« 辺見庸 私事片々(不稽日録)2013/07/16~07/31と(不稽日録)2013.8.1〜8.7全保存 雑談日記Archive | トップページ | 辺見庸 (日録1)私事片々 2013/10/21〜と、(日録2)から全保存 雑談日記Archive »

2014年8月22日 (金)

辺見庸 私事片々(不稽日録)2013.8.8~8.14と私事片々(不稽日録)2013.8.15~全保存 雑談日記Archive

 私事片々を今までと同様、アーカイブ保存しておきます。

 なお、辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。

 

2013年08月16日
memo4
http://yo-hemmi.net/article/372113419.html

私事片々(不稽日録)2013.8.15~

E3839ee382b0e3838ee383aae382a2thumb
マグノリア.JPG

・記憶の水瓶に罅がはいったようだ。おびただしい水が、からだからこぼれた。新しい水ではない。10年以上ためたままの古い水だ。いま、だいたいどこに立っているのかは、漠然とだが、こころえていた。ただ、水がこぼれるにしたがい、じぶんがどこにどうしていたのか、どこからやってきたのかが、わからなくなった。困った。まったくわからなくなってしまった。背後の土手を常磐線がはしっている。はしっているはずである。三河島はすぐだ。なんどか行ったことがある。むかって右手にホテル松島がある。ぼろ雑巾のような男が饐えた汗を流して素っ裸で寝ているだろう。夢なんか見ちゃいない。生きながら死んでいる。大いびきをかいて死にながら寝ている。このあたりに、たしか貸しロッカー屋がなかったか。ワンカップ大関の自動販売機はなかったか。わたしの白いアパートは、むかって左手の路地をあるいてゆけば、すぐに見つかるとおもう。最上階。502号室だ。窓をあけると、線香とウナギの蒲焼きのにおいが、もつれあいながらはいってくる。夕方、カラスが大鳴きする。暗くたってカラスが飛びまわる。「大利根」が近い。店のまえで、たいてい酔っぱらいがたおれている。ということは「コンパ」もすぐだ。家具の山崎だって、三ノ輪方向にあるいていれば、視界にあらわれるだろう。「エスポワール」も遠くはない。豚のショウガ焼き定食とコーヒー。牡蠣フライ定食とコーヒー。あっ、そうだ、大柄のママさんは日光街道で車にはねられて、10メートルもすっ飛ばされて大けがをしたのだった。いま、地面が煮だって、地霊とともにゆるくうねっている。ここは小塚原刑場跡地の外縁である。このあたりのカラスの先祖たちは首のないひとの屍体を食っていた。目玉をついばんでいた。地霊がうねくっている。8月15日の風が、熱した膠になって、ねっとりととどこおっている。わたしはなにをしているのだろう。ずっとなにをしてきたのだろう。なにをするつもりだったのか。どこにもどるべきなのか。家をでるまえ、エベレストにのぼった。それだけが、たったひとつ、たしかなことだとおもっていたのに、それさえもふたしかになった。ここにくるまえ、わたしは小菅に行って、かれに面会した。長い廊下を右足を引きずってあるいた。手すりは右側にしかない。それなりに明るく、それなりに暗い、水族館のような人工の薄明。あらかじめ工まれた酷薄。大がかりな隠蔽。ところどころ壁に縦長の小さな明かりとりがある。そこから穂がみえた。ススキか。途中、廊下を右に曲がり、あえぎながらまたあるいた。エレベーターに乗った。南米のひとだろうか、女の先客がいて、わたしに「ナンカイ?」と問うた。6階と答えた。女が「フン・・・」と吐息をもらしボタンを押してくれて、わたしは女よりも先におりて、2番の接見室にむかった。彼女からうつされたバラかジャスミンかスズランのにおいが気になった。疲れがにおいをきわだたせ、神経が錐になって内側に刺さりはじめている。すこし吐き気がした。わたしはなにをしているのだろう。なにをするつもりなのだろう。そもそもなにをするつもりだったのだろうか。(2013/08/15)
E5a381thumbnail2
壁.JPG
・2番接見室にはかれと刑務官が先にきてわたしを待っていた。これまではわたしが先にはいり、かれの着くのを待ちうけていたものなのに。わたしはあるくのがまた遅くなってしまったのかもしれない。かれは紺色のシャツのうえに白か生成りの病衣をまとっていた。上体をのばし、わたしたちを境う透明アクリル板に、痩せた左の手のひらをあてた。わたしが右手をのばせないことを知っているから、左手をあわせようというのである。アクリル板ごしに左手をあわせつつ、わたしはとっさに喉からわいてでた「おめでとう!」の言葉を口でもみ消しようもなく声にしてしまい、直後にハッとした。祝意を述べたのは、かれ、大道寺将司さんの句集『棺一基 大道寺将司全句集』(太田出版)が、第6回日本一行詩大賞(日本一行詩協会主催、読売新聞社など後援)に決まったからである。かれはむろん相好をくずすというのではなく、やや屈託した顔のまま、あいまいに微笑してみせた。わたしはわたしで不用意に「おめでとう!」と言ったことに気づき思慮が足りなかったとかんじていたから、顔にかたさがあったかもしれない。確定死刑囚という身分のひとに、その身分からついに解きはなたれた、すなわち、死刑の決定を免除されたということでもなければ、いくらなんでもあっけらかんと「おめでとう!」はなかろう、と、以前もかんじたことをおもいだしたのだった。というより、死とこの世からの消滅のみを前提にされて37、8年も獄中にある者にたいし、いったいどのような言葉を語りかけることが可能なのか・・・。