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2017年1月14日 (土)

日本ニュース 戦争証言アーカイブス 戦後編 第1号(1946年1月)〜第20号(1946年5月)

 特に戦前の日本ニュースは、大本営発表で検閲済み国策映像。ただし、それはそれで当時の空気を想像・実感するのに役立つ貴重な資料映像です。すべてリンクと再生テキストを資料保存しておきました。なおリンク先ではすべて映像を見ることができます

 

日本ニュース 戦争証言アーカイブス
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi

日本ニュース一覧
「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。制作したのは、「日本映画社」(※)で、1940年にそれまで4つに分かれていた新聞社や通信社のニュース映画部門を国策により統合したものです。
戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。「戦争証言アーカイブス」では、1940年(昭和15年)の第1号から、戦後も含め、1948年末までのものを公開しています。

※(1941年5月までの会社名は「日本ニュース映画社」)
※日本ニュース戦後編の再生テキストは、国立歴史民俗博物館の協力で作成しています。

 

1946年1月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19461

日本ニュース 戦後編 第1号(1946年1月)9分32秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310001_00000&seg_number=005

新生日本ニュース第1号      00:55
公職追放令<民主革命の旋風>   02:20
婦人解放<民主革命の旋風>    00:54
台湾出身労務者帰国<時の話題>  00:46
東西大学対抗ラグビー<時の話題> 01:00
魚の初せり<時の話題>      00:26
総合雑誌ブーム<時の話題>    01:16
日本を語る尾崎行雄<時の話題>  00:57
雪中の供米<時の話題>      00:54

新生日本ニュース第1号      00:55
(字幕)
日本ニュースが生まれ変わりました。
旧い殻を脱ぎすてるべく、われわれは昨年の十月、社団法人日本映画社を解散し、新しき年とともに、新しき陣容と、新しき思想を以て、株式会社日本映画社を創立しました。
そして、ここに働く皆様の眼となり、声となり、民主日本の建設に力を盡す、新生日本ニュース第1号を送ります。

公職追放令<民主革命の旋風>   02:20
連合軍最高司令部は、昭和21年1月4日、軍国主義主導者の官公職よりの追放、および右翼団体結社禁止の画期的指令を発し、新春の政界朝野を一大旋風の中に巻き込みました。閣僚中に該当者を含む政府では、総辞職か改造かの岐路に立ち、4日に引き続き5日も協議を続行しました。
慌ただしい5日の首相官邸。
この指令は、戦時中の翼賛議員270余名の寄り合い所帯である進歩党にとって、まさに壊滅的鉄槌でありました。5日、同党本部では総選挙直前のこの時期に極度に狼狽、鶴見[祐輔]幹事長をはじめ、首脳部はその対策を協議いたしました。
この無血民主革命をもたらす重大指令に対し、共産党の宮本氏および劇団の山本さんは次のごとく語りました。

《共産党 宮本顕治氏》
「今回、日本が侵略戦争をやるうえに積極的な役割を務めた反動分子の、公職からの追放と、反動団体の解散が指令された。わが日本共産党は、この指令が日本の民主化に非常に役立つものとして全面的に支持する。今日、中央と言わず、地方と言わず、反動分子は盛んに日本の民主化を妨害している。大元帥としての天皇も、この戦争の最高の責任者として、その責任をこの際、公にすべきである。またこの指令を厳格に実行するためには、現在の反動的な幣原内閣は打倒されなくてはならない。そして、従来一貫して侵略戦争に反対してきた真の民主主義的な勢力を中心として、新政府が樹立されなくてはならない。この方向こそ日本の民衆を解放する、真に正しい方法である。」

婦人解放<民主革命の旋風>    00:54
《新劇女優 山本安英氏》
「私は演劇に関係している一勤労者でありますが、このたびの指令は当然の順序としてなさるべき手段であって、ただ、またしても、私たち日本人自身の手でこれを成し遂げることのできなかったことを非常に残念に思います。
それにつけても考えることは、目下、急速に進展しております婦人解放の問題も、どうか私たち女性自身の手によって、一層その度合いを速めたいものと思います。家庭婦人はもちろんのことですが、私たち勤労女性は、仕事と家庭との両方にエネルギーを割かなければならないだけに、政治の勉強には一層努力しなければならないと存じます。そして、日常の問題の一つ一つをあくまでも大切に考え、積極的に批判して、今まで個人個人では解決できなかったすべての事柄を、社会的に解決する方向へ持っていきたいと思います。」

台湾出身労務者帰国<時の話題>  00:46
(浦賀)
遠くふるさとを離れ、戦時労務者として徴用されてきた台湾人2300名が、ようやく懐かしい祖国に帰ることになりました。

(はしけに乗って、船に乗り込む様子)

1月2日、ニューギニアに向け出港の復員船「氷川丸」に便乗、54年ぶりに日本の絆を解かれ、中華民国国民に帰り得た喜びを乗せて、浦賀港をあとにしました。

東西大学対抗ラグビー<時の話題> 01:00
(東京)
元旦の寒風を切って、慶応対京都帝大の東西対抗ラグビー戦が、東京井の頭の日産厚生園グラウンドに展開されました。長い間戦争によって押しつぶされてきたスポーツも、今、新春の光を浴びて、ここに面目を一新。再び若者たちの手に取り戻されました。

(試合の様子)

魚の初せり<時の話題>      00:26
お魚の初荷。東京築地の魚市場の初荷風景です。今のところ十分とは言えませんが、漁場の復活により、これからだんだん豊富に皆様の食膳に送られることでしょう。

総合雑誌ブーム<時の話題>    01:16
東條内閣は侵略戦争を強行するために、乱暴にも極度に言論の自由を弾圧しました。出版界においても多くの書籍が没収され、発行を禁止され、正当な言論は完全に封じられてきました。しかし今、言論の自由は確立され、出版界もようやく活況を呈し、編集者の努力によって、続々と新刊書籍が読者に送られつつあります。かくて出版界は民主主義文化の第一線に立って、多彩な活動を開始いたしました。

(出版社内の風景、岩波書店に行列をつくり本を買う人々)

日本を語る尾崎行雄<時の話題>  00:57
(熱海)
戦争に終始反対を唱えてきた政界の元老、尾崎行雄氏は、軍閥が大和魂を押しゆがめて道具とし、国民を奴隷化した事実を指摘。多大な反響を呼びましたが、このたび日本ニュースを通じ、次のごとく語りました。

「そうですね、昔と言えばどうしても神ということになる。このたびの戦は、昔に返る神の国と今を尊ぶ民の国、すなわちアメリカとの戦いで、実を言えば神と民との戦いであって、結局、神様が民に負けたということです。負けた結果が民主国になるというのであるから、ここでまた、神がかりに後ろに返れば、将来はまた負けるよりほかは仕方がない。すべて迷信と虚偽とにも基とした国の建て方というものは、これからの文明世界には絶対に相入れないのである。」

雪中の供米<時の話題>      00:54
(北海道)
敗戦と政府に対する不信、それに加えて全国的不作は農民に供出を渋らせ、その割り当てにはるかに達しない現状です。しかし、一部には供出に努力する農民の姿も見逃せません。ここ日本の最北端、北海道。この一寒村の農民は埋もる雪を冒して、供出に搬送しております。農民のこの姿は、都市の勤労大衆に無限の感謝をもって迎えられることでしょう。

 

日本ニュース 戦後編 第2号(1946年1月)10分58秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310002_00000&seg_number=006

遂に居据った幣原内閣        01:02
官庁にも民主化の叫び        01:38
戦争犯罪人古島の判決        00:49
東交、都従組賃上げデモ<時の話題> 00:52
映画6社従組同盟結成<時の話題>  00:37
青山三丁目で炭焼き<時の話題>   00:36
米陸軍アメリカンフットボール<時の話題> 00:39
人民注視の人野坂参三帰る      04:42

遂に居据った幣原内閣        01:02
「えー、内閣改造でいくと。辞められる閣僚の補充をして、それでやっていくということに決定いたしました。」

侵略戦争協力者追放のマッカーサー司令部旋風に吹きまくられて、瓦解に瀕した幣原内閣は、13日、一部閣僚の入れ替えだけ居据りを強行。その顔ぶれは旧態依然というよりも、むしろ時代に逆行するものとして、轟々たる人民の非難はさらに高まりました。
一方、幣原首相は世田谷の私邸で内閣同様一歩も動かず、ガラス戸の外を吹く嵐をよそにひなたぼっこを続けておりました。

官庁にも民主化の叫び        01:38
滔々として押し寄せる民主化の波は、ついに官庁にも。その先頭を切って、農林省に下級官僚を中心とする職員会が、活発に官庁民主化を叫んで立ち上がり、他の各省官吏にも呼びかけました。
そして1月15日、東京中農ビル講堂に農林省職員大会を開催。特に、同大会において、農林省官吏が役人根性を捨てて、人民とともに食糧危機突破を叫び、民主的諸団体に呼びかけたことは、日本の官吏として画期的なことであります。

「……ということは、われわれのその不安あるいは改革にとっての絶好のチャンスになったのであります。」
「現在の食糧管理機構であります農業会、農林省、食糧営団と、こういったものがいかに農民の供出に阻害を与えているか。その戦争犯罪人的な、あるいは不正行為的なあらゆる、うー、その、保守、保守性が農民の供出意欲をいかに妨げているかということを考えました際に、われわれはこれを徹底的に民主化しなければ、決して農民の供出を促進することはできない。したがって、われわれがこういう運動を起こしているのは、とりもなおさずその食糧危機突破への一つの一助なんだと、こういう信念の基にわれわれは動いているのであります。」
(拍手)

戦争犯罪人古島の判決        00:49
戦争犯罪人に対する軍事裁判は、その後、引き続いて横浜の地方裁判所で行われております。元神岡船津俘虜収容所所長、古島長太郎は、1月11日、判決の日を迎えてコレマン裁判長の前に立ちました。米軍俘虜ライル大尉を不当にも殴打、スミス一等兵を殴打したうえ、営倉に入れて、充分な注意を与えず、またロビンソン一等兵、ジェームスマン一等兵のほか多数の米軍俘虜を殴打、グリースト一等兵に対する残虐行為、その他俘虜16名に対する虐待、これらの罪状により軍法委員会は終身刑を決定。裁判長から判決が下されました。

東交、都従組賃上げデモ<時の話題> 00:52
従業員の待遇改善を叫んで共同戦線を張る東京都交通労働組合、東京都従業員組合では、都当局の煮え切らぬ態度にしびれを切らし、1月12日、神田水道局前で全都従業員大会を開催。次いで全員街頭へ繰り出して、果敢なデモ行進を行いました。

映画6社従組同盟結成<時の話題>  00:37
東宝、松竹、大映、日映、朝日、理研の6社従業員組合をうって一丸とする全日本映画従業員組合同盟が、1月13日、東京三越のホールに発会式を挙行いたしました。最も新しいと思われながら、きわめて封建的組織のもとに、単にもうかる映画に駆り立てられてきた映画従業員も、よい映画を作れる民主的な組織の発足と従業員の生活擁護に結束して立ったのであります。

青山三丁目で炭焼き<時の話題>   00:36
これはまた珍しい。帝都の真ん中で炭焼き。東京渋谷の青山三丁目町会では、自分たちの手で燃料不足を解決しようと、町民が年末から炭焼きを始めました。慣れないながらも本職の炭屋さんの指導よろしく1日200貫もできるという成功ぶりです。1所帯2貫目の配給にみんな大喜び。厳寒に悩む都民にとって、何よりよいお手本といえましょう。

米陸軍アメリカンフットボール<時の話題> 00:39
環太平洋陸軍オリンピック蹴球予選大会は、新春の寒風を突いて、1月13日、大阪甲子園スタジアムに華々しく繰り広げられました。ここに決勝を競うは、第一空輸チーム対クラークフィールズチーム。日本進駐軍代表の栄冠を勝ち得んと、意気と力の熱戦が続けられました。

人民注視の人野坂参三帰る      04:42
延安にあって日本軍国主義と戦ってきた野坂参三氏が、16年ぶりに、1月13日、東京駅に到着。

「延安から来た日本人民解放連盟。この先発隊として、私以下3名の者が、今日、諸君の援助のもとに、無事にこの東京の町に到着した。私個人が日本を去ってからすでに16年になる。この間に、世界も変わり、日本も変わったし、またこれから急速な勢いで変わらなければならんし、変わりつつある。(そうだ!)現在、日本の国、われわれの民族、われわれの勤労人民は、新しい日本を求めておる。それは何か。すなわち、民主主義革命の完成を要望しておる。人民の利益と意思を代表するところの真実の民主主義政治、真実の民主主義制度、これを完成しなければならない。」

翌14日、東京代々木の共産党本部において、野坂氏の帰朝歓迎会が催されました。

「新しい内容、形、これを持ったところの共産党でなきゃならない。これはどういう意味かというと、前の共産党と今の共産党で何か主義が違うかという、そんな意味ではない。実は最近までのこの共産党というものは、これは宣伝的な団体だった。こう言うことができる。小さい。大衆にはある思想的な影響を与えることはできるけど、この当時、真にだね、日本の政治をどうする、ということのような仕事はできないような共産党だった。率直に言えば宣伝団体的な性質だった。ところが今はこれが根本的に変わってきた。共産党はもう宣伝団体の時期を終えて、もう青年や子どもの時代を終えて大人になって、そしていよいよ日本の政治を動かす政党だ、これは。われわれは政権をとって日本の政治を行うことのできる政党だ。これに今、発展しつつあるし、またそうしなければならんと思う。」

(拍手)

続いて、志賀義雄氏は共同声明を発表しました。

「共同声明。一つ。上は天皇から、軍国主義者、官僚、さらに財閥および寄生地主に至るまでの一切の封建的、専制的な帝国主義前体制が、犯罪的戦争を強行し、日本の国土、民族とその文化を破滅に陥れ、周辺の諸民族と連合諸国民とに加えた残虐と荒廃の責任者である。それを存続すれば、必ずや世界の恒久的平和の建設と、日本民族の復興とを妨害する危険があるので、天皇制打倒という方針の正しさを認めることにわれわれの意見は完全に一致した。(拍手)天皇制の廃止とは、これを国家の制度として排除をすることである。そのうえで、皇室の存続がいかになるかということは、おのずから別問題である。(そうだ!)それは将来、日本の民主主義から達成されるとき、日本国民の意思によって決定さるべきものである。」

 

日本ニュース 戦後編 第3号(1946年1月)10分10秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310003_00000&seg_number=008

人民戦線要望の声 -社会党中央委員会- 02:12
暴かれた隠匿物資            01:08
「入場税は撤廃せよ」呼びかける舞台人  01:57
懐しい漁場へ -捕鯨船-        01:34
再開遅れる重工<平和生産の再開>    00:50
東芝労組電球生産<平和生産の再開>   00:34
軍需工場転身<平和生産の再開>     00:19
余剰電力で製塩<平和生産の再開>    00:30
活気づく車両工場<平和生産の再開>   01:00

人民戦線要望の声 -社会党中央委員会- 02:12
3回にわたる共産党の共同闘争申し入れを拒否した社会党。その社会党の態度を決定すべき中央委員会は、1月16日、東京において開かれました。席上、人民戦線を即時結成せよとの活発な声が起こりましたが、社会党内部にさえ、かかる主張のあることは、人民戦線が大衆の心からの要望であることを物語っております。中でも小野俊一氏の発言は波乱を呼びました。

「支那においては絶対にもう大砲をぶっ放し合い、殺し合った中国共産党と重慶政権が、今、手を握ろうという努力を両方からしておるではありませんか。この目前の異常な危機を見ながらですね、選挙が済んでから初めて、というような悠長なことを言っておられる常任中央執行委員会のお気持ちに対して、私は承服できないということをはっきり申し上げたい。なお、選挙が済んでから、とおっしゃるが、一体選挙が、総選挙がいつあるという認識を持っていらっしゃるか。1月にある、2月にあるというような見通しをおつけになったのも、既に、先見の明を私は欠かれておったと思う。今日において3月15日以後ということになっておるが、恐らくもっともっと延びるような異変がいろいろと起こり得るわけであり、なおかつ、この幣原内閣のごとき者をして総選挙を行わせるのではなくて、それに先立って、人民戦線的の、われわれの政府を打ち立てて、それによって総選挙をやるというような気構えに考え直していただきたいと考える次第であります。」

