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2017年1月15日 (日)

日本ニュース 戦争証言アーカイブス 戦後編 第21号(1946年6月)〜第40号(1946年10月)

 特に戦前の日本ニュースは、大本営発表で検閲済み国策映像。ただし、それはそれで当時の空気を想像・実感するのに役立つ貴重な資料映像です。すべてリンクと再生テキストを資料保存しておきました。なおリンク先ではすべて映像を見ることができます

 

日本ニュース 戦争証言アーカイブス
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi

日本ニュース一覧
「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。制作したのは、「日本映画社」(※)で、1940年にそれまで4つに分かれていた新聞社や通信社のニュース映画部門を国策により統合したものです。
戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。「戦争証言アーカイブス」では、1940年(昭和15年)の第1号から、戦後も含め、1948年末までのものを公開しています。

※(1941年5月までの会社名は「日本ニュース映画社」)
※日本ニュース戦後編の再生テキストは、国立歴史民俗博物館の協力で作成しています。

 

1946年6月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19466

日本ニュース 戦後編 第21号(1946年6月)7分56秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310021_00000

学生はどこへ行く             02:02
三浦環女史逝く              01:11
“海の戦犯人”解体 -呉<時の話題>   00:41
ソ連引揚げ外交官帰る -浦賀<時の話題> 00:31
ミンナキレイニ・・・ -東京<時の話題> 00:35
“新版”リンゴの歌 (投書者)東京 保坂澄子さん <みなさんの声> 00:55
満州引き揚げ民 故郷へ          01:56

学生はどこへ行く             02:02
学生生活は今、危機に瀕しております。学問の自由は今、生活に恵まれた一部の学生だけのものとなりつつあります。大多数の学生の関心は今、生きることに集中しています。
ひたひたと襲いかかってきたインフレや食糧難のうちに、学問をするために、学問を続けるために、今までインテリ学生には耐えられないと思われていた重労働にさえ雇われて、加配米もなしに、1日20円の賃金を当てに戦っています。

こんなにまでしなければ、学生たちは食べることも学問をすることもできないのです。
しかし、そのうちにあっても学生たちの学問への熱情は決して冷めてはいません。この学問を求める心はやがて学生の政治的関心となり、26日の学生メーデーとなって表れました。

「・・・滔々と昂進するインフレ、食糧不足のどん底にあえぐ我々学生は、勉強が主たる者の立場は、一体、何を成し、何を成さんとするのか」

反動勢力のもとでは学問はできない。この学生たちの考えは、首相官邸へ、文部省へ、学生として最初の政治行動として踏み出されました。

《学生》
「一つ、勤労大衆への学問の開放。一つ、人民の利益と進歩のための学問継続。一つ、学生民主戦線の即時結成。一つ、吉田反動政府絶対反対。民主政府の樹立」

三浦環女史逝く              01:11
(歌劇「蝶々夫人」より「ある晴れた日に」のアリア)

日本の生んだ世界的歌手、三浦環女史が亡くなりました。

(歌劇“蝶々夫人”楽譜)

三浦さんを一躍世界的にした「蝶々夫人」の楽譜。へりも痛んでボロボロになるほど女史の勉強ぶりが伺われます。

(ウイルソン米大統領と共に)

三浦さん得意時代のひとこま。その折々の感想をつづった愛用のシューベルト歌曲集。
この世界的な芸術家の最期を飾るために日本政府からの花輪一つなかったことは、関係者を悲しませました。

“海の戦犯人”解体 -呉<時の話題>   00:41
元軍港だった呉には、昨年7月、グラマンの大爆撃を受けた戦艦伊勢、榛名、空母天城、龍鳳など10隻ばかりがゴロゴロしています。旧呉工廠を引き継いだ播磨造船では、今これら海の戦争犯罪者をバラバラに解体して平和産業に使い、人民のために大いに役立たせようとしています。これは例の特殊潜航艇。こんなにたくさん。これが戦争に使われなかったのは、せめてもの幸いです。

ソ連引揚げ外交官帰る -浦賀<時の話題> 00:31
ソ連からの引き揚げ外交団、佐藤[尚武]大使、守島[伍郎]公使ら95名を乗せたハバロフスク号は、5月30日、浦賀に入港しました。

《佐藤大使》
《守島公使》

去る22日、ウラジオを出てから病人もなく、佐藤大使ほか新聞記者団の一行も至極元気。ソ連側の取り扱いはきわめてよかったと語りました。一行は31日上陸。佐藤大使は吉田内閣の新外務大臣にうわさされています。

ミンナキレイニ・・・ -東京<時の話題> 00:35
みんなきれいになりましょう。東京都の清浄化運動の一つとして、足立区の伊興国民学校では、要らなくなった防火用水槽をお風呂に直しました。毎日、上級生が下級生の背中を洗ってやるという仲良しぶり。

さあ、みんなきれいになりました。誰もみんなが日本国中、心も体もこんなにきれいになれたらいいですね。

“新版”リンゴの歌 (投書者)東京 保坂澄子さん <みなさんの声> 00:55
この間放送した進駐軍の兵隊さんの顔も見たい、ということでしたので、日本ニュースは早速駆けつけました。居合わせたシルバーシスターズの伴奏で、では1等兵バンビー・フィンチ君のおなじみの「リンゴの歌」。

(米兵が「リンゴの歌」1番を歌う)

満州引き揚げ民 故郷へ          01:56
佐世保へ上陸した満州引き揚げ民は、5月28日それぞれ汽車に乗ってふるさとに向かいました。もう疲れきったという様子です。そうでしょう。生きるか死ぬかという、つらい、長い旅を続けて、今やっと日本にたどり着いたのです。「もう、ここまで来れば」という気持ちなのでしょう。

「満州はどこにおられたのですか」
「けいしゅう省のこうりょうというところにおりました」
「もう長く向こうにおられたのですか」
「16年ばかりおりました。長い間の結晶も水の泡でございます」
「あちらの食べ物の状態はどうでしたか」
「非常食、粟でございました」
「そうすると粟をさんざん食べたのですか」
「そうです」

だが、この気の毒な軍国主義の犠牲者たちに対して、政府の救援策がいったいあるのか、ないのか。着の身着のままで放っておくのかどうか。これが、迎える同胞の偽らざる気持ちです。このありさまを見るに見かねた一群の学生たちが、品川駅で、誰に頼まれたのでもなく、列車の着くたびに親切にこの人たちを迎えています。

「ご苦労さまでした」
「ご苦労さまでした」
「ご苦労さまでした」

 

日本ニュース 戦後編 第22号(1946年6月)8分17秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310022_00000&seg_number=001

波紋をえがく問題の“食糧休校”     02:52
キーナン検事 峻烈に陳述 -東京裁判  01:00
日本ではじめての女警務所長さん -和歌山<時の話題> 00:29
戦災者におくりもの -広島<時の話題> 00:30
川をきれいに -東京<時の話題>    00:48
生産管理 是か非か           02:35

波紋をえがく問題の“食糧休校”     02:52
食糧危機はいよいよ深刻となり、文部省は長期休校を考慮。子どもの教育上大きな問題となるに至りました。6月6日、東京四谷第六国民学校では、児童の討論会を開催。

「・・・をいたします」
「どうして休校をするのに反対をするのですか」
「税金が使われるからです」
「そして、食糧がなくなったらどうするんですか」
「食糧がなければ、学校を休むほかはありません」
「僕は1食や2食ならば学校に来ますけれど、3日も4日も米が来なかったら、うちで自習していたほうがいいと思います」
「みんな、水が水がと、がぶがぶ飲んでいて、お腹がぶくぶくしてしょうがありません」
「休校反対を防ぐにはどうすればよいのでしょうか」
「まず食糧を配給してくれればいいんです」
「でも、その食糧を配給してくれない場合はどうするのですか」
「食糧があれば、絶対休校は反対です。僕はどうしても休校はしたくありません」
「僕も休校は反対です」
「本当に皆さんは休校は反対ですか」
「そうです!」

子どもは学校が好きです。学校でみんなと一緒に飛んだり跳ねたりしたい。休校したからといって、子どもはじっとしてはいません。放りっぱなしになった子どもたちの教育はどうなるか。子どもを堕落させてはならない。これが子を持つ親の、教える先生たちの深刻な叫びであります。

6月1日、宮城前広場で開かれた全国教員組合大会でも休校絶対反対が、ここに参加した児童たちと先生たちの強い叫びとなって決議されました。かくて休校問題をめぐる文部省の態度はすこぶる注目されるに至りました。

「・・・学問も何もできません。日本の再建もできなければ、大きくなることもできないのであります」
「欠食児童の救済。学童給食の即時実施。危機突破資金として本人を含む家族100円の支給」
「皆さん、本日の大会をもって、この徹底再開を(聞き取り不能)必ず、必ず貫徹して(聞き取り不能)したいものに思います!」

キーナン検事 峻烈に陳述 -東京裁判  01:00
西はドイツのニュールンベルク、東は日本の東京。全世界がかたずをのんで見守っている国際法廷、東京裁判は6月4日午前9時半再開。この日はキーナン主席検事の独り舞台で、歴史的な劈頭陳述が行われました。この日からすべての席にイヤーホンが取り付けられ、キーナン検事の英語はそのまま日本語となって人々の耳に流れ込みました。

《キーナン検事》
「被告たちは文明に対して宣戦布告をした。文明を破滅の一歩手前まで押し進めた被告たちが罰せられずして、いかなる正義があるか。この侵略戦争によって莫大な人の命が犠牲となったのだ」

正味3時間に及ぶキーナン主席検事の熱弁、被告たちの耳にどう響いたでしょうか。

(キーナン氏の演説)

日本ではじめての女警務所長さん -和歌山<時の話題> 00:29
日本で初めての女の刑務所長さんが生まれました。和歌山刑務所長三田庸子さんがこの話題の主で、社会教育課から一躍抜擢されて、このいかめしいお役目につきました。刑務所の民主化が不徹底だといわれている今日、愛情婦人と呼ばれる三田さんの優しい努力が人権の尊重にどれだけ生かされるでしょうか。

《三田庸子さん》

戦災者におくりもの -広島<時の話題> 00:30
戦災者への政府の措置が掛け声ばかりで一向にはかどらないとき、広島で頼もしい2つの話。1つは寝具奉公会でやっている布団作り。ぼろ布とくず繭から綿を作り、日に1000組の布団を送り出しています。もう一つはベニヤ板の会社で、呉や福山では政府の打つ手を待ちきれないとばかりに、ここで出来たベニヤ板で、今、戦災者用の宿舎がどしどし造られております。

川をきれいに -東京<時の話題>    00:48
間近に迫った夏の悪疫流行を防止するために東京都で呼びかけている清浄化運動は、今度趣向を変えて、「美しき帝都」のリズムに乗った音楽船をあちらの川、こちらの堀に繰り出しました。

(音楽船を見る町の人々の様子)

川も町も楽隊の宣伝だけに任せておかず、失業者の手を借りるなりして、何とか早くきれいにしたいものであります。

生産管理 是か非か           02:35
吉田内閣は、労働者の争議手段として生産管理を認めないという態度を明らかにしました。

(杉中化成工場の場合)
資本家側では、この政府の弾圧方針に応ずるように生産管理を打ち破る戦術に出てきました。東京目黒の杉中化成工場では、従業員が生産管理中なのに重役は会社を解散。工場を閉めて機械に封印してしまいました。それで失業しそうになった従業員は、社長宅まで押しかけて不法をなじりましたが、会社側は寮にいる従業員のお米まで抑えてしまうという始末でした。

(加藤製鋼工場の場合)
鉄道の車の軸受を作っている加藤製鋼所の場合、この工場(こうば)では、今、従業員だけで生産を続けています。この生産管理は、資本家側が赤字を理由に工場を閉鎖しようとしたので起こりました。社長も重役も、最初から工場の経営を続ける気がなかったということです。
社長はウサギのように寝ていても、そのままストック資材の値上がりでもうかるかもしれないが、それではこちらが日干しになるといって従業員は生産管理に入りました。

(経営協議会)
「本日の協議会におきまして、大体皆さんのお話はまとまりました。その結果、6月期の生産が70トンの目的完遂のために、格段のご努力をお願いします」
この生産管理の体験から、労働者はどんな結論を得たでしょうか。

「政府の生産管理反対に対しまして、皆さん、どんなふうにお考えになりますか」
「全面的に反対です。あくまでも(聞き取り不能)する場合には、ストライキをやるしかほかにないです」
「皆さんにストライキをやられてしまいますと、生産が停滞いたしまして、インフレを助長するということになると思います」
「それはそうです。その場合、我々は全然責任ないと思います。この場合の責任は、現在の反動内閣及びそれを支持している資本側に全面的にあると思います」
「ですから、早く現在の反動的な内閣を打倒しましてね、本当に民主的な内閣を作らない限り、この問題は解決しないと思うんです」

 

日本ニュース 戦後編 第23号(1946年6月)8分26秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310023_00000&seg_number=003

“社会秩序の保持”政府遂に声明      01:53
天竜川――治水工事成る          01:25
時間を大切に 六月十日・時の記念日    00:57
サーベルから警棒へ 群馬県<時の話題>  00:28
どちらがはやいか? 静岡 東京<時の話題> 00:30
角つきあわせて 愛媛県宇和島<時の話題> 00:23
戦争未亡人はどうしている 投稿者 茨城 福島菊之助さん<みなさんの声> 02:47

“社会秩序の保持”政府遂に声明      01:53
吉田内閣は6月13日、食糧危機突破宣言とともに、問題の社会秩序の保持、生産管理の否認の声明を林[譲治]官長を通じて発表しました。

《林書記官長》
「政府は労働組合運動の健全な発達を切に希望するのであるが、労働争議に際し、暴力の行使されるような場合には、経営者、労働者いずれかによって行われるかを問わず、厳重にその取り締まりを励行する。次に、政府としては、最近起こった生産管理なるものは正当な争議行為と認めがたい」

これに対して賃金値上げ要求をめぐって生産管理かストライキかの岐路に立つ東芝工場の従業員の意見は。

「今日の正午の政府の声明に対して、皆さんどんなふうにお考えになりますか」
「政府はですね、生産管理が社会秩序を破壊すると言っていますけども、それは真っ赤な偽りなんです。政府が言ってる社会秩序というのは、資本家の利益を維持しようという社会秩序なんです」
「全国車両産業単一組合といたしましては、すでに結成大会におきまして絶対反対のスローガンを掲げております。今日の政府声明に対しても、絶対反対の意思を表明します」

