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2016年6月 8日 (水)

辺見庸 (日録)私事片々2016/05/28〜から全保存 雑談日記Archive

 私事片々を今までと同様、アーカイブ保存しておきます。

 なお、辺見庸さんの(日録)私事片々の雑談日記Archiveを始めようと思ったメモなどはこちらで。辺見さんがよく言う「エベレスト」についてはこちらで

 以下、辺見庸ブログの(日録)私事片々をすべてアーカイブ保存しておきます。写真が多いので、2エントリーずつアップします(表示順は元ブログと同じく上から降順です)。今回は元の私事片々でも写真はなく文字だけです。初期の私事片々(不稽日録)の頃に戻った感じです。

Yo_hemmi_weblog_ ←なお辺見庸ブログで、表題の日付と、実エントリの日付が違っていますが、そのままにしておきます。


  

2016年07月05日
日録

2016/05/31  悪夢、無邪気で親切で浅薄、畸形、フヌケ、七生報国
http://yo-hemmi.net/article/438474486.html


一昨日のブログで安岡章太郎の文章を引用した。念のために、もういちどくりかえす。「GHQに挨拶に出かけた天皇が、マッカーサーと並んで立っている写真は、まるでコビトの国の王様のようであった。かと思うと、そのマッカーサー司令部のある皇居と向い合せのビルの前で、釈放された共産党員その他の政治犯たちが、「マッカーサー万歳」を唱えたというような記事が新聞に出ていた」(『僕の昭和史 Ⅱ』講談社文庫)。

安岡はことさらに皮肉を書いているわけではない。屈折するおもいがあったにせよ、これはたんなる事実の対照である。むしろこの文章の前後に、うっと息をのむようなことが書いてある。前:「しかし、現実はむしろ悪夢に似ていたかもしれない」。後:「大学予科二年修了で入営した僕は、いつの間にか学部に編入されており、三田の大学構内には、階級章を引き剥がした陸海軍の軍服に学帽をかぶった連中や作業衣、ジャンパーなど、思いおもいの恰好をした者たちがむれ集まって、アメリカ兵が銃をかまえて立っている校舎のまわりをウロウロしていた」

「現実はむしろ悪夢に似ていたかもしれない」とは、ノッチとハナクソのヒロシマ訪問にさいしてのわたしの感想でもあった。嘔気。オバマが被爆者代表らと抱きあったり話しあったりする写真は、まさに「現実はむしろ悪夢に似ていたかもしれない」という文言をキャプションとすべきだった。わたしはそうおもう。だが、オバマを迎えた被爆者代表たちは、悪夢どころか、「平和の使者」と出会ったかのように、手ばなしで感激している。いったいどうしてヌッポンはこうなるのか。

「あの事件はすでに歴史の一コマであり不幸な一コマであった。アメリカではなく、人類の過ちであった。未来に向かって頑張りましょう。・・・・・・未来志向で、核兵器のない世界を作り上げましょう」と被爆者代表が語りかけると、ノッチは笑顔で同意するように応じ、ふたりで何度も握手をしたのだという。原爆投下が米国ではなく「人類の過ち」? なんという恥ずかしい台本・記事だろう! もうひとりはオバマと対面すると涙ぐみ、抱きよせられるや感きわまった表情。そのときのことは「舞い上がっちゃって覚えてない」という。これはなんなのか。ジョン・ダワーの記述をおもう。というか、ダワーによって描かれたヌッポンジンの挙措をおもう。

「さらに厄介だったのは、日本人の占領軍への対応の仕方が例を見ないほど無邪気で、親切で、浅薄だったことである。たとえば原爆が投下された長崎においてさえ、住民は最初に到着したアメリカ人たちに贈り物を準備し、彼らを歓迎したのである(贈り物はガラス・ケース入りの人形で、放射能の影響を調査に来たアメリカの科学チームの責任者に贈呈された)。またすぐ後にも住民たちは、駐留するアメリカ占領軍人とともに「ミス原爆美人コンテスト」を開催したのである」(『増補版 敗北を抱きしめて』上305頁)

無邪気で親切で浅薄・・・・・・。2016年5月のヒロシマにおけるひとびとの身ぶりとヌッポンの報道ぶりも、まことにそうであった。「たしかに多くの日本人がほとんど一夜のうちに、あたふたとアメリカ人を礼賛するようになり、「平和」と「民主主義」の使徒となったかのような有様をみると、そこには笑うべきこと嘆くべきことが山のようにあった」(同)。笑うべきこと嘆くべきこと、それに、吐き気をもよおすべきこと・・・。

今日の人間を支配しているコンフォーミズムの過程が、言語に絶する規模で人間を畸形にしている・・・とおもう。極東の弧状列島には、無邪気で親切で浅薄で傲慢で卑屈で鈍感で、セーシンが畸形なドジンがうようよと棲息することくらい、とうのむかしから知っている。ゴミ、クズ、カス、ヘドのような者どもが政治を左右し、唐変木と志ひとつないマヌケとフヌケどもがマスコミ報道をしきっている。もう一発ピカドンを落とされても、それは変わるまい。いや、さらに2発落とされてさえ、生きのこったドジンたちはみんなで幸せそうに「花は咲く」をうたうだろうさ。

ノッチとハナクソ(あるいはノッチのハナクソ)について言うのも、そろそろ飽きてきたよ。ハナクソは、ノッチ&ヒロシマ効果で、ドジンどもの支持率が55パーセント以上になっているよし。いやさか、いやさか・・・。この数週間、いろんなものを読んだ。けっきょく、心の水底ふかくまでおりてきたのは、目取真さんの短篇「平和通りと名付けられた街を歩いて」(1986年)だけだった。怒りと悲しみの原質をつくづく知った。ほかはクソばかり。報道はとくに病気のウシのゲップのように最低だった。ひどかった。もう読むまい、視まい。最後にひとつだけ、塩野七生のハナクソ礼賛を大々的につたえた朝日の反動報道を笑おう。

 ――オバマ大統領が被爆地・広島を訪問することを知ったとき、まず、どう感じましたか。
「知ったのは、ローマの自宅でテレビを見ていた時です。画面の下を流れるテロップでのニュースだったけれど、それを目にしたとたんに、久方ぶりに日本外交にとってのうれしいニュースだと思いました」「特に、日本側が『謝罪を求めない』といっているのが、大変に良い」

 ――どうしてですか。
「謝罪を求めず、無言で静かに迎える方が、謝罪を声高に求めるよりも、断じて品位の高さを強く印象づけることになるのです」「『求めない』と決めたのは首相でしょうが、リーダーの必要条件には、部下の進言も良しと思えばいれるという能力がある。誰かが進言したのだと思います。その誰かに、次に帰国した時に会ってみたいとさえ思う。だって、『逆転の発想』などという悪賢い人にしかできない考え方をする人間が日本にもいた、というだけでもうれしいではないですか」

バカか。そうか、「七生報国」とはあんたのことかい。七生(しちしょう)さん、ご帰国のさいには、あの男のケツの穴でもお舐めになってはいかが。ドジンマスコミが写真入りで、でかでかと紹介するだろうよ。〈了〉

SOBA:辺見さんが上記言及している、朝日記事を末尾で採録

  

2016年07月03日
日録

2016/05/30  にがい汁、原爆投下〝免罪〟方針、SEALs、ピカドンはなかった
http://yo-hemmi.net/article/438441217.html


とてつもなくいやなものを見せられたのだ。他人はどうか知らないが、わたしは胸くそがわるくなった。腹壁筋と横隔膜のあたりがしょうことなくひきつり、にがい汁を吐きそうになった。あれがジョークだとしたら、とても放置してはおけない、史上最悪の冗談である。そのことは書いておいたほうがいいとおもった。

自民党政権は昨年、原爆投下について米国に「謝罪を求めない方針」を明らかにした答弁書を閣議決定している。ハナクソがそうおもえば、なんだってミンシュテキに「閣議決定」できる。戦争法だろうが秘密保護法だろうが、原爆投下〝免罪〟方針だろうが。だからノッチはヒロシマにくることができた。「平和の伝道師」をよそおって。

とんでもない「平和の伝道師」もいたものだ。ノッチはタリバンの最高指導者だったアクタル・マンスール師を、国際法無視の無人機で殺害したのをかくにんしてから、よろこびいさんでヌッポンにやってきた。米国による国家テロに国際法などなんのかんけいもない。ウサマ・ビン・ラディンも、パキスタン国内で、国際法など歯牙にもかけない米海軍特殊部隊シールズ(SEALs)の極秘作戦によって殺害された。

米国はつねにハリウッド映画のようにかっこうよく戦争中である。あのトランプよりはノッチやヒラリーがマシとおもうのは、オバマ音頭とやらをマジでおどるヌッポンのドジンたちのバカげた錯覚なのだが、そんなことは、ま、どうでもよい。ハナクソはヌッポンきっての歴史改ざん主義者である。ハナクソの年表には、南京大虐殺も従軍慰安婦も重慶無差別爆撃もない。

原爆投下〝免罪〟方針をだしたハナクソと戦争屋シールズの総大将ノッチが、手に手をとってヒロシマにきたこと。マンスール殺害命令をだしたその口で、「平和」についてさもえらそうに説教をたれたこと。折り鶴記事に被爆者抱擁の写真・・・・・・。これは悪夢である。「国民である被爆者の尊厳を守ることは政府の責務。だからこそ、日本政府は米国に謝罪を求めなければならない」。加藤典洋はそうコメントしたそうな。えっ、「国民である被爆者の尊厳」?

