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2014年12月25日 (木)

辺見庸 (日録1―5)私事片々 2014/10/21~と、(日録1―6) 雑談日記Archive

 「(日録1―1)私事片々 2014/08/30~」を、今までと同様アーカイブ保存しておきます。

 なお、辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。

 

2014年10月28日
日録1―6

 

私事片々
2014/10/28~
http://yo-hemmi.net/article/407888815.html

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白いコスモス10月25日.jpg 2014年10月28日

・新刊『霧の犬 a dog in the fog』(鉄筆)のカバーデザイン(名久井直子さん)が送られてきた。文句なし。『眼の海』の海底ともつながる闇に、長谷川潔のエッチングが透かしみえる。気に入っている。著作権者も鉄筆も諒承。これにきまった。青黒い霧のむこうにヒトデ、サンゴ、巻き貝がうっすらみえる。こういう装幀がほしかった。であいがしらにぶつかったみたいで、おどろいている。風邪なおらず。エベレストにのぼった。(2014/10/28)

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ハナミズキの実10月14日.JPG  2014年10月29日

・「社会の暴力団的段階」と言ったのは、アドルノやホルクハイマーたちで、1940年代だった。古典的ファシズムには、racket(ならず者、暴力団)がたしかに可視的に存在したが、その後の監視・管理社会には消えたかのようにおもわれている。ちがう。racketは言葉づかいのよい合法的なthe racketsになっただけのことだ。首相Aはthe racketsの頭目である。川内原発再稼働をみとめた議会・行政・群衆・メディアも、いわば合法的な暴力団のようなものだ。the racketsの諸個人は、なるほど、巻き舌ではない。バカ、アホウとののしりはしない。コンプライアンスとやらをいう。女性のかがやく社会とも。しかし、the racketsのかかげる人間の尊厳や誇りや約束は、ただのみせかけである。the racketsは尊厳をかたりながら尊厳を破壊する。国会議員は大半が、その本質において、暴力団なのである。the racketsには、派手な服を着た与野党女性議員、労働組合幹部、いわゆる識者らがふくまれる。「社会の暴力団的段階」は、すでに終わったのではなく、今日ますます熟してきている。こんごはさらに暴力化するだろう。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/29)

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ツワブキ.jpg 2014年10月30日
フッキソウ.jpg(←SOBA:クリック遷移した写真頁ではこうあるも、写真のコピペaltデータで出た上記ツワブキが正解)

・晩餐会にちん入してはならない。そういうことになっている。だいいち、宮中ではちん入のしようがない。ちん入とは、おもえば、おもしろい動作であり身ぶりだ。バルザックにもユゴーにもシェークスピアにも、ちん入シーンはかならずといってよいほど登場する。「ビリディアナ」だってそうだ。物語はだからこそ成立しえたのだ。かつて、ちん入は、しばしばではないにせよ、ときにはありえたできごとであった。入ってはならないとされるある(場ちがいな)場所に、ことわりなしに、とつぜん入りこむこと。狼藉。当惑。狼狽。顰蹙。ざわめき。ちん入者の演説がはじまる。唐突な。見せ場だ。バルザック、ユゴー、シェークスピアはだからこそ出色たりえた。ちん入者が剣を抜き、テーブルに飛びのっていう。淑女、紳士のみなさま、ひとことお聴きいただきたい。この国の無残、貧困、とほうもない格差をよそに、あなたがたはいままさに貧者らの血税によりあがなわれた贅沢きわまる酒食を口にしている。淑女、紳士のみなさま、あなたがたのなかには、あろうことか、悪政の主導者首相Aもすまし顔でメインテーブルにおわせられる。立て、にっくきA。わしがここで成敗してくれん!……といった物語は消滅した。すなわち、そうした「抗う身ぶり」と発想が失われてしまったのだ。みずからの身ぶりをうしなった時代は、どうじにまた、その身ぶりにとりつかれてもいる、という。バルザックもユゴーもシェークスピアもない宮中晩餐会は、ただたいくつなだけである。たんなる税金ドロボー。宮中晩餐会にはちん入者がいなければおもしろくない。わたしたちは「抗う身ぶり」におどろいてみたいのだ。ちん入者たちが「ビリディアナ」のらんちき騒ぎを演ずる。もしくはピーター・グリーナウェイ風に、テーブルにおもいきりゲロを吐きまくるとか、王様のスピーチのさいちゅうにものすごい屁をするとか……。あんた、ばかなことを言ってないで、堀田善衛の「時間」でも読みなさい。コビトにメールで叱られる。エベレストにのぼった。1回目失敗、2度目になんとか成功。『デカローグ』DVD-BOX中古(5枚組)注文。 (2014/10/30)