かくて労働者側と政府の態度は全く対立する結果となりました。

天竜川――治水工事成る          01:25
天竜川から水を引いて両側の平野をもっとよい耕地にしようという計画は、戦時中、軍部の横暴から一度割り当てられたセメントさえ横取りされ、かろうじて石で固めるという苦しい策をとりながら、最近ようやく一部完成。6月10日、最後の爆破を行って水を通しました。

天竜川上流、二俣町の取り入れ口から流れ込んだ水は、百余キロの幹線水路を流れて両側平野の耕地に注がれるわけですが、この地帯は昔から日照りのときは水不足、雨の年には洪水に苦しみ、水、水、水、の悩みを続けてきただけに、この工事にかけたこの地方の人たちの期待は大きく、田植えを前にして、自分たちの土地へ、伝来の畑へ、田へと近づいていく水を見つめて、お百姓たちは感慨無量の面持ちです。
この水で、米2万2000石、麦2万3000石の増収。このような工事が全国でどしどし行われるようになるのはいつのことでしょうか。

時間を大切に 六月十日・時の記念日    00:57
6月10日は時の記念日。放送局では毎日正確な時刻を皆さんにお知らせしています。

「(時報)ただいま、7時をお知らせいたしました」

果たして時が正確に守られているかどうか。まず鉄道。昔から日本の鉄道は世界一時間が正確だと言われていましたが、この日、東京9時6分着の列車は13分遅れました。
14日には地方長官会議。9時に開始の予定ですが、これも落第。一番遅れたのは何県の知事さんだったでしょうか。
ところで、これは警視庁に集まった落し物。こんなにたくさん時が忘れられているというわけです。

サーベルから警棒へ 群馬県<時の話題>  00:28
群馬県前橋市では、6月10日からお巡りさんが警棒を持つことになりました。お巡りさんと言えばすぐサーベルを思い出すほど、サーベルは封建的な日本の警察のシンボルでしたが、それが警棒に変わったのですから、せいぜい「オイ、コラ」などとやらないで、民主的にやって欲しいものです。

どちらがはやいか? 静岡 東京<時の話題> 00:30
日本の機関車は力も弱く、まどろっこいとあって、アメリカ軍が取り寄せたディーゼルエンジンの機関車。50両の貨車を軽く引っ張るという、さすがは科学の国の作品です。
これはまた時代がかったご隠居機関車。26年の製造。東海道線藤枝から御前崎まで、今もなお気息えんえんとしながら結構走っています。さあ、どちらが速いか。

角つきあわせて 愛媛県宇和島<時の話題> 00:23
四国愛媛県に伝えられる闘牛が宇和島市で行われました。食べたい、などと言わないでご覧ください。興奮剤を飲ませられていきりたつ猛牛。角突き合わせて懸命の押し合い。持ち主も真剣。両者互角の大熱戦。いやあ、牛もお腹が減ることでしょう。

戦争未亡人はどうしている 投稿者 茨城 福島菊之助さん<みなさんの声> 02:47
一部の軍国主義者、侵略主義者のために無残な犠牲となった多くの妻や母たちは、いたずらに悲しむことをやめようではないかと、6月9日、東京京橋公会堂に遺族同盟結成大会を開きました。

「苦しみのどん底にもがきつつ、私どもは悟りました。自分を救うものは自分以外にないと。私どもには財産も権力もありません。ただあるのは団結の力のみです」
お金も権力もない彼女たちはどうして暮らしているか。この「みなさんの声」の投書にお答えするため、我が社は237人の未亡人について調査しました。

(調査人員237人)
(雑役7人)
その結果、日雇い人夫そのほかの雑役7。
(露店商人13人)
露店商人13、この中には靴磨きをしている人もあります。
(女工27人
レンズ磨きそのほかの女工27。
(事務員48人)
銀行・会社などの事務員48。
(手内職53人)
(無職89人)

ミシン・製本などの手内職53、無職89。毎月平均300円から500円の赤字を出しながらも、彼女たちは必死になって働いています。
この遺族たちのための母子寮のうち、軍人援護会の流れをくむ武蔵野母子寮は、設備もよく、亡き人の写真と遺された子どもたちと一緒に毎日を暮らしています。
この立派な武蔵野母子寮に比べて、東京都厚生事業協会の江東橋母子会館は昨年焼けたままで、修理もできていません。コンクリートの上にじかにむしろや畳を敷いて、仕切りもなく、みんな雑居しています。そして、ご飯の代わりに雑草を食べています。同じ母子寮でありながら、なぜこうまで待遇が違うのか。お金と権力が今もなお幅を利かせているのではないでしょうか。

「これから先のご希望といったようなものをお聞かせくださいませんでしょうか」
「とにかく子どもを立派に育てていきたいと思います。主人がおりませんでも、女手でやっていかれるようなよい世の中にしていただきたいと思います」

 

日本ニュース 戦後編 第24号(1946年6月)8分4秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310024_00000&seg_number=002

東京裁判            01:39
街の農繁期<時の話題>     00:46
高萩炭鉱 争議解決<時の話題> 00:44
アーニイパイル劇場<時の話題> 00:40
官僚陣営へ勤労者、攻勢     01:24
臨時議会開く          02:48

東京裁判            01:39
11本の国旗の下、フィリピン代表判事も参加して東京裁判は6月13日から本格的な審理に入りました。豪州のマンスフィールド検事が、テーブルに山と積まれた証拠書類を満州事変、三国同盟と項目ごとに読み上げて提出。

「・・・証拠書類は第100-08号でありまして、これは広田弘毅の内閣官房人事記録でございます」

さらに被告席後ろのスクリーンに日本の侵略を物語る地図が次々に掲げられ、後ろ向きになって眺めいる被告たちの、かつてのはかない夢の跡を示しました。

「えー、次の地図、左側の地図は、1934年すなわち昭和9年より1936年すなわち昭和10年、11年までの状態を示しております」

次いで証人喚問が行われ、18日には東大助教授、海後宗臣氏、翌19日は東大教授、大内兵衛氏、更に京大事件の滝川幸辰教授が証人台に立ち、学園の自由に加えられた侵略主義者の迫害を暴露。軍国主義にゆがめられた過去の日本の教育の実相を白日の下にさらしました。

街の農繁期<時の話題>     00:46
食糧の危機が叫ばれているとき、街の中にも農繁期がやってきました。これは大阪住吉神社の御田植祭り。神功皇后の昔からそのままのしきたりということですが、この五穀豊穣の祈りも肥料不足の今日このごろ、効き目があるといいのですが。

もう我慢がならぬ遅配欠配、頼りにできるのは自分だけだと、町中の焼け跡にまいた麦の種。それが、私も、俺もと、いつしかどこを見ても焼け跡は一面に麦の波。これはまた不手際ながらも楽しい収穫のひとときであります。

高萩炭鉱 争議解決<時の話題> 00:44
労働組合の経営参加を要求、生産管理で戦うこと70日に及んだ高萩炭鉱の争議は、労働者側の勝利をもって終わり、15日、その報告を聞く従業員大会が開かれました。夜業を終えた従業員や家族たちも集まり、長い苦闘をしのんで万歳を絶叫しました。

生産管理が済んだ後は生産が落ちる。こういうデマを吹き飛ばせと、全従業員は大会が終わるとすぐさま、この勝利の意気をそのまま仕事へ、増産へ。

アーニイパイル劇場<時の話題> 00:40
連合軍の兵隊さんたちへの贈り物として、東京名物がまた一つ増えました。沖縄で戦死したアメリカの新聞記者の名前をそのまま、アーニイパイル劇場と呼ばれている元の東京宝塚劇場。舞台では、連合軍から選ばれたのど自慢の合唱団が、得意のカウボーイソング。

(歌)

官僚陣営へ勤労者、攻勢     01:24
(大阪)
吉田内閣が議会で保守的な政策を明らかにした折りも折り、各地で勤労者の保守官僚陣営への攻勢が再び目立ってきました。憲法よりも飯だと、6月16日、大阪では食糧メーデーが行われ、府庁にデモ行進を行いました。

(東京)
一方、東京では20日、かねてより提出中であった飢餓突破資金1000円の要求を全面的に拒否され、東京都労働組合連合会では、21日より業務管理に入る旨、宣言しました。

「・・・最高闘争委員会を開催いたしまして、規定の方針にのっとって、明日より断固、労務管理に入ることを決定いたしました」(拍手)

その第1日、都電では早くもポスターはりやら親切サービスと、東交組合員の熱意を見せ、学校管理、窓口明朗化などと新手をこらすほかの6組合と歩調を合わせ、活発な活動を始めました。

業務管理を絶対に認めないと主張する都当局に対抗して、都庁内の中央闘争本部では最後まで戦おうと各組合の知能を集めて慎重な作戦会議を行いました。

臨時議会開く          02:48
ちまたに食糧危機の声が満ちあふれているさなか、吉田内閣がその政治方針を国民に問う第90臨時議会は6月20日、天皇陛下親臨貴族院本会議場で開院式が行われました。

《勅語》
「今回の帝国議会には、帝国憲法の改正案をその議に付し、なお、国務大臣に命じて緊要な予算案及び法律案を提出せしめる。各員心を合わせて審議し、協賛の任を尽くすことを望む」

次いで翌21日、吉田首相は施政方針演説を行い、食糧危機突破方策、社会秩序維持などとともに憲法改正問題に触れ、官僚保守政党合体内閣としての立場から、その諸政策を明らかにしました。

「諸君、今議会の劈頭において、新生日本の建設の基盤たるべき憲法改正案が勅命によって付議せられましたのであります。幸いにして今議会は新選挙法による総選挙の結果、成立したる歴史的民主議会であります。政府は、この機会に諸君とともに国家最高の法典たる憲法改正を議することを無常の光栄といたします」

これに対して、社会党片山書記長立って質問の第1陣。

「国民に自由を与える。国民を平等に取り扱うと申しましても、実際に金を持っておりまする人と、持たざる人との間において自由は平等に行われておりましょうか」
(「そうだ!」拍手)

この片山書記長の演説に対する自由・進歩側のヤジから議場混乱。社会自由両党の間に乱闘騒ぎを引き起こしました。吉田首相の言う歴史的民主議会で自由にして公正なる論議が尽くされると期待していた国民大衆の目に、このものすごいありさまはどう映ることでしょうか。

(怒号と乱闘)

 

1946年7月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19467

日本ニュース 戦後編 第25号(1946年7月)7分38秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310025_00000&seg_number=003

衆議院本会議 ・共産党初登壇 ・憲法改正案上程 03:17
松岡被告逝く<時の話題>        00:43
読売新聞争議<時の話題>        00:45
パーカー中尉走る 進駐軍競技会 京都<時の話題> 00:22
大阪海の底から麦<時の話題>      00:22
久しぶりの一高記念祭 東京<時の話題> 00:31
浮浪児をどうする 東京<時の話題>   01:36

衆議院本会議 ・共産党初登壇 ・憲法改正案上程 03:17
(6月24日)
臨時議会はその後順調に議事進行。6月24日、議会始まって以来、初めて共産党徳田球一氏登壇。

《共産党 徳田球一氏》
「・・・軍国主義と極端なる国家主義の色彩を完全に払拭することを政府の任務とせらるると言われるのであります。しからば劈頭の仕事は、まず戦争犯罪人を徹底的に追及することでなければならんのだ。しかるに政府は如何」
「第一に食糧問題の根本的な意義でありますが、この食糧問題の根本的意義が少しも内閣の施政方針には明らかになっておらんのであります。《和田農相》食糧問題はすべての産業、農業が徹底的に崩壊、今や収拾つかざる状態になり、これに加うるに、天皇制の官僚組織が救うべからざる状態にまで腐敗堕落しているのだ」

これに対して吉田首相答弁。

《吉田首相》
「お答えいたします。戦争責任者を保護せる事実がありや否やと言わるるが、戦争責任者を保護した事実は政府においてはありません」

(6月25日)
次いで25日いよいよ帝国憲法改正案上程。

《議長 樋貝詮三氏》
「・・・のでありますが、志賀義雄君より帝国憲法改正案の議事は、これを延期すべしとの動議を提出したいとのことであります。志賀義雄君」
《共産党 志賀義雄氏》
「憲法改正案の審議を延期すべしという動議を提出しますのは、第一に草案作成に当たって日本人民全体の意向を忠実に取り入れるという用意が政府において欠けるところがあると認められるからであります」

憲法改正案審議延期の共産党の動議は少数で否決。
《自由党 北れい吉氏》
続いて自由党、北れい吉氏立って君民同治の立場から憲法改正の根拠を質問。

(6月27日)
《社会党 森戸辰男氏》
ついで27日、社会的経済的見地から社会党森戸辰男氏質問。これに対し政府側より、憲法改正は国体の変革ではないとして、金森国務相は主権の所在を明答せず。

《金森国務相》
しかしこの重大な論議も議員の中には子守唄ほどの効果しかないのか、かすかないびき。これらの人を選んだはずの国民大衆は傍聴席から流れる汗をふきふき熱心に耳を傾け、上と下と皮肉な対象を見せ、民主議会の前途に何か考えさせるものを投げかけました。

松岡被告逝く<時の話題>        00:43
6月27日午前2時40分、極東軍事裁判被告松岡洋右死す。
モスクワに、ベルリンに,侵略戦争の使者として世紀の英雄とうたわれた、かつての華々しさ。それに比べてその末路は惨憺たる戦争犯罪容疑者の一被告。ともあれファシズムの張本人、アドルフ・ヒトラーといったい何を語り、どんな密議を凝らしたのか。その秘密は彼の遺骸とともに永久に葬り去られました。

読売新聞争議<時の話題>        00:45
ものものしい大検束事件が白昼、しかも東京の真ん中、新聞街に起こりました。6月21日午後1時半ごろ、警視庁丸の内署の武装警官隊百数十名が紛争中の読売新聞本社を取り巻き、騒じょう、器物破壊、不法侵入などの名目で、約56名の従業員組合員を検束。見物人も一言、二言、口をはさんで、そばづえを食うなど、戦争中の弾圧政治を思い出させたとのことです。
22日、新聞通信労働組合員はデモを行って応援しましたが、26日、社長側の要求が通って解決してしまいました。

パーカー中尉走る 進駐軍競技会 京都<時の話題> 00:22
6月21日と22日の両日、京都の西京極グラウンドで初めての全日本進駐軍陸上競技大会が開催されました。焼け付くような暑さを吹っ飛ばして熱戦が繰り広げられ、中でも第8軍[チャールズ・]パーカー中尉は100メートル10秒2という世界タイ記録を出しました。

