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2017年1月13日 (金)

日本ニュース 戦争証言アーカイブス 第221号(1944年8月)〜第240号(1945年1月)

 特に戦前の日本ニュースは、大本営発表で検閲済み国策映像。ただし、それはそれで当時の空気を想像・実感するのに役立つ貴重な資料映像です。すべてリンクと再生テキストを資料保存しておきました。なおリンク先ではすべて映像を見ることができます

 

日本ニュース 戦争証言アーカイブス
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi

日本ニュース一覧
「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。制作したのは、「日本映画社」(※)で、1940年にそれまで4つに分かれていた新聞社や通信社のニュース映画部門を国策により統合したものです。
戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。「戦争証言アーカイブス」では、1940年(昭和15年)の第1号から、戦後も含め、1948年末までのものを公開しています。

※(1941年5月までの会社名は「日本ニュース映画社」)
※日本ニュース戦後編の再生テキストは、国立歴史民俗博物館の協力で作成しています。

 

日本ニュース 第221号(1944年8月)8分24秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300349_00000&seg_number=005

征け空の少年兵 東北大会(福島)  02:44
征け空の少年兵 八王子大会(東京) 02:09
南方通信 タイ国 新首相にアパイウォン氏 00:46
鍛える青少年(ジャワ)       01:03
マライ義勇軍            00:35
ジャワ防衛義勇軍          01:02

征け空の少年兵 東北大会(福島)  02:44
 ともに行かん、大空へ。たくましくも大空に天かける陸軍少年飛行兵が、今こそ我等(われら)に続けと少国民に呼び掛(か)ける。8月20日、福島市の少国民空への総蹶起(けっき)大会。大会統監、太田少将の激励の辞。

<太田少将:
 ここに、米英撃滅の必勝の信念を固く堅持せられて参集せられたる、諸君の元気な顔を見て、誠に心強く思う次第であります。否、むしろありがたいという気持ちでいっぱいであります。今や戦いは関ヶ原というべきであります。我等大和民族は、死力を尽くし、死にものぐるいになって米英を撃滅いたさなければならんのであります。>
 空への決意、空の決戦を誓う少国民代表。

<少国民代表:
 我にはまた、その百倍の覚悟があります。すなわち、天地の正義のために、大東亜十億の民衆のために、宿敵米英の最後の一兵までたたきつぶし、その五海の一線に至るまで我になびかせるまでは、断じて一歩たりとも退くものではありません。この覚悟をもって、先輩諸兄、既に大陸中の第一戦にあり、我等また、深くその後に続かんとしております。ワシントン、ロンドンの爆撃は我等が引き受けました。>

 続いて太田統監の下、若鷲進発の偉容(いよう)もかくやと、堂々の分列行進に移る。

征け空の少年兵 八王子大会(東京) 02:09
 同じ20日、総蹶起(けっき)大会は八王子市においてもはなばなしく繰り広げられ、少国民の意気、まさに天を衝(つ)くものがあった。

<軍人 青年>
 「諸君、この親愛なる我が故郷の諸君、我等(われら)国民の一人一人が身を挺(てい)して戦うときが来たのであります。諸君は毎日教室でこの米機と戦っております。もちろん、戦う方法はいくらもありましょうが、大空より来る敵を直接大空において撃滅することは、男子として最も意義あり、最もはなばなしいことではありませんか。煌々(こうこう)とまぶしい銀翼を輝かせて、敵殲滅(せんめつ)に向かうあの爆撃機の勇姿こそ、我が元気はつらつたる青少年の姿でなくてなんでありましょうか。来たれ、諸君。来たって我等のごとく空の少年兵となれ。」
 やがて敵機と渡り合う護国の翼を、姉さんたちはどんなに祈りを込めて空へ送るか。

<姉さん>
 「皆さまの乗られる飛行機は、弾丸は、必ず私たちの手で送り届けます。少国民の皆さんには、いささかの躊躇(ちゅうちょ)もなく、先輩に続き、立派な少年飛行兵となって、鬼畜米英撃滅の大きな力となってください。私も一人の日本の姉として、あくまで戦い抜くことをはっきりと申し上げます。」

南方通信 タイ国 新首相にアパイウォン氏 00:46
 クヮン・アパイウォン氏を首班とする、タイ国新内閣は、8月3日、成立。5年有余の久しきにわたったピブン内閣の後を受けて、大東亜戦争完遂の決戦施策に邁進(まいしん)することとなりました。ブン・スパチャラタイ内務大臣。シ・セナ・コンバットシリ外務大臣。
タイ日親善強化を期する新内閣閣僚。

鍛える青少年(ジャワ)       01:03
 ジャワの学徒も決戦勤労に挺身(ていしん)している。あるいは兵器の手入れに、あるいは食糧増産に。勤労を通じて滅敵への闘魂は灼熱(しゃくねつ)の南の太陽にも劣らず、火と燃える。男子が敵機敵軍撃滅の砲門を磨くとき、女子は弾丸の一発、一発に、ジャワ防衛の決意を磨く。道義の戦いを勝ち抜くために。

マライ義勇軍            00:35
 イギリス東洋艦隊の増強を伝えられる、インド洋に面したマライ。このマライの青年たちは、先に義勇軍を編成。陸続と郷土防衛に投じ来たっていたが、このほどこの義勇軍に対し綱領が定められ、記念の分列式が行われた。
綱領、ひとつ、我等(われら)マライ義勇軍は、マライの興隆、大東亜建設とに貢献せん。

ジャワ防衛義勇軍          01:02
 燃える太陽。真っ黒な顔に玉なす汗。訓練、また訓練のジャワ防衛義勇軍。郷土防衛の大任を帯びて、義勇軍が組織されたのは昨年の末であったが、我が現地軍のたゆむことなき指導を受けて、ジャワ青年たちの胸には、かつて覚えぬ必勝の気迫がみなぎっている。来たらば来たれ、敵ぞ知れ。日本軍とともに肉弾突撃のこの威力。

 

日本ニュース 第222号(1944年8月)10分11秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300350_00000&seg_number=002

北九州敵機撃墜            02:27
南方通信 現住民が戦闘機献納(マライ) 01:10
日本軍に協力のサルタン(ボルネオ)  00:35
巡回歌舞演芸隊(ジャワ)       00:50
女性戦線 車掌・操車掛に女子鉄道員  03:31
飛行機工場に働く女子挺身隊      00:38
女性の職場 製薬工場         00:58

北九州敵機撃墜            02:27
 8月20日、在支米空軍、四度北九州、中国西部に来襲。制空部隊、これを邀撃して熾烈(しれつ)なる戦闘を交え、たちまち撃墜23機を数う。燃えくすぶるB-29の残骸(ざんがい)、既に原型をとどめず。およそ80機をもって不敵にも、白昼、我が鉄鋼生産の要地、八幡を窺(うかが)いし、アメリカの野望、灰燼(かいじん)に帰す。ルーズベルトよ、見よ、知れ、かくも醜い姿こそは、汝等侵略主義のなれの果てである。我が本土空襲のために生産を急ぐと伝えられるB-29。いかにこれを大量に繰り出すとも、我が鉄壁制空陣は、これに徹底打撃を与うるのみ。腕一本、我が本土の土に触れ、もって目的を達したりとするか。
補助タンク。鉄兜(てつかぶと)。飛行靴。支那(シナ)大陸への不時着を予定して、星条旗にアメリカ国籍証を付す。未練極まりなし。

 軍、官民一体の防空活動は、被害を最小限にとどめて、復旧作業は直ちにめざましく進行する。250キロ爆弾の威力なし。このとき、我等(われら)は深く山田曹長、野辺軍曹、高木兵長、三勇士体当たりの尽忠を思い、かつはあとに続く者あるを信ずと散華せる野辺軍曹の期待に背くなかれと期するものである。

南方通信 現住民が戦闘機献納(マライ) 01:10
 十億で守り築こう、大東亜の空。米英に再びは踏ませぬマライの地。ぼくらの飛行機、我等(われら)の戦闘機を大空へ送る住民の顔に喜びは映えて、空も快晴の戦闘機献納式。
飛んだ、飛んだ。日本軍の戦闘機。マライ人、インド人、華僑の戦闘機。打ち振る日章旗に勝利は満ちあふれて、大空の守りは完ぺきだ。

日本軍に協力のサルタン(ボルネオ)  00:35
 燦然(さんぜん)と胸に輝く大きな徽章(きしょう)も誇らかに、にっこり笑った南のサルタン。
きょうからは北ボルネオ、ミリー州の名誉参事。日本軍のボルネオ上陸を諸手(もろて)を挙げて歓迎した、このブルネイのサルタンに、新しく訪れた活躍と栄光の日である。健闘を祈ろう。

巡回歌舞演芸隊(ジャワ)       00:50
 トラックにお楽しみをいっぱい詰めて、ジャワの村々を次から次へ。今様宝船の巡回歌舞演芸隊。
戦おう、造ろう、必勝と増産の掛け合いに、インドネシアの顔もほころび、日本の恵みは村々に行き渡る。かつて思いもかけなかった楽しい一時。

女性戦線 車掌・操車掛に女子鉄道員  03:31
 引き受けました、決戦輸送。激しい訓練も踏み越えて、男子に代わる国鉄の輸送戦士。車掌、通信、転轍(てんてつ)、連結開放。どんな難しい仕事でも見事にこなす。これこそは国家興廃の決戦に、決然戦う日本女性の力の塊。
保線。重勤労働の保線にまでも、勝ち抜く女性は乗り出している。振り上げるツルハシのひと打ちが、列車の安全を保障する。

<鉄道員:
これを動かしますと、主電動機に通る電流が次第に高くなる。速力が速くなります。電流を切るのには、逆に回して、開放の位置まで戻す。ちょっとやってみます。>

 戦う女性は厳しい判断の力を身に着けて、恐れず、あわてず、電車も運転。

<男性:
 右切って、左へ切って、停止。後退。戸を開けて後ろを見る。左に切りながら下がる。前に切っていく。停止。>

 前進、後退も思いのまま。大型貨物自動車の重いハンドルも正しく切って、輸送の隘路(あいろ)、補助(?)運送に挺身(ていしん)する。東京自動車区に出陣すれば、重要物資が待っている。彼女たちの輸送を待っている。

