« 日本ニュース 戦争証言アーカイブス 第141号(1943年2月)〜第160号(1943年6月) | トップページ | 日本ニュース 戦争証言アーカイブス 第181号(1943年11月)〜第200号(1944年3月) »

2017年1月12日 (木)

日本ニュース 戦争証言アーカイブス 第161号(1943年7月)〜第180号(1943年11月)

 特に戦前の日本ニュースは、大本営発表で検閲済み国策映像。ただし、それはそれで当時の空気を想像・実感するのに役立つ貴重な資料映像です。すべてリンクと再生テキストを資料保存しておきました。なおリンク先ではすべて映像を見ることができます

 

日本ニュース 戦争証言アーカイブス
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi

日本ニュース一覧
「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。制作したのは、「日本映画社」(※)で、1940年にそれまで4つに分かれていた新聞社や通信社のニュース映画部門を国策により統合したものです。
戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。「戦争証言アーカイブス」では、1940年(昭和15年)の第1号から、戦後も含め、1948年末までのものを公開しています。

※(1941年5月までの会社名は「日本ニュース映画社」)
※日本ニュース戦後編の再生テキストは、国立歴史民俗博物館の協力で作成しています。

 

1943年7月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19437

日本ニュース 第161号(1943年7月)7分46秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300546_00000&seg_number=008

上海共同租界 還付調印成立       01:21
吾が潜水艦 盟邦独逸訪問        01:47
寺内総司令官元帥に<大東亜建設譜>   00:25
ジャワ日本留学生訓練所<大東亜建設譜> 00:50
印度独立連盟 比島支部<大東亜建設譜> 00:41
革命記念日にピブン首相閲兵<大東亜建設譜> 01:22
バンコック国庫貯金銀行 富くじ発売<大東亜建設譜> 01:00
タイ芸術局直営女学校の勉強風景     02:11

上海共同租界 還付調印成立       01:21
上海共同租界こそは、米英の飽くなき野望の象徴であり、また彼らの東亜侵略の基地でもありました。100年の久しきにわたる中国民衆塗炭(とたん)の苦しみも今は昔。6月30日、南京において日華基本条約改訂に基づき、上海共同租界行政権回収に関する取り決め、および了解事項の調印式が、日本側谷中華大使、中国側チョ民誼外交部長との間にとり行われました。今回の上海共同租界の撤収は、真に中国解放を念願する帝国が、大東亜建設の道義性と実効性を余すところなく表したものとして、意義深いものがあります。

吾が潜水艦 盟邦独逸訪問        01:47
太平洋にまたは灼熱(しゃくねつ)のインド洋を舞台に、ところ狭しと荒れ回る吾が潜水艦の猛威は、敵を全く沈黙せしめていますが、さらにその余裕を示して、作戦の途次(とじ)はるばるドイツを訪れ、帝国海軍のため万丈の気を吐きました。この壮挙に応えて、ゼーニク潜水艦隊司令官らが出迎え、乗組員一同の輝かしき業績を心から讃えたのであります。
ドイツ海軍、心づくしの歓迎会。同じ目的に固く結ばれた両国海軍の将兵は、その戦場こそ異にすれ、相携えて米英完全屈服のその日まで、大西洋のはたまた西南太平洋の荒波を蹴(け)って、ともに戦い抜かんことを誓い合ったのであります。

寺内総司令官元帥に<大東亜建設譜>   00:25
さる6月21日、元帥の称号を賜った南方方面陸軍最高指揮官寺内大将は、前線においてご覧の通り元気で、作戦ならびに軍政指導に奮闘せられております。

ジャワ日本留学生訓練所<大東亜建設譜> 00:50


将来、ジャワを背負って立つ訪日学生たちは、ジャカルタにおいて連日猛訓練を受けております。すでに第一陣は日本に到着しましたが、その後、かくのごとき有為(ゆうい)な青年たちが続々と訓練所に入所しているのは、頼もしき限りであります。

「綱領。」「綱領。」
「我ら。」「我ら。」
「ジャワ留日学徒隊は」「ジャワ留日学徒隊は」
「道を日本に求め」「道を日本に求め」
「規則を練り」「規則を練り」
「大日本指導のもと」
「大日本指導のもと、大東亜戦線に、精進せんことをせり」

印度独立連盟 比島支部<大東亜建設譜> 00:41
6月27日、マニラ市においてインド独立連盟比島支部大会が開催されました。東條首相、今回の声明に感謝し、決起したインド人たちは、独立完遂に邁進(まいしん)せんとの誓いを新たにしました

革命記念日にピブン首相閲兵<大東亜建設譜> 01:22
新しいアジアに目覚めた泰国に、再び巡り来る革命記念日。6月24日の首都バンコク。連邦記念塔前広場を、ピブン首相の閲兵を受けつつ、堂々行進する泰の若人。
泰国青年運動の先駆け、ユアチョン、ユアナリの隊列が行く。多感なるかな、新興泰国。

バンコック国庫貯金銀行 富くじ発売<大東亜建設譜> 01:00
ここはバンコク国庫貯蓄銀行。アジアの盟主日本とともに、敢然米英撃滅の聖戦に参加した泰国国民も、戦費調達に一役買って貯蓄報国。ロッタリーと呼ばれる富くじも、かいがいしい女官吏(かんり)の手によって、飛ぶように売れていきます。ここにも戦時下泰国の横顔が見られます。

タイ芸術局直営女学校の勉強風景     02:11
芸術の国泰国は、決戦下といえども優れた自国の芸術保護には、綽々(しゃくしゃく)の余裕を示しています。ここ芸術局直営の女学校では、うら若い泰の乙女らが音楽の基本修練に余念もありません。こちらの教室では、泰の古典詩の朗読のおけいこが始まっています。
シルパコーンの名で知られている古典舞踊。この南国の調べに乗ったたぐいなき魅惑的な踊りも、このような厳格な基本訓練を必要とします。薫り高きアジアの芸術文化も、また大東亜建設に欠くことのできぬものでありましょう。

 

日本ニュース 第162号(1943年7月)7分24秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300547_00000&seg_number=002

東条首相 泰国、昭南を訪問 04:03
西南太平洋戦線       03:17

東条首相 泰国、昭南を訪問 04:03
決戦下、大東亜共栄圏建設の巨歩、着々と進捗しつつあるの時、東條首相は泰国を訪問。7月3日、ピブン首相らの出迎えを受け、首都バンコクに到着いたしました。翌4日、ピブン首相と親しくひざを交えて会談。大東亜建設方策、その他重要事項を協議し、泰国多年の希望たる北部マライ4州、およびシャン2州を泰国の領土とすることにつき、完全なる意見の一致をみたのであります。この会見によって、日泰両国の関係はますます緊密の度を加え、大東亜戦争完遂に寄与すること、けだし絶大なるものがあります。

次いで首相は7月5日、寺内南方方面最高指揮官、並びに来島中のバーモ長官、土侯らの出迎えのうちに昭南に到着。
7月6日、首相は特別市庁前広場において、決然反英武力抗争に立ったインド国民軍を閲兵いたしました。インド国民軍は東亜インド独立連盟によって編成され、全将兵はチャンドラ・ボース統率のもとに、身命を投げ打って祖国インド完全独立を達成せんとの熾烈(しれつ)なる決意に燃えた精鋭であります。
見よ、盟主日本宰相の前を、歩武堂々進み行く国民軍の威容を。
インド独立旗の進むところ必ずや数百年の長きに渡るイギリス勢力を、東亜より駆逐せねばやまないでありましょう。

西南太平洋戦線       03:17
敵味方の航空基地、相対峙(たいじ)し、日夜血みどろの激闘続く西南太平洋水域。飛び石伝いに航空基地の前進を企図する、敵決死総反攻の気勢また侮りがたし。作戦に次ぐ作戦の最中に、なおも訓練に訓練を重ねる我が海鷲の布陣、ここに厳として揺るがず。
故国をはるか南の果て、千古(せんこ)未踏の密林ついて、敵陣近く殺到する皇軍将兵の辛苦、まこと言語に絶す。跳梁する敵機猛爆のもと、敵前死闘を繰り返すここ西南太平洋戦線に、米英打ちてし止まんの闘魂は火と燃える。

 

日本ニュース 第163号(1943年7月)10分27秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300548_00000&seg_number=004

滅敵へ燃ゆる 銃後国民総常会開く 05:18
吾等青少年 今起たずんば 学童、憧れの大空へ 01:35
学徒、高原に鍛う         01:02
壮丁皆泳訓練           01:08
商船学校一日入校         01:19

滅敵へ燃ゆる 銃後国民総常会開く 05:18
国民総常会第4回中央協力会議の14日、劈頭(へきとう)、東條首相立って所信を闡明(せんめい)。
「いまや戦局は刻一刻と緊迫の度を加え、国家の隆替を決するところの重大時期に直面しておるのであります。敵米英は、唯一の頼みとする物質力を挙げて反攻の挙に出で、その気勢また侮りがたいものがあるのであります。ここにおきましてか、一億国民は申すまでも無く鉄石の団結のもと、国の内外を問わずあらゆる障害を克服、突破いたし、全力を挙げていき、戦力の増強に邁進(まいしん)しなければならんのであります。今次、第4回中央協力会議開催の主旨も、実にここに存するのでありまして、国民諸君のほとばしる熱意がここに凝集発揮され、国力増強上、寄与するところ甚大なるもののあることを確信いたすものであります。」
《議長小林海軍大将》
「では、その次の第20号議案、171番、富士井末吉さんにご発言お願いいたします。」
《冨士井末吉氏》
「吾が青年学徒は、飛行機や戦車の搭乗者としての適格性については、はるかに米英に勝って
おるのでありまするが、従来この種訓練が与えておられなかったがために、機械化知識の水準は、遺憾ながら甚だ低いのであります。ここにおいて現代戦の花形である航空訓練、機甲訓練、海洋訓練などの機械化国防技術訓練の画期的進展が強く要請されるところであります。」

国民の総意を結集せる会議は、夜に入って白熱の度を加え、銃後女性の叫びを代表して、山高しげり女史の発言。
「前回の会議におきまして要望いたしました行列害の問題は、その後閣議の決定によって、帝都における蔬菜(そさい)の配給は地域登録制による隣組配給となり、一応の解決を見たのでございまして、しかしながら全国的にはまだまだ行列が解消されているわけではございませんし、帝都におきましても魚介、蔬菜(そさい)の配給がまちまちに行われておりますため、まだまだ買出しに相当の時間と労力が費やされているのでございます。で、このために多くの家庭婦人が、せっかく戦力増強のための勤労を志しながらも、実現しがたい実情にあるのでございます。で、これについて、例えば大阪市における生鮮食料品の総合配給所のような施設は、各都市において実施できないものでございましょうか。今日、家庭婦人の多くはこうした決戦生活をむしろ待望いたしておるのでございます。」

≪議長 小林海軍大将≫
「ただいまの山高さんのご発言は、我々大都市に生活する者にとって、誠にご同感を禁じえないものであったように存じます。委員会におきましては、特にこの問題を取り上げられて、もっと生活を明るく正しくやっていけるようにご検討願いたいものと存じます。」
かくて3日にわたる決戦討議は、ここに幕を閉じたのであります。
「みたみわれ」「みたみわれ」
「大王(おおきみ)に全てを捧(ささ)げ奉らん」
「大王(おおきみ)に全てを捧(ささ)げ奉らん」
「みたみわれ」「みたみわれ」
「我は御国(みくに)を守り抜かん」
「我は御国(みくに)を守り抜かん」
「みたみわれ」「みたみわれ」
「この大御(おおみ)戦(いくさ)に勝ち抜かん」
「この大御(おおみ)戦(いくさ)に勝ち抜かん」