大阪海の底から麦<時の話題>      00:22
6月23日、大阪湾の浚渫船の潜水夫たちは、海の底に隠れた麦やお米をさらい上げました。この小麦はかつて陸軍糧秣廠へ納入するために満載していたはしけ数隻が沈没したもの。約1年間も水浸しになっていたのですが、乾かして粉にすれば食べられるそうです。

久しぶりの一高記念祭 東京<時の話題> 00:31
春爛漫の花の色。久しぶりに聞く一高の寮歌。6月23日、一高の記念祭が終戦後初めて行われました。戦時中、工場へ、戦場へ、学問の自由を奪われた学生が、今、解放された喜びを初めてその寮歌に込めて、一日の記念祭に青春を謳歌しました。

浮浪児をどうする 東京<時の話題>   01:36
第一次ヨーロッパ大戦後、各国の悩みぬいた問題が、今、我が国にも起こりつつあります。浮浪児の問題がそれです。
お寺の縁の下や焼け跡などで夜を過ごしたこの子どもたちは、日が高くなると食べ物を求め、楽しみを求めて闇市付近を放浪し、泥のようにその日その日を暮らしています。東京都は6月18日及び25日から、連日強制収容を始めました。しかし彼らは窮屈な養育院へ行くのを嫌がって逃げ惑います。

打ち捨てられたこの子どもたちに、普通の法律や道徳は通用しません。だが、この子どもたちに責任があるでしょうか。侵略戦争がこの子どもたちから人並みの生活を奪い去ったのです。このような浮浪児が今、刻一刻増えていきます。そして重大な社会問題と化しつつあります。
こうして彼らが送られるところ、乏しい予算と貧弱な施設の養育院。政府のこの程度の施策で、この問題が解決されるかどうか。

 

日本ニュース 戦後編 第26号(1946年7月)8分6秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310026_00000&seg_number=004

暴露された満州事変の正体 -東京裁判 02:49
逓信従業員 全面的闘争へ       01:16
アメリカ独立記念祭 東京<時の話題> 00:40
これも食糧 クヅの根掘り 東京<時の話題> 00:27
銀翼ここに成仏 大阪<時の話題>   00:29
踊る組合 東京<時の話題>      00:40
海外引き揚げ民 その後 投稿者・群馬・八田耕作さん<みなさんの声> 01:43

暴露された満州事変の正体 -東京裁判 02:49
東京裁判がいよいよ問題の核心に迫りました。日本侵略主義者の驚くべき陰謀が、今まさに次々に明るみに出ようとしています。
永野[修身]、南[次郎]、小磯[國昭]、大島[浩]、橋本[欣五郎]、これら被告たちが今日この日まで、われわれ国民の目をふさぎながら行った驚くべき陰謀の数々。それが今、サケット検事らの鋭い摘発のメスによって一皮一皮暴かれていきます。

(英語による発言)

7月1日以後、満州侵略問題が取り上げられ、5日、元陸軍省兵務局長、田中隆吉氏、証人台に立つ。この人こそ昭和15年、兵務局長となったが、東条陸相と衝突して、昭和17年、陸軍を去った問題の人。

《田中元陸軍省兵務局長》
「私の主観によれば、この計画は当時の行き詰った日本の国内情勢、並びにほとんど先ほど申しましたような西からの窮迫な情勢、それを打開するためであります」

《ヒギンス判事 ウェッブ判事》
《検事 リュウエリン夫人》

その証言によれば、張作霖爆死事件は、実は関東軍参謀河本[大作]大佐が下手人。また当時奉天軍の計画的行動とわれわれ国民をごまかしさった満鉄爆破事件は、実は関東軍将校の作り上げた事件。それを口火とする満州事変、満州国建国こそは、ことごとく関東軍と参謀本部が示し合わせた計画的行動である。かくて満州の土は無残な砲火によって中日両国人民の血に彩られたのであります。
さらにまた、満州国を思いのままに動かしたのは関東軍司令官で、皇帝溥儀はただ操り人形にすぎなかった。満州事変はことごとく侵略主義者の陰謀である。

《溥儀元皇帝 本庄元関東軍司令官》
はっきり言い切った数々の証言を、被告たちは何と聞いたか。

《星野 賀屋 木戸 木村》
《土肥原 畑 広田》
《橋本 小磯》
《東条 岡》

われわれの親兄弟をこの陰謀の犠牲にして、平然として省みなかった首謀者たち。今この正義の審判の前に、何を考え、何を感じつつあるか。

逓信従業員 全面的闘争へ       01:16
全国官公職員労働組合は政府回答に不満。全面的闘争に入ることになり、7月4日、逓信印刷両組合の婦人代表は、議会に各党婦人代議士を訪問。

「栄養失調で倒れる者、生きるために、生きるために職を放棄する者等、続出しております」

《自由党 杉田馨子さん》
「私は婦人代議士といたしまして、政党政派を抜きにいたしまして、皆様の要求貫徹のために、全力を挙げてこの議会に呼びかけるつもりでございます」

《社会党 山口シヅエさん》
「えー、労働時間の短縮、次に婦人の労働、適切な場所における婦人労働ということに決意をいたしております」

《共産党 柄沢とし子さん》
「この労働者階級の力によって日本の民主主義革命が立派にできるように、組織をもって堂々と、秩序正しく戦っていきたいと思います」

要求が入れられなければ、逓信従業員は断固、総罷業に入ると声明。その成り行きが注目されています。

アメリカ独立記念祭 東京<時の話題> 00:40
7月4日は、昔アメリカ国民が、自由の旗印の下に独立を得た記念日です。この日以来、アメリカ国民の絶えざる努力が、今日、世界で最も民主的な国家とならしめました。東京では第1騎兵師団麾下の将兵は、歩兵機械化兵団、空軍も出動して第8軍司令官アイケルバーガー中将の閲兵を受けました。

これも食糧 クヅの根掘り 東京<時の話題> 00:27
東京都西多摩郡増戸村では、村の男女成年400名が葛の根掘りを始めました。「万葉集」の中でもうたわれているように、昔から葛の粉はでんぷんとしてなかなか珍重されたもの。しかしでんぷんにするのには、いろいろと面倒な手数がかかり、その上、当局は相変わらずの官僚的机上プランなので、われわれの口に入るのはいつのことかと、うわさされています。

銀翼ここに成仏 大阪<時の話題>   00:29
西日本地区で連合軍の手によって押収された飛行機が、とうとう成仏して、さて、何ができますか。この解体工事をやっている工員のうちには航空隊出身者もあり、元准尉という人もいて、自ら厄介者に引導を渡しているというわけ。扶桑金属神戸製鋼では、1日15機もの爆撃機や偵察機が鍋、釜、弁当箱になります。

踊る組合 東京<時の話題>      00:40
「各ホールの社長、マネージャーの心からのご支援と深くご理解の下に発足できましたことは、世話人の一人として、衷心から御礼申し上げる次第であります。ただここでお断りしておきますことは、流行的に生まれた労働組合と誤解していただきたくないのであります。」

というわけで、労働組合ではないというダンサーの組合が結成されました。侵略戦争から解放されて、再び生まれ出たダンスホール。華やかな生活の裏には健診問題そのほかいろいろ悩みがあるわけ。さて、この組合はどうなるか。

海外引き揚げ民 その後 投稿者・群馬・八田耕作さん<みなさんの声> 01:43
5月31日、群馬県伊勢崎市へ満州引き揚げ民53名が帰ってきました。そして競馬場の建物に収容されました。満州へ行くとき、何もかも人手に渡して行ったので、今はまったく着の身着のまま。
市当局の言うままに、しかたなく千代紙、弁当箱など気の進まぬ露天商の準備を始めています。だが、この人たちは百姓仕事以外、何も知りません。そこで遊んでいる競馬場を貸してもらえたらと市長に頼み込みました。だが貸してくれません。見かねた土地の青年民主協議会の人たちが詰め寄りました。満州へ行って百姓をしろと言ったのは当局ではないか。なぜ百姓をさせないのか。それで、やっとこの芋ぐらいは作れそうな競馬場を耕すことになりました。
ところがせっかく借りられそうになったのに、地主から横槍でまただめになりそう。

「伊勢崎の駅へ降りまして、ここへ自動車で連れてきていただいたときに、おお、こんな広い土地があったなら、私たち五十何名の命は1年は安心してつなげるだろうになと、つくづく思いました。」

命からがら体一つで帰ってきたこの人たちの前途はどうなるか。どこの引き揚げ民にもこんな問題が起こっているのではないでしょうか。

 

日本ニュース 戦後編 第27号(1946年7月)7分36秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310027_00000&seg_number=003

“やれば出来る” 学校給食問題  01:59
“働く婦人の声を” 民主主義 婦人大会 東京 01:16
拳闘 堀口対笹崎<スポーツの夏> 00:42
水泳 早大対慶大<スポーツの夏> 00:37
官公職員闘争解決 読売、ストライキへ<動く労働戦線> 03:00

“やれば出来る” 学校給食問題  01:59
学校給食の問題を中心に先生と父兄が話し合う会が、7月11日、東京世田谷の駒沢国民学校で開かれました。

《先生》
「これから私たちが総力を挙げてお子様方を教育しようと思っているときに、今のような実情がだんだんと増えていきますと、しまいに学校を休む子どもさえ出てくるのではないか。」

《父兄》
「私たちは父兄として全面的に協力します。行く手に障害あるならば、打ち破って進んでくださることをお願いいたします。」

この問題を解決する学校給食は政府に頼らなくてもできる。こう言って実例を示しているのが同じく世田谷の梅が丘国民学校です。農家からの厚意のトコイモ。父兄持ち寄りのわずかばかりのメリケン粉。学童が採ってきた雑草。それらを上級生が自分たちの手でお料理し、配給までも順番に秩序整然。

「2年3組。」

先生のお給仕で、さあ、一日中で一番楽しいお昼ごはんです。
子どもたちは学校が大好きです。しかし、子どもたちはお腹が減っているのです。学校給食さえできれば。子どもたちのこんなうれしそうな顔を、政府はどういう考えで見ているのでしょうか。

“働く婦人の声を” 民主主義 婦人大会 東京 01:16
日本民主主義婦人大会が、7月7日、東京日比谷音楽堂で開かれ、各婦人団体、婦人代議士のほか、一般家庭婦人も活発に意見を述べました。

《共産党 柄沢とし子さん》
《関東食糧民主協議会 小関チヱ子さん》
「私たちは生きるために生涯かけて貯めたところの貯金をみんな使い果たした。政府がわれわれに強いて、そして私たちを丸裸にしたのか。これは今までの政府というものが、物を持っている人たちの味方であったからであります。」

《社会党 加藤静江さん》
《家庭婦人代表 永野あやめさん》
「国内だけでは絶対量は確保できないのであります。その絶対量をマッカーサーのほうにお願いしなければなりません。けれどもこうして国内に隠匿物資があるのです。これを片付けてしまってからマッカーサーにお願いするのであります。私たちは今の政府を信ずることはできません。」

終わって、初めての女ばかりのデモ行進を堂々と行い、首相官邸そのほかへ決議文を突きつけましたが、特にこの日は、若い勤労婦人の政治に対する激しい意気込みが目立ちました。

拳闘 堀口対笹崎<スポーツの夏> 00:42
7月6日、東京後楽園スタジアム。堀口[恒男]対笹崎[たけし]の10回戦。昭和16年以来5年ぶりの顔合わせ。果たして笹崎の復讐なるか、堀口再び勝つか。
第4ラウンド、笹崎の猛烈なストレート決まって、堀口ダウン。

(喚声。レフリーのカウント)

堀口、よく立ち上がって反撃に出ました。往年のピストンの片鱗を見せています。最終ラウンドの猛烈な打ち合い。ついに引き分けに終わりました。

水泳 早大対慶大<スポーツの夏> 00:37
7月7日、東京東伏見の早稲田対慶応水上競技。100メートル自由形。
暑さにも負けず、スタンドは満員の盛況。50メーター、ターン。手前のコース、早稲田小柳[清志]、やや出ました。
1着、早稲田、小柳君。1分2秒6。

官公職員闘争解決 読売、ストライキへ<動く労働戦線> 03:00
「官庁、鉄道、郵便局などの従業員の待遇はあまりにひどい。改善せよ」と政府に要求して立った全国官公職員労働組合は、7月上旬、争議に入りました。気象台職員は7日から街頭に進出。気象の科学の解説を兼ねて、窮状を訴えています。

「・・・収入570円、そして5人の家族を養っていかなくてはならない。世界的権威と言われます博士の俸給でも月に600円ぐらいというのがわれわれの仲間であります。」

11日には税務署の婦人代表が議会に婦人代議士を訪問。その苦しい生活状態を陳情しました。
逓信従業員は、お手のものの通信網を利用して全国から情報を収集。また、指令を飛ばして戦闘はまさにたけなわ。食べていけない生活を何とかしようと必死の闘争です。
9日4時、逓信従業員代表は一松[定吉]逓相と会見。

《一松逓相》
折衝4時間半。次いで翌10日も2回にわたって会見。この間、政府も臨時閣議を開いての慎重ぶりを見せ、ついに同日政府側の7月案で妥協なって一応解決に達しました。
だが、この回答は上にあつく下に薄いと、青年部はがぜん不満を表明。

一方、一応解決したと思われた読売新聞社の争議は、13日、再び表面にあらわれ、待遇改善と団体契約の確認をあくまで要求する印刷工場を中心とする従業員は、正午、産別会議の応援を得て、ついに終戦後、大工場には初めてのストライキに入り、このため印刷機は止まって読売新聞はついに発行不能。
これをきっかけに、ついに従業員は2派に分かれ、社長側を支持する従業員は大会を開きストライキ反対を決議。

「われわれは決して労働組合の権利を否定しようとするものではない。しかし労働組合の権利擁護の名の下に、人民大衆の生活を危殆に瀕せしめることは、これは労働組合指導者のとるべき態度では絶対にないと。」

これに対抗してストライキ断行組は同じく職場大会を開き、今、会社側に屈服するときは、労働組合はまったく無視されることになるとして、あくまで闘争すると宣言しました。

「・・・われわれ全部の戦いなのであるから、労働諸君は130万の産別の労働者が諸君の背後から動いているという事実をどうぞ忘れないでもらいたい。戦いは苦しい。苦しいけれども勝利は最後の分会の踏ん張りだ。どうぞ頑張ってもらいたい!」
「そうだ!」(拍手)

