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2016年1月11日 (月)

辺見庸 (日録1)私事片々 2015/11/10~と、(日録2)から全保存 雑談日記Archive

 私事片々を今までと同様、アーカイブ保存しておきます。

 なお、辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。

 なおエントリ中、辺見さんが私事片々(2015/12/12)(2015/11/10)(2015/11/12)(2015/11/23)で言及している2015年12月19日 辺見庸 横浜講演会のpodcast末尾にアップしておきました

 

2015年12月01日
日録2

私事片々
2015/12/01~
http://yo-hemmi.net/article/430537725.html

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雲上.jpg 2015年12月01日

・おれが「おい、パルタイよ」と、ひとの声で呼びかけたところで、パルタイに「ひと」がいるわけではない。「声」があるわけでもない。とうに知っているよ、そんなことくらい。すなわち、おれのやっていることは酔狂ということになる。常軌をいっしていることに。ないものに声をかけるのは、ないほうではなく、声をかけるほう(=あるほう)が狂っている、ということになったわけかい。OK。なんどでも言う。君らのうちのひとりが、ある日、おれにインタビューを申しこんできた。おれは了解した。日時場所をきめた。しばらくしてインタビューを中止するという通告があった。そうさ、大した話じゃない。乾いた犬のクソみたいなことだ。だから解せないのだ。解せないから、なぜかと問うている。その問いに、じつに簡単な問いに、答えがない。おかしい。気持ちがわるい。なにか、腐乱した嬰児のようなにおい。なぜか。そう問うのは常軌をいっしているのか。ひとの声で応答するのは狂気なのか。ただ、そんなことを訊いてみたいだけなのに。沈黙の背後に、おれはいくつもの曖昧な死をみている。過去の死と未来の死を。小さなことほど巨きい。些細なことほど重大なのだ。「みずからの死をみつめられない目が/どうして巨きな滅亡を見られるものか」。そうおもう。おれはじゅうにぶんに死につくしたパルタイの形骸に、なにをみているのだろう。たぶん、会社だ。世間だ。役所だ。拘置所だ。Amazonだ。透明な資本主義だ。それらと同等同質の無神経とおもいあがりと独善と酷薄だ。徹底的な「無人」と「没主体」だ。おれは黒田喜夫のような詩を書かない。そうするにはおれはあまりにも下劣だから。おい、パルタイよ、腐乱した嬰児のにおいをかくすな。その無人空間からだれか一個の生身がでてきて、おれとタイマンをはれ。

   除名   黒田喜夫

一枚の紙片がやってきて除名するという
何からおれの名を除くというのか
これほど不所有のおれの
ひたひたと頰を叩かれておれは麻酔から醒めた
窓のしたを過ぎたデモより
点滴静注のしずくにリズムをきいた
殺された少女の屍体は遠く小さくなり
怒りはたえだえによみがえるが
おれは怒りを拒否した 拒否したのだ日常の生を
おれに残されたのは死を記録すること
医師や白衣の女を憎むこと
口のとがったガラスの容器でおれに水を呑ませるものから
孤独になること しかし
期外収縮の心臓に耳をかたむけ
酸素ボンベを抱いて過去のアジ句に涙することではない
みずからの死をみつめられない目が
どうして巨きな滅亡を見られるものか
ひとおつふたあつと医師はさけんだが
無を数えることはできない だから
おれの声はやんでいった
ひたひたと頰を叩かれておれは麻酔から醒めた
別な生へ
パイナップルの罐詰をもって慰めにきた友よ
からまる輸血管や鼻翼呼吸におどろくな
おどろいているのはおれだ
おれにはきみが幽霊のように見える
きみの背後の世界は幽晴の国のようだ
同志は倒れぬとうたって慰めるな
おれはきみたちから孤独になるが
階級の底はふかく死者の民衆は数えきれない
一歩ふみこんで偽の連帯を断ちきれば
はじめておれの目に死と革命の映像が襲いかかってくる
その瞬時にいうことができる
みずからの死をみつめる目をもたない者らが
革命の組織に死をもたらす と
これは訣別であり始まりなのだ
生への
すると一枚の紙片がやってきて除名するという
何からおれの名を除くというのか
革命から? 生から?
おれはすでに名前で連帯しているのではない
(1961年・代々木病院で)

 久しぶりにダフネ。エベレストにのぼった。(2015/12/01)

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冠雪.jpg 2015年12月02日

・昨夜、コビトに訊かれた。戦争法強行採決をまえに、なぜ「ゼネスト」が呼びかけられなかったのか?なぜその呼びかけさえこころみられなかったのか?戦争法はそのくらいの国家暴力の立法化ではなかったのか。国会、地方議会、官公庁、交通運輸、港湾、郵便、国公立各大学、高校、同教職員、各報道機関、農水産、商業、サービス、非正規雇用者関連各ユニオン、映画、美術、演劇、文芸家協会、スカンピンの、今晩食うにも困っている個人たち……。どこかで腹の底からの瞋恚の炎はあがったか。なにかがかつてなく激しくはじけたか。このクニにほんの一部でも機能マヒはあったか?抗議の辞職をした野党議員が一人でもいたか?怒って辞めた大学の学長はいたか。ハンガーストでだれかが餓死したか。抗議のしるしとして1面白紙の新聞をだしたところが1紙でもあったか。編集局長の方針に逆らって懲戒された記者が何人いるか。なぜなのですか?豆麩をほおばりながらコビトは訊いた。わたしはだまっていた。ゼネストなど10万キロ先のはなしだ。はらわたが破裂するほどの怒りなんか、ありはしなかったのだ。9条違反どころではない、常時「例外状態」化をねらう戦争法のものすごさ。それにみあうストラグルなんか、どこにもありはしなかった。あれはだから「負け」ですらなかった。たたかっていなかったのだから。にしてもパルタイは、60年安保時とまったくどうように、どこまでも卑劣だった。国会前の群れにかくれ、若者をまつりあげて、他者の踊りをじぶんのそれのようにみせようとした。「赤旗」はなぜわたしへのインタビューを急きょ中止したのか。中止のわけを紙上であきらかにしないのはなぜか。放っておきゃ、いずれことはすむと判断したか。コビトに訊いた。どうだろう、こだわるのは無意味だろうか?コビト「いま有意味ってなにかあるかな」。ダフネに行った。エベレストにのぼった。(2015/12/02)

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曇天.jpg 2015年12月03日

・「歴史は徹底的であるから、何度でも〝追試〟させられる。しかも無反省な輩はその都度なんどでも同じ過ちをくりかえす」。友人Sさんの手紙のなかの1行。ニッポンの「国際反テロ戦争」参戦が近い、とかれはみている。わたしもそうおもう。参戦前夜をひしひしと予感する。「国際反テロ戦争」は、〝テロ〟現象の可変的深層をだれもつかみえないまま、拡大し、変容し、いたずらに泥沼化するだろう。〝テロ〟の様態はみるもののつごうで、つごうよく変えられ、表現される。そのとき、ひとびとの精神と立ち居ふるまいはどうなるだろうか。愛国化、民族主義化、祖国防衛戦線化しないものか。パルタイは「国際反テロ戦争」参戦にはっきりと反対できるだろうか。そこだ。〝追試〟とはそれなのだ。第二次世界大戦はファシズム対反ファシズムではなく、反ファシズム戦争の装いをした帝国主義戦争であった。〝追試〟のポイントはそこにある。パルタイは〝追試〟で合格するか。またも落第の公算が大ではないのか。「赤旗」のインタビュー・ドタキャン事件について、まだなんの連絡もきていない。パルタイ中央にはきっと「事件」の感覚もあるまい。みずからの歴史をいくども塗りかえてきたものたちに、歴史修正主義を難ずることはできないはずだ。歴史はあまりにも徹底的にめぐってくるので、わたしたちは何度でも〝追試〟をうけさせられる。コビトと犬と東口のカフェ。エベレストにのぼらなかった。(2015/12/03)

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柿空.jpg 2015年12月04日

・キャスとダフネ。エベレストにのぼった。昨日、Nさんから久しぶりのメール。共産党機関紙「赤旗」のドタキャン事件にかんする深々とした所感。とても参考になった。これはやはり小事ではなかった。インタビューを申しこんできたK記者はその後どうなったのか。気になる。ずっと気にしている。問題はパルタイという組織の病症であるとともに、それ以上に、わたしをふくむ生身の個人(主体)の思考の試練でもある。「スターリニズム」というひとことですべてがすむというものではない。これだって、なんどめかの歴史の〝追試〟なのだ。Nさんは手術を受けていた。

午後、ドタキャン事件と週刊金曜日、そして拙著『1★9★3★7』(イクミナ)をめぐり、大きな動きがあった。わたしは、事件の経緯と週刊金曜日の基本的立場を同誌の記事として読者に公表し、赤旗紙および日本共産党に抗議すべきであると主張してきた。これにたいし、金曜日の北村社長は本日、辺見庸の主張は「100パーセントわかるが……」(笑止!)と述べるいっぽうで、しかしながら、同誌での事件経過説明も共産党への抗議もできない、と言明した。その背景として、北村氏はまことにわが耳をうたがわざるをえない、まったく承服しがたい珍妙無類の〝理由〟をあげた。金曜日の読者の多数が日本共産党員であるため、公表も抗議もできない――というのだ!これはなんというバカげたロジックだろう!?以上のことがらについて、わたしは『1★9★3★7』のすべての読者、当ブログの愛読者たち、および全国各書店にたいし、近日中に詳しく説明する責任と義務があると感じている。『1★9★3★7』の運命は、わたしの予感のとおり、これから大きく変わるだろう。そもそも『1★9★3★7』は遠い血煙のなかからついに生まれた本である。読者は知っている。1頁1頁に血糊がついている一冊なのだ。これを、「市民運動」に名をかりた、そのじつ、ファシスト以下、スターリニスト以下のインチキどもにまかせておくわけにはいかない。(2015/12/04)

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残像.JPG 2015年12月05日

・と、おめいたところで、いくら息んでみたところでだ、おまえらに唇をゆがめてヘラヘラ笑われるのがオチだ。じつはおれもクククククと失笑しているのだ。いやはや、おかしくておかしくてしかたがないぜ。ククククク。それなら、みんなして笑おうじゃないか。ヘラヘラクククククププププ……。アベは笑へ。シイも笑へ。キタムラも笑へ。ジンミンは笑へ。ゼンジンミンは笑へ。みんなして笑い死にしようや。ヘラヘラクククククププププ……。「吊せ 人民の敵/ブランコみたいに揺すぶるのがいる/まだ息するのがいるぞなんて最後に頭をたたき割ったのがいる/残酷なかれら」(1956年12月)。大した話じゃない。おれはパルタイに、あんたらの民主的な党議決定により、どのように「分類」されたのか、ちょっと知りたいだけなんだよ。「人民の敵」か。「反党分子」か。「反社会分子」か。それとも「狂犬トロツキスト」か。ヘラヘラクククククププププ……。「信じてくれ/賢い同志たち/これは可笑しい本当に可笑しい/ぼくは哄笑った ぼくの屍体が/笑うほかない屍体の身震いで」(1956年12月)。1956年12月だって!すごいじゃないか。おお、1956年12月。黒田喜夫は「ハンガリヤの笑い」を書いたんだ。おれは2行だけまだ暗記している。「ラコシって誰? あそこに吊下がっているの?/ナジはどこにいるの?」。ラコシは笑った。ナジは声ごと消された。ヘラヘラクククククププププ……。アベは笑へ。シイも笑へ。キタムラも笑へ。ゼンジンミンは笑へ。キャス、犬と動物病院。じぶんも病院。エベレストにのぼった。(2015/12/05)

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かわたれどき.jpg

・コビト、紀尾井町に行くとちゅうにたちより、昨日買いかえた携帯の設定をあれこれこころみるものの不成功。やれパスワードがどうのアドレスがどうのユーザー名がどうのとなんどもやりなおし、さいごは根負け。ほうり投げる。音声入力機能で「クソッタレ!」と言ったら「ソレハザンネンデス」と機械から女声の応答があった。呪詛も無効。コビト、ピキピキと怒りの声を発しながら紀尾井町にむかう。訴えのいっさいは無効である。「世界新秩序の内部では、もはや革命は存在しない。……あるのは痙攣だけだ。……あるのは機能不全と断層と衰弱と動脈瘤的断絶だけである」と説くボードリヤールの肉声を聴いたのは、もう10数年も前だ。いまや、より人間であろうとすればするほど、事態はより危険になる。人間は機械的端末として「死の生」をえらぶか、もしくは端末たることを拒んで「生の死」をえらぶしかない。正義めかしたあの雑誌は、筑紫哲也さんがかんけいしていたころからそうだったのだろうか。共産党批判のできない雑誌だったのか。事実上の共産党の下部機関化していたのか。筑紫さんはそれをご存じだったのか。共産党の下部機関(宣伝端末)だから悪いというのではない。経済的バックアップがあろうとなかろうと関心はない。聞け!〈事実を書こうとする者の意思の抑圧〉はだんじてあってはならない、と言っているのだ。〈読者に報せるべき事実の政治的隠ぺい〉は最悪だ、と言っているのだ。以上2点だけで、市民に依拠していることを標ぼうする雑誌は死滅する。ジャーナリズムの最低倫理上の自殺である。やむをえない自滅だ。人間の機械的端末化の嚆矢はむろん携帯電話ではない。志位君、北村君、人間の機械的端末化の思想的嚆矢はなんだったか、答えてほしい。「あれ」以外にあるならば、どうかわたしに教えてほしいものだ。言えまい。北村君は志位君に面談をもうしこみ、わたしの批判をつたえることもかんがえたという。ちがうのだよ、北村君。ぜんぜんちがうよ。読者にたいする事実の全面的公開こそがなによりも大事なのだ。そして問題の所在と性質を読者(三分の一が共産党員ないし支持者であるにせよ)とともにかんがえることが、いの一番に肝要だったのだ。痙攣と機能不全と断層と衰弱と動脈瘤的断絶は、痙攣と機能不全と断層と衰弱と動脈瘤破裂の前兆である。エベレストにのぼった。(2015/12/06)

