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2014年12月26日 (金)

辺見庸 (日録1-11)私事片々 2014/12/02~と、(日録1-12)、(日録1―13) 雑談日記Archive

 「(日録1―1)私事片々 2014/08/30~」を、今までと同様アーカイブ保存しておきます。

 なお、辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつこのエントリーでは3エントリーアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。

 

2014年12月17日
日録1―13

 

私事片々
2014/12/16~
http://yo-hemmi.net/article/410804603.html

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青い光.jpg 2014年12月17日

・エベレストにのぼった。Tさんから対談本を批判するメール。(2014/12/16)

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サザンカ12月17日の.jpg 2014年12月17日

・エベレストにのぼった。(2014/12/17)

 

2014年12月09日
日録1-12

 

私事片々
2014/12/09~
http://yo-hemmi.net/article/410321780.html

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12月8日の白い花.jpg 2014年12月09日

・カフェにいくとちゅう、やかましい選挙カーがきた。ハチマキをした赤ら顔のオヤジが窓から顔をだして白い手袋の手をふっている。「もう少しです。あと一息です。勝たせてください。がんばります。最後までがんばりぬきます……」。頭からラウドスピーカーをすっぽりと被せられたような大音量。たまらず「うるさい、バカヤロー。ファック・ユー!」と声をあげると、選挙カー「ただいま、ご町内の男性の方から、あたたかいご声援をいただきました!ありがとうございます。ありがとうございます。信念の男×××、最後の最後までがんばります!」。こちらがなにをどうしようとも、むこう側のいいようにはめられる。キャッチ=22だ。投票しようと棄権しようと、巨大政党の大勝がすでにしてきまっている。投票しようと棄権しようと、悪政を手つづき的にみとめることになる。あたりまえだ。人民がこぞって痴呆化しているそんな時期を選びに選んで、恣意的に国会が解散され、最高権力者が選挙のテーマをじぶんの都合にあわせて勝手に決めて選挙がはじまったのだ。やるまえからすべてがほぼみえている。それならば、この選挙はなんのためのものか。6日の秘密保護法反対デモの主催者には新聞労連も名前を(名前だけは)つらねていた。では、新聞記者が何人きたというのか。ふざけるな。新聞社労組の講演講師に右翼(ex.田母神)をまねいて「両論併記」だといいはる時代だ。新聞協会にも新聞労連にも、もはやなんの「信」もない。「報道報国」の国策報道の時代に逆もどりしつつある。いや、もっと悪い。むかしはまだちっとは「恥」というものがあったらしい。いまは恥もヘチマもありゃしない。弱く貧しく虐げられた者たちはぜったいに報われはしない。弱く貧しく虐げられた者たちは、選挙のキャッチコピーにつかわれるだけで、選挙が終われば、社会からとうぜんのごとくに切り捨てられる。カフェで聞こえてきた会話。声の若さからしてまだ30代なかばか。まるで携帯の買いかえのことでも話しているようだ。○「それで……さんがさ、おまえ、俺と境遇が似てるよなってかわいがってくれたんだよ」×「そうなんだ」○「いや、俺のはたいしたことないんだけどね、親父がDVっていうだけだから」×「え、そうなんだ…」○「うん、子どものころからおふくろが殴られて、顔中血だらけにしてるの、毎日みてたし。目に青タンできて、鼻の骨とかふつうに折れてさ」×「……へえ、それで、いまも、ふたりとも……」○「ああ、おふくろは10年前に交通事故で死んだんだよ。バイクにひかれて頭うって死んじゃった。死んだよ」×「ああ…へえ…それで、いまはその暴力ふるってた親父さんとふたりで暮らしてるの?」○「親父は73でさ、46の内縁の女ってのこさえて家でてった。だから俺、いま一人で家住んでるんだよ」×「へーえ……」○「新百合ヶ丘ってさ、神奈川で住んでみたい町ナンバーワンなんだよ、すっごく環境いいとこだぜ。広いし。親父が家は好きにしていいっていうから……」。会話、耳にこびりつく。ひとのからだと新百合ヶ丘の家のつなぎ目がわからない。母親はバイク事故ではなく自殺したのではないか。根拠はない。なにも根拠はないのだ。帰り道、アガンベンのことを想う。脈絡がない。世界には脈絡がない。でも、脈絡があるようにもおもえる。無脈絡の脈絡が。アガンベンはいい。いちど会いたいものだ。「われわれイタリア人は今日、正統性の全面的不在という条件のもとで生きている」「いまや、自らの空虚と自らの唾棄状態とを剝きだしにしていない権威も公的権力もない」「……実際には、すべての陰謀は、現代にあっては、すでに構成されている秩序に利するべく図られている」「悔悟がイタリア人にとって唯一の倫理的経験なのだから、イタリア人には、真なるものの関連は恥であるもの以外にはない。しかしその恥は、それを感じるべきだった人びとよりも生き延び……」。もっとましな翻訳ができないものか。だが、この「イタリア人」を「日本人」に置きかえるのは少しも乱暴ではない。正統性の全面的不在は「正当性の全面的欠如」とも言える。このたびの解散、総選挙は、この文脈で言えば、すでに構成されている秩序を利するべく練られた「陰謀」ないし「策謀」である。マスメディアはあげてこの陰謀と策謀に加担している。恥が、恥を感じるべきひとより永く生き延びるとは、恥が、おどろくべきことには、「理論上の真理のように、客観的かつ非人称的に」なることだという。然り。ニッポンにあっても事情は同じい。われわれには「国民」という強制の前に、「個人」である権利がある。個人のみが、ただ個人のみが、恥を感じることができる。正当性が全面的に欠如した選挙は、陰謀と策謀と根拠なき強制によってくみたてられた犯罪にほかならない。したがって、わたしは犯罪であるこの選挙をみとめない。わたしは、この選挙を「棄権」ではなく、きっぱりと「拒否」する。秘密保護法をぜったいに拒否する。エベレストに左コースからのぼった。(2014/12/09)

