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2017年1月16日 (月)

日本ニュース 戦争証言アーカイブス 戦後編 第81号(1947年7月)〜第100号(1947年12月)

 特に戦前の日本ニュースは、大本営発表で検閲済み国策映像。ただし、それはそれで当時の空気を想像・実感するのに役立つ貴重な資料映像です。すべてリンクと再生テキストを資料保存しておきました。なおリンク先ではすべて映像を見ることができます

 

日本ニュース 戦争証言アーカイブス
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi

日本ニュース一覧
「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。制作したのは、「日本映画社」(※)で、1940年にそれまで4つに分かれていた新聞社や通信社のニュース映画部門を国策により統合したものです。
戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。「戦争証言アーカイブス」では、1940年(昭和15年)の第1号から、戦後も含め、1948年末までのものを公開しています。

※(1941年5月までの会社名は「日本ニュース映画社」)
※日本ニュース戦後編の再生テキストは、国立歴史民俗博物館の協力で作成しています。

 

日本ニュース 戦後編 第81号(1947年7月)7分55秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310081_00000&seg_number=001

八月の声                00:52
“世耕事件”第二報 真相はいずれに? 西尾・世耕両氏の談 02:05
ギオン祭復活 京都<時の話題>     00:32
ころげおちた広瀬中佐 東京<時の話題> 00:20
廿五歳になった共産党 東京・戸倉保<みなさんの声> 00:37
顔役退陣 東京             00:39
キャメラ報告 明るみにでた“よろけ”病 足尾銅山 01:50
全日本学生陸上競技           00:57

八月の声                00:52
本格的な暑さになってきました。動物たちは暑さにうだっています。人間もすっかりまいってしまいました。

“世耕事件”第二報 真相はいずれに? 西尾・世耕両氏の談 02:05
7月22日、世耕問題について西尾官房長官の見解。

《記者》
「世耕代議士の言によりますと、今の閣僚の中にですね、この問題に関係した方があるというふうにおっしゃっているのですが」
《西尾官房長官》
「沼津の醸造会社にある砂糖の一部が放出せられたと。ヤミのほうに放出せられたと。そのときの農林大臣が和田君であったとか。あるいは木村君であったと。あるいはその中のカネがいくらか政治資金として芦田君に渡しているんじゃないかというようなことがどうもうわさの出所らしいんですが」
《記者》
「特に政治的陰謀とおっしゃいましたですけどね、そういうふうにおっしゃる理由はどういうところから出たんですか」

《西尾官房長官》
「無責任な抽象的なことだけしか言ってないと。つまり、事実の根拠がないにもかかわらずこういうことを言いふらすというところに政治的な意図があるんじゃないかと、こちらは判断するわけです」
《世耕代議士》
「問題をですね、とらえて政治的に申すというようなことは、むしろ国民を侮辱することです。それはなぜかというと、軍はかつて8年間、本土決戦をやるといって決意のもとに物資を集めた。その物資の行方はどうなったか。それともう一つ忘れてはならんことは、商工省が当時軍需省となったはずです。その商工省が軍需省となったその形態が終戦後どうなったか。それについて国民が明白に知ろうとしても知れておらない」


こう語ったのち、7月23日、世耕氏は再び検事局の取り調べをうけましたが、隠退蔵物資をめぐる世耕事件はいよいよ大きな政治問題となってきました。

ギオン祭復活 京都<時の話題>     00:32
京の名物・祇園祭が7月17日、5年ぶりに復活。れいによって町々の電線まで切ってお囃子もにぎやかに山鉾を引き回りました。

ころげおちた広瀬中佐 東京<時の話題> 00:20
Aクラスの戦犯銅像と決まった東京神田の広瀬中佐と杉野兵曹長の銅像が、7月22日、追放されました。

廿五歳になった共産党 東京・戸倉保<みなさんの声> 00:37
共産党創立25周年記念大会が、7月19日、東京神田の共立講堂で開かれ、苦難に満ちた昔をしのびました。

(小野てる子さん歌唱・ひろし、ぬやま氏朗読)

顔役退陣 東京             00:39
街の顔役追放に乗り出した警視庁では、7月21日、親分逃亡中の関根組一家から航空用軽機関銃と弾丸500発を押収、一方、親分を検挙された関東尾津組では、7月23日、新宿駅前で解散式。200名の子分たちが集まって株式会社に転換しました。

キャメラ報告 明るみにでた“よろけ”病 足尾銅山 01:50
栃木県の山の中にわが国最初の賃上げストライキや鉱毒事件で有名な足尾銅山があります。ここでも生産増強に激しい努力が続けられています。しかし、銅を含んだ岩石の粉を吸い込むために、ほかの金属鉱山と同様、多数の人が珪肺、すなわち「よろけ」と呼ばれる病気にかかっています。粉を吸い込むと肺の組織が固まって呼吸困難になり、ついに死んでしまう職業病です。

《足尾鉱山病院小林博士》
「“よろけ”といわれるこの珪肺患者は、山によっては相当たくさんの患者を出す。今まではその真相が発表されなかったために、珪肺予防対策が確立しなかったり、補償も十分でありませんでした」

この病気が生産増強を妨げるので、7月12日に開かれた労働組合と町民の生産復興大会では食糧問題などとともに職業病対策が問題となりました。

《鉱山従業員》
「まず坑内に入って働く人が、俺はここで働いて怪我をしても、あるいはまたここで窒息しても、俺たちの家族は国家で完全に保障してくれるのだということが、自分の心から本当に力いっぱい働くことによって増産というものが成り立つのではないだろうか」

全日本学生陸上競技           00:57
7月20日のナイルキニック・スタジアム。全日本学生陸上競技100メーター決勝、中央大学の仁田脇トップ、続いて新潟医大の阿部、ぐんぐん出ましたが、ついに及ばず、10秒7で仁田脇優勝。前日に続いて各種目に中央大学、依然優勢。この日の呼び物400メーターリレースタート。中央大学がリードしています。最後の50メーター、東京体育専門の伊藤、ぐんぐん抜いてそのままゴールイン。しかし、結局、総計69点で中央大学優勝。

 

1947年8月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19478

日本ニュース 戦後編 第82号(1947年8月)7分55秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310082_00000&seg_number=007

貿易再開近づく            00:49
豪雨東北を襲う            01:18
物価高に賃上げ要求たかまる      01:25
エヴァット外相来朝 東京<時の話題> 00:43
手におえぬ御ほうび 東京<時の話題> 00:31
おんたけさん山開き 東京<時の話題> 00:31
世耕事件第三報            02:34

貿易再開近づく            00:49
民間貿易再開の8月15日が目前に迫ってきました。来朝する各国貿易施設団のために乗用車が新たに作られ試運転が行われました。宿舎になる元帝室林野局の建物も帝都ホテルとなりサービスの練習が始まっています。

豪雨東北を襲う            01:18
〈秋田〉
東北地方は7月21日夜から10数年ぶりの豪雨に襲われ、橋が落ちたり堤防が決壊したり家屋、農作物、交通機関は甚大な被害をうけました。
秋田県雄物川流域も荒れ狂う洪水に荒らされました。全町床上まで浸水した刈和野町では水の引いたあと取り片づけに忙殺されています。水に浸かったため豆が芽を吹いてしまったところもあります。

〈岩手〉
岩手県一関付近でも一面水びたしとなりました。田植えを終えたばかりの水田もすっかりやられて、東北全地域にわたる被害は今までのところ約10億円にのぼると内務省では発表しました。

物価高に賃上げ要求たかまる      01:25
印刷出版の労働者は7月28日午前8時一斉にストライキに入り、大きな工場の印刷機械は止まりました。大日本、凸版、共同など合計五つの工場が参加しています。

《労働組合員》
「私たちは食べなければ働くことができないのです。遅配や欠配でその食べるものもなく、(聞き取り困難)や生活のために私たちは最低の要求を出したのです。それなのに会社側はそれを受け入れませんでした。私たちは私たちの生活を守るために最後までみんな力を合わせてしっかりと頑張らなければなりません」

この危機突破資金約1300円の要求に対して、経営者の連合会では各社別個の交渉でなければ応じないとしており、全日本印刷出版労働組合との間で交渉が決裂したのであります。労働者側は労働歌で気勢をあげています。

エヴァット外相来朝 東京<時の話題> 00:43
マッカーサー元帥の出迎えをうけて、エヴァット・オーストラリア外相は7月26日東京羽田に到着しました。講和会議への道が開かれようとしている今、エヴァット外相の来朝はきわめて注目されています。

手におえぬ御ほうび 東京<時の話題> 00:31
7月27日、東京上野で家畜の飼料危機突破運動の懸賞標語の当選者へ賞品が渡されました。なにしろ生きている賞品なのでとんだりはねたりわめいたり。1等は時価2万円の黒牛、もてあましています。

おんたけさん山開き 東京<時の話題> 00:31
夏でも寒いという木曽御嶽山の山開き。200万の信者は御岳教と御岳本教の二つに分れて争っていますが、拝むところは同じなので仲良くお祓をうけています。

世耕事件第三報            02:34
世耕事件に端を発して、7月25日の衆議院では隠退蔵物資等に関する特別委員会を設けることに決まりました。

《松岡議長》
「よって隠退蔵物資等に関する特別委員会を設置するに決しました」

国会の動きはがぜんこの特別委員会に集まり、7月30日の委員会で世耕氏は次のように述べました。

《世耕弘一氏》
「隠匿物資摘発を進めていくにつれ、必ず官公吏が引っかかってくる。いわゆる事後猶予の建て前から隠退蔵物資の摘発を阻害したということに私は推断いたしております」

《徳田球一氏(共産)》
「官僚に一つの特権を与えれば、これがみんな泥棒のためになる。この泥棒がだんだんだんだん増やし、その泥棒の大きな特権が膨大なものになる。そうしてこれが隠退蔵物資をみんな食いつぶすことになるのであります」

《片山首相》
「そういうような問題が起こりましたる場合におきましては、もちろん私はその犯罪の事実顕著なる者に責任をとらせることに決して躊躇するものではないのであります」

〈甲府(山梨)〉
一方、隠退蔵物資の摘発もやかましくなり、ほうぼうから続々物資が出てきております。例えば山梨県甲府の某工場付近には航空機用の鋲や塗料などが隠されていました。同じ山梨県勝沼付近の葡萄の貯蔵庫からはたくさんの紅茶が摘発されています。さらに静岡県函南のある工場では埋められていた莫大な生ゴムが掘り出されました。この生ゴム1個はヤミ値で3万5000円、合計約130万円。世耕事件の拡大とともに隠匿物資はまだまだ各地から出てくる模様です。

 

日本ニュース 戦後編 第83号(1947年8月)7分30秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310083_00000&seg_number=004

都市対抗野球開幕         01:25
幸田露伴翁逝く-         01:12
東京裁判再開           00:44
お舟まつり・下諏訪<夏まつり>  00:33
海のカーニバル・鎌倉<夏まつり> 00:39
天皇東北の旅 福島・宮城     01:10
平和の鐘 惨禍の地にひびく    01:43