これまで数かぎりなくくりかえしてきた自問を、しょうことなくくりかすしかなかった。死刑という実存の抹消は、この国では法的な処理とされているにもかかわらず、法律およびその運用の前提にあるべき人間の言葉というものを全的に否定している。言葉をまったくみとめないのである。死刑をまえにしては、「おめでとう!」も「ご愁傷さま」もありはしない。いっさいの言葉が完全に崩壊し無効となる。無化してはならないはずのひととその言葉が無化される・・・かれの雪をまぶしたような白髪を見ながら、わたしはしばらくのあいだ口が凍えた。話題を変えて、犬の写真はとどいているかたずねた。数日前に、15日に面会に行くからよろしくという便りに、気持ちがちょっとでも和めばとねがい、同居中の犬の写真を同封して送ったのだった。手紙は読んだが、犬の写真は抜きとられているらしくまだ見ていないという。確定死刑囚に小さな犬の写真を送るのはルール違反なのだろうか。当局はメスのチワワ1匹の写真になにかとくべつの不審をいだき、鑑識にまわしているとでもいうのか。ひとをそうまで冷酷無情にさせているシステムとひとびとのシステムへの同化または無関心とは、そもそもなにに由来しているのか。かれの手もとに直接届けられていないかまたは届けるのを故意に遅らされているのは、チワワの写真だけではなく、肝心の句集受賞にかかわる主催者側の文書もふくまれているらしい。大道寺将司氏は受賞がきまり、それがすでに新聞で報じられているのにもかかわらず、主催者側と直接手紙のやりとりをすることさえ禁じられている。(2013/08/16)
E89189thumbnail2
葉.jpg
・こうして透明アクリル板に隔てられて、むこうとこちらに分かれて座っていると、いつもそうなのだが、だんだんに目玉がじぶんの眼窩からはずれて、むこうをもこちらをもぼんやりと眺めている宙にポカリと浮いた、だれのでもない目になり、心ここにあらずという心もちになる。あるいは、〈ふと気がついたら、わたしは接見室にいた〉という気分におそわれる。いつからかは知らねども、われにかえったら、ここに理由もなく投げこまれていた、というかんじ。わたしは精神がどうにかなってしまったのではないだろうか。ほんとうはかれとそんなことをボソボソと話したいのだが、かぎられた時間だし、そうもいかない。いまこうやってここにいるのって、必然とか蓋然とかじゃなくて、たんなる偶然だとおもわないか。そう言いたくなる。運命、人生、定め・・・っていやな言葉だな。嘘くさいよな。まだ言ったことはないが、そう話したくなる。じつを言うと、あなたとゆっくりビールを飲みたいんだよ。手紙でそう書いたことはある。そのような言いぐさはずいぶん気ままで残酷な気もした。同時にそうした言い方を神経質に避けるのも、かえって酷薄にもおもわれた。かれから返事がきた。もともと酒はあまり飲んだことはなかったし、何十年も飲んでいないので、飲めるかどうかわかりません。ふふふと笑い、わたしは喉の奥ですこし地虫のように泣いた。まるでどこかの病院の待合室のような1階ロビーの電光掲示板と昆虫の声みたいな合成音声。「イッパン、ヒャクイチバン、ロッカイ・・・」。こちらがわにはいったいどんな根拠があるのだろう。君を、38年間もそちらがわつまり獄に閉じこめ、死刑に処することのできる人間社会のコンキョとはなにか。そうする意味をいまじゅうぶん納得がいくように説明できる者がいるだろうか。イミとコンキョとリユウ。そう問うならば、わたしがこちらがわにいるのだって、イミとコンキョとリユウがはっきりしない。あちらとこちらは置きかえ可能・・・そのようにもおもわれる。在監者はわたし。訪なうのがかれ。ある日突然に場面がそうきりかわっても、むかしのじぶんならいざ知らず、いまのわたしはあまり大騒ぎしないだろうな。大道寺さんが口を開いた。刑務官がこのまえ、わたしの顔をじっと見るんですよね。あっ、近々、執行があるのかなとおもいました。新聞で賞のことを読んだから、じろじろ見たのかも知れませんが・・・。それには反応せず、わたしは『棺一基』につづく新句集を刊行しないか、その準備にはいらないか、と提案した。いまを明日につづけるには、結局、書くしかない、と、じぶんに言いきかせるように大道寺さんに告げた。われながら声に力がなかったが、かれの目はやっと幽かに光った。16日もけふも、わたしはよろよろとエベレストにのぼった。のぼりおりしながら「自由という処刑」そして「無為の死」という言葉をなんどかなぞった。(2013/08/17)
E382bfe3839ee383a0e382b7e381aee6adb
タマムシの死骸.JPG
・わたしはきのふタマムシを見た。大きなできごとだ。わたしはきのふタマムシを見たのだ。エベレストにのぼるまえに、タマムシが1匹、熱い路上にうつぶせ、光りかがやいて死んでいるのを目にして、とても眩しいとおもった。タマムシは金緑色の翅を左右にひらき、やはり金箔をまぶした茶色の胴体をのぞかせて左側にかしいでいた。これはいったいどういうことなのだろうか。目をうたがった。わたしは15日のことをまだ重くひきずりながらあるいていたのだった。15日は、たったの一日なのに、とても長い旅をしたのとおなじ感慨と疲労感におちいった。だれかが書いたとおり「砂のように時が流れた」とおもった。大道寺将司氏の38年もわたしの38年も、それらはまったくおなじものではないにせよ、砂のように時が流れ、こぼれたという流出と消失にかんしては完全な別物とも言えないだろう。その感情は、最後の落魄といってもいい。わたしにかんするかぎり、それに近い。『パルチザン伝説』にでてくる詩をおもいだした。