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おまわりさん.jpg 2014年12月10日

・2014年12月10日。昼。官邸前。うねり深まる思索のゆきつく結果、ここにたどりいたったわけではない。「場」を選ぶという高度の思慮にもとづき、ここにいるのでもない。凡庸きわまる思念の空回りにも厭いて、見当識いよいよあやしくなり、この世でもっとも愚にもつかぬ場所に、けふはついにくるはめになったのだ。さて。わたしの主敵はそこにいたのか。肉を打つ不気味な音は聞こえたか。骨の砕ける音は。「世界的大変容」の謎の手がかりはそこにみえたか。血で血を洗う戦闘はくりひろげられていたか。味方らしき者はいたか。血の声は聞こえたか。血の雨はふっていたか。うたうべき歌、発すべき叫びはあったか。語るべきことばが聞こえたか。そこは〈いま死すべき場所〉でありえたか。染まるべき血潮はあったか。回答不能。失笑。ふふふふ。「というわけで今日、思考ははじめて、いかなる幻想もいかなる可能なアリバイもないなかで、自らの任務に直面している」(アガンベン「政治についての覚え書き」)。そう。じぶんのあたまとことばでかんがえるほかない。それをたしかめるためにここにきた、と言い訳はできる。しかしだ、きてはみるものだ。首相官邸のこんな近くのビルの谷間に、まるで毒キノコのような「料亭」がいくつもあったとは。謀議と策謀。この国には潜在的犯罪者でない政治家はただのひとりもいない。敵はだれだ、敵は。官邸前。その空間にあるヒトという無痛覚の有機体。肉のない、乾き、黄変した骨たち。干からびたカサカサの皮袋たち。それらはもう爆発しない。起爆しない。不発弾でさえない。さんざつかいふるされたことばを、さんざつかいふるされた声帯で話す。着実に踏襲される、うじゃじゃける心の濁りとごまかし笑いの方法=政治。着実に踏襲され、さんざつかいふるされたことばでないと安心しないわれら市民。敵はだれだ、敵は。われわれは聖なる市民だ。政治家の謀議と策謀のために、税金をはらいつづける聖なる2等市民だ。真に聖なる、ただ死へと捧げられているだけの有機的供物だ。2014年12月10日。官邸前。なにかの崩落の気配はあったか。不規則な衝突と倒壊の気配は。狼藉の気配はどうだ。ない。不穏だったか。不穏ではなかった。発言者が言う。秘密保護法が施行されても、今後、機能させなければよい。まだ希望はある。現政権はわれわれを怖れている。だから、14日、投票しよう。希望を捨ててはならない。さんざつかいふるされたことばを、さんざつかいふるされた声帯で、あくことなく話す。1960年も1970年もそうだったのだ。だれも敗北と敗北の因をみとめない。人民も支配者も。敵はだれだ、敵は。「われわれはすべての人民の破産の後に生きている。それぞれの人民はそれぞれのしかたで破産した」。破産の後の荒野。それぞれに演繹しよう。イメージしよう。われわれはすべての人民の破産(戦争)の後を、まんまと生き延び、そして、またも破産(戦争を)しようとしている。2014年12月10日の官邸前は、予想どおり、思考の磁場ではまったくなかった。よくよくおもえば、そこが思考の中心であろうはずもない。ここが思考の中心であってはならないのだ。思考の磁場はもっと低く、目にはみえない昏い隅にある。それをたしかめただけでも、きたかいがあった。ああ、けふは麻痺がひどい。痛い。半身が凍てついている。まっぷたつの子爵だ。背後でヒソヒソ声。たぶん、わけしり顔。あのね、ここだけの話だけどね、Aはじつは膵臓がんらしいんだね。どうせ自壊するよ。背中が腐る。こんな人民はダメだ。ほんとうにダメだ。昨夜の若者たちのほうがよかった。知ること、より深く知ろうとすること、表現すること、想像すること、創造すること――の権利を手わたさない。そんなことを訥々と話した青年がいたらしい。そう、そういうことなのだ。かれが万万一がんならば、わたしは快癒を祈る。快癒したら、打倒してやる。敵はだれだ、敵は。敵は、人民だ。われわれ(わたし)だ。エベレストにのぼらなかった。(2014/12/10)

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壁2014年12月10日.jpg 2014年12月10日

・唐突ですが。「天地は 広しといへど 吾が為は 狭(さ)くやなりぬる 日月(ひつき)は 明(あか)しといへど 吾が為は 照りや給はむ 人皆か 吾のみや然る わくらばに 人とはあるを 人並に 吾も作るを 綿も無き 布肩衣の 海松(みる)の如 わわけさがれる かかふのみ 肩にうち懸け 伏廬(ふせいお)の 曲廬(まげいお)の内に 直土(ひたつち)に 藁(わら)解き敷きて 父母は 枕の方に 妻子どもは 足の方に 囲み居て 憂え吟(さまよ)ひ 竃(かまど)には 火気(ほけ)ふき立てず 甑(こしき)には 蜘蛛の巣懸(か)きて 飯炊(かし)く 事も忘れて ぬえ鳥の のどよひ居るに いとのきて 短き物を 端きると 云えるが如く 楚(しもと)取る 里長(さとおさ)が声は 寝屋戸まで 来立ち呼ばひぬ 斯くばかり 術(すべ)無きものか 世間(よのなか)の道 世間を憂しとやさしと思へども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば……」。山上憶良「貧窮問答歌」である。「天地は広いというけれど、わたしには狭くなってしまったのか。太陽と月は明るく照っているというが、わたしのために照ってはくれないのだろうか。他の人も皆そうなのだろうか。それともじぶんだけなのだろうか。たまたま人として生まれ、人なみに働いているのに、綿も入っていない麻の袖なしの、しかも海松のように破れて垂れさがり、ぼろぼろになったものばかりを肩にかけて、低くつぶれかけた家、曲がって傾いた家のなかには、地べたにじかに藁を解きしいて、父母は枕の方に、妻子は足の方に、じぶんを囲むようにして、悲しんだりうめいたりしている。かまどには火の気さえなく、甑(蒸し器)には蜘蛛の巣がはり、飯を炊くことも忘れ、かぼそい力のない声でせがんでいるというのに、〈短いものの端を切る〉ということわざのように、木の枝のむちをもち(徴用のためにやってきた)里長の声が寝室にも聞こえる。これほどまでに世間とはどうしようもないものなのだろうか。この世の中をつらく耐えがたく思うけれども、飛んでいくこともできはしない。鳥ではないのだから……」。奈良前期にはこうしたリアルな貧困があった。憶良(660~733ごろ)はここまで慨嘆していた。「世間を憂しとやさしと思へども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」。なんてことだ。「憂しとやさしと」とは、じつに身もやせるように耐えがたい、ということである。だけど、この世とは死なないかぎり縁は切れない。小鳥みたいに飛んでいくわけにはいかないのだから。いや、いまは民主主義があるのだから、14日、選挙にいけ、投票しろ、だと!?選挙にいっても自公で3分の2、自民単独でも300(!)だと、まだ投票もしていないのに、主要メディアが失望とアパシーの種をまきちらしている。その「解説」とやらの、まあ、お粗末なこと。「自民が今回、300議席を超す勢いなのは、消極的な気持ちでも投票先に自民を選ぶ人が多いからだ。投票態度を明らかにした人をみると、『他よりはよさそう』という層では、選挙区の投票先は自民候補が最多。比例区でも47%が自民で、19%の民主を大きく引き離し、特に比例区を中心とする自民議席増の見通しにつながっている」(朝日新聞)。なんすか、これ?なにが言いたいのか。自公で3分の2、自民単独でも300確定と、未然に決定づけられた運命に、なんらの得心もなくしたがうことを、議会制民主主義でござい、というのでございますか。アホか。議会制民主主義も国民国家も民族自決も世界中で破綻している、となぜ書けないのだ。人民は政治権力者にもてあそばれている、となぜ言えないのだ。なんのための選挙、なんのための間接民主制、なんのためのニューズメディアか。議会制民主主義の盲点と弱点を、悪党どもがこれ幸いと利用しているだけではないか。奈良前期にあった「リアルな貧困」は形をかえていまもある。みえないだけ、みせないだけ、みようとしないだけだ。「世間を憂しとやさしと」おもふ貧者や弱者は、身も心も疲れはて、デモにも集会にも投票にもいかないのだ。だとしたら、「人民」とはなんだろう。人民という「同じ一つの語が、構成的な政治主体を名指すと同時に、権利上はともかく事実上は、政治から排除されている階級をも名指している」(ジョルジョ・アガンベン「人民とはなにか」)ことに注意しなければならない。zoe(ゾーエー、生物的な生)しかもたされていない人民は、日本だけでなく世界中でふえている。選挙は、事実上いかなる権利も奪われた「剥きだしの生」を決して救いはしない。万葉の時代には「生と死が現在とは全くことなった輪郭をもっていた」(阿部謹也『「世間」とは何か』)という。それはそうであろう。万葉の時代には、だいいち、ひとがこんなにもいたずらに長く生きるというより、生かされはしなかった。万葉の時代には、しかも、苦しみと貧困は、はっきりと剥きだされて可視的であり、短い射程で死に直結していたであろう。by the way、ああ、阿部謹さん、紫綬褒章なんかもらうなよ。「斯くばかり術無きものか世間の道」ってさ、阿部謹さんもみずから実証しちゃ、ワヤやん。14日は例によって例のごとく、開票即自民圧勝ってか。共産党は倍増とやらで、これまた例によって例のごとく、なにやらスターリン主義的独善のかほりゆかしき「勝利宣言」ですか。それでですね、いったいだれが、どのように救われるというのだ?エベレストにのぼらなかった。(2014/12/11)