飛行機工場に働く女子挺身隊      00:38
 戦いの勝敗を決する航空機の増産こそ、今やまさに皇国女性の双肩にかかっている。細かい心遣いで立派な飛行機を。決死の頑張りで大量に前線へ送ろう。

女性の職場 製薬工場         00:58
 薬品の分析と調合に、緻密(ちみつ)な頭脳と器用な手元が、狂いを見せぬ。さて8月8日、女子使用標準率が定められた。最高60%以上を女子が担当する作業場は8種に上るが、そのひとつ、この製薬工場はもう100%の好成績。前線の将兵、銃後の国民よ、彼女たちのやさしい心が守り続ける。決戦女性の職場は、ますます広く、生産の戦いを担ってその責務はますます重大。今ぞ最後の勝利へ、必死、総進軍の時は来た。

 

1944年9月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19449

日本ニュース 第223号(1944年9月)7分43秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300351_00000&seg_number=001

全土に徴兵制(台湾)     02:18
朝鮮同胞も戦列へ       00:58
満州国増産譜 ラマ僧も勤労奉仕(錦州省) 01:51
在満女学生も田植応援へ    00:42
東京興安開拓団の収穫と夏祭り 01:51

全土に徴兵制(台湾)     02:18
 昭和19年9月1日。全台湾が待ちに待った徴兵制実施の光栄を迎う。この歴史的栄光の日、在京の台湾学徒300名は、宮城を拝して広大無辺の聖恩に応え奉らんことを誓ったのである。

(天皇陛下 万歳三唱)

 この日、はるかに東天を拝し、現地台湾は慶祝の一色。やがて軍旗の下にはせ参ずる若人の門出を祝し、台湾神宮に参拝の人波、引きも切らず。
その父も、その姉も、弟も、既に護国の礎として同胞数多(あまた)神鎮まります建功神社に詣で、決戦下における皇国民たるの固き決意と、武運の長久を祈る。
 同じ日、台北では長谷川総督、安藤軍司令官臨席の下に、感謝決意表明大会を開催。長谷川総督の告示。ついで安藤軍司令官の訓辞あり。内台一如、相ともに携えて、断々固として米英を撃滅。大いなるこの責務の完遂を期すべく、全島民の熱誠を吐露したのであった。

朝鮮同胞も戦列へ       00:58
 昨年8月、朝鮮に徴兵制施行せられてより、ここに満1年、半島同胞の輝かしき入営の時、至る。この晴れの壮途に備える半島若人の激烈の気迫。在満壮丁のこの練武の姿を見よ。
我等(われら)、建軍の本義に徹せんと、ひたすら修養研鑽(けんさん)にいそしむその意気や、既に第一線にあり。約2か月にわたる、ここ吉林省の尚武台。国立中央青年錬成場におけるたゆみなき練磨は終わった。燃ゆる闘魂を胸にたぎらせる彼ら、堂々の分列行進。かくて聖なる戦列目指して、彼らは巣立つ。

満州国増産譜 ラマ僧も勤労奉仕(錦州省) 01:51
 大きなスコップやモッコを担いで、ラマ教の坊さんたちが生産の基礎、石炭増産に繰り込んできた。満州国錦州省トモトサキのラマ僧300名の勤労奉仕隊。
若い活(い)き仏ガラサンの陣頭指揮に、袈裟(けさ)と衣を作業衣に代えて、坊さんたちは石炭運びにものすごい馬力だ。
ラマ教宗徒の信望を一身に集める僧侶たちの必勝の祈りは、米英撃滅に一念をこらし、勤行と勤労に宗徒の先頭を切って、これ努める。一心に働くその姿。ここにも脈々と波打つ大東亜総決起。

在満女学生も田植応援へ    00:42
 大東亜の乙女はみんな働く。挺身(ていしん)隊へ飛び込んでいく。満州国の女学生も、兵站(へいたん)基地の食糧増産を担う、立派な戦士である。植え方も純日本式で、どろんこになりながら、乙女たちの顔は明るく、あすの豊作を胸に描きながら元気よく働いている。

東京興安開拓団の収穫と夏祭り 01:51
企業整備に潔く手慣れた仕事を投げ打って、はるばる満州国に新天地を求めた東京興安開拓団に、今ぞ上がる実りの凱歌(がいか)。麦が実った。野菜ができた。血と汗の試練に勝って見事にできたトマトやキュウリ。大きなカボチャの大戦果。
 さて、きょうは楽しい夏祭り。祖国への感謝も胸いっぱいに、穫(と)り入れの喜びを肩に張り、気張って担ぐ鎮守のみこし。

 

日本ニュース 第224号(1944年9月)11分57秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300352_00000&seg_number=002

天皇陛下親臨 帝国議会開く 07:44
郷軍動員          02:12
関門隧道完成 初の団体表彰 01:56

天皇陛下親臨 帝国議会開く 07:44
 かしこくも、天皇陛下の親臨を仰ぎ奉り、第85回帝国議会開院式は、9月7日、いと厳かに執り行われました。忝(かたじけ)なくも勝ちを決するの機、まさに今日(こんにち)にありとの御勅語を賜り、必勝の誓いも新たなる敵前議会は、いよいよ深く論議を尽くし、もって聖恩に応え奉らんことを期したのであります。

<小磯首相:
 当面の戦局に即応する決戦施策の第1は、戦意の昂揚(こうよう)と必勝国家態勢の確立であります。重要施策の第2は、戦力の増強でありまして、即時戦力化し得る限りのあらゆる国力を傾倒して、決戦戦力、就中(なかんずく)航空戦力の急速なる増強に集中することであります。戦局の主動性を把握し、緊迫せる決戦を有利に展開するの鍵鑰(けんやく)は、実にここに存するのでありまして、軍需生産に従事する同胞の発奮を要する今日より大なるはないのであります。すなわち、諸施策の重点をここに置き、人も物も金も、一切を挙げてこれが急速具現に努力致して居るのでありまして、当面の決戦に有効に戦力化し得ざるがごとき諸施設、並びに産業活動はこれを停止して、重点産業に指向することが絶対の要求なりと信じ(拍手)、過般來(かはんらい)、既に着々必要の措置を採用しております。
第3の重点施策は、食糧増産および国民生活の安定であります。戦争遂行間、国民生活の最低限度を保障いたすことの緊要なるは申すまでもないところであります。今日まで同胞が相当窮屈なる生活条件の下に、耐忍よく戦争目的遂行に精進してまいりましたことは、一に健全なる我が国民性によるものでありまして、誠に感激に堪へないところであります。重要施策の第4は、労務と国民動員の問題についてであります。この重大時局に直面いたしまして、老若男女を問わず、国内に一人の遊休者、一人の傍観者も存在することは許されませぬ。一億が総員勝利への戦闘配置に就き、精魂を傾けて自己に課せられたる使命に邁進(まいしん)することが、すなわち人事を尽くして神助(しんじょ)を俟(ま)つ所以(ゆえん)であります。
次に東「インド」(インドネシアのこと)におきましては、現地軍政に対する協力また誠に見るべきものがあります。この実情に鑑(かんが)みまして、帝国は東インド民族永遠の福祉を確保するため、将来その独立を認めんとするものなることを、ここに声明するものであります。>

杉山陸相
<杉山陸相:
 陸海軍は勤務緊密なる協同の下、現有勢力を徹底的に集結いたしまするとともに、特に国民各位の熱烈なる努力の結晶であります航空機の活用により、敵撃滅の好機あることを確信し、必勝の一途に邁進いたしておるのであります。>

米内海相
 ついで、米内海相登壇。今後、まさに撃つべき必勝方策ある旨を闡明(せんめい)。
<米内海相
 戦局、いよいよ重大を加うるの時、不肖、図らずも海軍大臣の重責を拝し、誠に恐懼(きょうく)感激に堪えないところであります。本年初頭以降の戦局の外観は、これを率直に申しますれば、我は各方面とも、局部的には非常なる戦果を挙げてきたにもかかわらず、大局的には、遺憾ながら苦心の状況にありと申すべき。しかも今後は、一層の難局を予期せねばならぬ状況にあると思います。新鋭航空機の急速充実を要求しよる所以(ゆえん)、実にここにあるのであります。今や海軍航空部隊は連綿不断、昼夜を分かたず、敵、撃墜に奮戦中であることはご承知のとおりでありますが、昨今戦局の激化に伴い、戦闘による航空機の消耗率は次第に大となり、また故障等も予想以上に多数に上っております。私は、一億国民諸君のご協力により、第一線部隊にその要望どおりの航空機を送り、思う存分活躍せしめたい念願でいっぱいであります。>

郷軍動員          02:12
<代表> 皇軍滅敵護国の誓い。
≪全員≫ 皇軍滅敵護国の誓い。
<代表> 一つ。
≪全員≫ 一つ。
<代表> 我等(われら)は大元帥陛下の股肱(ここう)なり。
≪全員≫ 我等は大元帥陛下の股肱なり。
<代表> 皇軍の総力。
≪全員≫ 皇軍の総力。
<代表> 仇敵を撃滅し。
≪全員≫ 仇敵を撃滅し。
<代表> 皇国を護持して。
≪全員≫ 皇国を護持して。
<代表> 宸襟を安んじ奉らん。
≪全員≫ 宸襟を安んじ奉らん。
<代表2> 本暁、好天を仰ぎ、皇土に臥(ふ)して全日本在郷軍人が憤激を新たにし、仇敵(きゅうてき)撃滅の誓いを立てんとす。

 非常事態に備えて立ち上がった帝国在郷軍人会は、9月11日、全国一斉に暁天動員を行い、国土防衛隊を組織。常在戦場の緊急配備を完了した。この日、東京でもいまだ明けやらぬ午前4時半、それぞれその結成式を決行。滅敵護国の誓いも固く、烈々の闘魂を分列に見せて、国民総武装の先端を行く。

関門隧道完成 初の団体表彰 01:56
 国鉄関門海底トンネルは、大戦下、幾多の難関を突破し、6月30日、第2トンネルもついに輝かしい竣工(しゅんこう)を遂げましたが、不屈の闘魂をもってこの難工事を完遂した運輸通信省下関地方施設部に対し、9月6日、顕功(けんこう)状授与式が行われ、小磯首相より星野施設部長に対し、官吏功労表彰令制定以来、初めての団体表彰を行いました。

