これは歴史的な瞬間よ!」と叫んだというのは、1919年はじめに、スパルタクス団がゼネストを決行したときといわれ、マルタの気持ちはそれはそれでわからないでない。ただ、歴史的瞬間という一大閃光めくものやスペクタクルの最高潮のような光景が、歴史のすべてを決するかといえば、はて…と言いよどむ。渡辺京二さんが相当以前にこんなことを書いていた。「考えてみれば、歴史に線としての切れ目がはいるはずがない。時代が区分されるとすれば、その区切り目は幅としてあらわれるはずである。その幅とは、すなわち転形期である」(「或る時代の終わり(一)」『ことばの射程』葦書房1983年)。なるほどな、「幅」か。ドイツ革命もワイマール共和国成立もナチスの政権獲得も、満州事変も真珠湾攻撃も、それぞれの熟成と爆発、瓦解までにそれなりに長期の時間幅を必要とした。新たな歴史的瞬間が生起したときには、すぐさまそれが過去と化し、次の歴史的瞬間が継起しているだろう。戦後から新たな戦前ないし戦中へと移りつつある、まことに歴史的瞬間にことかかない、いまという時間帯は、これは疑うべくもない恐慌・争乱への転形期である。不思議なことに、多くの人びとがそうとうすうすかんじながら、かんじないふりをしている。そうとかんじながら、かんじないふりというのも、過去からのいじましい自己保存の慣性であり、過去の気だるい反復である。一個の余計者としてのわたしは、かんじれば、かんじたと言うまでである。一方、渡辺さんは、「或る時代の終わり(二)」で、じぶんは時代に適応する必要のない「一個の遺民」なのだ、とも記していて、前はよくのみこめなかったが、いまはとても合点がいく。「一個の遺民」とヨーゼフ・ロートの言う「余計な人間」という自覚は、時代と状況と立場がまったくちがうけれども、「過ぎ去った過去と到来する明日を同時に読み解けるのが、遺民の孤独の代償だ……」(「或る時代の終わり(二)」)をあらためてなぞると、遺民と余計者の胸には、どこか似たような色の夜が流れているのかもしれない、とおもえてくる。戦後も戦後民主主義も、懐かしくも、惜しくもない。「時代に殉じる」などとんでもない、クソッ食らえ、である。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/06)
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・肉色の光に、輪郭をなかば融かしつつ、わたしは座っているのだろう。窓外の海の照り返しにわたしは晒されている。窓の下に、その老婆は仮死状態の夏蚕のように仰臥して、さっきまで開いていた目を瞑っている。あんなに輻輳していたはずの皺が消しゴムで消したみたいにすっかりうすまり、面立ちが生娘みたいに単純になっている。古紙のように乾いた皮膚は、白いというのではなく、脱色されて色そのものを失っている。かのじょは、おそらく眠ってはいない。閉じたまぶたごしに、わたしをじっと見ているのだ。生と死のあわいの、ときおり乳色がじわりといれまじる肉色の時に、わたしを置いて、なんだか無遠慮に眺めているのだ。皮裏の目は和んだり、慈しんだり、青光りする刃物になったりした。窓の外に、疲れた3本脚の犬が伏せをしていて、前肢に顎を埋め、海の気配とわたしと母のいる部屋の気配を、両耳をクルクル回転させながら聞いていた。コビトに促され、つきそわれて、施設に母を訪ねた。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/07)
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・「戦間期」ということをぼんやりとかんがえていた。