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太陽爆発.jpg 2015年12月08日

・「ある地点からは、もうたちもどることはできない。その地点まで到達しなければならない」。カフカが言ったその「地点」とはなんだろうか。英訳ではa certain pointとthis pointとなっている。a certain pointからthis point まで、けっきょくいきつかせる力はなんであろうか。ねえ、北村肇君、どうおもう?ぼくはそういうことを君にまじめに問うているんだよ。イナーシア(inertia)ってことばには以前から興味がある。単語それじたいに無限のイメージをふくむものってそうそうあるもんじゃない。どうだい、ちがうかな、株式会社金曜日社長・北村肇君。イナーシアは物理学用語で、慣性,惰性,惰力だ。どうじに、「遅鈍、痴鈍」の意味もあるのはご存じのとおり。痴鈍なんて差別用語っぽいし、いまはだれもつかわないけれど、漱石はじぶんを卑下してこれをもちいたことがある。でもひどいことばだよ、ね、元日本新聞労働組合連合委員長・北村肇君。君は今日、ぼくの親友にたいし、「赤旗」のインタビュードタキャン事件は「事実確認」ができない、「ウラもとれない」ので週刊金曜日では記事化しない、日本共産党にも抗議しない、とふたたび明言した。おもしろいことを言うひとだね、あんたは。毎日新聞記者時代、君は、「事実確認」ができない、「ウラもとれない」ので自民党の悪政は記事化しないこと――とでも教育されたのかね。それとも、共産党と「赤旗」はつねに正しいので批判しないこと――という記者研修をうけたのかな。貧すれば鈍すと言うけれど、いくらなんでもそんなひどい記者教育はしていないはずだぜ、ね、元毎日新聞社会部デスク北村肇君。2015年11月17 日午前11時半、ぼくは、拙著『1★9★3★7』(イクミナ)をめぐり、「赤旗」記者のインタビューをうけることになっていた。それがとつぜん中止になった。なにも大したことではない。が、このことがぼくにはちょっとしたa certain pointにみえたんだよ。「国会前情勢」とかいってアホ学者どもがカラ騒ぎしていた無緊張状態を、ぼくはひたすら下品にあざ笑った。むろん撤回なんかしやしない。そのことが国民連合政府とやらを工作中の党幹部の逆鱗にふれたのなら、じつはそうなんだ、となぜ言えないのだ。北村肇君、昨日きみはどこでなにをしていたのかね。代々木で党幹部と会い、ドタキャン問題の善後策を相談していたのではないのか。そこで、〈「赤旗」のインタビュードタキャン事件は「事実確認」ができない、「ウラもとれない」ので週刊金曜日では記事化しない、日本共産党にも抗議しない〉という〝妙案〟ないし〝統一見解〟が授けられたのではないのか。ハハハ。「赤旗」も週刊金曜日も、この件は1行たりとも載せない、ということを公式に再確認したというわけかね。口裏あわせ。だとしたら、おもしろいね、北村肇君。これ、会社の不正隠しとおなじ手口じゃないか。ニッポン社会の完全おためごかし化そのものじゃないか。読者をコケにした罪はけっして軽くない。共産党は地道な日常活動によりニッポン社会にドブみたいに溶けこんでいる、というわけで、a certain pointは、イナーシアにより、this pointにまで到達しつつある。存在の計画的無化だ。いまそこにあった、じじつ、いまもそこにある、やまもりのウンコが、あーら不思議、なくなっちゃった。すごいにおいを残して。イナーシアは、共産党とニッポンのかくも永き「惰性」であるとともに、北村肇君、君らやぼくの救いがたい「痴鈍」ぶりを後押ししているのだ。ぼくは共産党と北村肇君を、いまはっきりと侮辱し罵倒している。クソッタレ!そう、ぼくじしんの「痴鈍」をあざ笑うように。ぼくはいま、あまり元気がないんだ。北村君、あんたはどうかね。ぼくはね、デモのあとでデモ参加者がみんなして国会や首相官邸近くの道路を掃除するという身ぶりそぶりのおそるべき(滑稽をとおりこした)頽廃にかんし、道路掃除いいじゃないか立派じゃないのというコビトにたいし、なぜとんでもない頽廃かじゅうぶんに説く気力もないのだよ。ただただバカらしいのだ。〈ファシズムはファシズムと反ファシズムによって構成される〉という(ブレヒトも言ったといわれる)真理を論証する意欲も、もうない。ニッポン共産党が着た服の裏地は、どうやら天皇制ファシズムであるらしい、というじじつに光をあてる情熱ももうねえよ。気力も情熱もなくなると、ひとは炎天下または寒天下のウンコ、無思考のクソになる。すべてはニッポン共産党様によってますますよくなるとどうじに、ますますもって悪くなっている、とつぶやくエネルギーももう残っていない。北村肇君、立派な名前だね。でもさ、こういっちゃあなんだが、あんたもおれもヌッポンコクのただのウンコなんだよ。this pointとは、じつはそれなんだよ、ウ★ン★コさ。主敵はアベである以上に、それだ。とぐろを巻いたウ★ン★コさ。昨日、キャスと病院、胃カメラ、CT。けふ犬洗い。(2015/12/08)

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031128_1147~001 永山.jpg 2015年12月11日

・「現世紀は私を、時間の夜明けの方へ、カオスの最後の日々の方へ連れてゆく。物質が呻きはじめるのが聞こえる。無機物の呼声が空間をよぎってゆく。私の骨は先史の闇に沈んでゆき、私の血は最初の爬虫類たちの血管に流れはじめる」。といった終末的話を、ニッポン共産党のだれかと、近くの居酒屋で、できたら小一時間ほどしてみたかっただけなのだ。いやしくも〈前衛党〉なのだもの、E.M.シオランくらい読んでいるインテリがいくらかはいるだろう。この〝ことばのテロリスト〟のハンガリー事件論と日本共産党員のハンガリー動乱論にどのくらいの開きがあるのか、たしかめてみたかった。「今日、諸文明の老衰というテーマでならば、ひとりの文盲でも、その戦慄において、ギボンやニーチェやシュペングラ―に肩を並べることができるだろう」と、なぜ、シオランが言ったか、きみらの党のだれかと話してみたかった。シオランがダメだというなら、フォイエルバッハでもいい。「……悩みのない存在は存在のない存在である。悩みのない存在は、感性のない・物質のない存在である」の、簡明で深遠なくだりを、青くさい昔の青年のようになぞってみたかった。これはとても大事なことだ。とてつもなく大切だ。きみらはいくらなんでも『経済学・哲学草稿』くらいは読んでいるだろうね。「事物世界の価値増大にぴったり比例して、人間の価値低下がひどくなる」とは、マルクス主義者であると否とを問わず、絶対的な真理だ。きみらの党の機関紙は、永山則夫の作品をこれまでいちどとして紹介したことがないという。信じられない!『無知の涙』も『木橋』も紹介しなかったなんて。殺人を犯した者の作品はどんなにすぐれていても、どんなに深い問題をなげかけていても、党員および共産党支持者は読むな、というのか。それがきみらの世界観か。人間観か。ひとはたんなる1票なのか。そんなことでは『将来の哲学の根本命題』も『経哲草稿』も、ましてやシオランなどわかりはしないだろう。ひととしてそれはあまりにも悲しいことだ。きみらの党の機関紙は大道寺将司の最新句集『残(のこん)の月』を読者に紹介してくれるだろうか。きめつけてはいけないが、たぶん紹介しないのだろう。しかしながら、それはすばらしい句集だ。読んだら息がとまるほどすごい俳句なのだ。読者が知るべき本を紹介しないのは、べつに法律違反じゃない。だが、ぼくにはこうも見えるのだよ。口封じ、目隠しだ、と。畢竟、ひどい暴力だ、と。きみらの党の機関紙がぼくにインタビューを申しこんでおいて突然中止したことは、なんども言うが、べつに大したことじゃない。週刊金曜日の「知らぬ存ぜぬ」も、大事件とは言えないかもしれない。知人のなかにも、あまりこのことにこだわると「変におもわれるかも……」というひともいる。わたしじしん、ときどきじぶんを「変におもう」。けれども、「変におもわれるかも……」と辟易気味の知人のことを、わたしはこのごろなんだかとても嫌いになった。うんざりする。永山や大道寺の作品を紹介しないのは、直接の暴力ではないけれども、本質的には、直接の暴力より手ひどい暴力だとわたしの目にはどうしても映る。おかしいだろうか。くらべれば、ぼくのことなどずいぶん些細だ。が、これも暴力だとぼくはかんじている。ぼくは共産党からなにものかに「分類」され、あげく、不可視の暴力をうけた、とおもう。そうおもう、なにがしかの権利がある。この夏、国会前でくりひろげられた「非暴力と統制と秩序」のページェントの陰画面には、きみらの党も大いにかんけいする国家暴力との積極的融合(野合)がいやでも見える。それこそが怖ろしい真性の暴力だったのだ。エベレストにのぼらなかった。(2015/12/11)

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雲と太陽.jpg 2015年12月12日

・いつまでもこうしているわけにはいかない。「ないもの」にたいしいらだった。あるいは、なにもないふりをするものに、血管が切れるほど怒った。どうしようもない「鬆」(す)に憤慨しつづけた。しかし、なにもおきてはいない。だれもが無関係をよそおう。だれも殺しにこない。殴りにこない。これだけ侮辱しているのに、こない。「指示」がないとなにもできないのだ。こいよ!こちらは待っているのだ。顔をみせない。声をあげない。「指示」がないから「指示」を待つ。責任はどこにもないふりをする。うちあわせたように全員がそうする。なにもないのだ。問題はない。全員が演じるでもなくみごとに演じきる。怒るほうがおかしい。ふざけるなと怒鳴り、コーヒーを顔にぶっかけるほうがわるいにきまっている(だが、何杯でもぶっかけてやる)。声を荒げるほうがまちがっている。しれっと沈黙をきめこむほうに分がある。「要するに砂が悪いのだ。我々の不毛の原因は、すべて砂にある」とは、むかし花田清輝が言った皮肉だった。「蟻地獄でさえも、砂と縁を切ればウスバカゲロウになり、自由自在に空中を飛翔する……」と。ほんとうは流砂ではなく、流砂をあゆむひとの問題なのに、ひとはすべてを砂のせいにする。砂にまみれてもがき、砂を食らい、やがてはひとも砂になる。血も内蔵も骨も白い砂になる。それが最終「解決」だ。解決とはつまり死だ。無だ。日本共産党とその機関紙は砂漠である。蟻地獄である。阿部謹也ふうに言うなら、共産党は、「世間」以上に無責任な俗世間であり、「世間」以下的に酷薄で恥知らずで鈍感な世間である。共産党はじつは似ているのだ、われわれに。われわれの会社と。われわれの家に。われわれの、みみっちく、いじましい内面に。われわれの先祖に。われわれの警察に。われわれの仕組みに。われわれの妄想と錯覚と人情に。ときにそれは合唱団となり「部隊」となり、たからかに愛国をうたい、踊り、行進し、道路掃除をし、ときにそれは町内会、自治会、自警団となり、スクラムを組み「個」をどこまでもおさえつける。かれらははげしく怒る。党への反抗と党への背信に。かれらは無感情で鉄面皮である。人間への背信に。わたしは「ないもの」だけをたんとみた。どうしようもない「鬆」のみを、これでもかこれでもかとみせつけられた。「ないもの」と「鬆」は、ひとり党だけのものではなく、党を批判する(ふりをする)わたしとわたしの隣人、そして友人たちの骨身にもはしる無数の空洞であることも、このたびはおもいしった。少しずつみんなで卑劣になろう。そうすれば卑劣にはみえないのだから。どこにも主体はない。だれにも責任はない。だから恥もない。このかん、わたしの視界から音もなく何人かが消えていった。ずいぶんと若いくせに、だれに習ったか、年寄りじみたすり足で消えていった。ひとことの挨拶もなく。「指示」がないと挨拶ひとつできないのか。追うまい。怒るまい。だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。わたしは『1★9★3★7』(イクミナ)増補版の原稿を書かなくてはならない。今月19日の横浜講演の準備もしなければならない。横浜講演では、あいかわらずろれつはまわらないが、なにかを必死で話そうとするだろう。なにしろ2015年もあと少しで終わりなのだから。ことしいったいなにがおきて、おきるべきなにが、ついにおきなかったのか、だれがおこさせなかったのか………必死で話す。ブログはしばらく休む。だからといって、あのドタキャン事件をわすれることはない。だんじてない。「ないもの」と「鬆」、まん延するvoidについて、もっともっとかんがえつづけるだろう。ダフネにいった。エベレストにのぼった。(2015/12/12)