都市対抗野球開幕         01:25
8月3日、東京後楽園スタジアム、天皇皇后両陛下ご来場、第18回都市対抗野球。
第1試合、大日本土木対豊岡物産。7回の裏、3対0とリードされた豊岡の攻撃、バッター小田野、大きな当たり球は観覧席に入りました。ホームラン。今大会初めてのホームランとなりましたが、ついに及ばず3対1で大日本土木の勝ちとなりました。
続いて行われた東京対神戸、第1回の裏、神戸の攻撃、ランナー一塁、二塁、バッター村井、打ちました、ショートゴロ。大館とりました。二塁を踏んで一塁投球、一塁もアウト、ダブルプレー、神戸チャンスを逸しました。7回の表、東京の攻撃、ワンダウンフルベース。バッター宮崎、打ちました、センターを抜く痛烈な当たり、三塁打、山脇、塚越、加茂、続いてホームイン。かくて東京は6対1で神戸を破りました。

幸田露伴翁逝く-         01:12
『五重の塔』そのほかの作品によって有名な幸田露伴氏は、7月30日、81歳で逝去、国会は弔辞を贈りました。

《議長》
「わが国文化の発達に貢献せられたる帝国学士院会員、帝國芸術院会員、文学博士幸田成行君の長逝を哀悼しうやうやしく弔辞を呈す」

8月2日、千葉県市川の自宅で告別式が行われましたが、参列した文学者は川端康成氏など2、3名のみという寂しさでした。露伴氏は戦時中文学に協力することを拒絶し続け死にいたるまで芭蕉の研究を続けていたといわれます。

東京裁判再開           00:44
降るような蝉時雨のうちに6週間の休廷を終えた東京裁判は、終戦2周年近い8月4日再開、いよいよ太平洋戦争の反証に入り、高橋弁護人の冒頭陳述が行われました。

《高橋弁護人》
「侵略戦争を行ったのではなく、事実は国家の成立を危うくした自由の競争に巻き込まれたものなることを立証します」

高橋弁護人が侵略戦争にあらずと述べた点はきわめて注目されております。

お舟まつり・下諏訪<夏まつり>  00:33
長野県下諏訪町のほがらかなお舟まつり。昔のままに8月1日から3日間にぎやかに行われました。お舟は町を練り歩きましたが、ひっくり返るのも行事の一つだそうです。

海のカーニバル・鎌倉<夏まつり> 00:39
8月3日、海のカーニバルと銘うった仮装行列が10年ぶりで復活。神主姿の久米正雄氏が委員長。見物の吉屋信子さん、大仏次郎氏。これがミス鎌倉。仮装の1等は漫画集団で横山隆一氏が5000円の賞金をもらっています。2等は松竹でした。

天皇東北の旅 福島・宮城     01:10
東北の旅にのぼられた天皇陛下は、8月5日まず福島県常磐炭鉱磐城鉱業所をごらんになり、初めて地下1700尺の坑内に入られました。ここで摂氏32度という猛烈な暑さと闘う苦しい炭鉱労働者に言葉をかけられました。

次いで七夕まつりににぎわう仙台に向かわれ、県庁のバルコニーから市民の歓迎にお応えになりました。

平和の鐘 惨禍の地にひびく    01:43
8月6日、原子爆弾が平和への第一歩となってから3年目、広島の爆心地で平和塔の除幕式が行われ、マッカーサー元帥はメッセージを贈りました。

《マッカーサー元帥メッセージ代読》
「・・・これが広島の教訓である。この教訓が【聞き取り困難】にせざるよう神よ行なわせたまえ。8月6日、連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサー」

平和の使い、鳩が放たれます。午前8時15分を記念する平和の鐘は夏空に高らかに響きわたりました。
慈仙寺の供養塔に集まって犠牲者の冥福を祈る人々。
9割2分が灰塵に帰した広島にはすでに4万5000戸の家が建ち並び、60%のたくましい復興ぶりを示しています。

 

日本ニュース 戦後編 第84号(1947年8月)7分29秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310084_00000&seg_number=005

平和への祈り<敗戦二周年>    00:39
戦犯審理高潮へ-<敗戦二周年>  00:35
五億ドルの借款許可<敗戦二周年> 00:35
400メートルの古橋<二つの世界記録> 01:15
アンガゥル島初だより(A・P、共同通信提供 宮谷特派員撮影〉 01:06
天皇を迎えた水害の東北      01:31
岐阜再び優勝(都市対抗野球)   01:45

平和への祈り<敗戦二周年>    00:39
戦争が終わってちょうど2年、原子爆弾を浴びた長崎市では、8月9日午前11時5分、全市民が平和への祈りを捧げました。

戦犯審理高潮へ-<敗戦二周年>  00:35
この戦争を引き起こした人たちの裁判も1年4か月になりました。11日、石橋前蔵相が証人台に立ちましたが、今、各被告たちは何を考えているでしょうか。

五億ドルの借款許可<敗戦二周年> 00:35
議会では14日、2年ぶりで明るい報告がなされました。

《片山首相》
「今回、連合国総司令部の発表によりますれば、金その他の流動資金を、資産を担保といたしまして特別の貿易基金が制定されることになりまして、これを基として資金を借り得る総額は5億ドルにのぼるということであります」

400メートルの古橋<二つの世界記録> 01:15
日本選手権水上競技大会第3日は8月9日神宮プールで開かれました。400メーター自由形決勝。第5コース日大・古橋選手は初めから好調。期待されたとおり、はたして世界新記録を樹立しました。タイム4分38秒4。

(世界一周オドム機〈二つの世界記録〉)

世界早回り飛行のオダム機は、8月8日シカゴを飛び立ち、10日払暁には埼玉県・横田飛行場に到着しました。ガソリン補給のわずかな時間、翼の上でまどろむオダム氏、その世界一周飛行に要したタイム73時間5分10秒。最後のコースへ横田飛行場を飛び立ってゆきます。

アンガゥル島初だより(A・P、共同通信提供 宮谷特派員撮影〉 01:06
横浜から南へ1760海里のアンガゥル島からもたされた終戦後初めての海外ニュースです。この島は面積10平方キロで全島が燐酸肥料の塊です。この島にはかつての激戦をしのばせる無名戦士の墓が建てられていますが、今は600人近くの日本人がアメリカ側の近代的設備を借り受け採掘作業を行っています。1日の生産目標800トンという莫大なもので、化学肥料の不足に悩むわが国に大きな光明を与えています。

天皇を迎えた水害の東北      01:31
8月12日、秋田県下に入られた天皇陛下は水害による能代平野の惨状を蓮沼知事の説明でごらんになりました。

《蓮沼知事》
「豪雨が突発的にやってまいりました。なお、これが24日まで続いたのでございます。そのためにこの川はほとんど、堤防の決壊するしないにかかわらずこの沃野地帯、1万2000町歩の流域地帯が氾濫いたしました」

《天皇陛下》
「うん」

水の被害は予想以上で、米代川の堤防はほとんど決壊しています。たんぼはいまだに流れ込んだ石ころで埋まっています。農民たちは近づく秋の水害に備えて壊された堤防を懸命に築いています。

岐阜再び優勝(都市対抗野球)   01:45
8月11日、東京後楽園スタジアム、第18回都市対抗決勝。岐阜大日本土木対近畿鐘紡高砂、第5回、大日本土木の攻撃、バッター加藤いきなりセンター前ヒット、ワンバウンドでセンターの頭上を抜きました。センター懸命のバックホーム。ついに及ばずホームランとなりました。第6回、1点をリードされた高砂の攻撃、バッター高橋、打ちました、大きなあたり、球はぐんぐん伸びて左翼観覧席に入りました。ホームラン。高橋、三塁を回ってゆうゆうホームイン。かくてついに同点となりました。ラッキーセブンを迎えて大日本土木の攻撃、円陣を作って慎重な作戦です。ワンダウン、ランナー一塁、二塁、ピンチヒッターの田中、打ちました、センター、ライト間ロングヒット。ランナー2人ホームイン。この回、大日本土木の打棒大いにふるい、なお絶好のチャンス。ランナー二塁、三塁、バッター國枝、レフト前ヒット、ランナー2人ホームイン。この回一挙5点を入れ、さらに8回1点、結局8対2で大日本土木に凱歌があがりました。かくて優勝旗は村瀬主将に授与され、岐阜大日本土木は2年連続の栄冠を獲得しました。

 

日本ニュース 戦後編 第85号(1947年8月)8分6秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310085_00000&seg_number=001

小倉、優勝 全国中等野球 甲子園<スポーツ> 01:21
ピストン堀口、敗る 全日本拳闘大会 後楽園<スポーツ> 01:02
国会議員国立病院へ       01:58
今週の東京裁判         00:40
在日ドイツ人故国へ- 小田原<時の話題> 00:38
目をむく猛牛 新潟<時の話題> 00:29
鳥の手づかみ 新潟<時の話題> 00:42
水禍いまだやまず 北海道    01:12

小倉、優勝 全国中等野球 甲子園<スポーツ> 01:21
8月19日の甲子園、全国中等野球決勝、小倉中学対岐阜商業の対戦。第2回岐阜の攻撃、バッター栗木、ライト、センター間のヒット、センター野々村ファンブル、その間にランナー一塁を越えてさらに二塁、二塁に止まりました。二塁打。さらに岐阜の攻撃はバッター木下、バンドしました。ランナー栗木、ホーム殺到、ホームイン。この回、岐阜は3点。これに対し小倉、5回に1点を返し、第6回の攻撃。ワンダウンフルベースのチャンス、バッター西上、バンドしました。三塁とって本塁投球、しかし間に合わず、ランナーホームイン。1点を返してなおランナー二塁、三塁、バッター甲原、またバンドしました。三塁のランナーホームイン。スクイズ成功。さらに小倉は7回1点をあげ6対3、小倉中学の優勝。かくて真紅の大優勝旗は小倉宮崎主将に授与され、初めて九州に渡りました。

ピストン堀口、敗る 全日本拳闘大会 後楽園<スポーツ> 01:02
8月15日の後楽園特設リング、全国ボクシング選手権大会東部予選ライト級準決勝。ピストン堀口、新鋭青木の対戦。堀口、往年のような闘志で完全肉薄、青木バックステップしながらフックで応酬。メインイベントの熱戦に満場熱狂。堀口、ガードを下げて突進しました。しかし青木、堀口にチャンスを与えず、最後のフック、ストレートで反撃。試合終了のゴング。青木はついに判定で堀口をやぶりました。

国会議員国立病院へ       01:58
8月18日、衆議院の厚生委員たちは患者たちの陳情により自動車で神奈川県相模原の国立病院を見学しました。ここでは足や手のない戦傷者900余名が生活の不自由に打ち勝ちながら再起の努力を続けていたのですが、今度、新しい規則で国の手による治療が打ち切られ、しだいにその日の生活にも困ってきました。しかし、この人々は力を合わせて必ず更生すると頑張っています。衆議院議員との懇談会ではこの人たちから苦しい実情が訴えられました。

《患者代表》
「われわれは石にかじりついてもと更生の精神に燃えてはおりますが、しかし残念ながら病院の現状はまさに(聞き取り困難)としているのでございます。入院患者は、粗食に甘んじながら、全員、国家のためにも政府の積極的な施策を現在待望しておるような状況でございます」