吾等青少年 今起たずんば 学童、憧れの大空へ 01:35
「ほら、前もちゃんと締める。前のボタンをかける。」
少年よ、大空へ。やがては空の決戦場へと決起する学童たちのため、7月18日、羽田飛行場において、海軍機同乗飛しょう訓練が実施せられた。
憧れの飛行服に身を固め、初めての飛行機に胸躍らせ、南太平洋の激しい航空決戦をしのび、少国民たちは米英撃滅の大空へ、寸時も早く雄飛せんことを誓ったのである。
「今日初めて飛行機に乗ってどういう気持ちでしたか。君。」
「はい、素晴(すば)らしかったであります。自分も大きくなったら立派な飛行士になって、米英の飛行機を1機も残さず、撃ち落とす覚悟でいます。」

学徒、高原に鍛う         01:02
赤松の大森林にのこぎりの音、鉈(なた)、斧(おの)の響きがこだまする。ここ甲信国境、八ヶ岳公園の恩賜林は、今学徒動員の声に応じて立ち上がった東大生が、薪(まき)伐採に汗の奉仕する道場である。
増産に挺身(ていしん)するたくましい学徒に夏休みはない。

壮丁皆泳訓練           01:08
≪指導者≫
「大東亜戦下、1人の壮丁も泳ぎのできぬ者があってはいけない。諸君はここで5日間、1日2時間、合計10時間で水泳の訓練をするが、必ずこの訓練の結果は、優秀な結果を収めるように努力しなければならない。」
泳げ、しぶきを上げて。南に北に戦いはいよいよ苛烈(かれつ)の度を加うるの時、1人でも泳げぬ壮丁があってはならぬと、大政翼賛会、大日本体育会共同で、壮丁皆泳運動が全国に一斉展開され、ここ東京神田一ツ橋プールでは、それに先駆けて激しい訓練が実施された。

商船学校一日入校         01:19
第3回海の記念日を迎えて、都下の中等学生1200名は越中島の高等商船学校へ一日入校。
「面舵、面舵戻せ。よーそろー。」
「総帆かけかた。第一解帆手、登り方用意。登れ。(?)」
すでにして太平洋を睥睨(へいげい)するの在校生の気迫ある顔は、我に続けと強く教える。若人よ、今決戦に波騒ぐ太平洋の黒潮こそ、また君たちの行くところだ。

 

日本ニュース 第164号(1943年7月)7分
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300549_00000&seg_number=003

米機来襲の南方基地<敵反抗を撃ち砕け> 00:59
ラングーン市民の消火訓練<敵反抗を撃ち砕け> 00:52
隣組の防火演習<敵反抗を撃ち砕け>   00:31
大空に誓う 学徒十万          02:34
いざ征かん決戦場へ(海軍落下傘部隊)  01:58

米機来襲の南方基地<敵反抗を撃ち砕け> 00:59
敵機。敵が呼号する総反攻は、日を追って熾烈(しれつ)の度を加え、すきあらば本土を伺わんとする敵機の蠢動(しゅんどう)許しがたし。ここ南方○○基地に来襲せる敵重爆の運命かくのごとし。この現実をなんと見るか。

ラングーン市民の消火訓練<敵反抗を撃ち砕け> 00:52
敵反抗の一拠点、インドに国境を接するここビルマ。独立を間近に暴挙重なる敵機猛爆に備えて、ビルマ人の意気軒昂(けんこう)。敵機何ものぞ。手渡すバケツに通う心は一つ。来たらば来たれ。闘魂は火と燃えて、東亜共栄圏空の守り全し。

隣組の防火演習<敵反抗を撃ち砕け>   00:31
(防火演習の様子)

≪歌≫
「空襲なんぞ怖るべき 守る大空鉄の陣 老いも若きもいまぞ立つ 栄えある国土防衛の 誉れを我ら担いたり 来たらば来たれ 敵機いざ」

大空に誓う 学徒十万          02:34
大挙して行かん決戦の大空へ。わが翼もて敵を撃砕せんとの決意は固く、7月25日、学徒航空決起大会、東京都に挙行さる。
「青空の下、ラバウル飛行場には、数万の練習機、百数万の戦闘機、爆撃機、偵察機が、翼(よく)を広げて諸君の帰るのを待っております。諸君はよく現在の重大なる使命を感ぜられて、理解されて、軍国に尽くされんことを、先輩として心から熱望する次第でございます。」
「学徒諸君、我ら学徒が若さと情熱と忠実なる希望をもって、この航空決戦へ参加する時がきたのだ。我ら中学生も在学中に、航空教育をしっかりと身に付け、これら先輩に続いて決起し、決起せんと固く固く決意している次第であります。」
「大学生は陸軍航空見習士官に、中学生は航空士官学校生徒に、国民学校生徒は陸軍少年飛行兵に、陸続として志願し、もって祖国の将来を泰山安きににあらしめる日のために、粉骨砕身すべきであると信じます。」

いざ征かん決戦場へ(海軍落下傘部隊)  01:58
いざ征(い)かん決戦場へ、全国の学徒大空へ、陸続決起するの時、帝国海軍落下傘部隊の精鋭は、寧日(ねいじつ)なき猛訓練を続けている。生死もとより眼中になし。旺盛なる攻撃精神を、真白の傘いっぱいにはらませて、群がる敵中へ莞爾(かんじ)として踊り込む空の神兵。嗚呼、偉なるかな、日出(ひいずる)国の兵(つわもの)よ、敵の反抗の撃砕へ、撃滅へ。ただ一途、血のにじむ訓練は続く。

 

1943年8月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19438

日本ニュース 第165号(1943年8月)9分24秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300550_00000&seg_number=001

朝鮮青年に徴兵制<東亜不動の体制成る> 03:17
上海仏租界の返還調印<東亜不動の体制成る> 01:07
ビルマ独立を宣言<東亜不動の体制成る> 04:54

朝鮮青年に徴兵制<東亜不動の体制成る> 03:17
昭和18年8月1日(いちじつ)、朝鮮同胞に対する徴兵制実施を記念し、内鮮若人、靖国の社頭に米英撃滅の誓いをせん。
《谷萩陸軍報道部長》
「朝鮮同胞諸君は、一視同仁の聖旨を奉体(ほうたい)して、皇国日本の理想でありまする八紘一宇の聖業完遂に一身を挙げて貢献してまいりましたことは、ここに30数年におよぶのであります。この忠誠に報い、この要望に応えて、ここに徴兵制を施行せらるるに至ったものと存じます。聖慮のほど誠に感激に堪えない次第であります。本日、護国の英霊、この中には諸君の先輩も神鎮まり祀(まつ)るところの、この靖国神社の大前におきまして、集合しましたところの諸君は、まだ軍服はまとってはおりませんけれども、全員全て大元帥陛下の股肱(ここう)たる第二国民兵となったのであります。」

<青年>
「決意表明、本八月一日を期して、新たに半島に徴兵制施行せられる。聖慮の広大無辺、誠に感佩(かんぱい)の他なし。幸いなるかな、我ら、今や聖戦軍国の時、兵制の画期的発展に際会し、我らは全日本の壮丁と相携え、先輩諸氏の協同を仰ぎ、熱血の思考を奮い、必勝の信念を固め、銃後にありと(聞き取り困難)いたし、(聞き取り困難)聖恩に報い奉らんことを期す。」

≪万歳三唱≫
「天皇陛下万歳。万歳。万歳。」

上海仏租界の返還調印<東亜不動の体制成る> 01:07
先(さき)の天津、漢口、広東の各フランス租界の返還に相次ぎ、さらに7月22日、中国とフランス両国との間に、上海フランス租界返還の調印が行われ、これによって昭和18年8月1日(いちじつ)の上海共同租界返還実施とともに、新中国は名実ともに共栄圏内の独立国として、完全なる体制を勝ち得たのであります。この飛躍的発展が、敵米英、重慶政権に与える影響は大きい。かくて道義に基づくアジアの建設は、敵国の策謀と反抗を尻目に着々その巨歩を進めつつあります。

ビルマ独立を宣言<東亜不動の体制成る> 04:54
≪天羽情報局総裁≫
「大日本帝国政府声明。本1日(いちじつ)、ビルマは独立を宣言し、即日米英両国に対し、宣戦を布告せり。帝国は直ちに同国を承認し、これと同盟条約を締結し、大東亜戦争の完遂と大東亜の共同建設のため、緊密に協力すべきことを盟約せり。」

ビルマの朝。朝の光のうちに金色のパゴダが美しく輝いている。時に昭和18年8月1日(いちじつ)、ビルマの歴史がことごとく記されるというこの碑(いしぶみ)に、独立の栄誉が刻まれる時がついにきた。バーモ首相、タキン・ミヤ副首相、ウーバーウィン内相、オンサン国防相、タキン・タン・トン農相。

ラングーン日本語学校。
「今までイギリスの言葉を習ったことがなかったというあなたがた、ビルマのお坊さんは今一生懸命日本語を習っておりますね。」
「はい。」
「それでは、なぜ皆さんは日本の言葉を習おうと思い立ちましたか。スンダナーカンダさん、答えてみてください。」
「はい。私は田舎へ帰って、田舎の子どもたちに日本語を教えたいと思います。」
「アシッポナアナンダさん。」
「日本は大東亜の指導者です。我々アジア人は、日本を指導者として大東亜共栄圏を作らなければなりません。そのためには我々ビルマ人は、日本の精神を学び、また日本人と一緒に働かなければなりません。そのために私は日本語を勉強します。」
ビルマ人、インド人、支那人が働くカマス工場に立ち、声高く共栄の理想を叫ぶビルマの僧侶。「皆さん、私は皆さんが一生懸命に働いているのを見て、非常に嬉しく思いました。こんなに熱心に働けば必ず戦争に勝って、大東亜共栄圏がもうすぐ世界一の楽土となることと信じます。皆さん、勝ち抜く日まで一心に働いてください。」
「日本」「万歳」
「日本」「万歳」
「日本」「万歳」
「ロボマ」「ロボマ」
「ロボマ」「ロボマ」
「ロボマ」「ロボマ」

日本万歳、ビルマ万歳、決戦の最中に大東亜の建設は着々と進む。一つの事実は次に事実となって結晶し、ビルマ独立に続いてインドネシアの政治参与実現。比島もまた、独立の栄誉を担う日も近い。不動の体制なった共栄圏の人々よ、米英撃滅のその日まで、働き抜こう、勝ち抜こう。アジア10億民衆の栄光のために。

 

日本ニュース 第166号(1943年8月)8分30秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300551_00000

ビルマ独立を宣す 07:29
米英に宣戦布告  00:59

ビルマ独立を宣す 07:29
昭和18年8月1日(いちじつ)、大東亜共栄圏の道義的新国家として、ビルマはその独立を中外に闡明(せんめい)しました。この栄えある独立式典に先立ち、河辺ビルマ方面陸軍最高指揮官はバーモ長官以下に対し、軍政の撤廃布告文を公布しました。
「昭和18年8月1日(いちじつ)をもって、現行政府の施成地域における軍政を撤廃す。昭和18年8月1日(いちじつ)、ビルマ方面陸軍最高指揮官、河辺正三。」
かくて日本側河辺ビルマ方面陸軍最高指揮官以下、ビルマ側バーモ氏以下、車を連ねて独立式場に到着。折からビルマ訪問中のインド独立連盟会長チャンドラ・ボース氏もこの光栄の式典に参列いたしました。午前11時、バーモ氏以下旧独立準備委員会は、厳かに民意による建国議会の成立を宣し、バンヅーラ・ウ・セィン氏は、世界新秩序の創造に輝く第一歩を印す独立宣言を高らかと読み上げたのであります。
「本日ビルマは五十余年に亘る英国の制圧を脱し本然の姿に還った。東亜解放のため戦う日本が敵軍を撃破しビルマに到達するや、全ビルマ民衆は決然起って日本軍と行を共にし東亜のために挺身した。ビルマ民衆の日本に対する感謝は深きものあり。そして日本は肇国の精神を以ってビルマ独立の承認を約束した。今日、完全独立の日を迎ふ。ビルマは日本の道義を永久に忘れる事なく大東亜共栄圏の一員たる事を宣言す。此の宣言はビルマ民衆の総意を顕現し厳守される事を宣言す。」
20分に渡る宣言は終わり、全員起立のうちに荘重なビルマ国歌が吹奏されました。
続いて建国議会はバーモ氏を国家代表に推戴(すいたい)する旨を宣言し、奏楽とともに全員起立。新(音声中断)の国家代表を迎えました。
式場正面壇上、くじゃくを刻んで燦然(さんぜん)たる国家代表の椅子の前において、国民の元老タキン・コゥドマイン氏は、国家代表の宣誓を要請しました。
バーモ国家代表は国是に基づき、ビルマを指導する旨、厳かに誓ったのであります。かくて国是ここに定まり、昨年8月1日(いちじつ)、ビルマはその行政府成立1周年のこの日、建国の大典を滞りなく終わったのであります。引き続いて午後より、新ビルマ国最初の内閣は組織され、タキン・ミヤ副首相以下閣僚15名、タキン・コゥドマイン氏以下17名の枢密院議員の就任式が行われました。またビルマ独立の通電は、枢軸国並びに中立国に発せられ、内外への独立体制はまったく整ったのであります。

