« 辺見庸 (日録1-7)私事片々 2015/02/10~と、(日録1―8) 雑談日記Archive | トップページ | 辺見庸 (日録2―1)私事片々 2015/03/10~と、(日録2-2) 雑談日記Archive »

2015年5月17日 (日)

辺見庸 (日録1―9)私事片々 2015/02/24~と、(日録2―0) 雑談日記Archive

 私事片々を今までと同様、アーカイブ保存しておきます。

 なお、辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。

 

2015年02月14日
日録2―0

私事片々

2015/03/03~
http://yo-hemmi.net/article/414974290.html

E38394e383b3e3839ce382b1e38384e3839
ピンボケツバキ.jpg 2015年03月03日

・昨日「1★9★3★7」第11回の2テイク目までやる。つらいものがある。長い隧道の先に、すこしの光もみえない。いまさらもどるわけにはいかないから、けふも手探りで、前だか後ろだかわからない暗がりをあるく。昨日緒方さんがS君の面会にいった。メールを頂戴する。アレルギーで顔が赤かった、と。昨夜、侏儒となにかだいじな話をした。いま、じぶんがいったいどのような立ち居ふるまいをしたらよいのか、わからなくなる、と侏儒は言った。わたしは、その問題意識がただひとつの答えではないのか、と応じた。侏儒は語った。むかしのひとたちは、たとえば30年代後半(の実時間に)、どうしたのか、なにを話していたのか、なにを恥じたのか……とおもう。だから、梯明秀の『戦後精神の探求』もベンヤミンも参考になる・・・・・・・そんな話。昨日、井原さんからメールがあった。今朝、カナダからメールがあった。零下25度だという。けふ午後、サンクトペテルブルクからメールと写真。ネヴァ川が白く凍っている。むかし、あのうえをあるいた。レニングラードにはモスクワから列車で行ったのだった。携帯、PCは百害あって一利なしだ。ひとびとは連絡不通であるべきなのだ。カフェ・シドン。エベレストにのぼった。(2015/03/03)

E383ace383bce3838be383b3
レーニン.jpg 2015年03月05日

・たしか、カフェ・シドンにいった。昨日、Sさんから「1★9★3★7」第10回をめぐり大事なご指摘。エベレストにのぼった。(2015/03/04)

E38384e383abe3838be38381e3838be3838
ツルニチニチソウ.jpg 2015年03月04日

・「1★9★3★7」第11回送稿。誤表記あり、あとで差し替えなければならない。1937年の断腸亭日乗は「八月廿四日。晴また陰。午後曝書。夜浅草散歩。今半に夕飯を喫す。今宵も月よし。十時過活動館の前を過るに看客今正に出払ひたるところ、立並ぶ各館の戸口より冷房装置の空気道路に流出で冷なるを覚えしむ。花川戸の公園に至り見れば深更に近きにも係らず若き男女の相携へて歩めるもの多し。皆近鄰のものらしく見ゆ。 余この頃東京住民の生活を見るに、彼等は其生活について相応に満足と喜悦とを覚ゆるものの如く、軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、寧これを喜べるが如き状況なり」と。また約3か月後は「十一月十九日。快晴。・・・・・・・今秋より冬に至る女の風俗を見るに、髪はちぢらしたる断髪にリボンを結び、額際には少しく髪を下げたるもの多し。衣服は千代紙の模様をそのまま染めたるもの流行す。大形のものは染色けばけばしく着物ばかりが歩いてゐるやうに見ゆるなり。売店の女また女子事務員などの通勤するさまを見るに新調の衣服(和洋とも)を身につくるもの多し。 東京の生活はいまだ甚しく窮迫するに至らざるものと思はるるなり。戦争もお祭さわぎの賑さにて、さして悲惨の感を催さしめず。要するに目下の日本人は甚幸福なるものの如し」。むかしから、民衆はこうなのだ。漱石もそうだが、しれっとそれを眺めて、ちょこちょこ皮肉るだけの彽徊趣味とやらが日本の最高の知性とは笑わせる。エベレストにのぼらなかった。(2015/03/05)