暴かれた隠匿物資            01:08
押しかけた人々の目が見つめるもの。のどから手の出るほど欲しい物資が山と積まれております。大豆380俵、木炭450俵、その他、米、靴の底革、ゴム底など、こんな物資が東京都板橋の元陸軍造兵廠の寄宿舎の湯殿や防空壕の中に、職業軍人によって隠されておりました。この不正を暴いた生活擁護同盟では、板橋、滝野川、豊島の区民に訴えかけ、隠匿物資を人民の手に渡せと要求。ついに「丸公」の半額で分配を始めました。しかしこれでは一部の人たちだけで、不公平です。が、そうかといって信用のおけない食糧営団に任すことなどは、とんでもない話。結局、全国的に配給機関をわれわれ人民の手で管理しなければだめだという声が沸き上がってきました。

「入場税は撤廃せよ」呼びかける舞台人  01:57
入場料金の2倍という高い税金は、働く大衆から娯楽を奪い、その生活の向上を妨げるものです。この悪税を撤廃せよと、芸能人も舞台から呼びかけました。

「日本の再建に日々も非常な努力を払っておられます皆様の、唯一の娯楽機関である演劇、映画その他観覧物に対して20割の高率をかけるということは非常に不合理なことだと心得ます。この税金が撤廃されますれば、今1人でご覧になる方が3人で見られることになります。」

「それは、えー、国のためなら、と思って、よろしゅうございます。20割。今、こうなったうえは、あなた、えー、こいつは少し考えてもらわねばならないと思いますね。みんなこうやって、あなた、紋付やなんか着て、皆様方の前でおしゃべりをいたして一座の者が出ても、表で売っているリンゴ一つぐらいの値打ちでございます。それがみんな入るのではない。その3分の2というものは、税金のほうに、つまりこれが入場税ですな、観覧料が3分の1で、3分の2は入場税、つまり20割と。これは何とか政府にお願いをして、そしてあなた、入場料撤廃、ないしはもう少し負けてもらいたいと、かように心得て・・・。」

「入場税撤廃の世論調査をいたしております。どうぞご投票願います。ありがとうございます。どうぞご投票願います。」

観客の世論に訴えたところ、全廃5割半減4割という結果を得ました

懐しい漁場へ -捕鯨船-        01:34
昨年12月、連合軍総司令部より日本近海の捕鯨を許可され、久しぶりに活気を取り戻した捕鯨の基地、宮城県鮎川港から、今日も懐かしの漁場、金華山沖へ船が出動します。

寒気に身をさらし、鯨を追いかけ、鯨と取り組み、日本漁業復活の先駆けを成す人々。

こうして射止められた鯨は、陸揚げの後、手早く処理されます。鯨の肉も食糧難の解決にまた一役。栄養失調に悩む消費者の台所へ、これからどんどん送られることでしょう。

再開遅れる重工<平和生産の再開>    00:50
戦争中、もうけにもうけ、太りに太った軍需産業は、果たして平和産業に切り替えられたでしょうか。ここ、鶴見造船所。働く人の姿はなく、ハンマーの音も聞こえません。建造中の船もそのままうち捨てられてあります。なぜでしょう。
日本鋼管の川崎製鉄所では、大溶鉱炉の火は消え、巨大な姿が寒風にそそり立つばかり。ここでは資本家が石炭不足を口実に、もうかる時期を待ってサボタージュです。

東芝労組電球生産<平和生産の再開>   00:34
勤労者の生産への熱情は、川崎のマツダランプでは労働待遇改善を要求しましたが、交渉は決裂。よし、それでは自分たちの手で工場を動かそうと、従業員たちが活発に作業を開始しました。かくて、再びこの工場には機械の音があふれ、暗い街に待望の電球を送り出そうとしております。

軍需工場転身<平和生産の再開>     00:19
戦災地復興に家を早くたくさん造れ。その声に応えて航空機の部品を作っていた大阪の平野工場では、いち早く建築になくてはならぬ釘の生産に乗り出しました。

余剰電力で製塩<平和生産の再開>    00:30
ないない尽くしの今日の日本にあり余るのは電力だけ。その電力を利用して、鶴見の日本発送電関東支店では電気製塩を始めました。毎日の生活に欠くことのできぬ塩を1日6トン、近い将来には10倍の増産が予想され、塩飢饉にとって一縷の光と言えましょう。

活気づく車両工場<平和生産の再開>   01:00
国鉄では約2割の車両が失われました。そのために人民の足を危機に追い込みましたが、車両工場の復活により、今、車両の修理や生産が軌道に乗り出しました。
ここは大阪の車両工場。久方ぶりに聞く生産の轟です。遅々とはしていても、今や敗戦の虚脱から目覚めて、生産の復活はようやくその光を見出し始めたのであります。

 

1946年2月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19462

日本ニュース 戦後編 第4号(1946年2月)9分10秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310004_00000

紀元節について             02:44
故国のニュースを海外同胞へ       01:03
リンク制鰯直売<食糧危機打開の手>   00:46
働く人に供米を<食糧危機打開の手>   00:33
公正な配給実現へ<食糧危機打開の手>  00:34
待望の食料輸入開始<食糧危機打開の手> 00:29
野坂参三氏歓迎国民大会         02:58

紀元節について             02:44
この2月11日は神武天皇即位の2606年目の記念日だと国民はこれまで教えられてきました。が、学問的な歴史はこれに六百何十年の掛値のあること。また、紀元節はまったくの神話にすぎないことを証明しているのです。歴史を国粋主義者の宣伝から自由にして、本当の科学とするために、今、歴史の書き換えが行われていますが、これについて、日本人の再教育の起草に当たる安倍[能成]文部大臣は、次のごとく語りました。

「建国以来、未曾有の屈辱と混乱と窮迫との中に、われわれの国は紀元節を迎えることになった。あー、戦争中は、この神話をもって現代を律するというような、そういうようなことがなされたのですけれども、いったい、この神話と、それから歴史とを混交するということは、これはよくない。よくないけれども、しかし、神話というものは、また神話というもので意味を持っているのであって、えー、その混交を避けるというところから、神話というものを無視するというわけにはいかない。神話は、やはり国民生活にとって相当重大な意味を持っているものである。
紀元2606年が、その中に約600年の空白があるということが、簡単に常識となっているようですけども、この600年というものがどういう600年であったか、あるいは、この600年をどういうふうに取り扱うべきかということは、まだ学問的に十分に決定している問題じゃないんです。」

文部当局のこのようなあいまいな態度は、実際に幼い子どもたちの教育に当たる学校の先生方を困らせ、子どもたちの頭を混乱させています。子どもたちは、大人にもっと正直にものを言ってもらいたがっています。うそはうそと、間違いは間違いと、子どもたちは本当のことを知りたがっているのです。神武天皇は、そしてまた、その即位はすべて伝説であって、歴史ではありません。うそも間違いもない、国粋的な宣伝もない、正しい学問的な歴史を教えることが教育者の務めです。

故国のニュースを海外同胞へ       01:03
大陸や南方には、まだ数百万の兵隊が、敗戦と混乱の故国の姿をまぶたに浮かべながら、不安のうちに復員の日を待ちわびております。この人たちのために、東京の朝日、毎日、読売の各新聞社では、マッカーサー司令部の厚意によって特別な新聞を発行しております。
出来上がった新聞は、連合軍の飛行機で遠い異郷で俘虜生活をしている兵隊たちに届けられます。この懐かしいふるさとの便りが、兵隊たちをどれほど慰め、力づけることでしょう。

リンク制鰯直売<食糧危機打開の手>   00:46
東京築地の魚市場に、時ならぬ都民への届け物。1月27日、千葉県銚子から油と引き換えに到着した1万2000貫の鰯です。どっと押し寄せた都民。値段は闇値の3分の1。1貫目13円という安値。ところが魚の配給統制組合は、その引取りを拒絶。「よし、それでは直接都民に配給しよう」と中央水産会が乗り出しました。せっかく政府の打ったリンク制の手も、配給組織の欠陥で都民全部に行き渡らぬという始末。

働く人に供米を<食糧危機打開の手>   00:33
千葉県印旛郡多古町では、従来の農業会から天下り役員を追い出し、新しい組織で供出から保管までを自分たちの手でやっております。この結果、役人の指図を待つまでもなく納得のいく供出ができることになりました。強権を発動しても供出させるという非難ごうごうたる政府の政策をよそに、目覚めた農民はこのように自分たちで解決を図っております。

公正な配給実現へ<食糧危機打開の手>  00:34
東京小石川区の白山御殿町では、生活必需物資の配給が正しく行われるように、食糧管理委員会を組織。配給の管理を始めました。今日はお米の配給。白い腕章をつけた委員が配給所に出向いて、通い帳の点検から測り方まで監視します。今までとかくうわさのあった配給所の不正もこれで防げると、人々は大喜び。

待望の食料輸入開始<食糧危機打開の手> 00:29
マッカーサー司令部の厚意により、食糧危機にあえぐ日本に1000トンの小麦粉が送られてきました。突然もたらされたこの報道は、最近とかく暗い気持ちになりがちな全国民に大きな喜びと希望を与えたのでした。東京の芝浦港にはすでに陸揚げされた小麦粉が、国民の手元に届けられる日を待って、山と積まれております。

野坂参三氏歓迎国民大会         02:58
人民解放のために戦う野坂参三氏を、今、嵐の祖国に迎える民衆大会が、1月26日、日比谷公園広場において開催されました。かつて軍国主義者たちが、いくたびか天下りの国民大会を催したこの広場。この日、ここで民主主義革命への最も輝かしい出発がなされたのであります。
詰めかけた民衆、実に3万。政党政治を超えた全国民の支持を物語っております。大会はインターナショナルなコーラスとともに始められました。熱狂する民衆の拍手と歓呼に迎えられて、野坂氏登壇。歓迎の花輪を受けました。
同氏は、祖国再建の道は民主戦線の結成にある旨の決意を諄々と披瀝。民衆に大きな感動を与えました。大会委員長、山川均氏、荒畑寒村氏、黒木重徳氏、片山哲氏、室伏高信氏、神近市子女史、水谷長三郎氏、徳田球一氏と交々登壇。熱弁をふるいます。映画会を代表して藤田進氏、劇団代表薄田研二氏の歓迎詩、

「同志、野坂帰る。同志、野坂帰る。太行山の嵐を聴きつつ、黄河の落陽を背にし、同志、野坂参三帰る。たくましく、若き兵士らとともに、赤旗をかざし、興安嶺の吹雪の中に、揚子江の埠頭の影に、日本民族解放のために戦い抜いた野坂。世界平和の・・・」

尾崎行雄氏も特に懇篤なるメッセージを寄せ、民主戦線結成を激励。

「諸君は今、民主主義の大旆をかざして、この国を再建しようとする。民主主義はわが生涯の政治的主張としてきたところであり、また不朽に輝く心事であります。この大原則のもとに、全日本の知能とエネルギーとが小異を捨てて大同につき、わが国の再建また必ずしも事実絶望だとは言えません。」

(歓声)

かくてこの大会を契機にわが国の民主主義共同戦線結成への運動は、希望ある第一歩をさらに大きく踏み出したのであります。

 

日本ニュース 戦後編 第5号(1946年2月)8分37秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310005_00000&seg_number=004

“民主戦線参加せず”自由党表明 01:29
進駐軍慰問のショウ       01:17
姿を消す公娼制度        02:31
“値上絶対反対!”鉄道運賃問題 03:18

“民主戦線参加せず”自由党表明 01:29
自由党は2月4日、民主戦線に対する態度を声明しました。

《安藤正純政務調査会長》
「この間、憲法改正案で発表したように、自由党では天皇を統治権の総覧者として、民意による政治を行う固き信念を持っております。したがって、天皇制打倒に持っていこうとする共産党の民主戦線には参加する必要を認めません。だから、自由党では命を賭けて天皇制を護持し、民主政治の完成に努力する覚悟であります。」

この日、同党大会で、鳩山[一郎]総裁より、この旨、声明しましたが、一方これに対し、あるいは憲法改正による天皇大権の縮小、あるいは天皇制打倒を叫ぶ人民大衆の動きがあり、民主戦線をめぐって波紋を広げつつあります。

進駐軍慰問のショウ       01:17
進駐軍の将兵たちが待ち望んでいた、アメリカ本場のカパガバナレビュー団がはるばる太平洋を渡って来朝。東京日比谷公会堂で慰問ショーを行いました。久しぶりに見る祖国の味、祖国の香り、祖国の音楽に進駐軍の兵隊さんは、日本にいるのも忘れて楽しいひとときを送りました。

(ショーの様子)

姿を消す公娼制度        02:31
《弁護士 渡邊道子氏》
「女性の歴史に暗い影を投げていた公娼制度が、このたびマッカーサー司令部の指令により、全国一斉に廃止されることになりました。文明国において、恥ずべき公娼制度を残している唯一の国であると、心ある人々により長年にわたり廃止が叫ばれておりましたが、ようやくその実現を見たわけでございます。
長い間、私ども女性から自由を奪っていた封建思想から解放されようとしているときに、最も痛ましい犠牲者であった公娼に自由が返ってきたことに深い喜びを感じます。これらの女性たちがこれからぶつかるいろいろな問題に対して、私どもは、お友達の問題としてともに考え、ともによき生活への努力をいたしたいと存じます」
「今度公娼が廃止になって、あなたたちの生活はご自由になったわけですけど、それについてどうお感じになりまして?」
(口々に)「そうねえ。」
「別に、うーん、公娼廃止以前とはね、生活は変わりませんけれど、大変気持ちのうえで、自由になったと思います。」
「これからどうなさるおつもりですの? ずっとこういうお仕事をお続けになります?」
「そうですわね。今までとね、ずいぶん違った仕事に入りましたけれども、気持ちが、私たちの気持ちは、かたぎのときと同じような気持ちで、ある期間は一生懸命働きましたら、将来確実な道に入りたいと思って、働いているんですけど。」
「私もそう思いますわ。」
「ぜひ早く堅実な生活に入っていただきたいと思いますわ。私たちも何かお力になりたいと思います。」
(口々に)「ありがとうございます。」

 かくて公娼という制度は廃止されましたが、私娼という形で依然として不幸な女性は残るのではないでしょうか。この問題の解決は、男女とも一定の年齢に達すれば独立した結婚生活ができるよう、また女子を身売りせずとも家族が生活できるよう、そしてさらに女子がすべての点で男子と同様働けるように、政治的、社会的、経済的な徹底的改革が要求されます。

“値上絶対反対!”鉄道運賃問題 03:18
平和日本再建の大動脈であるはずの交通機関は、最近まさに恐ろしいほどの混雑ぶり。国民大衆にとって、食糧不足とともに最大の悩みの一つです。

機関車、石炭車、こんな危ないところにでも乗らなければ、親の死に目にもあえず、足りない食糧も補給できない始末です。これが毎日の通勤電車となると、勤め人にとって1日中で最も激しい労働です。押す、蹴る、突き飛ばす、こんなことは朝飯前。

(構内アナウンス)
「電車が止まりました。止まりました。お乗りの方、降りる方が済むまでは乗らないでください。」

やっと乗り込んでも、壊れたドアからは遠慮なく寒風が吹き込み、満足な吊り革も網棚もなく、こんな状態が戦後半年にもなるのに少しも改善されません。
それなのに、今度、運輸省は鉄道運賃の大幅な値上げを発表して、一般から非難ごうごう。これに対して、各方面の意見を聞いてみました。

《鉄道当局》
「今回、鉄道運賃の値上げを実施いたすことに相成りましたが、その理由は、最近における物価の急激な高騰と従事員の待遇改善のために、鉄道営業費は50億円以上にも膨張し、また、戦時中、鉄道が全線に渡って非常の戦禍を被りました。その戦災復興費に充てるためでありまして、それによって極力輸送サービスの改善向上を図り、国民各位に再び昔のような愉快な旅行を願う心組みであります」

