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2017年1月12日 (木)

日本ニュース 戦争証言アーカイブス 第181号(1943年11月)〜第200号(1944年3月)

 特に戦前の日本ニュースは、大本営発表で検閲済み国策映像。ただし、それはそれで当時の空気を想像・実感するのに役立つ貴重な資料映像です。すべてリンクと再生テキストを資料保存しておきました。なおリンク先ではすべて映像を見ることができます

 

日本ニュース 戦争証言アーカイブス
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi

日本ニュース一覧
「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。制作したのは、「日本映画社」(※)で、1940年にそれまで4つに分かれていた新聞社や通信社のニュース映画部門を国策により統合したものです。
戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。「戦争証言アーカイブス」では、1940年(昭和15年)の第1号から、戦後も含め、1948年末までのものを公開しています。

※(1941年5月までの会社名は「日本ニュース映画社」)
※日本ニュース戦後編の再生テキストは、国立歴史民俗博物館の協力で作成しています。

 

日本ニュース 第181号(1943年11月)9分25秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300566_00000&seg_number=003

大東亜建設譜       02:38
ジャワ<大東亜建設譜>  01:11
セレベス<大東亜建設譜> 01:25
ビルマ<大東亜建設譜>  00:11
マライ<大東亜建設譜>  03:44

大東亜建設譜       02:38
新しきアジア建設のための総言論戦を議する大東亜新聞大会はアジア6か国および7つの地域の新聞代表85名を迎えて、11月17日東京都に開催され、劈頭(へきとう)、天羽情報局総裁は次のごとく挨拶いたしました。

≪天羽情報局総裁≫
「我が東亜人は彼等(かれら)米英の(音声中断)の勢力を通信報道の上においても完全に(音声中断)東亜の事実は東亜人の手によって報道せられ、東亜人の主張は直接東亜人によって東亜に、そして世界に伝えられ、また外国の報道も東亜人の目をもって見たもの、東亜人の手によって集められたものが新聞に掲載され、東亜の各方面に伝えられることころとなり、ここに初めて完全な東亜人の手による東亜の新聞を持つことができたのであります。」

翌第2日、日本代表緒方竹虎氏立って、挨拶を行いました。

<緒方竹虎氏>
「全国54の新聞が今日、米英撃滅の思想戦に邁進(まいしん)しておるのであります。今や東亜の興亡を賭する大東亜戦争を戦うにあたり、親愛なる大東亜の新聞代表諸君、我々は深く自ら新聞に(音声中断)その責任とを自覚いたしまして、世界の正義のため、大東亜100年のために忠勇なる陸海の戦士と同じく前線に立ち、静観をしせざる態(てい)の覚悟を頼むべきではありませんか。」

ジャワ<大東亜建設譜>  01:11
新ジャワ建設に巨歩を進める第1回中央参議院はジャワ5000万民衆の歓呼と期待のうちに10月15日、召集されました。この日、43名の参議は威儀(いぎ)を正して、軍司令官官邸に参集。陸軍最高指揮官臨席のもとに、厳かに宣誓式を挙行いたしました。
かくて、帝国の道義的方針に基づくジャワ原住民政治参与はここに出現。現地住民の一切を挙げて、戦争完遂に捧(ささ)げることになったのであります。
この光栄と栄誉に対し、全ジャワ民衆を代表して謝意を表するため、中央参議院議長スカルノ氏の一行は11月13日、空路羽田着。15日、東條首相を官邸に訪問。来朝の挨拶を行った後、種々懇談を遂げました。

セレベス<大東亜建設譜> 01:25
土木事業にかけては自他ともに許していたオランダ人が幾度か計画しながらも、ついに実現し得なかったセレベス島の南北を結ぶ一大道路が、今、日本の指導によって着々と進められています。
悪疫(あくえき)の巣窟(そうくつ)、大密林も、延々と続く岩石の谷も、力強い建設の歩みを阻む事は出来ない。終始陣頭にあって敢闘する我が指導者の熱意に導かれて、住民たちも今は勤労の汗の尊さを知り、挺身(ていしん)協力を続けている。
かくて、さしもの難事業も予想外の進捗ぶりを示し、ここセレベスの奥地にたくましい共栄の喜びが染み渡ってゆく日も、遠くはないことでしょう。

ビルマ<大東亜建設譜>  00:11
(音声中断)に揺らぐ細明かりは、いっそう戦う国、ビルマの決意を示して、力強くもまた美しいものであります。

マライ<大東亜建設譜>  03:44
思えば一昨年12月8日、タイ領シンゴラに上陸せる皇軍を阻んで、マライ作戦最初の激戦が行われたジットラの戦跡。今なお英軍の敗戦の面影をとどめるケダー州に我が軍政が敷かれてより1年8か月、ここに住む東亜人の生活よ安かれと、我が治世は温かく、産業、文化の進展も目覚ましいものがあったのであります。

紛争は(音声中断)。

住民生活のうちに深く注がれて、あるときは水田に日本式稲作の方法を教え、巡視の際には車を停めて住民の手のひらを調べ、まめの多い者、よく働いた者へ手ずから褒美を与えるなど、住民は心からその情けになつき、英領時代には思いもよらぬ指導者の熱い心を初めて知ったのであります。
東亜共栄の大いなる理想は34年前、この土地をイギリスに強奪されたタイ国へ再び編入することとなり、去る8月20日、日タイ間に条約が結ばれたのであります。日本の統治より離れて、新しくタイ国に入る住民たちは、長官とのお別れに際し、いじらしいはなむけとして子どもたちの習い覚えた舞踊を、長官の前に捧(ささ)げたのであります。見守る長官の感慨はどのように深く、住民の母の胸もどのように痛んだことでしょう。
10月18日、軍政終止の日、アロスターのケダー州政庁において、日本側助川長官、タイ国側ガモン少将との間に引き渡し調印式が行われました。
引き続き、政庁前広場において日本軍政終止告別式が行われ、助川長官は原住民を前に「明日よりは新しきタイ領となるも、君たちの東亜人たることに変わりはない。我々は共々、東亜共栄の楽土建設にいよいよ邁進(まいしん)せねばならない」と、切々たる別れの訓示を行いました。

8月20日の日タイ条約はシャン連藩の2州とともに、マライのケランタン、トレンガヌ、ケダー、ペルリスの4州を新たにタイ国領土に加えることを約したのであります。軍政終止式の行われたその翌日、タイ国国軍は車両を連ねて新しき領土に進駐し、東亜共栄の諸国家、諸民族の結集体制はここにいよいよ強化され、米英の乱発する有名無実の諸条約を尻目に、我が大いなる共栄の理想は着々その成果を挙げていくのであります。

 

日本ニュース 第182号(1943年11月)8分12秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300567_00000&seg_number=003

戰う哨戒機           02:32
大陸戦線 どろ海と戦う中国作戦 02:55
米機盲爆            00:31
空襲は必至だ!!食料挺身隊の炊き出し訓練 02:12

戰う哨戒機           02:32
(音声中断)

大陸戦線 どろ海と戦う中国作戦 02:55
(音声中断)

米機盲爆            00:31
(音声中断)

空襲は必至だ!!食料挺身隊の炊き出し訓練 02:12
(音声中断)

 

1943年12月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=194312

日本ニュース 第183号(1943年12月)10分59秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300568_00000&seg_number=001

北方航空基地警戒続く<決戦第三年航空決戦> 03:43
南海に活躍の新鋭海軍機<決戦第三年航空決戦> 01:05
第六次ブ島沖航空戦戦果発表<決戦第三年航空決戦> 03:06
ビルマ反攻の連合軍基地を爆撃<決戦第三年航空決戦> 02:59

北方航空基地警戒続く<決戦第三年航空決戦> 03:43
≪字幕テロップ≫
「決戦第三年 航空決戦 日を追うて 熾烈なり 仰げ荒鷲」

我等(われら)ここに決戦第三年を迎う。開戦以来、皇軍の善謀勇戦、よく大東亜に必勝不敗の体制を確立せり。されば、過去2か年の敗戦にあえぐ米英は膨大なる生産力を頼み、戦史未曽有の消耗も顧みず、北、西、南の三方より遮二無(しゃにむ)の反攻に出づ。分けても皇軍のアッツ玉砕、キスカ転進以来、敵は北方よりする本土爆撃の野望に燃え、虎視眈々(たんたん)その機をうかがうあり。

波荒き北海の果て、黒雲低く乱れ飛ぶ北方第一線基地には、すでに極寒と吹雪が訪れている。我が海の荒鷲たちはエンジンも凍てつく猛烈な烈風と激しい気象の変化を克服しながら、終始黙々として厳然、第一線の護りについているのだ。
万物全て凍てつく荒野に、出動寸前、捕らえた野生の狐とたわむれる勇士たち。南方洋上における相次ぐ戦果をよそに、北方の勇士たちは、隙あらば本土をうかがわんとする執拗(しつよう)な敵機に備え、連日、針のような神経を以(も)て、監視にあるいは哨戒に奮闘を続けている。

南海に活躍の新鋭海軍機<決戦第三年航空決戦> 01:05
猛烈なる南海の太陽のもと、初めて覆面を脱いだ我が海軍新鋭機、苛烈(かれつ)なる航空撃滅戦の連続に、明けては暮れるソロモン方面にその快速を利して敵陣上空に羽ばたく。
思えば一億涙をのんで復讐を誓ったツラギ、ガダルカナル、ムンダの敵航空基地、眼下にあり。我が偵察、索敵の網は密にして漏らさず。

第六次ブ島沖航空戦戦果発表<決戦第三年航空決戦> 03:06
我が重要拠点ラバウル奪還を呼号して、アメリカが挑む不敵極まる機動部隊の進攻作戦も、我が俊敏なる索敵と豪放なる雷撃は、ブーゲンビル島沖にこれを迎え、6度これに痛打を与えた。有力なる「機動部隊北上中なり」との無電に接し、第○次のブーゲンビル島沖航空戦に勇躍出動せんとする我が雷撃隊の勇姿。護国の興廃、我等(われら)が双肩にあり。生還、もとより期せず。敵必殺の決意はその眉宇(びう)にあふれる。強烈無比の我が魚雷。この魚雷が数刻の後、敵艦の腹をぶち貫いたのだ。いざ行け、成功を祈る。かくして未だ戦史に見ざる大戦果を打ち立てた航空戦の火蓋(ひぶた)は切って落とされた。