E8b88ae3828ae5a0b4
踊り場.jpg 2015年03月06日

文民統制は確保=安倍首相(時事通信3月6日12時40分配信)「安倍晋三首相は6日午前の衆院予算委員会で、防衛官僚(背広組)が自衛官(制服組)より優位としてきた規定を見直すことに関連し、『国民によって選ばれた首相が(自衛隊の)最高指揮官であり、同じように文民である防衛相が指揮する構造になっている』と述べ、文民統制(シビリアンコントロール)は確保されているとの認識を強調した。首相は『自衛隊の活動は国会の決議も必要だし、国の予算も国会を通らなければならない。これこそがシビリアンコントロールだ。国民から選ばれた首相が最高指揮官だということで完結していると言ってもいい』と強調した。民主党の小川淳也氏への答弁」(時事引用終わり)。これって、ようするに、無血クーデター成功ってことじゃないですか。一方、国民とマスメディアのみなさまにおかれましては、「軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、寧これを喜べるが如き状況なり」である。エベレストにのぼった。「1★9★3★7」第11回差し替える。ばかばかしいアンケートに、よしゃあいいのに、答える。けふもまたかくてありなむ。(2015/03/06)

E3838de383b4e382a1e5b79d
ネヴァ川.jpg 2015年03月06日

・この国にはもう抗体がなくなった。とんでもない男を首相にしたものだ。あの男の言う「切れ目のない……」というフレーズが怖い。諸君、「三矢研究」を知っているか?1963年、自衛隊統合幕僚会議が極秘におこなっていた机上作戦演習で、正式名は「昭和三十八年度総合防衛図上研究」。3本の矢どころではない。最終的に核戦争をも想定した自衛隊制服組による朝鮮有事秘密研究だった。65年、社会党の岡田春夫がこの研究の存在を国会で暴露し、大問題になった。事実上の無血クーデター下にあるげんざいでは、朝鮮有事研究どころか、第2次朝鮮戦争へのニッポン参戦体制がととのえられている。秘密保護法の煙幕のなかで、なかば公然と。あの者たちはやりたいのだ。どうしてもやりたいのだ。尻馬にのる者はいくらでもいる。さて、抗うか、抗えるか、沈黙するか、いっさいを拒むか、狂うか、佯狂者となるか、笑い死にするか、耳栓をし、アイマスクをするか、バートルビーにでもなるか。困ったもんです……ではもうすまない。くるものがきたのだ。ひたすら過去に学べ。雨中、傘をささずにカフェ・シドンへ。わたしのなかで、なにかが音たてて崩れ、潰え、そして、そのために、かえってかくじつに、なにかが生きた。そのような読書経験をなんどかした。そのうちのひとつを「1★9★3★7」第12回に書こうとおもう。マスコミの戦後70年企画は、知るかぎり、ことごとくだめだ。このクニのどうにもならない加害の歴史を、主体をはっきりとさせて、照射しないのではどうにもならない。未来はない。友人Gさんよりけふ、以下のようなメールがきた。時節がらとても重要なので、ご本人の許可なしに全文を引用する。「辺見様 ブログに触発されて言いたくなりました。〈切れ目のない安全保障…〉。何と何の切れ目がないのか?平時と戦時。ということは、論理的には平時を戦争の一形態ととらえるということだ。社会的諸活動の一切を軍事としてとらえるということだ。切れ目のない安全保障とはそういうことだ。こういう精神のありようを戦争狂war-mongerというのではないのか。狂っている。完全に狂っている。興奮し高揚している。安倍は自分のことを首相だと思っていないんじゃないのか。安倍が今日版〈大本営〉だと思っている国家安全保障会議(日本版NSC)の最高司令官閣下になりきっている。稲田、山谷、高市など愛国婦人会やほとんどの自民党の連中も気分は完全に戦時。目を血走らせ興奮している。そして、巷はさしたる陰も鬱も不安もなく、安倍たちを誘っている。スターリンに反対して反ファシズム統一戦線を呼びかけたトロツキーが直面した歴史的局面と同質の条件下にわれわれは叩き込まれている。しかも、マルクスやレーニンの権威も労働者階級の栄光もボロボロ。でも、考えようによってはそれもまたラジカルな解決への条件でもある。真理獲得の必須条件は無知の徹底であるわけだし、労働者の解放の条件は、鉄鎖のほかに失うべき何物もない喪失の徹底であったわけだから。われは無なり。されば一切たるべし。Gより。怒りをこめて……」。わたしはエベレストにのぼった。(2015/03/07)