英国の圧政下にあって、よくアジア民族の伝統と誇りを守り続け、幾多忍苦の闘争を繰り広げてきたビルマ国民の喜びはいかばかりでありましょう。盟邦ビルマ国が誕生した記念すべきこの日、帝国は直ちにこれを独立国として承認し、午後5時、我が沢田大使とバーモ内閣総理大臣との間に、日緬同盟条約が署名、調印せられました。この条約により帝国とビルマ国は、大東亜戦争完遂、共栄圏建設という大きな共同目的に手を携えて邁進(まいしん)することを固く誓ったのであります。

米英に宣戦布告  00:59
長き歴史あるビルマ。たとえ近く50年の間、暴戻イギリスに屈服せりとはいえ、ビルマ国民の総意に基づき、今再びここに独立を宣言。ビルマ国は直ちに米英に対し宣戦を布告。バーモ首相の毅然(きぜん)たる声は、ラジオを通じて全世界に放送されました。決戦下、かくのごとき大東亜建設の成果が、如実に示されたることはまことに力強き限りであります。今また比島独立、近きにあるの時、いまだイギリスの圧制に反抗しえぬインドはもとより、敵国に与える影響は甚大なるものがあります。

 

日本ニュース 第167号(1943年8月)9分10秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300552_00000&seg_number=005

海軍予備学生採用試験<吾ら斯く戦う逞し銃後> 01:49
国民学校の防空演習<吾ら斯く戦う逞し銃後> 02:05
郵便局に女子勤労報国隊<吾ら斯く戦う逞し銃後> 01:39
増産に励む炭鉱<吾ら斯く戦う逞し銃後> 02:17
鮭ます缶詰工場<吾ら斯く戦う逞し銃後> 01:13

海軍予備学生採用試験<吾ら斯く戦う逞し銃後> 01:49
決戦の大空へ、日頃練りに練った頭脳と体を国に捧(ささ)げるときは今だ。本年度海軍予備学生を志願した高等専門学校卒業以上の学生は、2万数千の多きに達し、その体格検査が全国で行われている。我ら今立たずんば。一人びとりが愛国の熱血に燃えて、この試験場に臨んだのだ。アメリカが躍起となっている学生動員に負けるようなことがあってはならない。我らの後には何百万の後輩が、この固い決意を心に、体を頭脳を鍛えている。今、全学徒の意気は、直ちに戦場に連なっている。
「それで君は先の、この中でも航空機を熱望しているがその理由は?」
「航空決戦のときにおいては、一人でも多くの搭乗員を必要とするとされております。」
「兄弟は何名なんだ。」「三名であります。」
「両親は喜んで志願を許してくれたか。」「はい、喜んで賛成してくれました。」
「終わり。」

国民学校の防空演習<吾ら斯く戦う逞し銃後> 02:05
僕たち国民学校生徒の覚悟も第一線と同じだ。アメリカが死に物狂いの反攻をやりだした今、その無謀な空襲への備えは良いか。この大きな戦争に直接お役に立てない僕たちは、いざという時、少しでも大人の足手まといにならないよう防空訓練を積んでいる。
「敵機、北方面より襲来」
あ、焼夷弾落下だ。防護班の生徒たちは直ちに消火に駆けつける。
僕たちの学校も私たちの命も自分たちの手で守ろう。僕たち私たちの体も、もうすぐお国の役に立つ大事な体だ。救護法も兵隊さんが手を取って熱心に教えてくださった。小さいながら、僕たちの戦う覚悟はしっかりできている。
「これで大体いいようだがね、もう少しこれを上にするように。わかったね。」
「はい。」

郵便局に女子勤労報国隊<吾ら斯く戦う逞し銃後> 01:39
若い女性の意気も決戦に備えて燃え上がる。戦時下、郵便局の整理配達も、女性が戦える職場である。
今、勝ち抜くための仕事はますます増えている。少しでも男に代わって女がやれる職場は私たちの手で守ろう。農村でも都会でも女性の戦場はますます広い。焼けつくような炎天もなんのその。銃後を固める喜びを胸いっぱいにはらませて若い女性は戦っている。
「電報です。」
「中川さん、速達です。」
「はい、ご苦労さん。」

増産に励む炭鉱<吾ら斯く戦う逞し銃後> 02:17
我ら鉱山戦士も全力をあげて生産戦に敢闘を続けている。去る日、藤原サダツチは戦う現場を視察、激励された。あらゆる軍需産業の原動力になる石炭の増産は、一刻も揺るがせにできない。しかも増産は我らの双肩にかかっているのだ。我らの掘り出す一塊(いっかい)の石炭も、弾丸となり、航空機となって、前線へ送られることを思えば、一時も増産の手を休めることはできない。
「皆さん、ご苦労さんでございます。医学報国隊が来ています。気分の悪い方はおいでください。」
学徒報国隊医療班も増産の一翼を担って出動してきた。我々の任務を思って、はるばる山奥まで来てくれた好意に対しては、何と感謝してよいかわからない。国民こぞって奮起の時だ。あらゆる困難を突破して決死で掘り抜こう。

鮭ます缶詰工場<吾ら斯く戦う逞し銃後> 01:13
北の新航路を飛び石伝いに、敵の反攻はいよいよ熾烈(しれつ)となってきた。我ら水産戦士もここ北辺の島に、連日濃霧と烈風にさらされ、しかも時には敵襲と戦いながら、ひたすら食糧確保に敢闘する。排気を含んだガスのため、太陽を仰ぐ時間は極めて少ない。しかもこの灰色の職場さえ、前線将兵の辛苦を思えば何事かあろう。ここが今、我らに与えられた決戦場だ。我ら米英撃滅のその日まで、戦って戦って戦い抜くのだ。

 

日本ニュース 第168号(1943年8月)9分19秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300553_00000&seg_number=002

比島の稲の収穫<躍進する大東亜建設>   01:01
ニューギニア水稲の初収穫<躍進する大東亜建設> 01:32
マヅラ島の天日製塩<躍進する大東亜建設> 00:55
ジャワ漁業指導船<躍進する大東亜建設>  00:51
中国機械工場生産増強<躍進する大東亜建設> 00:44
比島綿紡績工場<躍進する大東亜建設>   00:50
セレベス木造船建造<躍進する大東亜建設> 00:30
ビルマ造船所で象活躍<躍進する大東亜建設> 00:50
ジャワ鉄鋼船進水<躍進する大東亜建設>  00:34
昭南の浮きドック引き上げ<躍進する大東亜建設> 01:22

比島の稲の収穫<躍進する大東亜建設>   01:01
日を追うて熾烈(しれつ)となる決戦に平行して大東亜の建設はたくましく進められています。独立間近いフィリピン。今まで食糧を輸入に待っていたフィリピンも、来るべき栄光の希望に応えて米の増産に努め、食糧の自給自足を目指して戦っております。

ニューギニア水稲の初収穫<躍進する大東亜建設> 01:32
南の第一線ニューギニア。今まで米の作り方さえ知らなかった原住民たちは、日本の兵隊さんの指導によって、米の生産にこんな見事な成果を見せました。木陰に涼を求めて原住民もともに、水にのどを潤す憩いのひととき。水牛もうだるような炎天もなんのその。開墾された土地は直ちに耕されて、原住民はまた野菜の栽培法も教えられています。今流す汗の食糧自給。これだけでも共栄圏建設へ、大きな協力を果たしているのです。

マヅラ島の天日製塩<躍進する大東亜建設> 00:55
ジャワの北、スマトラの東に位するマヅラ島は、世界でも指折りの塩の産地です。強い南の日差しをいっぱいに受けて、内地では想像もつかぬ大仕掛けな塩田に、今マヅラ島の人々は、共栄圏の塩は自分たちでと、増産にすごい馬力のかけようです。

ジャワ漁業指導船<躍進する大東亜建設>  00:51
ジャワの人々にも優れた日本の漁業法を教えようと、この頃、ジャワでは漁業指導船が活躍しております。豊かな資源に加えて、さらに新しい漁業法を会得して、ジャワの漁師たちは元気いっぱい。食糧増産に大わらわです。

中国機械工場生産増強<躍進する大東亜建設> 00:44
大東亜共栄圏の一翼として力強い歩みを見せている中国の産業界は、日本に続けと増産総進軍運動が開始されました。新中国を建設するため男も女も、増産を目指して懸命に働いています。

比島綿紡績工場<躍進する大東亜建設>   00:50
アメリカの政策によって長い間圧迫されていた比島の綿糸工業が、日本の指導のもとに立派に育とうとしています。最新式の設備を取り入れた紡績工場では、働く喜びに立ち上がった多くの比島女性が、鮮やかな手並みで機械を操る。そして見事な布地が次々と生産されていきます。東亜共栄圏の需要を満たすべく誰も彼も一生懸命です。

セレベス木造船建造<躍進する大東亜建設> 00:30
船を作ろう。海に囲まれた共栄圏。船がこの広い共栄圏を固く結びつける。内地はもとより南の各地に、船の建造が今盛んに行われています。

ビルマ造船所で象活躍<躍進する大東亜建設> 00:50
ことに南では、豊かな資材と労力に恵まれて、木造船が次から次へと作られております。ここでは象までも一役買って、いかにもビルマらしい造船風景です。共栄圏の建設は船の力に待つところが大きい。一隻でも多くの船を造ろう。現地も内地も力を合わせて船を作ろう。

ジャワ鉄鋼船進水<躍進する大東亜建設>  00:34
盛んな木造船の建造と並んで、ジャワではこのほど素晴(すば)らしい鋼鉄船が進水いたしました。このような堂々たる鋼鉄の船が進水したのは、ジャワでは初めてのことであります。

昭南の浮きドック引き上げ<躍進する大東亜建設> 01:22
シンガポールが陥落するとき、イギリスが沈めた大きな浮きドック。このドックも海底にあること1年7ヶ月。我が優れた技術は、見事この引き上げに成功しました。ドックと一緒に沈んでいたイギリス軍の鉄兜(てつかぶと)は、当時の敗戦の狼狽(ろうばい)を如実に物語っております。これで現地の船舶修理はいよいよあがり、海上交通に一段と能力を加えることでありましょう。いまや敵の呼号する総反攻を尻目に、皇軍の守りはいよいよ固く、決戦に次ぐ決戦に並んで、共栄圏の建設は日一日と躍進しております。

 

日本ニュース 第169号(1943年8月)8分10秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300554_00000&seg_number=002

