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2017年1月15日 (日)

日本ニュース 戦争証言アーカイブス 戦後編 第41号(1946年10月)〜第60号(1947年3月)

 特に戦前の日本ニュースは、大本営発表で検閲済み国策映像。ただし、それはそれで当時の空気を想像・実感するのに役立つ貴重な資料映像です。すべてリンクと再生テキストを資料保存しておきました。なおリンク先ではすべて映像を見ることができます

 

日本ニュース 戦争証言アーカイブス
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi

日本ニュース一覧
「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。制作したのは、「日本映画社」(※)で、1940年にそれまで4つに分かれていた新聞社や通信社のニュース映画部門を国策により統合したものです。
戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。「戦争証言アーカイブス」では、1940年(昭和15年)の第1号から、戦後も含め、1948年末までのものを公開しています。

※(1941年5月までの会社名は「日本ニュース映画社」)
※日本ニュース戦後編の再生テキストは、国立歴史民俗博物館の協力で作成しています。

 

日本ニュース 戦後編 第41号(1946年10月)7分37秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310041_00000&seg_number=004

昭和十七年に対ソ戦争の計画(東京裁判) 01:30
皇太子さんの英語の先生 東京<時の話題> 00:26
海底から水田に 岡山<時の話題>    00:29
何を見たか和田農相 埼玉<時の話題>  00:18
十四年ぶり浅草観音様浮世に<時の話題> 00:30
米第八軍上陸演習            01:04
注視の的“10月”ゼネスト 政治闘争か、経済ゼネストか 00:54
ひろがるストの波            00:53
読売争議解決す             01:29

昭和十七年に対ソ戦争の計画(東京裁判) 01:30
昭和16年3月、ときの外務大臣松岡はモスクワにおいて日ソ中立条約に調印。スターリン、モロトフ氏らに対し、この条約によって日本はソビエトを攻撃しないという態度を見せましたが、しかし事実は同じ年7月の御前会議では、昭和17年にソビエトに侵略する作戦計画を決定。航空部隊、機械化部隊を中心とする100万の大軍を満州に集中、大規模な演習を繰り返して対ソ攻撃の機をうかがっていました。
 日本軍国主義者の計画では、満州国の西より突入してシベリア鉄道を一挙に遮断、極東ソ連を占領し、さらにオムスクを境にして、東は日本、西はドイツという虫のよい山分けのプランでありました。
10月8日、ソ連側ゴルンスキーは東京裁判の検事法廷でこの真相を暴露、日本のすべての戦争指導者たちの責任を鋭く追及しました。

皇太子さんの英語の先生 東京<時の話題> 00:26
今年14になった皇太子殿下の英語の家庭教師として天皇陛下から招かれたアメリカのヴァイニング夫人が15日来朝、淀橋の官舎に落ち着きました。

海底から水田に 岡山<時の話題>    00:29
食糧不足、土地不足の折りから、海の底をたんぼにしようと岡山県児島湾の開拓工事が戦災者や復員者の手で行なわれております。深さ平均1メートル半、わずかな引き潮を見計らってやる難事業ですが、すでに開拓された3000町歩はなかなかの出来栄えです。

何を見たか和田農相 埼玉<時の話題>  00:18
埼玉県北足立郡の馬頭観音で13年ぶりで行なわれた宝舞、和田農相もこの年代がかった豊年踊りに議会のあかを落としています。

十四年ぶり浅草観音様浮世に<時の話題> 00:30
にぎやかな太鼓に明けた浅草復興祭3日目の13日、浅草寺の観音様のご開帳が14年ぶりで行なわれました。当日の呼び物、ご開帳恒例の稚児さんの行列。復興祭とご開帳にこの日の人出40万。焼け出されても観音様、相変わらずの人気です。

米第八軍上陸演習            01:04
サイパン、フィリピン、沖縄などの上陸作戦にその精鋭さを誇ったアメリカ第八軍が日本における最初の上陸演習を神奈川県茅ヶ崎海岸で行ないました。10月14日には、空軍の援護下、上陸用の舟艇でまず歩兵が敵前上陸。さらに水陸両用の装甲車、タンクなども特殊輸送船から岸にのし上げ、みごとな機動力を見せました。
こういうアメリカ軍の本土上陸を竹槍で迎えようとしたかつての日本軍の無謀さが今さらのように感じられます。

注視の的“10月”ゼネスト 政治闘争か、経済ゼネストか 00:54
《河合厚生大臣》
「最近のゼネストのように経済のらちを超えて政治目的を達しようとするのは好ましくない。ことに議会を無視してゼネストの力で政治目的を達成させるのは非民主的だと私は思います」

《聴濤産別議長》
「とんでもないことでしてね、それは政府の完全なデマです。ところが、われわれの掲げている要求を見てもらえばわかるように、首切り反対にしても、勤労所得税の撤廃にしても、労働時間の問題にしても、すべてこれは労働者の基本的な生活権の問題なんです。労働組合として最も初歩的な要求なんです。このためにやるわれわれ労働者自身の闘争を、政治ゼネストだということに切り換えて、これを粉砕しようとするのが政府の意図であると」

ひろがるストの波            00:53
10月13日、弾圧反対を叫んで日比谷公園に労働者大会開催、各産業から集まった労働者は雨にぬれながら共同闘争を決議しました。15日には映画演劇労働組合がストに突入、撮影所はキャメラもライトも止めて職場大会に気勢をあげました。一方、映画館ではスターたちや舞踊隊が、直接街頭のお客さんに呼びかけてサービスを兼ねた宣伝戦を展開しました。かくてストライキの波は新聞から映画、石炭、電気、鉄鉱としだいに広がりつつあります。

読売争議解決す             01:29
新聞ゼネストの導火線となり、各方面から注目されていた読売新聞社の争議は、10月16日ついに解決しました。会社側は、結局、労働委員会の裁定の線に沿って、37名を除く他の全争議団員の復社を認め、争議団増山[太助]代表と馬場[恒吾]社長の間に調印が交わされました。
読売争議団が焼けビルの中に立て籠もって闘い続けること5か月、その間、国鉄、海員など幾多の争議の先頭に立って活動してきた苦闘の数々をしのばせながら、この問題の争議もひとまず幕を閉じることになり、争議団員たちはさらに新しい職場で闘うことを誓い合いました。

《争議団員》
「われわれはこれから闘うんだ。俺ら37名はしゃばに出てもあくまで闘う。あとに残った人も、この4か月の闘いを生かして、会社側と、あるいは反動政府とあくまで闘う。そうですね、みなさん」
《争議団員》
「われわれは馘首は取り消させました。しかし全面的な勝利は得られなかった。これから闘争を他の舞台に移し、勇敢に最後まで闘う決意を有するものであります」

 

日本ニュース 戦後編 第42号(1946年10月)7分45秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310042_00000&seg_number=005

神話の消えた新教科書          01:43
学生陸上競技大会<スポーツ>      00:28
レガッタに東大優勝 隅田川<スポーツ> 00:34
日米防火演習 東京<時の話題>     00:24
正倉院はじめて公開 奈良<時の話題>  00:34
天皇 愛知に行幸・愛知<時の話題>   00:38
ストから増産へ-北海道炭鉱<どうなるか“10月”ゼネスト> 00:27
放送スト解決へ-<どうなるか“10月”ゼネスト> 00:28
電産スト、拡大<どうなるか“10月”ゼネスト> 02:25

神話の消えた新教科書          01:43
子供たちに今日までの日本の歴史をどう教えるか。文部省が苦心を重ねた歴史の新教科書「くにのあゆみ」がこのほどやっと出来上がり、マッカーサー司令部から歴史の授業を再び始めることが許されました。
過去80年にわたって日本人の頭に軍国主義を吹き込んできた古い教科書は、初めからほかの地方の人々を戦争で打ち負かす神武天皇の伝説や、天皇のご祖先といわれる皇大神宮の天照大神の神話が、まるで事実のように教えられてきました。しかし、新しい教科書では、例えば古墳の中から発見される剣や昔の人の骨からどんなに正確に大昔の状態を知ることができるか、その科学の大きな力を示しています。

《小学生》
「これらの古墳からは笛や人や動物の形をした埴輪が発見され、鏡や玉や刀や鎧兜なども掘り出されます。これらの品物を見ると、そのころの人々の生活のありさまがよくわかります」

こうして日本の子供たちは自分たちの祖先が歩んできた跡をようやく学ぶことができるようになりました。

学生陸上競技大会<スポーツ>      00:28
ナイルキニック競技場と名を変えたもとの神宮競技場で秋の学生スポーツの幕が開かれました。10月21日、復活第1回関東学生陸上競技第2日は、文理科大学がトラックにフィールドに圧倒的強みを示し、総計104点を獲得して優勝しました。

レガッタに東大優勝 隅田川<スポーツ> 00:34
終戦後初めてのインターカレッジレガッタ、10月20日、隅田川2000メーターコースで東大と産大の間で決勝が行なわれました。初め産大リードしましたが、コース半ば東大逆にリード、ゴール前、産大ピッチを上げて追撃しましたが及ばず、東大は3艇身離して悠々ゴールイン。

日米防火演習 東京<時の話題>     00:24
白木屋が猛火に包まれました。アメリカ消防隊の化学的消火の威力に見物の人たちは目を丸くしています。ただしこれは10月21日行なわれた日米合同の消火演習。

正倉院はじめて公開 奈良<時の話題>  00:34
1200年前から伝わって世界にも有名な正倉院の御物が、皇室の手から離れて10月21日から奈良の帝室博物館で一般に公開されました。光明皇后の直筆と称せられる楽毅論、墨絵の菩薩像、赤銅柄の香炉、天平時代の力士面。

天皇 愛知に行幸・愛知<時の話題>   00:38
天皇陛下には10月22日、名古屋駅にお着きになりました。新憲法で国民の中の一人に含まれると決められた陛下は、文字通り殺到する国民の中に含まれてほとんどもみくちゃになるばかり。次いで名古屋寮に御成りになり、冬をひかえて不安におおのく侵略戦争の犠牲者たちをごらんになりました。

ストから増産へ-北海道炭鉱<どうなるか“10月”ゼネスト> 00:27
去る10月15日、賃金値上げの要求が通ってゼネストの解決を見た北海道炭鉱では、直ちにその日から労働者たちは石炭増産に邁進しました。しかし、解決条件の実現についてなお問題を残し、成り行きを注目されています。

放送スト解決へ-<どうなるか“10月”ゼネスト> 00:28
一方、去る10月5日以来、20日間にわたって孤立したうちに頑張り続けていた放送ストは、憲法発布記念日を前にしての政府と協会側の強引な押しに、組合もついに譲歩、24日夜半、仕事につくことを指令するとともに、両者会見、ここに解決を見るに至りました。

電産スト、拡大<どうなるか“10月”ゼネスト> 02:25
しかし、10月ゼネストの波は依然収まらず、その中心、電気産業労働組合では、政府、会社側に事業民主化の誠意なしとして、19日ついに5分間停電を決定。青年行動隊に守られた各変電所では、午後6時になるとともについにスイッチを切り、世界初めての停電ストを断行しました。
スト中の映画従業員はこの停電を拍手をもって迎えました。

《映画従業員》
「みなさん、今、電源を切らしたのはね、電産のストライキに入ったわけなんです」

この日、小石川後楽園で行なわれた映画演劇労働組合主催の芸術復興祭では、3万の勤労者が暗黒のうちにたいまつをたいて「インターナショナル」を合唱。
電気産業の会社側では、政府当局とともにこの対策を練り、労調法による強制調停に移すとともに交渉打ち切りを通告。これに対し組合側はさらに闘争強化を声明。

《入江中央闘争委員長》
「われわれは政府および会社の不誠意を糾弾し、政府の不当干渉に反対するため、ストライキを強化し、きたる23日以降、毎日一定時間、全国主要工場に対する送電を停止する。

送電を停止された各工場は一斉に職場大会を開いて電産スト支持を決議、こうして10月ゼネストの波はさらに11月ゼネストへと広がっていく形勢にあります」

《組合員》
「われらがわれらの敵であるところの政府を叩き切ることによって、全労働者を結集し、これによって全反動制と[闘い]、自由のため決起しようとするときがきたのだ」
《組合員》
「頑張れ」

 

1946年11月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=194611

日本ニュース 戦後編 第43号(1946年11月)7分57秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310043_00000&seg_number=004

米ソ軍政下新朝鮮の動向(民衆映画提供) 01:27
“六百円”の要求に会わぬ文相      01:01
アメリカのヨイコ<時の話題>      00:33
“東京のバラ”とは?<時の話題>    00:42
裁かれる“樋口”<時の話題>      00:28
名物-応援団試合<時の話題>      00:27
冬をま近に家なき人々          03:16

米ソ軍政下新朝鮮の動向(民衆映画提供) 01:27
これは終戦後初めて朝鮮からもたらされたニュース映画。1945年9月8日、ホッジ中将麾下のアメリカ第4軍は秩序整然と釜山そのほかから南朝鮮に上陸、日本帝国主義にかわった新しい解放者アメリカの旗が高々と掲げられました。
これより先、8月下旬、ソビエト軍も北朝鮮に進駐、明治以来、日本の支配者の搾取はいかに残酷無比なものであったか、歓呼して米ソ両軍を迎えた民衆の喜びがそれを示しています。
次いで46年1月、平壌においてアメリカ代表アーノルド少将、ソビエト代表シュチコフ将軍出席して米ソ会談が行なわれましたが、目下の朝鮮には左右両派の対立鋭く、独立国朝鮮の前途にはなお多難なものが予想されます。