E7b4abe381aee38381e383a5e383bce383a
紫のチューリップ.jpg 2015年03月07日

SOBA↑↓最初は上のだったが、辺見さんは下記画像に差し替えてます。

E7b791e889b2e381aee99787
緑色の闇.jpg 2015年03月08日

・「1★9★3★7」第12回着手。カフェ・シドン。エベレストにのぼった。侏儒がきた。シュークリームを食べた。あの男を首相にしたことをわれわれは一生悔やむだろう。歴史には、論理的整合性ではかたづけられない、「妖気」というものが、路面からひときわ濃くただよう、とくべつな時期がある。狂気が正気をしずかにのみつくす、戦争へとつづく時期。もうのっぴきならないのに、のっぴきならないとかんじることのできない時期。いまがそれだ。あの男を首相にしたことを、われわれは一生悔やむだろう。たたかわなかったことを一生後悔するだろう。いまはとてもではないが、後代にひきわたすことのできない、もっとも恥ずかしい時期だ。わたしは小津安二郎がきらいだ。そんなことを話した。(2015/03/08)

E5a49ce98c86e381b3
夜錆び.jpg 2015年03月09日

・「1★9★3★7」第12回2テイク目から4テイク。よくよく練らないといけない。眠い。不可触絶対光景について。カフェ・シドン。エベレストにのぼった。昨夜は上階で中毒患者でもあばれているような尋常でない騒ぎが2時間ほど断続して、かんがえるべきことがすべてふきとんだ。眠れず。けふは昼からうるさい。早くどこかへひっこさないといけない。が、いまは無理だ。こうやっていても時はすぎてゆく。(2015/03/09)

 

2015年02月12日
日録1―9

私事片々

2015/02/24~
http://yo-hemmi.net/article/414538988.html

2e69c8823e697a5e381aee382b9e382a4e3
2月23日のスイセン.jpg 2015年02月23日

・終日「1★9★3★7」第10回執筆。石川達三、ほとほといやになる。いやでも過去をふりかえらざるをえない。いやなものをたくさん読まなければ、「1★9★3★7」は書けやしない。天皇制ファシズムの、古い古い吐瀉物、排泄物のようなもの。沈殿していたその声、その音、そのにおいが、いま拡散し活性化している。ひとはどこまででも狂うことができる。どこまでも堕ちる。再三再四、狂い、再三再四、堕ちる。ぜったいに、ぜったいに過去に学ばない。かならずくりかえす。「戦後70年談話について検討する有識者会議」もそうだ。じぶんは気にならないから、あなたがたも気にしなくてよい、気にすべきでない――という発想は古来、ファシストか鉛のように無神経なスターリニストのそれであった。あるいは、たんにメディアの端末と化した、被害者でもありなにより加害者でもある民衆の強圧。いずれ新しい「不敬罪」か、それにかわるものができるだろう。内面の機制としては、とっくのむかしから不敬罪はある。すべての最悪条件がでそろいつつある。エベレストにのぼらなかった。(2015/02/24)