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トンネル.jpg 2014年12月12日

・揺りうごかされている。はらわたがズキズキと痛む。痛みのすき間に悲しみの虫のようなものがはいまわる。K.Iさんが日本を捨てるというのだ。メールをもらった。本人に無断で一部を紹介する。「来春、私と妻は……に移住します。1986年、チェルノブイリ原発事故の年に結婚し、話しあって子どもをもつことをあきらめました。3.11以降、妻は九州か沖縄に避難したがっていたのですが、私に外国という決断を促したのは、6月29日新宿での、抗議の焼身自殺未遂の方の行動でした。そして、その後の報道の無視と沈黙。さらに、7月1日の『集団的自衛権の行使を容認する閣議決定』が私にとって決定的な要因でした」。オレンジ色の火の玉の映像を憶えている。「6月29日新宿での、抗議の焼身自殺未遂の方の行動」とは、埼玉県の男性(63)が、背広にネクタイ姿で、JR新宿駅南口付近の歩道橋の鉄枠をよじのぼり、とつぜん、小型拡声器で演説をはじめた。「70年間平和だった日本がほんとうに大好きでした。集団的自衛権で日本はダメになってしまう!」。男性は野次馬に、なんどか「私の話を聞いてください」とうったえ、与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」の一部を朗読した後、ペットボトルに入ったガソリンのような液体をかぶり、ライターで火をつけ焼身。消火器で火は消されたが、重傷。東京新聞がこれを大きく報じた。が、NHKなどはつたえもしなかった。世間はこのできごとをすぐに忘れた。いや、もともとできごとを知らなかったかもしれない。ネットには「消火器代と歩道橋修理費払え」という書きこみがあったらしい。状況とじぶん。昔風に言えば、シチュアシオンとアンガージュマンの関係をおもう。いつもおもっている。わたしも、いまのシチュアシオンにはほとほと厭気がさしている。端的に言って、おさらばしたい。シチュアシオンとアンガージュマンの関係はサルトルの時代から一変し、錯綜し、個々の主体の存立と主体性の自覚と立証がほとんど不可能になってきている。あるべき対立と相克、違和を、それらがたしかに現前するにもかかわらず、全メディアが総がかりでないかのようにみせるのが現在である。「現代は、人民を分割している亀裂を埋め、排除された者たちという人民を根源的に消滅させる試み――容赦のない、方法的な試み――にほかならない」(「人民とは何か?」)。わたしたちは政治参加の法的権利を有するといわれながら、じっさいには、政治から合法的に排除された、市民と言うより2等市民であるほかない。その不条理を真剣に突破するには、ある日、歩道橋上でだれも聞いていない演説をし、焼身自殺をはかって狂人あつかいされるか、K.Iさんのように、この国を脱出するかしかない。焼身自殺未遂者もK.Iさんも、切実だったのだ。いままさに切迫していると感じる能力があった。シチュアシオンとアンガージュマンの関係。はなはだしい懸隔。状況とそれから疎外される自身の生身。表現不能なほどに深まる溝。メールにはさらに「〈この国〉以外なら、何処でも良いのです。〈気分は亡命〉というのも大袈裟で、情報を断ち、国を捨て、土地を離れ、ただ単に身軽に暮らしたいだけなのです」とあった。わかる。この国には、たんに政治権力の問題だけでない、菌糸のように、ヌエのように名状しがたい、視えない暗幕がある。それはファシズムと言えば済むような実態でも現象でもない。「他のファシズム」だけでなく、「内側と下からのファシズム」が増殖中である。この国は、こういう言い方が許されるならば、ただいるだけでも堪らないほど厭な、あまりにも低級な空間になりつつある。「斯くばかり術(すべ)無きものか世間(よのなか)の道」「世間を憂しとやさしと思へども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」。憶良はそうでも、われらは怒り、怒りくるい、憤怒の果てに、この国を捨てる覚悟をきめなければならない。K.Iさんご夫婦は発て!飛び立ちかねつ鳥にしあらねば、わたしは、ここで呻きつづけるしかない。正直に言おう。わたしは安倍政権が怖い。身体的にも精神的にも、この政権とそれをとりまく状況に恐怖を感じている。K.Iさん、ただ、あまりにも怖いからこそ、わたしはここから逃げることができないのです。一例。世耕官房副長官が記者会見で、京都朝鮮学園周辺での街宣活動をめぐり在特会の上告をしりぞけた最高裁決定について「いわゆるヘイトスピーチとされる言動について、民事的な救済がはかられうるということが示された」と評価した。というのは、ニュースの骨ではない。かれは「評価」なんかしていない。最高裁判決など、じつは屁ともおもっていないのだ。ヘイトスピーチの規制については「言論や表現の自由との関係で 難しい問題もある。国会での各党の検討や、国民的な議論の深まりを踏まえて考えていくことになる」と開きなおったところが、このニュースの肯綮なのだ。つまり、ヘイトスピーチの主と国家権力は、暗渠でむすばれているのである。怖い。K.Iさん、ここまで老いたわたしは、だからこそ、ここを脱出できないのです。死ぬまでみまもります。けふ、コビト第1病院。肺炎予防注射。わたしが「投票棄権」ではなく「投票拒否」とブログに書いたことに、コビト、しきりに首をかしげている。情勢はそんなにあまいものではない。「陰謀的な選挙」であることは事実だけれど、いまは、この流れをせめてとどこおらせようとする「次善の策」で対応するしかないのではないか。返事はしなかった。コビトがなにを言いたいかはわかる。切迫しているのだ。情勢がとても切迫しているということを、わがこととして感じることだ。エベレストにのぼらなかった。(2014/12/12)