今週の東京裁判         00:40
8月18日、法廷には太平洋戦争開始当時の外務次官・山本熊一氏が証人台に立ちました。

《(質問者不明)》
「決定がされたのですか」

《元外務次官・山本熊一証人》
「ほかには外務大臣および統制部の審議に一応まかせるということが決まっただけであります」

しかし、対米最後通牒については軍部と打ち合わせをしたと証言、被告席を緊張させました。

在日ドイツ人故国へ- 小田原<時の話題> 00:38
箱根に抑留されていた800名のドイツ人は、このほど敗戦の故国へ送り帰されることになり、8月17日、小田原から横浜へ向かいました。スターマー元ドイツ大使の姿も見えます。

目をむく猛牛 新潟<時の話題> 00:29
猛牛がにらみあっています。新潟県東山村の闘牛。猛然取り組みました。この牛1頭時価5万円。付き添いの人間のほうが必死です。

鳥の手づかみ 新潟<時の話題> 00:42
日本海に浮かぶ肥料の島、立島[粟島の西海岸]。季節柄これに目をつけた燐鉱会社が堀り始めたところ、肥料ばかりかたくさんの鳥が土の中から続々。このサバドリ、食糧補給の一役を買っているそうです。

水禍いまだやまず 北海道    01:12
東北に続いて、ついに水害は8月15日以来、北海道を襲いました。昭和5年以来というものすごい豪雨に乱伐もたたって、石狩川、旭川はまたたくまに氾濫。各所の橋は落ち、旭川市は水びたしとなりました。1万8000町歩にわたる田畑は、刈り入れを前に一夜にして泥に押し流され、収穫のまったくないところも見られます。食糧が特に足りない北海道だけに、この上川、北空知など穀倉地帯の被害に今後が憂慮されています。

 

1947年9月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=19479

日本ニュース 戦後編 第86号(1947年9月)8分18秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310086_00000&seg_number=007

九月の声             01:09
野菜はどこへ行った? 東京    01:41
鉱山水びたし 秋田        01:22
ウ米特使来朝<時の話題>     00:29
民主政治教育連盟生る<時の話題> 00:20
今週の東京裁判<時の話題>    00:32
国民体育大会幕ひらく 金沢    00:45
行きなやむ登呂遺跡発掘      01:56

九月の声             01:09
〈北海道〉
秋が北の果て北海道に訪れてきました。
〈新潟〉
米倉・新潟では早場米の取り入れが始まっています。
〈鹿児島〉
南の果て鹿児島では楽しい豊年まつり。1年の間の苦労がようやく実を結ぼうとしています。

野菜はどこへ行った? 東京    01:41
東京神田の青物市場は果物だけの市場になってしまいました。丸公のない果物は盛んに出回っています。一方、丸公で統制された野菜はこんなにちょっぴりしか姿を見せません。八百屋の店頭も果物ばかりです。
それでは野菜はどこへ行ったのか。8月25日、渋谷駅前の街頭録音。婦人たちは真剣にこの問題を考えています。

《女性》
「お野菜の配給、ですから、私、つまり、いたずらな自由経済、自由党などが唱えたような自由経済にいたしますと、結局カネを持っている人間が買うと。貧乏人、まじめに生活している人間は、結局その、例えばキュウリが5本10円だったのが、自由経済になると結局その大カネ持ちはたっぷり、キュウリなどは問題ではありませんけど、例えばお肉とか、あるいは高級のお野菜とか」

《アナウンサー》
「ありがとうございます」

《女性》
「この間、私、葛飾区にいるものですから、奥戸市場の再開に行ったんですけども、そこでは業者の方と生産者の方と市場の方と当事者の方とが集まってお値段を協議したんです。そういうように本当に消費者の人たちから出た納得のいくお値段で統制もしていただいて、徹底的に全国的に調査していただいたら、みんなが安心して合理的に食べられるのではないかと。ですから、社会党の方なんですから、政治的に(聞き取り困難)とおっしゃいますから、そういう一言申し上げました」

《女性》
「大変いいご意見だと思います」

鉱山水びたし 秋田        01:22
肥料の原料、硫化鉄の約70%を産出する秋田県花岡鉱山は、去る7月末の大洪水のため坑内まで水びたしとなりました。それ以来3000の鉱山従業員は労働組合を中心に連日地の底で水と闘い続けています。ゆるんだ壁はいたるところで崩れ、鉱毒を含んだ水のため着物もすぐぼろぼろになります。こうして頑張ること一か月、壊滅するかと思われた鉱山も最近ようやく復興の光が見えてきました。

ウ米特使来朝<時の話題>     00:29
中国を視察中であったアメリカ特使ウェデマイヤー中将は、8月24日、東京羽田に到着。商震中国代表らの出迎えをうけました。

民主政治教育連盟生る<時の話題> 00:20
新憲法の普及徹底をはかるため、両院議員716名は、8月25日、衆議院で民主政治教育連盟の結成大会を開きました。

今週の東京裁判<時の話題>    00:32
今週の法廷には近藤元軍令部次長や草鹿元航空参謀らが証人台に立ち、海軍の戦備は泥縄式であったと証言しました。弁護人となった楢橋渡氏や、来朝中のJ・ロックフェラー氏の姿も見えます。

国民体育大会幕ひらく 金沢    00:45
第2回国民体育大会のトップを切って、夏期大会水上競技は22日から3日間、金沢市街の松任プールで開かれました。全国から集まった1200の精鋭は郷土の名誉をかけて熱戦を繰り広げ、かつての名手、遊佐選手も出場、幾多の好記録を続出しました。女子中等では静岡が覇権を獲得、水泳日本の輝かしい将来を期待させました。

行きなやむ登呂遺跡発掘      01:56
静岡の登呂遺跡を8月22日、衆議院文化委員会の福田委員長らが見学に訪れました。2004年前のものと推定される木製の遺物などがそのまま掘り出されています。これはその時代の家の跡です。われわれの祖先たちはこのような家に住んでいたと考えられています。これらの家の近くに作られたたんぼは、現在各地で見られる田よりずっと大きく、しかもきちんと区画されていたらしく、また、あぜは両側を杭で止めしっかりとつくられています。たんぼの中に入るときに足にはいたと思われる田下駄。田を掘り起こす木で作られた馬鍬、同じく木で作られた鍬。しかし、この貴重な発掘作業も国家からの資金が不足のために今行きづまりの状態にあります。

《記者》
「大変大がかりでやらなければできないわけですね」

《発掘関係者》
「だいたい500万円くらいの予算があればできると思いますが」

《記者》
「前回はそのくらいの予算でやられているわけですか」

《発掘関係者》
「今年度は15万円でやっておりますが、学者や、あるいは学生が、本当に献身的に文化国家建設へというような熱意をもってやっていただいているのでこの仕事ができているわけです」

こうして登呂遺跡は、日本歴史の最初のページを開きかけながら、再び埋められようとしています。

 

日本ニュース 戦後編 第87号(1947年9月)7分52秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310087_00000&seg_number=001

電話線難工事おわる 群馬-新潟    01:15
今週の東京裁判            00:32
水谷さん見物 超スピード製粉 神奈川 01:06
マ元帥杯争奪ピンポン大会 京都勝つ 西宮 00:55
新鉱脈発見・北海道<時の話題>    00:43
この火事五百万円 東京<時の話題>  00:30
川田正子さん“さよなら”放送 東京  00:42
物資はまだある 世耕事件       02:04

電話線難工事おわる 群馬-新潟    01:15
表日本と裏日本をつなぐ東京と新潟・長岡間の電話線工事は、難所の三国峠を前にして昭和10年以来中絶していましたが、このほど再開、4000万円の工費と延べ25万人の労力によって東西から高い山肌をぬって山頂に迫りました。こうして8月の末、ようやく両方の線がつながって完成。上越国境を越えて1日7500通話が確保されることになりました。

今週の東京裁判            00:32
陸軍関係を終わった法廷は、8月28日から捕虜虐待問題の反証に入りました。29日、証人に出た元東京捕虜収容所長鈴木薫二大佐は捕虜に重労働をやらせた事実を認め、また大河内傳七元海軍中将はマニラ虐殺事件は全然知らなかったと述べました。

水谷さん見物 超スピード製粉 神奈川 01:06
連合軍の好意による食糧輸入の状況を視察するために、9月4日、水谷商工大臣は鶴見の日清製粉を訪れました。小麦、とうもろこしなどは、船の中から日本に一つしかない真空のパイプで吸い上げられ、直接ベルトコンベアに乗って工場の中へ運ばれます。ここで一部はすぐに製粉され、袋に詰めていち早く配給されるわけです。この作業は24時間昼夜兼行で行われています。

マ元帥杯争奪ピンポン大会 京都勝つ 西宮 00:55
8月29日から3日間、西宮体育館でマッカーサー元帥杯争奪府県対抗のピンポン大会が行われました。大阪対京都の熱戦。ミックスダブルスは追いつ追われつの接戦を展開。巧妙な作戦によって京都、着実なポイントをきめ、ついに栄冠を獲得しました。

新鉱脈発見・北海道<時の話題>    00:43
北海道倶知安鉱山の廃坑が去る9月10日の豪雨に洗われ、新しい鉱脈らしいものが顔を出しました。調べた結果、厚さ8メートル、幅60メートルの有望な鉄鉱脈とわかり、大喜びで調査が続けられています。

この火事五百万円 東京<時の話題>  00:30
9月3日午後1時過ぎ、東京文京区の理研工場から出火、すわこそと駆けつけると、これがナトリウムの自然発火。水をかければ爆発するので消防隊も思案投げ首。結局、8時間燃え続け、わずか1坪半のこの火事、損害ざっと500万円。

川田正子さん“さよなら”放送 東京  00:42
《川田正子》
「私は今年の春、女学校へ上がったことと、そして今度大人の音楽を勉強するために、大事な大事な童謡とお別れすることになりました」
                   
(「めえめえ児山羊」歌唱)

物資はまだある 世耕事件       02:04
8月22日の隠退蔵物資委員会では経済安定本部の摘発態度が問題となりました。

《中野四郎氏(農民党)》
「安本の事務官が6月5日、7月12日、再三再四にわたって摘発にまいっておりまするが、実際上は隠匿物資なしという報告をしております。しかしながら、摘発にあたりました結果におきましては、相当量の隠匿物資、退蔵物資、ないしは遊休物資と目されるものが続々と出ておるのであります」

そこで委員会は8月31日、安定本部の摘発ぶりを監視するために岩手県花巻市に向かいました。その結果、市内13個所のうち1個所からだけでも莫大な物資が出てきました。まず砂糖、それから毛糸、綿糸、ガソリン、以外にもたばこまでが続々現れました。急がないとほかのが姿を消すかもしれないというので、とりあえず厳重に封印して次の場所に向かいました。あとまだ出る模様です。

 

日本ニュース 戦後編 第88号(1947年9月)7分59秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310088_00000&seg_number=004

国会休会中 政界の動き  02:21
荒木被告証人台に立つ -東京裁判- 00:48
故大西俊夫氏 日農葬   00:50
畜産共進会 秋田     00:56
古橋ふたたび記録をやぶる 01:19
刑務所脱走事件 静岡   01:42