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ヒメツルソバ.jpg 2014年10月31日

・むかし、未来社に藤森さんという大学の先輩がいて、じつにたくさんのことをおそわった。お金もかりた。埴谷雄高のこと。埴谷の当時としては破格の稿料や小山内薫のこと。よく新劇の切符をもらった。宇野重吉のゴドーをみたのも藤森さんのおかげ。暴力学生のわたしに教養というものをつけさせようとしてくれたのだった。富士正晴や島尾敏雄を読むようにすすめたのも藤森さんだったとおもう。で、富士正晴がたしか31歳で応召したのが、わたしの生年の1944年で、南京や広州、桂林を行軍したことを知る。忘れもしないのが、そのときの富士正晴のじぶんへの「誓い」である。南京大虐殺のずっとあとのこと。ケツメドAは知るまい。知るはずもない。知りたくもなかろう。富士正晴はじぶんで「強姦はすまい」と誓ったのだった。まったく泣けてくる。二等兵で中国に行き、じぶんは強姦しないぞとわざわざ誓約したほど、そして、そう誓約するのが奇異におもわれるほどに、「皇軍」にあってはときに強姦がかならずしも犯罪ではなかった、ということだ。殺(殺人)掠(略奪)姦(強姦)。中国ではかつて、それが日本軍の表象だったのだ。だから「日本鬼子」とよばれた。富士が行軍させられた南京、広州、桂林のすべてにわたしは足をはこんだ。けふ、堀田善衛の『時間』を読みはじめる。昭和48年の新潮文庫、15刷。活字がちいさくてルーペがいる。老けたものだ。佐々木基一の解説はダメ。まるでいけない。『時間』は掘田の作品でもなぜか目だたない。なんとなく目だたないようにされたのだ。権力だけでない。しもじもも、南京大虐殺を(生体解剖も)なかったことにしようとした。じぶんは知らぬとおもいこんだ。ジャパンはそういふ、あるしゅ不気味な浸透圧の社会なのだ、むかしから。そこに歴史学も文学もジャーナリズムもあるといふのだから嗤うしかなひね。藤森さんに感謝します。エベレストにのぼった。もうみたのに、Z00がまたみたくなって注文。従軍慰安婦報道にかかわった元朝日新聞記者が非常勤講師をつとめる北星学園大が、来年度からその元記者を雇用しないことにするらしい。やっぱり。田村学長は「学生の安全と平穏な学習環境をまもることが最優先」と強調。大学祭などの警備に多額の費用がかかったこと、学生からの批判や受験生の保護者から問い合わせがあったことを理由にあげているとか。要すれば、〈わたしどもは右翼の暴力に屈することになりました〉ということだ。暴力に屈するということは、教育機関が、脅しや暴力の威力をみとめることにほかならない。それは教育機関じしんによる知の根本的否定だ。自治の放棄だ。腰抜けども!(2014/10/31)

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ダリアFullSizeRender.jpg 2014年11月01日