《一般消費者》
「このインフレ難のときにですね、政府みずからがインフレを煽ってあれしているのは実にけしからんことです。ですし、値上げになったら、われわれはもう、すぐ初日から働けなくなって食えなくなりますからね。もし赤字だったら、戦時利得税その他で賄うべきで、大衆課税に等しい運賃の値上げなんていうのは絶対に反対です」

《国鉄従業員》
「当局はわれわれ従業員の待遇改善のため値上げが必要だと言っていますが、人件費の増大を直ちに運賃値上げによって、一般消費者、ことに定期乗車券の値上げは絶対反対です」

 

日本ニュース 戦後編 第6号(1946年2月)7分33秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310006_00000&seg_number=002

英連邦軍先遣隊 呉に入港       01:20
農民戦線結集へ!           01:10
河上肇博士逝く            00:59
文化勲章授与さる           01:05
故国の土を踏む -南方引き揚げ同胞- 02:56

英連邦軍先遣隊 呉に入港       01:20
2月1日、豪州戦艦ホバートほか3隻が呉に入港しました。これはポツダム宣言に署名した連合国の一員として、連合軍最高司令部のもとに、今度日本占領に参加することになったイギリス連邦軍の先遣隊であります。

乗組員の一部は、午後、見物のため上陸。街を三々五々、各所にのどかな国際色をみなぎらせました。

農民戦線結集へ!           01:10
ファッショ的勢力の弾圧によって久しく影を潜めていたわが国の農民運動も、今や再出発をすることになり、2月9日、日本農民組合結成大会が開催され、政党政派を超えた農民戦線の結集が力強く叫ばれました。

「議会を通過いたしました農地調整法の改正法律案が、きわめて不徹底なる状況にありまするので、この農地調整法をして、さらに根本的なる改革路線に向かって進まんとするところの方法を・・・。」

土地改革は大土地所有や不在地主の禁止、自作農の創設によって、今日の農村の封建的組織を根本から覆すべきでありますが、今回の法案は、地主、不在地主に対して、種々の抜け道を提供しており、みずから働き、みずから耕す貧農を救済するものではないと、農民の間から、この骨抜き法案反対の声が上がりつつあります。

河上肇博士逝く            00:59
『資本論入門』、『貧乏物語』等を著し、無産者運動の理論的指導者のゆえをもって京都帝大を追われ、5年間の牢獄生活を送った河上肇博士は、老衰と栄養失調のため、1月30日、68歳の生涯を終えましたが、その追悼人民大会が2月10日、京都新聞会館において挙行され、かつて博士の教え子であった人々をはじめ、多数の参会者が集まり、この偉大な先駆者の死を悼み、博士の学説を民主主義日本の建設に生かすことを誓いました。

文化勲章授与さる           01:05
文化勲章授与式が、2月11日、文部大臣応接室で執り行われました。
受賞者は俵国一氏、中田薫氏、仁科芳雄氏、岩波茂雄氏、宮部金吾氏、梅若万三郎氏の6氏でありました。この人々は過去において日本の学問や芸術の上に輝かしい功績を残しました。しかし、文化勲章は、民衆の間に生き、民衆のための文化に尽くした人々に与えられるのが本当であって、その意味から、人選の基準をもっと広範囲に、もっと清新なものにしたいものです。

故国の土を踏む -南方引き揚げ同胞- 02:56
2月2日、南洋諸島パラオ・サイパン方面からの引き揚げ同胞350名、浦賀に帰る。
この人々こそ、南方発展の美名に踊らされた日本軍国主義の痛ましい犠牲者たちであります。

(船から上陸する人々)

「どうもありがとうございました。」「どうもありがとうございました。」
「兄弟ですか?」
「そうであります。」
「お兄さんのお名前は?」
「ウエダチョウセイであります。」
「妹さんは?」
「ウエダセツコです。」
「どこからいらしたの?」
「ダバオから来ました。」
「ダバオから来たの?」
「はい。」
「お父さんとお母さんは?」
「亡くなりました。」
「なんで亡くなったの?」
「病気で亡くなりました。」
「病気で。」
「はい。」
「では日本(聞き取り不能)]

彼らを迎えた故国の人々の心は思いのほか冷たく、憩いをとる収容所はそこかしこ破損だらけのありさま。寒い部屋にいたたまれず、さりとてたき火も許されず、ごみ焼き場のわずかな残り火や、わら灰のほのなか温みを慕う人々。

(配給の衣服を受け取る女性たち)

彼らは何よりも暖かさに飢えているのです。政府は引き揚げ同胞の受け入れ機関に少なからぬ補助金を与えています。しかし、待遇改善は遅々としてはかどりません。この際、われわれはこの人々に対して、温かい救いの手を差し伸べようではありませんか。

 

日本ニュース 戦後編 第7号(1946年2月)9分11秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310007_00000&seg_number=004

政府緊急措置発表<インフレはどうなる?> 01:03
これからの生活は<インフレはどうなる?> 01:07
“隠匿物資を摘発せよ”<インフレはどうなる?> 00:23
“食糧配給を強化せよ”<インフレはどうなる?> 00:55
“生産を再開せよ”<インフレはどうなる?> 01:11
忘れられた学童たち            04:30

政府緊急措置発表<インフレはどうなる?> 01:03
終戦以来、巷に散乱するお札の洪水は、恐ろしい悪性インフレの色を濃くし、昭和12年末21億6000万円であったものが、終戦後は急カーブを描いて、本年2月にはついに600億円台を突破。すでにしこたま買いだめした物持ち階級はともかく、全勤労大衆はまさに破滅の危機に追い込まれつつありましたが、幣原内閣は2月16日、ついに緊急措置を発表するに至りました。

《渋沢[敬三]蔵相》
「今日の日本銀行券は、これを来る3月7日までに、すべて封鎖預金等に預け入れていただきまして、全面的に封鎖することといたしました。」

これからの生活は<インフレはどうなる?> 01:07
やがて出現する新紙幣をめぐって、町々には早くも悲喜劇続出。古いお札が使えるうちにと、長持ちする衣類などに買い手殺到。また、小銭飢饉で各所に釣り銭騒ぎが見られました。

一方、露店商人や、その日暮らしの失業者は、これからはいよいよ食えなくなるというので各所の勤労署に押しかけましたが、肝心の生産再開がはかばかしくない現在、見通しは悲観的です。

この緊急措置によって、これからは自分の貯金でも制限されることになりますが、大口預金者は今回の措置を前もってご承知済み。打つ手は打ったと見えて、いまさら下ろすものもなく、郵便局も銀行もいたって閑散。これからの国民大衆の生活は、この緊急令によってどうなるでしょうか。

“隠匿物資を摘発せよ”<インフレはどうなる?> 00:23
「なあ、だんな、今度銀行から1人100円しか出せないそうじゃねえか。そうか、そうなっていくと、われわれ、仕入れが困っちゃうな。売ることもできなきゃ、飯も食えない。なあ。出てる物資うんと買い集めている金持ちもあるんだぜ。そういう野郎から、品物をうんと出させたらな、われわれ貧乏人はほんとに助かるんだよ、本当に。」

“食糧配給を強化せよ”<インフレはどうなる?> 00:55
では、賃金を最高500円で抑えられることになった勤労者の意見は。
「とにかく政府はわれわれ働くもんの賃金を最高500円で抑えるってことは、非常に無理な、危険があると思うんです。どうしてもそれをやらなきゃならないならば、米とか魚、生鮮食料品というようなものを十分にですね、安く、十分に私たちの口へ入るような強力な統制をしてもらいたいと思います。」

同じ俸給生活者でも、インテリと言われる人々の声は。
「そうですね。使う金が減ったんですから、結局、これで物価が安くなってくれりゃもう文句がないと思うんです。ただ、それには産業戦士の、今まで戦士と言っていましたが、今度は平和の産業に携わる方々が生活必需物資をどんどんどんどん作って、絶対量を増やしてくれれば、一番いいと思うんです。」

“生産を再開せよ”<インフレはどうなる?> 01:11
それでは、この生産再開の見通しはどうでしょうか。

《金融経済学者 木村禧八郎氏》
「インフレの根本的解決には、産業の再開が絶対に必要だと思うんですが、果たして現状では、産業の再開なり、量産というものが望めるのでございましょうか。」
「インフレが抑えられる。そして経済活動のほうが、値段が固定されますれば、業界の利潤が少なくなりますから、前にインフレでサボっていたものが、また今度は生産をサボる可能性が非常に大きいでしょう。」
「では、どうして産業は再開されるのでありますか。」
「その道は、2つしかないと思います。その1つは、額に汗して働く人たちが、早く組合のような組織を作って、自分たちの手で工場を動かしていくということ。もう一つは、そういったことができるような強力な政府を人民の手で作ること。結局、民主戦線内閣を作らなければ、インフレの根本的な解決はできないと思いますね。」

忘れられた学童たち            04:30
新しい民主主義日本を建設し、完成する者は、今の子どもたちをおいてほかに求めることができるでしょうか。今こそ子どもたちを正しく誤りなく導かねばなりません。それなのに、この子どもたちは、いったいこのごろどんな取り扱いをされているでしょうか。

明治以来、長い長い間、傷つきやすい児童の心にむごたらしい侵略戦争熱を、七生報国、国威宣揚などの美名のもとに刻みつけ、押しつけた過去の数々の遺物は、取り去られることもなく、子どもたちの眼前に麗々しく残っております。軍国主義と神がかりなおとぎ話に満ちた修身、歴史、地理の国定教科書は、やっと使われなくなりました。

現在ある教科書はつぎはぎだらけ。こんな悪条件のうちで、良心的な先生は真剣です。

「これからの君たちはどうして生きたらよいか。まず第一に、算数にも、理科にも、すべて何ごとにも科学的な考え方、うそでない真実を尊ぶ考え方でいかなければなりません。お互いに手をガッチリ握って、助け合って、真の新しい民主的な日本を建設しなければなりません。」

12時。学校給食のない現在、授業は終わり。そして当の先生たちは内職をしなければ食えないのです。

「・・・やっていけないでしょうな。」
「ええ。こんなことでもしなければ、とても食っていかれませんね。子どものことを考えると、この時間にでも教材研究をしてやりたいんですけども、われわれ、こんな待遇でいいんでしょうかしら。」

わずかな授業で町に放り出された子どもたちは、どうしているでしょう。肉弾三勇士の銅像の下で、子どもたちの描く軍艦、飛行機の落書き。簡単に見逃せない重大な問題を含んでおります。「本気」と言って、ばくち同様のやりとりをするベーゴマ遊び。100円、200円の札ビラを切って闇市に出没する子。中には白昼公然、すりをする子。最近の子どもたちのこの恐るべき不良化をもし単なる家庭の不注意として片づけるなら、これこそまさに無責任極まる言葉というべきです。
一方、学校にさえ行けずに、買い出しの手伝い、あるいは街頭に新聞を売り、靴磨きをしなければ食っていけない子。この子どもたちの不良化はさらに恐るべきものです。

「君、何年生?」
「6年生です。」
「どうして学校行かないの?」

この子どもたちは、あらゆる知識から、健全な喜びから締め出されているのです。子どもたちは、みんな知りたい、学びたい、よくなりたい、そういう気持ちが胸の中に燃えているのです。試しに博物館を見てください。少しでも勉強しようとしてもがいているこの子どもたちを、文部当局はどのように見、どのように考えているのでしょうか。このまま放り出しておく気なのでしょうか。この真剣な児童の眼は、まさに当局への無言の抗議です。
最近、まじめな教員からも悲痛な抗議が叫ばれました。

「待遇改善の問題はどうなっているのか。25ある諸物価手当は、いつになったらわれわれの手に渡るのか。文部省への俸給5倍増額の運動はどうしたか。平和日本の建設に、今の学童ほど重要な存在はあるまい。万難を排して学校給食をすぐに復活すると同時に、教育施設を与えよ。現在の教育の崩壊は見るにしのびない。教育再建に熱意なき反動分子を教育界から一掃すべきである。」
(拍手)

 

1946年3月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19463

日本ニュース 戦後編 第8号(1946年3月)9分17秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310008_00000&seg_number=001

経済再建果して成るか -金融緊急措置令- 02:17
海外同胞救援を人民の手で        01:05
復活する新劇界 -舞台稽古-      02:35
発疹チフス退治にDDT散布<時の話題> 00:58
素人のど自慢テスト風景<時の話題>   01:25
輸入小麦粉の真っ白いパン配給<時の話題> 00:55

経済再建果して成るか -金融緊急措置令- 02:17
(字幕)日銀総裁 新木栄吉氏 放送の一節 -二月二十一日夜-

「大蔵大臣も言われているように、この措置なくしては、悪性インフレーションの防遏は、不可能であります。この措置こそは、国民全体の自衛手段である点を国民各位におかれても深く認識され、国民経済再建のため、今こそ耐えがたきを耐えて、よくこの試練に耐え、国家再建のため、全幅のご協力を切望いたす次第であります。」

今回のこの緊急措置が発表されるや、期せずして各方面から批判の声が巻き起こりました。

《毎日新聞論説委員 美濃部亮吉氏》
「われわれが政府の総合復興対策に反対するのは、ただ反対するために反対するのではない。それは、インフレの根本的原因である財政上の赤字克服については何らの手段を講じていないのみか、軍事補償と国債償却によって金融資本を救済しようとしている。このような手段によっては、インフレを克服していないのみか、通貨に対する信用を失墜させ、インフレをかえって激化させる。経済の復興を阻害することにもなる。しかも賃金俸給の値上げ運動を阻止して国民生活を窮乏化することによって、その犠牲は国民大衆に転嫁されようとしている。政府の復興対策は、患者の信用を失い、下手な医者が、適当でもないときに行った大手術にも比較し得るものである。」

海外同胞救援を人民の手で        01:05
侵略戦争の犠牲者、海外同胞帰港。この同胞愛に結ばれた国民大会が、2月20日、東京日本劇場に開催されました。民主戦線には少しも足並みのそろわぬ進歩、自由、社会、共産各政党および各種団体が、主義主張を超えて一堂に結集したことは大きな反響を呼びました。政府の無策にしびれを切らして乗り出した、この海外同胞救援連合会の今後の活動が期待されます。

「・・・を開催したこの事実によって、われわれのこの決議を、ただ単なる提出をしないで、われわれ国民の強き意識によって、政府のほうに即日団交を要求し、それができない場合は、われわれとしてどう措置をとるか、相応の決議をお願いしたいと思うのであります。」
(口々に)「そうだ!」(拍手)
「堂々とやれ!」

復活する新劇界 -舞台稽古-      02:35
《東京芸術劇場 土方与志氏》
「日本の新劇運動は約半世紀の歴史を持ったものでありまして、その間、日本文化の向上を企図した先駆的、進歩的な芸術運動であります。この運動は、侵略戦争によって弾圧を受け、壊滅に瀕しましたが、幸いに終戦とともに民主主義日本の建設の時代が来まして、今まで新劇を押さえつけていた枠が取り去られ、日本演劇の主流となろうとしています。私も14年ぶりに、3月1日から有楽座において、東京芸術劇場によって、イプセン作「人形の家」を演出することができるようになりました。私は、主人公ノラの人間的覚醒を描いたこの戯曲の演出を、まず誰というよりも、解放のお手本である全日本の女性の方々に捧げたいと思います」

(ノラとヘルマーの会話)
「私の一番神聖な義務というのはなんでしょう。」
「それをおれに尋ねるのかい。夫に対する、子どもたちに対するおまえの義務だ。」
「私には同じように神聖な義務が、ほかにあります。」
「そんなものがあるものか。え? どんな義務だというんだ。」
「私自身に対する義務です。」
「第一に、おまえは妻であり、母である。」
「そんなことは、もう信じません。私は何よりも人間です。ちょうどあなたと同じ人間です--少なくともこれからはそうなろうとしているところです。」

(“幸福の家”)
「おしゃべりばかりですっかりひからびちまった老いぼれ学者、きちがい病院に入り損ないのヒステリー未亡人、何一つわけがわからなくて、ただむんむんしている、徹底的にばかなお母さん。どんな値打ちのない人のためにも犠牲になっている!」
「出ていけ! ・・・皆さん、皆さん、申しわけありません。恥ずかしい。お許しください。」
《新協劇団 村山知義氏》
「ちょっと待ってください。井上さん、今の声、もう少し下げて、もう少しアルトでやってください。」