おれたちの地球が喰いあらされて
疲れた太陽がのぼるから
おれたちはゲロみたいに出ていった
暗いまちへ、凍った街道へ。

面会が終わったら、かれとわずかばかり接続していた時間のプラグが外されて、かるい虚脱状態がやってきた。拘置所をでてから、わたしはおもいたって以前住んでいた南千住にむかったのだった。かつていたアパートを探しながら常磐線沿いの道をあるいていたら、これまで味わったことのない心もちになっていった。じぶんがどこからやってきたかを失念してしまったのだ。誇張ではない。ほんとうにどこからきたのか、わからなくなった。きょう出発してきた場所のイメージもわかなかった。汗がふきだしてきた。右半身の硬直がひどくなり、左手で電柱や看板や駐車中の車のフェンダーミラーにつかまったり、からだをあずけたりしながら、ほとんど一本足ですすんだ。すすもうと焦った。そうやっているうちに、じぶんがどこからやってきたのか、どこに帰るべきなのかが判然としなくなっていった。失見当識という症状かもしれない。これはあぶないな、たよりないな、困ったな、弱ったな・・・。そうおもうのだけれど、とくに哀しくはなかった。(2013/08/18)

 

2013年08月08日
memo3
http://yo-hemmi.net/article/371484013.html

私事片々(不稽日録)2013.8.8~8.14

E38384e383a6e382afe382b5thumbnail2
ツユクサ.JPG
・この炎熱!きょうも貧しくてからだの弱いひとびとから順番に、ポッポッと命の火種を消していくことだろう。3年前の夏にも、たくさんの貧しいひとびとが亡くなった。そのとき「ツユクサの想い出」というエッセイを書いた。じぶんで書きながら、石を呑んだような衝撃を受けたのでまだ憶えている。いま反芻し、ふたたび予感している。3年前の夏、76歳の老人が熱中症で死んだという“よくあるできごと”について調べていておどろいた。なににおどろいたかというと、「フツウ」にであった。あるいはどこにでもよくあるだろう日常というものの、そのじつ、 尋常ではない惛がりと灼熱と孤独に、絶句した。老人には月額7万円ほどの年金があった。妻をなくし、腰痛ではたらけない息子と家賃5万5千円のアパートでくらしていた。不幸ではあるが、この不幸せはきわめて例外的とまでは言えない。大別するならば、極貧にちかいけれども、他にもあるフツウの貧しさだろう。老人は役所に生活保護を申請し、あっさり断られた。これもよくあるケース。生一本の老人は節約のため、みずから電気、ガス停止の手つづきをした。したがって、エアコンがあっても冷房はできない。電球があっても真っ暗。懐中電灯とカセット・コンロだけの穴居生活みたいなくらしが、死ぬまで10年ほどつづいた。2013年8月8日のいま現在も、そのようなひとびとが暑熱のなかで息もたえだえになっているだろう。「てきせつにエアコンを使用してください」といわれても、そうできないひとびとがいくらでもいる。あの76歳の老人は、死後1時間以上が経過していたのに、検死時、直腸内の温度が39度もあったという。わたしは書いた。「この死はとうてい尋常ではない。まったく同時に、この死には私たちの居場所と地つづきのツユクサのようなふつうさが見える。異様とふつうが、ほの暗い同一空間にふたつながら平然となりたっている。それが怖い。たぶんこの国の日常とはそういうものだ。ふつうが反転して、ある日とつぜん悪鬼の顔になる」(『水の透視画法』)。あれから3年。大震災、原発炉心溶融、政権交代・・・。どうだろう、悪鬼の顔は、いまはっきりと見えているだろうか。貧しい者はフツウによりいちだんと貧しくなり、いっときあれほど反省された原発がフツウに再稼働に道筋をつけ、極右政権の夜郎自大はますますフツウにとどまるところがない。すべてをフツウに見せているなにか。とてつもない異常を、ごくフツウと見てしまう目、目、目・・・。わたしはけふもエベレストにのぼった。ツユクサが3年前とおなじく花びらを閉じて合掌していた。わるい予感がする。
(2013/08/08)
E382bbe3839fthumbnail2
セミ.JPG