作業の安全を神に祈り、黙々と立ち働くトンネル戦士が、関門の海底に苦闘を続けること8か年、昭和11年10月、工を起こしてから日本技術の栄誉にかけて掘り進んだ血と犠牲の難工事ではあった。地盤に従って工法を異にし、あるいはここに見るごとく、およそ人体には耐え難いほどの高圧の空気を送ったその中で、シールド工法の掘削が進められた。
しかし今や、この世界最長の海底トンネルも、見事に完了。団体表彰の栄誉とともに、本州、九州の間に鉄路は連なった。決戦段階の今日(こんにち)、このトンネルの果たす輸送力の増大は、けだし偉大なるものがあるであろう。

 

日本ニュース 第225号(1944年9月)10分43秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300353_00000&seg_number=004

皇帝陛下御臨 満州国全国聯合協議会 03:19
征け!航空戦線 戦意高揚大会開く  02:18
航空適性体育指導者中央講習会    02:33
少国民決戦場 生産戦列へ学童も通年動員 01:11
農村へ少年農兵隊          01:18

皇帝陛下御臨 満州国全国聯合協議会 03:19
 盟邦満州国、上下相一致して大東亜戦争必勝の一路を驀進(ばくしん)す。
帝国政府の満州国承認12周年記念日を前に、9月2日、かしこくも皇帝陛下の御臨を仰ぎ、満州国では首都新京に第12回全国連合協議会を開催。飛躍的増強なれる国家総力の一切を挙げて、大東亜戦完遂に邁進(まいしん)すべき大方策を協議したのであります。
劈頭(へきとう)、山田関東軍司令官の訓辞。

<山田司令官:
 大東亜戦争の目的は、東洋制覇を企図する米英の非望を破壊し、東亜永遠の平和を確立するにあるは、宣戦の大詔に炳(へい)として明らかにして、満州建国理想の実現、また偏に今次聖戦の完遂に待つ。而(しこう)してこの難局を打開して完勝を収め、もって建国理想を達成するの方途は、ただ必勝信念の樹立と国家総力の結集とに存す。諸氏は深く協和会議に課せられたる責の重大なるに思いを致し、いよいよ責任観念を振起し、滅私奉公、各々(おのおの)その職分に死力を傾倒し、もってその重任を全うせざるべからず。>

(張国務総理 同録)

 さらに協議会会長、張国務総理は、大東亜十億の隆替(りゅうたい)は、かかって今日にあり、我等(われら)いよいよ必勝の信念を新たにし、大東亜共同宣言の具現を期し、真に日満一体、宿敵撃滅の一途に邁進せんと確固不動の決意を闡明(せんめい)。かくて、いよいよ協議会に入り、各代表は白熱の論議を繰り広げる。あたかも本年は建国以来の大豊作に恵まれ、日満を通ずる食糧問題に絶大の貢献を約束せる満州国は、さらに鉱山にも、工場にも、増産必勝の総進軍を続けんと、力強き討議が展開されたのであった。

征け!航空戦線 戦意高揚大会開く  02:18
 米鬼、断じて撃つべし。第5回航空日を迎えて、9月17日、まず東京後楽園に戦意高揚大会開かる。陸軍報道部山内大尉、必勝の信念を説く。

<山内大尉:
チンタオにいたしましても、サイパン島にいたしましても、恐らく兵力をできるだけ結集したとしても、十万とは教えられるのんでありまして、敵の兵力をここで破壊するにおいても、ただの十万より損害を与えないということ、それ自体が既に決戦でないことを私たちは承知すべきであります。ただ今、私どもは再び攻勢に出るその日を待望いたしまして、国内は挙げて奮起し、壮絶、死絶、言語を絶したあらゆる状況下におきましても、なおかつ敵をたたき上げるという熱意に燃えて、着々、攻撃準備を整えつつあるのであります。>

航空適性体育指導者中央講習会    02:33
 日本男子たるもの、今こそ渾身(こんしん)の力を奮って大空へ行け。それにはまず一人一人が航空適性者になることだ。国民学校5、6年、中等学校1、2年に、学徒征空体練が正課として取り入れられ、適性体育の基礎訓練が行われることになったが、これは千葉県誉田で行われた指導者講習会。先生たちもきょうは1年生にかえって、雛(ひな)鷲訓練。

<講師1:
 この布を使って、平均を取る練習。めまいに耐える訓練。高い空中に上がってからの体の処置、心臓や肺臓を強くする各種の訓練に用いるのであります。>

(訓練上の会話)

<講師2:
 この円錐(えんすい)の内側を走っておりますと、心臓、肺臓が鍛錬される。それからめまいの訓練もできる。それから飛行機の垂直旋回と同じように体を傾けて走ることもできて、非常に興味がある。それでは1回走ってみる。
渦巻き型に、だんだん下のほうに回れ。止まれ。>

少国民決戦場 生産戦列へ学童も通年動員 01:11
 晴れの出動命令を受けた国民学校高等科児童が、待ってましたとばかり勇んで工場入りをしたのはつい先日のこと。お国に尽くそう、この気持ちがあればこそ、難しい機械の操作もすぐ覚え込み、今では立派に一人前。飛行機部品も、弾丸も、ぼくらが造るんだと張りきって旋盤のハンドルを握りしめる。
そして工場はそのまま学校となる。

 女の子も、男の子に負けず、1日8時間を脇目も振らず働き抜く、この心意気。前線の将兵に応えて、若き生産陣は戦う。

農村へ少年農兵隊          01:18
 命令一下、時を移さず目的地へ出動。きびきびした動作と(音声中断)い作業で農村に協力する。若き力、我等(われら)少年農兵隊。さる4月1日、全国農村から選ばれた3万の精兵。やがては皇国農村の中堅たらんとの希望を胸に、軍隊組織の猛訓練の1年間を送る傍ら(かたわら)、随時、随所に出動して、決戦農村の一翼を担うのだ。農村に生き、農民とともに戦う組織ある少年農兵の機敏な活動こそ、決戦農村の力となり、戦力の泉ともなって、たくましく育っていくことであろう。 

 

日本ニュース 第226号(1944年9月)7分40秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300354_00000&seg_number=001

歓喜に湧く東印度      03:20
米空軍の野望撃砕 B-29バンコクを爆撃 01:02
在支米空軍の衡陽基地群制圧 02:03
獨新兵器 走る爆弾     01:12

歓喜に湧く東印度      03:20
 9月7日、小磯首相は第85帝国議会において、東印度に対し、将来その独立を認める旨を声明。現地ジャワでは、ジャカルタの陸軍最高指揮官官邸において、原住民代表参集。厳かにその伝達式が行われ、原田陸軍(音声中断)最高指揮官、声明文を朗読。

<原田指揮官:
 本9月7日、第85回臨時議会において、小磯内閣総理大臣より、東インドは将来独立せしむべき旨、中外に闡明(せんめい)せられたる。
本職、御陵威の広大無辺に驚喜、感激し、ここにジャワ派遣軍将兵の(聞き取り不能)勇戦と、友好国民の挺身(ていしん)、奮闘を祝すとともに、積年の宿願を達成せるジャワ5000万住民の勇気を思い、衷心より慶祝の意を表する次第なり。>

 全インドネシアを代表、スカルノ氏、心からなる感謝の辞を述ぶ。

<スカルノ氏>
「畏(おそ)れ多くも、またありがたき天皇陛下のご仁慈に感銘。ここに全東印度を代表して、全力を捧(ささ)げてあくまで戦い抜くことを誓うものであります。」
(国民に伝達)
 ついに訪れた、輝かしき黎明(れいめい)。300年にわたるイギリス、オランダの圧政に呻吟(しんぎん)したインドネシアは、今、新しき希望を抱いて進発する。全東印度は歓喜と興奮のるつぼと化し、独立認容記念日の9月7日より1週間、民族祭を挙行。全島を挙げて各種の感謝行事がはなばなしく繰り広げられたのであった。思えば帝国が東インド原住民多年の念願に答えて、その政治参与を認めたのはつい昨年のことであった。しかるに今また、この独立を約束するに至ったことは、終始一貫、変わらざる帝国の真意を物語って余りありと言うべきである。

米空軍の野望撃砕 B-29バンコクを爆撃 01:02
 敵米機、またもやバンコクを襲う。市民、すばやく退避に移るや、はたせるかな、敵機は高々度より盲爆を行う。
日タイ協同の防衛陣に、敵の誇るB-29もたちまち煙を吐いて遁走(とんそう)。バンコク防衛隊の闘魂いよいよ固く、防火救護とめざましい活躍が続けられ、被害は最小限度に食い止めたとはいえ、アメリカ軍の無差別爆撃に市民の憤激はますます高まりつつある。

在支米空軍の衡陽基地群制圧 02:03
 昆明、桂林、衡陽、遂川を結ぶ在支米空軍第14航空隊の我が本土進攻路は粤漢線に沿って南下する精鋭と、南支より北進する我が部隊の急進撃に衡陽、零陵、梧州と相次ぎ前進基地を失い、背後の中心拠点、桂林また重大脅威にさらされるに至った。
中支那(シナ)における日米制空権争覇の分岐点として、大きく浮かび上がった衡陽航空基地群。飛行場を中心に、網の目のごとく張り巡らされた誘導路や、飛行機用の掩体壕(えんたいごう)が見られ、さすがに不落を誇った航空要塞(ようさい)の名にふさわしいものがある。この飛行場完成にはおびただしい中国人が動員され、彼らの血と汗の犠牲とによってなされたのである。しかも米兵は、危機迫ると見るや、この基地よりいち早く後退し、重慶軍に死守を命じ、飛行場守備の責任を重慶軍にのみ要求したのであった。
ここにみる豊富な兵器や、十分な施設も、我が軍の急進撃にみじめなる残骸(ざんがい)をとどめるにすぎず。衡陽の陥落は敵側にとっては中南支航空基地の崩壊を物語るものであり、桂林の死命を制せられたに等しく、大陸よりする対日総反抗拠点の一角は、もろくも崩れ去らんとしている。

獨新兵器 走る爆弾     01:12
 科学の国、ドイツが生み出した新兵器の1つ。見たところは豆戦車そっくりで、後方から操縦。目標物に突進して爆発する。自由な運動性と強力な爆発力は特火点等の破壊に威力を発揮すると言われている。現在では、さらに大型化したこの新兵器の出動が伝えられ、欧州戦線の壮烈な攻防戦での活躍が期待される。

 

1944年10月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=194410

日本ニュース 第227号(1944年10月)5分43秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300355_00000&seg_number=002