日泰条約締結<共栄枢軸の契り固し>   02:05
独補助巡洋艦来航<共栄枢軸の契り固し> 00:55
ビルマ幹候生陸士に入学<共栄枢軸の契り固し> 02:59
重慶爆撃行               02:08

日泰条約締結<共栄枢軸の契り固し>   02:05
シャン地方の一部、ケントン、モンパン西、および北部マライのケランタン、トレンガヌ、ケダー、ペルリス4州の、泰国領土編入に関しては、去る7月4日、東條首相のバンコク訪問の際、ピブン泰国首相との会談において、確約されたのでありますが、この度これに関する日泰条約の調印式が20日バンコクにおいて、日本側坪上大使、泰国側ピブン首相の間に行われました。帝国は先の中華民国における治外法権の撤廃、ビルマの独立に次いで泰国と領土条約を締結。その聖戦目的を中外に宣揚(せんよう)したのであります。泰国多年の宿願は帝国の大乗的態度によって実現し、泰国国軍の精鋭はピブン首相統監のもと堂々の分列行進を展開。
また若き泰の象徴たる青少年団ユアチョン、ユアナリもこれに参加して、この歴史的な日を記念したのであります。

独補助巡洋艦来航<共栄枢軸の契り固し> 00:55
盟邦ドイツ海軍の補助巡洋艦トール号は、クンプリッヒ大佐指揮のもとに長途の戦闘航海を経て、通商破壊の武勲を物語る拿捕船(だほせん)3隻を引き連れ、昨年10月横浜に入港いたしました。1日(いちじつ)、この勇士たちを迎える歓迎会が催され、日独海の兵(つわもの)たちは肩を並べて、和気藹々(わきあいあい)のうちに歓談をつくしました。ポール号のこの訪問は昨年9月、帝国潜水艦のドイツ訪問とともに世界の海域に猛威を奮いつつある日独両海軍の緊密なる協力を雄弁に物語るものであり、敵米英に対して枢軸の契りはいよいよ固きものあるを示すものであります。

ビルマ幹候生陸士に入学<共栄枢軸の契り固し> 02:59
米英撃滅の戦いを制した新生ビルマ防衛軍を双肩に担う若き幹部候補生は、第1回日本留学生として、ここ菊の御紋章燦(さん)として輝く東京座間の陸軍士官学校に入校。
1日(いちじつ)、ビルマ防衛軍育ての親、前ビルマ方面陸軍最高指揮官飯田中将は、牛島校長とともに、これら溌剌(はつらつ)たる候補生を巡視されました。
「アジア人のためのアジアを建設。独歩、共存共栄、おのおのそのところを得せしめる。それが大東亜戦の目的であり、発端である。ビルマ校生。」
「はい。」
「緊褌(?)な留学生として、大東亜戦を勝ち抜くための決意、持っとるか。」
「はい。我々は1日(いちじつ)も早く、日本士官学校の勉強を終え、ビルマ防衛軍の台座に立ち、米英撃滅に邁進(まいしん)いたします。終わり。」
さらにまた故国ビルマでは、これら留学生に続く多くの幹部候補生が続々と訓練されているのであります。
「ひとつ、軍人は、忠節を尽くすを本分とすべし。」「ひとつ、忠節を尽くすを本分とすべし。」
「ひとつ、軍人は礼儀を正しくすべし。」「ひとつ、軍人は礼儀を正しくすべし。」
「ひとつ、軍人は武勇を尚(とうと)ぶべし。」「ひとつ、軍人は武勇を尚(とうと)ぶべし。」
「ひとつ、軍人は信義を重んずべし。」「ひとつ、軍人は信義を重んずべし。」
「ひとつ、軍人は質素を旨とすべし。」「ひとつ、軍人は質素を旨とすべし。」
精鋭たぐいなき皇軍と手を携えて、一路、敵撃滅に邁進(まいしん)するビルマ防衛軍の中堅は、かくしてたくましく育成されつつあります。共栄圏の確立は我らの手で。彼らの心は誇らかな希望に輝いております。

重慶爆撃行               02:08
大陸に基地を求めて吾が本土空襲を企図するアメリカ空軍の蠢動(しゅんどう)に対し、苛烈(かれつ)なる撃滅戦が展開されているとき、8月23日、戦爆連合の我が陸軍航空部隊は突如その鋭鋒(えいほう)を転じ、米英と合作して対日反攻を呼号する重慶に空より膺懲(ようちょう)の鉄ついを下した。
思えば一昨年9月1日(いちじつ)、殲滅(せんめつ)的爆撃を加えてより丸2年、陸鷲久しぶりの重慶攻撃である。我が荒鷲が堂々大陸の空に繰り広げる大空中艦隊だ。編隊は四川の峻険に突入した。いよいよ重慶だ。吠えながら戦闘機共々、重慶上空に侵入。小癪(こしゃく)にも挑戦する敵機8機を撃墜。狼狽(ろうばい)する高射砲の弾幕を尻目に、戦果は見事、敵軍事施設は完膚なきまでに叩きつけられたのである。

 

1943年9月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19439

日本ニュース 第170号(1943年9月)9分22秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300555_00000&seg_number=006

タイ軍事視察団来日<大東亜建設譜> 02:20
ジャワ警察学校の訓練<大東亜建設譜> 00:49
フィリッピン小学校で日本語教育<大東亜建設譜> 01:40
ニューギニア前線の海軍女子職員<大東亜建設譜> 01:15
伝染病に備えるビルマ防疫部隊<大東亜建設譜> 01:31
関東軍機甲部隊演習<大東亜建設譜> 01:42

タイ軍事視察団来日<大東亜建設譜> 02:20
戦いつつ建設へ。彼我血みどろの決戦の最中から、たくましく立ち上がる共栄圏各国、新生の息吹。アジアの盟主日本に学ぶべく、折から来朝中の盟邦泰国訪日軍事視察団一行は、8月27日、帝都偕行社(かいこうしゃ)における陸海軍大臣招待の晩餐会に臨みました。
「泰日友好の歴史は、誠に古きものがあるのであります。今次大東亜戦争を勃発をいたしまするや、泰国は直ちに立って我が国と軍事同盟を締結。その朝野をあげてよく協力の実を発揮され、以来両国は緊密なる共同のもと相携え、敵米英撃滅に邁進(まいしん)し、その締盟の結実するところ、ついに泰日間に過般の泰国新領土編入に関する条約の締結を生むにいたったのであります。」
東條陸軍大臣の挨拶に答えて、団長国防副大臣兼最高副司令官クリヤン・サック・ピチット中将は、大東亜の建設ならびに世界新秩序確立にあたり、日泰の友好、日を追うてますます緊密の度を加えるを祝したる後、ともに米英撃滅に邁進(まいしん)せんことを誓って、感謝の意を表するところがありました。

ジャワ警察学校の訓練<大東亜建設譜> 00:49
建設の第一歩は治安の確保にある。ジャワの警察学校では、若きインドネシアの練習生たちが、共栄圏の希望を担って真剣な訓練を受けています。大東亜戦争はまた建設の戦いであります。彼らの真剣な顔つきに、この偉大なる建設戦の着実な勝利の姿を見ることができます。

フィリッピン小学校で日本語教育<大東亜建設譜> 01:40
共栄圏の共通語、日本語。比島の良い子も熱心に勉強しています。
「めぐみさんの前にお母さんがいました。エリザベスさん。」
「めぐみさんの前にお母さんがいました。」
「よろしい。もう一度。マシモさん。」
「めぐみさんの前にお母さんがいます。」
「よろしい。皆さん一緒に。」
「めぐみさんの前にお母さんがいます。」
「席へお帰りなさい。皆さん、こちらをご覧なさい。この方は山本さんです。この方はどなたですか。イケンタさん。」
「その方は山本さんです。」
「はい、よくできました。この方は中村さんです。山本さんの前にどなたがいますか。はい、マウルさん。」
「山本さんの前に中村さんがいます。」
「はい、よろしい。皆さん一緒に。」
「山本さんの前に中村さんがいます。」

ニューギニア前線の海軍女子職員<大東亜建設譜> 01:15
日米空の決戦が日ごとに激しさを加えている西南太平洋水域。この南の第一線に雄々しく進出して、民生部の仕事を助けている大和なでしこがおります。この決戦下になおも逡巡(しゅんじゅん)する一部の女性を尻目に、古い因習をかなぐり捨てて、女にできる仕事は私たちでと、彼女たちは美しくたくましく、共栄圏建設の大きな喜びのうちに挺身(ていしん)しております。

伝染病に備えるビルマ防疫部隊<大東亜建設譜> 01:31
ペスト、コレラ、その他いろいろな伝染病が、戦いの後には必ずまん延する。しかもビルマは今、雨の季節です。これに対して我が防疫陣は科学の粋を集めて、鉄壁の陣を敷いております。それ、ペスト患者が出た。すぐさま消毒車が駆けつけて、付近一帯の住居といわず着物といわず、体までを徹底的に消毒します。ペストへの戦いにおいては、ねずみを退治することが最良の防御法であります。防疫にあたる部隊では、ねずみ捕りを多数作って、これを片田舎の隅々まで配給し、ねずみ群の撲滅を積極的に行っています。ここにも建設の戦いが、力強く戦われているのであります。河辺ビルマ方面陸軍最高指揮官は、民情視察を兼ねてこの完璧な防疫陣の活動ぶりを視察、激励されました。

関東軍機甲部隊演習<大東亜建設譜> 01:42
南に北に、凄愴苛烈(せいそうかれつ)の決戦相次ぐの時、広漠(こうばく)たるここ満州の原野に、厳然北の鎮めにつく関東軍。見よ、眼前に繰り広げられる機甲部隊の鉄の威容を。黙々として日夜を分かたぬ訓練を重ねる皇(すめら)御国(みくに)の将兵ありて、共栄圏防衛の陣、いよいよ固し。

 

日本ニュース 第171号(1943年9月)9分39秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300556_00000

予科練の訓練<航空決戦>         02:06
朝香若宮 飛行学校修了<航空決戦>    01:35
航空機増産の少年工を激励<皇国民今ぞ蹶起の秋> 01:29
工業学校長 整備兵教育見学<皇国民今ぞ蹶起の秋> 01:42
出陣の早大生壮行会<皇国民今ぞ蹶起の秋> 02:43

予科練の訓練<航空決戦>         02:06
かしこくも海軍少将、久邇宮朝融王殿下には、去る4月1日(いちじつ)、第○○連合航空隊司令官にご就任。親しく海軍飛行練習生をご薫陶、ご統率あらせられます。殿下には大東亜戦争勃発するや、尊き御身をもって海軍航空部隊を率いさせ賜い、最前線に赫々(かくかく)のご武勲を奏せられましたが、このたびご就任遊ばされた第○○連合航空隊は航空決戦下、ますます重要性を加える海軍飛行練習生の教育にあたるものであります。この司令官にかしこくも久邇宮殿下を拝し奉ることは、海軍航空部隊はもとより、一億国民挙げて感激申し上ぐるところであります。
「第12期甲種飛行予科練習生、適性飛行。」

朝香若宮 飛行学校修了<航空決戦>    01:35
かしこくも陸軍少佐、朝香若宮孚彦王殿下には、去る6月10日、宇都宮陸軍飛行学校にご入校。9月9日、めでたく同校の課程をご終了遊ばされました。陸軍大将朝香宮鳩彦王殿下には、8月25日同校にならせられ、猛訓練に励む生徒の演習を台覧(たいらん)遊ばされ、合わせて若宮孚彦王殿下のご修業の御模様を親しくご視察遊ばされました。加藤校長、ご同乗申し上げ、後部座席にて親しく御操縦遊ばされる殿下の御勇姿。金枝玉葉(きんしぎょくよう)の尊き御身をもって一億空の決戦に御率先あらせらる。我ら国民挙げて一身を航空決戦に捧(ささ)げ奉らん誓いを固めるものであります。