「国民である被爆者の尊厳」とはなんだ。加藤君ね、「非国民である被爆者」では尊厳がうすれるのかね。かつて、〈日本人にたいする日本人みずからによる弔い〉とかなんとかをとなえて論敵からコテンパンに粉砕された、いつまでたってもうさんくさいナショナリスト加藤がメディアに再登場して〝国民被爆者〟論を言うの図。はあ、時代だねえ・・・・・・。

過去は水に流すというのか。歴史はもうない、歴史は終わった、というのか。歴史が「最終的かつ不可逆的に解決した」というのか。ホロコーストはなかったというのか。沖縄・恩納村の暴行殺人・死体遺棄事件とはなんだったのか。ノッチよ、ハナクソよ、答えよ。きみらは累々と剝きだされた死屍の原を土足であるいたのだ。

ヒロシマ、ナガサキに原爆投下などなかった。ピカドンはなかった。いつか、そう言いだす者があらわれるにちがいない。ずっと平和だった。ただ愛だけがあった。折り鶴がたくさん折られた。きっとそう言いだす者があらわれるにちがいない。

SOBA:辺見さんが上記言及している自民党が「謝罪を求めない方針」についての記事を採録。「加藤典洋はそうコメントしたそうな。」のコメントを載せている記事を採録

  

2016年07月01日
日録

2016/05/29  折り鶴、サプライズ、マッカーサー万歳、ウンコ、ハグ
http://yo-hemmi.net/article/438402875.html


〈オバマ氏「実は折り鶴を持ってきました」〉という見だしのデジタル朝日の記事を、課金されない途中まで読んだ。途中までで、じゅうぶん顔が赤らんだ。オバマから贈られた折り鶴だという写真も麗々しく載っている。記者らは壺井栄や大田洋子や原民喜の小説をあまり知らないのだろう。それはべつに罪ではない。記者としては救いがたい不勉強だけれども。

新藤兼人の『原爆の子』や関川秀雄『ひろしま』も、みてはいまい。記事:〈「実は折り鶴を持ってきました」。オバマ氏が突然そう切り出すと、随行スタッフがトレーに載せて運んできた。梅や桜の花が彩る和紙を丁寧に折り、「少し手伝ってもらったけれど、私が作りました」。白と淡いピンクの2羽を小中学生2人に1羽ずつ手渡した〉。ふふふ・・・。

「核廃絶の願いを世界へ広げよう」と、託された広島平和記念資料館(原爆資料館)はその「サプライズ」の贈り物を公開する準備をはじめるんだそうだ。はいはい、めでたしめでたしね。原爆投下を謝罪せず、戦略核を2000以上もつクニの大統領に、あちらの台本どおりハグされる被爆者代表の写真。ホンドのメディアは、いっせいに合成写真のようなこれを大々的に紹介した。赤面するしかない。

死者たちはいっしゅんにして語るべき声をうばわれた。ヒロシマ、ナガサキ、沖縄だけではない。中国、南方諸国のおびただしい死者たちも。責任者はいたのだ。ヌッポンはじまえでかれらを裁かなかった。それを知る生者は、語るべきことをけっして滑らかには語りえない唖者になった。または吃音者に。

一時期、このクニではヘラヘラと快活に陽気に、かつはただ習慣的に、平和や核廃絶をお経のように自動的にしゃべくる者どもを、なにかの政治的下心のある、どうじに肝心の知性に欠けるやからか、よほど神経系のおかしい者とみなすようになった。一時期まではね。恥がちっとはあった、とも言える。

「GHQに挨拶に出かけた天皇が、マッカーサーと並んで立っている写真は、まるでコビトの国の王様のようであった。かと思うと、そのマッカーサー司令部のある皇居と向い合せのビルの前で、釈放された共産党員その他の政治犯たちが、「マッカーサー万歳」を唱えたというような記事が新聞に出ていた」(安岡章太郎『僕の昭和史 Ⅱ』)。

上記のような文は、ヌッポンの心性の、醜悪をとおりこし、もはや哀れなまでの〝土人〟根性をさりげなくしめすものとして、かつてはよく読まれた。ノッチ、いやオバマの折り鶴記事を書いた記者らは、そのことも知らないのだろう。いいさ、それは罪じゃないんだ。こちらはなんてアホなんだろうとおもうだけさ。

ヒロシマは傲然と謝罪をこばんだノッチとハナクソの来訪を、断固として拒否すべきであった。そのような「街の声」だって、きっとあったはずなのに、消された。「街の声」というのは、報道の自由度、世界72位のメディアにより自主的に編集された、ねつ造の景色=書き割りにすぎない。

事実上の戒厳令下でしたね。ノッチ一行とハナクソご一行さまはくるなといってもヒロシマに行ったであろう。あの警備の空前のものすごさ。「オカシナひとびと」は事前に排除されていた。となるってえと、あとはせいぜい幻視するだけさ。ど派手なことなど望みませぬ。せめて、せめてだね、「ウタ」ばあにはがんばってほしかった。

いやなに、べったりウンコのついた手で、ノッチやハナクソに抱きついてもらいたかったのさ。友好的熱烈ハグだよ、ハグ。「原爆万歳!」とか叫んでね。そのくらいの想像力もなくて、ノッチ以降のUSAやトランプがのさばるUSA、ひきつづきハナクソがしきるヌッポンの「未来なき未来」について記事なんか書けるわけないだろう。

SOBA:上記、辺見庸さんが言及している朝日の記事を末尾で採録。また映画、新藤兼人監督の『原爆の子』と関川秀雄監督の『ひろしま』を末尾で採録

 

2016年06月30日
日録

私事片々
2016/05/28   属国、土人の国、冒瀆、疫病
http://yo-hemmi.net/article/438369013.html

バラク・フセイン・オバマという、左利きのじめっとした男がきてから帰るまで、脳内からしめだそうとしても、ずっといすわりつづけるつまらぬ言葉があった。それはわたしのあまり用いない言葉であり、頭蓋から揮発してなくなってしまってもいっこうに構わないたぐいの用語であった。ひとつは「属国」であり、もうひとつは「土人の国」であり、それらにつけくわえるに、「冒瀆」であり「疫病」である。

あの陰鬱な黒人大統領のことや、かれをもみ手して迎える、貧相きわまりない「首相」を名のる男を、わざわざ所与の条件としなくても、または、与件としてもしなくても、こちとらの生活にはいささかも影響がない。あくまでも私的なことの軽重から言ってみれば、オバマはたんにノッチなのであり、見るからに稟質の芳しからざるあの男はハナクソであり、それ以上の物体ではありえないからだ。

書きしるすまでもないっちゃ、そうなのだ。くだらない。だがしかし、メディアはもう「疫病」にかかっている。疫病は読者、視聴者に伝染し、ますます猖獗をきわめている。けっか、沖縄・恩納村の暴行殺人・死体遺棄事件とその背景は、ノッチとハナクソの手下たちのシナリオどおりに、計画的に無化され、べつの殺人とも入れかえ可能の一般的記号と化する。死者はいちじるしく冒瀆された。沖縄の死者もヒロシマの死者たちも丁重に、はげしく侮辱された。

なにも起きなかったのだ。〈やったのはかれら、わたしたちはおもっただけ〉・・・・・・といったていどのイマジナリーな事件もテロもなかった。ハナクソの支配下にあるこのクニはUSAの属国であると言ってなにわるかろう。ハナクソ独裁下のヌッポンはどのみち「土人の国」なのであり、土人は支配者がマッカーサーだろうが天皇だろうが軍部だろうが、隷属と追従笑いをこのむものだ。