・「腰抜けども!」などと、えらそうに言うべきではなかった。すみません。そう言うことにはいかなる意味もない。いま、腰抜けでない者など、北星学園大にかぎらず、どこにもいない。いや、北星学園大にだって、こんどのことを深くなげき、悩み、かんがえこんでいる、どんな魅力的な個人がいるかわからない。きっといるだろう。長万部かなやのかにめしを、いま、そういうひとが食っていないともかぎらないのだ。きめつけてはならない。潜勢態のようなもの。腰抜けと言ったが、おもえば、これはわたしの趣旨に反する。腰抜け、無能、マヌケ、惰弱……は、わたしの友であり味方であり、ひっきょう、わたしじしんなのだから。非の潜勢力にひっそりと生きるひとは、それでも、ひとりでなにがしか抵抗することができるし、なにより「しないということができる」(G.アガンベン)。昨夜、丸の内にいた友人Mからいきなり電話があった。「なにかとくに異変があったわけではないのだけれど、通行人がみんなキチガイにみえてしょうがない」。わたし「……」。M「みんなキチガイにみえてしょうがないこちらが発狂しているのかもしれないし、医者が診たら、そう言うのかもしれない、いや、きっとそう言うにちがいないけれど……」。わたし「……」。M「みな、なにも問題ないみたいな顔してすましてあるいているし、愉しそうにあるいているのもいる……なんかひどい!信じられない……」。あのへんは時間によっては皇居の厩舎の馬糞のにおいがする。皇居だから、だれも文句を言わない。ありがたく嗅ぎたてまつる。馬糞でも人糞でも。Mはほとんど泣き声だった。馬糞のことではなひ。通行人がみんなキチガイにみえてしょうがない、といふこと。つまり、「だれひとりとくにこれといって風変わりな、怪奇な、不可思議な真似をしているわけでもないのに、平凡でしかないめいめいの姿が異様に映し出されるということはさらに異様であった」(石川淳「マルスの歌」)といふことじゃないか。「……ひとびとの影はその在るべき位置からずれてうごくのであろうか。この幻燈では、光線がぼやけ、曇り、濁り、それが場面をゆがめてしまう」ということだ。丸の内の通りがそうだ。北星学園大だってそうではないのか。ニッポン伝来のファシズムの幻燈がこれなのだ。ファシズムの被害者なのか加害者なのか、ぼんやりしていてはっきりしない。被害者でもあり加害者でもあり共犯者でもある。主体をかくすものだから答えられないのだ。エベレストにのぼらなかった。ああ、長万部かなやのかにめし弁当を、汽車にのって食ひたいものだ。犬といっしょに。あれは毛ガニかタラバか。毛ガニとタラバか。(2014/11/01)

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黄色い花11月2日.jpg 2014年11月02日

・新潮文庫の堀田善衛『時間』をもってダフネ1号店。頁をひらくも、店内が暗いからか、目がわるいからか、活字が読めない。昨夜、寝室ではルーペなしですこし読めたのだが。読書をあきらめる。窓ごしに曇り空をながめる。とうとつに、長江下りをおもいだした。1970年代末。いっしょに乗船したAFPの記者が、川面をゆびさし「body!」とさけんだ。屍体が浮いていると。冗談だった。みんなで大声でわらった。あのフランス人特派員は、わるいジョークにせよ、いつの、だれの、どんな屍体をおもって「body!」とさけんだのか。長江下りのときはかんがえもしなかったが、36年後のいま、ひょっとしたら、といぶかる。おそらく、『時間』を読んでいるせいだけではない。南京大虐殺記念館(「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」)の建設計画があるという情報をつかみ、記事を北京からテレックスでおくったのはわたしだった。南京に行った。話をあつめたが、あまり記事にはしなかった。「旧聞」とおもったのだ。おどろかなかった。大地をあるくと布団をふんでいるように、いつまでもフカフカした。たとえようもない異臭。足首までもぐるほど地面がゆるかった。トラックではしってもガタガタ揺れるのでなく、ぬかるんだ。数えきれないほどの人間の屍体がうまっていたから。長江河岸はどこにも水がみえなかった。屍体という屍体が水面をおおっていたから。わたしは生まれていない。ただ、既視感がある。南京大虐殺記念館の記事はたいした話題にも問題にもならなかった。ほう、そうですか。そのていど。南京大虐殺は、すくなくも1970、1980年代には、常識的な史実だったから。日中関係はわるくはなかった。北京の国際クラブのコートでよくテニスをした。駐北京日本大使館の阿南惟茂さんともテニスをした。わたしはたしか全敗。かれは有能な外交官で、人間的に中国当局の信頼をえていた。むろん、阿南惟幾陸軍大臣の六男であることは知っていたけれども、あまり意識したことはない。南京大虐殺の話もまったくしたことがない。ただ、コート上に汗をたらしながら、ああ、おれは旧侵略国の陸軍大臣の息子とテニスをしてるのだな、不思議だな、中国は太っ腹だな、阿南惟幾は陸軍人事局長時代の1937年12月に、南京を視察していたのではなかったか……などと、ボツ切れにおもったことはある。そのことに当時とくに戦慄はしなかった。いまはなにか感に堪えない。史実がかわったのではない。ひとびとの心がすっかりかわった。こんばんも『時間』を読むことにする。エベレストに2度のぼった。息があがる。(2014/11/02)