航空機増産の少年工を激励<皇国民今ぞ蹶起の秋> 01:29
尊き御方の御垂範(ごすいはん)を拝して、一億の若き子らの心は大空へ航空機へと燃え上がる。敵は今、量を頼んで総反攻を企てる。一機でも多くの飛行機を前線へ。少年たちも飛行機工場に挺身(ていしん)。苛烈(かれつ)なる航空決戦に参加している。国民学校の先生は、この春巣立った教え子たちを働く職場に立てて激励いたしました。
「長野を発つときにお父さんが、しっかりやるように言ってたよ。」
「はい、しっかりやります。」
「今は、航空決戦の時なんだ。アメリカに負けないような立派な飛行機や、数をたくさんん作って大東亜戦争を勝ち抜くように頑張ってもらいたい。」
「はい。」
「もしも、お土産話があったらやってくれ。お父さんやお母さんによく伝えてやるよ。何中隊か。」
「二中隊であります。」
「今の話、よくわかったか。」
「はい、よくわかりました。」
「今日のひとつひとつの仕事が、直接明日の戦力の増強になるんだ。どこまでも頑張ってしっかりやってもらいたい。」
「はい。」

工業学校長 整備兵教育見学<皇国民今ぞ蹶起の秋> 01:42
「方向舵の上端を前の方に倒してから、下方の槓杆(こうかん)を入れる。」
8月24日、全国工業学校の校長先生たちは、○○海軍航空隊に一日入営。赫々(かくかく)たる海鷲の戦果の影に、孜々(しし)として整備に励む整備兵の訓練状況を見学。黙々として血のにじむ努力を、この尊い精神を、そのまま学校教育に生かし、もって聖戦完遂に邁進(まいしん)せんことを誓ったのであります。
「飛行機は生き物である。みんなの真心と飛行機とが一体になって、真の整備は初めて完遂されるのである。旺盛(おうせい)なる責任観念、崇高なる犠牲的精神、これも要するに真心に他ならん。大東亜戦争はますます凄愴苛烈(せいそうかれつ)な場面に突入しておる。みんなの先輩、同僚は決戦場裡にあって、二人前、三人前の仕事をやっておる。それに続くみんなは、今直ちにこの整備精神を習得して、将来の活躍を期せなければならん。」

出陣の早大生壮行会<皇国民今ぞ蹶起の秋> 02:43
9月10日上野公園、大西郷銅像前。学びの窓より羽ばたいて、今学徒は陸続と空の決戦へ。祖国の栄誉をその双肩に、敵撃滅に若き我ら、今ぞ出でたつ。
「まさに決戦の時。仇敵(きゅうてき)米英撃滅の意気に燃え、荒鷲として学窓を羽ばたき、敵撃滅の最前線に行く先輩諸兄を、我ら団結して兄らの後に続かん。兄らよく自重を守り、今米本土突撃、最期の勝利の暁まで元気いっぱい操縦桿を握られんことを祈って、壮行の辞とします。終わり。」
「本日ここに海軍予備学生として栄えある入隊をすることを得ましたが、我々自身並びに家族はもちろん、学徒として喜びにたえないのであります。この上は、一意専心(いちいせんしん)、奉公のまことを尽くし、米英撃滅の決意を固く誓うのであります。終わり。」
「都の西北 早稲田の森に 聳(そび)ゆる甍(いらか)は われらが母校 われらが日ごろの 抱負を知るや 進取の精神 学の独立 現世を忘れぬ 久遠の理想 かがやくわれらが 行手を見よや わせだ わせだ わせだ わせだ わせだ わせだ わせだ」

 

日本ニュース 第172号(1943年9月)9分42秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300557_00000&seg_number=003

高松宮殿下台臨 海軍機関学校卒業式 03:21
山本元帥の墓前に捧ぐ        01:40
一億の赤誠軍用機 献納式      01:41
第二次 日米交換船出発       01:15
在支伊軍 武装解除         01:39

高松宮殿下台臨 海軍機関学校卒業式 03:21
海軍機関学校卒業式はかしこくも高松宮殿下の台臨(たいりん)を仰ぎ、9月15日、同校大講堂で厳粛に執り行われました。
「御下賜品拝受者、アオキミツオ。同じく、ムラヤマタカシ。同じく、モリカワスミオ。」
鍋島校長より卒業証書、修業証書の授与ありたる後、御下賜品拝受式に移る。光栄に輝く恩賜の短剣を拝受せる優等生の眉宇(びう)に、決戦下に巣立つ海の勇士の決意あふれて、ここに晴れの卒業式は滞りなく終了したのであります。
「諸氏は本日の感激と、かつまた国家並びに諸氏の父兄の、諸氏に期待するところ極めて大きいことをもって、常に健康に注意し、粉骨砕身ご奉公の誠をいたすように。諸氏の門出にあたり、校員に代わって武勲の長久を祈る。終わり。」
「ありがとうございました。ただいまから行きます。」
熾烈(しれつ)なる戦いの庭に出で立つ先輩諸兄よ。我らも直ちに諸兄の後に続かん。送る後輩も送られる候補生も、しばしの別れを惜しんだのであります。

山本元帥の墓前に捧ぐ        01:40
我ら一億国民が、海の父とも仰ぎし故山本元帥逝きて、すでに半歳。1日(いちじつ)、東京音楽学校生徒一行は、長岡の地に元帥の生家を訪ねました。元帥令姉山本カズ刀自。一行はその奥つ城(おくつき)の前に立ちて、慎みて合掌。銃後の固き決意を胸に、元帥の御霊に手向けました。
「海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね) 山行かば 草生(くさむ)す屍(かばね) 大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ かへりみはせじ」

一億の赤誠軍用機 献納式      01:41
空の決戦、いよいよ凄愴(せいそう)の度を加うるの時、9月20日、ひとしお意義深き第4回航空記念日を迎えて、一億の赤誠燃ゆる献納愛国機命名式が、東京羽田飛行場において盛大に行われました。東條陸相、親しく献納者代表に謝辞を贈る。
「実は今日、羽田飛行場の他に、全国25カ所におきまして、実に500機に上る多数陸軍飛行機の命名式が盛大に挙行されておるのであります。これひとえに御参列の各位を始め、全国民諸君の燃ゆるがごとき愛国の赤誠によるものであります。皇国のため誠に慶祝に堪えんところであります。ここに全陸軍といたしまして、献納者各位に対し、衷心より感謝の意を表する次第であります。」
「万歳、万歳、万歳。」
敵、量をもって挑まば、我また量をもってそれにこたえる。今こそ一機でも多くの飛行機を前線に送ろう。

第二次 日米交換船出発       01:15
インドの西岸ポルトガル領ゴアのマルマゴン港において、第二次日米居留民交換が行われることになり、9月14日午前1時、横浜から帝亜丸が出帆しました。その前日、駐日チリー公使パルバハル氏以下の乗船が行われましたが、今回は外交官、一般居留民の数は少なく、特にキリスト宣教師の姿が目立っていました。米英の侵略の手段は、まず牧師を送って侵略の温床を作ることが、歴史的にも暴露されている事実でありますが、彼ら米英の謀略も今次の交換船によって、日本から締め出されたわけです。)の交換船によって、日本から締め出されたわけであります。

在支伊軍 武装解除         01:39
イタリー・バドリオ政府は9月8日、米英に対し無条件降伏をしました。これは日独伊三国同盟、および単独不講和の盟約を裏切る卑劣な行為でありますが、帝国政府は既にこのことあるを期し、万全の措置を講じていたのであります。すなわち9月9日、上海、北京では、帝国陸海軍は直ちに在地イタリー軍隊の武装を解除し、艦船の抑留を実施しました。大東亜各地区においても同様果断なる措置がとられ、帝国の毅然(きぜん)たる態度を示しました。今次、バドリオ政府の行為は実質的敵対行為でありますが、我が戦争完遂にはなんら影響するところなく、欧州各盟邦、大東亜諸国とますます提携協力を緊密にし、あくまで米英を撃砕せんことを期するものであります。

 

◎YouTubeのがない。
日本ニュース 第173号(1943年9月)7分16秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300558_00000&seg_number=005

提携強化へ汪首席来訪<共栄圏の新展開> 00:58
パゴダ参詣のパ・モ首相<共栄圏の新展開> 00:31
比島独立へ憲法草案承認<共栄圏の新展開> 01:30
中学生の教練<国土防衛若き闘魂>    00:49
台湾青年の徴兵感謝大会<国土防衛若き闘魂> 00:46
再起奉公(闘病の海軍傷病兵)      02:35

提携強化へ汪首席来訪<共栄圏の新展開> 00:58
中華民国国民政府主席兼行政院委員長・汪精衛氏は、9月22日入京。国民政府主席として宮中に参入いたしました。主席はまた首相官邸において、東條首相以下、政府要路と隔意なき意見の交換を遂げました。今回の主席訪日により、日華両国の提携の緊密化はもとより、中国の東亜保衛の戦意はいよいよ上がったのであります。

パゴダ参詣のパ・モ首相<共栄圏の新展開> 00:31
去る8月1日(いちじつ)、新しい道義国家として誕生して以来、ビルマ国は日に日にその基礎を固めつつあります。一面、仏教の国とも言われ、宗教心の篤い国ビルマ。1日(いちじつ)、国家代表バーモ氏は、政府首脳部とともにパゴダに参詣し、独立の報告とともに東亜隆昌の祈りを捧(ささ)げました。

比島独立へ憲法草案承認<共栄圏の新展開> 01:30
フィリピンの独立は間近。9月6、7の両日、マニラ旧議事堂において、特別全党代表者大会が開かれ、フィリピンの憲法草案は800名の民衆代表により、満場一致を持って承認されました。ラウレル独立準備委員長は、議事堂の会場より民衆の歓呼にことう。
「日本の高名なる意図を受け、我々自身の手になった憲法の草案はここに完成した。しかし比島は、比島人のみの比島であってはならない。大東亜戦争を戦い抜くことによってのみ比島の独立は存在し、共栄圏の一翼たりうるのである。先覚者リサールの夢を実現し、その基礎を確立するため、我々は日本と共同の運命をもち、絶対協力を尽くすものである。」
戦いつつ建設へ。大東亜共栄圏の一環たる国家群が、次々に上げる建設ののろし。アジアの黎明(れいめい)つぐる暁の鐘は、高らかに鳴りわたる。進め共栄圏。

中学生の教練<国土防衛若き闘魂>    00:49
今や一億国民の総力を挙げて、決戦に立つべきの時、大阪府立生野中学校では、前線における凄絶(せいぜつ)なる死闘をしのぶ川や断崖の突破演習を展開。服装のまま敢然水中に、あるいは急坂絶壁を、あらゆる障害を見事に突破して、国土防衛に燃え立つ多感なる若人の意気を示しました。

台湾青年の徴兵感謝大会<国土防衛若き闘魂> 00:46
今ぞ皇国民として、我らも敵撃滅の第一線に立たん。この崇高なる栄誉。都下、各学校に学ぶ男女台湾同胞学徒は、9月26日、宮城前広場において、徴兵制度実施の感謝決意宣揚大会を行いました。米英撃滅の決意も固く、大御心に沿い奉らん尽忠の熱誠を披瀝(ひれき)いたしました。
「天皇陛下、万歳、万歳、万歳。」

再起奉公(闘病の海軍傷病兵)      02:35
去る日、日本交響楽団は横須賀海軍病院分院に、白衣の勇士を慰問。
「海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね) 山行かば 草生(くさむ)す屍(かばね) 大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ かへりみはせじ」
「敬礼。当兵曹ほか7名、ただいまより原所轄へ帰ります。」
「おめでとう。いよいよ皆が望んでおった第一線勤務ができるようになって、うれしいことと思う。退院後の注意に関しては、各担任軍医官から詳しく課せられた通りであるが、十分と体に注意の上、それぞれ重要なる職務を完全に果たしうるよう祈っておる。終わり。」
軍人援護の赤誠に燃える銃後の清らかな魂に育まれて、戦傷まったく癒えた海の兵(つわもの)たちは、敵撃滅の決意も新たに今ぞ再び海の決戦場へ。
「帽振れ。」