チャバネゴキブリによく似た、なんとかいう内閣法制局長官が参院予算委員会で、いけしゃあしゃあと言いはなってから、まだそんなに長い時間はすぎていない。「憲法上、あらゆる種類の核兵器の使用がおよそ禁止されているというふうには考えていない」。テレビのまえでまどろんでいたわたしは耳をうたぐった。核の使用が憲法上すべて禁じられているわけではない、許されるばあいもある……という趣旨である。議場にはうすら笑いのほかには怒号も緊張もありはしなかった。

チャバネは昨年の参院平和安全法制特別委員会でも、核兵器の保有について「憲法上、保有してはならないということではない」と答えている。このクニは現行憲法下で核兵器を保有も使用もできるというのだ。チャバネをえらんだのはハナクソである。チャバネはハナクソのおもいを代弁しているだけだ。9400もの核弾頭を保有するUSAの頭目と、核を保有も使用もできないわけではないと豪語するヌッポンの独裁者が沖縄・恩納村の暴行殺人・死体遺棄事件で〝手打ち〟をし、ヒロシマ詣でをする風景をしきりにことほぐ疫病メディア・・・・・・。

「疫病」とは、テロ――国家権力――メディアの不気味な相関について、かつて中野重治が言った言葉だ。恩納村の暴行殺人・死体遺棄事件報道は、疫病渦にあるメディアによって、べつのホンドのストーカー傷害事件と並べて報じられるようになり、意味が大きくわりびかれることとなった。「土人の国」は、昭和天皇が重体のころ、人々が皇居前で土下座しているのを指して、浅田彰がある対談で「なんという〝土人〟の国にいるんだろうと思った」と慨嘆したのが由来。同感である。国家テロをさかんにやりまくるUSAの属国=土人のクニの疫病は、当分治療不可能である。

よかったこと。目取真俊さんの傑作短篇「平和通りと名付けられた街を歩いて」の登場人物「ウタ」のことを、生き生きとした人間存在としておもいうかべることができた。それぐらいだけだった、よいことは。わたしはかのじょがすきだ。「ウタ」がますますすきになった。被爆者がこうまでバカにされてよいものか。沖縄がここまでやられてよいものか。たくさんの「ウタ」がでてきて、やつらをどこまでも狼狽させたほうがいい。ひとは「ウタ」になれ。「カジュ」になれ。

  

 以下、辺見さんが2016/05/31のエントリで言及している記事。

オバマ大統領に謝罪求めぬ日本「品位の高さ印象付ける」と塩野七生さん
朝日新聞デジタル  |  執筆者: 編集委員・刀祢館正明
投稿日: 2016年05月26日 08時53分 JST 更新: 2016年05月27日 03時23分 JST
http://www.huffingtonpost.jp/2016/05/25/obama-nanami-shiono_n_10135630.html

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オバマ氏に謝罪求めぬ日本、塩野七生さんは「大変良い」
http://www.asahi.com/articles/ASJ5R3T1VJ5RULZU00Q.html

あの人は今、どう受け止めているだろう。オバマ米大統領の広島訪問が近づくなか、作家の塩野七生さんの考えを聞きたくなった。ローマの自宅に電話したずねると、「日本が謝罪を求めないのは大変に良い」という答えが返ってきた。塩野さんが思う、米大統領の広島訪問の迎え方、とは。

――オバマ大統領が被爆地・広島を訪問することを知ったとき、まず、どう感じましたか。

「知ったのは、ローマの自宅でテレビを見ていた時です。画面の下を流れるテロップでのニュースだったけれど、それを目にしたとたんに、久方ぶりに日本外交にとってのうれしいニュースだと思いました」

「特に、日本側が『謝罪を求めない』といっているのが、大変に良い」

――どうしてですか。

「謝罪を求めず、無言で静かに迎える方が、謝罪を声高に求めるよりも、断じて品位の高さを強く印象づけることになるのです」

「『米国大統領の広島訪問』だけなら、野球でいえばヒットにすぎません。そこで『謝罪を求めない』とした一事にこそ、ヒットを我が日本の得点に結びつける鍵があります。しかも、それは日本政府、マスコミ、日本人全体、そして誰よりも、広島の市民全員にかかっているんですよ」

「『求めない』と決めたのは安倍晋三首相でしょうが、リーダーの必要条件には、部下の進言も良しと思えばいれるという能力がある。誰かが進言したのだと思います。その誰かに、次に帰国した時に会ってみたいとさえ思う。だって、『逆転の発想』などという悪賢い人にしかできない考え方をする人間が日本にもいた、というだけでもうれしいではないですか」

――悪賢い、とは。

「歴史を一望すれば、善意のみで突っ走った人よりも、悪賢く立ちまわった人物のほうが、結局は人間世界にとって良い結果をもたらしたという例は枚挙にいとまがありません」

(朝日新聞デジタル 2016年5月25日06時49分)

  

 辺見さんが(2016/05/30)の日録で言及している「謝罪を求めない方針」の記事を何本か。

オバマ氏の広島訪問 米側「謝罪はしない」日本側も「求めない」
2016年5月12日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201605/CK2016051202000138.html

 【ワシントン=石川智規】アーネスト米大統領報道官は十日の記者会見で、オバマ大統領が主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)に合わせ二十七日に広島を訪問することについて、「それを謝罪と解釈するのは間違いだ」と指摘。オバマ氏や米政府として原爆投下を謝罪することはないとの考えを示した。 

 謝罪しない理由を問われると、報道官は「歴史学者に尋ねるのが適切な質問だ」とかわした。米国では原爆投下により戦争を終わらせ、結果的に大勢の人々の命を救ったとする解釈が根強くある。オバマ氏の訪問に対し米国内で反発が出ることも予想されたが、報道官は「日米両国が、未来に向け関係をより深めることが大切だ」と強調した。

 オバマ氏は広島の平和記念公園で発言し、「長崎」についても言及する可能性が高いとみられる。

   ◇

 菅義偉(すがよしひで)官房長官は十一日の記者会見で、オバマ米大統領が広島市を訪問する際、日本政府の従来の方針通り、原爆投下に対する謝罪を求めない考えを説明した。「訪問は犠牲者を追悼し、被爆の惨禍を二度と繰り返さないように、核兵器のない世界に向けた力強いメッセージを発出するためのものと承知している」と述べた。

 広島県の湯崎英彦知事は首相官邸で記者団に「二度と核兵器を使わせてはいけないという思いが一番強い。いろんな気持ちはのみ込んでも、その前進をしてほしい」と述べ、謝罪にこだわらない意向を示した。

 日本政府は二〇〇七年と一五年に「米国に謝罪を求めるよりも、現実的かつ着実な核軍縮努力を積み重ねることが重要だ」とする答弁書を閣議決定している。

 

政府、「原爆投下に戦後抗議せず」答弁書で認める
2007年7月12日 11時29分 J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/3230585/

政府は2007年7月10日、米国による2度の原爆投下について「先の大戦後、米政府に直接抗議を行ったことは確認されていない」との答弁書を閣議決定した。鈴木宗男衆院議員(新党大地)や辻元清美衆院議員(社民)などの質問趣意書に答えたもので、あわせて「米国に謝罪を求めるよりも核兵器のない平和で安全な世界を目指して現実的かつ着実な核軍縮努力を積み重ねていくことが重要」と、今後も謝罪を求めないことを明らかにしている。

 

原爆投下「広島で謝罪しない」 大統領補佐官が強調
2016年5月16日 夕刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201605/CK2016051602000218.html
魚拓 

 【ワシントン=石川智規】ライス米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は十五日、米CNNテレビのインタビューで、オバマ大統領の広島訪問に関連し「日本はこれまで広島訪問や(原爆投下の)再評価を求めてこなかった。また、謝罪を求めることもなかった」とした上で、「私たちはいかなる場合も謝罪することはない」と強調した。

 ライス氏は、番組の司会者から原爆投下の是非を問われたが、「自身の歴史観を話すつもりはない」と回答。歴史を学んできた大統領としてオバマ氏には個人的な見解があるはずだと聞かれると「ないとは言わない」と述べるにとどめた。

 オバマ氏の広島訪問の目的については「米政府やオバマ氏が掲げる『核兵器なき世界』と、戦争が多くの損害をもたらすことをあらためて内外に示したい」と説明。訪問の評価をめぐっては、米国内でさまざまな意見が出ているが、「正しい決断だ」と強調した。

 一方、日本政府は一九五一年のサンフランシスコ講和条約にもとづき謝罪は求めない方針を固め、米側にも伝えている。

 