SOBA:雑談日記の関連まとめエントリー(その時の動画、ドイツ日刊新聞のNHK批判記事、外国人の目にどう映ったかジェフ・キングストン氏の秀逸な論評など)。

海外のBBCが報じたのに、2014.06.29「集団的自衛権反対・抗議の焼身自殺」を全く報じなかったNHKの異常、異様。 

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段.jpg 2014年12月13日

・榛葉英治『城壁』読了。はなから小説として読んでいたわけではないが、大虐殺については、だれがどのように書いても、諸事実のひとつひとつが物語のフレームを突きやぶってしまう。資料のぜんぶにあたったわけではない。しかし、事実をみとめる者もそうでない者も、後人が納得しうる水準(深み)にまでは考察も思索もたっしていないとおもわれる。なぜなのか。わからない。なぜかがほのみえるまでは、結局、読むのをやめることができない。林房雄の『城壁』評価が、やはりうさんくさいものであることも『城壁』を読んでみてわかった。1937年12月12日深夜、南京陥落。同13日、「皇軍」が「残敵掃討作戦」開始。凄惨。奈落。ひととして目をうたがう光景が延々としてつづく。そこからながれた時間は、ひとをして「目をうたがう」ことさえやめさせてしまった。1937年12月の「消去」は、漂白されたいまの救いのない空虚につながる。1937年12月13日付東京日日新聞 (毎日新聞の前身)の「百人斬り競争」記事をみる。まず野田巖少尉 、向井敏明少尉の写真。写真キャプションにおどろく。「刃こぼれした日本刀を片手にした両将校」。大見出しは「百人斬り超記録 向井106――105野田 両少尉さらに延長戦」。まるでいまのスポーツ紙だ。人殺し競争は結局「ドロンゲーム」となり、少尉らは新たに「150人斬り競争」をはじめたという内容。77年前のきょう、侵略戦争現場での日本刀による人殺し競争が、バスケットの試合のようにおもしろおかしく、そしてさも得意気に報じられていたのだった。殺されたのは、捕虜や無辜の農民たち。新聞は売れた。「百六対百五のレコードを作って……」という、浮かれきった文言もみえる。心が痴れている。軍だけではない、大新聞も教育界も畜生道に堕ちていた。 鹿児島市の小学校では副教材で「百人斬り競争」を皇国戦士の英雄譚として紹介し、「血わき、肉おどるような、ほがらかな話であります」と讃えた。戦後70年、ひとは正気なのか。いまは正気なのか。どこが正気なのか。エベレストにのぼらなかった。(2014/12/13)

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スイセン.jpg 2014年12月14日

・はっきりした自覚と覚悟をもって、なんども自問しつつ、選挙をボイコットした。棄権したのではなく、積極的に投票を拒否した。理由は、2014/12/14付の神奈川新聞が掲載したロングインタビューで話したとおり。インタビュー記事の主見出しは「目を見開き耳澄ませ」。小見出しは「策謀的選挙」「見込み違い」「内なる特高」「感性の戦争」……。あたりまえだが、すべてわたしが話したことばである。事実上の憲法改悪および途方もない解釈改憲の追認をせまる策謀的選挙に、わたしはどうあっても加担できない。いい歳をしたテレビの解説者がとんでもない暴言を、こともなげに、さらりと言ってのけた。ドキリとする。人間はここまでバカになったか。バカになったのだ。〈投票者にはインセンティブを、棄権者にはペナルティをあたえるようにしてはどうか……〉。神奈川新聞インタビューで、わたしは語義矛盾を承知で、現状を「民主的な全体主義」と言った。これがそうだ。「投票者にはインセンティブを、棄権者にはペナルティを」も、マスメディアがかもす下からのファシズムにほかならない。マスコミは民主主義をスタティックな状態ないし固定的な制度であるかのように誤解している。誤解もなにも、おそらくなにもかんがえていないのだろう。民主主義はスタティックな状態でも固定的な制度でもありえない。民主主義とは動態である。民主主義は、それをかちとるための人間の絶えざる運動とわれわれ諸個人の、それぞれ独自の、めいめいが独自であるべき、身ぶり、目つき、口ぶりをふくむ、主体的意思表示の全過程のことをいう。〈わが党に投票すれば暴走がストップする〉式の呼びかけは、本質的に民主主義とはことなる。それは「民主的な全体主義」と親和的ななにかではないか。さて、まんまと安倍一味の策謀にのっかり、いいようにもてあそばれて、選挙結果は(ほぼ予想どおり)これこのとおり。ファシズムは上からだけのしかかってくるのではない。この選挙を機に、この国の全民的自警団化はますます進むだろう。貧者と弱者はますますのけものにされるだろう。ひとびとは投票所にゆき、わざわざ災厄をえらんだのだ。永井龍男の短篇「朝霧」だったか、「ラセラスはあまりに幸福すぎたので、不幸を求めることとなりました」というのがあった。あれだ。神奈川新聞インタビューで、わたしは、ろくでなし子さんらの不当逮捕とそれをめぐるメディアと世間の冷笑に怒った。ここははしょられるかなとおもいながら、あえて言った。言わざるをえなかった。そうしたら、その部分もしっかりと載っていた。いまは〈小事〉とみえることこそが大事である。そのことをインタビュアの桐生勇記者は知っていた。新聞もテレビもネットも信用できない。が、神奈川新聞は投開票日当日によくこの記事を掲載したものだ。無宿者支援をしているAさんから久しぶりのメール。Aさんはじぶんを恥じつつ、責めつつ、哀しみつつ、ときにいらだちつつ、ひっそりと無宿者をたすけている。視圏にその昏い隅っこの風景が入らないのでは民主主義ではない。そして民主主義という虚妄は、視圏にその昏い隅っこの風景をさっぱり入れないものなのだ。コビト(投票にいったらしい)、gaga(投票にいかなかった)とオンブルヴェールにいく。月末で閉店するらしい。エベレストにのぼらなかった。(2014/12/14)