国会休会中 政界の動き  02:21
国会休会を利用して、9月5日、平野農林大臣は東北へ遊説の旅に出ました。同じ日、水谷商工大臣も九州に向かいました。社会党閣僚に対抗するように民主党の芦田外務大臣も京都に出発。選挙の地盤固めでもなさそうだがといううわさをよそに、平野さんは福島県郡山の全農の街頭演説に臨みました。水谷さんは八幡製鉄所に現れて労働者と膝を交えて語りました。負けるものかと自由党も初めての街頭演説で野党宣言という派手な試み。したがって、議事堂はひっそり閑として、各党控室をのぞいてみると猫の子一匹いません。ただ共産党だけがなにやら会議中です。議員さん、大臣諸公など、鬼のいぬまの洗濯とばかり職員たちは野球試合。大池事務総長みごと空振り。西沢議事部長は内野ゴロ。足が遅いのでアウト。こんなわけで国会は重要法案上程を前に目下静かなること林のごとしというところです。

荒木被告証人台に立つ -東京裁判- 00:48
9月10日、個人段階に入った東京裁判へは多数の傍聴人が詰めかけました。凶器などを持っていないか厳重な調べをうけています。傍聴席は満員です。マックマナス弁護人の荒木被告に関する冒頭陳述に対し、キーナン検事は緊張の面持ち。午前11半、荒木被告が証人台へ出ました。顔面神経痛の土肥原被告がそれを見ています。自らは平和主義者だと称する荒木被告の八字髭もめっきり白くなりました。

故大西俊夫氏 日農葬   00:50
日本農民組合書記長大西俊夫氏の日農葬は、9月5日、東京渋谷公会堂で行われました。かつて農民運動に対する激しい弾圧にも屈せず、一生を農民の解放に捧げたこの人の死を悼んで、はるばる参列した農民の姿が特に人目をひきました。

畜産共進会 秋田     00:56
秋田県では9月4日から5日間、能代市で畜産共進会を開きました。200頭近くの動物たちが、背丈や重さ、乳房の発育ぶりまでこまかい検査をうけています。優勝の印にはそれぞれ首輪を贈られましたが、特にブタ君はスイカをもらいました。

古橋ふたたび記録をやぶる 01:19
9月6日、学生水上大会第2日、800メーター自由形の決勝。第5コース古橋、満場の期待のうちに力強いストロークでぐんぐん出ています。700メーター、ターン、2位の早稲田・村山をはるかに離しています。あと10メーター、猛烈なラストスパート、ゴールイン、9分53秒2。またして終戦後の世界新記録です。日大合計96点。天皇杯を獲得しました。

刑務所脱走事件 静岡   01:42
9月6日、囚人たちが集団暴動を起こした静岡刑務所。その暴動事件の解決がついたかに見えた矢先、解決条件を不満とする9名の囚人が9月10日午前3時ごろ、この非常口から脱走しました。所轄静岡警察署では急きょ非常手配をして管内に厳重な捜査網をはりました。その結果、10日朝、囚人の脱ぎ捨てた受刑者用作業衣が発見され、さらにもう1着、線路脇からも発見されました。犯人は、線路づたいにか、あるいは汽車で逃げたとも考えられます。やっきとなった県警察部では夜を徹して捜査していますが、11日現在いまだ逮捕にいたりません。この刑務所事件には看守の収賄もからんでいるとうわさされ、事件の徹底的究明が要望されています。

十月一日国勢調査
一人残らず申告しましょう
総理庁統計局

 

日本ニュース 戦後編 第89号(1947年9月)8分30秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310089_00000&seg_number=002

荒木被告の証言つづく -東京裁判- 00:48
国勢調査近づく           00:26
六大学野球はじまる         01:02
特報 キャスリン台風被害甚大 大利根の濁水東京に達す 06:12

荒木被告の証言つづく -東京裁判- 00:48
9月15日、引き続いて荒木被告証人台に立ち、カー検事が反対尋問を行いました。さらに荒木被告弁護のため眞崎元大将、石綿元宮内大臣らが証人台に立ちました。翌9月16日から土肥原被告の弁護段階に入りました。

国勢調査近づく           00:26
《森田統計局長》
「今度の国勢調査と事業所調査は、日本の戦後経済の再建のための基礎となる統計資料を作る大切な調査であります。みなさんの申告は統計以外の目的には絶対に使用いたしませんから、真実を正確に申告してくださるようにくれぐれもお願いいたします。」

六大学野球はじまる         01:02
9月16日、東京後楽園、秋の六大学野球は華々しく幕を開きました。第1日、入場式のあと、慶応対法政は4回まで1対1、慶応5回に一挙2点を獲得。結局、3アルファ対1で慶応の勝ち。
次の試合、早稲田対立教、早稲田のピッチャー荒川、投げました、飯塚、三遊間ヒット。ショート蔭山、逆シングルでとりそこない、ランナーセーフ。6回、立教は山西に始まる3本のヒットに2点を獲得。早稲田、9回に山下滑り込んで1点を返しましたが及ばず、2対1で立教に敗れました。

特報 キャスリン台風被害甚大 大利根の濁水東京に達す 06:12
(犬吠埼)
キャスリン台風は9月15日午後から関東地方を襲い、関東全地方は未曾有の大水害に見舞われるにいたりました。
15日の夜中に大利根川の堤防が切れました。堤防の切れたところは長さ400メートルにわたるところもあり、戦争中から危ないといわれながらそのままになっていたところです。みるまに付近の数10か村をのんだ濁水は、16日正午ごろから埼玉県久喜町に流れ込み約2時間で全町を泥海と化しました。流れが早いため救援隊も近寄ることができず、罹災者たちは水も食料もないままにひたすら救いの手を待っています。

久喜駅は激流のまっただ中に置かれています。避病院では病人たちがかろうじて天井裏に避難しお医者さんが船で診察を続けています。水は南へ南へと向かいます。
一方、荒川の堤防も切れて忍から鴻巣方面に流れ込みました。屋根にはい登った人たちに星明りの濁流をおかして食料が分配されています。

利根川下流、取手は流木を拾う人たちでいっぱいです。

17日になると、荒川、利根川の出水は越ヶ谷、吉川付近で合流しました。越ヶ谷では土嚢で防ぐ一方、その水に追われるように緊急避難。

さらに翌18日、濁水は埼玉、東京境の東和村まで押し寄せました。東和村では農民たちがなんとかして食い止めようと悲しい努力を続けています。

しかし、その夜、9月19日午前1時40分、東京の最後の望みの綱、桜土手はついに決壊、東京都葛飾、足立両区はとうとうたる濁水の浸入をうけるにいたりました。

 

日本ニュース 戦後編 第90号(1947年9月)7分52秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310090_00000&seg_number=002

ブラームス五十年祭開く       00:44
個人段階進む -東京裁判-     00:59
濁水ついに東京三区を呑む<関東大水害第二報> 03:39
水魔一過 足利<関東大水害第二報> 00:47
利根復興に着手 栗橋(埼玉)<関東大水害第二報> 01:03
各地救援に起つ 東京・名古屋・大阪・京都 00:38

ブラームス五十年祭開く       00:44
子守歌で名高いブラームスが逝いて50年、この記念演奏会が9月20日、日比谷公会堂で行われました。日本交響楽団演奏「ヴァイオリン協奏曲」。

(指揮をするレオニード・クロイツァ氏)

個人段階進む -東京裁判-     00:59
9月18日、異様な風体の証人が喚問されました。日蓮宗僧侶小川喜一氏、橋本[欣五郎]被告の証人であります。やがて橋本被告が証人台に立ち、林弁護人が口供書を朗読。

《林弁護人》
「私は昭和5年(1930年)10月、中佐以下の若い将校を集めて国内改造に関し、桜会という研究座談会を作りました」

翌19日、畑[俊六]被告の段階に入り、証人として宇垣元大将、米内元大将らが出廷、23日、キーナン検事は田中隆吉証人に米軍飛行士の死刑をだれが主張したかと鋭く反対尋問をしました。

濁水ついに東京三区を呑む<関東大水害第二報> 03:39
9月19日午前2時ごろ桜堤を突き破った水は東京葛飾、江戸川区方面に浸入しました。さらに20日午前3時過ぎ、中川も中川橋付近でついに決壊、暗闇の亀有付近に猛烈な勢いで流れ込みました。夜が明けてみると決壊口は数倍に広がっています。水の速さは時速13キロといわれ、ほうぼうに逃げ後れた人々が残りました。
次の夜、危険はますます広がり、緊急避難命令に四ツ木、堀切方面の人たちはあわてて避難を始めました。家に取り残された人々を警察そのほかが舟を繰り出して救い出しています。小岩付近ではたちまち線路が水に洗われ、また浄水場に浸水したので飲料水がなく、救援隊は舟で井戸水を運んできて給水しています。食料に困った人々もあるようです。

《罹災者》
「(聞き取り困難)に対してですね、4日目に、やっと4日の晩にきたそのパンは一斤が、一斤を五人で分けろというんです。これは食べるんじゃなしでただなめる程度しかないですよ。きょうで水害の5日目ですね。政府の無責任きわまりないところはとんでもないですよ」

こうして江東3区、特に江戸川区はほとんど水びたしとなりました。
9月25日、天皇陛下は東京江戸川区方面の様子をごらんになりました。

水魔一過 足利<関東大水害第二報> 00:47
一方、渡良瀬川沿岸、栃木県足利市もわずか5分ぐらいで怒濤のような水に押し流され、あとには山のような泥が残りました。水が速かったので、逃げ場を失い死んだ人もできて悲惨をきわめています。

利根復興に着手 栗橋(埼玉)<関東大水害第二報> 01:03
大利根川の堤を切った水はいっこう減る模様もなく利根川本流と化しています。
鉄道線路上には避難者たちが籠城しています。栗橋駅はまだ水につかっていますが、すでに鉄道の復旧工事は始められました。
いずれにせよこの水を止めなければ、埼玉、東京にわたる水びたしも止むことがないので、切れた堤防をふさぐ工事が、古めかしい方法とはいえ、とにかく始められました。

各地救援に起つ 東京・名古屋・大阪・京都 00:38
各地では関東水害に対する義援金募集が始められています。赤十字社をはじめ、電産、全逓などの労働組合が街頭に立って叫んでいます。

 

1947年10月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=194710

日本ニュース 戦後編 第91号(1947年10月)8分1秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310091_00000&seg_number=001

石炭国管案もめる          01:39
楽泉園の実状 群馬         02:02
個人段階つづく -東京裁判-    00:47
スタァも署名運動 東京<時の話題> 00:35
親分自首 静岡・東京<時の話題>  00:25
全日本選手権ボートレース 隅田川<時の話題> 00:28
動物たちデモる 大阪<時の話題>  00:24
水害後のなやみ 足尾<関東大水害第三報> 01:38

石炭国管案もめる          01:39
9月30日、衆議院では石炭国家管理法案の自由討議が行われました。内閣の命をかけた重要法案だけに久しぶりに活況を呈し傍聴席も超満員です。