 

◎YouTubeのがない。
1943年10月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=194310

日本ニュース 第174号(1943年10月)10分12秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300559_00000&seg_number=002

ラウレル氏一行訪日  03:35
山崎部隊 合同慰霊祭 03:56
ニューギニア戦線   02:39

ラウレル氏一行訪日  03:35
比島独立準備委員長ラウレル氏、同委員バルガス氏、同じくアキノ氏は、帝国政府の招きにより、我が政府要路と独立に関する懇談のため、9月30日、日本を訪問。羽田にその第1歩を印しました。出迎えの天羽情報局総裁、富永陸軍、沢本海軍、松本外務、山本大東亜、各次官らの出迎えを受け、固き握手を交わしたる後、制服に身を固めた比島特別留学生の出迎えを受けて、懐かしの対面を行いました。翌10月1日(いちじつ)、かしこきあたりでは、ラウレル氏、バルガス氏、アキノ氏が、我が比島占領以来、我が方に協力せる功績を思し召され、ラウレル、バルガス両氏に対しては勲一等旭日大綬章、アキノ氏には勲二等瑞宝章贈与のご沙汰(さた)あらせられ、宿舎迎賓館においてその伝達式が行われました。さらに同日午後、3氏は首相官邸に東條首相を訪問。重光外相、青木大東亜相、星野書記官長らも同席の上、種々重要なる懇談を遂げました。
翌10月2日、ラウレル、バルガス、アキノの3氏は、我が皇室に敬意を表し奉るため、威儀を正して宮中に参内。天皇陛下に謁見仰せ付けられました。ラウレル氏は宿舎迎賓館において、この御親閲に感激の謹話を発表。また、記者団と会見。熱烈の気迫のうちに独立の抱負を語りました。「私は私が比島人たることを誇っている。全ての東洋人は、東洋人たるの自覚に徹しなければならん。欧米は東亜を分割し、搾取し、物質文明によって東亜を腐敗せしめんとした。私は個人のうちに潜むこの物質文明を排除して、東洋人たる精神主義を鼓吹(こすい)するものである」と、語気鋭く大東亜の一環として立ち上がらんとする比島の決意を述べました。

山崎部隊 合同慰霊祭 03:56
秋雨しとど降りしきる9月28日、命を捨てて益荒男(ますらお)が、島弧北辺の果て、前線アッツ島に全員玉砕を遂げ、かしこくも武勲天聴に達したる光栄の軍神部隊、故陸軍中将従四位・勲三等、山崎保代以下2500余柱の英霊は、沿道に堵列(とれつ)する市民、寂として声なく、誓って遺烈受け継がん決意に粛然として襟を正す中を、北部軍司令部より札幌市中島公園に設えられたる合同慰霊祭式場に、粛々と進む。
明くれば29日、北部軍司令官主催のもと、厳かなる式典執り行わせらる。かしこくも天皇皇后両陛下よりご下賜の祭祀料(さいしりょう)、白一色の祭壇にひときわ映えて、祭祀者英霊の大前に進み、祭文を奏す。
「祭文。これとき昭和18年9月29日、北部軍司令官樋口季一郎、慎みて山崎部隊将士の英霊に告ぐ。省みるに諸氏はアッツ島奇襲占領以来、在キスカ島主力部隊とともに、北方第一線の防衛に任じ、敵の皇国本土進出企図を封殺し、優勢なる敵勢力をけん制し、同時に国土北辺の戦備強化を援護し、もって大東亜戦争全局の進展に偉大の貢献をいたせり。」
祭祀者、玉串(たまぐし)拝礼。故山崎中将未亡人。
「遺族全員拝礼。」
在天の英霊よ、願わくば永久(とこしえ)に神鎮まり賜え。我ら一億、誓ってこの遺烈受け継がん。

ニューギニア戦線   02:39
見よ、焦燥せる敵盲爆の跡を。ニューギニアの最前線に展開される日米の凄愴(せいそう)極まる戦いは、日ごとに熾烈(しれつ)の度を加えつつある。今、対日総反攻を世界に呼号するアメリカが、その広大なる生産力を総動員して我に決戦を挑み、おびただしき飛行機と弾薬の量をここに集中。ジャングルも家屋も、地上の全てを粉砕し尽くさんとする敵の企図、また侮り難きものがある。しかも、我が第一線の将兵の熾烈(しれつ)なる戦闘精神は、その想像に絶する悪疫瘴癘(しょうれい)の地に、あらゆる困難と闘いながら、日夜積極果敢なる攻撃を続行。凄絶(せいぜつ)極まりない死の決戦を戦っているのだ。
千古の密林を踏み分けて、敵陣深く挺身(ていしん)。不屈の闘志に燃えて力闘する前線将兵の勇戦奮闘の跡を見るとき、我ら国民は全てを捧(ささ)げて、一機でも多くの飛行機を、一発でも多くの弾丸を、前線に送らねばならん。今こそ一億国民、一致協力。戦力増強のために総決起の時である。

  

◎最後に標語あり。
「バケツ注水に新兵器」の新兵器って何? 「大阪では、このようなバケツ注水競技大会が行われ」のところで何やら納得。ただし大阪のノリだが、雰囲気は小・中学生の運動会。 本土空襲はこの翌年1944年から始まる。翌々年1945年の東京大空襲大阪大空襲、また広島・長崎での原爆殺戮が起ころうとは誰が想像しただろうか。↓リンク先で映像を(最初の映像)確認できます

日本ニュース 第175号(1943年10月)7分33秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300560_00000&seg_number=004

バケツ注水に新兵器<空の決戦熾烈防衛固し> 01:16
ジャカルタの防空演習<空の決戦熾烈防衛固し> 01:37
反攻撃碎<在支米軍基地攻撃>   01:43
激闘つづく 海軍航空基地     02:50

バケツ注水に新兵器<空の決戦熾烈防衛固し> 01:16
敵機来たらば来たれ。我が防衛の陣、既に全し。虎視眈々(たんたん)、我が本土爆撃の機を伺う敵機の来襲に備えて、本土防衛鉄桶(てっとう)の構えをさらに一層完璧ならしめんと、指導にあたる当局では、常に能率的な消火方法の工夫に努めております。大阪では、このようなバケツ注水競技大会が行われ、各区を代表する隣組員たちは、日頃鍛えに鍛えた腕前を試すのはこのときとばかり、いずれも見事な手並みを発揮して、素晴(すば)らしい成績を示し、防空訓練に貴重な資料を提供しました。

ジャカルタの防空演習<空の決戦熾烈防衛固し> 01:37
また共栄圏第一線のジャワでも、執拗(しつよう)なる敵の猛爆に備えて、鉄壁の防空陣をしいております。訓練空襲警報。子どもたちは時を移さず退避する。空襲下、人っこ一人いないジャカルタの町。焼夷弾落下とともにジャワの隣組は、これぞとばかりたちまち活動を開始。消火作業も日本と同じバケツ注水だ。ジャワ方面陸軍最高指揮官原田中将は、この現地人の真剣そのものの訓練振りを視察し、激励されました。誰も彼もが史上鬼畜のごとき敵撃滅の1つの心に溶け合う大東亜戦争だ。

反攻撃碎<在支米軍基地攻撃>   01:43
我が軍に撃墜された在支米空軍コンソリデーテッドB24の残がい。7月以来、俄然(がぜん)積極的戦法に態度を一変した在支米空軍は、かくのごとく新鋭機を多数繰り出し、各所に空の反攻を展開する。
生き残った搭乗員に対し、厳重なる尋問を行う。敵が一大航空要塞と誇る建甌、衡陽、桂林、昆明などの飛行基地。これらの牙城(がじょう)、断じて抜かざるべからずと、我が陸鷲は荒天を突き、今日の日もまた敵基地爆撃に不屈の攻撃を続けている。

激闘つづく 海軍航空基地     02:50
敵機! 一瞬、ソロモンの我が基地に、すさまじい殺気が漲(みなぎ)る。猛然、隼(はやぶさ)のごとく戦闘機が舞い上がっていく。やったぞ! 敵機重爆が火だるまとなってソロモンの海に吸い込まれていく。機を逸せず、戦爆連合の大集団に報復爆撃の命下る。
一機、また一機、轟々の爆音、巻き上がる砂塵(さじん)。大東亜の大空駆けて日米空の決戦、日ごと夜ごとに凄愴(せいそう)の度を加え、群がり来る敵機の大群に眦(まなじり)を決して発つ、我が海の荒鷲。見よ、鵬翼(ほうよく)堂々、長躯(ちょうく)南をつく。


(最後)

防げ空襲 つけよ戦争保險

(日本ニュース 終)

 

日本ニュース 第176号(1943年10月)9分6秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300561_00000&seg_number=001

天皇陛下 皇后陛下 靖国神社行幸啓 04:13
比島独立              04:49

天皇陛下 皇后陛下 靖国神社行幸啓 04:13
尽忠の英霊、1万9992柱、九段の森に神鎮まりませる靖国神社、秋の臨時大祭。第2日の16日、かしこくも天皇皇后両陛下には、親しく靖国の社頭に行幸啓遊ばされ、護国の英霊に御拝あらせらる。神域には故岩佐海軍中佐母堂、故横山海軍少佐母堂、令姉(れいし)台湾同胞遺族ら4万、粛然として襟を正してお待ち申し上げる中を、定刻天皇陛下には略式自動車鹵簿(ろぼ)にて、靖国の社頭に聖駕(せいが)を進め給う。咫尺の間に尊の竜顔(りゅうがん)を拝し奉る。まこと、皇(すめら)御国の御民のみが知る森厳のひとときであります。
次いで純白の御洋装、ひときわ御気高き皇后陛下には、神域に行啓遊ばされ、護国の神々に御直拝(ごじきはい)あらせられました。その前日、帝国陸海軍部隊は、戦友の英霊よ安かれと、社頭に米英撃滅の決意を誓う。

比島独立              04:49
昭和18年10月14日、フィリピン共和国は堂々その独立を全世界に宣言。この日独立式典に先立つ午前8時、黒田比島方面陸軍最高指揮官、厳かに軍政の撤廃を宣す。
「・・・もって比島占領地域内における軍政の施行を撤廃する。昭和18年10月14日、黒田大日本陸軍司令官。」
9時40分、フィリピンがアジアのフィリピンとして歴史の第一歩を踏み出す祭典の幕は開かれ、フィリピン共和国の初代大統領ラウレル博士は、独立準備委員長の資格をもって、厳かに独立宣言文を朗読。
「我々は今、300有余年にわたる欧米の支配を脱却して、完全なる独立国家として出発する旨を闡明(せんめい)。」
フィリピンは今こそ、栄光に輝く独立国家として更生したのだ。見よ、独立の栄光に輝く国旗が、嚠喨(りゅうりょう)たる国歌の吹奏のうちにするすると揚がる。この聖なるこの瞬間、参列する全ての人々は、この喜びの日を見ずして、独立に殉じた祖先の勲しと、アジア解放のために尊くも散った友邦(ゆうほう)日本の将兵に対し、心からなる黙祷(もくとう)を捧(ささ)げたのであります。
ラウレル博士は毅然(きぜん)たる口調をもって、大統領就任の挨拶を述べ、大東亜の一環としてアジアに目覚めた新しきフィリピンの進むべき方向を明らかにした後、国民の決起をうながしました。
次いで隊伍堂々、比島の未来を祝福すべき、溌剌(はつらつ)たる青年男女の大行進が展開されました。今日こそ声高らかに、祖国の歌を歌え。大地を蹴(け)って堂々進め。
また帝国政府は、独立完了するや、即日これを承認。さらに同日、我が村田特命全権大使と比島レクト国務大臣との間に、同盟条約の調印を終了したのであります。かくて新生フィリピン共和国は、帝国政府とともに大東亜共栄圏建設、および大東亜戦争完遂につき、政治、経済、軍事、あらゆる分野における緊密なる提携協力をなすべきことを、中外に闡明したのであります。