オバマ氏 広島訪問へ 日本が謝罪求めない理由 原爆「講和条約で決着」
2016年5月15日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201605/CK2016051502000138.html
魚拓 

Pk2016051502100085_size0  現職の米大統領として初めて被爆地・広島を訪問するオバマ米大統領に対し、日本政府は謝罪を求めない方針だ。多くの犠牲者を出し、今も後遺症に苦しむ人がいるが、戦後処理はすでに終わっているとの立場を取るからだ。 (関口克己)

 一九五一年に結ばれたサンフランシスコ講和条約に基づき、米国など四十八カ国の日本に対する請求権の問題は解決し、日本も連合国に対する全ての請求権を放棄した。

 日本が放棄した請求権は、戦争で生じた損害や苦痛への金銭的な賠償といった法的な請求とされる。外務省は政治的な言動に当たる「謝罪」を求めるかどうかは直接的には関係がないと説明する

 だが九四年、当時・社会党の村山富市首相は国会で、米国に謝罪を求める気持ちはないかとの質問に「講和条約で決着がつけられている問題だ」と答弁。講和条約を理由に謝罪を求めない考えを明言した

 核兵器使用が国際法違反とされていないことも、背景にある。戦時中の国際法(ハーグ陸戦条約)には、原爆使用を違法とする直接的な規定はない。今も明文化した条約はない。

 だがハーグ陸戦条約は不必要な苦痛を与える兵器の使用などを禁じており、広島と長崎への原爆投下を違法とする主張は根強い。六三年には、被害者が慰謝料の支払いを日本政府に求めた裁判で、東京地裁は「当時の国際法から見て、違法な戦闘行為であると解するのが相当」と指摘した

 しかし日本政府はこの裁判で、原爆使用について「日本の降伏を早め、戦争を継続することによって生ずる交戦国双方の人命殺傷を防止する結果をもたらした」と主張した。九一年には外務省の小和田恒事務次官が記者会見で「当時の学説、国家の慣行から総合的に判断した場合、国際法違反と断定することは難しい状況だった」と指摘した。

 米国は原爆投下直後にトルーマン大統領が戦争終結を早め、多くの米兵を救うために原爆を使用したと主張した。オバマ氏の広島訪問も謝罪ではなく、追悼目的と強調する。

  

↑上記東京新聞の記事中、当時・社会党の村山富市首相の国会答弁部分を国会会議録検索で調べてみた。質疑は高市早苗。※

※高市早苗は、2016年2月8日衆議院予算委員会での「政治的に公平であること」と定めた放送法の違反を繰り返したら電波停止を命じるのトンデモ発言(要は安倍政権批判を許さないと言う報道への恫喝)。2013年6月1日兵庫県神戸市での講演会での「福島原発事故で死者なし」発言の御仁。

 下記、国会会議録の何処を読んだら米国の原爆投下について「講和条約を理由に謝罪を求めない考えを明言」になるのか。強いて挙げれば「講和条約で決着がつけられておる問題ですから、今ここでコメントを言ったり、私の意見を言ったりする状況ではないというふうに思います」の所なのだろうが、村山富一総理は意見留保を言っているだけ。なにが「謝罪を求めない考えを明言」だ。事実を捏造する東京新聞、マスコミの中ではよい方と言われているが要注意だ

131回次 衆議院 予算委員会 2号 1994年(平成6年)10月12日

○佐藤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を続行いたします。高市早苗さん。

○高市委員 高市早苗でございます。改革を代表して質問をさせていただきます。
 終戦五十周年を目前にしまして、私たちは歴史の見直しという政治家としての生涯最大のテーマにかかわろうとしているのではないかという緊張に、非常に恐れを感じております。
 選挙区で遺族会の方々から、出征して死んでいった夫というのは侵略戦争に行ったんでしょうかという問いかけをされております。また、奈良護国神社の宮司様は、おまえのところは犯罪人を祭っておるのかという嫌がらせの電話に悔し涙を流しておられました。そんなせつない思いをされている方々のために、きょうは侵略戦争について、いつもの答弁よりも具体的な御説明をお願いしたいと思います。
 きょうの私の質問は、すべて総理にお願いしたいと思います。
 まず、総理は、七月、九月と二度の所信表明の中で、さきの大戦への反省、それから過去の侵略行為や植民地支配といったものに触れられまして、八月の全国戦没者追悼式におきましては、私たちの過ちによって惨たんたる犠牲を強いられたアジアの隣人たちという言葉をお使いでしたけれども、具体的にはどの行為を指して侵略行為と考えておられるのでしょうか。また、総理の言われる過ちというのは具体的に何を指すのか、法的な根拠のある過ちだったのかどうかもお答え願います。

○村山内閣総理大臣 私は、侵略的行為や植民地的支配という言葉を使わせていただいたわけですけれども、やはりあの戦争の中で日本の軍隊が中国本土をどんどんどんどん攻め込んでいった、それから東南アジアのいろいろな国に攻め込んでいった、そういう行為を指して侵略的な行為、こういうふうに申し上げておるわけです。

○高市委員 それでは、法的根拠のある過ちということではございませんか。

○村山内閣総理大臣 いや、その法的というのは何法に対してこう言っているのか、よくちょっと理解できないものですからね。

○高市委員 大戦当時は総理も一応若者だったと思うのですけれども、国民として侵略行為への参加の自覚がございましたでしょうか。

○村山内閣総理大臣 私は、一年間兵隊におりました。それで、幸か不幸か、外地に行かずに内地勤務でずっとおったわけです。しかし、あの当時のことを思い起こしますと、私もやはりそういう教育を受けたということもありまして、そして国のために一生懸命頑張ろうというような気持ちで参加をさせていただきました。

○高市委員 つまり、侵略行為への参加という自覚はその当時お持ちじゃなかったということなのですが、総理大臣という地位にある人は、五十年前の政権の決定を断罪し、その決定による戦争を支えた納税者やとうとい命をささげられた人々のしたことを過ちと決める権利があるとお考えでしょうか。

○村山内閣総理大臣 私は、兵役に服して、そして国のために一命をささげて働いてこられたすべての人方に対して誤りだったというようなことは申し上げておりませんよ。しかし、これはまあ歴史がそれぞれ評価する問題点もたくさんあるかと思いますけれども、しかし、当時の日本の軍閥なりそういう指導者のやってきたことについては、これは、今から考えてみますと、やはり大きな誤りを犯したのではないかということを言わざるを得ないと私は思います。

○高市委員 今のように、当時の軍閥ということで侵略行為そのものの責任の所在をある程度明らかにされたわけですけれども、それでしたら、アジアの人々に対してのみならず侵略行為に加担させられた英霊に対し、また軍恩や遺族会の皆様に対しても、この場で謝罪の意を表明していただけませんでしょうか。

○村山内閣総理大臣 ですから、私は慰霊祭にも集会にも参りまして、そして率直に今国の立場と、国の責任と考えていることを申し上げたわけでありまして、私自身がそういう方々にここで謝罪をしなきゃならぬという立場にあるかどうかというのは、もう少し慎重に考えさせてもらいたいと思います。

○高市委員 それにしてはアジアに行かれたとき随分謝罪的な言葉を発せられて、日本国を代表して謝っておられるのかと私は感じていたのですけれども、日本に過ちがあった、過去に過ちがあったと総理がおっしゃいます。その責任は、もちろん過ちがあったとすれば日本国全体が負うものですけれども、国内的にはそれではその責任の所在というのはだれにあるのか、個人名を挙げてお答えいただきたいと思います。

○村山内閣総理大臣 これはだれにあると個人名を一人一人挙げるわけにはまいりませんけれども、当時の、軍国主義と言われた日本の国家における当時の指導者はすべてやっぱりそういう責任があるのではないかというふうに言わなければならぬと思います。

○高市委員 その五十年前の当時の指導者がしたことを過ちと断定して謝られる権利が、現在、五十年後にこの国を預かっておられる村山総理におありだとお考えなのでしょうか。

○村山内閣総理大臣 私は、今日本の国の総理大臣として、総理として日本の国を代表してアジアの国々に行けば、そういうふうに被害を与えた方々に対しては、大変申しわけなかったと、やはりその反省の気持ちをあらわすのは当然ではないかと思うのですよね。それはやはり含めて日本国民全体が反省する問題として私は受けとめて、過ちは繰り返さないようにするというぐらいの決意はしっかり持って、平和を志向していく方向に努力していきたいというような意思もあわせて表明することは、当然ではないかというふうに思っています。