《自由党 植原悦二郎氏》
「この法案は炭鉱の国管による炭鉱業者の民主化などと吹聴されておりますが、実質的にはなんというても炭鉱の官僚管理であり官庁統制であることは一点の疑問がありません」
《民主党 後藤悦治氏》
「37万人余の炭鉱労働者が増産意欲を持つか持たないかというところに増産のカギがかかっておる。しかるに、しかるに、それをですね、それを単純なる就業形態のままにまかして、そうしてなんら国家意思が介入しない、国家資金を入れるけれども、国家の監査をさえもさせない、国家意思は全然入らないというような形態では、石炭の増産は望むべきもないのであります」
《共産党 徳田球一氏》
「当然に労働者、農民、中小商工業者の全体を投入し、どうして、いつでもわれわれがこの議会で過半数を有し、堂々(聞き取り困難)議員を先頭として闘うところの体制にまで諸君が大奮闘せられることがこの石炭増産の秘訣であるということを私は申したいのであります。」

楽泉園の実状 群馬         02:02
9月18日、衆議院で国立栗生楽泉園でのらい病患者の取り扱いが問題となりました。

《武藤運十郎氏(社)》
「らい患者の監禁としましては、30日というのがこれが規定された原則であって、かように長い期間らい患者を特別病室、これは名前は特別病室でありますけれども、異常な恐るべき構造を持つところの重監獄であります。ここへ監禁をしておきましたことは、これははなはだしい違法であり、かつ人権蹂躙ではないかと」

そこで9月21日調査団が派遣されました。ここには約1000人の気の毒な患者が収容されています。見たところ何不自由もなく暮らしているようですが、今まで世間から隔離されていたので、職員の不正や強制労働の実状がわかりませんでした。
問題になった特別病室というのは刑務所よりもひどいコンクリートの牢屋で、4重の扉で厳重に閉ざされています。部屋は4畳で、小さな窓からかすかに明かりがくるだけで、冬には昼夜の別さえわからないといわれています。ある患者が無実の罪でここに入れられたと壁に書き残した痛ましい文字、また日数を数えたらしい跡も見られます。この婦人は、夫の罪を妻であるというだけの理由で391日間ぶち込まれていました。この牢屋で死んだ人が24人、患者たちは人間としての生活を保障せよと政府に要求しました。

個人段階つづく -東京裁判-    00:47
9月24日、審理は重臣の段階に入りました。まず平沼被告の反証では、重臣会議当時が中心となり、軍部が重臣を嫌っていたと岡田元大将が証言。かわって平沼節子さんが初の日本婦人証人として喚問されました。次いで26日、広田被告の反証では桑島元東亜局長が外交部に対する軍部の圧迫を証言。このところ当時の東条軍政に対する攻撃に終始した形です。

スタァも署名運動 東京<時の話題> 00:35
映画スターがサインを求めています。これは政府がまた映画、演劇の入場税を15割に引き上げようとしているのに反対する映画人の署名運動です。山田五十鈴さんの顔も見えます。

親分自首 静岡・東京<時の話題>  00:25
85日の間、逃げ回り伊豆伊東の隠れ家に潜んでいた例の関根親分は、9月30日自首して出ました。

《関根親分》
「あまりにも自分でもってなにかこう犯罪行為がないという感じで私は考えておりました。そういった点からですね、まず様子でも見て、それから出ていくものなら出ようと、こう思っていました」

全日本選手権ボートレース 隅田川<時の話題> 00:28
第25回全日本選手権ボートレース、9月28日、隅田川2000メーターコース。800メーター京大リード、向こう側東大、しかし東大力漕、ついに京大を3艇身抜いてゴールイン、タイム7分9秒。

動物たちデモる 大阪<時の話題>  00:24
ぼくたちにもえさをよこせと家畜たちが一大デモンストレーションをおっぱじめました。9月25日、大阪は大手前での出来事です。

水害後のなやみ 足尾<関東大水害第三報> 01:38
今度の関東大洪水で栃木県の足尾銅山では、唯一の動脈である鉄道線路が切れ、鉱山資材がこなくなり、活動はまったく停止してしまいました。線路はおびただしい土砂に埋まり、崖崩れで約80個所が切断され、3万1000の人たちが孤立するにいたりました。そこで坑夫たちは山を捨て、まず自分たちの手で線路の掘り出しにかかりました。この線路が通じないと食料もこないので、残りの人たちは大挙して16里の山道を越え、2日がかりの買い出しに必死です。こうして足尾は全町をあげて復旧に立ち上がっています。

 

日本ニュース 戦後編 第92号(1947年10月)7分46秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310092_00000&seg_number=007

日本人に“新しい”祖先? 北海道  01:38
供米と平野さん<政界往来>     00:48
街頭の単独内閣<政界往来>     00:24
軍服事件の四氏収容<政界往来>   00:32
法廷の“平和主義者” -東京裁判- 00:47
アメリカンフットボール 大阪<時の話題> 00:38
「とん」走 旭川<時の話題>    00:23
煙にまかれた日劇<時の話題>    00:30
水害地の子供たち          02:01

日本人に“新しい”祖先? 北海道  01:38
オホーツク海の波打ち寄せる北海道網走市で今、最寄貝塚が発掘されています。10月5日には約1千数百年前の生活を物語る土器そのほかがほとんど完全な形で姿を現しました。住まい跡から発見された壺の表に見る刻み文と押型文とはともに珍しいオホーツク海沿岸文化の特徴を示しています。かたわらの貝塚からは獣の骨や骨で作られた農具ばかりでなく、人の骨も出ています。これは8歳くらいの子供の骨で、頭蓋骨、肋骨、右、左の手、骨盤、曲げた足など、明瞭に見られます。大人の骨にも見られるように、顔の上にはすべて壺がかぶせてあります。これらの発掘によって、遠い昔、われわれの祖先のある者たちがこのオホーツク海の荒波を越えて日本に来たのではないかという興味ある問題も解かれようとしています。

供米と平野さん<政界往来>     00:48
供出のやり直し割り当てが決まった翌日10月6日、食糧調整委員の代表は平野農相と懇談しました。

《食糧調整委員代表》
「実収高が現在の割り当てする予想収量に達しなくて販売に困るという現実の問題ができたときには大臣はこれに対して・・・」

《平野農相》
「ですから、これに対する答弁はですね、配給はするんだと、こう私が言っておればだね、それ以上不安でもだいたいわかりそうなもんだね」

《食糧調整委員代表》
「それがためには次の諸政策の断行を政府当局に切望する、要望する。一つ、米価決定委員会に農民代表を参加せしむること、二つ、生産費をつぐなう米価の決定」

街頭の単独内閣<政界往来>     00:24
10月4日、片山首相は国会を東京日本橋のど真ん中に持ち出し、あっぱれの単独内閣ぶり。これは弥次喜多にならっての東海道五十三次国会膝栗毛の振り出しです。

軍服事件の四氏収容<政界往来>   00:32
世耕事件のヤマ、軍服詐欺事件で塩月[学]、狭間[祐行]、藤川[文六]、中曽根[幾太郎]の四氏が、10月4日、東京地方検察庁に強制収容されました。このとき中曽根氏は、「徳義心からやったことで、やたらに法理論を振り回しても困る」と語りましたが、いずれも自由党への政治献金のため650万円を詐取したといわれています。

法廷の“平和主義者” -東京裁判- 00:47
板垣被告の個人弁護に入った10月6日、証人・古野[伊之助]元同盟社長の口供書を朗読。

《古野元同盟社長》
内閣改造を断行し、杉山元陸相の後任には不拡大方針を実行し、和平解決に熱意を有する人物を迎える必要がある。それには板垣将軍が適任と思う。

当の板垣被告は、7日、証人台に立ちましたが、自ら平和主義者と称している彼に中国側倪検事から鋭い反対尋問が行われました。

アメリカンフットボール 大阪<時の話題> 00:38
アメリカ第1軍団と25師団のアメリカンフットボールが10月5日、大阪花園グラウンドで行われました。息詰まる熱戦ののち、20対6で第1軍団の勝利となりました。

「とん」走 旭川<時の話題>    00:23
10月6日、北海道は旭川市で行われた豚競走。元来わたしたちは走るようにはできていないとブーブーいっています。600メートルを5分30秒で美智子さんが1着。

煙にまかれた日劇<時の話題>    00:30
10月正午、突如東京銀座日本劇場から煙が出ました。すわ大火事、アメリカ軍消防隊も出動、協力しています。幸い被害は皆無。それもそのはず、劇場は電休日、火事は防火週間の演習でした。

水害地の子供たち          02:01
〈埼玉〉
あの恐ろしい関東大洪水から早や1か月、被害地の子供たちは今どうしているでしょうか。利根決壊口付近の東村小学校はまだ水びたし。教室も中もあのときのままです。子供たちは学校へのあこがれに濡れそぼれた教科書をていねいに一枚一枚干したりしています。いつになったら授業は始まるのでしょう。

〈東京〉
東京ではどうやら水が引きました。しかし、毎日の暮らしに喜びの少ない子供たちは回ってきたささやかな慰問にも明るい顔を取り戻しています。

 

日本ニュース 戦後編 第93号(1947年10月)7分47秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310093_00000&seg_number=005

石炭国管三ッどもえ      01:44
木戸日記 -東京裁判-    00:57
二年ぶりに成仏 広島     00:34
全日本体操選手権<スポーツ> 00:50
サッカーリーグ開く 東大5-商大0<スポーツ> 01:06
鮭の季節 北海道       00:50
カメラ報告 南の果て“鳥島” 01:43

石炭国管三ッどもえ      01:44
10月13日、衆議院では石炭国管に関する公聴会が開かれました。

《北海道炭鉱汽船社長 吉田嘉雄氏》
「(聞き取り困難)わが国の社会秩序の段階におきまして、労働者が経営面にある程度以上の発言することそれ自体が許されぬことでございました」

《全炭協専門委員 市川三郎氏》
「われわれが希望する国家管理法案が通った場合、労働者の積極的に経営参加することになります。その場合、全労働者の勤労意欲を高めることによって増産の目的が達成されます」

社会党控室では国管断行のポスターの中で幹部が秘策を練る。
国管反対のポスターを貼った自由党では、これまた作戦会議の最中。議事堂の前には反対の看板がでんとあぐらをかいています。神田の旅館・龍名館には上京した炭鉱資本家がひそひそと画策中。これに対して炭鉱労働者もまた上京して国管断行の宣伝に乗り出し、10月15日には日比谷公園で国管貫徹労働者大会を開くなど、このところ石炭国管問題は大もめ。頭が痛いのは商工大臣の水谷さんです。

木戸日記 -東京裁判-    00:57
10月14日、法廷はいよいよ木戸被告の部門に入りました。

《ローガン弁護人》
「木戸氏、あなたはこの事件の被告の一人でありますか」

《木戸被告》
「そうであります」

《ローガン弁護人》
「弁護側文書2502号を調査し、それがあなたの宣誓口供書であるかを述べてください」

《木戸被告》
「そうであります」

ローガン弁護人は273ページに及ぶ口供書を朗読、さらに膨大な木戸被告の日記を中心に審理が進められ、日本を戦争に追い込んだ昭和裏面史に踊る秘密政治の内情が次々と明るみに出されました。

二年ぶりに成仏 広島     00:34
広島の沖合にある似島から900名の死体が発掘されました。これは原子爆弾の犠牲者で誰言うとなく当時からここに埋められたままになっているとのうわさがたち、当局が初めて手をつけたものです。これでこの気の毒な人たちはようやく2年ぶりに成仏しました。