新協劇団は昭和15年に7年間の活動の後、解散を命ぜられましたが、そして、そのために劇団員はその後、六年間ちりぢりばらばらになっておりましたけれども、そういうふうに新劇が自由に活動できる状態になったので、当然、再び立ち上がって活動を再開することになりました。

発疹チフス退治にDDT散布<時の話題> 00:58
入浴するにもなみなみならぬ苦労。せっけんの配給は思うに任せず、これではシラミもたかるし、ノミも増える一方。このノミやシラミがただかゆくていまいましいというだけならまだしも、発疹チブスをまいて歩くと聞いては捨ててはおけません。ところが日本の医学はその点、ノミのかゆみほどの関心も持たなかったようです。進駐軍では当の日本の防疫人以上に発疹チブスの蔓延を憂慮しております。すでに大阪では800名近くの発疹チブス患者が出ました。
ここは大阪駅。進駐軍はアメリカ製のDDT消毒薬を提供。ノミやシラミの撲滅に力を貸してくれました。

素人のど自慢テスト風景<時の話題>   01:25
これは東京放送局の新しい試み。素人のど自慢のテスト風景。

(かねをたたいてから「八木節」)
「♪アア~アアア、アーアアア~~~、通りかかった両国橋の水のぉ、おもてにヤーレ、何とえ・・・」
「あ、もう結構です。」

「♪・・・一寸法師と名をとぉった、小さなおと~こがぁ~~住んでぇ~~~い~たぁ~。」

(三味線の伴奏が始まり)
「ちょっと、すいません。待ってください。」

(「リンゴの唄」)
「♪赤いリンゴにくちびる寄せて、黙って見ている青い・・・」

(次々にテストを受けて歌う応募者)

輸入小麦粉の真っ白いパン配給<時の話題> 00:55
去る1月、アメリカ軍の厚意で輸入された小麦粉が、早速パンに作られることになりました。

(工場で次々にパンが焼かれる)

見ただけでも食欲をそそるきめの細かい真白なパン。このパンはすでに2月22日から東京都内に配給されております。1日1人3個、主食差し引きの配給ですが、お米の乏しい今日の日本にとって、これは大助かりというものです。

 

日本ニュース 戦後編 第9号(1946年3月)9分35秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310009_00000&seg_number=004

主権は人民の手に 憲法改正案発表   01:30
民主戦線へ新しい動き -尾崎、野坂会談- 02:15
“みなさんの声”           00:24
赤ちゃんにミルクを<みなさんの声>  00:47
戦災者に粗悪綿の配給<みなさんの声> 00:30
新円引き出しに長い列<みなさんの声> 00:34
強制供米と農村            03:33

主権は人民の手に 憲法改正案発表   01:30
憲法の改正は日本民主化の基礎として強く要望されていましたが、3月6日、政府は新しい憲法の草案を発表しました。

《楢橋[渡]書記官長》
「本憲法は、統治権が天皇に神権的付与せられたいとの在来の思想を破却せられ、人権の尊厳を陛下みずから宣せられ、ポツダム宣言の民主的国家樹立の歴史的宣言なり。かく軍国主義的、武の国を廃棄せられ、世界に戦争放棄の宣言を憲法中に明記し、世界唯一の新憲法を起草せんことを明しているものである。日本国民はこれによりて人権的に解放せられ・・・。」

この改正案は総選挙後の新議会に提出されることになりましたが、この憲法を人民の憲法とし民主主義日本の礎(いしずえ)とするためには、来(きた)るべき選挙に国民大衆が、その投票によって自由なる意思を表明することがいよいよ重要となるに至りました。

民主戦線へ新しい動き -尾崎、野坂会談- 02:15
共産党野坂参三氏は、かねての念願が実現して、3月5日、熱海で尾崎萼堂翁と会談。民主戦線の新しい展開へ、尾崎翁の力強い援助を得ました。

《野坂》
「・・・ならない問題がたくさんあります。警察の問題もあります。また、政治の民主主義化という問題もあります。これがためにはですね、社会党も自由党も、真に日本の将来を考えるものはぜひ入ってもらいたい。その点につきましても、尾崎さんのやはり援助をいただけると、非常に私はありがたいですね。」

《尾崎》
「どうも、その時代はどうこう[民主戦線の結成が]必要ですけれども、私はその中に入って働くことはできないので、外から・・・。」

《野坂》
「ええ。それではどうでしょう。側面からでもいいです。例えば社会党、自由党系の人にですな、尾崎さんのほうからでも多少何か言ってもらえば、相当有効ではないかと。」

《尾崎》
「いや、一言で言うのは、私は老齢だから自分からは言えることはできないです。(聞き取り困難)あなたはまだ、それができますよね・・・。」

会談を終わった両氏は、庭前に相並んで次のごとく語りました。

《尾崎》
「各党各派ともに、そのとき、その問題とを分けているだけ。あとの政治、あとのそれだけの問題は、天皇制でも何でも皆、後回しにして、けんかはやめて、まず目下の急務だけに力を合わせて日本をつくることに出発していただきたいということは、野坂君にもお話をいたしましたが、この前、山川[均]君にもお話しし、また自由党や進歩党の朋友にもそのことを直接および間接にお話をしております。」

《野坂》
「尾崎さんの今までの言動すべてが、われわれの民主主義運動者の模範とすべきものが多いと思います。この尾崎さんが、今われわれの作ろうとする民主戦線、あるいは人民戦線、これに積極的な支持を与えられるということは、この運動の現在および将来にとっても大きな助けになると思います。」

“みなさんの声”           00:24
(字幕)
日本ニュースは、今度“みなさんの声”の欄を設けました。ニュース映画を通じて、皆さんが当面している共通の問題を、広く国民大衆とともに考え、皆さんの日々の悩みや喜びを国民大衆とともに悩み、ともに喜びたいと思う次第です。進んでご応募なさるようお願いします。

赤ちゃんにミルクを<みなさんの声>  00:47
《東京四谷-ある母親より》
生後3カ月の赤ちゃんを抱えて、乳のないあるお母さんの痛切な訴え。
どこから流れてくるのか、闇市では1杯5円でいくらでも牛乳が飲めるのに、私たちのうちにはほとんど牛乳の配給がありません。

(赤ん坊が泣く)

やむを得ず、たださえ足りないお米を毎日すっています。
せめて闇市の分だけでも赤ちゃんに飲ましていただけないでしょうか。

戦災者に粗悪綿の配給<みなさんの声> 00:30
《東京板橋-町民生》
ある町の綿屋さんの飾り窓に、雪のように真っ白い綿が飾られてあります。私はこの綿から罹災者に配給された綿を思い出しました。これが綿? しかも7円もする。泥まみれ。悪臭のする綿。当局の配給がこれでいいのでしょうか。

新円引き出しに長い列<みなさんの声> 00:34
《東京-“私は困る”生》
大した額でもありませんが、食糧買い入れのため用意していた現金を、長い間待たされたあげく、貯金させられました。ところが、新円になってみると品物はすっかり姿を消して、たまたま出ている魚などはとても高くて手が出せません。デパートには公定価格のポスターが出ていますが、果たして新円生活はできるのでしょうか。そうでないと、私たちはほんとうに困ります。

強制供米と農村            03:33
全国民関心の的である米の供出。最近の政府発表によれば、政府の供米予定量に対して実際の供出量は常に下回り、その開きがますます大きくなる傾向にあります。
2月までの供出累計1382万石、割当総量のわずか5割2分にすぎません。このようなとき、政府の強制供米、預金封鎖等の処置は、農村にどんな反響を呼んでいるでしょう。

《千葉県多古町農業会長 小川豊明氏》
「・・・現に自主的に、かくのごとくどんどん毎日運び込んでいるのじゃありません。強制的な供米は、正直な農家への侮辱であり、農村民主化への妨害です。かかる内閣こそは即時打倒するべきだと思います」

(千葉県多古町農民組合)
事実、この村では、強制供米絶対反対を唱えながら自主的供出は順調に進み、千葉県供出平均4割2分に対し、7割の成績をおさめ、さらに続々と供出されつつあります。

「今度は、ひとつ預金封鎖について、どなたか。」
「私どもは、うーん、そうですね。闇で買っていたから、そういうようなお話もありましたけども、絶対にそういう闇でなければ、農具でも畳でも、絶対に手に入りにくいんですから。」
「あー、いつごろからそういうふうな配給はありませんか。」
「そうですな、一昨年からほとんどないんであります。それでいて、政府は力で米をとるというんですから、甚だどうも、むちゃな考えですよ。」

米だけは強制的に供出させられて、しかもその代わりの肥料や農機具はほとんど回ってこない。事実、寒風にさらされながら麦踏みをするその麦は、今、追肥を待っているというのに、配給量は到底必要量に満たず、肥料倉庫は空っぽ。農機具類の不足はことに甚だしく、修理も思うに任せません。都会の労働階級はこれをいかに見ているでしょう。

《関東労働組合協議会 伊藤憲一氏》
「農村に与えるものを与えないで、強権で米だけ取り立てるということに対しては絶対反対です。われわれ労働者は、政府や資本家のサボタージュと戦って、生産を増大し、これを農村に送らなきゃならないと思っておりますが。」

しかし事実は、政府の無策のためか、農機具は材料不足のために生産は停頓を示し、さらに肥料は2月上旬の硫安生産予定1万1850トンに対し、実績は7割3分の7570トンしか生産されておりません。生産増大によるインフレ克服、食糧難突破が緊急の課題となりつつあります。

《伊藤氏》
「結局、インフレにしても食糧問題にしても、労働者と農民ががっちりと手を握って対決するよりほかに方法がないと思っております。」

 

日本ニュース 戦後編 第10号(1946年3月)9分3秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310010_00000&seg_number=013

更に進む民主戦線 -民主人民連盟発足- 00:48
アメリカ教育使節団来朝         01:32
東京都石神井学園<ここにも救いを待っている> 00:31
勝鬨保育園 東京、月島<ここにも救いを待っている> 00:41
小石川勤労補導所 東京、小石川<ここにも救いを待っている> 00:22
戦災厚生会 東京、浅草<ここにも救いを待っている> 00:19
伝染病を追放せよ            00:45
婦人警官が生まれます          00:41
拳闘も復活               00:50
レコード蓄音機の生産<食糧輸入の見返品を造る> 01:01
輸出用絹の靴下<食糧輸入の見返品を造る> 00:16
セルロイドおもちゃ<食糧輸入の見返品を造る> 00:16
輸出の花形生糸<食糧輸入の見返品を造る> 00:55

更に進む民主戦線 -民主人民連盟発足- 00:48
かねて山川均らによって提唱されてきた人民戦線運動は、3月9日、東京丸ビル内に第1回の世話人会を開きました。山川[均]、野坂[参三]、長谷川[如是閑]、末広[巌太郎]、高野[岩三郎]、辰野[隆]、荒畑[寒村]、羽仁[説子]、細川[嘉六]の9氏が参集。熱心なる打ち合わせの結果、ここに民主人民連盟は誕生し、国民大衆の期待と希望を担って人民運動を力強く推し進めることになったのであります。

アメリカ教育使節団来朝         01:32
3月5日、マッカーサー元帥の招きによりアメリカから教育使節団が来朝しました。一行は、団長ストッダード博士以下32名のアメリカ教育界の権威者たち。敗戦後の日本の教育制度を立て直して、教育の民主化を図るのがその使命であります。

(ストッダード博士による演説)

団長ストッダード博士は、ニュースを通じて日本国民に次の言葉を送りました。
「われわれ使節団は、日本人の個人の権利と公民権が教育の力で強められると信じます。そして日本人全部が、個人的な、また社会的な成長を成すことが十分に可能性があると信じます。われわれは日本の教育制度のよいところを探します。そして解放の方向に向かって活動し、自由の国の教育制度に有害なものを取り除くことに力を貸しましょう。」

(ストッダード博士による演説)

東京都石神井学園<ここにも救いを待っている> 00:31
政府は来るべき議会に社会保護法を提出。どん底に苦しむ人々を救護する旨、発表いたしました。いままでとかく慈善家や宗教団体の手にのみゆだねられてきたこの社会事業が、このような社会の下積みになっている人々全部を到底救うことはできませんでした。戦時中、忘れられてきた生活苦にあえぐ人々、戦争によって転落した犠牲者たち。

勝鬨保育園 東京、月島<ここにも救いを待っている> 00:41
この人々が一個の法律によって、果たして救われるでしょうか。本当にすべての民衆が明るく強く生活できるためには、法律の制定も結構ですが、真に民衆のため、民衆を愛する政治が行われることこそほんとうの解決への道でしょう。

「これからの保育園は、明るく楽しくお子さんを迎えてさしあげたいと思います。道端に放られているお子さんもたくさんおありのようですから、たくさんの施設が設けられまして、一人でも多くのお子さんをお迎えしてさしあげたいと思います。」

小石川勤労補導所 東京、小石川<ここにも救いを待っている> 00:22
「こうやって働きに来ておりましても、うちのことや子どものことが気になってなりません。もっと安心して働けるような施設が欲しいと存じます。」

戦災厚生会 東京、浅草<ここにも救いを待っている> 00:19
「国家の大罪人たる戦争犯罪者は、刑務所の中で三度の飯を十分に食べ、ベットの上で寝ていますが、彼らの犠牲になった罪咎もない戦災者たちをこんな気の毒な状態のままで置いといて、いいんでしょうか。」

伝染病を追放せよ            00:45
食糧の危機に加えて、今、伝染病のおびただしい発生が国民生活の脅威となっております。東京都防疫班は街頭に進出してDDT消毒薬の散布やワクチン注射、種痘等、遅まきながら天然痘や発疹チブスの蔓延防止に努めております。この伝染病の猛威は東京にとどまらず、大都市はもちろん農村にまで広まりつつあり、大きな社会問題となりました。体に抵抗力がないうえに不潔にならざるを得ない今日、ただ単に予防だけにとどまらず、これらの伝染病が起こらぬような生活が立て直されることが急務でしょう。

婦人警官が生まれます          00:41
このたび警視庁では、婦人警察官50名募集を発表したところ、なんと1300名の応募者が詰めかけ、3月8日、東京芝の練習所で試験が行われました。合格者は約1カ月の教育を終えて、4月にはお目見えするということです。
警察官とは市民を監視するのが役目でありましたが、市民の生活を守るため、明るく生まれ変わることが要求されているとき、婦人警察官の出現は多くの期待をもたれます。

「ま、婦人警察官も容易なものじゃありませんが、採用になりましたらしっかりひとつやってください。」
「はい。」

拳闘も復活               00:50
拳闘も久方ぶりに復活。3月8日、東京日比谷公会堂に、在外同胞の援護基金募集の拳闘大会が開かれました。観客の興奮を誘って、(聞き取り不能)が始まり、堀口基治、対海童猛の肉弾合い打つ熱戦。

(戦いの様子と観客の盛んな歓声)

レコード蓄音機の生産<食糧輸入の見返品を造る> 01:01
(-川崎-)
見返り物資を作りましょう。食糧不足を補うために、国民は食糧の輸入を心から願っております。そして、種々の計画が立てられ、これこそ見返り品と、いろいろな品物が待機しております。主として朝鮮、中華民国向けのレコードと蓄音機。

(レコードと蓄音機の工場における操業の様子)

(-真岡-)
(蓄音機操業の様子)

輸出用絹の靴下<食糧輸入の見返品を造る> 00:16
(-大阪-)
絹の婦人靴下。働く大人たちは、一足ごとに願いを込めて。

(ストッキング工場操業の様子)

セルロイドおもちゃ<食糧輸入の見返品を造る> 00:16
(-東京-)
戦前、可憐(かれん)な輸出品として重い責任を持っていたセルロイドのおもちゃ。

輸出の花形生糸<食糧輸入の見返品を造る> 00:55
(-岡谷-)
これは、すでに連合軍司令部によって指定された生糸の生産。

(生糸工場操業の様子)

(-横浜-)
今までの在庫品と合わせて、横浜港には生糸の包みが積み出しの日を待っております。

 