目の前でカイコかサナギみたいに寝床にポツンと横たわるそのひとは、いわば戦間期に生まれ、日中戦争期に、たぶん戦争などほとんど意識せずに青春を楽しくすごし、太平洋戦争期に結婚し、原爆投下と敗戦の前年にわたしを産み、大陸から「ひとが変わったようになって」復員してきた夫をむかえ、日ごと別人のように荒れ狂う夫をまのあたりにして息をのみ、戦後はさんざ貧困に苦しみ、それでももちまえの明るさを失わず、たくさんの歌をうたい、がんの夫と死別し、悲しみ、どうじにホッとしもし、老いてじぶんもがんになりながら、なんとなくそれも克服してしまい、大震災で友らを多くうしない、じぶんはまた生き延びてしまい、生き延びてしまったために、口にするのもはばかられるつらい場面をいくつも見聞きしてしまい、旧家のあったあたりが放射能におおわれているいま、このとき、うすい目蓋ごしにわたしをぼうっと見ている。死というのも、切れ目としての「瞬間」ではなく、生からとろとろと流れくる消失までの時間の幅か帯にあるのだろう。一片の紙切れに似たそのひとのペラペラした手の甲に触れながら、わたしはそうおもう。戦間期(interwar period)はどちらかというと欧州史的概念だろう。年表的には、1919年から1939年までの時代。にしても、戦間期とはなんという言葉だろうか。敷衍すれば、ひとは戦前か戦中か戦後か戦間期にしか生きていないことになる。なんということか。いまは新(第2次)戦間期か新戦前か新戦中か……といぶかる。そういえば、この1年半というもの、母の声をまったく耳にしていない。かのじょはわりあいよくしゃべるひとであった。ハッとする。母はなにか、かたくおもうところがあって、発声をやめることにしたのだろうか。意思的失声。そんなことができるものだろうか。わたしはヒソヒソ声で問うた。あなたはしゃべるのをやめたのですか。もう疲れたのですか。しゃべるのがもういやになったのですか。待つともなくあなたの死を待つ周囲に抗議しているのですか。なにか拒んでいるのですか。そうなのですか。言いながら、よくしゃべったかのじょよりも、なにも発声せず、オムツをしてコロンとひとり横になっている母のほうを好ましくかんじているじぶんを発見して、ずいぶん勝手なものだなとおもう。母は身じろぎもしない。とつぜん、「『何も約束するな!』とパラノヴィッチは言った。これが別れだった」のくだりをおもいだす。欧州の戦間期はすべてを胚胎し、すべてが肉色の闇で育っていたのだった。第2次戦間期をへた日本だってそうだ。見ろ、いまのこのザマを。前原誠司のような、ただ卑しいだけのズルシャモたちがつぎからつぎへと躍りでてきている。三本脚の犬は、いつの間にか、窓の外から室内にすべりこみ、朦朧とする母の薄桃色の視界を、現在から過去へと、とぼとぼと歩いていった。けふ、霧のなかをエベレストにのぼった。(2014/06/08)
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・物故したある有名なひとについて、10枚ほど書くことになっているのに、なかなかその気にならない。というか、さっぱりその気になれない。どうしてだろうか。どうもそそられないのだ。なぜこんなにそそられないのか。時代がとっくにそのひとを追いこしたからかもしれない。といったって、かれが逝ったのはまだ一昨年のことだ。一昨年なら、つい最近といったってよい。なのに、もう時代に追いこされたのか。時代はそんなに速く駆けているのだろうか。つらつらおもうに、そうなのだ。時代は目にもとまらぬ速度で爆走している。ニューモデルはせいぜい長くても数か月で型落ちし、いまの活語はたちまちにして死語化する。言説、思想もそくざに無効となる。疾走し転変する現実が、ほとんどの表現を置いてけぼりにしている。「ガラパゴス化」してしまう。かれの残した思想ももはや「ガラ系」なのかもしれない。だからそそられないのか。にしてはわたしは日夜、ガラ系ばかり読んでいる。「快適で、摩擦がなくて、道理にかなった、民主的な不自由」は、1960年代に言われた。けれど、わたしにはいまだにうまく解くことのできない、そうであるがゆえに、依然そそられるテーマでありつづけている。「特定の統治形態や特定の政党政治だけが全体主義を助長するのではなくて、政党の『多元主義』、新聞、『対抗権力』などと十分両立しうるような特定の生産・分配の体制も全体主義を助長する」も、そそられるエニグマでありつづけている。「多分、いつか、人々は狂気がどんなものでありえたか、もうはっきりわからなくなるだろう。狂気の形象はそれじたいのうえに姿を閉じてしまって、残してきた痕跡を判読するのを人々に不可能にさせるだろう」という指摘だって、時間的には古典もよいところだろうけれども、予言の実現をいま見ているこころもちにさせられてぞくっとする。わたしが不勉強なのかもしれない。が、わたしが書くことになっているかれは、過去と現在について大いに語ったけれども、未来について切実に悲観することはなかったようにおもえる。ディストピアを予感し、その奥行きを想像し構想しようとはしなかった。かれには常識があった。よいひとだった。だからわたしはそそられていないのかもしれない。エベレストにのぼった。(2014/06/09)