 

日本ニュース 戦後編 第28号(1946年7月)6分54秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310028_00000&seg_number=002

勤労者に労調法反対の声<労働戦線の動き> 00:41
一院制 二院制?問題の貴族院を覗く   01:12
日本一のソロバン選手 東京<時の話題> 00:30
増産へ産業展ひらく 群馬<時の話題>  00:35
海に入る弁天さま -鎌倉<時の話題>  00:24
“女人禁制”の伝統ゆらぐ -奈良大峯山<時の話題> 00:46
栄養失調 投稿者・東京・谷川静雄 <みなさんの声> 02:44

勤労者に労調法反対の声<労働戦線の動き> 00:41
問題の労働関係調整法反対、生産管理弾圧反対を叫んで、15日、対議会闘争労働者大会が宮城前広場で開かれました。次いで約2万の労働者はプラカードを押し立てて議会にデモ。久しぶりに働く者の声を白亜の議事堂に響かせました。

一院制 二院制?問題の貴族院を覗く   01:12
ここは議事堂の一角。廃止するとかしないとか言われている問題の貴族院です。衆議院とともに会期の半ばを過ぎることはや幾日。開かずの間と言われている便殿。陛下のご休憩になるお部屋です。
陛下が議事をご聴取になる御座所。7月17日、郵便料金値上げの件を委員長として久保田[敬一]男爵が報告。議席がたくさん空いているのは追放と欠席のためだそうです。

《久保田委員長》
「・・・通信事業予算は規定経費を及ぶだけ、及ぶ限り節減いたしまして、また、新規経費を事業運営上に・・・」

大臣席にはただ一人、新任間もない一松逓信大臣が精勤ぶりを見せています。傍聴席は閑散としています。
暑さのせいか、院内には暑中休暇を取ろうではないかという声もあるようです。

日本一のソロバン選手 東京<時の話題> 00:30
「願いましては・・・」
そろばん選手のナンバー1。1級321名中から最高点で合格した浅井きみ子さん。6年生のときから珠算の学校へ通い始めて、本年18歳。今では4けたの見取り暗算も2分で検算までしてぴったり合わせることができるということです。

増産へ産業展ひらく 群馬<時の話題>  00:35
群馬県下の各転換工場ではおざなりの商品ではなく、将来のある品で今後の発展を競おうと、7月15日から群馬産業展覧会を開きました。一番最新式といわれる機織り機械。
上州名代の見返り輸出生糸。豊年形の天候と言われるうれしい秋の取り入れに備えての脱穀機や各種農具。正常のルートから存分に農家へ送りたいものです。

海に入る弁天さま -鎌倉<時の話題>  00:24
7月14日、江ノ島のお祭り。海へお神輿が入るのは、弁天様が身を清めていらっしゃるのだそうです。身を清めた弁天様は、これから片瀬の腰越神社の男の神様のところへおいでになるという、なかなか隅に置けないロマンテイックなお祭りです。さあ、弁天様は胸とどろかせてお出かけになります。

“女人禁制”の伝統ゆらぐ -奈良大峯山<時の話題> 00:46
1200年の間、女人禁制の伝統を守り続けてきた大和大峯山。男女同権の今日、女は汚れた者として差別されるのはけしからんと、女人禁制の境界線を突破。大阪女子専門そのほかの若い婦人たちは7月14日、敢然、登り出しました。
だが小笹の宿に至るや、突然、地元泥川区民百数十名が腕にかけても(音声中断)婦人側も女性が汚れているなどとはとんでもないと突っ張りましたが、この日は近く開放するという条件で妥協。婦人たちはついに奥に登ることを断念して山を下りました。

栄養失調 投稿者・東京・谷川静雄 <みなさんの声> 02:44
栄養失調による死亡者、いわゆる飢餓衰弱死が最近ようやく各大都市に目立ってきました。そして当面の重大な問題の一つとなりつつあります。
東京世田谷の新生活集団では、6月下旬から厚生省公衆衛生員の手で、この栄養失調病の医学的な調査が始められました。皮膚の下の脂肪状態、体重、握る力、肺活量、ここの児童は主として戦災者。そのほか生活に苦しむ人たちの子弟だけに、特に栄養不足は著しく現れていると言われます。

「・・・はい、吹いて吹いて、うんと吹いて。よろしい。1410。」
「兄さんもみんなやせている? みんなやせてる。それで兄さん、進駐軍へ行って辛いと言ってる? 食べた物は全部吸収されるよ。よく噛んで食べなくちゃだめですよ。58.9。59.9。はい。」

《13歳 男》
人間が生きていくに必要な栄養量を食べ物からとることができなくなると、こうして極端にやせます。
《29歳 女》
自分の体の一部を栄養に代えて食いつぶすからです。
《43歳 男》
一方、顔はむくみ、まぶたは腫れ、同時に手や足が水ぶくれのように腫れ上がる人もいます。これがいわゆる戦争むくみです。
《8歳-11歳》
子どものうちには、同じようにお腹が異常に膨れ上がるのもよく見られます。この戦争むくみの原因は血液が変化するためと言われ、硫酸銅溶液の中に健康な人の血液を落としても浮かび上がらないのに、失調者の血液はたんぱく質の不足からこのように浮かび上がります。
すべて栄養失調者は何をするにも全身がだるく、体力も気力もなくなります。その重い軽いは別として、そのような人たちが今や都会のあちらこちらに見えてきました。何をしても疲れる。皆さんはこんな経験をしたことはありませんか。これから秋冬にかけて、ますます栄養失調はひどくなるに違いないと専門学者は警告しています。進駐軍のおかげで、今はほっと一息ついていますが、いずれにしても政府の速やかな対策が必要ではないでしょうか。

 

1946年8月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19468

日本ニュース 戦後編 第29号(1946年8月)7分25秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310029_00000&seg_number=002

本年度予算案上程 -衆議院本会議-   01:26
中国から初の証人 -東京裁判-     00:49
ボクたちの野球大会 -東京<時の話題> 00:36
ヨイコ 夏の勉強 -大阪<時の話題>  00:26
青空市場とうとう閉鎖 -東京<時の話題> 00:24
転換工場のなやみ -富山<時の話題>  00:26
鉄道“声”の講習 -東京<時の話題>  00:48
どうなるか警察の民主化 -放送討論会- 02:26

本年度予算案上程 -衆議院本会議-   01:26
(¥56,000,000,000円)
敗戦から新日本の再建へ。過渡期の苦しみのうちにもみ抜いた21年度会計予算案560億円は、去る24日、ついに衆議院に提出。翌25日、石橋[湛山]大蔵大臣は満場注視のうちに財政演説を行いました。

《石橋蔵相》
「かように本年度の会計予算はすでに過ぎ去りましたものを含んでおりますが、とにかく前年度の歳出は以上に申し述べましたごとく566億880余万円の巨額に上る次第でありまして。」
《自由党 苫米地英俊氏》
《進歩党 北村徳太郎氏》

この560億の予算はインフレ激成の危機をはらむものとして問題となり、自由党苫米地、進歩党北村両氏に次いで、社会党鈴木茂三郎氏、立って質問。

《社会党 鈴木茂三郎氏》
「この国民の信頼を火急につかむるところの政治力を持つ者でなければ、私はインフレーションを断つことは断じて不可能だと信ずるのでございます。その点に関する、政府は果たして現内閣の政治力をもって、現内閣の政治力をもって、果たしてインフレーションを防止得る、防止し得るところの確信を持たれるかどうかということをお尋ねしたいのでございます」

中国から初の証人 -東京裁判-     00:49
7月22日、東京裁判の法廷に初の中華民国側証人が出廷し、いよいよ支那事変が俎上に上るに至りました。証人は支那事変当初、宋哲元軍副軍長兼北平市長で、現在国防部次長である秦徳純中将。

《秦徳純将軍》

(中国語による証言)

《アメリカ代表判事 クレーマン少将》
《土肥原被告》

証拠として盧溝橋の写真を提示しつつ、いわゆる盧溝橋事件は、被告土肥原[賢二]を中心とする日本軍の策略であると述べました。

ボクたちの野球大会 -東京<時の話題> 00:36
戦争が終わってもう1年。子どもたちもすっかり元気になりました。7月21日、東京上井草球場で開かれた学童軟式野球大会。久しぶりにボールを握って子どもたちは大喜び。

(試合の様子と子どもたちの歓声)

ヨイコ 夏の勉強 -大阪<時の話題>  00:26
大阪の子どもたちも負けていず、夏休み中の勉強に気象台にラジオゾンデを見学に行きました。大きな風船に結びつけた小さな箱。これが、上のほうの空気が暖かいか冷たいか、そんなことを電波で下に知らせてくれるラジオゾンデ。
レシーバーを耳に、みんな一生懸命です。

青空市場とうとう閉鎖 -東京<時の話題> 00:24
おなじみの深かった青空市場が閉鎖されました。こんなバラック建てで1万円から2万円もかかったとのことで、壊すほうもちょっとがっかりした格好。しかし警官の目を逃れて、あちらこちらと歩く闇市が依然繁盛。たばこ、握り飯など、相変わらず禁制品が威張っています。

転換工場のなやみ -富山<時の話題>  00:26
軍需工場から平和産業へ。その転換工場にもいろいろな悩みがあります。戦争中、工作機械で財を成した富山県の不二越鋼材会社。今は何万坪という大設備を抱えて、どうやら自転車を作り始めました。精密機械で、大して精密度の要らない部分品を削るというもったいないやり方。その代わり出来上がりは確かということです。

鉄道“声”の講習 -東京<時の話題>  00:48
駅のアナウンスをもっと気持ちのよいものに、という声の交換室の注文に応えて、東京鉄道局では声の講習会を新橋駅で開きました。

「それでは、想定を与えます。復員の方とね、引き揚げ同胞の方が非常に乗っておりますからね。感謝の意を表するよう、ご苦労様というような言葉をですね、かけてもらうように言ってください。」
「皆様に申し上げます。この列車の前3両には復員の方々や引き揚げ同胞の方々がお乗りになっております。引き揚げてこられたこれらの方々を心から温かくお迎えいたしましょう。」
先生格は放送局のアキヤマアナウンサー。

《アキヤマアナウンサー》
「・・・としては申し上げたような、しょっちゅうやっていらっしゃることなら、もう少し早く言葉が出るんじゃないかと思いますがね。」

どうなるか警察の民主化 -放送討論会- 02:26
強盗殺人、騒擾事件などが頻発している折から、警察を民主化するにはどうしたらよいか、この問題を中心に、第15回放送討論会が、7月22日、日比谷公会堂で開かれました。

「・・・あなたは警察に同情せよ、というお言葉でしたが、私は警察に同情できません。(拍手)警察というものは民衆保護であって、犯罪捜査ばかりが本願じゃありません。しかるに闇取引の密告とか、参考人犯罪捜査の密告に行ってですね、それに対して、あなたのほうではそれに対して、ご苦労様の一つも言いません。」

《谷川警保局長》
「明王の心持ちを持って事務に奉仕をしなきゃならんことはお示しのとおりであります。警察の各員がかような心持ちでいてくれるであろうことを私は期待をいたすのであります。」
「労働争議が発生すると、そこへ私服を着た警察の人間が、警官がですね、私服でもっていろいろな形で潜り込んでおります。」
「相手がそういう凶悪な強盗であるにしろ、人数が多いにしろ、自分の職責を自覚したならば直ちにそれは逮捕しなきゃならん。強盗を目前に見ながら、何ら手の施すところなく、新聞の記事によれば強盗と問答の結果、逃走せしめたと。現行犯の強盗を目の前にして、なんで問答の必要があるか。」

《谷川警保局長》
「警察官をもちまして、今日のごとく横行しておる集団強盗等に対処いたしますることは、これは容易の技ではないと思いまして、私は警察官諸君の努力に対しては実に同情いたしておる次第なのであります。」

《東大教授 田中三郎氏 民間研究家 高橋雄豺氏》
「谷川さんも一息つかれましたから、3名の方、どなたにでも結構であります。どうぞ、前の方。どうぞ。」(拍手)
「・・・それでは谷川くんに質問する。一番下級の警察官の待遇改善である。わが十何人もの犠牲者を出したというのは誰か。それは下級警察官ではないか。戦争中、日本の警察官は軍閥のおこぼれを食べて、われわれ人民の弾圧に協力し、拷問にかけた、その戦犯たちも現在の警察からことごとく放逐することだ!」
「そうだ!」

 

日本ニュース 戦後編 第30号(1946年8月)8分42秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310030_00000&seg_number=005

曝露された南京の大虐殺 -東京裁判    00:53
B29-各都市訪問            00:53
東海道本線で列車衝突 -滋賀県      00:52
ジープで富士山へ<時の話題>       00:34
昆布とり はじまる -北海道<時の話題> 00:49
浮浪児 きれいになる -東京<時の話題> 00:51
名選手も出場 米軍陸上競技 -東京<時の話題> 00:46
戦後の恐怖 伝染病を防げ 投稿者 大阪市 阿部徳三さん<みなさんの声> 02:59

曝露された南京の大虐殺 -東京裁判    00:53
東京裁判は7月25日から30日まで南京の大虐殺の証言に入りました。29日には中国側証人に続いて南京大学教授ベイツ博士が証人台に現れ、法廷は数日間、虐殺、暴行などの忌まわしい言葉と事実に埋め尽くされました。

《南京大学 M・S・ベイツ博士》
昭和12年12月、日本軍は南京入城。世界歴史上最も恥ずべき大虐殺を行ったのでしたが、何も知らぬ国民はちょうちん行列をして、それを祝っていたのでした。当の松井[石根]被告をめぐって国際法廷は異様な緊張に包まれています。

B29-各都市訪問            00:53
8月1日、アメリカ陸軍航空記念日。戦争中は恐怖の的であったB29、30機が終戦ちょうど1年目、今度は平和の使節として、日本の各都市の上空に空中分列式を行いました。1年前はこの爆音を、ちゃちな防空壕の中で震えながら聞いたものですが、平和の今は奇妙な懐かしささえ感じられます。東京の上空を低空飛行の後、午後1時、基地沖縄へ帰りました。

(飛び去る飛行機と見送る人)