“六百円”の要求に会わぬ文相      01:01
文部大臣に対して最低月600円そのほかを要求して争議に入った全国教員組合では、10月28日、東京四谷第6国民学校で全国青年大会を開き今後の闘争方針を協議。終わって文部省にデモを行ないました。赤旗も振らないつつましい行進でしたが、代表のたびたびの面会申し込みにもついに会わなかったという田中文相への真剣な抗議の姿でした。一方、若い先生は街頭に立って宣伝。

《教師》
「われわれの教員の生活を改善してくれ、最低生活を保障してくれと。文部大臣はいかなる回答を与えたか。回答どころか会わないのであります」

アメリカのヨイコ<時の話題>      00:33
アメリカの兵隊さんの子供さんたちは、このごろは日本に来てお父さんと一緒に暮らし、毎日大きなバスに乗ってお出かけ。みなさん日本の子供たちと同じように学校に行って一生懸命勉強しています。さあみなさんもアメリカの良い子に負けないようにしっかり勉強しましょう。

“東京のバラ”とは?<時の話題>    00:42
10月25日夜、巣鴨拘置所から東京のバラが釈放されました。といってもわからないかもしれませんが、戦争中、海外宣伝放送を行なってアメリカ将兵にすっかり有名になり、終戦後は戦犯容疑者となった戸栗アイバさんです。兄さんの家に落ち着いたアイバさんは感想を語ります。

《記者》
「何か月ぶりで出られましたか?」
《戸栗アイバ》
「1年と1週間」
《記者》
「1年と1週間ですか」
《戸栗》
「ええ」
《記者》
「これからどういうふうにやられますか」
《戸栗》
「べつに計画立てておりません」

裁かれる“樋口”<時の話題>      00:28
少女誘拐の犯人樋口芳男の公判が24日から横浜地方裁判所で開かれました。傍聴席には女学生たちに混じって清水潔子さんのお母さんの姿も見えます。判決は懲役10年と決まりましたが、被告の母親岩間ふささんは裁かれるわが子のために悲しい証言を行ないました。

名物-応援団試合<時の話題>      00:27
野球界の名物試合、一高対三高戦が10月27日、東京上井草球場で行なわれました。両校、明治時代から戦って17勝17敗戦1引分け、いざここで雌雄を決せんと選手よりも応援が大変。結局このものものしい大試合、7対1で一高が勝ちました。

冬をま近に家なき人々          03:16
戦争のために足りなくなった家は今全国で420万戸、これに対してこの1年半に政府や営団の手で建てられた家はわずかその20分の1にすぎません。東京の住宅営団では最近完成した476戸の受付を始めたところ100倍の5万人が殺到しました。冬をひかえて家の問題が今や差し迫ってきたことを示しています。
なぜ家は建たないのか。資材が不足だと当局は言います。しかし福島県その他ほうぼうの貯材場にはたくさんの材木が腐るにまかされています。この材木の輸送が困難だと当局は言います。しかし、ヤミでなら続々と運ばれ、戦災都市では料理屋、カフェなどが次々に建っています。2間で7万円、8万円という文化住宅が金のない人たちをうらやましがらせています。
家を求める声に当局は大邸宅開放を実施しているといいます。しかし、これらの大邸宅のうちどれだけが本当に開放されているでしょうか。その大邸宅のすぐ目の下には、もはや家とは言えない穴蔵の住まい。雨の日にはびしょぬれになって寝ることもできないという、こういう壕舎や穴蔵に住んでいる人々は全国で53万人にものぼると数えられています。

《記者》
「いつごろからここでお住まいなんですか」
《住人》
「去年の11月から住まっています」
《記者》
「じゃあ、ここでまた冬越えをなさるんですね」
《住人》
「たぶんそう、そうなりますと思います」
《記者》
「どうですか、冬の感想は?」
《住民》
「寒くて困りますね。雪が降って寒さの真っ最中にとっても困りますね」

今年の冬は近年になく寒さが厳しいと気象台は言っています。その冬はもう間近に迫っています。
夜、戦災や海外引き揚げですべてを失って冷たいコンクリートの上に毛布1枚で寝る人々にも寒さは一日一日と加わっていきます。この人たちは今直ちに有効な対策が実施されないかぎり、まさに病気と凍え死に直面しなければなりません。

 

日本ニュース 戦後編 第44号(1946年11月)8分22秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310044_00000

主権、国民の手に 新憲法公布   02:24
果然、政治問題へ-電産争議-   02:05
早大優勝 六大学野球<スポーツ> 00:39
秋場所大角力<スポーツ>     00:30
“ストも辞せず”教員悲痛な叫び  02:42

主権、国民の手に 新憲法公布   02:24
明治君主憲法に替わって主権は国民の手にあると宣言した新しい日本国憲法公布の日、11月3日、この日、天皇陛下には貴族院の記念式典に親臨、勅語を朗読。

《天皇陛下》
「本日、日本国憲法を公布せしめた。朕は国民と共に、全力をあげ、相携えて、この憲法を正しく運用し、節度と責任とを重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するように努めたいと思う」

吉田首相応答。
《吉田首相》
「私どもは全力をあげ、相携えて聖意に沿い奉る覚悟でございます。ここに謹んで奉答申し上げます。」

この日を祝って貴衆両院と首相官邸では1000匹の鯛のお頭つきで盛大な祝賀会が開かれました。官邸では月桂冠の祝杯をあげて、吉田首相や憲法でさんざん苦労した金森国務相がやっと安堵の胸をなでおろした感じでした。
さらに午後、東京都主催の祝賀式典が宮城前で開かれ、新しく日本国民統合の象徴となられた天皇ならびに皇后両陛下を迎えて、参会者は吉田首相の発声で万歳を三唱、戦争を捨てた平和国家の前途を祝いました

《吉田首相》
「天皇陛下万歳を三唱いたしたいと思います。天皇陛下万歳、万歳、万歳」
《参会者》
「万歳、万歳、万歳」

果然、政治問題へ-電産争議-   02:05
吉田内閣は11月5日、自ら求めた労働委員会の電産争議解決案に対し、真っ向から反対。ここに労働調停はついに政治問題となりました。

《林書記官長》
「産業の実情を無視した過大な先例ができては、他の産業もこれに倣う傾向を生じ、日本経済を悪性インフレに導く懸念きわめて濃厚であり、日本再建を困難ならしめるものと思う」

末広委員長これに反発。

《末広委員長》
「政府がこのわれわれの苦心を全然買うことなしに、中央労働委員会の構成した調停委員会の権威を無視するがごとき声明を突如発せられたことは、われわれとしてまことに遺憾とせざるをえないということである」

この調停案によりだいたい要求を認められた電産労働組合闘争本部では、6日、闘争委員会を開いて態度を協議しましたが、政府の横やりに対し議論沸騰、ついに調停案に不満を表明しました。
さらに5日行なわれた労働者大会では、電産をはじめ集まった労働者5000名が、労調法反対、吉田内閣反対を叫び、こうして労働攻勢の前に政府の動向が注目される折りから、さらに社会党は議会解散を要求、政局の前途はようやく緊張を加えてきました。

《社会党 西尾書記長》
「これは吉田内閣の資本主義的保守的性格を暴露したものであって、国民大衆は断じて納得しないのである。政府は速やかに議会を解散して信を国民に問うべきである」

早大優勝 六大学野球<スポーツ> 00:39
6万の大観衆を集めた11月3日の神宮球場、今シーズンの覇権をかけた早慶第2回戦。3回まで両軍得点なし。第4回、早稲田の攻撃、5番バッター山村、2走者を置いてレフトに2塁打を放ち、3塁の鶴田、2塁岡本、くつわを並べてホームイン、早稲田2点獲得。このまま2対0で早稲田、秋の覇権を握り、初の天皇杯を獲得しました。

秋場所大角力<スポーツ>     00:30
進駐軍の体育場としてメモリアルホールと名も変えたもとの国技館、11月6日、櫓太鼓も懐かしい秋場所大相撲の初日、抜け目ない政府の相撲筋や、鳩山氏の顔も見えて、その日の好取り組み、東・相模川、西・羽黒山。

《アナウンサー》
「のこったのこった、のこったのこった」

羽黒強引のつり出しに相模あっけなく敗れました。

“ストも辞せず”教員悲痛な叫び  02:42
争議中の全国教員組合代表は、5日再び田中文相と会見。

《教員組合代表》
「どういう回答をいただいたのか、まったく回答らしい回答としては全然判断がつかないんです」

《田中文相》
「聞き入れられないことをさらに要求されるということであればですね、こちらは嘘を言うことになる」

《教員組合代表》
「しかしですね、あれに対して、例えば最低600円というものに対して、これだけのことはしようとかですね、こういう方法を講じようという、そこになんらかの対策があっていいと思うんですね」

しかしこの日も要領を得ず、先生たちは父兄会で悲痛な訴え。

《教員組合代表》
「なんという答えをしたか。その待遇改善には引き続き努力すると言っただけです」
《教員組合代表》
「何がためにこうしてみなさんの前に自分の生活苦であるものを披瀝しなければならないのでしょう。それは足りなさに耐えきれなくなった私の姿でございます」

こういう先生たちの行動は子供たちの目にどんなふうに映ったでしょうか。

《男子児童》
「先生方はそれを一生懸命やると僕らの勉強が進まないからつまらないと思います」
《女子児童》
「少し勉強が遅れても、あとで本当によい学校になって勉強を教えていただけば、そのほうがよいと思います」

困っている先生方を助けようとみんなで決議した子供たちは、ポスターを書いたり、ビラを張ったり、あるいはまた教育新聞の街頭売りまで始めました。

《男子児童》
「週刊教育新聞1部50銭であります。どうかお買い求めをお願いします」

11月6日「先生しっかり」と子供たちの元気のよい声援に送られて、各学校教員代表は東京四谷第6国民学校に集まり、最後の態度を決める全国大会を開催しました。

《教員組合代表》
「田中文相は7項目の要求を正当であり合理的であると認めながら、この要求をいれないのみか、具体的な措置についてさえも言及することを極力戒厳して、今やきわめて憂慮すべき段階に到達した」
《教員組合代表》
「決議。われらは要求貫徹のため、最後まで団結を志向、われらが最悪の場合には一斉罷業を決行する」

 

日本ニュース 戦後編 第45号(1946年11月)8分3秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310045_00000&seg_number=001

地方民主化へ 新公職追放令       01:27
深刻化するインフレ世相         02:46
慶明ラグビー戦 東京<時の話題>    00:32
わが青春に悔いなし 京都<時の話題>  00:15
海抜千二百米の鉱山 北海道<時の話題> 00:23
指と機械の一騎討ち 東京<時の話題>  00:38
机上プランの悲劇 開拓地の現実     00:38

地方民主化へ 新公職追放令       01:27
地方選挙を前にして11月8日、政府はついに公職追放の拡大を発表しました。

《林書記官長》
「今回とりあえず地方公共団体の公職についても、いわゆる公職追放令を適用し、地方の公職より軍国主義的ないし極端な国家主義的色彩を一掃し、あわせて地方自治の民主化を促進するところがなければならない」

今度追放されるこれらの地方政界のボスたちは、戦時中どんなことをしていたでしょうか。彼らは警察と手を組んで、あらゆる国民の不満を抑えつけたばかりでなく、半ば脅かしながら家庭から引きずりだした若い女性を、十分な設備一つない作業場に送り込み、ここで体をこわすばかりの無理な労働を押しつけました。あるいはまた、義勇隊の名ですべての男子を軍閥のいけにえにしようとした在郷軍人の幹部たち、すべてこれらの追放によって、今さらに大きい民主化の道が開かれようとしています。

深刻化するインフレ世相         02:46
インフレの大嵐が今、日本の隅々にまで荒れ回り、500円生活の舞台に悲劇、喜劇を描き出しています。
一人で何枚買っても差し支えなしと新しい競馬法であおられて、人間は今、馬に賭けに富くじに殺到しています。ここでは生活難などはどこ吹く風、札びらが舞うインフレ景気です。
しかし、このインフレで俺たちは食えないのだとストに突入した東芝工場では、悲壮なハンストにまでついに入りました。適切なインフレ対策がないので、労働者の生活は悪くなる一方だといわれています。
このありさまでは治る病気も治らないと、今度は東京中野療養所の患者までが生活擁護同盟を作って厚生省に詰め寄りました。

《患者代表》
「患者のほうにいくらかでも回せないというのは、これはおかしいんじゃないですか」
《厚生省》
「それは病院の・・・」
《患者代表》
「少なかったら少ないなりにですね、困っている人に優先に配給できるんですから。私たちがやっても」

問題の療養所ではインフレで破れ窓も直らないし、病人に必要な栄養も十分与えられないというのが患者の言い分です。
2合5勺の主食で足りるかどうか。それはともかくとして、食糧の買い出しは相変わらずやみません。政府は11月からついに強権を発動し、警官の人垣を作って各駅でヤミの大弾圧。

《警官》
「米どのくらいありますか」
《買い出し人》
「米でねえんです。コブ。コブに大豆」
《警官》
「きょうね、僕がまとまってね、調べてあげますから」
《買い出し人》
「ああ、そうですか」