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・『臣民の道』by文部省教学局「國體の本義に徹し、皇國臣民たるの確固たる信念に生き、氣節を尊び、識見を長じ、鞏固なる意志と旺盛なる體力とを練磨して、よく實踐力を養い、以つて皇國の歴史的使命の達成に邁進すること、これ皇國臣民として積むべき修練である。この修練を重ねてこそ、臣民の道が實踐せられ、大東亞共榮圏を指導すべき大國民として風尚が作興せられる」「皇土にあらざるはなく、皇國臣民にあらざるはない。されば、私生活を以つて國家に關係なく、自己の自由に屬する部面であると見做し、私意を恣にするが如きことは許されないのである。一椀の食、一着の衣と雖も單なる自己のみのものではなく、また遊ぶ閑、眠る間と雖も國を離れた私はなく、すべて國との繋がりにある。かくて我等は私生活の間にも天皇に歸一し國家に奉仕するの念を忘れてはならぬ。我が國に於いては、官に仕へるのも、家業に從ふのも、親が子を育てるのも、子が學問をするのも、すべて己の分を竭くすことであり、その身のつとめである。我が國民生活の意義はまさにかくの如きところに存する」(1941年=昭和16年7月)。ダフネ1号店にゆく。ゲリスパ大盛り+ネスカフェ。さかゑさんからbccメール。「hi!ジャストショートファクいかが?旺盛なる體力を練磨して皇國臣民の大オツンコぶちこんでね!」。大オツンコ?うーん、意味わかんなひ。無視。エベレストにのぼった。(2014/06/10)
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・「そもそも、わが〈国家〉の本質は、なぜ〈天皇(制)〉に収斂するように描かれるのだろうか。そしてなぜ、戦後になってこの収斂が一定の度合いまで断ち切られたとき、わが〈国家〉の本質は、〈天皇(制)〉を息の根がとまるところまで政治体制の外に弾きださずに、いわば不問に付するという形をとったのだろうか?」。と、吉本隆明は1960年代に問題をなげかけ、「わたしたちは戦後において、〈国家〉の本質が、〈天皇(制)への収斂の過程を断ちきられたとおなじ度合いで〈公〉と〈私〉の生活関係が分離しきれないままで双頭化しているという事態に当面している」と書いている。「公」と「私」の双頭化はなんとなくわかる。だが、「〈天皇(制)への収斂の過程が断ちきられ」るなどということが、戦後の政治・社会状況のなかで一度でもあったであろうか。わたしたちは、いわゆる「國體」を不問に付すどころか、つくづく自照することもなく、白日のもとにさらけだすこともまったくせずに、ここまできたのではないか。〈天皇(制)〉というヌエは結局、無傷ではないのか。ツチクジラの刺身を昼と夜に「いいだけ」食べた、というひとの話を読んだ。新鮮だった。「蜘蛛の巣」の著作年代とベルイマン「蛇の卵」の年代設定は、ともに1923年であり、場所もともにベルリンである。ベルイマンは「蜘蛛の巣」を読んでいたのではないだろうか。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/11)
SOBA:辺見さんが上記言及しているベルイマン「蛇の卵」を末尾でアップ。
2014年05月27日
日録19
私事片々
2014/05/28~2014/06/03
http://yo-hemmi.net/article/398074090.html