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落花.jpg 2014年11月03日

・ダフネ1号店。晴れているせいか、昨日より目がみえる。『時間』を読んでいると、目はショボショボなのに、気分がいくぶんしずまる。どうしてだろう。古い文庫の紙のにおいだろうか。それもないでないな。堀田善衛の思考法、思考の速度、視線の角度、対象物との間、ほどよい距離……か。それらはけっして天才的でも超絶的でもない。どころか、よき知識人の、そこそこぶどまりのよい穏和な思念だろう。武田泰淳のように破綻はしない。そのことに若いときはいらだちもしたが、いまは、掘田のような〈健全な知性〉にも救いをかんじる。掘田たちはほうり投げるまえに、すくなくも手さぐりし、じぶんの頭でしきりにかんがえようとした。「日本」をなんとか対象化しようとした。歴史のるつぼのなかで、もみくちゃにされながら、〈現在〉の歴史的イメージをもとうとした。「わたしは本能的愛国心とか、愛国的な本能などというものを信じない。それはほとんど悪である。そしてその悪を組織したものが用兵学である」。『時間』のなかで、南京大虐殺直前、中国人の主人公にかたらせたことばは、中国人でも日本人でもないゼロ空間にいた掘田の本音だ。掘田が生きていたら、もちろん、首相Aに危険を嗅ぎ、はげしく嫌悪したはずだ。埴谷も武田も野間も梅崎も、AとA的なるものだけはきびしく拒絶しただろう。Aは敗戦後社会の産んだもっとも恥ずかしい愚昧だからだ。とんでもない落第生。落第生でも勉強家はいる。人格の高潔な落第生はいる。だが、Aはちがう。無知にいなおり、無知を仲間とし、無知を増殖し、無知を培養し、ひたすら無知にのみ依拠している。右でも左でもそのことに気づかぬ者は、かつてなら、いなかったろう。いまは右も左もほとんど死んだ。Aはものごとには際限がないこともある、ということを知ろうとしない。じぶんの尺度で世界には際限があるとおもっている。際限のない事象に、世界には際限があるとおもっている、額のきょくたんにせまい小物はいらだつ。思考に際限のあるものが、いけどもいけども、やれどもやれども、際限のないものを相手にできるわけがない。物理的にも形而上的にも、まったくかないはしない。漱石は「互殺の和」などといったが、中国相手に互殺はだんじてありえない。土俵中央でがっぷり四つはありえない。中国はたかだか直径4.55メートルの土俵から、ほとんど図体のぜんたいがはみでてしまう。掘田も武田も高見順もそのことを肌で知っていた。田中角栄だって本能的に知っていた。吉本さんはそれを知らずに亡くなった。中国は際限がない。たとえ滅んでも際限がない。エベレストにのぼった。(2014/11/03)


2014年10月21日
日録1―5

 

私事片々
2014/10/21~
http://yo-hemmi.net/article/407495692.html

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センニチコウ.jpg 2014年10月21日

・沼気ふつふつとわきたつドブのような世界。まったくかたるにあたいしない。にもかかわらず、こちらとすぐ地つづきというのだから、どうにもならない。陋劣をあげつらうと、いつのまにか、こちらも陋劣になっている。黙っていても、意思することも意識することもなしに、忌まわしい大罪にまきこまれていく。しかし、罪とあやまちについては、他者のせいや共同責任にするのではなく、「個々人がみずから責任をおわなければならない」とレーヴィは言った。さもなければ、文明の痕跡がきえるから、と。そんなものはきえていい。だいいち、ほとんどない。「個々人がみずから責任を……」とは、たぶん、わたしがわたしの責任を、いま……ということだ。Aが平気で存在していられるのは、Aら他者たちの問題であるとともに、わたしの陋劣ともかかわる、ということだ。エベレストにのぼった。昨夜、「霧の犬 a dog in the fog」の著者校正と追加を鉄筆社に送る。けっきょく216枚ほどになった。つかれる。つかれるしかない。(2014/10/21)