比島宣戦    01:34
米機マニラ空襲 04:08

比島宣戦    01:34
 9月23日、フィリピン共和国、米英に対し宣戦を布告す。その前日、全国に戒厳令を施行したラウレル大統領は、この日、マラカニアン宮殿において厳粛に宣戦布告文を朗読。独立擁護と祖国死守の固き決意を示す。

(ラウレル大統領朗読)

日本語:訳
比島共和国大統領、ホセ・ピー・ラウレルは1944年9月23日 午前10時より比島共和国が、米・英との間に戦争状態に入りたる旨を宣言する。余はこの歴史的瞬間に於(おい)て 全比島民が政府を支持し、確固たる忠誠を示す事を望む。今我等(われら)が経験し、将来予想される苦難に堪えて、堅き團結(だんけつ)の下自由と独立を擁護せんとするものなり。

米機マニラ空襲 04:08
 不気味に鳴り渡るサイレン。敵機、来襲。敵の攻撃はフィリピンの中心部を狙いつつある。このことあるを覚悟せるマニラ市民は、直ちに防衛態勢に就く。
マニラ目指して侵入するグラマン艦載機の一群。熾烈(しれつ)な地上砲火、巧妙な弾幕。たちまち戦隊を乱す。猛烈な空中戦。カーチス急降下爆撃機、これに食いついていく我が精鋭、隼(はやぶさ)戦闘機。
1機、2機、相次いで煙を吐いて落ちる敵機。
敵は明らかに無差別爆撃を選んだ。燃え上がる教会。盲爆の被害は防空陣の活動によって最小限度に食い止めたが、一部市民の家は焼かれ、家財は失われていく。
この暴挙によって、比島1800万民衆の信仰の的、マニラ最古を誇るピノンド教会も、無惨にも焼け落ちた。これが人道を口にし、正義を叫ぶアメリカの行為である。あまりにも暴虐なこの手段。親を失い、子を傷つけられ、今また神の殿堂をさえ、かくも惨めに打ち壊されて、フィリピン国民の怒りは頂点に達する。
一方、この両日、撃墜破された敵機、およそ100機。来襲機の7分の1におよぶ大損害を被って、さすが数量を誇るハルゼー艦隊の不遜(ふそん)なる侵攻計画も一頓挫。輝かしい戦果の数々に、高らかな凱歌(がいか)は上がった。しかし戦いは激化する。宣戦を布告し、大東亜諸国家と運命を共にせんと誓うフィリピンは、いかなるアメリカの攻撃をも撃退して、最後の勝利へと突進する。

 

日本ニュース 第228号(1944年10月)7分55秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300356_00000

決戦へ稔る秋 収穫に兵隊さんも協力   01:33
満州開拓団の運動会(吉林省 大日向村) 01:05
女性航空挺身 新司偵を整備する女子挺身隊員 01:25
女学校の教室で補助タンク生産(岐阜)  01:23
ベルリン防空陣             02:25

決戦へ稔る秋 収穫に兵隊さんも協力   01:33
 今、農村は実りの秋を迎え、東北地方では早くも稲の刈り取りが始まる。忙しい軍務の余暇を割いて、軍隊からも応援に出動。兵隊さんは鎌(かま)を握って、稲の中へ飛び込んでいく。前線に応える銃後の増産の戦いもまた、真剣である。文字通り、前線、銃後一体となって、この激しい戦いに打ち克(か)つのだ。
人手不足、肥料不足、あらゆる困難に打ち克って育て上げたこの成果を、今、村人と兵隊さんは心をひとつにして力を合わせ、大きな喜びをもって刈り取っていく。

満州開拓団の運動会(吉林省 大日向村) 01:05
 満州国吉林省大日向村に開かれた、実りの練成会。自信満々、その健脚にものを言わせてのマラソン競走。一面に咲き誇るそば畑。それに続くこうりゃん畑。たばこ畑。カボチャの畑を走り抜ければ、稲の穂波も豊か。今年は建国以来の大豊作。お兄さんたちに負けるものかと、可愛(かわい)いおかっぱに目隠しで探り当て競走。食糧確保に戦う満州国の、実りの秋を喜ぶ楽しい姿である。

女性航空挺身 新司偵を整備する女子挺身隊員 01:25
<教官:
整備ということは、飛行隊にとっては生命である。整備員がなくしては飛行機は飛ばない。諸君の任務は誠に重大である。作業に当たっては細心の注意をもって、自信のある仕事をする。ただ今から作業を実施する。>

 航空決戦の一翼へ。工場から一歩進み出た、女子挺身(ていしん)隊員は、ここ陸軍航空部隊の地上整備にいそしんでおります。出動以来6か月、一日、一日、脇目も振らず航空機に打ち込んだ努力も報いられ、精密な航空機整備は男子に勝るほどだと、教官殿も太鼓判。我が手に整備なった航空機が、今飛び立つ。どうか無事にとの、乙女らしい祈りを込めて、彼女らはその行方を見送るのであります。

女学校の教室で補助タンク生産(岐阜)  01:23
 こちらは近代航空戦になくてはならぬ、木製補助タンクを造る、岐阜県高山高女の学校工場。まず木材を切って薄くします。
そして木枠の上に貼り付けます。
次に、上から布を貼り付ける。
そして最後に塗料をかければ、もう立派な補助タンクができあがりました。女学生たちの敢闘に、ここで造られる補助タンクも、今では想像以上の数量に上り、来るべき航空決戦目指して続々送り出されていきます。

ベルリン防空陣             02:25
 敵大編隊、ベルリンに向かいつつあり。各地からの情報は漏れなくベルリン防衛本部へ。警報発令。電車、自動車、すべての交通機関は停止し、屋外作業は中止され、市民、整然と退避に移る。
敵機、刻々ベルリンに迫る。戦闘部隊に出動命令下る。時を移さず、敵機邀撃(ようげき)へ、防空戦闘隊がうなりを挙げて飛び立つ。敵編隊、いよいよ近づく。地上砲火、一斉に火を吐いて、必殺の弾幕を張る。星の標識も毒々しく、アメリカ重爆編隊、ベルリンの空を覆う。重爆1機、早くも紅蓮(ぐれん)の炎にのたうつ。壮烈な空中戦。ベルリン来爆撃、一千機、時には二千機。米英が全力を挙げて幾たびか繰り返し、ドイツまた憤然としてこれを迎え撃つ、激しい近代戦の実相である。

 

日本ニュース 第229号(1944年10月)7分35秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300357_00000&seg_number=004

陸の新鋭 特甲幹入校式 01:51
特幹船舶兵       01:52
南に北に決勝態勢 比島 陸軍部隊の訓練 01:30
北辺 千島守備隊    02:21

陸の新鋭 特甲幹入校式 01:51
 陸続と決戦へ、学徒の出陣。選ばれて陸軍の中堅幹部となり、敵撃滅の決意を磨く機会は与えられた。陸軍初の特別甲種幹部候補生入校式の日は訪れたのである。
学生服を軍服に替えれば、襟に輝くは伍長の階級章。御紋章も燦(さん)たる兵器を賜(たまわ)れば、戦の庭に出で立つその日も今から思われて、たぎり立つ若き闘魂。入校式に当たり、学校長の訓辞。

<校長:
 今日より省みることなき大君の御盾として修養をするのである。一切の過去を清算をして一意修養の道に進むのだ。>

 候補生の父兄を前に、確かにお預かりしましたと、深く頷く学校長ではある。

特幹船舶兵       01:52
<教官:
 思うに戦局はいよいよ苛烈(かれつ)であって、敵の重圧、侵攻あなどりがたく、今やまさに文字どおり、皇国興廃の一大決戦を展開中である。この重大時期に当たり、戦局を打開し、狂瀾を既倒に廻らすものは、実にあって船舶部隊の決死敢闘にある。>

(訓練上の会話)

 海に鍛える、陸の新鋭、特幹船舶兵。輸送に、敵前上陸に、地味ではあるが、責務は重く、ここにも必勝目指す猛訓練。

(訓練上の会話)

南に北に決勝態勢 比島 陸軍部隊の訓練 01:30
 驕(おご)る敵、アメリカを迎えて、決戦はまさに始まった。焦る敵アメリカは、陸の決戦場をフィリピンに求めんとするか。来たらば来たれ。我が方の備えは万全。フィリピンの山野に戦車部隊を中心とする撃滅の機動訓練は、あらゆる敵の策動を封じ去るであろう。
かつて鹵獲(ろかく)した敵戦車を目標に、寸分の狂いもない、見事な対戦車攻撃演習。物量を誇る敵も、鉄壁の我が内郭防衛陣の前には、その野望もすべてむなしく、かくのごとく崩れ去るであろう。

北辺 千島守備隊    02:21
 はるかに皇居の方を拝して、鎮護の大任を誓う、我が北辺の精鋭。敵は南に北に、同時大攻勢を叫び、濃霧をおかして我が北辺をもまた窺(うかが)う。されば、天を仰いで高射砲に瞬時の油断もなく、敵機撃墜の戦果を我が勇士たちは楽しむのである。やがて極寒の時を迎えんとして、なお敵の上陸の企ては、これを厳に警戒しなければならぬ。敵は人をもって戦わず、機械をもって、戦車をもって戦わんとするであろう。これに対しては我が肉迫攻撃の威力を、思う存分知らせることであろう。
 白皚皚(がいがい)の北辺の天地に、絶えず雪中演習は行われ、北の精鋭は既に雪を征服した。尾根から谷へ、神兵は満々たる自信を持って、思いのままの活躍を常に準備している。

 

日本ニュース 第230号(1944年10月)8分59秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300358_00000

決戦開始 敵機台湾空襲      02:14
追撃 台湾沖の米機動部隊攻撃へ  01:16
台湾沖航空戦の戦果発表(大本営) 01:59
米英撃砕国民大会(日比谷公会堂) 03:29