追記(2016/04/11):上記辺見さんが言及している横浜講演会を末尾でpodcastしておきました

 

2015年11月30日
日録1

私事片々
2015/11/10~2015/11/30
http://yo-hemmi.net/article/429387467.html

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マウントフジ1.jpg 2015年11月10日

・きのふYさんがクリスマスローズを坪庭に植えてくれた。赤い実をつけた鉢も移植したが、名前を失念した。今朝、さっそく鳥が飛んできた。赤い実をついばんだところは見ていない。高桑さんとけふ「社会ファシズム論」とコミンテルン第7回大会の「人民戦線路線」について長いこと話す。数十年ぶりのおさらい。疲れた。トロツキーの「社会ファシズム論批判」のことも。1920~30年代にはすでに、いまの怪(珍)現象の祖型のほとんどがあったのにはあらためておどろかされる。げんざいの歴史は、いまはじめて経験されているのではない。まあたらしいテクノロジーはあっても、新品の歴史はない。1920~30年代は複雑で、やっかいで、どこまでもいやらしい。あくことない陰謀と裏切りと組織の内訌。なぜニッポンの民衆はたちあがって戦争をやめさせることができなかったのか。革命は人間的な理由から発して非人間的な結果を生じる、にしても、ニッポンのマスメディアそして〝知識人〟のオポチュニズムと幼稚さ無知、無責任ぶりは、いまもむかしもまったく変わるところがない。「反資本・反共・反ファシズム」の三反主義をかかげた社会大衆党は、なぜあれほどまでにファッショ化し、結局、大政翼賛会に合流してしまったのか? 対中侵略戦争直前のこのクニには、天皇制ファシズムも軍国主義も自由主義も社民主義もあるにはあったのだった。天皇制ファシズムと軍国主義が言論のすべてを圧殺して、その結果、戦争が発動されたとはかならずしも言えない。日中戦争開始までは言論活動がそれなりに許されていたのであり、ニッポン型社民主義はまだかつかつ生きてはいた。デモクラシーが理念としてもかんぜんに燼滅したのは、主として戦争発動後である。社民主義は反戦運動をまったく組織せず、戦争を阻止し(でき)なかったけれども、戦争は社民主義さえ一気に消滅させたのだった。だいたい社民主義が帝国陸軍と連携し戦争を積極的にあとおしするなどという、およそありうべからざることがおきていたのだ。とうじは社民主義か国家社会主義か、その区別さえ知識層のあいだでもわからなくなっていた。それが実相だ。いまとの類似点、いま学ぶべき点、検証されるべきできごとが無数にある。高桑さんは「砕氷船理論」についても持論をかたった。砕氷船理論!耳にしたのは学生のときいらい。なんだかなつかしかった。けふ、来春の大阪講演のスケジュール、コンセプトのあらましが実行委員会から送られてくる。コンセプトには「戦争法の強行採決、原発再稼働、格差の拡大、ネオファシズムの台頭、自由度の縮小等、歴史が目まぐるしく反転する中にあって、私たちはどこに連れていかれようとしているのか。さまざまな疑問と難題が沸騰するなか、原点にかえり、反戦主義の可能性を探る言説を展開中の辺見庸氏を招き、今どのような時代に生きているのか、私たちにどんな可能性があるのかを考える」とあった。「反戦主義の可能性」の文言だけ、「妥協なき徹底的反戦主義の可能性」に変えていただくことにする。来月19日の横浜講演の趣旨と基本的にはおなじだ。大阪講演では、会場でチェリスト中山由香里さんに約15分の演奏(バッハ「無伴奏チェロ組曲1番からプレリュードほか」)をしていただくことになった。うれしい。横浜講演にせよ大阪講演にせよ、まったく少数のひとびとの手づくりだ。こちらとしてはそれまで最低限、生きていないといけない。(2015/11/10)

追記(2016/04/11):上記辺見さんが言及している横浜講演会を末尾でpodcastしておきました

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マスク.jpg 2015年11月11日

・権力をあまりに人格的にとらえるのはどうかとおもう。口にするのもおぞましいドブの目をしたあの男を、ヒステリックに名指しでののしれば、反権力的そぶりになるとかんがえるのは、ドブの目をしたあの男とあまり変わらない、低い知性のあらわれである。権力の空間は、じつのところ、非人格的なのだ。だからてごわい。中心はドブの目をしたあの男=安倍晋三であるかにみえて、そうではない。ドブの目をしたあの男はひとつの(倒錯的な)社会心理学的な表象ではありえても、それを斃せば事態が革命的に変化するようなシロモノではない。権力には固定的な中心はなく、かくじつに「われわれ」をふくむ周縁があるだけだ。ドブの目をしたあの男は、陋劣な知性とふるまいで「われわれ」をいらだたせ、怒らせるとともに、「われわれ」をして社会心理学的に(かれを)蔑視せしめ、またそのことにより、「われわれ」が「われわれ」であることに無意識に満足もさせているのかもしれない。ところで、「われわれ」の内面には、濃淡の差こそあれ、ドブの目をしたあの男の貧寒とした影が棲んでいるのだ。戦争は、むろん、そう遠くない。そう切実にかんじられるかどうか。いざ戦争がはじまったら、反戦運動が愛国運動化する公算が大である。そう切実に予感できるかどうか。研ぎすまされた感性がいる。せむしの侏儒との「ふるいつきあい」がベンヤミンのなにかを決定した。そう直観できたアレントほどするどくはなくても、研ぎすまされた感性がいる。けふコビトがきた。ミスドにいった。(2015/11/11)

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部屋ー空.jpg 2015年11月12日

・〈暴力〉とはなにか、は、〈顔〉とはなにか、とともに、すぐれて今日的テーマでなければならない。このことも来月19日の横浜講演(および来春の大阪講演)で触れざるをえないだろう。〈暴力〉にかんする誤解は、スターリニズムにたいする無知と誤解に、かつてもいまもじつによく似ている。スターリン主義を、たんに粛正とテロルと抑圧という行動現象だけでとらえるのはとんでもないまちがいだ。一見平穏で一見遵法的で一見理知的な〝静かなるスターリニズム〟は、ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリン存命中にもあったし、没後にもあり、ファシズムとともに、いまも綿々としてつづいている。歴史の目的論と国家論、組織論ひいては偏頗な人間論に根ざす〝静かなるスターリニズム〟には一時、サルトルやメルロ=ポンティも同調していたほどだが、なぜそうだったかはここでは措く。さしあたり〈暴力〉のかくされた位相が〝静かなるスターリニズム〟も念頭に、いまはイメージされなければならない。そして〈暴力〉の従来型イメージは大胆にめくりかえされなければならない。わたしに言わせれば、たとえば、遵法的服従はしばしば犯罪よりもよりいっそう犯罪的な〈暴力〉となりうる。それはミルグラムが『服従の心理』(山形浩生訳)の第1章「服従のジレンマ」で引用しているC.P.スノーのことば「人類の長く陰気な歴史を考えたとき、反逆の名のもとに行われた忌まわしい犯罪よりも、服従の名のもとに行われた忌まわしい犯罪のほうが多いことがわかるだろう」にもかかわる。服従という非〈暴力〉は、無関心という非〈暴力〉とともに、反逆的〈暴力〉よりもはるかに暴力的で犯罪的である……とわたしは年来おもっている。辺野古におけるあからさまな国家暴力をまえにして見て見ぬふりをするホンド民衆の非〈暴力〉は、沖縄にたいするホンドの圧倒的かつあまりにも理不尽な〈暴力〉の行使にひとしいことは言うまでもない。安保法制反対をとなえる服従(屈従)的デモのあとにデモ参加者が路上清掃をしたという〝美談〟を、もしもアーレント(あるいはローザ・ルクセンブルク)が聞いたらなんと言うだろうか。ハハハとふきだすか、ちょっと、それは国家暴力と同質じゃないの、と言うにちがいない。町内会(あるいは自治会、自警団)的〈暴力〉、貧困と差別の〈暴力〉が各所に伏在するこのクニには、自覚せざるネオ・ファシズムのほかに、それを支持、補強する〝静かなるスターリニズム〟も勢いを伸張しつつある。じつに面妖である。〈顔〉について書くのが面倒になった。一言だけ。ドブのような目をしたあの男の〈顔〉は、外部にとりかえしのつかないかたちで露出してしまった〈暴力〉なのであり、ことばの本質的意味あいで公序良俗に反する。現行犯逮捕すべきである。(2015/11/12)

追記(2016/04/11):上記辺見さんが言及している横浜講演会を末尾でpodcastしておきました

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落日.JPG 2015年11月14日

・昨日は久しぶりに東京にいった。1日だけでたくさんのことがあったようにおもいだされる。堀田善衛の『時間』復刊(岩波現代文庫)にかんし、岩波書店で北日本放送TVのインタビュー。『時間』の復刊はひとつの「事件」だ、とおもったままのことを話す。復刊を企画、実現した編集者Nさんとそこではじめて会う。メールのやりとりはしていたが、初対面。『時間』復刊をおもいたち、わたしに解説を書かせた編集者。オシップ・マンデリシュタームやシャラーモフに詳しい男……というのはメールで知ってはいた。文面に落ち着きがあり、ですぎず、問い合わせへの応答がはやく、抑制的ながらわたしの下品なユーモアを解し、しかし、あくまでも礼儀正しいので、熟達の編集者で、当節めったにはいない教養人、歳のころは推量するに50~60くらいか。てっきりそうおもっていた。仰天した。眼前の男は長身痩躯でじつにもの静かな若者。おもわず歳を訊いたら、こともなげに28だという。絶句。昭和末年に生まれ、身体的には昭和をなにも知らないであろうはずの若者が、1950年代の堀田の問題作『時間』を復刊したとは!N君にはまったく気負いがなかった。わたしの連載「1★9★3★7」を読んでいて、そこになんども引用されている『時間』が絶版になっていることを知り、復刊をかんがえたという。笑いだしたくなるぐらいおどろいた。愉快だった。近来まれな快事とはこのことだ。絶版になった新潮文庫版『時間』の古本はAmazonでいっとき7000~8000円の高値になっていた。だから復刊して儲けようという意図など毛頭ないことは、かれとのやりとりでわかりきっていた。そんなことより、『時間』復刊の歴史的意味がはるかに重い。それは南京大虐殺という史実への編集者の現在的位置を表明することにもかかわる、すぐれて個的なあかしでもある。それなりの勇気もいる。が、N君は涼しげだった。まったく力みがなかった。にもかかわらず、『時間』―『1★9★3★7』―げんざい、という流れに、戦慄すべきなにものかをかんじとっていることはあきらかであった。わたしが内心、驚倒したのは、そうした歴史的、世界史的イメージ(普遍的危機)の感得が28の若者にも可能らしいという、わたしの偏見を軽々とくつがえす事実に、である。かいかぶりではない。昨日は北日本放送の濱谷さんのはからいで堀田善衛の著作権継承者であるお嬢さんと電話でお話しすることもできた。電話のむこうに歴史と時間がはげしくうずまいていて目眩がした。昨日はまた、早稲田のホテルのロビーで転倒し、ガーナのコワクさんに助けおこされた。深い美しい目をした人だ。くらべものにならないほどの色模様の内面がつややかな瞳からこぼれ落ちている。夜、M君から電話。日本共産党機関紙しんぶん赤旗が、みずから申し込んできた『1★9★3★7』(イクミナ) にかんするわたしへのインタビューを急きょ中止するむね連絡してきたという。数日前に、インタビューしたいので都合のいい日時を提示してほしいということで、今月17日午前11時半を提案した矢先の、不可解な、そして無礼千万なドタキャン。不快だな、とはおもうが、まったく予期していなかったわけでもないので、心はさほどに沸騰しない。ただ、なにか不気味なものを感じる。M君ら編集者たちは一様におどろき、国会前の権力屈従的デモにたいするわたしの批判を、日本共産党への批判と同一視したすえの、「スターリン主義的な傲慢・短絡」の発露だろうと言う。だろうか?わからない。ともあれ、インタビューはかれらが申し込んできたのだ。それを、納得できるじゅうぶんな理由もなくキャンセルするというやりかたはとうてい尋常ではない。「国民連合政府」樹立をよびかける政党の、これが〈道理〉というなら、わたしはちゃんちゃらおかしいと嗤うしかない。とまれ、流砂的政治状況のいま、これは考察の対象ではある。『時間』を復刊したN君のあくまでも静かな目、ガーナのコワクさんの、視たものを吸いこむような瞳をおもう。それらの目こそ視るに値する。そう言えば、堀田善衛は共産党を信じなかった。昨日、朝日新聞朝刊一面に『1★9★3★7』の三八広告が載る。オビ文をそのままつかっているようでいて、じつはそうではない。おもしろいものだ。肯綮がちゃんとはずしてある。おどろくべき「獣性」と「慈愛」をつないだ天皇……の文言は、だれがそれを指示したのか、きれいに消えていた。隣には佐藤優なる人物の本の広告、2センチ右上には皇室特集記事の案内。膚がザワザワする。(2015/11/14)