しかし、大口や悪質のヤミ商人がうまく網にかかったでしょうか。

《警官》
「一升ぐらいあるよ。一升くらいあるね、きみ」

このヤミ取り締まりを尻目に、お札の発行高はついに700億円台をはるかに超え、政府の声明や経済学者の観測を裏切って、さてどこまでインフレは深刻化するのでしょうか。

慶明ラグビー戦 東京<時の話題>    00:32
明治対慶応のラグビー戦。慶応トライしました。前半3対0で慶応リード。11月11日の後楽園スタジアム。後半27分、明大続けて3トライ1ゴールをあげ、形勢逆転、14対6で明大に凱歌があがりました。

わが青春に悔いなし 京都<時の話題>  00:15
裸でカッパ踊りの三高記念祭、11月10日、わが青春に悔いなからしめようと久しぶりに暴れ回りました。

海抜千二百米の鉱山 北海道<時の話題> 00:23
水銀で世界的に知られた北海道イトカム(イトムカ)鉱山は海抜実に1200メートル、わが国最高の鉱山です。戦後一時さびれましたが、見返り物資をめざして再び活況を呈しています。

指と機械の一騎討ち 東京<時の話題>  00:38
古いそろばんが早いか。新しい電気計算機が勝つか。11日、超満員のアーニー・パイル劇場での一騎討ち。計算機選手トーマス・ウッド二等兵、そろばんの選手松崎君。五つの種目に火花を散らした結果、4対1でそろばんが優勝。それに賭けをして勝ったピーター君は、バートハート君の引く人力車におさまって大喜び。

机上プランの悲劇 開拓地の現実     00:38
戦争中、陸軍最大の航空基地であった静岡県三方ヶ原、1200町歩の上に今、悲劇が繰り広げられつつあります。食糧増産、失業救済の名のもとに行なわれた政府の緊急開拓事業は、机の上の計画と実際とがまったく食い違い、現地の人々を悲しませています。この土地に送り込まれた戦災者、失業者3000名が、この冬を越すために作った作物は土地に養分がないため実に惨憺たる出来ばえでした。住む家は開拓営団の建てたわずか30戸、そのほかは昔のままの兵舎や掘っ建て小屋で、この惨めな生活のうえに今飢えと寒さが迫っています。
しかし一部の人たちは敢然と立ち上がりました。今や政府にばかり頼っていては餓死すると、自らの力で全土を開拓し始めました。キリスト教徒の愛隣村、共産党員の共栄村では、すべての農具、すべての土地をみんな一緒にして、共同農場の建設を進めています。こうして悲劇の中から民主的なたくましい開拓が前途に希望を見いだしかけています。

 

日本ニュース 戦後編 第46号(1946年11月)8分34秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310046_00000&seg_number=004

田中文相へ退陣を要求<攻勢つづく労働戦線> 00:56
裁判所と“主管”争い<攻勢つづく労働戦線> 00:39
ビラ戦術“夜中から朝まで”<攻勢つづく労働戦線> 00:36
戦線統一へ 電産公聴会<攻勢つづく労働戦線> 00:37
チョンマゲにお別れ<時の話題>    00:21
こんな処に塩の山<時の話題>     00:29
引き揚げ者北海道へ 東京<時の話題> 00:39
中止か継続か 関門トンネル      00:55
あばかれた“開戦前夜”-東京裁判   03:17

田中文相へ退陣を要求<攻勢つづく労働戦線> 00:56
政府の対策にもかかわらず、労働争議は依然熾烈。東京都教員組合では罷業態勢確立大会を11月20日、四谷第6国民学校で開き、文相の退陣を決議するとともに最後の対策を協議。

《教員組合代表》
「教員組合大会の審議に基づき・・・」

かくてストライキの態勢は確立されました。

裁判所と“主管”争い<攻勢つづく労働戦線> 00:39
東京淀橋のオリエンタル工業では生産管理に入っていましたが、最近これもできなくなって、全員やむなく遊んでいます。これは去る13日、資本家側の申請で裁判所が工場施設を差し押さえてしまったためで、組合側では新手の争議権弾圧だとして19日裁判所に抗議。

《組合側代表》
「われわれは今回の貴裁判所の軽挙妄動に対し、社会的立場から厳重に抗議し、あいまいなる法の乱用により正当なるわれわれの行使権を弾圧せざることの誓約を要求するものである」

ビラ戦術“夜中から朝まで”<攻勢つづく労働戦線> 00:36
11月19日の真夜中、丸の内は三菱銀行の壁という壁にべたべたとビラ張り。三菱財閥が大株主として争議を妨害しているというので、スト中の池貝自動車組合が新戦術に出たもの。夜が明けて三菱銀行ではびっくり。その信用に汚れ一つないのが自慢だけに、ホース総動員でビラはがしに大騒ぎ。

戦線統一へ 電産公聴会<攻勢つづく労働戦線> 00:37
電産争議の真相発表会が、各労働団体を集めて18日交通博物館で開かれ、席上この電産争議をきっかけに労働戦線の即時統一が強力に主張されました。

《労働団体代表》
「労働戦線を統一して全労働者が一つになってこの壁に突き当たることによってのみ、初めてこの壁が簡単に破れる。今後われわれが労働運動を行うところの指導者の一人一人としていわゆる労働戦線は無条件で統一しなくちゃならない」

チョンマゲにお別れ<時の話題>    00:21
双葉山最後の土俵入り。引退して時津風と名を変える双葉山は、19日、賀陽宮のはさみでチョンマゲとお別れ。

こんな処に塩の山<時の話題>     00:29
ヤミの取り締まりが厳重をきわめている今日、ところもあろうにお膝元から火が出ました。大阪吹田では、現職の警官が塩の横流しを行なったという事件が摘発され、その問題の塩1000俵は4か月も配給のなかった市民を喜ばせました。

引き揚げ者北海道へ 東京<時の話題> 00:39
政府の開拓計画がいろいろ問題になっている折りから、海外引き揚げ者80名が今度東京から北海道網走に開拓農民として移住することになりました。11月15日夜、ささやかな壮行会の後、見送る人もなく上野駅から出発。北海道はすでに雪、開拓生活の第一歩に、はや厳しい寒さが待ち構えています。

中止か継続か 関門トンネル      00:55
下関と門司を結ぶ国道トンネルは、昭和12年内務省が国防国家建設などと大宣伝で工事を始めました。ところが、敗戦後インフレの激化で資材難、資金難に陥り、現在坑道は崩れるにまかせられ、海水の侵入はなはだしく、今のところいつ工事が完成するか見通しもつかないありさまです。今後完成までには5億円の経費が必要で、そのため工事の一時中止が伝えられます。中止となれば俺たちが食えないばかりか日本の再建が遅れると、1000の労務者は中止絶対反対を叫んで地元の人々に呼びかけました。

あばかれた“開戦前夜”-東京裁判   03:17
世界を悲劇のどん底にたたき込んだ太平洋戦争はどのようにして企てられたか。今や東京裁判の法廷では、息詰まるようなその開戦前夜の秘密が次々にあばかれております。
昭和16年春、支那事変はただ奥地へむなしく兵を進めるばかりで、まったく解決の道を失いつつありました。しかも、その行き詰まりから逃れようとして日本の侵略主義者が選んだ道はさらに大規模な侵略戦争を起こすことでした。同年7月、彼らは南部仏印に進駐、ここに陸海空の大兵力を集め、きたるべき戦争のために一大攻撃基地を築きました。
これに対しルーズヴェルト大統領は、あくまで国際条約尊重を主張、日本側は野村(吉三郎)大使らに交渉をせしめつつ戦備を強化。同年10月、ときの近衛内閣退陣のあとをうけて東条陸相ら戦争首謀者はついに自ら内閣を組織しました。ここに全日本の運命はまったくこの一握りの侵略主義者たちの手にゆだねられることになりました。このとき以後、東条内閣はあらゆる方面に一歩一歩と戦争準備を整え、一方で国民の自由をおさえつつ、これをしだいに軍需生産へ、軍隊へと駆り立てました。
11月5日、この日、御前会議は天皇親臨のもと対米英戦争を正式に決定、同じ日発せられた連合艦隊作戦命令第1号によって、航空母艦6隻を中心とする日本機動部隊はひそかにハワイ目指して宣戦布告なき不意打ち攻撃に出動。

《大本営》
「大本営陸海軍部発表。12月8日6時、帝国陸海軍は今8日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」

12月8日朝、打ち続く事変に苦しみの底にあった国民大衆の上にあの悲劇の第一の報せが響きました。

《東条首相》
「帝国が今回、南方諸地域に対し、新たに行動を起こすの已むを得えざるに至りましたのは、米英の暴勢を排除して・・・」

当時、敵に対してばかりでなく、国民に対してさえ勝利者のごとく振る舞った戦争の責任者たち。今、東京裁判の法廷にあって、近づく文明の裁きの前に何を思い何を感じているでしょうか。

 

1946年12月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=194612

日本ニュース 戦後編 第47号(1946年12月)8分38秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310047_00000&seg_number=002

真珠湾の真相 米提督、証人台へ(東京裁判) 01:07
労働攻勢へ内閣突破の自信(臨時議会) 00:52
全焼八百戸 五所川原大火-青森-<時の話題> 00:42
何処へゆく大漁のさんま-千葉-<時の話題> 00:40
拳闘界の新人?<時の話題>      00:21
接戦!早慶ラグビー<時の話題>    00:36
スト続行へ 電産争議決裂       02:30
-キャメラ報告-地下鉄の夜 投稿者-宮城県・大宮友治<みなさんの声> 01:47

※キャメラ報告はカメラ報告

真珠湾の真相 米提督、証人台へ(東京裁判) 01:07
11月25日からの東京裁判の法廷には、前のアメリカ連合艦隊司令長官ジェイムス・リチャードソン提督が証人台に立ち、真珠湾不意打ち事件の真相が次々に明るみに出されました。被告席の背後には真珠湾の地図が大きく掲げられ、また検事提出の証拠のうちには、当時海軍が大々的に宣伝した攻撃状況の空中写真も見られます。いわゆる9軍神をはじめ日米の多くの人々をこの不意打ち攻撃の犠牲とした当時の軍令部総長永野被告の姿は、侵略戦争から平和へ歴史の大きな動きを物語っています。

労働攻勢へ内閣突破の自信(臨時議会) 00:52
労働攻勢の大波が年末をひかえてますます激しくなろうとしている折りから、この難局乗り切りを決意した吉田首相は、27日、第91臨時議会に劈頭、国民の協力を求めました。

《吉田首相》
「この経済再建の根本に横たわる危機を突破しまして生産の増大をはかるためには、国民全部があらゆる部門において消費を節約し、耐乏の生活を忍び、既存の資源と新生産物資とを極力次の生産に振り向けて、しかも最も最大限に能率を上げて働いていかねばならぬのであります」

これに対し社会党は、議会解散を主張、早くも前途には波乱を予想されています。

全焼八百戸 五所川原大火-青森-<時の話題> 00:42
青森県北津軽郡五所川原町は11月23日夜8時、錦町から発火、たちまち814戸を全焼しました。3年前の11月28日にも大火があり、これで二度目。焼け出された3000の人々はなすすべもなく押し迫った寒さにおののいているといわれます。

何処へゆく大漁のさんま-千葉-<時の話題> 00:40
山のようにさんまがとれました。ここ千葉県銚子では今年は気候のかげんか連日の大漁。汽車や自動車で続々送り出されていますが、さて途中どこで消えるのか消費者の口にはいっこうに届きません。もっとも消えた魚はべらぼうな値段でヤミのほうに頻々として顔を出しています。

拳闘界の新人?<時の話題>      00:21
火の出るようなストレート、猛烈なパンチを喰っています。将来有望な拳闘界の新人現わる、と早まってはいけません。これは東京成城署のお巡りさんたちの猛練習ぶりです。季節柄、犯人諸君はご用心を。

接戦!早慶ラグビー<時の話題>    00:36
快晴に恵まれた11月23日、神宮競技場のスポーツ便り。慶応得意のスリークォーターパスとフォワードの強引な押しで前半6対3と早稲田を引き離しました。後半、早稲田ワンゴールをあげて猛烈な追撃。しかし慶応頑丈につっぱって接戦。慶応ついにワントライ。結局9対8でかろうじて勝ちました。

スト続行へ 電産争議決裂       02:30
電産争議は22日、ついに組合側が政府閣僚と直接交渉。

《膳安本長官》
「・・・訳を話して私はあなた方にお話ししているんじゃないかと思うんです」
《佐々木副委員長》
「だれがです」
《膳安本長官》
「いや、中央労働委員会」
《佐々木副委員長》
「中央労働委員会は、自分で作った案さえも、あなた方の例の声明で否認されたと。さればどういうふうな解決案にしていいかわからん、責任持てない、ということをはっきり言っておる」
《星島商相》
「それは、苦労な結果ああいうことになったんでしょうけど、どうしてもあの数字があまりにほかに影響することが多いから、あの数字はのめないです」
《佐々木副委員長》
「あんた、このみんなのおる前で、電産の賃金がすべてのものに対しておまえはずば抜けて高いからとあなたは平気で言った。あんたは(聞き取り困難)に対して、それだからですね、その具体的などこでどうなっているかということを、われわれもちゃんとその事実を持っている。そしてわれわれも調べたデータを持っている。あなたも持っておるだろう。今晩ゆっくりそのデータを見て話し合おうじゃないですか」