決戦開始 敵機台湾空襲      02:14
 敵アメリカの有力なる機動部隊、台湾東方海面に現れ、10月12日より3日間、艦載機をもって台湾の各要地を空襲。我が方、軍官民一致の防衛陣は、一丸となってこれを邀撃(ようげき)。激しい防空砲火を敵に浴びせかけた。敵グラマン艦載機に猛烈なる追い打ちをかける、我が戦闘機。火を吐いて、真っ逆さまに敵機墜落。
明らかなる無差別爆撃。やしを倒し、民家を焼き、そしてバスの車庫を破壊して、いわば所嫌わぬ捨て逃げ爆撃である。しかし、我が防空陣の一撃は、島内各地に撃墜、およそ160機。その残骸(ざんがい)をいち早く集めて、これを島民に示した。来襲せる敵機は、3日間にわたり、述べ3000機に余ったが、よくその被害を最小に食い止めた。しかも間髪を入れず、我が方、雄大なる大攻勢を開始。勝利の知らせは次々に至った。敵の盲爆に対して憤激も新たに、島民必勝の団結は、敵撃滅の備えを断固固めている。

追撃 台湾沖の米機動部隊攻撃へ  01:16
今ぞ反撃より追撃へ。驕(おご)れる敵を迎え撃つ海の荒鷲は、悠々笑う10月12日。
陸の荒鷲は、祖国へ送る必勝の決意。決戦の火蓋(ひぶた)は切られた10月12日。
初めて海の決戦場へ飛ぶ、陸軍新鋭雷撃機隊。百戦錬磨の精鋭、海軍攻撃機隊。翩翻(へんぽん)とひるがえる菊水の旗の下、相ともに携えて飛び立っていく。七生報国の赤心は火と燃えて、必殺の魚雷を抱えて、今ぞ反撃より追撃へ。台湾沖へ。

台湾沖航空戦の戦果発表(大本営) 01:59
<大本営発表。昭和19年10月19日18時。我が部隊は、10月12日以降、連日連夜、台湾およびルソン東方海面の敵機動部隊を猛攻し、その過半の兵力を壊滅して、これを潰走(かいそう)せしめたり。本戦闘において、1、我が方の収めたる戦果、総合次のごとし。轟(ごう)撃沈、航空母艦11隻。戦艦2隻。巡洋艦3隻。巡洋艦もしくは駆逐艦1隻。撃破、航空母艦8隻。戦艦2隻。巡洋艦4隻。巡洋艦もしくは駆逐艦1隻。艦種不詳13隻。その他、火炎波及を認めたるもの、12を下らず。撃墜、112機。基地における撃墜を含まず。2、我が方の損害。飛行機未帰還、312機。注、本戦闘を台湾沖航空戦と呼称す。>

米英撃砕国民大会(日比谷公会堂) 03:29
 一億の感謝を受けて、大戦果の報至り、明けて20日、東京日比谷に国民大会、開催。

<司会:内閣総理大臣、大政翼賛会総裁、小磯国昭閣下。>

≪小磯首相:
 諸君、かねてより我々国民待望の的であった決戦の幕は、切って落とされました。(拍手)
皇国将来の運命を決する戦闘の火蓋(ひぶた)は、まさに切られたのであります。しかも3、4日の短時日の間に挙げられた戦果の偉大なる、撃沈破させられた敵の艦艇だけを見ましても、空母、戦艦、巡洋艦、駆逐艦等、無慮四十数隻を算し、かくしてひとつの大機動部隊は殲滅(せんめつ)をせられたのでありまするが、実に古来、正史にその類例を見ざる、真に限りなき輝かしさであると言わねばなりません。≫

(天皇陛下 万歳三唱)

<民衆:
司会者に、緊急動議があります。本日の米英撃砕国民大会の感激を、いやが上にも高揚するため、これより全会氏を粛然と宮城の御前に進み、聖寿の万歳を奉唱したいと思います。>

 愛国の民、場外にあふれ、小磯首相とともに決戦、決勝を誓う。

≪小磯首相:
 皆さん、本日この大会に当たり、ご繁用中、かく多数集まられましたこと、更に主催者の一人(いちにん)として喜びにたえないものである。将来、断じて米英を撃滅する上において、かくも熱心なる諸君と、親しくお目にかかり得ることは、私また、諸君と同様、国民の一人として、心から感激に堪えません。≫

(万歳~万歳~万歳~)

 

1944年11月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=194411

日本ニュース 第231号(1944年11月)9分
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300359_00000

天皇・皇后両陛下 靖国の神霊に御拝  01:50
大陸戦場 零陵・梧州攻略       02:49
比島海戦の戦果発表(大本営海軍部)  01:58
豊田連合艦隊司令長官 航空部隊を視察 01:08
艦隊出動               01:13

天皇・皇后両陛下 靖国の神霊に御拝  01:50
 かしこくも天皇陛下には、秋ようやく深き10月26日、靖国神社に行幸あそばされ、秋の臨時大祭に合祀されました新祭神、2万197柱をはじめ、護国の英魂に御親拝あらせられました。この日、天皇陛下には畏(おそ)れ多くも鹵簿を徐行せしめられ、参列新祭神遺族に対して御挙手の礼を賜(たまわ)れば、竜顔(りゅうがん)を咫尺の間に拝し奉り、遺族一同、ありがたさに感泣いたしたのであります。天皇陛下には御親拝の御後、竜顔ことのほか御うるわしく、還幸あらせられました。ついで皇后陛下にも靖国神社に行啓あそばされ、護国の英霊に親しく御拝あらせられましたが、遺族席の前にては御料車を徐行せしめられ、御やさしき御会釈を賜り、忝(かたじけ)なさに遺族一同、感泣いたしたのであります。

大陸戦場 零陵・梧州攻略       02:49
 長沙、衡陽を落とした我が軍は9月7日、零陵を敢然攻略。一方、我が南支軍は9月22日、梧州に突入。南北よりする猛攻に、在支米空軍の重要拠点、桂林もまた崩壊に瀕(ひん)す。零陵飛行場、センノート麾下(きか)、アメリカ空軍第14航空隊が虎の子と頼んだ敵の基地も、敵機の残骸に埋まる。敵は零陵市街をも破壊し尽くして潰走(かいそう)した。

広東省から広西省へ、南支北上作戦も活発に展開。西江を渡って進撃。重慶第7戦区に突入。9月22日、ついに桂林の外郭基地、梧州を攻略。梧州は広西省における軍事・交通上の要点で、その陥落は桂林の命脈を縮めることとなった。敵の基地を潰し、我が高射砲隊は前へ、前へ、その陣地を押し進める。空襲恐れず、隊長の号令一下、火を吐く高射砲。戦野に鍛える高射砲隊の腕は冴え、撃墜敵機の数は増えていく。

零陵、梧州を攻略して桂林に迫る大陸両断作戦と、一方温州、福州に奇襲上陸を敢行した南支那(シナ)先制攻略は、在支米空軍の活動を封じて、ついには太平洋決戦への参加を牽制(けんせい)し、絶妙なる陸海共同作戦は、陸に、海に、雄大に繰り広げられたのである。

比島海戦の戦果発表(大本営海軍部)  01:58
 大本営発表。昭和19年10月27日16時30分。10月24日より同26日にわたる彼我艦隊の比島東方海面の奮闘における戦果並びに被害、次のごとし。1、総合戦果。撃沈、航空母艦8隻。巡洋艦3隻。駆逐艦2隻。輸送船4隻以上。撃破、航空母艦7隻。戦艦1隻。巡洋艦2隻。撃墜、約500機。2、我が方の損害。艦艇、航空母艦1隻。巡洋艦2隻。駆逐艦2隻沈没。航空母艦1隻中破。飛行機、未帰還126機。右のほか、かく26日発表のごとく、レイテ湾において戦艦1隻沈没。1隻中破の損害あり。注、本戦闘をフィリピン沖海戦と呼称す。

豊田連合艦隊司令長官 航空部隊を視察 01:08
 連合艦隊司令長官豊田副武大将。撃滅、また撃滅。台湾沖に、重ねてフィリピン沖に寡をもって衆を制す。比島奪回を呼号する敵艦隊をとらえて許さず、撃滅の秘策を携えて前線に勇姿を見せる豊田副武大将。帝国海軍は10月24日朝から、空と海、相呼応してフィリピン侵攻に出動する敵機動部隊並びに輸送船団を比島東方海面にとらえ、ここに太平洋上の一大決戦は、その深刻の度を加えてきた。再び生きては還(かえ)らじの覚悟を秘めて、1機、また1機。海の荒鷲はかなたへ飛ぶ。フィリピンの沖へ。

艦隊出動               01:13
 艦隊出撃。帝国無敵艦隊は、敵アメリカ艦隊の挑戦に応える。満を持すること久しくして、今や矢を放つ。今日、既に空の戦いあって初めて海の戦いは成り立つ。されば我が無敵艦隊の空の陣、鉄壁の制空を目指して乱れ飛ぶ。しかし、この時我々は、神風特別攻撃隊敷島隊、関大尉以下の、スルアン島沖に必死必中の体当たり攻撃を敢行したる尽忠を聞く。ああ、轟(ごう)撃沈の大戦果、ここに燦として輝く。

 

日本ニュース 第232号(1944年11月)9分42秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300360_00000

比島沖海戦   05:36
神風特別攻撃隊 04:06

比島沖海戦   05:36
 昭和19年10月24日。突如我が艦隊はフィリピン東方洋上に、その勇姿を現した。忍びがたきを忍んで決戦の時を待つこと2か年、敵アメリカに痛烈なる一撃を与えんとする我が艦隊の出現である。
索敵機は敵機動部隊をとらえた。直ちに攻撃出動の命、下る。されば杯を挙げて誓う、敵艦隊殲滅(せんめつ)の大戦果。
 進発。また進発。全攻撃力を挙げて、敵艦隊強襲へ、我が航空部隊は発動していく。しかし敵もまた死にものぐるいの決戦である。艦載機を飛ばして、我が海上部隊を猛然襲うであろう。攻撃機隊の凱歌(がいか)を待ちながら、我が方、万全の備えを固む。
敵機来襲。直ちに全砲門を開いてこれに応酬。星の標識も鮮やかな、敵グラマン。
敵、我が方に至近弾を投下。
グラマン、左翼付け根より火を吐いて撃墜。
空を覆う我が方の弾幕。
敵機、我が砲火に尾翼を吹き飛ばされてきりもみ墜落。
白煙を吐いて、敵機、海中へ突っ込む。敵弾により、我が飛行甲板に損害を被る。
されど激戦のさなかに消火成功。戦闘継続。
来襲敵機はおびただしく撃墜された。空と海の激戦は終わった。死を恐れぬ我が艦載機は、実によく戦って帰ってきた。燃料をほとんど使い果たし、母艦への着艦もあきらめて、僚艦の傍らへ着水するほどの頑張り方であった。カッターを下ろして、それらの勇士の救助作業は迅速に行われるのであった。
世界戦史に比類なき大戦果を収めて、帝国艦隊はなおも太平洋の波濤(はとう)を蹴って驀進(ばくしん)する。米英両国艦隊殲滅の日まで。