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テラスから.jpg 2015年11月15日

・大道寺将司最新句集『残(のこん)の月』(太田出版)を読む。ブスリ。脳天に垂直に五寸釘を打ちこまれる。どんな評言も『残の月』には近づけまい。(2015/11/15)

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日没.jpg 2015年11月16日

・日本共産党機関紙しんぶん赤旗が、拙著『1★9★3★7』をめぐるインタビューを申しこんできながら、こちらがそれをOKし、インタビュー日時を提示したにもかかわらず、突如「中止」を通告してきた経緯は、むろん、釈然としない。だが、このような言い方は党機関の内部文書のように人間のにおいに欠ける。インタビューを申し込んできたK記者は、「辺見さん」と「われわれ」には考え方のちがいはあるけれども、『1★9★3★7』は赤旗紙上でもぜひ紹介したいので……と要請の理由を率直に話してくれたのだそうだ。わたしはK記者の取材動機と発意を、わたしの担当編集者から聞いて、なにがなし好感をもった。わたしは同党と考え方がぜんぱんてきにことなる。しかし、これまで赤旗のインタビューを断ったことはない。極右紙ならいざしらず、とくに断る理由がないからである。『1★9★3★7』は、多喜二虐殺と官憲のかかわり、それについての国会でのやりとりなどについて、昔の赤旗の記事を参考にもしている。だから、そのこともふくんだうえでのインタビュー申し込みなのかな、とおもっていた。急きょ「中止」を連絡してきたK記者は極度に緊張し、泣きだしそうなほど声がふるえていたそうだ。突然のとりやめがK記者の意思ではなく、「上部からの指示」であることは歴然としていた。わたしの担当編集者M君はかなり怒って、赤旗編集局に抗議の電話をした。すると、責任者は紙面スケジュール上の理由であるむねを冷然と言いはなったそうだ。そんなことは理由にならない、失礼ではないかと反ばくしたところ、言いがかりをつけるのか、〝邪推〟はやめろ……といった趣旨のことを傲然と告げられたという。この話はすべてM君からの伝聞であり、赤旗責任者からちょくせつに聞いたことではない。責任者はきょうにいたるも、ドタキャンの「弁明」をわたくしにしてきてはいない。わたしのほうも、共産党に謝ってほしい、釈明してほしいとは、かならずしもおもっていない。どのみちそうはしないだろうから、求めもしなかったのだ。M君は先だって、お父さんを亡くしている。この1年でご両親があいついで他界した。共産党にはあずかり知らぬ話だろう。だが、わたしにはとても大事な話だ。『1★9★3★7』の編集、校正の追い込み期間には、危篤状態だったお父上が、息子の仕事をわかっていたかのように、なんとかがんばって小康をたもってくれたのだった。『1★9★3★7』編集、校正をやっとのことで終えるのとほぼ同時に、お父さんは息をひきとった。日本共産党にはなんの関係もない話だ。だが、インタビューがあったら、わたしはそのことを言おうとおもっていた。紙面に載ろうと載るまいと。一冊の本をこしらえるということは、ありとある人間の葛藤をためらわず、ひきずるということだ。『1★9★3★7』は赤旗だけでなく志位和夫委員長らにも献本されているらしい。志位さんの読後感を聞いてみたかった。わたしは中野重治を何冊か読んだことがある。『甲乙丙丁』も。中野はニッポンとニッポンジンそして共産党を知るうえで、たいへん重要な作家だ。赤旗編集局の諸君は、中野重治をどれほど読んでいるのだろう。中野重治についてなにをおもっているのだろう。M君はまだ怒っている。「辺見さんは赤塚不二夫の漫画『狂犬トロッキー』のようにおもわれているんじゃないですか。ハハハ……」と冗談を言われた。怒りをまぎらわしているのだ。『狂犬トロッキー』をわたしは知らない。わたしが提示したインタビュー日時は明日朝、2015年11月17日午前11時半からだった。K記者にはなんの責任もない。志位さん、ぼくは前よりもっと憂うつになったよ。(2015/11/16)

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窓ー雲.jpg 2015年11月17日

・(承前)というわけで、2015年11月17 日の朝をむかえた。ずいぶん暖かな午前。穏やかだけれど、この気温は不穏だ。不時現象という。だが、毎日毎日が不時現象のれんぞくである。すると不時現象が常態となり、「常」とは、結果、「不時」となる。「ときあり」ということばは死語になるのかもしれない。11時半。この時間に、もともと柏木氏と会うことになっていたのだが、日本共産党機関紙しんぶん赤旗のインタビュー申し込みのために、日時をずらしてもらったのだ。柏木氏にはわるいことをした。わたしはかれに詫びた。だが、日本共産党も「赤旗」も、インタビュー中止について、わたしに詫びてきてはいない。電話1本こない。11時35分。志位さんは電話をくれない。小池晃さんからも梨のつぶて。たったの電話1本。それもできないのだろうか、とわたしはほんとうはおもってはいない。それは、本音を言えば、無人冷酷資本主義システムAmazonからの〈ほんとうの人の声〉を期待するのとおなじほど、おそろしく無意味なことであろうからだ。ただ、「もしや」という気分もまったくないわけではなかった。インタビューはこちらからお願いした話ではない。「赤旗」のほうから要請してきて、わたしに日時場所を提示させたのだ。こちらが中止したのではない。非礼なのはどちらかぐらい、自民党の村会議員(失礼!)にでも(のほうが、と言うべきか)わかる話ではないか。これは瑣事かもしれない。忘れてしまえ。そうおもわぬでもない。が、なにかが黒いネバネバした蜘蛛の巣のように胸にひっかかる。K記者は「上部の指示」に泣く泣くしたがわざるをえなかったのだろう。紙面スケジュールを無視してインタビューを申し込むなど、党機関紙だろうが商業紙だろうがありえない。K記者という生きている人間の意思を「上部の指示」が消したのである。この「上部の指示」の理由と背景、あるいは指示の発出者がだれかについて、党には外部に公開する義務も意思もない――ということか。ほう、それって、ちょっとすごくないか。拙著『1★9★3★7』は、聞くところによると、天皇には、(そうすべきなのに)献本していない。本文中で昭和天皇の戦争責任についてさんざ書いてあるにもかかわらず、今上天皇には送られていない。送り方がわからないからだろう。安倍晋三というならず者にも献本されていない。どうせ読まないだろうだろうからだ。安倍の私的年表には、どだい、「1937年」がまるっきりないからである。しかし、志位さんや小池さんには献本した。昭和史という、日本共産党も大いにかかわる底なしの謎について、ともにかんがえる度量と姿勢くらいはあるだろうとおもったからだ。尊敬する在日コリアンの学者らからは『1★9★3★7』につよく感応するメッセージがたくさんとどいた。しかし共産党からはK君をのぞきゼロ。なにかが変わったようだ。少なくとも、わたしにたいする「かれら」の態度は変わった。「かれら」は以前、わたしに(とくに選挙前などに)インタビューし、〝党を支持する文化人〟のような体裁で記事化していたのだ。謝礼はたしか7000円(税別)ではなかったか。それが「上部」の指示で変更された。わたしはずっと余儀なくわたしでありつづけているのだが、日本共産党がわたしを広義の「味方」から「敵」とみなしはじめた。そうとは知らないK記者が、 『1★9★3★7』を「赤旗」読者にも紹介しようとわたしにインタビューを申しこみ、それを知った「上部」に叱責された。そうではないのか。わたしはそう訝り、そのように想像する権利も根拠もあるとおもっている。邪推ではない。このほかにもこのところ不可解なことがつづいている。「やつは敵だ。敵は殺せ」――あらゆる政治の、いっかな超克のあたわない究極の原型は、この論理である。政治はこれをのりこえようとしながら、まったくのりこえられずに、ここまできた。「上部の指示」をはねかえせない〝下部〟たち。志位さんか小池さんは、ドタキャンにつき、わたしに電話1本くらいくれるべきだった。わたしと近所のマックで不味いコーヒーを飲みながら10分ほど話したって損はなかったはずだ。「敵」とはなにも話さないというのか。わたしには話す用意がじゅうぶんにあるのに。『1★9★3★7』には、〈「敵」と人間〉の問題についても根をつめて書いたつもりなのだが……。先日、編集者のN君と堀田善衛の『橋上幻像』のことを話したのをぼんやりとおもいだす。カダヴル(cadavre)のこと。「カレラノアイダニヒトツノ屍(カダヴル)ガアル」というフランス語は、「カレラハグルニナッテナニカヤッテイル」という意味になるらしいということ。N君の静かな目が、キラリと光ったっけ。N君は28歳だ。あのとき以来、口笛を吹きたくなるような浮きたつ気持ちと暗澹たる気持ちが交互にわいてくる。(2015/11/17)

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LSVの空.jpg 2015年11月18日

・劈開(へきかい)ということばがある。裂きひらくことだ。とくに、方解石や雲母などについて、結晶が一定の方向に割れたり、はがれたりして、平面を現すことを言うらしい。ひとや組織には劈開ということばはもちいられない。けれども昔から、政治組織や政治党派を劈開してみたら、なにがみえてくるのか……といった突拍子もないことを想像(妄想)する癖がぬけない。組織の結晶度がかたければかたいほど、劈開面の紋様は他との異動と変化にとぼしく、種々様々であるべきひとの顔も見えにくかろう、というのがわたしの仮説だ。日本共産党機関紙「赤旗」のわたしにたいするインタビュー中止(ドタキャン)にさいし、この党を劈開するといったいなにが見えてくるのか、とまたも想像してしまった。説明・釈明・弁明・謝罪なき一方的ドタキャンを、ま、こんなもんでしょう、と苦笑いですますきもちもある。共産党なんてどうせそんなもんだよ、と割りきる気分だね。だが、一方で日本共産党に〈人間的例外〉を待つ(待ちたい、待つべき)という、甘い期待ではないけれど、好奇心のようなものもわたしは捨ててはいない。問答無用の例外なき〈断定〉こそ、スターリニズムの許すべからざる犯罪であった。岩波現代文庫『時間』(堀田善衛)の末尾は、「人生は何度でも発見される」である。主人公の中国人は南京大虐殺の惨禍ののちでも「人生は何度でも発見される」と言うのだ。志位さん、そうおもいませんか?あなたとわたしは歳もちがうし生き方もちがう。かんがえかた、好きな映画、好きな音楽もちがうかもしれないし、おなじものを好きかもしれない。志位さんのすべてがわたしとことなっていても(そんなことはありえようがないけれど)、わたしはあなたを一個の人間存在として、口はばったい言いかたですが、みとめる。一個の人間存在としてみとめるということは、対話可能ということだ。つまり、わたしは志位さんや個々の共産党員と、会話が不可能なのであり、だから物理的に排除すべきであるとはまったくかんがえていない。ただ、わたしは言うだろう。「共産党」を名のるということは、じつにものすごいことなのだ、と。「共産党」の名のもとに、ひとを組織し、率い、議論し、たたかい、それでもなおかつ、主体的で自由な一個の人間存在でありつづけるということは、じつにじつに大変なことですよね。そうかたりかけるだろう。そうした文脈から、わたしは志位さんに問う。あなたがたはなぜ、いったんは申しこんだわたしへのインタビューを、急きょ中止することにしたのか?なぜ中止の理由を、わたしおよび党内外に(本日午後5時にいたるも)、率直に説明しないのか?この沈黙はやや傲岸不遜ではないか……そう吐き捨てたくなる衝動をわたしはおさえている。志位さん、「戦後民主主義」などという美言をかんたんに信じるにはあまりにも濃い泥闇をわたしは漕いで、ここまで生きながらえてきた。伊藤律・元日本共産党政治局員を、あなたはご存じだろうか。妖しい魅力のある人物でした。1980年、北京国際空港で「伊藤律さんですか?」と、かれにさいしょに声をかけた記者はわたしだ。いまの若い党員は、ながく中国で収監されていたかれの名前も、ぶったまげるほかない経歴も知らないだろう。かれの顔をまじかに見、かれの声を耳にして、わたしは涙がでそうなほど感動した。そのときいらい、ニッポン近・現代史の基本テーマは、天皇制と日本共産党、思想転向と公安警察だ、と直観したのだ。志位さん、これらをあなたと話してみたいのですが、無理だろうな。それから、2004年の第23回党大会で改定された「日本共産党綱領」の、「一、戦前の日本社会と日本共産党」についても貴兄のご意見を聞きたいが、これもかなわぬ話だろうね。このなかの「(二)党は、日本国民を無権利状態においてきた天皇制の専制支配を倒し、主権在民、国民の自由と人権をかちとるためにたたかった」という箇所につき少しく吟味してみたいのですが、いかがでしょうか。じつは、こうしたことをすべて念頭に、拙著『1★9★3★7』(イクミナ)は書かれたのです。志位さん、わたしたちは徹底的に率直でなければならない。「赤旗」がわたしへのインタビューをとつぜん中止した事実を、志位さん、あなたはご存じでしたか?理由はなんですか?ほんとうのわけは、ひところの国会前のデモを、あまりにも「権力迎合的」だとわたしが口汚く非難したからではないですか。そのことをみとめれば、問わず語りに、あそこには「まっさらの若者たち」だけでなく、共産党や民青の〝別働隊〟が多数入っていた事実を承認することになるので、あなたがたは卑小な沈黙をきめこんでいるのではないですか。いや、いいのです。わたしは〝別働隊〟が潜りこんでいようと、〝純粋な若者〟を偽装しようと、いわばあたりまえのことだし、ましてニッポン近、現代思想・精神史がふくみもつ天皇制と共産党の役割にくらべれば、そんなことは屁のように小さななことだ、とおもっているのです。にしても、党はあまり変わらんな……と感じるのです。やっぱりつくづく「人間というものはたまらない」と。志位さん、これはだれのセリフか知っていますか。「人間というものはたまらない」。けれども、ひとを十把一絡げに断じる愚をおかさないように、わたしはいま、じしんになんども言いきかせております。志位さん、わたしと『1★9★3★7』について「赤旗」紙上で対談をしませんか。多くの読者がそれを望んでいます。朝日にも毎日にも讀賣にもできない企画です。わたしは半身不随でヨロヨロではありますが、代々木にでむき、あなたと真摯に『1★9★3★7』について話します。どうでしょう、「人生は何度でも発見される」とおもいませんか。志位さん、日本共産党史上、もっとも例外的に自由で勇気ある委員長になる気はないですか?(2015/11/18)