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・「ナチ・リーダーのヒステリックな熱狂はあくまでも自己の衝動から発生したのに対して、日本の気狂(きちが)いは、普通人には真似のできない『天皇信仰』に凝り固まっていた一種の『新興宗教』型のオルガナイザーであったにすぎない」、「『反動』化と呼ばれる過程においてもまた、いかに日本社会の歴史的経過が明確なキレ目を持たないか、そうしてこのことに対応して、その経過を営む人間が、いかに歴史的連続を遮断するだけの主体的行動性を欠いていたか、ということである」(藤田省三「天皇制とファシズム」1957年)。高円宮家の次女が、出雲大社のボケヅラ神職と婚約内定とかで、秘密保護法でも集団的自衛権でも号外をださなかった新聞が、気でも狂ったかのように号外をばらまき、テレビはいずこもトップニュースで大々的に報じて、千家家は日本神話の「天照大神」の次男「天穂日命(アメノホヘヘヘヘノミコト)」を先祖とすると伝えられている……などと、おおまじめに解説した。おまえらアホか。批判的コメントおよび皮肉、ネガティブ・ジョークっぽい街の声は一切シャットアウト。マジ、北朝鮮・労働新聞なみなのだ。いったい、どんな編集会議をやったのか。どんな議論をやったのか。従来そうすることになっているから、そうしたまで、とメディアのアホどもはおもっているだろう。じぶんにはかんけいないと。皇室関連、死刑、オリンピックには、かねてより反対しないことになっています、と。きたるべき戦争にもまちがいなくそうであろう。「救国結束」の社説がでるだろう。天国の藤田先生、このザマをごらんになりましたか。「歴史的連続を遮断するだけの主体的行動性欠如」どころじゃないのですよ。ボケヅラ神職、脳天気にのたまうには、「私どもの家の初代が、皇祖・天照大神の次男と伝えられています。2000年をこえる時をへて、いまこうしてきょうという日を迎えたということに深いご縁を感じています」だと。飢え死に、自殺者、貧窮老人たち、福島原発のことを少しはおもえ、ボケナス。大八州どこもかしこもイナバノシロウサギていどの紙芝居的神話と神道オカルティズムと現実の混濁である。きっと、あらかじめそうなることになっていたから、いまこうなっているのだ。死刑執行は、死刑反対の声によってではなく、皇室がらみの慶事を暗黙の理由に、しばらくはなされないであろう。そのことを悦べというのか。語れば語るほど、じぶんが情けなくなるだけ。恥辱が頭をもたげる。言えば言うほど、じぶんを貶めることとなる。口が腐ってくる。卑しくなる。屈辱にまみれる。だから、語りたくなくなる。ははーん、うまくできているのだな。いやさか、バンザイ、バンザイ、バンバンザーイ!ダフネ1号店のさかゑさーん、けふは、ご婚約内定お祝いファクしにいくぞ。朝、病院にいったら、あんたの病気になどなんも関心ございませんよ、みたいな態度の、あれっ、あの神官似の医者。あ。出雲にいくべし。ダフネ1号店にいったら、さかゑさん、またお休み。からぶりどぇす。コビトとジョジョとエベレストにのぼった。(2014/05/28)
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・昨夜、一匹の犬が霧に溶けていくのをみた。霧の奥で、輪郭がほとんどくずれかけたとき、燐光のようなものが光った。けふ、ミスド中央口店。カスタードクリームドーナツ。コーヒー。LSV入り口。エベレストにのぼらなかった。肩痛てえ。薬まったくきかず。(2014/05/29)
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・高辻法制局長官「急迫、不正の武力による攻撃に対し、わが国の生存と安全を保持するという目的を達成する正当な範囲をこえないものであれば、わが国が保有する兵器についても通常兵器であろうと核兵器であろうと禁止されない」(1969年2月5日、衆院予算委)。首相Aはこれをとっくに学習している。首相Aは日に日に調子づいている。「救国のヒーロー」を、自己陶酔しつつ演じている。首相Aは酔っている。みなで酔わせてやっている。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/30)