政府に誠意なしとして組合側は23日ついにスト準備を指令。

《組合指令》
「各変電所、発電所等の防衛態勢をいつでもできるように準備すること。以上」

指令をうけた各変電所では、直ちにスイッチ、配電盤などを一斉に点検。また地方の発電所でも、指令一下直ちに停電ストに突入の態勢を整えました。
ここに電産ストは悪化の一路をたどり、その情勢に対して、会社側新井日発総裁は27日組合本部を訪れ、会社側の最後的回答を手渡しました。

《新井日発総裁》
「11月25日付、貴所に(聞き取り困難)対し左のとおり回答いたします」

しかしこれを不満とする組合側はついに12月2日よりスト断行を声明。

《組合側》
「やむをえず大停電を決行する。労働者諸君、農民諸君、すべての勤労者諸君、われわれの闘争は同時に諸君の利益のための闘争である」

かくて電産争議は最後の段階に突入しました。

-キャメラ報告-地下鉄の夜 投稿者-宮城県・大宮友治<みなさんの声> 01:47
今、問題になっている東京上野駅地下道の夜の実情は、というみなさんの声に応えて、11月26日夜、日本ニュースはその地下道をキャメラからのぞいてみました。
最終列車を待つ人の列がなくなる午後11時ごろ、ここは寝る家のない人たちですっかり埋まります。

《慈善団体の人》
「手を上に上げてですね、そしてやすむようにして、あまり使ってはいけませんね。大事にして」

最近、慈善団体の無料診療が行なわれていますが、不潔物に満ちたここからは病人が増えるばかりです。家を失ってここで夜を明かす人たちの中には、復員軍人、戦災者、あるいは幼い子供を抱えた若い婦人の姿さえ見えます。去年の冬、この地下道から毎日数人の死者が出ました。なお寒いといわれる今年の冬はいったいどうなるのでしょうか。


【同胞援護強調運動】

援けあってこの冬を!

 

日本ニュース 戦後編 第48号(1946年12月)9分3秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310048_00000

先生を応援 全国父兄大会        01:22
年末をひかえてふえる捨て児 大阪    01:28
家をあたえよ! 引き揚げ者たつ     01:07
“杉野はいずこ” 神奈川<時の話題>  00:47
私たちの野球<時の話題>        00:33
名物“ちょうちんもみ”茨城<時の話題> 00:33
生産復興へ 二大争議解決        03:11

先生を応援 全国父兄大会        01:22
教員問題はついに父兄大会にまで発展、12月1日午前10時半、宮城前広場に各地からの父兄代表約2万人が集まりました。

《父兄代表》
「みなさん、われわれ、ともに手を携え全力を重ねて本要求貫徹のために邁進しようではありませんか」

先生たちがとうとうストライキまで決意したのは、いつに政府の煮え切らない態度にありとして、父兄たちは先生の立場を絶対に支持すると決議しました。終わって寒空を永田町首相官邸へ、のぼりを押し立ててデモを行ないました。吉田首相に面会を求めましたが、休日で不在、事務官を通じて子を持つ親の立場から教員問題の即時解決を迫りました。

年末をひかえてふえる捨て児 大阪    01:28
押し詰まった年の瀬をひかえて大阪では捨て子が増えています。特に大阪駅には頻々と捨てられています。この子供たちは大阪市立弘済院に収容されますが、ひどい栄養失調や瀕死の病気のまま捨てられている子もあり、捨てた親のせっぱ詰まった状態がうかがわれます。そして今、300数10名の戦災孤児と捨て子とがここでわびしいお正月を迎えようとしています。

家をあたえよ! 引き揚げ者たつ     01:07
寒さをしのぐ家もなく、どうにもならなくなった東京品川高輪寮の引き揚げ者代表16名が、11月30日毛利侯爵邸に押しかけ、管理人野村氏と部屋を開けろ開けないの押し問答を始めました。ここには司法研修所の看板がかかっていますが、司法省の宴会などに使われており、11間84畳の広さに6人しか住んでいないというので、この交渉が始まったわけです。
一方、東京で開かれた引き揚げ者全国大会の代表者約50名は、12月3日、家を与えよ、着物を与えよ、選挙権を与えよ、と議会に押しかけ、ついに要求貫徹までは帰らないと泊まり込み戦術を続けています。

“杉野はいずこ” 神奈川<時の話題>  00:47
杉野兵曹長がまだ生きていて、満州から帰ってくるという噂について息子の杉野健次さんの感想。

《記者》
「杉野兵曹長が生きておられるということを信じられますか」
《杉野健次》
「まるで龍宮から帰ったような話で、私どもには到底信じられません」
《記者》
「もし本当に帰ってこられたらどうしますか」
《杉野健次》
「兄と相談のうえ処理することになるでしょうが、さあ、どんなもんでしょうか」

旅順港で命は助かったが、あまり偉くなりすぎて帰れなくなったという噂、俺はいったいどうなるのだ、銅像の杉野兵曹長は厳然と力んでいます。

私たちの野球<時の話題>        00:33
子供でも男女同権、わたしだって野球ぐらいはと、東京なんおう国民学校の女の子が野球を始めました。コーチャーは男の子、バットはこう持つんだと熱心な指導ぶり。打ちました、ホームラン。なかなか上手です。

名物“ちょうちんもみ”茨城<時の話題> 00:33
9年ぶりで復活した茨城県古河のちょうちんもみ。恐ろしく長い竹竿の先につけた相手のちょうちんを押し合いへし合いもみつぶして早く闇にしたほうが勝ちという、時節柄、意味深長なお祭り風景です。

生産復興へ 二大争議解決        03:11
【電産】

10月8日以来50余日、緻密な組織力と水際立った闘争ぶりで政府の屋台骨をゆるがしたといわれる電産大争議は、全国停電断行の瀬戸際、11月30日、危機一髪のところで解決を見、12月3日調印を終わりました。

《発言者不明》
「新しく電気産業の民主化という本当の精神の上に、ひとつみなさんのご努力なさることができれば、決して過去のこの争議というものも、無駄ではなかったということになるんだろうと思います」

【映画・演劇】

ストライキ50日にわたった映画演劇労働組合の争議は、先に松竹、大映、日映、そのほかの解決を見、東宝のみが、もみにもんでいましたが、ついに12月4日、調印の運びとなり、大沢社長と八木日映連書記長の間に握手が交わされました。
同日、東宝従業員は直ちに華やかな勝利の大行進を行ないました。
かくて労働者の手による生産復興を旗印に撮影所では撮影準備に取りかかりました。闘争本部にあてられていた日本劇場では、青年行動隊が場内の大掃除を行うとともに開演準備に取りかかり、12月6日、52日目に華々しく幕を開けました。久しぶりに脚光を浴びた踊り子たちは、はちきれそうな働く喜びを舞台いっぱいに繰り広げています。

 

日本ニュース 戦後編 第49号(1946年12月)9分19秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310049_00000&seg_number=003

官公吏たつ-労働戦線-         02:11
バタアンの悲劇明るみへ(東京裁判)   01:06
スポーツ 東西サッカー決勝<時の話題> 00:51
捕虜第一号 徳島<時の話題>      00:38
赤十字社総会ひらく 東京<時の話題>  00:44
この冬の燃料は?<時の話題>      00:39
-キャメラ報告-石炭は出るか 高萩炭鉱 03:08

官公吏たつ-労働戦線-         02:11
慌ただしい年末をひかえて、労働攻勢は新しい段階に入り、鉄道従業員たちは操車場で真っ黒になって働いていますが、先に生活権獲得の要求を提出、11月30日、当局の回答に不満、ゼネストを決意したと伝えられます。郵便、電信、電話等の逓信労働者もまた、賃上げ、越冬資金、団体契約の要求を出して立ちました。大蔵省、インフレや赤字財政の裏の裏まで知っている人たちもついに立ち、総辞職という新手の戦術、いよいよ政府のお蔵に火がついたというところ。なかなか重い腰の上がらなかった外務省も、浮世の風には耐えられず、12月10日組合を結成しました。危機に瀕している教員問題も今のところ解決の見通しなく、ついに東京都では学校管理に入り、先生たちはわずかな時間を児童とともに過ごしています。
これらの官公吏を打って一丸とした全官公労働者大会が、12月10日午後1時、宮城前で開かれ、5万の官公吏が集まりました。

《組合代表》
「要求案に対しては断固勝ち取らなければならんということを、どうか最低においてはっきりと私は認識してもらいたいと思うのであります」
《徳田球一》
「吉田反動内閣打倒に邁進せまらんことを望むしだいであります」
《参会者》
「そうだ!」

かくて本議会を乗り切ろうとする政府の足元からの越冬攻勢だけに、成り行きがすこぶる注目されています。

バタアンの悲劇明るみへ(東京裁判)   01:06
ちまたに木枯らし吹く師走の10日、市ヶ谷の法廷には悲しむべきフィリピンでの残虐事件が繰り広げられました。ロペス検察官立ってその事実を述べ、初の婦人証人、マニラ生まれワンダ・ワーフ嬢がこれを証言しました。

《検察官》
「あなたは日本軍に逮捕されたことがありますか」
《証人ワンダ・ワーフ嬢》
「(訳)はい。1942年1月3日・・・」

(証言台のワンダ・ワーフ嬢)

(聞き取り困難)をとりに、一挙に800人の男女を虐殺したマニラ・聖パウロ大学での事件。舌を抜き、爪をはがし、耳、鼻を切り落とす等の残虐事件。
炎天下を120キロ、食べ物も水もなく10日間歩かせて、アメリカ兵、フィリピン兵3万を虐殺したあのバタアン死の行進。
ここに日本人にとって最も悲しい歴史が新たに書き加えられたのであります。

スポーツ 東西サッカー決勝<時の話題> 00:51
12月8日、早大球場、関東関西大学リーグ、サッカー決勝戦、早稲田対神戸経済大学[現・神戸大学]。前半神戸終始優勢を続けましたが、0対0。神戸のシュート、早稲田ゴールキーパー・津田からくも食い止めました。後半、早稲田1点を入れましたが、さらに23分、早稲田のレフトウィングの岩谷、鮮やかなドリブルでハーフを抜きました。シュートしました。みごとに決まってゴールイン。2対0で早稲田の優勝となりました。

捕虜第一号 徳島<時の話題>      00:38
これは特殊潜航艇です。呪われた日、12月8日が再びめぐってきました。ハワイを不意打ちした人々を軍神として当時の大本営が鳴り物入りで宣伝したことは、なおわれわれの記憶に新たなところ。この特別攻撃隊のうちでただ一人、アメリカに捕らわれて生き残っていた捕虜第一号、坂巻元少尉は、徳島で新婚の奥さんとともに畑作りをするばかりで、一切何も語らないそうです。

赤十字社総会ひらく 東京<時の話題>  00:44
12月10日、日本赤十字社総会が東京・芝の本社で行なわれ、皇后陛下が名誉総裁として令旨を朗読されました。

《皇后陛下》
「父母を失い、夫や子を失った人たちの悲しみと悩みは十分察することができます。どうしたならばそういう人たちの心の傷を少しでも軽くすることができるでしょうかと、一日心を痛めております」

この冬の燃料は?<時の話題>      00:39
都会では冬を迎えて燃料がなく、機関車の燃えかすの中からおかみさんたちは石炭を拾い出しています。去年はまだ戦災の焼け残りの材木がありましたが、今年はそれもないので、いよいよ並木がねらわれています。並木もしだいしだいに枝がなくなりました。やがて根こそぎ姿を消すほうが先か、木炭の配給のほうが先か、いずれにしてもお正月はもうすぐです。

-キャメラ報告-石炭は出るか 高萩炭鉱 03:08
石炭は出るか。今、国家の運命を決するといわれている炭鉱の現場を見るために、われわれは茨城県高萩地方の炭鉱を訪れました。
ここにはかなりの量の石炭が掘り出したままに積まれています。このうちの一部から自然発火してしきりに燃え続けていますが、これを消すのに一苦労です。これは、トロッコが足りないうえ、鉄道の貨車も足りないので、せっかく掘り出しても運びきれず、それが燃えだしたのだそうですが、あたりには壊れたトロッコや車輪が転がっています。
ひとたび2500尺の地下に入ると、排水ポンプが壊れていて、いたるところ水浸しでした。これが作業を著しく妨げています。大きな鉱山ではポンプの予備が100台以上もあるが、ここにはまったくなく、政府はこのような小さな炭鉱のことは考えてくれないと現場の人は語りました。
さらに坑木の不足も同様で、落盤の危険もあり、それを食い止めるために坑夫たちは命がけの努力を続けています。増産の必要なことはだれよりも坑夫たち自身が十分知っています。そしてこのような悪条件のうちでよく闘いつつあります。
だが、坑内から出てきた坑夫たちが帰る家は決して改善されているとはいえません。また、産業復興の障害の一つに、疲れている体で芋を作らねばならぬという食糧事情もあり、石炭の前途は依然として楽観を許さない状態にあります。

【同胞援護強調週間】

援けあってこの冬を

 

日本ニュース 戦後編 第50号(1946年12月)9分14秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310050_00000&seg_number=002