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雲の諸相.jpg 2015年11月19日

・午前中に、犬にさそわれ犬といっしょに空―雲をみた。ジェット雲のようなの、ドーナツのようなの、きしめんのようなの、ダックスフントのようなの、沈下するもの、斜交いにまじわるもの、アト知恵の輪、目路のかぎり凍結した屍体、青いパイパンの刃、死者の息……。犬をのこして外出。家をでるなり特高がつけてくる。威圧尾行というやつだ。金井貞吉と会うわけでもないのに。駅前でシンニッポンなんとかというのが、たすきがけで愛国連合政府樹立署名活動をやっている。特高が電柱の陰からじいっとみている。とおりすぎるわけにはいかない。おばさんに言う。ぅわたくすぃ、手がわるいのでアナルコサンディカサインでもよかですか?愛国おばさん「アナルコでもハメルコでもよかどすえ。おっちゃん、元気だそう!」。ほなと、ケツメドで落款す。ペタ。失敗。もいっかい。朱肉が穴にちゅめたいわ。腸が冷えるわ。ペタ。乱れし菊のご紋。聞こえよがしにうたへ、キミガヨ。ニッポンゼンコク、ソウイン、起立!右むけぇ右!

ケツメドでうたへ、キミガヨ
(文科省推薦・ヌッポン国旗国歌法第2条に基づくソネット)

ケーツーメドはケツメドだ
おれのケツメドは ただれ ゐわをとなりて
こけのむすまでおれのケツメドだ
おまえのケツメドはおれのケツメドじゃない
エンペラーのきったねえケツ チンのケツ
アベのケツ
の眼窩の襞
を頌え 頌えってんだよ
エンペラーのケツの眼窩の襞の
クソのかけら
のアルシーヴ
を読め 
アホウども 党のハンドラーたちよ
洪積期のウンコの眩惑
くっちゃい穴(孔)と穴(孔)のまわりを
さあ、たんとお舐め
ペチョペチョ
ぼくちゃんのアルコーヴ
ウンコのエノンセでいっぱいの
夢のアルシーヴ
ケーツーメドはケツメドだ
おれのケツメドはおれのケツメドだ
ちよにやちよにケツメドだ
おまえのケツメドはおれのケツメドじゃない
さあ、やったんさい
いれて
ぶちこんで
さして
ちょっとぬいて
すぐ
ついて
こねて
たれて
だして
ちよにやちよに
あへあへ あへりんこ
タマのーむーうーすーまああで
いってえ!
あっあっ、いっちゃふ!
みんすすぎってなんだあ?
ケツメドだあ!
(2015/11/19)

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腐蝕.jpg 2015年11月20日

・ちょっとおどろいている。北日本放送が昨日夕、ニュース番組でわたしへのインタビューを放送した。堀田善衛の小説『時間』の復刊(岩波現代文庫)、南京大虐殺と歴史修正主義、拙著『1★9★3★7』などについて話したのだが、正直、ここまで放送できるとはおもっていなかったのでびっくりした。東京主要紙、NHK、民放各キー局ではとてもかんがえられないことだ。本ブログの読者にもぜひみていただきたい。
http://www.knb.ne.jp/news/detail/?sid=9462
けっきょく「独り」である。たった独りの営為が、連鎖して、つぎの独りの存在を意味あらしめることが、ごくまれにある。『時間』の復刊を企画、実現した奈倉君、北日本放送の濱谷さん、『1★9★3★7』のすべての読者たち……の、どうにもならない「独り性」に感謝し、敬意を表したい。「赤旗」のインタビュー・ドタキャン事件でわたしが夢想しているのは、日本共産党の「機関決定」的な「公式」の謝罪なんかではない。勘違いしないでほしい。巨大組織に属する人間の、どうにもならない「独り性」が内側から発する肉声。もしも、もしもだ、そんなものがあれば聞きたいとはおもうが、まったく期待なんかしていない。かつて小泉政権下で、いったいどれほど多数の日本共産党支持者たちが、どうじに、小泉純一郎の政治を熱烈に支持、歓迎したか。信じがたい。噴飯ものである。じつにばかげている。だが、おもいだしてほしい。流砂はあのころからとっくにはじまっていたのだ。流砂のただなかで、どうにもならない「独り性」を発揮して、しがない砂一粒として踏みとどまった者がいったいどれほどいたのか。であれば、「国民連合政府」樹立構想をいぶかしむ理由はいくらでもある。一朝ことあれば、たとえば、朝鮮有事ないし尖閣有事、はたまた国内テロがおきたら、「国民連合政府」は、ほどなくして「愛国連合政府」になりかねない。「反戦平和」はいつだって「愛国統一」に変位しうる。週刊金曜日だって怪しい。インタビュ・ードタキャン事件で、週刊金曜日は日本共産党にたいし抗議なんかしていない。一部編集部員をのぞき、さして怒りもしていない。記事にさえしていない。なぜか?電話で抗議したのは、ながくわたしを担当している週刊金曜日の外の編集者である。〝モサドの回し者〟のような人物にも平気で原稿を書かせて、ゼニになればなんでもやりそうな、一見、市民運動ふうの雑誌も、いまはうす汚い流砂に流されっぱなしではないか。日本共産党機関紙「赤旗」も週刊金曜日も、「独り」をナメてはいけない。言っておく。「独り」はペラペラの一票ではない。自覚的「独り」こそがもっともよくたたかうのだ。(2015/11/20)

SOBA:↑辺見さんが上記言及している記事を末尾にアップ(記事中の動画を見る事ができます)

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けふの雲.jpg 2015年11月21日

・こんなタイプの人間が、女であれ男であれ、どうしてもすきになれない。生理的にダメだ。ひとをチクるやつ。とくにひとを警察にチクるやつ。「あいつらをどうか排除してください!」と、警察に恥ずかしげもなく泣きつくやつら。ひところの国会前の空さわぎの荒みにはいくつかの「腐った根」があるだろうけれど、その最たるものが「権力迎合」である。だが、さいきん、皮肉っぽい友人にアドヴァイスされた。「いまのわけーもんにゃ〝権力迎合〟なんて感覚がそもそもありゃせんのだよ。子どものころから〝権力および現実受容体〟として育ってんだから」。はあ、そんなものなのだろうか。が、若者だけではない。NHKのオーゴシとかいう東大野球部出身を売り物にしている完全権力迎合タイプのメガネパンダ(昔、会社にも東大野球部出身がなんにんかいたが、わたしの好きだったSさんは「しゃらくせー」が口癖の大酒のみで、自殺だか事故死だか、酔っぱらって線路によこたわり、電車に轢かれて死んだ。迫りくる電車の轟音と警笛を聞きながら、「しゃらくせー」と最期につぶやいたはずだ)が昨夜も、テロ事件について、わざわざ受信料をつかってパリまでいかなくても言える世迷言をほざいてた。しゃらくせー!受信料かえせ。メガネパンダのバカ話は引用にあたいしない。テロリズムとは「社会と権力制度の限界、そしてそのような制度が概念として位置づけられる状況をテストする」ところの「名づけ得ない存在」だとリチャード・J・レインは言った(『ジャン・ボードリヤール』)。それは、善と悪の国境をなくしたハイパーリアルな国家・社会と権力制度の、あらかじめの破綻とすさまじい暴力システムをあぶりだす。すでにというか、いよいよ本格的にというか、超法規的国家権力(暴力)行使の時代がきた。ニッポンでは「共謀罪」新設の法案が早晩提出されるだろう。お涙ちょうだい話と〝命の大切さ〟をしゃべりにパリまで赴くのは、メガネパンダよ、あんたね、震災後に石巻までのこのこ〝取材〟にいって、いいかげんな人情話をしゃべったのとおなじ手法じゃないか。さて、ニッポンのSWATがテロルの現場を急襲、「名づけ得ない存在」=「テロリスト」らを銃で蜂の巣にする日も近い。権力受容体質のニッポンのあんちゃん、ねえちゃんたちは、国会前でやったように、SWATに拍手喝采し、屍体に「帰れ!」コールを浴びせかけ、しかる後に、みんなで血塗られた道路の清掃作業でもやるんだろうか。やりかねないな。聞くところによると、国会前の空さわぎにくわわったれんちゅうは、DJポリスと第4機動隊の区別と同一性も知らないらしいし。小池晃・日本共産党副委員長が数日前、「戦争をさせない1000人委員会」メンバーにたいし、同党機関紙「赤旗」のインタビュー・ドタキャン事件について「遺憾だ」とかたったという。「1000人委員会」メンバーからわたしの担当編集者にそのむねの電話があった。わたしは「1000人委員会」メンバーではない。「遺憾だ」はわたしへのメッセージではない。小池晃氏は「インタビュー申し込み→急きょ中止」事件を知っていたが、なにが、なぜ、だれが、だれにたいし、どのように「遺憾」なのかは話しておらず、真相は依然不明だ。ここには「人間」がいない。わたしへの直の連絡はきょうげんざい、なにもない。おかしくはないか。小池さん、共産党の大先輩の書いた「五勺の酒」はお読みになっただろうか。「……個人が絶対的に個人としてありえぬ、つまり全体主義が個を純粋に犠牲にした最も純粋な場合……」。これはご存じのとおり、天皇制についていっているのだが、「党」の酸欠状態ともかさなっている気がする。「僕は、日本共産党が、天皇で窒息している彼の個にどこまで同情するか、天皇の天皇制からの解放にどれだけ肉感的に同情と責任を持つか具体的に知りたいと思うのだ」。あなたがたは中野重治のこの問いに、いちどでもじゅうぜんに「肉感的に」答えたことがあったろうか。こんどのことをきっかけに、わたしはまた中野重治を読んでいる。にしても、「赤旗」から電話をうけた(当事者であるはずの)週刊金曜日もほんとうに無責任だ。まるで党の「フラク」(!)ででもあるかのように、不可思議な沈黙をきめこみ、問題を記事にもしていない。「個人が絶対的に個人としてありえぬ」空間はこのクニの各処にある。『1★9★3★7』(イクミナ)をめぐる外国人記者クラブでの会見を昨日、断った。もともと外国人記者クラブからの要請ではなく、広告費をケチる週刊金曜日のがわが申しこんだ、あざとい無料宣伝作戦だからだ。版元がこれだから、『1★9★3★7』は、ほぼ予想どおり「不幸な本」になりつつある。それでよい。エベレストにのぼった。木曜日をのぞき、ずっとのぼっている。マヒがおもい。(2015/11/21)