≪大本営海軍部 矢野報道部長≫
「大本営発表。昭和18年12月5日15時。帝国海軍航空部隊は12月3日夕刻、ブーゲンビル島南方海面において、敵機動部隊を捕捉攻撃し、その戦果を得たり。
航空母艦3隻撃沈、うち2隻轟沈。戦艦もしくは大型巡洋艦1隻撃沈。大型巡洋艦1隻撃沈。戦艦1隻撃破、大破炎上。大型巡洋艦1隻撃破、撃沈おおむね確実。駆逐艦1隻撃破、撃沈おおむね確実。我が方の損害、未帰還10機。
註。本航空戦を『第六次ブーゲンビル島沖航空戦』と呼称す。」

この暴戻なる機動部隊に呼応して、連戦連敗の痛手に懲りず、数で押し切らんとするアメリカは10月から11月にかけて100機、200機の大編隊で我がラバウルに来襲した。好餌(こうじ)ござんなれ。一撃201機撃墜の大記録も含めて、我が不屈の戦闘精神は益々高揚されている。

ビルマ反攻の連合軍基地を爆撃<決戦第三年航空決戦> 02:59
さらに、ビルマ、インド国境地区、インパール、パレル、シルチアの各基地に一大航空兵力を結集中の米英は、空陸をあげて緬印国境よりの侵入を呼号す。かくて、ビルマ戦線また異常なる緊張裡にあり。東インド、シルチア飛行場に敵新鋭機結集中との報、至る。満を持していた我が陸軍航空部隊は時こそ来れ、この敵断固撃つべしと、雨期明けの緬印国境を舞台に縦横の活動を開始した。
見よ、アラカンの峻険(しゅんけん)をはるか眼下に、白雲縫って爆進する我が大編隊のたくましき羽ばたきを。さらに聞け、轟々(ごうごう)の爆音。我が荒鷲必勝の雄叫びを。今や戦局の鍵はかかって航空戦にあり。この時にあたり、南に北に、またビルマ戦線に、大空を紅に染めて天翔る我が荒鷲の尽忠、また何にか例うべき。決戦第三年。一億国民、今こそ仰げ、我が荒鷲の威武。

(航空戦の様子)

 

日本ニュース 第184号(1943年12月)11分18秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300569_00000&seg_number=002

大元帥陛下 陸軍予科士官学校 行幸 02:30
広九鉄道沿線 討伐戦<陸の精兵大陸戦線> 01:46
重慶軍拠点 常徳を占領<陸の精兵大陸戦線> 02:36
続け陸軍少年兵           04:20

大元帥陛下 陸軍予科士官学校 行幸 02:30
かしこくも大元帥陛下には9日、陸軍予科士官学校に初の聖駕(せいが)を進め給い、ここ武蔵野の一角、陸の精強育成の地に、振武台(しんぶだい)の名称を賜(たまわ)る旨、御沙汰あらせらる。
決戦下、特に国軍中堅幹部の訓育養成の上にそそがせたもう大御心(おおみこころ)を拝したてまつり、同校職員生徒はもとより、全軍挙げて聖慮のほどに感泣。大前に、日頃練りに練りたる武技の数々を展開。大元帥陛下の股肱(ここう)の臣として、尽忠の誠を捧(ささ)げ奉らん決意を新たにしたのであります。

(武技の様子)

広九鉄道沿線 討伐戦<陸の精兵大陸戦線> 01:46
我が香港占領地防衛軍ならびに南支軍は、緊密なる連絡のもとに去る11月11日以来、広九鉄道沿線に盤踞(ばんきょ)せる重慶軍および共産匪(きょうさんひ)に対し、疾風迅雷の粛正作戦を展開。たちまちこれを殲滅(せんめつ)して、同鉄道沿線一帯の治安を確立いたしました。南支の一大動脈として枢要な働きを続けて来た全線160キロに渡るこの広九鉄道は、皇軍の潮のごとき南支進撃が始まるや、狼狽(ろうばい)せる敵軍によっていち早く破壊され、沿線一帯の電線もまたことごとく切断されたのであります。沿線住民はこの重要なる幹線の復旧が、ひいては南支民生繁栄にいかに大きな意義を有するかを了解するとともに、皇軍の今次粛正作戦の真意も徹底して、今や数千の住民は全力を挙げてその復旧作業に積極的に参加し来たっています。

重慶軍拠点 常徳を占領<陸の精兵大陸戦線> 02:36
(音声中断)以後、武漢周辺地区にわずかに残されていた敵の最後の重要拠点、常徳を中心とする重慶防衛の第一線を断固覆滅すべく、11月2日一大進攻作戦を開始した中支方面軍の精鋭は、敵の頑強なる抵抗を排除し、11月26日早くも常徳陥落寸前に迫る。

(常徳攻撃の様子)

同30日、城内に殺到せる各部隊は一斉に総攻撃を展開。行き詰まる死闘の後、12月3日常徳を完全に攻略。ここに抗戦意識と最大の戦力を結集して、難攻不落を豪語した敵防衛の中枢、第六戦区の牙城(がじょう)もあえなく潰(つい)え去ったのであります。総攻撃開始以来わずかに8日間、城内の敵第57師、第63師の約1万5千の兵力はわずか1千に壊滅。しかもそのことごとくが白旗を掲げて我が軍門に下ったのであります。
かくてこの第六戦区の覆滅により敵側に与えた打撃は軍事上のみならず、政治経済上にも計り知れないものがあります。

続け陸軍少年兵           04:20
陸軍の少年兵総出動のもと、戦時下若人の雄たけびも高らかに、続け、陸軍少年兵。少国民総決起大会は12月11日から全国に先駆けて東京都にその勇壮なる練武の絵巻を繰り広げました。富士山ろくからはるばると帝都入りをした少年戦車兵部隊、堂々の行進を迎えて、少国民の歓呼は爆発。
憧れの戦車に、我先にと群れ集う学童たち。母校を戦車に乗って訪れた少年兵は後輩の真剣な質問に答え、我に続けと強く教える。

≪少年兵≫
「少年兵は誰でも合格することができる。普通の体であれば、誰でも合格することができる。少しぐらいの体の欠陥があっても、それは入校してから上官や、上官どのや、それからあの、人々のお力によって立派な体になることができる。それよりも、生命を最後の日まで生き抜いてやまないという闘魂。その闘魂があれば必ず少年兵は合格する。わかったか?」

<学童たち>
「はいっ。」

大会第2日、代々木原頭狭しと少年戦車兵、通信兵、飛行兵、防空兵が空陸連合の一大攻防戦を繰り広げれば「僕たちももうすぐ少年兵になるのだ」と十万少国民学徒の熱意はいよいよ高潮する。

(代々木練兵場での様子)

次いで、大会の掉尾(とうび)を飾り、北村大佐総指揮のもと、参加学徒100個小隊は大会総監山路少将の前に分列行進を行う。かくて、2日にわたって展開された陸の精兵、若武者たちの熱烈な闘魂を目の当たりにして、少国民の感銘は大きく、我も必ず兄等(けいら)の後に続かんとの、総決起の一念に燃え立ったのであります。

 

日本ニュース 第185号(1943年12月)7分31秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300570_00000&seg_number=001

怒江西岸 掃討作戦<戦う前線銃後> 01:32
敵襲に備えるラングーン対空陣<戦う前線銃後> 01:44
大阪女子防空監視隊<戦う前線銃後> 00:49
軍服を縫う女子挺身隊<戦う前線銃後> 01:02
女子も機械工へ<戦う前線銃後>   02:18

怒江西岸 掃討作戦<戦う前線銃後> 01:32
決戦まさに第三年を迎え、我等(われら)一億は今や前線も銃後も全てを挙げて最後の勝利を目指して戦っている。ここ雲南省怒江沿岸においても、我が前線部隊は敵の執拗(しつよう)なる総反抗の機先を制し、米英の手先に踊る重慶軍制圧に果敢な作戦を展開中である。乾期ようやく迫る高黎貢山脈を縫って、我が部隊は敵の渡河点をことごとく脱し、退路を扼(やく)され、対岸への脱出を焦る敵に対し、奇襲迂回作戦を敢行。一兵もあまさじと今や一大殲滅戦が続行されているのだ。かくて重慶軍の最精鋭、陳誠麾下の第36師もほとんど壊滅的打撃を被り、敵の呼号する反抗企図はここにもろくも挫折した。

敵襲に備えるラングーン対空陣<戦う前線銃後> 01:44
敵機だ。11月25日以来12月2日までわずか8日の間に、ラングーン上空に来襲せる敵機のみでも、のべ機数、実に250機。我が熾烈(しれつ)なる対空砲火の集中を受けて、狼狽(ろうばい)のあまりところ構わず爆弾を投下。無辜(むこ)のビルマ国人や学校、病院さえも傷つけて恥じぬ、鬼畜のごとき敵機のふるまいを見よ。この人道を無視せる敵機に、ビルマ国民の敵がい心は今やその極に達している。敵イギリスが誇る木製爆撃機モスキトーの残骸(ざんがい)。健気にもラングーン上空に初陣の姿を見せた、敵の新鋭機もかくのごとし。だが、心せよ国民。南太平洋にビルマに、敵の反抗は年とともにますます熾烈(しれつ)となってゆく。

大阪女子防空監視隊<戦う前線銃後> 00:49
敵の本土空襲は必至だ。防空の第一線へ、男子に代わって出陣した大阪の女子防空監視隊。女子特有の繊細な神経は立派に役立って、敵機の型、爆音の識別に、電話連絡に好成績をあげている。銃後空の護りの第一線は私たちだ。