日本ニュース 戦後編 第11号(1946年3月)8分44秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310011_00000&seg_number=001

裁かれる“侵略戦争”A級戦犯裁判迫る   02:55
魚を直接消費者へ 食糧管理委員デモ    01:39
近づく総選挙 -どの政党を支持すべきか? 04:10

裁かれる“侵略戦争”A級戦犯裁判迫る   02:55
満目焦土のかなたに、今なお轟然としてそびえ立つのは、かつての大本営陸軍部の巨大な建物。そして今、侵略戦争が企てられたこの建物の中で、東条[英機]元首相らの歴史的裁判が行われようとしております。
世界人類の文明の名において彼らを告発した国際検事団主任検事キーナン氏、同じく裁判長ウェッブ卿は、3月15日、この法廷を視察しました。
被告席。
かつての東条大将の部屋。
弁護人清瀬一郎氏は語ります。

《東条元首相弁護人 弁護士 清瀬一郎氏》
「東条元首相が、国民に対し、重大責任を負うべきは無論であります。ただしかしながら、この戦争を起こしたことが国際法上の犯罪となる、ということについては、私どもは絶対にこれを争うものであります。」

清瀬一郎氏は、今度の戦争は犯罪にあらずとして、暗に侵略戦争を否定されております。しかし、事実はどうであったでしょう。

「・・・新たに行動を起こすのやむを得ざるに至りましたのは、米英の暴政を排除して大東亜諸地域を明朗なる本然の姿に復し、新たなる大建設を行わんとするにほかならない・・・。」

東条首相以下、賀屋[興宣]蔵相、東郷[茂徳]外相ら、当時の戦争挑発首脳者はあらゆる美辞麗句をもってこの戦争を「聖戦」と称し、翼賛選挙の名で買収された代議士たちは、またこれに無条件に賛成しました。それのみか、彼らは一片の独立の空手形と紙屑同様の軍票を与えたのみで、東亜10億の民族から、あらゆる富、あらゆる物資を「戦争資源」と称して強奪したのです。
あるいはまた、不幸俘虜になった英米人に血みどろの銃剣をもって奴隷のような苦役を強い、しかもその一方で「大東亜共栄圏の盟主」とみずから称して、征服地人民の前に轟然(ごうぜん)と肩をそびやかし、狡猾な笑いを浮かべていたのです。これが犯罪戦争でないでしょうか。
自由法曹団、岡崎一夫弁護士は語ります。

《自由法曹団 弁護士 岡崎一夫氏》
「太平洋戦争は間違いなく侵略戦争であり、日本の人民大衆を今日の苦境に陥れたのみか、他民族の生存を脅かし、世界の平和を攪乱した憎むべき犯罪行為であります。その首謀者たちは、あくまでも責任を追及されねばなりません。」

魚を直接消費者へ 食糧管理委員デモ    01:39
新たに東京都が行った魚の統制は、生産者と消費者の間に統制機関が入るため、魚が高くなるばかりでなく闇へ横流れするというので、東京都民食糧管理委員会は、3月13日、「絶対反対」を叫んで、藤沼[庄平]都長官に魚の人民管理を要求しました。

《藤沼氏》
「あなた方は私を戦争犯罪人と申しますが、私は戦争犯罪人ではありません。」
〈委員〉
「そんなばかなことあるか!」
(口々に)「何を言っているんだ。」
「何をするんだ。絶対に認めないぞ、そんなことは。」
「われわれをつまみ出したんであります!(そうだ!)これが民主的であるとどうして言えますか。(認めないぞ、そんなものは)そうだ! それで、お前らは拳銃をもって、そしてわれわれを威嚇して、つまみ出すとか、握りつぶすとか、踏みつぶすとか。(殴った!)殴ったのもある。(けとばした!)こんな民主的という言葉がありますか。
それで彼らは恬然としてわれわれに、テーブルの上に足をかけるなとか何とか、そういうくだらないことを主張して、そういうばかげた、そして放埒なことは平気でやらかすのです。
そしてもう一つ言います。都長官は、『われわれは現在、この魚を市場から直接に消費者に配給しているという事実を知っているか』と聞いたらば、それは『知らない』と言うのです。そして『じゃあ、お前は新聞を見ないのか』と聞いたら、『おれは新聞を見ない』と言ったんであります!」
「そうだ、そうだ!」

近づく総選挙 -どの政党を支持すべきか? 04:10
今度の総選挙は、日本歴史始まって以来の歴史的な選挙であります。皆さんは、どの政党に投票しようとお考えでしょうか。皆さんはきっと、われわれ国民大衆が安心して働けるような、そしてまたわれわれの生活をよくしてくれるような政党に投票しようとお考えでしょう。
どうぞ、皆さんのご遠慮のないご意見をこれから聞かせていただきたいと思います。

「あなたの意見は。」
「そうですね、食べることを第一に解決していただきたい。」
「食糧問題ですね。どうもありがとうございました。あなたの意見をひとつお願いいたします。」
「僕は、主食を絶対3合配給を要求します。」
「ありがとうございました。」

「主食3合配給の声が非常に多かったようですが、皆さん、いかがでしょうか。」
「賛成!」
「異議なーし!」
「絶対、3合配給しろ。」

各方面の人々の関心は、やはり食糧問題に集中しているようです。

〈聞き手〉
「えーと、ムラマツユリコさん。」
〈ムラマツ〉
「はい。」
〈聞き手〉
「お米を3合配給してほしいという声が高いようですけど、奥さん、いかがですか。」
〈ムラマツ〉
「結構ですねえ。寒いとこへ子ども連れて供給米いただかないで済みますからね。」
〈女性2〉
「わたくしんところは、もう2、3日前からね、お米ひとつもないんですの。」
〈聞き手〉
「困るですな。」
〈女性2〉
「はあ。まったく。育ち盛りの子どもがおりますからね。ほんとうに困ってしまいますわ。」
〈聞き手〉
「ああ、そうですか。」

では、工場の労働者に聞いてみましょう。
「どうですかね、この飯の状況は。」
「米がとても足りないですよ。それでまあ、配給量を何とかしてもらわなくちゃ、しょうがないですがね。加配米なんかも、われわれの手でみんな管理してやっていきたいと思うんですがね。はい。そんでなきゃ、ほんと、うそだろうと思うんですがな。」
「いや、それよりも、食糧を全部人民管理にしていかなければだめですよ。」
「いや、そういうことができるやつというのをわれわれは欲しいんだよ。」

これについて、各政党の意見は、
《進歩党 齋藤隆夫氏》
「食糧問題に関する国民的道義心を高揚して、国をあげて生産の増強、供出の促進、消費の合理化、不正の防遏を図るがために、最も徹底したる手段方法をとらねばならん。」

《自由党 河野一郎氏》
「わが自由党の食糧政策としては、国民の不安感をなくすることを第一とし、そのため外米の輸入に万全を期し、さらに内地食糧の偏在をなくするため、十分なる施策を講じます。

《日本社会党 片山哲》
「私どもはそういう意味で、3合配給を成し得る用意をしろ、措置を合理的に作って、それがためにはどうしても、この農民組合を運営し、農民組合法を制定いたしまして、そうして労働者はまた労働組合の中に消費組合を作り、協同組合を作ると。すべての機構を民主化しよう。こういうような考えを持っておるのであります。」

《共産党 徳田球一氏》
〈徳田〉
「今の供出や配給は、まるで泥棒がやっているようなもんです。」
〈聴衆1〉
「では、どうすればいいんですか。」
〈徳田〉
「すべては人民が管理して、そして供出も配給もすべて人民の手によってやらなければなりません。それを完成するためには、人民共和政府を樹立することが必要なのです。」

生産の再開、インフレの防止等の重大問題を解決するのはわれわれ人民です。憲政の殿堂の真の主人はわれわれ人民です。

 

1946年4月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19464

日本ニュース 戦後編 第12号(1946年4月)8分33秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310012_00000&seg_number=004

民主日本の建設に投票を        01:01
埋没近し 黒神部落 -桜島爆発-   01:09
ソ連作家シ-モノフ氏北海道へ<時の話題> 00:35
欧州から引き揚げ船<時の話題>    00:37
帝室博物館再開へ<時の話題>     00:44
深刻な住宅難<みなさんの声>     01:03
英会話に人気集まる<みなさんの声>  00:36
卒業式に「蛍の光」復活<みなさんの声> 00:46
旧円の行方              00:44
強権供米絶対反対の叫び -栃木県-  01:14

民主日本の建設に投票を        01:01
(字幕とアナウンス)
4月10日は総選挙の日です。この日こそ日本がほんとうに民主化されるか否かを決する大切な日です。最も信頼のできる候補者に、1人も棄権することなく投票することこそ、私たち国民大衆の正しい権利であります。
日本を再建するために正しい選挙を行いましょう。不当な干渉や、不正な買収や、陰険な妨害は、日本に再び軍閥政治を許し、国民大衆を悲惨な苦しみに陥れることです。
もし、このように民主的選挙を妨げる行為があった場合は、最寄りの警察または進駐軍に届け出で、公正な選挙の妨害者の暗躍を封じなければなりません。

埋没近し 黒神部落 -桜島爆発-   01:09
大正15年以来沈黙を続けていた九州桜島が、3月15日夜、突然活動を始めて大爆発。

(噴煙を上げる桜島。火山れきが斜面を転がる)

溶岩の流出、火山灰の噴出は全島を覆い、3月末に至るもやまず、ついに東海岸の黒神(くろがみ)部落は全員避難。

麦は無残にも立ち枯れ、猫の子一匹いない部落は、すでに廃墟と化しました。やがて溶岩の下に永遠に埋没の運命を待つ黒神部落。

ソ連作家シ-モノフ氏北海道へ<時の話題> 00:35
かねて日本の文化調査のため来朝中のソ連の作家コンスタンチン・シモノフ氏は、漁民と親しく話をするため、3月16日、北海道石狩町を訪れました。
畳の上に慣れないあぐらをかいたシモノフ氏の目に、日本の漁民の姿はどんなふうに映ったでしょうか。

欧州から引き揚げ船<時の話題>    00:37
欧州よりの引き揚げ船「筑紫丸」が3月26日午前7時、浦賀港に入港しました。日高[信六郎]イタリア大使以下、外交官、新聞通信関係者等321名の一行。外交官たちは、引き渡しを命ぜられていた日本政府の資産、時価500万ドルに上る貴金属類を隠匿して持ち帰ったことが発見され、進駐軍によって取り押さえられました。
着のみ着のままの一般引き揚げ同胞とは何という違いでありましょう。

帝室博物館再開へ<時の話題>     00:44
戦時中、奈良、福島、岩手等に疎開していた上野博物館の陳列品が続々帰ってきました。そして久しく閉ざされていた博物館も、上野の森に訪れた春とともに、3月26日、1年ぶりに開館いたしました。
今まで学者や一部の美術家だけが利用していた博物館も、今後は真に民衆のための博物館になるよう計画されております。

(博物館の展示物の数々)

深刻な住宅難<みなさんの声>     01:03
僕らの今いるうちは、お父さんのお友達のうちです。6畳と4畳半に、お友達の家族と僕たちの家族とで10人住んでいます。4、5日前、お友達のおじさん方3人が朝鮮から引き揚げてこられました。うちの中がますます狭くなり、赤ちゃんが気難しく泣くので、僕らはお食事や勉強は遠慮して外でやります。
お父さんは時々会社を休んで家を探しに行きますが、見つからないと困っておられます。それなのに、僕らの同じ町に大きなうちがあって、年中2階の戸が閉まっています。住んでいるのはたった2人きりだということです。「あんな大きな家に2人きりではもったいない」とうちでは話しています。

英会話に人気集まる<みなさんの声>  00:36
「毎晩、子どもたちが楽しみにしている英会話の時間に、『グッドバイ・エブリボディ』の歌を聴かせてくださる平川のおじさんは、どんな方ですか。」
この質問にお答えするため、放送局にカメラを持ち込むと、ちょうど平川(唯一)さんは2番の歌を子どもたちに教えているところでした。

「そう。大変よく歌えましたですね。でも、もうちょっと歌の調子にはずみをつけていただきましょうか。あー、♪グーッド・バーイ、エーブリー、バーディ、でなくって、♪グッ・バイ・エッブリ・バ・ディッ、というふうに」。

卒業式に「蛍の光」復活<みなさんの声> 00:46
3月25日は私たちの卒業式でした。軍国主義者は、イギリスのスコットランド民謡だという理由で、私たちに親しんできた「蛍の光」の美しい曲を歌うことを禁止してきました。でも、ことしからまた「蛍の光」を歌うことができることになりました。
国を越えて、人種を越えて、ほんとうに美しい文化を世界中の誰もが平等に共有できることは、ほんとうに嬉しいことではないでしょうか。

旧円の行方              00:44
全国の銀行や郵便局に集まった旧円はどうなったでしょう。うず高く積まれたこの旧円が私たちの生活を押しつぶそうとしていたのです。日本銀行では総動員で、政府の乱発したこの旧円の勘定に汗だくでした。
旧円はまず大釜で煮られます。一釜1回に十円札で6000万円、これが百円札となると4億円。7時間でどろどろに溶けてしまいます。そしていろいろの工程の後、新円となって登場するのですが、生まれ変わる新円が、私たちを再び苦しめることはないでしょうか。

強権供米絶対反対の叫び -栃木県-  01:14
全国に先駆けて、栃木県ではついに供米不振に強権を発動。
これに対し、強権発動絶対反対を叫ぶ農民は、3月25日、県庁に押しかけ農民大会を開催。さきに県当局に突きつけた要求に対する回答を求め、小川[喜一]県知事に面会を要求。県知事は群衆の前に姿を現しましたが、結局、代表者と協議することとなり、知事室において正式に会見。交渉を続行しました。
農民側よりは、8項目より成る要求書を提出。これに対する知事の回答を一同承認。
かくて、一時決裂を危ぶまれた交渉は、農民たちの切実な叫びが入れられ、一応のけりを見たのであります。

 

日本ニュース 戦後編 第13号(1946年4月)9分11秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310013_00000&seg_number=002

連合国日本管理理事会開かる 東京    02:34
婦人参政権を生かすために 東京     01:35
東宝争議共同闘争へ 東京 <時の話題> 00:53
貨物輸送の隘路打開へ<時の話題>    00:36
DDTと虱<時の話題>         00:24
春の競馬 東京、世田谷<時の話題>   00:37
石炭の前途楽観を許さず         02:29

連合国日本管理理事会開かる 東京    02:34
米英ソ中国の4カ国から成る連合国対日理事会の初の会合が、4月5日、東京明治ビルのマッカーサー司令部会議室で行われました。この理事会は、連合国最高司令官を助け、日本に対する降伏条件の実施、占領および日本管理についての諮問に応ずる機関であります。

《米国代表 マッカーサー元帥》
《英連邦代表 マクマホン・ボール氏》
《ソ連代表 テレビヤンコ中将》
《中国代表 朱世明中将》

理事会の会議は、今後も定期的に行われることになっております。
席上、マッカーサー元帥は、各国代表を前に、次のような挨拶を述べました。
「日本は、新しい憲法草案で戦争を放棄することを明らかにしたが、余は世界の全人類が、その思想をよく考えるように勧めたい。この考え方こそ世界の進むべきただ一つの道を示したものである。国際連合の機構は偉大な尊い目標を持つものであるが、その目標を達成する道はただ一つ。すなわち日本の提出している憲法による戦争放棄を世界中のすべての国が進んで行うことである。

(マッカーサー演説)

続いて行われた討議で、ソ連代表テレビヤンコ中将は、日本の総選挙について発言。すなわち「今回の総選挙において反動分子が多数を占め、進歩的な分子が成功しそうにもない情勢にある。新議員についてはさらに資格審査を行い、民主的でないと認められたときは再び総選挙を行う旨の忠告を日本にしてもらいたい。」と述べ、採択されました。

婦人参政権を生かすために 東京     01:35
婦人参政権がせっかく与えられても、どうも女の人は引っ込み思案だというので、関東労協婦人部では、3月24日、東京芝公会堂で「婦人参政権を生かす会」を開きました。共産党の野坂参三氏、社会党の島上善五郎氏の講演の後、活発な質問に移りました。古い考えを捨てた婦人たちの、このように積極的な政治への参加は今後ますます活発となることでしょう。