東海道本線で列車衝突 -滋賀県      00:52
日本の主要幹線、東海道本線安土・能登川間に7月26日午前5時55分、またまた列車事故が起こり、69名死傷の惨事となりました。この日、東京発門司行き急行第5列車が故障のため停車中、下り貨物列車がこれに追突。門司行きの客車2両をめちゃめちゃに破壊しました。原因は機関士の過労のためと言われています。
現在までの重傷者58名、死者11名。しかもそのうち、帰国を急ぐ中国人、朝鮮人多数が含まれ、事故頻発の折から広く問題を投げかけております。

ジープで富士山へ<時の話題>       00:34
ジープが富士山に登ります。ただし頂上まではちょっと無理。やっぱり山登りはこつこつ歩くところにおもしろみがあるらしく、進駐軍の兵隊さんも日本人に交じって汗まみれです。

(登山する兵士、ご来光)

昆布とり はじまる -北海道<時の話題> 00:49
昨年流氷が多くて心配されていた北海道日高海岸の昆布も、案外たくさんそこここの岩の間に密生、例年より10日も早く、白旗の合図で一斉に昆布採りが始まりました。この白旗が上がらない間は、勝手に採ってはいけないという昔からのおきて。

アイヌ人も交じっています。欠配六十何日という北海道だけに、皆、真剣です。

(昆布採りの様子)

浮浪児 きれいになる -東京<時の話題> 00:51
その後、依然として減らない東京上野の浮浪児。その取り締まりが7月29日、またまた上野駅付近一帯にわたって一斉に行われました。いつもはいち早く姿をくらます彼らも、婦人警官には照れくさそうに収容されます。この日はいつもと違って明るい設備。散髪やらお風呂やらでだいぶ勝手が違いました。

(風呂に入れられたり身繕いをされる浮浪児たち)

その上、真新しい洋服をもらって、口をそろえて「今度は逃げないよ。」と言っていました。

名選手も出場 米軍陸上競技 -東京<時の話題> 00:46
太平洋アメリカ占領軍の対抗陸上競技会が7月27日、東京神宮外苑で行われました。朝鮮、日本、ハワイ、マリアナ、フィリピン各地のアメリカ陸軍の代表選手が参加し、日本占領軍が勝ちました。100メートルに世界タイ記録を持つパーカー中尉のほか、砲丸投げのオーシカー中尉、走り高跳び、棒高跳びのモアカム少尉ら、アメリカの一流選手も参加。
パーカー中尉、100メートル。
パーカー中尉、ぐんぐん出ております。この日の記録は10秒3でした。

戦後の恐怖 伝染病を防げ 投稿者 大阪市 阿部徳三さん<みなさんの声> 02:59
大戦争の後には必ず伝染病が流行します。浦賀にはコレラが出ました。チフス、そのほかの伝染病の発生もあちらこちらに伝えられています。病院にも伝染病に苦しむ人々が増えてきました。

(入院患者たち)

投書にお答えして、日本ニュースは実際を見て歩きました。

(コレラ菌)
(チフス菌)
(菌の顕微鏡写真)

われわれを狙っているのは、まずコレラ菌、チフス菌。このようなばい菌をばらまくのはハエです。
この一本のハエの足には何万何億という菌がついています。
それからボウフラ。これから生まれる蚊。今年が11年目の大流行期に当たる、あの恐ろしい眠り病をもって歩きます。これらの病菌をなくするために進駐軍はDDTを放出。日本の製薬会社の一部は動き出しましたが、大部分は動いていません。どうすればいいか。都会では狭い家に3家族も4家族も一緒に入ってごちゃごちゃと暮らしています。
そして同じ器、同じ水で食器を洗っています。ここから伝染病がうつります。
川は汚い物でいっぱいです。その川で泳ぎ、水上生活者はこの川の水で炊事をします。ここからも伝染病がはやります。
たくさんの人が集まる町。大きな駅付近に見られる汚物の山。当局も付近の住民も片づけようとはしていません。ここにボウフラがわき、ハエが飛び回っています。そのハエはばい菌を持って店先の食料に止まります。ここからも伝染病がはやります。ひとりひとりがよく考えないと、秋口になるとものすごく伝染病が流行するおそれがあります。進駐軍に頼るばかりでなく、政府の衛生に関する根本的な対策が望まれています。

 

日本ニュース 戦後編 第31号(1946年8月)8分5秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310031_00000&seg_number=006

あれから一年              00:48
東京裁判                01:03
各都市は復興したか 投稿者-神戸市 今井久幸さん<みなさんの声> 01:42
スポーツ 都市対抗野球         00:55
当時の首相 鈴木貫太郎氏 -千葉<時の話題> 00:40
グルカ兵 宮城警備 -東京<時の話題> 00:31
一年目の労働戦線            02:23

あれから一年              00:48
昨年8月15日、日本は無条件降伏。ここに太平洋戦争の幕は閉じられました。
あれから1年。連合軍の占領下、マッカーサー最高司令官の下に、日本の古きものは急速に新しきものと交代しつつあります。

東京裁判                01:03
昨年の8月15日まで古き日本を支配した戦争責任者たちは、今、運命の審判を受けています。
8月1日からの法廷には、証人として元奉天領事、森島守人氏、アメリカ新聞記者パウエル氏らに続いて7日には元参謀次長、多田駿氏が証人として現れ、満州侵略から支那事変に至る軍中央部の内面を初めて明るみに出しました。

《森島元奉天領事》
《パウエル氏》
《多田駿元大将》
終戦後1年の被告たちは、どんな感懐でこれらの証言を聞いているでしょうか。

「私は、日本政府と申しますと、お答えは難しいかもしれませんが、政府の部内に反対の意見を抱いておった方があると聞いております。」

各都市は復興したか 投稿者-神戸市 今井久幸さん<みなさんの声> 01:42
(-広島-)
広島。原子爆弾の落ちたあたりの復興はまだまだですが、あれから1年、住宅はだいぶ出来ました。心配されていた家庭菜園の野菜も出来がよいとのことです。

(-大阪-)
大阪。駅前から市内の中心地帯にかけて一応復興して、焼け跡もどうやら見えません。しかも、さすが商業の都だけあって、闇市の繁盛ぶりも全国一。
と思われていたところ、こればかりは8月1日、5000の警官を動員しての閉鎖に、たちまち静粛になりました。

(-京都-)
京都。戦災を受けなかっただけに、きれいどころを動員して、昔に変わらぬのんびりした七夕祭り。

(-東京-)
東京。表玄関東京駅の化粧がえ。進駐軍MPの交通整理で銀座は大変な人出。ただしこれは表っ側だけです。日本橋もきれいになりました。
浅草仲見世。
六区。表面のにぎやかさに比べ、住宅の復興はまだまだ。かなたに白い議事堂だけが目立っています。

スポーツ 都市対抗野球         00:55
昭和17年以来、足掛け4年ぶりに開かれた社会人野球の最高峰、毎日新聞社主催第17回都市対抗野球大会は、8月3日薄曇りの後楽園球場で午前11時入場式開始。各代表の入場式はここにまったく終わりました。
8月3日から始まった都市対抗野球は、9日ついに決勝戦に入り、桐生対岐阜が相まみえました。
4回の裏、岐阜の攻撃。桐生のキャッチャー稲川、球を落として、國枝、最初のホームイン。
9回の裏。ランナー1塁3塁。桐生の皆川、惜しくも三振、挽回ならず。結局、今年は3対0で岐阜が優勝しました。

当時の首相 鈴木貫太郎氏 -千葉<時の話題> 00:40
《鈴木貫太郎》
「昨年、今の、いわゆる終戦のときに当たりまして、われは敗軍の将である。ただいま郷里に帰って、畑を相手にいたして生活しております。」

グルカ兵 宮城警備 -東京<時の話題> 00:31
かつてのビルマ戦線の花形、グルカ兵が最近宮城を守備しています。その交代式。身長は5尺足らずですが、その精悍さは広く知られております。アイケルバーガー中将の顔も見えます。

一年目の労働戦線            02:23
国有鉄道の労働組合では、青少年、婦人7万5000名の首切りに絶対反対を唱えて、8月5日午後1時、一斉に汽笛を鳴らして気勢を上げました。

(汽笛)

九州三菱炭鉱では、16歳以上に飢餓突破資金を500円欲しい、そのほかの要求を引っ下げて会社側に迫りましたが決裂。7月31日ゼネストに入りました。
6日目の8月5日午前2時、組合側が一歩譲って解決。石炭の増産に乗り出しました。組合側では石炭の重要性を考えて、涙をのんで譲ったのだと言っております。

茨城県高萩炭鉱では、団体協約権についての会社側の回答が約束の7月31日になっても来ないので、8月1日、組合はゼネストを決行。まだ解決がつかず、加配米を止められた家族も組合と結束してストライキは続いております。
この1年間、労働者の生活を守るための組合活動は著しい発展を示しています。
こうして闘争を続ける一方、自分たちの教養を高くするために学校を作って勉強する組合が多くなりました。
演劇グループを作って研究しているところもあります。
洋裁も自分たちが先生を呼んで教わっています。

(♪滝廉太郎『春』、「春のうららの隅田川・・」以下1番)

音楽もなかなか上手になっています。
このように文化の吸収に努め、ここ1年の進歩は目ざましいものが感じられます。

 

日本ニュース 戦後編 第32号(1946年8月)8分39秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310032_00000&seg_number=005

全日本水泳選手権大会<夏のスポーツ>  00:49
全国中等学校野球大会<夏のスポーツ>  00:41
重大化した失業問題           02:05
満州帝国の正体 溥儀元皇帝出廷 -東京裁判 00:50
伏見宮博恭王 薨去 -東京<時の話題> 00:35
はるばる日本で母子の対面 -東京<時の話題> 00:26
花火のコンクール -岐阜<時の話題>  00:21
新版“武士の商法” -東京<時の話題> 00:33
何を求める? 戦災孤児たち<時の話題> 02:15

全日本水泳選手権大会<夏のスポーツ>  00:49
(宝塚プール)
終戦後初めての全国水泳選手権大会が、8月8日、9日宝塚プールで行われました。
100メートル平泳ぎ。かつての名選手小池[禮三]君優勝。
100メートル自由形決勝、一斉にスタート。各選手、しぶきを上げて猛烈な競り合い。第4コース、立教の太田[光雄]、やや出ました。
ゴール前の5メートル。太田、そのままゴールイン。記録1分2秒2。

全国中等学校野球大会<夏のスポーツ>  00:41
(西宮球場)
8月15日、大阪西宮球場。4年ぶりに復活した全国中等野球大会は、優勝旗の返還、選手代表の宣誓の後、大会旗を掲揚。かくて午前9時半、この日の第1試合、京都二中対成田中学の熱戦の火ぶたが切られました。
0対0のまま最終回に入り、9回の裏、京都二中の攻撃。ランナー1塁。このとき金森、殊勲の三塁打を左翼越しに放ち、貴重な1点を獲得。1対0で京都二中に凱歌が上がりました。

重大化した失業問題           02:05
軍需補償の打ち切り決定とともに失業問題はようやく重大化してきました。政府の計算によっても、現在失業して生活に苦しんでいる者はおよそ400万人に達すると言われ、軍需補償打ち切りにより、さらに100万、民間の計算によれば、年末までに失業者1000万に達するとさえ言われています。
これに対し、労働者側の失業絶対反対の叫びもようやく高くなり、労働関係調整法反対を合わせて各地で反対デモが行われました。国鉄では7万5000の馘首問題を俎上に、8月12日、青年部臨時大会の議論沸騰。

「民主国家建設の立場で女性の解放が唱えられている今日、私たち女性から働く権利を奪うということは、私たち女性を解放しないと政府が言明しているも同じであると考えます。」
「同志的団結力によって、あらゆる暴力、あらゆる弾圧を粉砕して、断固、戦闘をもってこの勝利を獲得するつもりである。」
「そうだ!」(拍手)

《船舶運営会 柳瀬理事長》
同じ日、約4万の失業に直面した海運組合の代表は、船舶運営会柳瀬理事長に絶対反対の強硬談判。

「・・・等船員に対しては、現に実施しております次の条項に該当する方々を整理する方針でもって継続したく。」
「あなた方もともに道づれとして死にます!」
「そうだ!」(拍手)
「自分らの都合のいいときには、1000円とか2000円とかいう誇大なる広告をなして駆り集めて、その用が済んだったならば、もう用がないから首だと、あなた方はそんな非人道的なことを、あえて公言なさるんですか。」
「・・・はそれでどうするんだ!」

満州帝国の正体 溥儀元皇帝出廷 -東京裁判 00:50
《溥儀元皇帝》
元満州帝国皇帝溥儀氏、東京裁判の証人台に立つ。敗戦とともに泡のように消え去った満州帝国の元皇帝ヘンリー溥儀氏は、その後、ソビエトに抑留されていましたが、16日、ついに一証人として東京裁判の法廷に立つに至りました。
かつて王道楽土、満州帝国の皇帝として、日満の文武百官がひれ伏す神聖な祭壇に祭り上げられた彼。その皇帝は、単に日本軍閥の操り人形にすぎなかったのではないか。

《板垣被告》
果然、溥儀氏は当時関東軍参謀の板垣被告に脅迫されて皇帝になったと証言。ニセ国家満州国の正体を暴露しました。

伏見宮博恭王 薨去 -東京<時の話題> 00:35
ご病気中の伏見宮博恭王殿下は8月16日朝、品川の三条公邸で薨去。天皇陛下はご訃報とともに同日伏見宮邸に行幸、永のお別れをされました。
伏見宮殿下はかつて軍令部総長として支那事変中、作戦の枢機に当たられた方です。

はるばる日本で母子の対面 -東京<時の話題> 00:26
アメリカの婦人将校アルファ・アダムスさんは、出征以来会わなかった息子さんに珍しく東京で2年ぶりに対面できました。息子のジョンさんは当年18歳。お母さんと一緒に兵隊になりたくて、年の若いのに、たって志願。はるばるテキサス州からやってきた青年飛行士だそうです。

花火のコンクール -岐阜<時の話題>  00:21
平和を喜ぶ夜空の競演。8月10日、岐阜長良川で終戦後初めての全国花火大会が開かれました。各地からはせ参じた花火師数十名が、八寸玉、二尺玉と秘術を尽くす花火コンクールだそうです。

新版“武士の商法” -東京<時の話題> 00:33
東京は渋谷のバラック百貨店の一角。小間物などを並べ、客応対も素人くさい、ごま塩頭の老人があります。これがなんとノモンハンで勇名をとどろかした荻洲立兵中将閣下です。