軍服を縫う女子挺身隊<戦う前線銃後> 01:02
この身、今戦場にあり。東京藤倉○○工場に勤労作業を続ける、東京麹町地区の女子挺身(ていしん)隊。この挺身(ていしん)隊には良家の子女も進んで参加した。男のすべてが戦場に血みどろの戦いを繰り返しているとき、我等(われら)銃後女性のなすべきことは何か。愛国の熱情に燃えたぎる日本女性であれば、誰もが進むべき道、それは男子に代わって決戦増産への勤労への道である。

女子も機械工へ<戦う前線銃後>   02:18
さらに東京神田橋女子機械工補導所では、直接軍需工場に勤労の赤誠を捧(ささ)げんものと、若き乙女たちが油に染まって旋盤やフライス盤にとりつき、工作機械技術の習得に励んでいる。新しい時代が戦争とともにやって来た。こうして新たなる日本の女性美が工場の真っただ中から生まれてくるのだ。

≪教官≫
「…きれいに磨き仕上げる。その後に所定の寸法に、3/8のメジスタをもって穴を開け、さらにハップで3/8のネジをたてる。そして、これをばこの支柱にはめこむ。」

≪教官≫
「それじゃいかん。このように脚を広げてね、こうやって。わかった?」

<女性>
「わかりました。はい。」

敵米英では、すでに1300万の女性が生産に従事している。これに対し、日本女性の覚悟はよいか。前線で父が、兄が、そして弟が、船を、飛行機を送れと叫び続ける声をしっかり胸に、その持てる勤労のすべてを尽くして勝ち抜こうではないか。

 

日本ニュース 第186号(1943年12月)9分58秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300571_00000&seg_number=004

満洲大豆の収穫<共栄譜>   02:26
セレベス農民道場<共栄譜>  01:51
マニラ麻の生産<共栄譜>   02:20
農耕する狩猟原住民<共栄譜> 03:16

満洲大豆の収穫<共栄譜>   02:26
果てしない満洲の大平原に、見渡す限り大豆の実り。前線では日ごと夜ごとに悽愴な戦いが繰り広げられているとき、ともに戦う満洲国では戦う日本の食糧ならびに軍需品として大切なこの大豆の増産に懸命の努力を続けています。
収穫に励む満洲国農民の胸は、大きな誇りに輝いています。これらがやがて、戦いに全力を挙げている日本へと送られ、勝ち抜くための原動力として大きな役割を果たしているのであります。増産なった大豆は各地から続々運び出され、たちまち大豆の山が築かれて行きます。

セレベス農民道場<共栄譜>  01:51
世界に誇る農業日本の優れた技術と精神を若きセレベスの原住民に教え、食糧増産のよき指導者を養成するマリの農民道場。暁をついて、宿舎「八紘寮」を飛び出した若人たちの日課は直ちに始まる。やがてはセレベス農業の指導者となる彼等(かれら)は誠実、勤勉、奉公、努力、親和の道場訓をしっかと胸に、建設の喜びをしみじみ味わいながら、元気いっぱい開墾に、種まきに身を打ち込んでいます。未開の荒野も彼等(かれら)の努力によりたちまち見違えるような畑と変わってゆく。内地のそれと少しも変わらぬ野菜も、見事に実を結んでいます。こうして、戦いつつも建設を怠らない日本のたくましい歩みは、ここでも日一日と進められているのであります。

マニラ麻の生産<共栄譜>   02:20
麻といえばすぐ「マニラ麻」を思い出しますが、ここフィリピンのミンダナオ島はその産地として知られています。ダバオの町、これは日本人がつくり上げた町であります。今から40年の昔、かのベンゲット道路の難工事に招かれて立派にこれを成し遂げた日本人労働者たちは、その後、太田恭三郎氏に率いられてこの島に移り住み、麻の栽培に心血を注いだのであります。爾来(じらい)幾星霜、この間アメリカの不当なる圧迫に苦しみながらも、先覚者たちは比島人の美しい協力に励まされて営々の努力を続け、ついにこの麻の栽培を砂糖、やし油とともにフィリピンの三大重要産業のひとつにまで育て上げたのであります。今やミンダナオ島の住民たちはアメリカの虐政の思い出も遠く、我が先覚者たちに植え付けられた勤労の精神を立派に受け継ぎ、前にも増して麻の生産に励んでいます。

(麻の生産、加工の様子)

農耕する狩猟原住民<共栄譜> 03:16
ジャングル、またジャングル。千古不滅の密林がどこまでも続く、ここ濠州北方の○○島。皇軍とともにこの島深く分け入った報道班員のキャメラは、今まで神秘の幕に閉ざされていた原住民の生活を余すところなく伝えてきました。原住民にとって狩りは日々を生きるための大きな仕事であります。

(原住民の狩猟の様子)

果物の汁で顔を洗い、ビンのかけらでひげを剃るこれら原住民にも、次第に日本の力強い指導の手が差し伸べられて来ました。部落部落に皇軍来るの喜びを告げる太鼓やほら貝が鳴り渡ります。皇軍に恭順を申し出た白人の通訳が、日本の真意を彼等(かれら)に熱心に説き明かします。彼等(かれら)はかくて大きな理想のもとに、働くことを覚えました。彼等(かれら)のささやかな営みのための火の発見が森林を焼き払い、大いなる楽土実現の基地の建設に役立つことを学んだ彼等(かれら)は、力の限り皇軍に協力。勤労の喜びを味わっています。かくてこの未開の島も、今や力強い歩みを踏み出だしたのであります。

 

日本ニュース 第187号(1943年12月)8分6秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300572_00000&seg_number=002

決戦第三年         00:35
陸海荒鷲 カルカッタ爆撃行 07:28

決戦第三年         00:35
≪字幕テロップ≫
「決戦第三年
洋上雷雲低く乱れ飛ぶとも、誓って米英撃滅の大業に邁進せん
東海の日出づる国に生を享けし吾等、幸いなる哉
皇紀二千六百四年」

陸海荒鷲 カルカッタ爆撃行 07:28
帝国陸海軍航空部隊の精鋭は緊密なる共同のもとに12月5日、インドの敵要衝カルカッタに対し豪快なる爆撃行を敢行す。このたびの空襲は米英が西南太平洋方面と呼応して一挙にビルマを奪回せんものと、営々としてこの地に集積した軍事資材を徹底的に覆滅せんとして行われたものである。この日、戦爆連合海鷲の大編隊は久方ぶりのカルカッタ爆撃に勇躍、基地を出発。快晴に恵まれ、絶好の飛行日和である。
カルカッタ上空。ハリケーン我に挑戦せるもこれを一蹴(いっしゅう)。全弾は見事に目標に吸い込まれてゆく。かくて我が軍はキタポール・ドック、および付近の軍事倉庫6か所を爆破炎上、輸送船4隻撃破炎上、撃墜19機の大戦果を挙げ、完全に敵の企図を覆滅したのであります。
敵状偵察を終えて帰った、我が偵察機。海鷲の奇襲攻撃に間髪(かんぱつ)を入れず、この日、陸軍航空部隊もまた戦爆連合の大編隊をもってカルカッタ上空に進攻す。

(出撃の様子)

金色に輝くパゴタをはるか眼下に、一路カルカッタ目指して殺到してゆく。

(出撃の様子)

アラカンの険を乗り越え、白雲縫って堂々と鵬翼をはる、我が陸鷲の威容。
ついに、目指す敵上空に達す。たちまち上がる敵高射砲の弾幕。満々たる闘志漲(みなぎ)る我が陸鷲は、敵戦闘機対空砲火の真っただ中を敢然、目標目指して突っ込んでゆく。
我が必中弾を受けた敵機の末路。狼狽(ろうばい)の極、なすすべを知らぬ敵の混乱を尻目に、我が荒鷲は全弾を投下。正確なる我が爆撃を受けた敵軍事施設は、たちまち濛々(もうもう)たる火炎に包まれてゆく。かつて敵がビルマ奪還の前進基地と定むカルカッタに対し、徹底的に痛打を浴びせた陸の荒鷲は、凱歌(がいか)高らかに勇躍帰途につく。あかねさす夕空のかなたより我が僚機は一機、また一機とその勇姿を現した。
こうして日ごとに苛烈(かれつ)となってゆく空の決戦に、今日もまた我が荒鷲は戦い勝ったのだ。

 

1944年1月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19441

日本ニュース 第188号(1944年1月)7分39秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300316_00000&seg_number=001

寺内南方軍総司令官ジャワ視察 02:00
密林をゆく歩兵部隊      01:51
献金による海防艦進水式    00:58
満州国軍騎兵隊の訓練     01:16
満州国軍航空隊の訓練     01:32

寺内南方軍総司令官ジャワ視察 02:00
南方方面陸軍最高指揮官寺内元帥は、一日、原住民の歓迎裡(り)に着々建設の途上にあるジャワを視察。在島部隊並びに聖戦に傷ついた勇士に温かい激励と慰問を与えたのち、バンドン郊外のジャワ作戦記念館に往時の激戦の跡をしのぶ。
ついでアジア民族芸術の金字塔、ポロブドールの仏跡を訪ねました。
さらに我等(われら)の元帥は敵機の跳梁(ちょうりょう)する最前線を視察。決戦第3年を迎えて、悠揚迫らざる元帥の叡智(えいち)に接した第一線部隊の意気はますます上がったのであります。

密林をゆく歩兵部隊      01:51
ジャングルの頭上をかすめて、きょうもまた憎い敵機が爆弾の雨を降らす、ここ南太平洋戦線。この傍若無人の反攻に対して、歯を食いしばって戦い抜く忠勇なる将兵は、銃後の我等(われら)が一隻でも、一機でも多く、船を、飛行機を、この前線に送る日を心に期して、黙々と戦っているのだ。前線も銃後も、今こそ一つになって戦う必勝の年である。

献金による海防艦進水式    00:58
一艦を失えば、我等(われら)十の軍艦を奉れ。愛国の赤誠(せきせい)が民一億の真心を沸々とたぎらせて、建艦献金が海軍に寄せられてから一年有余。その初の結晶たる報国海防艦が関西方面の造船所において建造されました。うち続く大消耗戦に備えよ。所長の振る銀の斧一閃(いっせん)、国土防衛の重任に就く新鋭艦は力強く進水しました。