・東京の病院にいく。眠剤、精神安定剤、血圧降下剤2種、抗血栓剤もらう。例によって、9年間、例のごとし。これもいわゆるフツウだ。医者はいちおうヒトの顔をしているけれども、じつは脳に問題のあるまだ若いヤギが眼鏡をかけて白衣を着ているにすぎない。それはきょうびもはや病気とも言えない、あまりにフツウの障害であり、症状は〈すべての痛みへの無感動〉〈政治、社会状況、とりわけ患者の内面や固有の脳血管障害への無関心〉〈前記のことがらへの不干渉〉〈同無提案〉〈同不介入〉〈心にもない微笑〉〈曖昧な微苦笑〉〈言辞、動作、気配全般における無気力〉〈あらゆる局面における完璧な非暴力〉・・・などをもって特徴とするらしい。まったくフツウである。ただし、あのヤギがだれも見ていないところでなにをしているかは、わかったものではない。自動料金払い機で薬代を見たら、2か月分で1万3千円ほどだった。ギョッとする。払えないひとだって少なからずいるだろう。払えないひとびとは降圧剤も抗血栓剤ものまず、「自己責任」で脳溢血を再発し、自己責任でヨイヨイになり、自己責任でのたれ死ぬほかない。この病院にほどちかい歩道橋のたもとに老婆のホームレスがいるのを以前、見たことがある。ほんとうは老婆ではないのかもしれないが。いつも汚れたふとんを敷いて横向きに寝ていた。枕元にお茶の紙パックを置いていた。少し離れてとおるだけですごいにおいだった。あんなに小さなからだからはげしい悪臭をはなっていた。存在の芯が黙って叫んでいたのだ。タスケテ、タスケテ、タスケテ! 何百人、何千人が、ろくに彼女を見もせずに、ただ息をつめてとおりすぎたことか。すぐそばに病院があるというのに、だれかが飛びだしてきて助けようとしたか。人間ほどすさまじくにおう生き物はない。ホームレスの体臭ではない。通行人の腐れた心が鼻も曲がるほど臭いのだ。いま、気温34度。彼女はどうしているだろう。もう死んだろうか。灼熱の路上でまだきれぎれの夢を見ているのだろうか。いや、こときれただろう。ここは満目の廃墟だ。ruin・・・砂漠ですらない。時々刻々、ひとがむきだされていく。化けの皮がはがされていく。人生の中身も、ひとがらも、こころざしも、理想も、そんなもの、なんのかんけいもございません。支払い能力がすべて。ひととはすなわち、支払い能力のことです。こまめに水分を補給し、エアコンをてきせつに使用して、夏を快適におすごしください。ただし、電気代を払えなかったら、自己責任で直腸内温度39度になって死んでもらいます。そのような死も、もうひとつのシステマティックな死刑執行である。内閣法制局長官の超弩級デタラメ人事に怒ることができる(いかにも怒ったふりをしてみせる)のは、しごくまっとうであり、かつ、まっとうそうではあるものの、炎熱のこの廃墟にあっては、なにか高級で贅沢な仕儀のようにさえ見えてくる。じかの路面に、老いて病んだひとの横たわる、その低く熱く臭くむきだされた地平からかすむ風景を見あげるならば、ほとんどすべてのことがらに殺意をおぼえるほかはない。こうなったらしかたがない、せめては睨めることだ。わたしにだってひとを睨めつける意思くらいはまだある。睨めてうごかざる殺意。はたと睨めて世界を刺しつらぬく、目のなかの青い刃。それをふりまわすくらいの殺意がないとはいえない。けふは駅についてからアパートに直行はせず、エベレストにのぼった。いつかはかならず斃れるだろう。しかし、いま斃れるわけにはいかないのだ。だからエベレストにのぼる。麓の芙蓉の花が閉じて結ぼれていた。若い、顔の大きな男に後ろからいきなり声をかけられた。「熱いね。死ぬね」。男がとおりこし、ふりむいた。心底うれしそうに笑っている。「みんな死んじゃうね・・・」。気持ちがほどけ、わたしも痴れた顔で笑いかえした。 (2013/08/09)
E6bbb2e38280e88ab1thumbnail2
滲む花.JPG
・連絡があった。〈オババは生きています! 昨日、歩道橋ちかくの分離帯にノースリーブの臙脂のワンピース姿でたって、走りすぎる車を見ながら、エヘラエヘラ笑っていました。そう見えました。歩道橋のたもとでしゃがんだとき、生白いお尻が見えました。布団はたたんでありました。離れていても臭かったです。オババは昨日現在、生きていました!〉。うれしい。よかった。しぶとくなくてはやっていけない。いま、気温37度。生きるか死ぬかだ。ここは戦場と大差ない廃墟だ。爆煙、地響き、硝煙、瓦礫。黒く乾いた血だまり。オババはこのたび、そこをたまたま訪なうこととなった存在論的他者である。廃墟の穢れを浄めにきた異人かもしれぬ。オババに寄進せよ。オババに涼しき場所をあたえよ。このさい禁中におつれせよ。首相官邸でもよい。ゆっくりと湯浴みしていただけ。首相らは跪いてオババに無礼の段につき深く詫びよ。みずからの三百代言につき謝罪せよ。オババのお背中をお流ししてさしあげろ。そうしてあくまでも恭しく問え。じぶんの罪の深さを。この世界戦争の行方を。さて、わたしは先月「永遠の世界戦争がはじまっている」と書いた。まだそうおもっている。夜になると、ときたま酔っぱらってメールしてくる同年配の友人も昨夜、期せずして言ってきた。「ただいま世界大戦争中!」。そのとおりである。わたしたちは目下、世界大戦争の渦中にある。逃げるか、戦うか、のたれ死ぬか、だ。歴史の錆びた蝶番がいま、きしりながらついにうごきつつある。戸がひらきつつある。ほら、そこに水羊羹のような夜(よ)のほどろが零れて見えるだろう。ほどろの色とはいえ、暮れるとも明けるともいっこうにわからない、なんとしても名状のあたわない、それが無明の未来だ。無明の未来はすぐそこまでちかづいてきている。