神風特別攻撃隊 04:06
 レイテ湾に、フィリピン東方海面に、激戦壮烈を極める10月25日、神風特別攻撃隊敷島隊員は、敵艦隊攻撃の命を受けて出発せんとす。これを指揮するは24歳の若桜、関行男海軍大尉。中野、谷、永峰、大黒の各隊員、1機もって1艦に命中。生還を期せず。今、心静かに僚友とともに歌う「海ゆかば」。
 この日、特に所属長官は、関大尉をはじめ隊員とともに別れの杯を酌み交わして、全機必中の成功を祈った。
僚友に最後の別れを告げる勇士たちは、従容(しょうよう)としてむしろ死所を得たる喜びに燃えていた。この出陣の心境を、谷一等飛行兵曹は歌に残した。「身は軽く 勤め重きを思うとき 今は敵艦にただ体当たり」。神風特別攻撃隊の志願者は、陸続として後を絶たずという。その先駆け、敷島隊員の生還なき進発の時は来た。
帽子を振り、滑走路の方へ。基地の将兵は飛び出して別れを告げる。長い長い、見送りの列である。俺も続くぞ、成功を祈る。僚友の無言の声援を受けて飛び出した。誘導護衛機に導かれて、スルアン島の沖へ。悠久の大義に殉じ、忠烈萬世に冠たる出陣である。


(最後)9分32秒のところで。

盡忠に應へる赤誠を白金で!

赤誠の締切十一月十五日

(日本ニュース 終)

 

日本ニュース 第233号(1944年11月)7分35秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300361_00000&seg_number=002

桂林・柳州完全攻略         01:48
荒鷲の凱歌 サイパン・テニヤン爆撃 01:41
大東亜共同宣言一周年記念      02:11
汪国府主席逝去           01:54

桂林・柳州完全攻略         01:48
<大本営発表。昭和19年11月11日16時30分。
1、5月下旬、中支那(シナ)方面より、ついで6月下旬、南支那(シナ)方面より、それぞれ作戦を開始せる我が部隊は、11月10日10時、柳州を、同12時、桂林を完全に攻略し、該方面における米空軍基地群を覆滅、支那(シナ)大陸における優位なる戦略態勢を獲得せり。>

 桂林、柳州、完全攻略。本年春以来の我が大陸作戦に、在支米空軍基地の一環はここに全く崩壊。覆面を脱いだ岡村寧次大将。雄渾無比な大作戦に希望を傾け来たった陸軍最高指揮官、岡村大将の前線における颯爽(さっそう)たる英姿である。

荒鷲の凱歌 サイパン・テニヤン爆撃 01:41
 11月7日未明、我が航空部隊は痛恨忘れがたきサイパン・テニヤンの敵航空基地を襲い、憤激の巨弾を浴びせた。我が本土空襲に先んじて、大渡洋爆撃に勲し薫る荒鷲部隊は、無事帰還を祈って待ちわびるうちを、空のかなたから、次々に爆音も高らかに基地へ帰ってきた。
加藤大尉、ノジマ中尉以下の諸勇士は、長途爆撃の疲れも見せず、直ちに部隊長に、赫々(かくかく)たる戦果を報告。

大東亜共同宣言一周年記念      02:11
 11月6日、日比谷公会堂に、大東亜共同宣言一周年記念国民大会、開催。まず重光大東亜大臣立って、大東亜共同宣言に基づく必勝の信念を闡明(せんめい)。

<重光(葵)大臣:
 (音声重複)
自己本然の姿に立ち帰らんとする熱意に燃え立っておるのでありまして、光りはまさに東より来るものというべく、その意義真に深きものがある次第でございます。この正義の戦いに、吾人(ごじん)は前線にあると銃後にあるとを問わず、吾人の有するあらゆるものを大君に捧(ささ)げ奉るのは、吾人の本望であって、死して栄誉あれというべく、而(しこう)してまた吾人必勝の信念のよって湧き来る所以(ゆえん)でございます。>

 ついでサイ中国大使。同生共死(どうせいきょうし)、日本への協力を誓う。

(中国語 演説)

バルガス比島大使、東亜穂栄のために戦う皇軍に感謝。

(演説)

最後にスターマードイツ大使、枢軸必勝を誓う。

(ドイツ語 演説)

思い起こす1年前、大東亜共同宣言成立の歴史的一瞬。

汪国府主席逝去           01:54
 中華民国国民政府主席汪精衛(兆銘)閣下、11月10日、ついに逝去。今、在りし日の姿をしのぶ。(※中国語 演説)
本年3月以来、名古屋において病を養うこと8カ月、62年の多彩なる生涯を終わった汪主席の遺骸(いがい)は、11月12日、陳夫人をはじめ、令息、令嬢その他に付き添われて飛行場に到着。終始一貫、孫文の遺訓をついで幾たびか弾丸の下を潜り、近衛声明に応え、敢然として重慶を脱出。一生を和平建国と、東亜興隆に捧(ささ)げ尽くした汪主席。その悲しき帰国に当たり、小磯総理大臣、重光外務大臣兼大東亜大臣、石渡大蔵大臣、故主席と親交厚かった近衛文麿侯爵、東条前首相、その他関係者多数、今はなき巨星の遺勲をしのびつつ、粛然として見送るうちを、主席を乗せた飛行機は一路懐かしの首都、南京へと向かいました。

 

日本ニュース 第234号(1944年11月)9分3秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300362_00000&seg_number=002

比島戦線 記者団に語る山下奉文大将 01:00
新鋭部隊 レイテ上陸        02:45
神風特別攻撃隊           01:48
陸軍特別攻撃隊           03:30

比島戦線 記者団に語る山下奉文大将 01:00
 シンガポール攻略に、その猛烈な機動作戦をうたわれた山下奉文大将。フィリピン方面陸軍最高指揮官として、アメリカ軍撃滅の大任を担う。
悠々と笑う大きな体に自信はみなぎり、断の一字を秘めて大将は語る。

<山下大将:
 私は山下大将でございます。比島から故国の皆さま方にお話をいたしますることは、真に光栄とするところでございます。>

新鋭部隊 レイテ上陸        02:45
 断じて勝つ、レイテの戦い。決戦に勇む陸軍新鋭部隊を乗せて、我が船団はレイテへ急ぐ。船舶兵の対空対潜監視は厳重を極め(音声中断)戦場に臨むまで一兵たりとも失わず、ひたすらレイテへ急ぐ。
陸海軍特別攻撃隊をはじめ、我が荒鷲の群はレイテ湾上空に制空権を握り、地上部隊を援護している。
この戦場へ、戦友の下へ、戦車を送り、武器を握って参加すべく、新鋭部隊の上陸は全力を挙げて急速に進められた。驕(おご)れる敵、アメリカ軍と弾雨の中に相まみえ、猛将、山下最高指揮官統率の下、意気上がる我が将兵は満々たる自信を秘めて、一大痛撃の準備を着々進めていく。

バターンの敗将マッカーサーは、アメリカ艦隊が台湾沖に大敗北を喫したにもかかわらず、フィリピン奪回を呼号して10月20日、レイテ島に上陸作戦を行った。爾来(じらい)、兵を挙げること7個師団、タクロバンをはじめ各地に激戦を展開。我もまた陸海軍特別攻撃隊の神のごとき大戦果に感謝しつつ、新鋭部隊を挙げて必勝の戦いを挑んでいる。

神風特別攻撃隊           01:48
 神風特別攻撃隊の基地に、海軍基地航空部隊指揮官、福留中将は訪れて、親しく送る最後の言葉。聞くはまさに飛び立つ時を待つ、若き神鷲。自若として敵艦と差し違えんことを祈る。
 敵艦船はこの海面にある。地図を指して語る勇士の合い言葉は、必中の二字に尽きる。愛機に向かって急ぐ最後の駆け足。
進発。進発。ただその日を期して、隊員たちは激しい訓練を続けた。実戦にも増した激しい訓練を続けた。そして今、訓練さながらに突撃の時は来た。手を合わせて、一億の民は祈る。必中の成功を。

陸軍特別攻撃隊           03:30
 散るや散る、潔く散る祖国の花、桜にも似て、清く猛く散るを願う勇士たち。ああ、名付けてその名も万朶(ばんだ)隊。その勇士の手をしっかり2つの手で握りしめる人。陸軍航空部隊指揮官、富永中将。祖国の民一億の、地に臥(ふ)して捧(ささ)げる感謝の心が、その2つの手にはこもっている。出撃を前にして空中戦に、無限の恨みを飲んだ岩本隊長以下の、弔い合戦の時は、まさに数刻の後に訪れんとしている。11月12日、田中曹長以下4隊員は、敵戦艦、輸送船、各1隻を撃沈して、レイテ湾に散っていった。
 11月13日、我が荒鷲の基地に敵P-40が襲ってきた。我が方、これと壮烈な空中戦を展開。
P-40、撃墜。
この日、敵機の空襲にもゆるがず、静かに上官、僚友と卓を囲んで語る一隊があった。この一隊こそは、陸軍特別攻撃隊富嶽隊。既に攻撃の命は下っていたのである。
隊長西尾少佐をはじめ、全隊員、粛然として上官より別れの言葉を聞く。
敵機動部隊、攻撃の時はよし。勲しは霊峰富士のごとく高く、進発の時はよし。一機、また一機。茜さす比島の空に、銀翼を輝かして飛び出して行く。
富嶽隊西尾隊長機、最後の通信は、ただ次の一語であったという。「突撃」。

 

日本ニュース 第235号(1944年11月)8分8秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300363_00000