満州国軍騎兵隊の訓練     01:16
小粒ながらも強靱(きょうじん)無類の馬にまたがり、遠く地平線を睨(にら)む満州国軍興安(こうあん)騎兵隊。命令一下(いっか)、砂塵(さじん)を蹴(け)って疾走すれば、既に鞍上(あんじょう)人なく鞍下(あんか)馬なし。
かのジンギスカンの昔より、同じアジアの血につながる伝統をそのまま、国軍の勇士たちは興安嶺(こうあんれい)の荒野を疾駆しつつ、不撓不屈(ふとうふくつ)の鍛練を積んでいます。

満州国軍航空隊の訓練     01:32
建国以来、いまだ歴史浅しとはいえ、国土防衛に若き熱情は近代航空兵力の運用を早くも学び取り、満州国軍航空隊の威容(いよう)はアジアの北辺に抜くべからざる強力な力を備えているのであります。かく古きを温め、新しきに就(つ)く満州国軍は、日増しにその威武を高めつつ、日満一体、大東亜の守りに挺身(ていしん)しているのであります。

 

日本ニュース 第189号(1944年1月)9分1秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300317_00000&seg_number=001

大元帥陛下親臨陸軍始観兵式 03:41
戦機動く ビルマ戦線    05:20

大元帥陛下親臨陸軍始観兵式 03:41
大東亜戦争下、三度迎える陸軍始観兵式は、かしこくも大元帥陛下の親臨を仰ぎ奉り、1月8日、代々木練兵場において、いとも厳粛に執り行われました。大元帥陛下には代々木原頭(げんとう)を圧して、粛然と整列する数万の陸の精鋭部隊を親しく御閲兵あそばさる。
ついで陛下には御愛馬を玉座前に進めたまい、諸兵の勇壮なる分列式(ぶんれつしき)を見そなわせたもう。陸軍士官学校生徒隊を先頭に、軍装もひときわ凛々(りり)しい出陣学徒を加えて、1隊、また1隊、整然たる隊伍(たいご)は御馬前を進みに進む。武勇の誉れ、武人の栄誉、勇士らの頬(ほほ)ははり裂けんばかりの感激に満ちて、尽忠の決意をいよいよ固く誓い奉ったのであります。

戦機動く ビルマ戦線    05:20
戦機動く。ビルマの空は紺碧(こんぺき)に晴れ、空に、陸に、戦機動く。目指すインドに敵反枢軸軍はビルマ奪還を呼号して戦備に狂奔している。されど我が備えもまた万全。ビルマとインドの国境に不敗の態勢を整えているのだ。糧秣(りょうまつ)輸送に力を合わせるビルマ人。彼らの姿にみなぎる力は、前線の戦力をいや増す共栄の力だ。
人里離れた国境に、戦いの機を練る皇軍の辛苦は絶大である。ここもまた、南海第一線と等しく、空との戦い、ジャングルとの戦い、そして不足を忍ぶ補給の戦いである。陸の精鋭の労苦を思い、健闘を祈るや切である。
 東亜にあるインド同胞は300万。今、選ばれて出陣の栄を担う。君たちインド国民軍の責務や大である。1月7日、スバス・チャンドラ・ボース氏は、自由インド仮政府を率いてビルマに進んだ。彼は断言した。今日の独立運動こそは、インドの歴史における最後の独立運動であると。アジアの民は君たちの戦果に期待している。デリーへ、デリーへ。インド国民軍は進撃を開始した。

 小癪にも敵空軍、ビルマの空を窺(うかが)う。来たらば来たれ。我が地上砲火は猛然とこれを邀撃。たちまち1機は空中に分解。白煙を吐いて撃墜されました。彼らの言う「敵に与えた大損害」とは、かくのごときものである。

我が陸軍航空部隊は敵空軍インドの基地、チッタゴンに猛襲を加えるべく、戦爆連合の大編隊をもって、勇躍、基地を進発。
美しくも雄大なる南の雲かな。
チッタゴン上空に進入。狼狽(ろうばい)せる敵は戦闘機と卑劣なる地上砲火によって応戦に努む。見よ、敵機撃墜。我が爆撃機は敵軍事施設を爆砕。全機悠々、帰還の途につく。しかも敵防御砲火のいかに激しかったことか。数多の弾痕をとどめて勝利の翼は一死報国の決意を我等(われら)に伝えているではないか。

 

日本ニュース 第190号(1944年1月)8分45秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300318_00000&seg_number=001

三笠宮殿下 前線より御帰還 02:04
海の強兵 横須賀海軍観兵式 01:38
洋上を行く機動部隊     00:49
訓練励む予科練習生     04:12

三笠宮殿下 前線より御帰還 02:04
かしこくも三笠宮殿下には、金枝玉葉(きんしぎょくよう)の御身をもって満1か年、支那(シナ)派遣軍参謀の御要職にあらせられましたが、1月14日、羽田飛行場に御着。めでたく帝都に御帰還あらせられました。
翌15日、殿下には大本営陸軍参謀として、初の御登庁をあそばされましたが、御精励のほど、拝すだにかしこき極みであります。
これより先、殿下にはかつての激戦の地、香港要塞を御巡視あらせられ、皇軍の勇戦奮闘の跡を親しく御視察あそばされました。
かく尊き御身をもって、日夜前線御指導の任に当たらせたもうた殿下の御姿を拝し、我等(われら)国民挙げて一層のご奉公を誓い奉るものであります

海の強兵 横須賀海軍観兵式 01:38
大軍艦旗の下、皇国必勝を誓う横須賀海軍観兵式は、1月15日、帝国海軍発祥のゆかりも深い同海兵団練兵場で盛大に挙行さる。豊田鎮守府長官、晴れの式場を圧して居並ぶ精鋭を閲すれば、海の強兵の胸は高鳴る。
ついで、輝く大軍艦旗を掲げ、歩武堂々の分列行進。皇国鎮護の大任や重し。海の強兵。決勝の気迫は既に敵を飲み、米英撃砕の決意を見よと、地軸を蹴(け)って行進する。誠に頼もしき限りでありました。

洋上を行く機動部隊     00:49
今や敵の反攻熾烈(しれつ)なり。されど、見よ、南に北に厳たる守りいや固く、帝国海軍堂々の出撃。

訓練励む予科練習生     04:12
国を思う道に二つはなかりけり 戦の庭に立つも立たぬも。
戦の庭に立つも立たぬも 銃後よ、懸命に励む銃後よ。一機でも多く、一刻も早く、飛行機を造れ。飛行機を送れ。我等(われら)はひたすらに大空目指し、一刻も早く飛び立つ決意だ。ここは海軍航空隊。折からの寒風もものかは、血のにじむ予科練習生の猛訓練である。
鍛えよ、肉体。研ぎ澄ませ、叡智(えいち)。学び取れ、技術。かくて空の戦いに、我等の精神力は敵を撃滅する。訓練、訓練、決戦は今だ。心は既に空にあり、予科練習生。
一機でも多く、一刻も早く、南へ北へ、若鷲の決意に続け。

 

日本ニュース 第191号(1944年1月)8分54秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300319_00000&seg_number=003

第84議会で東條首相の施政方針演説    03:34
女子青年団の戦力増強結集大会(東京)   02:21
撃墜された米爆撃機「B-24」(ビルマ) 01:20
自由インド仮政府首班ボース氏ビルマに到着 01:36

第84議会で東條首相の施政方針演説    03:34
第84議会の開会劈頭(へきとう)、東条首相、立って施政演説を行う。
<東條首相:
今や敵は焦っておるのであります、敵の焦っておる今こそ敵を徹底的に叩(たた)いて、これを破局に追込むに逸すべからざる好機であります。
既にこの邀撃(ようげき)作戦は展開せられておるのであります。しかしてこの間敵を邀撃する皇軍の威力をいよいよ偉大ならしむると共(とも)に、機を逸せず、来るべき攻撃作戦への切り替えを可能ならしむるものは、正に一億官民を挙げて一路邁進(まいしん)しつつある戦力、特に航空戦力の増強にあるのであります。今日前線に速かに優秀なる航空機を十分に供給し得るや否やは、正に現下の戦局の大勢を決し、今次の戦争の勝敗を決するものであります。大量の航空機を速かに生産する、すなわち、量と時とは航空戦力の増強の絶対的要求であります。国民勤労の強化につきましては政府と致しましては、量の増加、すなわち、人を待つということと質の向上、すなわち、生産効率の上昇につきあらゆる措置を講ずる所存であります。量の増加につきましては、国民動員の強化として、更に国民の負担を増大し、国民生活の上にも影響を及ぼすところ少からざるものがあるのでありまするが、政府は今後の苛烈(かれつ)なる戦局に対応し、強力にこれが実行に当たらんことを期しておるのであります。もとより国民諸君はこの緊急なる国家の要求に対し、欣然(きんぜん)としてこれに応ぜられるべきことを私は固く信じて疑わざるものであります。>(拍手)。

女子青年団の戦力増強結集大会(東京)   02:21
戦力の増強、わけても航空機増産のため、今、銃後の若き女性は隊伍(たいご)を組んで、続々増産の職場に挺身(ていしん)しつつある。だが女性の勤労への挺身は、単なる奉仕であってはならない。膨大な生産力を擁する米英を相手に戦いを続ける前線に、今こそ1機でも多くの飛行機を、一刻も早く送らねばならぬ。この重大責務を担う我等(われら)女性の決意を見よと、東京都下谷区女子青年団員2万は、1月23日、上野公園に戦力増強結集大会を開き、戦う職場へさらに積極的に挺身せんことを誓ったのであります。