すでにきたという説もある。オババはその讖をしめしにきたのだ。無明の未来には、ひとびとが残り最後の市民権をも剥奪されるだろう。それは言われることを一言も信じないという権利である(ボードリヤール)。残り最後の、ひとたる、ひとであるがゆえの権利ーー〈なにも信じない〉という権利がうばいとられる。だれによって、なにによってうばいとられるのか。犬は人間によって再構成された動物である。それではひとは? ひとは神ならぬ資本によって、骨の髄まで再構成された生き物であり、資本こそが、なにごとも信じない権利=最後の人権を静かに簒奪する。一説にすでにそれは剥奪された。だから、なにかを信じるともなく信じている。そうともつゆおもわずに、ひとはこの熱波を生きる。この熱波に死ぬ。オババは死を賭して言いにきたのだ。永遠の世界戦争について。最後の人権の剥奪について。けふもエベレストにのぼった。スズメたちが臨終のアブラゼミをみんなでついばんでいた。セミは痛みとも喜悦ともつかぬ声をあげつづけていた。(2013/08/10)
E382bbe3839fe6ae8be9aab8thumbnail2
セミ残骸.JPG
・アレントはどうも生理的に入ってこない。昔からだ。素直にいいなとおもうのは『嘔吐』をたかく評価していること。にしても、みんな、よくもまあ、調子のいいことを言うものだ。嘘というか荒誕といいますか。いまある日常を壊す気なんかだれもない。あまり信用ならん。けふもエベレストにのぼった。これはもうただの習慣だ。風は、ほとんどなかった。頂上でいつもより長くたたずんだ。熱波のなかで気息をととのえ、眼下を見はるかした。麓のベンチにはだれも座っていない。せむしの侏儒もいなかった。死の床のまなかいをよぎるという、せむしの侏儒さえも。オババもいない。かわりに芙蓉がけふは目障りなほどたくさん咲いていた。芙蓉も嘘くさい。頂上で、わたしはきょうが何年何月何日かをおもった。よく忘れるから。2013年8月11日。死刑のない日曜日。尾根をくだりながら「無限の陳腐」という、あまりこなれていない言葉を胃からグエッと吐きだして、ろくに吟味もせずにまた呑みこんだ。いれかわりに「公的なものの輝きがあらゆるものの光輝をうばう」というセンテンスが浮かぶ。そりゃそうだ。わたしはさっきまで冷房がききすぎのカフェにいた。客はまばらだった。店に入ったら、客も従業員もいっせいにわたしの顔を見つめるので、いたたまれない気持ちになったが、でていけと言われたわけでもないので、いつもの隅の席に座った。だれも実力でわたしを排除するほど眼差しにじぶんを賭けてやしない。わたしはただ8月のことをぼんやりとかんがえていただけなのだ。それだけで客や従業員に異常視されるいわれはない。コーヒーを飲んでいると、トイレにちかいテーブルから赤い縁の眼鏡の女がちかよってきて、腰をかがめたままいきなり話しかけてくる。目のはしがすこし笑っている。口臭。なんのにおいだろう。産まれたばかりの子猫の、腥いにおいだ。ああ、いやだ。コーヒーを吐きだしそうになる。「あなた、ツイッターやってらっしゃいますよね。毎日たくさんハッシンしてますよね・・・」。そんなものやってませんよ。憮然として答えた。すると女はあたりをうかがい小声にして「お写真も、ほら、でてるし、非公開じゃないんでしょ。あたしもフォロワーなんですよ。握手してください!」。女は右手でスマートフォンをさしだし、左手で握手を求めてくる。スマートフォンには、たしかにわたしの顔らしい写真がある。たぶん倒れる前のだ。なにか短い文のようなものもある。これはなんなのだろう。腐った海藻がからだにまとわりついてくる。意識のなかにことわりもなく巣くい、うごめいている他者の意識。なんてこった。全体から切りはなされれば、もはやわたしのものではない、かつてのわたしの片言隻句が、順不同にかってに抜き書きされて、わたしの名前でだれかと交流している。気味がわるい。ウンベルト・エーコはかつてわざと贋作をしてみたというが、自身が自身をまねたらどうなるか、という罪のない悪戯だった。これはちがう。頭が小さく、尾は左右に扁平でオール状、ほとんどが無自覚的に有毒だという、透明な意識のミズヘビを想う。スマートフォンを左手で払いのけ、おもいっきり睨めつけてから、低い声で、アンタ、アッチイケヨ!とすごむと、女はわなわなと怯えて眼鏡をずりさげ後ずさった。店中の者がわたしを見る。こうなったら、やるかやられるか、だ。わたしは8月のこと、わたしが生まれた年のことを、ひとりでおもいたかったのだ。8月4日、閣議が「国民総武装」を決定、全国各地で竹やり訓練がはじまった。コクミンソウブソウ。翌月、わたしが生まれた。それから、神風特攻隊が初出撃し、12月7日には東南海大地震があったのにもかかわらず、報道管制で知るひとは多くはなかった。尾崎、ゾルゲの死刑が執行された。渋谷のハチ公像が金属回収で鋳つぶされた。両国国技館が軍に接収されて「風船爆弾工場」になった。なんてこった!「最も暗い時代においてさえ、人は何かしら光明を期待する権利を持つこと、こうした光明は理論や概念からというよりはむしろ少数の人びとがともす不確かでちらちらとゆれる、多くは弱い光から発すること・・・」。はい、はい、あなたのおっしゃるとおりです。が、ほんとうにそうなのでしょうか。いまこそが最も明るくて、それだからこそ、最も暗い時代ではないのか。(2013/08/11)