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きのうの花.JPG 2014年10月18日

・「早く首つれ朝鮮人!」「朝鮮人は呼吸するな!」「よい韓国人も悪い韓国人もどちらも殺せ!」「殺せ、殺せ、朝鮮人!」ーー。「朝鮮で売れない売春婦が日本にきて客をとった。それが慰安婦だ!」ーー。このしゅの演説やシュプレヒコールを「言論表現の自由」と言うのだろうか。首相Aは、表現の自由とのかかわりもあるという。首相Aがえらんだ国家公安委員長は、こうした醜悪なシュプレヒコール、街宣活動の実行責任者らと長年昵懇のあいだがらである。警察のトップが極右レイシストと親密なかんけいーーそれがこの国だ。国家公安委員長はカトリック信者にして神道政治連盟国会議員懇談会の幹部。靖国だいだいだいすき。聖歌もうたえば軍歌もうたう。日蓮宗系とも統一教会系ともかんけいあるとか。節操もなにもあったもんじゃない。朝鮮人死ねとさけぶレイシストたちのまえを、われかんせずととおりすぎる市民。良民。極右レイシストを黙ってささえる良民。ドイツでもネオナチのかくれた支持者は反ネオナチをよそおう市民という。良民はあやしい。「朝鮮人は呼吸するな!」という命令形日本語の奇抜な発想および含意とそうさけんだ者の、そうさけんだときに脳裡にうかんだ画像的イメージはどうだったのか。精査せよ。ことばと歴史と累代の気づかざる情念。関東大震災のとき、トビ口で朝鮮人を惨殺したイメージか消えていない。どす黒い悪気流の発生源には、Aとその仲間たちがいる。わたしたちはからだをはって極右レイシストたちとたたかう用意があるのか。極右レイシストたちは「天皇陛下万歳!」という。マスメディアとともに皇后傘寿をことほぐ。朝日新聞は皇室特集がとりわけだいすきである。天皇皇后は、おそらく意思に反し、異様なまでの神格化のストーリーにとじこめられている。これら諸現象の関係式をしめせ。なにがおきているのか。反吐がでないか。いつかコリアンの友人に酔って言ったことがある。あなたがたはおどろくほど寛大だ。わたしがコリアンだったら、일본사람を孫子の代までゆるしはしない。えっ、日本人のなにをゆるさないのか、と反問された。答えた。あの「声」だよ。モクソリ목소리だよ。友人に皮肉られた。「あの」じゃなく「この」でしょう。そうなのだ、チョウセンジンハ、コキュウスルナ、チョウセンジンハ、シネというときの不気味な抑揚、声調、それを音声としてとらえてしまうじぶんの聴覚と言語基盤がつくづくいやになる。ほんとうにいやだ。やつらはほんの少数の例外だ。わたしたちとなにもかんけいがない。そんなかんがえもいやになる。やつらの声はわれわれの昏い奥からのなんらかの派生なのだから。「声についてかたる必要があるとすれば、私はたったひとつの不在の声を選ぶであろう」と書いたのはだれだったか。沈黙、鳴りやんだ音の傷痕……についてかたろう。それはそうなのだけれど……。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/22)