掃海作業すすむ 下関          01:18
“純潔をまもれ”婦人大会ひらく     01:15
ここにも石炭のなやみ 新潟<時の話題> 00:46
ミス・パーマネント 東京<時の話題>  00:55
“鐘は上野か浅草か”<時の話題>    00:25
全国に倒閣の嵐             04:32

掃海作業すすむ 下関          01:18
戦争中投下された磁気機雷、水圧機雷は全国で約1万。これを処分して航路を安全にするために、下関では連日掃海隊が出動してゆきます。3隻の船が一体となり浮きをつけた電線を菱形に投げて電気を送り機雷を爆発させます。これは第2復員局の手によって行なわれていますが、かなり危険な作業で、全国にばらまかれた機雷を全部処分するにはあと数年かかるそうです。

“純潔をまもれ”婦人大会ひらく     01:15
勤めの関係でどうしても帰りが遅くなる働く婦人が、11月15日夜、警察のヤミの女狩りにひっかかってひどい取り扱いをうけ、さらに病院に連れて行かれて不当な検診をうけたという事件が起こったので、労働組合その他各団体の婦人たちが非常に憤慨して、12月15日、東京牛込第一国民学校に集まり、働く婦人を守れと激しい叫びをあげました。

《婦人団体代表者》
「ヤミの女取り締まりに関しては、婦人一人を検束すると、前にはこれは5銭だそうでございますが、最近は10銭になったのだそうでございます。われわれ人間をまるで鼠か犬のように考えているのです。また、女の人が道を歩いていると、警察官のいわく、ほら10銭が来たと、みなさん、このような警察がどこの国にございますでしょうか」

終わってデモを行い、代表者は警視総監に決議文を突きつけましたが、婦人たちはその回答に満足せず、まだ交渉を続けています。

ここにも石炭のなやみ 新潟<時の話題> 00:46
12月9日から裏日本を襲った猛吹雪は、ついに鉄道を止めてしまいました。ところが、ラッセル車を動かす石炭が新潟にはもうまったくありません。そのためラッセル車もロータリー車も動きがとれず、1時間でやれる仕事を今1500人の人夫たちがおおわらわでやっています。

ミス・パーマネント 東京<時の話題>  00:55
まことにあでやかなパーマネントの競技会が12月17日、東京・浅草公会堂で行なわれました。美容師さんたちは腕まくりして大いに奮闘しています。モデルのご婦人も緊張の面持ち、さて一等をとったおぐしあげ、これが若奥様、ご令嬢向き、次に中年の奥様向き、おしまいに職業婦人向き。右側が美容師の一等、佐川[初枝]さん。

“鐘は上野か浅草か”<時の話題>    00:25
名物、浅草浅草寺の鐘も、戦災で鐘楼が焼けて長い間沈黙していましたが、今度篤志家の手で再建され、12月18日落慶式、懐かしい音を浅草六区に響かせています。

全国に倒閣の嵐             04:32
12月17日、生活擁護吉田内閣打倒国民大会が各地で行なわれました。
(大阪)
大阪では約2万の勤労大衆が大会を開いて盛んなデモを行ないました。
(岡山)
岡山県玉野市では三井造船、玉野造船の労働者を中心に勤労大衆3000が集まりました。
(仙台)
仙台では約600の働く人たちが吉田内閣の退陣を要求。
(群馬)
群馬県伊勢崎でも吉田内閣を倒せと決議しました。
(東京)
東京ではこの日集まった各労働組合、引き揚げ者、市民など、総数50万と称せられ、宮城前広場は赤旗とプラカードで埋め尽くされました。社会党・加藤勘十氏、議長となり、午前11時から各代表者が熱烈な演説を行ないました。

《総同盟・原虎一氏》
「国鉄の従業員7万5000人を一挙に首切り、資本家のお褒めにあずかろうとしたところの、首切り平塚[常次郎運輸]大臣、これ国賊、勤労大衆の敵であります」

《参会者》
「そうだ!」
《共産党・徳田球一氏》
「われわれはメーデー、食糧メーデーによって吉田内閣を打倒の直前まできたのである」
《参会者》
「そうだ!」

50万の大デモンストレーションは、旗をなびかせプラカードをかざして、延々と昭和通りから新橋を経て議会へ議会へと進みました。
構外に沸き返る勤労大衆の歌声と赤旗に取り囲まれた議会では、この日、傍聴席は超満員。社会党・片山哲氏立って議会解散決議を提案、実質的には内閣不信任を意味するので議場はまれに見る緊張ぶりを示しました。

《社会党 片山哲氏》
「あまりに封建的であって、あまりに搾取的であった状態から推しまして、ここに平和的手段による民主革命を行なわなければならないということをもって平和主義の裏付けとしなければならないと思うのであります」

《自由党 芦田均氏》
「現内閣の施政がことごとく不成功であったとは思いません。欲を言えば注文したいことも数々あります。けれども、周囲の情勢はしばしば迅速果敢なる政策の実行を困難にしておるということは、在野党の諸君といえども十二分にご承知のはずであります」

続いて進歩党・原夫次郎氏の発言から議場混乱。

《共産党 野坂参三氏》
「人民の間には不平と不満が満ちておる。それはなぜか。結局、今日の政府が人民の政府でないということ。ただ少数の少数者の利益の擁護のために・・・」

提案は結局否決されましたが、政局の前途はいまやきわめて注目すべき状態となってきました。

【同胞援護強調週間】

援けあってこの冬を

 

日本ニュース 戦後編 第51号(1946年12月)8分33秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310051_00000&seg_number=001

樹氷咲く蔵王山 山形        00:56
吹雪の中に列車転覆 新潟      00:50
東京-歳末風景           01:23
空からサンタクロース<時の話題>  00:47
動物園も寒いです<時の話題>    00:39
アメリカンフットボール<時の話題> 00:51
石炭危機いよいよ深刻        01:47
裁かれる第2年目-東京裁判     01:16

樹氷咲く蔵王山 山形        00:56
山形県と宮城県の境にある蔵王山は、雄渾な峰々の佇まいの美しさが、冬山のファンを引きつけています。今年も、もうきれいな樹氷を咲かせました。地元蔵王高湯のスキーヤーたちはすでに爽快な冬山の魅力を満喫しています。

吹雪の中に列車転覆 新潟      00:50
12月18日午後8時上野発信越線金沢行き列車が、19日未明、田口・関川間下り勾配を進行中、折からの猛吹雪に崩れた築堤に突入、機関車2台、客車4台が脱線転覆、後部機関車は関川崖下20メートルに転落して、即死11名、重軽傷者72名を出すという惨事を引き起こしました。雪の中を困難な復旧作業が続けられ、5日目の23日ようやく上下線とも開通の運びとなりました。

東京-歳末風景           01:23
戦争が終わって第2年目の年の暮れ、東京の街々は慌ただしい雑踏ぶりを見せています。インフレの縮図のような銀座には、毛皮の襟巻き、毛皮の外套の婦人も見られます。荒巻鮭も恒例によりぶら下がってはいますが、こいつのお値段も相当すばらしいもの。
庶民の街といわれる浅草、竹の子生活者が涙をのんで脱いだ名残が空っ風に揺れています。さてこうなると新しい年はいったいどうなるのか。占い師も大繁盛。苦しいときの神頼みで、1寸8分の観音様に500円の枠をはずしてくださいとでもお願いしているのでしょうか、こうして東京の街々は厳しい現実のうちに暮れてゆきました。

空からサンタクロース<時の話題>  00:47
12月21日、宮城前広場へサンタクロースのおじいさんが大きな袋をかついで飛行機から降りました。進駐軍の家族の子供たちにうれしいクリスマスのプレゼントを贈ろうというわけ。この楽しいおもちゃの行進はかわいい拍手に送られてアメリカ軍の赤十字社に向かいました。

動物園も寒いです<時の話題>    00:39
動物園にも冬がきました。暑い国の動物諸君は大弱り。大阪動物園のワニ君、寒さは苦手で、最近は電気風呂に入ってはるかに暖かい故郷をしのんでいます。これは東京動物園のシロカニクイザル、お里はマレー。電気ストーブに温まっています。寒さに慣れた日本産は荒涼たる猿ヶ島でインフレはどうなるかという顔つきです。

アメリカンフットボール<時の話題> 00:51
終戦後初のアメリカンフットボール試合が、12月22日神宮競技場で、早稲田、明治、日大の白組と、慶応、法政、立教の赤組の間で行われました。前半、白組はバックスの活躍とパスプレーの成功で13対0とリード、後半、赤組奮起して6点をあげ、俄然(がぜん)試合は白熱戦を展開。第四節、白組のクォーターバック、日大のフルヤ、60ヤードを独走タッチダウンしました。6点を追加、19対6で白組に凱歌があがりました。

石炭危機いよいよ深刻        01:47
石炭危機はいよいよ深刻化し、日本産業の前途に重大な問題となりつつありますが、政府は各政党、労働組合などを網羅した石炭増産協力会の発会式を12月19日、東京工業倶楽部で行ないました。石炭増産は全労働者の支持がなければ成功せず、成り行きはすこぶる注目されています。席上、星島[二郎]商工大臣は次のような挨拶を述べました。

《星島商工大臣》
「このままの状態で推移しますれば、経済の悪循環に伴い、必要物資の欠乏しだいに高じてきまして、インフレはますます激化し、失業問題はいよいよ深刻化し、国民生活の窮乏と社会不安の増大とはついに恐るべき結果をもたらす恐れがあるのでありまして、この悪循環を断ち切って生産再開のチャンスを開き、日本再建の曙光を生み出すためには、是が非でも石炭のかちしき増産をしなければならんのであります」

石炭危機はまず輸送機関に大きな影響を与え、石炭がないために汽車が動かず、12月から船による輸送が行なわれ、九州若松港では機帆船にまで積んで本州へ運んでいます。しかし、もちろんこれだけでは間に合わず、1月に入るとともに石炭飢饉の影響は計り知れない状態となり、3月危機を目前に行き先が非常に心配されています。

裁かれる第2年目-東京裁判     01:16
東京裁判も開始以来半年あまりたち、第2年目の審理に入ろうとしています。富士山は昔と変わらぬ美しい姿で市ヶ谷に繰り広げられる日本の歴史の変転を見守っています。12月18日には初めての日本婦人弁護人菅井俊子さんが法廷に現れました。12月23日で裁判は137回目、俘虜虐待の証拠調べが続いていますが、被告たちもあのあたるべからざる勢いであった軍国時代の面影はもはや尽き果てました。判決の行なわれるというこの年をめっきり老けた被告たちはどのような感慨で迎えたでしょうか。

 

1947年1月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19471

日本ニュース 戦後編 第52号(1947年1月)8分35秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310052_00000&seg_number=002

第三年目のお正月        01:25
-キャメラ報告-電力の危機迫る 東京・岐阜 01:59
春はダンスから<時の話題>   00:50
学校給食はじまる<時の話題>  00:39
京大対慶大ラグビー<時の話題> 00:59
特報 関西大地震第二報     02:40

第三年目のお正月        01:25
敗戦第3年目のお正月。都会ではお餅も満足にないありさまでしたが、農村ではさすがにささやかながら子供たちには楽しいお正月でした。小さな手を火鉢にかざしてお餅の焼けるのを待つなごやかな風景も見られ、書き初めにも移っていく日本の姿が感じられます。おじいさんおばあさんを孫たちがにぎやかに取り囲んで、ここでは昔ながらのお正月を迎えました。雪深い農村では子供たちはじっとしていられず、真っ赤な頬をほてらせて雪だるまを作っています。世知辛い世の中に農村の子供たちだけはなんの屈託もないのびのびしたお正月を迎えたようです。

-キャメラ報告-電力の危機迫る 東京・岐阜 01:59
本格的な渇水期を迎えて電力危機が伝えられるとき、われわれは木曽川の水を利用している岐阜県大井発電所を訪れました。この大発電所も最近の水の減り方はひどく、12月24日には標準より3メートルも低くなっていました。そのうえダムのコンクリートの割れ目や水門の隙間からこの貴重な水が漏れています。これは戦争中、政府が手当てを怠ったためだということです。修理材料が手に入らないので、電気労働者たちがやっと集めたぼろやわらくずで隙間をふさいでいます。この日朝7時50分から様子を見てみますと、電気が使われるに従って水は刻々に減ります。午後4時半には朝から約50センチ減りました。発電所の中では絶えず報告される水の量をもととして水の出方を調節していますが、必要最小限の電力を確保するために労働者は非常な努力を続けています。
一方、火力発電所はもう止まっています。東京のある火力発電所は、戦災で壊れたのを修理しましたが、石炭がありません。現に東京では1日おきの停電が行なわれ、そのため各工場の生産力は非常に減り、いまや電力危機の問題は楽観を許さない状態にあります。

春はダンスから<時の話題>   00:50
ダンスは金持ちの独占すべきものではないと、九州八幡製鉄所の労働者たちがダンスを始めました。東京でも12月16日から民主主義文化連盟が、働く者のためのダンスの講習を東華国民学校の講堂で始めました。

学校給食はじまる<時の話題>  00:39
連合国の厚意によって1月から全国的に行なわれる学校給食に先立ち、12月23日、東京の89校の学童たちは温かいシチューをいただいています。第1日には連合軍司令部のサムス大佐やラガノ・ローズ女史、田中文相らが視察しました。