E38399e382b4e3838be382a2thumbnail2
ベゴニア.JPG
・けふはエベレストに2度のぼった。2度目は山の頂で時計回りにからだを一回転してみた。いつもは反時計回りなのだから、見た目にはどうということはないだろうけれど、時計回りをするにはそれなりの決心がいった。シダレヤナギの枝葉が目にかかってうるさかったが、なんとか倒れずに回った。セミが礫になっていくつも斜めにあるいは垂直に降ってきては、あちこちで小さな衝突音をあげている。これをどう聞くかだ。運命をわける大音響か、とるにたりない、たんなるノイズか。こぞの夏とひきくらべながら下山した。死に瀕したアブラゼミが1匹、零戦と化して、ブーンブーン、花壇のベゴニアに突っこんでいった。赤い、小さな爆発がおきた。じぶん、銃後の老残の身なれども、ここでうたひます! 起立。ウーミーユーカバーミーズークカバネー/ヤーマーユーカーバークーサームスカバネー/オオキミノーヘニコソシナーメー/カエーリミハーセジー・・・。エベレストにむかって、総員、礼!〈体当たり攻撃しかない。しかし命令ではなく、そういった空気にならなければ実行できない〉〈ふつうの戦法では間に合わぬ。心を鬼にする必要がある〉〈海軍全体がこの意気でゆけば陸軍もつづいてくるだらう〉〈特攻をおこなへば、天皇陛下も戦争をやめろとおっしゃるだろう。この犠牲の歴史が日本を再興するだらう〉・・・。ブーンブーン。わたしがなぜ死刑に反対するのかを、そろそろしゃべらなくてはならない。8月31日にどうせ、時間をかけて語ることである。なにもいま語らずともいいのだが、なんせこのとおりのボケ老人、忘れてしまうかもしれないし、8月31日までにだいいちなにがあるかわからない。やはり、おもいつくままに書いておいたほうがよいだろう。死刑に反対するか遅疑するかするひとびとは、その質と程度を問わなければ、少なからずいる。どれが正しくどれがまちがっていると簡単に断じることはできない。死刑について語ることは、おそらく、ひととその世界の過去と未来を語ることであり、「国家」とその像を語ることであり、なにより、まだ見たこともないじぶんの内奥の暗がりをのぞき見ることである。とくに、この国の死刑を論じることは、「暗がりに鬼をつなぐ」の譬えどうり、実相を知ることができなくて、とても気味がわるいので、やはり実相を知りたくない、というトートロジーのくりかえしになる可能性がある。それが死刑執行側権力の狙い目でもある。暗がりにつながれた鬼。それは悪鬼という他者であるとともに、見たくもない自己である。だから、わたしは一般論ではなく、わたしの死刑反対論を述べるしかないのだ。それは証すことの困難なわたしの暗部を証す試みにどこかでつながるだろう。おどろくべきことに、まことにそう前置きせざるをえないのだが、〈わたしはほんとうに死刑に反対しているのだろうか〉という始原の問いからはじめなくてはならない。死刑反対はけっして自明の人倫でも常識でもモラルでもありえない。「海行かば」は、いくら否定しても、わたしのからだにもかすかに棲みついているなにかだ。とおいひびきだ。「海をゆけば、水につかった屍となり、山をゆけば、草のむす屍となって、大君のお足もとにこそ死のうではないか。後ろをふりかえることはしない・・・」と誓って、ますらおの汚れないその名を、はるかな過去から今日にまでつたえてきた、そのような祖先の末裔である、という幻影と心性が、肉色の胸郭の闇のどこかに浮き沈みしてはいないか。若いころからそのことを気にしてきた。歌詞もさることながら、その律音階が気になった。雅楽や声明(しょうみょう)でつかわれる五音音階。洋楽階で言うなら、レ・ミ・ソ・ラ・シの五音からなる恐るべき律音階と、天皇制ーirrationalでおぼろなる明度ー死刑制度・・・がわたしの体内で、なにかいかにも抗いがたい気流としてつながっていた一時期があった。わたしは体内にふたしかな律音をかかえたまま、ベトナム戦争や米原子力潜水艦寄港反対のデモに参加し、したたかに殴打され、インターナショナルをうたった。インターナショナルは重苦しい律音階となじまず、しかし、気がつけば、妙になじんでいるときもあったのだ。それは、あろうことか、すりこまれた「海行かば」としぶしぶ和してしまい、なんだかおかしな演歌のようになっていたのかもしれないな。(2013/08/12)
E6b0b4e3819fe381bee3828athumbnail2