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・「戦争の不可能性を明言することは知識人の義務である。……しかし冷戦状態にあると宣告することは知識人の役割ではない」。いずれにせよ、「知識人」などどこにもいない。LSV→オンブルヴェールwith犬&コビト。一昨日つぼみをまだ硬くしていたタチアオイが、しどけないほど咲きみだれていた。犬が花陰でフンをした。「ファルメライヤー駅長」(1933年)のこと、1920年代、30年代に生きるということ(仮説)、それらの時代にかんがえたであろうこと、それらの時代に表現するであろうこと、ロートというひとの目の位置、その摩訶不思議、ワイマール共和国(1919~1933)のこと、「ファルメライヤー駅長」における「双子」のうすい影のこと、ヨーゼフ・メンゲレと双子のこと、メンゲレとアリアのこと、吉本隆明さんのこと、「絶対感情」のこと、生き物としてのひととその言説の経年的劣化などについて、脈絡なく話した。M君が病床のお母さんの写真を送ってくれる。身体が時間の漏斗に容赦なく呑まれていく。コビト情報によると、ダフネ1号店の小川さかゑさんは子どもとともに静内町の実家に帰ったらしい。エーコはさらに「メディアは戦争の一部であり、その道具であることが単純すぎるくらい明らかである以上、メディアを中立地帯とかんがえるのは危険……」「なによりメディアには、省察の時間とは異なる時間が流れている」などと書いた。当然すぎる。国防相Oは、去年だったか、ハトヤマユキオのことを「国賊」と言ったこと、マスコミはそれについてなにも問題にしなかったことをけふ、おもいだす。国防相Oは、「コクゾク」について、どんな語感をもっているのだろうか。ところで、国防相Oは、まがまがしいチンピラ・ファシスト面をしている。あれは凶相である。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/31)
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・霧がふっていた。夜更けに70をすぎた老人が3人、旧図書館分館2階の辞書・百科事典室に、たったの3人でも「あつまる」と言ってよいのかわからないが、〈会議〉のためにあつまってきた。かれらのからだの発するノネナールのにおいは濃霧にすいとられていた。霧はあらゆるにおいを呑みこんだ。3人という人数はなかなか微妙である。3人は、言わずもがな、2人ではない。複数だが、まったく多くはなく、一対からはつねに1人がもれる。2人ほどうちとけず、馴れあいもしない。3人のうち1人は、ほぼかならず2人の関係をじっと見ている。監視しているといってもよい。この3人に決まったリーダーはいなかった。3人のうち1人には、眉の下に小豆大のほくろがひとつあった。ほくろは霧にぬれて、ほどよく熟れた暗紫色のブラックベリーのようにてらてらと艶めいていた。3人のうちもう1人は、ひとが善さそうだとよく誤解される、赤らんだ団子っ鼻であった。かれはとくにひとが善いわけではなかった。残り1人は長身、隻眼で鷲鼻。ないほうの目には義眼をはめていた。3人ともに水晶体が、老いぼれた犬もどうぜん、もうすっかり灰白色に濁っていて、そのことが3人に共通する問題だったのだが、視界のかすみぐあいとその自覚はそれぞれにことなっていて、ともあれ、3人とも物体の各点からでる光線束が光学系によりそれぞれに対応する一点に集束することはまずなく、すなわち、見ているものが虚像か実像か、はっきりとしないことが常であった。しかし、いま見ているものが虚像か実像かなど、老若と視力のべつなく、いったいだれが証明できるだろう。旧図書館分館のエレベーターは故障していた。3人はそれぞれ懐中電灯を手に、手すりをつたい、非常階段で2階にのぼった。非常階段は2階まで16段あった。その5ステップ目の、上る者にはやっと見えるけれど、下る者にはかんぺきに死角となった個所――靴のかかとの下にあたるのだが、かかとには踏みつけられない個所――に、見たこともない、名づけようのない蛾のような褐色の虫が一匹はりついていた。