○高市委員 私自身も、アジアの人々、それから前回の、さきの大戦で犠牲者になられた多くの日本の人々に対して、政治家として、本当に大変なことでしたと、これから前向きにともに過去を反省しながらやっていきましょうという気持ちをあらわすことには何ら異存はないのですけれども、総理自身が日本国を代表して謝る、反省の意を表明するというのは結構なのですけれども、果たしてそこに至るまでの国民的な議論があったかどうか。それから、何をもって侵略行為と言うのか、何が過ちなのか、この辺が明確に見えないと、勝手に代表して謝ってもらっちゃ困ると私は思うわけでございます。どうにもその辺が、余り時間もございませんのでこれ以上突っ込みませんけれども、私には理解しがたいことなのでございます。
 それで、ひとつコメントをお願いしたいのですが、一九九一年の十二月一日、アメリカの前の大統領であられましたブッシュ氏が、原爆投下について発言されておられます。「戦争は地獄だ。謝罪を求められるいわれはない。そうした考えは歴史に対するひどい見直し論である。トルーマン大統領は厳しい決断に直面し、その決断は正しかった。それは何百万人もの米国民の命を救った。」こうブッシュさんはおっしゃっておられるのですが、この発言についてどう思われますか。

○村山内閣総理大臣 アメリカは当時日系人に対して、大統領みずからが謝罪文まで出して、そして償いをしておるということも聞いておりますけれども、私は大量殺りく兵器というものは、これはやっぱり使うべきものではないというふうに考えています。

○高市委員 いや、今のではお答えになっていないと思うのですが、それでは、謝罪を要求されるお気持ちなどはございませんか。

○村山内閣総理大臣 これはもう講和条約で決着がつけられておる問題ですから、今ここでコメントを言ったり、私の意見を言ったりする状況ではないというふうに思います。

○高市委員 それでは、日本の責任については、講和条約等では決着はついていないとお考えなのでしょうか。

○村山内閣総理大臣 どういう意味で決着がつけられているのかどうかという、あなたの御質問もよくわからないのですけれども、例えば賠償等については、サンフランシスコ条約等に基づいて国と国との問題については決着がついていますと、しかし、最近起こってきているような、例えて言えば従軍慰安婦のような問題とか、そういう問題がまだまだ決着がついたとは言えない、そういう問題点も幾つか残っているんじゃないかと思います。
 したがって、私は、やっぱりこの五十年を契機にして、もう一遍日本の国民の皆さんが過去の問題について正しく歴史を見詰めて、お互いに反省するところは反省をし、出直すところは出直すというぐらいの気持ちで、やっぱり日本の国が本当の意味で平和な国になり、アジア全体、世界全体に平和の貢献を果たしていくということは、そういう意味では反省を踏まえた償いになっていくのではないかというふうに思っておりますから、そういうふうに考えて先般の談話も出させてもらったわけであります。


○高市委員 もう時間もなくなりますので、とにかく来年終戦五十周年ということで何らかの国会決議がされる動きもあると聞いておりますけれども、これが一方的に謝罪決議、それも国民の合意なき謝罪決議ということでなく、私はむしろ不戦決議、これから戦争をしない、お互いに平和をつくっていこうという平和決議であるべきだと個人的には考えておりますけれども、とにかくあちらこちらに出向かれて謝罪をされる、過ちだと言われる。それでしたら、何が侵略行為であったのか、具体的にはだれに責任の所在があるのか、そして、国民的な議論を代表して、総理が日本国の代表として出ていかれる、そういった下地をぜひ整えていただきたいと思います。
 私たちの世代にとっても本当に大事な、これは歴史の見直し、大変な課題なんですね。特に戦争を知らない世代でございますから、その責任を非常に強く感じております。歴史的な検証も十分に行った上で決断を下していただきたく思います。
 次に、エネルギー政策について質問をさせていただきます。これも総理にお願いします。

 

ケリー米長官に「原爆投下への謝罪」求めるべき? 日本政府の「求めず」方針に改めて賛否
2016/4/12 19:24
http://www.j-cast.com/2016/04/12263921.html?p=all

 広島市で行われていた主要7か国(G7)外相会合は2016年4月11日、核廃絶への決意を示した「広島宣言」を採択して閉幕した。特筆すべきは米国のジョン・ケリー国務長官らG7外相が平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に献花し、原爆資料館を訪問したことだ。

 ケリー氏は展示の内容を「衝撃的」だと表現したが、同時に「個人的」という言葉も繰り返した。原爆投下が第2次世界大戦終結を結果的に早めたという議論が根強い米世論を刺激しないための配慮だ。国務省の高官が行った説明会では、記者から「なぜ謝罪しないのか」といった声も出たが、「謝罪を求めようという動きがない」と一蹴。日米の感情レベルでの温度差が改めて浮き彫りになった。

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ケリー国務長官(右から4番目)は現職の国務長官として初めて広島を訪問した(米国務省撮影)

「撮られる」ことを警戒し、原爆資料館見学の様子は非公開

 ケリー氏は原爆資料館訪問後に広島市内で開いた会見で、

「美しい広島市を国務長官として初めて訪れ、深く心が動かされ、光栄に思っていることを個人レベルで表明したい」

と述べ、原爆資料館の展示を

「衝撃的」「胸をえぐられるよう」「個人的には決して忘れないであろう展示」

と表現した。

 ただ、今回の訪問はオバマ大統領の広島訪問に向けた「地ならし」だと考える向きもあり、ケリー氏の行動が謝罪に結びついていると受け止められれば、米世論が硬化してオバマ大統領の被爆地訪問も遠のいてしまう。

 こういった点に配慮したのか、ケリー氏は

「しかし、ここに来た理由は過去に固執するためではない。博物館を見学して得られた経験から、過去の教訓を未来や現在に生かすことがいかに重要かを示すためだ。」

とも発言。ケリー氏が展示内容に衝撃を受ける様子を「撮られる」ことへの警戒感からか、ゲストブックに署名する写真が公開された以外は、見学の様子は公開されなかった。

「説明会」全文は国務省ウェブサイトで公開

 こういった傾向は、「国務省高官」がケリー氏の原爆資料館訪問に先立って行った説明会で、より鮮明に示された。説明会は「国務省高官」の名前を出さない条件で行われたが、全文が国務省のウェブサイトに公開されている。それによると、記者が

「彼(ケリー氏)が、70年前の出来事についてある種の遺憾の意や悲しみを表明することはあり得るのか」

と質問したのに対して、高官は

「国務長官が謝罪のために広島を訪れたのか、というお尋ねであれば、答えはノーだ。長官、そしてすべての米国人と日本人が、これほど多くの我々の国民に襲いかかった悲劇に悲しみを覚えるか、というお尋ねであれば、答えはイエスだ」

と、謝罪を明確に否定。

「世界に対して核兵器を使うなと言うのであれば、なぜ謝罪しないのか」

と詰め寄った記者もいたようだ。高官は、米国は核兵器を実際に使ったことがある唯一の国として、世界的な軍縮と核拡散の防止に「特別な責任」があるとしながらも、

「人々の側、具体的には広島の行政当局(the government of Hiroshima)や日本政府からは米国に謝罪を求めようという動きもないし、原爆の使用で起きた一連の出来事について改めて責任を問おうと関心を持つ向きもない」

と述べ、日本の行政側に謝罪を求める動きがない以上、米国側も謝罪を検討する必要はないとの見方を示した

政府は抗議しない方針を2007年に閣議決定

 2度にわたる原爆投下をめぐっては、政府は長崎に原爆が投下された翌日の1945年8月10日、中立国のスイスを通じて、原爆投下が「人類文化に対する新たな罪状」だとして抗議している。だが、終戦後は抗議しておらず、政府は2007年7月に

「戦後60年以上を経た現時点において米国に抗議するよりも、核兵器のない平和で安全な世界の実現を目指して、現実的かつ着実な核軍縮努力を積み重ねていくことが重要である」

との質問趣意書に対する答弁書を閣議決定。米国に抗議や謝罪を求めない方針を明らかにしている。

 菅義偉官房長官も4月12日午前の会見で、米国に謝罪を求めるかどうかについて

「こうしたことは米国側が決めることだと日本は思っている」

と述べた。

 国務省高官の発言はAFP通信などが報じている。これを受け、ツイッター上には

「アメリカはひざまずいて謝罪すべきだ」
「欧米に謝る文化がないことを考えると、哀悼の意くらいで十分だと思ってる」
「謝罪を要求したら日韓関係みたいにこじれるので、訪問して広島を見てもらうだけで十分でしょう」