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昨日の空.jpg 2015年11月22日

・ぐずぐず、まだかんがえている。おもい惑っている。これは拘泥するにあたいするのか。さっさとうっちゃって忘れたほうがよいのか。わたしはだれにも相談していない。相談するあいてもいない。なんだかすべてが場違いな気もするのだ。ものごとを一昔も二昔もまえの常識でかんがえているのかもしれない。「1000人委員会」の関係者は、小池晃・日本共産党副委員長にたいし、あなたが「遺憾」というのならば、それをはっきりとした形で辺見庸に示すべきではないか、といった趣旨のことをサジェストした。すると小池氏はムニャムニャとなにか言ったらしい(「ハンセイ……」という音が発声されたようでもあるが、たしかではないという)が、けっきょくはお茶をにごした。どうも釈然としない。だからといって、小池氏または「1000人委員会」の関係者に、この件で電話する気もおきない。わたしには問題の所在と性質を、まだよくわかりかねているところがある。じぶんにたいし、〈しつこいぞ〉と叱るじぶんと〈いや、これはこだわるべきだよ〉と言うじぶんが分裂している。平野謙や荒正人、本多秋五らの顔をおもいだしたりする。「政治と文学論争」をおもいだす。荒正人の授業をおもいだす。教室のいちばん前で聴いた。昔の共産党とその周辺、そして共産党の論敵には、歴史とことばを知るインテリがいくらでもいた。いまはどうなのか。いまはなにもないのではないか。わたしは〈なにもないもの〉=〈ヴォイド〉にむかって話していやしないか。ぞっとする。「一億総懺悔」や「権力迎合」も知らない新聞記者たち、いや、「国家」や「国家権力」の語感もわかっていないひとびとと話すには、わたしはもうあまりにも疲れすぎている。小池副委員長は1960年生まれという。わたしからすれば若者だ。あなたが「遺憾」の二字にどんな「肉感」をこめたか。すこし疑問だ。たんにsorryということですか。首相の「戦後××年談話」じゃあるまいし、どうして「はらわた」からことばをしぼりださないのか。あなたがたをやりこめたいのではない。これは政治的「勝ち負け」の問題でもない。ちがう。いやしくも「共産党」を名のり、「コミュニスト」を自任しているかもしれないひとびとに、冥途の土産に、お訊きしたいのだ。いまはどんな時代なのか、と。わたしにはいつもそうやってじぶんの足場をたしかめたい意識がある。いまはどんな時代なのか。それだからこそ、『1★9★3★7』(イクミナ)を書いた。本を党に送った。志位さんにも小池さんにも送った。「赤旗」からインタビューの申し込みがあった。日時場所の調整がなされ、それらが決まった。ほどなくして、中止するという、(震え声の、苦しげな、ほとんど泣きださんばかりの)電話連絡があった。なにがあったのだ?これはだれでも知りたがるのが自然ではないか。もしも朝日や毎日や讀賣のドタキャンなら、わたしはチェッと舌打ちして、すぐにうち忘れただろう。あなたがたは朝日や毎日や讀賣ではない。ものごとをもっと踏みこんでかんがえようとしている、すくなくもそう自称している党ではないのか。わたしは健保の関係上、日本文藝家協会の会員だが、それ以外いかなる組織にも属してはいない。支持政党も支持党派も支持グループもない。わたしの背後にはわたししかいない。犬とふたりでくらしている第2級身体障害者だ。あなたがたはなにを怖れているのだろう。それとも、わたしが「1000人委員会」にも入っていない単独者だから、放っておけばいつかは黙るだろうぐらいに問題を軽視しているのだろうか。だとしたら、みくびられたものだ。「谷崎潤一郎が『文章読本』を書いて、含蓄ということをいったところ非常に本が売れた。これは、日本人における封建制、鎖国性、官僚制、天皇制からの影響にも結びついていて、つまり、こくとかゆかしさとかいうことの非人間性と野蛮との側面が明らかにされていないところからも来ている。陰にこもったようなもの、山伏の文句や街の宗教家の呪文のようなものが日本では力を持つ」(「評論家の文体」)。昔の共産党員はものがよく書けた。「こくとかゆかしさとかいうことの非人間性と野蛮との側面」とはよく言った。『1★9★3★7』で引用すればよかった。「陰にこもったようなもの、山伏の文句や街の宗教家の呪文のようなものが日本では力を持つ」も慧眼である。「日本人における封建制、鎖国性、官僚制、天皇制からの影響」――中野重治がこう書いたとき、「日本人」には「日本共産党員」がかさねられていたのではないか、とわたしはおもっている。中野には現役党幹部のときでも、厳しい対自的(フュール-ジッヒ)な目があった。わたしもなるたけ向自的でありたいとおもう。あなたがに蹴たぐりをかけたり、おちょくったりするほどわたしには体力もない。ただ、気になる。「赤旗」読者に『1★9★3★7』の紹介をすることをやめたというのは、党の判断による間接的な「思想統制」にひとしいのではないか。問題は重大である。「遺憾」というのなら、小池さん、あなたはこの問いに、じぶんのことばで説明し、答える義務がある。エベレストにのぼった。(2015/11/22)

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塀の上の雲.jpg 2015年11月23日

・エベレストにのぼった。明日、火曜日午前、道新インタビュー。忘れないこと。昨日、犬の妹の名前を2時間ほどおもいだせなかった。「赤旗」のインタビュー・ドタキャン事件、ふと、高橋哲哉さんならどうおかんがえになるだろうか、想像する。電話しようか迷い、せずじまい。高橋さんはforget it!とは言うまい。わたしが逆に高橋哲哉さんから同じような相談をうけたら、forget it!とはぜったいに言わないように。思考課題。12月19日の横浜講演で、井伊桃子さんがヴァイオリンの演奏をしてくださるという。実行委員会の努力のおかげ。熊日の記事について、さっそく友人Aさんから以下の反論があった。

「熊本日々新聞で、辺見様はSEALD'sの行動に対して、やはり批判的な意見を述べておられますが、ひとつだけ、辺見様に対して非常に不躾なことなので、かなり躊躇したのですが、やはり本音を優先して自分の思っている事を辺見様にお伝えさせて頂きたいと思い至りました。辺見様のご意見の「……だから、わざとらしく見えた。例えば、国会前を警察車両で隙間なく包囲されていても、反発しない。」に対してなのですが、私はこの目で見て、この耳で確かに聞いたのですが、SEALD'sの奥田君は、あの警察車両(どれも殆どが護送車だったと思います)が確かに辺見様のご指摘の通り隙間なくびっしり並べられているあの場でのその光景に対し、また、護送車の列の更に手前に張り巡らされた鉄製の柵に対して「道を開けろ!」と、「護送車のエンジンを止めろ。この場を廃棄ガスで充満させるのはやめろ!」と繰り返し叫んでいました。確かに、壁を成すようにびっしりと配置された護送車は、どれも無意味にもエンジンが炊かれていました。あの気温、人々の密度に対して、動かす気の毛頭無い大量の護送車のエンジンをひたすら空吹かししていたのは、警察らの我々への報復だったと思います。決して、奥田君は、警察車両で隙間なく包囲されている事に対して反発しなかったわけではありません。私はあの場で、この目でその光景を見聞きして参りました。このことを、かなり躊躇したのですが、辺見様にお伝えさせて頂いた次第です。たった一つだけの事に対する私の変なこだわりかと思います。 変なこだわりを持つ奴だと、辺見様に一笑に付されても、それは当然だろうと思っております。」

Aさん、ありがとうございます。わたしはまじめで聡明で鋭敏なAさんの話を一笑にふしたりしません。「変なこだわり」ともおもわない。Aさんのスケッチはそのとおり事実と信じます。ただ、そういう問題をぼくが言っているのではないということを申し上げておきたいな、とおもいました。「そういう問題」でなければ、「どういう問題」か、と反問されれば、上の引用部分そのものに答えがゴロッともぐっている、とでも言うしかないのです。(2015/11/23)

追記(2016/04/11):上記辺見さんが言及している横浜講演会を末尾でpodcastしておきました

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けふの太陽.jpg 2015年11月24日

・昨夜もねるまえに阿南ミカちゃんたちのアルバムを聴く。気が静まる。阿南惟幾・陸軍大臣の孫娘ミカちゃんが、こんなにすてきなヴォーカリストになっていたなんて。お父さんはお元気だろうか。朝おきたら、いっしょにねていたはずの犬が突発性メンヘラになり、いつの間にかカーテンのかげでひとりでふるえている。毛に艶がない。ボサボサだ。一夜でこうもなるものか。わたしをみておびえて逃げる。犬殺しにたいするような目つきをする。ベッドでなにがあったのか。虐待したおぼえはない。するはずもない。犬、虐待被害者みたいな目つき。不当だとおもう。傷つく。いちおう、わたしの本質的加害性についておもふ。おびただしい過誤について。無意識の加害。存在じたいの罪。ガガちゃん、すみません、ごめんなさい。ごはんをやったらメンヘラ犬、完食。徐々に顔がかわる。ああら、あなただったの、あたし気がつかなかったわ、てなぐあいに。不思議な生き物だ。むこうもわたしをそうおもっている。道新インタビュー。void。『1★9★3★7』のこと。付箋をたくさんつけた本をもってきている。読んでどうおもったのか、なにも言わない。面白かったのか面白くなかったのか。じぶんのことはなにも言わない。void。北の大地の、さいはての役場の書記なら、なにか言う。このインタビューは「小さな記事」にするという。so、fucking what?マダイのポワレ、食ってやった。バナナ・タルトのかけらを紙につつみ、犬のみやげにする。インタビュー料払わない。こちらもくれとは言わない。「赤旗」だって¥7000払ったものだ。貧乏そうな「現代詩手帖」だって払った。アメリカンコーヒー飲む。「赤旗」のことはなにも訊かれない。知らないのかもしれないし、知っているのだが、訊かないのかも知れない。void。こいつ、党員か。だんだんムカムカしてくる。こいつらみんなグルなのかもしれないな。グルかグルでないのかも、わからないのかもしれないな。なににも関心がないのだ。バシャバシャ写真撮られる。席を移動してくれませんか、というので、いやだと断る。たぶん、みんなグルであり、準グルだが、グルまたは準グルじゃないふりをしている。void。安倍晋三はまだしもりっぱだよ。命がけだもの。ちっとも命がけじゃないハナクソどもが、大いに命がけのファシストに勝てるわけもないじゃないか。と言ったら、記者、おどろいて顔をあげ、また顔をふせて、メモをとってる。発狂ジジイの話をメモってやがる。void。新聞に載せる気もないくせに。void。帰り、エベレストにのぼる。(2015/11/24)

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太陽.jpg 2015年11月30日

・クリスマス前に共同通信の後輩たちと酒をのむことになった。たぶんわたしの「生前葬」みたいなもの。そこでもかならず話題になるはずである。倉橋由美子ふうに言えば「パルタイ」のこと。ボケるいっぽうのこちらはつい忘れかけるが、まわりはなぜだかとても気にしている。「あれ、どうなりましたか?」「もうやらないんですか?」ときかれる。「あれ」ってなんだろう。「やる」ってなんだ。ぼくもじつはよくわからない。まわりもこの問題の「質と所在」をしっかりとわかってはいないだろう。問題の「質と所在」となると、共産党の小池副委員長もどうなのだろうか。「パルタイ」はいまだにのっぺらぼうだとおもう。のっぺらぼうをいちいち気にしていたら生きてはいけない。だが、のっぺらぼうぐらい怖いものはない。商人はのっぺらぼうに肝を冷やす。そのことを言うと、蕎麦屋がふりかえる。「それって、こんな顔ですかい?」と。二重におどろかされる。「なにもないこと」にだ。怪奇は「ある」ことにではなく、なにも「ない」ことなのだ。ないことぐらい怖いことはない。「赤旗」のインタビュー・ドタキャン事件で、小池副委員長は「遺憾です」と言ったという。イカンってなんだろうか。主語も目的語もない。なぜないのか。なぜ言えないのだろうか。パルタイに人間はいるのか。善かれ悪しかれ、人間がいるのか。そう問うわたしのほうがおかしいのか。法外なのですか。おい、パルタイよ、ふりむけよ。ふりむくぐらいしてみろよ。わたしに、おまえはのっぺらぼうか、と問われたら、「それって、こんな顔ですかい?」とふりむいて、ありていな顔をみせるってのが最低限の礼儀じゃないのか。越年する気か。編集者M君から電話。対談原稿でわたしがphenomenonのことを「フィノメノン」と表記していることを、「フェノメノン」ではないかという。ぅわたすぃ「うーん、そっかあ、フェラチオがフィラチオじゃ感じでねえしな」。M君「……」。これだからパルタイもふりむかないわけだ。でも、フェラチオではなく「フィノメノン」ママとする。エベレストにずっとのぼってない。疲れている。(2015/11/30)

 

追記(2016/04/11):辺見さんが私事片々(2015/12/12)(2015/11/10)(2015/11/12)(2015/11/23)で言及している2015年12月19日 辺見庸 横浜講演会のpodcast

 以下podcast、①から③は現時点での使いやすい順番。ipadの場合はほぼ同じ使い勝手。

Sサーバーにアップ(4shared)
2015.12.19辺見庸 横浜講演会 前半 1時間36分38秒
2015.12.19辺見庸 横浜講演会 後半 1時間38分41秒

↑4sharedに保存。PCならクリックし頁が変わり待つと自動的に再生(但しmp3の場合、途中で他のmp3に変わってしまうことあり、バグ?)。ipadならタップするだけで4sharedのAppが開き再生(初めて 4sharedを使う場合は「購入」と出るけれど、4sharedは無料Appなのでここでの購入はipad用語で単に4sharedをダウンロードするの意味)

Sサーバーにアップ(MediaFire)
2015.12.19辺見庸 横浜講演会 前半 1時間36分38秒
2015.12.19辺見庸 横浜講演会 後半 1時間38分41秒

↑MediaFireに保存。PCでは使い辛くなったので、ipadを推奨。ipadでリンクをクリックするとSafariの別頁が開き、フィル名「20151219HenmiYou_Yokohama」と「Download(…MB)」のボタンが出るのでクリックすれば再生開始。進捗バー(タイムバー)はMediaFireの方が使いやすいです。