雲南戦線                02:02
比島戦線 陸軍特別攻撃隊「靖国」飛行隊 03:36
スリガオ夜襲戦             02:29

雲南戦線                02:02
 雨季明けとともに、ビルマ前線は俄然(がぜん)緊迫化し、全戦域にわたって敵総反攻はいよいよ本格的様相を表してきた。時を移さず、我が陸の精鋭部隊は軍旗を先頭に、雲南の戦野を進む。敵はアメリカの比島作戦に即応して、インドと重慶を結ぶ交通路確保に不遜の作戦を強行せんとする。
敵機、突如我が進撃を阻む。
たちまち我が砲火に敵機、墜落。敵部隊は衆を頼んで侵攻を試みるのが常である。この敵を眼前に、我が得意の奇襲戦法の秘策が練られ、敵殲滅(せんめつ)の日は近づく。既にして桂林、柳州を失える重慶は、絶妙なる我が作戦の前に、ビルマ侵攻の野望は逆に打ち砕かれていく。
攻撃の命下る。今こそ撃つぞ。拉孟(らもう)、騰越(とうえつ)、両守備部隊の場だ。我が砲門は敵の頭上をめがけて火を吐く。

比島戦線 陸軍特別攻撃隊「靖国」飛行隊 03:36
<訓辞。皇国の存亡を決すべき重大決戦の機は、まさに今日(こんにち)にあり。陸海空の総力を挙げて強敵を比島周辺に殲滅(せんめつ)すべき、皇軍未曽有の戦機に際し、諸君は選ばれて急遽(きゅうきょ)決戦場にはせ参ぜんとす。しかも1機よく敵艦船を必殺し、戦勝の道を開くべき栄誉と重責とを担う。真に皇軍の闘魂こりて諸官の部隊に存し、全軍必死必殺の先鋒(せんぽう)たり。諸官は現下皇軍の最も崇高かつ精強なる戦力にして、大本営としても期待するところ、極めて大なり。>

 隊長、出丸中尉以下、靖国飛行隊の諸勇士、内地の基地を進発せんとす。酒の類はすべて辞退して、淡々たるサイダーの乾杯に、勇士の強く美しい心がしのばれる、門出の宴。さらば、靖国隊。さらば、祖国。大きく打ち振る大日章旗のごとく、燦(さん)たる武勲への門出である。
 前線基地、発進の日は訪れた。愛機は既に爆装を完備して、ともに散る勇士を待ち受けている。
靖国隊、ただ今より進発。出丸隊長の命令一下、轟々(ごうごう)たる爆音とともに、今ぞ去る靖国隊。爆音の陰で、出丸隊長と最後のひと言を交わす整備員。大きく頷(うなず)いて、隊長は手を振った。永遠の別れを告げる手を振った。身はたとえレイテ湾に敵艦もろとも砕け去るとも、悠久の大義に生きる靖国隊。さらば。さらば。機上にあるは神にして人ならず。
忠烈、万世を貫く神々の出陣である。

スリガオ夜襲戦             02:29
 昭和19年10月24日。我が戦艦を先頭に、水雷戦隊の精鋭は、比島海域へ快速驀進(ばくしん)していた。
敵艦隊との一戦に備えて、燃料の補給を続けながら驀進していた。
突如、敵機来襲。これと交戦。敵機、撃墜。南海に夕日傾く頃、敵機は全く撃退された。
 明けて25日午前3時。暗夜の海上をスリガオ海峡深く、レイテ湾に突入。敵艦隊に得意の殴り込みをかけた。
我が砲弾、魚雷、見事命中。レイテ湾の夜空を紅蓮(ぐれん)の炎に染めて、次々と敵艦は燃え、かつ沈没。敵艦隊を覆滅せしめた。

 

1944年12月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=194412

日本ニュース 第236号(1944年12月)7分36秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300364_00000&seg_number=002

故汪精衛氏安葬  03:12
帝都来襲米機撃墜 04:23

故汪精衛氏安葬  03:12
 今はなき中華民国国民政府主席、汪精衛(兆銘)氏の遺骸(いがい)は、陳璧君夫人らに守られて、11月12日、国府要人、谷大使ら、数多(あまた)悲しみの人々に出迎えられ、南京に到着。国民政府大礼堂へ向かいました。
11月23日、汪精衛(兆銘)氏の安葬は深い悲しみのうちにも、いと厳かに行われました。新中国建設半ばにして逝(い)きし汪主席への哀惜の思いは、深く頭を垂れる人々の胸に満ち、国土にあふれました。数万の参列者に送られた汪主席の葬列は、大礼堂を出発。陳璧君夫人、令嬢ら遺族、国民政府要人に守られて、砲車に安置された主席の遺骸は、粛々と梅花山へと向かう。
日本人、中国人、数多沿道を埋めて、東亜共栄の理想も高く戦った汪氏へ別れを告げる。悲しみもひとしお深き陳公博主席代理。
南京空前の大葬列は、国旗と党旗を先頭に、国父孫文の眠る中山廟(びょう)の傍ら、もみじ茂る梅花山に到着。国府要人をはじめ、谷大使、畑元帥、近藤提督、その他各国使臣参列の下、安葬式典は厳粛に行われました。

帝都来襲米機撃墜 04:23
 我が防空戦闘隊、陸続と敵機撃墜に向かう。12月3日。あわてず退避。マリアナを基地とせる敵アメリカ空軍B-29の編隊、梯団をもって帝都およびその周辺に侵入中。我が制空部隊、熾烈(しれつ)なる邀撃(ようげき)戦を展開。
高射砲弾幕。我が攻撃、成功。敵機、白煙を吐いて墜落。
 千葉県香取郡神代村に撃墜された敵機は、この日の我が制空部隊の果敢なる戦果の1つである。敵が日本に対する攻撃新兵器と唱えているB-29。
車輪のタイヤ。大きな翼。分散せる敵機の一部、一部が物語るその巨大なる機体には、強大な防御力が加えられ、絶対不落を信じていたが、我が制空部隊は体当たり4機を含む、たちまち21機を撃墜。30機以上に損害を与えたのであった。
敵は我が方の邀撃を恐れて、7000乃至1万メートルの高々度をもって帝都を襲った。
その極めて困難なる状況をよく克服して、輝かしい戦果とともに、防空戦闘隊の荒鷲は基地へ帰ってきた。

(撃墜の模様を語る飛行兵)

 

日本ニュース 第237号(1944年12月)9分43秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300365_00000&seg_number=001

特攻護国隊  03:31
「薫」空挺隊 03:17
桂林攻略   02:54

特攻護国隊  03:31
< 一昨日、参謀総長から陛下に、皆さまの先駆けとして立派な活動をされた万朶(ばんだ)隊の状況を奏上いたされたときに、陛下からかしこくも次のお言葉をいただきました。
「体当たり機は大変よくやって、立派な成果を収めた。身命を国家に捧(ささ)げて、よくもやってくれた。」
こういうお言葉をいただきました。第一線にお伝えをし、そのご家族にお伝えをしました。この機会にお伝えをしておきます。終わり。>

<遠藤中尉:
 一同を代表いたしまして、ご挨拶申し上げます。甚だご懇篤なる訓辞を賜り、ただただ、感激のほかありません。遠藤以下、誓ってこの重任を完遂いたします。>

 敵艦船に弾(たま)と砕けて国を守らん。陸軍特別攻撃隊護国隊。遠藤中尉以下、内地基地進発の時至る。
かしこき辺りの思し召し、栄えの門出にありがたさ極まりなく、また忝(かたじけ)なくもご訓辞とお見送りを東久邇防衛総司令官の宮殿下より賜り、勇士の感激はいや増すばかり。今、勇士たちは祖国の土を離れていく。はるかに霊峰富士を仰ぎ。
 12月7日、往きて再び帰ることなき神鷲に、比島方面陸軍航空部隊指揮官、富永中将は、拝命、護国の二字も鮮やかな鉢巻きを送った。その鉢巻きを固く締め、寄せ書きに決意を残し、進発の時近く、ただ必死必殺の策を練る、若武者たちであった。若き神鷲、遠藤隊長、愛機の上で端然と右手を挙げて、整備の労を謝す。整備員と交わす最後の挨拶であった。護国の翼、今ぞレイテの決戦場へ。敵艦船轟沈(ごうちん)へ。神鷲は敵の頭上へ殺到していく。

「薫」空挺隊 03:17
 勲しは薫る。千代に薫る空挺(くうてい)隊。必死必殺の尽忠に生きる大和魂、体にあふれ、眉にみなぎり、朝鮮、台湾の出身者を加えて、内・台・鮮混然一体の「薫」空挺隊。
敵飛行機、爆破。敵施設、爆砕。レイテ島なる敵航空基地覆滅の大任は重く、命令一下、空から加える殴り込みの時は近し。骨身を削り、気迫に燃える隊員の猛訓練。腰にたばさむ義勇刀。切り込み挺身(ていしん)の義勇刀を一閃(いっせん)すれば、仇敵(きゅうてき)アメリカ兵は血にまみれて倒れるであろう。日本人の大義に生きんことを誓い、隊長、中重男中尉は、出陣の訓辞を与えた。時に11月26日。

<中重男中尉:
 このたび大命を拝して、出動するに当たり、隊長として一言。自分の考えを述べておく。現在の戦闘に関しては(聞き取り不能)よって、聞いてのとおりだ。この重大なる戦地に遭遇して、この決戦場に今から飛び込んでいく。日本人としてこれ以上の栄誉、武人としてこれ以上の本懐はない。今日(こんにち)までただ日夜、血みどろの訓練を繰り返してきたが、このたびの攻撃に成功せんがために訓練を重ねてきたのである。その磨いてきた知恵と力をもって、あらん限りの戦闘を続行し、この重大任務を必ず達成する心構えをひとつとなって、さらにあらん限り(聞き取り不能)終わり。

 我が特別攻撃隊、薫空挺隊は、11月26日夜、輸送機4機をもってレイテ島ドラッグおよびブラウエン敵飛行場付近に強行着陸を敢行。その要部に決死突入して、偉大なる戦果を収めた。

桂林攻略   02:54
 突兀(とっこつ)とそびえ立つ山々。異様な地形を示す広西の戦野に、皇軍は猛進撃の手をゆるめず、桂林外郭飛行場を占領した。ニミッツ艦隊の目指す支那(シナ)沿岸接岸作戦に呼応せんとした、在支米空軍西南支那(シナ)飛行基地群の拠点桂林に、累々と横たわるB-25。P-38。そしてアメリカ軍隷下にある重慶空軍機。おびただしい敵機と飛行場施設を皇軍は完膚無きまでに粉砕した。
 要塞(ようさい)都市桂林に、皇軍は殺到した。
桂林死守。蒋介石の厳命に、敵将白崇禧は、ここに23個師の大軍を集結したが、たちまちその主力は壊滅。11月10日12時、桂林は完全に我が手に帰した。ここに、かつて我が軍の猛撃を知らざる広西の長城は潰(つい)え、大陸縦断2000キロ、アメリカ重慶連合作戦に致命的大打撃を与えたのである。