《野坂》
「・・・よくわかるように、男は戸主になって、いろんなことができる。しかし女はできない。これは私は非常にけしからん仕組みだと思う。これは昔、徳川時代のあの封建時代の制度とほとんど同じです。だから私たちはこれを古い封建的な婦人に対する束縛だと、こういうふうに言っている。」

続いて、社会党の島上善五郎氏。
《島上》
「自称した人々、軍国主義、侵略主義の考えをそのまま腹の中に抱いている人々を日本の政治のうえに指導者として許すならば、それは断じて日本の政治が民主主義になるものではない。」

《会場の女性》
「共産党と同じことをおっしゃるんです。だから、それだったらばね・・・。」(拍手)

《島上》
「ただね、えーと。」

《会場の女性》
「資本主義の人と手を結んで、われわれが政治を取ったならば、その資本主義のいいようにするんだっていうふうに、そういうふうに言っているってことを聞いて、非常に私はね、婦人として、哀しい男がいるもんだ、と思ったの。」(会場・笑)

東宝争議共同闘争へ 東京 <時の話題> 00:53
「人民のための映画を作れ。戦争犯罪人を追放せよ」と、全国映画従業員組合同盟では、3月30日、臨時大会を東宝有楽座に開きました。待遇改善を叫ぶ東宝の争議は、単に一映画会社だけではなく全映画人の問題であるというので、松竹、大映、理研、朝日、日映等の従業員およそ3000名が大会に参加。
続いて各社の本社にデモを行い、東宝本社において共同闘争の決議文を突きつけました。今までもうかる映画ばかりを作らされていた映画人たちが、ほんとうに優れた人民の映画を作るために結束して立ち上がったという点で、観客一般の協力が期待されます。

貨物輸送の隘路打開へ<時の話題>    00:36
戦時中は軍需品の輸送ですっかり官僚化し、民間の貨物などてんで相手にしなかった小運送も、近ごろではだいぶ改善されてきたようです。総元締めの丸通では、4月1日より5月末日までサービス昂揚運動を始め、相談所を設け、従業員組合の結成とともに社内の民主化を図り、貨物輸送のスピードアップを図っております。
運輸省もこれにならって、もう少し汽車を動かす算段ぐらいはしてほしいものです。

DDTと虱<時の話題>         00:24
何でしょう、これは。シラミです。顕微鏡で見たシラミです。黒く見えるのが消化器で、この中に恐ろしい発疹チブスの病原体が巣くっているのです。病原体リケッチャプロワゼキ。シラミに食われてこれが傷口から入ったり、あるいはこれが乾燥してほこりと一緒に口から入ったりすると、たちまち罹病します。

春の競馬 東京、世田谷<時の話題>   00:37
春のスポーツ界をにぎわす競馬が、3月31日、東京世田谷の馬事公苑で行われました。観衆は2000の進駐軍の兵隊さん。当日は折悪しく15メートルの烈風が吹きまくり、騎手の悩みの種となりましたが、久々のスポーツに、進駐軍の兵隊さんは楽しい一日を送りました。

(観戦する進駐軍の様子)

石炭の前途楽観を許さず         02:29
組合が生産管理をした場合、石炭代は会社側へ支払うべきか、あるいは組合側へ支払うべきか。労働争議中の日本石炭会社従業員組合は、これに関し、3月30日、安川[第五郎]石炭庁長官に面会いたしました。

《組合員》
「・・・こういうことに対して、やっぱりあなたは責任を持たなきゃいけない。」

《安川》
「組合ができたからといって、必ずしも市場に訴えなければ問題は解決しない、とはわれわれは思っとらん。」

《組合員》
「それだから、生産管理に入るんだ。」

《安川》
「いや、生産管理はわれわれは、あー、認めていないんです。」

《組合員》
「なぜですか。」「なぜですか。」

《安川》
「なぜって、それは、すべての(電話着信)労組下による生産管理というものは、まだ国家としてもこれは認めたと宣言はしとらんと僕は思う。」

《組合員》
(口々に)「いや・・・。」

生産管理は、今後の労働運動を左右する重大な問題です。こうした問題が起こりつつある炭鉱は、一体どんな様子でしょうか。
最も条件が悪いと言われる、ある炭鉱の3月末の現状です。今の日本は1トンでも多くの石炭が欲しいときです。そのためには労働者の待遇をよくすることが第一です。しかし、この炭鉱では、労働者にこんな家をあてがっています。
また、最も重要なトロッコのロープはこの1本だけで、予備品がありません。

(トロッコに乗って炭坑に入っていく労働者たち)

折れた鉱木。
坑内の排水の不完全。
また、ガスの危険の多い坑内で、電気によらず、いまだに旧式の導火線による爆破が行われております。募集に応じてどんどん炭鉱にくる労働者は、こうした悪条件と闘いつつ、日本の現状をよく認識して、汗みどろになって働きつつあります。
資本家側は、当然その労苦に報いるためにも待遇の改善を図り、施設を完備すべきだと組合側では主張しております。

 

日本ニュース 戦後編 第14号(1946年4月)8分33秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310014_00000&seg_number=002

民主化を決する日 -総選挙       02:56
新教科書完成<みなさんの声>      00:36
高射砲の残骸で遊ぶ子ら<みなさんの声> 00:17
ジープも武装して ―米陸軍記念日<時の話題> 00:47
子供達に笑いを<時の話題>       00:35
復活した早慶野球戦<時の話題>     00:38
幣原内閣打倒 人民大会開く 東京    02:41

民主化を決する日 -総選挙       02:56
日本の民主化が果たしてできるかできないか。新しい日本の運命を決する日、4月10日、総選挙の日が来ました。
椿と三原山で知られた伊豆の大島では、島の娘あんこたちも、新しい日本への胸の思いをこの1票に込めました。
北海道ではアイヌ人も、日本の侵略主義が敗れて初めて選挙権、被選挙権を得て貴重な1票を投じました。日本の歴史始まって以来、かつて一度も一人前の日本人として取り扱ってもらえなかったのです。
農村では二重三重の封建制度にあえいでいた婦人たちも、お寺の投票所へ続々詰めかけ、歴史的なこの1票に明るい光を見出した様子です。
京都では、かごの鳥も晴れて1票。各地とも女性の投票は予想外に多く、婦人の政治への関心が高まったことを物語ります。高峰秀子さん。鳩山氏も栄養のよさそうな体で投票所へ。エノケンも厳粛な顔つき。
さて、民主化なるかならぬかは、(音声中断1秒)かかって、この箱にあります。
しかし内務省の怠慢によって、数万の人々が名簿から抜けていたため、各地で猛烈に内務省攻撃の声が上がっています。

「投票所がちゃんとこうやってくれなきゃ、票なんかこれでは(聞き取り困難)とれないよな。」

ラジオも速報を始めました。
「ただいままでにわかりました全国の開票の結果をお知らせいたします。三重県から立候補した無所属の尾崎行雄氏は・・・。」
新聞社の速報版の前も、発表を待つ人でいっぱいです。果たしてわれわれ国民の生活を安定し、日本を豊かな民主主義国に導いてくれる人々や政党を選ぶことかできたかどうか。
結果は自由党140名、進歩党91名で、社会党92名、共産党5名で、民主戦線に対する一般の理解がまだ浅いことを示し、日本の民主化いまだしの感ありと言われており、また婦人[音声中断により画面上も文字を記載、立候補者数82名、婦人]当選者39名、封建制から解放されつつある婦人たちの喜びが明るく感じられます。

新教科書完成<みなさんの声>      00:36
《福岡・中根俊平さん》
子どもを持つ親御さんから、「もっとよい教科書を子どもに与えよ」という投書がありました。これが教科書です。ビラではありません。ほんのちょっぴり訂正しただけで、絵もなく、色もついていません。「大切な教科書がこんなにみじめなのに、本屋の店先には美しい本がたくさん並んでいるではないか」と、この親御さんは抗議しています。

高射砲の残骸で遊ぶ子ら<みなさんの声> 00:17


《東京・土浦かづ子さん》
次は、子どもたちが朝から晩までとっついて戯れている東京月島の高射砲の残骸。依然放りっぱなし。この軍国主義の残骸を何とかせよ、という(音声中断)がありました。

ジープも武装して ―米陸軍記念日<時の話題> 00:47
近代兵器の粋を集めた米進駐軍の閲兵分列式が、アメリカ陸軍記念日の4月6日10時10分から東京日比谷米軍総司令部前で行われました。閲兵官は第一騎兵団長ウィリアム・ブラッドフォード大将。分列式の後、市中行進に移り、おなじみのジープも今日ばかりはいかめしい武装をして堂々の行進を行い、市民の目を丸くさせました。

子供達に笑いを<時の話題>       00:35
長い間の戦争で笑いを奪われた子どもたちに何とかして笑いを取り戻してやりたいと、東京巣鴨のタケイさんご夫婦が、松浦伯爵邸の焼け跡に青空日曜学校を開きました。こうしたささやかな試みが、将来の民主主義日本の担い手である子どもたちのために、もっと大きく行われることが、世の親たちの願いではないでしょうか。

(人形劇「かちかち山」)
「シューシューシューシューシュー」
「ア、ア、ア、アー、イテテテ、アー、イテテテ、ウワー、イタイイタイイタイ!・・・」

復活した早慶野球戦<時の話題>     00:38
「フレー、フレー早稲田! フレー、フレー、早稲田!」

海外同胞救済基金募集の早慶野球戦が、4月6日、7日の両日、後楽園スタジアムで行われました。慶応1勝の後を受けて、2回戦は快晴に恵まれ、内野外野は超満員の盛況。両軍とも先輩現役の精鋭をすぐって対戦。

(試合の様子)

熱戦の末、10対4で再び慶応に凱歌が上がりました。

幣原内閣打倒 人民大会開く 東京    02:41
早慶戦と同じ7日の午後1時、東京付近の労働者、農民、一般勤労者7万は、むしろの旗を押し立て、日比谷の幣原内閣打倒国民大会へ続々詰めかけました。主催は民主主義諸団体、後援・民主人民連盟、荒畑寒村氏・司会。各代表は働く国民を苦しめる幣原内閣を即時打倒すべきだと主張。

「さて、電車や汽車、ここの従業員が仕事を辞めたらどうでしょう。いかに鉄道大臣が出かけたところで機関車一つ動かすことはできない。この偉大なる力を内閣および日本の反動勢力に対していよいよ向けるべき時期が近づいてきたのではないだろうか。」

「食糧確保のために、どうしてもこうした放埒的な強権発動に対しては、絶対に皆さんとともに反対しなければならないと思うのであります。」
(口々に)「そうだ!」

大会ののち、首相官邸へ大デモを敢行。

(歌いながらデモ)

官邸の開門を迫りましたが、かんぬきをかけて応ぜず、激怒した群衆は門を押し破ってなだれ込みました。このとき警官はピストルを放ち、群衆を威嚇せんとしたため、激怒した群衆は官邸の玄関に迫りました。
翌8日午後4時、各代表は首相に会見しました。代表徳田[球一]氏は決議文を読み上げ、首相に迫りましたが、首相は「答えられん」の一点張りで押し通し、さらに代表は「ピストルを持った警備員がいなくては人民の代表と会見できないのか」と鋭く詰め寄れば、首相は一方的に会見を打ち切りました。これが民主主義日本の政治家のとるべき態度かと、代表側は猛烈に非難しております。

 

日本ニュース 戦後編 第15号(1946年4月)8分2秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310015_00000&seg_number=008

メーデー近づく 東京           01:49
水上防疫船<時の話題>          00:26
飛騨高山の春祭り<時の話題>       00:27
噴煙つづく桜島<時の話題>        00:51
鳩山総裁問題の著書 長野市、水田治さん<みなさんの声> 01:01
幣原内閣居据りを策す<民主政治は何処へ> 00:50
第一党の自由党が政権を<民主政治は何処へ> 00:30
社会党連立政権に不参加<民主政治は何処へ> 00:37
保守政権へ熾烈な労働攻勢         01:28

メーデー近づく 東京           01:49
世界の労働階級が反動勢力に一大示威を展開する日、5月1日、メーデーが近づいてきました。共産党の党学校では開校第1日、直ちに川上貫一氏から、メーデーの歴史の講義がありました。

「・・・メーデーが来ます。5月1日。このメーデーは、皆さんもご承知でしょうが、1886年5月1日に、アメリカの労働者が8時間労働を要求してゼネストをやった。そしてこれを完全に勝利をした。この勝利を記念するために、1889年に第二インターナショナルの会議は、この5月1日をもって労働者の国際的祭日と定め、そして、その日1日のゼネストをもって、労働者階級の団結、闘争を資本家階級に向かって宣言することに決定したのであります。」

日本のメーデーは、大正9年第1回以来、反動政府のすさまじい弾圧のもとに幾多の流血事件さえ起こし、ついに昭和11年、禁止されるに至りました。新日本の前途を照らす復活メーデーを前に、各工場は、今その準備に大わらわです。

(子どもの合唱「メーデー歌」)

水上防疫船<時の話題>          00:26
世界の労働階級が反動勢力に一大示威を展開する日、5月1日、メーデーが近づいてきました。共産党の党学校では開校第1日、直ちに川上貫一氏から、メーデーの歴史の講義がありました。

「・・・メーデーが来ます。5月1日。このメーデーは、皆さんもご承知でしょうが、1886年5月1日に、アメリカの労働者が8時間労働を要求してゼネストをやった。そしてこれを完全に勝利をした。この勝利を記念するために、1889年に第二インターナショナルの会議は、この5月1日をもって労働者の国際的祭日と定め、そして、その日1日のゼネストをもって、労働者階級の団結、闘争を資本家階級に向かって宣言することに決定したのであります。」

日本のメーデーは、大正9年第1回以来、反動政府のすさまじい弾圧のもとに幾多の流血事件さえ起こし、ついに昭和11年、禁止されるに至りました。新日本の前途を照らす復活メーデーを前に、各工場は、今その準備に大わらわです。

(子どもの合唱「メーデー歌」)

飛騨高山の春祭り<時の話題>       00:27
山また山の飛騨の高山。その春祭りが、4月14、15の2日にわたってにぎやかに行われました。名物の山車が引き手の不足からたった1台しか出ませんでしたが、終戦後初のお祭りに、老いも若きも、男も女も、楽しいお祭り気分を満喫しました。

噴煙つづく桜島<時の話題>        00:51
去る3月15日以来、鳴動爆発を続けている九州桜島は、その後、真っ赤に焼けた溶岩が1時間5、6メートルの速度を持って流出し、ついに黒神部落はこの下に埋没。海岸まで押し寄せた溶岩はすさまじい音を立てて海中になだれ込み、部落民は長年住み慣れた土地をあとに、あるいは船で、あるいは荷を負うて、続々避難しております。

一方、南海岸方面への溶岩の流れも、有村部落のわずか200メートルのところまで迫っており、同部落も今や埋没の危機に瀕しております。

鳩山総裁問題の著書 長野市、水田治さん<みなさんの声> 01:01
自由党総裁鳩山一郎氏の著書『世界の顔』が俄然問題となり、アメリカ特派員バートン・クレイン氏からも鋭く問い詰められました。

《クレイン》
「・・・ムッソリーニのやり方をよいと思いますか。」

《鳩山》
「私は、ヒットラーやムッソリーニのやり方を全体としては賛美はできませんが、そのいいところはとったほうがいいと思うのです。」

問題の侵略戦争を擁護していると思われる箇所は、「支那は統一ある国家として生存する力を持っていない。したがって、支那はソ連の赤色勢力下に生存するか、日本の保護下に生存するか、二つに一つしかない。」と明らかに中国の独立を否定し、日本の支配下に中国を置こうという侵略的態度が見え、国際世論の問題となるとともに、場合によっては公職から追放されることになるかもしれないとうわさされております。

幣原内閣居据りを策す<民主政治は何処へ> 00:50
総選挙の結果により、総辞職すると思われていた幣原内閣は、俄然、強引に居座りを策し、進歩党抱き込みに成功した楢橋[渡]書記官長は、新党の性格を次のように語りました。