《客の女性2人》
「・・これいいですか。」

《荻洲》
「ああ、いいですよ。色もよし。」

《客の女性2人》
「これ、いただく?」
「いいえ。」
「おいくらでしょうか。」

《荻洲》
「さあ、いくらかな。」

《店の女性》
「これは10円です。」

民主主義の世の中に変わって、老将軍の新版「武士の商法」というところです。

何を求める? 戦災孤児たち<時の話題> 02:15
どろどろの着物と真っ黒な垢にまみれて、焼け跡の町を野良犬のようにさまよっていた戦災孤児たち。その一人、イガラシヤストモ君は「日本ニュース」に映ったのをお父さんお母さんが発見。今度、天下晴れて富山のご両親の元に帰りました。
あのときのゆがんだ表情に比べて、この朗らかな顔。しかし、こうした幸運な子どもたちはほんの少しです。そのほかの孤児たちはどうしているでしょうか。
社会党の山崎道子代議士は、このほど東京板橋の養育院を訪れました。ここには今、トラホームがはやっています。
「ああ、そういうふうにやるの、だめ。いじっちゃだめよ。いじると、うつるの。」
久しぶりに聞く、お母さんのような優しい言葉。それに相撲場やらプールやら、施設も最近よくなって、ここの子どもたちは、やっと以前の無邪気さを取り戻したようです。

(プールで水遊びをする子どもたち)

しかし、問題はそれで解決ついたでしょうか。食事は班長になった子どもがほかの者よりたくさん食べられます。

(子どもが歌う『純情二重奏』♪「森の青葉の蔭に来て・・」以下1番)

みんなが元気に遊んでいるとき、いつも誰かを待っているように門の外ばかり眺めている子。仲間から外れて一人しょんぼりしている子。どんなに元気そうに見えても、この子どもたちはまだ満たされない何かを求めているのです。それを与えてくれるのは、誰でしょうか。

 

日本ニュース 戦後編 第33号(1946年8月)8分16秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310033_00000&seg_number=003

新憲法案 委員会通過 -衆議院   01:28
真か偽か 溥儀氏の親書 -東京裁判 00:54
御法度の歌劇 “ミカド”上演    01:01
戦線統一の気運 -産別結成大会   00:43
お祭二題<時の話題>        01:02
吉田首相 自由党総裁に<時の話題> 00:27
ころがりこんだ十万円<時の話題>  00:24
引き揚げ民を怒らせた住宅問題<時の話題> 02:13

新憲法案 委員会通過 -衆議院   01:28
《芦田委員長》
《金森国務相》
2カ月間慎重審議中であった憲法改正法案は、8月21日、ついに本委員会を通過。芦田委員長の総括質問、金森国務相答弁の後、社会党の単独修正案を上程。

《社会党 鈴木義男氏》
「既に修正案にも、主権は国民にあるという規定はありまするけれども、特に大切なる規定でありまするから、別に独立の1条を設けようというのが、わが党の主張であります。」

《芦田委員長》
「日本社会党単独の修正案に、賛成の諸君は起立を願います。起立少数。よって、社会党単独の修正案は否決せられました。」

次いで、小委員会の共同修正案を上程。各党賛否演説の後、可決されました。

《芦田委員長》
「共同修正案について採決いたします。この修正案に賛成の諸君は起立を願います。起立多数。(拍手)よって、小委員会修正のとおり、共同修正案は決定いたしました。」

真か偽か 溥儀氏の親書 -東京裁判 00:54
《元満州国皇帝 溥儀氏》
《ウェップ裁判長》
《弁護人 ブレイクニー氏》

証人台の元満州国皇帝は、20日から弁護人の反対尋問に入るや、その証言が次第にあいまいとなりました。

(中国語・英語通訳)

「その文書は、あなたの顧問でありました羅振玉の、が書いた筆跡であるかどうか、あなたはそれを見てわかりますか。」

(中国語・英語通訳)

「そうでありません。全然違います。」

《キーナン主席検事》
自ら進んで皇帝になろうとしたのか否か。彼自身書いたと言われる親書を偽物だと断言し、法廷は俄然緊張。満州帝国の奇怪な裏面史が繰り広げられていきます。

御法度の歌劇 “ミカド”上演    01:01
日本ではまったく上演を禁じられていたイギリスの名作、歌劇「ミカド」が8月12日から東京のアメリカ軍の劇場アーニーパイルで上演されています。王子様とお姫様の恋物語で、ミカドがその恋をまるく収めるというお話。お姫様は今年21歳のゲルトルード・グリフィスさんが務めています。

(一場面の歌)

戦線統一の気運 -産別結成大会   00:43
大量首切りそのほか資本家側の攻勢が伝えられているとき、8月19日から3日間、東京神田の共立講堂で産業別労働組合会議結成大会が開かれ、席上、総同盟との提携、労働戦線の統一が一致した叫びとして取り上げられ、労働組合今後の力強い発展が注目されています。

「これから本当の労働者の階級意識によって、会社意識、工場意識を吹き飛ばしてやるということは本当に強くなれるということ。そうして総同盟の諸君ともはっきり手を握ってやっていくことができるのだろうと思う。」
(拍手)

お祭二題<時の話題>        01:02
(東京・日本橋)
8月20日から3日間、新装なったお江戸日本橋の復興祭り。「江戸っ子だ、どうせやるならけちけちするな」と、このお祭りの費用ざっと100万円。葭町のきれいどころはもちろん、倶利伽羅紋紋の兄い連、総出動でにぎやかなことでした。

(宇都宮)
宇都宮では8月14日から7日間、全市を挙げて復興祭りを行いました。「日本一だよ復興祭り。はやせ、太鼓をうつのみや」と、ここもまたにぎやかなことでした。
(「ワッショイ!」の盛んな掛け声)

吉田首相 自由党総裁に<時の話題> 00:27
《吉田新総裁》
8月19日、自由党は党大会を東京の鉄道協会に開き、約400名出席。正式に吉田首相を総裁に推戴しました。幹部席には追放されたはずの河野一郎氏の顔が見えます。
《河野一郎氏》
終わってビールの乾杯。婦人代議士もおいしそうに1杯やっています。

ころがりこんだ十万円<時の話題>  00:24
勧業銀行では宝くじ当選者の持参の札を厳重に調べて、8月21日から現生を渡しています。新円で10万円。当たった人の住所氏名は、強盗が怖いから言わないでくれとのことです。「何に使いますか」と聞いたら、ニヤニヤと笑って答えず、裏口からこっそり帰りました。

引き揚げ民を怒らせた住宅問題<時の話題> 02:13
「我身になって不幸な同胞を援護しましょう」と、東京とそのほかのお役所では8月1日から同胞援護運動を始めて一般に呼びかけました。街頭へは係官が出張して、いろいろと引き揚げ民、戦災者の相談に乗っています。
だが、これも実際には大して効き目がないと見えて、方々で問題が起こっています。われわれ家のない引き揚げ民に即時永久住宅を与えよと、五百余名の引き揚げ民たちは、東京都が言を左右にして要求に応じないので、21日、ついに深川臨海国民学校ほか2カ所の国民学校を占領してしまいました。
この人たちは預金もすっかり使い果たし、売れるものは売り、今はどうにもならなくなっています。家がなければ就職もできず、配給も受けられないので、当局が何と言ってもここに頑張ると、すっかり腰を据えてしまいました。
慌てた東京都が別に家を見つけて移そうとしましたが、それも断りました。
これを聞いた深川区民は引き揚げ民にすっかり同情。日用品のほか、お見舞いの金700円につけてパンまで提供。お役所の冷たさに引き換え、引き揚げ民たちは内地に帰って初めて人間らしい気持ちに接し、子どもまで大喜びです。
一方、どうやら家をもらった人たちもいますが、その一つ、東京青山の住宅営団の建物は、最初はただという約束なのに、ボロボロの部屋で、間代月50円100円という申し渡しに1500の引き揚げ民はすっかり怒り出し、こうして方々で当局の官僚的な取り扱いが問題になってきました。

 

1946年9月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19469

日本ニュース 戦後編 第34号(1946年9月)8分3秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310034_00000&seg_number=001

あつまる十万 労農大会 -東京  00:58
新憲法案 衆議院通過       01:52
高松宮 炭焼を御覧 -福島県<時の話題> 00:37
この行列は? -東京<時の話題> 00:21
インフレ景気の草競馬 -神奈川・戸塚<時の話題> 00:36
労働戦線 紛糾する国鉄問題    01:53
沖縄へ! 復員兵かえる -土浦  01:41

あつまる十万 労農大会 -東京  00:58
8月24日、宮城前広場で労農大会が開かれました。

「労働者と農民ががっちりと腕を組んで、まっしぐらに突進することを、ここに誓うものであります。」

労働者、農民、すべての働く者の団結によって反動勢力を粉砕しようと、産別、総同盟、そのほか食糧メーデー以来と言われる10万の勤労大衆は、首切り、労調法、農民への重税反対などの決議事項を掲げ、議会に向かってデモ。代表は政府に決議文を手交しました。

新憲法案 衆議院通過       01:52
憲法改正案は審議50余日、8月24日、ついに歴史的な議決の日を迎えました。

《芦田委員長》
劈頭、芦田委員長が審議の経過を報告。

《尾崎行雄氏》
次いで、尾崎行雄氏、新憲法への心構えを説いて、各党の討論に入りました。

《山崎新議長》
「委員長の報告に対する討論に入ります。順次発言を許します。野坂参三君。」

《共産党 野坂参三氏》
「政府は金持ちのほうのためには熱心であるが、しかし貧乏人の生活権や労働権を保障するような規定を設けることには反対しておる。われわれは、勤労者の保護の規定を十分に含まないような憲法に賛成することはできない。」

《自由党 北れい吉氏》
「この憲法はポツダム宣言の認むるところのみならず、日本国民の大衆が支持するのみならず、世界の世論がそれを支持するという意味において・・・」(拍手)

《山崎議長》
「採決いたします。本案は、委員長報告のとおり決するに賛成の諸君の起立を求めます。」
「起立!」

《山崎議長》
「8名を除き、その他の諸君が全員起立。よって、本案は委員長報告のとおり、3分の2以上の多数をもって可決いたしました。」(拍手)

高松宮 炭焼を御覧 -福島県<時の話題> 00:37
猪苗代湖畔に避暑中の高松宮殿下には、8月26,27の両日、付近、磐梯山麓の炭焼きの状況をご覧になりました。徒歩行程約2里半。殿下にはいろいろとおねぎらいになり、炭焼きたちはタバコをいただきました。この種のご視察は初めてだそうです。

この行列は? -東京<時の話題> 00:21
これはデモではありません。8月26日から、東京都のデパートで売り出した靴を買う人の群れです。闇では500円、1000円の新円を工面しなければなりませんが、ここでは99円99銭、大変な騒ぎでした。

インフレ景気の草競馬 -神奈川・戸塚<時の話題> 00:36
終戦以来、関東としては最初の草競馬が8月17日から神奈川県戸塚で行われました。

大穴を目がけて血眼となった民衆が馬券売り場に殺到しています。ここばかりは500円生活をよそに、10円札100円札が氾濫しています。

労働戦線 紛糾する国鉄問題    01:53
8月27日、朝5時34分、東海道線三島・函南間、観音松トンネル内で、下り1167貨物列車の後部10両が脱線転覆しました。原因はレールの不良のためと言われています。最近このような国鉄事故が頻発しますが、その原因は、戦争中、軍閥政府がめちゃくちゃに使いこな(聞き取り困難)した結果であって、従業員もまた休む暇もなく、こき使われたと言われています。
一方、最近の国鉄の修理工場へは、壊れた車輪や焼けただれたモーターが次から次へと運び込まれてきます。進駐軍から証書を授けられた大井工機部では、連日連夜修理に忙殺され、7月中にモーター204個を修理したと言われています。首切りに反対しつつ、従業員の必死の努力が続けられています。

(広島)
一方、広島では国鉄の整理がきっかけとなって、方々で首切りが始まるかもしれないというので、8月21日、駅前に従業員大会を開き、首切り絶対反対を決議しました。

(東京)
さらに8月27日、東京でも首切りに反対して、婦人部大会が開かれました。
「ご存じのように、私たちが今、路上へほっぽり出されましたときには、何が待っておりますか。これは日本復興ではなくて、日本民族を滅亡するよりほかに道のないことを、この際よくよく認識していただきたいと存じます。」

《平山運輸次官》
《平塚運輸相》
「国民に対しても相すまんと思って、一日も早く解決したいと思っております。」

沖縄へ! 復員兵かえる -土浦  01:41
敗戦1年を過ぎた霞ヶ浦飛行場。ここに収容されているこの若者たちは沖縄の青年です。昭和17年戦争にかり立てられ、中国からシャムなどに追いやられましたが、俘虜として帰ってから、誰も面倒を見てくれませんでした。しかし、いよいよ連合軍最高司令部の計らいで、懐かしいふるさとに帰る日が来ました。

この寄る辺ない人たちを心から送ったのは、同じような戦争の犠牲者、海外引き揚げ民や戦災者たちでした。恐らくもう一生会えないだろうと思われる別れ。こうしてこの人たちもまた、荒れ果てた故郷再建のために出発していきました。

 

日本ニュース 戦後編 第35号(1946年9月)8分19秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310035_00000&seg_number=003

深刻化する海員問題 横浜 神戸    01:51
小麦粉から三千人の中毒 東京     01:08
お米とおいも 石川 埼玉<時の話題> 00:38
入内雀“無断転入” 新潟<時の話題> 00:37
学童 塩を作る 広島<時の話題>   00:37
よみがえる美術の秋 -東京<時の話題> 00:34
傷病兵はどうしている 投稿者・東京・一復員者<みなさんの声> 02:51

深刻化する海員問題 横浜 神戸    01:51
戦争中はあったたくさんの船が少なくなり、船乗りが要らなくなったというので、船舶運営会では船員の馘首を表明。そのため生活を脅かされた約5万の船員たちは、馘首絶対反対を叫んで9月3日午後1時、横浜で船員大会を開き、ボート、内火艇五十数隻による初めての海上デモを行いました。

一方、陸上では「馘首絶対反対」を叫んでデモを行い、県庁に押しかけました。

同じく3日、神戸の海員会館では全国拡大評議委員会が開かれ、波乱を予想してか、入場者を厳重身体検査。

青年たちは断固ゼネストをもって闘うべきだと主張。幹部派はゼネスト反対を表明。このとき突如約30名の暴漢が乱入。ビール瓶、墨汁などで暴れ回って乱闘騒ぎとなり、そのうち約10名が検束されました。国鉄とともに全国から注目を浴びている海員の問題は、ますます深刻化しつつあります。