全日本体操選手権<スポーツ> 00:50
10月12、13の両日、東京体育専門学校で開かれた体操競技、第2日目のフリースタイル一般個人総合選手権、女子では浅草高女の先生・鈴木選手が得点163.5で優勝しました。男子ではスワロークラブの竹本選手が339.5で世界的水準を示しました。

サッカーリーグ開く 東大5-商大0<スポーツ> 01:06
10月11日、東大グラウンド、関東大学サッカーリーグ、東大対商大、球は東大ライトウィング二宮へ渡りました。商大ゴール前必死の攻防戦、小雨の中で泥まみれの熱戦、白いユニホームは東大。東大のロングシュート、商大ゴールキーパー森重、よく止めて大きくキックを返しました。東大ハーフセンター海老原、止めそこなったのを商大フォワードセンター・スズキとってライトウィング永倉にパス、さらに鈴木、右ウィングへ出しましたが、これをとって東大フルバック・ゴトウ大きくキック、球は再び商大ゴール前に返り、東大終始押し続けました。二宮シュート、結局5対0で東大が勝ちました。

鮭の季節 北海道       00:50
北海道の千歳川に鮭の季節がきました。ここで使っている水車式捕獲機はアメリカインディアンが発明したもの。子供を産みにきた鮭を思うつぼに連れ込み、そこをすくいあげるという仕掛けです。あとは楽に卵をとって人工孵化で鮭の大量生産をします。

カメラ報告 南の果て“鳥島” 01:43
日本領土の南の果て、東京から真南に600キロ、ちょうど東京・八丈島間の距離をもう一つ延ばしたところに鳥島があります。この島は全島火山で作物は全然できません。この絶海の孤島に中央気象台の観測所がありますが、1年中、西風が強く4月から10月までしか船は寄りつけません。10月4日、5か月ぶりに14名の観測員が交替に来ました。まわりが絶壁のため、ここ以外に船をつける場所がありません。いつごろこの島が海から噴き上がったかはわかりませんが、今もしきりに白煙を吐いています。戦争中はこんなところに200名の海軍部隊がおり、その名残が台風に崩れ火山灰に埋もれています。今度のキャスリン台風来襲にも大きな役目を果たしたこの観測所の人々は、また来年4月まで何の補給もなく観測を続けるわけです。

 

日本ニュース 戦後編 第94号(1947年10月)8分2秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310094_00000&seg_number=008

新米の供出はじまる         02:07
木戸被告をさらに追及 -東京裁判- 00:38
ラグビー 慶大11-3立大<スポーツ> 01:08
世界漫遊機到着 東京<時の話題>  00:44
木刻まつり 茨城<時の話題>    00:41
国鉄労組全国大会 東京<時の話題> 00:26
島原おいらん道中 京都       01:10
亡命十五年 大山郁夫氏帰る 横浜  01:05

新米の供出はじまる         02:07
10月22日、もみにもんだ新しいお米の値段が決まり、西尾官房長官から次のように発表されました。

《西尾官房長官》
「政府は昭和22年度産米の買い上げ価格を慎重に審議した結果、1石当たり中身1700円、俵代加重平均50円、1750円に決定しました」

〈秋田県仙北郡〉
取り入れの秋、秋田県仙北郡は7月、8月、9月と3回にわたって水をかぶり、押し寄せた玉川の大砂利小砂利の間から稲穂が細々と顔を出しています。

〈群馬県邑楽郡〉
さらに群馬県邑楽郡は利根と渡良瀬川の水にはさみ打ちとなり、いまだに稲は水の下になっています。しかし、これでも乾かせばいくらかの収穫になるというので、農民は最後の努力を続けています。

〈新潟県北蒲原郡〉
早場米の本場、新潟県北蒲原郡では、早くも新米供出に真新しい俵がどんどん積み込まれ、東京への発送が始められました。

木戸被告をさらに追及 -東京裁判- 00:38
秋風の訪れとともに法廷MPの装いも変わりました。しかし審理は木戸段階に入っていよいよ好調。被告の綴った日記を中心にキーナン検事の鋭い追及が行なわれています。
被告席の鈴木、板垣両被告がなにやらひそひそやっています。

ラグビー 慶大11-3立大<スポーツ> 01:08
関東大学、慶応対立教のラグビーは10月17日、東京日吉の慶応グラウンドで挙行。雨降りのため、グラウンドには水たまり多く、最悪のコンディションで両軍泥まみれ。慶応、出足鋭く強引に攻めたて、前半6対0と引き離しました。後半、立教立て直すかと見えましたが、慶応また押し返し、泥んこのユニホームは見分けもつかなくなりました。
18分ルーズからの球を慶応渡辺押さえ込んでトライ。コンバートなり、結局11対3で慶応の勝ちとなりました。試合が終わって両軍の選手はまったくの泥人形。

世界漫遊機到着 東京<時の話題>  00:44
大型機がずらりと並んでいる東京羽田飛行場に、10月19日、100馬力の小型機で世界漫遊中のエヴァン氏とトルーマン両氏が相次いで着陸しました。23番目の着陸地を示す日の丸が鮮やかに描かれています。

木刻まつり 茨城<時の話題>    00:41
茨城県の久慈郡大子町で10月19日、中国の文豪、故魯迅氏の11周年を記念して木刻まつりが開かれ、中国代表団の徐[逸樵]顧問やその道の大家が訪れました。おばさんたちも版画をやっています。この町からこの民衆芸術運動を巻き起こそうという意気込みで、中国の民衆的な版画に並んで町の人たちの作品も陳列されています。シャキブン作「魯迅」、北岡[文雄]氏作「昼食を待つ子供」。

国鉄労組全国大会 東京<時の話題> 00:26
国鉄労働組合臨時全国大会は10月16日から4日間、東京神田の日大講堂で開催。新基本給を中心に大会劈頭からもめぬき議場混乱、ついに斎藤議長は流会と宣言してしまいました。

島原おいらん道中 京都       01:10
10月17日、有名な京都島原のおいらん道中が行われました。今年は徳川時代から年代順の衣装が用いられましたが、遊廓へ売られた婦人が昔からどのように扱われてきたかをまざまざと物語っています。これを見物するために50円の入場料が徴収されました。竹矢来の外から入場料を払えない人々が見物しています。遊廓が撤廃されたはずのこれが現代。

亡命十五年 大山郁夫氏帰る 横浜  01:05
軍国政府の圧迫に耐えかねてアメリカに亡命して15年、大山郁夫氏は夫人同伴、10月23日夜11時過ぎ、横浜に上陸しました。

《大山郁夫》
「上陸第一歩で私がいちばん感じたことは、日本の大衆ですね。ことに青年諸君が非常な精力的な元気な顔を見せてくれたことで、これほどうれしいことはないと思うんです」

当時の労農党の同志、島上、山花両氏をはじめ出迎えの人々に取り巻かれて、ひとまず宿舎の横浜市長公舎に向かいました。

 

1947年11月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=194711

日本ニュース 戦後編 第95号(1947年11月)7分59秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310095_00000&seg_number=003

十一月の声              00:57
千八百円ベースで流会 全逓、国鉄公聴会 01:29
ソ連検事満州問題を追求 -東京裁判- 00:34
“猿が島”異変 東京<時の話題>   00:36
馬まつり 千葉<時の話題>      00:23
打ちました水谷さん 東京<時の話題> 00:40
タバコをめぐる人々          01:37
六大学野球慶明一回戦 慶5A-明4<スポーツ> 01:40

十一月の声              00:57
〈北海道〉
どこよりも早く雪をいただいた十勝の山々。札幌の町では落ち葉かき。
〈福島〉
東北の山では炭焼き。

千八百円ベースで流会 全逓、国鉄公聴会 01:29
全逓、国鉄調停委員会の公聴会は10月29日、東京芝の労働会館で開催。

《土橋全逓委員長》
「簡単に答えてもらいたい」

《和田安本長官》
「公定価格は3か月ごとに引き上げられるということが常識となったならば・・・(やじ)・・・」

和田安本長官、1800円ベースの説明を始めると、組合側はそれならもうわかっていると議場混乱。

《和田安本長官》
「判断のもとに1800円の水準を公定価格とすることになるのであります・・・」

《(発言者不明)》
「公職追放!」

《(発言者不明)》
「説明には順序があるから。そういうことは意味がないんでね、だからこの問題についてのいろいろなね、要求をその・・・」

《(発言者不明)》
「こっちも一番言いたいことがあるから。こっちの一番言いたいことは・・・」

ついに末弘中労委会長は中止を宣言。

《末弘中労委委員長》
「委員会としては、せっかくおいでを願ったのでありますが、きょうの会はこれで中止することにいたします。まことに失礼ですが・・・」

公聴会はわずか30分で政府側も組合側も退場、流会となりました。

ソ連検事満州問題を追求 -東京裁判- 00:34
ソ連抑留中の武部[六蔵]元満州国総務長官が10月27、28の両日、証人として出廷。イワノフ検事は関東軍の対ソ連計画について追及しました。次いでブレークニー弁護人が反対尋問、その昔の関東軍高級参謀板垣被告は少し老けたようです。

“猿が島”異変 東京<時の話題>   00:36
東京上野の動物園では猿の大邸宅に豚、猪が同居。知恵者の猿君はてんで同居人をなめています。

馬まつり 千葉<時の話題>      00:23
千葉県佐貫町の馬まつり、馬の両側にぶら下がって突っ走る変わったおまつり。走り出したら最後あれよあれよというまに風のようです。

打ちました水谷さん 東京<時の話題> 00:40
片山さんの始球式で10月24日、東京日比谷の参議院と衆議院の野球試合。新調のユニホームに身をかため、珍プレー続出。森戸文相は見物。ピンチヒッター商工大臣水谷さん。

タバコをめぐる人々          01:37
たばこをめぐる世相はいよいよせちがらく、毎日明け方からたばこ屋さんには例のごとくピース、コロナの大行列。そこへまたもや値上げの発表で東京のヤミ値は一足先に60円にはね上がり、1800円組は大恐慌です。
街にはたばこの拾い屋さんがひどく増えました。拾ったたばこは自分で吸うよりもほぐして巻く私設専売局の手に渡り、上野駅や谷中の墓地など街の裏側でこっそりとたばこを製造、これがまた売られるという寸法。
たばこ飢饉でうけに入ったのが三角くじ屋さん、たばこ値上げどころか、給料生活者はもう今すでに一か八かのくじでたばこを引き当てようと、まことにたばこをめぐる人々の悩みは尽きないようです。

六大学野球慶明一回戦 慶5A-明4<スポーツ> 01:40
秋の六大学リーグ戦の覇権をかけた慶明第1回戦、10月25日の神宮球場、4回まで両軍ゼロ、5回表明大の攻撃、ランナー一塁、二塁、バッター須本、岩中第1球、バンドしました。岩中とって一塁投球。間一髪ランナーセーフ。ついにフルベース。バッター杉下、岩中第4球、打ちました、サードゴロ、三塁のランナーホームイン、明大1点先取、続いてバッター宝山、第2球をレフト前にヒット、セカンドのランナー須本、サードを回ってホームイン。明大さらに1点。第6回の裏、2点をリードされた慶応の攻撃。ワンダン、ランナー一塁、三塁、バッター吉岡、杉下第4球、打ちました、ライトフライ、バックホーム。ランナー岩中、ホーム殺到、ホームイン。この回2点、2対2の同点。7回さらに1点を加え、八回裏慶応の攻撃、ワンダウン、ランナー二塁、バッター久保木、打ちました。大きなあたり、球は転々ライト、ランナー吉岡サードを回ってホームイン、この回、慶応2点を追加、5対4、慶応に凱歌があがりました。