といった様々な意見が出ている。(※1、※2)

 

※1:上記記事で出ている「2016年4月12日の菅官房長官記者会見」の動画。

菅義偉 官房長官 記者会見【2016年4月12日午前】
NIPPON CHANNEL03
https://www.youtube.com/watch?v=ThvDp4aNEZ8

2016/04/11 に公開

↑↓dailymotion にアップ。

菅義偉 官房長官 記者会見【2016年4月12日午前】
http://www.dailymotion.com/video/x5ghwcs

投稿者 osanpodeonigiri

菅官房長官の「こうしたことは米国側が決めることだと日本は思っている」の質疑応答部分は動画の14分38秒の所から。以下、その部分のテキスト起こし。

記者(ジャパンタイムス):関連ですけど、アメリカではですね、オバマさんが行くとしても謝罪すべきかどうかと言う議論が分かれていると思うんですけれども、日本側としてはこう言った謝罪というのは求める用意があるのか、あるいはそう言うつもりはないのか。この辺はどうでしょう。

菅官房長官:そう言うことはアメリカ側が来日・訪問を含めて決められる事だろうと言う風に思います。

記者(ジャパンタイムス):アメリカ側じゃなくて、日本側としてはどう言う立場なのかと

菅官房長官:アメリカが決めることだと言う風に日本は思ってます

SOBA:村山富市総理の意見留保もほめられたものではないが、官房長官菅義偉のこの発言はひどすぎる。「原爆投下への謝罪についてはアメリカが決めること」と判断を米国に丸投げしている。その後の「日本は思ってます」も口アングリ。政権大番頭の菅が、「日本(政府)は思ってます」と従米丸出しの意味で言う訳ないので、「被爆者含めた日本人全体が」(従米丸投げですと)どさくさ紛れに言ったのだろう。

 

※2:紹介した記事や、同じく紹介した他の記事でも何回か出てきている政府答弁は、2015年第3次安倍内閣、2007年第1次安倍内閣の総理大臣安倍晋三答弁。2015年の質疑者は鈴木貴子衆院議員(民主党)。2007年の質疑者は鈴木宗男衆院議員(新党大地)と辻元清美衆院議員(社民党)。以下その質問と答弁を採録。

第189回国会 2015年(平成27年)1月26日〜同年9月27日。

第189回国会(常会) 質問の一覧 

372 広島及び長崎に原爆を投下したアメリカに対する戦後七十年の節目をむかえた政府の認識等に関する質問主意書 

質問 

平成二十七年八月六日提出
質問第三七二号

広島及び長崎に原爆を投下したアメリカに対する戦後七十年の節目をむかえた政府の認識等に関する質問主意書
提出者  鈴木貴子

広島及び長崎に原爆を投下したアメリカに対する戦後七十年の節目をむかえた政府の認識等に関する質問主意書

一 戦後七十年、歴史の節目の年である。広島・長崎に原爆を投下したアメリカに対し、政府はいかなる認識を有しているか。
二 原爆投下はハーグ法(武力紛争法)にふれるか否か、政府の見解如何。
三 非人道的ともいえる原爆で二十一万人以上の人が犠牲になり、今なおその後遺症に苦しんでいる人がいる。無差別殺人ともいえるこの原爆投下に対し、戦後七十年節目の年にアメリカに対し、謝罪、反省を求めるべきでないか。政府の考え如何

 右質問する。

 

答弁 

平成二十七年八月十四日受領
答弁第三七二号

  内閣衆質一八九第三七二号
  平成二十七年八月十四日
内閣総理大臣 安倍晋三

       衆議院議長 大島理森 殿

衆議院議員鈴木貴子君提出広島及び長崎に原爆を投下したアメリカに対する戦後七十年の節目をむかえた政府の認識等に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

衆議院議員鈴木貴子君提出広島及び長崎に原爆を投下したアメリカに対する戦後七十年の節目をむかえた政府の認識等に関する質問に対する答弁書

一から三までについて

 政府としては、広島及び長崎に対する原子爆弾の投下は、極めて広い範囲にその害が及ぶ人道上極めて遺憾な事態を生じさせたものと認識している。また、政府としては、かねてから明らかにしてきたとおり、核兵器の使用は、その絶大な破壊力、殺傷力のゆえに、国際法の思想的基盤にある人道主義の精神に合致しないと考えている。
 他方、戦後約七十年を経た現時点において米国に対し謝罪、反省を求めるよりも、政府としては、人類に多大な惨禍をもたらし得る核兵器が将来二度と使用されるようなことがないよう、核兵器のない平和で安全な世界の実現を目指して、現実的かつ着実な核軍縮努力を積み重ねていくことが重要であると考える。

SOBA:以下関連。
以下番号で補足する再質問・再答弁あり386、403、433 

 

第166回国会 2007年1月25日〜同年7月5日

第166回国会(常会) 質問の一覧 

473 米国による原爆投下に対する日本政府の対応に関する質問主意書 

質問 

平成十九年七月三日提出
質問第四七三号

米国による原爆投下に対する日本政府の対応に関する質問主意書
提出者  鈴木宗男

米国による原爆投下に対する日本政府の対応に関する質問主意書

一 二〇〇七年七月三日付読売新聞記事四面に、「米の原爆投下 政府 戦後は抗議せず」との見出しで、
 「一九四五年の米国の原爆投下に対し、日本政府はどう対応してきたのか。
 政府は、長崎に原爆が投下された翌日の一九四五年八月十日、中立国のスイスを通じて『本件原爆(原子爆弾)を使用せるは人類文化に対する新たな罪状なり』と米国に厳しく抗議した。しかし、終戦後は、原爆投下について『米国に対して正式に抗議したことはないはず』(外務省筋)という。
 その背景には、自国の安全保障を米国の核抑止力に頼ってきたという事情がある。このため、日本政府は核兵器の使用そのものが国際法上違法かどうかについても、明確な立場を示すことを避けている。
 一方で、日本は核廃絶にむけた国際社会の機運づくりということには力を入れてきた。九四年から毎年、核兵器廃絶を目指す国連総会決議を提案、すべてを成立させてきた実績もある。決議は、核拡散防止条約(NPT)体制の強化や核保有国に対する核軍縮要請などを柱とし、『唯一の被爆国』としての日本の姿勢を国際社会に示している。」
との記事が掲載されていることを政府は承知しているか。
二 第二次世界大戦が終結して以来、政府は米政府に対して我が国に対する原子爆弾投下について抗議を行ったか。
三 二について、抗議を行っているのならば、抗議を行った日にち、抗議の形態、我が国の誰から米側の誰に対して抗議を行ったのか時系列的に明らかにされたい。
四 二について、抗議を行っていないのならば、その理由を明らかにされたい。
五 一九四五年八月六日の広島、同年同月九日の長崎に対する米国による原子爆弾の投下に対する政府の見解如何。米国による我が国への原子爆弾投下は、人類文化に対する新たなる罪状であると政府は認識しているか。

 右質問する。

 

答弁 

平成十九年七月十日受領
答弁第四七三号

  内閣衆質一六六第四七三号
  平成十九年七月十日
内閣総理大臣 安倍晋三

       衆議院議長 河野洋平 殿

衆議院議員鈴木宗男君提出米国による原爆投下に対する日本政府の対応に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

衆議院議員鈴木宗男君提出米国による原爆投下に対する日本政府の対応に関する質問に対する答弁書

一について

 御指摘の報道については承知している。

二から五までについて

 政府としては、広島及び長崎に対する原子爆弾の投下は、極めて広い範囲にその害が及ぶ人道上極めて遺憾な事態を生じさせたものであると認識している。
 先の大戦後に、これらの原子爆弾の投下について米国政府に直接抗議を行ったことは確認されていないが、他方、戦後六十年以上を経た現時点において米国に対し抗議を行うよりも、政府としては、人類に多大な惨禍をもたらし得る核兵器が将来二度と使用されるようなことがないよう、核兵器のない平和で安全な世界の実現を目指して、現実的かつ着実な核軍縮努力を積み重ねていくことが重要であると考える。

 