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ノギク.jpg 2014年12月15日

・来年からはじまる雑誌連載のタイトルと第1回の締切日が、けふ決まった。ろくでもない選挙で胸くそがわるくなっていて、早く気分を仕切りなおしたかったこともあり、長年来の担当編集者とひとしきり電話で話して、すぐにこれでいこうということになった。主タイトルは「1937」または「1★9★3★7」。最終的にはデザイナーがなんとかしてくれるだろう。とにかく「1937」である。副題は、「『時間』はなぜ殺されたのか?」。つなげれば、「1★9★3★7――『時間』はなぜ殺されたのか?」といったぐあいになる。媒体は「週刊金曜日」。第1回の原稿締切は2015年1月5日。決まりだ。構想はだいぶ前からあった。だいぶ前どころか、前世紀からぼんやりとかんがえてきたことである。たねあかしはいまはしないほうがいいだろう。たねあかしはすべきでない。どうせまだ1枚も書いていないのだから。察しのよいむきは、ははーん、あれか、とおもいあたるだろう。しかし、「1★9★3★7」は、あらゆる予断を裏切るはずだ。わたしはとにかく青年期から「1★9★3★7」にずっとこだわってきた。「1★9★3★7」は、「イクミナ」である。行く皆。たとえば、イクミナ戦争へ。イクミナ提灯行列に。「1★9★3★7」の記憶と「いま」の虚構をしきりに往還する作業が、「1★9★3★7――『時間』はなぜ殺されたのか?」になるのだろう。ニッポンとはなにか。ニッポン人とはなにか。ニッポン人の心的核はなんであったか。ニッポン人はなにを犯してきたのか。なにを殺してきたのか。犯意はあったか。ニッポン人はなにをしなかったのか。ニッポン人はそれを、どう記憶し、忘却し、どう表現し、どう口を噤み、どう歪曲し、どう捨象し、暗黙の裡にみんなでどう過小評価し、それらの作用はどのように集団的に、無意識に、かつなし崩し的になされてきたのか。わたしの父はったい「誰」だったのか。それらを、一切の定式にとらわれず、自由に書く。ただ、それだけの体力がまだじぶんにのこっているのか、じつはおぼつかない。おぼつかないけれどもやるしかない。なにもやらなくても、からだは痛む。書いているほうがまだ楽なのだ。やれるところまではやらなくてはならない。愚劣な選挙のつぎはなにか?死刑執行だろう。年内か。たのむ、やめてくれ。この政権をこのままほうっておけば、秘密保護法の他に、日本版「反テロ法」もつくりかねない。令状なしの逮捕、家宅捜索、盗聴……。1937=イクミナ・ファシズム。神奈川新聞の写真、みんなに笑われる。犬までワハハハとわろた。「ニンチ入りかけの町内会のジイさんみたい」。あれは俺じゃない、と言いたくとも言えないし。エベレストにのぼった。(2014/12/15)

 

2014年12月02日
日録1-11

 

私事片々
2014/12/02~
http://yo-hemmi.net/article/409951961.html

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12月2日のサルスベリ.jpg 2014年12月02日

・駅前がうるさくなってきた。声が風にながれていく。なにをがなっているのかわからない。がなっている当人たちも、なにをがなりたてているのか、とくとかんがえているわけでもなさそうだ。民主主義などという、これは上等なものではない。かれらはあるしゅの暴力団である。それがいいすぎなら、やつらはアドルノのいう、ラケット(racket)にちがいない。racketはじつに多義的だ。まず、「騒ぎ、騒音」である。不可算名詞としては「遊興、道楽」となる。ふむふむ、そうにちがいない。可算名詞としては、「(恐喝、ゆすり、たかり、詐欺などによる)不正な金もうけ、やみ商売、ごまかし、インチキ、詐欺」てな意味。で、総合的に「仕事」という意味にもなるというから、あんたらもいいかげん、こちらもいいかげんという、存在の本質的虚偽性が含意されているところが、ひとつの単語としてじつにすぐれている。タフなことばだ。マルホランドDr.のサルスベリ並木がやっと赤くなってきた。サルスベリというやつはほんとうにエネルギッシュだ。モクモクと咲いたり、吹雪のように散ったり、また咲きなおしたり、匂いたったり、紅葉したり、すべてを散りつくして石化したり……。万物の数量化により、人間主体から〈主体性〉がうばわれ、世界から個別の〈質〉がうばわれる。選挙もそのようなプロセスでのracketによるracketである。なんとかミクスとかにはなんの関心もない。かれらに別してお訊きしたいこともない。ただ、あるきながら、ふとおもう。このジャパンという国は、ほんとうは「ポツダム宣言」を受諾していないのではないか。ポツダム宣言は軍国主義の除去、戦争犯罪人の処罰、再軍備禁止などについて規定していたはずではなかったか。げんざい、ポツダム宣言違反事項はすくなくない。1945年8月14日にこれを受諾した、というのは夢だったのか。なぜだれもそれを質さないのか。それに、ジャパンは「サンフランシスコ平和条約」に調印したはずではなかったのか。その第11条は、「極東国際軍事裁判所(東京裁判)ならびに日本国内および国外の他の連合国戦争犯罪法廷(南京軍事法廷、ニュルンベルク裁判)の判決を受諾し……」ではなかったか。Aと自民党の大多数、野党のかなり多数も、東京裁判や南京軍事法廷判決を事実上否定し、受諾どころか、いまやせせらわらっているではないか。これはどういうことなのだ?なぜこの基本(戦後の原点)についてのかんがえを問いつめないのだろう。わたしの目には、野党がみんなして、Aと自民党をたすけ、応援しているようにしかみえないのだが、なにがおきているのだろう?昨夜、『南京事件』(笠原十九司著 岩波新書530)再読。眠れなくなった。わたしはわかっていなかった。テクストがないなどと言ったが、これはやはり第一級のテクストである。「谷寿夫(陸軍中将。南京事件の責任者および関与者とされ、死刑判決。銃殺刑)のいうように南京事件の全貌を解明し、真の責任者を本格的に究明しようとすれば、もっと上級指揮官、さらには軍中央と政府そして天皇にまでもその追及はおよんだはずである」。同感。上海派遣軍司令官・朝香宮鳩彦王は「皇族ゆえに免訴」された、というが、「皇族ゆえに免訴」とはどのような法哲学にもとづく判断なのだろう。日本の戦後のなりたちのいかがわしさが、70年の時間に堪えず、剥きだしてきている。いま、マスコミをはじめracketでない者はいない。武田泰淳「……軍国主義というのは、簡単に克服できると思ったら、とんでもない間違いで、自分で切腹するくらいの覚悟がなくちゃね、軍国主義はいかん、とはいえないんだね。その点は、ぼくは間違ってたけど……」(『私はもう中国を語らない』)。あるきながらおもう。わたしはそれでも死刑に反対である。南京大虐殺の実行責任者にたいする死刑にも。エベレストにやっとのぼった。(2014/12/02)