E592b2e3818de381afe38198e38281e381a
咲きはじめのツバキ.jpg 2015年02月24日

・父は江蘇省の常熟(チャンシュー)にいたことがある。陸軍少尉として。昨夜、父の書いた文章を読んでいて、はじめて知った。知りたくなかったから、いっまで読まなかった。常熟は『生きている兵隊』の部隊が1937年11月、南京にいたるまえに、戦闘をし、虐殺をし、掠奪をし、強姦をした場所だ。父がそこにおもむいたのは44年であり、場所はおなじでも、時間がちがうといえばちがう。だが・・・・・・・と口ごもる。対中侵略戦争のシーンは、亡父の記憶から、わたしの記憶の川へとながれ入る。夜の記憶の川へ合流する。「1★9★3★7」では、そのことを省くわけにはいかない。Sさんから「1★9★3★7」にかんする長い感想文をいただく。大部分、ふかく首肯。感謝。昨日、學燈社『國文學』とどく。エベレストにのぼった。上階は依然、というか、まえよりもうるさいが、ひっこしの暇もない。「1★9★3★7」に忙殺されて、かえってたすけられているのかもしれない。(2015/02/25)

E98c86e381b3e3819fe3839be382a4e383b
錆びたホイール.jpg 2015年02月25日

・「1★9★3★7」第10回を送稿。すでに3章分160枚以上だが、闇夜にひとりで泥をすくっているようなもので、すくってもすくっても底がみえるということがない。暗い泥沼にたって、両手で汁粉のような泥をすくうのである。指のあいだから過去の泥がボトボトとこぼれる。なにをしているのか、とわれにかえる。だが、やめられない。腰をかがめて泥をすくう。なんのために、とはおもわない。上階は日ましにうるさい。犬もおびえる。脅威である。リベットを打っているような音。神経症になりかかっている。この音がなかったらどんなに楽だろうか、とおもうけれども、このテーマにほんきでとりくむ意欲がどうもわかない。このテーマはかんがえる気もしない。このテーマは、でも、けっこう哲学的なのだ。ガンガンガン。頭にリベットを打たれながら原稿を書く。わざと顔面をゆがめて笑ってみたりする。どのみち最善の状態などない。わけもなくまだ生きており、最善以下、最悪以上の泥沼で、けふも泥をすくっている。指のあいだから過去の泥がボトボトとこぼれる。なにか、かくじつに、すがれているものをかんじる。エベレストにのぼらなかった。(2015/02/26)

E8a197e781afe381aee5bdb1
街灯の影.jpg 2015年02月27日

・カフェをでた。正面にキンモクセイの見える角をまがろうとした。足音。ふりむいたら、カフェの、知りあいの店員だった。両手で眼鏡をささげもっている。わたしのだ。裸眼であるいていたのだった。視界がどうせひどくかすんでいるから、かけてもかけなくてもおなじ感覚なのか。すみません、ぼけちゃって……と言ったら、青年は笑顔でちいさく首をふった。カフェ・シドンに眼鏡をわすれたのは、たぶん、これで3度目だ。雨後の晴天だけれど、ミモザの花にはほとんど変化がない。ただ、なにかが着実にすがれていく。感じる。じぶんだ。すがれてゆくのはわるくない。なんだかまっとうな気もする。エベレストにのぼった。クリームパン食べる。おいしい。犬にひとかけらあげる。Yさんの友人が子宮がんらしい。いのる。秋田雨雀のことをかんがえる。文言をすこし憶えている。10数年前のひっこしで本をなくした。あれは藤森さんからいただいたのだったか。注文した。ジャンクメールがやっととまった。ものみな狂おし。(2015/02/27)

E3839fe383a9e383bc
ミラー.jpg 2015年02月28日

・秋田雨雀の本¥160円、配送料および手数料¥257、合計¥417の連絡あり。いまはだれも読まないのだろうか。もったいない。いつ着くのか。もう知っているある文言を、現物でかくにんしたいだけだ。ああした表現はいますっかりなくなった。雨雀は転向者だったか、忘れた。雨雀をおもったのは「侏儒の言葉」を読んでいて、だ。日々、連想ゲーム。藤森さんからは小山内薫の本も頂戴した。ほとんど読まなかったが。Hさんが朝、米国に出発。米国のどこかは知らない。カフェ・シドン。ぼやっと父のことをおもう。エベレストにのぼった。上階で相撲とりが熱心に四股をふんでいる。もう春場所か。午後、避難ばしごと消火器の点検にくる。おだやかな青年。犬をケージに。吠える。午前中とつぜん、上階ベランダから避難ばしごがガラガラとたれてきたときは、もっとはげしく吠えた。まえおきなしに上から縄はしごがおりてくるのに、吠えない犬がいるとしたら、そちらのほうがすごくおかしい。ひとのいないはしごが上からたれてくるというのは、構図そのものがとても怖い。「1★9★3★7」第11回にはいろうとおもふ。言説がいきなり縮んだ。思想表現の自由は、外圧がくるよりさきに、個々人が閉じている。言説の深度は、ときとして1920年代よりもない。全面的にばかげている。恐怖が大きな尻尾をひきずって街をのそのそとあるいている。みなが見えないふりをしている。死は近い。いや、もう死んでいる。第11回のファーストテイクをやる。(2015/02/28)