水たまり.JPG
・昨夜、友だちが送ってきた羽化したばかりのセミの写真を見て、からだに震えがきた。セミが羽化をするのは、だいたい晴天の日の暮れ方である。そのときがどうやってわかるものなのか、終齢幼虫は羽化すべく地上にでてきて、薄明のなか、のろのろと樹にのぼってゆく。空が明るいうちは羽化をはじめない。それは子どものころから知っていた。あとの想いでは色といい形といい場所といい、記憶の生成ー変化ー定着ー消失の過程があやふやに入れまじり、混濁し、ぜんたいにずいぶんうすれてきている。ただ、茶色の殻の背が突如縦に割れて、目だけがやけに大きく黒々とした成虫がにゅっと顔をだすシーンは忘れようとしても忘れられない。セミは白っぽくまだやわらかな上体と足をぜんぶ抜きだして、いったんおもいきりあおむいて、逆さづりのかっこうになる。それから、足でぶら下がって、おもいのほか大きな翅をのばす。その翅の色の妖しさといったらない。半透明のジェード・グリーン。陰れば秘色(ひそく)である。昨夜の写真には翅のその秘色が、どうしたものかまるで蛍光剤をまぶしたように、そこだけやや光をおびて写っていた。霊妙である。それとおなじものをインドシナで見たのか中国とベトナムの国境地帯で見たのか、夢で見ただけなのか想いだせない。どこかはわからない。いつだったかも、しかとはわからない。羽化だけでなく、屍体をずいぶん見てしまった。見すぎた。難民キャンプ。屍体の群れも見た。地雷にやられた米兵の屍体の肩の部分だけも見た。炎天下、死臭を嗅ぐまいと息を詰めて見ていると、目がかすみ、後頭部がだんだんしびれてくる。眠いような吐きたいような笑いたいような叫びたいような感情になる。でも泣きたくも祈りたくもなかった。笑うか吐くか眠るか。うつぶせたのやあおむいたのやねじれたのや、かんがえうるあらゆる形の屍体たちのアブストラクト集団。そこからひとり突然にゅっと上体をおこす者もいた。セミの殻の背がまえぶれもなく縦に割れて成虫がにゅっと顔をだすように。それからどうなったか、生きたのか、やっぱり死んだのか、憶えていない。セミの羽化を見たのが、死者を見た日の夕暮れだったのか、翌年の夏だったのかももうはっきりとしない。半透明のジェード・グリーンがぼやけてまなうらに残ってはいる。〈わたしはほんとうに死刑に反対しているのだろうか〉という始原の問いからはじめなくてはならない・・・と昨日、正直に書いた。さらに自問してみる。〈わたしは死刑に反対すべきだとおもっているだけなのではないのか〉と。ひとは死ぬ。ひとはひとを殺す。かならず、いくらでも殺す。ひとはひとを見殺しにする。いくらでも見殺しにする。屍体は羽化に失敗したセミのように惨めだ。空しく醜い。羽化はよく見ていると怖い。死のなかからひょいと生がはいでてくるようで、怖い。この世にはじめてひろげられる秘色の翅のように美しく怖い。羽化のときの薄明がどうも気になる。薄明のなかの儀式が気になる。わたしたちの意識の薄明。そこには、耳をすませ、ほら、あえかな律音階がながれている。「禁中と刑場」という場(トポス)=絶対空無の深淵は、〈見てはならぬ〉という深層の禁忌と倒錯した秘色の美意識でつながっているのではないかな。おお、ジェード・グリーンの御簾(みす)よ。死刑とは、ひょっとしたら、この国の、みずからは気づかざる、気づかぬことをもって、かえっていとゆかしとする深層の美意識のあらわれなのではないのか。〈わたしはほんとうに死刑に反対しているのだろうか〉〈わたしは死刑に反対すべきだとおもっているだけなのではないのか〉のふたつの異同について、ひとしきりかんがえてみる。けふもエベレストにのぼった。頂上でからだを時計回りと反時計回りと2回、回転してみた。なにもおきなかった。なにも。(2013/08/13)
E382ade382b8e38390e38388thumbnail2
キジバト.JPG
・なりすまし、というのがいるらしい。わたしの文章を解体・分離し、毎日、それらの断片をわたしの写真とともにせっせせっせとばらまいているのだという。ご苦労なことだ。サイバースペースではIDも著作権も肖像権もあったものではないから、とくにおどろきはしない。なりすましが「わたし」とおもわれ、わたしのほうが逆になりすましとみなされたりする。わたしがなんの齟齬もなく「わたし」であろうとするほうが楽天的にすぎるのだ。いまは亡きJ.Bに言わせれば、「つまるところ、客体と主体はひとつだ」。この根源的な等価性を理解できるばあいにしか、いまの世界というものの本質(もしも本質があればの話だが)を見とおすことはできない。殺戮者と犠牲者の最終的等価性というやつだ。ところで、わたしから言わせれば、つきなみだけれどもじゅうぶんに執拗で暴力的なこの妨害に、情状酌量は適用されるだろうか。J.Bは、適用されない、と断じている。理由は面倒だから書かない。ただ、ふとおもふ。危険だな。なりすましにはどうやら誤解があるようだ。「わたし」がごくおとなしく、フツウに正気で、平和的で、非倒錯的で、いわゆる正義の味方だ・・・という平板な誤解。残念だ。