 

日本ニュース 戦後編 第96号(1947年11月)7分44秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310096_00000&seg_number=007

国民体育大会開く 金沢      01:20
ヘボン博士記念祭         01:01
小磯被告証人台へ -東京裁判-  00:37
衛生列車<時の話題>       00:28
憲法記念館早変わり<時の話題>  00:28
重税反対 映画人デモ<時の話題> 00:45
平野農相罷免さる         03:02

国民体育大会開く 金沢      01:20
第2回国民体育大会は、10月30日から5日間、金沢を中心に各地で行われました。ハイハードルでの決勝、大阪の木南君ぐんぐん出ました。続いて原、池田。1着木南君16秒5。100メートル決勝。生駒、一色、阿部、猛烈に競り合いましたが、福岡の生駒君11秒1で大会タイ記録。棒高跳びでは岐阜の沢田君が3メートル90を跳んで大会新記録。女子走り幅跳び、京都の山内リエさん、砲丸投げ鹿児島の兒島フミさん。かくて5日間にわたる大会は好天気に恵まれ多彩な競技を繰り広げました。

ヘボン博士記念祭         01:01
安政6年来朝以来、ローマ字綴りや教育界、医学界などに貢献したアメリカ人ヘボン博士記念祭は11月3日、東京日比谷公会堂で行われました。
ヘボン式ローマ字の名で知られた博士は聖書の翻訳など明治の日本文化に大きな影響を与えました。

小磯被告証人台へ -東京裁判-  00:37
小磯[国昭]被告は10月31日、証人台に喚問されました。ブルックス弁護人が口供書を朗読。11月3日には小磯内閣時代に行おうとした重慶との和平交渉、すなわち繆斌工作について尋問をうけました。

衛生列車<時の話題>       00:28
衛生思想を普及する衛生列車ができました。11月1日には皇后陛下、高松宮が厚生省の作ったこの走る衛生展覧会を見学されました。これからこの列車は各地を走るそうです。

憲法記念館早変わり<時の話題>  00:28
かつて赤坂御所の別館であった明治憲法記念館が、11月1日から結婚式場に商売替え、いかめしかった部屋には美容師もいて、廊下を静々と花嫁さんが渡っていきます。

重税反対 映画人デモ<時の話題> 00:45
映画や芝居に入場税をかけるのは大衆に対して過酷である、入場税を撤廃せよと、11月1日、映画演劇関係者がデモを行いました。終わって代表者は官邸で片山首相と会見。大衆課税反対を主張しました。

《片山首相》
「私は個人としては、その趣旨は文化高揚のためには賛成なんですが、なにしろこの乏しい財政の今日ですね、なんとか諸君のご協力を得なきゃならんということで、結局は国会で自由に論じてください」

平野農相罷免さる         03:02
新潟方面旅行中の平野農林大臣は、公職追放の問題で11月1日急きょ東京に帰りました。

《平野農相》
「新潟県庁で食糧調整委員の諸君と会合をしておるときにですね、追放だと、こういうなんのことかわけのわからんショックをうけてですね、東京へ帰ったわけです」

首相との会見を渋っていた農相は、辞表は出さぬと腹を決め、三日夜半にいたってようやく片山首相と会見し、辞職勧告を一蹴して首相と対立するにいたりました。会見を終わった平野氏。

《平野農相》
「どうも、総理大臣からですね、辞職を勧告せられました。その理由はですね、内閣の不一致であると」

《片山首相》
「平野君はどうしても辞表を提出しないということになったので、やむなく昨晩、罷免権を発動した」

罷免権発動によっていよいよ事態は紛糾。5日の社会党代議士会では平野氏を支持する全農派の反撃で大いにもめました。

《記者》
「平野さんついては、要するにどういうふうになりました?」

《西尾官房長官》
「平野君については、左派に対する考え方がいくらか違うのでありまして、感情として私はきわめてフェアでありまして、何にもありません。平野君はいくぶんそれがあるかと思いますが」

この西尾官房長官の見解に対して、胃痙攣で入院中の平野氏は次のように語りました。

《記者》
「きのうも代議士会ですね、あのときのあとに西尾さんがね、私は感情的には何にもないから月日がたてば氷解するだろう、などと言ってたですけどね」
《平野》
「口ではどういうことを言ってもですね、今度のようなですね、追放とか告訴問題とかいうような舌をもってですね、きわめて陰険な政治をやるかぎりですね、つまり氷解しないんです」

 

日本ニュース 戦後編 第97号(1947年11月)7分43秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310097_00000

隠退蔵物資はどうなったか-大造事件- 大阪 01:37
耕作地を得た人 神奈川      00:46
南被告の段階へ -東京裁判-   00:44
軍艦住宅 呉<時の話題>     00:35
百円札に御注意 東京<時の話題> 00:41
乳牛に感謝 北海道<時の話題>  00:23
白秋忌 福岡・東京        00:50
木炭のゆくえ           02:03

隠退蔵物資はどうなったか-大造事件- 大阪 01:37
元大阪造兵廠管理部総務課長河本利夫氏がもたらしたいわゆる河本情報によって大阪造兵廠を中心にまたもや莫大な物資が隠匿、不正配分、横流しをほしいままにされていることが明らかになりました。まだ多量の退蔵物資、主に鉄材が隠されています。
そこで大阪地方検察庁では直ちに活動を始め、問題の河本氏が召喚されました。

《記者》
「ちょっと河本さん、今度情報が入ったらどうしようとされますか」
《河本》
「軍が、終戦後に、民間のヤミ業者と結託して、そして軍の幹部が自分だけよくなろうというような考え方がこの非常な混乱をきたした原因じゃないかと」

さらに一切の書類を押さえ、元大阪鉄道局経理部特殊物件係長渡辺鹿太郎氏そのほかに対して真相を追及しています。しかし、すでに300億円という莫大な物資がこの大阪造兵廠から姿を消しており、それが関西一円にばらまかれたといわれています。

耕作地を得た人 神奈川      00:46
農地改革法が施行されて初めて地主から耕作地を買い入れた人は横浜市戸塚区[現・瀬谷区]瀬谷町の大塚ショウゾウさんです。

《記者》
「地主が小作人にヤミ値で土地を売ったというので問題になっているところがあるようですが、ここではどうですか?」

《大塚》
「ほかではそういうことがありましたかもしれませんが、この土地としてはそういうことはありませんようですよ」

こうして反当たり360円の公定で畑を買った大塚さんは張り切っていもを掘っています。

南被告の段階へ -東京裁判-   00:44
東京裁判のウェッブ裁判長は11月10日、夫人の見送りをうけながらオーストラリアに一時帰国のため、東京羽田を出発しました。
この日、市ヶ谷の法廷では、アメリカ代表判事クレーマー少将がウェッブ氏に代わって裁判長席につき、陸軍大臣当時の南[次郎]被告が満州事変の発生に関係があったかどうかについて審理が行なわれました。

軍艦住宅 呉<時の話題>     00:35
かつての帝国軍艦伊勢。住宅難に弱った西原正三さんという人がそいつを見つけて住み込みました。すばらしい鋼鉄の家です。

百円札に御注意 東京<時の話題> 00:41
印刷工場から100円札の6枚続き2000枚、しめて120万円を盗み出した男。

《記者》
「どういうためにそういうことをされたんですか?」

《盗みの犯人》
「はい、(聞き取り困難)働けど働けど、食べる物に追われて、そこへもってきて弟がそういう話を持ち込んだんです。つり込まれてやってしまいました」

上が番号なしの問題の札、まだ16万円行方不明。

乳牛に感謝 北海道<時の話題>  00:23
北海道八雲の牧場の人々は、お乳をたくさん出してくれた牛に感謝しましょうと、10月25日、小雨降る中で盛大に牛まつりを開きました。

白秋忌 福岡・東京        00:50
詩人北原白秋氏が亡くなってから5年、故郷の福岡県柳川町では11月2日、記念碑建設の鍬入れ式が行われました。

(「この道」を歌唱する女性)

東京では11月10日、日比谷公会堂で白秋を偲ぶ会が開かれました。

木炭のゆくえ           02:03
(大阪)
大阪淀川べりの葦を、このごろ、の大阪刑務所の囚人たちが大勢でしきりに刈り取っています。これは冬をひかえて燃料組合からの注文に応じて炭俵を作る下請け作業です。このようにして木炭の生産は非常に急がれています。

(鳥取)
鳥取の山奥、生山では炭焼きたちが山に立て籠もって奮闘していますが、ここでは炭俵が足りなくて大事な米俵に炭を詰め込んでいるくらいです。

(福島)
駅近くには木炭の山。しかしこれほどの木炭がいっこうに都会へは送られてこず、配給がないので買い出し客が炭の生産地へ殺到しています。1俵300円。
冬を目の前に北風はいたずらに寒く。炭はいつくるのか。

(埼玉)
機関車の落とす燃えかすを拾う人々の姿がほうぼうの駅で目立つようになりました。

 

日本ニュース 戦後編 第98号(1947年11月)7分55秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310098_00000&seg_number=001

東西対抗プロ野球・西宮<スポーツ> 01:44
火薬庫爆発 神奈川         00:39
“海軍は消極的”? -岡被告証言- 00:38
“ベニスの商人”          01:10
ごたつく国会            00:54
11月15日は七五三<子供をめぐる三つの話> 02:47

東西対抗プロ野球・西宮<スポーツ> 01:44
11月15、16日、西宮球場、西軍の投手・別所、東軍の1番バッター・坪内、西軍のセンター・呉、ホームラン王・東軍の大下、東軍の投手・白木。この豪華な顔ぶれに東西対抗プロ野球は大入り満員。第1回戦は東軍の勝ち。2日目、ついに見物席は上から押されてグラウンドにはみだし怪我人を出すにいたりました。かくて試合は一時中止となりましたが、再び続行。西軍のライト・塚本、このためファールをとりそこなう始末です。8回表、東軍・川上、期待にそむかずライト観覧席にホームラン。川上ゆうゆうホームイン。これで4対4の同点となり満場熱狂。ついに延長戦、11回の裏、西軍の攻撃、山本ショートオーバーのヒット、ランナー藤井、二塁から勇躍ホームイン。ついに5アルファ対4で2回戦は西軍の勝ちとなりました。

火薬庫爆発 神奈川         00:39
11月17日午前9時55分、突如、神奈川県逗子町にある地下火薬庫が大爆発しました。第1から第6倉庫まで次々にものすごい轟音とともに誘発。このため付近一帯に山火事が起こりました。しかし、18日午前6時には収まり、被害は案外少なくてすみました。

“海軍は消極的”? -岡被告証言- 00:38
11月18日の法廷は、開戦当時の海軍の動向が中心となり、ロバーツ弁護人、岡被告の口供書を朗読。続いて及川古志郎元海軍大将が証人として喚問されました。さらに被告席から岡被告が証人台に立ち、当時、海軍は消極的であったと証言しました。