京大対慶大ラグビー<時の話題> 00:59
恒例、元旦の京都帝大と慶応のラグビー戦は、西宮球場で慶応のキックオフで開始、慶応フォワードの押し、京都スリークォーターのパスワークに形勢予断を許さず、前半、センター付近ルーズから出た球、フォワードのバックアップ効を奏し、慶応よくとってキックしました。20分、慶応最初のトライをあげました。コンバートならず。京都憤然盛り返しました。伝統のスリークォーターパスにものをいわせ、めざましい反撃ぶりを見せ、40分京都トライしました。かくて終始接戦の後、16対11で京都帝大の勝ちとなりました。

特報 関西大地震第二報     02:40
地震の罹災者を救えと各地で義援金の募集が始まりました。神戸では海員組合が全国に先がけて街頭に立ちました。
東京でも赤十字の看護婦さんが歳末の街に呼びかけました。
今度の大地震の被害は、途絶えていた通信連絡が回復するとともにしだいに広がり、罹災者10万、死傷者2600と伝えられますが、7回にわたって大津波が襲った四国高知市では、城東商業学校をはじめ壊れた家が、5尺ないし6尺の深さの水に沈んで数万の罹災者を出しました。
岡山県でいちばんひどい旭川海岸では、防波堤は崩れ、道路には大亀裂。
今までまったく消息が不明だった紀伊半島南部の惨状もようやく明らかになりました。和歌山県新庄村では50トン近くの大漁船が、海岸から数町も離れた道路の上にのし上げて津波のものすごさを語っています。新宮市では地震とともに火事が起こり町の大部分がたちまちに廃墟と化しました。
これに対し政府は応急の対策を決定しましたが、まだ十分とはいえず、崩れ落ちた廃墟の家で海南市の罹災者たちは、満足な家もなしに平和第3年の元旦を迎えています。

 

日本ニュース 戦後編 第53号(1947年1月)7分24秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310053_00000&seg_number=004

関西大震災第三報           01:24
駅伝競争 東京-箱根<スポーツ>   00:51
冬の魅惑スケート大会 松原湖<スポーツ> 00:35
永野被告死す<時の話題>       00:30
引揚者の春 北海道<時の話題>    00:33
お巡りさんもデモ? 京都<時の話題> 00:23
“第一課 まず、ころべ”蔵王<時の話題> 00:26
凍死者続出-問題の地下道       00:53
“危機”の前ぶれ 列車大削減 東京・茨城 01:47

関西大震災第三報           01:24
(徳島牟岐町1月5日-6日現在)
震災後すでに半月、徳島県牟岐町では津波の跡の被害もはなはだしく600反のたんぼの麦や野菜がだめになっています。また東大地震研究所の人々が現地を調査していますが、予算がないため十分な調査ができないそうです。
(高知市1月5日-6日現在)
高知市の状態は想像以上にひどく、一度修理した葛島堤防は再び決壊し、その水は満潮になるととうとうとして市内に流れ込み、罹災者はこの寒空にいまだ悲惨な状態に置かれています。引き潮ですらこれだけの浸水であり、高知県だけの力では復興が難しいのではないかといわれ、強力な対策が望まれています。

駅伝競争 東京-箱根<スポーツ>   00:51
復活第1回東京箱根間駅伝競争は、1月4日朝7時、読売新聞社前を出発。出発当初は早稲田がトップ、第6位専修大学、鶴見中継所を通過。小田原付近で明大抜いてトップとなり、箱根の険を悠々突破して第一日をリード。2日目も明大依然トップを続け、第2位の中央大学と接戦の後、ついに明大に凱歌があがりました。所要時間は14時間48分。

冬の魅惑スケート大会 松原湖<スポーツ> 00:35
1月2日、信州松原湖の学生スケート大会。スピード競技は明大が無人の境をゆく成績をあげました。続いて優勝候補立教対早稲田のホッケー1回戦。早稲田まず1点を入れ接戦を続けましたが、立教フォワード陣の活躍に早稲田を圧し、第三ラウンド五十嵐のシュートとなり、4対2で立教が勝ちました。

永野被告死す<時の話題>       00:30
元海軍軍令部総長元帥永野[修身]被告は、1月5日午前11時50分死去しました。享年68歳。生前は軍令部総長として真珠湾不意打ち攻撃を決定した、侵略日本軍閥の一人でありましたが、永久にこの法廷から姿を消しました。

引揚者の春 北海道<時の話題>    00:33
北海道札幌の海外引き揚げ者収容所、去年7月に引き揚げた満州開拓の農家20戸の人々にも正月が訪れました。しかし、この人たちにはいまだに一寸の耕す土地も与えられず、希望のない日々を過ごしていると伝えられます。

お巡りさんもデモ? 京都<時の話題> 00:23
新年早々1月7日の京都の町に、俄然いかめしいお歴々の大行進が始まり、市民をびっくりさせました。まさかデモではなさそうなこの警官と消防の大群は、東本願寺の前で出初式をやり、市民をほっとさせました。

“第一課 まず、ころべ”蔵王<時の話題> 00:26
冬はまさにスキーヤーの世界ですが、その醍醐味は、まず完全な技術を身につけてと、山形県蔵王ではスキー学校を開きました。なかなか思うようにいかないのはごらんのとおり。

凍死者続出-問題の地下道       00:53
東京上野駅地下道に集まってきた家のない人々の問題は、昨年夏以来話題にのぼり、なんとかしなくてはといわれていたにもかかわらず、そのままに打ち捨てられ、ついに元旦から9日朝までに15名の死亡者を出すに到りました。この右側の人はもう動けぬ病人で、左は死体です。さらにもう1人の気の毒な死亡者。これらはすでに3日以上ここに放ったままです。そして当局は会議ばかりを重ねているといわれ、今ごろになって上野公園にやっと収容施設の工事を始めました。

“危機”の前ぶれ 列車大削減 東京・茨城 01:47
石炭の不足から運輸省では正月の4日から列車の大削減を行ないました。

《平塚運輸相》
「鉄および電力に大量の石炭を必要とするため、鉄道の石炭をおさえてこれに振り向けることとなった。これがため1月は、極度の列車削減を実行せねばならぬ」

この列車削減によって急行も2等車も全部廃止。そのためほうぼうに車両がごっそりたまっています。茨城では石炭をいっぱい積んだ貸車が、石炭がないので立ち往生という珍現象。駅には貨物が山をなし、わずか2、3本の列車に乗客は目の色を変えて決死的突撃を試み、国鉄労働組合の青年行動隊が必死になって(音声中断)整理しています。
国鉄労働組合では1月7日この政策には反対であることを表明。

《国鉄労働組合員》
「列車の削減というものが、現在の政府の拙劣なヤミ政策の必然の帰結であるということを暴露する必要がある」
《国鉄労働組合員》
「われわれ従業員の手でこの石炭危機を打開するための具体的な方策を立てて、これが客観的に見て、われわれで運転し列車を増発していくというような段階になれば、組合で列車を動かすというようなことを考えなくてはならない」

 

日本ニュース 戦後編 第54号(1947年1月)7分35秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310054_00000&seg_number=005

労働攻勢に政局ゆらぐ         02:04
傷病兵に不満の叫び-国立病院     01:10
“紙天一坊”御用 宇都宮<時の話題> 00:43
暁の一せい収容-問題の地下道     00:22
お角力さんおどる<時の話題>     00:14
江戸ッ子はりきる 東京<時の話題>  00:31
職場にたかまる文化活動        02:26

労働攻勢に政局ゆらぐ         02:04
昨年末から政局不安の原因となっていた労働攻勢は依然熾烈をきわめ、1月11日には宮城前広場で国鉄、全逓など約5万の労働者がゼネストを宣言。

《労働組合代表》
「われわれは今、相互の団結を確認し、指令一下整然として歴史的なゼネストに突入し、断固として闘い抜くことをここに宣言する」

《参加者》
「おー!」

次いで吉田反動内閣退陣せよと叫んで首相官邸にデモを行ないました。この攻勢に、昨年5月以来政局を担当した吉田内閣も、保守勢力では労働階級の支持が得られず、経済危機突破の見通しなしとして、社会党との連立内閣を策して総辞職を決意。政局はますます微妙な動きを見せてきました。
これに対し社会党では、14日、中央執行委員会で左派が連立反対を表明、押しかけてきた労働者もまた社会党中心の内閣を要望して激励。

《労働者代表》
「党の中央執行委員会が開かれている現在、われわれは党の反省を促し、吉田亡国内閣打倒にともに闘わんことを申し上げるために(聞き取り困難)共同闘争委員会の名においてその決議文を提出するものである」

《労働者代表》
「そうだ!」

《社会党 加藤勘十氏》
「社会党が本当に社会党の綱領の精神にのっておるかぎり、断じて勤労大衆を裏切るようなことはない」

《労働者代表》
「そうだ! そうだ!」

《加藤勘十》
「そう考えています」

《労働者代表》
「バンザイ! バンザイ!」

傷病兵に不満の叫び-国立病院     01:10
国立病院に入院中の戦争の犠牲者、傷病兵たちは、このほど大会を開いて食費を多くせよとの叫びをあげました。

《傷病兵代表》
「ここに私たちは、現政府に向かい8円86銭を要求いたしました。しかし現政府は、これになんと答えたかと申しますれば、国家は、あなた方たちが傷ついている以上、国家自体が傷ついておるのだ、でき得るかぎりことをやった後、かようなる要求は出せと申しております。現政府はわれわれに死ねというのか」

病院当局が1100カロリーあるという食事は、実際には800カロリーぐらいしかないといわれています。やむをえず患者は外で食事を求めますが、世間の風も冷たく、患者たちは互助会を作って対策を講じています。

“紙天一坊”御用 宇都宮<時の話題> 00:43
宇都宮の狸御殿、この豪壮な邸宅におさまり、数10人の召使に御前様と呼ばせ、トランクに札をいっぱい詰めてばらまいた今様“紙天一坊”が捕まり、狸はついに尻尾を出しました。インフレ時代の紙飢饉を種に1000万円の詐欺を働いたこの男は、同棲していた元ダンサーとともに目下取り調べをうけています。

暁の一せい収容-問題の地下道     00:22
元旦以来22人の死亡者を出した問題の上野地下道。浮浪者の一斉収容が、1月15日夜中の1時に行なわれました。この日、1341人が、早朝、会館そのほかへ収容されましたが、今後の対策が注目されています。

お角力さんおどる<時の話題>     00:14
西の前頭筆頭、5尺6寸32貫、双見山、ダンスホールを開業しました。右四つに組んで土俵さながらの緊張ぶりです。

江戸ッ子はりきる 東京<時の話題>  00:31
5年ぶりの消防出初式が1月15日宮城前広場で行なわれ、いなせな江戸っ子のはしご乗り。最後に新しい消防自動車も参加して模擬火災の消火演習を行ないました。

職場にたかまる文化活動        02:26
今までの文化は金持ちのものであったが、われわれは新しい文化を築くのだといって、最近、各労働組合には、澎湃として文化活動が巻き起こってきました。
石川島造船所の労働者たちは芝居のお稽古。

(芝居の稽古風景)

映画演劇労働組合東宝支部のコーラス。

(コーラス風景)

東京芝浦電気のブラスバンド、これも労働者仲間では定評があります。

(ブラスバンド演奏風景)

沖電気の労働者はダンスパーティを始めました。

(ダンスパーティの風景)

1月13日に開かれた働く人たちの新年会では、これらの人たちも出演しました。野坂さんも見物席でにこにこしています。こうして自分たちの文化を高めつつ、生産復興は労働者の手でという叫びが次第に高まりつつあります。

 

日本ニュース 戦後編 第55号(1947年1月)7分5秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310055_00000&seg_number=008

連立ならず政局混迷        01:05
産別議長聴濤氏にテロ       00:52
璽光サマとらわる 金沢      00:39
野坂夫人帰る 東京<時の話題>  00:27
ミス“東京”! 東京<時の話題> 00:28
はだか“デモ” 秋田<時の話題> 00:20
“極楽浄土”? 大阪<時の話題> 00:25
学生スキー大会 小樽<時の話題> 00:26
二・一ゼネスト迫る        02:18

連立ならず政局混迷        01:05
吉田内閣の社会党との連立工作はついに失敗、17日夕、これについて片山、幣原、吉田の3党首会談が行なわれ、一方、林書記官長より経過を発表しました。

《林書記官長》
「政府は社会党との提携につき努力してきたのである。しかし、予想し得なかった故障に遭ったので一応本構想は打ち切ることとなった」

かくて、内閣改造では平塚運輸相、和田農相が話題にのぼり、一方、社会党では23日、執行委員会を開きましたが、追放を噂される西尾書記長、平野代議士らの右派と、加藤、鈴木両代議士ら左派の対立は依然強く、今後の動向が注目されています。

産別議長聴濤氏にテロ       00:52
産別会議議長、聴濤克己氏は20日夜、東京世田谷の家で面会を求めた2人連れの男と対談中、話がゼネストに及ぶや、やにわに刺身包丁で切りつけられ、頭、胸などに1か月の重傷を負いました。ゼネストを前にしての事件だけに各方面から問題にされていますが、22日、新鋭大衆党党首に連れられ、犯人の党員・大塚[廣男]、作間[隆太郎]は警視庁に自首、この白色テロに対し産別会議は声明を発表しました。