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ギンモクセイ.jpg 2014年12月03日

・けふ投票所入場整理券がとどいた。どうしてやつらの手前勝手なデタラメにつきあわなければならないのか。呆れはてることあまりにもしばしばで、もう腹をたてる気もしない。わたしいがいのひとびとでもそうなのではないか。投票行動そのものが、いまの政権の〈正当性〉を根本から否定したくても、手つづき的にはささえてしまう仕組みになっている。わからない。ものごとはまるで理性的に合理的に、あたかも情理をつくしたうえですすめられているかのように、テレビや新聞ではつたえられている。誤報である。ねつ造である。そのことにときおりヒヤリとする。わたしはうっすら恐怖を感じつつ、しかし、いくところもなく陋巷に起きふししている。そうおもい、またギクリとする。「恐怖を感じつつ、いくところもなく陋巷に起きふししている」。これはわたしのことばではない。何年かまえにめくり、さいきんもまた繰っている(本は毎日ほとんど再読ばかり)『敗戦日記』(高見順)の、ある老婦人にかんする、1945年2月4日の文章。すでに東京爆撃がはじまっていたのだ。前月の銀座無差別空襲では遺体が街にあふれた。向島の街路に「敵性ネクタイをやめて、下駄のハナヲにかへませう」という看板があった。それを「いやな感じの愚かしさ」と高見は慨嘆する。ひどい時代だ。戦火にあっても、だが、「いい家族」はあったと日記にはつづられている。「いい家族」があったということは、〈なにげない日常〉もあったということだ。〈なにげない日常〉が戦争をささえていた。いつB-29の空襲があるかわからないというのに、「ラジオは滑稽な落語をやっていた」という。鈴本から中継もしていた。いまとおなじではないか。メディアは異常事態にさえいつにかわらぬ日常をこしらえてしまう。「恐怖を感じつつ、いくところもなく陋巷に起きふししている」人民も、とにかく情報がうそでもほんとうでも、昨日とかわらない日常をほっしている。ひとびとは真実にこだわらない。1945年2月4日の日記に、高見順は「東京の庶民に私は胸の痛くなるような愛情を覚えさせられた」と書く。南京陥落で「ニッポン勝った、また勝った、シナのチャンコロまた負けた!」と大声でさけんで大提灯行列をし、空襲でも落語を聴いてわらう「東京の庶民」たちに、胸くそがわるくなるのではなく、「胸の痛くなるような愛情」を感じたという。読んだわたしは胸くそがわるくなった。2014年12月のいまも胸くそがわるい。一方、高見は高見で、陸軍報道班員としてビルマに派遣され、1944年には南京での「第3回大東亜文学者大会」に出席し、「日本文学報国会」にも結局は参加しているのだが、庶民とともに、さしたる自省もない。歴史はながれる。大ざっぱなものだ。いちいち善悪の判断などしやしない。たちどまらない。とどこおらない。Aはだんだん演説がうまくなっている。あのしゃべりかたと表情は、だれかプロのインストラクターについて、鏡のまえで練習しているのだろう。どうしたらうけるか。いかにもわざとらしい笑顔。わざとらしい被災地訪問。手のふりかた。声音。視線のなげかた。左右中央、万遍ない顔のむけかた。群衆というのは反吐のでるような〈わざとらしさ〉をこのむものらしい。Aはときどきスゴむ。短慮と狭量が瞬間あらわになる。その点、インストラクターに注意されているはずだ。にもかわらず、Aとその一味は勝つだろう。他党があまりにも愚かで魅力がないからだ。他党は、じぶんたちの愚昧と魅力のなさをもって、群衆(と情報)操作に日夜腐心しているAとその一味を、しっかりとささえてやっている。われわれは、まんまとしてやられている。選挙が終わったら、壮大な虚脱感のなかで平和憲法体制はまたガラガラと崩れていくだろう。民主党はいうもおろか、共産党や社民党にほんとうの危機感はあるのか、どうもうたがわしい。9条のゆくえを本気で死ぬほど心配するなら、共産、社民は、なにゆえその一点で統一戦線を組み、たがいに選挙協力ができないのだ。党がハナクソほど小さくなっても、まだ自党第一主義である。あいもかわらぬ紋切り型の下手な演説。血相をかえて「努力」し工夫し工作しているのは、共産でも社民でもない。Aとその一味のほうである。ファシストはいま、すこぶる元気だ。貧乏人は、うっすら恐怖を感じつつも、しかし、いくところもなく、出口もなく、ときどき力なくヘラヘラとわらい、陋巷に起きふししている。日常はとぎれない。ながれてゆく。そして、大災厄がやってくる。エベレストにのぼった。あまりあるけないけれども、デモにいこうとおもう。(2014/12/03)

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皇帝ダリア.jpg 2014年12月04日

・自由の幅が縮んでいる。目をみひらき耳をすませ。選挙後には自由がさらに縮小するだろう。いつのまにか〈特高警察〉ができてしまっている。事実である。特高はわたしたちの内と外にいる。内と外から、じしんの内と外に、たえず目をひからせている。社会的気流がおかしい。とうぜんである。自由の幅が縮んでいるからだ。「国際的対立の空間としての経済はルールなき戦争と化し、そこでは民間人と軍人の見分けはつかず、いつでも破棄できる契約が法にとってかわり、不正行為が横行している。そこでの武器は根本的に進化し、その結果この戦争は本質的に感性にかかわる戦争となった」(スティグレール『象徴の貧困』)。この「感性の戦争」は宗教戦争、民族間あるいは国家間の戦争をさまたげないどころか、これらをみちびき、それらを予告しているという。スティグレールの予言はあたっている。現時点の全体主義を古典的それと同質とかんがえるひとがすくなくない。そうだろうか?そうでもあるが、そうでもない。目をみひらき耳をすませ。現在の全体主義には新しい意匠がこらされている。現在の全体主義は〈民主的な全体主義〉なのだ。それが新しい意匠だ。ドゥルーズのいう「コントロール社会」になぞらえれば、いまは民主的でファッショ的なコントロール社会である。「感性の戦争」はすこしも誇大な表現ではない。目をみひらき耳をすませ。わたしたちの情動はじつは統制されている。権力により自己じしんにより。ろくでなし子さんらの不当逮捕を軽視し冷笑する者は、自由の幅の縮小を望む者たちにほかならない。ろくでなし子さんらの不当逮捕に怒る感性がすっかり摩滅している。そのことと秘密保護法には重大なかんけいがある。目をみひらき耳をすませ。〈民主的な全体主義〉がかかわる感性の戦争はとっくのむかしからはじまっており、いまやますます大規模になっているにもかかわらず、目にはみえにくくなっている。目をみひらき耳をすませ。〈民主的な全体主義〉は、もちろん権力が関与するけれども、権力だけがその目的意識にそうてつくりだしたものではない。権力支配下にある群衆(選挙民)が承認し生成しているものでもある。Aとその一味はいま「感性の戦争」でも、権力支配下にある群衆(選挙民)の承認をえつつ、圧勝しつつある。怖ろしいことだ。自由の幅があきらかに縮んでいる。特高がみはっている。目をみひらき耳をすませ。感性を研ぎすませ。久しぶりにT君と話す。週末、秘密保護法反対のデモに参加できるかどうか、じぶんのからだに問うてみる。20メートルくらいならなんとかひとりであるけるだろう。10メートルでもよい。 週末、なんとかして秘密保護法反対のデモに参加したい。「感性の戦争」に参戦する。そうおもいながら、エベレストにのぼった。(2014/12/04)※