 以下、要所要所のメモ

 前半

講演は「死刑制度」についての話しから始まります。
15分5秒から、単文節のスローガン・叫びを厭うようになった。
16分3秒から、死体について。
18分43秒から、和製英語でディスコミュニケーション(dis-communication, discommunication)、英語ではmis-communication、相互の意志が通じないことについて。
58分から、われわれが無意識に受け入れているもの、順応主義、コンフォーミズム(conformism)、さらに言い換えると画一主義、遵奉主義、体制順応主義について。米国のマッカーシズム・赤刈りではconformistは傍観者だった。またチクリ屋、告発者でもあった。
SOBA:ここの所は、われわれが、戦争について、またこの国のファシズムについて考える時に避けて通れないキーワードと感じました。
74分35秒から、自分も報道関係だったけれども、驚く事がある、何に驚くかというと、無知、報道関係者くらい無知な人達はいない。例として「一億総懺悔」について。われわれの精神の古層に何があるのか。
82分58秒から、昭和50年・1975年10月31日、石橋の間(しゃっきょうの間)で行われた昭和天皇の最初で最後の記者会見について。その日を国恥記念日とすべきと。記者団からの質問で、「また陛下はいわゆる戦争責任についてどのようにお考えになっておられますか」と質問したのは朝日でも毎日でも読売でもない、ザ・タイムズの記者だった。そしてその天皇の返答と、その返答に関するマスコミの反応について。

 後半

3分35秒から、前半最後の戦後30年、昭和天皇の記者会見についての続き。菊のタブーとわれわれの論理構成、発想・着想の構成への影響について。
10分5秒から、堀田善衛の『方丈記私記』、1945年3月東京大空襲の焼け野原、深川あたりを巡幸している天皇と市民についての描写。天皇に土下座してお詫びする庶民の姿について。
18分43秒から、戦争の渦中にあって、われわれはどのような身ぶり素振り(そぶり)をやれるのか。もし、次の渦中が来たら自分に問うてみようと思っている。「これはどういう場面なのか」「その中での自分の身ぶり素振り立ち居振る舞いを、自分の発声、自分の表情が歴史、世界史の中でどういう風に見つめられるのか」と言う風な発想を持つ事が出来ないだろうか。そうしたら自分の中に行動に行く前の逡巡、葛藤、ないしは思考の射程と言うものがのびる契機になるのではないか、と思う。
20分20秒から、特高にしょっ引かれた京都大学の哲学者、梯 明秀(かけはしあきひで、 1902年7月16日 - 1996年4月14日)氏の話し。
22分10秒から、日本の特高、公安警察は日本人の内面に入り込んでくる。日本の警察のエトス(ethos:文化,共同体などの精神的基盤)は旧内務省のエトスと同一で、頂点は天皇。
23分35秒から丸山眞男は日本人の歴史意識の古層に注目していた。日本人の歴史意識の古層を形成する特徴的な言葉は「つぎ、なる、勢い(いきほひ)」の三つで、つなげると「次々に成り行く勢い(いきほひ)」。日本人の歴史意識の古層には主体がない。
34分33秒から、1946年敗戦の翌年に書いた『超国家主義の論理と心理』にある丸山眞男の問題提起について。曰く「然るにわが国の場合はこれだけの大戦争を起こしながら我こそは戦争を起こしたという意識がこれまでの所どこにも見られないのである。何となく何ものかに押されつつずるずると国を挙げて戦争の渦中に突入したと言うこの驚くべき事態は何を意味するか」。
36分7秒から、戦争法案の官邸前デモについて。
48分57秒から、「全ての人間が自由でない限り、いかなる人間も自由ではない」(ロベスピエール)。
64分45秒から、戦争法案の国会前デモについて。
66分20秒から、何人かの友人に「もう講演をやる気がしない、喋る気がしない、どうしようか」と相談したら来た若い友人からのメール。68分44秒から、戦争状態とこれから起こる国家暴力。抵抗する側の暴力のしめし方。あるいは第2次世界大戦に日本では展開されなかったレジスタンスの可能性について。
79分10秒から、脳出血で倒れる前の2003年に書いたこと起きたこと。1999年の周辺事態法・盗聴法・国旗国歌法の成立、2003年の個人情報保護法・有事法制まで実に易々と重要法案が通ってきたが、その理由は「個々の組織ではなく、所属する組織ではなく、個体としての人間が駄目だったんじゃないか」と。空気が読めないと言われることを敢えて書いた、思ったことを書いた朝日新聞の記者について。
87分17秒から、2011年朝日ジャーナルに書いた「向こう30年間に起きる近未来について」、発売日前だったが地震・原発事故が起こること、また、この国がもっとファッショ化すると。
88分58秒から、結構気にしている事態、この時代というものの、反転している時代というものの、感覚的に捉えるけれども、問題で強調したいのは今言ったような大きな事柄じゃなくて、もっと不可視的な、あまり目に見えないことが、。こう言う事を書きました。ファシストだか、スターリニストだか、エコロジストだか、市民主義者だか、モサドの回し者だか分からない、怪しげな男が人気を博するであろう。私はこう言うことが一番怖い訳で、もう既に起きてしまった。そう言う男がいる、女もいる、分からない、こいつは何なんだ、時々左翼的な装いもする、でも国家主義者だと言ったりする。天皇崇拝者だったりする。そのような人間が右にも左にも自分の体を嗅ぎ回る、跳梁跋扈する時代、と言うのが今ではないのか、と言う風に私は思うのです。で、それを「無節操に」と言うのはほとんど通用しないんでしょう、僕が言っても何も痛みを感じないだろうけれども、メディアが大いに重宝がって使う時代が来ている。これも私は時代の怪しさではないかと言う風に考えている訳です。ひどく警戒した方がいいんだと私は思っている。
91分17秒から、これもまたひどい怒りを買って友人からもかなり非難を浴びた訳ですが、一つの風景に対する私の罵倒のしかたがあまりにもナンセンスだと言われて参っちゃいましたけれども、あの国会前の事を国会前情勢と言ったりする。最近学者が、60年安保と、あれを擬して15年安保と言った。僕は笑っちゃう訳です。笑うだけでなく、少し嫌になってくる。「60年安保と2015年安保?」ふざけるんじゃないと言う風に私は思うんです。60年安保の時の、私は高校生だったですけれども、日本と言うのはどうだったか、引きつってました。引きつるんです。で、60年安保の流れの中でのデモにいくつか僕は出ました。地面が揺れるんです。実はあの頃は東京の地面にはアスファルトだけじゃなくて石畳がまだあったんです。もっと銀座には石畳があったんです。あれ以降、60年代のデモ以降石畳が一掃されたんです。なぜか、投石があるからです。「投石しろ」と言ってるんじゃないんです。怒りの表現、怒りが集団で人間が怒ると全く空気が変わってしまう。それから催涙弾のにおい、目の痛さって言うものがどう言うものか、警棒で殴られる痛さ、血というものがどう言うものかと言う事を僕は知っています。それを再現しろと言ってるんじゃないのです。2015年には2015年の怒り方、怒りの表現があって当たり前だと思うんです。で恐らく、彼ら、彼女たちも大いに怒っていたに違いない。ただ僕には分からない、それが怒りとして、筋の通った怒りとして伝搬していかない伝わっていかない、のは何かと言う風に思うんです。
94分25秒から、もう一つ、これを私はある種の奇形な風景として見てしまう、これも怒られました。大いにつるし上げみたいにされました。お掃除です、デモの後の。僕は怒りました。今でも腹が立つ。なぜそう言うことを考えるか。僕は理由を言いません、なぜ腹が立ったか。デモの前の、国会前の道路、官邸前の道路をお掃除する、みんなで。もちろん悪意からではない善意からでしょう。でも、そんなことに善意も悪意も関係ないと私は思っているんです。そこに何かにレジストする、抵抗する、何かを本気で怒っている、と言う者のたましい・心というものを私は感じない。むしろコンフォーミズム、順応していく、現実って言うものを受け入れていく、変革しない、あるいは打ち壊さない、って言う抑止的なものが働いているんではないかと言う風に私は思っている。決めつけてはいけないと思うんです、そうじゃない人もいたはずです。ですから決めつけてはいけない、ただあの現象は私には信じがたいとしか言いようがないし、「危ないなあ」と言う風にさえ思った訳です。※

※関連記事を資料として採録

 

 辺見さんが私事片々(2015/11/20)で言及している記事です。動画もdailymotion にアップロードし保存しておきました。

Knbknb_web_←辺見さんのインタビューを伝える「KNBニュース|北日本放送」(スクロールして見るなら


 

(以下転載始め)
シリーズ私と戦争、堀田善衞の「時間」
2015/11/19 14:45 現在
http://www.knb.ne.jp/news/detail/?sid=9462

シリーズ私と戦争、堀田善衞の「時間」|KNBニュース|北日本放送(動画 10分50秒)

シリーズ私と戦争 とやま70年目の証言 辺見庸インタビュー 堀田善衞の『時間』
再投稿
お散歩
http://www.dailymotion.com/video/x4qvt9y_

投稿者 osanpodeonigiri
公開日: 08/30/2016
期間: 10:51

 

946200946220151119194558
岩波書店が復刊、その解説を作家の辺見庸さんが執筆

シリーズ私と戦争です。

長く絶版となっていた小説がこのほど復刊され18日県内の主な書店に並びました。

高岡市伏木出身の芥川賞作家、堀田善衞の「時間」です。

日中戦争下の1937年、日本軍による南京虐殺事件を中国人の眼を通して描いた小説です。

これが復刊された「時間」です。

文庫も出版されていましたが、絶版のため読者は古本でしか手に入れることができなくなっていました。

今回、岩波書店が復刊することとなり、その解説を作家の辺見庸さんが執筆しました。

戦争の被害ばかりが強調され、加害者としての戦争責任が忘れ去られようとしている今、辺見さんに「時間」復刊が今、私たちに何を問いかけているのかを聞きました。

辺見さん「南京に南京大虐殺記念館ができるというのを報じたのは僕が初めてなんですよ日本で。歴史の問題というものが、僕流に言えば、こう流砂状にですね、足もとが崩れてゆくくらい、自明であったことが自明でなくなってきているという印象を僕は持っていまして、慌てていたわけですよ。南京にせよ慰安婦の問題にせよ、僕は直接取材した問題でもあり、直接原稿を書きもしたことがあるわけで、ということは僕にも一端の責任があると思っていたわけですね。」

1937年、日本軍の南京攻略に伴う、一般市民を巻き込んだ南京虐殺事件は、日中歴史共同研究で殺害された人数の差はあれ、双方が歴史的事実として認定しています。

堀田善衞の小説「時間」は日本軍が迫りくる1937年11月、陳英諦という「わたし」が体験し目撃する南京事件を一人称で語らせ、かくも悲惨な所業を行う人間とは何かと問いかけています。

戦中から戦後にかけて上海で暮らし、中国を熟知していた堀田だからこそ書けた小説でした。

辺見さん「陳英諦という『「わたし』ですね主人公が中国人のインテリだということですね、これは離れ業もいいところで、あっと驚くわけですね。僕の表現でいえば目玉の入れ替えみたいなことをやっているわけですね。見る側と見られる側をひっくりかえしちゃう、ひっくり返してやる。つまり我々の日中史観というか対中国侵略戦争史観にたりなかったのはそれなんですよ。やられた方からはどうなんだと。やられた方はどういう風に考えたんだ。」

『時間』より朗読 「妻の莫愁も、その腹にねむっていた、九ヵ月のこどもも、五歳の英武も、蘇州から逃れて来た従妹の楊嬢も、もはやだれもいないのだ。恐らく嬲りものにされ、姦されての後に殺されたのだ。」「何百人という人が死んでいるーしかし何と無意味な言葉だろう。死んだのは、そしてこれからまだまだ死ぬのは、何万人ではない、一人一人が死んだのだ。一人一人の死が、何万にのぼったのだ。何万と一人一人。この二つの数え方のあいだには、戦争と平和ほどの差異が、新聞記事と文学ほどの差がある・・・。」

辺見さん「僕はものすごく力説したいのは、この「時間」というテクストは残されるべきであったと思う。学校教科書として配ってもいいくらい。だからここの中にも国家というか集団対ひとりとか、あれは戦争のせいだったんだからというふうな総括の仕方、まとめ方というのを堀田はすごく嫌ったということですね。ここにも書いてありますね。戦争のせいだけという言い方はたまったもんじゃないと、そこを堀田はあくまで、そうではない、個人の目で見たらどうなんだと。という書き方をしている」

『時間』より朗読 「おそろしく基本的な時代だ、いまは。人間自体とひとしく、あらゆる価値や道徳が素裸にされてぎゅうぎゅうの目に遭わされている。ひょっとすると、いまいちばん苦しんでいるもの、苦しめられているものは、人間であるよりも、むしろ道徳というものなのかもしれない。」

辺見さん「そこで「時間」のリアリティというか「時間」でかかれているスケッチしている日本軍の所業のナマナましさとか、それに対する堀田さんの自由な展開の仕方、南京というのがあれほど無残にズタズタにされたけれども、これは人類史的には基本的な時代なのかもしれない、ということを言ってみたりするわけですよ。すげぇこというな、と思うわけです。大きいんですね、なんか、目が大きい視野が大きいというんですかね。この「時間」じゃないけれど今の時間というのは堀田さんが過ごしてこられた時間よりももっと極度に歴史というものがほとんど転覆されてしまった時間にあると思う。それは南京大虐殺だけではない、従軍慰安婦もそう、東京裁判もそう、サンフランシスコ講和条約もそう、ポツダム宣言も、そんなもんなんですかという時代ですよ。僕は今の為政者たちかなりの過半の人間がそう思っている可能性があると思う。それを何の痛みともしていない。」