 わたしではない「わたし」がけふ、このブログを読んだからであろう、Twitterに告知をだしたという。友人が転送してくれたメールによると、告知は「権力に迎合して皆が口をつぐむこの時代に、辺見庸氏の言葉の重みがひとすじの光のように心に届けば…という思いでこの BOT を始めましたが辺見氏に不快な思いをさせてしまいました。氏に無断で著作の文章をネットに載せた事を深くお詫びするとともにBotを閉鎖いたします」と述べている。BOTとはなにか、どのような目的のものか、当方にはまったく不分明ながら、なりすましをやめるというなら、よいことだ。わたしではないのに「わたし」を演じたひとが熱心な読者であることは、引用をしてきた拙文の、その選び方からつとに知れていた。しかし、「権力に迎合して皆が口をつぐむこの時代に、辺見庸氏の言葉の重みがひとすじの光のように心に届けば…という思い」は、なりすましの言い訳になりはしない。わたしは、おのれの顔をかくし、なにかになりすまし、だれかの背に隠れて戦えと呼びかけたことはいちどもない。〈辺見庸の言葉があなたの心の深みに届きますように・・・〉などと、だれかに懇願や委託をしたこともありはしない。わたしの言葉がとどこうととどくまいと、わたしの責任でしかないのだ。はっきり言えば、状況とのどつきあいをわたしは望んでいる。つまり、BOTやロボットやそれらの延長線上の無人暗殺機や「無人自動死刑執行マシーン」の発想を、わたしは根本から否定している。ロボットはもともと、チェコの作家カレル・チャペックが戯曲『人造人間(R.U.R.)』のなかで、「労働」「賦役」を意味するチェコ語 robota(古代スラブ語では「隷属」)をもとにあみだした造語である。「辺見庸_Bot」という語感じたい、とうてい受けいれがたいものなのであり、Botというネット上の表現・通信方法があるのだとしたら、その根本からなんらかの病性を宿しているとおもう。病性とは、一にも二にも、薄明のなかに主体を消すことである。ないしは主体を徹頭徹尾あいまいにすることである。あたかも、この国の死刑制度や天皇制ファシズムのように、生身の責任主体を隠してしまうことだ。堪えがたいことは、そうすることで堪えうることとなってきたし、わたしらはげんに堪えるべきでないことに、みんなで主体を隠しながら、日々堪えている。けふもエベレストにのぼった。とちゅうテッポウユリを2輪見た。心がすこしもうごかなかった。尾根をゆきながらおもった。だれしも、わたしだって、むかしは理想郷を夢みたものだ。ユートピアを。そのうち、ユートピアの原義が〈どこにもない場所〉であることを知る。尾根をおりながらおもう。いまは、その果ての、そのまた果ての、まがうかたない〈ディストピア〉であることにうすうす気づきつつ、みんなで気づかぬふりをしている。わたしではない「わたし」だった君よ、わたしにとっていまたったひとつたしかなこととは、毎日こうして高さ1メートルの土盛りのエベレストを、よちよちのぼったり、おりたりすることだけなのだよ。わたしはわたしをかくさない。見ればわかるはずだ。わたしではない「わたし」だった君よ、31日の講演にはきてくれるのだろうね。切符は、君のおかげもあって、けふ完売したそうだ。ありがとう!(2013/08/14)
E38381e382a7e383aae383bce382bbe383b
チェリーセージ.JPG

始めに戻る


 

完全版 1★9★3★7 イクミナ (上) (角川文庫)
完全版 1★9★3★7 イクミナ (下) (角川文庫)です。


 

辺見庸さんの『増補版1★9★3★7』と、
堀田善衛さんの『時間』(岩波現代文庫)です。 


 

辺見さんの『1★9★3★7』(イクミナ)です。 

|

« 辺見庸 私事片々(不稽日録)2013/07/16~07/31と(不稽日録)2013.8.1〜8.7全保存 雑談日記Archive | トップページ | 辺見庸 (日録1)私事片々 2013/10/21〜と、(日録2)から全保存 雑談日記Archive »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91038/66404197

この記事へのトラックバック一覧です: 辺見庸 私事片々(不稽日録)2013.8.8~8.14と私事片々(不稽日録)2013.8.15~全保存 雑談日記Archive:

« 辺見庸 私事片々(不稽日録)2013/07/16~07/31と(不稽日録)2013.8.1〜8.7全保存 雑談日記Archive | トップページ | 辺見庸 (日録1)私事片々 2013/10/21〜と、(日録2)から全保存 雑談日記Archive »