「また、新党がもしできるとする、その狙いは、私をして言わしめるならば、自由党の時代、社会党の無用のごとき線に沿うた経済的基盤を持った政党をもって、それで復興という大国民戦線の大動員という線に沿うてこれを結成するが妥当ではないかと思うのである。」

第一党の自由党が政権を<民主政治は何処へ> 00:30
自由党では総務会において、鳩山氏から次のように声明。

《鳩山氏》
「・・・幣原内閣は選挙を公正にすることを第一目的としておりまして、当然に選挙の結果に従わなくてはならないのです。幣原内閣が、この公明な常道の道を歩まないということは信じませんから、わが党はその退却を要求はいたしません。」

社会党連立政権に不参加<民主政治は何処へ> 00:37
政界の動向を決する社会党では、16日の常任委員会で一応態度を明らかにしました。

「・・・を開催いたします。名目的なる多数党は自由党であるが、同党が内外の期待に添い得ざることは極めて明白である。進歩党またしかり。幣原内閣の不明朗なる新党工作に至っては、国を誤るものとして断固排撃すべきである。」

しかし、同党の内部情勢は複雑。誰が書いたか、壁のポスターが痛烈な一言。

保守政権へ熾烈な労働攻勢         01:28
一方、あくまで政権にかじりつこうとする幣原内閣に対して、労働者側の攻勢も熾烈。12日、3000の労働者は、政府の生産管理否認に反対して、運輸省、商工省に強行抗議。

「いまだ決定しないうちは、生産管理という事態はあくまで事実問題と考え・・・。」
「生産管理の正当性の要因、このことに対して改めて聞かせてください。」
「イエスかノーか、どっちか。」
「はっきり言ってください。はっきり。」
(怒号)
「統制だと思っている。」
「われわれは奴隷なんだよね。」
「統制、統制。」
「それじゃ、言うけどね、それで労働者はどれだけ死ぬと思うんだ。食っていけないから、みんなやっているのではないか。どうだ、君のやり方をして1万人の人間が死ぬんだぞ。日本全国で何十万、何百万が苦しむんだ。」
(怒号)


(字幕)
近日上映!! 日映短編映画
戦犯裁判迫る! 二十年にわたる“暗黒時代”を描く
日本の悲劇 全三巻
――――――――――――
皆さんは毎月いくらで暮らしていますか?
生計費五百円 全二巻
――――――――――――
並木路子と霧島昇の
第一集 歌のアルバム 全一巻

 

1946年5月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19465

日本ニュース 戦後編 第16号(1946年5月)7分13秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310016_00000&seg_number=006

国鉄問題紛糾 -中央労働委員会  00:58
銀座復興祭<時の話題>      00:30
海底から金塊<時の話題>     00:23
その後の広島<時の話題>     00:32
女性解放語る山崎さん<時の話題> 00:38
スピード裁判とは<みなさんの声> 01:03
激動する政局 政権はどこへ    03:07

国鉄問題紛糾 -中央労働委員会  00:58
省線電車組合幹部2名の休職処分をめぐって、国鉄問題はさらに紛糾。中央労働委員会が調停に入りました。末広[厳太郎]委員長、休職除名処分を妥当と認めれば、労働者側の徳田[球一]、荒畑[寒村]両委員はこれに反対しましたが受け入れられず、組合側では、労働委員会のこの調停を、労働者に対する圧迫だと憤激しております。

〈徳田球一〉
「・・・責任の存在及び、当局に対する闘争に早々に提起せられたる反対派の内容に対しほとんど全面的に私は反対である」
(労働者が口々の叫ぶ声)

銀座復興祭<時の話題>      00:30
銀座の柳に芽がふいて、春とともにようやく復興の息吹。4月20日から5日間、華やかな東京銀座の復興祭が行われました。春の日を浴びて連日大変な人出です。ショーウインドーにはのどから手の出るような物が並んでいますが、誰が買うのか。500円生活ではちょっと手が出せません。

海底から金塊<時の話題>     00:23
アメリカ海軍の潜水夫が東京湾の海底に潜っています。4月19日のこと。驚いたことには、正真正銘の金塊が続々出てきました。金高にすると、92万7000円。投げ込んだ主は血迷った日本の軍隊だと言われています。

その後の広島<時の話題>     00:32
草も木も成長しないのではないかと心配されていた広島のその後の様子はどうでしょうか。うれしいことに、菜の花も桜の花も咲きました。行き交う市民もようやく落ち着きを取り戻し、町のそこかしこに簡易住宅もでき、行く手にほのかな希望が感じられるようになりました。

女性解放語る山崎さん<時の話題> 00:38
社会党代議士山崎道子さんは、なぜ最愛の夫と別れなければならなかったのか。

《山崎道子》
「・・・当落の決定前に、えー、私は離婚を要求いたしました。言葉の通じぬ異国の人が、今後、主人と離れどうして生きていくでございましょう。私には子どもがある。けれども成長しております。この異国の女性、その2人の幼子は夫を離れたら生きる道がございません。私、女性の解放とは決して日本女性だけの幸福を意味するものではない・・・」

スピード裁判とは<みなさんの声> 01:03
東京丸の内のアメリカンクラブにある即決裁判を見せてくれという投書にお答えします。この法廷では、進駐軍からタバコやチョコレートなどの物資を買った日本人が裁判されます。残念ながらお客の絶え間がありません。尋問から判決までたった5分間というスピードぶりです。

《通訳が判決を通訳》
「・・・判決が下って、(聞き取り困難)・・。1年。」
〈米国人将校の質問を通訳が訳して尋ねる〉
「このたばこ、買いましたんですか」
「どこで買ったのですか」

《女性》
「あの、蒲田のマーケットです」

《通訳》
「蒲田ですね」
「いくら払ったんですか」

《女性》
「ひと箱、(聞き取り困難)250円。」

《通訳》
「250円。このたびは有罪の判決下って、200円の罰金で済ませてね、検事が。じゃあ今後はね、とにかく進駐軍の品物はね、買ってもいけない、交換してもいけない、もらってもいけないとなっているからね。法律が下っていますから、その点注意してもらいたいんです。ね。」

激動する政局 政権はどこへ    03:07
強引に居座りを策した幣原内閣もついに総辞職。22日、楢橋[渡]書記官長は次のように発表しました。

「今や、時局を収拾し、時局を収拾しだな。直面する食糧問題その他山積せる内外の諸問題を解決するためには、挙国的体制をもって臨むほかはないと信じ、そのため総辞職を行い、もって政局の安定を図らんことを期し・・・」

同日午後7時、幣原首相は宮中に参内。辞表を奉呈しました。
翌23日午前11時、幣原氏は進歩党本部の総裁推戴式に臨み、やっと一党の党首におさまりました。

《自由党 芦田均氏》
その間、幣原氏の意を受けた芦田[均]・楢橋の両氏は自由党総裁鳩山氏を私邸に訪問。政局について鳩山氏の協力を求めました。

次いで午後2時、鳩山総裁は幣原氏の招きに応じて首相官邸で幣原氏と会見。次期政権につき慎重協議。終わって、鳩山氏は次のように語りました。

《自由党総裁 鳩山一郎氏》
「民主主義での常道として、総選挙の結果、第一党を得た党がだ、政局を担当すべきものと思うと・・・」

次いで幣原氏は、同日午後3時半、片山社会党書記長を官邸に招いて、同じく次期政権について懇談。終わって片山氏は次のように語りました。

《社会党書記長 片山哲氏》
「・・・これが大事なんです。党の一致を求めることも大事だ。いろいろな情勢で総理の地位が社会党出身者に、党員になければですね、えー、本当の政府の実現するに・・・」

《自由党幹事長 河野一郎氏》

さらに鳩山氏の内容を受けた自由党幹事長河野一郎氏は片山氏を訪問。社会党との連立を図りましたが、社会党はこれに対し、次のように発表。

《社会党 水谷長三郎氏》
「次期政権は我が党を首班とする内閣たるべきこと。不可能の場合は在野党たるべきこと」

政局の鍵を握る社会党では、同日、常任委員会を開催して深更まで協議。もみにもんだ政局はどこへ。果たして国民の要求する真に民主的な政府ができるかどうか。飢餓に押し詰められた勤労大衆の監視のうちに、政局は混沌としながらも大詰めに向かいつつあります。

 

日本ニュース 戦後編 第17号(1946年5月)7分35秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310017_00000

A級戦犯人“文明”の法廷へ 02:05
食糧危機突破へ!      01:38
メーデー労働戦線団結の威力 03:51

A級戦犯人“文明”の法廷へ 02:05
無謀な侵略戦争をあえて計画的に行い、日本ばかりでなく東亜10億の民族を悲惨な状態に陥れた戦争犯罪容疑者、東条[英機]元大将以下28名に対する極東国際軍事裁判が始まりました。
この法廷こそ彼らがかつて残忍な戦争のプランを練った元大本営の一室です。かつて轟然と天下に号令した彼らも、今は惨めな被告として世界の注視を浴びつつ席に着きました。

かくて5月3日午前11時17分、全員起立のうちに裁判長ウェッブ卿以下10名の判事団が入場。厳粛に開廷が宣せられました。国際法並びに諸条約を侵犯して侵略戦争を計画、準備、開始するとともに、数知れぬ人道に対する罪を犯したとして、この日朗読された起訴状は昭和3年より昭和20年9月2日にわたる間のあらゆる重大事件に関連して、平和に対する罪、殺人の罪、戦争法規、その他違反の罪を峻烈に摘発しております。

かくて過去の日本の軍国的指導者東条以下28名のあらゆる犯罪が、世界文明の審判の前にまさに明るみに出されようとしております。

食糧危機突破へ!      01:38
おばあさんも、子どもを背負ったお母さんも、男たちも黙々と順番の切符をもらう。ある雨の日の東京の街角。この人たちの待っているのは、ひと椀の温かいおかゆでした。食糧危機迫る東京に優しい手を差し伸べてくれたのは、政府でもなく、警察でもなく、はるばる富山県からお布施として集めたわずかばかりのお米を担いできた尼さんたちでした。事実、各都市の食糧事情は次第に困難さを加え、東京では方々の米倉庫は空っぽです。

この危機を政府の役人に任せてはおけないと、4月25日、配給の止まっている東京各区の市民たちは、労働組合を中心にデモを敢行の後、東京都庁に押しかけました。かくて「食糧危機突破は自分たち人民の手で」という叫びが各所で盛り上がり、食糧問題放送討論会においても自主的解決への人民大衆の力強い動きを示しました。

「・・・平野[力三]さんのみならず、社会党が積極的に反対運動をしなかったっていうことはどういうわけか、っていうことを聞きたいんです」
(拍手)
「えー、社会党では強権発動に積極的に反対しなかったかというお問いでありますが、私が前段の食糧政策の趣意を述べまするときに、強権発動には反対であると、そういう意思表示をしておるのであります」

メーデー労働戦線団結の威力 03:51
《東京》
労働者、農民、勤労者が団結の威力を示す日、メーデーが来ました。11年ぶりに復活した喜びの日。かつて軍国主義に塗りつぶされていた宮城前広場は、みるみる赤旗、のぼり、プラカード、そして潮のように押し寄せた50万の人民大衆の喜びの顔で埋まりました。各職場代表者の熱烈な演説ののち、社会党加藤勘十氏、共産党徳田球一氏は力強く労働戦線の統一を叫び、最後に宣言の朗読が行われました。

「歴史的メーデーに際し、我々全日本の労働者は高らかに宣言する。このような正しい世界の完成の日まで、揺るぎなき団結と鉄の意志を持って、闘争を推し進めることを。1946年5月1日、第11回東京地方メーデー!」
(拍手)
かくて11時30分、4つの地区に分かれた世紀の大示威行進は折からの小雨をついて出発。胸を張り、腕を組み、足音高らかに、町へ、町へ。

(「赤旗の歌」を歌いながらの行進と、歓迎する町の人々の様子)

四谷では、初めてメーデーに参加した教員組合の中に先生がいるのを見つけた子どもたちが、喚声を上げながら嬉々としてデモに参加しました。かくて幣原内閣打倒に大きな力となった働く者の団結の威力は、このメーデーを機に俄然躍進し、日本民主化の方向へ力強い前進を遂げたのであります。

(「赤旗の歌」を歌いながら人々が行進)

《水戸》
この日、全国各地でも盛大なメーデーが同時に行われ、参加総数、実に100万、水戸では農民の参加が特に際立ちました。

(「赤旗の歌」を歌いながら人々が行進)

《高崎》
群馬県高崎でも盛んな労働者の意気を示しました。

《大阪》
大阪のメーデーもまた、沸き返る勤労大衆が町を埋めました。
かくて東京の各代表者たちは、官邸で幣原首相に決議文を突きつけ、反動内閣絶対反対、民主人民政府即時樹立を要求しました。

「あなた方のおっしゃっていることは十分よくわかりましたからね。恐らく総理がいろいろまた考えられるでしょう。しかしね、その社会党内閣を阻止しようということをだな、総理に今ここで答えろということは、それは無理だ」
「しかし、これは人民の声だということは認めますな」
「責任が取れんのだな」
「だから・・・」
「声だっていうことを認めますかとお聞きしたんだ。声だ。あんた方が反映する声。声に対して、あんた方が何らの返事をしないということが重大なんだ」

 

日本ニュース 戦後編 第18号(1946年5月)8分46秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310018_00000&seg_number=002

生産再開へ勤労者は進む        02:57
食糧増産の苦闘も空し-足尾鉱毒の害- 00:55
フーヴァー元大統領来朝<時の話題>  00:48
こんなところに隠匿物資 -外務省-<時の話題> 00:55
政局未だ混迷 民主か保守か      03:09

生産再開へ勤労者は進む        02:57
夜明けの4時ごろから東京銀座松坂屋に続々集まってきた人の群れ。それは5月6日から3日間開かれた就職相談会に押しかけた失業者です。会場に張られた募集広告は見渡すところ、生産をさぼっている大工場からの求人申し込みはほとんどなく、20名、30名といった小口ばかり。

日立精機習志野工場では終戦以来工場を閉ざして、頑として生産再開に応じないので、たまりかねた従業員は団結して生産再開を要求、デモを行っております。
しかし一方、三菱東京機器のように労働組合自ら失業者の採用に乗り出したところもあります。

「・・・あなたは労働組合についてどういうようなお考えでしょう」
「よくわかりませんが、我々働く者に、必死に働くためにも、労働組合は是非必要だと思います」

また、日本電気では待遇改善の要求を貫徹し、組合自ら進んで増産に乗り出したところもあります。

「・・・なのでありますが、生産高において、まだこれだけの開きがあるのであります。この開きをいかにして埋めるかという問題に関して、今日ここで皆さんがよくご協議願いたいと思うのであります」

資材さえくれればいくらでも増産する。よし、それでは組合の力で資材を獲得しよう。もうからないのでぐずぐず生産をさぼっている資本家を尻目に、労働者が自分たちの手で4倍以上を増産しています。

かくて平和産業の復興は、勤労大衆自らの強い力で資本家側を鞭打って活発に進められ、復興の動脈、電話通信機や、もう要らなくなった戦車を改造してトラクターやリヤカーを続々生産。労働者の盛り上がる力を強く示しております。

(戦車を用いてリヤカーを生産する工場の様子)

食糧増産の苦闘も空し-足尾鉱毒の害- 00:55
明治20年代の足尾銅山の鉱毒事件といえば、お年寄りにはまだ昨日のように思われる事件。それが今また持ち上がっております。掘り出された鉱石の毒を含んだ粉が渡良瀬川へ流れ込み、終戦後、堤防を築いて食い止めようとしたのですが、これも効果なく、付近の畑約6000町歩の作物は惨憺たるありさまです。
戦時中陸軍が、「銅を掘るのだ。5000町歩や6000町歩の畑がなんだ」と放言し、そのため、作物はこんな惨めなありさまです。

4月27日、北野[重雄]知事は現場を視察。農民の声を聞きましたが、根本的な解決が要望されております。

フーヴァー元大統領来朝<時の話題>  00:48
極東方面の食糧事情を視察中のフーヴァーアメリカ元大統領は、5月5日厚木飛行場に到着しました。
翌6日、宮城前で騎兵第1師団の分列式に臨んだ後、日本の食糧事情を視察。翌7日、慌ただしく日本を去りました。