3人のうち義眼の老人だけがその褐色の虫に気がつき、霧のなかで腰をかがめ、懐中電灯の光をあて、左目をこすりつけるようにして虫を見た。不気味な脚が4本見えた。ひどくみすぼらしいボロ傘のような翅が、細かな霧の粒をつけてふるえていた。醜い虫。そうとしか言いようのない、醜いという形容詞の代表のような、醜いだけの虫。隻眼の老人はそうおもった。あまりに醜くみすぼらしいだけの形なので、かえって、じぶんのかんじかたに自信がもてなくなるほどだった。これはひょっとしたら、醜くはない、みすぼらしくもない虫なのではないか……と自問するほどであった。〈会議〉でその虫のことと、いわゆる醜さにかんして、他の2人になにか報告すべきか、階段を上りながらかんがえた。霧がふっていた。3本脚の犬が、いましも旧図書館分館の近くをあるいていた。犬はノネナールのにおいにとうに気がついていた。犬は旧図書館分館前をとおりすぎた。/
ダフネ2号店にいった。エベレストにのぼった。(2014/06/01)
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・R.D(1993年)「ぼくはじぶんの考えを事実とつきあわせて検証してみたが、マルクスが上部構造に入れたものこそ、社会の変動を司る下部構造をなすものだと思う。宗教的なものはけっして歴史的に未発達な過渡期のものではない。それは……すべての社会の構造的な要素なのだ」。「人間のつくる共同体の奥底には、まったく意識されることのない反復的な構造がひそんでいる。……それは共同体の心理などというものではない。むしろそれが共同体を組織するのだ」。そうなのだろうか。R.D(1993年)「われわれはいま国家の止揚に立ち会っているのではなく、国家の衰退に、つまり封建制の復活に立ち会っている……現在形成されつつあるヨーロッパ連合が、14世紀のリメイクにならないかということだ」。ロート(1935年)「19世紀になって人びとは個人が市民として認められたいのなら特定の国あるいは民族に属さなければならないことを発見した。オーストリアの劇作家グリルパルツァーは『ヒューマニズムは民族主義を経るうちに野蛮化』するしだいを説いたが、おりしも当時、民族主義がわが世の春を謳歌していた。今日、猛威をふるっている野蛮化の先ぶれを演じていた。それは一般に愛国心といわれるもので、新時代の卑しい階層が、みずからに応じて生みだした卑しい感情のたまものである」「敗戦の憂き目をみたヨーロッパの首都にあって、死体を食らって大きくなり、それでもいっこうに食い足りず過去をしゃぶり、現在の汁を吸って、高らかに未来を謳歌している。この手の連中が戦後このかた、肩で風切ってのしあるいている」(「皇帝の胸像」)。ファシズムの妖気。装いをかえて反復する歴史。這いよってくる戦争の熱風。教科書副読本の「溶解処理」というのがあるそうだ。いまごろになって日本文学報国会会長・太平洋戦争開戦の詔書の添削者・希代のデマゴーグ徳富蘇峰をかばう者がいる。歯医者。ダフネ1、2号店ともいかなかった。∴ショートファクせず。エベレストにのぼった。(2014/06/02)
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・2日深夜、小川さかゑさんからメール。いまポール・オースターの詩集を読んでいるの、「内」がすき、とってもとってもすきなの、あひたひ……。よく見たら、どうもBCCらしい。かるく傷つくが、傷つかないふり。blind carbon copyって、名前がいやらしい。blind carbon copyで「ジャストショートファク」のオファーをうけて、なんだか「選ばれた」気になってがんばってきたのだ。どうせそんなものだ。朝おきて、犬とリクガメ・ジョジョにご飯をやり、湿気った地下隧道をあるいてダフネ1号店に行ってみた。さかゑさんはやっぱりおらず、北林谷江さんによく似た品のよいおばあさんが注文を聞きにきた。ナポリタンとネスカフェたのむ。モジリアーニの複製画の下に、天知茂がいてひとりしずかにアイスコーヒーを飲んでいた。けふは、いったいどぼずぃだのか、やかましいほど耳がよく聞こえる。