《産別本部声明》
「かかる反動的ファシスト分子とこれらの跳梁を許している吉田亡国内閣の政治的責任を徹底的に追究し、あくまでゼネストをもって打倒するであろう」

璽光サマとらわる 金沢      00:39
双葉山、呉清源などの信徒を看板に、天変地変を唱えて世間を騒がせていた璽光教の生き神様長岡良子らに対し、1月21日夜、一斉検挙が行なわれ、これを拒んだ双葉山らとの間に大乱闘となりましたが、ついに御用となりました。昔の夢を追う一部分子の暗躍だともいわれ、深刻化する世相を物語っています。

野坂夫人帰る 東京<時の話題>  00:27
モスクワで人民解放戦線に活躍した野坂参三氏の夫人・龍子さんが17年ぶりで帰国。うれしそうな野坂さんや徳田球一氏と歓談しました。一緒に帰った岩田義道氏の忘れ形見、ミサゴさんもほっとした面持ちです。

ミス“東京”! 東京<時の話題> 00:28
東京、5千名のダンサーからミス東京を選ぶ審査会が、17日、日比谷公会堂で行なわれ、審査員のお眼鏡にかなった今年20歳の真鍋榮子さんがミス東京の栄冠を獲得。代議士顔負けの当選御礼の挨拶回りをしました。

はだか“デモ” 秋田<時の話題> 00:20
丸裸に白鉢巻き、ざぶっと水を浴びて、さて雪の中を裸のデモ。1月16日行なわれた秋田県本荘町の裸まつりですが、竹の子生活で裸になった人々には少し皮肉です。

“極楽浄土”? 大阪<時の話題> 00:25
大阪のさるお寺では、この世の極楽浄土はまずダンスからと、本堂で娘さんたちが鮮やかなステップ。木魚にかわるジャズの音に仏様も照れています。

学生スキー大会 小樽<時の話題> 00:26
第17回全国学生スキー大会は、19日、小樽潮見台でジャンプ競技を挙行、小樽経専の渡部、法政の高野、慶応の眞島など、猛吹雪をついてしのぎをけずり、ついに小樽経専の渡部選手が42メートル38を飛んで優勝しました。

二・一ゼネスト迫る        02:18
《全官公労働者代表》
「われら260万の全官公労働者は、2月1日午前零時を期して全国一斉にゼネストに突入し、断固として闘うことを宣言する」

全官公庁260万の労働者は、18日ついに2月1日より大ゼネストに突入することを宣言しました。このストに参加する全日本医療組合では、21日、看護婦さんまで出動して議会にデモ。逓信従業員は靴磨きまでして闘争資金の獲得に活躍しています。30万の学校の先生たちも、放課後資金稼ぎに靴下や手袋編み。しかし、ゼネストまでは最後まで職場を守り抜こうと、中央郵便局では全員発送する郵便物と死に物狂いに闘っています。真夜中、中央電話局では若い交換手たちが寒さに震えながら頑張っています。午前2時、鉄道機関区では12時間交替の労働者が、いてつく夜空にきょうの列車を動かし始めました。こうして刻々に近づくゼネストを前にして政府は22日ついに妥協案を発表。

《石橋蔵相》
「給与の支払いの期限の問題とか、あるいは所得税の問題とか、そういうものは今後に残されている問題だから。けれども、第一のだね、給与の暫定処置についてはこれが最後の問題だ」

《労働者側》
「500円の枠にしろ、枠をはずせとか、あるいは勤労所得税の問題、これはわれわれはもう全面的撤廃を要求しているのであって」

《石橋蔵相》
「それは僕は・・・」

労働者側はあくまでこれを不満としており、前途はいよいよ予測を許さないものがあります。

 

1947年2月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19472

日本ニュース 戦後編 第56号(1947年2月)6分37秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310056_00000&seg_number=004

改造吉田内閣親任式挙行        00:37
タコ、タコあがれ! 東京<時の話題> 00:26
“燃料あります” 福島<時の話題>  00:17
観音様入院 京都<時の話題>     00:27
全日本スケート大会 八戸<スポーツ> 00:31
二・一スト交渉決裂 ついに断行?   03:01
マ司令部 二・一スト禁止指令     01:16

改造吉田内閣親任式挙行        00:37
吉田内閣は、労働攻勢の危機を切り抜けるため、再び社会党との連立を策し、29日3党首会談を行ないましたが、失敗。かくて内閣改造でいくことになり、1月31日、増田北海道長官の運輸大臣、高橋慶大教授の文部大臣、自由党・石井光次郎氏の商工大臣、植原国務相の内務大臣などの親任式を行ないました。

タコ、タコあがれ! 東京<時の話題> 00:26
1月26日、東京日比谷公園でタコ上げ大会。政府も頭をひねって宝くじダコ、インフレよ天まで上がれとばかり。だが、子供たちは大喜びです。

“燃料あります” 福島<時の話題>  00:17
福島県山根村[現・田村市常葉町山根]、炭は焼いたものの交通難で何万俵と雪に埋もれています。都会の人たちにはのどから手の出そうな風景です。

観音様入院 京都<時の話題>     00:27
京都三十三間堂の国宝、千手観音様が栄養失調となり担架で入院。目下にかわなどで治療中ですが、千手観音の手を1本1本はずすので大変です。

全日本スケート大会 八戸<スポーツ> 00:31
1月26日、青森県八戸の第15回全日本スケート選手権大会。スピード競技に続いて女子フィギュアでは、今年13歳の徳江京子さん[宮城]が見事なスケーティングを見せ、男子の優勝は北海道の有坂選手、女子では大阪の月岡芳子さんが優勝しました。

二・一スト交渉決裂 ついに断行?   03:01
2.1スト目前に迫り、緊迫した空気のうちに1月28日、倒閣国民大会は、大阪、京都、千葉など全国各地で一斉に行なわれ、吉田内閣の即時退陣、ゼネスト絶対支持などを決議しました。
東京ではこの日、午前10時、国鉄、全逓をはじめ各組合の労働者、あるいは一般市民など約30万人が宮城前に集まり、林立するプラカードや赤旗の大波のうちに社会党加藤勘十氏議長となって開会。全逓土橋氏をはじめ各組合代表、共産党野坂氏らの激励演説に応えて全員「赤旗」の大合唱。次いで30万の大デモは首相官邸へ。
大会議長加藤勘十氏は、政府側河合厚相に決議文手交。

《社会党 加藤勘十氏》
「反動内閣の即時退陣を要求するもの、要求する」

一方、2月1日は刻々に迫り、回答期限の最後の日、29日、政府は中央労働委員会末広会長らの斡旋により官公庁組合闘争委員と2回にわたり交渉しましたが、政府側は依然期するところあるもののように譲歩の色なく、同夜9時15分、ついに決裂。同時に期せずしてわきあがった悲壮な「インターナショナル」の歌声は官邸を包みました。
30日、中労委最後の努力もついにむなしく、運輸省の拡大闘争委員会は民主政府樹立の日まで断固闘うことを決議、かくて舞台はゼネストへ一路突入しつつあります。

《共同闘争委員会声明》
「この大闘争を勝たせるために、われわれはますます団結を強化し強固にして、そうして、そうすることを誓って共同拡大委員会をこれをもって・・・」

マ司令部 二・一スト禁止指令     01:16
《アナウンサー》
「臨時ニュースを申し上げます。マッカーサー元帥はきょう午後2時半、次のようなステートメントを発表しました
“余は連合軍最高司令官としての権限をもって、総罷業を行う目的をもって団結した各組合の指導者に対し、現在の疲弊した日本において、致命的な社会的影響を及ぼすかかる手段をとることを許可しないことを通告し、かかる行動を進めることを中止するよう命令を発した。”」

マッカーサー元帥のスト中止命令をうけて、31日午後7半開かれた共同闘争委員会では、長谷事務局長が男泣きに泣きながらこの経過を報告、さらに慎重討議の結果、2月1日ゼネストはついに中止となりました。

《伊井[弥四郎]共闘議長》
「私は声を大にして日本の働く労働者農民のため万歳を唱えて放送を終わることにします。労働者農民万歳、われわれは団結せねばならないのだ」

 

日本ニュース 戦後編 第57号(1947年2月)6分25秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310057_00000&seg_number=002

経済復興会議開く          00:33
熊澤天皇京都に転入         00:49
アメリカからコドモの本<時の話題> 00:23
ある夜の宮さま<時の話題>     00:22
璽光さま一高に現る<時の話題>   00:18
立春とタマゴ<時の話題>      00:24
“厄除け東西”           00:40
-本社街頭録音-吉田内閣を支持するか?-東京有楽町- 02:52

経済復興会議開く          00:33
2月6日、東京に経済復興会議が開かれ、全国の労使代表、左右両政党の犬養、野坂両氏らも参加して決議を行ないました。

《参会者》
「まじめな経営者、ならびに勤労大衆の支持を勝ち得るような強力かつ実行力ある政治力を期待してやまないのである」

熊澤天皇京都に転入         00:49
終戦後いち早く名乗りをあげた今年59歳の熊澤天皇は、名古屋では周囲がうるさいというのでこのほど南朝一家をあげて600年ぶりで京都に都を移しました。そこで本社記者は早速このささやかな御殿に参上しました。

《記者》
「新日本建設についてどういうふうにお考えになりますか」

《熊澤天皇》
「万世一系ならざる皇室を是正して、そうして国民の強き日本を作り上げることです」

《記者》
「今の政局についてはどういうふうにお考えになりますか」

《熊澤天皇》
「吉田内閣の猿芝居をやめて、早く新生日本を作り上げることです」

《記者》
「今のストライキについてどういうふうにお考えですか」

《熊沢天皇》
「良民の益のためのストライキ、これはやむこと得んでしょう。さように至らしめたのは吉田内閣の大欠点であります」

アメリカからコドモの本<時の話題> 00:23
2月1日、日本橋三越でニュージェント中佐から高橋新文相へ、アメリカ教育使節団の心尽くし、よい子の本がたくさん贈られました。

ある夜の宮さま<時の話題>     00:22
高松宮様は2月2日夜、銀座メリーゴールドのダンスパーティに御成り、ミス東京がお相手をと胸とどろかすのを軽く振ってただご見物。期待した皆をがっかりさせました。

璽光さま一高に現る<時の話題>   00:18
2月2日、58回記念祭の一高に突如璽光さま第二世が現れ、天地称名を唱えて見物をけむにまきました。

立春とタマゴ<時の話題>      00:24
卵が立つか立たぬか、立春の話題を中央気象台で実験した結果はごらんのとおり。

《中央気象台 久米技師》
「立春の時刻に卵が立つといってだいぶ騒がれているようですが、卵が立つことと立春とは直接なんの関係もありません。卵の重心からおろした円直線が下の接触面を通るように静かに注意して立てれば立ちます」

“厄除け東西”           00:40
(東京)
「福は内、鬼は外」、2月4日の節分。東京増上寺では一粒いくらの豆まきに神明のきれいどころまで総出動。しかしお米の遅配という鬼に苦しめられている人たちは大喜びです。
(京都)
京都は吉田神社の厄除け豆まき。ところで、どこかで見たような顔の鬼が豆の代用品、紙つぶてを投げつけられてほうほうの体で退散しました。 

-本社街頭録音-吉田内閣を支持するか?-東京有楽町- 02:52
改造吉田内閣は三たび連立を考えています。この内閣を支持するかどうか。これについて本社では2月5日、初めての映画街頭録音を行ないました。

《記者》
「みなさまに申し上げます。ただ今より吉田内閣を支持するか、あるいは反対するか、みなさんのご自由なご遠慮のないご意見を聞きたいと思います」

《発言者・男性》
「私たちが働けば働くほどですね、このヤミ屋さんは増えてくるし、それからお札はどんどん増えてくるので、私たちの月給はいつまでたっても上がらないんです」

《記者》
「あなたお役人ですね」

《発言者・男性》
「ええ、役人なんです。そしてね、私たちが今待遇改善の要求を出しておりますですね、あれを出したときよりもね、今のほうがね、月給は一銭も上がらなくてもね、物価はね、何割も、3割も4割も上がっているんですよ」

《記者》
「坊や、考えたとおりでいいんだから、思ったとおりをね、正直に」

《発言者・少年》
「吉田内閣は絶対反対です」

《記者》
「絶対反対」

《発言者・少年》
「ええ」

《記者》
「言う必要ないということでもけっこうです。一言でもけっこうです。立派なご意見ですから」

《発言者・男性》
「吉田内閣に替わるべき人材は今なしと見て吉田内閣を見送る以外に道はない。弱い吉田内閣であるなら、国民は盲動を避けて、この世界の態勢に準拠して、まず来るべき総選挙に立ち至るまでこの吉田内閣に十分の力を伸ばしていく以外に道はないと考えるのであります」

《発言者男性》
「今、吉田内閣を支持するようなあいまいな意見がありましたけれど、あれは絶対反対で、私は吉田内閣打倒とします」

《記者》
「簡単にひとつ」

《発言者・男性》
「簡単に言います。僕は中立」

《記者》
「どいうわけで?」

《発言者・男性》
「これをですな、今の敗戦後の事実をですな、全部吉田内閣に押しつけるというのは国民は卑怯である」

《発言者・男性》
「絶対に吉田内閣に反対します。なぜならば、明治以来70年間、われわれは彼ら資本家の手によって搾取せられたのであります。戦犯的資本家を保護する現在の吉田内閣ならびに石橋体制には絶対反対して、われわれ労働者、日本民族の9割5分を占める労働者の力によって私たちの内閣を作り政府を作ってわれわれ民族の発展を期さなければならないと私は断言します」