臨場の東京都青少年団団長、大館(おおだて)都長官、激励の辞を送る。
<大館 都長官:
 戦局の帰趨(きすう)を決すべき重大なる年であり、一億総決起、総進軍の年であります。されば、国家活力の源泉たる青少年は、ことに率先挺身、1人残らず決戦配置につき、もって戦力の増強にこの総力を結集しなければなりません。すなわち諸氏の一挙手は、実にラバウルの空に続き、諸氏の一投足は、まさに大陸の荒野につながることに深く思いを致し、常住坐臥(じょうじゅうざが)、常に戦力の増強に精魂を傾倒して、もって皇国女性の真髄(しんずい)を発揚するに遺憾なからしむるべきであります。>
(団員女性宣誓・天皇陛下万歳~三唱)

撃墜された米爆撃機「B-24」(ビルマ) 01:20
ラングーン郊外に撃墜されたコンソリデーテッドB-24爆撃機。強固な装甲を施した中央部銃座。
尾部の大口径機関砲。この砲口から飛び出す弾丸が第一線の大空かけて連日我が将兵の血をすすり、この巨大な機体に満載された爆弾が無辜(むこ)の住民を傷つけているのだ。
落とされても、落とされても、なお執拗(しつよう)にやってくる敵機の搭乗員はいまだ若輩、あわただしく学窓を飛び出したばかりの兵士である。この不逞(ふてい)な敵機を、この搭乗員を、撃滅する武力を第一線将兵に与えるものは、銃後国民我等(われら)であることを銘記せよ。

自由インド仮政府首班ボース氏ビルマに到着 01:36
1月7日、自由インド仮政府首班、スバス・チャンドラ・ボース氏は、空路、ビルマに到着。日本とともにアジア解放の戦いに駒を進める。バーモ、ボースの両巨頭。ここ最前線ビルマに相対して、今や戦局の切り替え、必勝攻勢の時至る。
デリー進軍の日近きにあるを心に期して、粛然、首班の閲兵を受けるインド国民軍。
同日、首班はラクシュミ婦人部長らを帯同。バーモ国家代表を正式に訪問。仮政府のビルマ進出を祝福するバーモ首相と、ともに固く敵撃滅を誓い合う。本議会において東条首相重ねてインド解放に実力をもってする援助を惜しまずと、中外に闡明せる折から、ビルマ戦線にようやく戦機動く。

 

1944年2月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19442

日本ニュース 第192号(1944年2月)10分4秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300320_00000&seg_number=001

ラバウル 米機来襲と戦う基地 10:04

ラバウル 米機来襲と戦う基地 10:04
アリューシャン、支那(シナ)大陸、ビルマ、ニューギニア、ビスマルク、そしてギルバート諸島から、敵は我が本土を窺(うかが)っている。我が本土空襲を策している。しかし、敵が自らも認めるごとく、東京はあまりにも遠く離れている。緒戦において戦略的優位を失った敵は、遮二無二(しゃにむに)物量にものを言わす、飛石づたいの作戦を取った。その作戦の要に位する地点、すなわちラバウル。
赤道を越えた西南太平洋の1つの島。ニューブリテン島、ラバウルに、きょうも快晴の朝が訪れた。海の波、山の林が真上から照りつける太陽に美しくきらめく、静かな朝である。しかしこの静かな朝の大気のうちに、小やみなく哨戒を続ける友軍機の爆音が、ひとときたりともゆるがせにできぬラバウルの激しい緊張を物語っている。敵は昨年12月、マーカス岬についでグロッサー岬に上陸を行い、空から、地上から、ラバウル攻略に全力を挙げている。まさにラバウルは敵南洋から我が本土を守る最大の防塞である。その戦略的要点を守らんがために、我が勇士たちは自給自足の態勢を整えた。自給自足と一口に言う。しかし忘れてはならぬ。ここは最も激しい決戦の場である。今見る自給自足の態勢こそは、夜となく、昼とない敵機の空襲下勇士たちの忍苦に満ちた日常の一端であり、すべての補給はあげて敵撃滅の弾丸たらしめんとする、すさまじい覚悟である。しかもこの苛烈(かれつ)な航空決戦場に、我が荒鷲たちのなんの屈託もない顔を見よ。空ゆかば雲染むかばね。ただひたすらに敵機撃墜の念願のみ。
敵の空襲、熾烈(しれつ)の度を加えれば、我が出動回数もまた加わった。整備にいそしむ地上勤務員の労苦たるや、言葉に尽くしがたいものがある。さればラバウルの勇士たちに捧げよう。尽忠赤誠のただ一語。繰り返して忘るるなかれと言う。ここは航空決戦の場だ。夜ごと日ごと、我に数倍する敵を迎え撃って、海の荒鷲はいかに奮戦しているか。

 本年初頭以来、敵空軍はほとんど連日来襲。落とされても、落とされても、その数を増してきた。1月中の来襲敵機、約2500。我等(われら)、そのおよそ3割を撃墜。敵の乗員喪失は一千名を突破した。敵も必死だ。来襲は続く。

(無線通信士の会話)
来たらば来たれ、撃滅の好機。即座に我が戦闘機は舞い上がった。
友軍戦闘機に呼応して、高射砲陣地もまた邀撃(ようげき)態勢全し。敵は絶望的な損害を喫するであろう。
敵空軍はひたすらに量を頼む。爆弾の雨をもって我が船舶を襲い、補給線の一環を崩さんとする。されば我が船舶は巧妙な退避運動を開始。準備は成った。
敵機
巨大なるコンソリデーテッドB-24の編隊。後部機銃の一斉射撃により我が戦闘機の邀撃を逃れんとす。
敵機、かろうじて上空に侵入。得意の盲爆を開始した。
B-24、早くも遁走に移る。
爆撃機護衛の敵戦闘機との間に、彼我入り乱れての壮烈なる空中戦。
ロッキードP-38。
命中、見事命中。落ちよ、海底深く沈め、敵機。
1機、また1機。ラバウルの空に敵の野望は微塵(みじん)に砕け去る。
凱歌(がいか)を上げて荒鷲は帰る。前線の戦果に銃後よ、応えよ。1機でも多く、一刻も早く。

 

日本ニュース 第193号(1944年2月)9分12秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300321_00000&seg_number=003

旭川師団の冬季連合演習 03:13
海軍予備学生の訓練   01:37
ムッソリーニ統帥救出  04:21

旭川師団の冬季連合演習 03:13
不敵にも、我が領土南端に迫り来たった敵は、さらにまた神州北端を窺(うかが)わんと虎視眈々(たんたん)たるものがあり。忍びがたきを忍び、黙々として北辺の守りを固める旭川師団の精鋭は、極寒と積雪をついて、このほど冬季連合演習を行いました。白一色に覆われた延々130キロにあまる雪の進軍。近代的装備を施した北の精鋭は、山また山を乗り越えて、豪壮な雪中演習を展開。北鎮部隊の軒昂(けんこう)たる意気を示しました。
雪はいよいよ深く、馬もかんじきをつけての猛進撃。戦車も自動車も通わぬ雪の山道、将兵不屈の闘魂は見事大部隊の行軍に成功しました。
あらゆる辛苦に打ち克(か)ち、かく豪なる将兵ありてこそ、我が北辺の守り、いよいよ厳たるものがあります。

海軍予備学生の訓練   01:37
ああ、我等(われら)この軍艦旗の下に死なん。
海の精鋭の練磨も、また火のように激しい。昨年の秋、海軍予備学生として学窓より出陣した若人らのたくましき成長を見よ。南に北に、うち続く課題の苛烈(かれつ)さ。この厳粛なる事実を知ればこそ、これら若人は抑えがたき尽忠の熱情に決然、立ち上がったのだ。戦局いよいよ激化の度を加え、今また夷狄(いてき)、マーシャルに迫る。されど焦るにはあらず。深き憤りを胸に、黙々、ただ黙々と予備学生は最後の勝利に向かって鍛えている。

ムッソリーニ統帥救出  04:21
昨年7月、ムッソリーニ首相、バドリオの陰謀により桂冠(けいかん)。バドリオ政権は9月8日米英に降伏。兼ねて監禁中のムッソリーニ前首相を米英の手に引き渡さんとせり。ムッリーニ氏に危機迫る。時に、ヒットラー総統の厚き友情と信義は、電光石火ムッソリーニ統帥救援の手を差し伸べ、同12日、見事敵中に統帥を救出。世界を驚倒。米英をして呆然(ぼうぜん)たらしむ。
イタリー中部アペニンの山腹に、突如降下せるドイツ落下傘部隊。時に昭和18年9月12日の朝まだき。目指すはグラン・サッソーの砦(とりで)。
ここにファシストイタリーの偉大なる指導者、ムッソリーニ統帥が捕らえられている。ヒットラー総統の厳命を受けたドイツ親衛隊は、山荘を包囲し、厳重なる禁固のうちからムッソリーニ統帥の解放に成功しました。さすが剛勇なる統帥の顔にも、憔悴(しょうすい)の影深く、50日にわたる幽閉の苦悩を物語っています。
周到に用意された軽飛行機は、総帥を乗せて翼も軽く、北イタリーの安全地へと飛び立ったのであります。
翌13日、ムッソリーニ統帥は、ヒットラー総統を大本営に訪問。その大いなる友情と信義に心から感謝したのであります。飛行場まで出迎えたヒットラー総統。再び自由を獲得したムッソリーニ統帥。世紀の両巨頭、ここに相対す。けだし、感慨無量なるものがあったでありましょう。ムッソリーニ統帥の令息、ビットリオ氏。
統帥は総統大本営において、リッペントロップ外相、ゲーリング元帥など、ドイツ首脳と久々の会見を遂げました。
このドイツの、いつもながらの胸のすくような行動は、バドリオによって負わされた屈辱に泣くイタリー国民を奮起せしめ、祖国再建の大業に向かって、雄々しく立ち上がる勇気を与えたのであります。巨人、再び立つ。あくまでも変わらざる枢軸との盟約を守り、道義世界の建設へ、ムッソリーニ統帥は勇躍、新イタリーの陣頭に立つべく、祖国へ向かったのであります。

 

日本ニュース 第194号(1944年2月)9分20秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300322_00000