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9月に見た花.jpg 2014年10月23日

・気配ということばを知らなかった。子どものころ、たぶん知らなかった。あるいは、ことばを知ってはいたのに、子どものあやつることばではなかったからか、つかいはしなかった。ことばをつかいはしなかったが、ありとある幽かな気配にとりかこまれてくらしていた。気配はふとかんじるか、なにもかんじないかの危うい識閾をかすめていくふたしかななにかであり、それゆえ、記憶にはのこらないか、かりにのこったとしても、ごくあいまいである。意識という作用がゆっくりとはたらきだしたり消失しはじめたりする境界。そうしたものがあるらしいと知ったのも、ずいぶん長じてからである。あの東北の大震災とくに大津波の気配と、海が黒くもりあがる情景を、半世紀もまえに、子どもの識閾でかんじていた。ほんとうなのだ。というと、わらわれるけれども、わらうな、とむきになるわけにもいかない。わらわれるしかないのだ。子どものころにはウスバカゲロウが意識の境をふらふらととんでいったりとんできたりした。ウスバカゲロウはいつもかすんでいた。ウスバカゲロウをウスバカゲロウとはよばず、カミサマトンボとよんでいた。カミサマトンボもいまおもえば気配であった。なにか不安定で危うい気配であった。あのころは麦の穂の影も潮騒もアリジゴクの巣も小鳥のさえずりも、たえずなにかを幽かにささやいていた。そういえば、きのう、ユキムシ(雪虫)のことをかいた短文をよんでいて、ヒヤリとした。どうしてかよくわからない。むかしはあれをたしかワタムシといっていた気がする。ワタムシもわたしにはなにかの気配だった。でも、ウスバカゲロウのような、よからぬ気配ではなく、どこか陽性の幻であった。短文には、ところが、「ためしに、ユキムシの翅をこすってみたら、白っぽい表のなかに黒っぽい裏が浮かんできました」とある。ぼうっとしていた識閾を小さな影がかすめた。わたしはワタムシをたなごころにとらえたことはある。そのまま死なせてしまったこともあるかもしれないな。わすれているのかもしれないな。だが、体長5ミリかそこらの小さな虫である。翅をこするまでしたことは、たしか、ない。それはおもいもつかなかった。数秒間落ちつきをうしない、ひと呼吸して、ああ、これは譬喩なのか、とおもいなす。やや当惑したまま。無垢そうでいたいけにみえるものにだって、仔細にみれば、暗ぐらとした「裏」がある。ということか。よくわからない。他者の経験の投影である。よくわかることができるはずもない。ワタムシの記憶をたぐる。それをみた海辺の集落は、津波にきれいにあらわれた。すっかりなくなってしまった。カミサマトンボだけでなく、ワタムシたちも50年後の災厄を聞こえない声でつたえていたのだろうか。このさき、ユキムシをみることはあるかな。おそらくあるまいな。まんまんいち、ユキムシをつかまえたとしても、翅をこすってみることもあるまいな。裏も表も、ユキムシのせいではない。一片の土地と小さな虫たちの苦痛。バルトークはそれこそを問題にした。わかるけれど、よくわからない。あやふやな識閾をユキムシとウスバカゲロウがとんでいる。ゆききしている。かすんでいる。でも、はっきりとわかっていることはある。ユキムシの「裏」じゃない。災厄はきているということだ。さらに大きな災厄がくる。なにも終わってはいない。Aは災厄そのものなのだ。気配は世界に充満している。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/23)

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バッタファック.jpg 2014年10月25日

・サルビアの花のうえでバッタが2組、おたがいにみせつけあいながら、ながいことファックしていた。後背位。そうしかやりようがないのだろう。背中のオスはメスの子どもほど小さい。コビトはオスのチンチンがみえるという。ほらほら、青いチンチンが、そこに!とさわぐ。わたしにはみえない。写真はボカシをいれた。エベレストにのぼった。昨日、鉄筆文庫版『反逆する風景』の見本届く。(2014/10/24)

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コスモス10月25日.jpg 2014年10月26日

・「霧の犬」のつかれがとれない。公園。森や草地に勾配があるのか、じつはないのか、ぐらぐらしてわからない。座ると、おきるのに一苦労する。なぜ従軍慰安婦のかかわる歴史的事実をみとめることが「国の恥」であるのか。強制的につれてきたり、なかば強制的にハンティングした事実を、一報道機関のミスを奇貨として、これでもかこれでもかとおおさわぎしまくり、まるごとぜんぶなかったことにしようという黒い冷熱のようなエネルギーはどこからでてくるのか。かれらは借問しないのか。「国の恥」を言うなら、原爆を投下した米国にたいし、原爆投下は人道上の大いなる罪であった、といちどたりともみとめさせようとしないで、米国のただの飼い犬になっている歴史こそが真の恥ではないのか。日本の侵略戦争が大罪であったように、米国による原爆投下はゆるしがたい大罪であり、両者の罪はまったく相殺できない。という初歩的で基本的な歴史認識をAたちはもてない。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/25)