“ベニスの商人”          01:10
早稲田大学の演劇博物館は、エリザベス王朝時代のシェークスピアの劇場をかたどるものですが、11月16日、創立以来初めてこれを利用しての野外劇、シェークスピア原作『ベニスの商人』が前進座の手で上演されました。大山郁夫氏夫妻の顔も見えます。

(「ベニスの商人」上演風景)

ごたつく国会            00:54
石炭国管問題は土壇場にきて果然紛糾、鉱工業委員会も流会続き。ドアをぴったり閉めた民主党の役員会、どうやら中はだいぶにぎやからしいです。社会党では口角泡を飛ばす代議士会の開催中です。そこへ現れいでたのが熊澤天皇。各政党を訪問したのち、代議士の頭を叩き直すのだと気炎をあげて帰りました。

《熊澤天皇》
「国民を代表する議員諸君の頭を作り直さなくちゃならんと思うのです。実はおこがましくはありますが、今日私はそのためにまいったのであります」

11月15日は七五三<子供をめぐる三つの話> 02:47
11月15日は七五三のお祝い日で、うれしそうにお手てを引かれてお宮参り。昔からの微笑ましい風景です。
11月14日、宮城前広場では約5万人が集まり、63制を守れの大会が開かれました。

《少年》
「寒い冬がもうすぐやってくるというのに僕たちの教室の窓ガラスはまだ壊れたままです。いったい僕たちはこの冬をどうして過ごしたらよいのでしょうか」

実際、ほうぼうにはまだまだ気の毒な学校があります。例えば焼け跡の小学校では、ガラスもなく椅子のない子や履物のない子もいます。教室の足りないところではこの寒空に外で授業を受けています。
もう一つのお話、戦争後、孤児が非常に増えています。東京駅前そのほかでは親を探すために孤児の写真を並べました。その中に行方不明になっていた自分の子供を発見したお母さんがありました。このお母さんアベツネさんはおどる胸をおさえて子供の収容されている千葉県保田の児童学園へかけつけました。お母さんは子供の顔を見るなり泣きだしてしまいました。

 

1947年12月
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/list.cgi?value=194712

日本ニュース 戦後編 第99号(1947年12月)7分27秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310099_00000&seg_number=004

十二月の声           01:11
大島被告の段階へ -東京裁判- 00:41
“電気よこせ”市民大会 大阪<時の話題> 00:48
自由人権協会発足        00:22
大亀あばれる 熊本       00:34
関根組公判 -軍事裁判-    00:29
早慶ラグビー戦 早41-3慶<スポーツ> 01:14
国会もみあう          02:05

十二月の声           01:11
札幌の街は例年より25日早く大雪。
徳島では奴凧の製造元が、今かき入れ時です。
東京の街にはクリスマス用品が出始めました。暖かそうな毛皮の外套。だが、師走を迎えて東京にはまだ土管の中に住んでいるような人もあります。

大島被告の段階へ -東京裁判- 00:41
11月25日、東京裁判は再び大島被告の段階に入りました。6年前の1941年3月、得意の絶頂にあった大島大使は、ベルリン駅頭に松岡外相を迎えたのでしたが、今は夢。ターベナー検事の鋭い尋問に対して、証人台にのぼった大島被告はスターリン氏暗殺計画を否認しました。

“電気よこせ”市民大会 大阪<時の話題> 00:48
11月25日、大阪扇町公園で生活危機突破大会が開かれました。

《女性》
「政府は食糧も燃料もろくに配給せず1800円で命をつなげと言っております。そのうえ電気をよこしません。電気がこなくては家庭もめちゃくちゃでございます。電気をよこしてください。片山さん、電気をよこしてください。これが家庭婦人の叫びでございます」

自由人権協会発足        00:22
自由人権協会設立総会は、11月23日、東京霞が関の弁護士会館で行われました。片山首相、鈴木法相なども出席、この会は基本的人権の擁護を目的としています。

大亀あばれる 熊本       00:34
11月18日、熊本県宮地村のお祭り、中国風の変わった趣向でものすごく大きな亀さん。長生きのおまじないだそうですが、長生きをしたい人がしきりにお賽銭をあげています。

関根組公判 -軍事裁判-    00:29
元関根組組長・関根賢以下11名の武器所持による軍事裁判は、11月26日、警視庁アメリカ軍軍事裁判所法廷で開かれ、W・ショーブ少佐から次のような判決がありました。

《W・ショーブ少佐》
「有罪と認めます。5年間の懲役、7万5000円の罰金」

早慶ラグビー戦 早41-3慶<スポーツ> 01:14
慶応キックオフ、11月23日、女子学習院跡に新しくできたラグビー場での早慶ラグビー戦。対戦2分、早くも早稲田バックスは慶応防御線を突破、新村、10ヤードを越え、よくフォローしたバック・ロー松分にパス。松分、転げ込んで最初のトライをあげました。広い横縞が慶応、黒いほうが早稲田。前半、慶応フォワードよく奮闘して再三早稲田のゴール前に迫りましたが、トライならず。さらに早稲田にワンゴールを許し8対0、後半7分、早稲田スリークォーターに渡った球をウィング畠山うけて右コーナーにトライ。さらに20分、早稲田のウィングを突き強引に倒れ込んでトライ。かくて早稲田は圧倒的にトライを続け、41対3で大勝しました。

国会もみあう          02:05
11月20日から前後5日間の殴り合いという記録を作った石炭国管問題をめぐるこれが国会のありさまです。21日の鉱工業委員会では自由党の代議士が委員長席を占拠しました。反対派はいよいよ秘策に熱中していますが、世間の非難を集めた乱闘騒ぎはまだ収まりそうにも見えず、社会党の控室にこんな落書きが現れました。
21日夜から24日までの本会議はさらに輪をかけてもうめちゃくちゃです。

傍聴席も総立ち。

こうして11月25日、やっと大詰めになりました。

《議長》
「修正部分を除いた原案は可決せられました。これにて臨時石炭鉱業管理法案は(聞き取り困難)をいたしました」

 

日本ニュース 戦後編 第100号(1947年12月)10分22秒
http://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001310100_00000&seg_number=007

100号を迎えた日映ニュース(ニュース映画ができるまで) 01:49
北のはて-冬期漁場 北海道     01:09
今週の市ヶ谷法廷          01:06
政局なお混迷            01:19
天皇山陰へ 鳥取<時の話題>    00:29
わが輩は猿である 東京<時の話題> 00:37
鹿の生け捕り失敗 馬毛島(鹿児島)<時の話題> 00:40
大学高専十マイルレース 東京<スポーツ> 01:01
電力の危機つづく          02:09

100号を迎えた日映ニュース(ニュース映画ができるまで) 01:49
「もしもしニュース部? こちらは共同通信社会部。ニュースが入っています」

《ニュース部員》
「はい。どうもありがとう」

日本ニュースは第100号を迎えました。共同通信社の緊密な協力のもとに、各地のニュースが本社に送られ、これらに基づいてカメラマンが八方に飛びます。

各地方への連絡もまた共同の通信網によって迅速に行なわれます。撮影されたフィルムは各地から特別便で本社宛てに発送。
集められたフィルムは最小限2時間半で現像され編集されてニュース映画ができあがります。

北のはて-冬期漁場 北海道     01:09
日本の北の果て宗谷岬の灯台、灯台を守る人の生活にはことさらに厳しい冬。波の向こうに樺太があります。
かもめの群れ飛ぶ室蘭の沖合では今、たら漁のかき入れ時、この船の引き網は1日の水揚げざっと3000貫、これからどしどし外国にも送り出されます。

今週の市ヶ谷法廷          01:06
終戦後3度目の12月8日を目の前に控えた市ヶ谷台上の東京裁判法廷。
きょうも東条以下戦犯容疑者たちは次々に被告席に着き、厳粛な審理が始まろうとしています。12月3日、佐藤[賢了]・重光[葵]両被告の個人弁護に入り、東条を首相に推薦した覚えはないという佐藤被告の立証が注目されました。

政局なお混迷            01:19
例の石炭国管問題の余波で、とうとう民主党は二つに割れてしまいました。芦田派の声明。

《芦田派議員》
「党内民主主義の伝統に反し、党規約の鉄則に背反したものであって、われらはここに断固たる措置をとるのやむなきにさしいたった」

これに対し、除名された反対派は同志クラブを作って院内の1室に立て籠もっています。総帥の幣原氏。

《同志クラブ議員》
「われら25名の同志は、石炭国管法案に反対して民主党と決然袂を分かち、このたび同志クラブを結成しました」

その機をねらって自由党はあるところでそれぞれ額を集めて画策に熱中しています。
農相はまだ決まりません。後任といわれた社会党の野溝氏は手持ち無沙汰の体です。苫米地運輸相が辞表を出した日の閣議、これも何か奥歯にもののはさまったような雰囲気で、各大臣はそれぞれ複雑な表情です。

天皇山陰へ 鳥取<時の話題>    00:29
11月28日、山陰地方にご旅行中の天皇陛下は、鳥取県倉吉町の家畜市場をごらんになりました。

わが輩は猿である 東京<時の話題> 00:37
東京笹塚のキワダさんという家の猿は猫と仲良し。カメラマンから鏡をもらいました。この猿は猫をこんなに大きく育てたのだそうです。

鹿の生け捕り失敗 馬毛島(鹿児島)<時の話題> 00:40
鹿児島沖合の無人島・馬毛島、ここにすむ野性の鹿を生け捕りにしようと種子島漁業組合の人たちは血相を変えて取り巻きました。だが、みんな逃げられてしまい、鹿を入れるはずだった大箱は全然役に立ちませんでした。

大学高専十マイルレース 東京<スポーツ> 01:01
関東大学高専10マイルレースは、11月30日午後1時、代田橋を一斉にスタートしました。4マイル地点で中央の朝倉、明大・岡、文理大・小宮山一団となって力走。各選手相次いで井の頭の折り返し点にかかります。ゴール前1マイル、中央の朝倉、早稲田の大塚を抜いて明大の岡と猛烈な競り合いとなりましたが、最後の登り坂にかかって明大・岡はついに朝倉を抜き、56分19秒で優勝しました。

電力の危機つづく          02:09
毎日々々の憂うつな停電続きで、街のろうそく屋さん、ランプ屋さんは大変な繁盛です。深川のある夜間の工業学校では、アセチレン灯でわずかに明かりをとっていますが、製図の勉強には目が痛そうです。

〈福島〉
福島県猪苗代湖は満々と水をたたえていますが、発電所のタービンは3か月も前に落雷で壊れたまま、資材難でいまだに修理が進んでいません。

〈広島〉
一方、広島県神龍湖の帝釈峡ダムは5月以来ほとんど雨が降らず、まったく発電力を失っています。

〈神奈川〉
これらのため工場への送電は日ごとに低下するばかりです。制限時間がくれば、送電を停止されてしまいます。この硫安工場では、設備の復旧はできていても生産はがた落ちで、お米の供出にも重大な影響を与えるのではないかといわれています。鉄工所では資材があっても肝心の電気炉が冷えきっています。こうして電力の危機は冬とともに深まり、その対策が真剣に望まれています。

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