E5a49ce699af
夜景.jpg 2015年03月01日

・梯明秀「知性の『どん底』とインテリの自由」(1937年12月 京都大学新聞『戦後精神の探求―告白の書ー所載』)読む。文中に「上海の占拠から南京政権の膺懲へ」とある。それなりの事実認識とつよい危機感。大虐殺はご存知なかったであろうが、日本国内の知性の決定的頽廃は痛烈に意識されていた。「知性の凡ゆる現実形態が、いけないのだ。要するに、インテリゲンチアの自由な意識が、活動的であってはならないのである」。もはや悲鳴である。京大新聞はよくこれを載せたものだ。しかし、特高の目を意識した意図的韜晦はあろうが、後段はなにか怪しい。「対中侵略戦争」は梯のなかでどのていど明確に意識されていたのか。1938年、梯は逮捕され、わりあいあっさりと「転向声明」を書く。しんどい。ぜんたいとしてマルクス主義の学者は戦争に不思議なほど無力であった。が、梯の『戦後精神の探求』は率直である。このひとの誠実をかんじる。犬にご飯。シャワー。「1★9★3★7」第6回ゲラ戻し。神功皇后伝説ー豊臣秀吉ー佐藤信淵ー吉田松陰ー福沢諭吉……。綿々たる征韓思想の成立と実践の淵源に、かつての蛮行とこんにちのヘイトスピーチ(声の蛮行→実際の蛮行予備)の淵源がある。PCに細田さんからメール。エベレストにのぼらなかった。(2015/03/01)

E887aae8bba2e8bb8a
自転車.jpg 2015年03月02日

・「時代」なんて、わけのわからぬことばを言って、ごまかしてきたのがそもそもまちがっていた。「時代」はあるけれども、ない。いまいてほしい、いるべき人物たちが次々に亡くなり、カスだけがのこったということ。時代のせいではない。ひとのせいだ。秋田雨雀の本をたのんだのに、べつのがとどいた。「骸骨の舞跳」が読みたかったのに。しかたがない。侏儒にたのみ、国会図書館のネット閲覧でみつけてもらう。コッカイってのはせいぜいそのていどしか人間の役にはたたない。民主党まで改憲が前提みたいな議論をしている。9条などいつの間にかなきがごとし。雨雀に言わせれば、「化石しろ!」。エベレストにのぼった。(2015/03/02)

始めに戻る


  

完全版 1★9★3★7 イクミナ (上) (角川文庫)
完全版 1★9★3★7 イクミナ (下) (角川文庫)です。


  

辺見庸さんの『増補版1★9★3★7』と、
堀田善衛さんの『時間』(岩波現代文庫)です。 


  

辺見さんの『1★9★3★7』(イクミナ)です。 


|

« 辺見庸 (日録1-7)私事片々 2015/02/10~と、(日録1―8) 雑談日記Archive | トップページ | 辺見庸 (日録2―1)私事片々 2015/03/10~と、(日録2-2) 雑談日記Archive »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91038/61662557

この記事へのトラックバック一覧です: 辺見庸 (日録1―9)私事片々 2015/02/24~と、(日録2―0) 雑談日記Archive:

« 辺見庸 (日録1-7)私事片々 2015/02/10~と、(日録1―8) 雑談日記Archive | トップページ | 辺見庸 (日録2―1)私事片々 2015/03/10~と、(日録2-2) 雑談日記Archive »