 

日本ニュース 第177号(1943年10月)12分4秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300562_00000

決戦<南太平洋海戦> 06:15
学徒出陣       05:46

決戦<南太平洋海戦> 06:15
《字幕》(アナウンス有り)
「昨年十月廿六日、南太平洋海戦に於いて、吾が海軍航空部隊は、敵空母集団を猛襲せり。本映画は敵空母ホーネット艦上より敵側により撮影されたるものにして、故意に米空母の不沈性能をば宣傳(せんでん)せんとする編輯(へんしゅう)の跡をみるも、右空母は本海戦に撃沈せられたる事実は、後日敵側も自ら発表せる所なり。本映画に依って吾々は近代戦の凄愴苛烈(せいそうかれつ)なる様相に接すると共に、南冥(なんめい)の空遠く、護国の華と散りゆく勇士の崇高なる姿を眼のあたりにし、吾が将兵の勇猛類ひなき攻撃精神に、襟を正し頭を垂れるものである。」

逃げ惑う敵航空母艦。
死に物狂いの防御砲火の中へ突っ込む我が雷撃機。
ホーネット連続急旋回で攻撃より逃れんとす。
我が魚雷命中、ホーネットの巨体揺らぐ。
ホーネットの機関部破壊して速力低下。慌てふためく敵兵なすところを知らず。
「壮烈、南太平洋に護国の華と散った英霊に報ゆるの道は唯一つ。仇敵(きゅうてき)米英の反攻を撃砕。もって皇国を磐石の安きに置くあるのみ。さらば一億挙げて戦闘配置へ。」

学徒出陣       05:46
秋雨煙る明治神宮外苑競技場。全日本学徒が多年(音声中断)、武技を練り、(音声中断)技を競ったこの聖域に、10月21日朝まだき、出陣学徒壮行の式典、厳かに挙行(音声中断)。
大君に召されて戦いの庭に出で立つ若人。今日こそは省みなくてはるかに宮城を遙拝(ようはい)し奉る。
「奏上、内閣総理大臣閣下に対して敬礼、頭、右、直れ。」

〈東條内閣総理大臣〉
「御国の若人たる諸君が勇躍学窓より、征途に就き、祖先の遺風を昂揚し、仇なす敵を撃滅をして皇運を扶翼し奉るの日は今日(こんにち)来たのであります。大東亜十億の民を、道義に基づいてその本然の姿に復帰せしむるために壮途に上るの日は今日(こんにち)来たのであります。私は衷心より諸君のこの門出を御祝い申し上げる次第であります。もとよリ、敵米英におきましても、諸君と同じく幾多の若き学徒が戦場に立っておるのであります。諸君は彼等と戦場に相対(あいたい)し、気魄(きはく)においても戦闘力においても必ずや彼等を圧倒すべきことを私は深く信じて疑わんのであります。」

〈学生〉
「学徒出陣の勅令、公布せらる。予(か)ねて愛国の衷情を僅かに学園の内外にのみ、迸(ほとば)しめ得たりし生(せい)らは、ここに優渥(ゆうあく)なる聖旨を奉体して、勇躍軍務に従うを得るに至れるなり。豈(あに)、感奮興起せざらんや。生ら今や、見敵必殺の銃剣をひっ提げ、積年忍苦の精進研鑚を挙げて悉(ことごと)くこの光栄ある重任に捧げ、挺身以て頑敵を撃滅せん。生らもとより生還を期せず。誓って皇恩の万一に報い奉り、必ず各位の御期待に背かざらんとす。決意の一端を開陳し、以て答辞となす。昭和18年10月21日、出陣学徒代表。」

〈東條内閣総理大臣〉
「諸君のめでたき征途にのぼれるところの第一歩にあたります。諸君とともに聖寿の万歳を心の底から三唱いたしたいと思います。天皇陛下、万歳、万歳、万歳。」

「万歳、万歳、万歳。」

 

1943年11月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=194311

日本ニュース 第178号(1943年11月)10分27秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300563_00000&seg_number=002

天皇陛下行幸 第八十三議会開く 04:00
インド仮政府樹立 民衆大会<大東亜共栄譜> 01:18
汪主席の激励演説        00:18
国府の双十節<大東亜共栄譜>  00:43
バルガス氏 初代駐日比大使に<大東亜共栄譜> 00:41
断乎たり 我が撃滅陣      03:18

天皇陛下行幸 第八十三議会開く 04:00
戦力の増強を飛躍的に推進せんとする第83臨時議会は、かしこくも天皇陛下の親臨(しんりん)を仰ぎ奉り、10月26日開院式が挙行されました。同日午後、東條首相は衆議院において、施政演説を行いました。
「敵米英はあらゆる危険を冒し、手段を選ばずして反攻の挙に出、戦闘は日に日に熾烈(しれつ)の度を加えておるのであります。今こそ一億国民ことごとくが総員戦闘配置に就き、官民一人ひとりが新しく生まれ変わった気迫をもって、文字通り完勝の一点に総力を集中しなければならん時であります。政府はまず行政運営の決戦下方策といたしまして、農商省、軍需省、運輸通信省の設置を始めといたしまして、行政機構の整備を行い、再びその職員の大幅縮減を図り、また、官庁事務の刷新を図りますとともに、予算を徹底的に単純化することに方針を決定いたしたのであります。今や国内体制の徹底的強化が最も迅速に、また最も力強く、実行されるや否やは、まさに大東亜戦争の成否を決すべきものと考えるのであります。多年、米英蘭の蹂躙(じゅうりん)に任せ、この搾取に苦しんでおりましたる東亜は、今や大東亜のための大東亜となり、道義に基づく新しき世界建設の先駆として、力強く発足いたしておるのであります。この時にあたりインドの志士、スバス・チャンドラ・ボース氏のもとに、憂国のインド人は、祖国解放のために結束して立ち上がり、来る10月21日、インド仮政府の樹立を見るにいたったのであります。今後帝国は、同政府をあくまでも支援し、インドの独立と解放のためには、あらゆる力を致さんとの決意を本議場を通じ、中外に声明しえますることは、我々の誠に喜びとするところであります。」

インド仮政府樹立 民衆大会<大東亜共栄譜> 01:18
昭南において活発な活動を続けていたインド独立連盟は10月21日、自由インド仮政府を樹立し、スバス・チャンドラ・ボース氏は主席兼国民軍総司令に就任しました。このインド独立運動史上における歴史的発足を祝するインド民衆大会が、10月24日、昭南市において開催され、ボース氏はインド独立のために、終始深甚なる好意と同情を寄せた帝国の変わらざる支援に対し、心から感謝の意を表明したる後、この帝国の道義的協力に対しては、独立達成の重大責務をあくまで実現することによって報うるのみであると、堂々インド進軍の固き決意を述べました。参集せる国民軍兵士、民衆は、熱狂的歓呼をもってこれに応え、デリー入城のその日まで、一身を捨てて戦い抜かんことを誓ったのであります。

汪主席の激励演説        00:18
中華民国参戦下、初めて迎う双十節。10月10日、汪主席以下要人参列のもとに、南京において厳粛なる記念式典が挙行されました。

国府の双十節<大東亜共栄譜>  00:43
さらに上海でも、市長兼保安司令陳公博氏統監のもとに、軍装凛々(りり)しい中国軍隊の閲兵式が行われました。かつては租界の汚名のもと、米英侵略の拠点も今は昔。中国に還った上海市街を歩武堂々行進する中国陸軍。日華同盟新たに結ばれ、共栄建設に進む中国の前途は明るく、力強いものが宿されております。

バルガス氏 初代駐日比大使に<大東亜共栄譜> 00:41
約1年5ヶ月の間、行政長官の任にあたり、我が軍政に協力したホルフェ・B・バルガス氏は、今回フィリッピン共和国の初代駐日全権大使に任命され、その宣誓式が10月25日、マラカニアン宮殿において行われました。新駐日大使バルガス氏は、ラウレル大統領に対し、この光栄ある責務の遂行と日比協力関係促進に身命を投げ打つ旨を、宣誓いたしました。

断乎たり 我が撃滅陣      03:18
ソロモン方面の航空部隊の反攻とともに、再びアメリカは空母集団の蠢動(しゅんどう)を開始し、近くは南鳥島、大鳥島への来襲を試みる時、これを迎え撃つ我が無敵艨艟(もうどう)、最近の英姿。敵の挑み来る決死総反攻にも、我が布陣ここに厳として揺るぐことなし。
我が北支軍は9月中旬以来、華北地区に巣食って執拗(しつよう)な攪乱(こうらん)工作を繰り返す中共軍に対し、果敢なる掃滅作戦を続行しています。華北平原を南北に走る大興安岳の諸山渓に潜む敵を急追。峻険(しゅんけん)を走破して進撃する我が勇士の労苦は、まさに言語に絶するものがあります。大陸の秋は早く渓流の水は身に染みわたる。山腹の敵を征圧しつつ拠点部落に突入。焦土戦術による破壊しつくされた敵敗退の跡。敵はこの廃墟に地雷を敷設していた。装備著しく低下し、今は手製の地雷による敵必死のゲリラ作戦も、我が怒涛(どとう)の進撃の前には何ら効なく、敵は今や歩一歩と、敗退のふちへ追い込まれているのであります。

 

日本ニュース 第179号(1943年11月)22分57秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300564_00000

共栄の理想顕現 大東亜会議 03:34
世界史創建の大憲章 大東亜共同宣言成立 13:18
十億結集国民大会      05:57

共栄の理想顕現 大東亜会議 03:34
光は東方より。古きアジアの終焉を告げ、新しき世界歴史の進展を宣言する大東亜会議。大東亜各国代表は、東京羽田飛行場に相次いで到着いたしました。11月1日(いちじつ)、中華民国代表、行政院院長汪精衛閣下、並びに列席者。続いて満洲国代表、国務総理大臣張景恵(ちょうけいけい)閣下、並びに列席者。翌2日、フィリピン国代表、大統領ホセ・ベ・ラウレル閣下、並びに列席者。3日、泰国代表首相代理ワンワイ・タヤコン殿下、並びに列席者。続いてビルマ国代表、内閣総理大臣、ウ・バー・モウ閣下、並びに列席者。これより先10月31日、自由インド仮政府首班、スバス・チャンドラ・ボース閣下は、帝国政府の同政府承認に対し、感謝の意を表明するため来朝し、たまたまこの世紀の大会議に陪席する光栄を担ったのであります。かしこくも天皇陛下には、大東亜会議に列席し、共栄圏の輝ける歴史に燦(さん)たる1ページを記録すべき重大使命を担って来朝せる中華民国、泰国、満洲国、フィリピン国、ビルマ国の代表を、11月4日宮中に召させられ、御歓待・御激励の思し召しをもって午餐(ごさん)を御催し遊ばされました。

世界史創建の大憲章 大東亜共同宣言成立 13:18
菊薫る5日、この日、世界の視聴を浴びて帝都にそびえる白亜の議事堂に、大東亜6ヶ国の代表、一同に会す。劈頭(へきとう)、帝国代表東條総理立って所見を開陳。
「今次の戦争は大東亜の全民族にとりましては、実にその興廃の分かるる一大決戦であります。この戦いに勝ち抜くことによりまして、初めて大東亜の諸民族は永遠にその存立を大東亜の天地に確保し、共栄の楽しみをともにいたしますることができるのであります。もとより、米英はその頼みとする物質的戦力を挙げて、大東亜に反攻を繰り返すことは当然であります。大東亜の諸国家はその全力を尽くし、これを徹底的に破砕し、さらに彼らに痛撃を加え、もって戦争を完遂して、大東亜永遠の安定を確保しなければならんのであります。道義に基づく大東亜の新建設は、現に(音声中断)の真っ只中にあって着々として、実現を見つつあるのであります。」