南海決戦場 ニューギニア・ソロモンの激戦 09:20

南海決戦場 ニューギニア・ソロモンの激戦 09:20
人呼んで千古斧鉞(せんこふえつ)を知らざる樹海と言い、前人未踏の天地と唱える。ここニューギニアの戦場こそは、まさしく文字通りの密林地帯。
日夜皇軍勇士の苦闘が自然を相手に重ねられ、新たなる地域を切り開いていく。だれがこのように苦難に満ちた戦闘を考えることができるであろうか。敵はポートモレスビーに本拠を構えて、その豊かな物質力に頼ろうとしている。この敵の反攻を断固撃滅するに先立って、皇軍勇士はまず密林との戦いに勝たねばならぬ。根株の大きな密生する竹叢(たけむら)。多種多様の蔓草(つるくさ)。払っても、払っても、それが前進を阻む。山ヒルが襲う。ヤブ蚊が襲来する。しかもジャングル特有の蒸し暑さである。こうした地帯で最も苦しめられるのは水である。前進を阻む竹を切り取って、給水班は即席の給水塔を作りあげ、これを第一線の戦友へ運んでいく。尊い水ではある。
道なき道を踏み分けての負傷者後送は衛生兵の任務である。補給が難しければ、それだけ衛生兵の苦労も増える。とぼしい薬品、資材を持って、衛生兵もまさに激戦を展開しているのである。
戦いの規模は大きく、戦いの姿は深刻にして複雑である。ここに立つ歩哨のたゆみなき監視のごとく、あらゆる戦線に我々もまた注意を怠ってはならぬ。

我がニューブリテン島の基地、ラバウル。巌(いわお)のごとく揺るがず。敵は2月1日、マーシャル諸島中のクェゼリン、ルオット両島に上陸し来たった。敵もまた死力を尽くさんとしている。一介の珊瑚環礁に過ぎぬ2つの島にすら、足がかりを求めたではないか。その上陸によって敵は、今やラバウルを包囲したと考える。戦局は重大である。しかしうろたえる必要は全くない。敵の野望を空中に打ち砕き、一日、一日、撃墜の数を重ねる海の荒鷲、我にあり。

激しい警報が鳴り渡った。コンソリデーテッドB-24を含む戦爆連合の大編隊。愛機へ、戦闘機へ、即刻出動。砂塵(さじん)を巻いて海鷲は離陸、大空の彼方へ。
アメリカは幾たびか我が病院船を襲って恥(はず)るところなし。されば退避運動に移る。折からの密雲を利し、我が戦闘機の邀撃(ようげき)を免れて、敵編隊、ラバウル上空に侵入。地上砲火、一斉に火を吐く。
コンソリデーテッドB-24、火を噴いて撃墜さる。また1機、B-24、奈落(ならく)をめがけてまっしぐら。激しく食い下がる我が戦闘機の攻撃に耐えかねて、ノースアメリカンB25、地上すれすれに逃げ回る。
敵は物量にものを言わせて押し寄せる。たとえまぐれ当たりとは言え、我が方にも時に損害は生ずるものである。
敵戦闘機、P-40。
敵機はことごとく遁走(とんそう)し去った。既にして基地の人々が待つものは、1機、また1機、山の陰から聞き慣れた爆音とともに帰り来る友軍の荒鷲たちである。荒鷲を待つ心。それは厳しく身の引き締まる血肉の心であることに、人々は今日もまた思い当たるのである。帰ってきた勇士は、ひと言も語らぬ。ただ、大きな弾痕が激しかった戦闘を物語ってくれる。よく帰ってきてくれた。無言の感謝が隅々まで行き渡っていく。しかもその瞬間に、次への出動準備が進められているのである。
そのとき、隊長は報告していた。全機、無事帰着。
戦果は輝かしいものであった。撃墜、69機。
突然、勇士たちをわーっと喜ばす得難い贈り物が司令官から届けられた。さて、この上とも、我々銃後は勇士たちを喜ばそうではないか。航空機の贈り物を持って。

 

日本ニュース 第195号(1944年2月)8分31秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300323_00000&seg_number=002

陸海軍の国務・統帥を一体化 00:42
女子挺身隊 兵器生産へ   07:49

陸海軍の国務・統帥を一体化 00:42
決勝へ。統帥と国政の緊密化を図るため、2月21日、東条陸軍大将参謀総長に、嶋田海軍大将、軍令部総長に親補(しんぽ)せらる。同日、両大将はうちそろって靖国神社に報告参拝。必勝の祈願を捧(ささ)ぐ。
2月19日、東條内閣は3閣僚の敵前改組を断行。2月21日、東条陸軍大将、参謀総長に。嶋田海軍大将、軍令部総長に親補(しんぽ)せられ、政戦両略の一致成る。決勝へ、今や総力を挙げて決勝への一途。その総力結集の道が、ここにもある。

女子挺身隊 兵器生産へ   07:49
敵国、アメリカの女性でさえも、1700万人が、また人の不足に悩む敵国イギリスの女性でさえも、870万人が、そして盟邦ドイツの女性は1650万人も、知られざる軍隊として銃後で働いている。この膨大な数が、女性の大きな力を表している。日本の女性も男に代わって働くのだ。勝つために。されば、遠藤航空兵器総局長官は訴える。
<遠藤長官:
 3000年も麗しき歴史が、鬼畜のごとき米兵に汚されんとも限らんのであります。我々の祖先が守り来たったところのこの麗しき皇土を、鬼畜のごとき米兵に蹂躙(じゅうりん)せしめていいでありましょうか。男子は第一線で交戦に従事し、その第一線の台所とも申すべき銃後における生産は、よろしく女子の担当すべきものと思うのであります。>
 新しい女性の職場に戦った挺身(ていしん)隊の先輩は、尊い体験を後輩に物語る。
<挺身隊女性:
 私どものお仕事は、兵器の手入れ、内装、発送、それから事務など、いろいろでございました。決戦第3年目を迎えまして、西南太平洋における敵の反攻が日々に熾烈(しれつ)となってまいりましたこの年に、戦局を左右いたします兵器の補修を、今自分たちの手でやっているのだと思いますと、なんとも言えない感激でいっぱいでございました。まして、現下の一大関心事たるラバウル、マーシャル方面向けの兵器を手に掛けますときには、はるかに彼の地に心をはせ、皇軍将士のご労苦を思いまして、一刻も早く、ひとつでも多く彼の地に着き、皇軍勇士のお力によりまして、憎むべき米英を必ず、必ず撃滅してくださいませと、1つ1つに無限の祈りを込めまして、細心の注意を払って取り扱ったのでございます。>
 元気な体操の呼称を窓の外に、一心不乱の作業を続ける。ここはめずらしい東京の学校工場。今まで握ったこともないようなコテ、ヤスリ、ペンチを、わずかな間に器用にこなして、次々に生まれてくるのは精巧な科学兵器。ここで作業にいそしんでいる女生徒たちは、すべて5年生。1週2時間の修練の時間を兵器製作に当て、しかも納めた品物はほとんど不合格品がないという優秀な成績。さすがに女学生は仕事が丁寧で、理解が早いというのが定評です。さてこの事実から、戦力増強に役立つふたつの問題が生まれてきます。ひとつは学校工場をそのまま勤労奉仕に役立てて、大いに能率を上げられること。ひとつは卒業とともに直ちに工場の熟練工にも負けない腕前で、挺身隊に参加できる強みです。しかも 評定は、直接第一線の兵隊さんにつながっている。これこそ、行学一致と言われるものでしょう。
落下傘、飛行機、弾丸、電波兵器。どんな兵器でも、どんな武器でも、女性の手でやってやれないものはない。けれども確実に、能率的に生産を高めるためには、女子に一番ふさわしい仕事をやらねばならぬ。その正しい目安を得るために、また職場の第一線に赴く人たちのために、今各地で女性の生産挺身展覧会が開かれています。いまだ尻込みする一部の女性や父兄は、この機会に十分反省するとともに、マーシャルに来たり、トラックを窺(うかが)うアメリカ兵の武器の大半が敵国女性の手になっていることを思うべきでありましょう。 横浜で開かれた展覧会には、小泉(親彦)厚生大臣の熱心な姿も見られました。
 既に一足早く、生産第一線へ飛び込んだ挺身隊の人たちに、ある日楽しいお昼休みが訪れました。ここで聞き、かつ歌う音楽が、どんなに生き生きと愉快なものか。それは働く人たちにのみ与えられる喜びでしょう。
(合唱)

 

1944年3月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19443

日本ニュース 第196号(1944年3月)10分24秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300324_00000&seg_number=001

クェゼリン・ルオット両島の陸・海軍部隊玉砕 01:20
国民学校児童も工場へ   03:06
陸軍整備兵の訓練     02:23
海軍工作学校の訓練    03:33

クェゼリン・ルオット両島の陸・海軍部隊玉砕 01:20
 敢(あ)えて一億国民の哀悼と怒りにはあらず。アジアの民の忘るべからざる2月6日なり。クェゼリン環礁なり。クェゼリン・ルオット両島の帝国陸・海軍部隊約4500名は、敵アメリカの圧倒的大部隊に多大の損害を与えたるのち、全員最後の突撃を敢行。護国の華と散る。軍属約2000名も運命をともにせり。竹の園生(そのう)の御出身、海軍少佐音羽侯爵もまた、壮烈なる戦死を遂げらる。瞼(まぶた)を閉じて靖国の大(おお)前にぬかずけば、激戦のさま、彷彿(ほうふつ)として浮かび、爆音弾雨を縫って聞こえるものは何か。いわく、戦いにもまた、山あり、谷あり。苦難は満ち満ちてあり。勝利の頂を極むるものは、ただ不撓不屈(ふとうふくつ)の努力のみ。

国民学校児童も工場へ   03:06
激しい気合い。力いっぱいの体操。朝な夕な、兵隊さんにも負けない猛訓練を続けて、よい子ども、強い子ども、たのもしい子どもの胸がすくすくと伸びていく。

(訓練の様子)