※SOBA:以下、関連で二つ。
ろくでなし子さんの「まんこ」発言に裁判官「それ以上続けると意見陳述制限します!」(弁護士・コム)

(01/01)12/14インタビュー掲載、安倍政治を問う〈11〉 目を見開き耳澄ませ 作家・辺見庸さん

 

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突然の薔薇.jpg 2014年12月05日

・かつて、といってもだいぶまえ、ある美大の「卒制」展をみにいったことがある。どこまでも自由でのびやかだった。MD(マンコデッサン)というのがあった。ま、逆立ちした自画像のシリーズみたいなもの。それも堂々と展示されていた。もしも女性の陰部という人体開口部を「顔」とみたてれば、これは陰翳と曲線と凹凸に富む自画像なのである。見事であった。〈陰毛が成長するまで〉といったタイトルの、自撮り写真集もあり、こちらは、いったんきれいに剃毛した局部から、少しずつヘアがはえてきて、ついにはひとつのこんもりとした森のようになるまでの全プロセスを、開脚して数十枚さつえいしたもの。たしか、終いのほうはもう写真ではなく、じつぶつのピュービックヘアがはりつけてあったと記憶するが、みていてその自由奔放さがきもちよく、こころがやわらかになった。これらを「わいせつ物陳列」の疑いで逮捕というなら、美大全員逮捕だぜ。ろくでなし子さんらの不当逮捕事件は〈女性のかがやく美しい国〉のキャッチフレーズが真っ赤なウソであることをものがたっている。これはA政権の特徴がよくあらわれた思想表現の弾圧ととらえられるべきだ。だいいち、ケツメドAの存在そのもののほうが公序良俗に反する「わいせつ物陳列」ではないか。やつを逮捕せよ! 某紙デスクと「ろくでなし子・北原みのり両氏不当逮捕事件」についてはなす。現場の若手記者がいつまでも原稿を送ってこないので、なぜかと問いただしたら、「だって、作品に品位がなく、くだらないので・・・・・・・」と答えたという。記事に値しない、と。この事件の深刻性、重要性、今日性を、デスクはいちから説明しなければならなかったという。若手記者はキツネにつままれたような調子。おもわず〈ばかやろう!てめえなんかやめちまえ!〉と言いかけたが、コンプライアンスという自己規制でデスクは声にはしなかったらしい。聴いていてはげしい苛立ち。記者が世間の自警団なみのオツム。選挙への積極的棄権をかんがえている。「彼ら(人民)が自由なのは、議員を選挙するあいだだけのことで、議員が選ばれるやいなや、人民は奴隷となり……」(『社会契約論』)とおもうだけではない。投票行動とその結果が、憲法を無視する不正な政権をみとめることに直結し、集団的自衛権行使容認、秘密保護法、武器輸出、普天間基地移設、原発再稼働などの各重要問題で、安倍政権の方針を法的に承認したものと解釈されてしまうからだ。まさに「キャッチ=22」である。このたびの選挙は間接民主制の弱点を悪用した、戦後史を劃する「大策謀」としかみえない。飼い主が投げた餌を尻尾をふってくわえにいく犬。安倍はそのように選挙民をみくだしている。わたしは現時点で、安倍の策謀としての選挙にいくよりも、明日12月6日の秘密保護法反対デモに参加するほうがはるかに、はるかに重要だとおもう。自身をせめても納得させることができるのは、どのみち空虚さはまぬかれえないにしても、後者なのだ。投票日12月14日は、昭和天皇が中国侵略「皇軍」による南京攻略成功を大いによろこび、祝いの「お言葉」を発してから77年目の日である。安倍は知るまい。6日のデモでどれほどあるけるか予行練習してみた。50メートルはいけるか。夕刻になるとあるけなくなるのが怖いけれど、ぜったいに参加する。これはあくまでもわたし個人の問題である。M.Sとコビトに感謝する。エベレストにのぼらなかった。(2014/12/05)

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ボケ2.jpg 2014年12月06日

・14日の後も日常はなにごともないかのようにながれてゆくのだろう。時間のながれと継起にはっきりと目印があったり、ゴチックで警句がしるされていたためしはない。歴史はせいぜいよくても後知恵である。心におもい浮かぶことごとと現前するできごとが一致することは、めったにはない。ほとんどない。共時性はたいていは錯覚だ。14日の後にも懈怠はあり、おのれのみのみみっちい安堵も、あのれのみのいじましい幸福感とやらも、14日の以前のようにあるだろう。だが、わたしには14日の後は「実に恐ろしく青く見える。恐ろしく深く見える。恐ろしくゆらいでみえる」(賢治)のだ。ものごころついてからこれまで、これほど危険な政権をわたしはみたことがない。弱者、貧困者をこれほど蔑視し侮った政権を知らない。この国の過去をこれほどまでに反省しない政権は自民党でさえめずらしい。これほど浅薄な人間観、これほど浅はかな世界観、これほど歪んだ歴史観のもちぬし、これほどのウソつきに、ひとびとがやすやすと支配されているのをみるのは、ものごころついてからはじめてだ。以上のような理由で、わたしはこれから秘密保護法反対、安倍政権打倒、ろくでなし子さんら不当逮捕反対、言論弾圧・干渉粉砕(スローガンは個人のイメージです)のデモに参加しにいく。デモ前の集会主催者や「文化人」あいさつなどセレモニーぜんぱんは超ウザくて、戦意喪失するので、ぜんぶさぼるつもり。デモのみ、あるけるだけあるく。2004年に倒れてからデモに直接参加するのははじめて。それでは。(2014/12/06)