≪日本代表東條首相≫
「これより再開をいたします。本日午前の議事におきまして、議案に関する質疑および討論を終了いたしました。よって、ただいまから採決を行います。ここに改めて議案を朗読いたします。大東亜共同宣言。そもそも世界各国が各々そのところを得、相倚り、相扶けて、万邦(ばんぽう)共栄の楽しみをともにするは、世界平和確立の根本要義なり。しかるに米英は自国の繁栄のためには、他国家他民族を抑圧。特に大東亜に対しては、あくなき侵略、搾取を行い、大東亜隷属化の野望をたくましうし、遂には大東亜の安定を根底より覆さんとせり。大東亜戦争の原因、ここに存す。大東亜各国は相提携して、大東亜戦争を完遂し、大東亜を米英の桎梏(しっこく)より解放して、その自存自衛を全うし、左の綱領に基づき、大東亜を建設、もって世界平和の確立に寄与せんことを期す。一つ、大東亜各国は共同して大東亜の安定を確保し、道義に基づく共存共栄の秩序を建設す。一つ、大東亜各国は相互に自主独立を尊重し、互助敦睦の実をあげ、大東亜の親和を確立す。一つ、大東亜各国は相互にその伝統を尊重し、各民族の創造性を伸暢し、大東亜の文化を高揚す。一つ、大東亜各国は互恵のもと緊密に提携し、その経済発展を図り、大東亜の繁栄を増進。一つ、大東亜各国は万邦との交誼(こうぎ)を篤うし、人種的差別を撤廃し、あまねく文化を交流し、進んで資源を開放し、もって世界の進運に貢献す。」

世界史を画するこの一瞬。

≪日本代表東條首相≫
「満場一致をもちまして、事案は採択されました。よってここに、大東亜共同宣言は成立をいたしました。これをもちまして予定の議事を終了いたしましたが、他に別にご発言はありませんか。」
イギリス帝国主義の圧迫のもと、いばらの道をともに歩み励ましあって今日の喜びの日を迎えたビルマ国代表バー・モウ首相立って、自由インド仮政府支援の発言をなす。
「インドの独立なくしてアジアの自由なし。インドとビルマの共同の敵は、かのイギリス帝国である。私は私の闘争の体験から、武力なき戦いは無力であると痛感するに至った。かかる見地から、インドの武力奪還を提唱され、かつ闘争されてきた、我が友スバス・チャンドラ・ボース閣下こそは、独立首相の最適任者である。アジア10億の民衆、団結なった今日、インドの独立、また近きを確信する。」

大東亜会議が送る絶大の支援に対し、自由インド仮政府首班ボース閣下立って、インドにあっては完全なる独立か、しからずんば死滅あるのみと、抗英武力決戦の固き決意を披瀝(ひれき)。熱烈たるその叫びは、深く一同の胸に食い入り、インド4億の民衆の先頭に立ち、イギリス打倒に驀進(ばくしん)する偉大なる指導者に、満場の聴衆、粛然として無言の激励を送る。

東條首相立って、重大発言を行う。

≪日本代表東條首相≫
「憂国のインド人は立ち上がり、そのインドを思い、アジアを思う熱情の切々たるものありますることは、ただいま自由インド仮政府首班閣下の演説におきましても、これを明、明らかにされたところであります。同政府のもとに、決起せる同志の(聞き取り困難)、貫徹の気迫、烈々として、結束とみに(聞き取り困難)の現状にかんがみまして、ここにインド独立の第1階梯(かいてい)といたしまして、帝国政府といたしまして、目下帝国軍において占領中のインド領でありまするアンダマン諸島、およびニコバル諸島を、近く自由インド仮政府に帰属せしむるの用意ある旨を、この席上において帝国はこれを闡明(せんめい)いたす次第であります。」
かくて第2日の大東亜共同宣言に見る、偉大なる成果を収めた大東亜会議は、ここに幕を閉じたのであります。

十億結集国民大会      05:57
大東亜会議閉幕の翌7日、一億の火と燃える決意を中外に示す大東亜結集国民大会は、帝都日比谷公園において挙行され、歓呼のうちに東條首相登壇。
「国民諸君、大戦争の真っ只中にあるにも関わりませず、ここに本日、中華民国、タイ国、満洲国、フィリピン国、ビルマ国、および自由インド仮政府をそれぞれ代表されるところの各閣下をお迎えをいたしまして、大東亜結集国民大会を開催せるに至りましたることは、実に昭和の御代におきまする一大盛儀でありまして、諸君とともに誠に慶祝に堪えんところであります。」
次いで、国民大会の名において大東亜戦争完遂の決議を行う。
「全東亜はいよいよその共同の使命に呈し、一挙不動の信念のもと、その協力を凝集してあくまでも大東亜戦争を完遂し、再び大東亜において、米英の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)を許さず、もって世界新秩序の建設に協力せんことを期し、右、決議す。」
いよいよ大東亜各国代表の挨拶に入る。
汪代表の熱弁に聞き入る中国留学生。
母国の指導者に拍手をおくる比島留学生。
また盟邦ドイツ代表もこれに加わり、道義一つに結ばれた参会者の戦意はいよいよ上がったのであります。
「天皇陛下、万歳、万歳、万歳。」

 

日本ニュース 第180号(1943年11月)10分40秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300565_00000&seg_number=003

中学生の洋上訓練<断乎敵撃滅>   01:12
中学生に近代兵器訓練<断乎敵撃滅> 00:56
八万学徒空の進軍<断乎敵撃滅>   03:39
ブ島沖航空戦の戦果発表<断乎敵撃滅> 01:57
千島来襲の米機撃墜<断乎敵撃滅>  01:12
雷撃訓練<断乎敵撃滅>       01:35

中学生の洋上訓練<断乎敵撃滅>   01:12
重大なる決戦の風雲まさに至らんとす。我が軍の猛攻により出撃の都度、殲滅(せんめつ)されつつも、執拗(しつよう)なる敵の反攻は止むことを知らず、量を頼んですきあらば反撃せんとする敵の企図、我ら断固粉砕せざるべからず。大阪、兵庫の全中学校生徒代表約1000名は、このほど大阪湾上において、大成丸他、4隻の練習船に分乗。決戦下における海上勤務の実際を、徹底的に体得。敵撃滅の決意を一段と高揚いたしました。

中学生に近代兵器訓練<断乎敵撃滅> 00:56
また京都市では近代戦の様相に鑑(かんが)み、若き学徒の科学知識を高め、軍事能力の増進を図るべく、全市の男子中等学生に対し、科学兵器の技術訓練を実施中である。すなわち、同市技術科学館において、隊員指導のもと若き学徒は、今や敵必滅の意気も高らかに、内燃機関、通信、航空機等の実地訓練に全身を打ち込んでいるのであります。

八万学徒空の進軍<断乎敵撃滅>   03:39
10月14日、東京後楽園運動場に上がる、学徒大空への進軍の雄たけび。祖国の急に、蹶然(けつぜん)起った学徒は、今ぞ大空の決戦場へ。軍需省航空兵器総局長官、遠藤中将、激励の辞を贈る。
「諸君の父、諸君の兄、諸君の叔父、諸君の従兄弟、諸君の先輩、僚友は、目下、未曽有の国難に直面し、強敵米英ならびにその同類を相手に、あるいは南溟に、あるいは北海に、はたまた大陸に力戦健闘、報国の護りについておるのであります。」
《銃後、女学生代表》
「鬼畜米英の死命を制する者は、誠に航空機であります。十億進軍の先兵たる者は、実に搭乗員であります。決戦の大空へ、これこそ若き私たち、異口同音の誓いであります。すでに一億戦闘配置につくべきことはもう(聞き取り不能)ます。私ども女学生のゆくべき道もまた、自ずから明らかであります。私どもは全力を尽くして、銃後女性の生活をいよいよ深め高めつつ、国家の期待に沿うべきをお誓いして、空の進軍にお応えする次第でございます。」
《学徒代表》
「ここに、学徒出陣の聖命を拝し、ただただ感泣、一切を放擲(ほうてき)して、宿敵撃滅に推進せるのを誓い、ますます固きものあり。この決戦の様相は、いよいよ苛烈(かれつ)にして、なかんずく制空権を巡る空の死闘は、まさに凄愴(せいそう)を極めており、今ぞ学徒数十万、剛の空に羽ばたきて、敵を微塵に粉砕。皇国永遠の勝利を確立するの時は至り。思えば我らが積年の研鑽(けんさん)は、実にこの光栄に捧(ささ)げんがためにし、広大無辺なる皇恩に応えし奉り、われをして今日あらしめたる父母の恩に報いるの道、まさにここにあり。さらば我ら、砕骨砕身、雄渾(ゆうこん)なる気迫と強健なる体躯をもって、敵撃滅の大空へ挺身せん、右宣言す。」
折から、学生機の編隊、会場上空に飛来。一身粛然たる会場は歓呼の嵐と化す。新鋭戦闘機「鍾馗」の英姿。続いて、新重爆「呑龍(どんりゅう)」の雄姿。

ブ島沖航空戦の戦果発表<断乎敵撃滅> 01:57
≪大本営海軍部報道部課長栗原大佐≫
「大本営発表、昭和18年11月9日16時、帝国海軍航空部隊は11月8日朝以来、ブーゲンビル島南方海面において、敵輸送船団ならびに護衛艦隊を猛攻中にして、ただいまのところ判明せる戦果、左のごとし。戦艦3隻、撃沈、巡洋艦2隻、轟沈(ごうちん)、駆逐艦3隻、撃沈、輸送船4隻、撃沈、戦艦1隻、炎上大破、大型巡洋艦3隻以上大破、巡洋艦(もしくは大型駆逐艦)3隻炎上大破、大型輸送船1隻炎上大破、12機以上撃墜。我が方の損害、自爆・未帰還、合計15機。<注>本航空戦を第2次ブーゲンビル島沖航空戦と呼称す。終わり。」

千島来襲の米機撃墜<断乎敵撃滅>  01:12
濃霧に紛れてまたも敵機、我が北方基地に襲い来る。死に物狂いの敵機の来襲をがっちり受け止めて、対空砲火が一斉に砲門を開く。
猛爆の後、撃墜された敵機の残がい。敵はたたかれてもたたかれてもやってくる。北方に出没するとともに10月末、敵は我が南方最前線の要衝ラバウルを奪還せんと、有力なる機動部隊を編成し、大挙ブーゲンビル島付近に北上しきたったが、我が見敵必殺の雷撃隊はこれを邀撃(ようげき)、不滅の大戦果を挙げたのである。

雷撃訓練<断乎敵撃滅>       01:35
見よ、訓練に訓練を重ねる我が雷撃機の雄姿を。かくのごとき凄烈(せいれつ)なる肉迫攻撃があのような大戦果を挙げたのである。我々はこの壮烈極まりなき雷撃隊の雄姿の前に、ただただ感謝の頭を垂れるとともに、さらに固く航空機増産への誓いを固くするものである。

始めに戻る

|

« 日本ニュース 戦争証言アーカイブス 第141号(1943年2月)〜第160号(1943年6月) | トップページ | 日本ニュース 戦争証言アーカイブス 第181号(1943年11月)〜第200号(1944年3月) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91038/64907574

この記事へのトラックバック一覧です: 日本ニュース 戦争証言アーカイブス 第161号(1943年7月)〜第180号(1943年11月):

« 日本ニュース 戦争証言アーカイブス 第141号(1943年2月)〜第160号(1943年6月) | トップページ | 日本ニュース 戦争証言アーカイブス 第181号(1943年11月)〜第200号(1944年3月) »