 決戦に気負い立つよい子どもは、心から真剣だ。先生も劣らず一生懸命だ。それゆえ規律正しい国民学校の工作教室は、めきめき成績を上げていく。もはや体を鍛え、文字に親しむだけでは満足しない。その清らかな赤心に祈りと願いは漲(みなぎ)るのである。ぼくたちの小さな力が、少しでも兵隊さんのお役に立ちますように。
豆戦士。そんな言葉はもう古い。子どもたちは男の子も女の子も、立派に、既に増産の第一線に挺身(ていしん)している。

陸軍整備兵の訓練     02:23
飛行機と取り組む陸軍整備兵。

<上官:
 整備は大命に基づき、飛行隊活動の原点たる機材を整うべき、崇高にして峻厳(しゅんげん)なる任務である。すなわち、整備勤務者、こたび飛行機の整備に任ずるや、熱烈、火のごとき攻撃精神を充実し、どこまでもやり通さねば伏してもやめない旺盛(おうせい)なる責任感と、さらに寸分の抜け目もない、周到綿密さと、しかも正確さをもって、息なき飛行機に縁を通じ、声なき飛行機の声を聞き、烈士、百難を克服して、これを完成しなければならん。>

 飛行機だ。仇敵(きゅうてき)米英を木っ端微塵(みじん)に粉砕するもの。まず飛行機だ。その生産を銃後が受け持つ。その整備を任務とする者、整備兵。だれかいずれを重しとなしえよう。ただ、人は知り得る。天下の陰のこうしたたゆみなき訓練を。前線へ、第一線へ、若い心ははやるであろう。しかも整備兵にとっては、行くところ、在るところ、すべてこれ戦場たるに変わりはない。

海軍工作学校の訓練    03:33
春の光、ようやく訪れんとして、戦雲、南に北に、否、帝国領土に漂い、皇国興廃の時至る。一刻たりともゆるがせになすべからず。すなわち海軍工作学校に海の兵は寸刻を惜しむ。敵、アメリカは豊富なる物量とともに、その技術をもって我に戦いを挑む。敢(あ)えて辞せず。ワシントン会議以来、苦節忍苦積み重ねて、敵撃滅に今立ち向かう我が技術。海軍工作学校の1日やや。

 技術は不正確にしてならず。飛躍を許さず。一歩、一歩、一打、一打、確かに、着実に、進歩の道をたどっていく。技術に伴う技能も、また同じ。この道を黙々と歩む心。それはただ一筋に国守る、海軍魂にほかならぬではないか。ここに敵、アメリカ艦隊撃滅を念願して、生徒は研鑽(けんさん)する。軍艦に乗り込み、艦内作業を行うばかりではない。出でては陸戦隊に協力し、潜っては水中作業も行う。今日の戦いが空から水の中まで、いわゆる艦隊戦と称せられるものとなったとき、その範囲は複雑に広がっていくのである。
ここに翻って再び思う。クェゼリン・ルオットを汚せる敵は、その勢いを上げて我を襲わんと企てている。戦いはまさに本格的になったのだ。既にして前線と銃後の区別はない。国民、すなわち戦士である。今ぞ一億火の玉の団結を締めて、あらゆる力を第一線へ集結せよ。

 

日本ニュース 第197号(1944年3月)9分20秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300325_00000&seg_number=004

滅敵の陣固し           00:42
南洋群島の海軍守備隊       01:39
ニューギニアの密林と戦う陸軍部隊 01:51
ビルマ前線の陸軍部隊       01:32
アンダマン列島に航空基地建設   03:33

滅敵の陣固し           00:42
ギルバート、マーシャルへ上陸。あるいはトラック島、マリアナ島へ来襲せるは、ニミッツの率いるアメリカ艦隊、ビスマルク、ニューギニアに侵攻を企てるマッカーサー軍。あるいはビルマ奪還を呼号するマウントバッテン麾下(きか)の米英諸連合軍。この敵の反攻を迎えて、隠忍、戦局転換の機を窺(うかが)う第一線将兵の意気高し。

南洋群島の海軍守備隊       01:39
赤道近く、広大な西太平洋に散在する我が南洋群島。その絶海の1つ1つが、南の資源を守り、尊い本土を守る固い砦(とりで)である。短期決戦を焦るアメリカが、ほとんどその全艦隊を挙げてギルバートに取りついてから、この小さな島々の守りの責任はいよいよ重大なものとなってきた。不自由な資材、数少ない飛行機。そうしたものの不足に意も触れず、勇士たちはあらゆる困難をおかして鉄壁の備えを固めている。
クェゼリン・ルオットにおける戦友の華々しい戦闘の便りもはるかに聞いた。心の底からこみあげる憤りをぐっと抑えて、勇士たちは待っている。不遜(ふそん)なアメリカ艦隊撃滅の日を。

ニューギニアの密林と戦う陸軍部隊 01:51
ニューギニアのジャングルに、マッカーサー軍と対峙(たいじ)して早くも2年。圧倒的な敵の飛行機と砲弾にさらされて、我が陸の将兵は少しもたじろがず、行動の自由を奪う密林をかいくぐって、敵の大群に奇襲を掛ける。
膨大な鉄量にジャングルの形もあらたまる。困苦欠乏にいよいよ勇気百倍するは、日露の戦いより着々と培われた陸軍の真面目(しんめんぼく)である。

ビルマ前線の陸軍部隊       01:32
ビルマとインドを隔てるアラカンの山々。
その山麓(さんろく)にアラカンの悲劇と呼ばれる英印軍殲滅(せんめつ)戦が行われたのは、昨年の春。この国境へ、今また軍旗は進む。再び繰り返すビルマの奪還。支那(シナ)大陸への侵攻を図り、日本本土を襲わんとする米英の画策。衆望を担って登場せるマウントバッテン軍、ようやく動く。その気配を察知せる皇軍は、出鼻(ではな)をたたいて2月4日、英印軍第7師団邀撃(ようげき)の火蓋(ひぶた)を切った。軍旗を先頭に緬印国境へ。遺棄死体7000を数えた大殲滅戦は、我が方の輝かしき勝利に終わったのである。

アンダマン列島に航空基地建設   03:33
 水平線の彼方遠く、はるかにインドを望むアンダマン列島。敵前上陸作戦の権威と自称するマウントバッテンの東南アジア軍司令官就任。あるいは地中海よりイギリス艦隊の回航とともに、ビルマ、マライの第一線防備陣であるこの島の備えは、いよいよ固められた。
 インド洋を制圧する飛行場も、インド人や原住民の協力によって急速に建設された。新しいインド建設のあかつきには、この島も我等(われら)の手に渡されるのだ。敵を目の前に控えて、インド人たちの手には、一層力がこもった。
原住民たちも慣れない手つきで一生懸命働いた。
労力不足には象部隊が一役買って出た。その大きな力もあずかって、工事は着々進められた。土木機械も縦横に駆使された。
立派な飛行場ができあがった。設営隊の歓呼のうちに、敵撃滅の翼を張って、飛行機が飛び立っていった。西の守りの強力な一環。敵反攻撃砕の陣は一層固きを加えた。

 

日本ニュース 第198号(1944年3月)9分1秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300326_00000&seg_number=001

築け防空都市 09:01

築け防空都市 09:01
 近代戦は科学の戦いでもある。聴音機や眼鏡に頼っていた敵機の警戒にも、発達した電波の警戒機が用いられる。最も精密な電波探知機は、敵機の数や高さ、速さを、雲や霧を通しても正確につかまえる。海辺や山の上に備え付けられた警戒機は、絶えず電波を出して監視哨(かんししょう)の役目を果たす。この電波に敵機が触れれば、電波は直ちに反射して、敵機来襲を電波探知機に伝える。探知機が間髪を入れず敵機をとらえ、自動的に高射砲が操縦されて、弾丸が発射される。今、山の上の警戒機が敵機来襲を発見した。探知機は直ちに活動を始める。このように、重要都市の防空は、一層完ぺきを期せられている。しかし、この網の目をくぐって来襲する敵を覚悟せよ。敵はマーシャルを汚し、マリアナ群島にやってきた。空襲に待ったはない。この空襲に弱点をさらす我が国の都市。敵の不遜(ふそん)なる企図にどうして対抗するか。いわく、疎開。疎開は敵の来襲に備える、銃後の戦闘である。
上田防空総本部総務局長

 

<総務局長:
 疎開の目的はふたつあります。そのひとつは、重要都市の防衛体制を強化することであります。すなわち、できるだけ建物を除却して、いわゆる防空都市を作りあげるとともに、一方とどまる必要のない人々や、足手まといとなる老人や子どもたちを地方に出てもらい、後に踏みとどまる必要があらば、あくまでも後に踏みとどまって、断じて都市を守り抜くところの決戦的陣容を整えようとするにあるのであります。>
 町中にある工場を、空爆による火災から守るため、工場の周囲の民家を取り払わねばならない。重要工場付近の家に、疎開の命令が下される。そしてできた空き地に、貯水池を造る。防火樹木を植えて工場の災害を防ぐ。
都会の中心地は家が建て込んでいて、十分な通路や空き地もない。いざという時、消防や避難で全く混乱する。ここにも疎開を行って、広い道路や空き地を造り、混乱や延焼を未然に防がなければならない。また燃えやすい木造家屋の連なっているところには、1キロないし2キロの間隔で防火帯を設け、これが徹底的に行われて初めて強力な防空都市ができあがるのである。
<総務局長:
 第2の目的は、疎開によって人的にも物的にも、いわゆる戦闘配置を整えて、国家戦力の増強に寄与せしめることを狙っておるのであります。すなわち、地方に疎開したる者は、そのことごとくがそれぞれ分相応に働いて、一億総進軍の実を挙げるとともに、除却いたしましたる物資や機材は、これを最も必要なる戦力増強の正面に転用、または活用せんとするのであります。以上の2つの目的に沿わないところのものは、国家の要望する都会ではありません。いわゆる、有閑的都会、逃避的都会はこれ排撃すべきであります。疎開は敵前展開であります。急速に断行せられなければなりません。もちろん、幾多の困難を伴います。官民一致の努力をもって、突破、克服しなければなりません。これがため、役所側におきましては、できるかぎりの用意の下に、迅速果敢なる進行を図るべきであります。>
 鉄道当局では、疎開の輸送を一手に引き受けて、決戦輸送におおわらわな人手や車両を割いて、迅速な疎開輸送に完ぺきを期している。