客たちがガヤガヤ話している。街でひとつだけの映画館オリオン座(半世紀つづいていた)が近く閉館するらしい。最後になにを上映するかは、まだ秘密(サプライズ)だけれど、無料上映らしい。トイレ方向の客らのヒソヒソ話も聞こえてくる。「コーヒー豆がもうなくなるらしい」「みな西に逃げてるんだ。街の人口はもう半分になった」「いや、まだ3分の2らしい」「ベジタリアンったって、食える野菜が減ってるし……」「闇缶詰……」「ヒムラーもベジタリアンだったって知ってる?」「ナチス親衛隊はハーブを栽培してた」「ヒムラーは熱心な動物愛護主義者だった」「k.鳩山も大の動物愛護主義者で、死刑執行命令を連発した。あの変質性…」「ナチスはサムライが大すきだった」「k.鳩山はチョウとポメラニアン……」「ヒムラーは武士道を愛してた」「サムライ・ブルーとファシズム…表象……狂気のNHK」「親衛隊もサムライを模範とすべし、とヒムラーは力説してた」「ルーン文字と仮名文字の類似性が大まじめに研究されたことだって……」「ヒトラー・ユーゲント訪日代表団……シュルツェ団長ら1938年横浜上陸…靖国参拝……白虎隊史跡見学」「北原白秋はヒトラー・ユーゲントをたたえる詩を書いたよ」「万歳、ヒットラー・ユーゲント、万歳、ナチス!…ってやつだろ」「後日の歴史はみな変態的……」―――。メールがきた。BCC。「さかヱです。いっぱひ充電して、かへりまひた。ジャストショートファクいかが?」。無視。エベレストにのぼった。(2014/06/03)
完全版 1★9★3★7 イクミナ (上) (角川文庫)と
完全版 1★9★3★7 イクミナ (下) (角川文庫)です。
辺見庸さんの『増補版1★9★3★7』と、
堀田善衛さんの『時間』(岩波現代文庫)です。
辺見さんの『1★9★3★7』(イクミナ)です。
SOBA:辺見さんが私事片々(2014/06/04)で言及しているレニ・リーフェンシュタール監督の『意志の勝利』。最初は画面真っ黒で音楽だけ。始まるのは1分5秒からで表題から始まります。字幕なしドイツ公開版ですが、無声映画のような感じで聞こえるのはほとんど音楽、視聴に差し支えはありません。演説部分はドイツ語ですが時間的にはそれ程長くはない(110分30秒)。
Triumph des Willens(意志の勝利)
http://video.fc2.com/content/20120315fhncAfwa/&tk=T0Rnek16azBOREE9
概要:
ナチスドイツのプロパガンダ映画
字幕なし&全編公開版です
こちらは、上記のより若干短い(104分27秒)ですが、英語の字幕版なので演説部分が分かりやすい。
Triumph des Willens 🎥 [HD](full film w/subs) - Triumph of the Will (1935) 🎥
Julius Streicher
https://youtu.be/9nWe68_4gWU
2013/10/11 に公開
辺見さんが私事片々(2014/06/11)で言及していたイングマール・ベルイマンの『蛇の卵』。
↓ダウンロード後の画質はよくないが、PCで見る場合Youtube頁の設定で英語字幕可。
Das Schlangenei (1977) [MultiSUB] [Film] - (Ingmar Bergman) (The Serpent's Egg )
Full Movies
https://youtu.be/NW9cBcS3f3M
2014/11/21 に公開
Das Schlangenei (1977) [MultiSUB] [Film] - (Ingmar Bergman) (The Serpent's Egg )
↓英語吹き替えですが、画質は↑よりも良いです。
The Serpent's Egg (1977, Ingmar Bergman)
投稿者: gloede [19 videos »]
http://www.veoh.com/watch/v16300285Edc43ZSr
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