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10月25日の苔.jpg 2014年10月26日

・筑摩書房刊「戦後日本思想大系」の5『国家の思想』(1969年)の36頁上段に載せられた、とある男女の写真のキャプション。「敗戦直後、大元帥の軍装から背広に着換えた天皇と皇后」。このモノクロ写真がすべてをものがたる。笑顔。とくに男の破顔一笑。原爆2発投下からまだ半年もたっていないとき。なんの恥じらいもかげりもない、朗らかに白い歯をむきだした、邪気のない笑い顔。その男の髪によこからそっと手をやる女。悪びれもせず、屈託もない、ただ楽しげな男と女。これこそ、すべてを円滑に卑劣に無化してきたこの国の無思想、イカサマ文化のいしずえである。今日も明日もそれは有効である。「いま、〈大多数〉の感性が〈ワレワレハオマエヲワレワレノ主長(ママ)トシテ認メナイ〉というように否認したときにも、……〈ジブンハオマエタチノ主長ダカラ、オマエタチノタメニ祈禱スル〉と応えそれを世襲したとすれば、この……存在の仕方には不気味な〈威力〉が具備されることはうたがいない」(吉本隆明)。イカサマの極致。福島県知事選。開票後ただちに自民、公明、民主、社民が支援した候補が当選確実。なんのための原発事故、なんのための選挙、なんのための社民党か。争点がなかったのだという。争点がない?!おお、なんということだ。天国の堀内良彦君よ、見たか。エベレストにのぼらなかった。風邪。熱。(2014/10/26)

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うろこ雲.jpg 2014年10月27日

・きのふ熱にうかされて、たわごと、うわごとをしゃべりつづけた。1時間くらい。焦げくさい納屋か厩舎(どちらかわからない)の暗がり。なにかが焼けているのではない。藁が焦げくさいのだ。藁はよい。藁くさいのはよい。藁の底で、星くずがよわよわしくひかっている。夢うつつだった。韓国まで元慰安婦の婦人たちにあいにいったとき、いわれた。「あんた、テンノーヘーカ、ここへつれてきなさい。うちの手をとって謝ってほしいのよ」。そのとき、かのじょがイメージしただろうテンノーヘーカはすでに病死していた。元慰安婦と元日本将兵と昭和天皇。将兵は「天皇陛下の赤子」とよばれ、大半がそう意識もしていた。かのじょらは陛下の赤子らを多数お世話した。慰安婦――日本将兵――昭和天皇。関係性は成立する。〈テンノーヘーカ、ここにつれてきなさい、手をとって謝ってほしい〉……という感情のばくはつは、したがって、短絡とはいえない。わたしは新聞連載でそのまま書いた。そのまま掲載された。社内からも配信先からも読者からも右翼からも、とくだんの抗議や脅しはなかった。かのじょらはこもごも「軍服姿の男につれられて」故郷をあとにした、とかたった。なんどもたしかめた。そのまま書いた。約20年前である。なにがかわったのか。なにかがまちがいなくかわった。時代が地滑りしている。テンノーヘーカはホーギョし、元慰安婦のハルモニたちも、かのじょらのお世話になった将兵たちも亡くなり、聞きかじりの一知半解の知識と極右思想ばかりがいまは大手をふっている。じつはお世話になりました。この最低限の感謝の意味をAは理解できまい。ひととしての最低限のエチケットをAはまるでわかっていない。戦争にかりだされた兵隊の多くが(「チョウセンジンハシネ」とさけんでいる若者たちの祖父たちも)、かのじょらにさんざお世話になったのだ。お世話になっておきながら、「国辱」とかなんとかいって開きなおる。居丈高になる。だから、卑怯、卑劣といわれるのだ。ハルモニたちは疲れきった「天皇陛下の赤子」たちといつしか恋におち、やさしくされ、慰安所にかよってきたかれらを、戦後、涙をながしてなつかしみもしていたのだ。またあいたいと。ひととはそういうものだ。そういうこともあるのだ。かのじょたちにはひととして見習うべきエチケットがある。わたしがあったかんじょたちはそうだった。人間がおとしめられ、見棄てられ、軽蔑すべき存在になっているのは、戦時もいまもかわらない。いや、いまのほうが陋劣である。手におえない。「今日の人間を支配している順応の過程が、つまるところ言語を絶する規模で……人間を畸形にしている」(アドルノ)。Aよ。きみはこんど戦争になったら、きみじしんがひとり銃をもって最前線にたて。天皇の「股肱の臣」としてズボンの前をあけて慰安所のまえに列をつくれ。慰安婦に赤チンとコンドームをくばれ。きみ以外の他の者にそれをやらせるな。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/27)

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完全版 1★9★3★7 イクミナ (上) (角川文庫)
完全版 1★9★3★7 イクミナ (下) (角川文庫)です。


  

辺見庸さんの『増補版1★9★3★7』と、
堀田善衛さんの『時間』(岩波現代文庫)です。 


  

辺見さんの『1★9★3★7』(イクミナ)です。 


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