岩波書店が「時間」を復刊したのは辺見さんが雑誌に連載していた「1★9★3★7」)がきっかけでした。

辺見さんは日中戦争が本格化した1937年に焦点を当て、堀田の「時間」と辺見さんの個人的な記憶を織り交ぜて、戦争へと傾斜する今の時代を浮き彫りにしています。

辺見さん「はっきり言って人間は、ぼくは『1937』の中でも書いていますが、戦争するべき、戦争するべく生まれてきた存在だと思っているけれども、現実可能性としての戦争、あるいは局地戦というのは、かなりリアルに迫っていると僕は思う。はっきり言って状況は。状況は僕の言い方でいえば、これから来るんじゃなくて、もうそのプロセスにもう入った。戦争期に入ったと思う。その意味では始まっている。それに対する反対する世論というのは、人間的な力ですね、それは僕はある意味、知的な力というのは、極めて弱いと思っている。かつてよりも格段に弱い。」

『時間』より朗読 「絶望的なこの状態を超えようとせず、身を委ねれば、そしてそこへ精神を閉じ込めておけば、わたしは幸福にさえなれるだろう。奴隷の幸福。」

辺見さん「今くらい絶望を深めなきゃいけない時期はないんじゃないかと思う。メディアがそうですよね基本的に。自衛隊の特殊訓練というものをこんなに無批判にまるで美化するように写している時期というのはないです。そういうときにこの「時間」というテキストは、ちょっと次元が高すぎるといえば、そうかもしれないけれど。何も化学変化がないとは言えないですね。僕はちっちゃなものでいいと思う。ちっちゃな化学変化でも起きてくるといいなと思っているし、勘で起きると思う。」

『時間』より朗読 「してみれば、南京暴行事件をも、一般の日本人は知らないのかもしれない。戦わぬ限り、われわれは「真実」をすらも守れず、それを歴史家に告げることも出来なくなるのだ。」

1937年12月から始まる日本軍の南京総攻撃には富山県の36連隊も参加し、南京攻略後、市街地の掃討作戦を実行しています。

その事実を伝える当時の報道は36連隊の武勇を掲載し、日本軍による虐殺行為には触れていません。

戦争はいったん始まれば多くの市民が被害者になるだけでなく、加害者の立場になり人間を傷つけてしまいます。

今だからこそ堀田善衞の「時間」から戦争という過ちを犯す人間とは何かを見つめていく時です。
(以上転載終り)

 

 この際なので、検索で見つかった「シリーズ私と戦争」の他の動画を採録しておきます。

シリーズ「私と戦争」砺波の「赤紙配達人」 2015/8/5
smoon
https://www.youtube.com/watch?v=qhDrcj6m7Jg

2015/10/11 に公開

シリーズ「私と戦争」砺波の「赤紙配達人」
2015/08/05 19:23
http://i.imgur.com/M1UQNxK.jpg

 

「私と戦争」石垣島で戦った県人
smoon
https://www.youtube.com/watch?v=YXCs0mNhBWU

2015/10/11 に公開

「私と戦争」石垣島で戦った県人
2015/08/10 14:50
http://i.imgur.com/WAF1WjS.jpg

 

「私と戦争」小沢昭巳さんと卒業作品の絵
smoon
https://www.youtube.com/watch?v=Z6r6LhnKZ-0

2015/10/11 に公開

「私と戦争」小沢昭巳さんと卒業作品の絵
2015/08/11 14:48
http://i.imgur.com/DgSblMp.jpg

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 以下、2015年12月19日横浜講演会と関連する記事、資料として採録。

(インタビュー)時流に抗う 作家・辺見庸さん 
2016年1月21日05時00分
http://www.asahi.com/articles/DA3S12169379.html

敷かれたレール 現状維持願う風潮 見えぬ「怒りの芯」

As20160121000106_comm 「テクノロジーは後退できないが、政治は退歩することがある。いま、その最中では」=東京都内、堀英治撮影

 

 彼らは本気だ。安倍晋三首相は、夏の参院選で改憲勢力による「3分の2」の議席を目指すという。一方で、国会前を埋めたあの夏の熱気はいまも残っているのだろうか。岐路となりそうな2016年を私たち一人ひとりは、どう生きるべきか。権力と個人の関係を問い続ける作家、辺見庸さんに聞いた。

 ――夏には参院選ですね。改憲が争点になりそうです。

 「まったく関心がないといったらうそになるけど、どちらかというと悲観的ですね」

 ――と、言いますと?

 「仮に安倍政権に退陣してもらったとしても、そのあとに何かが良くなるというのが見えません。安保法制で次のレールは敷かれてしまった。描いているのは、憲法をもっと融通無碍(ゆうずうむげ)なものにする緊急事態条項ですよね」

 ――大規模災害などに備えるための条項だとしても要らないものでしょうか。

 「ひょっとしたら、いまは安倍政権の退陣を求めているような勢力さえも、そういうレトリックに乗ってしまうんじゃないでしょうか。例えば尖閣諸島、あるいは北朝鮮をめぐる動きしだいでね。全体として翼賛化していくかもしれないと見ています」

 「ぼくは、未来を考えるときは過去に事例を探すんです。むしろ過去のほうに未来があって、未来に過去がある。そういうひっくり返った発想をしてしまう。いまの局面をなぞらえるとしたら、すべてが翼賛化していった1930年代じゃないですか? 南京大虐殺が起きた37年前後のことを調べて、つくづく思いました。人はこうもいとも簡単に考えを変えるのか、こうもいとも簡単に動員されるのか、こうもいとも簡単に戦争は起こるのか――と。現時点で、もう37年と同じような状況に入っているのかもしれません」

 「戦争法(安保法)なんて、突然降ってわいたみたいに思われるけど、長い時間をかけて熟成されたものですよね。A級戦犯容疑の岸信介を祖父に持つ安倍(首相)は、昭和史をいわば身体に刻み込んだ右派政治家として育ってきたわけでしょ。良かれあしかれ、真剣さが違いますよ。死に物狂いでやってきたと言っていい。何というのか、気合の入り方が尋常じゃない。それに対して、野党には『死ぬ覚悟』なんかないですよ。これからもそうでしょう。だから、やすやすとすべてが通っていくに違いない。むっとされるかもしれないけれども、国会前のデモにしても『冗談じゃない、あんなもんかよ』という気がしますね」

     ■     ■

 ――とはいえ、国民の声の大きさは、あなどれないのでは?

 「安保法制なんて、周辺事態法を成立させてしまった1999年から決まりきったことじゃないですか。日本が攻撃を直接受けていなくても、『有事』には米軍に物資輸送などの支援を可能にする法律です。あのときはいまの何倍も『これはやばいな』と焦りました。ぼくらが常識として持っていた戦後の民主主義、あるいは平和的な時間の連続といったものに、はっきりと割れ目が入った。この割れ目は広がるに違いないと直感しました。その後は、もう既定の事実です」

 ――SEALDs(シールズ)のような若者の行動は新鮮に映りましたが。

 「若い人たちが危機感を持つのは理解できます。ただ、あれは『現象』だとは思うけど、ムーブメント(運動)とは考えてません。まだスローガンみたいな言葉しか言えてないじゃないですか。ぼくはそこに何も新しいものを感じない。もっと迂遠(うえん)で深い思想というか、内面の深いところをえぐるような言葉が必要だと思います」

 「例えば米国や欧州でのサミット(主要国首脳会議)に反対するデモは、資本主義のあり方そのものに反対している。あまりにもむき出しで、びっくりしちゃうんですけどね。日本とは『怒りの強度』が全然違う。なぜ、国会前デモのあとに行儀良く道路の掃除なんかできるんでしょうかね」

 「安倍政権が現状をこれ以上悪くすることへの反発というのはあるでしょう。しかしどこか日本的で、むしろ現状維持を願っているような感じがしますね。例えば、日々食うにも困るような最底辺層の怒りや悲しみを担ってるわけじゃない。なかにはそういう人もいるでしょうけど、全体としては『何としても社会そのものを深いところから変革したい』という強いパッションが見えないんです」

 ――極端に言えば、いまの自分の暮らしが保たれることだけを願っているように見えると?

 「そういうことです。『怒りの芯』がない。それは言葉の芯とともにどこかに消失してしまったんでしょう。この傾向は70年代から幾何級数的に進んできたと思います。市場経済の全面的な爛熟(らんじゅく)って言うんでしょうか、それとともに言葉が収縮し、躍動しなくなったことと関係あるかもしれません」

     ■     ■

場違いこそ大事 予定調和壊し 個のまなざしで

As20160121000103_comm
「テクノロジーは後退できないが、政治は退歩することがある。いま、その最中では」=東京都内、堀英治撮影

 ――市場経済と言葉が、どう関係するのですか。

 「この社会システムが必要なのは購買者・消費者としての人間であって、怒る人間とか変革する人間ではないということだと思うんです。『人間』を締め出していると言うんですかね。疎外ということです。ぼくらは歴史をつくる主体だと教え込まれて生きてきたけど、果たしてそうであったのか。歴史の主体ではなくて、歴史の対象なんじゃないでしょうか」

 「60年代には、抵抗とか反逆は美的にいいことだという価値観がありました。いまの若い人たちは全然違うようですね。表現の仕方は、我々の世代が目を白黒させるようなとっぴなものであっても全然構わない。ただ、それが時代のダイナミズムになっていくとは予感しえないんです。むしろ、悪い方に予感してしまう。何か他国による武力攻撃のようなことがあった場合、新しい国家主義的なものを簡単に受け入れてしまう可能性はありませんか? それに抗するバネがないでしょう。危ういものを感じますね」

     ■     ■

 ――ご自身はファシズムに抗(あらが)えますか。

 「ぼくの父親は1943年から中国に出征しています。法的プロセスによらない中国人の処刑などに、おそらく父親も直接、間接に関係したはずです。それを我々の先祖の時代の愚挙として片づけることはできないんですよ。記憶に新しい父親があそこにいた。そこに仮説として自分を立たせてみて、『じゃあ、自分だったら避けられたか』と問うてみるんです。あれだけ組織的な、誰もが疑わずにいた天皇制ファシズムと軍国主義のなかで、ぼく一人だけが『やめろ!』と言うことができたか。それは一日考えても二日考えても、到底無理だと言わざるを得ません。そういう局面に自分を追い詰めていく苦痛から再出発する以外にないと思うんです」

 「メディアに携わる人間もまた、よるべなき流砂のなかで手探りするしかありません。個のまなざしを持ちえるかどうか。そこだと思うんですよ。従来型の予定調和の記事を壊していくことじゃないかな」

 ――それは私たちも日々、努めているつもりです。

 「では、これはどうでしょう。昭和天皇が75年10月31日、国内外の記者50人を前に会見をしました。そこで戦争責任について尋ねたのは英紙タイムズの記者です。天皇は『そういう言葉のアヤについては(中略)よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます』と答えた。広島の原爆については地元民放の中国放送の記者の質問に『気の毒であるが、やむを得ないこと』と答えている。朝日や毎日、読売はそんな質問をしていません。むしろ意識的に避けてあげたのでしょうか。しかも天皇の言葉に激しく反応してやしない。別に強制されたのではなく、ぼくたちはそういうことをやってしまうわけです」

 「01年のアフガン空爆のとき、朝日は社説で『限定ならやむを得ない』と書いた。それに抗議の声を上げた記者がいたことを、ぼくは知っています。あれは別に全社挙げての民主的な討論を経て書かれるわけじゃないですよね。しかし、それは違うんじゃないかって執拗(しつよう)に言い張ると『困ったちゃん』みたいに扱われる。場違いなわけです。ただ、場違いなことが、どれだけ大事なことかという気がします。ささやかな抵抗のほうが、国会前での鳴り物入りのデモよりも頭が下がります」

 「そうしたことを冷笑し、馬鹿扱いすることが、時とともに組織や社会をどれだけ悪くしていくことでしょうか。コンフォーミズム(大勢順応主義)の傾向はますます、きつくなっている。だから場違いなことを試みるってことこそ大事なんじゃないかな。衆議に従って、ではなく緊急動議的に発言していく勇気って言うんでしょうか。勇気なんて、あんまり好きな言葉じゃないけどね。おずおずとした発言でいい。かっこ悪く、ぶつぶつでいい。自分がそういうことに直面したときに、果たしてどれだけ誠実でいられるかという問題だと思うんです」

 (聞き手・磯村健太郎、高重治香)

     *

 へんみよう 44年生まれ。元共同通信記者。「自動起床装置」で芥川賞受賞。近く、日中戦争から今に至る日本の闇をつく「増補版1★9★3★7」刊行。

 

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完全版 1★9★3★7 イクミナ (上) (角川文庫)
完全版 1★9★3★7 イクミナ (下) (角川文庫)です。


 

辺見庸さんの『増補版1★9★3★7』と、
堀田善衛さんの『時間』(岩波現代文庫)です。 


 

辺見さんの『1★9★3★7』(イクミナ)です。 

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