477 安倍首相の「旧日本軍による真珠湾攻撃と米軍による長崎への原爆投下」に対する認識に関する質問主意書 

質問 

平成十九年七月三日提出
質問第四七七号

安倍首相の「旧日本軍による真珠湾攻撃と米軍による長崎への原爆投下」に対する認識に関する質問主意書
提出者  辻元清美

安倍首相の「旧日本軍による真珠湾攻撃と米軍による長崎への原爆投下」に対する認識に関する質問主意書

 一九九四年の第四九回国連総会で、核兵器使用の国際法上の違法性について、国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見を要請する決議が採択された。この決議を受け、一九九六年七月国際司法裁判所は、「核兵器の使用・威嚇は、一般的に国際法に違反する」という勧告的意見を示した。この勧告的意見は法的拘束力を持つものではないが、権威ある国際法廷が「核兵器は一般的に国際法に違反する」との判断を下した意義は大きい。
 ところが久間章生防衛大臣は、一九四五年八月に米軍が日本に原爆を投下したことについて、
(一) 「(米国は)日本が負けると分かっているのに、あえて原爆を広島と長崎に落とした。これなら必ず日本も降参し、ソ連の参戦を食い止めることができる、という考えだった。」
(二) 「間違えば北海道まではソ連に取られてしまった。」
(三) 「無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で」
(四) 「今しょうがないなと思っている。」
と発言した(毎日新聞二〇〇七年七月一日朝刊)。
 久間防衛大臣の発言に対しては、長崎への原爆投下そのものを容認するものではないか、と被爆者の方々から怒りの声があがっている。久間防衛大臣は、
(五) 「日本が早く戦争を終わらせていれば、こうした悲劇が起こらなかったことも事実で、為政者がいかに賢明な判断をすることが大切かということを強調したかった」と発言の真意を説明した。
 これに対し安倍首相は、「米国の考え方について紹介したと承知している。」と発言し、久間防衛大臣の発言を問題視しない姿勢を示した(毎日新聞二〇〇七年七月一日朝刊)。
 また、七月一日に行われた党首討論で、「同盟は対等の関係。主張すべきことは主張し、米国に謝罪を求めるべきだ」という小沢民主党党首の発言に対し、
(六) 「謝罪要求にエネルギーを費やすより、核廃絶に全力を挙げる」
(七) 「小沢さんは自民党幹事長時代に当時の海部俊樹首相に米国へ謝罪を求めるべきだと言ったのか」
と述べた。
 二〇〇七年八月九日、長崎では被爆から六一年目の「長崎原爆の日」を迎えようとしている。そして、一連の慰安婦問題をめぐる安倍首相の発言から、日本が戦前回帰に向かっているのではないか、と懸念する声がアメリカ世論で大きくなりつつある。
 米国世論には、「旧日本軍による真珠湾攻撃がなければ原爆投下もなかった」という考え方がいまも根強い。二〇〇五年の米国内世論調査によれば、
(八) 広島と長崎の原爆投下を「支持する」と答えた人が五七%
 という結果も出ている。
 しかし一方では、真珠湾攻撃も原爆投下も、人道的見地から間違っているという考え方も支持されている。安倍首相の真珠湾攻撃と原爆投下に対する認識、および平和構築に向けた姿勢を明らかにするのは急務である。
 従って、以下質問する。
一 《国際司法裁判所の勧告的意見》について
 1 久間防衛大臣はこの勧告的意見を知っているか。
 2 安倍首相はこの勧告的意見を知っているか。
 3 日本政府はこの勧告的意見を承認しているか。
二 《真珠湾攻撃》について
 1 旧日本軍による真珠湾攻撃は、当時の日本としては正しい選択だったのか。やむをえなかったのか。間違った選択だったのか。安倍首相の見解を明らかにされたい。
 2 旧日本軍による真珠湾攻撃が、広島・長崎県民に多くの被害をもたらした原爆投下に関連していると考えるか。安倍首相の見解を明らかにされたい。
 3 旧日本軍による真珠湾攻撃が、沖縄県民に多くの被害をもたらした沖縄戦に関連していると考えるか。安倍首相の見解を明らかにされたい。
三 《発言(一)~(四)》について
 1 安倍首相は、これらの発言は久間防衛大臣が「米国の考え方について紹介した」という認識か。それとも、久間防衛大臣自身の考え方であるという認識か。(一)~(四)のそれぞれについて答えられたい。
 2 久間防衛大臣自身の考え方であるならば、安倍首相は久間大臣と同じ考え方か。(一)~(四)のそれぞれについて答えられたい。
 3 久間防衛大臣自身の考え方であるならば、これらは政府の公式見解か。(一)~(四)のそれぞれについて答えられたい。
四 《発言(五)》について
 1 安倍首相もまた、「日本が早く戦争を終わらせていれば、こうした悲劇が起こらなかったことも事実」と考えるか。
 2 安倍首相は、一九四五年七月二六日に出されたポツダム宣言について、すみやかに受諾すべきであったという認識か。また当時の政府がすみやかに受諾しなかった理由は何であると考えるか。
 3 安倍首相は、長崎への原爆投下が、日本がポツダム宣言をすみやかに受諾する上で戦略上不可欠であった、とアメリカが考えていたという認識か。また、安倍首相自身も同じ認識か。
 4 「日本が早く戦争を終わらせていれば、こうした悲劇が起こらなかったことも事実」というのは政府の公式見解か。
 5 安倍首相は、長崎への原爆投下が戦争終結を早め、より多くの米国人の命を救ったという認識か。
 6 安倍首相は、長崎への原爆投下が戦争終結を早め、より多くの日本人の命を救ったという認識か。それとも犠牲者を増やしたという認識か。
五 《発言(六)》について
 1 安倍首相は、アメリカに対し、全力を挙げて核廃絶要求をしていくのか。
 2 安倍首相は、インドに対し、全力を挙げて核廃絶要求をしていくのか。
六 《発言(七)》について
 1 安倍首相は、アメリカは広島・長崎への原爆投下について「謝罪すべき」という認識か。
 2 安倍首相は、広島・長崎への原爆投下についてアメリカに謝罪要求をしたことはあるか。したとすれば、アメリカはどのような回答をしたか。していないのであれば、しない理由を明らかにされたい。
 3 安倍首相は、今後アメリカに対し謝罪要求を行うか。
 4 小沢民主党代表が自民党幹事長時代にアメリカに謝罪要求をした、もしくは謝罪要求をすべきと首相に提言したという事実がなければ、アメリカに謝罪要求をする必要はない、という認識か。同発言における、安倍首相の真意を示されたい。
七 《米国内の世論調査(八)》について
 1 安倍首相は、同調査結果を承知しているか。
 2 安倍首相は、「半数以上の米国民が原爆投下を支持している」という結果について、アメリカに対し何らかの働きかけをしていくのか。

 右質問する。

 

答弁 

平成十九年七月十日受領
答弁第四七七号

  内閣衆質一六六第四七七号
  平成十九年七月十日
内閣総理大臣 安倍晋三

       衆議院議長 河野洋平 殿

衆議院議員辻元清美君提出安倍首相の「旧日本軍による真珠湾攻撃と米軍による長崎への原爆投下」に対する認識に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

衆議院議員辻元清美君提出安倍首相の「旧日本軍による真珠湾攻撃と米軍による長崎への原爆投下」に対する認識に関する質問に対する答弁書

一の1から3までについて

 国際司法裁判所が千九百九十六年七月八日に発表した勧告的意見は、核兵器による威嚇又はその使用は、武力紛争時に適用される国際法の規則、特に人道法の原則と規則に一般的には反するが、国家の存続自体が問題となるような自衛の究極的状況における核兵器による威嚇又はその使用が合法か違法かについて最終的な結論を出すことはできない等と述べているところであり、政府としては、国際連合の主要な司法機関である国際司法裁判所が同意見の中で示した見解について、厳粛に受け止めるべきものと考えている。
 なお、政府としては、かねてから明らかにしてきたとおり、核兵器の使用は、その絶大な破壊力、殺傷力の故に、国際法の思想的基盤にある人道主義の精神に合致しないと考えており、人類に多大な惨禍をもたらし得る核兵器が将来二度と使用されるようなことがあってはならず、核兵器のない平和で安全な世界を目指した現実的かつ着実な核軍縮努力を積み重ねていくことが重要であると考えている。

二の1から3まで及び四の1から6までについて

 一般的に、歴史的な事象に関する評価については、専門家等により議論されるべきものと考えており、お尋ねについてはお答えを差し控えたい。

三の1から3までについて

 久間前防衛大臣の個人の考え方について、政府として答弁することは差し控えたいが、久間前防衛大臣自身は、米国としては、当時の状況の中で、広島及び長崎に対する原子爆弾の投下もやむを得ないと判断したのであろうと思うとの趣旨で発言したと述べていると承知している。