小麦粉から三千人の中毒 東京     01:08
家庭配給の小麦粉から、東京都中野区一帯の約3000人という多数の都民が、9月初旬、猛烈な中毒を起こし、大問題となっています。患者は瞳孔が開き、顔がこのようにむくんで、吐いたり下したりしていますが、その数、約3000名。そのうち五十数名は重症となり、中野区医師会総動員で治療に当たっています。問題の粉は栃木県で製粉した日本の粉で、8月の末、配給になったものです。
警視庁では事の重大さに狼狽。直ちに衛生試験を行いましたが、今のところ原因不明。一説には毒性の草木の根が混じっていたのではないかと言われています。食生活にあえぐ善良な都民が、配給の主食から中毒したというので、この事件は各方面からすこぶる注目されております。

お米とおいも 石川 埼玉<時の話題> 00:38
豊作の呼び声高く、21年度のお米の収穫は6000万石を超えるであろうと言われていますが、8月下旬、全国に先駆けて早くも石川県では早場米の取り入れが始まりました。埼玉県では早掘り甘藷が出だしました。農林省ではお芋の価格を1貫目4円と言っていますが、何とかうまく配給してもらってお腹いっぱい食べたいものです。

入内雀“無断転入” 新潟<時の話題> 00:37
毎年スズメが食べるお米の量は約700万石。スズメ1羽で1升のお米を食べると言われるほどです。新潟県北蒲原郡では、害虫を取らずにお米ばかり食べる入内雀の無断転入に困り果て、1万7000町歩にわたってかすみ網を張り、スズメ退治に大わらわです。
毎日面白いほど捕れ、夜のおかずには困らないそうです。

学童 塩を作る 広島<時の話題>   00:37
広島県賀茂郡木谷村の国民学校では、先生の指導で子どもたちが塩を作っています。かん水式、かけ水式、むしろ式などのいろいろのやり方を、子どもたちが自分で科学的にやっています。近ごろでは1日7俵も取れるようになり、県からとうとう供出割り当てまでされるようになったそうです。

(子どもたちの製塩の様子)

よみがえる美術の秋 -東京<時の話題> 00:34
上野の森を飾る院展と二科展が9月1日から3年ぶりにふたを開けました。横山大観氏の作品。北沢映月氏の「ゴロウとオソノ」。資材不足のためか出品数わずか415点。本当の美術の秋にはまだ遠い感じです。

傷病兵はどうしている 投稿者・東京・一復員者<みなさんの声> 02:51
8年間にわたって行われた侵略戦争の犠牲者。傷病兵たちが今も続々と国立病院に送られてきます。国立とはいいながら、病院はまるで国家から忘れられたような荒れ果てた設備しか持っていません。

(荒れた院内の様子、屋外を歩く傷病兵や看護婦たち)
(治療する医師や看護婦、見守る入院患者たち)

使い古したガーゼは、洗って消毒して、また使っています。国家の補助1日2円50銭の食事では、健康を回復するのに十分なだけ食べさせることはできないと病院では言っています。
退院してからの生活のために、患者たちは必死の思いで職業の勉強をしています。

(職業訓練をしている傷病兵たち)

そして、失業とインフレの待っている世の中へ出て行きます。この人たちの手や足や目をもぎ取ったのは、戦場で撃ち合った敵ではなく、背後にあった日本の軍国主義者、侵略主義者であることがわかった今日、この人たちの体をよくし、生活を保障するために、政府は万全の策を講ずべきであると言われています。

(オルガンで「夕焼け小焼け」を弾く、頭部と両目に包帯を巻いた傷病兵)

 

日本ニュース 戦後編 第36号(1946年9月)8分11秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310036_00000&seg_number=005

芸術祭の幕ひらく        02:48
学生水上大会<スポーツ>    00:38
日比親善拳闘大会<スポーツ>  00:28
はたらく貴族・京都<時の話題> 00:30
国境の街 稚内<時の話題>   00:29
埼玉に三ッ子誕生<時の話題>  00:22
“海員、国鉄ゼネスト断行”   02:53

芸術祭の幕ひらく        02:48
菊五郎、三津五郎、幸四郎という歌舞伎最高の顔合わせ。芸術祭は9月5日から華々しく幕を開きました。新日本文化再建のためといわれる文部省後援のこの芸術祭は、最初は税金を取らない予定でしたが、大蔵省がこれに応ぜず、そのため入場料は非常に高くなりました。全部見ると1000円はかかるといわれ、500円生活の芸術愛好者たちを悲しませています。
東京劇場『春日龍神』の舞台面、菊五郎の春日龍神に幸四郎の斑蓋法師です。田中文部大臣、そのほかの閣僚の顔も見えます。
帝劇では軍閥政府によって上演を禁じられていたゴーリキーの『どん底』が6年ぶりで上演されています。

学生水上大会<スポーツ>    00:38
9月8日の日大プール、全日本学生水上大会、第2日目、400メーター自由形決勝。日大・古橋トップ、250メーター、ターン、古橋に続いて立教・岩合、早稲田・村山。最終コース、ゴール前30メーター、古橋依然トップ、これを追って岩合、古橋ゴールイン、今年度の世界新記録4分48秒6。

日比親善拳闘大会<スポーツ>  00:28
終戦後初の国際試合、日本・フィリピンの拳闘大会が9月11日、後楽園スタジアムで行なわれました。当日の呼び物、ゴステロ対笹崎の10回戦、第10ラウンド、ゴステロ、ダウンしましたが、これは笹崎の反則。この試合ついにゴステロの判定勝ちとなりました。

はたらく貴族・京都<時の話題> 00:30
故久邇宮多嘉王殿下の第3王子で臣籍に降下された龍田徳彦伯は、京都松下電器で一職員として働いています。元海軍大尉で電波兵器を扱っていたので、ここでも真空管の技術者。給料は手当てを加えて800円とのことです。

国境の街 稚内<時の話題>   00:29
北海道の北の端、宗谷海峡を隔てて樺太と相対する稚内の街は、終戦とともに樺太がソ連領になったので、とうとう国境の街となりました。戦争中、ソ連軍が上陸するというので大あわてにあわてたつわものどもの夢の跡がわびしく残っています。

埼玉に三ッ子誕生<時の話題>  00:22
埼玉県松伏領村、石川モクサブロウさんのところで、8月11日、三つ子が生まれました。すでに3人の子持ちですが、今また産児制限を尻目に堂々の産声、みな男の子です。いっぺんに弟が3人もできて、お兄ちゃんお姉ちゃんはびっくりしています。

“海員、国鉄ゼネスト断行”   02:53
海員組合の争議はついに交渉成立せず、9月10日午前0時ゼネストを指令。東京、横浜の大小70余隻は一部を除いて一斉に錨を下ろし、かくて全国では4000隻に及ぶ船がゼネストに入りました。
一方、国鉄ではゼネスト反対から総連合と歩調の合わぬ大阪、名古屋、門司の3地方連合の代表が9月9日、運輸省に平山次官らを訪い、総連合とは別個に交渉しました。これに対して東日本を中心とする本部側の総連合では、翌10日原宿の本部で闘争委員会を開き、9月15日0時ゼネスト断行を決定。

《闘争委員会委員》
「多数と見て決定します」

これに応じて東京田町電車区では、職場大会を開いてゼネスト断行を叫ぶ。
長野では駅前に各組合が、国鉄ゼネストは全労働者の問題であるとして応援のデモを行ないました。
かくて海陸の大罷業(だいひぎょう)はついに12日、議会でも問題となるに至りました。

《協民党・三木武夫氏》
「この国鉄ゼネストならびに海員、海上における海員のこのストライキ、この問題をめぐって政府はなんらかの確信を持っておるのか。国民の退勢生活と国家の基本物資の輸送に対して万遺憾なからしめる責任を国民に対して負うことができるのか」

《平塚運輸相》
「整理をしなければ国有鉄道の合理的経営はありえないのであります。もちろんゼネストに入りますると、国民に非常な迷惑がかかるのであります」

かくて国鉄総連合と鉄道当局はゼネストを目前に12日夜、最後の交渉に入りました。はたして交渉なるか。決裂、ゼネストに突入するか。同日午後12時に至るも、形勢は予想を許さぬものがあります。

 

日本ニュース 戦後編 第37号(1946年9月)8分4秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310037_00000&seg_number=002

俘虜数万を虐殺泰緬鉄道の悲劇-東京裁判 01:24
六大学リーグ戦はじまる<スポーツ>   01:10
待ちに待った早場米到着 東京<時の話題> 00:36
もったいないお芋の山 茨城<時の話題> 00:16
動物園のおめでた 東京<時の話題>   00:25
ミス・ヨコハマと面浮立 横浜・佐賀<時の話題> 00:42
政府側遂に譲歩 国鉄ゼネスト危機の二日間 03:28

俘虜数万を虐殺泰緬鉄道の悲劇-東京裁判 01:24
東京裁判は、10日よりイギリス軍戦犯連絡将校ワイルド大佐の証言に入っていましたが、12日には、ビルマとタイを結ぶ鉄道建設にからんでの驚くべき日本軍の俘虜虐待の事実が初めて国民の前に明らかにされました。
この鉄道は、日本軍が昭和18年インド作戦を行うため、タイとビルマを隔てる大山脈を突破、しゃにむに建設を強行した大工事で、このため数万の原住民を強制的に徴用して重労働に従事させたばかりでなく、マレー作戦で俘虜になったイギリス、オーストラリア軍兵士を駆り立てて酷使、ついにコレラ、赤痢そのほかのために4万6千名のうち、実に3割5分の1万6千名を死に至らしめました。
この大惨事の責任は、まさにこの鉄道を無理押しに作ろうとした当時の杉山[元]参謀総長、東条首相、寺内[寿一]南方軍総司令官にありとワイルド大佐は鋭く証言しました。

六大学リーグ戦はじまる<スポーツ>   01:10
昔懐かしい神宮球場。9月14日から秋の六大学リーグ戦が始まりました。慶応・大島主将、優勝杯返還。島田早大総長の始球式に続いて慶応対立教の第一戦、5回まで1対1のあと、6回表、慶応3点、さらに9回に2点を入れて計6点。その裏、立教1点をあげましたが、追撃及ばず、結局6対2で慶応が勝ちました。
翌15日、待望の早明第1回戦、前半3対3の同点のまま、第6回、早稲田の攻撃、この回、明大内野陣の混乱に乗じ、早稲田一挙に3点をあげ、そのまま6対3で早稲田の勝ちとなりました。

待ちに待った早場米到着 東京<時の話題> 00:36
待ちに待った新潟からの早場米が9月16日、東京に到着。しめて230俵、これをできるだけたくさんの人にというので、一人当たりたった500グラムの配給です。だが、わずかながらも久しぶりのお米でみんな大喜びです。

もったいないお芋の山 茨城<時の話題> 00:16
4万俵以上のお芋が雨ざらしで腐りそうになっています。これはお芋の産地で有名な茨城県鹿島参宮鉄道沿線、現在の輸送力ではさばききれず、もったいない話です。目下大わらわで輸送中とのことです。

動物園のおめでた 東京<時の話題>   00:25
東京上野動物園、アフリカ産のカンムリヅルが赤ちゃんを産みました。日本では子供ができまいといわれていたのですが、母子ともに健全です。
これはシカの赤ちゃん。園長さんたちはせっかくの赤ちゃんを栄養失調にしては大変と大事に育てています。

ミス・ヨコハマと面浮立 横浜・佐賀<時の話題> 00:42
モダンなお祭り横浜の復興祭。目抜き通り伊勢佐木町では呼び物の山車を美しく飾り立て、ミス・ヨコハマが車上から進駐軍将兵に感謝の花束や提灯を贈っています。
佐賀県の鹿島では、二百二十日も無事にすんで、長らく中止されていた面浮立が久しぶりに復活しました。この面浮立は徳川時代から伝わる風の神様への感謝の舞いで、この時代がかった踊りは賑やかな祭り囃子にのって町やたんぼを練り歩きました。

政府側遂に譲歩 国鉄ゼネスト危機の二日間 03:28
全国の鉄道が止まるかどうか、国鉄50万労働者の大争議には全国注視のうちに12日夜から13日にかけて交渉が続けられ、ゼネストを目前に激論展開。13日午後1時20分、運輸省側が折れて一応妥協成立。平山次官と井伊闘争委員との間に握手が交わされました。
ところが、この妥協案には抜け道があると、青年部、産業別組合会議委員らが本部に駆けつけ、産別聴濤議長は発言を求めましたが、容れられず、妥協案は17対6で承認されました。

《闘争委員》
「では採決します。では採決いたします。この案を受けられる方は挙手を願います。多数と見まして、この案を受諾することにいたします。では、直ちにこの案を当局に行きまして調印の(聞き取り困難)を求めたいと思います」

ところが、議会における運輸大臣の首切り断行の言明も伝わって、再び、議場混乱して練り直し。

《闘争委員》
「首切りはそれで大部分撤回されたと、それを信じて賛成したわけなんです。そのあとの首相の話というのはどれほど確実みがあるのか、その点も疑えば考えられる」

《闘争委員》
「一部の急進分子といいますけれども、私たち、考えてみますと、とっても変だと思うんです。私は西のほうの脱落していった方を決して恨んだり、怒ったりいたしません。これは当局の陰謀にかかったかわいそうな人たちだと思っているんです」

《全員》
「そうだ!」

ついに13日中には調印に至らず、夜を徹し、翌14日に持ち越して交渉再開。ゼネストの時期は刻々迫ってきます。交渉はいくたびか変転、吉田内閣の存立にまで響く気配となってきました。
かくてついに大臣は、経営合理化は首切りを前提とせん、との一札を入れて、午前9時32分、ここに交渉成立して調停書に調印、運輸相は馘首案を撤回、危機一髪のところでゼネストを食い止めました。
かくて問題の9月15日、鉄道は何事もなかったかのように無事に動き出しました。
この歴史的大争議の終了に対し、産業別労働組合会議は声明を発表。

《産別会議 闘争継続を声明》
「変わらぬともかぎらんのだ。われわれは敵陣営の切り崩し工作に乗ぜられることなく、ここに示された共同闘争の威力をますます発展せしめつつ、吉田内閣打倒、民主政府自立の日まで戦い抜くであろう」

 

1946年10月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=194610

日本ニュース 戦後編 第38号(1946年10月)7分50秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310038_00000&seg_number=001