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タクシー.jpg 2014年12月07日

・「しばらくまえまでコーンがあったけど、もうぜんぶなくなってますよ」。若い運転手が言う。コーンってなんだろう。ひとしきりかんがえて、かすかにわかりかけるのと、いやな予感がするのとが同時だった。ひょっとしたらもう終わっているのではないか。いや、そんなはずはない。デモ出発15:50。事前に電話で訊いたら、あいさつが長いので、たいてい30分かそこらは進行が遅れるという。そういうものであることはこちらも知っている。デモの参加者が最低でも5000人なら、最後尾がうごきだすのは早くたって16:30以降にちがいない。たおれるまえ、学生を連れてここにきたのは有事法制反対のデモで、緊迫感こそなかったが、6000~7000人はいた。今回は野音で「大集会」後デモとビラにあったから、この情勢である、10000人はくるかもしれない。「ひとごみがすごいので押しつぶされないように気をつけてください」。Oさんからメールもきた。1週間ほどまえからこの日にそなえて歩行練習もしていた。ジグザグデモや乱闘になったらどうしよう。むかしの経験をたぐりイメージトレーニングもしてきた。シミュレーションというのか。紺色の4機の部隊が目にうかぶ。運動部の更衣室みたいな汗のにおい。アルミの盾がガシャガシャぶつかる音。連中は威圧するためにわざと盾で音をたてる。4機が駆け足。ザックザック。盾の角で頭を殴られ、気をうしないかける。警棒だと、こちらがヘルメットをつけていても、気絶しかねない。機動隊員のぶあつい靴で膝を蹴られ、倒れたところを、左の人差し指を踏みつけられて、指が折れた。以来、左人差し指はL字に曲がったまま。餅つきのように殴られたな。なんども。恨んじゃいない。わたしは鉄パイプも角材も火炎瓶ももっていない。もっているのは、一応、逮捕にそなえ、若干のお金と携帯と障害者手帳だけ。「脳出血、脳梗塞による右半身不随(2級)」。2泊3日を想定し、下着も新しいのをつけてきた。デモ隊の尻尾くらいはみえてもよいころだが、みえるのはクリスマスのイルミネーションばかり。白内障の目がチラチラする。クリスマスツリーが爆発している。タクシーをおりる。機動隊どころか、交通警察官もパトカーもDJポリスもいやしない。通行人にたずねる。アベックに。デモ?えーっ、なに、それ、知りません。わたしの姿に怯えている。途方にくれる。小さなデモがあるにはあったが、すぐに終わったらしい。かわたれどき。左手で電柱につかまる。からだをささえる。どうしようか。空のふちは灰色に沈んでゆき、その街のたそがれに、わたしは溶けてゆきそうだ。「おじいさん、おじいさん……」。落ち着いた女の声。「お家わかりますか?」。ふりかえると、顔の大きな女性のタクシー運転手。車を停めて近づいてくる。白い手袋。がたいの大きいひとだ。「おじいさん、お家わかりますか?話せますか?」。わかる、と答えると、「番地言えますか?」と問うてくる。半分は暗記しているけれど、ぜんぶは言えずにモグモグする。身障者手帳をみせると、ああ、よかった、ここに送りますね、と言いざま、わたしを横抱きにするようにしてしてタクシーにはこび、後部座席に乗せる。すごい力だ。かすかにカツオ節だしのにおい。それが運転手のにおいか、まえの客のにおいかわからない。タクシーうごきだす。うしろからみると男のようにたのもしい肩幅だ。女の運転手、前をみたまま、わたしに聞こえるようにつぶやく。はっきりと。一語一語。「夜は、あやしく、おちいりて……陰極線の、しい、あかり……」。僥倖だ、これは僥倖だ。わたしの口がとつぜん、くちばしっている。「運転手さん、ぼくとケッコンしてください!たすけてくださいませ」。女静かに応答。「だめなのよ、おじいさん。わたすぃ、ラオス人のおっとせーがいるのよ」。亀戸(平井だったかもしれない)の女のアパートに連れていかれる。畳にしいた布団で、ラオス人の障害者があおむいて寝ている。口の端から涎をたらしている。女の運転手、キチンから松前漬けと日本酒をもってきて、のものも、と言う。ラオス人の障害者が泡を吹きながらフエーヒエーと、なにか訴えた。女の運転手「うるさい、バカ!」と一喝。わたしたちは数の子がそれはいっぱいにはいった松前漬けをパリパリと食べながら、冷酒をのんだ。そうしたら眠くなった。女の運転手がラオス人の障害者の隣に布団をのべ、わたしを寝かせ、じぶんも横になり、川の字になったところで、ちあきなおみの「赤い花」をうたいだした。ちあきなおみそっくりだ。涙がでてきた。おじいさんもいっしょにうたお。女の運転手が耳もとで誘う。「赤い花、暗闇のなか……」。フエーヒエー。ブクブク。いっしょにうたって寝た。ラオス人の障害者がよこでフエーヒエーとまた声をだして泡を吹いていた。そこから先は記憶がない。けふ、エベレストにのぼった。それから神奈川新聞の桐生記者がインタビューにきた。3時間くらい。顔の大きい女のタクシードライバーのことは訊かれなかったので言わなかった。肝心なのはそれだけだったのに。あとはみんな、どことなくインチキであった。(2014/12/07)

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タクシー2.jpg 2014年12月08日

・12月10日の秘密保護法反対集会には、昼の部か夜の部のどちらかに参加しようとおもう。6日、寒天下、まるで揮発するように終わったというより、痕跡ものこさず消えてしまった「お焼香デモ」のリベンジを、個人的には果たさなければならない。当日は官邸前になんとかたどりつくこと。折りたたみ椅子をゲットすること。6日は皇居乾門に7万人がきたというじゃないか。有楽町に長蛇の列ができていたので、てっきりデモだとおもってならんだら、年末宝くじの売り場だった。わたし(たち)はかつてない屈辱の冬をすごしている。安倍がたか笑いしている。官邸前にいくことは、なにもわたしがだれかに課された絶対命題ではない。いかなくてもいい。たぶん、そこにいくことにはなんの効果もないだろう。無意味かもしれない。6日に味わった失望と空しさ、疎外感が、きたるべき10日にもまちがいなくまっているだろう。だからこそいこう。打ちのめされるために。やがて到来するだろう未知の光景の手がかりを求めて。やがて到来するだろう未知の光景は、決して「希望」ではない。虐げられている者らが、さらに虐げられる光景である。虐げられている者らが、さらに虐げられても、だれも意に介さない、意に介さなくても済む光景である。それは、いっさいのことがらが、それぞれの「私」抜きに、すでに「他」によって決定されてしまっている状態でもある。その状態からは〈きたるべき戦争〉のにおいがするだろう。それなのに、昨日のような今日、今日のような明日の自動的連続と自動的進行と自動的強制を、わたしは黙って受容できるかるかどうか。安倍は〈きたるべき戦争〉のにおいを、これまでのだれよりも慎みなく、無遠慮にまきちらしている。これを〈不条理な運命〉としてがまんしろというのか。いっさいが相談もなしにすでに決定されている、この〈不条理な運命〉にあらがうこと。それは戦争に抗することでもある。わたしにはまだそれに抗する力がのこっているかどうか。わからない。〈非人称のただの存在者〉にすえおかれた状態からたちあがり、それぞれのやっかいな「私」を立証するための、あがき。あがくべきである。べつに10日官邸前にいかなくてもよい。しかし、失望と空しさ、のっぴきならない疎外をたしかめるために、わたしは10日、官邸前集会にいく。エベレストにのぼった。(2014/12/08)

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完全版 1★9★3★7 イクミナ (上) (角川文庫)
完全版 1★9★3★7 イクミナ (下) (角川文庫)です。


  

辺見庸さんの『増補版1★9★3★7』と、
堀田善衛さんの『時間』(岩波現代文庫)です。 


  

辺見さんの『1★9★3★7』(イクミナ)です。 


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