五の1及び2について

 政府としては、引き続き、御指摘の両国を含むすべての関係国に対して、核軍縮のための具体的措置等をとるよう求めていく考えである。

六の1から4までについて

 政府としては、広島及び長崎に対する原子爆弾の投下は、極めて広い範囲にその害が及ぶ人道上極めて遺憾な事態を生じさせたものであると認識している。先の大戦後に、これらの原子爆弾の投下について米国政府に直接抗議を行ったことは確認されていないが、他方、戦後六十年以上を経た現時点において米国に対し謝罪するよう求めるよりも、政府としては、人類に多大な惨禍をもたらし得る核兵器が将来二度と使用されるようなことがないよう、核兵器のない平和で安全な世界の実現を目指して、現実的かつ着実な核軍縮努力を積み重ねていくことが重要であると考える。

七の1及び2について

 御指摘の「世論調査」が何を指すのか明らかではないため、お尋ねについてお答えすることは困難である。

  

 辺見さんが(2016/05/30)の日録で言及している、「加藤典洋はそうコメントしたそうな。」関連の記事。

オバマ氏広島訪問 歓迎の一方で「日本は米国に謝罪求めるべき」の声も
dot. 2016年5月27日 07時00分 (2016年5月27日 15時52分 更新)
http://www.excite.co.jp/News/politics_g/20160527/asahi_2016052500293.html

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核廃絶の理想を形に…(※イメージ)

 7年の歳月をかけ、核廃絶の理想を形にしようとするオバマ米大統領。一方、被爆国・日本の政府は、当事者意識が乏しかったのではないか。

「国内ではオバマ訪問に反対するデモもあったのに、勇気を持って来てくれた」と話すのは同地に住む相川知子さん(49)。出身地の広島市から委嘱され「ひろしま平和大使」を務める。現地の人に折り鶴の作り方などを教えながら、原爆被害の実態を伝えている。

 日米両政府は、伊勢志摩サミット後の5月27日、オバマ氏が広島を訪れると発表した。原爆を投下した国の現職大統領が初めて、被爆地に立つ。相川さんはそのニュースに希望を感じた。

「私たちにとって大切なのは、みんなが一緒に平和を築くこと。オバマさんの広島訪問を未来の平和への一歩にしてほしい」

 オバマ氏は広島平和記念資料館を見学し、慰霊碑に献花する計画とされる。安倍晋三首相も同行し、オバマ氏は2009年のプラハ演説で訴えた「核兵器なき世界」に取り組む決意を再確認する声明を出す。安倍氏は、「大統領が広島の被爆の実相に触れ、その思いを世界に発信することは、核兵器のない世界に向け大きな力になる」と語った。

 ただ、市民への原爆投下という非人道的行為に対して、オバマ氏は謝罪しない方針という。

 米政府の広島訪問決断にあたり、日本政府は「米側が決めること」(菅義偉官房長官)と受け身の姿勢を貫いた。米政府は、米世論が今回の訪問を「謝罪」と受け止め、反発することを警戒していた。

http://www.excite.co.jp/News/politics_g/20160527/asahi_2016052500293.html?_p=2
日本政府は静かに見守ることで、決断を支えた。

 原爆投下に対する謝罪を求めないことは、戦後日本の一貫した態度といえる。15年8月、安倍政権は民主党(当時)議員の質問主意書に答える形で、米国に謝罪を求めない方針を示した答弁書を閣議決定している。

「国民である被爆者の尊厳を守ることは政府の責務。だからこそ、日本政府は米国に謝罪を求めなければならない」

 戦後日本のあり方に関する論考が多数ある文芸評論家の加藤典洋氏はそう指摘する。謝罪要求をテコに日本政府が大統領の被爆地訪問を促すなど、主体的に外交をリードできる可能性もあったと加藤氏はみるが、

「被爆国であることに立脚して平和を武器に向かうという外交のカードを、最初から捨てていた。全くの傍観者だった。これまでの日米関係で、日本が独自の外交哲学を持たずにきたことの表れではないか」

(アエラ編集部)

※AERA 2016年5月23日号より抜粋

  

 以下、辺見さんが2016/05/29のエントリで言及している記事。

オバマ氏「実は折り鶴を持ってきました」 原爆資料館で
岡本玄、宮崎園子、平井良和
2016年5月28日21時00分
http://www.asahi.com/articles/ASJ5X4TBKJ5XPTIL00Q.html

As20160527004722_comm オバマ米大統領から贈られた折り鶴=27日午後8時46分、広島市中区、高橋雄大撮影


As20160528002611_comm 平和記念資料館を出るオバマ米大統領(左から2人目)=27日午後5時36分、広島市中区、代表撮影


 被爆地・広島を訪れたオバマ米大統領は、「サプライズ」の贈り物を残した。大統領手作りのカラフルな4羽の折り鶴。原爆投下の10年後、白血病で亡くなった少女にまつわる「平和のシンボル」だ。核廃絶の願いを世界へ広げようと、託された広島平和記念資料館(原爆資料館)は公開の準備を始める。週末の28日、館内は修学旅行生らで混み合った。

 オバマ氏「核なき世界、追求する勇気を」 決意新たに
 特集:オバマ米大統領、広島へ

 オバマ大統領は27日夕、広島到着後すぐに原爆資料館を見学した。同行者らによると、オバマ氏は約5分間、数点の展示資料と向き合い、岸田文雄外相の説明に熱心にうなずいた。なかでも関心を示したのが、佐々木禎子さんの折り鶴。アクリルケースを特別に外すと、オバマ氏は顔を近づけてじっと見ていたという。

 「実は折り鶴を持ってきました」。オバマ氏が突然そう切り出すと、随行スタッフがトレーに載せて運んできた。梅や桜の花が彩る和紙を丁寧に折り、「少し手伝ってもらったけれど、私が作りました」。白と淡いピンクの2羽を小中学生2人に1羽ずつ手渡した。

  

 以下、辺見さんが2016/05/29のエントリで言及している映画を2本。まず新藤兼人監督の『原爆の子』ですが、劇団民藝の俳優が総出演、演技派の役者がそろっていて完成度が高く見応えのある映画です。削除されても見られるように対処

原爆の子 Gembaku no ko, Children of Hiroshima (1952) director Kaneto Shindo (English Subtitles)
pavel .koshukov
https://youtu.be/jwJQSyXfOP0

2015/08/06 に公開

追記始め
Sサーバーにアップ ←4sharedに保存。PCならクリックし頁が変わり待つと自動的に再生(行きなり再生するとストップだらけ、少し停止させダウンロードの時間を取った方がスムースに視聴可)、ipadならタップするだけで4sharedのAppが開き再生(ただし、初めて 4sharedを使う人の場合、「購入」と出ますが、4sharedは無料Appなのでここでの購入はipad用語で単にダウンロード)。
追記終わり

DVDで見たい方は⇒『原爆の子 DVD

YouTube頁では、英語以外に、仏露葡羅など計5ヶ国語の字幕対応(At YouTube page, subtitles is 5, such as English, France, Russia, Portuguese, Romanian. )

データ:子役、太郎君役・伊東隆君の名演技にも感心(例えば1時間15分23秒の所から)。その後俳優になったのか調べるも分からず。以下データは「映画時光」さんからこちらも

監督・脚本   新藤兼人
原作      長田新篇
製作      吉村公三郎
共同製作    山田典吾
撮影      伊藤武夫
美術      丸茂孝
音楽      伊福部昭

出演:
石川孝子    乙羽信子
母せつ     細川ちか子
父利明     清水将夫
森川夏江    斎藤美和
夏江の夫    下元勉
岩吉爺さん   滝沢修
おとよ婆さん  北林谷栄
太郎      伊東隆
木島浩造    寺島雄作
妻おいね    英百合子
三平      (現地少年)
芳夫      (現地少年)
父早吉     伊達信
母千代     高野由美
労働者風の男  多々良純
教会員     小夜福子
孝司      宇野重吉
船長      殿山泰司
馬喰      東野英治郎
咲枝      奈良岡朋子
長屋の男    大滝秀治
医者      芦田伸介
お産を告げにくる男  柳谷寛
佐々木すみ江
原ひさ子

 

 以下、関川秀雄監督の『ひろしま』ですが、元映像どおり1時間44分で終わり。アップした人の編集ミスなのか、そこからまた最初から始まり途中の46分47秒の所まで再度再生してます。元々1時間44分の映画です。
 27分あたりから始まる原爆投下直後の描写と、その後に続く破壊された街と被爆者の描写、それが53分あたりまで延々と続きます。映画の出来としては『原爆の子』の方が上。

ひろしま
Sonure
https://youtu.be/a4MZXjgWARw

2015/09/10 に公開

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