 誠に、手遅れになった疎開は無意味なものである。疎開は今、一刻一秒を争うほど急がれている。この急場に当たって、労力や資材が不足していることも国運を懸けた戦時下、当然のことである。しかしこのような疎開の隘路(あいろ)を、疎開する人や周りの人々の工夫と協力によって、力強く押し広げていきましょう。荷造りや駅までの運搬には隣組や女子青年団、勤労報国隊が力を分け合い、荷造り資材も手分けして探したり、工夫したりして、敵を前に控えた重要工作の目的を1日も早く達成しよう。実際、疎開は銃後国民の一致協力して行わなければならない、戦闘行動であります。

 工場に近く、疎開命令を受けた王子の町会長は、町内の人々に呼び掛けました。

<町会長:
 戦争下、物資のない、労力が足らないと言って愚痴をこぼすその間に、自分たちの工夫、自分たちの努力によって、この疎開を1日も早く完成させなければならないのでございます。>

 また、都市に仕事を持たぬ人も、進んで出身地へ帰り、戦力増強の一役を担いましょう。

<一般市民:
 私は今、東京にいなければならぬ仕事を持ちません。しかし郷里に帰れば、いろいろお役に立つことがありますので、上司のお示しに従い、進んで帰郷することに致したのであります。>

<総務局長:
 疎開する人々は、いやしくも良心に恥じざる疎開を行う以上は、国策遂行の盛んなる意気をもって、勇躍、疎開すべきであります。これを送り出す者も、従ってまたこれに物心両面の心からなる援助をいたすべきであり、これを受け入れる側においても、また心からなる転移祝いをもって歓迎の手を差し伸べていただきたいのであります。かくて初めて、日本的なる疎開が円満に遂行せらるるのであります。>

 空襲は必至だ。しかし備えあればなんら恐れることはない。完備された防空都市。強力な都市防衛の皇軍は、日夜分かたず敵機必墜の気迫も鋭く、激しい訓練を積んでいる。

 

日本ニュース 第199号(1944年3月)10分53秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300327_00000&seg_number=003

航空機増産に新型旋盤完成 02:52
兵器増産の満州      03:02
独軍に「虎」戦車完成   04:58

航空機増産に新型旋盤完成 02:52
 <航空機工場の最も強き要望が、大量の性能優良なる工作機械にあることも、また諸君のつとに承知せらるる通りであります。従いまして、この要請に応うべき戦時型工作機械の1台、1台は、直ちに前線の1機、1機に相通ずるところであり、これが増産計画の成否は、まさに今後の航空決戦の帰趨(きすう)を決するものと言うも過言ではないと信ずるものであります。>

 兵器の母、工作機械。およそ近代戦にあっては、一国の戦力はその国の工作機械工業の水準により、決定せらるると言われています。物量に対しては物量を。現下、苛烈(かれつ)の一途をたどる戦局に対応して、昨年10月、雄々しくも発足した我が国工作機械企業集団は、既に優秀な戦時型工作機械の試作に成功。今回、政府の表彰を受け、着々大量生産に入りつつあります。これが従来の万能型旋盤。これが戦時型旋盤です。この戦時型工作機械は、特に今日、緊急を要する航空機増産のための専用工作機械で、しかも従来の形に対比して構造はご覧の通り単純化され、操作はあくまで簡易に、資材においては約3割の節約をなし、万能型1台を生産する同一時間内に、ゆうに2台の製作をなし得る優秀機であります。

兵器増産の満州      03:02
 決戦下の戦力増強には、工作機械の質、量の向上と並んで、鉄、石炭、石油、金属のごとき、兵器生産に欠くことのできぬ資源の開発、増産が絶対に必要であります。友邦満州国は、その豊富なる天然資源の開発と、これによる国内産業の重工業化により、真に日満一体となり、共栄圏建設の生産戦に、文字通り夜を日に継いで戦っています。
 続々造り出される重砲、野砲、高射砲、戦車、飛行機。共栄圏の兵器廠(へいきしょう)、満州国の姿は、新興アジアの象徴でもあります。

独軍に「虎」戦車完成   04:58
 東、大アジア建設の聖業に呼応して、西、欧州の戦地に、新世界樹立の戦いを戦う盟邦ドイツ。昨今、ヨーロッパの各戦線に敵の反攻を一挙破壊すべく現れた独軍の新威力、超重戦車「虎」の偉容(いよう)。決戦既に6年、膨大なる鉄量を頼み、最新の科学を動員する米英ソ三国を相手に、なおも日々新たに敵を凌駕(りょうが)する新兵器をもって、堂々の戦いを挑むドイツ工業力の底力は、敵の総反攻を目前に、今や国の総力を挙げて戦いつつある我が国にとってもまた、学ぶべき幾多のものを蔵しております。

 掛け声ばかりの第二戦線を尻目に、着々建設進む欧州要塞(ようさい)。ここでもドイツが伝統を誇る重工業の成果が実を結び、巨大なる要塞砲は続々工場から建設基地へ。

 ここ、ドーバー海峡の要衝に対岸の敵陣睨(にら)む巨砲、ひとたび火を吐けば、米英軍何するものぞ。満々の自信に満つる盟邦ドイツ。誠に近代戦こそは、国家総力を挙げての戦いであり、生産戦の戦いであります。物量には物量を。鉄量には鉄量をもって。

 

日本ニュース 第200号(1944年3月)10分29秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300328_00000&seg_number=003

大元帥陛下 修武臺行幸   02:11
海軍經理学校卒業式     02:02
少年兵志願者壮行大会    01:41
緬印戦線(ビルマ インド) 04:33

大元帥陛下 修武臺行幸   02:11
 かしこくも大元帥陛下の親臨(しんりん)を仰ぎ奉り、陸軍航空士官学校卒業式は、3月20日、埼玉県豊岡町の同校で執り行われました。午後1時30分、陛下には卒業証書授与式場に臨御あそばされ、菅原校長より卒業証書が各中隊長を経て授与されました。ついで恩賜品並びに賞状は、侍従武官を経て優等生14名に伝達されました。航空決戦いよいよ熾烈(しれつ)なるの時、かしこくも皇軍航空幹部養成の上に注がせたもう大御心(おおみこころ)を拝し奉り、光栄に輝く卒業生、在校生はもとより、我等(われら)一億、一心を捧(ささ)げて、いよいよ航空戦力増強に邁進(まいしん)するの決意を誓い奉る。

海軍經理学校卒業式     02:02
 海軍経理学校卒業式は、3月22日、かしこき辺りより御差遣の東久邇宮若宮殿下の台臨(たいりん)を仰ぎ、厳粛に挙行されました。

 海軍各学校の卒業式は、経理学校と時を同じく、一斉に執り行われたのでありますが、各卒業生の中に、新しく帝国海軍の補給兵站(へいたん)の任に当たる経理士官候補生一同は、ますます尽忠至誠、仇敵(きゅうてき)撃滅の決意を固くしたのであります。

少年兵志願者壮行大会    01:41
 行け、少年兵。陸、海、空に陸続として続く若武者第2陣。本年度全国国民学校高等科及び中等学校初級出身の各種少年兵志願者を送る壮行大会は、3月22日を期し、東京中央会場に全国各地で一斉に行われました。

 幼いながら、今、軍籍に身を投じて、近き将来、米英撃滅の決戦場にはせ参じるのだ。小さい体にたくましい闘魂をみなぎらして、少年たちの頬は赤く燃え上がる。

緬印戦線(ビルマ インド) 04:33
 ビルマ、インドの国境近く、堂々進軍する、インド国民軍。時、至る。昭和19年、3億5000万のインド民衆が、そして正義を愛するアジアの民が、この時あるを待っていた。力強い皇軍の支援を受けて、独立旗を押し立てて、道は続く。国境を越えて、はるかデリーへ。祖国インドへ。道ばたの新しい墓標が大東亜戦争の聖なる意義と日本軍の限りなき支援を示している。さればこれに尽きざる感謝の誠を捧(ささ)げて、国民軍は進む。

 インドへの道を遮る、チン、タトカイの山々。しかしひたすらインドへの道を急ぐ彼らの前に、それが何であろう。道は橋なき川に阻まれていた。しかし、ここに迅速果敢な皇軍が渡し船を準備している。船を待つ間の小休止にも、日印間に心からの交歓が行われる。たばこを分け合い(音声中断)を分け合って、国境を突破する日はいつかと語り合う。同じアジアの血のつながりが、同じ米英撃滅に命を捧げる心が、百年の知己のような温かさを感じさせるのだ。
やがて船が出る。元気で行け。武運長久を祈る。渡河地点を守る皇軍の勇士にその壮途を送られてインド国民軍は、イギリス軍撃滅の共同作戦遂行のために、前線へ、前線へと進軍していく。

 過ぐる2月、アキャブの西北に英印軍第7師の主力を殲滅(せんめつ)した皇軍は、中部国境地帯に行動を開始。インド国民軍を助けて3月中旬、国境を突破。インパール平原になだれこんだ。国境地区は名にし負う山岳地帯。峻険(しゅんけん)な山とジャングルが部隊の行動を著しく阻む。英印軍司令官、オーヒンデックもそれを有力な防備と頼む。それも困難という言葉を至るところで克服し、不可能を可能とする我が神兵猛進の前にはかなくついえた。この進撃に追いついていく補給部隊の労苦も、並大抵のものではない。自動車道路が途絶えればトラックを分解して山を登る。山の向こうの道路まで、トラックも積み荷も、肩で担いで運んでいく。
重い鉄の車体が裸の肉に深く食い込む。しかし補給が遅れれば第一線の作戦に齟齬(そご)を来すのだ。補給部隊は歯を食いしばって頑張る。山を越して道路に出れば、休む暇もなくトラックを組み立てる。積み荷を載せる。すぐ出発だ。補給部隊も全員国境線へ。

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