《記者》
「どうもありがとうございます」

《記者》
「これからマイクをみなさんの口の前へ持っていきますから、反対、あるいは支持と、はっきりご返答をお願いいたします。どうぞお願いします。あなたはどうですか」
《発言者・女性》
「打倒です」

《記者》
「打倒?」

《発言者・女性》
「はい」

《記者》
「あなたは?」

《発言者・男性》
「反対です」

《発言者・男性》
「反対です」

《記者》
「反対」

《発言者・男性》
「中立です」

《発言者・男性》
「賛成です」

《発言者・男性
「支持します」

《発言者・男性》
「反対」

《発言者・男性》
「反対」

《発言者・女性》
「反対です」

《発言者・男性》
「反対」

《発言者・男性》
「反対!」

《発言者・男性》
「反対!」

《発言者・男性》
「絶対反対です」

《発言者・男性》
「反対」

 

日本ニュース 戦後編 第58号(1947年2月)6分41秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310058_00000&seg_number=008

日農大会混乱に終始          00:47
東京裁判新段階へ-          00:42
廿六聖人記念ミサ 長崎        00:37
南極から鯨の第一船          00:43
悦っちゃんお別れスケート 兵庫<時の話題> 00:22
“電熱器売ります” 名古屋<時の話題> 00:18
あばれるお祭り 石川<時の話題>   00:24
新型組合結婚 東京<時の話題>    00:32
発狂者続出 バラまかれた航空ガソリン 02:12

日農大会混乱に終始          00:47
日本農民組合第2回全国大会は、2月12日早稲田大隈講堂で開かれ、代議員約1200名が出席。大会劈頭から多数を占める左派と本部側右派が対立、議場は混乱に陥り、組合今後の動向は注目されています。

東京裁判新段階へ-          00:42
165回にわたって審理を重ねていた東京裁判は、2月3日ウェッブ裁判長から3週間の休廷が宣せられ、ここに検事側の立証段階を終わりました。弁護団側は反対の証拠固めに被告側との打ち合わせを始め、見慣れた顔が金網越しに話し合っています。かくて24日から再開される法廷はいよいよ反対弁論の新段階に入ることになりました。

廿六聖人記念ミサ 長崎        00:37
豊臣秀吉のキリスト教弾圧政策によってヨハネ喜左衛門など26人の信者たちが磔になってから350年、長崎では2月5日、信者たち約1000人が、今もなお十字架の立っている刑場跡で盛んなミサを行ないました。

南極から鯨の第一船          00:43
鯨を求めてはるばる南極にまで行った捕鯨船団の第一船、第三十二播州丸が2月11日東京港に帰ってきました。船員たちの顔には3か月間の苦労の跡がしのばれ、お土産は鯨肉150頭分、約9万貫、荷揚げされた肉は南氷洋の潮の香の抜けぬ翌日から1人当たり30匁ずつ配給され、魚不足に悩む都民に一息つかせました。

悦っちゃんお別れスケート 兵庫<時の話題> 00:22
2月9日、六甲リンクのフィギュアスケート大会でかつての悦っちゃん、当年とって24歳のイバラキ夫人がお別れスケートの鮮やかなところを見せました。

“電熱器売ります” 名古屋<時の話題> 00:18
名古屋高等理工科学校の生徒たちは、働きながら勉強するのだと校内で電熱器を製作、街でその商売まで始めました。

あばれるお祭り 石川<時の話題>   00:24
2月10日の石川県大聖寺町石部神社のお祭り、6尺の青竹を振り回してきょうばかりは天下晴れての大暴れ。この割れた竹を拾って帰ると厄除けになるということです。

新型組合結婚 東京<時の話題>    00:32
結婚の贈り物から式場の飾りまで職場の仲間の手製品ばかりという、東京教育玩具工場の新型組合結婚。

発狂者続出 バラまかれた航空ガソリン 02:12
去る2月6日、群馬県富岡町沖電気工場でガソリンを燃やしてあたっていたところ、そのガスをかいで16名の労働者が中毒、うち1名は死亡、1名は重体の惨事を起こしました。東京でも同じ中毒が続出、ある患者は慶応病院に入院中ついに発狂。

《医師》
「何が見える? 何が見える?」

《患者》
「山になっているね」

《医師》
「山が見える?」

《患者》
「ええ」

《医師》
「怖い?」

《患者》
「音が聞こえた」

《医師》
「何の音が聞こえる?」

《患者》
「かんばんだってかんばんだって」

《医師》
「かんばんだってかんばんだってと言ってる?」

《患者》
「はい」

警視庁では直ちに原因調査にかかり、患者の発生した塗装工場を調べたところ、使用した機械油が戦争中作った有毒な四エチール鉛入り航空ガソリンで、しかもすでに街頭にはライター油として売られていることがわかりました。これはゴム工場、印刷工場などでも用いられ、手につけても匂いをかいても中毒するといわれますが、本社では直ちに警視庁の方針を聞いてみました。

《記者》
「それに対してどういう政策をたてているか」
《警視庁三雲衛生検査所長》
「現在、警視庁から厚生省に稟議しまして、飲食物用以外の目的のために使うことも停止してもらうように今折衝中です」
《記者》
「そうしますと、結局、法規を変えていくわけですな」
《警視庁三雲衛生検査所長》
「そうです」
《記者》
「その法規は改正するまではですね、ちょっとないわけですな」
《警視庁三雲衛生検査所長》
「そうです」

この有毒なドラム缶は、敗戦とともに軍の手で広くばらまかれたため、全国に発狂者続出の恐れあり、この鉄の輪入りドラム缶をめぐってようやく問題は重大化してきました。

 

日本ニュース 戦後編 第59号(1947年2月)6分25秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310059_00000&seg_number=007

第九十二議会再開-         01:03
北海道 冬のたより         00:44
新大臣へ-学童のおねがい      00:52
インフレ街燃える 東京<時の話題> 00:26
椿の島のリス退治 伊豆大島<時の話題> 00:35
キリン君昇天 東京<時の話題>   00:18
今週の東京裁判           00:34
一千億円 新円狂燥曲        01:49

第九十二議会再開-         01:03
再開された議会3日目、2月18日の論戦です。

《水谷長三郎(社会)》
「日本経済の再建はインフレーションによって行なわるべきものである。すなわち、大衆の負担において行うが、資本家的立場からはその道しかないというのが石橋インフレ策でございます」

《石橋蔵相》
「経済再建には、インフレで行なうとか、これを大衆の負担によって行うということは、かつて考えたこともないし、申したこともありません。
だいたいこれらの点についての水谷君のきょうのご主張は、材料はなはだ不確実であります」

北海道 冬のたより         00:44
6年ぶりの氷上カーニバルが2月11日の夜、札幌市の中島公園で開かれました。夜の更けるのも忘れて仮装スケートでにぎわいました。
同じ日、開かれた小樽市内の雪の美術展、各隣組が腕によりをかけて作った雪の名作ぞろいです。

新大臣へ-学童のおねがい      00:52
学校給食が順調にいかないので子供たちがしびれをきらしました。

《子供代表》
「私たちはこれから今のような要求を持って文部省へ交渉に行ってまいります」

そこで、東京四谷第6の子供たちは2月15日、大臣にお願いに行きました。

《子供代表》
「一、給食を毎日やってもらいたい。
一、給食を無料でやってください。
一、ヤミの食料、ヤミの給食を直してください」

《高橋文相》
「文部省としてはできるだけの努力をしたいと思います」

《志賀義雄氏(共産)》
「子供さんたちのことです。お守りくださいますようにお願いいたします」

《子供代表》
「よろしくお願いいたします」

インフレ街燃える 東京<時の話題> 00:26
2月19日昼すぎ、東京新橋マーケットから出火、この損害ざっと7800万円。

椿の島のリス退治 伊豆大島<時の話題> 00:35
伊豆の大島へ東京共猟会の大天狗小天狗が鉄砲をかついで現れました。名物の椿の実が最近リスに食い荒らされて困っています。このリスは10年ばかり前、動物園から逃げた60匹が数10万匹に増えたもの。このリス退治が始まりました。

キリン君昇天 東京<時の話題>   00:18
上野動物園のキリン長太郎君が2月13日、食中毒で死にました。気が弱いといわれるキリン君、案外大きな心臓でした。

今週の東京裁判           00:34
休廷中の東京裁判は2月24日から再び開かれます。弁護団側ではその準備におおわらわです。これからの方針について鵜沢博士は語りました。

《鵜沢弁護人》
「いよいよ被告人にとって最も重大な段階となります。日米弁護人はこれに向かって極力準備しており、われわれは公訴名を認めながら裁判の準備を怠っておりません」

一千億円 新円狂燥曲        01:49
2月18日、海から品物を入れるヤミ屋さんが増えたというので、東京水上警察は船を臨検。莫大なコンブやスルメを押さえました。
2月13日、警視庁は東京各所の肉屋さんをやり玉にあげ、摘発した300貫の肉をその場で公定40円で売り出させました。
この日、知恵をしぼった政府は、なによりも新円を吸いよせることが第一だというので、貯蓄しましょうと鳴り物入りで宣伝を始めました。
翌14日、一役買った石橋大蔵大臣も京橋公会堂に出かけて貯蓄をしてくれと熱弁を振るいました。だが、1000億の新円が奏でる狂燥曲はますます調子はずれの急テンポ。
お稲荷さんのお賽銭は10円札、100円札の洪水。劇場、映画館では札束が山と積まれ、いったいインフレはどこまでいくつもりなのか、いまやとめどもなく狂奔していくようです。

 

1947年3月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19473

日本ニュース 戦後編 第60号(1947年3月)6分12秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310060_00000&seg_number=007

今週の東京裁判            01:07
全官公争議一応解決          00:41
学生大いにおどる 東京<時の話題>  00:30
中国代表版画展観賞 東京<時の話題> 00:22
熊まつり 北海道<時の話題>     00:24
孤児をいれる大本営跡 長野      00:57
惨!列車てんぷく死者約一千 埼玉   02:08

今週の東京裁判            01:07
2月24日再開された東京裁判は清瀬弁護人の冒頭陳述から始まりました。

《清瀬弁護人》
「われわれは今、太平洋戦争の原因自身を証明する段階に到達いたしました。われわれはこれが真に日本の生存のためにやむにやまれぬ事情のもとに自衛権を行使するに至ったことを証明するでありましょう」

清瀬弁護人のこの陳述に対し、2月26日のニューヨークタイムズは痛烈な批評を下し、このような弁論はドイツの戦犯でさえやらなかったと述べており、また広田被告など5名はこの陳述に対し不満の意をもらしています。

全官公争議一応解決          00:41
全官公庁労働組合の争議は、中央労働委員会の斡旋により、2月27日両者の了解がなりました。

《発言者氏名不詳》
「労働委員会は国鉄ならびに官公労組の他の組合の今回の了解事項をもって争議が打ち切られたものと認める」

さしも難行を続けていた争議も、こうしてついに一応の解決を見るに至りました。

学生大いにおどる 東京<時の話題>  00:30
2月23日、東京で行なわれた学生のダンス競技会です。学期試験そこのけの深刻な顔。一等、慶応のキタダ君。

中国代表版画展観賞 東京<時の話題> 00:22
中国代表・朱世明中将は、2月25日、東京銀座に開催中の中国版画展を訪れました。これらは世界的といわれる中国の版画芸術です。

熊まつり 北海道<時の話題>     00:24
アイヌの熊まつりが2月22日、北海道旭川常磐公園で行なわれました。手塩にかけた仔熊を火の神に捧げて今年の無事安泰を祈っています。

孤児をいれる大本営跡 長野      00:57
本土決戦を夢見た軍閥が長野県松代に建てた大本営は、工費6000万円といわれ、土地の人たちはその作業のため実に苦しい思いをしました。これが天皇御座所で総桧ですが、今は荒れ放題。東京の戦災孤児150名を3月1日に収容することになったこの建物は皇太后、皇太子のお2方が入られるはずだったところです。予算が不十分なので園長のヤマギワ氏はどうすることもできず、しかたなしに土地の青年や子供に頼んで戦災孤児の受け入れ態勢を整えています。

惨!列車てんぷく死者約一千 埼玉   02:08
2月25日午前7時50分ごろ、八高線高麗川・東飯能間で満員列車が転覆、死傷約一千に及ぶ大惨事を引き起こしました。列車がカーブにさしかかったとき、この連結器がはずれ、これから先はこのまま進行、これからあとは無残に崖下へ転落。すべて木造車のため、ことに3輌目は跡形もないくらい木っ端みじんになりました。最近まれに見る大事故で現状は酸鼻をきわめております。
26日正午現在、死亡者190。遺族の人たちが身寄りの死体を探して歩く姿はひとしお涙をそそりました。被害者の多くは通勤者と買い出しの人たちでした。夜に入ってもなお遺族の人たちが続々集まってきました。
頻発しやすいこの種の事故を今後どう食い止めるか。現場へ急行した下山東京鉄道局長に聞いてみました。

《記者》
「今後の対策については」

《下山東京鉄道局長》
「これで徹底的に事故の原因を調べまして、再びこういうことのないようにあらゆる努力をしてやりたいと思っております」

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