こんなところに隠匿物資 -外務省-<時の話題> 00:55
外務省に隠匿物資があるというので、5月6日、関東食糧民主協議会ほか労働団体300名が外務省に押しかけました。代表は、松島次官その他係官に交渉しましたが、言を左右にして応ぜず。その交渉している部屋にウイスキーが転がっている始末。
一方、倉庫にはしょうゆ、砂糖、缶詰、味噌、米など、外には炭が山のようにありました。これらの物資がどこへ行くのかうやむやにならないように、人民の監視が絶対に必要であると代表側は主張しております。

政局未だ混迷 民主か保守か      03:09
次の総理大臣を目指して、さっそうと宮中参内のモーニングまで支度した自由党総裁鳩山一郎氏に、ついに公職追放の指令が発せられました。さすが自由主義の衣の下に着た鎧が隠しおおせなかったわけです。かくて新内閣首班は社会党片山氏と思われたところ、幣原首相により、社会党単独内閣では安定勢力たり得ずとして、黙殺されるに至りました。

(“人民の内閣を”勤労大衆動く)
(5月8日)
5月8日、働く人民はこの成り行きに憤激し、社会党本部に激励デモ。
(5月9日)
さらに翌9日には、民主人民政府をつくれと叫んで、首相官邸をメーデー下で取り巻きました。
(5月10日)
続いて10日、再び首相官邸前を埋めた勤労大衆の声援のうちに、社会・共産の両代表は初めてがっちりと手を握って、人民戦線の立場から幣原首相の態度を不当なりとして、強硬に詰め寄りました。

「・・・これは総理に(聞き取り不能)代表しての我々の願いではありません。全国勤労大衆の要望を代表いたしまして、衷心から総理にご注意申し上げ、警告を発するとともに、また切望する次第であります。」

《徳田球一》
「今は社会党と共産党しかない。そして大衆団体との結合を持つ問題以外にはない。それが人民戦線なんだ。これは人民戦線をこれからすぐやらないといかん。だからあんたはそれを妨害しちゃったんだ。これはあんたが4党会議を開いたって何したって、それは無効だ」

《幣原首相》
「お答えをしないという条件でお目にかかったんですから。それについては何度おっしゃったって同じことで・・」

《野坂参三》
「よく考えて下さい。あんたらこうしてぐずぐずして組閣を1日、2日延ばすたびにこの社会不安はますます深くなる。この責任は全部あなたが負うべきですよ。だから我々としては、あなたがどうしても答えられなければ、天皇に直接行くより方法はない。これに対して、あなたは異議はないと思います。どうですか。」

会談後、社会党加藤勘十、共産党徳田球一の両氏はこもごも立って報告。

「・・・いっさいの反動(聞き取り不能)することは、決して困難な仕事でないことを、お互いが覚悟しなければならんと思うのであります」
「社会党の片山君に対しては、単独内閣を覆すというのに対し、これを拒んでおるのだ。果たしてこれが正当だろうか!」
「そうだ!」
「実に越権も越権、驚くべき越権である。民主戦線万歳!」
「バンザーイ!」
「バンザーイ!」
「バンザーイ!」

かくて、勤労大衆の人民戦線は、保守勢力と真正面から対立するに至りました。

 

日本ニュース 戦後編 第19号(1946年5月)9分36秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310019_00000&seg_number=003

食糧難突破に起ち上る民衆     02:37
東京裁判再開           01:17
政局 吉田内閣成立 民主議会開く 02:36
特報“食わせろ!”の叫び 人民大衆の力に 吉田内閣動揺 03:05

食糧難突破に起ち上る民衆     02:37
食糧の欠配遅配は今や全国の大都市を襲い、闇も買出しもできない人たちは毎日雑草を食べてその日を暮らしている始末です。一方、各地には隠匿された食糧がまだたくさんあると見なされ、配給の組織を正して早く公平に食わせろと、各地の民衆は一斉に立ち上がりました。

(小岩)
東京小岩では、米をくれと叫んで区民大会を開きました。
(世田ヶ谷)
世田谷でもおかみさんたちがプラッカートを握って、デモに参加。
(武蔵野町)
武蔵野では雨にもめげず、食糧人民管理を要求しました。
(京橋)
さらに17日には京橋区で、サラリーマンや商店員までも立ち上がりました。
(目黒)
目黒では祐天寺の境内が大会場。
(品川)
続いて品川では、元気で働けるだけ食わせろと、労働者数百がデモ。
(荏原)
荏原では学童配食を叫んで、父兄たちを先頭に、いたいけな児童さえ加わりました。

これより先、世田谷の区民は、飢えた人民の声を直接天皇に聞いていただこうと、14日正午、坂下門に集まりました。

「世田ヶ谷には来てるの。天皇がね。」
「あんた一人がだね、あんた一人でそういう。・・・そういう天皇の声を・・・」
「我々町会が来てるのをちゃんとわかっている。新聞の・・・」

代表者と押し問答の末、やっと5名が許されて入ると、ついに官憲側は坂下門を閉ざしてしまいました。応援のデモは刻々増加し、赤旗の歌は日本歴史あって以来、初めて大内山にこだましました。
乳飲み子を抱えた母親たちも含んだ大衆2000はあくまで座り込んで粘り、回答はついに19日の食糧メーデーに持ち越されることになりました。

東京裁判再開           01:17
休廷に入っていた極東国際軍事裁判は、13日再び開かれました。再開と同時に、裁判進行の基礎となる管轄問題の討論が展開されました。東條以下が文明の敵として裁かれる理由は、起訴状に次のように明らかにされています。すなわち、日本の国民精神は他民族に対する優越感により毒されており、日本の議会制度は侵略の道具として使われ、日本人の幸福は無視され、こうして自由の基本原則も、人格に対する尊敬も壊されてしまった。
被告はこの侵略戦争により、征服地を搾取し、略奪し、人々を虐殺し、陵辱した。こうして犯した平和、人道に対する罪について、清瀬[一郎]氏以下の弁護人はひたすら法理論から抗弁しました。これに対し、検事団は額を集めて協議。キーナン主席検事より、このような犯人を自由にしておいたら世界平和は全滅するであろうと、鋭く反駁しました。

政局 吉田内閣成立 民主議会開く 02:36
いたずらに混迷を続ける政局をよそに、総選挙後初の民主議会は16日開かれ、まず尾崎咢堂翁立って、議長は真に民主的に人格者を選挙すべきであると緊急動議を提出。議会政治の初舞台を踏む共産党の5代議士をはじめ、同じくデビューした婦人代議士も議席に緊張。しかし、この尾崎翁の提案も保守政党の反対で否決。従来どおりの正副議長の選挙に移り、婦人代議士、共産党の徳田[球一]氏らもバスを待つ行列よろしく選挙。かくて資格再審査で一般から疑惑視されている自由党三木[武吉]氏が議長、進歩党木村[小左衛門]氏が副議長の候補に、それぞれ当選しました。
一方、政局は、保守勢力の筋書きどおり、幣原、吉田両氏会見の後、大命は吉田外務大臣に降下。石黒[忠篤]氏より経過が発表されました。

「・・・問題の折、かしこくも天皇陛下から、食糧事情等もあるからなるべく早く組閣を完了し、その打開を図るようにとのお言葉を拝しました」

一方、この保守内閣の成立を知るや、全国の勤労大衆は、反動政府絶対反対、民主政権即時樹立を叫んで、都電の車庫にあるいは工場の屋上に一斉に職場大会を開催。攻勢に転じました。

「・・・大命の降下した吉田内閣は、我々はあくまで反対である。そしてもう一度、ここに我々のための真の民主政府をつくるために戦い抜くという決意を表明する。右、決意す。沖電気労働組合 市原支部 緊急従業員大会」

さらに首相官邸も次から次へと大衆デモが殺到して赤旗の波に埋まり、かくて日本の政局はようやく対立する保守・民主の二大戦線がはっきりその姿を現すに至りました。

特報“食わせろ!”の叫び 人民大衆の力に 吉田内閣動揺 03:05
飢え死にの危険は目の前に迫っている。それなのに反動勢力は見て見ぬふりをしていると、飢えた帝都市民25万は、19日宮城前広場を再び赤旗の波をもって埋め尽くしました。各代表が、食糧人民管理、反動政府打倒を叫んだ後、世田谷区民の婦人代表は、天皇への願いは区民の本当の声ですと訴えました。

「赤子に飲ませるおっぱいも出ないのであります。この窮状を町会長は知っているでしょうか。そして町会長に申し上げても、それは取り上げてくれないのであります。警察に言っても問題にしないのであります。これ以上は、この苦しみを誰に聞いていただいたらよいのでありましょうか」
「働けるだけ、食わせろ」
「働けるだけ食わせろ!」
「遅配の食糧は人民管理へ」
「遅配の食糧は人民管理へ!」

かくて25万の大衆は、秩序整然と潮のような街頭行進に移りました。
子ども、おかみさん、学生、労働者などあらゆる層の市民は、金にあかし、権力によってたらふく食っているという一部特権階級への怒りを込めて「赤旗の歌」を合唱し、人民大衆団結の力をまざまざと示しました。

(「赤旗の歌」を歌いながらデモ)

直接、陛下に適切な処置をお願いする上奏文を持って宮内省に向かった代表の交渉経過を聞くため、宮城坂下門に集まった市民大衆は、阻止する警官隊を押して、次第に城門前に前進。結局ここに政府の責任回避から、天皇が直接飢えた人民の前に立たれることになりました。

「反動政府反対!」
「反動政府反対!」
「民主政府をつくろう!」
「民主政府をつくろう!」

これより先、首相官邸に入った徳田代議士ら10名の代表は、官邸外から響く大衆の声援の歌のうちに、石黒・林[譲治]両氏を相手に強硬交渉を開きました。吉田新首相に会わせろ、吉田氏は行方不明だと押し問答。ついに一行は夜を徹し、この間、吉田内閣の流産さえ伝えられ、保守陣営に対する民主人民戦線の実力は、今やようやく巨大なものとなるに至りました。

 

日本ニュース 戦後編 第20号(1946年5月)7分14秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310020_00000

飢えた人民に天皇御放送     02:15
欠配に救いの手         01:18
満州から引揚民 佐世保 (投書者)兵庫 東郷芳雄さん 外三名<みなさんの声> 00:43
お薬の用意はよいか 大阪 (投書者)沼津 大村勝さん <みなさんの声> 00:26
鯛 鯛 鯛 広島・鞆の浦 (投書者)東京 岩佐作一さん  <みなさんの声> 00:22
吉田内閣発足 民主戦線も攻勢へ 02:08

飢えた人民に天皇御放送     02:15
5月24日正午、天皇陛下は飢えに迫られた国民に対してラジオ放送を行われました。

《アナウンサー》
「ただいまより、食糧事情に関する天皇陛下のお言葉でございます」
《天皇》
「祖国再建の第一歩は、国民生活、とりわけ食生活の安定にある。都市における食糧事情はいまだ例を見ないほど窮迫し、その状況は深く心を痛ましめるものがある。同胞互いに助け合ってこの窮況を切り抜けなければならない。この際に当たって、国民が家族国家のうるわしい伝統に生き、祖国再建の道をふみ進むことを切望し、かつこれを期待する」

ご放送を聞いた人たちの感想。

「ご感想をお願いいたします。」
「ただいまの放送、大変期待していましたけれども、別に変わった点もありませんし、あれによって食糧事情がそう我々の期待しているほど良くなるとも考えられません」
「政治的な意味から言えば非常に大きな問題でありますけども、それによって食糧問題が解決できるとは到底考えられません。むしろ、ああいった言葉だけでなく、実行が最も重大なことだと思います」

《社会党 加藤静枝》
「ご放送を承りまして、私は少なからぬ失望を感じました。あの、乏しきを分かち合い苦難に打ち耐えよ、と仰せられたんでございますけれども、飢餓を訴えている国民にとっては、もう分け合うにも分け合うものがないんでございます。それで、苦難に打ち耐えよ、というお言葉は、座して餓死せよ、というお言葉にも聞こえまして、私は大変悲しく思いました」

欠配に救いの手         01:18
吉田新内閣が発足しても食糧事情の前途は依然暗く、飢えに迫られた東京都民たちは非常米の管理をめぐって足立区では区長に抗議し、また世田谷区では例のお詫び言状取り消しを要求するなど、まさに人民の声は悲痛なものになってきました。

「そうでなくちゃいけない。」
「いや、それはね・・・」
「今日だって、(聞き取り困難)をしてやってくださいよ。我々は我々でともにみんなで長期間、(聞き取り困難)やっているじゃないですか」

これに対し、当面の食糧危機を切り抜けるため、アメリカ軍の小麦粉5万6000石余りが配給されることになり、空腹を抱えて明日の米に悩む都民をほっとさせました。
この小麦粉は欠配の一番ひどい地区から配給され、長い列をつくる都民の顔にも何か明るいものが感じられます。
昨日まで雑草をゆでていたお鍋の中で、さて今日はどんなお料理ができるでしょうか。

満州から引揚民 佐世保 (投書者)兵庫 東郷芳雄さん 外三名<みなさんの声> 00:43
「満州から帰る人たちの引き揚げ状況を」という投書にお答えします。
佐世保はかつて海軍旗のもとにいばりかえっていた海軍町でした。その佐世保へ5月11日朝、Q081号が満州引き揚げ民を乗せて入港しました。この人たちは軍国主義者によって悲惨な境遇に陥れられた、最も気の毒な犠牲者です。これに対する政府の施策はきわめて不十分であると言われています。みんなで何とかして救いの手を差し伸べようではありませんか。

お薬の用意はよいか 大阪 (投書者)沼津 大村勝さん <みなさんの声> 00:26
夏を控えてコレラやチフスなど悪疫に流行されては大変です。各方面ではこの敵を攻撃する武器、お薬の製造がようやく盛んになってきて、大阪武田製薬でも、注射薬、消毒薬と大車輪です。しかし、お薬より確実な武器は、国民誰もが清潔第一にすること。まず手近なところから、病菌撃滅の戦いを始めましょう。

鯛 鯛 鯛 広島・鞆の浦 (投書者)東京 岩佐作一さん  <みなさんの声> 00:22
広島県鞆の浦。ここでは毎年4月下旬から5月いっぱい、海上が紅に染まるというくらい桜鯛が獲れます。今年も横島・田島の沖合いでは、びっくりするほど獲れました。ところがさて、このお魚がいったい誰の口に入るのか。行く先は、どうぞ鯛にお聞き下さい。

吉田内閣発足 民主戦線も攻勢へ 02:08
外務大臣吉田茂氏は、22日ついに組閣を完了。ここに吉田内閣は発足しました。新内閣の顔ぶれは、自由党から6名、進歩党から4名、官僚から4名という保守政党官僚の抱き合い内閣。
幣原、吉田両党首も今日はにっこりとご機嫌です。これより先、5月20日食糧メーデー代表は官邸に徹夜して、反動吉田内閣絶対反対を声明。

「・・・特権階級、大資本家の台所の即時公開。そして反動政府絶対反対。民主人民戦線の即時結成。一切の食糧の人民管理と民主管理としての確立。右、要求する」

これに対して吉田新首相は外相官邸で組閣工作に粘り、問題の農林大臣は東畑精一氏から那須皓氏、これが資格問題で岩田[宙造]法相とともにだめになると、湯川東京都次長から結局、和田[博雄]農政局長に落ち着き、吉田新首相は22日やっと就任第一声を発しました。

《吉田茂》
「時局はまことに重大を極め、ことに食糧問題の速やかなる打開は、我が国民再生の鍵であり、一瞬の遷延すら許しません。」

一方、これに対して民主人民戦線も急速に伸び、22日の促進会では労働代表より熱烈な意見の発表がありました。

「そこで、そんなために民主戦線の結成が遅れていると言えると思うんです。だから社会党、共産党を中心にして、労働組合とか農民組合とか文化団体を交ぜて、一日も早く民主戦線を堅く結成するということ。それが国民の本当の声だと思うんです。」

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