 

日本ニュース 第238号(1944年12月)7分46秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300366_00000&seg_number=001

高千穂降下部隊 04:57
特攻勤皇隊   02:49

高千穂降下部隊 04:57
 敵アメリカは、レイテ島を中心に、フィリピンに対しあなどりがたい戦意をもって襲い来たっている。この敵の野望に対し、我が高千穂降下部隊は、12月6日夜、レイテ島の敵飛行場、ブラウエン、サンパブロ、タクロバン、ドラッグに対し、一斉に落下傘降下及び強行着陸を敢行した。
 はちきれんばかりの肉体に、日ごと加えられる血と汗の猛訓練。かのパレンバン攻撃以来、沈黙を守っていた我が落下傘部隊の精鋭は、比島最前線に待機していたのである。時は至り、敵飛行場模型を前に、決死殴り込みの策を練る。与えられたる任務は、敵飛行場へ落下傘降下及び強行着陸を行い、重要施設爆破、肉弾切り込みであった。
 12月6日、出撃準備の命は下った。
能(あた)う限りの装備に身を固め、飛び降り部隊は綿密な落下傘の点検を繰り返し、繰り返し行う。高千穂部隊の先陣を承る勇士たちに、部隊長はねんごろな注意を与えた。頬(ほほ)を張れと、切り込み隊長、歴戦のひげに豪壮の気はみなぎる。ありあわせの大きな杯に、出陣の酒を盛る。この日のために、鍛えに鍛えた勇士たちの願いは、ただ敵陣まっただ中へ駆ける切り込み、殴り込み。
 落下傘部隊、切り込み部隊、あらゆる武器を身に着けて、慣れ親しんだ輸送機に乗り込んでいく。神兵は行く。刀と日の丸をしっかと握り、隊長は莞爾(かんじ)と笑って飛び立っていく。茜(あかね)さす比島の空を、敵陣のまっただ中へ。ドラッグへ、タクロバンへ、ブラウエンへ、そしてサンパブロへ。

特攻勤皇隊   02:49
 何の屈託もない集いのごとく、南の基地に明るく響く歌声、笑い声。陸軍特別攻撃隊勤皇飛行隊、最前線へ向かわんとして、山本卓美隊長を中心に、送られる人、送る人。ともに手を打って、楽しみさざめく基地の一時であった。この、若武者たちの目指すは轟沈(ごうちん)。乙女が愛国の血をもって描いた日の丸の鉢巻きを固く締め、今、勤皇の勇士たちが目指すは轟沈。爆弾に羽をつけ、敵艦と差し違える決意を、山本隊長は尾翼に描かせた。
 基地の人々の深い祈りを受けて、再び帰らぬ神々は前線基地へ出で立っていく。12月7日払暁。神鷲たちがひたすら待った出撃の時は来た。大きな獲物、敵護送船団はレイテ湾に遊弋(ゆうよく)している。隊長、山本中尉をはじめ、隊員一同の顔には必殺の気迫がみなぎりわたった。飛行服に身を固める若鷲、二瓶少尉。隊長も愛機、屠龍(とりょう)の上に出撃の準備を終わった。打ち振る日章旗の波に送られて、勤皇隊は空高く舞い上がる。ああ、誉れも高し勤皇隊。戦艦1隻、輸送船3隻轟沈の大戦果は挙げられた。

 

日本ニュース 第239号(1944年12月)6分21秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300367_00000&seg_number=001

日満制空陣のB29撃墜(中国)   01:41
柳州 南寧 完全攻略(柳州 南寧) 01:57
比島海軍航空基地(フィリピン)   02:42

日満制空陣のB29撃墜(中国)   01:41
 (映像・音声中断)の誉れも高き、蘭花特別攻撃隊の体当たりの戦果を含め、この日、日満両軍制空部隊による撃墜破は、実に20機に及んだのであります。奉天、その他各地に残骸(ざんがい)をさらすB-29。マリアナ基地からの帝都空襲に呼応せんとした在支米空軍の野望は、ここに見事砕け散ったのであります。
プロペラ、機関砲。大きな尾翼。
胴体に打たれた無数の鋲(びょう)の1つ1つにも、敵国生産陣の不逞(ふてい)な挑戦が見られます。羅針儀。救命ボートに伺われる敵の逃げ腰の戦意(音声中断)帝国の米機撃滅の決意、いよいよ固まっており(映像・音声中断)

柳州 南寧 完全攻略(柳州 南寧) 01:57
 桂林攻略と同じ11月10日、我が皇軍の精鋭は(音声中断)柳州も攻略し、さらに11月24日、桂林、柳州の敗敵を追って南寧の完全攻略に成功した。柳州、ここを中心に、敵は16個師団の大軍を繰り出していたが、我が軍は果敢な白兵戦をもって突っ込み、10日を出でずして敵を蹴(け)散らした。柳州南端の飛行場。アメリカはここをもB-29の基地たらしめんとし、専用滑走路の設置を急いでいたが、完成を前に潰(つい)え去る。

敗敵を追って我が軍の精鋭は、長駆、南寧に迫る。広西省最後の拠点、南寧。これこそ仏印を中心に、南支沿岸の我が海上交通路を妨害した、憎むべき米空軍の基地である。11月24日、市街に突入。奇しくも満5年目をもって、南寧は再び我が手に帰した。南寧の攻略によって、西南支那(シナ)の敵重要航空基地は、全く我の握るところとなり、今や大陸の戦勢は我に絶対有利に展開しつつあるのである。

比島海軍航空基地(フィリピン)   02:42
 決戦場、フィリピンの我が海軍航空基地の1つに勇姿を見せる、新鋭攻撃機、銀河。敵はフィリピンに航空基地の設定を焦っている。この敵の野望を打ち砕く新鋭攻撃機、銀河。
 整備を終わったきょうも、積み込む爆弾の1つ1つに固い決意が込められ、攻撃準備、今や全く成る。
敵、補給路破壊へ、敵艦船撃沈目指して、我が海の新鋭機、進発。
 敵戦闘機編隊、来襲。グラマン、急降下。不敵にも超低空で我に挑戦。我が防御砲火、見事命中。白煙を吐いて墜落。また1機、海中へ突っ込む。我が基地の防空体制、全(まった)し。

 

1945年1月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19451

日本ニュース 第240号(1945年1月)7分23秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300368_00000&seg_number=001

天皇陛下親臨 帝国議会開会 02:55
国土も決戦場 ~敵機撃墜~ 01:35
国土も決戦場 ~航空機~  01:35
国土も決戦場 ~船~    01:15

天皇陛下親臨 帝国議会開会 02:55
 第86帝国議会開院式は、12月26日、かしこくも天皇陛下の親臨(しんりん)を仰ぎ奉り、いと厳かに執り行われました。忝(かたじけ)なくも天皇陛下には、この日優渥(ゆうあく)なる勅語を賜(たま)い、特に億兆一心、全力を傾倒して敵を撃砕すべきの時なりと御諭しあらせられ、一億の民草はさらにさらに時局突破の誓いを固めたのであります。
 翌27日午後、衆議院において陸海両相は、力強き戦況報告を行いました。

<杉山陸相:
 万朶(ばんだ)隊をはじめとし、富嶽(ふがく)、靖国、八紘(はっこう)、その他幾多の我が陸軍特別攻撃隊諸隊の忠烈は、海軍の神風特攻隊とともに、一億の肺腑(はいふ)をえぐり、その体当たりは敵の心胆を全く奪い去ったのであります。この、敵艦船等を求めまして、決死必沈を期し、体当たりに任じまする者は、いずれも20歳前後の若武者であります。その尽忠報国の姿勢、真に感激に堪えざるものがあります。>

<米内海相:
 その後、レイテをめぐる当作戦は、次第に激烈を加え、特に第一線における航空消耗戦はいよいよ激烈となり、補給の如何(いかん)は直ちに戦局を左右する現状であります。これがためには、一億こぞって攻撃精神に徹底し、今後ますます激化せらるべき、敵空襲下に、不撓不屈(ふとうふくつ)、あらゆる困難を克服し、創意工夫をこらし、国力の一切を挙げて速やかに戦力化し、これを決戦場に投入することこそ、現戦局絶対の要請であり、また必勝の方策であると確信するものであります。>

国土も決戦場 ~敵機撃墜~ 01:35
 敵編隊、本土に近づく。我が防空戦闘機隊、必墜の意気に燃え、勇躍大地を蹴(け)って舞い上がる。昭和19年12月27日。
マリアナを発進せるB-29、約50機、帝都を襲う。敵の編隊。やった。帝都上空、たちまち火を噴くB-29、東京湾へ墜落。我が制空陣の前に、来襲せる敵機約50機中、撃墜破、実に41機の輝かしい大戦果。

国土も決戦場 ~航空機~  01:35
<放送: 防空本部発令。空襲警報解除。全員、作業につけ。>

 敵機撃墜。敵機遁走(とんそう)。退避中の増産戦士は一斉に作業場へ。飛行機の生産へ。退避に失われた分秒を取り戻すのだ。増産の戦いは直ちに始まる。
額にぐっと締める神風の二字も鮮やかな白鉢巻き。造れ、送れ、決戦場フィリピンへ。敵アメリカをたたく翼を神鷲へ。入魂の翼を数多く送るのは我々の義務だ。しかも敵機は、我が国土生産陣の蓬乱(ほうらん)を狙って、その来襲を激化する。国土も決戦場だ。敵機と戦い、しかも一刻も早く、翼、翼をフィリピンの空へ。それが生産陣の戦いだ。学徒も挺身(ていしん)隊も、神風の二字をいただいて。

国土も決戦場 ~船~    01:15
 フィリピンをめぐる決戦は、また補給の戦いでもある。補給が1日遅れれば、1日戦局は重大化する。
補給のかぎ、船の増産。フィリピンに注ぎ込んだアメリカの膨大な兵力。それを蹴落とす戦力を送る船。全霊を込めて、造船の戦士は決戦の鋲(びょう)を打ち込む。
補給の戦いに、断じて敗れてはならぬ。一刻を争う決戦場へ、新鋭力を。船を造る。ここもまた、決戦の場である。

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