海員ゼネスト遂に解決 東京・北海道  01:45
サンデースクール           01:50
石狩川 鮭の大漁 北海道<時の話題> 00:28
草刈り競争 岩手<時の話題>     00:34
むかしがたりおいらん道中 京都<時の話題> 00:28
政府新案“三角クジ”<時の話題>   00:32
引き揚げ民に冬迫る          02:10

海員ゼネスト遂に解決 東京・北海道  01:45
国鉄争議の解決後もなお4000余隻の船を止めて続けられていた海員組合のゼネストは、9月19日最後の交渉、成り行きを心配して、組合員は続々運輸省に詰めかけています。交渉は、幾たびか決裂に瀕しながら夜を徹して続行。ついに9月20日夜半妥協成立。運営会は大量馘首案を撤回。組合側は賃金値上げの一部を譲って調印を終わりました。ときに午前2時55分。
かくて組合は21日午前9時ゼネスト解除を指令。不足を伝えられた石炭は東京に荷揚げを開始、北海道では木材の積み出しも再開、予想された重大な経済危機は、ここに解消しました。
こうして、いわゆる失業者を出さない経営合理化案の問題を今後に残して、船は錨を上げ、再び海上輸送は始められました。

サンデースクール           01:50
子供のニュース。神奈川県鶴見の下野谷国民学校、きょうは日曜日で学校はお休みですが、楽しそうな歌声が聞こえてきます。これは進駐軍の兵隊さんが、この学校の講堂を借りて近所の子供たちのためにキリスト教の日曜学校を始めているのです。兵隊さんたちと子供たちは歌やお話で日曜を楽しく送ることを大変喜んでいます。
兵隊さんは尋ねます。「この本は何でしょう」

《兵隊(通訳を介して)》
「名前を知っている方は手を挙げてください。その男のお子さん」
《男の子》
「バイブル」
《兵隊》
「アリガトウ、ゴザイマス。ザッツ・ライト」

(日曜学校風景)

さようなら、またこの次まで。

石狩川 鮭の大漁 北海道<時の話題> 00:28
新巻鮭で全国にその名を知られた北海道石狩川の鮭が取れ始めました。うまく出回って来年のお正月には、白いご飯と一緒にお目にかかりたいものです。

草刈り競争 岩手<時の話題>     00:34
堆肥増産を兼ねて草刈り競争が9月10日、岩手富士の麓、滝沢村の種畜牧場で行なわれました。ヨーイドンで刈り始めました。男子70坪、女子50坪、早く刈ってしまう競争です。女子部の一等は、このおばさん。タイム17分30秒。

むかしがたりおいらん道中 京都<時の話題> 00:28
10年ぶりだという京都島原遊廓の太夫道中が9月19日に行なわれました。金糸銀糸の絢爛たる衣装に長柄の傘、八文字を踏む黒塗り3本歯の下駄。これを見物するのに入場料10円というのもご時世でしょう。

政府新案“三角クジ”<時の話題>   00:32
勧業銀行もだいぶ頭をひねって、今度は八木節でにぎにぎしく三角クジと出ました。出勤をねらった新橋駅前は第1日、2時間で売り切れ。当たりました、2千円。本場から来たという八木節の踊りはおまけというわけでしょう。

引き揚げ民に冬迫る          02:10
冬をひかえて海外引き揚げ民の生活はどうなるか。9月19日、東京に引き揚げ者全国大会が開かれました。

《引き揚げ者代表》
「たびたびにわたる要求したる最低生活の保障を、省みざるばかりか、われらを、餓死と凍死の余儀なきに至らしめている。これは政府が引き揚げ者を同胞として取り扱っていない証左でなくてなんであろう」

引き揚げ民たちは収容所の中で、お金もなく、仕事もなく、売る物もなくその日その日をかろうじて送っています。このような不安に耐えかねて親子心中を遂げた気の毒な家族があることを新聞は伝えています。

《引き揚げ者代表》
「われわれは乞食ではない。われわれのみが戦争の負担が、戦争の犠牲が、かくのごとく不平等でかくのごとく不公平なのは何故であろうか」

海外引き揚げ民は、まだ次から次へと帰ってきます。引き揚げ同胞の問題は、今や重大な社会問題となってきました。9月23日には、みなしごたちが帰ってきました。小さな胸に遺骨を抱いている子もいます。きのうもきょうもあすも、まだ続々と帰ってくるのです。そして今この惨憺たる姿の引き揚げ同胞たちの上に寒い冬が間近に迫ってきています。

 

日本ニュース 戦後編 第39号(1946年10月)7分56秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310039_00000&seg_number=001

侵略戦争へ国際的陰謀(東京裁判)    01:21
議会政党へ-社会党全国大会       01:04
原因は何? ふえる捨て子<みなさんの声> 02:08
新聞、ゼネストへ!-拡大する“馘首反対”の嵐 03:22

侵略戦争へ国際的陰謀(東京裁判)    01:21
今から7年前、1940年9月27日、ベルリンには今次侵略戦争の最高の犯罪人たちが得々として集まりました。イタリア代表チアノ、ドイツ総統ヒトラー、ドイツ代表リッペントロップ、日本大使・来栖[三郎]、そしてここで日独伊同盟条約が平和の名のもとに調印されました。
後日、日本でも軍閥の代弁者松岡は国民を次のようにごまかしました。

《松岡》
「今回のこの条約は、世界平和を招来する大覚悟として締結せられたのであります。旧秩序の墨守は真の平和を樹立する道では断じてありません」

その真相はどうであったか。9月19日、東京裁判の法廷では、ターヴェナー検察官が裏面史を曝露、彼らが調印とともにソビエトやシンガポール攻撃を企むなど、いかに国際的な陰謀を行なっていたかを明らかにしました。

議会政党へ-社会党全国大会       01:04
大衆の政党から議会の政党へ変わるきっかけといわれた社会党の第2回全国大会は、9月28日から神田中央大学講堂で開かれ、3日目、救国民主連盟案に関して大沢久明氏、共産党との提携を主張するや、議場は混乱。続いて最後に、新幹部の選挙に移りました。

《議長》
「中央執行委員長片山哲君」

《片山新委員長》
「身命を賭してわが党、綱領主義政策を達成するまで、断じて退かざるものであるということをここに宣誓いたします」

原因は何? ふえる捨て子<みなさんの声> 02:08
最近、各方面に頻々として捨て子が増えてきました。9月22日の夕方にも、上野駅近くの軒下に捨てられていました。

《巡査A》
「銀行の軒下に落ちておりました」
《巡査B》
「書き置きなんかはありませんでしたか」
《巡査A》
「べつに何にもありません」

捨てられていた赤ちゃんは近所の産院に送られます。引取人がないと、それから養育院へ送られます。産院の柳沢院長さんはこれについてこう語りました。

《柳沢院長》
「こんなかわいい赤ちゃんを捨てたんですよ。よっぽど深い事情もございましょうけれど、ミルクがないからでございませんでしょうか」

ところが、問題のミルクは一応事欠かない量だけはどしどし生産されています。しかし、この満載されたミルクは、一部分だけしか赤ちゃんのところへゆきません。街では大人がミルクをうまそうに飲んでいます。そのうえ犬まで飲んでいます。赤ちゃんの上前をはねているわけです。ショーウインドーの粉ミルクは500円生活のお母さんたちには手が出ません。貧しいお母さんたちは、やむをえず高い闇のお米を買って重湯にして飲ませています。こうして捨て子が増えています。しかし当の赤ちゃんは、ただ泣くよりほかに訴える方法を知りません。

新聞、ゼネストへ!-拡大する“馘首反対”の嵐 03:22
国鉄、海員の二つのストライキが首切り案を撤回させた折りから、今度は全国の新聞街にゼネストの危機が迫りました。新聞、通信、放送局など全国3万の従業員は、読売争議解決、首切り反対、待遇改善を叫んで立ち、一方このストライキは、重大な社会不安を起すとして、9月30日、議会では緊急質問。

《社会党 加藤勘十氏》
「直接取り出すべき法的根拠がないからといって、このような(聞き取り困難)決して傍観にしておるべきではないと存じます」

これより先、9月26日、新聞労働組合は闘争宣言を発表。

《新聞放送労組ゼネスト声明》
「相手側の不当馘首に端を発した読売新聞の争議は、7月12日ついにストライキに入り、爾来今日なお闘争を続けている。もし会社側が、これらの胸奥よりほとばしる真実の叫びを拒否する場合は、10月5日を期し、ゼネラルストライキを決行することを宣言する」

これに対し問題のきっかけとなった読売新聞馬場社長の談。

《馬場社長》
「新聞の単一組合は、新聞のゼネラルストライキを企てておるのです。けれども、ほかの新聞が止まったって読売新聞は痛くもかゆくもない。そもそもゼネラルストライキなんていってわれわれをおどかしているうちはです、われわれはそれに屈伏するわけにいかない。だから交渉は、その争議、このゼネラルストライキの嵐がすんだら交渉を始めようと思う。それまではだめ」

一方、東京有楽町の焼けビルに立てこもった読売争議団員たちは、最近は収入の道もふさがれ、本を売ったり、行商人までやって、その日その日の暮らしや闘争資金をまかないながら闘っています。
ストライキを始めてからすでに3か月、肌寒い秋になってきましたが、なおコンクリートの床にむしろ一枚でごろ寝、会社側が首切りを取り消すまではと頑張り続けています。
読売の兄弟を見殺しにするな、首切り絶対反対と、10月3日、東京宮城前広場では産別会議主催の労働者大会が開かれました。新聞をはじめ、国鉄、電機、出版など、数万の勤労者は続いて議事堂にデモ、かくて新聞ゼネストを中心に、首切りによる産業合理化か、失業者を出さない経済再建か、敗戦日本の前途にようやく大きな問題となるに至りました。

 

日本ニュース 戦後編 第40号(1946年10月)7分58秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310040_00000&seg_number=002

新憲法成立す               01:15
巨大財閥最後の日             01:46
ソ連地区から初の引揚民 東京<時の話題> 00:29
ここでも復興“まつり” 名古屋<時の話題> 00:32
化ける空缶 東京<時の話題>       00:23
嵐をはらむ“十月”ゼネスト 新聞罷業第二報 03:30

新憲法成立す               01:15
貴族院で修正された憲法案は、10月7日ついに衆議院を通過、ここに幾多の悲劇を生んだ明治欽定憲法に替わって、新しい憲法が成立しました。

《衆議院議長》
「直ちに採決いたします。本案の貴族院の修正に同意の諸君の起立を求めます。5名を除き、その他の諸君は全員起立。よって3分の2以上の多数をもって、貴族院の修正に同意するに決しました。これをもって帝国憲法改正案は確定いたしました」

巨大財閥最後の日             01:46
明治維新以来74年間、日本の政治・経済界を支配していた三井、三菱らの大独占財閥は、10月8日いよいよ解体の第一歩を踏み出しました。財閥解体の衝にあたる整理委員会では、これより先10月2日、マッカーサー司令部員の立ち会いのもとに莫大な株券を調査しました。
これら独占財閥は、太平洋戦争に入ってから、財閥傘下の飛行機、造船、石炭など重要産業を動員して対米英戦争の推進力となり、また徴用そのほかで勤労大衆を安い賃金で使い、莫大な利益をあげました。
その莫大な利益を示す株券は、10月8日午前10時、三井、三菱本社で木箱に詰められ、MPや日本警官のものものしい警戒のうちにトラック2台で勧業銀行に運ばれました。
木箱に積めて46箱、合計約12億円という膨大なものですが、それでも財閥所有株の一部だとのことです。住友、安田、中島財閥などの株券も、やがてはここに運び込まれる運命にあります。

ソ連地区から初の引揚民 東京<時の話題> 00:29
ソ連領から初の引き揚げ者300余名が、10月6日夜、秋雨けぶる品川駅に到着。救出同盟の学生たちからもらったリンゴに故国の味をかみしめながら懐かしのふるさと東北へ向かいました。

ここでも復興“まつり” 名古屋<時の話題> 00:32
「尾張名古屋は城でもつ」といわれたその名古屋城は焼けましたが、市民の復興への熱意は旺盛、10月1日から10日間、全市を挙げての復興祭がにぎやかに行なわれました。

化ける空缶 東京<時の話題>       00:23
おいしくいただいた進駐軍からの放出缶詰の空缶、これがさて何に化けますか。1日のジープ生産1000台。しかし、この良い子のおもちゃも6割の税金がかかって、なかなかのお値段です。

嵐をはらむ“十月”ゼネスト 新聞罷業第二報 03:30
新聞ゼネストは放送局のみ10月5日朝ストライキに突入しました。

《アナウンサー》
「日本新聞通信放送労働組合放送協会支部闘争委員会では、きょう午前7時10分を期してゼネストに入ることを決定し、以上のような声明を発表しました。ただ今ちょうど7時10分であります」

かくて大真空管の灯は消えましたが、一方、新聞関係は朝日新聞をはじめ大新聞社の態度が決まらず、足並みがそろわないので、放送局そのほかの青年行動隊は「朝日よ立て」と5日から6日にかけて必死の声援を送りました。しかし朝日新聞はついに立たず。一方、政府は5日午後5時30分、放送の国家管理を声明。

《林書記官長》
「やむなく今朝8時30分以後、東京中央放送局の第一放送施設およびこれを運用するに必要な設備を政府の管理に移すこととし、所要の手続きをとったのであります」

従業員は断固これに反対を表明しました。しかし、3日目の10月7日、政府はついに放送を開始しました。

《小川逓信事務官》
「ただ今から国家管理による放送を開始いたします」

一方、各労働組合の闘争意識はとみに高揚し、電気産業は10月8日交渉開始。

《組合員》
「われわれの最低賃金の問題を討議しようとしないからで、私はここに宣言いたします」
《組合員》
「異議なし!」

《入江闘争委員長》
「闘争宣言、われらは商工大臣の明らかな政治的責任と会社側の不誠意に対し、祖国再建の熱意を傾倒して、あえて彼らの反省を促すべく、ここに断固として争議状態に入ることを宣言する」

かくて電気産業もまたゼネストを辞せず、全日本の電気のスイッチを切ってみせるとの態度を示すに至りました。
さらに映画演劇労働組合も5日全国大会を開いて、団体協約そのほかの要求貫徹せざれば、10月15日からゼネストに入るむね決議。東京芝浦電気各工場も一部を除き、すでにゼネストに入っており、労働者の馘首反対を中心にゼネストは全産業に波及するのではないかと見られるに至りました。

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